画廊街のはずれに、古い、とても古い——劇場がある。 赤煉瓦と漆喰で構成された、丸みがかった多角形の、古典的な建物である。 世界図書館の記録によれば、建築家として著名だったロストナンバーが設計した、私設の劇場であるらしい。演劇趣味のあった建築家が0世界で有志を募り、イギリス・ルネサンス演劇が上演されていたこともあったという。 その建築家も、保守管理をしていた劇場関係者も、かなり前にターミナルを去った。彼らの運命は、知るよしもない。 今—— 緑のドレスを着た女が、劇場の前に立つ。 陽射しに輝く金色の後れ毛と、すきとおるような白いうなじ。特徴的なデザインのスカートから垣間見える、美しい脚がなまめかしい。 リリイ・ハムレットは、その日、新しい服を仕立て上げ、発注者への引き渡しを終えたばかりだった。 満足して帰る注文主を見送りながら、こう言った。「近いうちに、ファッションショーを開こうと思うの。貴方が来てくださるとうれしいわ」 リリイはときどき、気まぐれに、新作ラインを発表するイベントを開催している。 近々、ブルーインブルー産の、珍しい虹色の貝殻を入手予定であるため、それを素材としたラインナップを考えているのだった。 不定期開催の『リリイのオートクチュール・コレクション』が、どこを会場とするかはそのつど違う。 そして今回、リリイはこの古い劇場を選んだのである。 使われなくなって久しい劇場は、経年劣化により荒廃しており、床石はひび割れ、壁紙ははがれ、座席はひどく痛んでいる。 だが、中央を広く見渡せるように、内向きの桟敷席がステージへ張り出して3層に重なり、正面と両脇の3方向から舞台を臨む客席の配置は、往時の華やぎをも思わせる。 得がたい会場であるし、なかなかに演出のしがいもありそうだ。 ロストナンバーたちに声を掛ければ修復に協力してくれようし、演出の相談にも乗ってくれるだろう。 新作のオートクチュールを着こなすモデルも必要だ。それも、旅人たちに頼んで舞台に立ってもらえばいい。 問題は、協力者をどう募るかだが……。 * * *「おまかせください。リリイさんのためなら、あたし、脱ぎますっ!」「脱がなくてもいいのよ? むしろ、着てもらわないと」「あ、間違えた。一肌脱ぎます!」 無名の司書は、リリイに何着か服を仕立ててもらっているにもかかわらず、ピンク色のワンピースの上に黒コートを羽織っていたりして、あんまし意味がない。 常々、この美貌の仕立屋に申し訳ないと思っていたところでもあったので、ファッションショーの周知とスタッフ募集活動を全力で引き受けることにしたのだった。 そして、ロストナンバーたちは、駅前広場の中心にある世界図書館館長の銅像の台座に、ばばーんと貼られた手書きポスターを見ることになる。・。。・。゜・☆。・゜。・・。。・。゜・☆。・゜。・。・゜☆・゜・ 。 ・゜・☆。・゜。・。。・ リリイさんのファッションショーの準備・運営スタッフ大募集! (1)劇場を使った舞台装置や演出のアイデアを一緒に考えてくださるスタッフ (2)モデル(男女不問)や、当日の進行を手伝ってくださるスタッフ ※モデルご希望のかた対象に、優秀な講師陣によるウォーキング講座が行われます。 (3)いたんでしまった劇場施設の修繕や清掃をしてくださる、縁の下の力持ちスタッフ 参加エントリーは無名の司書まで。 多数のご参加、お待ちしています!・。。・。゜・☆。・゜。・・。。・。゜・☆。・゜。・。・゜☆・゜・ 。 ・゜・☆。・゜。・。。・ なお、モデルウォーキング講座の講師として司書が白羽の矢を立てたのは、自己演出と接客対応のプロフェッショナル、柊マナと、礼儀作法と立ち居振る舞い指導のプロフェッショナル、ウィリアム・マクケインであった。 マナは「面白そうですね!」と大乗り気で、 ウィリアムは、「ファッションのことなどわからないが……。正しい姿勢と歩き方の指導ということであれば……」と、やや困惑気味であるそうな。=============!注意!パーティーシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
