「壱番世界の無人島で、盆踊り大会を大々的に執り行いたいと思います。つきましてはチケットの発行と、参加者募集の周知にご協力ください」 バードカフェ『クリスタル・パレス』の店長、ラファエル・フロイトの依頼により諸々の手配に追われている無名の司書はいつまでたっても減らない書類の山に埋もれていた。「ううっ、司書は同行できないからつまんないし、手続きの書類は増える一方だし……あ~~ん、カフェの店員だけでも凄い人数なのに、参加者の手配と屋台の材料とか資材とか浴衣とか、書類多すぎよ~。はぁ、嘆いたって書類が減るわけでもな……あり?」 ふと見ると書類の山の一角が消えていた。「あり~? いやいや、確かにあったよね。うんうんうん、間違いない。だって息抜きの一杯……コーヒーよ? 置く場所もなくて……」 かさり、と書類の擦れる音が聞こえ、無名の司書はハッ、と振り返る。「消えた書類とこのもふ気配! そこね!」 無名の司書が大げさに振り替えるが、そこには _ ┌─┴┴─┐ │ はずれ │ └─┬┬─┘ ││ と立て看板が置かれているだけだった。「あーーん、アド先輩のいじわるー! 手伝ってくれるなら姿見せてくださいよぉー! もふもふさせてくださいよぉー」 無名の司書がばさばさと書類を片付けると、その下から『良いから仕事を片付けろ』と新しいメモが出てくる。「うう、行動先回りされてるって、どれだけわかりやすいの……気がついたら書類全部無いし……ひゃぁ!」 するり、と無名の司書のストールに真っ白い毛皮が進入していく。もふもふの感触にくすぐったさと幸せを感じる無名の司書は幸せそうな顔をしていた。 首に巻き付くのは赤いベストを着た真っ白いフェレットの司書、アド。みかける事が稀な司書だ。「久々のアド先輩のふあふあ感触~。ん? なになに? 書類は片付けるから? ふんふん、ほうほう? はあぁん、了解です! むめっち、お出かけしてきます!」 こうして、得意分野を別けた二人の司書により、無人島パーティに盆踊り会場と屋台の他にもう一つ、催し物が増える事となった。 「空はいいねぇ。どの世界でも必ずある、母なる存在。何処までも続く広大さ、遮ることのない場所を風に乗って飛ぶ、最高だよ。キミたちもそう思わないかい? でも、キミたちは飛べる羽がない。そこで、だ。ボク達が一時の間、君たちに「飛べる」感覚をプレゼントしようじゃないか」 無人島の浜辺でカッコつけてそんな事を言う鶏の隣にはトラックのタイヤほど大きな、まるまるとした可愛愛らしいペンギンがいる。急な話にお前ら飛べねぇだろという視線だけが2鳥を貫いている。「鳥は空飛べてあたりまえだとおもってるそこのキミ、飛べない鳥も鳥なんだぜ? この機会に夏休みの宿題にしたらどうだい?」 夏休みもう終わってるよ。と誰かが呆れた声でいう。その声は呆れると同時にずっと話している鶏の、暑苦しい姿にも辟易していたのかもしれない。 鶏は胴体と足が人型でむっきむきだが膝下からは鱗状の鳥足のまま。首から上は鶏の頭、腕には羽毛が残り手は内。さらにでかい。背の高さもペンギンの倍はありそうだから、二メートルは超えているだろう。「鍛えたら空を飛べる、そう思っていた時期がボクにもありました」 うっ、と何処かで泪を堪える声がした。「さぁさぁ、気を取り直して、ゲームの説明だ」 鶏はそういうと、羽毛を広げ砂浜を見るよう促した。大中小の大砲がいくつか、砲身を海へ向けて並んでいる。それぞれ赤、黄、青の色で別けられた大砲はお揃いの色のハンマーが一緒に添えられていた。「海に浮いているブイがあるだろう? あの境目から点数が徐々に上がっていく。大砲に入って、海に向かって飛んでくれ。大きさと飛距離はだいたい比例する。動力は火を使わない安心設計のやわらかはんまーだ。