「あたし、有休を取らせていただきたいんですけど……」『導きの書』をぱたんと閉じ、無名の司書はおずおずと、リベル・セヴァンに訴えた。 しかしリベルは、静謐なまなざしを向けたまま、淡々と司書の現状を指摘する。「貴方はまだご自分の仕事を完遂していません。『巡節祭』の視察調査依頼を出し、参加者を募ってください」「だってだって、依頼は、他の司書さんたちがたくさん出してるじゃないですか。あたしひとり抜けたってどうってことないじゃないですかぁ」 胸の前で手を組み合わせ、無名の司書はうるうると目幅泣きをしてみせる。「お願いですよぅ〜。リベルせんぱーい。あたしも巡節祭に行きたいですぅ〜。こっそり混ざりたいです〜」「……言いたいことは、それだけですか?」 知的な青い瞳に、インヤンガイの暴霊もかくやとばかりの殺気が、ほんの一瞬、よぎる。 ——無名の司書は、泣く泣く有給休暇をあきらめた。「……ぐすっ。ひくっ。そんなわけで、世界図書館のタテマエ的には、『巡節祭』の時期はインヤンガイの土地が持つ霊的なパワーが高まりを見せるので様子を見てきてね、ってことなんですけど、ぶっちゃけ、あんまり危険とかないはずなんで、みなさんで楽しくお祭りを満喫してきてください……。ううっ……。ご参加のかたには【いい旅インヤンガイ編 〜グルメと観光のモデルプラン100選〜】を贈呈しますね。お土産話とかお土産とかお土産とかお土産とかよろし……むごーっ、ふごー?」 司書があまりにも未練たらしいので、リベルは彼女のマチコ巻きショールを目にも留まらぬ早業で巻き直し、さるぐつわ状態にして口を塞いだ。そして、何事もなかったかのように後を引き継ぐ。「調査いただきたいのは、アーグウル街区です。現地では、探偵が案内をつとめることになります。この街区に於ける『巡節祭』の特徴は、『占餃子』と呼ばれる個性的な点心の屋台が豊富なことと、爆竹の他に、非常に華やかな烟火(イエンフーオ)が盛大に打ち上げられることです。烟火とは、壱番世界で言うところの」「花火! 花火大会のことだよね。楽しみー!」「——え?」「私、参加しまーす」 いきなり、聞き覚えのある——ありすぎる、屈託のない少女の声を耳にして、さしものリベルも言葉に詰まる。 世界図書館館長代理、アリッサ・ベイフルックが、とび色の瞳を輝かせ、元気よく片手を挙げていたのだ。 冒険旅行に向かういでたちを、整えて。「アリッサお嬢様は、どうしても皆と一緒に巡節祭に行くのだと言っている。それで、頼みがあるのだが」 溜息をつき、執事ウィリアムは、参加を申し出たロストナンバーたちを見る。「知ってのとおり、インヤンガイはあまり治安が良くない。巡節祭の高揚にまぎれ、不届きな行為に及ぶものもいよう。強盗程度であれば、お嬢様は『パラドクスパラレル』で返り討ちにできるとは思うが」 やるなあアリッサ。それ、ちょっと見たいかも。などと呟きあう旅人たちに、執事は彼なりの心配から、独自の依頼をした。「もし、都合が合えばで構わない。現地では出来るだけ、アリッサお嬢様と行動をともにしてはもらえないだろうか? ……何しろ、好奇心の固まりのようなかたなので、目を離すとどこに行ってしまうやら——」 + + + 探偵は、カイ・フェイと名乗った。 まだ壮年には達していないであろう年齢だが、老成した雰囲気の男である。端正といってもいい顔立ちなのに、左頬から顎にかけて、焼きごてで刻印されたような逆十字型の傷痕が目立つ。髪も目も濃い灰色で、雷雨の前の曇り空を思わせた。「いやあ。猟奇事件以外の仕事は久しぶりだ。地元の祭りの案内なんて、うれしいねぇ」 夜の闇を疾走する殺人鬼も、凄惨な血の海でのたうつ美女も登場しない案件は、探偵をひととき、ただの地元の男に戻す。濃灰の髪を掻きあげ、カイは旅人たちに、驚くほど人懐こい笑みを見せた。 彼は、この街区で生まれ育ったのだと言う。幼いころから、迷路のような路地を遊び場にしていたので、どんな裏道も熟知しており、街の事情にも詳しいらしい。「さあ、何から見物したい? アーグウル街区名物の占餃子か? あれはだな、点心の中に『何か』が入ってるから、それでこの1年の運勢を占うって代物だ。