空へ飛び上がり、または高い建物に登り、0世界で目にするとは思っていなかったものを見る。 ――樹海。 まさに木の海だった。 少し前まで広がっていたチェス盤の大地は地平線の向こうまで続いていたが、樹海もそれに倣うように目では確認出来なくなる場所まで続いている。「誘いがある」 活気溢れる酒場の中でそう言ったのはアマリリス・リーゼンブルグだった。 お気に入りの生麦酒を飲み干し、たまたま同じテーブルに居合わせた面々を見る。 先のナラゴニアとの戦が終わり0世界は大きな被害を受けたが、傷付き意気消沈している者ばかりではない。こうして活気を取り戻そうと即席の酒場を開く者も居る。その様子を見ている内、アマリリスも何か自分たちに出来ることを見つけ行動を起こしたくなったのだ。「誘いっていうと……なんだ、酒の飲み比べか?」 のんびりとした口調で言ったのはしらき。アマリリスは飲み比べという単語に思わず反応しかけるが、こほんと咳払いをして説明する。「それはまたの機会に是非。……皆、あの樹海がどこまで続いているのか気にならないか?」「気になる気になる。おれ、一度高く飛んで見てみたけれど果てが見えなかったから」 ユーウォンは翼をばさりと揺らした。 高いところから見れば何かわかるかと思ったが、図書館のある範囲からでは何も見えなかったのだ。 もっと飛んでいけばわかるものもあるのかもしれない。しかしそれを1人で行うのは危険だと承知していた。「つまり、偵察を兼ねて樹海の果てを確かめに行く。こういうことであるな!」 どーん! ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードの置いた巨大なジョッキの振動でテーブルが跳ねる。「のった! 漢たるものこういう誘いにはYESと返すのが決まりであろう!」「私ものらせてもらおう。あの樹海には興味があるからな」 フェリックス・ノイアルベールも頷き、アマリリスを見る。「誘うくらいだ、何かプランがあるのか?」「親分」「場合によっては準備に手を貸しても……」「親分親分」「……なんだ」 話を進めようとしていたフェリックスは斜め下を見る。 そこに居たのは丸いもふもふ。彼の使い魔・ムクである。「ワシ、尻が痛いダス」「……」 先ほど跳ねたテーブルで強打したらしい。とりあえず上着に押し込んで聞かなかったことにする。「飛行能力のある者は空から偵察し、目印をつけながら前進。途中で野宿を挟みながら目的の達成を目指す形になるな。目的はもちろん樹海がどこまで続いているかの偵察だ」「携帯食料と飲料が必要だな」「キャンプセットならば拙者が担ごう。なぁに楽な仕事よ!」「任せてもいいだろうか? 私は進んだ距離や目印を記していこう」 フェリックスとガルバリュートに頷き、アマリリスが言う。 んー、としらきが間延びした声を漏らしながら考え、口を開いた。「おれは他の道具や、用意してくれた食いもんや飲み物を運ぼうか。手ぶらじゃ落ち着かないしな」「宜しく頼む。あとは……」 ユーウォンがアマリリスの袖を引く。「距離や目印のメモ……地図作りを手伝うよ。運び屋をしていたから距離感を掴むのは結構得意だよ」「頼もしいな、では頼む。ふむ、一通り決まったか」 一旦目を閉じてスケジュールを組み立て、アマリリスは4人に告げた。「明後日の朝に出発しよう。今夜の帰宅後、トラベラーズノートで詳細を連絡する。いいか?」 返ってきたのは肯定の頷きだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)フェリックス・ノイアルベール(cxpv6901)しらき(cbey8531)ユーウォン(cxtf9831)ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)=========