ボクが発射させるけど、やりたい人はやっていい」 ぽんぽんとハンマーで手を叩くたび、きゅ、ぷい、と音がする。「飛距離を伸ばそうと色々手を加えるのは良い。だが砲身に入る大きさは決まってるから、あまり大きいのは無理だな。トラベルギアや飛行関係術は禁止だ。一応、景品も用意してるからな」 サンプルなのだろう、ストールを巻いてサングラスをつけている人形――某司書にそっくりだが、気のせいという事にしておきたい――を砲身にいれると、ぽにょん、と音をさせて大砲を叩く。中に入れられた人形が放物線を描いて空に飛び、ぽちょんと音をさせて海へ落ちる。人形が落ちた直ぐ傍には浮き輪や浮き板が幾つも用意されており、その上に今跳んでいった人形がべしゃりと置かれる。 鶏の横にいた筈のペンギンがいつの間にか海に入っていたらしい。海底の白い砂浜が透き通る海に、どんっと真っ青なペンギンが浮いている。「飛んだ後は自力で戻ってくるなり、向こうで休んでもいい。泳げない人でもちゃんとああやって助けてあげるから大丈夫だが、飛ぶ前に一言言ってくれよ。あ、ロストナンバーなら水中で息が出来るようにする方法くらいあるか。これは、飛距離とは関係ないし、泳げない人に限りセーフって事で」 なんともルールがおおざっぱだな、と誰かが言うと「景品があって、数に限りもあるから飛距離を競う、にはしたけど、楽しむのがメインだからなぁ」 希望する物はあげたいけど、なくなったらごめんね、という事らしい。「んじゃ、景品を紹介だ。食べられる景品と食べられない景品があってだな、えーと……」 無人島人間大砲景品一覧 食べられる景品 一等賞景品:無減の虹氷とカキ氷器 特別賞景品:無溶の氷像(本人の人型) 参加賞景品:屋台の一般的な食べ物どれか1つ 「食べられる景品の一等と特別賞はこの為にシャンヴァラーラから採って来た限定品だ。採りに行ってくれた人もいるか? 参加賞のはりんご飴とか、やきそばとか、ジュースでもなんでもいいんだと。次は食べられない景品だ」 食べられない景品 一等賞景品:浴衣一式 特別賞景品:お祭り法被 背中にくりすたる・ぱれすと書いてある 参加賞景品:団扇「浴衣と法被はリリイのお手製だ。向こうで盆踊りもやってるし、せっかくだから手に入れた人は行ってみたらどうだ? あ、食べられない参加賞の団扇は沢山あるから、飛んだ人はどんどん持っていっていい」 こんなところかな、と鶏は団扇を仰ぐ。ゆらゆらと鶏冠や肉髯が揺れるのが、なんともいえない。「さ、第1号は誰だ?」=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
「はーいはいはい! 1番、日和坂飛びまーす!」 元気いっぱいの声が響くと、宣言した通り綾は洋服をパパッと脱ぎだした。女子高生が霰もない姿になると気がついた面々は赤面しつつも慌てて彼女を止めようとするが、誰かが止めるより早く砂浜には水着姿の綾がいる。下に着ていたのか、とほっとしたような、少し期待していたようなと複雑な心境になるが、健康的な身体を包むスクール水着に目が奪われる者も、少なくはない。 「だって最初に飛ばないと屋台でお腹いっぱい食べられないし~。あ、エンエンはココで待っててね」 鶏にセクタンを預けると怖がるそぶりもなく、彼女は大砲へと身体を潜らせた。 「あいよ、確かに預かった。大きな大砲に入るってことは、めいっぱい飛ばしていいんだな?」 「うん、狙うは氷像!」 「よし来た、カウント行くぞ、さーん、にーぃ、いーち」 どぉかぁ~ん、とコミカルな音と楽しそうな声が響く。空へ向かい、放物線を描く身体と声はざっぱぁんと白い飛沫を飛ばした着水音に掻き消された。少しして、ぷはぁと水面に顔を出した綾は砂浜へ向けて大きく手を振る。 