オープニング

 ヘンリー&ロバートリゾートカンパニーに寄せられた企画案のいくつかは、有志による発案とともに、年越し特別便として運営されることが決定した。いずれも魅力的なリゾート企画揃いである。
「さて、それはそうと」
 資料ファイルを閉じ、ロバートはヘンリーを振り返る。
「僕たちも今年は仕事納めにして、どこかで休養しないかい?」
「いいね。楽しそうな企画が多いことだし。どのツアーに同行する?」
「いや、それだと仕事の延長になってしまうので。個人的なものにしたいんだよ」
 できれば、ティティを連れていきたくてね、と、ロバートはどこか面映そうな、素の笑顔を見せる。
「ティティ……、ああ、きみがカッパドキアで保護したという、ヴァン猫のユースティティアか」
 ヘンリーは得心して頷く。
 ロバートは以前、トルコ旅行の際に、ヒエラポリスの遺跡温泉で迷子の仔猫と遭遇したのだ。純白の毛並みに琥珀とトルキッシュブルーのオッドアイを持ち、泳ぎが得意なその仔猫は、『トルコの生きた文化遺産』ヴァン猫の特徴をそなえていた。
 なぜそんな貴重な猫がそこにいるのかは不明なままに、政府の関係筋に話を通した結果、現在はアーサー・アレン・アクロイドの保護預りとなっている。普段はロバートの別荘で管理人が面倒を見ているそうなのだが。
 もともとロバートは、動物と死に別れるのがつらくて、極力ペットは飼わないようにつとめてきたらしい。だが、ひょんなことから、世にも可愛らしい仔猫と縁ができてしまい、つまり今は、早い話が、ユースティティアと名付けたその仔猫に、

 ――骨抜きなのだった。

「ティティを連れていけそうな場所となると壱番世界になるのだが、都市観光ではないほうが良さそうな気がしてね」
「絶海の孤島とかかな?」
「そうだねぇ。たとえば――イースター島あたりはどうだろう?」

  * *

「よーし、今年の大掃除はサボる! とっちらかって黒い羽根まみれのシオンくんの部屋は、本人が帰って来たら掃除させようそうしよう」
 アルバトロス館とストレリチア館の寮母業務を、無名の司書は早々に切り上げた。
(アドさんとモリーオさんに謝らなくちゃ)
 ……悲観に囚われたままでは、何も好転しない。休むべきときに休んでおかないと、新しい一歩を踏み出すちからを蓄えられない。
「常磐(ときわ)たーん!」
「……はい?」
 春の迷宮発生時、フライジングで保護されたゴイサギの少女に声を掛ける。朱昏出身の彼女を、シオンは何くれとなく気にかけていた。ターミナルに馴染めるようにと、ストレリチア館への入寮を勧めたのも彼だった。
 常磐もまた、シオンの失踪にふさぎ込んでいたのだったが。
「久しぶりにロバート卿が、大枚はたいてロストナンバー貸し切り招待をしてくれるんですって。イースター島で羽根伸ばしましょ?」

  * *

 海を背に、集落を護るように、モアイ像は立っている。

 ちょい。
 ちょい。
 ちょいちょい。

 ガン・ミーとクロハナの尻尾に、ティティが交互にじゃれつき始めた。
 クロハナは現地に到着するなり、もうもう、目を輝かせて走り回っており、その愛くるしさといったらない。
 みかんどらごん司書は、何か壮大なことをやり遂げたかのように放心状態で仔猫に弄ばれされるがままだった。彼は出発前、「宿題」に必死に取り組んでいたのだが、その結果については、ここではツッコまないのがオトナのやさしさというものである。
「うっわ、ティティたんもクロハナさんもかっわいい。それに、ガン・ミーさんも。お疲れさまー」
「……頑張ったのだ……」
「いろいろ胸熱だわ。やだもうどうしようアドさん。鼻血が止まらない」
『オレの毛皮で鼻血ぬぐうなぁ! 血まみれじゃねーか』
「はいタオル」
「ありがとモリーオさん。巻き添えで血飛沫とばしてごめんね。ごしごし」
『まずオレを拭けー』
 ぷんすかしたアドは、宿題かぁ、と、ガン・ミーのほうを見る。
『そういやオレ、なーんか忘れてる気がするんだよなー』
「アドさんも宿題抱えてるの?」
『さーな。取りあえず昼寝するわー』
 ふぁあ、と、フェレット司書は大きく伸びをした。

