「暇だのう……」 時は夏真っ盛り。もはや存在自体が謎というかネタと言っても過言ではない世界司書・ポラン様は、世界図書館のロビーのソファーに寝そべり、ダルダルと過ごしていた。 この0世界には「季節」というものがない。夏のギラギラ・蒸し蒸しした暑さも、冬の凍てつく寒さもない。1年365日、不快指数とは無縁の快適生活を送ることが出来る。勿論、春のお花見イベントの時のように「特定の季節感を設定したチェンバー」を作り、そこでレジャーを楽しむことも可能だ。 しかし、そんなありきたりの方法であのポラン様が満足するだろうか? いやきっと、恐らく、メイビー、突如ちゃぶ台をひっくり返す頑固オヤジの如き理不尽さで「その程度の紛い物で満足してて良いのか? このスイーツ(笑)脳め」と言い出すに決まってる。 その時ポラン様の手元で、某週刊少年マンガ雑誌を彷彿とさせる極彩色のハデハデな書物――『導きの書』が反応した。「ほう……あやつら、久々に面白いことを考えておるようだの。このポラン自ら出向けぬのが残念だが、折角だから大いに盛り上げてやることにしてやろう」 次の日、ターミナル中のそこかしこに、こんなポスターが貼られていた。【夏の特別企画『ラディカル・ミステリー・ツアー』参加者大募集】 モフトピア辺境・ボンダンス島―― この謎に満ちた、とびきりCOOLな島を探索し、夏の夜空にシャウトを決めろ! 暗闇の中で蠢く、お前の中のモンスターを呼びさませ! カオスに、そしてクレイジーに。夏のジメジメをぶっ飛ばせ! サブカル系アート調のモンスターが原色で紙面一杯に描かれたド派手なポスターは、今時の若者(主にチーマーとか珍走団とかガイアがもっと輝けと囁いてる人たち的な意味で)を引き付けるに十分なインパクトを放っていた。「なあなあ、お前も見たか? あのポスター」「これってやっぱ夏フェスってやつ? 超イケてね?」 そんな風に噂し合うロストナンバーたち。 しかしその背後を、ひっそりと小柄な謎生物が横切って行ったことに気付いた者は、そう多くなかった。◇ 所変わって、こちらはターミナルの裏通り。 表通りの華やかさとは対照的に、こじんまりとした商店が並ぶ中でもひときわ異彩を放つ、人外魔境食堂『びっくり☆ドッキン』。 現在この店では『怪談フェア』の真っ最中……なのだが、ポラン様を除けばよほどの物好きがたまに訪れる程度で、相変わらず閑古鳥が鳴いていた。 少し早目の店じまい後の店内で、店主のアイアン・ジャンゴとその娘チェリーは、互いに顔を見合わせて溜息をついた。「お客さん……今日も来なかったね」「うむ……やはり恐怖のインパクトが足りなかったか。『鮮血滴るヴァンパイア・フラッペ(トマトジュースのかき氷)』とか、我ながらなかなか良いアイディアだと思ったのだがな」「だから既にそこから間違いなんだってば」 そんなことを話していると、突然店のドアを開く音が聞こえた。「すみません、今日はもう店じまいで……あら? ポラン様!」「どうだ、元気にしておるか?」 チェリーが応対に出ると、そこには丸めたポスターを2、3本程抱えたポラン様が立っていた。「今度モフトピアのボンダンス島で、肝試し大会が開かれるそうだ。今回はかなり大規模なイベントになるらしくての、参加者は多ければ多い方が盛り上がるというもの。異世界からの来客も50人ぐらいなら大丈夫だと言っておったな。宣伝ポスターを持って来たから、この店にも飾るが良い。もし暇ならお前たち親子も参加して構わんぞ?」 ポラン様から渡されたポスターを開き眺めていたアイアンの脳裏に、突如エレクトリックサンダーが走った。「……ぬおおおおお、これは新たなびっくりドッキリネタを仕込むチャーンス! これでこの万年閑古鳥ともおさらば間違いなしじゃー! ワシは行くぞー!」「あ、ちょっとお父さん!!」 叫ぶや、猛ダッシュで準備を始めるアイアン。こうなるともはやチェリーと言えども止めることは不可能だ。(お父さんったら、またとんでもないことを考えてなきゃいいけど。最悪の時は、この私の手であのアホ親父を……) かくしてチェリーも、肝試しツアー参加への決意を固めたのだった。 握りしめた拳に込めた力が異様に大きいような気がしたのは、気のせいだろう、たぶん。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
