初めは誰も信じなかった。砂漠に雪が積もったなどとは。「……何ということだ」 しかし、こうして目にすれば信じざるを得ない。巨大な窪地を埋めるように降り積もっているのは、遠目にもはっきりと分かる白。伝承に聞く雪の特徴にそっくりであるように思える。「女子供は家から出るな、男は外で番をしろ。夜は決して火を絶やさぬこと」 しわがれた声で長が告げ、人々はこわばった顔で息を呑んだ。 雪は不吉を連れて来る――。この地域には、そんな言い伝えが根付いている。 コザクラインコは鼻歌を歌いながら現れた。「どもども、えらいお待たせしてもうて。ふんふふん」 インコもとい世界司書ホーチは上機嫌だった。『不毛の熱砂』ナイアーラトを担当する先輩・瑛嘉の手伝いができることになって以来、ずっとこの調子である。「ほな早速説明させてもらいますー。砂漠に雪が降りましてん」 旅人達は顔を見合わせた。「ロストレイルが発着する駅からちぃと離れた村なんでっけど……村の北の砂漠に蟻地獄のよぉな窪地がありましてな、そこに雪が積もっとるらしいんですわ。けったいな話でっしゃろ?」 この地域では雪は不吉とされているため、村人たちは恐れおののいているらしい。それだけならばロストナンバー達が出向く理由はないように思われるが、何でも、この集落では貴重な石材の原料が産出するのだという。「ナイアーラトの駅、まだ建設中ですねん。駅作りのために色んな材料が必要ゆうわけですわ。この村の石材も候補のひとつになっとりまっさかい、うまいこと村と繋ぎをつけとけば後々役に立つかも知れまへん。あちらさんも困り事を解決してくれるなら歓迎や言うてまっさかい、ひとつよろしゅう」 仲介と案内は現地のロウという少年が行うと付け加え、ホーチは嘴にくわえたチケットを配った。 ナイアーラトの駅に降り立った途端、清浄な空気が頬を撫でた。 まるでオアシスだ。一本の巨木を中心に、水と緑に溢れた空間が広がっている。爽やかな風がそよそよと吹き渡り、羽繕いをする小鳥や花と戯れる蝶の姿さえ見受けられる。 だが、この巨木の傍を離れれば虚無の砂漠が広がっている。「どうも、ご足労いただきまして。よろしくお願いします」 一行を出迎えたロウ――元ロストナンバーだそうだ――は日差しよけのフードを取って一礼した。「申し訳ありませんが、途中の砂漠で間歇的に砂嵐が発生していますので出発は少々お待ち下さい。その間に簡単に説明させていただきますね」 と配られたのは村と周辺の見取り図だった。村の周りには砂漠が広がっているだけである。目に付くのは村を囲むように点在する遺跡群くらいのものだろうか。遺跡の調査は既に済んでおり、現在は専ら石材の生産のために使われているとのことだった。「遺跡から削り出した石を別の場所に運び、石材に加工しているんです」 ロウは淡々と告げた。「リサイクルみたいなもんか。……遺跡を削って売るなんて、随分バチ当たりだな」「放っておけば砂に還るだけですから、使える物は使ってしまおうということなんでしょうね。この世界は資材も資源も豊富とは言えませんし」 何でもない事のように受け流され、ロストナンバー達は口をつぐんだ。「では本題ですが……現場は手つかずのままです。雪を忌み嫌う土地なので、怖がって誰も近付こうとしませんし。そもそも本物の雪を見たことがある人がいるかどうかも疑問ですがね。雪が積もっているのはこの窪地です」 ロウは見取り図の一点を指した。村の背後に横たわる砂漠の一角である。「この窪地には昔から人は近付かないそうです。良くないことが起こるという言い伝えがあるとかで……時々、正体不明の不気味な音が聞こえるそうですよ。化け物の唸り声だなんて言われているようですが」 禁じられた地に降った不吉。なるほど、村人たちが怖がるのももっともに思える。 だが、まっさらな雪と負のイメージがどうしても結びつかない。「とにかく、砂嵐が止むのを待ちましょう」 困ったように笑うロウの鼻先を、白い蝶が横切って行った。
