「ヘンリー&ロバートリゾートカンパニー」は、今のところ、特定のオフィスというものがないらしい。 リゾート企画の打ち合わせ場所は、世界図書館のホールであったり、空中庭園の一角であったり、ターミナルのカフェであったり、ケースバイケースだ。そのほうが、ロストナンバーたちも気軽に声を掛けることができ、企画も持ち込みやすいだろう、ということのようである。 しかし、司馬ユキノが企画を持ち込もうとしたその日、彼らは少々異色の場所を使用していた。 秘密のビーチこと、海のチェンバーにいるというのだった。(そんな……。緊張する) 企画持ち込みの趣旨を伝えると、レディ・カリスの許可はすぐに下りた。勇気を振り絞って、彼らを訪ねる。 海上に張り出したデッキと建物――南国ふうの水上ヴィラが目に入る。ラタンのチェアと木製のローテーブルが置かれた床面はガラス張りで、まるで海の上を歩いているようだ。 打ち合わせが一段落したのだろうか、ヘンリーとロバートは、それこそリゾートにふさわしいラフな服装でチェスに興じている。 ユキノに気づき、ロバートが気さくに破顔した。「こんにちは。司馬ユキノさん――、でしたね。ようこそ、ヘンリー&ロバートリゾートカンパニーへ」「はい、初めまして」「初めまして。そんなに緊張しなくてもいいんですよ」 ヘンリーがゆったりと微笑む。ユキノはほっと息をついた。 そして、若干震え声で、プレゼンテーションは開始されたのだった。 * *「場所は、壱番世界の日本、岩手県遠野市。私の地元です」 資料がテーブルに並べられる。遠野についてのレポートが丁重な手書き文字で綴られており、数枚の写真が添えられていた。 レポートの内容をなぞりながら、ユキノは口頭で説明を始めた。「遠野市は『民話のふるさと』とも呼ばれ、多くの伝承が残されています。有名なものではカッパ伝説があり、かつてカッパが住んでいたと言われる『カッパ淵』という場所があります」「のどかなところのようですね」「はい。涼しい場所なので、カッパ探しだけでなく、ゆったりと自然を楽しむのにも適していると思います」「こちらの『遠野ふるさと村』も興味深い」「江戸時代の遠野の山里を再現した施設です。『南部曲がり家』と呼ばれる古民家が移築され、水車が回り、小川が流れ、水田や畑では実際に作物が栽培されています。ここでは『まぶりっと衆』と呼ばれるインストラクターの方の指導のもと、農作業を体験することができます。他にも、そば打ち、陶芸、染め物、小物作りなど様々な体験ができますので、旅のいい記念になるのではないでしょうか」「レジャー施設もあるんだね。『柏木平レイクリゾート』」「猿ヶ石川沿いに展開された自然の中の施設です。森林散策、ボート、釣り、サイクリング、ピザ作りなど色々と遊べます。変わった所では写経なんかも」「写経」 ロバートが反応を示した。「きみも挑戦してみるかい、ロバート」「考えておこう」「コテージが貸し出されているので、そこでのんびりと過ごすこともできますよ。バーベキューができる場所もありますので、遠野名物のジンギスカンをお友達同士で楽しむのもいいかもしれませんね」「なかなか充実しているね」「少なくとも、ドンガッシュの出番はなさそうだ。このところ働かせ過ぎたし、たまには休んでもらおうかな」「あと、こちらの『卯子酉(うねどり)神社』は、市内郊外にある神社です。赤い細長い布に願いごとを書いて、境内の木の枝に、左手だけで結ぶと願いが成就すると言われています。卯子酉様は縁結びの神様として祀られているので……、れ、恋愛関係のお願いをする人がとても多いです」「ほう。興味のあるロストナンバーは多そうだ」「すごくご利益があるそうで、全国から多くの参拝者が訪れている場所です。あと、恋愛にまつわる場所して『めがね橋』があります。半円アーチ状の橋脚が連なる石でできた鉄道橋で、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモチーフになったと言われています。この橋が見渡せる広場は『恋人たちの聖地』と呼ばれていて、カップルで訪れると幸せになれる――そうです」 夜は綺麗にライトアップされ、めがね橋の周辺には蛍が飛び交い、ロマンチックで幻想的な雰囲気になるのだと、ユキノは言い添える。「それに、遠野では夏祭りが開催されます。至る所に屋台が立ち並び、地元の美味しい食べ物や豊富な地酒・地ビールなどが振る舞われます。