「やあ、ロバート。いつの間にかこんな季節になってしまったね」 『ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー』の執務室にて。ヘンリー・ベイフルックは共同経営者に企画書の束を手渡した。ロストナンバーから持ち込まれたツアープランである。「ははあ」 ロバート・エルトダウンは飲みかけのティーカップを置き、したり顔でその企画書の中から一枚を抜き出した。 表紙に見える色は赤と緑。そして金銀のきらびやかな星たち。「なるほど、そういう季節か」「それは、ヘルウェンディ嬢の企画だね」 ふむ、とロバートは中身にサッと目を通す。「悪くないね。モフトピアなら皆も楽しく過ごせるだろうしな」「よし、決まりだ」 メリー・クリスマス、と片目をつむり言葉を結ぶヘンリー。 * ヘルウェンディ・ブルックリンが提案した企画は、モフトピアのクリスマスパーティに参加しようというものだった。 モフトピアには浮島がたくさんある。その一つを丸ごと使っての盛大なパーティなのだそうだ。 その浮島には天を突くほど大きなモミの木があって、それが島のシンボルになっているという。アニモフたちは、その巨大な木の枝々に小屋を建てて住んでいるのだが、今までロストナンバー達に聞いた「クリスマス」を再現するために、それらしい飾り付けを施している。 そして彼らは木の麓の広場をパーティ会場にして、木のテーブルをいくつも作り、盛大なパーティの準備を着々と進めている。「でもね、私、聞いちゃったの」 発案者のヘルウェンディ・ブルックリンは、こっそりと言う。「実は、そのモミの木のてっぺんには、すばらしいお宝が隠されているって言い伝えがあるの。まだ、誰もそれが何だか確かめたことはないらしいんだけど……」 しかしモフトピアのアニモフたちにとって、秘密など無いに等しい。 クリスマスなるものを楽しむために、世界のあちこちから多くのアニモフたちが集まり、その宝物を拝めることを楽しみにしているのだという。 木に住むアニモフたち──フクロウに似たアニモフたちは、パーティの準備で、てんてこ舞い。 七面鳥やら、ケーキやら、チーズフォンデュにチョコレートフォンデュ。様々なご馳走を用意するのももちろん、木の上にステージをつくり歌や踊り、様々な催しを準備している。 モミの木の下の広い広いパーティ会場。そこが盛大なクリスマスパーティの場になるのも、もう間もなくだ。「ねえ、みんなで行こうよ」 ヘルはにっこりと微笑む。 *「おい聞いたか?」「聞いちゃった」「お宝だってよ」「見たいね」「見たいな」「行ってみるか」「行く行く!」 残念なことに。ヘルと時を同じくして、この話を聞いていた者たちがいた。モフトピアにはよく来ている発明家の老人こと、オータム・バレンフォールだ。「おれの羊毛エンジンロケットに乗れば、てっぺんなんて、ひとっ飛びよ」「絶対、おいしいお菓子だよね!」 そこに甘いもの大好きの、いたずら妖精シェイムレス・ビィが加わった。 二人は結託して、勝手知ったるモフトピアにて、宇宙船をつくってモミの木の頂上に到達する計画を立て始めたのだった。 パーティ会場の脇にある小さな小屋の中で、宇宙船を作り始めたバレンフォール。 彼は以前、羊型のアニモフの毛を燃料としたエンジンを考案し、見事に空を飛んだことがある。しかし今回のものは羊と限らず、あらゆる生き物の毛を使うことが出来、しかも少量で大きな動力を作り出すものらしいが──? ヒマになった妖精は、バレンフォールが0世界から運んできていた大きなリュックが、部屋の片隅に放置されていることに気づいた。「ねー、じーさん。これなぁに?」「あぁ? それはな」 バレンフォールは手を止めて、中身を取り出して妖精に見せてやった。それはたくさんの桃色の液体が入った瓶だった。「おれの発明品『ラブ・アクチュアリー』だ。みんなをハッピーにする飲み物だよ。パーティに参加する奴らをハッピーにしてやろうと思ってな」「ハッピーって? お菓子がいっぱい食べれるってこと?」