ACT.1■瞠目せよ! 清掃・修繕スタッフの底力! 「よぉぉし。やるぞおー!」 ツヴァイは気合いが入っていた。まるで剣をかざすように箒をかかげる。 「すっげー綺麗にして、皆を驚かせてやろうぜ!」 そして舞台中央を突っ切るように、ものっそ凄い勢いで掃き始めた……、のだが。 「……あでっ!?」 そこは割れた床石の欠片が散らばる危険地帯であった。照明もつかない薄暗がりの中のこととて、足を取られ、ツヴァイは派手にすっ転ぶ。竜刻がぷち暴走でもしたかのような大音響とともに、舞台全体がみしッと揺らいだ。 「ヤベ、段差破壊しちまった!!!」 「うわ、大丈夫……? 怪我は?」 いつもの杖を箒に持ち替え、せっせと床を掃いていたエミリア・シェスカが、はたと手を止め、心配そうに覗き込む。 「ああ、ま、なんとか」 劇場の破壊度は進行したが、さいわい、ツヴァイには擦り傷ひとつない。 「よかった。どっちみち、劇場はこれからあちこち直さなくちゃいけないんだしね。みんなで修理しようよ」 そう言ったのは掘削人ディガーである。彼は鮮やかにトラベルギアを使いまわして、金鎚やら釘抜きやらコテやらカンナやら、はてはちりとりやらの機能を創出し、本職ばりの作業を行っていた。本人曰く、ギアを使わないと超絶不器用なのだそうだが、とてもそうは見えない。みるみるうちに、壊れた段差は修復されていく。矜持が燃えさかる掘削人は、さらに、壁の漆喰に彫刻を施し始めた。 イギリス・ルネサンスを彷彿とさせる荘厳なレリーフに、一同は息を呑む。 「図書館で調べてきたんだよー。だって土台は掘らなくていいって言うから、せめて壁を彫ろうと思って……」 漆喰部分は白一色なので、彩色をほどこすのもいいかも知れない。あとで舞台演出スタッフと打ち合わせをする必要があるかなと、ディガーはつぶやく。 「壱番目の災禍、ガルズよ、我が呼び声に応えよ」 クアール・ディクローズが無表情に言った。 ……と。手にした絵本の中から、丁度ええ体躯の妖精獣が現れる。 それまでクアールは、犬妖精ウルズや猫妖精ラグズと一緒に、日曜大工スキルなどを使いつつ、壁に開いた穴を塞いだりしていた。壁紙を張り替える担当もほしいなと、強大な力を持つ『災禍の従者』を召還したのである。 妖精獣は、困惑気味に辺りを見回し、あのー、自分は何すりゃいいんスか、戦いとかで呼ばれたんじゃないんスか的なそぶりをした。んが、「この壁穴を綺麗さっぱりなくしていくのが今回の戦いだが、なにか?」と無表情を崩さずに言われてしまい、観念してお手伝いを始める。 「随分とくたびれているし、埃もすごい、掃除のしがいもありそうだ」 艶やかな黒髪をひとまとめにして、床や壁を隅々まで確かめているのはリュエールだ。本日のリュイ様は、美しい女性のお姿である。駅前広場の銅像の台座にあったポスターを見て、たまには掃除や補修作業をするのもいいかも知れないと考えての参加であった。 「壁紙はいったん全部剥がしたほうが良いだろうな。……こういう作業は、本当に久しぶりだ」 リュイ様のご経歴だと、おそらくは二千年ぶりの地味なお仕事になろうかと思われる。地味な作業を地味にこなすのも醍醐味とばかりに、名を呼んではならぬ悪しき神は、べりべりと壁紙を剥がす。 「灯りがあったほうが、いいかな?」 エミリアが、箒の先に、ぽう、と、まるく小さな光を灯した。 魔法による光の球は、やわらかな松明となって周辺を照らしだす。 「いいわ! シャッターチャンスね!」 シャッター音が小気味よく響いた。一ノ瀬夏也が構えた、一眼レフデジカメである。夏也は、清掃・修繕の開始直後から作業中のスタッフに差し入れかたがた、密着写真撮影を行っていた。 いつも元気でポジティブシンキングなフリーカメラマンの目的は、ファッションショー当日までに「メイキング・オブ・オートクチュールコレクション」の写真集を作成することである。 劇場修繕の様子を「ビフォー・アフター」として記録し、リリイの新作もこっそりチェックし、モデルたちの練習風景などなども激写し、豪華装丁にて、当日無料配布するつもりだった。さらに、ファッションショー宣伝用のポスターも作成してターミナルに張りまくろうと思っている。当然、ショー当日の撮影も今からやる気満々だ。 「おっ。かやの写真に、俺もうつった?」 太助が、ねじり鉢巻き、たすきがけ(袖のある服を着ているわけではないが、気合いの問題である)で、ぴっと前脚を伸ばす。 「さんきゅーな、えみりあ。これで高いところもそうじできるぞ!」 エミリアのともした灯りに謝意を告げるやいなや、ふかふかの毛並みの子狸は、木登りの要領で柱を上がり始め——途中で山鳩に変身した。ぱたぱた飛び回りながら、天井付近の汚れをチェックする。 「げほっ。天井とかって、けっこうほこりたまってんなー」 「ポッポ。おまえも、ちょっと上から見てくれ」 坂上健の指示を受け、オウルフォームのセクタンも劇場内部をくまなく飛び回る。床や壁の破損箇所はもとより、ツヴァイが足を取られたような危険物の状況などを把握するためだ。 「ああ……。危ないゴミ、結構あるなぁ。あと、この劇場を住処にしちまってる虫、たくさんいるんだな。……どうすっかな」 頭を掻きながら溜息をついた健に、 「おまかせくだサイ」 床に散らばる破片をポリポリ食べながら、アルジャーノが言う。 「劇場中のいらないモノ、壊れてしまって捨てるしかないモノ、作業する人に危険な石の破片やガラス、剥がした壁紙——私が全部食べマス」 「そうなの? いいのか? だってゴミだぞ? 悪いよ」 「むしろご馳走でス!」 