「図書館の中庭にも、ツリーを飾りたいの。それもできるだけ大きなやつ! いいでしょ?」 アリッサは言った。 リベル・セヴァンは、一瞬、虚を突かれたような表情になった。 世界図書館の事務室では、年末へ向けて、書類の整理作業が行われているところだった。 世界司書だけでは手が足りないと、多くのロストナンバーたちが手伝いに駆り出されている。「……それは……特に問題ないと思いますが……。……一般的なツリーですよね?」「一般的じゃないってどんな?」「あ、いえ――」 昨年のように世界計をツリーに見立てて飾り付けしてしまうよりははるかにマシだ。「おじさまの部屋の窓からも見えるようにしたいの。ウィリアムに頼んで、クリスマスの間はまた『夜』が来るようにしてもらって、できれば雪も降らせたいの」「……」 アリッサははしゃいでいるようだった。 そしてまた、ぱたぱたと駆け出していく。その後姿は、いつものイタズラな少女だ。 先のトレインウォーの直後は――ついに館長に会えた感激に涙を流していた。だがそのあとは、いくぶん沈んだような面持ちでいることが多かったアリッサである。それというのも、救出された館長は、ディラックの落とし子に肉体を捕獲されていた間の消耗が激しかったせいか、ほとんど寝たきりだったからである。 すぐに館長職に復帰するのは難しく、まだ当面は、アリッサが館長代理を務めねばならないようだった。「でも、とにかく、館長さんは帰ってきたんだし」 いつのまにかそこにいたエミリエがぽつりと言った。「だから、笑ってようよ、ってアリッサに言ったの」「エミリエ……」「迎えてくれたアリッサが浮かない顔だったら館長さんも元気になれないよ、って。せっかくのクリスマスなんだし……楽しまなきゃね」「そう……ですね」 かくして、ターミナルにもクリスマスがやってくる。 壱番世界の聖人の誕生に由来するという古い祝祭は、0世界にも祝福をもたらすだろうか。 ◆ ◆ ◆ ちらちらと、窓の外を粉雪が舞い始める。 ウィリアムがそれを一瞥したのも刹那のこと、すぐに手元に視線を戻し、カップに紅茶を注ぎ入れる。湯気とともに深い香りが漂う。「ひさしぶりだ……ウィリアムのお茶は」 ベッドの上で、彼は言った。「……」 巨漢の執事は何も言わない。ただ黙々と、おのれの仕事を続けるのみ。「留守中のこと――、礼を言う。アリッサを守ってくれて」「……」「エヴァはどうしている? 『ファミリー』の誰かが何か言ってきたか」「……まだ何も」「そうか。だが急がなくてはならないな」「ご無理はなさらぬよう」「……時間がないかもしれん……」 その時だった。 ノックの音がかれらの注意を引く。 ウィリアムが開けた扉の向こうに、アリッサがいた。「あ、いい匂い。お茶を淹れてたのね。ちょうどよかった」「何か」「甘露丸がシュトーレンを焼いてくれたの。すこしだけ……いいかしら。それと、できれば……みんなも、お見舞いがしたいんじゃないかな、って思って」 アリッサのうしろに、幾人ものロストナンバーの姿をみとめて、ウィリアムはいくぶんけわしい目付きになった。「あまり大勢は」「わかってる。でも、せめて、この間のトレインウォーに協力してくれた人たちだけでも」 執事はベッドを振り返った。 館長エドマンドが、静かに頷くのがわかった。「……ここは手狭なので、部屋を変えましょう。あまり長時間は無理ですよ」「わかってる。シュトーレンを切って待ってるわ!」 アリッサは笑顔を浮かべた。!注意!このパーティーシナリオは、ご参加いただいてもノベルに登場できない場合があります。その場合も返金等はできませんので、あらかじめご了承下さい。(1)このシナリオのノベルには、何人の参加者がいても「30名」までしか登場しません。(2)参加者に「トレインウォー:壺中天クエスト」の攻略掲示板でリーダーを担当したキャラクターか、シナリオ『【インヤンガイ大捜査線】彼の足取りを追え!』に参加したキャラクターがいれば、優先的に登場できます。(3)上記優先キャラクターが登場して30名に達しない場合、残りの参加者の中からプレイングによって選ばれたキャラクターが登場できます。
