「夏なんだし沖縄行かない?」 そう言い出したのは誰だったろうか。 「ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー」は「異世界への旅」を行うことで、一人でも多くのロストナンバーに外を見せ、同時に互いの交流を深めてもらおうという趣旨を持っている。 そんなカンパニーが立ち上げたいくつかのツアー企画。 それは、「北海道にいったんなら、沖縄にも行かなきゃだめじゃない!」という声に応えた真夏の南の島ツアーだった。 行先は沖縄。 日程は2泊3日。 決まっていることはなし。 各自好きに行動し、好きな場所に行き、好きな観光をしてきたまえというもので。 しかしそこがどんな場所かわからないものも多いだろうと配慮したカンパニーが用意したのが以下の宣伝文だった。 ‡ ‡ ‡ 季節の遷ろいを感じさせない零番世界と違い、壱番世界の日本は今や夏。 強い日差し、いつもより長く居座る高気圧、白い砂浜に青い海。 クサトベラの濃緑色にモミジヒルガオの薄紫。 ノアサガオの茂る砂浜への道の脇には、キダチハマグルマ。 打ち寄せる波は岩場にぶつかる荒々しいそれではなく、横になって聞き続ければ、眠気を運んできてくれること請け合いの穏やかなそれ。 熱中症に気をつけさえすれば、そこは見事な景色が広がっていることだろう。 海は泳がずに浜辺で楽しむもよし、底がガラスになっている船にのって安全に海の中を見るもよし、スキューバを背負って水の中に潜るもよし、好きに過ごしてみるといい。ジェットスキーやウェイクボード、バナナボート、いろんなマリンスポーツ(?)がアナタには提供されるはずだ。 沖釣りの船もあらゆる港から出港している。気になるならそれもいいだろう。 そしてこの地の魅力がそれだけで終わるはずもない。 例えば食べ物。 独特の食事――それ自体は当たり前。ラーメンだろと全員に突っ込まれていい小麦粉100%のそばや豚肉、ゴーヤーといった全国的に知られたものだけでは物足りない人々もいるだろう。 だが安心して欲しい。 市場を歩けば色とりどりの魚、縞状の体表をうねらせて水槽の中を泳ぐ海蛇が貴方方を出迎えることだろう。 そこに並ぶ品物は水棲生物だけにとどまらない。 山羊、牛、豚、猪、様々な肉が待っている。 勿論真夏は果物も豊富な季節だ。 特に初夏のこの時期はパイナップルやマンゴーといった高級果実等が市場にあふれているはずだ。 買ったものはすぐ近くの店に持ち込めば料理してくれる。味は正直大衆食堂的な感じだが、きっと君を納得させてくれること請け合いだ。 ウコンからできた不思議な味のお茶もある。パッションフルーツのジュースなんてどうだろう。国際通りではジェラートの食べあるきなんて事もできるだろう。 サーティーワンやブルーシールのアイスもある。 熱い日差しの下で食べるアイスは格別なんじゃないかな? ちなみに味噌汁定食やポーク玉子定食なんかは定番定食だから、機会があれば一度頼んでみるのもいいかもしれない。 多分それはきっとイメージと違うから。 なに、観光がしたいって? シーサーなんてそこらの家の屋根に転がっていることだろう。存分に見給え。そういう焼き物を作っている地域もある。古い島の町並みと相まって見学できるはずだ。 ハブとマングースなんてものも……おっと残念、今では本物のそれは見られないんだ。 どうしても見たい? 本島北部の山奥でだったら夜中に大自然の掟に則って繰り広げられているかもしれないな。 そうそう、夏ならば当然お祭りもある。 この時期は丁度その真っ盛りだ。 中心市街地では浅草サンバカーニバルのノリで一万人規模の踊り手が参加するエイサー踊り隊なるイベントがあるだろう。 本島中部の与那城あたりでは大綱挽のお祭りもあるな。その近くでは闘牛大会も開かれている。 離島にいけば、丁度旧盆が重なっているからな。独特の文化を感じさせる祭りをしているんじゃないだろうか。 特に八重山のそれはおすすめだ。 米軍基地もおすすめだ。毎年夏の特定日には米軍基地の一部が一般に解放されて、その中で親睦を兼ねたフェスが開かれている。 ビアフェスタなんかもやっている、浴びるように呑む場所には事欠かないんじゃないかな。 勿論壱番世界だからね、未成年は飲酒禁止だ。売ってもくれないと思うよ。 よくある歴史カテゴリなんかも満載だ。 首里城跡には、太平洋戦争で燃え落ちたかつての首里城を模倣して、遺構の上に復元された見事な建物が建っている。 そこはかつて東洋の宝石と歌われた頃の名残を十分に残しており、中に作られた、琉球王朝時代の資料館や様々な道具、ミニチュアや資料なんかが出迎えてくれることだろう。 城は首里城だけではない。本島中部には勝連城址、北部の今帰仁には今帰仁城址がその城跡にかつての戦乱の世を忍ばせてくれるはずだ。 そのいずれにもボランティアの説明スタッフがいたりするから、歴史なんかしらなくても訪れてみれば問題なく楽しめることだろう。 城ばかりではつまらない? スピリチュアルな遺跡や場所もいっぱいあるんだ。 知念村……おっと、今は南城市とよばれているらしい。南の城。つまりはそういう遺跡がいっぱいある場所だ。 そこから出る定期船に乗って行く離れ小島は琉球王朝の王族の祖先である神様が降り立った島として有名だな。 王朝時代は男子禁制だったっていうんだから、中々重みがあるだろう? ちなみにその対岸にあたる本島の部分には、王朝時代最大の祭祀場がある。 御嶽と呼ばれる様々な霊的スポットでいっぱいの沖縄諸島の中でも、最も重要とされている場所さ。 世界文化遺産にも登録されたらしいな。 正直出入りするのが面倒になったと地元の人間はぶつくさ言っているらしいが……まぁ、観光客が荒らし過ぎるよりは、ましってもんかもしれないな。 現代的なものはないのかって? そうだなぁ、さっき言った今帰仁城址の辺りには美ら海水族館がある。 ここには世界で最も分厚く最も大きな水槽がある。ん? いや今は某成金国家に抜かれたんだっけかな。 何にせよ一見の価値はあると思うぜ。二度みる必要があるかは人によるってもんだがな。 まぁそこは真夏の沖縄だ。 はるか南の海上にある熱帯低気圧が急激な勢いで発達していることを除けば――多分平和な観光ができるだろう。 台風自体も沖縄の台風は一味違う。まぁ今回は味わうことはないと思うがね。 ちなみに旅の引率者はメン・タピに勤めてもらうことになっている。悪いことを教えてもらうのは禁止だ。絶対にやるなよ、やるなよ、やるなよ? 一応言っておくが、旅人の外套の効果があるとはいえ、あからさまに違和感のある格好をしていくのは……まぁ、今時の日本ならコスプレですむんだろうかな。 身体的な大きさやら人外生物やらは、着ぐるみだって言い張れるくらいの覚悟で頑張ってくれよ。 と、まぁ長々と行先の説明をしてきたわけだが――それで君は、どんな夏の想い出を作るんだい?=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
