オープニング

 ターミナルは気温の変化がない。
 ひいては四季もなければ季節の行事もないという事だが、
 コンダクターの影響を受けてか壱番世界の行事は頻繁に行われている。
 それが、悪戯と関するものなら動かないはずがない。
 だが『体制』側の人間は往々にしてその手の異端を嫌う。
 その内容によっては、実行者の自由を完全に奪うくらいはするはずだ。

 その前提を知っていただけに自分の身にこの手に影響を及ぶ覚悟はできていた。
 覚悟と労働の辛苦はまた別物である。
 自分の体を苛む気温も、水も、そして腕を離れぬ棒も。
 霧に浮かぶ白亜の城で、収監者たる少女は小さくため息をつく。
 習慣的に「ターミナルにとって不都合な存在」がとらわれた場所で、幾人の囚人が彼女と同じ絶望の吐息を吐いただろう。

「計画」は、順調であったはずだ。
「準備」も、問題なかったはずだ。

 しかし、少女は今、監獄に囚われている。
 鉄格子は閉じられていないが、動ける範囲は狭い。
 囚われの姫君とでもいうのだろうか、と桃色の髪を指に巻きつけて遊んでみるが、揶揄する声すら聞こえない。
 脱獄を試みればホワイトタワーの『レイヴン』――獄卒達は自分にどれほどの危害を加えるだろうか。
 はかない妄想にしがみつき、少女は窓を見下ろす。
 今、自分を監視する人間は誰もいない。それは分かっている。
 それでも少女は慎重にあたりを伺った。
 ――時期は今しかないのだ。来月では手遅れだ。
 少女はポシェットから紙を取り出し、小さな瓶に詰めた。
 窓から見えるのは霧ばかり。
 それでも、いや、それならば。
 投げられた瓶のメッセージは誰かに届く可能性はゼロではない。


   ――届いて、この思い。


 ピンクの髪の少女、エミリエは目を閉じ念じると、瓶を思いきり窓からブン投げた。

ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ 

「これがそのメッセージですか」
 世界司書リベルの手にあるのは一枚のチラシ。
 少女が塔から投げた手紙は偶然そこを通りがかったロストナンバーが拾い、どこをどう経由したのか、半日も経過した頃には多数のコピーがターミナルに出回っていた。
 そのコピーのうち一枚がたまたまリベルの手元にある。
 いつもの鉄面皮で目を通し、やがて彼女は目頭を押さえた。
「すぐに対策を練ります。手すきのロストナンバーに協力者を集めてください。補助が可能な世界司書にも援護の要請を」
 リベルの号令ひとつ。
 世界図書館にいる伝達役のセクタンが走り回り、世界司書やたまたまそこにいたロストナンバーまで調整役へと任命される。
 なるべく多くの情報を、とリベルが臨時対策所を構えてから急にターミナルが慌ただしくなった。
「伝達径路の確認をします。要人のリストを!」
 さっと目を通し、リベルは眉をひそめる。
 自分のミスに気付いたからだ。
 緊急時の伝達、と己は指示を行った。
 ならば最初にこの人物の所へ報告が行くのは当たり前である。
 伝達先リストのトップにある最重要人物。
 ――世界図書館の館長、アリッサ・ベイフルック。

 たっぷり十秒ほど己の失策を無言で嘆き、リベルは立ち上がる。
「オペレーション・ポントチョウを発動。ターミナル全域での暴動を仮定し、世界図書館の全力をあげて治安維持。ハロウィンの暴走がホワイトタワーに波及することを阻止します」
 覚悟を決めた悲壮な顔で、ターミナルにいる不特定多数のロストナンバーに対し、リベル・セヴァンは開戦を宣言した。
 どうせ、負けたって後からホワイトタワーの掃除を命じれば良いのだから、と。

ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ 

 ――参考文書1:ホワイトタワーの少女からのメッセージ

「とらっぷおあとりーと!
 エミリエは今、ホワイトタワーの掃除を命令されています!
 ハロウィンのために、あんなにあんなにあんなに準備をしたのに!
 セクタン・パンプキンフォームとか、セクタン・カボチャフォームとか、
 セクタン・ナンキンフォームとか、セクタン・スクウォッシュフォームとか、
 セクタン・ボーボラフォームとか、セクタン・トーナスフォームとか、
 セクタン・アニモフ(南瓜型)フォームとか、いろいろ考えたのに!
 最後のはただの南瓜のぬいぐるみだろうって? それは細かいことなんだよ。
 愛称はカボタンとパンタンのどっちがいいかなっていうのも些細なことだよ!
 でもって、ホントに作れないかなーって色々やってたら、リベルに見つかりました。
 変なことしていないで仕事しろーって追い出されました。
 追い出されたので一週間ほどリベルの食事にカボチャのたいたんを出したけど普通においしくいただかれちゃったので、夜中にリベルの枕元にカボチャのお化け型ランプにケチャップを塗って置いておいたら、……翌朝、ウィリアムさんにホワイトタワーにつれてこられました。
 リベルのおしおき……じゃない、陰謀で、全部の部屋をお掃除するまで出ちゃいけないそーです。
 これは圧政です! 弾圧です!
 ロストナンバーは「自由」の名のもとにたちあがるべきです!
 そうじゃなくてもいいからエミリエと遊んでくれればいーよ!
 エミリエ達はばか騒ぎをする権利があるんだよー!

 ……と、いうわけで、エミリエは今、わずかな罪を取り沙汰されてホワイトタワーに捕まっています。
 これを見たロストナンバーの人。ハロウィンまでに助けてください。エミリエもハロウィンで遊びたいんだもーん!!!」



 ――参考文書2:世界司書リベルからの通達

「10/31の日没から深夜にかけ、大規模な暴動――悪ふざけが見込まれます。数は不明ですが相当数の参加者あると思われます。
 煽動者はエミリエ。おそらく館長もどこかで悪ふざ……いえ、視察なさっているでしょう。
 手すきのロストナンバーを総動員し、暴動の目標と予想されるホワイトタワーを防護します。
 最優先すべきは、お祭りがあったくらいでオシオキを逃れられるなどという前例を作らないこと。

 ホワイトタワーの獄卒「レイヴン」は、掃除係が暴れた程度で乗り出してきませんが、
 破壊行為が行われた場合の行動は予測できませんので、緊急時を除き抜刀や発砲の類は控えてください。
 また暴動の参加者に知己、友人がいれば事前にバカげた行為に参加しないよう説得をお願いします。
 協力をいただける場合は歓迎します。

【警備予定地域】
 1.城門前
 2.大広間
 3.中庭
 4.貴賓室
 5.牢獄

 協力者は任意で警備にあたってください。
 くれぐれも殺傷行為、破壊行為は控えるように」





 ――参考文書3:館長アリッサ・ベイフルックからの"非"公式演説抜粋

「面白そう! せっかくだからハロウィン・パーティしよう!
 お化け屋敷にお化けが乗りこむみたいなパーティとかどう?
 場所はじゃあホワイトタワーで。リベル側はホワイトタワーで準備して迎え撃ってください。

 エミリエ側は10月31日の日没になったら、ホワイトタワーに乗りこみます。
 お化けの大群がホワイトタワーに乗り込もう!

