オープニング

 蝉の鳴く声が、まるで文字通りの雨のようだ。
 見上げれば澄んだ川のような青をたたえた空が円く広がっている。
 辺りは深い森で囲まれている。段々畑が広がっているが、民家はほとんどない。遠くに舗装された道路が見えてはいるが、それもずっと遠くだ。ここから辿りつくには車などの足がなければ厳しいだろう。
 竹やぶが風をうけて波をうっている。森が落とす影がゆらゆらと大きく動き、影はゆっくりと夜をいざない手招いていた。
 空の端が青と朱とで混ざり、染まっている。風は昼の熱を散らし、夜の涼やかさへと身を変じていた。
 鍛丸は縁側に座り、氷を沈めた冷茶を口に運びながら暮れゆく空を仰ぎ見ていた。視線をずらせば緋夏が虫かごと虫網を持ち木々の中を駆け回っているのが見える。
 川原撫子は奥の部屋で新しく買ったのだという浴衣を広げ、鼻歌を歌っている。浴衣は二着、いわく、大切な友人と合わせて買ったのだという。お揃いで着てお出かけしたいんですけどねぇ☆と、朗らかな笑みを浮かべ言っていた。
 アルウィン・ランズウィックは緋夏がいる場所から少し離れた位置にある小川を覗きこんでいた。隣には雪深終がいて、アルウィンと同じように小川を覗きこんでいる。アルウィンの手には魚網が握られていた。終は糸をくくりつけた棒を持っている。
 皆の姿を検めた後、鍛丸は冷茶を干してから小さくうなずいた。

 昨今、0世界では壱番世界ツアーが流行っているのだという。旅団による世界遺産襲撃がきっかけになったのかもしれない。とにかく、ロストナンバーたちの中には、機会があれば壱番世界を訪れてみたいと考えている者も少なくないのだそうだ。
 なるほど、こうして実際に目の当たりにすると、そんな話もあながち嘘ではないのだと思える。
 鍛丸が提案したのは壱番世界、日本の、とある山深い場所にある小さなまちの、さらに奥にある古民家での一泊ツアーだった。
 ふとした縁で知己となった者の持ち物である古民家なのだが、彼は花火を作るのを生業としていた。ゆえに古民家に隣接している倉庫には、彼が手がけた手持ち花火があるのだ。その花火を消化してほしいと頼まれたのがきっかけだった。
 花火を作るのを生業としている彼は、民家から離れた位置に住んでいる。もともと土地持ちの家であったのだという、そのせいもあってか、周囲にある田畑も彼の持ち物なのだそうだ。
 つまり、騒ごうが花火を楽しもうが、周囲の迷惑になるようなこともない。家主も私用ができて外出中だ。そんな環境の中、一日のんびり過ごそう、と、提案してみたのだが。
 
 さて、ほどなく空は暮れて夜を迎えるだろう。そろそろ花火の用意もしておくべきかもしれない。
 考えて、鍛丸はゆっくりと立ち上がる。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

鍛丸(csxu8904)
雪深 終(cdwh7983)
緋夏(curd9943)
川原 撫子(cuee7619)
アルウィン・ランズウィック(ccnt8867)

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品目企画シナリオ 管理番号2095
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメントこのたび当企画を担当させていただくこととなりました櫻井と申します。どうぞよろしくおねがいいたします。

メインは花火ということで良いのだろうかと考えましたが、虫捕りとかも楽しんだ後のさらなるメインイベントを花火という設定にしてみました。皆様の行動などは掲示板から拾わせていただいたりしました。
どうぞ、花火をしながら虫捕りの結果自慢だの、恋バナだの、友だちの話だの、いろいろご自由に交流なさってください。
ちょっと気になったのは夕食のことなんですが、そのへんとかももしご入用であれば、どなたか(笑)ご指示いただけましたら描写させていただきます。