アマリリス・リーゼンブルグは目的とメンバーの詳細をリベルに伝え、必要な物のアドバイスを受けてからカメラや時計、筆記用具一式等を買い込んだ。その他、あれば便利だと思ったものをバックパックに詰めていく。 室内でふと顔を上げれば、窓の向こうに見えるのは緑の海。 到底先の見えないそれに向かうべく、アマリリスは荷物を手に立ち上がった。 同時刻、フェリックス・ノイアルベールも準備を終え……否、最後に忘れてはいけないものを荷物に詰めていた。 使い魔用のきゅうりである。使い魔といえども同行者のひとり。食料は忘れていけない。 水はその使い魔から十分に確保出来るだろう、と水を入れるためのペットボトルも荷物の中に入っている。 しらきは出発前にターミナルを歩き回り、ここだという場所を決める。 やはり見慣れた駅前が良いだろうか。そこへ紫炎を灯し、いざという時の保険にした。 この炎さえあればしらきは自分を起点にターミナルの位置・距離・方角を確認することが出来るのだ。 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードは出発直前まで筋トレを行い、筋肉を温める。未知なる樹海である、この先何が待ち受けているのか誰にもわからない。事前にコンディションを整えておかなくては。 水を飲み干し時計を見遣る。集合時間までもう少しだった。 ユーウォンはほんの少しだけしょぼしょぼする目を瞬かせながら集合場所へと向かっていた。 0世界で本格的な探索を出来るとは夢にも思っていなかったのだ。否応なしにわくわくしてしまい、気がつくと一睡もしないまま翌日になっていた。 とはいえ体調は悪くはない。 「早く樹海の上を飛びたいな……」 呟くように言い、待ちきれずに翼をはためかせた。 ● 「これを」 集まったメンバーにフェリックスが渡したのは、不思議な青さを持った石だった。大きさは手のひらに収まるくらいだが、それぞれ形が少しずつ違っている。 「ターミナルの瓦礫を媒介に作ったものだ。持っていれば私がその人の位置把握を出来るのと、これで通信を行える」 「ほう、通信機能か。どれ……」 ガルバリュートが石に向かって気合のこもった声を出す。 びりびりと石が震えるほどの声が皆の耳に届き、ほとんどの者が面食らった顔をした。 「む、しまった。こんな近距離では実際に石からも声が出たかわからぬな!」 「ね……眠気覚ましにはなったよ」 眠そうだったユーウォンがしゃっきりしてしまった。 フェリックスは咳払いして続ける。 「それと、この石を砕けば一瞬で私の部屋の魔方陣へと戻ることが出来る。帰る際は活用してくれ」 「おお……そうだ、それなら」 しらきが懐をごそごそと漁る。 皆の前へ開かれた大きな手のひらの上には、紫色の石が人数分のっていた。 「これもフェリックスの石みたいに位置がわかるんだ、念のため持っててくれ」 「ありがたいな、この樹海ではぐれでもしたら大変だ」 二つの石をそれぞれ別のポケットへしまい、アマリリスは目前に広がる森を見る。 水に食料にと準備は万端。 まずはここから――と、足を踏み出して緑色に包まれた大地へ一歩進み出た。 ユーウォンは来た道を正確に記憶していた。 頭での記憶というより感覚で覚えているものに近い。どれだけ離れようが帰ろうと思えばすぐに帰れる、そんな安心感が常にあった。 頑張って早くこの樹海の世界に順応したい、と思いながらばさりと羽ばたく。 (みんな百戦錬磨って感じだもん……おれも頑張らないと) 探索しているだけでユーウォンは楽しい。だがこの気持ちは仲間で共有したいものだ。 仲間も皆同じ気持ちになれるよう、自分の力で手伝いたい。その一心でユーウォンは未知なる空を飛ぶ。 そのやや上空を飛行くのはフェリックス。 最も高所を飛ぶ理由はふたつ。仲間の様子を把握しやすいのと、樹海の先をよりよく見ることが出来るからだ。 「今のところ変化はなし、か……」 視線を向けた先には延々と続く地平線。0世界は星とは違うため、それはどこもカーブせず一直線に続いている。それがフェリックスには物珍しい。 フェリックスの出身世界も壱番世界と同じく球体の星として存在していた。こんな綺麗に横へ伸びた地平線を目にする機会はここへ来るまでなかったのだ。 なんとなしに手を伸ばしてみる。 地平線はまだ掴める気さえしない。 ガルバリュートは筋肉や骨の出来に1ミリの不完全ささえない肉体を持っていたが、決してそれだけではなかった。 事前に仲間へと3点法で直線を作って進む方法を提案し、ズレなくそれを実行している。これにより面での探索が可能になり、地図を作るのに必要な様々な情報を得ることが出来た。 「ふむ、地平線はやはり平坦か」 ノートによる連絡を受けて呟く。0世界は丸いのかどうか気になっていたが、報告を見る限り平坦らしい。 アマリリスは逐一得た情報をメモに纏め、そして地図に描いていった。 樹海は目印となるものが少ない。木の上に目立つ赤い布をくくりつけた他、時には枯れ木を組んで人工的に目印を作ったりもした。