楽しそうな笑顔につられ、砂浜にいた人々は次々と飛び出した。 「すごっ…!」 一番乗りで飛んでいった日和坂を眺めていた優は自然と口から言葉が漏れた。大砲の音もそんなに大きくなく、遊園地等にあるアトラクションの様な物だ。そう思った瞬間ドキドキワクワクと自然にテンションがあがってきた。 「よぉっし参加する! 誰か飛ぶ人一緒に行こうよ! あ、撃ってくれる人も募集!」 「飛ぶ」 笠を被った男、雀は短くそう言うと優の横を通り抜け中くらいの大砲の中へと消えていった。雀は被っていた笠が砲身より小さく、引っかからない事を確認すると笠を底に敷いて飛距離を伸ばす様試みる。 「ゼロでよければ、大砲、叩くのです」 白い肌と銀色の髪が、太陽を反射する砂浜によって更に輝いて見える可憐な少女、ゼロはハンマーを持つとその容姿そのままに巨大化していった。とはいえ、ハンマーをもてる大きさまでなので、鶏と同じくらいの大きさだ。マッッチョメン鶏と並んで立っているゼロは遠近感が狂った様な錯覚を覚える。今にも「良い子の諸君!」と言い出しそうで、恐ろしい。 「じゃぁよろしく!」 雀と同じく中くらいの大砲に入った優がまずどん、と飛び出した。少し遅れて雀が発射された音を聞きながら、優は海の中へと飛び込んだ。ゆらゆらと日の光が揺れる水中から空を見上げると、歪む視界の向こうで雀の様子がおかしい事に気が付く。綺麗な姿勢で飛んでいたのにぐいと身体を捻って距離を落としている。雀は空を飛んでから思い出したのだ。自分は泳げない、と。 雀はふよふよと浮いている浮き輪の上へ着く様に着地すると、ほっと息を吐く。少し離れた所で優がぷはっと顔をだし、大丈夫かと声をかける。雀が大丈夫だと合図をしようとした瞬間、ぐらりと海面があり得ない動きを見せる。普通なら耐えきれる変化だが、運の悪い事に足場にしていた浮き輪は濡れており再度体制を立て直すにも難しく、気が付けば雀は逆様に、浮き輪も空へと浮いていた。バランスを崩したまま海へとダイブした雀に優が近寄るが、二人は直ぐに海面へと押し上げられた。二人はあの大きく可愛らしいペンギンの上に乗っているのだ。 「ありがとう もう一度飛びたいから、このまま砂浜まで戻して貰えるかな」 優の問いかけにペンギンはゆっくりと泳ぎ出す事で返事を返す。泳げないのかと雀に聞かず、穏便に浜辺まで戻れるよう配慮した優に雀は小さく頭を下げる事で感謝の思いを伝えた。 砂浜では大砲を撃つ者や飛んでいく姿、屋台で買った物を頬張りながら見学する人々の姿を写真におさめている夏也の姿がある。 「うーん、イキイキとしてて良いんだけど、なんというか、何か足りないのよねぇ」 撮っている写真に不満はない。むしろ良い写真だと思う。思うのだが、せっかくなのだからもっと、今しか撮れない写真にしたいのだ。きょろきょろと辺りを見渡すと浮き輪に乗っている人に目がとまる。 「あれだ!」 夏也はカバンからダイビング用カメラケースを取り出すと手早く装着させ、念入りにチェックする。防水仕様のケースは髪の毛一本挟まっているだけで内部に海水が進入し、カメラは死亡する。せっかく撮影するのにそんな事になってはたまらない。念入りにチェックを済ませ良し、と呟くと 「宜しければ、荷物はお預かりしますよ」 と声を掛けられる。木陰にデッキチェアやテーブルを置き、軽食や飲み物が置かれた救護所にいた春臣が双眼鏡片手に薄く笑っていた。直ぐ傍にはむめっち人形が居座っている。 「ホント!? 助かるわ、ありがとう~! 他の機材をどうしようかと思ってたの」 「こちらもどうぞ、意外と暑いので水分補給は必要でしょうから」 春臣がペットボトルの水を差し出すと、日除けの帽子を被っていた夏也は笑顔でそれを受け取った。