「バーカ、ちげえよ」 ビィの言葉を真っ向否定するバレンフォール。いいか、よく聞けと顔を近づける。「おれはな、昨年のクリスマスで悟ったのよ。人がもらって一番嬉しいものは、モノじゃねえんだよ。コトなのさ」「コト?」「そうだ。それも、人から“好き”とか“愛してる”とか言われるのが一番嬉しいんだよ。そういうことなんだ」 力説され、首をかしげるビィ。 そんなことが甘いお菓子よりもいいものなのだろうか? 本当に?「そうかなあ?」「そういうもんさ」 ビィには分からなかった。 分からなかったので、ビィはそれをパーティ会場に持っていくことにした。その効果を確かめるために。*「さて、今回は忙しくなりそうだなあ」 そしてもう一人。一足先にモフトピアに向かう者がいる。 赤い帽子に赤い服。長くて白い髭。その容貌はまさに、あの12月末のイベントの際に、こっそり家の煙突から忍び込んで靴下に贈り物をねじ込んでくれるあの人であった。 ディヴ・ザ・サンタ。人は彼をそう呼んだ。 サンタクロースである彼は相手の顔を見るだけで、その人物が欲しがっているものを知ることが出来た。それはいわゆる読心術であり、強力な過去視の能力も伴っているものだった。 ロストレイルに乗り込んだディヴの脇には、大きな大きな白いズタ袋が置いてある。その中にはプレゼントがぎっしり詰まっていた。 彼は『ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー』に正式に雇われていた。ヘンリーに渡されたパーティ参加者リストと顔写真を見ながら、彼は存分にその特殊能力を発揮しプレゼントを手配した。そして一般参加者より先に現地に向かっていたのだった。 鼻歌を歌い、車内でブランデーを一杯引っ掛けながら上機嫌のディヴ。 しかし彼は知らない。 自分が参加することになっているパーティにて、様々なトラブルが待っていることを。 様々な不確定要因をはらみながら、モフトピアでの盛大なクリスマスパーティが開催される──。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
赤い太陽が地平線に消えていく頃。ポンポンポン、とポップコーンのような音を立てて花火が上がった。 高くそびえる大きな大きなモミの木にパッと明かりが灯り、その周りをフクロウに似たカラフルなアニモフたちが歓声を上げて一斉に飛び回る。 島まるごと一つを使った盛大なクリスマスパーティが、今、始まったのだ。 川原撫子はワァッと声を上げて、女の子らしく胸の前で両手を握る。目の前に広がっているのは何十人も座れそうな大きなテーブルだった。 その上に所狭しと並ぶのは、皿、皿、皿。アニモフたちが見様見真似で作った壱番世界のクリスマス料理だ。こんがり焼けたお肉に、魚や貝を煮込んだスープにパエリア。カラフルなパスタ料理に、オレンジやグリーンのジュースが並び、チーズや生ハムのバゲットが重ねられて塔が出来ている。 そしてその料理たちを支配するがごとく、テーブルの真ん中には巨大な10段重ねのスペシャルケーキが鎮座していた。その周りには5体のマッシュポテト製のアニモフが衛兵のようにケーキを守っている。 「イチゴのショートケーキってところが、ポイント高いですぅ☆」 撫子は持参したナップザックを──大量のタッパーを仕込んだそれを地面にどさりと置くと、まずは目の前の料理に戦いを挑むのだった。 「これは咽喉元までクリスマスを満喫ですぅ☆内緒でタッパーも大活躍ですぅ☆」 パーティに来なかった彼や、バイト先のあの人にお持ち帰りすることはさておき。まずは自分がと猛然と食べ始める撫子。 その隣りに、どん、と置かれたのは色とりどりの野菜のサラダ。 「いい食べっぷり。お野菜も忘れずにね」 見上げれば脇坂一人がパッチリと片目をつむってみせる。「樹海で育てた野菜のサラダよ。さあどうぞ」 「さーさーいらっしゃいいらっしゃい!」 その隣りには仁科あかりもいて、ワゴンから皿をどんどんテーブルに並べている。