「ふむ、よさそうじゃの」 甘露丸は発酵させておいた生地の様子を見て言った。 「今日は大勢、手伝いに来てくれたから助かる。年の瀬はなにかと忙しいからのう。こっちは片付けておいてくれるかの?」 黒いシャツのロストナンバーに使え終えた道具を渡しつつ、甘露丸は生地に干し果物を練り込むように言った。 「よし、やるか」 「はい、隊長!」 腕まくりするナオト・K・エルロットと、その傍らで青海 要。 「あ、隊長、そこの容器取って」 「これか」 「ナッツは小分けにしていったほうがやりやすそう。隊長、お願い」 「おう」 「あ、隊長、そこ、ラップ敷いてからね」 「……なんか俺、隊長とか言われてるわりにやたら使われてない……?」 生地にドライフルーツやナッツを混ぜ込み、整形して焼く。シュトーレンはケーキというよりはパンに近い、壱番世界のドイツで伝統的につくられている菓子である。 「これって館長の好物なのかい? 良い匂いがするなぁ」 秋吉 亮が言った。 まだオーブンに入れる前だが、ナッツやドライフルーツはあらかじめ洋酒に漬けてあって、その香りだけでも華やかだ。 「シュトーレンに会うお茶も用意しないとですね。甘露丸さん、館長さんの好きな紅茶の銘柄って何かな?」 サシャ・エルガシャが訊く。 「普段はウィリアムが淹れておるが……おらんときは、アールグレイをお出ししておるかの」 「わかりました。……あの、館長さんって、ひょっとして英国の人だったりする?」 「そうじゃ」 「やっはり!」 サシャは嬉しそうな表情を浮かべた。 アリッサが館長のことを慕っている様子は傍目にもよくわかる。見ていると、サシャも「旦那様」とのことを思い出さずにはいられないのだ。 そんな会話の切れ端を聞くともなしに聞いていたナオト。 シュトーレンをオーブンにいれながら、ともに手伝ってくれている厨房のメイドに話しかけた。 「アリッサちゃんはコンダクターだろ? 館長もコンダクターなわけ?」 「ええ、左様でございますよ」 「アリッサちゃんはおじさまって呼んでるけど……一体どういう関係なの?」 「……はい?」 「いや、だからつまり……」 「ご親戚でいらっしゃるのでは?」 「ああ……そう、だよね……」 「館長とアリッサって」 要が会話に加わってきた。 「どのくらいココにいるの? 館長はずっと館長やってるのかなって」 「それはそうですよ。だって0世界を発見されたのが館長様で、世界図書館をつくられたのがファミリーの皆様でしょう?」 「ふーん。……あ、コレただの好奇心!」 にこり、と微笑みで結んだ。 クアール・ディクローズは一画を借りてクッキーを焼いた。 なかなかの仕上がりだ。これも差し入れに加えてもらおうと甘露丸のところへ運ぶ。 「とりあえず一般的なミルククッキーと、チョコチップを加えたものの二種類です。お口にあえばいいのですが、館長はどんな味が好みなのでしょうか?」 「これでよかろう。へんに手の込んだものより喜ばれる」 「ところで、館長はヴォロスの旅で、かのドラグレット族の二つの試練を、たった一人で乗り越えたと聞きました。私自身は参加していませんが、その試練は過酷なものだったと聞いています。身も心も、強いお方なのですね」 「そうじゃのう……」 「普段の館長はどんなお人なのでしょうか」 「わしにはただのぼんやりしたオッサンに見えるがのう」 「え」 ちょっと意外な物言いだった。 「じゃがむろん、頭も良いし……なんというか、いろいろなことに長けておらねばならぬ身じゃしのう。