大きな浮き輪とカメラを持ち海へと駆けだしていく夏也を見送り、春臣はまったりとコンテスト見物を再会する。 「ふむ、特に出番はなさそうだな…」 救護所には春臣と『無名の司書』がいた。おや、と小さく呟いた春臣が辺りを見渡すと砂浜に横になっている人の背中にヒトデや貝殻が置かれていたり、小さな穴が異様に増えている。 春臣はふむ、ふむ、と頷き、むめっち人形と『無名の司書』の前にことり、と軽食を置き、 「お急ぎでなければ、休憩されては如何ですかな? 熱中症は結構危険な病気ですから」 春臣が背を向け、お茶を用意して振り返ると――気のせいだろうが――頬を赤らめたむめっち人形だけが残されていた。 大砲の撃たれる音と楽しそうな叫び声が不規則に聞こえ、何人もの人達が海へと吸い込まれ続けるのを眺めていたリオン・L・C・ポンダンスはふむ、と何かを思いついたようにその場にしゃがみ込む。さらりと砂浜を撫でると数本の線が引かれ、追いやられた砂が小さな山を作る。リオンはそのまま少量の砂を握りしめ、鶏に耳打ちした。 「ん? ふんふん、あぁ、それなら問題ない」 声色からいって多分笑顔なのだろう鶏の了承を得たリオンはそのまま大砲に乗り込み、空へと飛んだ。火薬を使っていない大砲は出るはずのない煙の代わりに、キラキラとスパンコールの様な物が空から降ってくる。砂に輝く魔法をかけたリオンが辺りに撒いて飛んだのだ。 先に飛び海水浴を楽しんでいた人達は水面に顔を出したリオンに歓声と拍手をおくる。思わぬ歓迎にリオンは気恥ずかしそうに手を振り、近くにあった浮き輪に座ると後続の応援を始めた。 「ん~、一等は飛距離で決まるのだとしても特別賞って何基準なんだ?」 真っ直ぐに伸びる黒長髪をポニーテールに結びながら華城水炎が呟くと、鶏は気分、とそれに答えた。想像していなかった答えに華城がぽかんとしていると、鶏は 「楽しければそれでいい、だろ?」 と、キメ顔――鶏なので表情の違いはわからない――で言った。 「ははっ! いいね! さぁて、レアっぽい法被を狙って飛ぶかな」 人懐っこい笑顔を向け空へと飛んでいった華城は両手を伸ばし飛び込みのように綺麗に着水すると、そのまま暫く泳ぎ続けた。 「楽しそう!」 ウサギのぬいぐるみを抱えたエレナは満面の笑顔でそう言った。遊園地に来た子供の様に大砲と飛んでいく人、景品の虹色のかき氷を見比べては 「すごいすごい! ロマンだよびゃっくん!」 と興奮気味に喋っている。が、そうしていても流石は探偵、というところか。何人もの人が飛んでいく様子をみて大砲や鶏の癖等を綿密に分析、計算していたらしいエレナは、レディは肌を見せないのとパレオ付の水着で大砲を選び、砲身の角度を45度に設定させ、そこから自身の感覚で少し上向きに変更、鶏には打ち出しの力加減も指定するという力のいれっぷりだ。 「二人が表に出てくるなんて珍しいねぇ。あ、びゃっくん預かっててくれる?」 「喜んで、レディ。ホールは若い子の方がお客様も喜ぶからね。たまにはボクらも表に出ないとカビ生えそうだし」 バードカフェ『クリスタル・パレス』の常連エレナがこの二人を知ったのはかなり通ってからだ。というのも、この二人は基本ホールに出てこない。厨房と倉庫、備品の受発注が仕事という、完全裏方だ。知っている人はかなりの通か常連、もしくはとんでもない幸運に恵まれているかだ。 エレナから預かったウサギのぬいぐるみも大切なお客さまだから失礼な事はできないなと呟いた鶏はしばし考えた末に、赤ん坊を背負うようにびゃっくんを背中に背負った。マッチョメンがウサギのぬいぐるみを背負う姿はちょっとした視覚暴力だが、鶏とエレナは気が付いていない様だ。 どっぱん、いやっほぉぉぉぉおおう!ざっぷんと絶え間なく続く音の中にエレナも混ざっていった。