スペシャルケーキは黄色と赤と青の奇妙なフルーツに彩られ、まるで前衛芸術のような仕上がりだ。 「0世界は樹海の豊かだったり、何かアレだったりする恵みがいっぱいのお野菜です! 元気モリモリ間違い無し、皆でロックユー!」 「すごーい!」 ティリクティアとキアラン・A・ウィシャートは、一人たちの見たこともない料理に目を丸くしている。お兄さんは肉料理、女の子はお菓子がそれぞれ大好きだ。 「うん、おいしそうなのがいっぱいだなー」 ナッツ入りのドーナツをぽりぽりと食べているのはリス獣人のバナー。かなり絵になる光景である。「木も登りたいし、アレとかこれとかいっぱいやりたいなー!!」 彼の前を、小さな妖精がパタパタと通過した。ドーナツを摘み食いしているビィだ。彼女の周りにはふわふわと不思議な器具が数個お供のように飛んでいる。 それは──バリカン!? 「あ、ビィちゃん! バレンフォールさんの分も持ってってです! ささやかだけどわたし達からのプレゼント。おつかれー」 飛ぶバリカンに首をかしげながらも、あかりは妖精に声を掛けて包みを渡す。中身が食べ物と聞き、ビィは嬉しそうにそれを受け取ると飛んでいった。 バリカンたちはデルタ型の隊形から、アクロバット飛行のようにぐるりと旋回してパーティ会場へと散っていく。そして会場のあちこちからキャァキャアと嬌声が上がる。ふさふさの毛を持つアニモフが、バリカンに毛を刈られているのだ。 ──ビィちゃんは毛を集めているのかな? モミの木の下、少し離れた場所で、吉備サクラはそっと独りごちた。 セクタンのゆりりんを飛ばしてパーティの様子を伺っていたのだ。手元で、楽しむ皆の様子をスケッチしながら。 まだ声が出ない彼女は、遠慮して会場には行かなかった。 『ゆりりん、十分くらい会場を俯瞰したら、ツリーの宝物を見に行って下さい。意匠に使えるかもしれないから、出来ればしっかり眺めてきて下さいね?』 * やがて会場に歌が流れ出した。特設ステージで出し物が始まったのだ。 トップバッターに立ったのはシーアールシーゼロとアニモフたち。ゼロは軍歌のような曲を歌いだすものの、それは子守唄にしか聞こえなかった。ゼロの前でアニモフたちはラインダンスを披露する。 全く噛み合ってないギャップに拍手する人、いきなり寝る人続出だ。 自分の出番を待つ者たちの中に、ひときわ目立つ物体がどんとそびえ立っている。それは──例の宇宙船だ。 その中をひょいと覗いたのは、坂上健だ。中で忙しくしているバレンフォールを見つけて声を掛ける。 「よぉ、じーさん。また凄いの持ち込んできたな」 「おう、お前か」 何かとクリスマス時には縁のある二人である。健は老人に持参したプレゼントを渡した。 「パーティ準備ごくろーさん。大変だったろ、アンタもさ」 中身は作業用ゴーグルと手袋だ。おほっ、と喜ぶバレンフォール。 「お返しだ。おれも用意しといたのさ」 発明家はゴッテリした細長い包みを取り出して彼に手渡す。 な、なんだこれは。健が包みを開いてみると、中にあったのは西洋剣の先にミキサーのドリルみたいなものがついている代物だった。 「クァシナートの剣だ。電池入れると先っぽが回転する。いいやつだぞ」 マジでか! 健は伝説のアイテムに大喜びだ。 「じーさんありがとう! 大切にする!」 と、鼻歌まじりに去っていく健と入れ替わりにビィが戻ってきた。あかりから渡されたサンドイッチなどをモッサモッサかじりながら、残りを老人に手渡す。 「じーさん、超注目されてるよ。いいの?」 「こんなデカいもの隠せるわけねえだろ。出し物のフリしてズドンと打ち上げよ。それよりお前、髪の毛は集まったのか?」 操作台のパネルを操作しながら、忙しそうにバレンフォール。 「毛なら何でもいいんだ。早いとこ集めて発進するぞ」 「──話は聞かせてもらったぜ」 「何っ!?」 振り向けば、ドアの傍にデュベルが立っていた。 「おれも発明家だ。手伝ってやるぜ」 親指をびっと立てて言う。「あらゆる毛をエネルギーにするたぁ、縮退炉に似てるんじゃねえか」 「縮退炉だと」 「おうよ、おれもこれから宇宙船作ろうと思ってよ」 「てぇと、ブラックホールエンジンか?」 