 10月31日の23時59分59秒までにエミリエを助け出せたらエミリエ側の勝ち。
 エミリエとエミリエ側の皆さんは無罪放免です。お掃除はまた大晦日くらいにみんなでやろう。

 でも、その時間までにエミリエを助け出せなかったらリベル側の勝ち。
 エミリエ側についた人全員でホワイトタワーの大掃除をお願いします。
 しばらく使ってなかったからお城のあちこちが本物のお化け屋敷みたいだし、綺麗にしないとね。

 他にルールは特にないかな。お祭りだからって暴れたりケガすることは禁止です。
 あ、それと、ハロウィン・パーティだから参加者は全員仮装してね」

ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ 

 ホワイトタワーの頭上、ありえない程の暗雲が雰囲気良さそうなので立ち込める。
 沈まぬ太陽が、その方がそれらしいからという理由で地平線の彼方へ没した。
 必要以上にカラスがかーかー鳴く。
 にゃあん、と黒猫の鳴く声がした。
 いつも以上におどろおどろしい霧中の城。
 かつてない恐怖とパニックが(意図的に)訪れようとしていた。


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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号1485
クリエイター近江(wrbx5113)
クリエイターコメント※)
・ネタです。細かいことは気にしない!
・時系列とかも気にしない。他のハロウィンシナリオにいるからこっちに来ちゃいけないとか考えません。

・改めて説明しますと、ホワイトタワーを舞台にした脅かしあいのどたばた劇です。
 リベル側)お化けの大群となって、ホワイトタワーの要所に陣取り、やってくるイタズラお化けの大群を迎え撃ちます。
  →プレイングは「トラップ」「撃退方法」「ひどい目にあった時のリアクション」が中心になるかと思います。
 エミリエ側)イタズラお化けの大群となってホワイトタワーに向かい、守っているお化けの大群を驚かして回ります。
  →プレイングは「脅かし方」「侵入方法」「ひどい目にあった時のリアクション」が中心になるかと思います。
・つまり、どっち側でもひどい目にあう可能性はあります。クール系の性格の方には不向きかも知れません。イメチェン歓迎。
・勿論プレイングの内容は上記に限りません。好き放題やってみましょう。
・一つの場所の人数にたっぷり差があると、少人数側の出番がちょこっと増えます。

【勝敗】
・プレイングの冒頭に「エ」か「リ」の一文字を書いておいていただけると分かりやすくて近江は助かります。
・どちらの陣営の場合も、自分が向かう場所の指定があれば記載してください(リベルの指定した場所の番号です)
 →つまり、プレイングの最初の二文字は「エ1」(←エミリエ側、城門前でびっくりさせるの意味)とか「リ4」(←リベル側で貴賓室で迎え撃つの意味)とかになります。
指定がなければ陣営(無所属含め)も登場場所も近江が勝手に決めます。この場合は勝敗条件に関わりません。

・エミリエは「1~5の警備予定地域のうち、リベル側のロストナンバーが"二番目"に多くいるところ」で助けを待っています。
・エミリエのいる場所に「リベル側の人数より、エミリエ側の人数が集まる」とエミリエ側の勝ちです。同数だと陣営総数が多い方の勝ちになります。

【最重要】
・勝敗はただのオマケです。あまり気にせずにわいわい騒ぎましょう。

参加者
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生
黄燐(cwxm2613)ツーリスト 女 8歳 中央都守護の天人(五行長の一人、黄燐)
ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)ツーリスト 男 21歳 従者
ワード・フェアグリッド(cfew3333)ツーリスト 男 21歳 従者
旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)ロストメモリー その他 100歳 学校の精霊・旧校舎のアイドル
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
小竹 卓也(cnbs6660)コンダクター 男 20歳 コンダクターだったようでした
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
ネモ伯爵(cuft5882)ツーリスト 男 5歳 吸血鬼
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)コンダクター 女 5歳 迷子
祭堂 蘭花(cfcz1722)ツーリスト 男 16歳 忍者(忍術使い)
柊 黒(crvw9256)コンダクター 男 20歳 大学生
カンタレラ(cryt9397)ロストメモリー 女 29歳 妖精郷、妖精郷内の孤児院の管理人
玖郎(cfmr9797)ツーリスト 男 30歳 天狗(あまきつね)
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
秋吉 亮(ccrb2375)コンダクター 男 23歳 サラリーマン
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ロイ・ベイロード(cdmu3618)ツーリスト 男 22歳 勇士
レナ・フォルトゥス(cawr1092)ツーリスト 女 19歳 大魔導師
ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイド(ccbw6323)ツーリスト 男 38歳 重戦士
ダルタニア(cnua5716)ツーリスト 男 22歳 魔導神官戦士
ファリア・ハイエナ(cpuz5926)ツーリスト 女 30歳 掃除屋
流鏑馬 明日(cepb3731)ツーリスト 女 26歳 刑事
山本 檸於(cfwt9682)コンダクター 男 21歳 会社員
アジ・フェネグリーブ(cspf9584)ツーリスト 男 29歳 元兵士
逸儀=ノ・ハイネ(cxpt1038)ツーリスト その他 28歳 僭主と呼ばれた大妖
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ツーリスト 男 29歳 機動騎士
あれっ 一人多いぞ(cmvm6882)ツーリスト その他 100歳 あれっ一人多いぞ
ハギノ(cvby1615)ツーリスト 男 17歳 忍者
オルソ(cwfh6458)ツーリスト 男 19歳 警備員
ナイン・シックスショット・ハスラー(csfw3962)ツーリスト 男 21歳 使い魔…?
森山 天童(craf2831)ツーリスト 男 32歳 鞍馬の黒天狗
黒葛 小夜(cdub3071)コンダクター 女 10歳 小学生
ハルシュタット(cnpx2518)ツーリスト 男 24歳 猫/夜魔
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
仁科 あかり(cedd2724)コンダクター 女 13歳 元中学生兼軋ミ屋店員
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス
ファーヴニール(ctpu9437)ツーリスト 男 21歳 大学生/竜/戦士
レイド・グローリーベル・エルスノール(csty7042)ツーリスト その他 23歳 使い魔
Q・ヤスウィルヴィーネ(chrz8012)ツーリスト 男 42歳 S.S.S
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
ワーブ・シートン(chan1809)ツーリスト 男 18歳 守護者
バナー(cptd2674)ツーリスト 男 17歳 冒険者

ノベル

 ――城門前。
 普段は起きない日没と共に、誰が鳴らしているのか、ごぉんごぉん、とパーティの開始を告げる鐘が響く。

 荘厳なる城門の前に独りの男が立っていた。
 軍服を纏った屈強な身体、その布越しに見て取れる程の筋肉。
 そして、首から上はパンプキンヘッド。
 コタロ・ムラタナは大きく腕組みをして、城門の真正面に陣取っていた。
 その音が止むのを合図に、彼はぱちんと指を鳴らした。
 あちこちでぴきぃんと空気が凍りつく甲高い音が響く。
 まず、地面が凍りつく。
 木々は霜を帯びて白く輝き、凛と済んだ空気は凍てつく寒さを帯び、パンプキンの切れ目から吹く吐息が白濁した。
 寒冷効果のある呪文が発動した。
 己の魔術が完成したことに満足し、彼は「いつでも来い」と小さく呟く。

 その後ろから二匹の蝙蝠の獣人が歩いてくる。
 一方は金属の鎧。
「寒ッ!? なんだこりャ!?」
 がしゃりがしゃりと金属音を立てている。
 その横に、こちらは真っ白な雪だるま。幸か不幸か、コタロの発動した呪文により猛烈な冷気に晒された世界にはマッチしている。
 が、己の姿はさておいて、雪ダルマは甲冑を見つめていた。
「ベルゼ、その鎧、ステキ、カッコイイ!」
「ま、まぁ……ワードが異様に気に入ってるみてーだし、ガマンすっか。よーしワード、雪球の準備は出来てるよなァ? この城門に向かってくるヤツなら構わねェ、どかどかぶつけてやれ!」
「雪球、いっぱイ出来てル、雪合戦、準備オーケー。秋だけド、雪合戦、痛くないかラ、大丈夫」
「あ、中に石入れるのはナシだぞ!」
「石なんテ入れないヨ?」
「……来た」
 コタロの小さな呟きに、ワードとベルゼは同時に振り向く。
 手持ちの雪球を構え、迫ってくる敵の数を数えて……。
「ひとり!?」
 一人だった。
 だが、それは巨大な相手だった。
 近づいてくる姿がやけに大きく見えた頃、それが大型の獣。熊であることに気付く。
 空手着をまとい、ハチマキを締め、どすんどすんと地響きを立てて迫り来る。
 よく見ると、その背に一人の少年が乗っていた。
「まだよく見えなイ」
「行くぜェ……、3、2、1……。発射!」
 ベルゼの合図でワードとベルゼの雪球が空を舞う。
 ぐへっ、と悲鳴があがり、熊の上に乗っていた少年が転げ落ちる。
 が、熊の勢いは止まらない。
「おい、やべーんじゃねェか!?」
「わわわワ、ぶつかル!」
 熊、ワーブの突撃を回避するため、左右に飛びのき、何とか事なきを得る。

