オープニング

 レディ・カリスの鶴の一声で盛大な花見が執り行われることとなり、ターミナル中に桜が咲き誇る春の一日である。
 ここ、ターミナルの片隅にある茶房、『エル・エウレカ』周辺にも大量の桜が出現し、あたりは薄紅色に染まっていた。時折吹き付ける風に桜の花びらが舞う様などは、今のターミナルならどこでも見られる光景ではあったが、それはどこで見ても美しいのだった。
 そんなシチュエーションにおいて、お祭好きの巫子が店を巻き込んで何かを画策したのは当然とも言えたが、残念ながら今回は少し状況が違っていた。
「しかし、案外やわだな、おまえは」
 というのも、
「……樹上十メートルのところから落下してこの程度ならまだ優秀だと思って欲しいんだが」
 『エル・エウレカ』の料理番にして本職は世界司書という贖ノ森 火城が、脚と腕をコルセットで固められて重々しい溜め息をついている、という事態が展開されているからなのだ。
「そもそも、誰の所為だと思っている」
「さあ、年の所為か物忘れがひどくてな」
「あのな……」
 嫌味を込めて言っても、天然なのか腹黒いのか判らない巫子には通じた様子もない。
 要するに、火城は、茶房の庭にある樹木に登って手入れの剪定を行っていたところを、遊んでいると勘違いした影竜にじゃれ付かれて転落し負傷したのだった。
「しかし、困った。おまえの言う花見パーティとやら、今の俺ではどうしようもないぞ」
 今回神楽が立てた計画は、幸いにもまともだった。
 単純明快に、桜を見ながら美味しいものを食べて飲んで浮かれて騒いで元気になろう、という類いのものだったので、いつも諦め顔の火城も乗り気だったのだが、腕と脚をやられていてはどうしようもない。
「材料の手配くらいなら何とでもなるが……」
「なら、ゲールハルトに頼むか? 彼も料理や接客は得意だっただろう」
「……おまえはその花見会をどんな地獄に変えたいというんだ」
 何かを思い出したのか若干青褪めて盛大な溜め息をつく火城。
 神楽は小首を傾げてそれを見ていたが、ややあってぽんと手を打った。
「そうか、なら、もてなす側も募ればいいんだ。ターミナルには、料理好きなものや得意なものも多いだろう。事情を話して、手伝ってもらえばいい」
「ああ、おまえにしてはまともな提案だな。しかしそれは一考に値する話だ」
 ――と、いうことで。
 その翌日、ロストナンバーたちには幾つかの内容が盛り込まれたチラシが配られることとなる。
 ひとつは、美味とともに花見を楽しまないかという誘い。
 ひとつは、その手伝いを募る文言。
 友人とともに、もしくは友人をつくりに、彼らを喜ばせる腕を揮いに、それともちゃっかり商売をしに。
「要するに、せっかくのいい日和だからとことん愉しまなくては損、ということだな」
 結局のところそれだけなのだ、と言って、
「まあ、そんなわけだから、よければ遊びに来てくれ」
 神楽は道行く人々にチラシを手渡すのだった。

品目パーティシナリオ 管理番号1261
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント皆さん今晩は。
春のイベントに乗っかって、お花見のお誘いに参りました。

春爛漫桜色、な『エル・エウレカ』にて、お花見をしたり食べたり飲んだり歌ったり踊ったり脱いだり潰れたり、それを傍目に観ながら料理をしたりお給仕をしたりお友達との親交を深めたり、しませんか。

難しいことは一切なし、基本的にはボツ・不登場もなしです(プレイングによって登場の割合に差が出ることはあります)。お好きなように、気の向くままにお過ごしください。

ご参加に当たっては、
1.花見をする(飲み食いする)
2.カフェの手伝い(という名の実質的運営)、もしくは商売をする
3.友人と親交を深める
4.その他の行動を取る
5.カフェの隅っこで手伝いに精を出す例のオッサンに声をかける
のうちのひとつないしふたつをご選択になり、具体的な行動をお書きください
(ネタで付け足してありますが、5をお選びの場合ナニが起きるか判りませんというか(ご選択のPCさんが)大変なことになるのは明白なので覚悟をお願いします)。
3をご選択の場合は、ご友人がどなたであるかお知らせいただければ幸いです(お名前が明記されていなかった場合は新たな出会いの場として適当に交流していただきます。友達増やそうキャンペーン、ということでお任せも歓迎)。


それでは、薄紅に揺れる春の茶房にて、皆さんのお越しをお待ちしております。

参加者
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
レヴィ・エルウッド(cdcn8657)ツーリスト 男 15歳 冒険者/魔法使い
祭堂 蘭花(cfcz1722)ツーリスト 男 16歳 忍者(忍術使い)
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)ツーリスト 男 21歳 従者
ワード・フェアグリッド(cfew3333)ツーリスト 男 21歳 従者
バナー(cptd2674)ツーリスト 男 17歳 冒険者
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
佐井藤 直(cetc3321)コンダクター 男 26歳 会社員
ナウラ(cfsd8718)ツーリスト その他 17歳 正義の味方
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生
春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)
テオドール・アンスラン(ctud2734)ツーリスト 男 23歳 冒険者/短剣使い
しだり(cryn4240)ツーリスト 男 12歳 仙界の結界師
理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
カンタレラ(cryt9397)ロストメモリー 女 29歳 妖精郷、妖精郷内の孤児院の管理人
ラス・アイシュメル(cbvh3637)ツーリスト 男 25歳 呪言士(じゅごんし)
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
雪峰 時光(cwef6370)ツーリスト 男 21歳 サムライ
小早川 蓮(chwt3412)ツーリスト 女 14歳 女子中学生
ヤマブキ(czcw9404)ツーリスト 女 5歳 忍者勇者(くの一)
ハルカ・ロータス(cvmu4394)ツーリスト 男 26歳 強化兵士
フラーダ(csch1176)ツーリスト その他 0歳 獣竜のもふもふ
ゼロ= アリス(cesf8836)ツーリスト 女 16歳 ヴァルキリードライバー
風峰 爽太(cwsp4152)コンダクター 男 10歳 小学五年生
歪(ceuc9913)ツーリスト 男 29歳 鋼の護り人
南雲 マリア(cydb7578)ツーリスト 女 16歳 女子高生
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
アインス(cdzt7854)ツーリスト 男 19歳 皇子
ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
アレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハート(czxd9606)ツーリスト 男 38歳 獣王候補者
ルゼ・ハーベルソン(cxcy7217)ツーリスト 男 28歳 船医
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
迦楼羅王(cmrt2778)ツーリスト 男 29歳 武神将
妓紹(cnax1695)ツーリスト 女 27歳 屍人遣い
冷泉 律(cczu5385)コンダクター 男 17歳 貧乏性な大学生
桐島 怜生(cpyt4647)コンダクター 男 17歳 騒がしい大学生
黒城 旱(cvvs2542)ツーリスト 男 35歳 探偵
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
ミケランジェロ(chwe5486)ツーリスト 男 29歳 掃除屋・元芸術の神
湊晨 侘助(cfnm6212)ツーリスト 男 28歳 付喪神
呉藍(cwmu7274)ツーリスト 男 29歳 狗賓
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
カーマイン=バーガンディー・サマーニア(cyzd2860)ツーリスト 男 24歳 絵に描かれた鳥