「じいさん話わかるな。ホーキング放射を活用するってことよ」 「マジでか、重力の制御はどうやって?」 「それはだな……」 「よし、分かった。今からお前を副船長に任命する!」 ビィには全く理解できない言語で、二人の発明家は意気投合したようだ。もしや縮退炉解析の参考になるのでは。デュベルは腕まくりして、さっそく動力炉に向かった。 「ねえじいさん、いいの? あいつすっごいフサフサしてたよ」 ビィがそう言うと、髪の毛なら、とひょいと脇から手が突き出された。 「髪の毛足りないんでしょ」 ニコル・メイブだ。彼女はどういうわけか剣呑な目で妖精の姿を見つめつつも、自分の髪の毛を提供した。 「早く出発しないかしら」 その横で、少女が搭乗席に座ってベルトを確認している。このツアーの発案者、ヘルウェンディ・ブルックリンだ。髪の毛はダメよと涼しい顔で、自分の椅子をちゃっかり確保している。 「おい、勝手に座るなよ」 「いいじゃない。カプチーノでもどうぞ」 「お? おう」 と、マグカップを突き出されてあっさり懐柔されるバレンフォール。 「雑用ならまかせといて。うちの父親がよく物を壊すから日曜大工も得意なの」 宇宙船のエンジンが静かに唸りを上げる。 出発はもうすぐだ。 * 一方、怪しげな宇宙船ではなく自力で木の頂上を目指すものたちも多かった。 シュンッ、シュンッと、枝から枝へ瞬間移動して上を目指すのは悪魔の下僕、ルサンチマンだ。寡黙な彼女は、腐れ縁の女子高生に楽しんでおいでと言われて、このパーティに参加していた。 楽しいって何が? 分からないので、彼女はここに来た。 「見たい! 知りたい! ルン、見に行く!」 それを追いかけるように、自身の脚力で跳躍し、枝を登ってくる者が見える。バーバリアンのルンだ。 「宝物、宝物、宝物、なんだ?」 がつがつと枝を掴む彼女の横に、びょいんと奇妙な音を立ててネバネバしたものが付着した。マスカダイン・F・羽空だ。 「木の頂上へ“宝モノ”見にいくのー」 へらりと笑う道化師は、トラベルギアの銃から粘性グミを紐を射出しくっつけて木を登っているのだ。文明の利器(?)に目を丸くするルン。 もちろん様々なアニモフたちも、よいしょよいしょと木を登っている。はしごがぶら下がっているところもあれば、ロープ一本のところもある。 「これなら僕もいけるかな」 彼らに混ざってマイペースで行くのはユニ・クレイアーシャ。少し飛び上がったりしながらも、途中でアニモフのお茶会に混ざってお茶を飲んだり。のんびりしながらの登頂だ。 「ねえねえ、お宝ってどんなのなの?」 聞けば、住人のアニモフたちは飛び上がって大きく円を描く仕草をしてみせた。 「? 大きいもの?」 このモミの木の頂上にあるのは巨大な星のオーナメントだ。「星はね、世界の構造の秘密なんだよね、宇宙の不思議の象徴」 詩人めいているユニをさておき、ルサンチマンにルン、それにマスカダインはがつがつと枝を登っていく。 「あさましいな。ごちそうよりお宝かよ……」 その光景を見つめながら虎部隆はボソリと呟く。そんな彼も率先して登っている一人だ。 彼には作戦があった。モフトピアは何層もの雲が重なっている。つまりモミの木より高く飛ぶ雲に乗って上空から飛び移ればいいのだ。 へっへっへ、俺ってもしかして天才じゃね? まずはそれなりの高さまで登るのだ。隆は、ニヤニヤしながら先を目指すのだった。 とはいえモミの木は本当に巨大で、途中で疲れて休んでいる者たちもいる。 ニワトコとユーウォンのペアだ。木の枝に二人は並んで座って。持ってきたお弁当を広げて仲良く食事を楽しんでいた。 「見て、みんなが豆粒みたいだ」 見下ろせば、パーティ会場が小さく見えた。いつの間にか日はとっぷり暮れていて。大きなテーブルと笑っている皆の様子が浮き上がっているように見えた。 「あ、ユーウォンさん、そっち」 「よしきた!」 ふわふわと飛んでくる小さな雲があれば、ギアの網を伸ばして、捕まえるユーウォン。 