たとえばコインが入ってたら金運良好、指輪だったら恋愛運順調とかな。試してみるのも一興だぞ」 それから、と、カイは話しながら歩き出す。 すでに身を隠した太陽の代わりに、提灯と灯籠が、街を紅いひかりで染め始めている。 そこここで、人々の歓声に混ざり、爆竹の音が上がっていた。「烟火は、地元のやつじゃなくても打ち上げに参加することができる。いろんな大きさや種類があるから、好きなのを選ぶといい。ただし、玉がデカいほど打ち上げ失敗の確率が高いから気をつけてな」 首尾良く打ち上げに成功したなら、炎の華は、天におわす玉皇大帝の目をも楽しませるので、褒美として、その夜は想う相手と親しく過ごす夢を見ることができる——そんな言い伝えもこの街区にはあるのだと、カイは面映ゆそうに笑う。「おっと、そうだった。色恋沙汰が盛り上がるのも祭りならではだ。あんたたち人目を惹くから、いろいろ誘ってくるやつも多いだろう。ま、ついていくなり断るなり、好きにすりゃいい。俺は関知しねぇよ」
ACT.1■あなたの今年の運勢は? 独特のかたちをした獅子舞が、細い街路をぬって練り歩いている。商店の軒先に吊された祝儀袋を器用にくわえるたびに、人々はどっと湧いた。 ゆったりと、紅い夜である。 おそろいの紅い提灯が一本の河のように街を飾り、i立て続けに打ち上げられる爆竹もまた、空を紅く染めている。もうもうと立ちこめる爆竹の名残のけむりさえ、紅い霧のように街を幻想的に包み込み、日々の切なさや無常を覆い隠す。 見知らぬもの同士が大声で交わしあう新春の挨拶は、犯罪などの犠牲にならずに生きて年を越せたことをお互いに言祝ぐ、この街区特有のものだ。 ——新年おめでとう。去年は殺されずにすんで良かったな。 ——おめでとう。今年も殺されませんように。 「……大丈夫かな。大丈夫だよね。防備は完璧のはずだし。……うん」 佐川疾風にとっては、これが初めてのインヤンガイ旅行である。猟奇陰惨流血冷酷無惨殺伐異常倒錯な事件に事欠かない世界であることと、守るべきアリッサも同行するとあって、ものっそ重装備な大荷物と化したナップサックを背負っていた。 整った顔立ちの、一見したところクールかつシャープな青年が、そおっとためらいがちに石橋を叩きまくって渡りかねている図に、カイが苦笑する。 「そんなに構えなくても平気だぞ? いったい何を持ってきたんだ?」 「……はい。毛布と、寝袋と、非常食と、懐中電灯と、防犯ベルと、司書さんからもらった【いい旅インヤンガイ編(略)】と……」 加えて内気で恥ずかしがり屋のセクタン『名前はまだない』ちゃんbyドングリフォームと、トラベルギアの美少女戦隊アニメ風マジカルステッキもナップサック内に隠れている。セクタンはともかく、プリティでリリカルなトラベルギアは、真面目な現国教師としてというか成人男子として、人前に出すには大いなる勇気がいるのだ。 「オーギュストさんー。さっき通った路地にね、花茶専門のお店があったの。ジャスミンの他にも、バラやハマナス、蘭や梅を使った茶葉がたくさん売られてたわ」 アリッサはといえば、祭りの賑やかさに目を見張りながらも、もうすっかりリラックスしていた。アリッサのエスコート役をかって出たオーギュスト・狼とともに、心惹かれる店舗を見つけては珍しそうに眺め、店主に話しかけたりしては楽しんでいる。 「いいね。丁度ぼくも、香りや見目の面白い、変わり茶があれば買い求めたいと思っていたところだ。では、そのお店を覗いてみようか。お手をどうぞ、お嬢さん」 「ありがとう、オーギュストさん」 「オーギュでいいよ」 金髪の探偵は、貴公子のごとく優雅に微笑んで左腕を差し出す。今日は動きやすいよう、街の青年然とした服を着ているのだが、紳士的なふるまいはさすがである。アリッサは屈託なく笑い、腕を組んだ。 オーギュストとアリッサが連れだって歩くさまは、旅行中の若いカップルが散策しているようにも見える。しかし、お祭りデート中のカップルにしては、ふたりともやたら活動的だった。ここかと思えばまたあちら。動きが読めない。 「……待って」 ふたりに置いていかれまいと、疾風は足早になる。 「わあ、綺麗!」 美しい花茶が並んでいるさまに、アリッサは歓声を上げる。