ノベル

 1.うたげのはじまり

 『エル・エウレカ』とその周辺は大層な賑わいだった。
 呼びかけに応じて集まった人々が、飲み食いしたりカフェを手伝ったり商売をしたりその他もろもろの遊びに興じたりして、そこには実に楽しげな空間が広がっている。
「いらっしゃいませ、『エル・エウレカ』にようこそ!」
 ミニスカ黒メイド服姿のディーナ・ティモネンは、接客に追われつつも五段重ねのお重いっぱいにつくった肉団子を配り歩いていた。肉団子は一段ごとに味が変えてあり、甘辛い餡がかかっていたりタレ焼きだったり味噌焼きだったりと工夫も凝らされていて、しかもなかなかの美味と評判なのだが、
「……花見に、なんで肉団子? いや、俺もそんな花見ばっかり意識はしてないけど」
 同じく手伝いを志願した相沢 優の言葉に、ディーナは小首をかしげた。
「お花見って、お団子が要るんでしょ? だから。何か、違った……?」
「いや、花見団子って、甘いお菓子のほうじゃないかなーって」
「えっ」
「あ、うん、知らなかったんならいいんじゃね? これ、確かに美味しいし」
 さわやかな笑顔で絶妙のフォローを入れつつ、優はあっさりした和風野菜サラダやラタトゥイユ、野菜のフリットのほか、炊き込みご飯のおにぎり、大きな塊肉にスパイスを揉み込んで豪快に焼いたもの、桜のケーキや抹茶入りチーズケーキをつくり、せっせと運んでいた。
 それを見て、ディーナも深くうなずく。
「うん、私も今日は神楽の手伝い、頑張るよ……スイッチ、切り替える」
「まあ、その神楽は向こうで酒飲んでるけどな……で、しだりはともかく、隆、なんでそんなとこに隠れてんの?」
 厨房の傍に聳え立つ、ひときわ大きな桜の木の下で、賑やかに楽しむ人々を観察しているしだりと、桜の木陰に隠れているつもりで身体半分ははみ出ている虎部 隆の双方を見比べながら優が首をかしげると、隆はぶんぶん首と両腕を振った。
「バッ、今の俺は桜なんだ、放っておいてくれ! ……キューブをいじって桜の赤みを強くしようとしたら血みたいに真っ赤になったから逃げてきたとか、ほとぼりが冷めるまでここらに潜伏するつもりとか言わねぇし!」
「いっそ清々しいくらい駄々漏れだなあ」
 じっと人間観察を続けているしだりにケーキを勧めつつ優が言う頃には、隆はイケ子ウォッチングなるものを始めている。
「百合、タンポポ、梅、牡丹、菫に鈴蘭……あ、ディーナさんは木瓜の花かな!」
 どうやら、道行く女性陣を花に喩えているらしい。
 それを呆れ顔で見やったあと、優は色とりどりの料理が入った皿を手にする。
「さて、このへんの料理を客席に……っと、結構たくさん出来たな」
「……しだりも、手伝おうか」
 危なっかしい様子に、つい、といった様子でしだりが声をかけると、優はうれしそうに微笑んだ。
「うん、ありがとう」
 皿を手分けして注文者のもとへ運ぶ。
 運んだ先のひとりはリス型獣人であるバナーで、
「花、綺麗だね……って言っても、僕は花より団子だけど」
 テーブルを皿でいっぱいにしながら、あれもこれも、と美味しそうに料理を食べ続けている。
「さすがに苦しくなってきた……食べ終わったら、散歩でもして身体を動かそうかな」
 美味しいものばっかりだから困っちゃうよ、と笑顔のバナーをじっと観察したあと、しだりは小さな息を吐いた。
「疲れた、しだり?」
「……うん」
 実は、人が大勢集まる場所はあまり得意ではないのだ。
「少し、休めば? あとで、いっしょに団子を食べよう」
「うん」
 優の薦めにうなずき、しだりは畏怖を覚えるほど青い龍の姿になり、特に丈高い桜木の、太い枝に巻きついた。ここで、ゆっくりするつもりらしい。
 次に向かった先で、妓紹は、夜桜を模した着物を纏い、紅天狗を連れてテーブルについていた。
「おお、優」
「あ、妓紹さん、お待たせ」
 優が、特製の炊き込みご飯おにぎりや和風野菜サラダを置く。
「優は手が巧みなのじゃな……これは、うまい」
「そうかな、ありがとう」
 照れくさそうに笑う優に笑いかけ、妓紹は、穏やかに流れてゆく時間に幸せを感じていた。
「桜という花は大層に美しいものじゃのぅ……散るもまた、風雅か」
 目を細め、微笑む彼女は美しい。

「桜ホワイトチョコレートケーキ、お待たせしましたー!」
 トレイに綺麗な色合いのケーキとお茶のセットを載せた、祭堂 蘭花が走り抜けてゆく。
「蘭花、こちらにもそのケーキを頼む! わたくしはマカロンを取りに戻るゆえ」
「OKジュリエッタ、任せて!」
 ミニの着物にエプロンという出で立ちの蘭花と、Aライン風のゆるやかな花柄ワンピースにタイツ、サボサンダルという、いわゆる森ガール風衣装に身を包んだジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、ツートップの看板娘とでもいえばしっくり来るだろうか。ふたりは、仲良く接客に精を出している。
「その桜ホワイトチョコレートケーキ、美味しそうじゃのう。何でも、蘭花の手製とか?」
「うん、もともと食堂茶屋で働いてたし、料理は大得意なんだ。経験を生かすのにもちょうどいいじゃない? でも僕、ジュリエッタのそのマカロンも食べてみたいな。色んな味があるんだね」
「うむ、定番のヴァニラにショコラ、梅に抹茶、個人的にトマト味のものもつくったぞ」
「あ、これもトマト? ひとつもらおうかな」
「む、その真っ赤なマカロンは辛党用のハバネロ味じゃ!」
「うわっ危なっ!? これ、食べる人いるのかな……罰ゲーム用?」
 言って、蘭花はひとつ息を吐いた。
 さすがに、店内を飛び回るのに疲れてきたのだ。
「僕もお花見したいなー。景色を眺めながらお茶とか飲んでゆっくりしたいかも」
「そうじゃな、わたくしもじゃ。なら、手が空いたときの休憩に、互いの菓子を交換するというのはどうじゃ?」
「あ、いいね! じゃあ、それまでもう少し頑張ろっと」
 楽しげに微笑みあい、ふたりはまた華やかな笑顔を振りまきながら接客に精を出すのだった。