「エミリエさんを助けに行くのですよぅ」
 ワーブが吼える。
「あと、もがもさんのカタキですよぅ!」
 さっき背中に乗っていた人物は長手道もがもだったようだ。
 それはさておき、ワーブの巨体は勢いそのままに城門へと向かってくる。
 一直線上にコタロが不動の体勢で立っていた。
 ワーブが近づく。

 その巨体の突進の前にぼちゃんと水風船が落ちた。
 この冷気の中、水を被るのは命に関わる。
 弾けた水が凍りつく地面を見つめ、その水風船の出所を探った。
「悪いことしたら駄目なんですよ……!」
 シーツにすっぽり身を包んだ小柄な人物が切々と訴えかけてくる。
 シーツのお化け、小夜はまっすぐな瞳で、次々に水風船を投げ落とし、地面に次々と氷の池を作り出した。
「げッ、くせェ!?」
 にんにく、唐辛子、コショウに生卵。
「何ですよぅ?」
 たまたまそのうちのひとつをモロに画面にあたり、ワーブが仰け反る。
「うわ!?」
 その様子に、コタルは勝利を確信すると一歩、足を下げ腰を落とした。
 その瞬間、がらがらがらと巻き上げ音が鳴る。
「!?」
 何をしたのかと見下ろした足元には何かのスイッチ。
 何かヤバいスイッチを踏んでしまったのか、と理解する間もなく、城門の跳ね橋は巻き上げられた。
「おいぃぃぃィ!? 早くおろせェ!?」
「ベルゼ、ベルゼ。その前ニ」
「あ、ああ、そうだな」
 二匹は雪球を手にワーブへと近づく。
 突撃する場所がなくて、行き場がなく、熊は気がつくと左右を囲まれていた。
 自慢の鼻は潰され、毛皮は雪まみれ。
 ついでに本気で応戦したらイタズラではなくなってしまう。
 ワーブが己の絶望的な状態に気付いた時には全てが手遅れだった。
 じり、じり。
「うわ、やめて……」
 やがて、ワーブは雪まみれになって転がる。
 跳ね橋に軍服のすそを取られ宙吊りとなったコタロの足の遥か下、真っ白になったワーブはリタイアを宣言した。

 ――城門、リベル防衛隊。防衛完了。






 ぱたぱたぱたぱた。
 大広間を駆け抜ける小さな魔女。
 最奥、椅子にちょこんと座る小さな人影、頭部に被ったカボチャの仮面からピンクの髪が飛び出ていた。
「エミリエ、見つけた。すぐ助けるわ!」
 あと数メートル。
 もう少しで手が届く、という所でレナが立ちふさがった。
「来たわね、カオスの使徒め。そうはいかないわ」
 巨大な広間、対峙するはレナ・フォルトゥスと、小さな魔女、ティリクティア。
「大人しく降参しなさい」
「ふふふ、残念ね。ここにいるのは貴方一人よ。お菓子を出して降参する? それとも、イタズラされる方がいいかしら?」
「やってごらんなさい、できるものならね。……《麻痺雲(スタン・クラウド)》!!」
「残念、そう来るのは知ってるの!」
 ぴょいと飛びのき、霧から遠く距離を取る。
 エミリエからも距離を取ることになってしまうが、これは仕方ない。
「逃げるなら早く逃げなさい。悪戯っ娘はおうちに帰る時間よ」
「エミリエのイタズラに乗ったオバケはね、いくらでもいるの。お姉さん」
 ティリクティアは手にした杖を振る。
 レナの麻痺雲はひとつに集まり、やがて形を為す。
 雲は霧が晴れるように消えてなくなり、その中から人影が姿を現す。
 ワー・ウルフ、もとい、ワー・ドッグである。
 もっとも、このゲームの特性上、獣ではない。
 単純にもっふもふの着ぐるみに身を包んだ坂上健は、わぉーん! と吼えた。
「こんな萌え姿を大っぴらに世間に晒しても怒られない……何て良い日だ、ハロウィン! 凄ぇよ、エミリエ! くぅぅ、一生ついて行くぜ!」
 現れたが早いか、拳を握り締め、涙をこらえているかのように力をこめて賞賛する。
「そのために、エミリエは助けさせてもらう。くらえ!」
 もふもふの着ぐるみは銃口をつきつける。ただし、プラスチック製の銃である。
 脅しではない証拠に坂上はためらわずトリガーを引き抜いた。
 ぴゅーっと水が飛び出て、レナの服にかかる。
「え、なになに?」
 わふーん! と鳴いて坂上がレナに飛び掛った。
 誰がどう見ても隙だらけ。ティレクティアはエミリエの椅子に近寄り、パンプキンヘッドを持ち上げた。
 が、中から出たのはエミリエではなく、ティアラ・アレンだった。
 ピンクのカツラを被せられ、ついでに猿ぐつわ。
「あ、しまった。……予知した時にピンクの髪の毛だけしか見なかったんだ。そういえば城内にエミリエがなんか多いなって思ったのよ! こうしてはいられないわ、次にいかないと!」
「逃がさない……!」
「しつこいわね。これで、どう!?」
 ティレクティアが杖を振り上げる。
 どこに隠し持っていたのか、大量のガラス玉がばらばらと床に散らばった。
 坂上も呼応するように着ぐるみのどこに隠し持っていたのかガラス玉をバラ巻きはじめる。
「ガラス玉の波が……、あれ~~~~!!」
「勝った!」
 坂上が拳を振り上げ、次の一歩を踏み出そうとしてべちゃっと床に倒れた。
 足の裏が地面にひっついてしまっている。
 レナの最後の術はどうやら床一面に蜘蛛の糸のような粘着性を持たせるものだったらしい。
「黒ワンコの毛並みが、毛並みがっ?! べとべとする! うぉぉ、たぁすけてくれ~」
「落ち着きなさい!」
 ぎゃんぎゃんと叫ぶ声と共に、大広間に潜んだたった一人のリベル側参加者、レナが意識を失った。

 ――大広間、エミリエ隊。突破完了。





 地下深く。
 牢屋と呼ばれるその地点で、川原撫子はつまらなさそうに辺りを見回した。
 ため息をひとつ。
 彼女の纏う衣装は襤褸切れ。
 ついでに口紅で頬から伝う血を演出。
 ものの数十秒でできる仮装の上、手にはブラシと洗剤を持っている。
「あ、おい、あんた」
 山本 檸於に声をかけられ、撫子はゆっくりと振り向く。
「ぎゃぁ!?」
「失礼ねぇ」
 暗闇の牢獄で、血糊のついた女性が振り向けば大体ビビる。
「わ、わ、悪い。あ、ええとエミリエはいたか?」
「んーん、もう諦めて掃除始めちゃってるよぉ」
「諦め早ぇな……」
「そうでやんスねェ……、わっちとしてももう少し頑張ってくれないと手ごたえがないでやんす」
「ひぎゃぁぁ!? 鎧が喋った!?」
 山本 檸於の後ろに飾ってあった鎧が唐突に話し出す。
 なんとなくコミカルな動きでもって撫子の動きに合わせ、がしがしモップを動かしている。
「なんだ、中に誰がいるか知らねぇけど、おまえもエミリエを助けるのを諦めたのかよ?」
「いやぁ、わっちはリベルお嬢の側でやんすよ。でもねぇ、リベルお嬢が勝っても負けても何にもありやせんが、エミリエお嬢は負けたら掃除でやんしょ? ちっとはお掃除しとくのが親切ってぇものじゃありやせんか」
 人情ってもんでやんすよ、と鎧の金属をがしゃがしゃ鳴らせつつ床をゴシゴシと擦っていく。
「あら、話せるじゃない。全然ハァハァしないお屋敷なんだし~……さっさと掃除しよ」
「あれ? この牢屋、鍵がかかってるんでやんすね」
 甲冑が牢屋をがしゃがしゃと引っ張る様子はわりとホラーかも知れなかった。
「掃除ができないでやんすよ」