あのファミリーの中で立ち回るというだけでも、わしなんぞ、想像しただけでこう――」 「ファミリー」 それまで黙々と作業に徹していたデュネイオリスが、その言語を聞き留めて顔をあげた。 「ときどきその単語を聞くが……どういうものなのだ?」 「ファミリーは世界図書館の理事会じゃよ」 「理事会。ふむ」 「それってつまり、0世界で権力を持った人達なの?」 ティリクティアが、ずばり率直に訊ねた。 「だって私覚醒したばかりだから分からないんだもの」 「いや私も知らなかった。この世界図書館……いや、0世界というべきか。我々の知らないグループや人物が、多数いるということか。にしても理事会というからには我々に紹介があってもよさそうなものだが」 「ああ、すまん、理事会は正確ではないかもしれぬな。ファミリーというのはその……最初に世界図書館をつくった、館長とその親戚を含めた一族をそう呼んでいるだけなのじゃ。理事会とは重なっておるが……たとえばお嬢様は理事会のメンバーではないが、ファミリーの一員と言えばそうじゃろうし、しかしお嬢様だけは他の方々とはちょっと違うというか……とにかく、言えるのは」 甘露丸は声を落として言った。 「ものすごく、ややこしいのじゃ」 「館長はファミリーなのよね?」 「それはむろんそうじゃ。……ここだけの話じゃが、ファミリーの方々にはかかわらぬが吉じゃぞ。どのみち、ほとんどの方はチェンバーか壱番世界で暮らしておって、もう図書館の運営にも興味を持たれておらぬがの。強いていえば、あの方は特に要注意じゃ」 「あの方とは」 「名前を出すのも畏れ多いあの方じゃよ。ゆれにわれらはレディ・カリスとお呼びしておる」 シュトーレンが焼きあがった。 「うわあ」 亮が思わず歓声をあげ――そして、彼のお腹が鳴ったので、人々は笑った。 「余ったぶんは持って帰るがええぞ」 「あ、ありがとう。でもなんか悪いし……せめて、これ届けるの、やるよ」 赤面しながら、亮が運搬役を買って出た。 ワゴンを使って、アリッサたちがお見舞いに向かった部屋へ。 焼き立てのシュトーレンが運び込まれることで、お見舞いのお茶会が始まった。 ◆ ◆ ◆ 「お久しぶりです、館長さん。顔色もだいぶ良くなってきたようで安心しました」 館長と最初に『壺中天』で遭遇したロストナンバーのひとり、七夏が挨拶を述べた。 「これ、よかったら貰ってください。これからもご自愛くださいね……?」 彼女の手土産は男物のストールのようだった。 「あ、じゃあ、俺もこれ――」 西 光太郎が、干し果物の入った袋を渡す。 アリッサとともに訪れたロストナンバーたちは口々に館長へと挨拶をして―― 「あ、どうも、自分はアリッサちゃんと結婚を前提にお付き合――ギャアア」 元気よく前へ出てありもしないことを既成事実たらしめんとくわだてた烏丸明良は、表現しづらい動きで存在をアピールしたガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードのポージングに巻き込まれて撃沈した。 「エドマンド殿、拙者の壺中天プレイデータはご覧いただけたかな? あの投石で救えたのならば何よりである」 館長は暖炉の傍の椅子にかけたまま、頷いた。 高い鼻梁に、削げたような頬。端正な風貌の、壮年の紳士だ。 厚手のシャツのうえにニットのカーディガンを羽織り、襟元にはカメオとループタイ。火の傍にいるせいか血色もよく、落ち着いているように見えた。 この人物こそエドマンド・エルトダウン。 長年に渡り不在であった、世界図書館館長である。 「坐ったままで失礼する。皆もかけてほしい」 サロンのような広い部屋だった。 座れば沈み込むようなソファーがいくつもあり、ロストナンバーたちはそれぞれに座る場所を見つけて座った。それを見届け、ウィリアムが切り分けたシュトーレンと、お茶のカップを配ってゆく。 「皆には本当に感謝をしている。まさかあのようなことになるとは思ってもみなかった。