雪と同じ色の蝶が通り過ぎていく。ひらひらと、たゆたうように。不安定な軌跡を目で追いながら、雪深終はぼんやりと祖母のことを思い出していた。蝶は捕食者を翻弄するためにこんな飛び方をするのだと教えてくれたのは祖母だった。 「白い蝶はこの辺ではよく見るのだろうか」 「そうですね。白ばかりではありませんが、ポピュラーな種類には違いないでしょう」 誰にともなく問うた終にロウが応じた。そんなやり取りの傍から、アゲハに似た黄色い蝶が飛んでいく。しかし終の視線はただ白い蝶を求める。 (白……不吉の象徴) 花に止まった蝶に手を伸ばしてみる。鳥も良いが、虫の羽は格別美しいと思う。終は虫が好きだ。祖母がそうだったから。 「……今はともかく雪、か」 蝶は終の手を離れ、羽を震わせるようにして飛び立った。 ほどなくして砂嵐が止み、一行はオアシスを後にする。 村まではさほど苦労することなく到着した。 村長に挨拶がてら頼みがあると言い、清闇がロディ・オブライエンを誘った。年長者に話を通すためには年長の二人のほうが面倒が少ない。ロディは肯き、清闇と共にロウの先導で長の元へと向かった。 (静かだな) 三人の背中を見送りながら、終はぐるりと周囲を見回した。家々の門戸に立っているのは屈強な男たちばかりだ。人の生活が息づいているのに、皆が息を潜めている。天災――あるいは疫病が通り過ぎるのを待つかのように。 一方、春秋冬夏とサシャ・エルガシャは雪を楽しみにしている様子だった。 「砂漠に降る雪かあ。きっと言葉を失うくらい綺麗だろうな」 楽しみ、と満面の笑顔を浮かべる冬夏は眩しさに備えてサングラスも持参していた。飲み物におやつにお弁当まで持参するという周到ぶりだ。 「そうだね、とってもロマンチック。早く見てみたいな」 サシャも明るく応じた。ホワイトプリムに、限りなく黒に近い濃紺のエプロンドレス。褐色の肌と金色の髪はエキゾチックだが、大粒の瞳は好奇心と人懐っこさで煌めいている。 「初めまして。……もしかして、メイドさんなんですか?」 冬夏は遠慮がちに尋ねた。トラディショナルでクラシックなメイド装束は絵画の中から抜け出して来たかのよう。サシャはにっこり笑って応じた。 「うん。サシャ・エルガシャです、どうぞよろしく」 「こ、こちらこそ」 エプロンドレスの裾をつまんで一礼するサシャに冬夏も慌てて応じた。 「雪の正体は何なんでしょうね。私、真っ先に思い付いたのは塩なんですけど」 「塩?」 「地底湖みたいな感じで地下に塩水が溜まってて、それが何かの形で噴き上がって蒸発したとか……でも、ううっ、塩の結晶なんて一晩でできるのかな?」 自分の仮説に自分で首を捻りつつ、冬夏は懸命に頭を巡らせている。サシャはわずかに眉尻を下げて笑った。 「塩かぁ……。そうだといいね。塩なら危険はないもん」 サシャの脳裏には別の可能性がこびりついている。見込み違いであればいいと思う。だが、確かめてみなければ何も分からない。 そこへ清闇とロディとロウが戻って来た。 「皆に家の中で待っててもらうように言ってもらった。俺達が何とかするからなるべく外には出ないで欲しい、ってな」 という清闇の言葉通り、家々の番をしていた男たちが屋内へと入っていくのが見えた。雪を忌み嫌うにとっては願ってもない申し出だったに違いない。 「人目がないほうが動きやすいこともあるだろ? 怯えてる村人を更に驚かせるのも忍びねえしな」 清闇が何を指してそう言っているか、冬夏にはすぐに分かった。冬夏は清闇のもうひとつの姿を知っている。ヴォロスの宵闇の森を訪れたあの時、彼の背中に乗せてもらっていた親友の少女を羨ましく思ったものだ。 (あの時、凄く綺麗だったな……) 失礼ではないかと思いつつ、冬夏の視線は清闇から離れない。 「それにしても、砂漠に雪……なア?」 冬夏の眼差しを大らかに受け止めつつ、清闇の視線は周辺の砂漠へと向けられる。 「そりゃ、風流だろうが、おかしなこともあったもんだ」 すいと細めた片目の先では、いったんおさまった砂嵐が再び渦を巻き始めていた。清闇の目には、巻き上げられる砂の一粒一粒が軽やかに舞い踊っているのが見える。 「不思議な雪の噂を知らねえか? そいつぁ、冷てえ雪なのかね?」 声をかけると、悪戯な砂嵐の精霊はくすくすと笑いながら清闇の元へと飛んできた。砂のヴェールがオーロラのように纏わりつく。何かを教えてもらったのだろうか、清闇は「へぇ?」と語尾を持ち上げた。 「何か分かったんですか?」 「ん? まア、な」 冬夏の問いに清闇は意味深に笑った。 「確かに不思議な話ではある……が、本物の雪ならば既に解けて無くなってしまっていてもおかしくない。それに、一か所だけに降り積もっているというのも不自然だ。白色の物であることは間違いないのだろうが」 雪とは違う、雪に似た何かである可能性が高いのではないか。ロディの言葉に皆が肯く。それを確認したロウが口火を切った。 