夜には盆踊り大会があり、参加者は何らかの音の鳴る物を持ち、それを鳴らしながら踊ります。仮装コンテストもあって、優勝者には賞品が出るみたいですよ」 ひと息に話し終え、ユキノはふたりを見つめる。「ここは本当に田舎です。お洒落で華やかなお店などはほとんどありません。でも、こういう場所ならではの魅力もあるってこと、皆さんに知ってもらいたいし……、できたら、少しでも好きになって欲しい」 真剣な眼差しで、声音で、言う。「……どうか、ご検討ください。よろしくお願いします」 ヘンリーとロバートは、同時に頷いた。「考え抜かれたいい企画ですね。参加者への配慮がとても行き届いていて、ユキノさんの人柄が伝わってくるようです」「『遠野』という地をよく知っていて、さらに、訪れるひとびとが、どこで何を楽しめばいいのか、多様なニーズにも応えているね。採用させていただきます」「ありがとうございます」 * * 三々五々、遠野行きロストレイルに向かうひとびとに、無名の司書がすがりつくように声を掛ける。「遠野に行くひとにお願ーい。もし現地でカッパに遭遇したら、そのひとロストナンバーなんで保護してきて。あと、あとね、遠野産ホップを使用した地ビールを地ビールを地ビールをお土産にお土産にお土産に、うわーんあたしも行きたいよう遠野。行きたいよう」 泣き崩れる司書をよそに、今、発車のベルが鳴る――=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
ACT.1■カッパ淵の冒険 「カッパさん、こんにちはなのですー。ゼロはゼロなのです。なにはさておき、パスとノートとチケットをどうぞなのですー」 シーアールシーゼロは、いつの間にか河童のそばにいた。でもって、無名の司書から預かった「ロスナン保護用三点セット」をさくっと渡して任務完了していた。なぜかって? 説明しよう。ゼロたんはゼロたんだからだ。 もっとも、行動をともにしていたのが巫女姫ティリクティアであったことも大きな要因である。ティアたんは、河童ってどんな姿をしたロストナンバーなのかしらとわくわくしながら、勘の赴くままにカッパ淵を探索していたのだ。見つからないはずがあろうか。 「心配ないわ。私たち、あなたを保護しに来たの。ティアって呼んでね?」 「……ゼロ? ……ティア?」 まだ10歳くらいの子どもの河童は、おずおずと、しかし、うれしそうに頷く。 出身世界とは似て非なる場所に転移し、心細くて仕方なかったところ、美少女ふたりが助けにきてくれたのだ。 「なるほど、遠野伝説にあるとおりの、赤い肌の河童だね」 散歩気分でふらりと立ち寄った荷見鷸は、河童発見に興味深そうに、しかし自然な物腰で、 「皿は乾いてないかね?」 と聞いた。 河童は無言で首を横に振る。美少女以外とは話したくないらしい。おませさんだった。 鷸さんは、東北地方出身の民話好きである。相当数を丸暗記している。 河童くんに振られた以上、仕方がないので、卯子酉神社に由来を調べに行こうか、淵の主が何故卯子酉という名でまつられているのだったか、片葉の葦など探してみようか、と、その場を辞した。 「まずはこれでも食べて落ち着くと良いと思うのですー」 ゼロが胡瓜を差し出す。 「……いいの?」 河童の少年は、赤い肌をいっそう紅にして、胡瓜を受け取る。 「女の子から胡瓜をもらうなんてはじめてだ……」 聞けば、彼の国では、女性から男性に胡瓜を贈ることは愛の告白を意味するらしい。 「異世界では文化が違うのですー。まずはお友だちから始めましょうなのです」 大人なゼロたんだった。 ** ヴィンセント・コールはたいそう妖怪に興味を持っていた。 なので、保護する気満々だった。 (河童。かつてこの地に存在したかも知れない伝説の妖怪。なんというロマン) てなことを空想しながら、隠れ易い場所の目星をつけ、その付近に飲食物とセンサーを置いて、待っていた。 待っていた。 ……待っていた。 のだが。 そんなヴィンセントさんの前を、美少女ふたりと手を繋いで、河童の少年が通り過ぎていったのだった。 ** 雪・ウーヴェイル・サツキガハラは、大きく息を吸い込んだ。 遠野の空気は生まれ故郷に似ていて、とても気持ちが和らぐ。古い雑多な《カミ》の気が満ち、安堵も覚える。 遠くから、明るい話し声が聞こえてくる。どうやらロストナンバー保護は成功したらしい。 澄んだ水辺には、小さな祠があった。