無機物全般が好物と仰るアルジャーノさんのお言葉に甘えて、清掃・修繕スタッフチーム全員が手分けをして、劇場中の廃棄物が集められた。 舞台の真ん中に山と積まれたそれを、アルジャーノは精力的に食べ始める。 あれよあれよという間にゴミの山は減っていき——やがて。 アルジャーノのすがたが……。 「あれっ……? ひとり多いぞっ!! 分裂した?」 そう言ったのは、はたして誰だったのか。 たしかに、液体金属生命体のアルジャーノは食べると容積が増えて分裂する体質なので、ひとりどころか、ふたり、さんにんと、食事が進むほどに増えていったのだが。 「虫は、儂が集めて、何処かへ移すとしようぞ」 業塵が、うっそりとつぶやく。実は彼は、「ふぁっしょんしょう」が如何なるものか、ちっともわからぬままに雑巾がけなどをしていたのだった。 大百足の化身である彼は、劇場の暗がりに住み着いた蛾や羽虫、割れた壁の隙間にいる小さな虫などを、どこか別の場所——たとえば自然豊かなチェンバーなどに放流することができればと考えていたのである。 業塵は、静かに劇場の外へ出て行った。 (註:虫さん大集合は衝撃映像につき、人目につかないところにて行いますと、奥ゆかしい業塵さんからのお申し出でございます) * * * 危険なゴミや廃棄物は一掃され、虫はいなくなり、修繕は順調に進んでいる。 「ブルーインプルーの珍しい貝殻って、俺が依頼を受けたやつなんだ。虹色の貝殻からは上質なオイルが取れるって、リリイが言ってたっけ」 相沢優はスタッフたちと談笑しながら、楽しげに座席の補修や古い壁紙の除去を行っていた。 「どんなファッションショーになるのか、今から楽しみだ! ……そうだ、新しい壁紙はどんな柄がいいかな。舞台演出スタッフにも聞いてみよう」 むき出しになった壁の汚れを取っている優の隣で、佐藤壱もまた、てきぱき床掃除をしていた。 「あ、まだこんなところに埃が」 真っ白なエプロン! 純白の三角巾! 顔半分を覆う大型のマスク! 手にはハタキと雑巾! 完全大掃除スタイルである。 最初は、普通に手伝おうかな〜、くらいの参加動機だったらしいが、働いているうちに家事スイッチがONになりまくったようだ。肝っ玉かあさんのような真剣モードにて、隅々まで目を光らせていたところ。 (あれ?) 段差脇には、張り替え用に新しく用意された床石が2列に積んである。その隙間に何かが挟まって、わたわたもぞもぞしているではないか。 ぷよんぷよんしたゼリー状の……どう見てもデフォルトフォームのセクタンなのだが……。 「迷子かな? セクタンってよくいろんなところに詰まるって聞くし」 頭頂部(?)を引っ張って、むに〜っと引っこ抜くと、謎のセクタンは身体をぷにぷに左右に振った。どうやら、助けてくれてありがとうと、お礼を述べているようだ。さらに、積まれた床石の上にぴょいと飛び乗って、身振り手振りで何かを訴えている。 自分も何か手伝いたい、と、言っているらしいので、壱はしばし考える。 「うーん、気持ちだけでいいんじゃないかな? あとはもう、仕上げだけだしね」 「よっし、天井のそうじ終了! ぴっかぴかだぞ!」 太助は山鳩のすがたで雑巾をくわえ、天井についた埃や、高所部分の照明装置の汚れを除去していた。一段落ついたところで、空中で一回転し、子狸に戻りながら、すとん、と、着陸する。 「照明も見違えるようになったねぇ。なんていうか、こう……、とても綺麗な光が出ると思う。でも、太助くん……、その」 エミリアが、すっかり埃まみれになった太助に、何か言いたげな身振りをした。 「あはは、俺、自分の毛皮でふいたりなんかしてねーぞー?」 「お疲れ様。準備が終わったら、みんなでひと息つこう。俺、サンドイッチと飲み物、たくさん持ってきたんだ」 優が言い、ツヴァイが頷く。 「いいねえ。舞台演出班のほうも、打ち合わせが進んでるみたいだしな。……おおっ、モデル希望の子たちもけっこう集まってる。……コレットはいるかな?」 気になる少女のすがたを求めて、ツヴァイは身を乗り出した。 「何かさ、こういうの、いいよな。みんなで楽しむってさ」 健がしみじみと、劇場を見回す。 「存在する以上、全てに命がある。俺たちが感じ取れるかどうかは別にして。受け売りだけど、いい言葉だと思ったんだ。だから俺、この劇場が息吹き返すのに力貸したくなったんだ」 そこまで言ってから言葉を切り、「そ、れ、だ、け」と、結ぶ。 少し、照れくさそうに。 ACT.2■舞台演出スタッフ提案、『螺旋世界を巡るファッショナブル・ストーリィ』 「この前は……、情報が役に立った。例を言う」 張り替えた床石のチェックをしている健のもとへ行き、ハーデ・ビラールはそれだけを伝えた。健が何か言いかけるのも聞かずに、ハーデは踵を返す。 修復が完了した座席には、舞台演出スタッフの面々が腰掛けており、ブレインストーミングが熱く展開されていた。 