 ベルゼ・フェアグリッドはというと、相棒、ワード・フェアグリッドとともにお花見に来ていた。
「こうして一緒にさ、木の下で美味いモン食ってると、なんか昔を思い出すよな。ばーちゃんの焼いてくれたアップルパイとかな。ワードも覚えてるだろ? キシシシッ」
 ふたりは、茶房から饗されるもの以外にも、甘い味付けの餅や団子を持ち込んで仲良く食べていた。
 酒好きなベルゼはぶどう酒を持ち込んでおり、実はかなりへべれけだ。
「そんでさ、あん時はさ……」
 酔いも手伝って陽気になり、杯を重ねつつ喋り続けるベルゼを、ワードは穏やかな眼差しで見つめながら、時折相槌を打っている。
「ワード、お前も何か言えよ」
「うン? だっテ、ベルゼ、よく喋るカラ、邪魔しちャ悪いかナ、って。僕ハ、聞いているノガ楽しいシ」
 ワードが言うと、泥酔状態のベルゼは言葉につまり、そのあとワードにしがみついた。
「どうしたノ、ベルゼ?」
「ワード……お前はもう、いなくなるんじゃねーぞ」
 むにゃむにゃ、と、口の中で転がされた、
「他の従者にナニ言われたって構うな、俺とお前はいつでも一緒……」
 その言葉は、自分に抱きついたままベルゼが眠ってしまってからも、ワードの中で反響し続けた。
「アア……懐かしいネ、本当ニ。……そうカ、僕が気にしてるコト、気付いてタんだネ。もう戻れないト、思ってるコト。……僕ハ、戻れるのかナ、ベルゼ。……戻っテも、いいのカナ」
 ベルゼの寝顔を見つめてつぶやくワード。
 と、そこへ、
「こんにちは、初めまして。ラス・アイシュメルといいます、どうぞよろしく」
 爽やかな、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 振り向けば、そこには知り合いの好青年がいて、色々な人たちに話しかけては握手を求めている。笑顔で応じる人々に向けるにこやかな視線が、ほんの一瞬探るような目つきになるのは気のせいだろうか。
「……ラス?」
 ワードの呼び声に気づき、ラスはやはり爽やかな笑みとともに歩み寄った。
 しかし、実を言うと、
(この人、善人過ぎて良心が痛むから苦手なんですよね……)
 『別世界の自分』がいないかどうか探すため、という若干邪な理由で花見に来たラスには、ワードは眩しすぎる存在なのだった。
「どうしタノ、ラス? お団子、食べル?」
 無垢な眼差しに抵抗出来ず、無論そのままのんびりしたお茶会となる。

「うん……みんなが笑ってくれると、嬉しいな」
 ナウラはロストナンバーたちの笑顔を目に焼き付けていた。
 手には、少し休憩しておいでと渡されたお茶と団子がある。
 種族間の争いのないこの0世界を貴く思うと同時に、
「またこうやって来年もお花見が出来るといいなぁ」
 すべての苦しみを乗り越えられればいい、などと思うのだ。
「……ん、よし、仕事に戻ろう」
 厨房が大変なことは明らかなので、ナウラはウェイター兼皿洗い役を志願していた。
 誰かの笑顔の糧になりたい。
 その思いで、『仕事』に精を出すナウラである。
 ナウラが裏方へ戻り際にすれ違った先では、シンプルだが味のある屋台が組み立てられつつあり、
「へえ、あとで覗いてみようかな」
 つぶやきつつ、奥へと引っ込む。
「鰍さん、こう?」
「ああうん、いい感じ……っと、ちょいずれたかな? ってぅおいそこのごくつぶし! 寝てねぇでちょっとは手伝え!」
 屋台を組み立てているのは探偵なんだか鍵師なんだか香具師なんだか判らない器用貧乏・鰍と、友人の南雲マリアである。
 いつもどおりの飴細工屋を、金銭を取るつもりもなく開いている鰍が罵る先には、ベンチにだらしなく伸びた、つなぎ姿に癖毛の男の姿がある。ツーリストだがほとんど壱番世界に入り浸っている彼は、鰍の知人でミケランジェロという。
「うっせェ、お前に養われてるわけじゃねェし穀なんてもの潰しちゃいねェっつーの。俺は単なる観客だ、気にしねェでキリキリ働け?」
「あーもう正論ぽいけどなんかハラ立つ……!」
 ギリィと奥歯を噛み締めた鰍に、ミケランジェロがベンチから蹴り落とされるまで数秒。邪魔だあっち行ってろと猫のように追い立てられるまで数十秒。
「ったく、なんだってんだ……」
 蹴り落とされた時に打った腰をさすりつつ、桜吹雪を見つつ歩いていたミケランジェロは、
「……おい、お前」
 見事としか言いようのない桜の巨木へふらふらと近寄り、憧憬の眼差しで見上げている人物に声をかけた。
 顔に紙が貼ってあり、どうもそれが表情をあらわしているらしいのだが、強い風が吹いて薄紅色の花びらを散らしても、その紙が吹き飛ばされることはなかった。
 彼はカーマイン=バーガンディー・サマーニア。
 ヒトの姿を取ってはいるが、その正体は紙で出来た鳥である。
 花見をしようとやってきた彼は、桜に魅入られたかのようにその場から離れられなくなって、
「……どれほどの技術と愛情をこめたら、このように見事な花を咲かせることが出来るのでしょうか」
 その真髄とやらがどこかにあるならば是非目にしてみたい、などと溜息をついていたところへミケランジェロから声がかかったのだった。
「はい、いかがなさいましたか?」
 振り向くと、紫の目の男が、カーマインの背中を指差している。
「それ、わざとか?」
「……?」
 言われて気づいたが、薄い紙で出来た彼の翼は、羽ばたくたびに静電気を引き起こし、風に舞う花びらを知らぬ間に集めて抱き込んでいたのだ。翼自体も、自然と薄ピンクの桜模様になっているのは、桜の髄が染み入った所為か。
「おや……これは」
「なかなか見事なもんじゃねェか。……せっかくだ、俺も描いてやるよ」
 彼の手には、いつの間にか何本もの筆。
 模様の合間に、飛び交う精緻な鳥を描き、
「ほら、よ」
 まとめて具現化させて空へ飛ばす。
 細面の流麗な鳥たちが空へ舞い上がると、何故かそれが自分の背から飛び立ったことが判って、
「見事でございますね……ありがとうございます」
 カーマインは(紙の面の)目を細めて喜んだのだった。

