「!……!……!!!」 本日の無料開放はチェーンタワーだ。 いつもの通り、黒髭園長は、開園前に無料開放のアトラクションに乗る。「!……!……!!!」 大声で叫ぶのもいつものことだ。 この遊園地には、観覧車、ジェットコースター、回転木馬、お化け屋敷、ミラーメイズ、コーヒーカップ、バイキング、ゴーカート、射的場、チェーンタワー……他に食堂、売店、花壇に囲まれた噴水がある。トイレも4カ所、休憩のためのベンチは20カ所、チケット売り場も各ブースの他に2カ所、入ってすぐのイベント会場ではキャラクター・ショーや手品、アクロバットなども見せている。交通手段も駅から5分、バス停留所から3分と悪くない。 黒髭園長の前身は、ここの経理担当で、当時の白髭園長と力を合わせて集客に務め、閉園するしかない運命だったこの遊園地を見事たて直したのだ。 だが、白髭園長は病に倒れ、病気から言えば、信じられないほど穏やかに命を終えた。 その後を継いだ黒髭園長は、それまで必ず剃っていた髭を伸ばし、今では時々海賊風のコスプレをして遊園地をうろついて、客を楽しませ、スタッフを驚かせている。 白髭園長から継いだのは遊園地を愛する心と、お客を楽しませる心。 一週間に一度は、様々なアトラクションの中から一つを無料開放するのも、白髭園長から引き継いだやり方だ。 彼はスタッフを採用する時、必ず遊園地のどのアトラクションが好きか尋ねる。 そのアトラクションがどうすれば、もっと面白く楽しくなるかを尋ねる。 優れた案は本人と同時に採用され、従って遊園地は日々変化していく。 今では口コミでやってくる就職希望者は増える一方、彼らが生み出す新たなイベントも増える一方だ。「黒髭園長ーっ!」 ようやく降りてきたチェーンタワーに駆け寄ってきたのは、人事担当だった。「点検中、すみませんっ」「構わないですよ、点検というより楽しんでただけだから」 黒髭園長は穏やかに笑う。「それより、どうしたんですか、慌てて」「ビル・ハイマン氏から連絡がありました! 是非視察に来たいと」「え、そうですか」 黒髭園長はぱっと顔を輝かせる。「アイスショーのプログラムを引き受けてくれる気になってくれたのかな」「きっとそうですよ! 園長が粘って交渉したかいがありましたね!」「彼のプログラムは素晴しいんですよ! 君も見たらきっと夢中になる」 いそいそと事務室へ向かう黒髭園長に、人事担当は踊るように歩みを合わせる。「園長がおっしゃるならきっとそうですね。僕、見てみたいな」「一緒に見ましょう。ああ、そうだ、もちろん、その時は着ぐるみを着て、一緒に滑ってみましょうか」「え、えええっっ、や、僕、無理、絶対無理ですって!」「大丈夫!」 黒髭園長は朗らかな笑い声を上げる。「上手にできなくてもいい、楽しめばいいだけだから」 そうですよね、白髭園長。 元経理担当は、無料アトラクションに乗るたび叫ぶことばを、胸の中で繰り返す。『見てますか! 俺、楽しんでますよ! 見てくれてますか、園長!』「さあ、行きましょう! お客様が待ってくれています!」「はいっ!」 走り出す二人の姿は、遊園地に初めてやってきた少年達のようだった。「皆さん、いろいろとお疲れ様です」 鳴海はぺこりと頭を下げた。 先日から時々お願いしている依頼ですが、と微笑む。「壱番世界の遊園地です。新しい園長は、一週間の一日に一つ、アトラクションを無料にしています。今回は『チェーンタワー』だそうです。お知り合い同士、あるいはお一人ででも如何でしょうか」 今回は朝一番の便で到着します。「ひょっとすると、今回がこちらが出せる最後の便になるかも知れません」 では、楽しんで来て下さい。 鳴海はチケットを差し出した。