「ふっ、私にかかればお茶の子さいさい。ツヴァイが何をどう破壊しようと無問題だ。素敵なショーにしてみせよう」 サドっ気がおありになるアインス殿下は、ちらりと清掃・修繕班の弟の様子を見やってから、自信たっぷりに断言する。 「そうだな。たとえばだが、キャットウォークをタキシードを着た男連中で取り囲み、敬礼させるというのはどうだろう。美しいモデルとリリイ嬢に敬意を表した上で、ショーも豪奢なものに出来る」 なんと完璧なプランだ! と、燃えるアインスに、それは素晴らしい、と、ディオン・ハンスキーは全面的に同意した。 しかーし、問題がひとつ。怪盗ハンスキー一家の長男はめちゃくちゃシスコンだったのだ。 なにせ最愛の姉、オフェリア・ハンスキーから、 ——ふふふ、ほらディオンちゃんー。ワタクシの演出をどうするかあなたに託すのだから、演出組でがんばりなさいな。楽しみですわねぇ。 てなことを言われてしまったものだから、モデル参加する姉をとびきり輝かせる方向に、ディラックの空の彼方までも羽ばたいてしまったわけである。 「センターにはオフェリア姉さんを配置するんですね。姉さんを取り囲んでかしづくタキシードの男たち……。そして、姉さんがターンした時には盛大に紙吹雪が舞い、七色の光の帯が交差するんだ。そのときは観客に拍手の指示もお願いしなければ!」 「そういうのも悪くないとは思うが」 黒城旱は、トレンチコートのまま、腕組みをする。 「ブルーインブルーの珍しい貝殻を使ったラインナップつったら、やっぱ演出も海に関係するのがいいんじゃないか? 会場の周囲に巨大な水槽を備え付けて、観賞魚やら普通の魚やらを泳がせておくっつーのはどうだ」 「海かぁ。……いっそ、海賊ものってどうよ? ストーリー仕立てのショーアップ。敵方の演出や視覚効果とかはツーリストに協力してもらってさ」 俺はもち、やられ役の大首領ね、とは、虎部隆の提案だ。 「ショーをハイジャックする謎の集団! 騒然とする場内に突如現れるヒーロー! 敵を倒してスーツを脱ぐとあら不思議! 華麗な衣装に身を包んだモデルたちが登場だ! それに合わせてライトアップ! 流れる音楽! 名づけて『ヒーローからヒロインへ! 大人の階段ステップアップショー』」 「ストーリィ仕立てのショーというのは、とてもすてきな提案だと思うわ。だってここは、劇場ですものね」 オフィリア・アーレが、鮮やかな緑の瞳を愛らしく細める。 「同じ設定の役、同じ骨格のストーリィを、舞台となる世界を変えながら、次々に別人が演じる恋愛劇はどうかしら? 男女が出会い、運命に翻弄されて——最後は大団円。最初は、ブルーインブルーの海賊ものから始まって、ヴォロスでは魔法使いもの、インヤンガイでは高層階に住む令嬢とスラム街の荒くれ探偵との悲恋もの、壱番世界では思い切って学園もの、モフトピアでは……、いっそ擬人化もの、とか?」 そうすれば、どんなデザインの衣装にも対応できるし、武芸や飛行や魔法など、モデルたちの特技も生かせようというのが、オフィリアの主張であった。 「そりゃいいや。派手な視覚効果が必要なら、俺の白炎でも使ってみるか?」 豪快に笑ったのは、 オルグ・ラルヴァローグだ。 「ホラ、壱番世界でいう『こんさーと』」の時なんかさ、ステージ前から煙が上がったり、紙吹雪が吹き飛んだりするだろ? それと同じ要領でこの白炎を燃やすんだ! 海賊ものとかだと迫力満点だぞ!」 「えんしゅつって、あかりとか、そういうの?」 座席にひょいと止まったチュイ・パッチも、ふわふわした羽毛に包まれた身体を乗り出す。 「たくさんならべたしょうめいを、われないようにそっとつついて、ビレビレのちからでいっきにてんとーさせるのはどうかな?」 「うん、相乗効果が期待できるな。俺はその時の服の雰囲気に合わせて、火力を調整しようと思う。清楚な雰囲気の服だったら、揺らめく程度にしたり、ワイルドな服なら、激しく燃え上がらせたりとかな! 」 「あんまりこんなのかんがえたことないけど、こういうの、わくわくするね」 はやくおきゃくさんのかおがみたいな、たのしみだね、と、チュイはさえずるように言った。 「そういう演出効果なら、私も協力できそうだ」 静かに聞いていたハーデが頷いた。 「私の能力は瞬間系が多いし、一度にたくさんの物は動かせない。だが、固定化した空間をひとつの存在と見做して、50kgほどのものをゆっくり動かすことは可能だ。誰かが空間をデコレートしてくれるなら、小道具を少しずつ空中移動させて観客の目を楽しませることはできる」 「ブラボー。物語仕立てという案も、照明や演出効果のアイデアも、とても素敵だと思うよ」 スタンディングオベーションのごとく、ルゼ・ハーベルソンが立ち上がり、拍手をした。 「ファッションショーにはポップな音楽も必要かなと思うんだ。