沖縄2泊3日の、自由旅行。 ススムくんが観光に選んだのは、戦争史跡と観光名所を織り交ぜた2泊3日の旅であった。 「沖縄は激戦区でやんしたから、1度は訪れてみたいと思っていたでやんす。あの頃のわっちの記憶は薄ボンヤリしたものでやんすが、それでもそれを体験した世代としては、1度詣でなければと思っていたでやんす」 「理解しました。最適のルートを割り出しますか?」 「こういうのは、一つ一つ噛み締めながらいくのがいいでやんす。だからある程度だけ決めて、後は臨機応変に、でやんすよ」 ひめゆりの塔や平和記念公園をぐるりと歩いてまわりながら、ジューンとススム君は会話する。 「それにしてもこのパック旅行はそういう意味でわっちの要求を満たしてくれてるんでやすね」 これこれこういう旅行をしたいんでやんすー、と出発前にうったえていた内容に沿った一日目、王道の観光地を抑えた二日目。那覇周辺の主要な場所を回れる三日目。 「あまりに観光資源が豊富でしたので、1度ではとてもこの地域を堪能できないと判断しました。ならば観光客がリピーターになることを期待して組まれているパック旅行参加が初回は最適であると考えました。しかし自由度が薄くなってしまいますので、ルートだけを拝借しています」 「な、なるほどでやんす。じゃあそのまま次にいくでやんすよ!」 「次は、蝋人形と間違えられないように、ご注意ください」 「うぐぅでやんす」 ススムくん、平和記念資料館で一々立ち止まっては黙祷し、体験記を読んでは流れない涙を流してみせるということをしていたところ、片付けたはずの蝋人形が動いている! とパニック状態になったからであった。そそくさと逃げ出してきたのは言うまでもない。 「わっちに言われても困るでやんすよー」 二つの無機物生命体の、失われた命の跡を追う旅はまだまだ続くようだった。 ‡ ‡ ‡ そんなジェーンとススム君が翌日に向かう予定の先。 首里城の内庭入口にたって、立ち尽くしている一組の少年少女がいた。 「首里城か……太平洋戦争ではここも大変だったんだよね」 焼け跡に大学が建ち、それからまた再建されたという解説を読みながら言う少年は花菱紀虎。 太平洋戦争を偲ぶ場所を回りたいなという傍らの少女、音琴夢乃の言葉に、まずはここから、と訪れた場所だった。 実はジューンと同じパック旅行を参考にしていたからだろう、単純に1日目と2日目が入れ替わる計画をしていたのだが、本人達が知るはずもない。 入口にたった二人の目に入ったのは、鮮やかな朱だった。御庭の正面にある正殿だけではない。南殿、北殿、そして地面と朱塗りの城は、それが城塞ではなく、文化の頂点にある宮殿であったことを思わせる華麗なものだった。 それも、全て焼かれてしまい、今に残っているのは足元にある礎石しかない――。 その事を思うと同時に、夢乃には少し前の、0世界での戦争が思い起こされた。 遠いはずだった戦争が妙に身近で、自分が消える――ううん。紀虎くんが消える? ふと胸にわいたそんな想いに血の気が引くようで、ぎゅっと紀虎の手を握った。 「どうかした? 夢乃さん」 「ううん、なんでもないー。紀虎くん、あったかいねえ」 えへへ、と笑う夢乃の不安さを取り除いてくれるかのように、力強く握り返してくる紀虎。 その手が暖かくて、笑みが溢れる。 「俺ん家は、さ」 そんな夢乃の方に視線を向けて、紀虎が語る。 「じいちゃんが戦争に行った人でその話を何度か聞かせてくれたよ。でも、最近は『戦争』の話をあんまり聞かなくなったよね。多分、語る人が少なくなったから……。可笑しいよね都市伝説なんてくだらない話はあっという間に広がるのに」 そう言って、彼は笑う。 「本当はこういう話にこそ伝えていく意味があるんだと俺は思う――夢乃さんも、忘れないであげてね」 そう言う紀虎自体が消えそうに思えて、逃がさないように、夢乃はまたその手を強く握って頷いた。 「いこっ、紀虎君」 「そうだね、夢乃さん」 ――二人の旅も、始まったばかりである。 ‡ ‡ ‡ 「おい、暑いぞセルゲイ」 青のアロハシャツに身を包み、毛深いその身から熱を発散しようとうちわで仰ぐ男がいた。 マフ・タークス。周囲の奇異な視線――この暑い中着ぐるみを着ている人間に向けられる当然の視線――を受けながら、彼は首里の丘に立つホテルのロビーでセルゲイ・フィードリッツを相手に管を巻いていた。 ロビーから見下ろせる眼下には那覇の町並み。その向こうには、東シナ海。 「オキナワ……だったか。確かに眺めはいいな。だが暑い、暑いぞ! こんなところ外を回ってられるか。そこの土産物屋で酒と甘味を買い占めてホテルにこもりっきりといくのだ!」 「マフ様、既にパイナップルやマンゴーといった果物を購入済みでございます。アイスもございますよ。お昼のデザートにいかがでしょう? 定食はホテルよりも外の食堂の方が興味深いとお聞きしましたが……」 「ええい、いいから酒だって!」 「マフ様、ホテルのロビーでお酒はちょっと……」 「何、酒を呑むなだと!?」 暑さに苛立ったマフが、更に声を荒らげ始める。 「こんな背丈でもな、オレ様は未成年なんかじゃないぞ!」 「いえ、そういうわけではございませんが……いえ、なんでもないです」 もはや言いがかりとしかいえないマフの言葉に、セルゲイはただ黙って買ったばかりの泡盛の栓をあけるのであった。 ‡ ‡ ‡ 「ツアー案内を見た感じだと海洋生物が気になりますかねぇ。水族館もいいですけど、船から見たり一緒に泳げたら楽しそうです。ウミガメとかジュゴンとか。