「では、まずは雪が積もった窪地にご案内しましょうか? 少し歩いていただくことになりますが」 「ん。夜は寒いんだろう? なら、雪が降るだか湧くだかするのも夜なんじゃないか。どうせなら夜に動いた方が……」 「道理だ。だが、明るいうちに見ておいた方がいい場所もあると思うが、どうだろう」 「……もっともだ。ごめん」 終はぼそりとロディに応じて目を逸らした。言えない。昼間は暑いから嫌だなどとは。 太陽は既に中天を超え、日差しは徐々に黄ばみ始めている。さらさらと流れゆく砂はさざなみのような紋様を描き、緩やかな陰影を波打たせている。 そんな景観とは裏腹に、砂漠の灼熱は窪地に向かうロストナンバー達を容赦なく苛んでいた。 「腹……減った……」 特に終は興味本位でやって来たことを後悔し始めていた。雪女の血を宿す終の周囲には氷の欠片のような物が絶えず纏わりついている。砂漠に出た時から氷を作っては溶かし、溶かしては作りながら凌いでいるのだが、自己生成であるために消耗が激しい。 「本当に雪なんてあるのか……ないのか……いや、ある、筈」 願望めいた語尾は力なく消え入ってしまう。 「雪深さん、大丈夫ですか? 良かったらどうぞ」 冬夏が凍らせた保冷剤を差し出した。気さくな笑顔に終は目をぱちくりさせる。冬夏はもう一度にっこり笑った。 「お花見の時にお姿を見かけたんです。かき氷美味しかったです」 「ああ、そういえばそんなことも……しかし、随分用意が良いな」 「もう三回目ですから」 冬夏はしっかりと日焼け止めを塗り、つばのある帽子を被って、夜間の冷えに備えてマフラーとコートも持参していた。 「少し休んでたらどうだ?」 前を行く清闇も終を振り返る。保冷剤を首筋に当てた終は頑なにかぶりを振った。 「大丈夫……でもないが、この目で雪を見たい。貴方は平気なのか?」 「はは。灼熱の暑さってのも心地良いもんさ」 清闇は飄々と笑った。灼けた熱砂の感触も、冷えて凍りそうな砂漠の夜も同等に好ましい。暑さ寒さはただ感覚として在るのみだ。自然や気候は清闇を愛しこそすれ、傷付けることはない。 見上げる空はどこまでも青い。科学とはほど遠い文化の中で生きていた清闇にも、雨雲が存在しなければ雪が降らないであろうことは判る。 「先刻のオアシスには小鳥や蝶がいたが、それが雪の正体……というのは流石にあれか」 ロディもまた考えを巡らせていた。 「まあ、仮に蝶くらいの大きさの生物だとすれば近付かない限りは気付かないかも知れないが。だとしても、なぜ一か所に降り積もっているのかが分からんな」 「ああ。あとは……例えばあのオアシスに咲く花の花びらが、風に飛ばされて降り積もったとか、窪地に溜まる水滴を目当てに蝶みてえな生き物が集まってるとかな。それか、どっかに蝶の楽園みてえなとこがあって、そのどっかから砂嵐やつむじ風が蝶の骸を弔いに運んできてる、とかもありか?」 楽しそうに推測を膨らませる清闇に冬夏が目を輝かせた。 「到着、です」 やがてロウが告げた。その声が戸惑いを含んでいる事に気付いて全員が顔を見合わせる。 一行の前に広がっていたのは砂の窪地だった。そう――砂だけが横たわっていた。雪はおろか、白い物すら見当たらない。 「近くに寄ってみてもいいか」 「危険ではありませんか?」 「近付かなきゃ何も分からない」 終はロウの了解を得つつもやや安易に窪地に踏み込んだ。足許を警戒しながらかがみ込み、砂を手で掬う。物言わぬ砂礫は指の間から呆気なくこぼれ落ちていく。 「不気味な音とやらは……雪崩じゃないよな、さすがに」 それらしき音は聞こえてこない。 「砂が動いてる」 ぽつりと呟いたのは冬夏だった。流砂なのだろうか、窪地の中央に向かって砂がのろのろと吸い込まれていくのが見て取れる。 (雪も吸い込まれちゃったのかな? まさか……でも) 砂が流れ落ちる様はまさに蟻地獄だ。蟻地獄の中央には獲物を待ち受ける捕食者が潜んでいるのではなかったか。 じっと瞑目していた清闇は静かに目を開いた。 「地下に何かあるな」 精霊がしきりに囁きかけてくる。だが、彼らも砂の下の“何か”の正体までは知らないらしい。 「確か、不気味な唸り声とやらが聞こえるのだったか。正体は確かめておきたいところだ。生き物の気配……は、今のところは感じられないが」 呟きながら、ロディはかすかに眉根を寄せた。 ――ンン……ォ…… ――オォ……ァァ…… 「あ……」 地の底から這い上がってくるかのような低音に冬夏はぶるりと身を震わせた。