 その頃、歪は鰍が屋台を開いていると聞いて飴細工屋へ向かっていた。
「……花は、見えないが」
 樹木の香り、わずかに顔を覗かせた葉の香り、桜の花びらが散る衣擦れのような――笑いさんざめくようなかすかな音を楽しみ、あちこちから漂ってくるいい匂いや楽しげな笑い声に興味を抱き、あちこち立ち寄っているうち道に迷った歪が屋台へ辿り着いたのは、ミケランジェロが店主に蹴り出されてから一時間も経ってからだった。
「いらっしゃいませー、可愛くて綺麗な飴細工はいかがですかー。今日はお代はいただきませんので、どなたでもどうぞー!」
 紆余曲折を経て屋台に辿り着いたら、マリアが八面六臂の活躍を見せていた。
 呼び込みに注文取り、片付けや掃除にちょっとしたアシスタントまで大忙しだが、働くことは好きなようでとても楽しそうだ。
「鰍、マリア」
 歪が声をかけると、ふたりは同時に振り向いて、同時に笑った。
 やわらかい笑みの気配に、歪も微笑む。
「道に迷ったでしょ、歪さん」
「……何故判るんだ」
「予想通りだったな。まあいいや、ゆっくりしてって、」
 くっくっと笑った鰍の言葉に重ねるように、
「かじかじさーん!」
 元気な声が響き、大きなはばたきとともに空から純白の翼に漆黒の角という取り合わせの青年が舞い降りてくる。
「いや、一文字多いんだけどな。まあいいや、お前も何かつくってやろうか、理星」
「え、いいの? じゃあ、黒い竜のかたちがいいな。カッコいいやつ!」
 マリアと歪に挨拶しながら――この三人が集まるとなんとも微笑ましい――理星がびしっと手を挙げて自己主張し、鰍は判った判ったと笑って材料を手に取った。
「あっそうだ、先にお見舞いに行こうと思ってたんだ……あとでもらいに来てもいい?」
「ん、ああ、ちょっと時間かかるしな。置いておくからあとで来たらいいぜ」
 鰍の言葉にパッと顔を輝かせ、理星はお礼の言葉とともに『エル・エウレカ』店内へと駆け込んで行く。
 吹いてきた風が、桜の枝を可憐に揺らした。



 2.賑やかなお見舞い

 火城はいても邪魔になるだけだということでスタッフ用の部屋に引っ込み、本を読んだり新しいデザートのレシピなどを考えたりしていたが、ありがたいことに数人の見舞い客があって、無表情ながらとても喜んでいた。
「治癒力が高まり、心が安らぐ煎じ薬だ。店のことは皆で何とかするから、心配せずに養生してくれ」
 最初の見舞い客はテオドール・アンスラン。
 独特の、しかし馥郁と香る何種類かの薬香草を配合してつくったという薬茶を差し出され、
「ほう、これはよいものを……ありがとう」
 目を細めた火城が受け取った時、駆け込んできたのは日和坂 綾だった。
 何故か、手には油性のペンを持っている。
「災難だったねー、ホント。うちの道場秘伝の『怪我が早く治る』おまじないしてあげようと思って来たんだ」
 首をかしげるテオドールと火城には構わず、
「私もやられたことあるんだけど、ホントに早く治るから」
 言いつつ、火城の腕や脚を固めるコルセットに文字を書いていく。
 曰く、「運動神経切れてます」「骨粗鬆症」「ニブチン」などなど。
「赤面しそうなほど恥ずかしいこと書かれる方が、このコルセット叩き割ったらぁって奮起して早く治るんだよ☆」
 ドヤ顔でふたりを見上げると、ふたりは感心したように顔を見合わせ、
「なるほど、催眠療法にも近いのかな。意識に働きかけることで治癒力を高めようという。理に適っている」
「そのようだ。気は心とはよくいったものだからな。――ありがとう、綾」
 わずかな笑みとともに火城が返したところで、
「こんにちはー、火城さん大丈夫かー?」
 理星が飛び込んできた。
「なあなあ、ちょっとその白いの外して」
 しきりとコルセットを外せと促す理星の、いつにない積極性に首をかしげた火城が言われた通りにすると、
「俺の血、塗ったら大抵の傷はよくなるんだぜ!」
 理星はいきなり自分の手首を食い破り、溢れた血を骨折した箇所に滴らせた。
 さすがに予想外だったらしく、室内に微スプラッタ!? 的な空気が流れる中、
「どう?」
「……痛みが消えた」
 その場に立ち上がり、手を握ったり開いたりしながら火城がぼそりとつぶやくと、理星はよかった、と無邪気に笑った。ちなみに、理星の傷はすでにふさがっている。
「これで俺も裏方に回れるからありがたいが、しかし……無茶をする」
「んー? でも俺、自分が痛いより、火城さんが痛いほうがいやだし」
 全員で戻ると、最初に出会ったのは春秋 冬夏だった。
「あれ、火城さん、歩いたりして大丈夫なんですか? 無理しないでくださいね!」
「いや、皆のおかげで治った」
「あ、そうなんですか……よかったですね!」
 無邪気な、どこか幼い笑みを見せる冬夏は、誰かから注文を受けてサンドウィッチとオレンジジュースを運ぶ途中だった。
「あんまり役に立てないかもですけど、精一杯お手伝いさせて頂きます!」
 転ばないように注意しつつ、庭を抜けてゆく途中、あちこちを飾る薄紅が目に入り、
「……こんなに綺麗なのに、ちょっとだけ切なくなるのはなんでかな」
 桜という花に対して誰もが抱き得る不思議な疑問を口にしながら、冬夏は客席へと向かう。

