「館長。お話があります」 レディ・カリスが直々にアリッサの執務室を訪れたのは、ヴォロスでの烙聖節が無事に終わった頃のことだった。「そろそろ、『世界樹旅団』に対して明確な方針を打ち出すべきではないでしょうか」「うーん」 アリッサは考えこむ。 当面、ターミナルで暮らすことになったハンス青年は、おそらく無害な普通人である。一方、世界群ではいまだに、旅団のツーリストが引き起こす事件の報告が入ってきているのだ。「そうよね。ちょっと考えさせてくれない?」 アリッサは言った。 レディ・カリスは、アリッサが旅団に対して積極的な攻勢に出るなどとは期待していなかった。そもそもできることはと言えば、せいぜいが各世界群での警備に力を入れるくらいだろう。それでもまったく手をこまねいているよりはましだ。 だが、カリスは忘れていたのだ。 アリッサの思考がときとして、そんな常識的な判断をはるかに凌駕することを。 数日後、世界司書たちは図書館ホールに集められていた。なんでも館長アリッサからなにかお達しがあるというのである。すでに、レディ・カリスがアリッサに面談したことは噂になっている。場合によっては、世界樹旅団への正式な宣戦布告があるかもしれないという予測もあって、緊張する司書もいた。「みんな、こんにちはー。いつもお仕事ご苦労様です」 やがて、壇上にあらわれたアリッサが口を開いた。「今日集まってもらったのは、今度行う行事についてです。ロストナンバーのみんなが参加できる『運動会』をやりたいと思います!!」 運動会……だと……? 予期せぬ発表に司書たちは顔を見合わせた。「会場は、壱番世界、ヴォロス、ブルーインブルー、インヤンガイ、モフトピア。5つの世界をロストレイルで移動しながらいろんな競技をやるの!」「楽しそう!」 最初に反応したのあはエミリエだった。「でも運動会ってことは、チーム対抗? 組み分けはどうするの?」「図書館チームと旅団チームの対抗戦です!」「あ、そうなんだ。旅団チームと対戦かぁ…………。え……?」「館長」 リベルがおずおずと挙手する。「念のため、確認しますが、旅団とは世界樹旅団のことでしょうか」「そうだよ。ほら、これ」 アリッサが手にしてみせたのは、ウッドパッドと呼ばれるかれらが通信手段として用いている機器だった。「どうにかつながりそうだったから、これでメールを送ってみたの」 見れば、ウッドパッドからケーブルが伸びていて、宇治喜撰241673に接続されており、茶缶に似た世界司書からは白い煙が上がっていた。「ちょっと待て! 返事は来たのか!?」「ううん。でも時間と場所は伝えてあるから」「旅団に開催地と時刻を知られている状態で運動会をするのですか? もし、敵が攻撃してきたら!?」「応戦するよ。当然じゃない」「で、でも運動会は旅団とやるって」「参加してくれるならやるよ。攻撃してきた人もお誘いしてみて」「ま、待ってくれ、よく理解が……」「要するに、同じ日時・同じ場所で、戦争と運動会の両方をやるの!」 ざわざわざわ。 図書館ホールはどよめきに包まれている。「……カリス様?」「……わたくしはしばらく休養します」 ウィリアムは、そっと話しかけたが、レディ・カリスはかぼそい声でそう言っただけだった。 * 一方、その頃、ディラックの空のいずこかにある、世界樹旅団の拠点では、ウッドパッドのネットワークに送られてきた謎のメッセージが話題になっていた。「これは一体?」「罠にしても、あんまりだしな……」「とりあえず、偵察に行ってみたらどうだ?」「この日時に、この場所に連中がいるのが確実なら、一掃してしまえば、あとあと活動がやりやすくなるしな」「よし、いくか!」 そんな様子を横目に、ドクタークランチは我関せずと言った顔だ。「……よろしいのでしょうか」「くだらん。悪い冗談だ。行きたいやつは行かせておくがいい」 *「この運動会にはふたつの意味があるの」 アリッサは、続けた。「ひとつは、文字通り、運動会にお誘いしてみて、旅団の人たちの中で、私たちと交流してもいいという人を見つけるということ。もうひとつは、どの世界にでも私たちはいつでも大軍を送り込むことができるということを知ってもらう、一種の示威行為ね。だから、みんなには、思いっきり派手に暴れてきてほしいの」† † † † † † † † † † † † †「壱番世界での競技は……そうねぇ。レースよ みんなにはヴィクトリア湖を目指して貰うの。到着した順にポイントがついて、世界樹旅団と合計点数を競うの」 ディラックの空を走行中のロストレイル車内である。一つの競技を終え、次の会場である壱番世界を目指している。 疲れ果ててシートにひっくり返っているロストナンバーもいれば、まだまだやれると騒いでいるのもいる。 アリッサの説明に対して、憶測が広がる。「湖を目指してってトライアスロンかしら」「まてまて、あのアリッサの表情はロクでもないことを企んでいる」「で、ヴィクトリア湖ってイギリス? それともアメリカ?」「いや、アフリカだ。エジプトのナイル川をサハラ砂漠を越えて遡った高原 ……にある」 世界地図から目を上げたコンダクターがそれにこたえた。 