古城に灯が入っていく。それに誘われるように、仮装の人々が城門に吸い込まれていく。ある者はとんがり帽子と黒マントを纏い、ある者は蝙蝠のモチーフをあしらった杖を振り、ある者はゴーストの仮面を被っている。
ヴォロスの辺境、『栄華の破片』ダスティンクル。古い王国の跡地に建つ、微細な竜刻を多数内包する都市である。入城した人々を出迎えたのはこの土地の特産品であるお化けカボチャだった。カボチャをくり抜いて作られたランタンがそこかしこに飾られ、大広間にもカボチャを用いた料理や甘味がずらりと並んでいる。
「ようこそ、皆様」
という声と共に、黒のロングドレスと仮面で装った老婦人が現れた。領主メリンダ・ミスティである。先代の領主の妻で、数年前に謎の死を遂げた夫に代わってこの地を治める人物だ。
「今宵は烙聖節……この地に埋まる竜刻と死者たちが蠢き出す日ですわ」
冗談めかしたメリンダの言い回しに来客達は顔を引き攣らせた。
「共にこの夜を楽しみましょう。けれど、お気をつけあそばせ? あたくし一人では手に負えない出来事が起こるかも知れません――」
未亡人探偵。領民たちはメリンダをそう呼んでいる。面白い事が大好きで、不可思議な事件に首を突っ込みたがるのだと。
時間は少し遡る。
「要はハロウィンみたいなモノ? はいはーい、エミリエがやる!」
元ロストナンバーであるメリンダから依頼が届き、エミリエ・ミイがそれに飛び付いたのは数日前のことだった。
烙聖節。かつての王国が亡んだとされる日で、死者達が蘇って現世を彷徨うと言われている。そのため火――生者の象徴である――を夜通し焚き続け、竜刻の欠片を用いた仮面や仮装で身を守るのだ。今日では一晩中仮装パーティーを催す行事として息づいているらしい。
王国は巨大な竜刻を保有し、『聖なる祝福を受けた血』と呼ばれる王族が支配していたが、度重なる戦禍で亡んだ。王族は焼き殺され、竜刻も粉微塵に砕けて各地に飛散したという。ダスティンクルから出土する竜刻の大半はこの時の名残だ。
「昔のお城は領主のお屋敷になってて、そこにみんなを集めてパーティーするんだよ。楽しそうでしょ? でもね……烙聖節の夜は不思議な事が沢山起こるんだって。竜刻のせいなのかな?」
エミリエは悪戯っぽく笑った。彼の地には調査の手が殆ど入っていないため、メリンダと繋ぎをつけておけば今後の任務がやりやすくなると付け加えながら。
「依頼って言っても、難しく考えなくていいと思うな。あ、ちゃんと仮面と仮装で行ってね!」
さざなみのような談笑が広がる。仮面と仮装に身を包んだ人々が続々とダンスホールに集まっている。
「さあ、皆さん。ランタンをひとつずつお持ちになって」
未亡人探偵が指し示す先には掌サイズのカボチャランタンがずらりと並んでいた。竜刻の破片を固形燃料代わりに用いているのだろうか、ランタンは七種類――赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――の炎を灯している。着飾った人々は各々好きなランタンを手に取っていく。
楽団が奏でる調べが流れ始める中、未亡人探偵ことメリンダは皆の前に進み出た。
「全員に行き渡りまして? 準備はよろしいかしら」
黒い水鳥の仮面の下、ダークレッドで彩られた唇がすいと持ち上がった。
「それではこれより舞踏会を開催いたします。作法はご存じのことと思いますが……ダンスを共にできるのは同じ色の炎を持った相手のみですわ。同じ色の相手が複数いれば途中でパートナーを変えても構いませんが、違う色の炎を持った相手へのお誘いは慎んで下さいませ。皆が仮面や仮装で装っておりますから、お相手の正体は分からないかも知れませんけれど」
料理が次々と運ばれてくる。カボチャを贅沢に用いた軽食や甘味は目にも楽しい物ばかりだ。
「どうかお気をつけあそばせ。今宵は烙聖節ですから、どこかに魔女が紛れ込んでいるやも知れません。彼女は幸福を授けてくれるとも、不幸をもたらすとも言われておりますわ。くれぐれも魔法に惑わされませぬよう……。それでは、佳き夜を」
高い天窓から青白い月光が降り注いでいる。さりげなくホールを後にしたメリンダが、ロストナンバーに目配せしたことに気付いた者はいただろうか。
一部のロストナンバーを別室へと導いたメリンダはくすりと微笑んだ。相談したいことがあると付け加えながら。
「予告状……というのかしら? “渡り鳥座の使い”を名乗る者からなのですけれど」
未亡人探偵が差し出したのは一通の封筒だった。宛名はメリンダ、差し出し人の名はない。中には一枚の羊皮紙がおさめられていた。
『お前の仮面を剥ぐ。渡り鳥座の使いはいつもお前を見下ろしている』
「剥ぐとは穏やかではありませんけれど、要はこの仮面が狙われているということだと思いますわ。領主家に代々伝わる品で、鳥の目の部分に竜刻を用いておりますのよ」
メリンダは自らの仮面を指した。確かに、水鳥の頭部に当たる部分に小さな青い石のような物が埋め込まれている。
渡り鳥座という星座は壱番世界のカシオペア座に似た形状であるそうだ。あのM字型が飛翔する渡り鳥のシルエットに見えるのだと。予告状の“見下ろす”という文言から、天窓のあるダンスホールに犯人が現れるのではないかというのがメリンダの予想だった。
「天窓は硝子の嵌め殺しになっております。ホールの入口は二か所。各々に人を配置しましたが、城全体を警備するには少々人手不足ですわ。それに皆が仮装や仮面姿ですし、正体を隠して入り込むにはうってつけですの。烙聖節の夜は外からもお客様がいらっしゃるものだから、見慣れない方が歩いていても不自然ではありませんし……。それでね」
自らの身にも危険が及ぶかも知れないというのに、メリンダは楽しげに笑った。
「渡り鳥座の使いの正体は魔女じゃないかしら? 渡り鳥座はWでもあります。ウィッチの頭文字ですわ」
この地方には壱番世界の英語に酷似した言語体系があるという。
「ね? 魔女の仮装はこの宴に紛れ込むにはうってつけだと思いません?」
仮面の下で、未亡人が意味深にウインクする気配が伝わった。
!注意!
イベントシナリオ群『烙聖節の宴』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『烙聖節の宴』シナリオへの複数参加・抽選エントリーは通常シナリオ・パーティシナリオ含めご遠慮下さい(※複数エントリーされた場合、抽選に当選された場合も、後にエントリーしたほうの参加を取り消させていただきますので、ご了承下さい)。