有志に声がけして、みんなでサックスやヴァイオリンを持って、舞台袖で演奏したいな。楽曲の選定と楽器指導は俺がやるよ」 「音楽か! ヴァイオリンなら演奏できるから、そっちも担当したいが、いやしかし……」 ふさふさの尻尾をぱたぱた振り、オルグは悩み始めた。 ACT.3■乙女の夢こそ正義 「舞台演出班から当日の進行内容と脚本案が上がってきたよ。タイムスケジュールを組むね」 劇場の新しい壁紙は、どんな演出にも対応できるようにと、白と黒の格子模様が選ばれた。その上に、三ツ屋緑郎はA1サイズの画用紙を仮止めする。 モデルの人数や衣装、着替えの所要時間、舞台の暗転にともなう大道具や小物の入れ替え時間など、秒刻みのスケジュールが色とりどりのサインペンで書き入れられていく。 緑郎は先ほど、演出担当たちと打ち合わせを済ませたばかりだった。中学生モデルであるところの彼は、いわばプロフェッショナルである。現場にも精通し、仕事への誇りも強く持っている。 従って、その時間管理の把握と配分は、非常に的確だった。 「当日は僕も舞台に立つよ。一応、本職としての歩き方とか所作とか教えるのもいいかなって思ったんだけど」 「そうしてくれれば助かるが……」 「そうですよ、緑郎さんも講師をお願いします。モデル希望のかたがたくさんいらしてくださって、私たちだけではなかなか」 ウィリアムとマナに請われ、緑郎は了承した。 おりしも、次々に、個性豊かなロストナンバーたちが集合しつつある。 「優雅な立ち振る舞いでしたら、わたくしもお教えすることができますわ」 淑やかに申し出たのは、怪盗オフェリアである。 シスコンぶっちぎりのディオンをうまいこと演出班へと遠ざけて、本日は、さりげなく殿方とお近づきになる作戦だった。はたして参加者たちの心を盗めるかどうか。モデル志願の男性たちを、オフェリアは獲物を狙う視線を優美に送る。 「当然、こういうときこそ日頃鍛えた成果を出すときだと思うが、ボディビルのポーズはアウトとか言われたらつらいな。あはは」 爽快な笑顔で、金晴天がやってきた。たくましい筋骨が眩しい、 「正直に言うと、ファッションショーは初めてどころか、興味すらなかったから動き方とか判らないんだよな」 「問題ないよ。皆が自由に楽しくやるのが一番大事だから」 緑郎の言葉に、晴天はなるほどと頷く。 「燕尾服とか、コルセットで締め付けないと着られない服以外のだとうれしいが」 「複数の世界が舞台の、登場人物無限大のショーだから大丈夫だよ。ブルーインブルー編の海賊ものとか、いいんじゃない?」 「モデルになったらオイラでも、リリイさんのカッコイイ服着れるかにゃ?」 いつの間にか、ポポキがタイムスケジュールを見上げていた。猫獣人の金色の瞳は期待で輝き、ひげはいつも以上にぴんと張っている。 「ポポキさんだったら、モフトピア編でヒーロー役を演じるといいんじゃないでしょうか?」 脚本を確認しながら、マナが言う。 「オイラ、モデルなんかやったことないにゃ。だからものすごくドキドキしてるのにゃ……」 「あら、かわいい」 「マナさんたちにいっぱい叱られるかもしれにゃいけど、立派にモデルを勤め上げれるといいにゃあ」 「謙虚だなぁ。大丈夫だよ!」 緑郎が、ポポキの肩をぽんと叩く。 ……と。 「ふふーん、いい感じに仕上がったね。こういうステージに一度は立ってみたかったんだよね♪」 もうひとり、猫獣人が登場した。アルド・ヴェルクアベルだ。 「リリイが仕立てた新作の服かぁ、くふふ、今から本番がとても楽しみ——って、僕でも大丈夫だよね、ウィリアム?」 「もちろんだ。そのために、私たちがいる」 「んーと、歩き方ってどうすればいいいの? 堂々と? それとも清楚に? ……おしとやかに? 自信たっぷりに?」 「どんな役柄を選ぶかによっても表現は違ってくるだろうが、基本姿勢は同じだ。指導しよう」 「面白そう。エルにもやらせてーっ!」 ピンクいろの髪の、小柄で元気な少女が、風のように軽快に飛び込んできた。 「どんな服着るの?」 わくわくした表情でエルエム・メールはタイムスケジュール表を確認する。あ、そっかあ、まだ準備段階なのか、と、少し残念そうだ。 「エルも出演するとしたら、海賊ものか、魔法使いものがいいかな。モデルウォーキングとか型にはまった演技は苦手だけど、踊りとか軽業とかの派手な演出だったら自信あるよ!」 「僕もやってみようかな。モデルに向いてるかどうかは別として」 明るいオレンジの髪をなびかせたヴァンス・メイフィールドは、いつものスーツを着たそのままでも舞台に立てそうだった。 「まあ、清掃・修繕や、舞台演出スタッフをやっているより、モデル志望の子を見ていられる時間は多くなるしね」 そんなお茶目さんなことを言いながらも、こんな機会は滅多にないからいい経験になるし、と、やや真顔で付け加える。 「すごく賑やかそうですね、ファッションショーって。