過激な競技が多い『世界横断運動会』である。猛烈に嫌な予感がした。 底抜けの笑顔をしてアリッサが続ける。「やって欲しいのは川下り、サーフボードとカヌーとラフトを用意したわ。それでヴィクトリア湖がゴールよ」 と、車内に軽い衝撃がはしり、ロストレイルはディラックの空を抜けた。 眼下には美しい青い惑星が見える。 そして、螺旋特急は静かに機関停止した。 ここは地表から350km、俗にISS軌道と呼ばれる場所である。ISS国際宇宙ステーションは宇宙の玄関口にある。低いところにあるほどロケットで行きやすいからだ。地球が丸く見える程度には宇宙であるが、空の半分は地球。そんな場所だ。圧倒される。 ISS軌道でもうっすらと空気があり、国際宇宙ステーションも常に減速し続けている。時折、リブーストして軌道を持ち上げているのはそのためだ。 ここより下では大気との摩擦で衛星は落下してしまう。「地球は青かったって、感動してていい場面じゃないよな」 えっへんとアリッサは腕を組んで説明を再開した。「ここから飛び降りてヴィクトリア湖を目指して欲しいの。 館長命令は絶対よ」 全員にあめ玉サイズのナレッジキューブが配られた。これをなめている限りは0世界の環境が体内で再生される。つまり、宇宙服は不要とのことだ。 そして、大気との摩擦熱、方向修正は与えられた小船でどうにかしろとのことである。† † † † † † † † † † † † † 4隻のナレンシフが地球を目指して航宙していた。 近づくことができたのならば、円盤船の間を飛び交う少女達が見えることだろう。それぞれキラキラしていて、サーフボードやラフトに乗っていた。 オールを振り回して船の進み具合を確かめたりで、はしゃいでいるようである。 少女達の一人が手に持った杖をかかげると、虹色の閃光がはしり、ラフトの一つに当たった。 フリルたっぷりの彼女たちは、魔法少女なのだ。「提督、世界図書館の指定ポイントにあった小舟は本物のようです。小舟に罠の形跡はありません」 最後尾のナレンシフ。 その船内ではたった一人の男でもある老人が少女達の様子を眺めていた。「奴らは本気で運動会とやらをやるつもりなのかもしれませんね」「我々にとってはありがたいことだな」 提督と呼ばれた彼は、側近の女の意見に返した。「はい、奴らの目的、能力、思想の一端にでも触れられればと思います」「モフトピアでもそうであったが彼らは侵略者としては妙に律儀なところがみられる」「この世界……」『時間です』 提督と呼ばれた彼が一歩前に出、横にひかえていた魔法少女が杖を振るとナレンシフ船団の前に巨大な映像が表示された。「千草町の諸君。 我々はついに地球にまで来た。 ここが約束の地である。 地球は滅びの危機にある。 そして、敵性イグシストは強力である。 諸君の奮起に期待したい」 続いて、側近の女が演説を引き継いだ。落ち着いた優しげな声が響く。「かわいい、みなさん。 グラン・マーガレットです。 提督の導きにより我々はこの地球に辿り着きました。 今回の任務は今までとは比べものにならないほど危険です。 私はみなさんが傷つく姿を見たくありません。 しかし、この星が第二の故郷となるかはみなさんの働き次第です。 『流星に願い事』作戦開始、プランB 全隊員、抜杖! 魔法少女大隊(マジカル☆バタリオン)に草花の加護を」「「「マジカル☆オープン!」」」 唱和すると、魔法少女達が次々とキラキラした背光につつまれていった。† † † † † † † † † † † † †―― 17、16、15、14、13、12、11 ロストレイル号から次々とロストナンバーが吐き出されていた。どうどうと出て行く者もおっかなびっくりの者もいる。 アリッサもロストレイルの屋根に立って、カウントダウンにあわせて手を振っていた。―― 10、9、8 それにあわせて魔法少女達が軌道上に集結してきた。目のいい者であればロストレイル号から彼女たちの緊張した表情が見えるであろう。 先頭の紅いマントが器用にサーフボードに上でステップを踏んでマジカル☆ハンマーを振り回している。「こらー、メイベル! 長手道メイベル曹長! 前に出すぎだ!」―― 7、6、5「モカ隊、配置につきました」「ミカン隊、問題ありません。ダージリン隊の突出は計算済みです」―― 4、3「サングリア隊、OKだよ。ったく。アタシ達はいつも汚れ仕事だね」「汚れてるからしゃーねーさ」―― 2、1「おい、あれ、流れてんの列車の上で手を振っていた女じゃねーか」「ありゃ、死んだな」 墜落するアリッサを追いかけて陣形が乱れるとなし崩してきにレースが始まった。一呼吸遅れて、ロストレイルの煙突から花火が打ち出され、それが正式な開始である。―― 0<ご案内>このパーティシナリオは11月23日頃より行われるイベント『世界横断運動会』関連のシナリオです。同イベントは、掲示板形式で世界群でのさまざまな運動会競技が行われます。つまり今回のシナリオで行われる競技+掲示板で行われる競技からなるイベントということです。シナリオ群では、競技のひとつと、「その競技を襲撃しようとする世界樹旅団との戦い」とが描写されます。このシナリオの結果によっては、掲示板イベントでの競技が中止になったり(攻撃により競技ができなくなった場合など)、競技の状況が変わることがあります。シナリオ群『世界横断運動会』については、できるだけ多くの方にご参加いただきたいという趣旨により、同一キャラクターでの複数シナリオへの「抽選エントリー」はご遠慮下さい。抽選が発生しなかった場合の空枠については、他シナリオにご参加中の方の参加も歓迎します。