かまくらに雪合戦に雪うさぎ、村人たちに伝えようと思っていた雪の楽しさが脳裏で次々と打ち消されていく。ロディが安心させるように冬夏の肩を叩くが、蝋細工の如き彼の手はさりげなくトラベルギアへと伸ばされていた。 「……風の音とは違うみてえだな」 耳を澄ませつつ、清闇はひょいと眉を持ち上げた。 のっぽの影法師が濃く長く窪地に忍び寄っている。それを辿るように目を挙げると、窪地を囲むように建つ遺跡の姿が蜃気楼のように揺れているのが見えた。 (砂……遺跡……蟻地獄のような窪地……禁忌……白い不吉、謎の音) 意味ありげに並べられたキーワードが終の脳裏に浮かんでは消える。だが、沢山の点を連結する線をまだ見出すことができない。 「砂の下に何があるんだ?」 いらえはない。 砂は砂だ。それ以上でもそれ以下でもない。何も、語らない。 その頃、一行から離れたサシャはひとり遺跡へと足を踏み入れていた。無論ロウには事前に伝えてある。 「みんなにはノートで連絡しておけば大丈夫だよね。あと、吸い込まないようにしないと……よしっ」 トラベラーズノートにペンを走らせ、サシャはエプロンでしっかりと口を覆った。 取り出したるは白磁のティーポット。だが、注ぎ口から出て来るのはダージリンでもアールグレイでもなくカラフルな万国旗だ。するすると伸びる万国旗を目印代わりに柱に結び、元気なメイドはずんずん奥へと進んで行く。 エプロン越しにカビと湿気の臭気が流れ込む。時間と歴史が凝(こご)る筈の空間には所々穴が開き、陽光が侵入していた。石材の切り出しのためだろう。スポットライトの如き白光と静謐な薄闇の落差にサシャはちょっぴり複雑に眉を寄せるが、思い直すようにかぶりを振った。 (ワタシはこの世界の人間じゃないから、遺跡を切り崩すなとか言えないよ) この村の人々はそうしなければ生きていけないのだ。 (だけど……何が正しいか分からないけど、もし予想が当たってたとしたら……放っておくことなんか出来ない。見殺しにするのと同じだもの) どうか予測違いであってくれと、ひたすらそればかりを願う。 サシャの“旦那様”の趣味は鉱石集めだ。書斎の標本の手入れもメイドの仕事である。几帳面に整理されたコレクションの中に、雪の如く煌めく不思議な薄片を見たのはいつのことだっただろう。 「でもきっと綺麗だろうなあ、砂漠に降る雪……」 軽快な足音が響く。欠損だらけの遺跡に色とりどりの国旗が張り巡らされる。壁の出っ張り、床の隆起、天井の崩れ等々。怪しいと感じた場所に次々と手を触れ、隠し通路を探す。だが、手ごたえは得られない。 「きゃっ!」 目の前を敏捷な影が横切る。トカゲだった。 「びっくりしたぁ……トカゲさん、ここに住んでるの?」 トカゲはいらえのようにちろちろと舌を出し入れするばかりだ。 「この先に何かあるかなぁ? 窪地の事は知ってる? ……あっ」 ちょろちょろと走り去るトカゲの行方を目で追い、サシャは小さく息を呑んだ。 ――ンン……ォ…… ――オォ……ァァ…… 地を震わせるような低音が這いずってくる。恐る恐る、目を凝らす。音にいざなわれるように走り出す。だが、勇敢なメイドの足はすぐに止まってしまった。 待ち受けていたのは隠し通路の扉ではなく、崩落現場と見紛うような瓦礫の山だった。 得体の知れぬ呻き声は瓦礫の向こうから響いてくる。 (やっぱり、窪地と繋がってる……? でも……) “化け物の唸り声”は隠し通路を風が吹き抜ける音ではないかと読んでいたが、ここで聞く限りではそうは思えない。 「よぉし」 サシャは腕まくりして瓦礫に飛び付いた。狸型セクタンのガネーシャがサシャの肩から滑り降り、手を貸す。小さな瓦礫をひとつひとつ手でよけながら、サシャはふと首を傾げた。 「何だかおかしいね、ガネーシャ」 目の前の瓦礫は遺跡を形作る石とは異質の物のように見えるのだ。 「――何をしている」 不意に、背後からしわがれた声がかかる。咎めるような峻烈さと剣呑さにサシャはびくりと竦み上がった。 目を血走らせた村長が立っていた。 「どんなものかと思って様子を見に来たら……こんな所まで入り込んでいるとは」 「ご、ごめんなさい、あの」 「その先に入ってはならん。化け物が来るぞ」 「え?」 「早く出るんだ。さあ!」 老いた手がサシャの腕を掴む。老人らしからぬ力強さにサシャは言葉を失った。 太陽は地平線に近付き、入れ替わりに篝火が灯る。