あやうくあの『壺中天』で手詰まりになるところだった」 「その『壺中天』ですけど」 最初に話しかけたのは三ツ屋緑郎だった。 「奇跡少女」 ことん、とサイドテーブルに、インヤンガイで入手したフィギュアを置く。 「それから桂花公司、無双天地……貴方が壺中天で残した履歴です。これらを結んだ共通点って何だったんですか?僕、貴方には病弱な女児の隠し子でも同行しているのかと思ってたんですけど。メイメイは女児の趣味、桂花は病気関係、無双は現実では外に出られない子どもの遊び場、なんてね」 館長は肉体をディラックの落とし子に捕らわれ、意識体だけが『壺中天』をさまよっていた。 そのとき、彼の意識体が訪れたポイントに意味はあるのか、ということだ。 「……あの状態の私は必ずしも、まったく自由に移動できるわけではなかった。偶然、接続してしまった場所というのが正解だろうが、あるいは、私の無意識が反映していないとは言い切れないな。病弱な女児、か。フフフ」 ひっそりと、館長は笑った。 「それは暗示的だな」 ごくちいさな声で、呟く。 「意味なんて、なかった……?」 だとすれば、緑郎としては、肩透かしでもあるし、ムダに意味深な足跡を残したことに文句のひとつも言いたくなる。 「もし、あのとき」 七夏の質問がそこへ続いた。 「例の落とし子に遭遇しなかったら――館長の次の目的地はどこだったんですか?」 「ブルーインブルーに戻るつもりだった。やり残した仕事があったからね」 そのことはきみたちも知っているはずだ、と、目で問うのを受け、ガルバリュートが口を開いた。 「『沈没大陸』であるな」 彼を含めたブルーインブルー特命派遣隊がつきとめた、かの地における館長の活動、それはブルーインブルーの古代文明滅亡の謎を解くことで、壱番世界の滅びを避けられるのではないかという仮説にもとづいた研究だったと考えられていた。 「『沈没大陸』滅亡と、壱番世界のプラットホーム化は関係しているのかな。だとすればそう考える根拠は。そもそも……『壱番世界が滅びる』というのはどういうことなのか、はっきり言えるものは誰もおらんようだが」 「『沈没大陸』に栄えた文明はある時期までブルーインブルーで隆盛を誇ったにもかかわず、大陸ごと海中に没し、忽然と消えた文明だ。そのこととプラットホーム化とが関係するというわけではない。ただ……これは私の仮説なのだが、『沈没大陸』の文明は、本質的には滅びを免れたのではないかと考えている」 「……?」 「大陸が水没するほどの天変地異があったのに、その時期、ブルーインブルーの階層変動に悪影響が見られなかったからだ。この謎が解ければ、『滅びに瀕したものがとりうる方策』のヒントが得られると考えた」 だが、館長はまだその答えを見つけていない。なぜならば。 「オリバー博士に『自分は追われている』と語っていたそうだな」 アインスが言った。 事実、館長はブルーインブルーで何者かの襲撃を受け、同地での活動を中断した痕跡があった。 「その後、貴公の乗っていたロストレイルが何者かに襲われてカンダータに不時着したと、ミラー大佐から聞いている。貴公は一体何に追われていて、何に襲われたんだ?」 「……」 館長はしばし、沈黙した。 そして、 「私の行動が、良くない結果を招くと懸念しているものがいる。そう言っておこう」 と、答えたのだった。 それはあきらかに、回答としては不完全である。だが彼がそれ以上語るつもりがなさそうなこともわかるのだった。 「別の質問をしたい」 次の発言者はヌマブチだ。 「ガンダータに協力した際、ロストレイルを使ってガンダータ軍が異世界へ侵攻をする事は容易に想像がついたはず。にも関わらず情報を提供したのは何故か。……これは責めているのではなく――」 「カンダータ軍の異世界侵攻のリスクをどう判断したのかという問いだね」 穏やかに、館長は応える。 