竜人デュネイオリスと虎部が飛び出した。 落下したアリッサを追いかけての突進である。 竜人は異変を察知するなり真っ先に飛び出した。その爬虫類の翼はあめ玉の発生する擬似空気をとらえたか、まさに加速度的にスピードを上げ、館長に追いすがっていく。虎部もロストレイルを蹴って、直滑降で降下。 虎部がもってきた投げ縄でアリッサを捕まえ、一気にブレーキをかける。反動をつけて竜人のほうにやった。そして、デュネイオリスが肉薄し、すれ違いざまにを首根っこを掴んだ。 「…全く、無茶をする」 少女を体を固くして、ぎゅっと目をつぶったままだ。 デュネイオリスはアリッサを逞しい片腕に抱え、もう大丈夫と声をかけた。 「あ、ありがとうございます。……でも」 と、このお騒がせ者はカッと目を見開き、いたずらっぽい笑みを浮かべた。 「デュネイオリスさん、虎部さん、フライングで失格です」 † ―― すこしの事にも、先達はあらまほしきことなり 「HAHAHA一度生身で宇宙に飛び出した身としてはこんなのぬるいぬるい!」 ロストナンバーでも数少ない宇宙遊泳(生身&無謀&死にかけ)の経験者、小竹卓也にとってはあめ玉で空気が吸えるのは楽勝。 と言いたいが、どこぞやで死にかけたトラウマがよみがえりそう。あの時も地球 ……いや地球によく似た星がきれいだっけ? あめ玉無くしたら当然あの世行きですよね。 冷や汗はあっという間に真空に蒸発し、薄ら寒い。 「さて、それじゃ小竹いきまーす!」 ヤケになって、ロストレイルのデッキから一歩踏み出した。 地球の大気は地上から、雲がある対流圏、ジェット機の飛ぶ成層圏、空気のとても薄い中間圏、そしてもはや空気とは呼べない粒子が飛び交う熱圏にわかれる。 スタート地点の高度350kmは熱圏に含まれる。 ここではわずかな気体は太陽からの極端紫外線、紫外線を浴びて加速された粒子は電子を失いイオン化している。温度は1000度にも及ぶにもかかわらず、あまりの希薄さに熱さを感じることはできない。 ただ、重力だけがある空間だ。 ロストレイルから打ち出された花火と共にアルティメットレースは開始した。 ロストレイルを、ナレンシフを、それぞれ蹴って飛び出したロストナンバー達は早速地球の重力に牽かれて加速する。 ここから、大気が地上の空気と同じ組成になる中間圏まで270km ――遮るものの無い自由落下だ。 さっそく、全速でゴールを目指す一団が先行し、それに相手チームを邪魔しに行くことを計画してる者達が続いた。 例えば、グランディア、アレクサンダー、エルザの獣王三人組。それぞれ器用に四本脚でサーフボードに乗っている。 「アレクめ。先にゴールするのは俺様だ!!」 「百獣王になるために存在するわしにとっては、恐れることではないのじゃ!!」 「知っているか? アジアで、百獣の王と言われているのはてめぇらライオンじゃなくてな、俺たちトラのことなんだよ!! 覚えておけ!!」 当面は、自由落下、ロストレイルを飛び出したときの角度を保ったまま放物線軌道を描いて落ちていくしか無い。 「アレク。あなたに付いてくわ。襲いかかってくる邪魔者は排除するのみですわ」 「アリッサさんはまた凄い事を…でも楽しそうだしドキドキする! 川を下るんだと思ってたのに川どこー!?」 リオン・L・C・ポンダンスは王立アカデミー魔法学科の優等生らしく、辺り差し障りの無いコメントと慎重な態度で参加。 鳥形改造人間の村山静夫ともに運動会を楽しみ、そして、安全を守ろうと約束した。 「うゎパネェ!ガチ萌えるんですけど!」 航空宇宙学、即ち理工学の集大成……グッときてます。と、工学部卒のB・Bは大興奮。 「やっぱり、できるだけ楽しむにはアレしか無いよね」 「地球は青かった、って来て良かったー。宇宙から地球を眺める機会なんて一生でもないもんな! いざ逝かん、栄光の1位!」 桐島怜生は感無量。 彼も、やるからには1位を狙うと意気込んでいる者のうちの一人である。深い角度で一気にゴールを目指すつもりだ。コンダクターだからと言って、むしろコンダクターだからこそ壱番世界では、ツーリストに負けるわけにはいかない。 そして、桐島には秘策がある。デフォルトフォームセクタンだ。 「怜生~、デフォタンガードはみんな使ってくると思うぞ~~!」 相沢優も当然セクタンを小脇に抱えている。彼の場合はギアでシールドが張れるので若干余裕気味である。 そこを紅鱗の竜人レーシュ・H・イェソドが通る。 「サーフボードは水上ガードの独壇場だぜ、追いつけるもんなら追いついてみな!」 