<ディラックの空>――吸い込まれそうな漆黒の闇の中を、一路モフトピアへ向けて、ロストレイルはひた走る。 常ならば、もふもふとメルヘンに満ちた楽園・モフトピア行きの車内は、もっとこう「嬉しい! 楽しい! だいすき!」な明るい雰囲気に満ちているものなのだが、今回の旅は40人余りの一大ツアーを組んでいるにもかかわらず、どこかしら異様な空気に包まれていた。 何しろ会場は、アニモフの中でも珍種中の珍種、キモカワ系の変わり種「ブギー族」が住むボンダンス島。激マズでホニャララな珍味「ボンダンス・マンドラゴラ」の名産地としても知られるこの地で、何も起こらないはずがない。「安心安全のモフトピアでも、ここだけは例外」と言われる所以である。 「これは俺が、元の世界で軍船に乗っていた頃の話なんだけどね……」 行きの車内で、ルゼ・ハーベルソンが皆を集め、静かに、囁くように語り始めた。 「俺たちの乗っていた船が、ある島に到着してね。今みたいな暑い夏だったし、島の奥には丁度うってつけの深い森もあって、なら肝試しをやろうという事になった。二人ひと組で森の中を往復してくるということで、ペアを決めて一組ずつ出発したんだ。けど、いつまで経っても誰も戻らない。だから四組目が出た所で打ち切り。皆で仲間を探しに行ったんだけど……そしたらさ、戻ってこなかった奴らが全員、森の奥で……」 「いぃぃやああああああああああああああああああああああああっ!!」 ルゼが最後のオチを言う前に、突然日和坂綾が絶叫した。 「やだやだやだ、あのポスター見て、てっきりロックフェスだと思って来たのにぃ! この展開、まるで肝試しか何かみたいじゃない!! あたし帰る! 今すぐ帰る!!」 「まあまあまあ、落ち着くでござるよ、綾殿。一度列車が走り出したからには途中で戻ることも出来ぬでござるし、そ、それにモフトピアであれば、い、命の心配はないでござる……多分」 半べそをかく綾を雪峰時光がなだめすかすが、その顔はどこか引きつっているようにも見える。良く見れば彼の他にも何人かが、同様に複雑な表情を浮かべていた。恐らくは怪談や肝試しといった「怖いもの」に耐性がないのだろうが、特に男性陣ともなれば、綾のように本番前から人前で女々しく泣き叫ぶわけにもいかない。 しかし、大半のメンバーは思いの外冷静だ。 「……あれ? おまえら怖くないの?」 「だって……なあ? 俺ら既にインヤンガイでもっと恐ろしい目に遭ってるし?」 「こないだだって、奇譚卿の依頼で、ブルーインブルーの怪談探索したばっかりだもんね」 「……しまったあああああああああ!!」 ファーヴニールと黒燐のツッコミに、すっかり当てが外れて頭を抱えるルゼ。 「しかし、これからの旅がある意味恐ろしいものになりそうなのは確かだな……だって『あの』ボンダンス島だぜ?」 「その上ポラン様も一枚噛んでるらしいと噂じゃ、尚更ねー」 「おまけに、あの人外魔境食堂の名物オヤジまで来てるとあっちゃなあ」 ファーヴニールの視線を追いかけたルゼの視界に、何故か座席に座るふりをして「空気椅子」の筋トレをしているアイアン・ジャンゴの姿が見えた。 「……そっちか!」 ◇ そんなこんなで、一行を乗せた列車は、無事モフトピアへと到着した。 数人ずつ浮雲に分乗し、向かうは辺境・ボンダンス島。 しばらく進むと、ファンシーな風景が一転し、夕闇と霧に覆われた不気味な浮島が見えてくる。「びっくり☆ドッキン」のジャンゴ父娘を含むツアー参加者全42名のうち、過去にここを訪れたことがあるのはイクシスと綾の2人だけ。残りは全員、今回が初めてのボンダンス島行きだ。 「へえー、ここがボンダンス島かー。結構変わったところだねー」 と、相沢優が呑気に感心する一方で、 「ナ、何ダロウ、コノ不気味ナ雰囲気……ボク、大丈夫カナァ……?」 幽太郎・AHI-MD/01Pのように、早くもビビりが入る者もいる。 そんな悲喜こもごもを乗せて、一行を乗せた浮雲の群れはボンダンス島へと到着した。 「うけーけけけけけけけ! ボンダンス島へよ~うこそぉ~!!」 島へ着くと早速、愉快なのか不気味なのか分からない相変わらずのハイテンションで、ブギー族たちが出迎えた。 