その目印と目印の距離もメモし、おおよその移動時間も書いておく。 せめて川や泉があれば良かったが、行けども行けども水源らしきものは見当たらなかった。 「川の見当たらない地図というのも面白いものだ」 アマリリスは唸るように言う。故郷ではなかなか目にする機会のないような地図になりつつあった。砂漠ならありうるが、周りは緑に囲まれている。 そこでふと時計を見、ガルバリュートに声をかけてからノートへと文字を書き込む。 「ずっと歩いていると時間経過がわかりにくいな……そろそろ休もう」 すうっと影が落ちてきた。 紫炎から創り出した巨大な鳥型の使鬼に乗ったしらきが飛び降りてきたのである。地面と接触する寸前でふわりと浮き、そのまま着地する。 大量の飲食物は複数用意したこの使鬼に運ばせていた。そこから持ち出したリュックを背負い直す。一食分ならばこれくらいで十分だろう。 「どこで休むんだ?」 「そうだな……火も使うしなるべく木の密集していない場所がいい」 「ならすぐそばにおあつらえ向きの場所があったぞ、こっちだ」 一旦その場に目印を立て、しらきの背を追う。出たのは岩のある少し開けた場所だった。 「今日はここで食事と睡眠をとろうか、それと……」 アマリリスは口ごもる。 「なんだ、何か気にかかることでも」 「……料理は皆に任せたい」 危険なのである、色々と。 水を提供し終えたムクはしゃくしゃくと美味しそうにキュウリを齧っている。 「うーん、この辺の木で食べられる実が生っているものはないみたいだね」 「そうか……残念だがデザートはないな」 「その分美味しいものを作るよ!」 肩を竦めるアマリリスにユーウォンが張り切って言った。 ユーウォンの得意料理といえば様々なものをごった煮にした鍋であったが、それを食べられるのは味覚の順応性が高いからこそ。他の者が食べるには難があると既に学習していた。 だが鍋というのは手早く楽に作れる料理でもある。具材も細かなことを気にしないのであれば切るだけでいい。 だからこそ今夜のメニューはユーウォンの発案により鍋となった。美味しく作って仲間を喜ばせたいユーウォンは張り切らざるをえない。 火を皆で囲み、食卓は賑やかなものとなった。 鍋に入った肉団子を口に運び、笑顔を見せたアマリリスを見てユーウォンも嬉しくなる。 水がなくなるとムクが水筒係として出張し、またフェリックスの背中へと戻ってキュウリを齧る。その動作が可愛らしく、小さなもの好きのしらきは目元を細めた。 野営する陣地の周りにはフェリックスが張ったバリアが薄く光を反射している。 簡易バリアのため強力な何か……たとえばワーム等には破られてしまうかもしれないが、不意打ちは防ぐことが出来る代物だ。 それに加えてしらきの使役する小鳥型の使鬼がバリアの外を見回っていた。仲間以外の動く存在が居た場合、すぐさましらきに伝えるよう指示してある。 「おれは眠る必要がないから、この後も引き続き火の番や見張りをしておこう」 「交代はいらないの?」 「ああ」 少なくとも今日は必要なさそうだ。しらきは頷く。 寝ずに夜を過ごすと時間が長く感じるものだが、しらきはそれに慣れている……というよりもそれが普通であるため、苦ではない。これで皆の安全を守れるならばと名乗り出たのだ。 てきぱきとテントを組み立て、翌日に備えて残りの4人は早めに睡眠をとるために横になった。 眠りに落ちる前にユーウォンは空を見上げる。 やはり、雲ひとつないのが不思議だった。 ● 翌日は初日よりも大分進むことが出来た。 ワームの気配も今のところない。それどころか動物に遭遇することすらなかった。 三日目は背の高い木々の多い場所が長く続いたため、目印作りに苦心した。旗も用いたが、どうにも視界が悪いのと、地上からだとほとんど見えないため建造物に近い目印を立てたのである。 ガルバリュートが作った目印がどう見ても本人の像にしか見えなかったのはここだけの話だ。 四日目ともなると疲労が溜まり始め、間に入れる休憩の回数が増えてきた。 「大丈夫か?」 しらきがユーウォンを気遣い声をかける。 少し速度の落ちていたユーウォンは片手を上げて答えた。 「うん、大丈夫」 見下ろした先には四日間変わらず緑色が広がっていた。 ユーウォンは目まぐるしい変化には慣れているが、変化のない世界には慣れていない。0世界に大きな変化が訪れたとわくわくしたものの、どうやら樹海は樹海でとても変化に乏しい場所らしかった。 