小さい頃のお祭りを思い出します」 馮詩希が、はにかみながら言った。引っ込み思案な彼女は、掃除をしてみたいとも考えていたが、可愛い服も着てみたいと考えての一大決心である。 「マナさん。ウィリアムさん。緑郎さん。モデルさんの心得というのは厳しいんでしょうか?」 あまりにも真摯な表情に、講師陣は顔を見合わせる。 「私、小さい頃からスパルタ教育を受けてるので、最後までやりきる自信はあります。教えてくださる方の言うことをちゃんと聞いて、実践します」 * * * 「むむ……。『もでる』とは、一体何でござろうか……。拙者の世界にそんな職は存在していなかったでござる」 びしっと正しい姿勢で雪峰時光が歩み寄ってきた。このサムライは、特に何の指導の必要もなかろうと思われるが……。 「礼儀正しい歩き方を教えて頂けると聞いた。ならば、拙者も本来ならば主に仕えるべきサムライとして、習得しておかなければならん!」 しかし、ウィリアムの顔を見た途端、その強面ぶりに、 (敵方のものか!) ついつい刀を抜きそうになってしまったあたり、前途多難である。 「こんにちは」 金髪の少女が、時光を見てにっこりと微笑んだ。コレット・ネロだ。 時光はどっきんと緊張する。 「ひ……、これは。いや、コレット殿もこちらに?」 「折角だし、ちょっとやってみたいなあって。未経験でも大丈夫って聞いたけど、リリイさんの服を着こなせるかどうか心配……」 「コ、コレット殿であればそれはもう大丈夫でござるよ。拙者も、ヘマはしないようにするでござる」 「ええ。がんばりましょうね」 「「「「コレット!」」」」 いつの間にかコレットの回りには、ツヴァイとアインスの双子王子と、ルゼ、旱といった面々が集まっていた。 「モデル参加なんだな? 俺、舞台袖までエスコートするよ」 「コレットがリリイの服を着るのか。とても素敵だろうね」 「ああ、コレット。お弁当を持ってきたんだ。休憩時間に一緒に食べよう」 「コレット嬢ちゃんも参加するっつーから、来たんだ。頭撫でてやらないといけねぇしな」 コレットたん、もってもてである。 「きゃー! ファッションショーですってぇ! ラミール超〜頑張っちゃうわよぉん! あらー、可愛いコがいっぱい」 嬉々として、ラミール・フランクールが華麗に登場した。 ラミールはどっちかっつーと細身ってぇワケではなくて、筋骨よりの良い体格なんであるが……、にも関わらず、フリル付きの赤い女性用のドレスを身にまとっていた。 「ちょっと何よ。なんであんたがここにいるわけぇぇぇぇ!?」 青梅要が盛大に突っ込む。 「あらぁ、カナメちゃんもモデル参加?」 にんまりと笑うラミールに、 「悪い? あたし、可愛い服着てみたかったのよね! で、人気モデルみたいにポーズとか取るの!」 要は前のめりで食ってかかった。 「じょーとうじゃない! 美しさじゃ負けなくてよぉん」 「何ぃぃぃぃぃ!?」 ふたりの間に、火花が散る。 (でもー、あたし知ってるのよねー。お花見のときにピンときたんだよねー。ラミールさんの本命って、要たんなんだよねー) 物陰にひそんでメモを取ってる無名の司書の存在に、ラミールも要も、気づいていない。 「そうですとも……! 乙女にとってモデルは夢! 蒼天にきらめく北斗七星がオリオン座にボンジュールでボンソワールでマッダームにマドモアゼールでアバンチュールな南十字星!」 乙女はモデルに憧れるものであるらしい。これでもかと言うほどキラキラなお星様を目に浮かべた一一 一 (ハジメカズ ヒメ)は、何かもう、薔薇と香水とジュエリーでデコレートされた脳内ロストレイルで無限の冒険に出発進行してしまった。 「しっかりしてぇ! 乙女の気持ちはわかるけど、口調まで違ってるわよぉん?」 ラミールに肩を掴まれてがくがく揺すぶられても、 「ブルーインブルーだとやっぱりセイレーンの衣装かな……。ヴォロスだと妖精か魔法使いがいいかなぁ……。壱番世界だと学園のアイドルで……、インヤンガイだと絹の民族衣装……」 などと、ヒメたんは独り言を大量連発、乙女のロマンティック回路大暴走妄想状態である。 要が、目の前でひらひら手を振ったら、 「ボンソワ?」 と、トラベラーズノートも役立たずなカタコトが返ってきた。乙女よ、どこへ行く? * * * 清掃が完了した舞台中央にて、希望者を集めてのレッスンが開始された。 「視線の先を前方に定めて、軽くアゴを引くの。背筋を伸ばして、腕は自然に振れるように肩の力を抜いて」 「はいっ、マナさん」 「腰を支点とする重心を前へ送りだすようして移動するといい。大切なのは、体重のかかっている方の脚の膝を絶対に曲げないことだ」 「はいっ、ウィリアムさん」 「この場合の『正しい姿勢』っていうのは、壁を背にして立ったときに、背中とお尻と踵が同時に壁についている状態のことだよ」 「はいっ、緑郎さん」 詩希はさっそく指導を受けている。