製作日数多めにとらせていただいてます。ご了承ください。
それではご参加ならびにプレイング、お待ちしております。

参加者
鍛丸(csxu8904)コンダクター 男 10歳 子供剣士
雪深 終(cdwh7983)ツーリスト 男 20歳 雪女半妖
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
アルウィン・ランズウィック(ccnt8867)ツーリスト 女 5歳 騎士(自称)
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者

ノベル

 縁側に面した畳敷きの部屋の隅、ひっくり返されたザルがいくつか置いてある。竹で編まれたそのザルの大きさは不揃いだが、見れば、そのザルの中にコクワガタやカブトムシがいるのが知れた。
 そのザルを前にするのは緋夏とアルウィンだ。緋夏は得意気な笑みを浮かべ、まるで激戦をくぐり抜けてでもきたかのような口ぶりで、ザルを覗き見ているアルウィンに向かう。
「それでさ、もう、一目見てすぐ分かったんだよね、あたし。この木にカブトムシがいる! って」
「アルウィンもカブトムシ? 捕まえたぞ!」
「すごいね! あたしのカブトムシとアルウィンのカブトムシと、どっちが大きいか比べてみようよ!」
「いいよ! きっとアルウィンのが大きい。こんなに大きかったんだ」
 返しながら、アルウィンは緋夏を離れ、いそいそとザルのひとつに向かう。そしてそのザルの中を覗き見るように畳の上に這いつくような恰好をとり、それから大きな灰色の双眸に喜色を満面に浮かべた。
 カゴの中にはつやつやしたカブトムシがいる。動きはそれほど活発ではないが、終が言うには、カブトムシは夜行性らしい。つまり日中の動きはあまり良くないということらしいのだ。
「……ヤコウセイだから元気ないのか」
 カゴから飛び出ているカブトムシの脚を指先でつつきながら、アルウィンは狼のふさふさとした尻尾をふるふると動かす。
 緋夏もまた畳に這うような恰好でアルウィンが覗くカゴの中を覗き見て、それから他のカゴの中も覗いていく。訳知り顔で「ふむ」とうなずいて、姿勢を戻して腕を組んだ。
「夜になれば元気になるよ」
「ほんとか!?」 
 がばっと身を起こして緋夏を見上げたアルウィンに、緋夏はにやりと笑ってうなずく。
「夜行性だからね」
「そうか!」
 アルウィンは深々と何度もうなずき、それから再びカゴに向き直ってカブトムシの脚をつついた。
「はやく夜になればいいな。とぶのかな」
 カゴの中、カブトムシはのっそりと動いている。

 撫子は庭先で大がかりな道具を作っていた。
 ジーンズに長袖のシャツ。今はシャツの袖をまくりあげているが、先ほどまで山中にいたときにはきちんと袖は下ろしていた。

 それまでは浴衣をいじっていた撫子がおもむろに山に向かう準備を始めたとき、鍛丸はさすがに少し驚愕し、撫子を止めるかついていくかしなければと思いたった。
 しかしそれも、撫子が山刀を提げ持ち、手に提げたその得物、もとい道具のゴツさとは裏腹な、華やかな笑顔を満面に浮かべて振り向いた瞬間にたち消えた。
「やっぱりぃ、竹やぶがあるなら流しそうめんかなって思いましてぇ☆」
 言いながら山刀を両手で持ち、胸のあたりに持ち上げる。そして細い首をかしげて笑みを浮かべ、てへっと舌を出して続けた。
「竹を斬る用に山刀持ち込んだんですけどぉ。……こういうのは鍛丸さんがお得意なんでしたよねぇ」
 失敗、失敗。てへっ☆ 
 鍛丸はこくりと深くうなずきかけてから、しかし思い立ったようにかぶりを振る。
「では儂は夕餉の支度などをするとしようかのう」
「はいっ☆ 私、箸休めに果物とかシーチキンとかの缶詰、山ほど持ってきましたから!」
「うむ、ありがたい」
 うなずき、笑った鍛丸にぺこりと頭を下げると、撫子はそのまま山刀を提げて山中に向かう細い獣道を登りだした。
「……気を」 
 つけての。
 そう言いかけた口を閉ざし、代わりに「ふむ」と小さな息を吐く。それからきびすを返して腕をまわしながら、鍛丸は夕暮れた空を仰ぎ見た。
 それからほどなくして、山中から竹を斬りだす音が鳴り響き始めたが、そのころにはもう、鍛丸は驚くこともしなくなっていた。
 しかし、鍛丸の代わりに山中で撫子に遭遇した終は目を見張り、足を止めていた。
 おそらく、自分とそれほど年齢の違わない女性が。しかも体躯は華奢で、見るからに非力そうな撫子が。
 山刀を振りかざし、竹を斬りだしているのだ。しかもどうやらもう三本目。それも、ラクラクといった風で、鼻歌すらまじえながら。
 終はそっと目をそらし、撫子に見つからないよう、そっと静かにその場を後にした。
 