「あ、鍵は俺が持ってるやつだけだよ」
 唐突に、闇の中から声がした。
 よく見れば夜色のタキシードに赤いネクタイ、地下にも関わらずシルクハットを被って、おしろいでもはたいたか白い肌にぎらりと光る牙。
 吸血鬼伯爵の正装である。
「開けたけりゃ力ずくで奪い取るか……、解錠頑張ってみる?」
「ああもう、掃除できないじゃない!」
「そうでやんすねぇ」
「……おまえらエミリエを取り返しに来たんじゃないのか?」
「掃除に来たのよ、そ・う・じ! さっさとどかないと、まとめて掃除しちゃうぞ☆ そぉれぇっ☆」
 返事を聞かず、吸血鬼伯爵こと鰍に向け洗剤の粉を投げつける。
「おい、ちょっ、待てっ!」
「はーい、掃除するでやんすよー」
 撫子と甲冑のモップが鰍の足元を思い切り直撃する。
 おりしも、磨きに磨いてさらに洗剤にまみれたままの床である。
 思い切り転んだ鰍の上を、ごしごしとモップが通り過ぎ、そのまま撫子と甲冑は檻の並ぶ廊下の奥へと立ち去った。
「ええと、だ、大丈夫か?」
「どーも、御世話様」
 檸於に助け起こされ、憮然と暗闇の廊下を見つめる鰍。
 その視線の先、あまりに暗くて見えはしないが、がしゃーんと何かが派手にぶつかる音がした。
 どうやら甲冑が何かにつまづいて転んだらしい。
「うぉぉ、わっちの頭が甲冑と一緒に取れやした!? わっちの頭、頭~」
 という悲鳴からするに、今、こっちに向かって転がってくるものは先ほどの甲冑の頭部らしい。
 こつん、と鰍の踵に兜がぶつかった。
「なんだ、これを落としたのか?」
 兜を持ち上げる。予想通り、中身は空っぽだった。
 予想に反して、地面に人の頭が残っている。
 薄暗いこの状況では生首にしか見えない。
「おおお!?」
 檸於の絶叫に反応し『生首が彼を見上げた』のだ。
「いやぁ、お恥ずかしい所を見せちまったでやんす」
「こ、ここが俺の終着駅か……」
「あ、おい」
 吸血鬼伯爵こと鰍の声が耳に届く前に、檸於の意識はふっとんだ。

 ――地下牢、リベル防衛隊。防衛完了。




 中庭は脅かし合戦の様相を呈していた。
 最大の激戦区となった中庭は、隠れての奇襲はほとんど見られない。
 リベル側の仕掛けたトラップも犠牲者を出す形でどんどんと消化されていく。
 そんな中庭を見下ろす遥か上。大時計の針の前で、虎部隆は針に丸太を仕込んでいた。
「壊しちゃいねぇからな」制限時間を少しでも延ばそうという試みだろうか。
「さて、派手に行くぜ!」
 ポケットから、背のリュックから。
 あちこちを叩くと、叩いた所から火花が散った。
 どん! どぉん! と派手な音が中庭中に響き渡る。
「ほう、愉快な技だな」
「だろ!?」
 答えつつ、虎部が振り向く。
 空中にアマリリス。翼を広げ優雅に挨拶してみせる。
「こういう遊びが好きな相手は同志に等しい」
「そっか、エミリエの味方だな」
「いいや、リベルの側だ。残念だが」
 アマリリスが手を翳す、途端に虎部の顔が驚愕に引きつった。
「ちょ、おま……。幻? え、タンマ、これは反則、ぎゃああああ!!!!」
 何かから逃れようとするように、虎部は両手を振り回し、足を踏み外して大時計から落下していった。
「これは失礼。反則だったかな」
 アマリリスも一緒に急降下を開始する。地面に激突寸前、虎部の手を引っ張り上げ、そろりと下ろす。
「身体を張って悪戯しようとする心意気が気に入った。君は同志だ。同志よ、またどこかで遊ぼう」
 笑みを浮かべ、アマリリスは再び上空へと舞い上がった。


 黒マントにパンプキン。定番でありながら根強い人気のスタイルである。
 だが、その姿でありながらオルソは挙動不審にあたりを見回していた。
「あ……あれ? どこ行っちゃったの?」
 一緒に参加したはずの兄を探す。どこで逸れたか、オルソは一人で乱戦の中をさまよっていた。
『エミリエだ! そっちにいったぞ!』
「え? え?」オルソの方角に向かってくるピンクの髪の少女。
「かかったぁぁ!」
 仁科あかりの仮装はずばりエミリエだった。
 当然、エミリエ側の参加者は彼女を追い掛け回す。
 ビー玉を投げまわし、ヘンなふわふわしたものを落とし、セクタンのモーリンを身代わりにしたてて、逃げまくる。
「逃げ足なら負けない!」
 そう騒いでいる女子がオルソへとつっこんでくるのだ。避ける気配は見えない。
「もーイヤだぁー! みんな帰ってよぉ!」
 オルソのパニックが最高潮に達する。
 彼は足元に気のフィールドを張り、一気に爆発させた。
「しぎゃーー!?」あかりが吹き飛んでいく。
「みんな酷いよ! ボクが何したっていうんだい!?」
 はたから見れば驚かせる気満々である。
 パンプキン男はめそめそ泣きながら走り、南瓜の重さからか二回ほど転びつつ、城の中へと走っていった。
 吹っ飛ばされたあかりの方はと言えば、筋肉マッチョの狼男に介抱されている。
「わ、わたしの死は3年隠して……下……」
「おおおお、しっかりするのである!!!」
 筋肉マッチョ、ガルバリュートの腕の中であかりが静かに息を引き取った体で、眠り始めた。
「おお、仁科殿の無念、拙者が必ず晴らしてみせる!!!」
 立ち上がり、狼の被り物で月に向け吼える。
「ケモナーどもよ、群がってくるが良い!」
 だだだだだだだ。
「うっせぇ、ケモナーなめんなぁぁー!!!」
 白装束、幽霊スタイル。
 やけに活き活きとガルバリュートの首目掛け、小竹はドロップキックを打ち込む。
「こちとら、メーゼの狐火で後ろから隠れて楽しもうと思ったけど、なんだそれは! かぶりもの!? 仮装はいいさ、わかるさ、だがその程度でケモナーの熱い血が揺さ振られるとか思ったら大間違いだ、再教育してやろうじゃないか、いいか!」
「よくないのだ」
 すとっと首筋に手刀を打ち込まれ、小竹はぱたりと地面に倒れる。
「熱い主張はいいけど、今、ホットでクールなのは趣味じゃなくてこの場なのだ」
 倒れた小竹に、カンタレラはぴしっと言い放つ。
「ぐ、ぐぬぬ」
「さあ、そんな所で倒れてないで。まだまだ盛り上がるのだ。れっつ・ぱーりぃないっ!!」
「あんたが……、やったん……だろぉが……!?」
 ぐっ、と呻き、小竹は意識を失った。
「おおお、小竹殿! 最後までつっこみを忘れぬとは、ケモナーとつっこみの鑑!」
「ケモナーは関係ないのだ」
 楽しそうに笑い、カンタレラは再び人ごみの中へと走り出していった。
「さて、小竹殿」
 返事がない、ただの屍のようだ。
「あちらでハイエナと竜人ハーフと犬の獣を見かけたが」
 がばり。
 なんと小竹は蘇った。
 すたたた。
「……元気なのは良いことだ」
 ガルバリュートは走り去る小竹を頼もしそうに見つめていた。