緊張のあまり、両手と両脚が同時に出ているが、それはそれでかわいらしい。 「これは……。歩くだけでも大変ですね。明日は筋肉痛になってしまいそうです」 もともと、運動能力や身のこなしには自信があったというユク・イールレントは、そう言いながらも流れるように歩いていた。 やわらかにくすんだ金の髪に結わえた青い布は、少しも揺れていない。マナに褒められ、素敵に服を着られればいいんですけど、と、おっとり微笑む。 「やっぱり、可愛い服っていいなぁって思うようになって。ちょっと着てみたくなっちゃったの。……うーん、でも私、サングラス外せないからなぁ」 音ひとつ立てず、滑るような移動を行っているのはディーナ・ティモネンだ。 「お針子のお手伝いとかをしてもいいんだけど……」 ディーナの乙女心は千々に乱れているがその動きに隙はない。おそらく頭の上にものを乗せて、落とさずに歩くことも可能と思われる。 「ちょ、想像以上に大変そうだな。でもオイラ一応踊り子だからな。こーいうのはすぐ上達できるはずっ!」 桜色の肌をした竜人、レク・ラヴィーンたんも、少年のように元気な言動でありながら、ファッションショーには興味のある14歳の乙女である。 「モデルってのはちょっと憧れてたんだよな! もしかしたら今後のお洒落の参考になるかもだし!」 レクはひととおり講師の意見を聞き、回りのモデル希望者たちの様子を見ながらウォーキング練習を始めた。 (女らしい子、多いんだな) こっそり、誰にも見られないところで、女の子っぽい言動の練習などもしてみようと思うレクたんだった。 「上手なひとばっかりだなあ。どうしたらそんなふうに動けるんだ?」 シィーロ・ブランカは、綺麗な服というものを滅多に着る機会がなかったため、強く興味を持って応募したという。真っ白な狼耳をぴんと立てた少女は、顔こそいつもどおりの無表情だが、ふさふさの尻尾はそわそわと揺れている。 「いいなと思うひとの動きは、積極的に参考にするといいいですよ。でも、シィーロさん独自の個性も大事にしてくださいね」 マナの指導に、シィーロは素直に頷いた。 「この耳とか尻尾とか、ウォーキングに連動させて動かしたらどうかな?」 「素敵ですね。チャームポイントは生かすべきだと思います」 「ファッションショーか。……人生分からんものであるな。そういったものは元の世界にもあったが、意識を向けている暇は全くなかった」 飛天鴉刃は、自信に満ちた良い姿勢で堂々と歩き、ウィリアムに褒められていた。……男性的で、よろしいと。 「私は女性である」 「これは失礼。優美さはもちろんあるが、それは男性的な優美さだと言いたかったのだ」 「女のひとは『腰』で歩くけど、男は『肩』で歩くからね。性差を表現したいときは、そう意識するといいよ」 緑郎が補足をする。 「そうか! 腰を意識して歩けば女らしい動きになるんですね」 ショートカットのよく似合う神原槿が、大きく頷く。槿にとってはこれが、ロストナンバーになって初めての依頼であった。 「壱番世界の流行はぜんぜんわかんないけど、リリイさんの作る服は素敵だって聞いてるし、あたし今回は『女の子』らしい役柄を演じたいんです。もっとがんばります!」 0世界での貴重な経験がますます増えますね、と、槿は期待いっぱいの表情でレッスンに励む。 「音楽を掛けたらどうかな? みんなのリズム感がもっと良くなると思うの」 そう提案したのはエレナである。 エレナはウィリアム執事のウォーキング講習を受けながら、実家で礼儀作法を教わったことを思い出し、少し懐かしい気持ちになっていた。瞬間記憶能力を持つ彼女は、他人の動きを全て視覚的に覚えているため、モデルたちの変化やちょっとしたズレの修正を指摘することができる。それらをさりげなく講師陣に伝え終わるころには、舞台にゆるやかなBGMが流れ始めた。 「ファッションショーって何するんだろって思ってたんだけど。演技しながら服を見せるのか。ミュージカルっぽいね。服ってヒラヒラ動くときが一番きれいな気がするもん、楽しみ!」 明るく言いながら、日和坂綾は軽快に歩く。武闘派女子高生の所作は、講師陣が絶賛するほど完璧だった。 背筋を伸ばして足音を立てず、そしてすぐ次の動作に移れる歩き方を、綾はすでにマスターしていた。 「ところでさぁ、モデルって、靴も変えなくちゃだめ?」 綾は、自分のトラベルギア『エンエン』を見る。本気で蹴ると相手の骨が折れる鉄板入りシューズは、綾の大事な相棒だ。 「その靴を生かせる役柄を、選べばいいんじゃないかしら?」 「そうか!」 マナに言われ、綾はぽんと両手を打ち合わせる。 「モデルの特訓って『モデル養成ギブスを身に着けて、頭の上にコップを乗せて平均台の上を歩く』んですよね! 大変そうだけど頑張ります!」 フェリシアは、なんかいろいろ誤解していた。