「辛くなったら使鬼に乗るといい、休憩くらいにゃなるだろう」 「……! ありがとう、その時はお言葉に甘えるよ」 使鬼の乗り心地が気になって、疲れていなくても乗ってしまいそうだった。 「フェリックスとムクも、疲れたら遠慮なくな」 見上げて言うと、見えるように少し高度を下げてからフェリックスは頷いた。 ずっと背中に引っ付いているムクはさほど疲れていないようだ。――それどころか鼻ちょうちんが見えるのは気のせいだろうか。 「それにしてももう四日か……果てが見える気配もないな」 地平線は相変わらず一直線で、点となった木々はぼやけて見えなくなっている。 四方を見回しても同じ光景ばかり。目印やマジックアイテムがなければ遭難していたところだ。 測定のために貸してもらっているしらきの使鬼と歩きながら、アマリリスは時計を見た。もう何度目になるかわからない。 「もう時間か?」 「ああ、地図もそれなりに進んだからな」 手早くノートで連絡し、今夜の野営地を探す。 どうやら近場にテントを張れそうな場所があるらしい。荷物を背負いなおしてそこへ向かい、得た情報を再度口頭で伝え合いながら準備をする。 「おっと、そうだ……どたばたしていて忘れていた」 ふとあることを思い出したアマリリスが木へと近寄った。 ここへ来た時から気になっていたのだが、なかなか確かめるチャンスがなかったのである。 「何をしているんだ……?」 フェリックスは不思議そうにそれを見る。 アマリリスは帽子を脱ぎ、木の幹に耳を押し当てていた。 「普通の木かどうか確かめたくて、な。こうすれば水の流れる音が聞こえるかもしれない」 静かに静かに耳を澄ます。 ごご……とくぐもった音がするが、人が耳を塞いだ時に聞こえる血流や筋肉の音と聞き分けがつきにくい。 「……本物の音を聞いたことがないと判断出来ないな」 むうと唸り、今度は土に触れる。 根を露出させるのは抵抗があったが、軽く穴を掘ってみた。 「どれ、拙者も手伝おう」 まるで重機のようなスピードで土を掘り起こすガルバリュート。それでも根を傷付けない細やかさは忘れない。 木の根はこれといって変わったところはなく、枝分かれし落ちきらなかった土を纏っていた。土の匂いも普通の土と変わらない。むしろ混じり気のない質のいいものという気さえする。 「ふむ、それなりに彫ったがあのチェス盤の大地は出てこないか」 一体どこへ消えたのかはわからないが、この広大な樹海が瞬く間に広がったくらいだ。不思議な力が働いたのかもしれない。 アマリリスは土で汚れた手をはたく。 「ありがとう、食事前に手を煩わせたな。とりあえずこのこともメモして……」 「しっ!」 フェリックスの鋭い声が飛ぶ。 5人は黙って動きを止め、辺りはシンと静寂に包まれた。 「……っ! バリアが破られた」 異変を感じたフェリックスはバリアの消滅をいち早く感じた方向へと目を向ける。 すっと飛んできたしらきの使鬼が主の肩へと留まり、その正体を教えた。 「おかしなものが来た、って……もしやワームか?」 「姿はすぐお目にかかれそうだぞ、ほら」 フェリックスは抜き放った剣を木々の間へと向ける。 かさ、かさっ…… 驚くほど軽い音だった。0世界に風が吹いていたならば、その音と間違えていただろう。 火の光に照らされ、その姿が視界へと入ってくる。 「…………」 アマリリスは思わず露骨に嫌そうな顔をした。 数え切れないくらいの長い肢、それに紛れて伸びる触角、姿形は壱番世界のゲジゲジに似ている。 その体色は漆黒。表面は鋼のような光沢を放っていた。 「ここに住んでる生き物……って訳でもなさそうだね」 ユーウォンはギアである肩掛け鞄を握る。 ゲジゲジ……もとい、ワームは5人に気がつくと思いもよらぬ速さで接近してきた。 「くっ、気味の悪いワームだ!」 この速さでこんな樹海の奥地まで進んできたのだろうか。 アマリリスは飛び掛ってきたワームを避けざまに斬りつける。肢の数本を刀身が捉えたが、表面の艶やかさにより滑るようにいなされた。 一旦退いて体勢を立て直すか、このまま戦うか――迷う間もなくガルバリュートは拳を振るい迎え撃つ。 ワームは拳を受けて吹っ飛んだ。殴り応えが軽い。ワーム自体の重量は人間の子供と変わらない程度らしかった。 戦闘が始まったのを確認し、しらきは荷物の護衛へと回る。 飲食物の輸送は自分が請け負ったもの。