「ざけんな! 壱番世界でツーリストに負けるかよ」 「なんかGとかいう奴がすげぇし、おまけにすっげぇ熱いらしいけどよ…… 練技で対処すりゃ問題ねぇよ!」 「おう、そうか! 甘く見てっと、あっという間に火だるまじゃねぇの? 俺らには残機があるけどな!」 しかし、作戦というものはもろく崩れ去る運命だ。 今度は緑の竜人、モービル・オケアノスが気になる情報を持ってきた。 「あの、桐島さん。あれ……」 振り返ればロストレイルに桐島怜生のジュゲム。 「って、お前は何故にそっちに居んのぉぉ!?」 しかし、ポイントオブノーリターン。ここから引き返す手段はない。 セクタンを忘れた桐島怜生の運命やいかに…… 赤道の反対側を見れば、キラキラしたかたまりが同様に小集団に分離していく。旅団の方が先頭集団が小さい、魔術障壁とおぼしき光がはやくもちらついているところをみると図書館側からの攻撃を警戒しているのかもしれない。 熱圏のイオンは、荷電粒子であるが故に電磁場を帯び、短波を反射するようになる。電離層である。 そして、この領域では地磁気が太陽風のプラズマを閉じ込め神秘的な現象を起こすことが知られている。 オーロラだ。 地上から見たオーロラは天空から舞い降りたカーテンのようであるが、ここからは両極にふんわりと被さったレースに見える。 「おお、美しいオーロラが出ておる、綺麗じゃのう……」 観光気分のジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、光の薄幕を眺めながら、つぶやいた。 彼女は、慎重に出発し、戦場を見渡している。青い星の方をみると先の集団が高度を順調に下げているのがわかる。 赤道をはさんで南極側は、旅団の集団が徐々に速度を上げており、図書館の先頭に追いつかんとしている。 ジュリエッタはセクタンから視覚情報を受け取り、好期と行動に移すことにした。小脇差を掲げ、力を解放した。雷を旅団に落とすつもりである。 加減の難しいギアだ。 雷は宇宙空間に薄く広がり、地磁気をねじ曲げた。両極に留まるべきプラズマシートが、赤道まで浸食することを許してしまう。 と、旅団の向こうから光幕が地球の全域を覆うように広がってきた。オーロラの異常発生である。 「おや、なんの意味もないではないか」 旅団側、魔女っ娘の方から色とりどりの光の玉があがった。 「かえって、喜ばせてしまったようじゃのう」 オーロラを突き抜けるなか、 セルゲイ・フィードリッツは高度120km地点で早くも大気による減速を感じた。おそらく一番最初であろう。 先頭集団のなかで唯一ラフトに乗っているが彼である。面積の広いラフトは帆を張ったように極薄い大気を受け止めるからだ。減速は20km高くから始まる。 ラフトが徐々に温度を上げていった。 この位置からセルゲイは先ゆく先頭集団を見送って脱落者を拾う準備をはじめた。 † 高度80kmから大気の組成が地上と同じになる。つまり、ここから先は空気がある。中間圏だ。 ここからはそれぞれのサーフボード、ダブルブレードパドル、櫂で姿勢制御がしやすいと言うことだ。 真のレースの始まりだ。 「先頭集団がリエントリ《再突入》します。長手道提督、どうされますか?」 ナレンシフの提督は、パネルにほお肘をついて軽く目をつぶっていた。中間圏に入ると交信が著しく困難になる。 副官に問いかける。 「ずいぶん無防備だな。 ……あの勢いでは図書館は本気で競技をやるつもりのようだ」 「我々などいつでもひねり潰せると言うことでしょうか?」 「自分の常識で相手の思惑を悪く推し量るのはよくない。ナラゴニアの常識も我々のそれとはずいぶん異なるものだったのを思い出そう」 そこにポンっと現れたエセ妖精ことノリン総督。 いつでもどこでもいつも通りの理不尽! 「呼ばれた気がして飛び出たアル!」 「おや、可愛らしい客人ですな」 「提督と総督、一文字違いアル……シンパシーを感じるアル……! さては貴様、ボクの同族アルな!? つまり、キミはボクボクはキミ、提督は総督……アルな!」 しかし、副官の女が詰め寄ろうとしたところで、彼は消えていった。 「青い水がボクを呼んでいるアル! ほんじゃねアル!」 行き場を失った副官は嘆息した。 「ええっと相手は常識外で、遊びには本気……。では、我々もその方向でいきましょうか」 提督も目元をさすった。 「確か相手チームの妨害はルール上許されていたね。たまにはあの娘たちには羽目を外させてやりたい」 「了解しました」 「全隊員に通達。プランD! 繰り返すプランD! 今日は全力で遊べ!」 「おっしゃー、いくぜ!」 「はしたないですよ! メイベルさん! 待ちなさい! 長手道メイベルさん!」 即座に旅団の魔女っ娘たちの隊列が変化した。 図書館の先頭集団にも変化が訪れる。 まずは先頭集団にいつの間にか戻ったノリン提督。増殖して宙に広がった。 「邪魔よ! あっち行きなさい!」(ティリクティア) 「邪魔だどけ!」(ファーヴニール) と、ちっちゃなノリン提督は一斉に減速…… 軽くて小さい物体は凧も同然。