 その頃ゼロ=アリスは同居人の風峰 爽太とともに茶房の運営を手伝っていた。
 元々ティーサロン『MercuryGarden』を経営しているアリスであるから、その接客は物腰柔らかながら凛として堂に入っている。
「こちらは『MercuryGarden』よりお持ちしました桜のロールケーキです。桜の塩漬けをあしらってありますので、春の香りを楽しんでくださいませ」
 やはり店から持参したという数百種もの茶葉から客の好みに合ったものを使ってお茶を入れつつ世間話に相槌を打つアリスの傍らを、
「はいはい、オーダーお待たせしました!」
 お茶とケーキをトレイに載せた爽太が走り抜けていく。
「アリス姉ちゃーん、こちらのお客さん、桜のスフレにダージリンだってー! ……しかし、忙しいなー。休憩時間、取れるかな……?」
 実は大好きなアリス姉ちゃんを喜ばせようと、この辺りでも一際美しい桜木を見つけてある爽太である。が、どうもふたりで抜け出して花見、というタイミングはまだ来そうにない。
「来年は、姉ちゃんと一緒に最初から客でってのもいいかもなあ」
 やれやれと息を吐いたところで、爽太はひとりの少女がサンドウィッチを振舞っているのへ行き逢った。
「おっ、うまそう」
 走り回って疲れたのもあって思わず口走ると、少女はにっこり笑って入れ物を差し出した。
「はじめまして、私、小早川 蓮です。よろしくね! よければどうぞ?」
「サンキュ! ん、あ、うまい……この玉子サンド、なんかやさしい味がする」
「わ、ありがとう、素敵なほめ言葉だわ」
 蓮は、これからともに冒険する仲間がほしいと思って今日のお祭りにやってきたのだ。覚醒したばかりゆえ、友達がいなくて寂しい……というのもある。
「姫ちゃんに素敵な友達が出来るといいわね……」
 その蓮を影から見守りつつ、ヤマブキは同じ忍者仲間(?)の祭堂蘭花に声をかけていた。
「こんにちは、身のこなしを見ると貴方も忍者みたいだけど……」
「ん、そうだよ。お姉さんも?」
「ええ。宇宙を護るくの一なの」
「マジで? スケールが大きいんだねー」
 同属同士親交を温めあうヤマブキと蘭花の傍らを、大きな桜抹茶パフェを掲げ持った冬夏がそろそろと進んでいく。



 3.きみといっしょ、が、うれしい

 音楽が奏でられ始めたのは、ティリクティアの要望によるものだった。
 見事な桜に感動しつつ、桜海老と蚕豆のパスタ、えんどう豆のポタージュ、たけのこ入り和風サラダ、鴨のコンフィなどを楽しんで食べたティリクティアは、桜や苺や瑞々しい果物をたっぷり使ったデザートに歓声を上げ、もうこれ以上は無理、というくらいに食べまくった後、
「花見では芸を披露するんだって聞いたわ」
 と、神楽に伴奏を頼み、やさしく春らしい歌を伸びやかな声で歌ったのだ。
 それは高く低く、妙なる響きで会場を満たし、
「あら……素敵な歌ね。気持ちが優しくなるわ」
 コレット・ネロはお弁当の包みを解く手を止めて微笑んだ。
「まこと、穏やかな佳き日でござるな……」
 雪峰 時光もまたかすかに笑みを浮かべ、テーブル上に桜餅を広げる。
「皆にはいつも世話になっているでござる、食べてくだされ」
「あら、これ、時光さんのお手製?」
「いかにも」
「美味しそう……上手なのね、時光さん」
「そういうコレット殿も」
 ほのぼのと互いのつくったものを褒めあうふたりを微笑ましく見やりつつ、
「食事を取ったら桜並木を歩きに行かないか、コレット、時光。……おまけでツヴァイもついてきてもいい」
 若干胡乱なことを言うのはアインス。
「誰がおまけだ!? ……まあいいや、コレット、向こうでこれ買ってきたんだ、一緒に……ごふっ!?」
 たこの変わりにウィンナーやチーズ、コーンなどが入った変わり焼きや、小洒落たフィッシュ&チップス、それからお祭りの定番とばかりに綿飴などをテーブルに広げようとして、
「……コレットのためにこのアインスが買ってきたものだ。好きなだけ食べてくれ」
「ちょ、おま……ぐふっ!」
 コレットや時光には見えない位置からアインスの鉄拳を食らい、手柄を横取りされた挙句沈没するのが双子の弟、ツヴァイである。
「ツヴァイ殿はいかがされたでござるか?」
「何、弟は脇腹を打ち付けたくて仕方ない年頃なんだ、気にしなくていい」
「はあ、さようでござるか……」
 小首をかしげる時光、信じんなよそこでとぶつぶつ言いつつ訂正を諦めて着席するツヴァイ。
 コレットの「いただきます」を合図に、皆でコレットの手作り弁当や菓子などに舌鼓を打つ。
 コレットのつくったたまご焼きとから揚げ、それからたこさんウィンナーに元気をもらい、すぐに復活したツヴァイが、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて足元を指差す。
「そういや桜の下って死体が埋まってるらしいぜ。てことは、この周辺にもさぞかしたくさんの死体があるだろうなあ。――お、そこ、時光の足元」
「ヒィ、何でござるか!?」
「なんか人間の腕っぽいのが生えてるぜー?」
「ぎゃああああああああ!」
「……なんてな。なっはっはっは!」
「ややややややめてくだされツヴァイ殿! このような佳き日に拙者をいじめて何が楽しいでござるかああああああ!」
「はっはっは、ツヴァイはいたずらものだな」
「そうね、お茶目さんね」
 時光の悲痛な叫びもむなしく、妙にほのぼのとした空気が流れる。
 と、そこへ、
「花見っていいよなあ、幾ら飲んでも、誰にも文句言われないんだから」
 かなりきついものと判る酒のビンを手に、ルゼ・ハーベルソンがやってくる。
「どこかに酒盛りしてる人、いないかな。コレをお裾分けして親交を深め……うん? おや、コレットじゃないか。来てるんじゃないかと思ったけど、やっぱり」
 ほろ酔い状態のルゼは、妹のように可愛がっている少女の姿を見つけると、にこにこ笑って歩み寄り、
「これ、会えたらお裾分けしようと思ってたんだ。よければ飲むといいよ」
 五種類のベリーを使った、爽やかで春らしい、色合いも綺麗なジュースをテーブルの上に置いた。
 それから、
「あと、これもね」
 言って、桜の花びらで作った冠をコレットの頭にふわりと載せる。
「うん、妖精みたいに可愛いよ。でも、花見の最中はどこかに飛んでいっちゃ駄目だよ?」
 酔っ払いの小っ恥ずかしい台詞に、
「うん……ありがとう、ルゼさん」
 コレットは嬉しそうに微笑んだ。
 そこへ更に声をかけたのが、
「お、コレット嬢ちゃんたちも来てたんだな。どうだい、俺特製のたこ焼き焼きそばは」
 カフェの手伝いに、「自分の食べたいものは自分でつくる」を実践している黒城 旱だった。移動式の屋台でたこ焼きを焼きながらの登場である。当然、とてつもなく食欲をそそる匂いが立ち上っていて、
「ん、いい匂いだな」
 アインスが目を細めるのへ、
「祭ン時は、やっぱりたこ焼きだの大判焼きだのの粉モンがねぇとなあ。ま、自分で食うのはもちろんだが、たくさんつくるつもりでいるから、好きなように食ってくれて構わねぇぜ」
 手際よくパックに詰めたたこ焼きに、ソース、鰹節、青海苔に紅生姜、マヨネーズで飾り付け、差し出す。
「コレット嬢ちゃんにはおまけだ、桜風味のアイスを載せたフルーツパフェなんかどうだい?」
「……いいの?」
「嬢ちゃんにゃ世話になってっからな」
「うん……ありがとう」
 皆によくしてもらって、はにかんだ笑みを浮かべるコレットに、その場の男性人がめろめろ(死語)になったことは言うまでもなく、ほのぼのとした空気が流れるのだった。