「おやおや、随分たくさんのお客さんだー」 「このボンダンス島も有名になったもんだねぇ~」 「これはまた、怖がらせ甲斐があるというものだよ。うへへへへへへ!」 まるで童話に出てくる魔女か悪魔のように不気味に笑うブギー族。もちろん本人たちは(あくまで彼ら的な基準で)歓迎しているつもりなのだが、ここがどういうところかよく知らずに来た一部の旅人達には、まるでシャレになってない。 これは本当に「ただの肝試し」なんだよな? 悪魔召喚のサバトだったりしないよな? つーか俺ら、取って食われたりしないよな? 大なり小なり皆そんな悶々とした思いを秘めつつも、チーム分けは終わり、いよいよ肝試し本番が始まった。 まずはブギー族や旅人達の有志による「お化け役」が先行して、裏山の森の奥へと入ってゆく。その後挑戦者が森の中を探索し、最深部に群生している「オドロキ草」を摘んで帰ってくるというルールだ。 森に潜んだお化け役は、それぞれに奇怪な仮装や怪しげな仕掛けで哀れな犠牲者を恐怖のズンドコへ陥れんと、暗闇の中で虎視眈眈と狙っている。当然挑戦者も、ただ驚かされるばかりではない。恐怖に耐えきれるだけの肝っ玉さえあれば「逆襲」しても構わない。 要するに「何でもあり」である。 ◇ 「わあ、肝試しかあ……! せっかくだから、お化け役になろうかな?」 「そ、それが良いでござるよ。驚かされる側より脅かす側の方が怖さも半減するかもしれぬし、驚かし役同士、皆と会話していれば怖さも紛れるでござる」 初めての肝試しに心躍らせるコレット・ネロに、雪峰時光が言う。しかし、その声は行きの列車内の時以上に震え、うわずっていた。心なしか、顔色も少し青ざめているようだ。 「そ、それに何かあっても、せ、せ、拙者が必ずお守り致すか……で、出たあああああ生首がああああああああああああああ!!」 突然、時光はコレットの背後に『何か』を認め、血相を変えて逃走した。 「あ……時光さん?」 「よう、コレットもお化け役か?」 戸惑うコレットに、後ろから木乃咲進が声をかけた。しかし今の彼は「首だけが空中に浮かんでいる」状態だ。時光が驚いたのも、うっかり進(の生首)を見てしまったからに他ならない。 「進さん……その姿は一体?」 「ああ、これ。空間転移能力で『首から下を別の場所に』出現させてんだよ。今頃は俺の胴体が『首なし鎧騎士』として皆を驚かせてるはずだぜ。でもこの分なら、こっちの方でも十分ビビらせられるかもな」 ◇ 「えーん、やっぱり帰るうー!」 「まあそう言うな、俺が守ってやるから」 相変わらず泣きべそをかく綾の肩で、陸抗が慰める。 「まあ、こういうのは楽しんだ者勝ちなんだって……おや」 相沢優が指さした方を見ると、暗がりに尚黒い人影が見えた。 「う~ら~め~し~やぁぁぁぁぁぁ……」 お化け役のフィミア・イームズの扮装だ。肝試しとしてはオーソドックスな部類なのだが、既に泣きが入っている綾を恐怖に震えあがらせるには十分だった。 「でたああああああああああああああああああああああ!!」 猛ダッシュでフィミアを突き飛ばし、綾は逃げてゆく。フィミアにとって不幸なことに、更なる災難が彼を待ち構えていた。 「こっちへくるなああああああああ」 華城水炎がトラベルギアのマシンガンから、ゼリーの弾を無数に打ち出す。ゼリー弾はフィミアを直撃し、更に流れ弾が墨染ぬれ羽にも当たった。 「わわっ」 突然撃たれた衝撃で、ぬれ羽は持っていた大量の蒟蒻をぶちまけた。蒟蒻はフィミアとぬれ羽自身をぐちょぬるにし、更にディガーの掘った落とし穴にはまったりして、正に踏んだり蹴ったりである。 「何これもうやだああああああああああ!!」 (なお、使用されたゼリー弾と蒟蒻は、後でブギー族がおいしくいただきました) ◇ クアール・ディクローズは途方に暮れていた。 彼は先日のリリィのファッションショーで、ポラン様のことをうっかり「チャラン様」と呼んでしまい、罰ゲームとして大量の「謹製ポラン様ブロマイド」を押し付けられたのだった。 「それにしても、とりあえず持ってきたはいいものの、果たしてどうするかねえ。このチャラン様ブロマイド」 嘆息と共に吐き出されるクアールの呟きに、在庫ブロマイドの半分をクアールから渡された護衛役のベルゼ・フェアグリッドが答える。 「んなもん、適当にばら撒いとけばいいんじゃねーのか? あと、チャランじゃなくてポランな、ポラン」 そこへ突如、一人のブギー族が「ばあっ!」