羽の無い蜘蛛が空を飛べるのと同じである。妖精はたんぽぽの綿毛のように天然のパラシュートになって取り残されてしまった。 おかげで、先頭集団のほとんどがノリン提督にぶつかることとなった。 あえてカヌーの上に仁王立ちしている黒葛一夜はペシっと、カヌーのパドルで提督を叩いてはじき飛ばした。 さらに、残りの提督をカヌーごとどかして突き進んだ。 「燃え上がれ! 拙者の小宇宙(コスモ)!」 イフリート。 先頭集団がもたついている中でロボット武者はここに来てロケットに点火、一気に加速した。 彼は、両脚に2基のブースターロケット、そして両肩背中に3つのラムジェットを積んでいる。先に固体燃料のブースターロケットで加速、インレットから流入する空気のラム圧十分に高まるとスクラムジェット航行に切り替える。 「ちょっとー。あれは反則でしょ!」 コンダクターの日和坂綾は立腹して、セクタンを引っ張っぱたいた。 「エンエン! キミも火を噴きなさいよ。ロケットー! ロケットー!」 むなしく炎を噴き出すキツネを、桐島怜生があきれた目で見るも、一緒に落ちるしか無い。 「おいおい、あいつなんでデフォタンじゃないんだよ……。アタマおかしいだろ」 イフリートは加速したぶんだけ、早くから加熱が始まった。 それは1MWを超える。 一般的にこの現象は大気との摩擦熱と表現されるが、それは誤りである。 秒速9.05kmの極超音速流領域では、空気は流れきれず、突入体の前面で圧縮される。すると逃げ場の無いエンタルピーが温度を急上昇させる。 エアコンの原理だ。 事前に計算したダウンヒルポジションに構え、慎重に盾とサーフボードを正面にかかげ耐熱板とした。 圧縮された空気は、気体の次の相――プラズマに至る。電離し暴れる粒子はちらちらと光を発し始めた。それにメルトしたサーフボードの破片がちぎれ、美しく尾を引く。 かろうじて視界の残る後方のカメラは、同じくロボット組の幽太郎をかすかに捉えていた。 プラズマに包まれると外部からの電波通信を遮断される。そこで、イフリートはプラズマの薄い後方を窓に通信回線を開いた。数km離れて、降下する幽太郎からGPS情報を取得するためだ。視界はほとんどなく、GPS、慣性航法装置と気合いをたよりにすすむしか無い。慎重にハルバードを傾けて姿勢制御している。 幽太郎もイフリートをならって、軌道離脱タイミングと自機の角度を念密に計算し、一直線に目的地を目指していた。 「ダレモ、追イツケナイ速度ナラ、戦ワナクテ済ムヨネ……」 ロボットなのでGとか熱には耐えられるだろうと、先頭集団より一段階深い角度で突入したのだ。 その幽太郎のセンサーはイフリートの上部表面温度の急上昇を確認した。 「アレッ、イフリートノ温度?」 イフリートは太陽のようにまばゆく輝いていた。プラズマの光とは明らかに性質が異なる。 「旅団ノ攻撃!! ドコカラ!?」 イフリートのエンジンが一つ爆発すると、精密なバランスが崩れ、軌道を逸れる。固体燃料ロケットは一度点火すると、燃料が尽きるまで止めることができない。そして、サーフボードが正面から泳ぐとエンジンが次々と誘爆していった。 幽太郎のセンサーが自身の温度上昇も危険領域に達したことを告げると自律コードが走った。 オートマチックに緊急用風船が展開された。急激なGと共に制動され、大気からの熱を肩代わりさせる。 「助カッタ、怖カッタヨ……」 ファーヴニールはその様子を先頭集団から見ていた。 「あいつ、バリュートを広げるのが早すぎだ。狙い撃ちにされるぞ!」 と、風船は金色の光と共にむなしく崩壊した。 半狂乱の幽太郎。 「キャアァァー……!!」 「慣れない事するから、いわんこっちゃない!」 ファーヴニールが振り返る遙か後方。 浅軌道上に、数体のラフトが集結していた。 ラフトを結ぶように魔方陣が宙空に描かれている。そして、魔方陣の向こうには97の太陽が見えていた。 旅団の魔法少女達だ。遠隔攻撃を得意とするミカン隊は複数人で大規模魔術を行使する。 「ハーヴェスト♪サンシャイン♪トレビュシェットは先頭集団を捉えました。ロボット2体の炎上を確認」 「豊穣の魔法をこんなことにばかり使うだなんてバチ当たりだわね」 「害虫除去も祈りに含まれているわ」 この儀式魔法は、太陽の力を借りて畑の実りをよくするハーヴェスト♪サンシャインを発展させたものだ。彼女たちは、幽鬼や吸血鬼などの闇の者と戦うのに好んで使っている。 この状況で使われると上と下と蒸し焼きにされる。 「あと、150秒でダージリン隊が、図書館先頭集団に追いつきます」 「あの……。これ、人に使ってもいいのでしょうか?」 「大丈夫よ。図書館の人たちにもまだまだ隠し球はあるでしょう。遠慮無くやっちゃいましょう! 焦点を先頭集団にあわせるわよ」 先頭集団が次々と中間圏に入る。 一気に大気の密度は上がり始め、カヌーとサーフボードの組も減速を始めた。 そして、スピードが落ち、ロストナンバーの密度が上がったところで、天からも呵責無き攻撃が加えられた。 「あちちち……」 各人は必死で突入体制をとる。 