後は基地祭も少し気になっていますけど――あ、別にまずいと噂の米軍レーションMREをメン・タピさんに食べさせてみたいとか思ってないですよ?」 明日以降の計画を楽しげにたてているローラが、パラソルの下で同行予定の誰かと計画を練っている。今日は百班の皆と遊び、明日は盛大にメン・タピで遊ぼうなどと考えているせいだろうか、メカ少女は平和な作戦計画を楽しそうに話していた。 そんな彼女の横であられもない肢体を晒し男を顎で使っている女王が一人。 「はー、極楽じゃないの。青い空、青い海、白い砂浜、見事な筋肉の男に華やかな女の子。これ以上はまぁあってもいいけど今はいいや。あ、嘘。飲み物ないや」 隠すべき場所を全然隠す気のない水着を身にまとい、ビーチの女王ハイユはパラソルの下で、うつ伏せにシートへ寝そべって、飲み物のグラスを掲げてみせた。 そんなハイユの背に手でオイルを塗りこんでいるのは百。 名目上海水浴チームの保護者とされた人物だったが、なんのことはない、すっかりハイユの世話係にされている。 短パンの水着にシャツを身にまとった彼は、「そこ、もっと~」とか宣うハイユの背中に、「こうやろか?」と楽しげに塗っている。 「暑いです……」 日陰の下でいつもとは違う可愛らしげなワンピースで過ごすミルカ。 薄い布地を選んできたのだが、やはり彼女の故郷と比べるべくもない暑さには若干やられ気味らしく、喘いでいるハイユの横で、くったりしながら波打ち際で遊ぶ皆を眺めていた。どうやら遊ぶための元気が貯まるのを待っているらしい。 「こらマスカ君、飲み物が足りてないよ、私以外の子達にも含めてじゃんじゃん買ってこなきゃだめじゃん! 熱中症になっちゃうよ! ミルカちゃんが喉乾いて死にそうじゃないか」 「え、あ、私は……」 「りょ、了解なのね~っ。でもハイユさんってば人使いと金使いが荒すぎなのねっ」 「着替えのテント覗いて裸見ようとしたんだから其のくらい当然じゃん? あの子達の裸はあたしだけが見ていいものなんだからね!」 「それもなんだか違うのね~っ!?」 「海だ海だー!」 波打ち際を駈けるレク・ラヴィーンの声が、潮騒に沿うように響いている。そんな彼女を心配そうに眺めているのは、兄であるディル・ラヴィーン。 「はしゃぎ過ぎて迷惑になるようなことはするなよ?」 どこか呆れたような、それでいてしょうがないな、という慈愛に満ちたような声をかけてはしゃぎ回る妹の後ろ姿を眺めている。 離れ小島の、さらにその裏側。ほぼプライベートビーチ状態のこの浜辺なら殆ど現地の人間が訪れる事もない。 船も沖合にほとんど見えず、脱衣場がないことを除けば大体問題のない浜辺だった。 これなら現地の民からかなり容貌を異にする自分達でも問題なくはしゃげることだろう―― 「なぁ兄貴」 「なんだ? というかお前その水着はちょっと頑張りすぎじゃないか?」 パレオ付きの中々面積の少ない布地に身を包む妹へ、兄が思わずとばかりに一言なげかける。 「よけーなお世話。でさ、問題があるんだけど!」 が、無視された。 「なんだ」 「お店ないし! なんでだよ!」 「俺に言うな、人里離れたビーチにあるわけないだろうが」 「えー、不備だー、手落ちだー、兄貴に散々奢らせてやろうと思ってたのに!」 「お前そんなこと考えてたのか!」 そんな風に兄妹二人が仲良くじゃれあってる横で、波打ち際で、海に入るべきか否かを思案している一群がいた。 「ブルーインブルーの海とは、また青さが違うんですね……綺麗」 膝くらいまでを水につけ潮風になびく髪を軽く手で抑えながら話す華月の言葉に、「そうだな」と小さく合いの手が入る。 打ち寄せる波にその足を浸らせぼう、と潮の寄せては反す様を眺めているラス・アイシュメル。 その横では首にタオルを巻き、身体をワンピースのやや面積の多めな水着に包んだ赤燐の姿。 「海は北都にしかなかったのよねー。ここはやっぱり遊ぶしか無いじゃない?」 おばちゃんカナヅチだけど、海では遊びたいのよ! そんな主張を全身で行っている彼女は、浜辺の方へと視線を向けた。丁度そちらに視線を戻したばかりのミルカと目が合う。 「ミルカちゃーん、いらっしゃーい」 浜辺に向かって、赤燐が大きな声で呼びかける。 どうしよう、と横に寝そべっていた女史を見やるミルカ。オイルを塗り終わったらしいハイユが、行こうかと促したのが動作で見て取れた。 何事か決心した少女が、その場でばばっとワンピースを脱ぐ。 子供らしい思い切った早着替で、下に着込んでいた水着だけになったミルカがこちらへ向かってかけてきた。 「いらっしゃ~い♪」 水面に走りこんでくる少女に、歓迎の水しぶきを浴びせた赤燐。 「えい、お返しですっ」 やり返される可愛い攻撃に、周囲も巻き込み盛大な水合戦が始まっていた。 「はーい、泳げない人こっちねー」 海なら自分達の土俵だもんね! といわんばかりのマグロ・マーシュランド。 そんな彼の背景では、悪そうな笑みを必死で押し隠したフカが、ハイユに遅れること数分で海に入った百へ泳ぎを教えている姿が見える。 「『私がやったらスパルタ指導になっちまうから、アンタが代わりに教えてやんなっ』ってことなのでー、僕から教えますねー」 海で泳いではみたいけど、初めてで泳げるかわからない――そんなメンツを集めて行なわれる、マグロ・マーシュランドの即席水泳教室はそれなりに盛況なようだった。 ひとしきり泳ぎ方を教え、バタ足の練習につきあってやり――少し時間の経ったころ、休憩中に唱うマグロの歌声が、潮騒の響くビーチへ溶けこんでいく。 「川で泳いでたんなら教えなくても大丈夫だったんじゃない?」 泳げないんなら教えてあげるから! といってパラソルの下にいた百を連れだしたフカ。 そんな事を言いながらも楽しそうに泳ぎ方の指導をするフカに、百はにこにこと笑いながら、しばらく海面での泳ぎを楽しんでいた。 だがそれもしばらくのこと。 やがてフカが休憩時間を迎えたマグロの水泳教室の様子を見に行くと、百もまた浜辺へとあがり、波打ち際を歩いていく。 目的の場所には、呆と海を眺める少年の姿。 「ラス様、大丈夫ですかい?」 どこか儚げな風情を漂わせるラスが気になり、あれやこれやと世話をやこうとする百。 普段は突っかかるような口調で言葉を反すはずのラスは、しかしちらっと百を見上げ、また波の動く様を眺めるだけ。 