ツリーに飾りつけたり、味見をしてみて甘かったら、それは綿飴の雲。二人はにこにこしながらそれをパーティ会場へ綿飴をそっと送り出す。 ニワトコは自分に真理数が点灯していることを知っている。こんな風にみんなでパーティをできるのも最後だろう。 その光景は本当に素敵だった。心に残る光景だ。ずっとこのことを忘れないだろう、とニワトコは微笑んで目を閉じる。 「ん?」 と、一方。木を登っていた隆は、幹に何かを発見して足を止めていた。 灯りを近づけてみると、それは赤いスイッチボタンのようなものだった。 「何だこれ?」 押してみたいな~。でも押したらヤバいんだろうな。そう思いながらも、隆は迷うことなくボタンをポチッと押し込んだ。何故って、彼は虎部隆だからだ。 「???」 しかし、何も起こらなかった。 * パーティ会場は本格的に暗くなってきたこともあり、大いに盛り上がっていた。 撫子がアニモフ達にせがまれて、ホースの水流でツリーにぶら下がったお菓子を取ってやっている横で、特設ステージでは人形劇が始まっていた。 演目は壱番世界の民話「ねずみの嫁入り」。 「むかし昔あるところに、仲の良いねずみの若者と娘がおってな──」 東北弁混じりの柔らかなナレーションを担当するのは司馬ユキノ。アニモフたちにも壱番世界の民話を楽しんでもらいたいと思ったのだ。ちなみにパペットは彼女のお手製だ。 「太陽がこの世で最も強い。太陽様にうちの娘を嫁がせよう」 登場人物は全て手作りのパペットだ。太陽様のパペットを演じるのは藤枝竜だ。ゴゴゴとお得意の炎を出して、人形を強そうに見せている。 「アチッ、あっ燃えてますっ」 「キャッ水を……いえいえお父様、わたしはあの人を愛しているのです」 華月は火がついた人形をパタパタと消火して、何食わぬ顔で演技を続ける。彼女の役はねずみの娘。机の奥に隠れ、手にはめたパペットを動かし甲高い声でセリフを言う。 観客のアニモフたちからドッと笑いが溢れる。見ていたヴァージニア・劉も腹を抱えて笑った。 そっちも燃えてんぞ、と客席からツッコミを入れていると、隣りに座った者からひょいと何かを手渡された。 「メリー・クリスマス!」 相手はディヴ・ザ・サンタだった。子供にするようにポンポンと頭を撫でる。 劉はポカンとしたまま、手元に残った包みを見る。リボンの代わりに大きな飴玉が飾られている。中身はプレゼントか? 開けてみると本が二冊入っていた。 「……“友達の作り方”と“恋人の作り方”だと? 余計なお世話だっつの!」 クーリングオフだとばかりに、サンタを振り向くがそこにはもう誰もいなかった。 「あーあ、どうすんだこれ」 目をしょぼしょぼさせて劉。ちくしょう嬉しいじゃねえかとは思ったがそこはそれ。 「しょ、しょうがねえ。実践してみっか」 パーティ会場を見回し誰かいないかと探ってみると……、ふと目に留まった人物がいた。 ぶらぶらと歩いてやってきた坂上健だ。 「クリスマスかぁ……これ終わったら卒論の追い込みだよなぁ」 彼はちょっとしんみりしながら、手近なテーブルに着いた。健には分かっていた。こういう時は“連れ”が必要なのだ。それも可愛くて、好きって言ってくれるカノジョという人間が。 はぁー、とため息を付きながらテーブルを見回していると、隣りに座った者に声を掛けられた。劉だ。 「お、おう、独りか」 「ん、まあな。そっちも?」 「ああ」 「なんか食うか」 「そうだな」 というわけで、ぼっち二人は合流した。 テーブル上の料理は、十人前ぐらいペロリと平らげる撫子などの活躍により、皿は空になっていた。しかしその分、料理もどんどん補充されていた。一人やあかりが巻き返しをはかったのだ。やがてテーブルの真ん中のケーキに大きなナイフが入り、ケーキが皆に切り分けられた。 添えられたのは綺麗な桃色のジュース。 「わあぁ……」 目を輝かせてケーキの皿を受け取ったのは狼耳の少女シィーロ・ブランカ。まだ左手には七面鳥の足が握られている。 もっきゅもっきゅと肉を頬張っていると、テーブルの向こうで桃色のジュースを飲んでいた青年と目が合った。