 白い仔猫はやがてひょいと顔を上げる。
 次なる標的を見つけたのだ。
 冷ややかな横顔のそのロストナンバーは、他の旅人とは距離を置き、静かに海を眺めていた。
 その孤高の剣士ふうの彼に、ティティは走り寄った。漆黒のマントにじゃれつき、黒革のブーツに頭をこすりつける。
「……?」
 突然のことに、剣士は仔猫を見やり、眉を寄せる。
「申し訳ないね。この子はとても人なつこくて、それも、動物が不得手なひとに構ってもらうのが特に好きなようで」
 困惑する彼に詫びたロバートは、その顔を見て口元を綻ばせた。
「……やあセシル。イスタンブールぶりだね」
 
 広がる青空を、カモメが飛び交う。
 モアイ像がふと、微笑んだように見えた。


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●特別ルール
この世界に対して「帰属の兆候」があらわれている人は、このパーティシナリオをもって帰属することが可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入して下さい(【 】も必要です)。
帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、状況により帰属できない場合もあります。
http://tsukumogami.net/rasen/plan/plan10.html

!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号3113
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントこんにちは、神無月です。
ここんとこ、いろいろ重かったんで、皆さんお疲れでしょう。
ひとまずはモアイ像などを見上げて、ゆるーく息抜きしましょ、という趣旨でございます。

キナくさいことはまっっったく起こりません。
激動の一年を振り返るも良し、親しいかたがたと語り合うも良し、今後の旅路に思いを馳せるも良し。のんびりとお過ごしくださいませ。
あ、イースター島は世界遺産なんで、そのへんの尊重はよろしくでございます。

なお、司書連中+常磐たんは、仲良くくっついて昼寝してます。
話しかけられば起きますが、寝ぼけまなこで脱力系の会話しかできませぬ。

セシルさん(男装カリスさま)とロバート卿は、ヘンリーさんを真ん中に挟んで大激論を開始してます。
深刻な話でもラヴい話でもまったくなく「ペットを飼うなら犬か猫か論争」の模様。

 カリスさま→犬派
 ロバート卿→猫派
 ヘンリーさん→動物全般なんでもいける派
 
では、お気軽にどうぞー。

参加者
虚空(cudz6872)コンダクター 男 35歳 忍べていないシノビ、蓮見沢家のオカン
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
アキ・ニエメラ(cuyc4448)ツーリスト 男 28歳 強化増幅兵士
鹿毛 ヒナタ(chuw8442)コンダクター 男 20歳 美術系専門学生
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
有馬 春臣(cync9819)ツーリスト 男 44歳 楽団員
エレナ(czrm2639)ツーリスト 女 9歳 探偵
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
ハルカ・ロータス(cvmu4394)ツーリスト 男 26歳 強化兵士
黒嶋 憂(cdfz2799)ツーリスト 女 17歳 大名の娘
森間野・ ロイ・コケ(cryt6100)ツーリスト 女 9歳 お姉ちゃん/探偵の伴侶
シュロ(cunr9265)ツーリスト 男 27歳 父なる旅人
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
イェンス・カルヴィネン(cxtp4628)コンダクター 男 50歳 作家
ヴィンセント・コール(cups1688)コンダクター 男 32歳 代理人(エージェント)兼秘書。

ノベル

RESORT1◆謎の巨石文明を訪ねて 〜乙女座号で往く神秘の島〜

 南緯27度に位置するイースター島は、緯度的には沖縄とほぼ同じであるが、南半球にあるため、日本とは季節が逆になる。
 ゆえにイースター島に来た旅人たちは、夏のまぶしさを感じながらの年越しとなった。
 イースター島最大の15体のモアイ像が立つ「アフ・トンガリキ」は、島の東側に位置する。
 彼らは日の出前にここを訪れ、モアイの間から昇る朝日を眺めていた。