これはまるで私達のよう。 何とも知れぬ中心に、ぐるぐる回って振り回されて、高く上がったつもりでも飛び立てなくて、悲鳴を上げても絵空事、歓声を上げても夢現、何もかもが、ただただ同じ場所で回る自分を楽しんでいる演出にしか思えなくて。 本当にこんなことが楽しいの。 本当にこれでいいの。 だから何かを変えたかった。 吉備 サクラは噴水前のベンチに座り、親子連れを眺めてはスケッチすることを繰り返している。今日の無料アトラクションが楽しみでしょうがないのだろう、子どもが一生懸命親の手を引く。微笑ましい幸せな光景だ。見ているだけで自分もその幸せの輪の中に入ったような気がする。 錯覚にすぎないのだと心の底から分かっていても。 区切りがついたところで、道具を片付け、チェーンタワーに向かってゆっくり歩く。 この遊園地に来るのは今日が3回目だ。アトラクションの位置が大きく変わったとは思わないけれど、何かが変わったのは分かった。 「…!」「……」 園長と呼ばれた人が振り返る。 たぶん、園長と呼ばれたのだろうと感じた。音が聴こえないけれど。 黒い髭を生やして、海賊船の船長の姿で笑い返す顔は朗らかだ。前に園長と呼ばれていた人とは違う人だ。白い髭ではないし、ずっと若い。 以前の園長はもういない。逝ってしまったと聞く。 人も物も変わっていくのだ。 それが正しいなら…不老のロストナンバーは間違った存在だろうか。 胸に問いを抱えたまま、サクラはチェーンタワーに乗り込む。周囲に賑やかに席を占める子どもやカップル、親子連れ。 「乗ってる最中降りたらだめか? 自分で掴まって振り回される、もっと楽しそうだ!」 金髪をなびかせてルンが係員に尋ねている。 どうやら乗ってる最中に椅子から抜け出してぶら下がってみたいと交渉しているようだ。 係員が首を振る、ちょっと残念そうに、自分もしてみたいと思った時がある、と付け加えて、慌てて、決まりだからね、と首を振り直す。 「そうか、決まりか。残念」 ルンは口惜しそうに唇を曲げ、それでも一つ頷いて席に座る。 安全であるよう求められ、安心する存在であることを基本とされ、周囲を不安がらせないためにも、自分のルールは持ち込めない。 ここはそういうところだから。 「かいぞくー!」 さっきの黒髭海賊船長にじゃれついているのはアルウィン・ランズウィックだ。一人で乗り込むにはいささか身長が足りないと言われて、補助を彼に頼んだらしい。 「かいぞく、白ヒゲのかいぞくそっくり」 黒髭海賊の片手にぶら下がるような気配、胸のあたりにちらりとブローチが見える。すりすりと彼の腕に頬をすり寄せ、それでもきちんと係員の説明を聞いて、順番を待っていた。 同じように親と待っているうちに不安になった子どもに、「そらとぶみたいでたのしいぞ! ゆうきをちぎってがんばれ!」と励まし、「それは勇気を握って、かな? けれど、千切ってというのもわかるね」と黒髭園長に微笑まれている。 「この子のとなりにのれる? いっしょにそらとぼう!」「おお!」 興が乗ったのか、黒髭海賊が片手を突き上げる。 夢を作って夢に酔える。 それは子どもの特権かも知れない。 その夢が透けて壊れて割れていくのが見える歳になってから、どうやって夢を育てればいいのだろう、わからなくなる。 回り出す、ゆっくりと。 体に掛かる重力とは違う、別方向の力。 外へ外へと引っ張っていく力。 なのに鎖に阻まれ引き戻されて、そのぎりぎりの間で宙ぶらりんになる感覚。 「またまた来たよ、遊園地。