村長の居宅にはロストナンバー達とロウが顔を揃えていた。 「さっきはごめんなさい……」 村長の前でサシャが小さくなっている。だが、長は思いがけぬほど静かにかぶりを振った。 「無事ならいい。こちらこそ感情的になって済まなかった。あそこに近付いてはならんことになっているのでな」 禁忌に近付いた事を咎めるよりも、サシャの身を案じてのことだったらしい。 「話は彼女から聞いたが……あの先に何かあるのか?」 ロディはひたと村長を見つめた。長の目は皺の中に埋もれ、表情は窺えない。 「化け物がいる。貴方達もあの不気味な唸り声を聞いただろう? だから人の手で入口を塞いだそうだ。昔……わしが生まれるよりずっとずっと前に」 「では、今いる村人たちの誰もが詳しいことを知らないのだな」 「ああ」 「ならば何をそんなに恐れる?」 ロディの双眸は紫水晶のようだ。紫水晶のように深く、神秘的で、底の見えない色をしている。こんな時だというのに、冬夏は刹那ロディの横顔に見とれた。ロディでは年越しに訪れたモフトピアで顔を合わせて以来だが、髪も目も相変わらず美しい。 だが、長はそっとロディから目を逸らしてしまう。ロディは「済まない」と付け加えてから再び口を開いた。 「咎めたいわけではないんだ。ただ、少々疑問でな。言い伝えは言い伝えなのだろう? 誰かが直接見たり聞いたりしたわけではないというのに」 「正体が分からぬもののほうが怖い」 呻くように押し出されたいらえにロディは眉根を寄せた。 「貴方の言う通りだ。言い伝えはわしが生まれるずっと前からのもの。根拠は誰も知らぬ。だが、それでも語り継がれるのにはよほどの理由があると思わないか?」 ただ畏怖だけがそこにある。正体と原因が分からぬ恐怖ほど恐ろしいものはない。そう続ける長に、黙っていた冬夏はぎゅっと唇を噛んだ。壱番世界の日本で生まれ育った冬夏には、実体のない物を恐れる感覚がよく分かる。 (雪が不吉だっていうのは、寒さとか雪解け水による被害とかが合わさってそんなイメージになっちゃたんじゃないかなって思ってたけど……) どうもそればかりではないようだ。 先刻、他の家の窓から顔を覗かせる子供の姿を見た。恐れと不安に満ちたいたいけな顔が鍋の焦げのように脳裏にこびりついている。 「頑張ります」 つい、素朴な感情が唇からこぼれ落ちた。全員の視線がさっと冬夏に集まる。冬夏は頬を紅潮させて俯いた。 「気の利いたことなんか言えないけど……村の人達が安心できるように頑張ります。だから、もうちょっと時間を下さい」 ぴょこんと頭を下げる冬夏の前で長は沈黙を保っている。頼りない灯火が揺れる度、濃い陰影が皺だらけの顔の上を這いずっている。 「まあ、待ってみようぜ」 沈黙を破ったのは清闇だった。壁に背を預けて立っていた清闇は、頑迷な長にさえ慈愛めいた視線を向け――何せ彼は人間が好きだから――、言葉を継いだ。 「とにかく雪の現物をこの目で見てみねえことにはな。じきに夜になる。シンと冷えた夜の砂漠で白々と輝く雪なんかさぞかし美しいだろうなア」 どんな謂われがあるにせよ、綺麗なものは綺麗に違いない。清闇はそれを見たいという好奇心でやって来た。 「美しい……か。見ようによってはそうかも知れないが――」 「恐ろしいことには違いねえ……か?」 長の言葉を引き取り、清闇はあくまで大らかに笑う。 「度を越して美しい自然に畏れを抱くのはよくあることさ。それ自体は何にもおかしい事じゃねえ。さて……ここの『雪』はどんなモンなのかね?」 清闇の弁に思うところでもあったのか、沈黙を貫いていた終がかすかに表情を動かした。 しんしんと、夜の帳が降りてくる。素っ気ない砂はただ寒暖に身を委ねるばかりだ。太陽が出れば熱せられ、月の冷気にくるまれればその身を凍てつかせる。抗わず、主張せず、まるでそれのみが唯一の意志であるかのようにたださらさらと流れていく。 凍えるような寒さの中、体力を取り戻した終はぼんやりと窪地のほとりに佇んでいた。 (結局……雪や禁忌の言い伝えは自然への畏怖のようなものなのだろうか) 大自然は時に危険地帯と化す。だから人は恐ろしげな噂を流し、その場所から同胞を遠ざけようとする。例えば雪山には雪女が棲むといった類の話がそれに当たるのだろう。 だが、終の知る雪山には本当に雪女が棲んでいた。 (……あの簪) ほんのわずか、終の心は別の空へと飛ぶ。 (あの人は――) 「はい、紅茶を召し上がれ。