「ふむ……よい感じに出来たのだ」
 カンタレラは、壱番世界ならスペイン料理のピンチョに似ていると言われたであろう、串を使ったおつまみ風料理を仕上げた後、えびのアリオリソース焼き、鰯の揚げ物、肉詰めパンや焼き野菜サラダ、オリーブのマリネなどをつくって満足げにうなずいた。
 故郷にいた頃は、主の食事の世話もしていた……というよりはむしろ、主のほうが断然料理上手であったので、手ほどきを受けたカンタレラである。
 無言で、黙々と進めているためあまり注目されないが、カンタレラは構わず、地味に腕前を披露し続けた。つくっているうちに興が乗ってきて、鼻歌にしておくにはもったいないような美しい声がかすかに漏れ出す。
 出来上がった料理を大きな盆に載せて運んでいった先では、包帯があちこちに巻かれたハルカ・ロータスと、
「うきゅ、お花見、桜、綺麗ー! 春の匂い、好きー!」
 もっふもふの獣毛四足歩行竜、フラーダとが同じテーブルについていた。
 奇妙な取り合わせだが、覚醒したばかりのうえ大怪我のダメージから回復しておらず、ぼうっとしがちなハルカと、細かいことには一切こだわらず人見知りもしないフラーダが、偶然同じ席についただけということだ。
「料理を持ってきたのだ。怪我を治すためにもたくさん食べるといいのだ」
 カンタレラが思い切って――なにせ彼女、実を言うと口下手である――声をかけると、ハルカはどこかぼんやりした目で彼女を見つめ、それから穏やかに笑った。
「ありがとう」
「礼には及ばないのだ。養生するのだ」
 ハルカはハルカで、戦わなくていいのはありがたいけれど、やることがない所為でかえって家族のことが心配になり、今は考えても仕方ないから、と気を紛らわせるためにやってきたのだ。
「栄養のある美味しいもの……なんて、久しぶりだし」
 最前線ではほとんどお目にかかることの出来ない、更に言うなら強化兵士は道具扱いなので尚更縁遠い、きちんと調理された料理や甘い菓子、いい匂いのするお茶に驚き、
「……贅沢、だなあ……」
 いつの間にか膝の上に乗り(どうやらテーブルが少し高かったらしい)、もふもふと夢中で皿を空にしていく――食べれば食べるほど真ん丸になっていくのは仕様である――フラーダの背中を撫でながら、ハルカは安らいだ表情でリラックスしていた。
「元気が出たならよかったのだ」
「うん、ありがとう、カンタレラ。あんたのつくってくれたご飯のおかげだ」
 精一杯の気遣いを載せてカンタレラが言うと、充分に伝わったようでハルカは微笑んだ。
 和やかな空気が流れる。
(不和は和になり、和は不和になり……この輪から、今度は何が生まれるのかしらね?)
 片目に眼帯、にこやかな笑顔のリーリス・キャロンは、それらをひっそりと見つめていた。
(ヒトの感情は面白い……これが、世界を回すのだから)
 強烈な感情は、リーリスの糧となる。
 大食漢から美食家へと強制ジョブチェンジさせられた吸精鬼は、ひそやかに笑みを漏らしつつ、魅了の力を全開に、触れ合った人々からエネルギーを拝借するのだった。



 4.片隅の通常運転

 蓮見沢 理比古はというと、始まってから今まで、ひたすらお菓子を食していた。時々口直しに塩気のあるものを口にする以外のほとんどが和洋折衷の甘味である。
「いや、ここに来て甘い物食べないとかむしろお菓子の神さまへの冒涜だよね?」
 昨年の花見でも相当な大食漢ぶりを披露していた理比古だが、今年も物理的にありえない。世の女性陣には目を剥かれそうな暴食ぶりだが、当人はまったく気にせず、幸せそうに桜シフォンケーキを攻略していた。
「先輩、お茶のお代わりどうですか」
 そこへ給仕に来たのが大学の後輩、佐井藤 直と、
「……えっ、もうさっきのスペシャル桜パフェは食べ終わったんですか」
「うん、美味しかった」
「俺の記憶する限りでは、あれ、アイスクリーム1リットル使ってたはずなんですけど……」
 呆れるべきなのか感心するべきなのかと微妙な表情をしている冷泉 律である。
 直は単純に大好きな先輩である理比古にお給仕がしたいというだけの理由でカフェ手伝いに志願したのだが、
「そういえば律くん、さっきのタッパーって何? あの、厨房においてあったやつ」
「えっ、あっ、見ちゃったんですか、佐井藤さん」
「うん、パスホルダーから取り出す辺りから全部」
「いや、あの……あ、余った食べ物を持ち帰らせてもらいたいな、って……あの、家計が苦しいもので、少しでも節約をと」
 首まで真っ赤になった律はというと、かなり切実な理由での参加なのだった。
「好きなだけ持っていって構わないと贖ノ森さんには言われたんですが、ただでもらうことは出来ませんので、カフェのお手伝いを」
「なるほど、律くんは名前の通り律儀なんだね。ってことは、あっちのお友達……ええと、怜生くんだっけ、彼も手伝い?」
 厨房で簡単な料理をつくったり手が足りなくなったら料理の運び役もしたりと大活躍中の桐島 怜生のことを起こしつつ言うと、
「あ、はい、俺の事情を汲んでくれまして」
 少し嬉しそうに律がうなずく。
「素敵な友情だねー。あ、直、桜アレンジのプチフール詰め合わせ、お代わりで」
「まだ食べるんですか!?」
「律くん、先輩の本気はこんなもんじゃないよ……?」
 生暖かな眼差しでぽんと律の肩をたたく直。