今日もめいっぱい、思いっきり遊ぶぞぉ!」 来た時に、そう声を響かせたのはユーウォンで、ロストレイルが着いてから誰よりも早く遊園地に飛び込み、もうチェーンタワーにも何度も乗っていた。 彼は飛べる。飛べるのにチェーンタワーに乗り、振り回されて楽しんでいる。 よそ見したって目をつぶってたって、確かに自分で飛ばなくても飛んでいられる。 ついと言いたげに羽ばたいてぶわんぶわんとブランコが奇妙な具合に揺れ、慌てた顔で羽ばたくのを止めたみたいだ。 何度も乗って、けれどその度に乗り方を変えている。後ろ向きや横乗りをして、危険だと注意されて残念そうだった。 彼にはもちろん危なくない、だって翼があるし飛べるから。 けれど皆はそうじゃない。 彼のまねをしても、翼のない者は地上へ叩きつけられるのが関の山、そんなことにならないように、大人しくルールに従って振り回されているしかない。 少し距離を置いて世界を感じる感覚には、待ちながら乗っている人に手を振ったり変顔をしてみせて楽しむユーウォンは、なおさら遠い。 何が楽しい。どうして楽しい。 自分を欺いているだけかも知れないのに。 「蔦で崖を超える、振り回される、似てる。思い出した!」 ルンは歓声を上げながら大きく仰け反った。そうだ、蔦に体を任せて飛ぶと、こんな感じだ。手の中でみちみちと鳴る感触、ぴいんと突っ張った力がルンを放り出されるぎりぎりまで飛ばしてくれる。 「あはははははっ!!」 思わず笑い声が溢れる。笑おうとなんてしていない、体が勝手に笑ってしまうのだ。口が開いて飛び出した声が笑ってしまっているのだ。体の細胞がもう笑ってしまっているのだ。 「良い匂い。食堂開いた? 行ってくる」 振り回されながらも匂いには気づいた。吹き過ぎる風に加わった香ばしい肉の匂い、柔らかな甘い匂い、体が膨らむ温かな匂い。 実は遊園地へ着てすぐに売店巡りをこなしていた。食堂はまだ開いていないと言われたから、開いていた売店を一店舗ずつ探し、メニューの上から下までを丁寧に食べていった。 「おう、ルンは覚えた。下心? 手心? 一気良くない。一人前ずつが、上品? ルール? 上から下までは、良い。それで、他を回り終えたら最初から」 「そんなルールどこにあるんだよおおおお大食いライオンっ!」 そう泣きついた従業員も居たが、 「わかった、お前の飯は俺が面倒見るっ! 店の名にかけてお前が満腹のまま楽しめるよう采配してやるっ、遠慮なく回って来いっ!」 どんと胸を叩いた従業員も居て、ルンは心置きなく遊園地の売店を全制覇してからチェーンタワーに向かった。 「もう最後か、終わりか! 旨かったのに、残念」 もぐもぐごっくんと呑み下したのは厚手のクレープにほかほかのジャガイモととろとろのチーズとバター、濃厚ケチャップをかけた一品、指を舐めつつ胸を掠めたのは、もう鳴海司書からここへ来る依頼がなさそうだという事実。 食堂にやってくれば、何とそこには常の二倍はいそうな人員が配置され、しかも今や遅しとルンの注文を待ち構えている。 「賑やか観覧車オムレツ、ひんやりミラーハウスゼリー、ジェットコースターバゲットサンド、肉団子溢れるお化けピラフ、キラキラホール回転木馬ケーキ…」 増えたメニューも一杯ある。どれにしようかなど悩まない。 さっきユーウォンに一番美味しかったのと不味かったのを聞かれたから、肉団子溢れるお化けピラフは絶品だと進め、ひんやりミラーハウスゼリーは最後までクリームを残しておくべきだと助言した。 