「ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー」は「異世界への旅」を行うことで、一人でも多くのロストナンバーに、外へ出る機会を与え、お互いの交流や、それぞれの旅の目的への意識を高めさせることを意図している。小難しく言うと『ロストナンバーのメンタルケア及び、異世界への理解と適応の可能性を探る事業』だ。
しかし、今回は。
「いろいろ聞いてみたんだけどね」
下調べに出向いたヘンリーはおっとりと笑う。
「ここには何にもない、そうなんだよ」
場所はヴォロスの北方の辺境、ザードという街。
もっとも街というよりは、森の中に石造りの屋敷が立ち並んだ場所で、小さな街には不似合いなほど大きな墓場がある。近くの村までかなりの距離があり、行き来も少なく、訪れる者もほとんどいない。
街の世話役、黒髪、黒い口髭のバルド・グンディックの話。
「ああ、確かに私の家は、ザードの街では一番の大きさだ。百室ほどもあるかね。街を造った時に建てられたらしいが、なぜそんなに部屋数を作ったのかは知らんよ。二階建てだが、あちこちに繋がってて迷路だ。開かない部屋もあるね。詳しくは私達も知らないよ。肝試し? ああ、そういうことなら屋敷を開放してもいい。私達家族が使っているのは数室だから、後は好き勝手にうろついてくれても構わない。家族かね? …今は私と妻のシャイルと娘のリールだ。他に使用人が数人だね。まあ、時々おかしな物音がするようだが、せいぜい壁掛けが落ちているぐらいだろう。迷子になったら、部屋のどこかにある薔薇の飾りを押してくれればいい。鈴が鳴るそうだから、それを頼りに捜しにいってあげよう……けど、たいしたものはないよ、何も」
ザード墓場の墓守、白髪細身のコナーズ・ファイモンの話。
「そりゃあ、広い墓場ですさ。街が始まったときからの死人が埋まってますしさ、ひゃひゃひゃ。儂はもう五代目になりますかいの、え、計算が合わない? 固いことは言いっこなしですさ。そういや、ガズウィック・ゴンドンの墓の話を聞いたことは? ない? 墓場の一番奥にあるはずですさ、それがまあ、身内が捜そうとすると雲隠れする困った墓ですさ。何でも賭け事が過ぎて一文無しになって、自分が死ぬ時を賭けて、外れそうになったってんでリーズ河に飛び込んだ馬鹿な男ですさ。今でも身内の借金に追われては墓ごと逃げるのに、見知らぬ人間がやってくると、いつ生き返るかって賭けをしに戻ってくるそうですさ。へ? ひゃひゃひゃ、冗談に決まってますさ、おかしな人だ、真面目に聞いて。広いことは広い、手入れはきちんとしてますさ、まあただそれだけの墓場ですさ、他には何にもないですさ」
『オ・ブ・リーズ』の女主人、金髪碧眼のファライラ・ミルトの話。
「ここはリーズ河湖畔では唯一の食堂よ。露天のテーブルは真夜中の星空を眺めるため。昔、この食堂を開いたマイラ・ルートガルドが、夜空を駆ける流れ星を見るために作ったそうよ。噂ではピンク色の目だったとか。あり得ないけどね。信じられないほど美人で長生きだったそうよ。でもどこから来たのか、誰も知らないわ。うちの料理は、じゃがいもを焼いたのと、肉を焼いたのと、野菜を茹でたの。パンはきいちご入りとクルミ入りと、コーダって知ってる? このあたりで採れる濃い緑の野菜。生だと凄く苦いんだけど、パンに入れると、苦みがまろやかになっておいしいのよ。リーズ河は流れが速いから、魚は捕れないの。時々、ルシカがガワイルを持ってきてくれるから、それと野菜を煮込むのも出せるけど、滅多にないわね。ガワイル、知らない? でっかい顎の大きな目の銀色の魚。……そうそう、そのさけって魚と似てるかも。身は赤いのよ、似てるわね。でも、そうたいしたものはないわ、何も」
街灯磨きをしていた少年、パルコ・プクラの話。
「うん、そうだよ、ここいらの子は街灯を磨くんだ。ガラスが蝋燭の煤で煙るから。危なくないよ! 梯子だって、ちゃんと固定するし。毎日一回、通りをぐるっと。一日あればいいかな。グンディックさんからお小遣いもらって。学校? あそこにあるよ。でも、毎日はないんだ。仕事はみんなで分けっこするよ。お小遣い? 星祭りで使うに決まってっだろ。星祭り知らないの? もうすぐだよきっと。『オ・ブ・リーズ』でお菓子が出るの。その日は街灯消すしね。通りも真っ暗。お墓も真っ暗。コナーズじいさん、よくけつまづいてるよ、にひひ。ううん、他に何もない。屋台? 店? ううん、何それ。そんなものないよ。一番綺麗な星だって決めた日に、グンディックさんが街灯を消して、ルシカが持ってきたおもちゃ見せてくれて、『オ・ブ・リーズ』でお菓子出して、皆で星を見るの。うん、来てもいいよ、星は皆のものだもん、時々知らないきれいな女の人も来てるよ。あの人、どこに住んでるのかな」
森の中できのこ採りをしていたルシカ・バワズの話。
「星祭り? ああ、あれは何だろな、『オ・ブ・リーズ』を始めた女性が、それを記念して始めたらしいよ。ここで店を開けたのは皆のおかげだからって。こんな街だからさ、金を使うことも楽しみもないし。俺も木こり仕事の片手間に作ったおもちゃを持ってくんだけど、喜んでくれるよ。ガワイルか。実は少し先にいい場所があってさ、そこでならあいつを掴み取りできるんだ、けど内緒だぜ。え? いや、俺は街に住まない。何だろな、息苦しくってさ。この奥の小屋に住んでる。ああ、いいよ、そんなに大きくないし、泊まるなら雑魚寝だけど。もっと奥には、誰かが住んでた小屋もある。俺みたいな奴がいたんだろなきっと。ああ、使いたいなら掃除しといてやるよ。竜刻? ザードじゃあんまり意味がないかもなあ…そりゃ、どっかに何かの影響はあるんだろうけど。人も少ないし、交流もないし。ここは年中静かでさ、目立った嵐も大水も地崩れもない、いや、ここには何もないよ、ほんと」
「何もないというより」
ロバートが苦笑しながらヘンリーを見やる。
「気づいてない、というべきかな」
「だろうねえ」
ヘンリーは頷いた。
「でも、そういうものじゃないかな、日常って」
穏やかな笑顔で続ける。
「当たり前過ぎて見失ってしまったもの。離れて初めて見えるもの」
微笑む青い瞳は彼方を見やる。
「では、ツアー企画を進めよう」
街や小屋などに泊まり切れない場合もあるだろうから、森の外れに目立たないように宿泊施設を建ててくれるよう、ドンガッシュに伝えてくる。
ロバートは企画書を手ににこやかに立ち上がった。
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