自分の飛距離を確認し、計算通りの距離が出せた事に満足すると近くの浮き板に乗る。ぎらぎらと照る太陽のまぶしさに眉を顰め、手で視界に影をつくっていると、ぐらりと浮き板が大きく揺れエレナの周りに大きな影が現れた。雲一つない快晴の空の下、エレナの頭上に突如として出来た影を見上げると、大きな黒竜が羽を広げていた。 「眩しそうだったから影にしたんだが、余計だったか?」 「ううん、ありがとう! くらちゃん今日は竜の姿なのね、大砲で遊ばないの?」 「やー、たまにゃア翼も尻尾も伸ばさねェと思ってなア。今日はのんびりしてるつもりだぜェ」 エレナと話してる間も清闇は長い尻尾を動かし、ぶっ飛び過ぎてエッライ飛んできた人を受け止めては、ペンギンに託している。大きな体がゆらり、と動く度に小さな波が起き、それを楽しんでいる人達もいるようだ。遠い砂浜から見る限り黒竜は海水浴を楽しんでいるというよりは入浴している、という風にも見えるが。 イケメン侍こと雪峰時光は悩んでいた。つい先日、ヴォロスで取ってきた無減の虹氷が景品になっていると聞き参加しに来たのだが、無溶の氷像も景品になっているせいでいまいち踏ん切りが付かないのだ。 「一等賞の景品は欲しいでござるが、まかり間違って特別賞など取ってしまったら……ん?」 考え込んで歩いていた時光が足の裏にむにゅうと柔らかい物を感じ、慌てて足を上げると身体半分が砂に埋まったセクタンがじたばたしていた。 「おお! すまぬすまぬ! ご無事か。む?」 大丈夫、と返答するようにセクタンは持っていた枝を降る。砂浜には彼が書いたのだろう紋様が連なり、彼が書きながら後ろに進んでいたんだろう跡が残っている。その最終地点で時光が踏んでしまった時なのだが、ちょうどセクタンと同じ大きさの穴がぽっかりと空いていた。どうやら彼はこの穴に填っていたらしい。幸い怪我もなく、セクタンは助けてくれた時光にぺこりと頭を下げると砂浜に枝を走らせる。 「落とし穴、でござろうか。小さい故ちょっと引っかかる程度のものが、彼には驚異となったのでござるな」 うんうん、と一人納得した時光は鶏に穴の事を伝えると、大砲へ身体を滑らせるが、いややはり、と何やら悩んでいる様子だったので鶏は気を利かせて一回り後に時光を飛ばす様に配慮した。 「人は何故飛びたいのか? それはこの空がどっこまでも広いからさ!」 カッコイイセリフとポーズをビシィっと決めたアストゥルーゾは大砲の中に入ると得意の変身能力で弾へと姿を変えた。 「変身しちゃだめーってルールは聞いてないもん」 飛距離に関わる様な物は厳禁だが、変身能力であり弾になったから飛距離が伸びるのかと問われると、なんとも難しいものでありセウトいや、アウフ? 限りなく黒に近いグレーの所を付いてきたアストゥルーゾの勝ちかと思われたが、大砲から飛び出したアストゥルーゾは瞬く間に遠い空へ、キランと光るダイヤの様な形を残して消えた。 「無茶苦茶ロックですよ! 楽しそうですよ! 景品より飛ぶ事にロマンがあるんだ…ほらほら、モーリンも一緒に飛ぶです!」 学校指定の水着に水泳キャップ姿のあかりがきっちりとキャップに髪を入れている傍では、壱番世界の住人だろう人が消えた彼を指差し「あれ航空法だかにひっかからねぇのか!? 人間大砲コンテストで壱番世界がピンチ!?」と騒いでいるが、まあ、大丈夫だろう。 「ゼロも飛ぶです」 「いっすねいっすね! どっかんと飛びましょう! あ、セクタンも一緒なら、お揃いっすね!」 いやいやするモーリンを胸元で持つあかりがそう言うが、ゼロは首を傾げる。 「ゼロにはセクタン、いないですよ?」 「あれ? じゃぁ……」 ゼロが乗り込もうとしている大砲に一匹のセクタンが大砲の中に乗り込もうと必死によじ登っていた。