と暗がりから飛び出した。 「うわっ!」 ぺた。 べルゼは思わず、持っていたブロマイドの1枚をブギー族のおでこに貼りつけた。そうこうしているうちに、二人の気配を嗅ぎつけたブギー族たちが、彼らを驚かすべく大量にやってくる。 「んべー」「きゃー」「うきょきょきょきょ!」 「あー、お前らしつこいっ!」 ぺた。ぺた。ぺた。 二人は次々と、持っていたブロマイドをブギー族たちのおでこに『魔除けの御札』の如く張り付けてゆく。ブロマイド自体は何の変哲もないただの写真なのだが、顔面に御札を貼られたまま、彼らの周りをぴょんこぴょんこと跳ね回るブギー族の姿は、さながら香港映画に出てくるキョンシーのようだ。 やがて、お互いに顔を見合わせたブギー族たちは、相手の顔に貼られている物に気がついた。 「何? 何?? この娘ちょー可愛いんですけどー?」 「ボク知ってるよー。こーゆーのって『萌え萌えきゅ~ん(はぁと)』って言うんでしょ~?」 やがて彼らもクアールたちの存在に気づき、わらわらと寄ってくる。 「ねーねー、これもっとちょうだい!」 「この『ラー油サイダー』あげるからさー☆」 さすがにラー油サイダーは丁重にお断りしたものの、彼らに乞われるまま二人はブロマイドを配ってゆく。あれよあれよという間に、あれだけ大量にあったブロマイドは全部はけてしまった。 「……さすがブギー族。美的感覚も想像の斜め上を行くんだな」 ちょうもえもえびしょうじょ(?)ブロマイドを手に入れ、ルンルン気分で去ってゆくブギー族の姿を見送りながら、顔を見合わせる二人。まあ、目的の在庫一斉処分は出来たのだから良しとしよう。 ◇ 「確かに、モフトピアと言うだけで、ツアー内容を確認せずに参加を決めた自分が軽率だったのは認める。しかし……これだけは言わせてくれ。自分は……自分はホラーが苦手なんだ!!」 暗闇の中、ヌマブチと組んで歩く小竹卓也は、あまりの恐怖に堪え切れず、胸の奥の本音を吐露した。 「小竹殿。これは所詮肝試し、つまりは芝居や紛い物。この程度で腰を抜かしていては、男子としてあまりにも惰弱でありますぞ」 一方、軍人として多少のことでは動じることのないヌマブチは、至って冷静だ。時折やってくるブギー族のために、わざと驚く小芝居すらして見せる余裕まである。とその時、 「うぅ……うぅ~~い……うけけけけけけけ!」 奇妙な唸り声と共に、のそりと動く影――ファリア・ハイエナが現れた。 「出たあああああああああああっ!!」 一目見た瞬間、それまでの冷静さが嘘のようにヌマブチは血相を変えて絶叫し、回れ右して猛ダッシュで逃げ帰る。彼の唯一の弱点、それは「猫」。暗闇の中「ネコ科の肉食獣」であるファリアを化け猫と誤認してしまったようだ。 一方、一人取り残された卓也はといえば、 「ケモノーーーーーーーーーーーっ!!」 ヌマブチとは逆に、卓也はケモノが大好物。闇の中の唸り声に最初は驚いたものの、良く見れば目の前にいるのはハイエナ――素晴らしい毛並みのケモノではないか! それまでの恐怖もすっかり忘れ、卓也は猛ダッシュでファリアに駆け寄り、渾身の力でハグハグ、もふもふを始める。 「ああ、この毛並み、この獣臭いニオイ……ハァハァハァハァ……」 (な、何なのこいつは一体!?) 面食らうファリアを余所に、卓也は心ゆくまでもふもふを堪能していた。 ◇ 「こういうしょーもない事に費やす労力は惜しみませんよ、私! ハァーハッハッハァ」 暗闇に似合わぬハイテンションで、一一 一はノリノリ状態で挑戦者を待ち構えていた。 黒い長髪のカツラに特殊メイク、血糊のついた白装束に、手にはチェーンソー、おでこにお札といういでたちは、もはや和洋中華のどのお化けなのかもわからないトンデモ仮装である。 「さあ誰を脅かしましょうか最初の哀れな被害者は……」 「……こぉぉぉぉんな顔だったかぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃ?」 「ぎゃああああああああああああああああ!!」 突然、顎の下からライトアップされたアイアン・ジャンゴの巨顔に、一は泡を吹いて卒倒した。 その様子を、数匹の肉食獣の一団が密かに窺っていた。アレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハート、エルザ・アダムソン、グランディア、レオナ・レオ・レオパルドの4匹から成る【野獣王国】である。 「何なんだ、あの妙なオヤジは」 「前にファリアが言ってた、人外魔境食堂のトンデモ店主とか何とか」 「どうする? とりあえずボコっとけば?」 「さんせーい」 満場一致でアイアンをボコる事にした。 「ウゥゥゥゥゥ……ガルルルルルルル……」 4匹は唸り声を上げてアイアンを取り囲む。そして、 ……グワオゥゥゥゥゥゥゥウッ!! 咆哮を上げ、野獣たちは一斉に襲いかかった。 一方、こちらは父を探して彷徨う娘のチェリー・ジャンゴ。その側には虎部隆が、彼女を守るように付き添っている。 「いくら親父さんを探すと言っても、女の子一人は危ないからな。何かあったら言ってくれよ」 「ごめんなさい……ご迷惑をおかけしてしまって……」 申し訳なさそうに頭を下げるチェリーの表情が、突然強張った。 「……あっ、あれはお父さんの気配……行かなくちゃ!」 「えっ? ちょ、ちょっと待っ……何処行くんだよチェリー!」 突然走り出したチェリーの後を、隆も慌てて追いかける。 グルルルルルルル……グルゥゥ……ガルゥー…… 「あの唸り声……まさか!」 生い茂る木々が開けた場所でチェリーと隆が目にしたのは、野獣と化して暴れるアイアンと、その周囲を取り囲む数匹の肉食獣の群れであった。 無論、アイアンは本当に野獣(あるいは獣人の類)に変身しているわけではない。しかし、今の彼の精神は、人の限界を超え、人が失った「野生の本能」を甦らせ、正に「人と呼ぶにはあまりにも禍々しい、荒ぶる何か」へと変貌を遂げていた。先刻まで来ていたランニングシャツははちきれた筋肉に裂かれ、牙を剥き涎を垂らしながら、対峙する獣たちを眼光鋭く睨みつけている。 「な、何て奴だ……!」 「こいつ……人間じゃないわ!!」 「いや、元々人間やめてるっぽい奴だったけど……」 数に勝っているはずの野獣王国の面々が逆に押されている。辛うじて理性で拒絶はしているものの、根源的な危機を感じ取った彼らの本能は、次第にこの謎親父への『服従』へと傾きつつあった。 「お父さん、何てこと……ええかげんにせんかいドアホウが!!」 「ぶぎゅっ」 突然の怒号と共に、チェリーはどこからともなく取り出した10トンハンマーを振り下ろす。っていうかそんな巨大な獲物、一体どこから取り出したんだというツッコミを入れる余裕すらなく、次の瞬間アイアンは、振り下ろされたハンマーの下に潰されていた。 「え、え、えーと……これってヤバくね?」 目の前の事態に狼狽したのは、むしろ隆と野獣たちだ。いくらモフトピアが人死に無しの安全地帯と言っても、さすがにこれは痛そうだと想像し、怖い考えになってしまう。 ドン引き状態で遠巻きに眺める彼らの様子に当のチェリーも気づき、 「あ? あははは……ごめんなさいね。お見苦しいところをお見せしちゃって。でも、もう大丈夫だから……」 乾いた笑いを浮かべるチェリーが10トンハンマーをどけると、下敷きにされたアイアンが紙のようにペラペラになって出てきた。ペラペラではあるが、ギャグ漫画のお約束(?)通り、一応生きてはいるらしい。そして恐らく、これこそがチェリーの特殊能力であろうということは、皆一様に察しがついた。 「それでは皆さん、お騒がせしましたー」 「……」 呆気にとられる隆と野獣軍団(&気絶している一)を残し、チェリーはペラペラ状態のアイアンをくるくると丸め、まるで絨毯でも運ぶかのように連れ去って行った。 ◇ お化け役の赤節将春と幽太郎の二人は、暗がりで挑戦者を待ち構えていた。時光と同様、二人とも「驚かされるのが苦手」という共通点がある(もっとも幽太郎の方は「名前のせいでいつの間にかお化け役に配属されていた」らしいのだが)。 いつの間にか、彼らの傍らでは全長80センチ程度の小動物っぽい何かが、パタパタと飛んでいる。 「コノ子、ドコカラ来タンダロ……コノ島ノ生キ物ジャナイミタイダケド……可愛イネ」 「可愛いだけじゃなくて、結構役に立ってるみたいだ……ほら」 将春の言う通り、小動物はそこらじゅうに光球状の小さなエネルギー弾を飛ばしたりしている。驚かし役と言うよりは、単に無邪気に遊んでいるようだ。 