「良かった。来れてよかった!」
 坂上健は大感動しながら、スマートフォンで写真を撮りまくっている。
「だって就職したら絶対こんなところまで来れないと思ったんだ! ふつーにツアーに参加したら最低8日以上の日程だぜ!? しかもおひとり様40万以上かかるんだぜ!? 新婚旅行だってそんなに休めるか怪しいのにこの機会逃したら一生来れないと思ったんだよどうせ俺は空気読めてねぇよ言ってることきな臭いよ!? でも来たかったんだよ~!」
 目幅泣きしながら通常営業中の健くんに「……新婚旅行ってアンタ」とかツッコめるものなどいない。
 お土産を買おうとして値札を見てがっくり肩を落としながら(註:イースター島、わりと物価高いのよね)、よくわからない小物を購入しているすがたを、生暖かく見守るだけだ。
「たしかに、費用面にしても時間面にしても移動労力面にしても、自力じゃちょっとな」
 鹿毛ヒナタもまた、健とまったく同様の理由で便乗してみました派だった。
 ヒナタはあえて、逆光となる位置でカメラを構え、下から大きくあおる角度でシャッターを切ってみる。モアイの巨体をいっそう強調した、迫力ある画像を狙ってのことである。
「にゃ?」
 とことこと近づいてきたティティが、不思議そうにモアイを見上げ、くるりとヒナタを振り返る。海を背に、逆光を受けた仔猫はなかなか絵になりそうだった。
(そういや、ヴァン猫って希少種だっけ)
 生で見る機会もあまりなさそうだし、と、ヒナタはスケッチブックを取り出した。鉛筆が鮮やかに駆使され、仔猫は一挙手一投足を描きとめられていく。
 ある程度スケッチに慣れた時点で、ヒナタは画材を水墨に切り替える。
 墨の濃淡のみで活き活きと描写された仔猫の絵は、その両眼にわずかな色を乗せただけで、みごとに完成された作品となった。
「今にも絵から抜けて走り出しそうな出来映えだね」
 いつの間にやら、ロバートに覗き込まれていた。
「たしかセッシュウにそんな逸話があった」
「うわ吃驚した。そんな超大御所、引き合いに出さないでくださいよぉ」
「さしつかえなければどれか一枚でいいので、譲ってもらえないかな」
「あ、お好きなのどぞー」
 タダ旅のお礼には到底及びませんが、と、何枚か描いた水墨画を、ヒナタは並べる。ロバートは嬉しげに頷いた。
「ありがとう。額装して別荘の応接間に飾るよ」
「そこまでしなくても!?」
「んにゃー!」
 走りよってきたティティは、ぺし、っと、そのうちの一枚に前脚を押し付ける。
「……」
「……」
 くっきり肉球マークがついたその絵を、ロバートは譲り受けることになった。

  * *

 黒嶋憂は大きな瞳をぱちくりさせ、呆然と巨像を見上げていた。
「ヘルさま、ヘルさま、すごく大きな像が並んでいます……!」
 モアイの肩越しに、朝日は昇りつつある。ヘルウェンディ・ブルックリンは、眩しげに手をかざした。
「本当に大きいわね……。モアイを生で見るのは初めてだわ」
「これは、昔のかたが作ったもの……、なのですか?」
「私もそんなに詳しいわけじゃないけど、各血族の神化された先祖が祀られるようになったものみたい」
「神化された先祖……。フライジングの、シュテファニエさまの伝説のような……?」
 憂はそっと目を伏せる。
「どうしたの憂、沈んだ顔して。……ラファエルのこと?」
「……はい」
「私でよければ相談に乗るわよ」
「ありがとうございます。少し恥ずかしいですが、今日はすべてをお話したいと」
「ラファエルが好きなんでしょ?」
「はい」
 直裁に言われ、憂は頬を染めて頷く。
「憂は最近やっと、自分の気持ちを理解しました。けれどどこまで言葉にしてよいのか、わからないのです」
「だったら真っ直ぐにぶつかりなさい。鈍感相手に変な遠慮なんかしたら後悔するわよ」

 ――ときどき、思うのよ。
 オディールはああなる前に、一度でも自分の気持ちを、きちんとラファエルに伝えたことがあったのかしら、って。

「押し殺そうとしたから、悲劇が孵化したとも言えるわ」
「……お救いしたいです。ラファエルさまもシオンさまも、オディールさまも」
「そうね。ラファエルは私にとっても恩人だから、無事に帰ってきて欲しい」