「リスクを低く見積もりすぎていたことの謗りは受けよう。だがあのときカンダータと協力することは有益だという判断があったのも事実だ。……たとえば、私のロストレイル0号機がカンダータに不時着したのはある種の襲撃を受けたからだが、同様の襲撃はスレッドライナーに対して行われていない」 「カンダータ軍をむしろ利用したと?」 ヌマブチの片眉がぴんと跳ねた。 「その結果、別の世界が侵略されることになったとしてもか」 「それは間違いなく私の罪だ」 「……」 値踏みするように、ヌマブチはじっと館長を見つめた。偽りは感じられない。では――。 (より巨大なものだというのか。館長が立ち向かおうとしている世界の危機とやらは。カンダータの異世界侵攻さえ些事――少なくとも、そのリスクよりも優先してあたるべき事柄だと……?) 「あの、カンダータのこと、もうすこし聞いてもいいですか?」 おずおずと、コレット・ネロが口を開く。 彼女は、ミラー大佐に会った時のことを語った。 「私、大佐に世界計を持っていますか、って聞いたんです。持ってないって言われたんですけど……でも、大佐は、きっと嘘をついてる。館長は……世界計の作り方をミラー大佐に教えたりしましたか? 異世界に侵攻するだけなら、世界計は必要ないのに。何より、嘘をつく理由もないのに」 「いや――。しかし、スレッドライナーの技術から、かれらが独自に《世界計》にたどりついた可能性はある。《世界計》はそれ自体は兵器ではないが、かれらが世界間移動技術を持つようになれば、移動の精度が上がるという意味では軍事的な意味もある。だから答えなかったのかもしれない。どのみち、今は心配に及ばないと思うが……ただ、ね」 館長はコレットに笑みを向ける。 「カンダータとは関係なく、《世界計》というものは実はとても重要な存在だ。ある意味、あれこそ世界群の本質と言ってもいい。その意味で、誰が創らなくても、《世界計》は実はすべての世界にあると言ってもいいのだよ」 館長の言葉は謎かけのようで、それを理解したものは誰もいなかった。 「あの、それって、どういう……」 「今はまだわからなくても構わないし、きみの風のゆくえがそこに向かわないのなら、何の意味もないことだ」 すこし、休憩を挟んだ。 紅茶で喉をうるおし、シュトーレンやクッキーを味わう。飲み物も食べ物も、申し分のないものだった。 「俺が聞きたいことは一つ!」 そして次に質問をしたのは明良である。 「他の司書はともかくなんでアリッサちゃんにも何も言わないで去ったのかってこと」 自分の名前が出たので、アリッサが顔をあげた。 それまで彼女は、ただ曖昧な微笑のまま、なりゆきを見守っていただけだったのだが。 「アリッサちゃんに隠さなければいけないような理由があったのか、それともアリッサちゃんを信用してなかったのか? 回答次第では……」 彼の手があやしい印相をかたちづくった。 「館長なだけにカンチョーの刑を!! ってそこでなんでスタンバイしてんの!」 「……!」 荒い呼吸で待ち構えているガルバリュートにつっこむ(指をではなく)良明に続いて、ハクア・クロスフォードが言葉を継いだ。 「何を隠しているかまではわからないが。ここにいる皆をはじめ、アリッサに協力して、貴方を救出したロストナンバーたちは力となってくれる存在のはずだ。そうまでして世界図書館と距離を取っていた理由を話してもらえないだろうか……」 人々の視線が館長に、そしてアリッサに集った。 「わ、わたしも」 彼女らしくもなくいくぶん緊張した面持ちで、アリッサは言うのだった。 「おじさまが、悩んでいることがあるなら……相談してほしい」 「世界の滅びだなど、1人、いや、少数で物事を当たるには、重すぎる問題ではないのか。独りで抱え込んでいるうちに、手遅れになってしまうということはないのだろうか……?」 