どうしようかな、とやや悩みかけた百。 「問題ない」 だが、ぼそっとつぶやかれたラスの言葉に、そうですかい、と笑みを浮かべて頷いた。 遠くで歓声が響く。次いで何かが水から立ち上る音と、それが弾き飛ばされる際に発した悲鳴。 泳いでいたハイユの水着が盛大にとれ、水中で覗きつづけていたアコルが興奮のあまり水面に顔を出してしまったらしい。 「むほほー、我が竜生に一片の悔いなしじゃー♪」 ハイユの蹴りにはるか沖合まで飛ばされるアコルから、全く応えた様子のない悲鳴があがるのであった。 時は夜。 浴衣を着流した百が、用意の花火を配って回る。 「わぁ、素敵です」 「ええ、本当に」 線香花火の雰囲気を楽しむミルカと華月。 傍らでは他の女性陣が、五十連続打ち上げ花火に興じている。 ある程度の緯度でしか見られない星々に照らされ、華麗な火花が中空に舞った。 年若い少女達がその華やかな光にはしゃぐのを遠巻きにみやりながら、百は海岸を歩く。 その眦は細められ、夜陰に染め上げられた水面の、しかし星々の光をきらびやかに反射させ、海螢が飛び交うその海を、静かな心地で眺めていた。 「舞いたくなる陽気だねぇ」 その視線の先に捉えたのは、未だ昼間にいた辺りから動かず物思いに耽るラスの姿。 千年を契る絢爛の その饗宴なば過ぎ易し 然れど蒼穹に輝く清月や 永久に曇りなく 海岸を渡る風にのせ、静かに口にする百の背中から、小さく声がかけられる。 「百さん」 月光に照らされる少女の表情は眩しいほどに輝いていて、百は思わず目を細めてみせた。 「華月様、なにか用やろか」 「お礼を、と想って」 「お礼?」 心当たりがなく内心で首をかしげた百に、華月が笑う。 「誘ってくれて、あ、ありがとう」 それだけ言ってのけると、恥ずかしくなったのだろうか。ぺこりと一度頭を下げて華月はまた皆のもとへと走り去っていく。 「やれ、いい陽気だねぇ」 その後姿に一度肩をすくめて百は誰ともなしに、呟いた。 その頃、近くの岬の突端に、マスカダインは座していた。 風にのって百のかすかな謡が聞こえてくる。 その服装はいつものような道化服ではなく、無地の白。 どことなく相通じるこの風景。 思い出すんだよね。 そうひとりごちる青年の顔には常にない想いが浮かび上がり。 ここだと近い気がするの。 そう呟いて、詰んだばかりの野花でつくった花束を、足下の海へ、投げ入れた。 色々な過去を投げ捨てようとは思わない。償いになるとも思わない。 ただ受止めて、抱いてこれから進みたいと――全部の自分と一緒に進みたいと。 そんなけじめを付けたくて、なんとなく今だけは一人で向きあいたかったのだ。 ‡ ‡ ‡ 時は少し遡る。 そこは南城市付近の海。 漁船が行き来する場所ではあるが、同時にサンゴ等も多く、天然の魚礁を形成している場所でもあった。 「お魚さん方こんにちはなのです」 暖かな陽光が差し込む海底に沈んだゼロが、周辺を遊泳する色鮮やかな魚達へと挨拶していた。 「ここはとっても気持ちいいのですー」 そういって、海底のサンゴとサンゴの間、わずかな窪みに身を伏せた少女は、目を閉じ、静かに寝息をたてはじめた。 ヒャッホウ! 人間の振りは難しいからと、昼間はよくできたリモコンロボットの振りをしていたユーウォンだが、暗くなってしまえば遠慮の必要性もない。 サンゴ礁の多いと聞いた南部の海に飛び込み、潜り放題泳ぎ放題を楽しんでいる。 おみやげおみやげ――何かいいものは無いかなーと、水面下深く潜り海底を見て回るユーウォン。 すぐそこにあるサンゴ礁のサンゴをおるのは忍びない。 ひょい、と岩を持ち上げると、寝ていたのだろう。あわてて逃げ出したウツボが妙に可愛かった。 ちょっと上にあがろうか。 そう想い、ふと遠くの海底付近を見やれば、よく見覚えのある、白い少女が鎮座していた。 いや、寝ていた。 起こすのも野暮かなー。 鱗に触れるうねりの感触を楽しみながら、ユーウォンはその場を後にする。 やがて、夜も更けた。 ゆっくりとした所作で南城市の海岸に浮き上がってきたのは、真白の少女。 彼女は港の船揚場から陸にあがると、ぺてぺてと裸足の足で整備された道路を歩く。 大阪と同レベルの道路舗装率の沖縄。夜間も結構な台数の車が走るその道路の端を歩くゼロは、何かに引かれるように整備された駐車場を持つその遺跡に到達していた。 夜間は人が入れないようにされているその遺跡の柵をさらりと乗り越えたゼロ。 その微睡んだ視線の先には二等辺三角形のようになった形状の通路が待っている。 そこを通り抜けると、人が4人も入れば満員となってしまう狭い空間があった。 脇の小さな天然窓からは、夜の闇でほとんど何も見えはしない。 それでも、対岸の島の影と、そこにくらす人々の灯りがうっすらと浮かんでいた。 「この地の歴史を垣間見るのですー」 あふ、とあくびを一つ。それだけを呟いて、ゼロはそこの小さな段差に頭をのせるようにして眠りについた。 その窓の向こうに浮かぶ島。 月灯りすらも届かぬ聖林、不可侵の林がそこにはある。 そこに住まう来訪神の気配をたどるかのように、霧花は一人歩いている。 「人と触れ合うは禁忌であると唱えるものもおるであろうに。そもじは人に触れ、護り手として身を置く……羨ましゅうもあるわいのう」 人とは別の存在でありながら人の始祖としての守護者の顔も併せ持つという存在。 それは、彼女にとって己のことを考えるに十分な影響をあたえるものだったことだろう。 九尾の本性を持ちながら、人を恋した娘。 現世と幽世の狭間にあって、人とともにありたいと思った己の在り様。 語りかける言葉に応えるものがあるはずもなく、ただ霧花は、聖なる林の中を唱うような足取りで歩き続けていた。 ‡ ‡ ‡ 行ける限りの御嶽を見て回ろう、と沖縄に降り立つ前に心に決めたのは百田十三である。 しかし彼はそれが「行ける限り」でしかありえないことを、重々に承知していたのだった。 御嶽――沖縄におけるアニミズムの祭祀場の数は、数千を越え、全てを把握しているものはいない。 それどころか、開発によって潰される御嶽、新たに作られる御嶽、何の御嶽か既にわからなくなったものと様々に別れるほどである。 管理する人も、統計を取る人もいない。 そもそも地元の神人だけが拝むものでもない。 「やはり斎場御嶽は外せないだろうな――もう女装は要らん筈だな」 チケットを買う必要は出たようだが。 