「あの、すみません」
「ん?」
 ヤスウィルヴィーネが声をかけると、秋吉亮は素直に応じた。
「いや、上のモンに酒買って来いって言われたんです。そしたら大通りでお化けに巻き込まれて……」
 気づいたらここまで流されてきたらしい。
「それは災難だったな。ここは今、エミリエちゃんの檄文に応じた人とリベルさんの要請に応じた人の悪戯合戦の舞台だよ」
「ええっ、そんなとこに来ちゃったのか。すみませんね、出口ってどこでしょう?」
「うーんとあっちだと思うけど」
「おっと、電話だ。ありがとうございます」
 ヤスウィルヴィーネは電話を手に出口の方向へと歩いていき、亮がふと目を話した隙にいつのまにかいなくなった。
「素早い人だね。じゃあ俺もエミリエちゃんを助けにいこうかな。コン太も仮装する?」
 ぐるぐると自分とセクタンに包帯を巻きつけて簡易ミイラ男の出来上がりである。
「ついでにみんなもぐるぐるにしちゃおうか」
「あの、すみません。エミリエさんの側の人ですか?」
 亮が顔をあげる。
 美少女がそこにいた。
「あ、ええと、そうだけど」
「良かった。あの、私、ニファルっていいます」
「亮です。よろしく。こっちはコン太。それで君は?」
「ええ、リベルさんの味方です」
「あ、そうなんだ」
「………びっくりしませんね」
「うーん、遊びだからね。よくわからないんだよ」
「それじゃ、びっくりさせられませんねぇ」
「あ、ごめんね」
「じゃあ、こうしましょう。私、リベルさんを裏切ります」
「え、ニファルちゃんはそれでいいの?」
「ええ、私、遊べればどっちでもいいですし」
 答えるが早いか、ニファル――もとい、ファーヴニールはがばっと服を脱ぎ捨てた。
 女性の衣装を脱ぐと、今度は戦隊ヒーローのような真っ赤な全身タイツである。
「さぁー! 思いっきりホワイトタワーを遊び場にしちゃえぇーい!」
 きゃっほーいと叫んで走り出す。
「……ええと、コン太。俺、今のはびっくりしたよ」


 ごろごろと雷が鳴る。
 基本的に0世界の空に雨雲はなく、雷雲もない。
 従って、誰かが何かしている、ということである。
「ひとが化物に扮し、それを退ける儀式は厄を祓ういみあいがあるらしい。これは、その一種なのか」
 玖郎は眼下の争いに苦笑を浮かべた。
「しかし化物に化物を装えとは無茶をいう」
 ホワイトタワーに味方となりそうなものを探し、鴉へと挨拶を行う。
「みやげの鹿肉だ、よければたべてくれ。ところでおまえ達はいたずらが得意だろう
 この下で暴れているもの達を、擬攻(モビング)でむかえてくれないか。傷はあたえぬよう。装備を剥ぐのはよかろう」
 玖郎が立ち上がる。
「おれが天に雷を走らせ、かれらの気をひく」
「ぱぱー」
「……その不意をついてくれ」
「ぱぱー、ゼシのこと無視しないでー」
「……」
「……」
「パパとは?」
「パパ」
 小さな魔女が真っ直ぐに玖郎を指差す。
「人違いだ」
「パパ、ゼシの事忘れちゃったの?」
 ゼシカは大きな瞳に涙をいっぱいため、玖郎の足に抱きつく。
「ママが死んじゃってからひとりぼっちでパパの帰り待ってたのに」
 ゼシカは女性の写真をつきつける。
 優しそうな母親の写真だが、当然、玖郎の方には見覚えがない。
「……ふ、ふぇぇぇぇぇ」
「泣かれても困るが」
 ぎゃあぎゃあ
「ああ、待て鴉達。この子は襲わなくてもいい」
「ありがとー、ぱぱー」
「違う」
 ぴとっと足に抱きつく少女をどう追い払ったものか。
 どうやら、玖郎の課題は攻防よりもそっちになったらしい。
 成功を確信し、ぺろり、とゼシカが舌を出した。


 ぱんっと音がする。
 爆竹に、南瓜風船、ついでにヘンな匂いのする紙。
 コドモのおもちゃをバラまいていたアジ・フェネグリーブは、一瞬のスキに転がされていた。
「むふふ、こっそり迎撃も罠も仮装も忍びの僕にはお手の物……!」
 アジを簀巻きにしつつ、祭堂 蘭花は一人、仮面の下でほくそ笑む。
 蘭花は般若の面にボロボロの着物、刃こぼれした鉈を手に中庭を歩いていた。
 アジを担いだままに、すたすたと歩いていて途端、足元に違和感。
 ねちょっとした感触に繭を潜める。
「おかしいな、こんな所に粘着シートの罠置いたかな」
 自分の仕掛けた罠を自分で踏み抜いたとあれば忍びの恥さらしである。
 忍び込んだ途端、般若の仮面の眼前で光がはぜた。
 ダルタニアが魔法で光を放ったのだ。
「とにかく、暴れるのは、止すべきです」
 目を抑えて、ごろごろと転がる。
 動きを止めようとしたダルタニアに着物を裾を踏まれ、それでも強引に抜けようとした結果。
「!!!」
 祭堂 蘭花は全力で木陰へと飛び込んだ。
 それまでまとっていた着物はすべて、ダルタニアの足元に置き去りのまま。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいことに……」
 蘭花はぽつりと呟いて、「恥ずかしいこと」になった格好で、立ち尽くす。
 と。
「うおおお、竜人ー!」
「な、なんだ、あいつは!?」
 なんだか危ない目つきをして走ってくる小竹に、蘭花は色々と危険を察知し、一目散に逃げ出した。


「お嬢ちゃん、迷子?」
「ゼシ迷子じゃないもん、パパをさがしてるだけだもん」
 ディーナの問いに少女が答えて絵を差し出した。
 背に猛禽の翼、じゃらじゃらした数珠をあちこちにかけ、修験者のような姿形。
 ただし、幼児の絵なので、詳細は全く分からない。
「ごめん、分からない。ここは危ないから、また後で聞いてあげるね」
「はーい」
 ディーナ・ティネモンは少女にキャンディを渡すと、彼女が立ち去るのを確認し、乱戦の続く中庭を見た。
「えっ……と」
 実はディーナはハロウィンの趣旨も、ホワイトタワーの攻防戦の意味もよく理解していない。
 だから、包帯を巻いたハイエナの集団――ファリアに囲まれた時も、実はよくわからないままである。
「うけけけけけ、さあ覚悟を……」
「とりっく・おあ・とりーと! えいえいえい!」
 袋から取り出したキャンディを投げつける。
 これはこれで痛いのか、分身したファリアのうち数匹が後ずさった。
「違うでしょっ」
「え、違った? じゃあ……鬼は~外!」
「いや、そういうことじゃなくてね!」
「え、まだ違う? それじゃ、えぇと、えぇと……悪い子は、いねがぁ~!」
「どーすんのよ、オチとか」
「……オチ?」
 きょとん、と先頭のファリアを見つめる。
「ああ、もうこっちから行くわよ!」
「あ、ええと」
 ごそごそ。
 ディーナは手持ちの袋をあさる。
 が、どうやら手持ちのキャンディは尽きたらしい。
 うーん、と数秒黙る。
「……きゃうん?」
 唐突にディーナは地面に倒れた。
「ど、どーしたのよ。まだ何もしてないのに」
「やられたら、ゲームが終わるまで死体役って教わったよ?」
「どーゆーことよ!?」
「返事がない、ただの屍のようだ、よ」
「してるじゃない」