「終殿」
 縁側で蚊取り線香に火をつけていた鍛丸が顔をあげた。撫子が登っていった獣道を、終がゆっくりと下りてきたのだ。
「アルウィン殿と遊んでいたと思うていたのだが。どちらへ参っていたのじゃ?」
 問われ、終は提げ持っていた魚籠を持ち上げる。
「……川があった。……夕飯にと思って」
「ほう、魚か! ありがたい!」
 駆け寄った鍛丸の声を聞いたのか、部屋の中でカブトムシをつついていたアルウィンと緋夏が顔を覗かせた。
「さかなか!?」
 はじかれたように縁側を飛び出てきたアルウィンは裸足だ。続きやってきた緋夏はサンダルを履いてはいるが、それも左右が逆になっている。
「アルウィン殿、サンダルを」
「アルウィン、さっき終とカエルを見つけた!」
「魚! デカいの捕れたか!?」
 アルウィンに縁台に置いてあったサンダルをアルウィンに差し伸べる鍛丸の言葉もそこそこに、アルウィンは今度は終が持つ魚籠の中を覗き込んだ。
 魚籠の中にはイワナが数匹ほどおさまっている。
「俺、あんまり釣り……巧くなくてな」
 申し訳なさげに言葉を落とした終だったが、しかし対するアルウィンたちは目を輝かせ魚籠の中を覗いていた。
「これ! これなんていう魚だ!?」
 アルウィンが問う。終は「イワナだ」と応えた。アルウィンは「イワナ」と繰り返して何度もうなずく。緋夏は感心したように終の顔を見つめて感嘆の息を吐いた。
「すごいね。どこで釣れたの? あとであたしも連れてってよ」
「アルウィンも!」
「え、……うん」
 釣果は十数センチほどの大きさのイワナが六匹ほど。もっと釣れれば、皆でこころゆくまで食せたのかもしれないが。そう思いながら戻ってきた終には、ふたりが見せる反応は予想に反したものだった。
「ダムを下って大きな川に出れば鮎も釣れるらしいのじゃがな」
「「アユ!!」」
 鍛丸の言にアルウィンと緋夏の声が重なる。見た目の年齢も実年齢も異なるふたりだが、精神年齢的なものは近いようだ。
「アユか。……釣ってみたいな」
「アルウィン、手伝うぞ!」
「あたしも!」
「……うん」
 きらきらと目を輝かせるアルウィンと緋夏にうなずき、終は目をしばたかせる。
「みなさーん! これで流しそうめんやりましょうー!」
 撫子の元気な声が四人を呼ぶ。顔を向ければ、そこには数本の竹を抱え持ち満面の笑みを浮かべている撫子の姿があった。
「おおおお! 撫子、すごいちからもち!」
 アルウィンが感嘆の声をあげる。
「そんな事ないですぅ☆」
 撫子はてへっと舌を出して笑うが、鍛丸と終はそっと静かに目をそらした。