「大丈夫なのかコレ!?」 水鏡晶介は裸眼は危ないと眼鏡の代わりにゴーグルを着用していた。 予め召喚した魔塊を自分の身体に纏わせ、衝撃を和らげている。 「ばあちゃぁぁぁーん!」 レーシュは練技「マッスルパンプアップ」でサーフボードをガッチリホールド、減速のGに踏ん張り、練技「グレンオー・ボディ」で火の幻獣の耐性を獲得した。これで熱も火も効かなくなるが、水でダメージを受ける。 阮緋はシンイェに乗っているのでやりやすい。突入の衝撃はシンイェにまかせて、阮緋はサーフボードを頭上に掲げた。 「やってやるわよ、わたしは、ハーミットなんだから……!」 ハーミットはギアの鞘に防御壁を展開させた。 「結界はGに耐えるために使おうと思ったのに! でも、マフには絶対負けない! 」 そのマフはセルゲイに守護陣は張らせ、低くどっしりと構えている。 「クククッ、館長め……面白ェことしてくれるじゃねぇか。いいぜ、乗ってやるよ……このブッ飛んだバカ騒ぎにな」 相沢優は、トラベルギアの防御壁展開。ふと防御壁の形を変えられるのかなと思い円錐型が一番いいのでは、と防御壁を円錐型に。だが、円錐型は弾道ミサイルのシールドの形状である。Gと熱さに苦しむこととなった。 ファーヴニールは、竜変化能力で金属の翼をだして、天からの光を反射している。 「僕には帰れる場所がある……こんなに嬉しいことはない……!」 「ファーヴニール、そなた、ずいぶんな強がりようだが大変そうだな」 ブルードラゴン・サイネリアはいまこそ自分が働くべき時と知った。今は人型をしている彼女は 熱さやGは…… まあ、慣れている方だ。 ここで上位陣を守りきれれば、勝負はこちらのもの。腕を掲げると水がひろがり、周辺の者達を守るシールドになった。 「競い事といえど無理はしすぎるな…… 体は大切にな」 その陰でレーシュは詰んだ。 火の幻獣「紅蓮王」は水に弱い。 「やめてくれ! やめてくれ! 俺は今、水でダメージを受けるんだ!」 ぷすぷす水でヤケドしながらレーシュは流れ星になった。 川原撫子はその後方、先頭集団が灼かれているのを見ていた。 「……ガッデム、何しやがる」 カヌーから身を乗り出して、中指を立てる。 「上等だ、てめぇら!吐いた唾飲まんどき!」 と、陽光の照準が撫子に向けられる。 「そんな怖いこと言いませんよぉ☆ボケナスビ、くらいですぅ」 撫子は必死にギアから放水した。陽光が水滴に反射され、978太陽のエネルギーを散らした。 「こういう時無制限強水流って素敵よね☆自分のギアにウットリしちゃう☆みんなガンバレ~☆」 「みかん部長、なにかが高速で接近してきます」 「檜戦隊ススムンジャー、登場でやんす!(不揃いポーズ)」 儀式進行中のミカン隊のところに突如として現れたのは、ススムくん10体(高級檜素材)。 「わっちらはみなに思いやりと和の心を取り戻すため、地球圏を檜の香りで包むことを志願した勇者でやんす」 「構う必要は無いわ、焦点合わせ続けて」 「争うなんていけないでやんす!檜の香りで和の心を、あ~」 「先頭集団がばらけていきますわ。先を狙います」 突入中の一団はサイネリアのシールドと、川原撫子の水でだいぶ耐えられるようになった。 むろん、ススムンジャーとは関係の無い話しだ。 檜は集中した陽光を浴びてあっという間に燃え上がった。飴から酸素がたっぷり供給されているからだ。 「さすがわっち、よく燃えるでやんす。まだ、大気圏突入していないのに」 消し炭になったころ、ようやく突入した。 「至福の心、地球圏に届きやしたか…… ガク」 隆樹は忍者らしく、宇宙に闇に紛れていた。 身体の半分以上が影に覆われる現状ではヴェンニフの人格が強い。 何か相手、変な事考えてそうなんだが。 『ウンドウカイもジュウブンヘンな―――』 深く考えたら負けだ。 ……ま、足止めしとくか。 闇に包まれることによって後方から、近づいていった。 ヴェンニフが闇の手を伸ばすと、豊穣の魔方陣が崩され、瞬く間にミカン隊の隊列が乱された。 儀式は中断され、落下を始めた隊はそのまま突入体制に入らざるを得なくなった。 隆樹も、慣性のまま隊列を突き抜け、地球へ向かった。 ヴェンニフは手を伸ばして、去りゆく隊に手を振る。 ……うまく行ったみたいだな。 ヴェンニフで隆樹を守って突入体制をとった。 雪深終は今こそ俺の真の雪女力(そんなものはない)が試されている気がしないでもないと意気込んでいた。 即ち摩擦熱と冷気との戦い…! ちょうど、獣王三人組が通りがかったので、行きがかりと雪深はアレクサンダーのたてがみにしがみついて降りることにした。 「体積を変えずに巨大化して質量と密度を上げるのです。通常の数万倍くらいあれば、たぶん熱とか大気の影響とか落下の衝撃などをほぼ無視できるのです。 ところで、シーアールシー・ゼロ。彼女だけは、プラズマの中、素知らぬ顔で減速もせずに突っ込んでいっている。そのために、減速を始めた一行とは軌道が徐々に逸れ始めている。 「ありゃ、隕石だろ。おーい、迷子になるなよー」 そして、燃えさかる火の中、ついに旅団の主戦力 ……ダージリン隊が先頭集団に追いついてきた。