「あのー、すんません」
 ヤスウィルヴィーネはぽりぽりと頬をかく。
 先ほど教わったように道を歩いたつもりが、また何となく流されたようだ。
「と、いうわけなんですが、ツマミも買わなきゃなって。どこかいいとこ知りません?」
 問うている相手はアジ・フェネグリーブである。
 簀巻きにされ、転がされてるアジの頭にヤスウィルヴィーネはしゃがみこんでいる。
「ツマミはよくわからないが、……クッキーならあるけど食べるか?」
「クッキーかぁ、ツマミに出したら上のモンに怒られそうだなぁ」

 中庭の暴走は続く。
 何しろ数だけはいる。
 リベル側もエミリエ側も。
 いや、その自覚すらないものがほとんどである。
 宴なのだ。
 宴は楽しければ良い。




 舞台は再び、地下牢へと移る。
「あたしは神様みたいなものなのよ。混乱を抑える方に回るに決まってるじゃない。雪合戦での黒燐のようにね
 惨禍が過ぎた後の地下牢で、黄燐はぶつぶつ言いながら後始末を行っていた。
 白い服、青白い化粧、ついでに髪の毛は垂らして。
 口から顎にかけて、つつつっと血筋がついている。
 後始末をするなら、あまり意味はない代物ではあったが。
 と、足元に紐が転がっている。
「何よ、これ」
 何かのトラップの残骸だろう。始末をするため拾い上げようとして、くいっと何かの手ごたえを感じた。
 途端、カエルが大量に落ちてくる。
「ちょ、ちょっと。れでぃに何するのよ!」
 慌てて起き上がると目の前にかえる。
 くいっと押すとげこっと鳴いた。
「ふ、ふえええええ!」
 全力で、黄燐が泣き出したのは直後、そのカエルがぬいぐるみだと分かるまで。


「にゃーーー!?」
 もんどりうって倒れ、ナインが転がり込んだ階段は地下へと続く道だった。
 どんどん堕ちていき、気付けば最下層。
 ガラス玉があちこちに散乱しており、ここであったバトル(悪戯合戦)の惨状を彷彿とさせる。
 数分前までナイン・シックスショット・ハスラーこと、ナインは獲物を求めてさまよっていた。
 開始直後、彼の調子は決して悪くなった。
「さーて、と。……レイドに出くわさなきゃいいけどよぉ」
 などといいつつ、罠を張る戦法に徹していたのだ。
 カエルのぬいぐるみを大量に落とす戦法はわりと成功を収めていた。
 が、ある一時、犠牲者が実際に紐を引っ張って堕ちてきたのは大量の猫ぐるみだった。
 しかも、標的ではなく、ナインの頭上に。
 騒いで逃げるナインを追いかけ、レイドは悪戯を続ける。
 続けてしまった。
 そして転がりついた先にあったのが地下室である。

 ナインが目を覚ますと周囲に棺桶が浮いていた。
 ぱかん、ぱかんと不気味に開いては閉じる。
 途端に微かな照明が全て消えた。
 やがて、闇の中からぼぉぉぉぉ……とほのかな明かりに照らされて浮かび上がった巨大な棺桶が、ぎぃぃぃっと軋んで開く。
 死体だった。
 胸元に杭が深々と刺さり、高価な服を胸元から真っ赤に汚している。
 青白い光に照らされた顔は、やはり青白く硬直していた。
 ナインは倒れたままに後ずさると、不意に死体がかっと目を見開いた。
「にゃ!?」
 棺桶からゆっくりと起き上がる吸血鬼伯爵の双眸がゆっくりと見開かれた。
 と、同時。
 ナインは弾かれた玉のように駆け出していった。

「今のは作戦会議で見た事があったのう。味方ではなかったか?」
「今回の遊びの趣旨は悪戯だろう? なら、どっちも仕掛ける側だ。狙ったわけじゃないと言い訳しておくさ」
「ほほぅ、ところでもう一匹、いるようじゃぞ。今度は見た事がないのう」
「つまり、敵か?」
 ロウ=ユエとギルバルドは、今、ナインが落ちてきた階段を見上げる。
 暗い暗い闇を猛スピードで駆け込んでくる気配がした。レイドである。
「誰かいるな。ナイン? ……どっちでもいいや、さぁレギオン達よ、ネコマタっぽく群がって嘗め回してやれーっ!!」
 にゃあにゃあにゃあ。
 無数の猫の鳴き声がする。
「ぬぅん!」
 ギルバルドの気合ひとつ、彼の眼前に鉄の壁が構築される。
 ぺちぺちと壁に小動物があたる音がした。
 やがて、その音が増え、大きくなったかと思った頃、壁そのものがすっぽりと猫の大群に覆い尽くされる。
「まてぃ…………、な…………何をする、貴様らァー!!」
 にゃあにゃあにゃあ。
 にゃあにゃあにゃあ。
 にゃあにゃあにゃあ。
 ギルバルドの身体は猫の大群によって運び去られていった。
「もう一人っ!」
 ロウ=ユエに向かってレイドが飛び掛る。
 が、その身体は最後の踏み込みによって方向が反転した。
「ほう」
 その様に、ロウが薄く微笑む。
「飛び込んできたら餌食になっていたんだがな」
 呟いたのはロウではなく、その横の闇だった。
 ぽっ、ぽっ、ぽっ、と狐火があがり、白い顔を浮かび上がらせる。
 いわゆる典型的なキョンシーの姿をしたリエ・フーが笑っていた。
「今夜,我只稍微特?(今夜の俺は一味違うぜ?)」
「いけっ、レギオンー!」
 にゃあにゃあにゃあ。
「楊貴妃!」
 己のセクタンの名を呼び、リエ・フーはレイドへと走る。
「ほわたぁぁー!!」
 空中で放った蹴りがレイドにかわされると、リエ・フーは袂から取り出したガラス瓶から液体を一息に飲み干した。
 ゆらり、ゆら~り。
「酔拳か?」
「ああ、酔えば酔うほどに強くなる! ってな」
「いいのか、未成年」
「中身は水だ。呑み終わったからもう証明できねぇけどな? ってことで、おい、猫! 如果想要月餅,就超寸我的尸体(月餅が欲しけりゃ、俺の屍を超えていけ)」
「やーだよー! どうやらエミリエもいないみたいだしね。レイドさんは次へ行くんだよ」
 一目散に、レイドは階段へと身体を返す。
 走り出して、急停止。
 そっと手を出して叩いてみる。
 こんこん。
 目の前にあるのは魔法の壁。
「あちゃ、退路を断たれたか。うらむよ? ナイン」
 目の前にいない知己に対して笑みを浮かべる。
 猫にぺろぺろされまくったのがありありと分かる程の姿で、ギルバルドがゆっくりと彼に近づいてきた。

 ――地下牢、リベル防衛隊。『再』防衛完了。





 ホワイトタワーから離れること数百メートル。
 一人の少女がホワイトタワーを見つめていた。
 白いとんがり帽子に、白い魔女服。
「そろそろ時間なのです」
 少女は軽く息を吸うと、その身体を増大させた。
 大人の男性より大きく、やがて、象ほどに。
 さらに家ほどに。
 それでも、まだまだ巨大化は止まらない。
 大きくなる。大きくなる。
 ビルほどに、城ほどに、……ホワイトタワーほどに。
 それでも止まらない。
 やがて、ホワイトタワーをはるか足元に見下ろすほどに巨大化した少女、ゼロはにやーっと微笑んだ。
 ふぅーっと息を吹いて雲を飛ばす。
 ホワイトタワーから見ればどう見えるかを最大限に考慮し、手を軽く振ってみる。
 驚いてくれているだろうか。
 この距離だと反応を見ることは期待できないが、後から話を聞けるかもしれない。
「ゼロからの、ふるまいのお菓子なのです」
 わーっと砂糖菓子をバラまいた。
 ホワイトタワーが白く染まる。
 雪に埋もれたかのように白く染まる。
 実体が砂糖の粉だったとしても、ゼロからは綺麗な飾り付けに見えた。