 かくして撫子が手がけた大がかりな装置は流しそうめんをするためのものだった。
 段取りよく組まれた装置には、さらに撫子のトラベルギアが仕掛けられた。銀色のホースのついた小型の樽からはごく弱い水流で水が流れ出ている。
 撫子は完成した装置を満足そうに眺め、それからきびすを返し家の中に駆け込んでいった。
「じゃんじゃん茹でますよぉ☆」

 
 山の日没はあっという間だ。ひぐらしが鳴き始め、気がつくと辺りは静かな薄闇に包まれていた。そうすると今度はひぐらしに代わり、カエルや虫たちの鳴き声が周りを満たし始める。
 鍛丸は七輪に火をおこし、終が釣ってきたイワナを塩焼きしている。終は鍛丸が並べるイワナに塩をふりかけたりの手伝いを、アルウィンと緋夏は撫子が茹でたそうめんや食器の類いを運ぶ手伝いをしていた。
 一食分用に丸められたそうめんは大きな皿の上にきれいに盛り付けられ、缶詰は小鉢やガラスの器などに盛られている。見目にもいろどりよく、食欲をそそる出来だ。
 最後に、浴衣に着替えた撫子が麦茶とグラスを運んできて、夕飯は完成した。
「流しますよー」
 撫子が言ったのを、鍛丸が制する。
「撫子殿、儂がやろう」
 言って、鍛丸は和装の袖をたすきで縛った。
「撫子殿には用意を多く担っていただいたのでな」
「アルウィンも流すぞー」
 鍛丸の横ではアルウィンが菜箸を握り持っている。フォークの持ち方だ。それではそうめんを持ち上げるのは難しいだろうと、鍛丸は小さく苦笑いを浮かべる。
「あたしは食うぞ!」
 緋夏は流れの先で箸と器を持ちかまえ、すでにスタンバイ済みだ。終は焼けたイワナを並べた皿の横、やはり箸と器を手にしている。
「はい! じゃあ、お願いしますねぇ☆」
 たぶん、鍛丸は浴衣で作業する撫子をあんじたのだろう。察しながら、撫子は素直に好意をうける事にした。箸と器を持ち、緋夏の横に陣取り、笑顔全開だ。

 夕飯が終わり、片付けまでを終えると、空にはぽっかりと浮かぶ三日月の姿があった。その周りには数多の星が散らされている。
 洗い物は緋夏と終が担った。撫子は鍛丸が井戸で冷やしていたスイカを切り分け、縁側に置いて食後のお茶の用意をする。
 鍛丸とアルウィンはバケツに水を張り、花火の準備を担っていた。
「花火、キタエマ……キタエマルは得意か?」
「得意?」
 首をかしげ、先に倉庫から出してきた手持ち花火の小山に目を向けて、鍛丸は「ああ」とうなずく。
「そうじゃのう。それほど多く遊んだ事はないかもしれぬが、アルウィン殿よりはそうかもしれぬのう」
「こ、こわいか?」
「怖くはないのう。とても美しいもんじゃよ。……打ち上げ花火というものを見た事はないかの?」
「うちあげ?」
「うむ。夜の空に、それは大きな花が咲くのじゃよ」
 鍛丸は夜空を仰ぐ。アルウィンもそれを真似て夜空を仰ぎ見た。
「おおきな花?」
 夜空を端から端まで覆うほどの大きな花。想像ができない。
 ?マークを散らしながら首をひねったアルウィンの頭を撫でると、鍛丸は再び口を開けた。
「さあ、花火を始めるとしようかの」