地図を眺めながら、十三はぶつくさと呟いた。 そうして彼が訪れた斎場御嶽――その日の夜にはゼロが微睡んでいたわけだが――は自然の力が湧き上がるのを感じさせる、だがしかしそこに一定の方向性をつけたもの、という印象を受けさせるものだった。 普通、そのような場所は泉のイメージである。だがこれは、違うと十三は感じる。 「まるで川のようだな――」 そう言った彼が次に訪れたのは、そこから船にのって十数分の島、久高島。 「アマミク降臨地か。与那国の酒造巡りも惹かれるが、やはり御嶽巡りを優先すべきだろうな」 沖縄といえば、酒である。酒である。大事だから三回言う。酒である。 しかし今回の目的を達成するためには――御嶽をひたすら廻るためには、飲んでいる時間も惜しいのである。 「与那国や宮古では、鉢で酒を何度も回し飲むのだったか。どこかで酒宴に交じれぬものか……」 ぶつぶつと呟きながら、久高島の内部の御嶽(聖林には経緯を払って侵入しなかったが、そこにはまさに丁度その時霧花がいた)をめぐり歩き、港へ戻る。 彼にはまだまだ回らなければならない場所が、山と積み上がっていた。 ‡ ‡ ‡ 東シナ海の突端に位置する残波岬。 その更に突端の部分に、高さ31mにもなる灯台が建っていた。 現在は一般公開されていないその展望台に、しかしどうしてか忍び込んだ二人が言葉を交わしていた。 「素敵! 海を見てみたかったの。――どこまでも、続いているみたい」 「そう? 俺はちょっと、苦手。けど……喜んでもらえたなら、よかった」 展望台の窓近くで声をあげたリンシン・ウーの様子を見て、ニノ・ヴェルベーナァが少しだけ笑う。 「ちょっと、残念」 「え?」 振り返ったウーの笑顔に、ニノは苦笑して首を数度横へ振った。 「そこの公園、行く?」 「横のお店にも行ってみたい!」 楽しそうに笑う少女のつられるようにして、ニノの笑顔も一層深まった。 「熱い! けど美味しいわ!」 すぐ近くの食堂に入ったウーとニノ。 それぞれに沖縄そばを1杯。いや、ニノは追加でそこから大盛りをもう一杯に、かき氷、デザートにパイナップルとマンゴーの盛り合わせ、それにアイスも頼んでいた。 「でも本当に、海にいかなくてよかったの?」 「海、入ったら最後、溺れて死ぬと思う」 食べながら聞いてきたウーの言葉に、首を横にふるニノ。 「でも、ウーが行きたいなら一緒に行く」 「ううん、いいのよ。もう一杯見られたから」 それに、とウーは言う。 「おっきなシーサーも、見ることができたし」 「シーサー、大きい生物は、好き」 想い出すように笑うニノ。 穏やかな時間が、流れていく。 ‡ ‡ ‡ 「トリルちゃんの仲間がいっぱいだー!」 日本の子供が着るような服に身を包み、フードを目深にかぶったメン・タピの肩の上で騒いでいるのはハロ・ミディオ。 見えないー! と騒ぐハロに辟易したメン・タピが肩車をしてやっているのであった。 いつもはかぶっているトリルを背中に背負い、麦わら帽子 「あの牛、美味しそう」 その横でルンがよだれを垂らしそうな顔で見つめていた。 「って肉にしかみえないってか!」 思わず横にいた仁科あかりがその豊かな肢体へ突っ込んだ。 突っ込んだ後でちょっとだけ見なかった振りをする。突っ込んだ拍子にぶるんと何かがゆれることなんてなかったのである。 「かっこいいなぁ、かっこいいなぁ!! 角触りたいなぁ……トリルちゃん参加したら勝てるかなぁ?」 「ふむ、小さきものよ。その想いはわからんでもない、が、それは当然に勝つであろうから弱い者いじめにしかならんな」 「そうなの?」 「で、あろう」 「じゃあやめるー」 メン・タピの頭にしがみついたまま、ハロは楽しそうに笑ってそう言った。 「タピさん子供のあやし方が堂に入ってる……」 「なぁニッシーナ、アレ食っていいのか?」 「ダメだってばー!」 今度はルンの希望地だ! という主張にそって、一行のツアーは食道楽ツアーとなった。 まずはぐるっとまわって北部の沖縄県畜産研究センターへ。 「これがアグーか!」 予め予定が取り付けられていたのだろう。戻し交配等の仕組みを見せてもらうことができた。 「食っていいのか!」 「それは、どこかお店の方でお願いします」 「なんでだ!」 苦笑する職員からルンを引き離し、一行が向かったのは本部町。 カツオ漁をする大型漁船を見せてもらい、上がったカツオを素材として創ったなまり節や、モズク、カツオ丼等をぱくついていく。 そのまま足を伸ばした先は美ら海水族館だった。 「わぁ、凄い凄い!」 「あ、サクラ!」 「え、わ、きゃ、なんでここにいるんですか!」 巨大水槽に張り付くようにして一人騒いでいた吉備サクラがそこにはいた。 「メンタピさんにハロさん、ルンさん……それに仁科さんまで。どうしたんですか」 「吉備さんと一緒でっすよー。観光。この辺りまできたから足をのばそっかー、って」 「なぁこのサメ食べていいのか?」 「だめです!」「だめだってば!」 グルメツアーという印象が先行したルンの台詞に突っ込む人間が二人に増えたようだった。 「なんでだ、わざわざ捉えているものなのに食べたらだめなのか?」 「き、気持ちはわかりますけど! ダメなんです!」 「ていうかルンさんさっき食べたばっかじゃん……」 仁科やサクラがルンをなだめていると、少し離れたところからハロの歓声が聞こえた。 「かっこいい!」 見上げてみれば、少し離れたところに展示された巨大サメの歯に抱き上げられたハロが触っているところだった。 少し歩けば水中道路を思わせる通路もある。 「ここの水族館すごいです……私、気に入っちゃいました」 サクラがいうと、仁科も頷いた。 「すっごいねー、世界一じゃなくなったんだけど、まだまだ日本一なんでしょ? びっくりだよ」 「ルンはもっと色々食べてまわりたい」 色々台なしであった。 サクラも合流した一行は、タクシーを借り上げて南下する。 途中途中、ルンの興味の赴くままに漁港や農園、燻製屋等によっては食べあるきを繰り返したため、中部につく頃、サクラと仁科はすっかりお腹が膨れてしまっていたという。 「ミミガー、てびち、ベーコン、たんかん、全部うまかった」 満足そうなルンの横で、はっと気づいたようにサクラは言う。 