ルンが食堂メニューを制覇したのを聞いたユーウォンは、目をきらきら輝かせ、ばたばたを羽ばたきながら、 「あ、ドリンクならおれでも全部制覇できるかな!? おれ、お酒も飲めるから、勝てるぞ!」 と妙な対抗意識を燃やしていたから、後で食堂のドリンクメニューを制覇しに来るのかも知れない。 食べ終わった後は売店をもう一周全制覇し、二回も来るなんて詐欺だ悪魔だ陰謀だと泣き崩れた従業員には、仕方ないのでもう一回上から下まで注文しかけた料理を二品だけ譲歩して見た。 もっとも、実は、売店全制覇している最中に、イベント会場で頭の上にりんごを乗せて矢で射るというのをやっていたから、そっちに早く行ってみたくなったというのもある。 「おぉ、分からなかった場所!」 小さな白い玉を渡され、投げろと言われたのが、そのりんごに当てろと言う意味だとは後で気づいた。 「投げるか? 分かった」「へ、うわ、ぎゃあああっっっ!」 むんずと掴んだ演者を30mほど投げ上げてキャッチしてみて絶叫され、半泣きになった相手にナイフ投げの的になれと言われたのがよくわからなくて、的を射抜くのかと、りんごを射抜き、立て続けに連射速射してりんごを粉砕、あげくには一度目に貫いた矢に次の矢を継ぐ荒技を披露、観客の大歓声の中、 「ば、ば、ばかやろううっっ、お前なんかお前なんかお前なんかあ…で、弟子にして下さいっっ!」 「…違ったか? おかしい、神さまの国、難しい」 すがりつかれかけて慌てて退散した。 働くと腹が減る。腹が減れば、もちろんやることは決まっている。 三度売店と食堂メニューの全制覇は、十分な備えをしていた従業員達をついに阿鼻叫喚の修羅場に叩き込んだ。 「逃げるな作れっ!」「もう腕が上がりません!」「腰が死ぬっ!」「ここで朽ちるな、命を惜しむな、勝機はこちらにあるぞ!!!」 「ああ、旨かった!」 ルンが意気揚々と引き上げた最後の売店ではボロ屑のように崩れ落ちた店員が死屍累々、この日を一同は『恐怖のライオン降臨の日』と呼び、挙げ句にルンをイメージした巨大一皿料理『ライオン・プレート』まで作った。 当のルンは、満腹した後の腹ごなしと、気持ちよく何度もチェーンタワーに乗った。 「分かった! これ、子どもと老人の遊び! 大人は自分でぶら下がれる!」 結論はいささか間違っていたが、黄金の髪を風に梳かせて、ルンは胸の中で決意する。 「また、いつか。今度は自分で、遊びに来る」 サクラはチェーンタワーに乗りスカートを翻らせながら、ゆっくり瞬きをする。 意識は思い出そうとしていないのに、振り回されていつもと違う方向に引っ張られる力と、それに抗する体が勝手に記憶を呼び覚ましてくる。 そう言えば小学生の時、親と遊園地に来て乗った事があった。あの時は親は外で待っていて、私がその前を通るたびに手を振ってくれた。ぐるぐる激しく回る世界の中、親がそこに居ることだけはわかった。色の流れに溶け込む風景で、親がそこに居るのだけは、描いたようにくっきりと見えていた。 あれは別の視力が働いていたのだろうか、それとも見たいと思った自分の心が、親の姿を想像したに過ぎなかったのだろうか。 それでも、その時、私も手を振り返した。 ここに居るよ。わかっているよ。あなたがそこに居るってことも。 視界をかき乱す髪、飛び散らされる光と色、気に入った紋様や意匠を読み取ったこともあったのに、今この世界には一つのものしか読み取れない。 今は居ない。誰も居ない。 私が自分でそうした。 それでも知らない小さな子供が手を振ってくれたから、笑みを作って手を振りかえす。 あれは誰だろう。あれは何だろう。あれは本物だろうか。それともあれはやはりどこかで描いた、どこかで聞いた、どこかで想った幻だろうか。 