  * *

 ヴィンセント・コールがイェンス・カルヴィネンに取材旅行としての参加を「命令」したのは、今後の創作活動に反映できるかも知れないというのと、旅費がタダであるからだった。
 さっすが敏腕エージェント兼秘書。
 なお、ヴィンセントさんの命令だからゆっても、イェンスさん的には嬉々として前のめりな楽しい取材であったりする。
 力の象徴であるモアイ像の変遷もラパヌイ文字も興味深い。相手部族を攻撃するとき、守り神であるモアイを倒し、霊力(マナ)が宿る「目」を破壊する「モアイ戦争」も、西洋文化とは違っていて面白い。
 小豆島くらいの広さのイースター島は、乗用車を使えば一時間くらいで一回りできるのだが、イェンスはあえて徒歩で巡っていた。
 イースター島唯一の集落ハンガ・ロア村、倒されたモアイが多く転がっている「アフ・アカハンガ」、海に向かって7体のモアイ像がアフ(祭壇)に立つ「アフ・アキヴィ」、モアイ戦争の激戦地「アフ・バイフ」、島民が考えごとをするときに使用するパワースポット「地球のへそ」がある「アフ・テピトクラ」――
 島の興亡は人類の縮図のように見えなくもない。地図を手にセクタンの力も借り、回るポイントやルートを押さえながら、ヴィンセントは思う。
 かなりの強行軍であるのに、イェンスの精力的な歩みは衰えない。ヴィンセントも、一緒に歩き回るのは久しぶりで感慨深いのだが、なにぶんにも鍛えてるイェンスさんほどには体力に自信がないんでちょっと息を切らしたりなんかして。なんだこの体力本当に50過ぎかオマエこういうのを文化型体育会系っていうんじゃなかろうか、とか思ったあたりで。 
「休憩しようか? 飴とお茶があるよ」
 イェンスが気遣ってくれ、ヴィンセントは有り難く息をつく。

 お茶を飲みながらヴィンセントが思ったことは、
(お土産にマケマケの人形を買おう)
 だった。
 たぶん、そんなもん見たアルウィンは泣いちゃうだろうけど。

  * *

「ジューン。ジューン! ねぇ、あれなぁに?」
「すごいね、おおきいね!」
 透明な羽根をきらめかせ、妖精の双子は飛び回る。
 リベルにそっくりの容姿を持ちながら、その性格は真逆の、イタズラでおしゃまな「リベラ」。
 エミリエにそっくりな容姿なのに、しかし真面目でお姉さん肌の「エミリナ」。
 英国に転移した彼女らを保護してから、ジューンは彼女らと生活をともにしていた。リベラとエミリナが妖精王の娘で、二千年の寿命を持つらしいというのは、双子と暮らしているうちにジューンが知り得たことだった。
 彼女らと旅をするのは、これが初めてだ。
 ジューンは、カンダータへの帰属を決めた。だが、でも双子が故郷に帰れるまでは帰属をしないとも決めた。
 そして、思い出を重ねるために、ここに来た。
 巨大なモアイ像にはしゃぐ双子に、コンダクターたちから聞いたこの地の歴史や文化を語りながら、ジューンは微笑む。
「ターミナルで3人で使えるお土産を、買いましょうか?」

  * *

 いささか下世話かも知れないけど、と、エロネタおっけいな彼らしからぬ前置きのもと、ロナルド・バロウズは有馬春臣を問いつめていた。
 大事な「弟分」氏家ミチルの、このところの変化の理由について、である。
「調子狂うんだよね。しおらしいというかおとなしいというか女の子っぽいっていうか」
「……そうか?」
「そうだよ。フライジングの収穫祭だっけ、あそこから帰ってきてからずっと」
 何かあったの、と、問うロナルドに、春臣はゆっくりと首を横に振る。
「特に、何も」
 強いて言えば、と、春臣はあのときのミチルのことばを反芻する。

 ――先生は自分がみゆきさんの生まれ変わりだから、気にかけてくれるんスか?

「心配してくれてありがとう。みゆきの件は吹っ切っていると確認してはいるよ」
「じゃあ、なんでまだモジモジしてんの」
「対処したくても、肝心な時に逃げられるので話せないんだ」
「まさか手出したの?」
「彼女は孫みたいな年齢だよ」
「年とか関係ないでしょ。それに孫はオーバーだ。せめて父親にしとこうよ」
「……機会があれば、彼女を元気付けてやってくれ」
「そんじゃ、俺が手を出しちゃお」
「そんなことをしたら殺す」
「面倒くさいなぁおい」
 まあ、子供の恋愛観に付き合うのは大変だろうけどさ、と、ロナルドは笑みを浮かべる。
「何にせよ、何とか頑張ってよ。応援するから」