「わ、私ミンサー織っていうのに興味があるんです!」 ここで主張しなければスルーしかねない、そう思ったサクラの言葉に、「ミンサー? ハロはメンサー織に興味ある!」と訴えた。 「多分似たようなものだと想いますけど……読谷とか首里にもあるらしいです」 「じゃあそこにいこっか!」 仁科の言葉で、行先が決まった。一行の旅は、まだまだ終わりそうにない。 翌日にはここにローラも加わって、メン・タピおすすめ夜の観光スポット松山の旅が繰り広げられることとなるのだが――それは、ここで語るべきではないだろう。 ‡ ‡ ‡ その頃石垣島に一人降り立ったのは、吉備サクラに振られ、一人でトレッキングに赴くことになった撫子である。 その足で向かった先は、みんさー工芸館。 「コタロさんへおみやげですぅ」 かつて八重山で婚約の証に帯を織ったという八重山ミンサー。それを聞いて素敵だなと思ったからこそ即実行。 本島に残ったサクラちゃんもきっとなんだかんだ言って買いに走ってるに決まってます、等とひとりごちながら指導員の教えのもと、数時間かけて彼女は布をおりつづける。 終(いつ)の世までも――その願いを込めて、五つと四つの絣柄を交互に配していく。 「余った糸は木に心を込めて結びつけると、幸せなことがあるそうですよ」 「指導員さんもあったんですぅ?」 「ええ、勿論」 にっこりと笑う彼女の笑顔に、撫子も照れたような笑みを浮かべ、工芸館を出た。 翌朝。 「いい天気ですぅ」 絶好のトレッキング日和。他の人と一緒にこれたらよかったなぁ等と考えつつ、健脚を十分にいかしピナイサーラの滝まで登り切った撫子は、そこから海を見下ろした。 「湾内ざぶざぶ渡って滝壺まで歩きは2回やりましたけど、滝上まで行った事なかったんですぅ☆ どうしても1回やっておきたかったんですぅ☆」 笑顔とともに背伸びをし、彼女は帰路へとついた。 「……いつか、帯もつくれたら素敵ですぅ☆」 ‡ ‡ ‡ 「海だ! ひと夏のアヴァンチュールだ!」 撫子がトレッキングしていたのと同じ、西表島。 真夏のビーチでは島の祭りも近いとのことで、内地からわざわざ来た人間、帰省した人間等が溢れている。 「夜はイリオモテヤマネコ探しに行くとして、昼は……」 「ナンパってな!」 「いいのか? 隆」 「いいってことよ。……あ、でもあれだぞ、内緒だぞ、男同士の約束だかんな!」 何かを恐れるようにキョロキョロと周囲を見渡しながらそう言う虎部に、優がくす、と微笑んだ。 「ああ、約束な」 そう言って親指をたてる優に安心したように、虎部は浜辺へ突撃していった。 変化したセクタンに命令を下した虎部はその後を追って走る。 浜辺を歩いていた女性の足元を走り抜けるセクタンによってよろめいた女性。その体を受け止めるように、虎部は腕を伸ばし、支えに走る。 「おっと、大丈夫ですか竜宮城のお姫様? 地上が歩きにくいなら僕がエスコートして差し上げましょう」 「どこ触ってるのっ!?」 「あべしっ」 偶然にも触れた胸を本能のままに揉みしだいた手の前では、どんなきらびやかな歯の白さも無駄というものであったろう。 弾かれた頬が赤く腫れる。 「隆……」 頭痛を覚えたか、優が一つため息をついていた。 そんな彼らから少し離れたところで、奇妙な二人組が追いかけっこをしている。 イング・ティエルと、アーティラ・ウィンクルーネ。 先ほどまではパラソルの下、シートに寝そべるイングとその背に日焼け止めを塗っていたアーティラがきゃっきゃうふふとしていたのは目に入っていたが、今では何やら楽しげに浜辺を走り回っているようであった。 「うふふ、若気の至りねぇ。捕まえてごらんなさいなぁ♪」 「あははっ、待て待て~っ♪」 聞こえてくる声は見事に桃色である。 戻ってきた隆が、そんな様子を見ながら優へ、「なぁ」と声をかけた。 「あれが、ひと夏のアヴァンチュールかな」 「えっと……なんだか、違う気がする、かな?」 じゃあなんだよ、と問われても、優はその答えをもってはいなかった。 ‡ ‡ ‡ 蒼い空、照り盛る太陽。海だけではない、街にもひと夏のアバンチュールを目指す二人は存在している。 この日も国際通りは無数の土産物屋と観光客とそんな楽しそうな人間達を恨めしそうに見ながら営業に回る会社員とで賑わっていた。 道路を走る車は「なんでメインストリートが片側1車線なんだ」と渋滞に対する恨み事をぶつぶつ呟く運転手を乗せて走っている。 いつでもいつもかわらない、そんな通りに今男が二人、立っていた。 うちの一名が、悲壮な戦いにでも挑むかという表情で、道行く女性に、あるいは女子学生に、あるいは観光客に声をかけていく。 「今暇? グァバ茶飲まねえ?」 「え、やだきもい」 「今暇? グァバ茶飲まねえ?」 「なんか怖いんでいいです」 「今暇? グァバ茶飲まねえ?」 「てかそのシャツどういう趣味? だっさ」 「うっせ、しね、ばっかじゃねーの」 声をかけては悉く撃沈していきついには悪態をつき始めた劉の様子を見て、同行していた星川が額に手をあててため息をつく。 「それしか言葉をしらんのかキミは」 「うっせ!」 それがいけないんだ、と眼鏡を直しながら言う星川。 悪趣味なアロハに色の濃いサングラス。明らかに人混みの多さに辟易し、挙動不審になっている劉と、ジーンズ生地の上着にすらっとしたパンツ、藍色に染められた洒落たシャツをこざっぱりと着こなす彼の取り合わせは違和感以外の何者でもなかった。 「いつもの陰気な態度は論外だ。見本みせてやるから見てろよ、いいな?」 「ねえ、もし時間あったら一緒にお茶しないか? キミ達のお勧めの店、あれば教えて欲しいな」 地元の人間と見て取った女子大生風の二人連れが、涼やかな星川の微笑みに軽く釣り上げられる。 「もう一人いるんだけど……」 「……チッス」 だが劉を紹介した瞬間、「あ、ごめん用事があったの……」とそそくさと逃げ出した。 「だーかーらー、その陰気さと格好をどうにかしろ!」 再び頭を抱える星川に、「できたらやってんだよ!」と劉は訴えたが――前途多難であるようだった。 ‡ ‡ ‡ 場所は再び蒼い、海の上。 「今から行く場所は遺跡としては認定されていないんだよ。だから名前は遺跡ではなく、与那国島海底地形とだけ名付けられてるんだよね」 貸船にのった瀬崎耀司と南雲マリアの二人。 