グリス・タキシデルミスタだ。 「わっ、ヤな予感」 「シィーロちゃん!!」 グリスは急に目を輝かせ、彼女の元に駆け寄ってきた。息を切らしながら、傍目から見ても明らかなほど興奮している。 「僕は初めて君を見た時からその毛並みに心を奪われたんだ! 僕なら美しい君を永遠に出来る、その方が君にとって絶対幸せなんだよ」 ぎゅっと手を握る。「──だから僕の手で剥製になって!!」 ドガッ。微笑んだグリスの顔に少女の拳がめり込んだ。 「ぎゃわー!」 地面を転げまわるグリスの前に仁王立ちになるシィーロ。 「お前の気持ちはよく判ったが、私の幸せは自分で決める。お前が決める事じゃないし、何より剥製になんか絶対なるものか!」 シィーロはぷぃっと顔をそらせて行ってしまった。唖然とする周囲をよそに、後姿を見送りながらグリスは諦めないよ、と呟くのだった。 他にも桃色のジュースを飲んだ者たちが、次々に「好き」とか「愛してる」とか口走りだす。秘薬『ラブ・アクチュアリー』の効果だった。 その様子をこっそり見守っていたのはビィ。満足したように、ジュースを脇にいたティリクティアに渡す。 「あらビィちゃん、ありがと」 巫女姫は何の疑いもなくそれを飲み、隣りのキアランに言う。「飲むと告白しちゃう飲み物が出されてるんですって。大変ね」 「何ッ告白だとォッ? って、ティアそのジュース」 「あら?」 キアランはガタッと立ち上がった。なんてことだ! 大切な“娘”の口からどこぞの野郎の名前が出てくるのか、気が気でない。 しかしティリクティアの方は、小さなしゃっくりを一つしてキアランを見上げると──いきなり彼に抱きついた。 「キアラン、大好き!」 きらきらした目で、「優しくて温かくて、本当のお父さんみたいなキアランが大好きよ。もっといろんなところに遊びにいったり、いっぱいいっぱい一緒にいたい!」 ぽかん、とだらしなく口を開くキアラン。 「お、俺もティアが大好きだ」 少女の頭を撫でつつ、ぎゅっと抱きしめる。 「本当にティアが俺の娘だったらどんなに幸せか……! 愛してるぞ、我が娘!」 「……マジで?」 その様子を目を丸くして見ていたのは、健と劉。二人は素早く目で会話すると、桃色のジュースを手近な者たちのところに置いてみた。 「このパペットあげるね」 「ほんとに?」 「わあっ」 人形劇を終えたユキノたちだ。彼女は竜と華月に人形をプレゼントしている。三人はジュースを飲みながらもキャアキャアと盛り上がっている。 健と劉は、何となく彼女たちの周りを歩いてみた。こっち見ないかなーなんて思いながら。しかし彼女たちはあろうことか「好き」と三人で自然に言い合っているではないか。 男二人は、切なくなった。 * 「5人分届けてきました!」 「よし、ありがとう。ひと段落だな」 サンタの見習い、ミルカ・アハティアラはディヴのお手伝いをしていた。本格的なサンタの仕事が出来て、彼女は活き活きとしている。 「次はどこに?」 「まあまあ、お前さんも少し休みな。どっこらしょ、と」 ディヴは手近な椅子に腰掛け、ミルカにも席を勧める。 こうして適度に休みを取るのもサンタの……などと講釈をしていると、アンドロイドのジューンが近付いてきた。 会釈し、プレゼントの包みをディヴに差し出す。 「大人のクリスマスは、交換が基本だそうですから……。メリークリスマス」 「何だ気ィ使わなくていいのに」 ジューンはずっと考えていた。サンタクロースの一番喜ぶものは何だろう。休暇? それともみんなの笑顔? なぜ計算で割り出せないのだろう。 「お、こりゃデジカメかい? ありがとう」 「みんなの笑顔を写真に撮れるようにと」 「なるほどな。じゃあお返しのプレゼントはコレだ」 ディヴはニヤと笑って、一通の封筒を彼女に手渡した。それはパーティに参加できなかった者たちが欲しがっているプレゼントリストだった。彼はちゃんとジューンの欲しいものを用意していてくれたのだ。 「取り扱い注意だぞ」 「はい。