ガラスの茶器に淹れられたばかりのお茶が、見本として店頭に置かれているのだ。アリッサの目を惹いたのは、千日紅とジャスミンのアーチに金木犀が星のように散っていて、とても凝ったつくりのお茶である。 上客と見た店主が声を掛ける。 「ようこそ、おふたりさん。これは『星花夢(シンファモン)』。うちの店のオリジナルさね。いい茶葉を使ってるから、見栄えがきれいなだけじゃなくて飲んでもちゃんと美味しいよ」 「いい香り。琥珀の海に、小さな花束が沈んでいるみたい」 「いくつか、おそろいで買おうか? ターミナルに帰ったあともお茶の時間になるたびに、今日のことを思い出せる」 「すてき。そうしましょう」 オーギュストの提案にアリッサはにっこりし、手を打ち合わせた。 「おーい、王狼。どこだー? 俺をほっぽってどこほっつき歩いてんだー」 櫻理花・エリス・グラーティアは、先ほどから何度も従僕の名を呼んでいた。世界図書館では一緒だったし、ロストレイルにも同乗したはず——というか、渋る彼を強引に付き添わせたというのがこの場合正しい。祭りの人混みのどこかにいるはずなのだが、どうやらはぐれてしまったらしい。 櫻理花とすれ違うたびに、人々は、彼の美貌に目を奪われて振りかえる。一部の男たちの中には、ひゅうと口笛を吹くものさえいた。 花茶屋の店主もまた、これはこれはと呟いて、呼び止める。 「おやおや、どうしたね? 花の精みたいなお兄さん。いいひとに置いてかれてしまったのかい? あんたをほったらかしなんて罰当たりなことだね」 「いいひととかじゃなくって従僕なんだけどさー。俺をひとりにするなんてとんでもねーよ。ちくしょー、見つけたら蹴り飛ばしてやる」 「まあまあ。ほら、これを飲んでおいき。あんたに似合いの花茶だよ」 店主は、丸く造型された茶葉をガラスの茶器に落とし、お湯を注ぐ。 ゆっくりと茶葉が開き、白い山茶花がほころんだ。色鮮やかな紅梅の花びらが一枚、その周りを蝶のようにひらひらと舞っている。 「へえー。面白いなぁ」 「『恋花蝶(リーエンファディエ)』。梅の花びらを蝶に見立てているのさ」 「蝶が花に恋してるってことかー?」 「さぁてねぇ。花が蝶に焦がれているのかも知れない。お兄さんたちと同じさね。どちらが花で、どちらが蝶やら。どちらがどちらを追いかけているのやら」 櫻理花は恋花蝶を見つめて少し笑い、花茶を一気に飲み干した。礼を言って店主に器を返し、他の花茶についてもあれこれ質問をする。どうやら、ひとりで祭りを楽しもうという心づもりになったらしい。 ふっと、香ばしい匂いが流れてきた。 軒を連ねる点心の屋台からである。色とりどりの蒸籠が積み上げられており、ほっこり立ちのぼる湯気が食欲をそそる。 「おー、なんだなんだ、そこにいるの、ウィリーだよなー? あんたいつ、ここの店主になったんだ? 全然違和感がないぞー?」 どの屋台も客でごった返している。中でも、ことに大にぎわいの屋台に、見覚えのあるマジカルコックの姿を見つけ、櫻理花は目を丸くした。 「それがのう。ここの店主が、忙しすぎて腕を痛めたらしいんじゃ。放っておけませんでのう」 ウィリー・バケットは、まるで、わし、何年も前からインヤンガイでコックしてたんじゃよ的な溶けこみっぷりで、てきぱきと見事な料理の腕を振るっていた。その横で本来の店主らしき男が、伏し拝むように頭を下げている。 「すまないねぇ。助かるよ……。しかし、おれが料理してるときより客の評判がいいな……」 「美味い。あんた天才だ、ウィリー」 雪深終は屋台に陣取り、黙々とひたすらに、ウィリー特製の点心を食べて食べて食べまくっていた。お酒もちょっぴり飲んでいる。 (祭りは、好きだ) 喧騒に身を任せられるこの状態が、終は気に入っていた。先ほどから何人も、見知らぬ相手と挨拶を交わしている。彼らがどこの誰であるのか、気にはしないし気にもならない。旅は非日常のものだが、祭りもまた日常を逸脱した空間だ。自分が風景の一部となる感覚は悪くない。 多分、この時期は霊も居心地が良いのではないかと、終は思う。ならば、半ば霊みたいな俺も同様か——とも。 