 迦楼羅王は、ギャルソンの衣装に身を包み、カフェの手伝いを楽しんでいた。
 今も、アレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハートに自作のランチプレートを供しているところだ。
「おお、ご苦労である。うまそうだ……ありがたい」
 大きな皿に肉がたくさん乗った、ボリュームたっぷりのそれを、アレクサンダーは旺盛な食欲であっという間に平らげる。
「いやあ、実に美味かったぞ。なかなかやるではないか」
 鷹揚な賛辞に、迦楼羅王は肩をすくめた。
「人間だった頃、老後はカフェをやるつもりだったからな。この手の仕事は得意なんだ。ほかに何か要るものはあるか? 飲み物はどうだ?」
 すらりとした長身の迦楼羅王に、スマートなギャルソンの衣装はとてもよく似合った。颯爽とした身のこなしもまた、花を添えている。
「うむ、そうだな……」
 と、アレクサンダーが思案していると、
「ゼロ殿、ゼロ殿、このような場所で寝ては風邪を引くぞ。……おや、ゼロ殿はしばらく見ぬうちにずいぶん大きくなられたな。膨らし粉でも過剰摂取されたか」
 茶房の隅にあたる桜木の影から、非常に渋い声が――内容は支離滅裂である――響き、
「ふむ……一分間に二倍とは、いかなる不思議なすべを身につけられたやら」
 何故か刻一刻と巨大化しつつあるシーアールシー ゼロを軽々と抱きかかえたゲールハルト・ブルグヴィンケルが顔を覗かせた。
「ゼロ殿、目を覚まされよ」
 ゼロの身にいったい何があったのか、とはいえ本人は素晴らしく安らかな表情で「お花、綺麗なのです」などと寝言を言っていたので深刻なものではあるまい、どんどん大きくなる彼女を再度ゲールハルトが呼ばわると、
「……師匠? どうしたのです?」
 窮極地味美少女はその銀の目をぱっちりと開き、不思議そうに問いかけた。
 ゼロが目覚めるとともに巨大化はとまり、本人のサイズも通常に戻ったが、
「不思議なのです。何か、いい匂いのする液体をかぶったと思ったのですが……」
 理由に関しては、ゼロも首を傾げるばかりだった。
「ゲールハルトさん、元気? ……みたいだね、何よりであるぞよ!」
 一升瓶を数本開けて参加したロナルド・バロウズは最初からテンションがMAXだった。
 ヴァイオリンを酔っ払いとはとても思えない素晴らしいわざで弾きこなし、
「皆、もっと楽しくなればいいよ!」
 特殊能力で皆の行動速度から作業速度、身体能力から持久力、胃袋力まで、参加者たちのもろもろを底上げする。――ただし、恋愛力や美力、金運辺りが上がったかどうかは定かではない。
「フゥー、いい仕事したー」
 一仕事終えたイイ顔で額のエア汗を拭ってから、ロナルドはせっせと働いているゲールハルトのもとへ歩み寄り、
「あっこれお土産ね。最近の流行で、鍛錬にいいらしいよ」
 適当なことを言いつつサングラスを差し出してかけてもらう。
 当然、例のアレをどうにかして防ごうという涙ぐましい努力である。
 今回は更に鏡も持参しているので、護りは鉄壁……と思いたい。というか思わせて。
「さっきから見てるけど、ゲールハルトさんずっと働きっぱなしだし、少しは休めば? 誰も文句言わないと思うよ?」
 しかし、運命というのは往々にして残酷なものである。
「なんと……」
 ゲールハルトが感動に身を震わせた辺りで、当然ロナルドは身構えた。
「ロナルド殿のお心遣い、不肖ゲールハルト、感激の極みッ!」
 なので、ゲールハルトが両目から例のアレをぶっ放した際には、構えた鏡でそのビームを受け止め、弾き飛ばすまで成功したのだ。
 しかし、
「ぎゃあああああああああ!?」
 断末魔の悲鳴は怜生のものだった。
 不幸にも、出来上がった料理を運んで来たところでロナルドの跳ね返したアレに当たったらしい。
 更に、
「えっ……あの、これ……」
 テオドールにゲールハルトの話を聴き、同じ魔法の道を進むものとして是非一度話がしたい、と今まさにやってきたばかりのレヴィ・エルウッドも巻き込まれ、桜色の生地に白と金で装飾がされた、可憐でフェティッシュな魔女ッ娘へと強制ジョブチェンジさせられていた。
 ちなみにその隣にはテオドールがいて、しっかりビームに巻き込まれ、美魔女ッ娘テオドラさんに変身させられていたが、
「そうか、去年のクリスマスに神楽が言っていたのは、これか……」
 あれは予知だったんだ、巫子はそんなことも出来るのか……そういえばあのときの夜桜は美しかった、などと若干の遠い目で現実逃避に走り、レヴィに心配されている。
「ん、ああ、大丈夫だ、レヴィ……否、レヴェッカ。ああ、とてもよく似合っているぞ」
「いつの間にそんな名前が……って、いえあの、そこは喜ぶべきなんだろうか……!」
 魔女化は精神鍛錬に最適と聴いてはいたものの、覚悟以上に可憐な衣装に足元と視線が定まらず、若干涙目のレヴェッカさんである。
「あちゃー……」
 それらを観察し、やっちゃった感満載でその場から離れようとしたロナルドの肩を、がっしりと怜生……もといレオナがつかんだ。というか、羽交い絞めにした。
「えっちょ、何……」
「死なば諸共っていうか、この仕事だけは果たしていくしかないんだ……」
「え、いやあの、でもほら、ゲールハルトさんサングラスしてるし!」
「……ゲールハルトさん、ロナルドさんが魔女ほど素敵な職業はないってさ!」
「なんと……!」
 感激に震えたゲールハルトの目から、二条三条と例のビームがほとばしる。
 それらは当然、サングラスを簡単に透過して、ロナルドのみならずまったく予測もしていなかった人々を巻き込み、あちこちで阿鼻叫喚の極彩色地獄を展開させたのだった。
「ミッションコンプリート! ってことで俺は逃げる!」
 晴れやかな顔で額を拭い、レオナさんが厨房へ引っ込むと(ちなみにお祭が終わるまで出てこなかったそうだ)、そこには、
「俺を見ないでえぇ!」
 膝上20センチのギリギリ魔女ッ娘衣装を身にまとったロナル子さんが顔を覆って泣き崩れているのだった。
 そのほか、
「えっ……いや、えええ!? あれから何十年も経ってこの仕打ち……!?」
 紫と基調とした魔女ッ娘化して、人間だった頃の記憶がよみがえり、前のめりで落ち込む迦楼羅王、
「うげ、きつい。ワシは服なんぞ要らぬ……!」
 ケモ魔女ッ娘という新ジャンルを開拓しつつ、服がきついのが心底嫌そうなアレクサンダー、
「えー、やだなあ、僕、こういうの似合っちゃうし……惚れちゃ駄目ですよ?」
 むしろノリノリで、しかも中性的な顔立ちのため違和感一切なしの直子さん。
「えーと、こういう場合って、お帰りなさいませ、ご主人様! でいいんでしたっけ?」
 若干間違いつつ、楽しそうにお給仕を再開する。
 レヴェッカさんとテオドラさんもそれに倣った。
 テオドラさんなど、少々突き抜けてきたのか、立ち居振る舞いのひとつひとつがあまりにも美しく、レヴェッカさんが何か真理でも見たかのように感嘆している様が涙すら誘う。
「皆、輝いて見えるよ、素敵だよ……!」
 今回は運命からお目こぼしされた理比古は、まぶしげな表情で惜しみない拍手をおくっていた。悪気がないのがタチ悪い。
 その後、冬夏とティリクティアが羨ましそうにやってきて魔女化ビームを浴びせてもらい、可愛い魔女ッ娘化して周囲から盛大な拍手喝采を浴びたり、通りすがった隆がつい「おっさん何してんの?」と声をかけ、派手に薮蛇を実践したりしたが、詳細はご想像にお任せする。