  * *

「どうした、さっきからだんまりじゃねぇか」
 シュロはいささか呆れ顔でコケを、今は「森間野・ロイ・コケ」と名乗っている娘を見る。
 彼らはずっと生き別れ状態だった。この便が出発する直前、偶然にも再会したばかりである。
「……」
「親父との話し方を忘れたか?」
「……」
「……いや、まァ、そりゃ忘れっか」
「……コケ、『お父さん』、死んだと思ってた」
「ははぁ、やっぱ、そういうことになってたンだなぁ。俺の顔くらいは覚えてっか?」
「あまり……。でも」
 コケはじっと、父親を見つめる。そして、その顔に自身との相似をみとめた。
「……コケたち、似てる?」
 シュロは声を上げて笑う。
「ったりまえだろ。どうだ、母ちゃんや姉ちゃんや妹らは元気か?」
「ん……。皆元気。お母さんには、とても苦労かけたけれど……」

 ――お父さんはコケたちのこと、忘れたりしなかった?
 
 おずおずと問うコケに、シュロは再び、ったりまえだろ、と破顔する。
「ああ、もちろん家族全員覚えてるさ。あっちじゃ俺と、俺の家族が全てだからな」
 コケはほっと安心した表情でツタを伸ばし――手を繋ぐ。

「コケの今までのこと、お父さんに聞いてほしい。とても辛かったけれど……、大切な日々、だった」
「何かと面倒くせェことに首突っ込んだんだな」
 コケの話を聞きながら、シュロは労るように声のトーンを落とす。
「なあコケ、一度関わったなら、途中で手ぇ抜かずにやり切れよ?」
「うん」
 コケは大きく頷く。
「投げ出さない。これからの目標、たくさんある」


RESORT2◆お昼寝はモアイの下で

「……はいっもちろんOKです! 灯緒さん、クロハナさん、プロポーズお受けしますー」
「……むにゃ……、灯緒もクロハナも、はやまる、な。まだ、引き返せ、る……」
「仕事、終わらないのだー」
「わーい、みんなで遊ぶ。うれしい」
 無名の司書は自分にだけ都合のいい夢を見ながら、呑気に寝返りを打っている。
 アドはうなされているようだし、ガン・ミーは夢の中でも仕事に追われているっぽい。
 クロハナは寝ているときも起きているときもごきげんだ。

 何度もそばへ行こうと試みて、しかし吉備サクラは立ちすくむ。
 咽喉の機能は回復した。だが未だに、言葉は舌の上で凍りついている。
(私の言葉が、シオンくんを打ちのめした。そのせいで、悲しんで泣いているひとがいる)
 やはり説明出来ない。近づくことも出来ない。
 参加はしたものの、サクラは皆と距離を置いていた。食事の時間すらずらして、ただ部屋の中で震えていた。
(この羽根を、無名の司書さんに……、シオンくんを一番心配しているひとに渡さなければいけないのに)
 シオンが残した白い羽根。これは自分が持っているべきではない。
 可能であれば、彼の部屋に残された黒い羽根と取り替えてほしいとさえ、思う。
 けれど、その一歩が踏み出せない。
 サクラは、封筒に入れた手紙と羽根を握りしめる。
 帰りの列車がターミナルに着く直前に渡すことにしようと決心し、きびすを返した。

(……ん? あれ、サクラたん……、だよね……?)
 無名の司書は、寝ぼけまなこをこする。
 走り去るサクラのその背にほんの一瞬――愛らしい小鳥のような、翼が見えた気がして。

  * *

 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、さまざまなモアイ像を見上げながら散策するうちに、司書たちの昼寝場所まで辿りついた。無名の司書は再び、すうすうと眠っている。
(わたくしも心配じゃが、それ以上に司書殿も、シオン殿のことで疲労がたまっておったのじゃろうな)
 ジュリエッタは小さな声で、イタリアの子守唄を歌った。

  ねんねんころり
  歌って、歌って
 
  雪のようにまっさらなこころのうえに
  ねんねんころり

「……はっ!? 今、天使の歌声がっ」
 突然、司書は、がばっと起き上がった。
 そんでもって勢いよく、ジュリエッタに抱きついた。
「天使さま〜〜! 癒してくださいぃぃー! 膝枕してくださいぃぃぃー!」
「えいやぁ!」