一礼し、雪は静かに、水の流れに足を踏み入れる。 人知れず行われる、清めの剣舞―― 「この地にいつまでも、古きモノたちの息吹が満ちるように」 ** 「壱番世界の緑は、みんな優しいね」 カッパ淵から少し離れた森林のなか、橘神繭人はやわらかな笑顔を見せる。 「わしは、ぬしの笑顔をほんに愛しいと思うわえ」 天摯は世にも嬉しげに、思いっきり目を細めた。植物を友とする繭人のために森林散策を提案した甲斐があったというものだ。 繭人は少しはにかみながら、木漏れ日を見上げる。 故郷を思い出し、やるせない気持ちになることもあるけれど、今は支えてくれるひとがいるので辛くない。 「ありがとう、天摯たちがいてくれるから、俺は進むことを知ったんだ」 その表情はいっそう、天摯の気持ちをあたためた。 思えば、出会ったとき、繭人はあれどに追いつめられていたのだ。それが今は、こうやって「のんびり」することができるようになっている。 「ぬしの歩く道に、これからもただ光があるように」 それが天摯の、偽りのない気持ちだった。 今までも、これからも。 繭人の笑顔に、少し陰りが宿る。 もし、天摯がどこかに再帰属するのならば自分もついていきたい――とは、まだ言い出せていない。 ACT.2■遠野点景 一台の車が、遠野市内を走る。軽快かつ慎重な安全運転である。 運転手は司馬ユキノ。同乗者は音成梓とミルカ・アハティアラ、百。合わせて四名のミニツアーだ。 飲食物の補充や、無名の司書への地ビールなどの買い出しを兼ねてのドライブだった。 「いいところだなー。このツアー、ユキノちゃんが計画したんだって? やるじゃん!」 さわやかな風が、開けた窓から吹込んでくる。助手席の梓に言われ、ユキノは照れくさそうだ。 「皆さん、楽しんでくださってるといいんですけど」 「そんなのばっちりに決まってるじゃん」 「皆でこうやって車に乗って行くのっていいですね! 景色も素敵」 ミルカはにこにこと、流れゆく風景を眺める。ソリにはソリのいいところがあるんですけどね、と加えるところが、サンタ娘クオリティだ。 「故郷を思い出しやすなぁ」 百がぽつりと言う。 「あっしは車というものに乗るのは初めてなので緊張しておりやしたが、皆さん良いかたばかりで」 多少固かった百も、挨拶を交わしたあとは落ち着いたようで、持参の緑茶と和菓子などを配り、話に花を咲かせる。 「ミルカさんのお洋服は、夏仕様なんやねぇ」 和菓子を手に、ミルカはにっこりする。 「はい! TPOに合わせてみました!」 「あ、ユキノさん。あとで運転代わるよ? みんな、何か買い物があったら言ってくれよ、荷物持ちするからさ」 気どりのない口調ながら、梓は細やかな心遣いを見せた。 立ち寄った店舗は、異様に地ビールの品揃えが豊富だった。美味しそうな地元食材を買い込みながらも、首を捻る梓に、ユキノは、 「ヘンリー&ロバートリゾートカンパニー一同、根回し頑張りました」 と、にっこりする。 「私も司書さんのお土産、買います。あとは……」 ミルカはメモ用紙を見ながら、買い忘れがないかどうかチェックに余念がない。 買い物を終えたあと、四人は高清水高原展望台で車を止めた。 遠野が一望できる絶景スポットである。 あれは何ですか、と、はしゃぐミルカに、ユキノはひとつひとつ、丁重に説明する。 「そうだ、あとで皆さんでバーベキューしませんか? ジンギスカン」 ユキノの提案に一行は喜んで同意する。 百がゆるやかに三味線をかまえ、この情景にふさわしい音曲を奏でた。 「すみませーん! そこのひとー! シャッター押してくださーい!」 通りがかりの壮年男性に、梓はデジカメを渡す。 「うむ? このスイッチを押せばいいのか?」 律儀にカメラを構える男性をよくよく見れば、ドンガッシュだった。おなじみの作業着とは違う旅仕様が、なかなかサマになっている。 「ありがとうございます。よろしかったらドンガッシュさんも、あとでバーベキューご一緒しません?」 ユキノからの意外なお誘いに、ドンガッシュは困惑しつつも、頷いた。 なお。 後で知ったことであるが、このとき梓は、森山天童に尾行されていた。 天童は隠れ蓑ですがたを隠し、上空を飛行していたのである。 道中、折りをみては、メジロやヒヨドリをあやつり、梓の頭をつつかせるなどの悪戯をしていたのだが。
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