のどかな地方で育ったためか、はたまた過保護な父親がネット規制をしたせいか。 華やかなショービジネスの世界に憧れていたフェリシアにとって、これは千載一遇のチャンス。冒険に臨む勢いで思い切って参加したのだが。 「べ、別に、緊張なんかしてないんだからねッ!」 緊張と気恥ずかしさのあまり、ツンデレキャラになっている。 「そうですよね! モデルになりたくない女の子なんていませんもんね! 私も負けませんよ。なんとしてもターミナルのトップモデルの座を勝ち取ります!!!」 藤枝竜は、ものっそ燃えていた。その迫力に誰かがツッコむ前に、 「は? た、耐火服? 誰がそんなものを着ますか!」 すがすがしいボケをかますほどに。 「ウィリアムさん! 地獄の特訓をお願いします。本じゃなくて頭の上におまんじゅうかセクタンを乗せて歩けば集中力も倍増、楽勝です!」 しかし、このように燃え燃えな竜たんも、やはり乙女な部分はあって。 「かわいいワンピースとかチュニックを着たいなー。あ、でもなんとかレンジャー的なものもいいかも」 ささっとノートを開き、ひらめいたデザインを描きとめる。どうやらリリイに希望を出してみるようだ。 「はぁー、イケメンと美少女の群れだな。眼福眼福」 たいそうサマになっているウォーキングとその長身で目立っているのは、ファーヴニールである。とあるロストナンバーから、とある場所で特訓(?)を受けていたらしい。 なお、彼は、メイクスキルもウリであるので、 「よかったら俺、メイクしよっか?」 と、モデル仲間の女子たちに声を掛けたりしている。 そして、詩希たんやフェリシアたんが、そっと手を挙げたのだった。 (せっかくだから、普段やれそうもない役に思い切って挑戦しようとしたんだが。……思い切り過ぎたかもしれない……) 周囲のそうそうたる美形陣に、山本檸於は気圧され気味である。 自身を平凡な大学生だと思っているからだが、しかし、平凡な大学生は、機神レオカイザー1/50スケールモデルをトラベルギアとして起動させて、ええ声で叫ぶ人生は歩むまい。 「よく通る声だ。台詞の多い役が向いている」 「え? あ、鍛えてるから! じゃなくて、その、さ。やるからには、服を引き立てるモデルにならないとな」 「重心移動を考慮すると、もっと動きが滑らかになるだろう」 ウィリアムの指導どおりに歩いてみた檸於は、自分の上達ぶりに驚いた。 「へえ……! こう歩けば颯爽と見えるのか」 「そういえば、衣装合わせとかはないのかな?」 雪深終は、劇場をひと回りして、皆の様子や進行状況を確認してから舞台に戻ってきた。 「どう動けば布が一番映えるか、試してみたかったんだが。……まあ、まずは練習あるのみか。指導を頼む、ウィリアム。……それにしても」 ウィリアムを見上げ、終は少し考える。 (出身世界では背の低いほうじゃなかったはずなのに、0世界だと女性の背丈が俺と大差なかったり……。やはり舞台に立つものは背の高い方が見栄えがいいような……気にするほどのことでもないが……でも、色んな奴がいて良いんだよな、多分) ちょっと複雑な、終くんだった。 * * * リリイが先ほどから、座席の端に座っていることに、最初にエレナが気づいた。 「リリイ」 「あら、少女探偵さん。この間は依頼を受けてくれてありがとう。おかげで、ほら——」 仕立屋は、仮縫いが終わったばかりの衣装を数枚、持参していた。 希有な貝殻の染料で染め上げられた美しい布は、花が咲きこぼれるような服に仕立て上げられている。縁取りに縫い込まれた小さな宝石は、よく見れば純白の貝殻だった。 「まだ準備段階だし、仮縫いのままだから、本当は衣装合わせの予定はなかったの。だけど、私の服を着てみたいって、たくさんのひとが言ってくれたから、うれしくて、つい、ね。大至急、何枚か持ってきたわ」 「あたしも、着ていいの?」 「もちろんよ」 「びゃっくんも?」 「ぜひ」 「リリイちゃん、おひさし!」 腰の強い白髪をなびかせ、八帳どん子が駆け寄ってきた。 「この前はキュートでフリフリな服を作ってくれて、あんがとねっ」 「どういたしまして。その笑顔が、仕立屋の喜びですもの」 「リリイちゃんのためならあたし、一肌脱ぐよう! 脱ぎ倒すよう!」 「ふふ、たくさん着てくださいね。モデル参加してくれるの?」 「うん! ちっと恥ずかしいけど、清水の舞台からきりもみジャンプするつもりで!」 どん子は声を落とし、リリイの耳に口を寄せる。 「……実はね。ダンディーなウィリアム執事に接近遭遇してみたかったんだよね」 言うなり、どん子は身を翻し、ウォーキング講座へと戻る。 その背を見送り、ありがとう、と、仕立屋の唇が動いた。 ACT.4■そして、開幕へ —— To be continued……
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