二人がまじまじとその行動を見ていると、落ちそうになりながらも砲身へと到達したセクタンは満足そうに額の汗を拭う仕草をし、さぁ、飛ばせ!と言わんばかりに腰に手をやる。 流石にセクタンだけを飛ばすのは危険と判断した鶏がセクタンを回収し、相棒を捜す事で落ち着いた。 「あれ、わたし格好良いかも!? ウヒョー!」 本日一番楽しそうなかけ声をあげたあかりがざぷんと着水すると、ほぼ同じ場所にゼロも着水した。背格好が似ていた二人は飛距離も丁度同じだったようだ。楽しそうなあかりと対照的にゼロは無表情ながらも、がっかりした様子だ。いままで沢山の人を飛ばしたゼロは自分も同じように遠く飛び、あの減らないかき氷が手に入ると思っていたのだ。大きなゼロがゼロを飛ばす事はできない。当然、飛距離は普通だ。 「ゼロにはこれは、予想できませんでした」 「大丈夫ですよ! 年少の部がありますから!」 コンテストにはなかった分類が新しく産まれた瞬間である。そして…… 「しかし、間違っても無溶の氷像は手に入れたくないでござるな…。あれは触れた人物そっくりの像に変化し、気付いたらポーズが変わっている等という怪談紛いの代物でござる。見る度に背筋がぞっとする代物が自分の部屋に置かれるなど…考えたくないでござる。やはり参加を止めて…いやいや、だがむげn」 一回りしても悩み事をぶつぶつと言い続けていた時光も綺麗に吹っ飛ばされていった。 順番待ちの列の間をふっと強い風が通り抜けていく。心地よいと言うよりは少々強すぎた風が吹いてきた方向にはピコピコハンマーを砂浜に打ち付けた男がいた。 彼の名は…神。 「本気で飛びたいなら神パワー。永久にクリーチャー化するのと肉体の呪縛から解放されるのとどっちがいい?」 老若男女から容姿声色までなんでも変更可能な彼の本日の衣装は三揃えの黒スーツに白いラインの入ったシルクハットという、見てるとちょっと暑苦しい姿だ。数人がおや?と首を傾げたが、神はさぁさぁと手を叩いて大砲へと人を促す。その威力に誰もが二の足を踏んでいる間、一匹のセクタンが大砲の中へと潜り込んだのに気が付いた者はいたのだろうか。 「おうおう! 前のやつァとっとと乗らねぇか! 俺ァ無溶の氷像狙ってんだ、誰も行かねぇなら俺がァ行くぜ!」 ぐいぐいと人を押しのけ文句はねぇよな、とサングラスの隙間から睨みを効かせる間下譲二だが、何故か水着姿ではなく、大きめの上着を着ていた。着衣にはコレといってルールもないが、どうみても怪しさ満点の彼を止める人はいない。というよりも、譲二が無溶の氷像を欲しがっている事に驚いており文句を言うどころではないのも、ある。 誰もが可笑しいと思った通り、譲二はぶかぶかの洋服の下に折り畳みのハングライダーを背負っている。勿論、これはルール違反であり、譲二も知っているが、飛んでしまえば良いのだ。飛んだんだから景品を寄越せとか、飛ぶ前に止めなかったから良いに決まってんだろとか適当にいちゃもんをつけて無溶の氷像を奪い取ればいい。 神がハンマーを振りかぶるとフッ、と風が吹いた。あの、砂浜にべっこりと穴を開けた、当たったら死にそうなスイングで大砲を撃って大丈夫なのかと皆が見守る中、神はハンマーを当てず風圧のみで大砲を撃った。 ボン、ボンと音がして譲二の乗る大砲の両隣から人が発射された。 「あ、これ風の精にやらせてるのね!」 と、ふざけて言う神だが、彼は風圧のみで同時に三つの大砲を撃ったことになる。なるのだが、何故か撃った筈の譲二だけが取り残されている。これには神も不思議らしく、おやぁ?と首を傾げていた。 「ぐぅえぇぇ、ちょ、ちょっなんで飛ばない、、まったまった、引っかかって」 これも因果応報と言うのだろうか。