衝撃でがたがた揺れるサーフボードを器用に操って、魔法の杖を掲げ、接近戦の構えである。 「妨害とかしてるヒマな~い! 絶対1位になるんだからっ! ぐぉぉぉお! リリカルだかマジカルだか知らないけど、負けてたまるかぁ~! 武闘派舐めんなぁ~!」 日和坂綾は振り向きもせずにいつもの通りだが、そう簡単では無い。ゴールを目指すには前方の方が有利だが、戦うには後方の方が有利というこのステージ。先行する図書館は後ろをとられた形になっている。 カンタレラが最初に追いつかれた。 彼女は戦闘に備え、なるべく前かがみになるよう、体勢を整えている。 出遅れているのは初体験の滑空のカンがなかなか掴めないでいたからだ。 慎重にサーフボードからはみ出ないようにしており、ギアは串のままだ。 「一位になるために戦闘は避けたかったが、このままでは厳しそうだ」 振り返れば、ウォーハンマー型ステッキを構えた赤い魔法少女が猛烈な勢いで突っ込んできている。相手もサーフボードだが、ステッキははみ出ている。なにか追加の障壁を張っているに違いない。 オープンエアのこの状況では精密な戦いをする彼女は不利だ。だが、かまわずギアの力を解放し、爪として構えた。 「我の名はカンタレラ。ここは通さない」 「あたしはセリンボン小隊、長手道メイベル伍長だ! うぉおぉぉおーー!!」 ウォー☆ハンマーがきらりんと光って、振り下ろされた。 カンタレラは魔法炎をいなすようにそれを流し、背後にまわって一撃を加えようとした。 が、避けた反対側から、サーフボードの陰から、メイベルの背を回ったウォーハンマーの長い柄が跳ねあがり、カンタレラのサーフボードを引っかける。 「しまっ……」 バランスを崩して、カンタレラは軌道からはじき出されてしまった。 「ギャグ補正でのみ輝く瞬間があるとしたら、まさに今この時……。その目で見届けな! シューティングスターの生きざまを!」 黒葛一夜は意地になってカヌーに仁王立ちを続けている。 後ろから迫る脅威には意を払っていようはずがない。 ガスッとカヌーが、ウォーハンマーに叩かれると、カヌーが真っ二つに割れた。 黒葛は意に介さない。胸を反らし腕を組んだまま、生身で特攻した。 熱い…… 比較的ゆっくり降下している藤枝竜が次に接敵された。 彼女はよく考えての軌道、そして能力の関係でさほど熱くは感じていない。 「でもやっぱり怖いですよぉ!」 ゴールに不利なラフトを選んでいるのもそのためだ。 そこにチアリーダースタイルの魔法少女が降ってきた。彼女はいかだから見下ろして、叫んだ。 「メイベルさん! あんまり先に行かないでください~~」 だが、藤枝もここで彼女をそのまま通すわけにはいかない。おじぎして自己紹介。 「はじめまして、藤枝竜です! フレイムたんのさびになってください!」 「こんにちわっ。リシー・ハット軍曹よ。悪いけど行かせてもらうわ」 魔法少女はチアのぼんぼんの代わりに二本の棒を腕に沿わせている。 「マジカル☆トンファー☆スイッチ☆オン!!」 緑の輝きを発して、躍りかかってきた。 肉弾戦が得意な藤枝竜、ラフトは足場を提供する。 「やる気ファイヤー!!」 炎で死角をつくり、右腕のトンファーをかいくぐる。ステップイン。そして、ギアを全開にして振り抜いた。 左腕のトンファーで防がれるのも計算のうち。炎と緑光が交錯し、火花を散らす。重たい一撃は、ふわもこしたチアリーダーをはじき飛ばした。 「剣でホームラーン! ……あ」 魔法少女は前方に飛んでいったのだ。これでは意味が無い。 その先には、夕凪がちゃっちゃと行くかと位置取っていた。 彼はギアをシールド代わりにして体を覆っている。さらに念動でGと熱さを相殺軽減。 「つーか川下りじゃなくね? てか流れ星になんねーか、これ、湖にどぼんすりゃさめるっちゃさめっけど」 藤枝にぶったたかれた緑のチアガールがくるくると飛んでくるのをみて、首をすくめた。 「殴り合いは得意じゃねーから旅団の攻撃はさけたいわ」 念動で魔法少女の軌道をそらせた。 「魔法少女ごっこ? スイートもやるやる!」 そのころ、セリンボン小隊の隊長は性悪スイート・ピーに捕まっていた。 「困ったなぁ。遊びで魔法少女やっているんじゃないよ。私はキミよりだいぶ年上だしね」 「ええー、ところで名前はなんて言うの? スイートはスイート・ピーだよ」 「シルバー・パール大尉だ。っ危ない。落ちる!」 つい、助けてしまい。先に進めない。 スイート・ピーは飛び交う魔法少女たちを遊んでると勘違い、本来の目的そっちのけで飴玉型爆弾をばら撒いている。 「こら、それは爆弾だよね。キミのような娘が使って良くないよ」 「パールちゃん大好き」 だが、のれんに腕押し。 「その杖可愛い、どこで買えるの?」 「だめだめ!」 「ねっねっ貸して、壊さないからあ」 「だから、だめだって!」 ちょこまかと動くスイート・ピーは生き物の如くツインテールの動きでサーフボード上のバランスを微調整している。器用なものだ。 「知ってる?アホ毛は生き物なんだよ!」 