ウィリーの料理には魔法的効果が発現するので、終は先ほどから、ネコ耳や尻尾を生やしたり、背に翼が出てきたり、爪が長く伸びたり、ものすごい美少女になったりしては、効果が切れる度に戻っている。終は、自分のそんな変化についても「あれ?」と気づきはするのだが、まあ、それでも点心は美味いよねと、あまり大問題とは捉えていないようだ。 ウィリーの屋台から少し離れたところに、「元祖! 占餃子(ヂャンジャオズー)」と、派手な書体で書かれた幟がはためいている一角があった。その隣には「本家! 占餃子」の看板が掲げられた別の店があり、その隣には「真元祖!! 占餃子」「真々本家!!! 占餃子」とあって、何が元祖でどれが本家なのか見当もつかない。 しかしカイは、地元民の確かな足どりで「元祖!(以下略)」の店の前に立ち止まり、一同を手招きする。 「おーい、みんな、ここだぞ。おれが一押しの占餃子の店は。占い結果もさることながら、中に入っている宝玉や指輪がなかなか上物で良心的なんだ」 「……そうなんですか。あの……もし、指輪が入ってたら、司書さん……いえその、ある女性へのお土産にしたいんですけど、そういうことってできますか……?」 おずおずと聞いた疾風に、店主は大きく頷いて請け負う。 「もちろんだとも、兄ちゃん。入ってるものはあんたが引き当てた運勢だ。どうしようと勝手さね。あんたみたいないい男に指輪なんざもらったら、その彼女はイチコロだろうよ」 「………………彼女、とか、では、まっっったく、なくて、その」 「ほら。ひとつ選んでみな」 説明に困る疾風の前に、占餃子が入った蒸籠が差し出される。 並んでいる点心は、他の屋台とさほど変わりがない。野菜で作った蒸餃子の菜肉蒸餃(ツァイロウゼンジャオ)や、壱番世界のものに似た小籠包(シャオロンバオ)や桃包(タオバオ)、又焼包、豆沙包、春巻、麻球などなど。どれも普通に食べてもおいしそうである。 「じゃあ、桃包を……」 桃包——桃饅頭を、疾風は選び取った。 ふかふかの饅頭をふたつに割ると、果たして。 「あ、指輪……」 緑玉石の指輪が、中から転がりでた。 意味するものは、恋愛運順調——で間違いないはずなのだが……。 その指輪には、細長く折りたたまれた紙切れが結ばれていたのである。 ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ 今年は愛情運が絶好調。素敵な出会いがいっぱい♪ カーテンやベッドカバーをパステル調に統一するともっとハッピーに。 お部屋の西側にはぬいぐるみを置いて、ドアにはキャラクターグッズを飾ってね。 過去の彼との思い出の品は早急に処分するのが吉よ♪ ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ これをどう解釈するべきか考えあぐね、疾風は腕を組んで目を閉じ、冷や汗を流す。 実は、イタズラ好きなアリッサが店の裏手から回り込み、そっと細工を施していたのだが、もちろん気づいていない。 次なる挑戦者は、終だった。 彼は小籠包を選び、はふはふ美味しくいただき——中に入っていた青玉石は、呑み込まずに済んだ。 ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ とくに隠しごとがなくても、秘密めいたミステリアスな雰囲気を漂わせてみて。 「何を考えているか分からない」と思わせればオッケー。 きっと彼はあなたに興味を持ち始めるわ。 会話をしているときは口数を少なくして、深い憂いをたたえた瞳で彼を見つめて。 服装やメイクは、大人のセクシーさを醸し出してみてね。 ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ 意味不明の占い結果に終も困惑気味だったが、店主から、 「……はて? 何だろうねぇその紙切れは。ともかく、青玉石はとても縁起がいいんだよ。今年一年、無事に生き延びられることを保証されたようなもんさね」 と言われ、何となく納得した。 「俺もやってみようかな」 櫻理花は麻球を、ひょいとつまみ上げる。 中には、黄玉石が入っていた。 ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ あなたにとって、彼はとても大きな存在なのね。 