「手遅れ」 館長はその言語が恐ろしいものであるかのように、低い声で繰り返した。 「何を焦ってるんだ」 エイブラム・レイセンの淡々とした声。 「『アンタの行動が、良くない結果を招くと懸念しているもの』ね……。でも、話し合えばある程度の理解は得られたはずじゃねぇの? でもアンタはそうしなかった。それとも、できなかった?」 「初め、追跡を封じたのは図書館と決別する為かと思った」 ロウ ユエだった。 「でもそれは違う。……行動を把握されれば、妨害されることが確定できだったから。実際、それはそうだった。単独で動かざるを得なかったのは、そうしなければ、図書館を割る可能性があったからかな」 「つまり」 ハクアが引き取る。 「あなたの敵は世界図書館に――」 「きみたち」 力をこめて、館長は言った。 「私にすこし時間をくれないか」 ずっと壁際のほうから、彼の様子を観察していたベルダは、息をつき、やれやれといった様子でカップに口をつけた。 「ほんと、いちいち思わせぶりでお騒がせなオジサマだねぇ……小さい頃は隠れん坊より鬼ごっこの方にハマった口かい?」 小さく、呟く。 「きみたちの言いたいことはよくわかった。だが考えてみてほしい。この場にいるものは、私を支持してくれたとしても、だ。不用意に口に出してはならないことがある。今ここで簡単に言えるようなことなら、私はそもそもこんな方法はとらなかっただろう。それに、本当に皆が皆、私に賛同してくれるかどうかは、私が何も話していない以上、それはわからないことだろう」 「何かないんですか」 西 光太郎は言った。 ずっとやりとりを聞いているうちに、たまらなくなったのだ。 この人には助けが必要だと彼の直感が告げている。それなのに。 「俺たちに、手伝える事は何かないんですか?」 「それを私は……考えたいと思う。私独りで限界があることは、さすがの私でももう十分にわかっているよ、アリッサ」 「おじさま」 「だからおまえたちに、どのように手伝ってもらうのがいいか。どうすればいいのか、考えたいんだ。この次のお茶会は、そのための場にしよう。そして、アリッサ、それはね……あの場所でやりたいと思う」 「あの場所――って?」 「あの古木戸の向こう側。ふたりでいつもサンドイッチを食べた場所」 アリッサにはそれで通じたようだった。 近くにいたものは、彼女ははっと息を呑んだことに気づく。 「あの、関係ないかもしれないんだけど」 小竹卓也が問うた。 「世界図書館は『チャイ=ブレとの契約』で始まった、って聞いたけど……それは一体何だったのかな、って」 「チャイ=ブレのために世界群の情報を集めることとひきかえに、ロストナンバーが消失の運命を免れることだが?」 「そうなんだけど、チャイ=ブレとは意思の疎通はできないとも聞いてるし、それなのに『契約』って」 「なるほど。それは……まず、たしかにチャイ=ブレと人類の意思疎通は難しいが、それはチャイ=ブレの存在が圧倒的すぎるからだ。こう考えてみてくれ。人間はアリと意思疎通することができない。しかし、人間はアリの特性を研究して知っており、ある程度、操ることもできる。われわれとチャイ=ブレの関係は、その人間とアリの関係に似ていて、それよりもうすこしだけそのアリが人間の意志を理解できるようになったレベルだと思えばいい。われわれはチャイ=ブレがどういう存在であるかを知り、それが求めているものを知った。だから『契約』を受け入れた。それだけのことだよ」 「その『契約』にもし反したら?」 「知ってのとおり。消失の運命が待っている」 「……」 どことなく。 それはちぐはぐなやりとりだったようにも、思えた。 ほぼすべてのものが発言を終えたところで、散開となった。 このあと、中庭にツリーを立てるとかでアリッサが飛び出して行った。 参加者たちが次々に辞するなか、ベルダがそっと館長に近づく。 