荷物の安全をなんとしてでも守り抜かなくては、ここで調査が終わってしまう。 荷物を背にしながら、しらきはワームだけを燃やすよう作った火炎を飛ばした。 ワームに虫のような習性があるのかは不明だが、炎に一瞬怯んだかのように体をびくつかせる。 「厄介な動きは封じさせてもらおう」 躍り出たフェリックスから放たれたのは冷気。 フェリックスは様々な属性の魔法を使役することが出来るが、周りが樹海であることに配慮し、炎や雷などの魔法は使わないようにしようと出発前に決めていた。 肢先から徐々に凍り、動きを鈍らせるワーム。抵抗の意思を見せるように触角がガクガクと動く。 バキンッ! 硬質的な音をさせ、凍り始めていた肢が折れた。意図的なものではなかったが、これ幸いとワームはフェリックスへと飛び付こうとする。 しかしそれは0世界では縁遠い強風によって阻まれた。 軽さが仇となったワームはそのまま後方へ吹き飛び、木に背中を強かにぶつける。 「腹までは硬くなかったようだな……」 動こうとしたワームの腹をアマリリスの剣が射止めた。 ガルバリュートが重々しい一歩を踏み込み、ランスを突き出しワームの頭部を貫く。軽さに不釣合いな体液を撒き散らし、ワームは細かく痙攣して動かなくなった。 「獲ったどおおおおお!!!」 そのまま高く持ち上げてひと吼え。喉と筋肉が振動する。 「ワーム、本当にうろうろしてたんだね」 ユーウォンはふうと息をついて鞄を閉じる。 「あの風はユーウォンか?」 「うん、援護くらいしか出来なかったけれど……」 「いや、助かった。あのままでは下手をすると逃げられていたかもしれないからな」 さらさらと消えてゆくワームの死骸を見ながらアマリリスは言い、剣を鞘に収めてしらきを振り返った。 「荷物は……無事のようだな」 「ああ、傷ひとつない」 それじゃあ食事だ、としらきにアマリリスは微笑んだ。 ● 合計20日。 間に戦ったワームは三体。どれも移動に特化したものだったが、それも終盤には見なくなった。 旅団の残党は確認出来ず。こちらの方面には逃げてこなかったのだろう。 地図は25枚に亘った。そのほとんどが樹海であり、それぞれの地図の差異といえば目印の数や種類、あとは木々の立ち位置と種類、大きさくらいだった。 ――地の果ては未だ見えない。 「……ふむ」 木の葉を少量採取し、アマリリスは思案する。 「各自、持って帰りたいものがあれば今の内に採取を。ターミナルに一旦帰ろう」 食料が心許ないのもあるが、溜め込んだ情報を他の探索隊とすり合わせたいという目的もあった。 進行を断念した場所に大き目の目印を作り、各々思い思いに採取を開始する。 ユーウォンは面白い形の石を鞄へ入れた。気になったのもあるが、単純に良い石だなという興味が湧いたのだ。 葉、草、その場の空気を袋に閉じ込め、5人は再度集結する。 「今のところは実質果ては無かったと判断しておこうか。……なに、今後時が答えを出すであろう」 「そうだな、それにその内開拓もここまで追いつくかもしれない。ならばその時また同じだけ進むとしよう」 ガルバリュートにフェリックスは頷く。 実際に果てがあるならば目にしてみたかったが、今すぐでなくともいいだろう。 ターミナルは未だに復興途中。一度帰りそれを手伝うのも良い選択肢かもしれない。 「……チャイ=ブレもこの樹海をあまねく知るにはこの先何年もかかるのではないか」 ガルバリュートは最後になるかもしれない、この場から見る樹海の風景を見回した。 「自らの知識で創り上げたものだからといってその総てを知っているというのはおこがましい。拙者も日々最高の肉体を創るべく研鑽しているが人体は実に不可思議、未だ完成には至らぬ」 知る、の先には創る、が存在しそれこそが新たな学びを生む。彼はそう言いチャイ=ブレの姿を思い浮かべる。 「チャイ=ブレは今初めて創る喜びを知ったのかも知れぬな」 バキッ! 青い石を握り潰すと、その姿が瞬時に掻き消えた。 続いてアマリリス、ユーウォン、フェリックスが石を砕き、ターミナルへと帰還する。 最後にしらきが石を握った。 「……また来たいな」 静かにそこに存在する樹海に目を向け、しかしすぐに視線を外すと石を砕いた。 フェリックスの自室と入り混じる視界。消えていく樹海の風景。 最後に見たのも、やはり緑色の海だった。
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