出会ってから、世界が変わったくらいに。 とても依存してて、ほんの少しでも彼の姿が見えないと不機嫌になっちゃうのに、 ついつい振り回してしまいがちなあなた。 お互いのプライドが邪魔をして、ふたりの間の壁になっているかも。 新しい展開を望むのなら、あなたの素直な気持ちを伝えてみては? ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ 「あはは。当たっているんだかいないんだかー」 それでも、光に翳すと金色に輝くこの玉石は、どこか従僕の瞳を思わせる。 櫻理花は微笑んで、しまい込んだ。 この玉石を従僕に渡して喜ばせるようなことは、まずしないだろうなと思いながら。 「ウィリーも、一休みしてやってみなよ」 終が、料理と接客に追われているウィリーを引っ張ってくる。 「いやいや。占いは若者が楽しめば良いじゃろう。じぃのことは気にせんでいいですぞ」 ウィリーはひたすら固辞したが、それでもと勧められ、春巻を手に取った。 中に入っていたのは、紫玉石である。 ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ あなたはとっても魅力的なひとよ。恋愛戦闘力120%! この世を渡っていくうえで、何よりも強力な武器を持ち合わせているあなた。 知力やコミュニケーション力、その場の雰囲気を読み取る機微、 そして、底力である小悪魔的魅力がふんだんにあふれているわ。 あなたを争って、男性たちが決闘しちゃうのも珍しいことじゃないかもね。 たぐいまれなその武器を手に、世間の荒波を乗り越えていきましょう! ○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○●○○ 「……わしには関係ないことだと思うがのう……」 ウィリーは思いっきり否定するが、しかしすぐに、この占いはさほど外れてもいないことが判明する。 ……なんとなれば。 そこらじゅうの屋台の店主が駆け寄ってきて、ウィリーを取り囲み、熱心に口説き始めたからだ。 「よお、旅のコックのじぃさん。今度は俺の店を手伝ってくれねぇか?」 「いやいや。今度はウチだ。なあ、じいさん」 「黙れ! ウィリーさんはおれのもんだ。お前らには渡さん!」 「なんだとぉ。独り占めする気か。ふてぇ野郎だ」 「てめぇ、やる気か!?」 「望むところよ。こうなったら力ずくでも」 「これこれ。皆さん、わしのために争わんでくだされ……」 という一幕が展開されたからである。 なお、一連のカオス占いがアリッサの仕業だと察したオーギュストは、気づかれないようにイタズラを回避し、普通に又焼包を選び、普通に紅玉石を手に入れ、普通に店主から、 「おや。冒険に次ぐ冒険の日々が来るという卦が出てるね」 と言われ、 「ふふ。空白の未来こそが未来じゃないかな。ぼくはそう思うけどね?」 そんなふうに、煙に巻いたのだった。 ACT.2■封鎖街区 渾身のイタズラがなかなかの成果を収め、満足したアリッサがそろそろ一同に合流して種明かしをしようと思った——そのときである。 「あれ、可愛い子がいる。アーグウルじゃ見かけない顔だな。余所から来たのか?」 店の裏手から声を掛けてきた青年がいた。 アリッサよりは、ふたつみっつ年上だろうか。あちこち跳ねた癖の強い髪を紐でひとくくりにし、インヤンガイ独特の固いラインの服をわざと着崩した、いかにも地元の若者という風情である。おそらくはカイ同様にこのアーグウル街区で生まれ育ったのだろう。 特に警戒心は持たず、アリッサは愛想良く応じる。 「そうよ。ここの花火大会、とても大がかりで楽しいんですって?」 「やっぱり観光客か。烟火がお目当てなんだな。けど、打ち上げ開始はもっと真夜中になってからだぜ。それまで時間つぶししないとな。夜光龍(イェグァンロン)は、もう見物したか?」 「夜光龍……!? 知らないわ。なぁにそれ、龍が光るの?」 「ああ、日が暮れてから行われてる龍舞のことだ。夜光塗料を塗った作りものの龍が生きてるみたいに闇に舞って、なかなか幻想的だぜ。