体の中からホッとあったまるよー」 というサシャの声が終を引き戻した。慌てて彷徨わせた視線の先、絹糸のような湯気が揺れる。白いティーポットを手にしたサシャが慣れた手つきで皆に紅茶を配って回っている。 「雪深様もどうぞ」 「……ありがとう」 サシャの笑顔と好意をむげにするわけにもいかず、終は熱いカップを受け取った。 「美味いな」 紅茶を一口含むなり、清闇は素直な感想を述べた。 「これ、壱番世界の茶だよな? なんていう種類か訊いてもいいか?」 「あ、それはイギリスの――」 清闇とサシャの間で紅茶談義に花が咲く。 ロディは紅茶を断り、手持ちのスキットルを傾けていた。この方が温まるし、いつもの習慣でもある。リラックスしたしぐさとは裏腹に、木漏れ日の色をした髪の毛の奥の瞳は油断のない静謐さに満ちていた。 (雪が消えたから万事解決、というわけにもいかんな) 雪が積もる原因を解明せねば同じことだ。あの得体の知れぬ唸り声が関係しているのか。昼間、皆で一通り窪地を探ってみたのだが、めぼしい成果は得られなかった。 それでも窪地の地下に何かが『ある』ことだけは間違いないようだ。それが何かは確かめようがないけれど。 「……言い伝え通りなら、俺達には良くない事が起きることになるのだろうな」 「え……」 「ああ、いや」 不安そうに目を上げた冬夏にロディは静かにかぶりを振った。 「実際にそうなるかどうかは分からないだろうさ。言い伝えが事実かどうか確かめた者はいないのだから」 真偽を知る者がいるとしたら、きっと目の前の砂だけだ。 振り仰ぐ天球には霧氷のような星屑が瞬いている。折れそうな月は中天を目指し、蒼白な明かりばかりを地表に注いでいる。広がるのは透き通った暗闇ばかりで、雲の一片すら見当たらない。 (それにしても……雪が不吉か。砂漠だからこその感覚と言えるかも知れんが、不思議なものだ) きんと冷えた暗闇の中、ロディの思考は流砂に呑まれるようにして潜っていく。砂の囁き。爬虫類の寝返り。遠くで唸る砂嵐。しじまは時に雄弁だ。ありふれた自然の営みさえも心地良いBGMへと変えてしまう。 ちかり――と、何かが瞬いた。雪のようで雪ではない。それは氷の欠片だった。 細かな氷を纏わせ、終が窪地へと降りて行く。何かに魅入られたかのような足取りにサシャが息を呑む。 「危ないんじゃ……」 「大丈夫だ」 清闇がサシャの肩を叩いた。氷の破片を放り込んで進路の安全を確かめる終の姿は呆けているようには思えないし、何より――差し迫った危険はないと、精霊達が耳打ちしてくれた。だからこそ清闇はさほどの緊張も危機感も抱かずにいた。 (雪……白……不吉) クリアな暗闇の中、終の手が伸ばされる。 「来いよ」 虚空に伸ばされた指先に氷の欠片が纏わりつく。 「本物の雪を見せてやる」 静かに、緩慢に、終の足許の暗闇が濃度を増していく。 それは――水分だ。終の足の下、すり鉢状の窪地の底に、音もなく水分が滲み出している。じわじわと染みを広げていくその様は、あたかも影が濃くなっていくかのよう。終は戸惑いを見せた。これは終の力ではない。 「何かあるのか?」 ロディがひらりと窪地に飛び降りた。この水分が雪の原因ならば、排除してしまえば解決できる。 一方、清闇は明後日の方角を向いて静かに目を眇めた。 「お出ましってとこか」 片方だけ覗く赤い瞳の先では砂嵐が渦を巻いている。 「ちょっと場所を空けてやろうぜ。砂嵐に巻き込まれるのも何だし……な?」 その瞬間、清涼な風が巻き起こった。 「わあっ――」 冬夏は甲高く叫んだ。それは悲鳴というより歓喜の声だったのかも知れない。 「え、嘘、嘘!?」 サシャも目を白黒させている。 瞬きの内に巨大な黒竜へと変化した清闇は、全員を乗せて上空へと舞い上がっていた。 「あ、あの! 少し触らせてもらってもいいですか?」 「ああ」 興奮気味の冬夏に清闇は好意的に苦笑した。清闇にとってこの姿は何ら奇異な事ではないが、他世界の出身者には珍しく見えるであろうことも理解している。 「わあ。綺麗。すごく綺麗……!」 冬夏の感動は清闇の鱗に向けられたものであったのか。 ほろほろと。ひらひらと。白い欠片が降ってくる。窪地に近付く砂嵐が、粉雪のような白い色彩を纏っている。 旅人の髪に、肩に、白い破片が当たっては落ちる。ある者は風に翻弄され、再び空へと舞い上がる。ロディは息を呑んだ。脆く儚いこの白を雪と見間違えるのも肯ける。