 ……そして。
 投げ飛ばされた。
 条件反射的に。

「あわわ、つい振り払ってしもうた。司書殿〜〜! 永眠しないでほしいのじゃ~!」

(平和そうだな)
 ジュリエッタが失神した司書に取りすがっているのを遠目に見て、ヌマブチは思う。
 フライジングの異変と司書の動揺を人伝てに聞いたのは先日のことだ。
 最初は、何がしか声くらいは掛けるつもりであったが、どうやら無用のようである。
 ヌマブチがその場を立ち去ろうとした、そのときだった。

   「んにゃー♪」

 仔猫と、
 目が、
 合っちゃったんである。
 ばっちーーん。

  まさに 蛇 に 睨 ま れ た 蛙 。

 じり、じりり、とヌマブチは後ずさる。
 そして、逃げ出した。
 脱兎のごとく。

「にゃーーーん♪」
 ティティは喜んで追いかける。遊んでくれると思ったらしい。
 あと、ヌマブチさんのスゴくイヤそーな表情と軍人ぽい身のこなしが、ティティたんの好みにジャストフィットしたらしい。

「……ん? 遊んでくれるのー?」
 その物音で目覚めたクロハナにも、やっぱり遊んでくれると勘違いされてしゅたたっと回り込まれた。
 思わずティティにけしかけようとする大人げないヌマブチさんだが、果たしてうまくいくかどうか。

  * *

 ユーウォンは、イースター島につくなり、クロハナと遊ぼうと思った。
 しかーし。
「……。遊んでくれるの……? うれし……」
 クロハナたんはずっと紛らわしい寝言を言いながら寝ていて、やっと起きたと思ったら、ヌマブチさんを追っていっちゃったし。
 では、ガン・ミーと遊ぼう、と思ったのに。
 みかんどらごん司書は、失神した無名の司書を枕にして寝てるし。
 にゃんこを構おうと思ったけれど、ティティたんはヌマブチさんに夢中でものすごい勢いで追っかけてて、ユーウォンさんを完全無視しちゃったし。罪な女。

 モアイの周りを飛んだユーウォンは、頭に乗っかって見下ろしてみる。
(誰か、来ないかな?)
 たまたま、理星が通りがかった。どうやら誰かを探しているようで、きょろきょろしている。
「おい、そこの旅人!」
「……!?」
 ユーウォンの作り声に、理星はびっくりして目を丸くする。
 下から見上げただけでは、彼のすがたは確認できない。
 つまり、モアイに話しかけられたように感じたのだ。
「あ、あの?」
「昼寝している間にずいぶんな年月がたってしまったようだ。今の島の王は誰だ?」
「ご、ごめんなさい。来たばかりで、ここのこと、よくわからなくて」
 理星さんは理星さんなので、すっごいマジレスをした。
「まあいい。それより首が凝ってかなわん、少し揉んでくれ」
 マジレスにネタをかぶせるユーウォンさんだった。
 理星さんは真剣に考えてから飛翔し、やがて種明かしに笑うことになる。


RESORT3◆孤島のビーチでランチを

 目の前には真っ白い砂浜とエメラルド色の海が広がっている。
 イースター島のアナケナビーチの、砂の感触はまた格別だ。モアイを見ながら砂浜でお弁当を広げるというのも、なかなか粋なものである。
 おにぎり、空揚げ、玉子焼き。スタンダードなお弁当を、アキ・ニエメラとハルカ・ロータスはのんびりと頬張っていた。
 すぐ近くには、ロバートとヘンリー、虚空と蓮見沢理比古、そして後から合流した理星といった面々がやはり同じようにくつろいでおり、彼らと挨拶を交わしてからのことである。
「あのひとのあんな顔、初めてみた……」
 ハルカは、ティティに骨抜きのでれでれになっているロバートに戦慄している。
「誰かからの精神操作を受けているんじゃ?」
「誰かって誰だよ?」
「えーと、誰だろう?」
「実際、いろいろあって、ずいぶん変わったよな、あのひとも」
 いいように変わるんならいいんじゃねぇかな、あのひとも、お前も、と、アキは言う。
「お前、夢があるんだろ?」
「大それたことかもしれないけど、世界を変えたいと思う」
 しずかに、ハルカは言い切った。
「その夢が大それたことかどうかは判んねぇ。誰かが動けば、どんな世界だって変わるものだろうし」
「皆の未来を、いい方向に持って行きたい」
「俺はどこまでもついてくよ。どんな時でもお前のことを信じるし、助ける」
 アキもまた、そう約束する。