夜光龍にもいろんな種類があるが、この街区のは紅く光る塗料を使ってる。焔龍(イェンロン)っていうんだ」 「焔龍。面白そうね。見てみたい」 「おっ、ノリがいい子は好きだぜ。よっしゃ、俺が特等席に連れて行ってやる」 ダメもとでちょっかいを出してみた青年は、思いがけぬ食いつきの良さに、ナンパ成功の予感を感じたか声が上ずっている。 「さ、こっちだよ」 しかしアリッサは、首をすぐに縦には振らなかった。 「待って。みんなにも教えてあげなくちゃ。一緒に行きたいの」 「なんだ、連れがいやがったのか。……いやその、そうだ、こうしよう。一足先に、あんたは特等席の場所を確かめる。そのあとで、連れを迎えにいきゃあいい。どうだ?」 「うんー。そうね。そのほうがみんな驚いて、喜んでくれるかな?」 「よし、決まった」 ためらうアリッサの手を引いて、青年は歩き出す。祭りの、闇へ。 + + + 「アリッサが、いない」 最初に気づいたのは、オーギュストだった。 「そういえば、他の店にいる様子もないなー」 櫻理花が、辺りを見回す。 「……どうしよう。見失ってしまった。ウィリアムさんに頼まれたのに……」 疾風がおろおろと店の周りを歩いては、壺や蒸籠の中を覗きはじめた。少女ひとりが隠れられるようなスペースは、そこにはないのであるが。 「でも、アリッサだって子供って年じゃないんだし。好きにさせてやればいいんじゃないかな。危険がなければ、だけど」 「そうじゃのう。あんなに元気で活発なお嬢さんを拘束するのも不憫じゃし、無事でありさえすれば良いと思うのじゃが」 少し考えて終は言い、ウィリーもゆるゆると頷く。 「アリッサは、自分の意志でぼくたちを巻いたのかな? 探偵としてどう思う、カイ?」 「探偵として、と、きたか」 オーギュストに問われ、カイはぼりぼりと頭を掻く。 「素人のお嬢ちゃんに出し抜かれてまんまと巻かれたということなら、探偵の名折れだ。ただなぁ……。お嬢ちゃんがどっかの男に誘われて自分でついていったのなら野暮はしたくない——と言いたいところだが、あんたたちに断りもなく姿を消すような子には見えなかったな」 「ぼくも、まったく同じ気持ちだよ。ねえカイ、この街区の祭りの特色って、烟火と占餃子の他に何かない? たとえばだけど、アリッサが聞いたら興味を持ちそうな」 「特色、ねぇ。獅子舞は珍しくもないし、どちらかつったら龍舞かな」 「龍舞……」 「夜光龍ともいう。アーグイルの龍舞は焔龍(イェンロン)というんだが、さして有名でもないぞ。俺が小さいころ隣の美麗花園(メイライガーデン)街区で見た夜光龍のほうが、そりゃあ華やかで大がかりで」 「——夜光龍——焔龍。旅人には魅力的な響きだな。それはこの時間、どこで行われている? 場所は特定できる?」 「ああ。北の外れの、街区の境目だ。視覚的効果のために、街灯のない真っ暗な場所でやる舞なんでな」 「たぶん、それだ。ぼくの直感によればアリッサはそこにいる。誰かに連れられて」 「そういや特等席には、竜舞見物そっちのけで、暗がりで色っぽいことにはげむ連中が集まってるはずだ。『夜光龍を見に行こう』ってのは、ここらへんの若いやつらが、祭りのときに女の子を引っかける定番なんだよ」 「……大変だ。アリッサが危ない」 乙女のピンチを察し、疾風が青ざめる。 「行こう」 短く言って、オーギュストが走り出す。 櫻理花と終とウィリーも、そのあとを追った。 「ええっと、なんつーか、あの辺は特に治安がなぁ……。お嬢ちゃんを助けるどころじゃないかも知れんぞ。あんたらも気をつけろよ」 含みのある溜息をつき、やれやれ、と、探偵は空を見上げる。 今夜は月明かりさえ、紅い。 + + + ねっとりと、絡みつくような闇である。 腕を差し伸べたその先が、心許なく、暗がりに沈むほどに。 むん、と、草の匂いがする。どうやらここが、街区の境目であるらしい。 手探りで歩いていた疾風は、いつの間にか、皆とはぐれていることに気づいた。 「……どこですか? オーギュストさん。終さん。ウィリーさん。櫻理花さん……」 呼んでみても、いらえはない。 ——と。 しなやかで力強い誰かの手が、疾風の腕を捉える。 「よかった、櫻理花さ……じゃない……?」 