 雪の結晶のような火花を散らすスパーク花火を手に、撫子はにこにこ笑って緋夏の語る話に耳を傾ける。
「この辺、トノサマバッタとかもいるのね。あいつら飛ぶときほんとこう、すごい羽音たてるからすごいよ」
「殿様ですかぁ? 普通のバッタと違うんですかぁ?」
「普通のバッタってこんぐらいだけど、トノサマバッタはこんぐらいデカいんだよ」
「うわあ、大きいんですねぇ!」
 緋夏が指で示した大きさの比較を、撫子は素直に驚いたり感心したりと忙しなく表情を変えながら見ている。その反応が嬉しいのだろう。緋夏はさらに饒舌になっていく。
「何匹か捕まえたんだけど、逃しちゃったからなあ……。明日また捕まえて見せてあげるよ!」
「本当ですかぁ!? 楽しみです!」
 目を輝かせる撫子に満足げに笑みを返し、緋夏は両手にそれぞれススキ花火を持って火をつけた。火花が勢いよく吹き出し、ススキの穂のようなかたちを描く。
「ふふふ。花火、楽しいねえ!」
 言いながら撫子からわずかに距離をとり、火花をふく花火を振り回しはじめた。

 アルウィンは、初めの一本にスパーク花火を手にしていた。
 初めこそ飛び散る火花に驚き目を見張ったが、それもつかの間。色鮮やかな火花が球体を描き爆ぜるのに見入り、みるみると頬を紅潮させた。
 さらに、目をやれば、視線の先、緋夏が高笑いしながら二本の花火を振り回している。アルウィンの目はさらに輝きを増した。
「アルウィンも!」
 言うが早いか、目についた花火を二本わしづかみ、火をつける。二本ともススキ花火だった。勢いよく噴射し始めた火花を興奮しながら見つめると、鼻息も荒く掲げ持つ。
「にとうりゅう! にとうりゅう!」
 生活を共にしている男の和な姿を思い出し、そこからサムライの姿を連想する。
 脳内イメージは、腰に二本の刀を提げ持つイケメンなサムライだ。サムライがかっこよく刀を抜き取り、それを振り回し颯爽とたちまわる姿を想像する。
「く、くひひ」
「アルウィン殿?」
 近くにいたのは本物のサムライ・鍛丸だ。その姿を見とめ、アルウィンの興奮はさらに高まる。
「はなれてて。アルウィン、今、危険」
「う、うむ。二本も持つと危険じゃよ」
 鍛丸がまっとうな事を言うが、アルウィンは自分が発したセリフにのめりこんでしまっていた。
「危険、……アルウィン、危険……ぶひひ」
 言いながらおもむろに走り出す。それに気付いた緋夏もまた、今度は片手に二本ずつの花火を持って走りだした。
 光の航跡が夜の闇の中、走る。
「気をつけるのじゃよー!」
 鍛丸が声をかければ、航跡の先から「「ぶひゃひゃひゃひゃ!!」」という楽しげな笑い声が響き、応えた。

 終は量産した氷と水の入ったバケツの近くに陣取り、線香花火を手に持ってこわごわと火をつける。ぱちぱちと静かに爆ぜる花火は、初めは体から遠ざけるようにして持ってみたが、次第に慣れてきたのか、ゆっくりと引き寄せる。
 控えめな火花にしばし見入り、心の底で小さな息をゆっくりと吐き出す。
「終殿の出自はどんな場所だったのかの?」
 花火を数本持ち、鍛丸と撫子が寄ってくる。
 終はゆっくりと顔をあげた。
「儂と撫子殿は壱番世界の出自での。まあ、時代は異なるのじゃが」
「はい☆」
「俺の世界は、……壱番世界に似た世界だったな」
「ふむ」
「どんな所なんですかぁ?」
 問われ、終はふと口をつぐむ。つかの間、闇に走る光の航跡に目をやった。
「本当に、……似ているような気がする」