その船上で、スキューバダイビングの準備を行いながら瀬崎がマリアへ即席の講義を行っている。 「初めて公的に知られたのは1962年……今から50年前のことだ」 だがそれは海底遺跡そのものではなく、地上の巨石文化として紹介されたもの。 それから一枚岩が発見されてダイビングスポットとなり、33年後、はじめて海底地形の写真が人々に知らされた。 地上の巨石遺跡からの延長線上に、それはある。 しかしかつて陸上にこの遺跡があったというに足る痕跡はない。 そう言ったことを淡々と語る瀬崎の講義だったが、南雲は目を輝かせて聞いていた。 「遺跡とか行くのはじめてだし、すごく楽しみです!」 「僕もだよ――さぁ、ついたようだ。行こうか」 最後の装備の整備・確認を行い、二人は頷きあい、海中へその身を投じた。 二人の目前に広がったのは、巨大な一枚岩。 少し行くと、複雑な構成の作りになっている部分が見て取れた。 これが自然にできたものなのか、それとも別の何者かによるものなのか――。 ひょっとして、ドンガッシュみたいな人間がつくったものなのかもしれないな。 そんな考えを思い浮かべながら、瀬崎はマリアの動向を常に見続けている。 魚と戯れ、時に瀬崎の手を握り進む少女に小さな笑みを浮かべながら、彼はしばしの水中探索を楽しんでいた。 ‡ ‡ ‡ 「武器がー! 見たいかー! おー! ジェット機を間近で見たいかー! おー!」 「何やってんの」 一人意気を上げる坂上健に、ヘルウェンディが呆れたように突っ込んだ。 そこは米軍基地ゲートをはいってすぐの場所。 リゾートカンパニーのコネでそこそこ突っ込んだ場所までいけると聞き、燃えてる男である。そんなものでとまるはずもない。 「総火演落ちた俺に米軍基地フェスの誘いですよ!? うぉぉ、リゾカンまじパネェ!」 「あんた武器ヲタじゃなかったの……」 「武器ヲタは多少なりともミリヲタと被るんだよっ! やべぇ、ドキドキしてきた……」 だめだこりゃ、と肩をすくめて振り返った先には困ったように笑うカーサー。 そして、その向こうでむすっとしながら立っているファルファレロの姿があった。 「ほら! 行くわよ!」 男達を引き連れて、ヘルウェンディが号令をかける。 カーサーは傍らのファルファレロに目線を投げた。 「じゃ、行くか。親父さん」 「アァっ!?」 「もー、ふたりとも喧嘩しないの! 早く行くわよ!」 一人先走ろうとする坂上の襟首を掴みながら、ヘルウェンディが少し離れた場所から呼びかけてくる。 「で、どうしてこうなってるのよ!」 IYAAAAA! 観客席は大盛り上がり。屈強な米兵やその家族の少年達が、屋外のバスケットコートで繰り広げられる1on1に盛大な歓声を送っている。 その中心でバトルを繰り広げているのは、舅と婿の二人組だった。 始まりは些細なこと。 「はっ、今どきのエア・フォースはこんな程度か。しょうもねぇプレイばっかじゃねーか」 「いやいや、口だけならなんとでもいえっからねぇ」 観客席で性質悪く管を巻くファルファレロをからかうように言うカーサー。 ちょっとした軽口に見えるが、あえての挑発であるようだった。 それをわかっていてなお、ファルファレロは席を蹴って立ち上がった。 背広を脱ぎ捨て、眼鏡を外す。 「やるってんだな」 「お、そうこなくっちゃ。勝った方がヘルの手料理な」 「はっ、そんなもんはくれてやらぁ。けど負けちゃやんねぇぞ」 かくて今である。 「ああもうほんと男ってば馬鹿!」 ぐったりするヘルの目の前で、ブザーが鳴り響く。その直前に放たれたブザービートが、軽やかな音を立ててリングへ吸い込まれる。 それが、逆転のシュートだった。 基地フェスのメイン会場はさながらビアフェスタ状態である。 「おら乾杯だ」 「ああ」 笑い合ってプラスチックカップをぶつけあう彼氏と父親の姿に、隣のテーブルにいたヘルは、まだ頭を抱えている。 そんなヘルを横目に見て、ファルファレロが若干どころでなく下卑た笑みをうかべ、カーサーに顔を寄せて問う。 「で、ヘルとはもうヤッたのか」 「何言ってんの、ばっかじゃない!」 盛大に吹き出すカーサーと、席を蹴って立ち上がり、顔を真っ赤に怒鳴るヘル。 「けっ、その様子じゃまだみてぇだなぁおい?」 「もう! 馬鹿!」 叫び、ファルファレロの顔にジュースがぶちまけられる。 「っ! テメェ何しやがる!」 「知らない!」 いつもどおりの親子喧嘩。 しょうがねぇなぁとそんな二人を見やるカーサー。 そんなどたばたの横で、一人へこみながらビールをあおる青年がいた。 「戦車とか火砲とかもっと見せてくれるもんじゃないのか?」 坂上である。 ほとんど銃火器やら戦車やらを見せてもらえなくて、悔しがっているらしい。 「滅多に入れる場所じゃないからなぁ……それを喜ぶべきか」 とはいえ悔しいものは、悔しい。 「くそう、飲み明かしてやる!」 青年の嘆きは、堕ちてゆく夕日の赤さに溶けて消えていった。 ‡ ‡ ‡ 一方、こちらはといえば邪魔するもののいない、いわゆる一つのバカップル。 「クージョン! このままここで過ごして夜を迎えるのだ!」 ハブとマングースの対決を絶対に見るのだ! そう言ってクージョンを北部の山中に引っ張りこんだカンタレラの声が、しんとした山中に響く。 昼の森の爽やかな空気の下、テントをたておえたクージョンが、「じゃあ代わりに」、とキャンバスを取り出した。 「そのうちこうやってロストレイルに乗ることもできなくなるからね。今のうちにたくさんそういう表情を見ておきたい」 笑顔を浮かべて語りかけるカンタレラに微笑みかけると、クージョンは筆をはしらせはじめる。 しずかな時が過ぎていく。 大自然――広葉樹林があふれるその山中で、自然浴を楽しむ二人の姿は一幅の絵画のようだった。 「壱番世界だってヴォロスに引けをとらない所があるんだね。僕たちもこの自然のようにいつまでも穏やかに生きよう」 そう言うクージョンの言葉に、何のことだ? とばかりに小首をかしげるカンタレラ。 「なんでもないよ」と笑うクージョン。 そのままにときは過ぎゆき、夜を迎えた。 深々とした森の夜闇にたかれたランタンの火は、時折ひらりひらりと舞いこむ蝶を呼び込んで、小さな音で火傷と共に落ちていく。 そんな蝶の姿を並んで眺めながらハブとマングースが目の前にあらわれてくれるに違いないのだ! と騒いでいたカンタレラの瞼が、段々と落ちてきた。 