「やっとつかまえた。あんた、可愛いな」 「えっ? えっ? えっ?」 「さっき、占餃子の店ですれ違ったときから気に入っていたんだ。俺と遊ぼうぜ」 「……あの、たぶん、人違いです。それに、僕と遊んでも楽しくないです。花札とか弱いし……」 かなりずれたことを言いながらも、疾風はそれなりに状況が理解できた。 どうやら、性別ノープロブレムで色っぽいことをなさりたい通りすがりの殿方に、目をつけられてしまったらしい。 佐川疾風24歳現国教師、貞操の危機! あわや、というところで—— ナップサックが開き、中からぴょこんと、つぶらな瞳のドングリフォームセクタンが顔を出した。 ついでに、プリティでリリカルなマジカルステッキも。 「……あんた……。そうか。そういう趣味か……」 たった今まで煩悩全開だった殿方が、いきなり人類愛に満ちた生暖かい笑顔になった。 「……うん。趣味嗜好はひとそれぞれだから……。残念だが縁がなかったと思って身を引くよ。……元気でな」 疾風さんの貞操をセクタンとトラベルギアが守っていたとき。 櫻理花さんは櫻理花さんで、すぐ近くの暗がりで別の殿方に同じような迫り方をなされておられた。が、花法師さまはしたたかでいらっしゃるので、インヤンガイの危険なかほりのする殿方などウブな小娘同然である。 「駄目だぜー。無理やりとか粋じゃねーだろー? 男だったらさー、心底惚れさせてみせてくれよ、なー?」 蝶のようにひらひらかわして諌め—— 「……お願いです。貴方の下僕にさせてください!」 はたと気づいたときには、何故か即席下僕の一丁上がりの巻。 + + + 「この道……。何で封鎖されているんだろう?」 何とか絡まれることもなく、街区の境目に辿り着いた終は、暗闇に慣れてきた目を不思議そうに細める。 隣の街区へと続く道が、瓦礫や土嚢で遮られて板を幾重にも打ち付けられ、鉄条網までが張り巡らされているのだ。 「ずいぶんと、ものものしいのう」 「隣の街区に、何かあったのかな? カイは美麗花園(メイライガーデン)って言ってたね。あとで聞いてみよう。それより——」 「お嬢さんはどこにいるんじゃろう?」 ウィリーとオーギュストは、アリッサの姿を求めて視線を巡らす。 「あそこに」 終の指差す先、なにやら影がふたつ、もみあいながら言い争っている。 ひとりはアリッサで、ひとりは地元の青年だった。 「離して! 私は夜光龍を見にきたのよ。あなたとお付き合いするつもりはないの」 「ここまでついてきて、今更固いこといってんじゃねぇよ。いいから、おとなしくしな」 「離してって言ってるでしょ。聞こえないの!?」 駆けつけて合流した疾風と櫻理花、そしてカイも含む一同が、助けに入ろうと身構えた瞬間—— ————しゃきーん☆!! アリッサが、日傘型トラベルギアを青年に向ける。 「私、結婚するまでは男のひととキスもしちゃいけないよって、おじさまから言われてるの!」 「「「「「「……そうだったのか」」」」」」 男6人は毒気を抜かれて立ちすくむ。 いち早く気を取り直した櫻理花が、杖を振るって花吹雪を巻き起こした。 美しい花嵐は目くらましとなり、状況がよくつかめていない青年の前から、少女と旅人たちをさらって消える。 ACT.3■夢で逢いましょう 「メイライガーデン街区に繋がる道が封鎖されてた? ああ、隣の街区は2年前から、誰も立ち入っちゃいけねぇことになってんだ。住人はほとんどが死に絶えちまって、街はもう廃墟だからなぁ」 アリッサの無事を喜びつつ、いよいよ烟火の打ち上げ会場へ向かう道すがら。街区の境目で見た異様な光景について問うたオーギュストに、カイはあっさり答える。 「……どうして、そんなことになったんですか?」 携帯のカメラで撮った画像を確認しながら、疾風も聞く。真面目な彼は、司書がタテマエと言っていた霊的エネルギーの調査もちゃんと行っていた。 「原因不明の大規模な霊力災害が起こってな。暴霊が大量に出現して、いわゆる『暴霊域』になってるんで封印したんだが——」 アリッサを、カイはちらりと伺う。何か記憶を喚起されたらしい。 「さっき、街区の境目にいたお嬢ちゃんを見て思い出したことがある。