『ワックス塗りたて』『立ち入り禁止』
 貴賓室の扉に看板が掲げられる。
 スーツ姿の明日は超真剣な顔で廊下にぬいぐるみを散らしていた。
「明日さーん、こっち終わったよー」
 人と同じ大きさのリス、バナーが走ってくる。
「攻めてくる前にトラップを仕掛け終わったのは幸いね」
「……ところで、これ、何?」
「きみょかわいいぬいぐるみよ」
 明日は、あくまでも真剣な表情である。
 バナーの方は、どう答えていいか分からないのでとりあえず曖昧に微笑んでいる。
 が、明日は明日で、「例えば、これ」と足元のひとつを掴む。
「ここに手があって、その横にあるのがおへそ。でも、実はこの中に目があるの。どう。奇妙でしょう」
「うん」
「きみょかわいいでしょう」
「えー」
「このぬいぐるみが可愛すぎて足止めするはずよ」
「ええええー」
「あなたもそう思うわよね」
「……あんまり」
「そう、分かってくれて嬉しいわ」
「話が通じてない気がするよう」

 約10分後。
 一一 一は全力で廊下をダッシュしていた。
 開始から既に数時間が経過している。
 あちこちから聞こえていた大勢の同志の咆哮も、悲鳴も、今ではほとんど聞こえない。
 それでも、彼女は進む。
 貴賓室だ。貴賓室に違いない。何故だかわからないけれど。
「あたしの本能はそう告げている! 数々の犠牲(?)を超え、幾多の仲間の屍を超えて、あたしは今、ここにいるぅー!!」
 黒マントをまとった姿で、彼女は貴賓室へと向かっていた。
 途中のぬいぐるみを踏むと「ぐげー」とか鳴いたけど気にしない!
 立ち入り禁止と書かれた扉を思い切り豪快に開け放つ。
「ハロウィンとは、全ての悪戯好き(トラッパー)にとって年に一度の祭典に等しい……。リベルさんが相手でも、それを阻むなんて許しはしない!」
 ひゅぅぅぅ。
 ごいん。
 頭上にタライを受けても、一は怯まない。
 が、見渡したその部屋に、人は誰もいなかった。
 がらーんとした空洞に、エミリエはこちら、と書かれた看板がある。
 看板の先に、奥の間があるのだろう。
 だが、一の本能は告げていた。トラップはこの部屋にあると。
「ようこそ、貴賓室へ」
 だから、絵画は話しかけてきた時も、ずざざざっと後ずさり、壁に背中をぶつけて、上から落ちてきたたらいが頭部に本日二回目の衝撃を与えて、くらっとしてもたれかかったドアの角に足の小指をぶつけて、イタイイタイと逃げ回ろうとしたら「ぶひょらー」って鳴くぬいぐるみを踏んづけて思い切りこけ、地面におでこぶつけて、思わず掴んだぬいぐるみの触覚が目にぷすっと刺さって、声にならない悲鳴をあげたくらいで済んだ。
 青白い手に掴まれたって、半泣きでそこらへんの飾りを手にして振り回すくらいの余裕があった。
 逸儀が語る。「……あそこまでとはのぅ」
 だが、不屈の根性は止まらない。
 どだだだだだっと駆けて行き、奥の扉をあける。
「そこまでよ」
 パンプキンヘッドをかぶった明日が、一の襟首を掴んで引っ張り戻す。
「ぐぎゃー!? い、今、エミリエいたのに!」
 一を引きずりつつ、すたすたすたと貴賓室の入り口へと歩いて行く。
「でもあなた、凄いわね。あのトラップを抜けてくるなんて、あんなきみょかわいいぬいぐるみを見ても動じないなんて」
「……」
 踏んだことは言わない方がよさそうなので、一は黙ることにした。
 やがて、明日が入り口の扉をあけると、明日の視界に天狗が目一杯、ドアップで飛び込んできた。
「どやっ」と笑みを浮かべる。が、リアクションは少し意外なものだった。
「……きみょかわいい」
「……は?」
「連れて帰るわ」
「待ちぃな!? 可愛いとは言わへんやろ。っちゅーか、そういうリアクションはしいひんやろ!?」
「大丈夫、トモダチいっぱいいるから」
「友達て廊下のあれかいな。せやからあんなけったいなお人形さんと同じ扱いされても困るんやけどなぁ」
 ぽりぽりと額をかいて、天狗はため息をついた。


「チャンスっ!」
 一が駆け出す。
 駆け出して、床から伸びてきた逸儀の青白い手に足首を掴まれ、派手に転倒した上で、なんとか伸ばした手のひらで、たまたま心配して近づいてきていたバナーの尻尾を掴み、さらには掴んだままですっ転んだ。
「うわーん、ひどいよー!」
「わ、わわわ、ごめん。ごめんって!」
 一とバナーがわいわいやっている様を肴に、逸儀はくいっと酒を煽る。
「いっぱいやるかえ?」
「ええよ。せっかくのお祭りやからなぁ。お相伴にあずかろか」
「そなたもどうじゃ?」
「いえ、勤務中ですので」
「マジメじゃのう」
 ころころと微笑んだ血まみれの貴婦人は、奥への扉を眺めた。
「わーい、じゃあ私も食べたい」
「!?」
「こんばんは、私、リーリスって言うの」
 ぺこりと一礼したのは悪魔の羽根を背負った女の子。
 小悪魔スタイル、といったところか。満面の笑顔に、天童はとっくりを差し出す。
「さよかー、お嬢ちゃんも呑むか?」
「お兄ちゃん。コドモにお酒勧めちゃダメだよ?」
「せやなぁ。ほな、オツマミでも食べたらええよ」
「ゴ~ハンご飯、ご飯がいっぱい♪ うふふふふ~、こういうイベントは大歓迎よ♪」
「いっぱい?」
 ばれずにいくらでも触れるもんね♪ お腹いっぱい食べれるといいな♪ と、口に出さずにリーリスは笑顔を浮かべ。
 天童の手を掴んでブンブンと振る。
 バレずにいっぱい食べられるもんね? と心の中で舌を出す。
「もうちょっとおっきなったら一緒に飲もな。せやけど逸儀ぃ。この酒、ちょぉ強ない?」
「そなたが弱くなったのじゃろ。……さぁて、そろそろ決着がつく刻かのう?」



 ――時間は数分ほど巻き戻る。

 小さな。小さな南瓜が一つ、貴賓室の赤い絨毯を移動していた。
 南瓜のランタンそれそのものがてこてこと一定のリズムで歩き、真っ直ぐに貴賓室中央へと逝く。
 目指す玉座の隣には大きな鳥かごがあった。
 玉座は無人、鳥かごの中には独りの少女。
 鳥かごの中央に置かれた椅子に、今回のターゲット、エミリエが座ってこの勝負の行く末を見ている。
 その彼女を目指し、南瓜は進む。
 鳥かごの元へ。エミリエの元へ。
 やがて目指す場所へとたどり着いた南瓜は、鳥かごの前でぴたりと歩を止めた。
 南瓜はもぞもぞと身震いをすると、中から一匹の猫が姿を現す。
 一瞬だけ瞬きをすると、やがて猫は紳士へと姿を変えた。
 タキシードにシルクハット、仮面舞踏会かくやのマスク。
「迎えにあがりましたよ、とらわれの姫」
 うやうやしく一礼をするのはハルシュタットだった。