「眠いのだ……」 「おやすみ、僕のカンタレラ。出てきたら起こしてあげるから、ゆっくりね」 「クージョンがそう言うなら、寝るのだ」 密やかに交わされる言葉は、睦み事のように甘く小さく二人にだけ聞こえるようで。 ただただ、静かに夜に、消えていく。 ‡ ‡ ‡ 白皙の大学教授然とした壮年の男――イェンス・カルヴィネンを連れ回しているのは、まだ幼い狼の少女、アルウィン・ランズウィックだった。 「おいでーイェンス。ここ面白い!」 黒糖を煮詰める釜が並ぶ様子が外から見て取れる場所から呼ぶ少女の声に、「しょうがないな」とほほ笑みながら連れ回れる様は、さながら父娘のようだった。 「ああ、確かに面白い工程だ。アルウィン、土産物が向こうにならんでいた、買いに行こうか」 「うん! イェンス、行こう!」 それは、他の場所においても変わらない。 工場見学の前に海に行った時もこうである。 「どーおー、イェンスー! すごいでしょー!」 浜辺で万一アルウィンが溺れた時に備えているイェンスに対し、かなり沖合から楽しげに声をかけてくるアルウィン。 杞憂だったかな、と安心させる活発な少女は、そのまま陸地へ向けて泳ぎだした。 しばししてついた少女を迎え入れ、イェンスは用意の焼きそばを出してみせる。 「ほらアルウィン、焼きそばだよ。美味しそうだから買っておいたんだ」 「わぁい、イェンスも食べよう! イェンスあーんして!」 「はは、ああ、そうしよう。ありがとう、いただくよ」 仲睦まじい父娘の会話が、浜辺の木陰で繰り広げられる。 「イェンス、眠いよ」 やがて腹も膨れ満足したのだろう。アルウィンが目をこすり、その場にこてんと転がった。 「おやおや、しょうがないな……」 少し肩をすくめイェンスはアルウィンの身体に用意のタオルをかぶせてやった。 自身もその横に横たわり、本を開く。 そのままアルウィンが起きるまで待つつもりであったが、規則正しい寝息が、彼をもまた昼寝へと誘うのであった。 その後、移動した太陽にさらされて真っ赤に焼けた肌に悲鳴をあげるのは、また後日のことである。 ‡ ‡ ‡ 音速を超える移動のダメージを抑えるかのように、シールドをはったジャック・ハートは、島のあちこちを飛び回っていた。 与那国島に向かうとそのままに海中へダイブ。瀬崎やマリアの後を追うかのように、海中遺跡を見て回る。 かと思えば、そのまま水中を移動して、近くに宮古島付近へ。 その北側にある八重干瀬の海上へと姿を表した。 しばしそのサンゴ礁を堪能していたかと思うと、さりげなく島に上陸し、酒を調達してくる。 そしてまた、八重干瀬へ。 シールドを張って水が身体にふれないようにすると、彼はサンゴや、その周りにすまう生き物たちを眺めながら、酒を呑む。 かと思えばその翌日には西表島に舞い降りて、軽口をたたきながら由宇島の牛車ツアーに参加していたりした。 シーサー作り体験、琉球ガラスのガラス球、民芸品。 色々な体験をし、様々な土産物を物色した。 紅型柄の小物にちんすこう、ミンサー織に様々な食物。 まるで――そこに一緒にこれなかった人物に何を話そうか、何をあげようか迷うかのように。 最終日の朝、彼は今帰仁城址の城壁の上にいた。 悠かに広がる東シナ海を見下ろせるその場所で、彼は静かにひとりごちていた。 「お前にだけは殺されてもいいんだがなぁ……どう言えば良いんだろうなぁ……」 ‡ ‡ ‡ 黒葛姉妹と司馬ユキノが乗り込んだコンパクトカーは、沖縄本島の西側を貫く58号線を一路北上していた。 北谷町を越え、東海岸へと抜ける山間の道に、折れていく。 「ここからしばらくしたら、海中道路?」 「そうよぉ」 ハンドルをとるユキノが、小夜の問いに応えた。 その日の目的地は与勝半島、そこから先に伸びる、海中道路だった。 しばらくして峠を登りきり、下りの道に入る。 細い道を下り切り少しいくと、不意に大きな道が開けた。 「この道路が東海岸を南北に走っている道路らしいですよぉ」 「その辺りで一度休憩しましょうか」 一夜が提案すると、「近くにおっきな港があって、そこにレストランがあるらしいよ」と小夜が言う。 「じゃあそこでお昼にするかなぁ」 ユキノも頷き、そこから数分。一行は港について車を止めた。 「大きいねぇ」 端が見えないくらい遠くにあるその大きな港。 「伊勢海老定食っていうのがあるらしいよ」 ユキノが小夜に言うと、小夜は一夜を見上げる。 「……頼むか」 「やった!」 嬉しそうに笑う小夜の顔を見て、一夜もまた頬を綻ばせる。ユキノも同じだ。 だが一夜のその笑みは、数十秒後、伊勢海老定食の値段を見て固まることになるのだが。 「ついでにおみやげも買っていきましょうか」 大分軽くなった財布を片手に一夜が言う。 農産物や海産物が並ぶ併設した市場は、三人にとってはそれなりに物珍しいものだったのだろう。 特に小夜は楽しそうに見ては、お店のおばさんに話しかけられ、びくついて一夜の後ろに隠れることを繰り返す。 「そろそろいこっかー」 ユキノが声をかけるころには、小夜にせがまれるまま色々とかった一夜の両手は荷物であふれていた。 「いっぱい買ったねー」 「うん!」 笑う小夜に、一夜も笑う。 そのまま一行は港を後にし、一路海中道路を目指した。 「あれ何だろ?」 海中道路を走りながら、語りかけるユキノ。 一人で運転するときはそんなことはしないが、今回は違う。 憧れの海中道路を、別の誰かと一緒に笑いながら走る。それは、とても楽しいものだった。 走り続けて十数分。海中道路の終わりにある喫茶店が、ゴールだった。 「おつかれさま! 付き合ってくれたお礼にここでかき氷おごるね!」 「そちらこそ、帰りは俺も運転しますから」 「うん、疲れたらよろしくねっ」 清々しく、心地良い疲労。笑い合う三人。 これだけでも、今日ここまで来た甲斐があったな、とユキノは想うのだった。 こういうのが――今まで一緒だった人達と、一緒だった時間から生まれた、新たな一緒の時間を体験できるから。 それを共有できるから旅にでたくなるのだと、注文に悩む小夜を見つつ、ユキノはしみじみと感じ入っていた。
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