白い欠片が、わずかな水分を求めるようにして窪地の底に降り積もっている。 「……雪、じゃない」 指先に触れた白を確認し、終が呟いた。 そう――乱舞しているのは白い蝶だった。 壱番世界では、季節風や台風に乗った蝶が海を渡ることがあるという。同じように、<駅>のあるオアシスから迷い出て砂嵐にさらわれたのだろう、数多の白蝶が雪のように積もっていく。 砂漠に降る雪。不毛の砂漠に舞う蝶。あまりのミスマッチに眩暈がする。それなのに――否、だからこそか。あまりに倒錯した白の群れは、戦慄するほどに美しい。 音もなく、舞い踊っている。 さらさらと、降り積もっていく。 砂嵐の通過を確認した清闇は緩やかに高度を下げた。不本意な長旅の疲れを癒すためだろう、蝶たちが窪地に群がっている。遠目に見ればまさしく積雪だ。しんしんと冷える暗闇の中、窪地だけがほの白く浮かび上がっている。 「水分は少々ずつ地下から染み出しているということか。道理で分からなかったわけだ、昼間のあの暑さではな」 「やっぱり地底湖みたいなものがあるのかな?」 「かも知れないし、すっごく大きな井戸や貯水池が埋まってるのかも。その周りに出来た居住地の名残があの遺跡だったりして!」 「なら、奇妙な唸り声は水場を守るための何か……?」 「はは。どの説も面白えな」 それぞれに空想を膨らませる仲間の声に清闇は楽しそうに笑った。尚も続く議論を背に聞きながら、ゆっくりと窪地のほとりに着陸する。砂嵐に巻き込まれて飛んできた蝶たちの命はもはや長くない筈だ。せめてもの弔いに、一番近くで見送ろう。 (儚えもんだ。儚くて、脆い) ぼろぼろの翅を打ち震わせる蝶たちに清闇は穏やかに目を細める。 (だが……だからこそ美しいのかもな、命ってやつぁ) 白く、楚々と輝いている。乱暴な風に翻弄されて、それでもなお雪のように輝いている。 夜空が払暁に染まり始める頃、あの低音がしじまの幕を震わせた。 ――ンン……ォ…… ――オォ……ァァ…… ごひゅうううぅぅぅ。それは化け物の吐息。あるいは、空調じみた機械の稼働音のよう。 窪地の底から、乱暴な風が吹き上がる。二度。三度。蝶の骸が舞い上がり、散る。ほろほろひらひら、夜風に乗って、どこへとも知れず飛ばされていく。彼らの行き先は共に舞う砂だけが知っている。 ごひゅうううぅぅぅ。呼吸のようなつむじ風が湧き上がる。終は吸い寄せられるように窪地に飛び降りた。風と共に巻き上がる砂の中で目を凝らす。何がある。砂の下、蟻地獄の底には何がある。 「――――――」 何かが、鈍く煌めいた気がした。暗色の鋼。鉄骨を思わせる柱。ざりざりと暴れる砂が終を拒む。極限まで目を細めたその時、踏み出しかけた爪先が唐突に行き場を見失った。体ががくりと沈み込む。 「雪深さん!」 冬夏の悲鳴。落ちる。どこに? 次の瞬間――腕を引き上げられ、終はぶらんと浮いていた。 「言い伝えに背いて悪いが、こんな“良くない事”はお断りだ」 はらり。白い物が落ちてくる。雪、蝶、どちらでもない。喩えるならば、天使の羽毛のようだった。 「深追いは火傷の元だ。雪の正体が分かっただけでも良しとしよう」 背に三対の翼を生やしたロディが、すんでのところで終を宙に引き上げていた。 夜が明ける。地平線がさっと光を帯び、暗闇のヴェールを剥ぎ取っていく。夜から朝が生まれいずる、ありふれて美しいその刹那にさえも砂は黙して語らない。遮るもののない砂漠の中で、刻々とグラデーションを描く空の色に旅人達はただ息を呑む。 吹き飛ばされた蝶の姿はもはや視界の中にはない。真っ白な朝日の中に溶け消えてしまったのかと、一瞬そんなことすら考えた。もちろん、確かめる術はないけれど。 「砂嵐に乗ってやって来た蝶が水を求めて降り積もった……? まさか。確かに、最近やけに砂嵐が多発していることは知っていたが」 旅人達の話を聞いた村長は目を見開いた。だが、終が辛うじて採取した蝶の欠片を持参のフィルムケースに入れて差し出すとようやく信じたようだった。 「窪地で聞こえる音は“唸り声”ではない」 確かめたわけではないがと前置きしてロディが切り出した。 「少なくとも生き物が発する音ではなさそうだ。もっと無機的な……例えば機械のような、な」 「その機械が何なのかまでは俺達には分からねえがな。おおかた、地下に埋まってる水場を守るための機構みてえなモンなんじゃねえのか? 水場が汚れないように、定期的に大風を起こして砂塵を吹き飛ばしてるとかな。