 5.穏やかに春は行き過ぎ

 ハクア・クロスフォードはというと、極彩色の地獄絵図から少し離れた場所で、茶房で買い込んだチーズフリットや塩漬け豚の薄切り、ミニトマトのピクルスなどを肴に、
「……賑やかだな」
 表情ひとつ変えずに、のんびりと酒を飲んでいた。
「豪気なお人やね……わぇは近づかんからええんやけど」
 それを聞きつけた湊晨 侘助が溜息とともに言い、傍らの桜木を見上げて別の意味でまた息を吐いた。
「桜いうのんは、なんでこないに胸を打つ花なんやろなぁ」
 侘助の故郷にも四季があり、花見もあった。
 それゆえ、0世界で桜が楽しめることを彼はとても喜んでおり、
「ああ、ほんまにいい桜やなあ。誰かええ人と一緒に見られたらもっとええんやけどなぁ」
 冗談めかしてつぶやいたところ、
「はっ、刀が情人を持つなんざ聴いたことねぇな」
 楽しげな軽口とともに、気づけば太い枝に同居人の呉藍が腰掛けて、いたずらっぽい笑みを侘助に向けている。
「あや、呉藍さんやないの。そないなとこにおらんと、降りてきはったらええのに」
「はァ? 馬鹿いえ、この景色がいいんじゃねえか」
「さよか……ほなまあ、一杯」
 茶房の一角で仕入れてきた大きな徳利入りの酒を、上と下に分かれて楽しむ。
「ん、いい酒だな」
「せやね、ちょうどええ加減やわ。……花びらが杯に落ちるのも風流でええね」
 侘助の言葉に目を細め、呉藍は故郷・鈴賀山を思い出していた。
 春の、薄紅に世界が沈む、穏やかな光景に懐かしさが募る。
 もういちどあの風景に出会える保障などどこにもないが、それでももう一度……と、思わざるを得ない。
「物思いに耽る呉藍さんも絵になるなァ」
「はぁ? 何こそばゆいこと言ってんだ、いいから酒よこせ」
「あっ……もう、炎で実力行使はやめてや……!」
 熱のない火を操って徳利を奪い、杯になみなみと注いでから侘助に投げ返す。
 抗議しつつも、侘助は笑っている。
 ――ゆったりとした、穏やかな時間が流れた。

「飯は美味いし酒も最高、と来たもんだ」
 ジャック・ハートは強い酒の入ったグラスを片手に、薄紅のかけらが舞う空を見上げていた。
「散る風情、ねェ」
 その意味を探るようにつぶやくジャックに、
「桜って、散るときも綺麗だよね」
 声をかけたのはニワトコだ。
 彼は、ちょうどいい温度の紅茶を大きな盥に入れ、足を浸してリラックスしていた。
「そりゃ、気持ちイイもんなのか? あー……足湯、とかいうやつか」
「うん、すごく。ぼく、とってもお祭を満喫してるよ。ジャックさんは?」
「……楽しンでるゼ? 喰われる以外の、植物とのやり取りッてヤツをヨ?」
 言って笑うと、参加者たちの頭上二m以上上空に『ゲイル』の能力を発動させ、ほんの一瞬春一番めいた強風を引き起こす。
 ざあっ、と桜木が揺れ、次の瞬間には見事な桜吹雪が空をたゆたい、見上げる人々の溜息を誘った。
 しかも、自分の半径五十m以内については、花びらや枝葉が料理や人に落ちないよう、すべてESPでキャッチし静かに地面に落とすという念の入れように、ひとりだけ、それが誰のわざであるかを見ていたニワトコは惜しみない拍手を送るのだった。
 桜吹雪が舞う中、祭は少しずつ終わりを迎えようとしている。
 鰍は、屋台を片付けながら、マリアと歪に飴細工を贈った。
「マリア、今日は手伝ってくれてありがとうな」
 デフォルメされた虎の飴細工をとても喜ぶマリアに微笑むと、少女からも屈託のない笑顔が返った。
「ううん、とっても楽しかった」
 後は自分がやるから、と鰍が片付けに専念する間、マリアは歪とともに花を見ていた。
 桜を見ると、故郷を思い出して寂しくなる。
 両親や友達にもう一度会えるのは、いつになるのだろうかと。
 しかし、
「何でかな……」
「ん、どうした?」
「……ううん」
 歪が隣にいてくれると、何故か気持ちが穏やかになる。
「あのね、歪さんといると、なんだかぽかぽかする」
 何でかな、と首をかしげるマリアに、歪はそうかと微笑んだだけで何も言わなかったが、マリアにはそれで充分だった。
 ――話を耳にした鰍が、要らぬ誤解を抱きつつも、保護者の視点で見守ろうと心を決めていたことは、ふたりの与り知らぬところではあるが。

 心地よい風が吹き、花びらが舞い散ってゆく。
 真ん丸に膨らんだフラーダを抱きしめて、いつの間にかハルカは眠っていた。
 フラーダも、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「……おや」
 それに気づいたカンタレラが、ふたりにブランケットをかけてやる。
 唇が、やわらかい笑みのかたちになる。
 ――そんな、ほのぼのとした光景をあちこちにつくりだしながら、春の祭はもう少しだけ続く。

クリエイターコメントご参加、ありがとうございました!
いつもながらギリギリで申し訳ありません……ほのぼの&美味しい&プチハプニングで構成されたお花見のひと時をお送りいたします。

皆さんに、少しでも楽しい時間をすごしていただけましたら幸いです。

それでは、また、機会がありましたら是非。
公開日時2011-05-19(木) 21:20

 

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