手を振り返す。繰り返し。繰り返し。ぐるぐると回りながら、振り回されながら、知らない小さな子どもも一緒懸命に手を振っているから、振り返す、振り返す、その仕草が語っているのは、さよなら、さよなら、さよなら……。 幻覚を大盤振る舞いしよう。花火ピエロ。 今日来た人が楽しい思い出になるように。 サクラは手を振り返す。 人々の楽しい思い出のために、手を振り返す。 「これはじけんだ!!」 アルウィンは大声で叫ぶ。さっきまで泣いていた隣の子も、いっしょにさけんでみよ、と声をかけると「わああああああ」と大声を張り上げ、ついでに一緒に乗ってくれた黒髭海賊も「うおおおおおおおお!」と声を張り上げて、だからアルウィンも「おげんきですかー!」「かいぞくだあああああんん!」「おれたちのうみーーーーっっ!」と続けて叫んで大声で笑った。 目を瞑った時には巨大な渦に巻き込まれて吸い込まれていくようだ。目を開けてみると、巨大な竜巻に吸い上げられていくようだ。 髪が逆立つ、皮膚が粟立つ、ぞくぞくする感覚にぶるぶる体を震わせて、それでも笑顔でその感覚に浸り込んで楽しんでいる。 許可が出たので折り紙で作った花弁を巻いた。ちょっぴりだったが、赤の白の青の黄色の緑の紫のピンクのオレンジの、色とりどりの花がチェーンタワーから撒き散らされて、周囲で見ていた観客がどおおっとどよめいて我先に手を伸ばした。手を振るアルウィンに手を振り返す人々が、両手を高く掲げて花の舞う世界で踊るようで遊ぶようで、人の命が輝きながら舞うようで。 前園長が亡くなったと聞いた。ナウラとお金を折半して花束を買い、それと一緒に、保護者イェンスの著した本『永遠の遊戯』を事務所に届けた。この遊園地を題材にしたものだ。 魔法のブローチを付けているせいか、魂は死なないと一層強く信じられる。前園長も家族と一緒に来ているのではないか。どこかでアルウィンを見てくれているのではないか。 「遊園地ありがと。えんちょも遊んでね」 「っ」 隣に座っていた黒髭海賊がふいに体を強張らせて口を開け、ぽかんと数個先のブランコを見つめた。 「どしたの?」「いや、今、あそこに」 魔法のブローチで、アルウィンに触れていたから何か見えたのかも知れない。 「……君は知らないだろうが」 やがて黒髭園長は高く高くチェーンタワーに振り回されながら呟いた。 「ここには、白髭園長と言う人が居て」 経営が苦しくて、人が誰も来てくれなくて、頑張った試みも全て潰えて、もう諦めるしかなかった時、彼はこう言った、「それなら今までのお礼をしなくては」。 何がお礼、何のお礼、こうして行き詰まって消えていこうとしている遊園地、見捨てられようとしている遊園地、黄昏に赤錆に塗れて崩れていくしかない遊園地、なのに、お礼と言う発想はどこから来るのか。 「…私は、わからなかったよ」 けれど園長は、にっこり笑って。自分の念願は遊園地を作ることだったと。この場所に、遊園地を作って、なくしてしまった家族が笑う顔を想像できれば、もうそれで良かったのだと。 「君がこの遊園地を愛したことは………天の恵みだったと」 だから確信できるのだと笑っていた、他の誰が何と言おうと、天はかけがえのない君を引き合わせてくれたのだから、自分の願いはきっと天に通じているのだと。 「ならば……恐れるものなど、何もない、と」 アルウィンはそっと手を伸ばし、まるで子どものように震えている黒髭海賊の手を握った。 「ここは、たのしい」 静かに強く言い切った、風の音に負けないように。振り回される力に酔い痴れてことばを見失わないように。 