「さっきの話」 「……」 「世界図書館の人間の中に謀反を起こそうとしてる奴がいるんじゃないかい?」 そっと囁いたのへ、館長は応える。 「そうとも言える。きみの想像したのとは違う意味でだろうがね」 ◆ ◆ ◆ 「わーっ、すごいすごい!」 アリッサが手を叩いているのは、大きなモミの木が、宙に浮遊しているからだ。 「俺サマは半径50m最強の魔術師だゼ、ヒャーヒャヒャヒャ。ンなツリーくらい1人で支えられるッつぅノ。で、どこに置けぁいいンでぇ?」 「ここ! このへん!」 ジャック・ハートの念動力で浮いていた樹木はアリッサの指示通りの場所にずしん、と着地。 「じゃあ、飾り付けですね。楽しみながらやりましょう」 アルティラスカがやわらかに微笑む。 「うん。みんな、お願いね」 「ようし、GO! ナイアガラトーテムポール!」 「電飾持ってきたのにゃー! ツリーに飾ろうなのにゃ!」 わいわいと―― ツリーを飾ると聞いて集まってきた面々が、木に登ったり、はしごをかけたり、セクタンを使ったり、あるいは背の届く範囲で飾り付けを始める。それだとどうしても上のほうが空いてくるので、ジャックが2、3人を念力で宙に持ち上げ、浮かされた人が焦ってじたばたするその姿を見てアリッサが笑った。 その様子に、へへっ、とジャックが頬をゆるめる。 「イイんじゃねェの?」 「え?」 「館長代理が暗い顔してッと、みんなも暗くなるからヨォ? 笑ってろヨ、笑えるように俺らが居ンだからヨ」 「……。ジャックさんて、雨の日に子犬拾うタイプだね」 「! なんだと!」 「お嬢さん、ちょっとこっち見て!」 「あ、はーい」 「……」 呼ばれて駆けていくアリッサを見送り、ジャックは微妙な表情だ。 「ンだよ。案外、したたかだな?」 「わー、派手~」 「豪華な方が元気出るでしょ。そんなことない?……いや、きっとあるって」 と、ハギノ。 「そう、だね」 「飾りにも意味があるらしいね。ちょっと調べてきたんすよ。星が希望で杖が助け合い。林檎は……なんだったっけ?」 「好きなものを吊るせばいいと聞いたのです」 そう言って、シーアールシー ゼロが枕をぶら下げている。 「館長も帰ってきたしアリッサの記念になる日にしよう」 「うん。ありがとう」 「……アリッサって思ったより背が高いな」 「そう?」 虎部隆はアリッサの傍らに立ったとき、それに気づいて言った。 「これ、飾りたいのにゃ。館長の部屋ってどっち側かにゃ?」 フォッカーが、『館長おかえり』と書いた木靴を用意していた。 「あっちのほうだよ。あの窓がおじさまの部屋なの」 「了解だにゃー!」 するすると木に登っていくフォッカー。 「そういえばさ。おじさまって言ってるけど、アリッサは館長の姪ってことでいいの?」 「ややこしいから、そういうことにしてるの」 「え」 実にあっさりと彼女が答えたので、隆はすこし驚いた。 「血は繋がってるの?」 「うーん。親戚なのは間違いないのよ。でもね、エルトダウン家とベイフルック家は、むかーしからお互いにお嫁さんとお婿さんが行き来してて、そもそも親族血縁もすごく多いし……とにかく、ものすっっっごくややこしいの」 「はあ……」 「『おじさん』っていうのは、自分の親のきょうだいってことでしょ。おじさまは、私のお父さんお母さんのどちらの兄弟でもないわ。だからおじさまって呼ぶのはおかしいかもしれないけど……」 「アリッサ殿」 会話に加わってきたのは、オペラ=E・レアードだった。 「貴方の父親の名は何と仰るのでしょうか」 「え? お父さん? ヘンリーっていうけど、どうして?」 「いえ……ご両親のお話をうかがったことがなかったので。その方は今、何処へ?」 「わからないの。私が小さい頃にいなくなっちゃった。だから、おじさまが、私の父親がわりのようなものだわ」 「そうだったのかー」 隆が初めて知った話を咀嚼していると、フォッカーが降りてきた。 