発射する筈だった譲二は背負っていたハンググライダーが引っかかり、首が絞められた状態で大砲の中に残されたのだ。 「ははっ! これはこう言うべきかな。 どこまでも楽しいひとたちだ! って」 まったまった、と言う譲二の言葉は神には届かない。周りのギャラリーにも譲二の声はフリにしか聞こえない。絶叫系アトラクションの安全バーが降りた状態では、誰も降りられない! 「神のちから、とくと目に焼きつけておけ! これが神の火だよ!」 どっかん、という音とともに譲二は空へと飛んだ。ぶかぶかの洋服はびりびりに破れて海へと落ち、ハンググライダーは開かずに海へ落ち、最後には可愛らしいセクタンプリントパンツ一枚の譲二が身動きもせず真っ直ぐに海へと落ちてった。落ちた瞬間のびったん、という音に身を竦めた人は後に腹から落ちた音だ、と語る。 ぷかぷかと浮かぶ譲二が彼の相棒、諭吉のサーフボードとなっているのを尻目にやりたい放題な神を見かねた人が「だれかーー! ちぇーんそーーもってきてーー」と叫ぶと、神は瞬く間に大砲に入り、空へ飛び、きらきらと輝くトレーディングカードとなって消えていった。 注意:ロストナンバーは特別な訓練を受けています。決してマネをしないでください。 大砲に乗り込んで飛ばされる、そう聞いたときにフェリシアは昔テレビで見たマジックショーを思い出した。だからだろう。彼女は今、キラッキラのラメで輝くレオタード衣装でここにいる。周囲から浮いている感じがして若干怯んでいたのだが、譲二と神のやり取りを見て彼女は 「なんだ、間違っていなかったのね」 と安堵してしまう。勘違いしたまま、彼女は砲身に手を置きポーズを決め、流れるように手を動かし観衆の目を自分へと向ける。マジックショーそのままに静と動を繰り返し、ポーズを何度かキメて大砲の中へ入る。 「すたーふぁぃぃぃぃいいやっほぉぉー!」 開放感と気持ちよさでキメセリフを忘れ、フェリシアは空中で身体を捻るとくるくるとムーンサルトをしながら海へと飛び込んだ。 さくり、と砂浜に一歩踏み込んだ音がして、誰かが振り返るとそのまま動かなくなった。何かあったのか、と連れや近くにいた人が視線の先を見れば、その人もまた、動きを止める。性別など関係ない。さくりさくりと砂を踏みしめ楽しそうに歩く四人の姿に誰もが目を奪われる。 お目当ての景品を見つけ、理比古が足を止めると 「やってみたらどうだ?」 後ろを振り返り智久がサングラスを光らせてそう言うが、五右衛門と虚空はいやいや、と手を左右に振る。メガネのクール系、体躯の良いワイルド系と、逞しくも人当たりの良いワンコ系、そして年齢を聞けば驚きすぎて目が落ちそうになる美麗の好青年。人目を惹く四人組は自分たちがどれほど目立っているのか気が付いているのか、気にしていないのか。わいわいと話す男達は一瞬にして女性向け恋愛ゲームの砂浜イベントを発生させたのだが、現実離れしすぎていて誰も近寄れないのも、また事実だ。 「や、オレ様ウエイトがあるから大して飛ばねぇと思うぜ?! そういうのは虚空が得意だから大砲叩くのを手伝ってやるよ」 「そうだな、俺も身体が丈夫な方じゃないし、叩くのだけなら手伝えるしな」 虚空はお前らも別に飛べるだろうと突っ込もうとしたのだが 「うん、虚空だったら絶対にいい仕事してくれるよね。虹色の氷が欲しいから、虚空、飛んできて?」 と、理比古が首を傾げて言った。主に、最愛の家族に可愛らしくお願いされて断れる男がいるだろうか。いや、いない。 しかも誰が叩くか、ではなく何度でも飛んで良いんだし、といつの間にか全員が虚空を飛ばす事になっている。 「……うん、お前らってそういうやつらだよな……」 釈然としない気持ちのまま虚空は大砲に乗り込み、智久に飛ばされ、戻っては理比古に飛ばされ、最後には五右衛門が龍神の力まで使って吹っ飛ばした。 