  * *

 虚空が持参したのは、自分で仕留めて熟成した鹿や鴨の燻製を使ったサンドイッチと、自分で釣った魚の干物、そして選りすぐりのワインや日本酒だった。理比古も豊富なデザートと猫用のおやつを持ってきていたため、彼らのランチは、野趣あふれるオードブルに恵まれることとなった。

「きみには毎回驚かされるね、虚空」
「まあ食え。ヘンリーも遠慮すんな。あと、ティティ嬢にも……、おーい、ティティ」
「にゃ?」
「ほれ、干物。無塩だから安心しろ」
「にゃあ〜〜♪」
 美味しそうなおやつをみとめ、ティティは遠方からすっとんできた。なお、ヌマブチさんは真っ白に燃え尽きて波打ち際でうつぶせになっている。
「……ティティがこんなに喜ぶのは珍しい。彼女の食事は、いつも特別に配合させているのだけど」
「はは。あはは」
 思わず、理比古は笑う。
「ロバートさんの可愛いとこ、また見つけちゃったな」
「何のことだね?」
 仔猫を溺愛している自分の表情がどんな体たらくになっているのか、ロバートは気づいていないらしい。
「まあ飲め」
「……飲もう?」
 虚空も理比古も、微笑ましさ混じりの呆れ顔で、飲み物を勧めるのだった。
 陽はすでに高く、明るい日射しが彼らを照らす。

  * *

(イースター島は小さい頃の憧れの場所だったなあ。モアイがなんか可愛くて好きだった)
 司馬ユキノは、モアイ群をゆっくりと見回した。そして、歓談中のヘンリーとロバートのグラスに、飲み物を注ぎ足す。何だか今日は、しみじみしてしまう。
(……いろんな世界に行って、いろんな人達と出会ったなあ)
 もしロストナンバーになっていなければ、こんな経験はできなかった。
「にゃん」
 ティティがすりりと、ユキノの膝に頭を擦りつける。
 仔猫を撫でてやりながら、ユキノは夏空を見上げた。

「何でこの島には不思議な像が沢山あるの?」
 ごく素朴なことを理星はヘンリーに聞いている。人見知りの彼だが、優しげなヘンリーには話しかけやすいらしい。
「こんにちはヘンリーさん。お久しぶりです! ご招待ありがとうございます」
 一一 一が朗らかな声でヘンリーに挨拶をする。
「こんにちは。いや、この招待はロバートが」
「ご招待ありがとうございますヘンリーさんっ!」
「始まりの姫ぎみは、今日もつれないことだ」
 ぼやくロバートに、ヘンリーが苦笑する。
「仕方ないよ。きみは彼女の王子にはなり得ないのだから」

 軽やかに駆けてきた白い馬から、黒髪の剣士がひらりと飛び降りる。
 セシルだった。
「移動手段に馬を使用できる土地柄も、たまにはいいですね」
「ああっ……!? あなたはイスタンブールの王子さま!」
 一は未だセシルの正体に気づいていない。
「おや、一はセシルのようなタイプが好みだったとは」
「すっすっ少なくともあんたはこれっぽっちもタイプじゃないんですからね! いくら金髪イケメンでやり手の企業家でブラコンでファザコンでロリコンでマザコンだからっていい気にならないでくださいツン!」
 ツン台詞にほとんどデレが入ってないあたりがヒメクオリティだった。
「……にゃ……?」
 やや心配そうに小首を傾げるティティを、一は抱きしめる。
「ん〜。仔猫ちゃんのことは大好きですよ〜。おねーちゃんとあそびましょうねー?」
「にゃん♪」
 たたたっ、と、走り出した仔猫を追いかけて、人目が逸れてから、一はティティに耳打ちをした。

(ねえ仔猫ちゃん、これ内緒よ?)
(にゃ?)
(私ね、前ほど王子様にドキドキしなくなったみたい)
(にゃ……)
(あの人が持ってっちゃったのかな?)