「はただくひと(働く人)も、やってくる人も、みんなつながって、夢をつくってる」 これからどうなるの? どんなものがやってくるの? どんなものが始まるの? アルウィンは風に髪を舞わせながら、黒髭海賊に尋ねる。 色々あった。悲しい事嬉しい事が何度も。会って遊んでお別れ。でもいつかまた会えると願う。この遊具の様に何度でも。 「さよならだけど、またねだー!」 「ああ、そうやって、君達子どもは、私達を励ましてくれるんだ」 黒髭海賊はにっこり笑い、ちらりと前方に見える人に宣言するように声を張り上げる。 「だから、俺達、怯むわけには行かないんですよね、園長!」 ぎゅっとアルウィンの手を握り返してくるから、彼女は笑い返す。 「いどむしかないんだよ、えんちょ!」 遊園地を離れるとき、アルウィンは花達に断って、花壇に持参の綺麗な石を埋める。再び来れるように。そしてまた、従業員もお客も、ずっと楽しい夢を見られるように。そう願いを掛け、お礼を込めた石を。 ユーウォンは、遊園地に入った瞬間から「ん?」と思っていた。 何かが変わってる。色々変わってる! 噴水も、チケット売り場も! もらったパスも! 前より若くなった? そんな感じがする。 「それって、この遊園地が元気に生きてるって事だよね、おれと同じに!」 ユーウォンの命は長い。一日一日で何がどう変わってるかわからないほど緩やかな命の流れの中で生きている。 けれど、やっぱり何かは日々変わっていて、だからこそ、何一つ同じものなんてないと感じる。 チェーンタワーだって同じだ。同じ所を回ってるようだけど、風も景色も人もどんどん回って同じじゃない。 「…それってつまり、旅人じゃなくても、旅は出来るって言うことと同じなのかな?」 ユーウォンの思索と探検は続く。 「食堂もなんか…前と違う風。美味そうさがパワーアップしてる…」 何を食べるか悩んでいたら日が暮れると見極めて、ルンから情報をもらった。 ルンが全メニュー制覇記録保持者で、新たなメニューが増えた今日もまた、その記録を更新保持しているから、自分もちょっと張り合ってみたい。 かと言って、ルンに勝てる大食いさは発揮できないし。 何か一つ、ルンより優れた部分を手にして挑む必要がある。 そう、例えば、ドリンク完全制覇! 「ほらね、やっぱり変わってる」 前はこんなことは考えなかった。ルンが全メニュー制覇なんてしなければ、こんな願いを持つこともなかった。 遊園地に来なければ、ルンがいなければ、ドリンク全制覇を願うユーウォンには出逢わなかった。 ひょいと顔を上げると、食堂へ向かうアルウィンと別れてこちらへやってくる黒髭海賊が居た。翻る衣服の裾、細身ながらも堂々と、行き先はバイキングかイベント会場か。 悪戯心を起こしてユーウォンはその行く手に躍り出る。 「がおー! ドラゴンの宝は渡さないぞぉ!」 これもまた、知らない自分。 「おっっ」 一瞬立ち止まった黒髭海賊は、次の瞬間にやりと笑った。立ち止まる周囲の客をぐるりと見渡し、大きく頷き剣を引き抜く。 「君達に深い敬意と感謝を捧ぐ」 剣を掲げ、低い声で伝えられことばとともに一礼。 その後で、黒髭海賊は朗々と吠える、かつて白髭園長が吠えたように。 「行くぞ、ドラゴン! 新たな『ドラゴンズ・ウィング』を手に入れてやる!」 大仰に振り上げられた剣に周囲から歓声と拍手が上がる。 人々が立ち止まり、駆け寄り、集まり出す。 さようなら。 昨日までの自分。 今、見知らぬ自分が生まれ始める。 そう、ここは遊園地。 あなたの新しい顔を見つける場所。
このライターへメールを送る