「くっくっくっ、良い趣味じゃのう。じゃが、どうやって連れ出すつもりか」
 振り向くと、玉座に深く腰掛けるネモ伯爵がいた。
「何を驚いておるか。貴賓室に貴賓がいるのが常識じゃろう」
 ふんぞり帰っている小さな子供。年齢はおそらくエミリエとそう変わらない。
「少女を捕らえておくのに鳥かごとは良い趣味してるね。きみがやったの?」
「これか? ふむ、趣味は悪くないとは思うのじゃが……」
 ネモ伯爵は顎に手をあて、瞳を閉じる。
 やがて、ふるふると顔を振ってハルシュタットの言葉を否定した。
「そう、それなら鍵はきみが持っているのかな?」
「いいや、わしは持っておらぬ。おぬしに意地悪をするわけではないが、リベルが持っておるのじゃ」
「では、リベルさんはどちらに?」
「この貴賓室におる、正確には扉の向こうじゃ。わしがここにおるのはその罠を突破して来るものがおった時に顔を拝んでやろうかと思ったからじゃ。まさか猫が一匹で単身突破してくるとは思わなんだがの。さて、遊んでやろう」
 くくっ、と笑ったネモ伯爵は身体をマントで覆う。
 ハルシュタットの視界において、マントはぼやけ、気付けばネモ伯爵の姿も消えていた。

「誰だ!」
 誰何の声にハルシュタットが顔を向けるのは扉側。
 ロイ・ベイロードの声のする方だった。
「泥棒の格好か? わかりやすいな」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「……あー、俺はな。とにかくとして、俺たちは、騒乱は止めなくてはならないと思っている」
「それはともかくとして、あたし達は騒乱だけは起こさなきゃいけないと思ってるの!」
 唐突な声と共に、次に扉から顔を出したのは赤髪の少女、黒マントに身を包んだ姿の彼女はハルシュタットの姿を見て「ちっ、被った」と小さく呟く。
「見ていてエミリエ……貴女の思いは、私が受け継ぐ!」
「がんばってねー!」
 エミリエの応援の声に、一は拳を振り上げる。
 勇ましい少女は、とりあえず傍にいたロイが我に返り、ぺちんと剣で叩くと、きゅう……、と音をあげて床に沈んだ。
 流鏑馬明日に、ずるずると引きずられていった彼女を見送りつつ、ロイは再びハルシュタットへと向き直る。

「さあ、覚悟はいいか?」
「よくはないね。怪盗は逃げるものだ。戦うものじゃないよ」
「そうは言うがな。……まぁいい《ヘイスト》」
 ロイは己に速度上昇の魔法をかける。
 ハルシュタットの方は、怪盗紳士の衣服をばさりと床に落とした。
 姿は猫に戻っている。
 鳥かごをかけあがり、にゃあと鳴いて、高みにある窓枠へと華麗に駆け上がる。
 ……かけあがったつもりだった。
 空中で首根っこを掴まれ、手足をよじって抵抗する。
 捕獲した張本人はフランケンシュタインだった。
 青白い顔のメイクに頭に釘を刺した姿のまま、天井にあぐらをかいて逆さに座っている。
「ゲヒャヒャヒャヒャ、俺サマ最強~!」
 無感情を常とする人造の化物の姿ながらに、しかし、手に持った猫が暴れる様に爆笑していた。
「掃除の手伝い? やなこった。ンじゃ俺サマはリベルにつくゼ、ギャハハハハ」
 ハルシュタットは猫の手を伸ばすが届かない。
 次の時点で、彼は人間へと姿を変える。
「うわ、重っ!?」
 手に持った猫が成人男子に姿を変える。
 首の皮で支えきれず、ジャックの手から離れて床へと落下した。
 人間の姿で猫よろしく空中でバランスを整えると、ハルシュタットは床へ着地する。
 がばりと起き上がったところで、彼を見下ろしていたのはメイド服の少女だった。
 天井から落下してきた彼に驚くわけでもなく、にっこりと微笑んでいる。
「お帰りなさいませご主人様っ★」
 きゃぴっとメイドは言い放った。
 ぞっとした危険を察知して、ハルシュタットは身体を猫に変える。
 周囲に浮かぶ鬼火の群れ。猫自身の身体も光りはじめた。

 笑顔のままの緊張の最中、メイドは突如「きゃっ!?」と声をあげた。
 見ると、メイドのスカートが捲り上げられている。
 少女は天井のフランケンを睨むが、そちらはオレサマじゃねぇと手を横に振っていた。
「ふふ、よい尻じゃのう」
「ネモ伯爵様ですか!?」
 そういえば姿を消したまま、それから何もしていなかった気がする。
 メイドが持っていた箒でお尻のあたりを横に薙ぐと何かが落ちたような気配がした。
「子供をぶつとは鬼かおぬし!」
 涙目で抗議するネモ伯爵を無視して、メイド少女は改めてハルシュタットに深々と頭を下げた。
「失礼しました。ええと、お食事になさいます? お風呂になさいます?」
 メイドは一切、それに構わず極上の笑顔のままで続ける。
「それともぉ……セクタン?」
 くいっと少女は紐を引く。
 どどどどどどどどど。
 どどどどどどどどどど。
 どどどどどどどどどど。
 どどどどどど。
 大量のセクタンが天井から降ってくる。
「ギャハハハハ!! おいおい、味方ごと巻き込んでんじゃねェか!?」
「あっ。……ええと、みんなの犠牲は無駄にしませんですよ……!!」
 こぶしを握り、メイドは前向きに発言した。
「ってこれ片付けるの大変すね……あのぉ、手伝ってもらえませんかぁ?」
 うるっと涙目で天井のフランケン、ジャックを見つめる。
「やーなこった! おまえ、ハギノだろ。男の手伝いなんかしねー!」
「……あらあら、何の事でしょう?」
 セクタンで押し流される貴賓室の中、爆笑するジャックに向けて、ハギノはにっこりと微笑んだ。

 ――貴賓室、リベル防衛隊。防衛完了。




「ホワイトタワーの攻防が決着したようです」
 アリッサの背後で、柊黒が無愛想に告げる。
「結局、エミリエはどこにおったのじゃ? あちこちでピンクの髪の毛が見えたが」
 アリッサの隣で、ジュリエッタが首をかしげる。
「分かりません。リベルさんからはエミリエは貴賓室に保護している、と通達がありましたが」
「ツーリストの誰かの能力? ……それとも誰かがエミリエの影武者でも用立てたのかしら? ジュリエッタがしてくれたみたいに」
「同じことを考えたものがいたのかのう。しかし……影武者に徹するのもなかなか疲れるのう。どうじゃ館長殿、楽しかったかのう?」
「ふふっ、ええ、ありがとう。もちろん、面白い事は好きよ」
 かーんかーんかーん、とあちこちで鐘が鳴り響く。
 時刻は24:00。
 日没から始まったホワイトタワーの攻防戦も終了の時刻だ。
 アリッサは立ち上がった。

「では、館長としてハロウィンのお祭りの終了を宣言します。エミリエとエミリエについた皆はホワイトタワーのお掃除をお願いね。また来年もステキなハロウィンになるといいわね」

 ホワイトタワーには砂糖の山がたっぷり飾り付けられている。
 ちょっと掃除は大変かもしれない。

クリエイターコメントハロウィンシナリオをお届けします。
くっ、二週間過ぎてしまいましたね。
時期がぴったりにお届けできず申し訳ありません。

さてさて。
今回はリベル側、圧勝です。
これはこれで面白い結果ですね。
エミリエ側についた人の描写がやや多目になったりしましたが、
こういうのも「どっちにつく!?」の妙味のひとつではないかと思います。

さてさて、リベルさんからの手紙を添え、来年のハロウィンを楽しみにしています。

「おつかれさまでした。皆さんの健闘をたたえます。
 さて、それはそれとして、ルールはルールです。
 エミリエについた皆様、および直接攻撃や破壊を行った人。
 全員で、ホワイトタワーの清掃をお願いします」

                      by リベル
公開日時2011-11-14(月) 21:20

 

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