 だが。
 一は、素敵なものは堪能する主義である。
 今は、綺麗な景色と、美しいひとびとと、可愛い仔猫を全力で堪能しようと思うのだった。

  * *

「こんにちは」
 華月はぺこりと一礼した。
「ヴァネッサさんにご挨拶をしたので、他のファミリーのかたがたにも、と」
 彼女の頭上に真理数が点滅しているのを、ロバートはみとめる。
「夢浮橋へ帰属するのかな?」
「はい。ターミナルではお世話になりました」
「お世話……、は、むしろ僕たちのほうが、きみたちロストナンバーにしてもらった気がするのだけれどね」
 苦笑するロバートに、華月はふと口ごもる。
「……あの、それで、私が言うのもおかしいですが」
「何だい?」
「ヴァネッサさんのこと、よろしくお願いします」
「……」
「……。……」
「…………。……。……」
 よろしくお願いされた3人は、思わず顔を見合わせる。
「あ、あの。私がこんなことを言ってたこと、ヴァネッサさんには内緒でお願いします」
 華月はもう一度頭を下げる。
「ヴァネッサさんが幸福であるよう、祈っています。どうか貴方がたも幸福でありますように」

RESORT4◆千体のモアイの想い出

 さて。
 好きな動物談義に加わった面々の意見は、次のようになる。

 虚空さん→
「猫は確かに猛烈に愛くるしいが、俺は犬の忠実さが好きだな」

 理比古さん→
「断然猫だな。犬ならうちには毛並みがよくて可愛いのがいるからなあ……。銀色で、目が青い大きいのが(そういえば小鳥もいるね、と、丸くなって寝ちゃった理星さんを見ながら)」

 イェンスさん→
「友人の作家はイグアナを飼ってるんです。見慣れると可愛いですよ。ペットというわけじゃありませんが、狼も良いです。仔狼はふわっふわですよ!」

 ヴィンセントさん→
「ペットは子豚をおすすめします。豚は綺麗好きなんですよ」

 ロナルドさん→
「猫かな。気紛れなところもいいし甘える仕草も可愛い身のこなしが美しい女性っぽいところも良い転がるだけでも可愛い散歩させる必要がない」

 春臣さん→
「犬だね。ハチ公の話には泣いたよ。外見もそうだし健気なところやその他全般、全て可愛い。常日頃のクロハナくんを見たまえ!(やってきたクロハナさんを撫でながら)」


 ユキノさん→
「私は可愛い動物全般好きですよ。でもうちは家族にアレルギー持ちがいるから飼えないんです。だから、飼えるってだけで羨ましいな」

 ヒナタさん(談義未参加)→
「……。……(仔猫に寄ってこられたのでアドさんを人身御供に押し付けて白い獣同士戯れさせている。絵的にもいいと思っている)」


 ヌマブチさん(談義未参加)→
「……。……。……( 猫 な ん て )」


  * *

 皆と挨拶を交わしたあと、エレナはずっと愛らしく微笑みながら、動物談義に耳を傾けていた。
 一段落したのを見計らい、一にそっと声を掛ける。
「絶海の孤島っていうと、ちょっと思い出しちゃうね、ヒメちゃん」
「あの推理体験ですね!」
「……それとね」
 うふふ、と、エレナは悪戯っぽく笑った。
「2010年の夏、秘密のビーチでヒメちゃんが企画した、ヒーローショーも懐かしいな」
「うひぃー!」
 一はムンクの叫びのポーズになった。

 ――常夏の罠! ロストレンジャーVS怪人ディラックーン!
 ――出たな、悪の怪人ディラックーン! 今日こそお前を倒してみせる!
 ――フハハハハ来たな正義の味方ロストレンジャーよ! ここが貴様の墓場となるのだ!

「ここにいるみんなで、あれをもういちどやろうよ? 時間制限つきで舞台装置もつくっちゃう!」
「で、ででででも」
「ずっとみんなと一緒には、きっと……、いられないから。想い出はうんと作らなくちゃ」

 この島には、風化してしまったものも含めれば、千体のモアイが眠っているという。
 それらが今――

 エレナの錬成により、往年の威容を取り戻す。
 
 そして。
 絶海の孤島に、ヒーローショーが繰り広げられたのだった。
 
 旅先での、最後のイベントが。




 ――Fin.

クリエイターコメント大変おっまたせいたしましたー!
イースター島でのひとときをお届けします。

基本のんびりまったりでしたが、ラストのスペクタクルはぜひ大画面で見たい迫力でございました(?)。

なんだか感無量です。
ご参加、ありがとうございました。
公開日時2014-02-23(日) 21:00

 

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