 浮かぶのは一面の雪景色。凍り、眠りについている虫の姿。
 記憶に強く残っているのは冬に閉ざされた山の景色、だけれど。
「夏も……悪くないな」
 蒸しているような、それでいて澄んでいるような空気。頬を撫でる風の質感、湿った土の匂い、風が山を薙ぐ音、生物たちの声。白ではない、深い緑で覆われた世界。
 月の下、花火が爆ぜる。終が手にしていた線香花火はひときわ強く爆ぜた後、静かななごりを漂わせながら土の上に落ちて消えた。
「線香花火ってぇ、浴衣向きだと思うんですよねぇ」
 次の花火を終に手渡しながら撫子がしみじみと口を開く。
「浴衣ってぇ、見た目涼しげだけど、そうでもないんですよねぇ。普通の和服よりは涼しいっていうだけでぇ」
 言いながら鍛丸に目をやる。鍛丸は「うむ」とうなずき、変色花火に火をつけた。火薬の匂いが闇に舞う。
「涼しさを追求するんならぁ、やっぱり洋服のほうがずっといいと思うんですよぅ」
「ならばなぜ、撫子殿は浴衣なのじゃ?」
「えー。だって、浴衣に縁側にうちわで花火なんて、いかにも夏の風物詩って感じじゃないですかぁ☆」
「確かに」
 同意を見せた終に、撫子は頬をゆるめながら「ねー」と首をかしげた。
「明日は早く起きてぇ、トレッキング行こうかなって思うんですよねぇ」
「とれっきんぐ?」
「えーと、山歩きですぅ。私、親がどっちもトレッキング好きなんでぇ、小さいころからよく連れ回されてたんですよぉ」
「ほう。それで山道を歩くのも慣れたものだったんじゃな」
「はい☆」
 応えた撫子に笑みをこぼすと、鍛丸は縁側に移動してスイカを手にする。どたばたと走り回っていたアルウィンと緋夏がぜえぜえと息を荒げながら走り寄ってきて、縁側に倒れ込んだ。
「少し休んだらいいんじゃよ。スイカでも食べながらのう」
「スイカ!」
 板張りの上に倒れこんだアルウィンが顔をあげてスイカの皿ににじり寄る。
「先に手を洗うんじゃよ!」
 スイカに手を伸ばしたアルウィンの動きを制する鍛丸の声に、いつの間にか手を伸ばしていた緋夏もまた動きを止めた。まるで大人に叱られた子どものように、ふたり揃ってしゅんとなる。
 しかし、
「スイカを食べたら、残りはカブトムシさんにあげたらいいと思いますよぅ☆」
 撫子が横から口を挟むと、ふたりはやはり揃って顔を輝かせ、またどたばたと走り洗面所へと姿を消した。

 夜風が吹き、風鈴が風の音を響かせる。虫の声が遠く近く聴こえていた。
 終は縁側のすぐ近くで線香花火をつけている。
「ほんと、夏の風物詩って感じですよねぇ」
 縁側に座り、スイカを口にしながら、撫子が言う。終は小さくうなずいた。
 さすがに、大きな炎には少し抵抗がある。けれど慣れてみれば、花火は本当に美しい。瞬間燃え上がり、美しく爆ぜ、名残りを惜しむようにしながら静かに消えていく。それはまるで
「夏の終わりの象徴みたいな感じもして、少ぉし寂しいような気もしますねぇ」
 終の刹那的な連想をとどめるような撫子のため息に、終はそっと目を細ませる。
「……うん」
 うなずきを返す。そしてまた新しい線香花火に手を伸べた。