空には大きく、アルカイックスマイルを浮かべた虚空の姿がうっすらと見えた。気がした。空に笑顔でキメッ☆ 削っても削っても減らない虹色の氷は、誰の目にも魅力的だったのだろうか。 「無減氷があれば、シロップだけで一年中を満腹で暮らせ、溶かせば水道代もタダ。すばらしい。頑張れ俺。目指せ大海の向こう側」 と意気込んでいるのは木乃咲進 「無減の虹氷!? 削っても減らない氷!? 狙うしかねーだろ! これで夏の間はパラダイスだ! 冬だって雪まつり的な彫像を作って遊べるかもしれねーぜ!!」 自作の蝋で固めたイカロス羽を持参したツヴァイ 「待ってろ一等賞!」 かき氷に目が釘付けで涎が止らないアルウィンは小さい方が飛びそうだと仔狼に変身し、興奮冷めやらぬ様子で咆哮を轟かせた。全然違うところでもこの咆哮の効果は出ており、水の掛け合いで小さな津波が発生していたが、直ぐに収まったのでノーカウントとする。 ツヴァイの力作イカロス羽も大きすぎて砲身に入らず、残念ながら使えなかったが、彼は変わらず目標は一千メートルだな!!と言っていた。 どん、どどんどんと連続で彼らは飛んでいく。 「うおおお! ぶっ飛べ俺のソウル&ボディィィィ、俺に永遠の満腹をぉぉぉぉぉぉ!」 切実な叫びと共にブイを越え、着水する。 と、間を開けずに大きな水飛沫を上げて一人が砂浜に真っすぐ戻って来た。小柄な人影、いや、仔狼影からアルウィンだとわかるのだが、彼女は尻尾をぶんぶんと振り水を辺りにまき散らしながら 「綺麗な川とお花畑見えた! 何で!? 面白いから皆もやれ!」 不吉な言葉と身体全体で楽しかったと伝える、なんともちぐはぐな姿にきゅんきゅんした人が多かった。 景品を手に入れた後も大砲に潜り空を飛ぶ。昼過ぎくらいだっただろうか、景品はいらないけど飛びたいという人も集まりだし、飛んだり叩いたりと皆で楽しみ始めた。 屋台に行ってから来た人が、食べ物を片手に歩いていると、見たことのない食べ物に興味津々な人がいる。 うっかり爪楊枝や割り箸まで食べようとされ、慌てる人もいる。 飛んでくる人や遊んでいる人、撮影をお願いした人の写真が、その場で印刷されている。自分が映っているのも、思い人が映っているのも、面白いからでも、構わない。皆が欲しい写真を思い出の形として、手に入れる。 写真で解ったことが一つ。某人物のパンツがセクタンプリントのパンツだと思われたのだが、プリントではなく、本物のセクタンがくっついていたのだ。そのセクタンは誰の相棒で、今どこにいるのかは、誰も解らない。 ついでにもう一つ。 氷像が手に入らなかった某人物は、うっかり氷像を手に入れてしまった某侍から、無溶の氷像を譲り受けていた。彼が触れた瞬間、ただの塊であった物は、彼自身の姿を模った無溶の氷像となる。 その時の彼の叫びは、誰もが耳を塞いだ。 彼は、無溶の氷像が美女の氷像だと思っていたらしい。自分自身の氷像なんているかぁぁ!ぶっ壊す!とハンマーを持つと、氷像の姿は命乞いをするポーズになっていた。 勘違いに同情はしていたが、砂浜には盛大な笑い声が響いた。 飛ぶ人や砂浜でのんびり過ごす人を眺めながら、海上でまったりと休む人もいれば、水を掛け合ってきゃっきゃと遊ぶ人、ビーチバレーを楽しむ人 盆踊りを楽しんだのか、それとも楽しむのか。浴衣姿の人達が集まりだし、景品の法被や浴衣に袖を通し出す。あちこちでは盆踊りの練習や、小さな花火の灯りが瞬いている。 これは、最後の夏の思い出。 楽しかった記憶を思い出しながらの事なので、きっと時間はバラバラ。 だけどそれも、よい思い出。
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