セキュリティランクAAAで管理いたします」 そこへ、ゼロもディヴへのプレゼントを携えてやってきた。 「ゼロ特製の謎安眠枕なのですー。どうぞなのです」 ディヴが礼を言おうとすると、ゼロは走ってきたティリクティアに好きと抱きつかれていた。入れ替わりに、メアリベルが現れる。 「ミスタサンタ。プレゼント頂戴な」 歌うような彼女に、サンタは袋から取り出した黄金の手斧を手渡した。リボンのついた可愛いやつだ。 「メリークリスマス、って、ヒィィ!」 いきなり斧で切りつけられ、ディヴは慌てて身をよじり地面に転がった。メアリベルは欲しかった手斧の刃に満足そうに触れる。 「早速試し斬りさせてもらおうと思ったのに。逃げたらダメよ意気地なし」 言いながら、斧を振り上げる。「手足をちゃんとちょんぎれないじゃない」 た、助けて! と逃げ出すディヴ。 メアリベルはもちろん嬉しそうに追いかけた。 「きらきら光ってとっても綺麗。赤い血でお化粧したらもっともっと綺麗になるはず」 そんなディヴたちが追いかけっこをしていると思ったのか、アニモフたちが次々にサンタに抱きつく。 「ぐぇぇ!」 「……ブーメランのように勢いつけて投げつけたら、ミスタの生首がぽーんとお空に飛ぶはずよ。湖にぼっちゃん、落とさないよう気をつけなきゃ」 アニモフだるまになって転がったサンタの首に狙いをつけるメアリベル。彼女は何の躊躇もなく斧を振り下ろし── ザクッ。 彼女が斬ったのは草だった。彼らの姿は忽然と消えている。 間一髪、駆けつけたミルカがサンタたちと共にテレポートしたのだった。 「ここは……?」 妙に柔らかい地面の上で身体を起こすディヴ。はっと気付けば大きな少女の顔が自分たちを見下ろしている。 巨大化したゼロだった。 お釈迦様よろしく、彼らはゼロの掌の上に乗っていたのだ。 「ツリーの頂上の宝物を見に行くです」 ゼロの視線は巨大ツリーのオーナメントに注がれている。彼女は宇宙船よりも先に頂上に着くつもりだった。 「くそッ負けるか!」 一方、バレンフォールの宇宙船もちょうど発射したところだった。副船長たるデュベルはレバーをMAXに入れた。彼は少しだけスリムになっていた。自分の毛もエンジンに提供したのだ。この宇宙船で先に到達してやる……! 見れば、巨大化したゼロがいるし、移動する雲をうまく掴まえて早く頂上に到達する者たちも居た。 「へっへー」 近付く頂上オーナメントを見て不敵に笑う隆。しかし彼はすぐに異変に気が付いた。 ──あれ? あのオーナメント星型じゃなかったっけ? 何で丸くなってるの? 彼がその足元にたどり着けば、自力で登ってきたユニたちやミルカたちも到着した。彼らは大きくなった黄色い物体に手を触れてみた。 ぷにっ、と柔らかかった。 しかも中からシュウシュウと空気の音が聞こえるではないか。物体は、どんどん膨らんでいるのだ。 これって──まさか、ゴム風船? 隆は嫌な予感がした。 「みんなの宝物、だから入ってるのはみんなの夢だ! どんな色だ? 形だ?」 もはや、喜んで物体に抱きついたりしちゃっているのはルンだけだ。他の者たちは来るべき災厄にキャアキャアと逃げ惑っている。 そこへ宇宙船が突っ込んできた。 「わー、こっち来ちゃダメ!」 マスカダインの叫びも空しく、宇宙船は真っ直ぐに巨大な黄色いゴム風船に突っ込んだ。 ぶすっ、と船が黄色い物体に命中した途端── ──パアンッ!!!! 盛大な音を立てて、星がはじけ、爆発した。 宇宙船はその地に刺さるように着陸し、ゼロは背中で爆風から皆を守った。自力で難を逃れた者たちもいて、恐々と状況を確認する。 爆心地には、何も残っていなかった。 「わぁっ……! 見て!」 しかしそこで大きな声を上げたのは、宇宙船から降りてきたヘルだ。 皆も周りを見て、歓声を上げる。 雪だった。 この島全体に、雪が降り始めていたのだ。パーティ会場にも、天から白くて柔らかい雪がふわふわと降り注いでいる。 悪くない光景ではないか。ルサンチマンは顔に張り付いたゴム風船を剥ぎ取って一息つく。悪くない、もう一度口にする。 