「アルウィン、子分がいる」
「へえ、子分? すごいね」
 ふたり並んで縁側に座りながら、緋夏はアルウィンの話にうなずいた。厚い皮ごとばりばりとスイカを食す緋夏に目を丸くし、それを真似ようと奮闘していたアルウィンだが、皮はそのまま食べてもそれほど美味しくないことを知ると、撫子に言われた通り、カブトムシのザルの中に入れてやることにしていた。
「あいつ、アルウィンの話をちっとも聞かないんだ。いつもボケーっとしてて、ふらふらーっといなくなるんだ」
「そうか。大変だね」
 神妙な面持ちでうなずく緋夏に、しかし、アルウィンは言葉を続けた。
「タイチョウは大変なんだ! でも、あいつ、悪い子じゃない。いい子なんだ」
 見目にも幼いアルウィンが”あの子”呼ばわりするような相手だ。きっともっと幼い子どもに違いない。
 考えながら、緋夏はふわりと笑う。
「そうか。あんた、いいヤツだね」
「ふふん」
 得意気に胸をはって、アルウィンは次のスイカに手を伸ばした。
「他にも、うまい飯を作ってくれる男とも一緒に住んでるんだ。そいつはとても優しい」
 言って、スイカをばりばりと食べる。
「お、やるね」
 緋夏は妙な感心を示し、負けじとスイカを食した。そうして横目にアルウィンの顔を見てニヤリと笑い、おもむろにアルウィンに向けてスイカの種を吹き飛ばす。
「うお!」
 驚いたアルウィンは目を丸くしたが、緋夏がニヤニヤと笑っているのを仰ぎ見、それからスイカの種が自分のすぐ横に落ちているのを確かめて、事態の内容を把握する。
 バリバリとスイカをかじり、口の中に種をためて、ぶぶぶぶとマシンガンのように連射した。
 緋夏も負けていない。スイカをバリバリとかじる。

「何をやっておるのじゃ」
 
 ふたりの熾烈なタネ飛ばし戦争は、奥の部屋に寝床を用意し、蚊帳まで用意してきた鍛丸が制するまで、ひたすら延々と続いた。


 翌朝。
 夜明けと共にトレッキングに向かった撫子と、カブトムシを捕まえにいったアルウィンと緋夏を送り出しながら、鍛丸は花火の片付けを始めた。
 とは言え、片付けは夕べの内に撫子と終がほとんど終わらせてくれていたようだ。
 アルウィンと緋夏による戦争の痕跡も、もうきちんと掃除されている。
 感嘆の息を吐きながら空を仰ぎ見る。紫がかった夜明けの空は、今日も一日晴天に恵まれるであろうことを報せていた。

「……みんなが帰ってくるまで、朝ごはんのしたくでもするか?」
 終の声が鍛丸を呼ぶ。振り向くと、廊下の上、寝ぼけまなこの終が頭を掻きながら立っていた。
「うむ。そうじゃの」
 うなずいて、それから思いついたように続けた。
「そうじゃ。昨日終殿が行った川で魚を釣ろう。朝餉には焼き魚がよかろう」
 そう声を弾ませる鍛丸に、終は小さなあくびをした後にうなずいた。
「……準備してくる」
 
 言い残し、廊下の向こうに姿を消した終を送った後、鍛丸は大きく伸びをする。
「今日も楽しむとしようかのう」
 誰に向けたものでもない言葉を落とすと、釣り道具を用意するため、鍛丸もまた、家の奥へと姿を消した。 
 

クリエイターコメントこのたびは長くお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。花火ノベル、お届けさせていただきます。

夏の一夜ののんびりまったりとした風景を描けていればいいなーなどと思います。
お待たせしましたぶん、少しでもお楽しみいただけていればさいわいです。

それでは、某WR様方を真似まして、以下に一言コメントを。

>鍛丸様
企画立案者様でもいらっしゃるので、今回はゲスト様方をお迎えする主催者側な位置でいろいろ動いていただきました。
お疲れさまでしたー。

>終様
もう少しそっけない感じのやり取りでもいいのかなーとか、むしろわたしの勝手なイメージだとそんな感じなんですが、書かせていただきましたら穏やかで優しいお兄さんでした。

>撫子様
ちょっとぶっ飛んだ感じになってしまったような気も、しなくもありません。

>アルウィン様
子分様方の描写はさらりと触る程度にさせていただきました。
緋夏様と同様、とても動きのある役どころを担っていただきました。

>緋夏様
アルウィン様同様、とても動きのある役どころを担っていただきました。
精神年齢が~という旨でしたが、どのぐらいやっちゃっていいものか考えました結果、こんな感じにさせていただきました。いかがでしたでしょうか。

それでは、またのご縁、お待ちしております。
公開日時2012-09-17(月) 09:20

 

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