「そういえば、アリッサは館長の姪になるんだっけにゃ?」 「ややこしいから、そういうことにしてるの」 同じ一幕が繰り返される。 「……そうだったにゃね。アリッサは館長と同じ頃にロストナンバーになったってことにゃよね。こっちに初めて来た時も館長と一緒だったのにゃ?」 「ううん。私のほうがすこしあとだったの」 「ではチャイ=ブレと契約した場面を見ていたりしたわけでは?」 飾り付けをしつつ、黒葛 一夜も話に加わってきた。 「それはないわ」 「でもそうなると……アリッサさん、もしかして俺より年上だったりします?」 「ロストナンバーになってからの時間を数えるなら、そうなっちゃうね。200年以上昔なんだから」 そんな会話を続けるかれらの頭上のほうで、ファーヴニールが翼をはやして、高い場所の飾り付けをしていた。 漏れ聞こえてくるアリッサたちの会話を耳にする。 (館長は、十中八九、なにかを隠している御仁だ) なにかそこには、重大な謎が隠されているのではないか――。畏れのようなものを感じないでもないが、努めて、冷静でいなくてはならないと、ファーヴニールは思う。 『館長』は、この世界図書館の創設者であり、チャイ=ブレと契約して今のロストナンバーたちの活動の基盤をつくった人物である。 その彼が、姿を消し、追跡を降り切った孤独な旅を続けた……。 さきほどお見舞いに行ったものの話では、いずれ「ある場所」で、館長からなんらかの話があるかもしれないとのことだったが……。 オペラの澄んだ歌声と、トラベルギアのハンドベルの音が鳴る。 するといくつもの硝子の鈴が出現した。それもまた、きらきらとツリーを彩り。 「これからどんな計画があるのですか?」 ふいに、ゼロがアリッサに訊ねた。 「計画って?」 「なにか、お考えなのでしょう? いつだって、驚くようなことを考えているのですから」 「私が? うふふ、そうかな。そうね……私も私なりに、おじさまのお手伝いができるか、考えてみようとは思ってるかな」 そう言って、にっこりと笑った。 「キレイに飾り付けできたねー。……あ、緋夏さん、何やってんのー?」 「チッ、バレたか」 てっぺんふきんに登り付いている緋夏の姿をみとめて、アリッサが声をかける。 寒いのか防寒仕様の緋夏は、頂上にサンタの顔らしきペーパークラフトを設置する。すると、電球が仕込んであるようで、カッとその双眸が赤く光り輝くのであった。 なんだか奇妙でシュールな光景に、大勢が笑った。 「嬉しい時や楽しい時は思い切り笑いましょうね」 アルティラスカが、そっとアリッサに声をかけた。 「……? う、うん……」 そして、そっと頷く。 そんなアリッサへ、ハギノが、 「サンタもいいけど、天辺にはこの星、お嬢さんが飾ったら? あの窓から一番よく見えるし」 と、星を手渡しながら言った。 「お嬢さんがツリーの責任者で、言いだしっぺだしね」 白い歯を見せる。 「わかったわ。……ジャックさん」 「おウ」 ジャックの念動力で頂上まで一気に舞い上がるアリッサ。 緋夏のサンタはそれはそれで見えるようにしておいて、星を設置する。 クリスマスツリーの頂点に輝く星は、ベツレヘムの星の呼ばれる。 壱番世界に聖者が生まれた日、夜空に輝いた星だという――。 「……」 アルティラスカは、そっと目を伏せた。 彼女は女神だ。 神なるものは来るべき運命を予感する。 (そう遠くない未来に――再び、別れの時がくる) だがその予言を、彼女があえて口にすることは、決して、なかった。 ◆ ◆ ◆ ターミナルのクリスマスは、ほかにもさまざまなきらめくような出来事と、楽しいさざめきの余韻を残して、過ぎて行こうとしていた。
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