ま、俺が言ったって説得力にゃ欠けるだろうが」 科学やらテクノロジーやらには馴染みが薄いと肩をすくめつつも、清闇は楽しそうに空想を羽ばたかせる。長はのろのろと視線を巡らせた。 「ならば、雪が不吉だというのは」 「雪は雨よりも重く、長く地上に留まる。低温と水分に晒された機械は錆びて鈍る。ならば水場はどうなるか」 終はぽつぽつと推測を述べた。 「命綱の水が穢されれば人は生きていけない。……不吉なことには違いない」 人の恐怖心は枯れ尾花さえも幽霊に変える。操り手を喪った機械の咆哮は化け物の声に、機械の動作不良を招く雪は不吉の象徴へと変じたのだろう。 だが、それらとて事実に基づいていることには変わりない。 (いつの時代も先人の言葉は興味深い) じりじりと灼け始めた砂漠を眺めつつ、終は茫と思考をたゆたわせる。 (伝承に雪とあるなら、本当に降ったことも……?) ブルーインブルーのように、かつては全く違う世界が広がっていたのだろうか。 だが、今はそれすら知る由もない。すべては砂の下に埋もれている。深海のような砂の底に。 地表に水が浸み出す以上、また蝶が集まることもあるだろう。『雪』が積もる原因を取り除くことはできないが、ロストナンバー達が言葉を尽くして説明し、村人たちの恐怖は薄らいだ。 「なァに、大丈夫さ。自然は自分を敬ってくれる人間に悪さはしねえもんだ」 話の最後に清闇はそう付け加えて笑った。長は旅人達に感謝し、石材が必要なら工面すると約束してくれた。 「サシャさん」 という冬夏の声でサシャはふと我に返った。 「良かったですね、雪の正体が分かって。私の予想は外れちゃったけど」 「うん。ワタシも外れ」 照れ臭そうに頬を掻く冬夏の前でサシャはそっと微苦笑した。 奇跡の鉱物・アスベスト。書斎にあった雪のようなあの薄片を旦那様はそう呼んでいた。見た目はとても美しいが、吸い込むと肺を病む危険な鉱石なのだと。遺跡と窪地が繋がっているのなら、遺跡の掘削作業によってアスベストが窪地に積もることもあるかも知れない。 (雪がアスベストなら、不吉って言われる理由にも説明がつくと思ったけど……) アスベストの潜伏期間は二十年から四十年。今は平気でも将来肺を病むおそれがある。だからといって、遺跡を切り崩さねば村人たちは食べていけない。数十年後のために今日の食い物を我慢して飢えるか、食い繋ぎながら数十年後に肺病で死ぬか――。もしサシャの予測が当たっていたら、村人たちにそんな選択を迫らねばならなかったかも知れないのだ。 「蝶、かぁ」 陽炎の揺れる砂漠を見やり、サシャは改めて安堵の息を吐く。 「雪と似てるね。綺麗で儚くて……ちょっと哀しい、かな」 蝶たちはなぜあのオアシスを出たのだろう。水と草花に囲まれたあの場所なら安息のうちに天寿を全うすることもできた筈だ。それに、白い蝶ばかりが飛ばされてきたのはなぜなのか。 「自然の悪戯。あるいは、蝶たちはここではないどこかに行きたかった。それとも」 ふらりと戻って来た終がサシャの心中を読んだかのように呟いた。 「何かを……求めていたのか」 終の視線は此処にはない雪山へと向けられている。手の中で、雪のような蝶の欠片をおさめたフィルムケースが行き場を見失ったように転がっている。 「しかしまア……高度な機械に石の遺跡か。どうにもちぐはぐな取り合わせだな。案外、同じ時代のモンじゃなかったりするんじゃねえか? ま、今となっては確かめようもねえが――」 蜃気楼のように揺れる遺跡群を見回しながら清闇は黒髪を掻き上げた。 「だからこそ想像のし甲斐があるってもんさ。こういうのも楽しいじゃねえか」 不毛の熱砂。その二つ名さえ清闇にとっては心地良い。虚無のキャンバスの上に、いくらでも物語を描くことができるのだから。 「危険がないのなら砂の下を暴き立てる必要もない。掘り返すのは無粋だろう」 ふわりと、ロディの手から白い物が舞う。それは彼の翼から落ちた羽毛だった。 「静かに――眠れ」 ふわり、ふわり。熱風にさらわれ、白い羽毛が舞い上がる。それはまるで真昼の雪だ。幻想的な光景にサシャと冬夏が目を輝かせた。 軽い羽毛は蝶のように漂い、熱砂の果てへと消えていく。 砂は黙して語らない。人々の前にただ横たわるのみだ。重厚な褥のように、悠久の時をその身に孕みながら。 (了)
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