「あ、向こうから誰かやってきた……」 ゆっくりとこちらに向かってくる人影に向かって、将春は「うらめしや~」と、お約束の驚かし文句を囁いた。 しかし、くるりとこちらを振り向いた顔には……眼も鼻も口も、本来人にあるべきパーツが何もなかった。 「ぎゃあああああああああああ!!」 実はその正体は、のっぺらぼうマスクを装着したツヴァイなのだが、虚を突かれた恰好になった将春と幽太郎は、完全にパニック状態に陥ってしまった。 「……グァオゥゥゥゥゥゥゥウ!!」 そして二人の絶叫に驚いた小動物が、その正体――宇宙暗黒大怪獣ディレドゾーアの姿を現した。全長80メートルの巨体に鋭い爪。でも顔は美少女。前後合わせて4本の角が生えていようが、口元にワイルドな牙が並んでいようが美少女。何が何でも美少女。 「ギャオウウウウウウウウウウウウウ……!」 絶叫を上げ、暗黒大怪獣は木をなぎ倒し、大地を引き裂いて暴れ始めた。 「わああああああっ!!」「イヤアアアアアアア!!」 二重の恐怖に、将春と幽太郎は涙目になって逃げ出した。 「な、何が起こってるんだ!?」 二人に「逆ドッキリ」を仕掛けたツヴァイも、周囲の只ならぬ気配に気づいて逃げ始める。しかしのっぺらぼうマスクのせいで視界は妨げられ…… 「まさかここは……崖ーーーーーっ!?」 足の下が空っぽになる感覚に気づいた時には、既に彼は崖下へと落下運動を始めていた。 ◇ 「ボンダンス島といったら、やっぱりアレでしょ、アレ」 何やらニンジンっぽい葉っぱの植わった鉢植えを手に、ミトサア・フラーケンは小悪魔的な笑みを浮かべた。 「メテオ、そっちの状況はどう?」 同じサイボーグ戦士のメテオ・ミーティアに通信連絡を取る。 「順調順調。さすがに上空からの攻撃は想定してなかったみたいで、みんな驚いてるわよぉ」 飛行能力を持つメテオは、上空からトマトジュース入りの水風船や花火を大量に降らせて驚かす作戦を取っていた。もちろん狙撃の特技を駆使して、直接皆に当たらないよう上手くコントロールしてはいたが、ただでさえ恐怖に煽られている挑戦者たちを更なるパニックに陥らせるには十分であった。 「さて、みんないい具合にパニクってるし、面白そうな面子も集まってきてるし、そろそろいいんじゃない?」 「オッケー。それじゃ、今日のスペシャル、いっくよー!」 メテオの報告を受けたミトは、思いっきり鉢植えの『ボンダンス・マンドラゴラ』を引っこ抜いた。 ……ボエエエエエエエエエ!!!! キモイ顔が露わになった瞬間、マンドラゴラはこの世のものならざる絶叫で、世界に恐怖の産声を上げた。そう、ある意味では死ぬよりヤバいことになるかもしれない「脳みそがホニャララになる」という恐怖を。ちなみに、ミトとメテオの二人だけは、あらかじめ耳栓を装備している。これで自分たちだけが悲鳴の影響を受けなくて済む、はずだ。 しかし、彼女たちは失念していた。此度のツアーメンバーが一筋縄ではいかないことを。 ◇ 「な、何か嫌な予感がするよ~」 モフトピアと聞いて、アニモフと戯れたい一心で参加したイクシスは激しく後悔していた。ここがボンダンス島という時点で、色々違うと気づくべきだったかもしれないが、今となっては既に後の祭り。 「ふええええええっ、怖いよおおおおおおお!」 時折周囲で聞こえる悲鳴が、更に恐怖を煽りたてる。その時、 「うわっ!」 どんがらがっしゃんと騒音を立て、突然イクシスは転倒した。どうも何かに蹴躓いたような気がする。 それがうっかり引っかけて引き抜いたマンドラゴラと気づいた時には……既に彼はホニャララの洗礼を受けていた。 ◇ 「ぐおぉぉぉおぉぉん!」 森の奥に突如、今にも襲いかかってきそうな黒いドラゴンが現れた。 デュネイオリスは本来の竜の姿で、訪れる者を怖がらせようと考えていた。しかし、他のお化け役を見る限り、どうやら皆「もっと地味な」方法を取っているようだ。 「……む、肝試しの脅かし役というのは、こういう事ではなかったのか?」 「……ちょっと違うような気がしますわ」 アルティラスカに突っ込まれ、首をかしげるデュン。 「まあ良い。他に驚かし方も知らぬし、能力を使うわけではないから、もう少しこの姿のまま続けてみることにしよう」 そううそぶいて、デュンは場所を変えるべく去ってゆく。 