「これがお宝かよ!」 がっくり来てるのはバレンフォールだけで、他の皆はこの光景を楽しんでいた。あの風船の中にはぎっしりとこの雪が詰まっていたのだ。 ビィなどは雪が甘いことに気が付いて、集めてはもくもぐ食べている。 うちで待ってる彼氏と父親にも見せたかったな、とヘルはアニモフの宝物をしんみりと見つめる。だが気を取り直して、デジカメを取り出す。 「ほら、貴方もにっこり笑って」 ヘルはバレンフォールも誘って一緒に自分撮りをした。確認すれば、老人の顔が途中で切れている。変なアングル、とヘルは笑った。でも、これもいい思い出だ。 見て! とまた誰かが言った。下の会場を見下ろすと、キラキラと何か星のように輝く点が見えるのだった。 「ボクの飴玉だよ、ディヴさんのプレゼントに付けてもらったの!」 喜ぶのはマスカダイン。微笑んだサンタは残りの飴玉を出して、その場にいる者たちに一つ一つずつ配った。 一方、雪を食べまくるビィの襟首をひょいと掴まえる者がいた。ニコルだった。 「やっと独りになったね。去年の礼をさせてもらおうかと思ってね」 「ひっ」 放たれる殺気に、青ざめるビィ。妖精は一年前、彼女の秘密をバラしまくってその恨みを買っていたのだが、当然そんなことは覚えていない。 慌てて全速力で逃げ出すが、音もさせずにニコルが目の前に躍り出た。いつの間に回りこんだのか、ニコルは銃を引き抜き、飛んでくるビィ目掛けて引き金を引く。 ポンっ。 「メリークリスマス」 へっ、とビィは銃の先から出た飴玉におでこをぶつける。それはニコルから妖精へのプレゼント。 「言ったでしょ、お礼よ。何の事か判んないと思うけど」 「???」 飴をもらっても状況がよく飲み込めないビィ。ニコルは手をひらひらさせ去っていく。彼女が今見せた技、それを教えた相手はここにいないけれど。不思議なことにその縁をつくったのはビィなのだった。 「ビィちゃん」 ぽかんとしたまま呼ばれて振り返ると、女の子のサンタが立っていた。ミルカだ。シッと指を口に当て、こっそりと箱を取り出してみせる。 「メリークリスマス。悪い子には渡せないけど、ビィちゃんは──」 「悪いことしてないよ!」 必死に反応するビィ。思わず苦笑して、ミルカは箱を彼女に手渡した。 ビィは豪快にびりびりと箱を破って開けた。中身は、小さなヘクセンハウスだ。彼女は、パァッと笑顔になった。 「お菓子の家だぁ!」 ちょっと悪い子だけど、彼女も小さな女の子なのだった。 * そして、木の下のパーティ会場。空から降ってくる甘い甘い雪を皆が楽しんでいた。料理はあらかた無くなり、皆満足そうに歌ったり踊ったり、横になって寝たりしている。 独りサクラも雪を見上げている。その彼女の顔には少しだけ微笑みが浮かんでいる。 雪はモフトピアでは滅多に見られないものだった。それがアニモフたちの宝だということは誰もが納得することだった。 サクラは手の中でスケッチを完成させる。雪の中の幸せな光景を。 「ステキね……」 手を休め、雪を見上げるあかり。その様子に一人はひょいと懐から出したものを手渡す。 「メリー・クリスマス」 それは、めったに故郷に戻れない彼女のために探してきた、ロックバンドのCD詰め合わせだった。 「この先、何があっても私達やポッケちゃんとモーリンちゃんは、相棒で親友よ」 「あったりまえじゃん!」 親友二人は嬉しそうに、微笑みを交わした。 ひたすら食いまくった竜はげっぷをしながら腹を押さえている。大丈夫ですか、と脇でユキノ。アニモフたちも集まり、竜の腹をつついたりしている。 その様子を華月はにこにこしながら見守っていた。 彼女は思う。以前は幸せそうなアニモフ達にただひたすら羨ましかった。でも、もう違う。アニモフ達を誰かを羨む事はやめる。 もうすぐ彼女は夢浮橋へと帰属する。 ふわふわと振ってくる白い雪。その中で友人達が笑っている。甘いお菓子ときらきら輝く飴玉たち。全てが輝いて見える。 この幸せな光景を私は一生忘れないだろう。 華月は、心中で誓った。 (了)
このライターへメールを送る