お嬢ちゃんと同じ、ブルネットの髪でとび色の目をした紳士を、あの辺で見かけてな」 「それって、いつのこと?」 アリッサは、はっとした表情になる。 「5、6ヶ月前くらいだったかなぁ……」 「もしかして、このひと?」 肌身離さず持っている写真を、カイに見せる。 現在行方知れずの世界図書館館長、エドマンド・エルトダウンの、英国紳士然としたバストショットである。 「うん、このひとだ。間違いない。お嬢ちゃんの『おじさま』なのか?」 「ええ。何か、お話した?」 「いや、見かけただけだ。封印を越えて、メイライガーデンに入っていったところをな。止めるヒマもなかった。あとのことは知らない」 「……そう」 ——しばらくのお別れだ、アリッサ。 (……おじさま) ——どこかの世界でわたしを見ても、決して話しかけてはいけないよ。いいね? (……ええ、おじさま。……でも、でもね……。いつ、帰ってくるの? 私、さびしい) 「アリッサ……」 うつむいた顔のあどけなさに、疾風は、溺愛している姪のことを思い出した。 自分が留守にしている間、あの子もこんな風に心配しているのだろうか。 アリッサの肩を、ぽんと叩く。 「……うんと大きな花火を上げよう。きっと、楽しいよ」 「ええ、そうね」 アリッサは顔を上げ、くすりと笑う。 「お手をどうぞ、お嬢さん。お望みの烟火の前まで、エスコートしよう」 オーギュストが腕を差し伸べる。 「ぼくはアリッサの味方だよ。たとえどんな悪戯をしても、ね?」 「ええ。ありがとう、オーギュ」 + + + 「俺、天におわす何たらさまって、本当のところ好きじゃないんだ。支配階級だろ?」 花火を選びながら、終が呟く。 「はは。支配階級の連中なんざ、俺だって大嫌いだぞ。虫酸が走る」 カイは笑って、終の頭をごりごり撫でる。 「玉皇大帝ってのは人間じゃなくて、この街区で信仰されてる神様のひとりだよ。土着の信仰なんで、いろんな属性がくっついてるんだが、重視されてるのは『夢の神』の部分かな」 「——夢の、神」 「あまり、難しいことじゃないさ。打ち上げに成功しようと失敗しようと、祭りを楽しんで疲れて眠る夜は、きっといい夢が見られる。そういうことだよ」 終が打ち上げたのは、『変化青龍』。 蒼い色星が昇り龍のように上昇する、その爽快—— 櫻理花が選んだのは、『春花闘艶』。 天を焦がす真っ赤な大輪と、森羅万象を知り尽くした鮮烈な緑—— ウィリーの好みは、『雷神花畑』。 咲き乱れる花々のような色星をぬって、突如現れる金色の点滅星—— 疾風は『金銀花塔』を—— 連続108発の、放射状に広がる大花火を—— 打ち上げようとして、失敗した。 アフロ状態の疾風に、アリッサが涙ぐみながら笑い転げる。 オーギュストは『六色牡丹』を選んだ。 赤・黄・青・緑・紫・銀の、美しい牡丹が開くはず——だったのだが。 なぜか夜空を彩ったのは、色違いの『セクタン(デフォルトフォーム)』。 ついでにセクタンのぬいぐるみが6つ、パラシュートをつけてふわんふわんと降りてきた。 ——アリッサの、イタズラだった。 旅人たちは今宵、彼らに縁の深い誰かの、夢をみるだろう。 ACT.4■烟火(イエンフーオ)の夜は続く 「リベルせんぱーーい。ああああたし佐川さんから素敵な指輪もらっちゃいましたー。これってプロポーズ? キャーどうしましょう。ところで司書のお仕事って結婚しても続けられますよね? どう思います?」 「単なるお土産の指輪を誤解して、先走った妄想を語られては、佐川さんもさぞご迷惑だと思います」 + + + アーグウル街区で買い求めてきた珍しい花火を、オーギュストは広場に並べる。 ひとりでも多くのロストナンバーが、楽しむことができるように。 「許可を取ったんだ。夜になったら、みんなで花火をしようと思ってね。司書さんたちも、巡節祭に行きたくても行けなかったひとたちも、たくさん参加してくれるとうれしいな」 次々に集まる人々を前に、探偵紳士はゆっくりと一礼する。 「さあ、小さなイエンフーオの夜を、もう一度始めよう」 —— To be continued……
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