「さて、こちらはこちらで出来ることをしますか」 アティは植物を操る能力を生かし、挑戦者の足元の草木を操って驚かす作戦に出た。触手のように絡まる蔦、足を絡め取る下草。いずれも人をびっくりさせるには十分だ。 しかし、彼女は気付かなかった。己が操る植物の中に「野良マンドラ」が混じっていることに……。 ◇ さてこちらは、ミトのいた地点からほど近い場所。 「きゃぁ~、怖い~」 些か気の抜けた悲鳴を上げながら、ディーナ・ティモネンはそこら辺で拾ってきた木の棒を振り回し、手当たり次第に叩いていった。 勿論、暗視能力を持ち、出身世界で人を殺し慣れ過ぎていた彼女にとって、多少の驚かしなどは児戯に過ぎない。それでも本人的には一生懸命「遊んでいる」つもりなのだが、人の急所を狙うことに精通した彼女の鋭い一撃は、着実にブギー族のすぐ側まで迫っている。もし運が悪ければ、彼女の一撃で死ぬ者も出たかもしれない。 その様子を見ていた坂上健は、気が気ではなかった。 確かに、モフトピアを訪れた者は、通常の方法で死ぬことはない。崖から落ちようが怪獣に踏みつぶされようが、ほんの一瞬「ギャグっぽい演出を伴った後で」すぐに元通り復活するのだから。 しかし唯一「異世界からの来訪者」の直接攻撃だけは、この世界の住人を殺傷せしめることができる。それはこのボンダンス島も例外ではない。たとえ故意ではないにせよ、もしディーナの振るった一撃が運悪くブギー族の急所にでも当たったりしたら……折角の楽しい肝試しが台無しになってしまう。 故に彼は肝試しの間中、彼女に気取られないように、ブギー族に当たりそうな攻撃を防ぐことに専念する羽目になった。 (全く、ブギー族よかよっぽどシャレになんねーぞ……) しかし、暗闇に慣れていない彼は、あっという間にディーナの姿を見失ってしまう。 (ヤバいヤバいヤバい!! 早く追いつかないと大変なことになっちまう!) それでも何とか追いつこうと必死で走っていく健。 (……いた!) ようやく探していたディーナの姿を見つけた。しかし、どこか様子がおかしい。 「……わたしは~、わたしは~、撲殺天使~♪ リリカル☆マジカル☆クグロフ☆トカレフ、お・し・お・き・よ~♪」 彼女はトロンとした虚ろな瞳で、奇妙な歌を歌い踊っていた。 「おい、一体何があった。しっかりしろ!」 ディーナの異変に思わず駆け寄る健。しかし次の瞬間、 パオォォォォォォォォォォォン! 突如耳をつんざく、奇妙な絶叫。 いつしか健も、ディーナの側で踊り始めていた。 ◇ 宇宙暗黒大怪獣ディレドゾーアは、巨大化したまま暴れ続けていた。 その時、少し離れた場所で突如、巨大な黒竜――デュネイオリスが出現した。 いつものデュンであれば、空気を読んで一旦巨大化を解除しようとか、これ以上ディレドゾーアによる被害が拡大するのを食い止めようとか、そんな風に行動していただろう。しかし悪いことに、この時彼はアティの引き抜いたマンドラゴラの悲鳴を聞いて、既にホニャララ状態になっていた。 「グオォォォォォォォン!!」 「ギエェェェェェェェイ!!」 理性を失い暴れまわる巨大生物の同時出現。そう、これはまさしく、 「怪獣大決戦・史上最大の戦い!」 ちなみに、ディレドゾーアのトラベルギアである首輪の能力の一つに「自らの能力を一時的に他人へ移し替えることができる」というものがある。その能力には当然「巨大化」も含まれている。 そしてその力は……ついに神の御元にも届いた。届いてしまった。 「……ヂェイッ!!」 気合と共に、突然何処からともなく「眼鏡っぽい形の何か」を取り出し装着した神は、ギュインギュインギュインというエフェクトと共に「光の巨人」と化す。 見れば、目の前で巨大怪獣と巨大ドラゴンが、怪獣大決戦を繰り広げているではないか。 街で怪獣が暴れているとなれば、これと戦い倒すのが「光の巨人」のおやくそ……もとい使命というもの。更に、 ……ギョオオオオオオオオオオ! その時神は、どこかで誰かに引き抜かれたマンドラゴラの声を聞いた。 『踊るホニャララに、見るホニャララ、同じホニャなら踊らにゃ損損。さあ御遣いたちよ、この地を聖なるホニャララで満たすが良い!!』 天に向かって神が手を上げると、地面に植わっていた野良マンドラ達が一斉に、すっぽん、またすっぽんと抜き放たれる、大地から解き放たれたマンドラたちは、偉大なる主に聖歌を捧げる天使の如く、島中に絶叫を響かせる。 ボエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエ!!!! (うそ!? 耳栓してるはずなのに……何で!?) ホニャララの恩寵は、唯一耳栓で悲鳴攻撃を防いでいたはずのミトとメテオにも与えられた。 偉大なる神の力は、音速を超え、光速を超え、物理法則を凌駕するのだから……主にカオスな意味で。 かくして、ブギー族も含め、その場にいる全員がホニャララパラダイスで乱舞しはじめた。 「さっきのお返しだ! えいっ!!」 開始前にアルド・ヴェルグアベルに(無理やり黒ペンキで)黒狼にされたオルグ・ラルヴァローグは、思いっきり赤ペンキをアルドにぶちまけた。 「はーっはっはっはっはっ、これがホントの怪人赤マント!!」 アルドもアルドで、ホニャララ状態のおかげで逆に喜ぶ始末だ。 「楽しいねえ、なあ、楽しいだろう? グィネヴィア」 イェンス・カルヴィネンは、彼自身のトラベルギアに語りかける。彼の眼には女性の腕――彼の妻の幻が見えているようだ。通常ならば「かなり危ない人」に見えなくもないが、今この状況では特に気にする者もいない。 「ヒーヒャヒャヒャヒャ! こいつはご機嫌だゼェェェェ!!」 ジャック・ハートだけは、普段からこんなテンションだったりする。強いて挙げるなら、ポルターガイストよろしく念動力で動かす物の数が、通常の3倍増しといったところだろうか。 二大怪獣&光の巨人がデスマッチを繰り広げる毎に、あちこちで木がなぎ倒され、派手なキャンプファイヤーが上がる。 しかし、ホニャララの前では、それすらも狂喜乱舞を彩るイルミネーションに過ぎない。 狂乱の夜は、まだまだこれからだった。 ◇ そして、朝日が昇る頃……神は目覚めた。 『光あれ』 目覚めに一発、放たれた神の御言葉により、荒れ果て焼け野原となった森や村は、見る見るうちに元の姿を取り戻した。とは言え、元々ぼろっちいお化け島だったので「爆撃の跡が普通のお化け屋敷になっただけ」ぐらいの変化だったりするのだが。 しばらくして、他の旅人達も目を覚ます。 「うわっ気色悪っ。こりゃ派手にやったもんだなあ」 「何か、お肌がカピカピするぅ~」 「もうやだ、お風呂入りたい! シャワーでもいい!」 一通り身支度を整えた後、予定外の野良マンドラの大量収穫により、突発バーベキュー大会が開かれた(もっとも、大半の旅人達は『遠慮して』料理を口にしようとはしなかったが)。更に残りのマンドラゴラも貰い、阿鼻叫喚のボンダンス流野外イベントは無事滞りなく(?)終了した。 一行にとって幸いだったのは、肝試し当時は全員ホニャララ状態になっていたおかげで、誰ひとり写真やビデオを撮影しようとしなかった(出発時には準備していた者もいたが、ホニャララになってすっかり忘れてしまった)ことだろうか。あんな姿をポラン様に見られでもしたら、一体どんな弱みを握られるかわかったもんじゃない。 ◇ そして、ツアーから数日後の『びっくり☆ドッキン』店内では。 「ほ……本当にこれが今回のコスチュームなの?」 「グルルルルー……ガルー」 虎縞模様のビキニ姿で、顔を真っ赤にして訴えるチェリーに、ライオンの着ぐるみを着たアイアンは唸り声と共に頷いた。どうやら【野獣王国】との死闘(?)を機に「野生パワァ」に目覚めたらしい彼は、今日から「野獣フェア」を開催することにしたようだ。 「コスプレ風俗店じゃあるまいし、こんな恥ずかしい恰好で接客なんて……やだ、こんな時にお客さんなんて。いらっしゃ……」 ドアの開く音と共に、誰かが店内に入ってくるのが見えた。とその時、 「グルオゥワァァァァァァアッ!!」 「わっ、わわわっ!!」 次の瞬間、訪れた客に向かって、今にも食らいつかんばかりに襲いかかるアイアン。 「飯食わす店主が逆に客食ってどうするんじゃボゲガァ!!」 「オウチッ!」 チェリーの強烈な蹴りに、またもやアイアンは撃沈した。 ――新企画「野獣フェア」、初日でいきなり中止。 <おしまい☆> P.S. なお、持ち帰ったボンダンス・マンドラゴラは、後でポラン様が美味しくいただきました。
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