「こら、引っ張るな! ああ、もうみんな先に行ってしまった」 藤枝に突き落とされたチアリーダー、リシー・ハット軍曹は、今度は小竹卓也にぶつかった。 そして、あろうことかその衝撃で小竹はなめていたあめ玉を落としてしまった。 あめ玉が無ければ、生身でプラズマにさらされることになる。衝撃の多くはカヌーが吸収してくれると言っても限度がある。 「うわぁぁ!! やっぱりこうなるんだ! 死ぬー! 死ぬー!」 一瞬で、セクタンが身代わりになって消えていった。 「あぁあぁあぁ!! うぐっ! 死ぬーっていうだけで肺が灼かれた。もうダメだ~~!!」 サーフボードが作り出すマッハコーンの内側は空気が薄いところをつたうと一気に距離をつめられる。 「今度こそ、絶対絶対勝つんだから!」 カンタレラをかわした長手道メイベルは勢いづいて、次の標的に襲いかかった。 だが、翼人のアマリリス・リーゼンブルグはそれを見越して、トラップを張っていた。 ギアで加速。翼とサーフボードで華麗に舞い、攻撃をかわし、幻影の影を残す。 魔法少女のハンマーは宙を切り、そこにあるはずの無い空気の壁によろめかされた。 「くっ」 ソニックブームの中、直感だけでアマリリスの方を振り向いたのをみて、翼人は感心した。 「可愛らしいが、タイプでは無いな。ここで終わって貰おう」 「なん……だと」 「悪夢へようこそ」 心の隙をつき、アマリリスは得意の幻術を重ねた。 と、辺りは沈む世界となった。地は割れ、すきまから赤黒くディラックの空が覗いた。ファージが侵入し大地を、木々を、街と家を、少女達を喰らっていく。 メイベルが一番怖いと信じている光景のはずだ。 すると、威勢の良かった魔法少女の赤い魔法光は失われ、彼女はサーフボードから転げ落ち、瞬く間にひるがえるマントに引っ張られるように風にさらわれ、消えてしまった。 「つい、興に乗りすぎてしまったか……。だが、あの光景は尋常では無かった」 その後方、冷泉律は妨害も無く楽しんでいた。 「宇宙から地球を見れただけでも参加した甲斐あったな。それにしても、この競技敵味方関係なく命掛けだよな。バンジーなんて子供騙しに思える」 彼は、いざというときのためにと、飴玉型ナレッジキューブの予備を持っていた。 「さっそくだ」 下からボロ切れのようなかたまりが飛ばされてきた。 慎重にギアの薙刀をのばして、引っかけた。 さもありなん、長手道メイベルである。 「ほら、この飴を食べて元気を出すんだ、って意識が無いか。 って……やるしかないか」 冷泉は予備のあめ玉をくわえ、魔法少女の鼻をつまんで、くちうつしでナレッジキューブを与えた。 彼女にあめ玉から空気が供給されることを確認すると、薙刀をふってまわりに知らせた。 春秋冬夏のラフトがすぐに駆けつけてくる。 彼女は脱落した人たちの回収に励んでいた。ラフトには幽太郎と黒葛一夜 ……の残骸が載せられている。 「冷泉さん! それって魔法少女だよね! いいなぁ、小さい時憧れたんだよね。魔法使えるのかな? 私でもなれるかな? なんで魔法少女になったのかとか色々 聞きたいなぁ。あと、私達が侵略者なら旅団の人達は、何になるって思ってるのかな?」 「彼女を気を取り戻したら聞いてみようか」 先頭に戻ると、青海棗は無表情で、もくもくとゴールを目指していた。 彼女は、ギアをサーフボードに設置して水ロケットにして、突き進んでいる。サーフボードに腹ばいになっていることにより、空気抵抗を抑えているのもあって速い。 「運動会の続き、、、」 銭湯青海大運動会の雪辱を果たさんとする青海棗に旅団の人達は、眼中にない。 その真後ろについているのは秋吉亮。 「久しぶりの地球…… こんな光景が見れてラッキー、って言ってる場合じゃないか」 カヌーに乗っている彼は、熱いのに耐えながら上体を反らして空気抵抗を少なくしている。この速度域では空気の壁は大きい。プラズマを効率よく後ろに流すにも、空力は重要だ。そして、カヌーはセクタンのコン太を守るにも都合が良かった。 そこに、緑の魔法少女がロックオン。 「メイベルちゃんのカタキは私がとるわ!!」 二本のトンファーをスキーのストックのように構えて、猛然と突っ込んでくる。 だが、運命のいたずらか、あともう一歩というところで、急降下する影と交錯した。 「私の場合、骨を拾ってくれというより灰を集めてくれ、ですよねぇ~」 ゾンビの榊原薊が、死体だからGやら温度を無視して最高速記録を目指せると墜落してきたのだ。彼の場合、ギアの消臭ポッドで熱を吸引している。 魔法少女とぐちゃっと衝突。 二人して、軌道を逸れた。 「うわわっ、あなた!」 リシーは少女らしく、はらわたをまき散らす榊原に慌てた。そして、ゾンビが何食わぬ顔して振り向いたのはみて、うめいた。 「こ、こいつ、人間じゃない! マジカル☆トンファー☆ライトセーヴァー!! いやー!」 トンファーは魔力の集中と共に、まばゆく緑に輝き、榊原を両断した。 「あらら、半身だけのゴールって認められるのでしょうか」 サーフボードを失ってきりもみ状態のリシーを救ったのは、評判の老紳士ジョヴァンニ・コルレオーネだった。 「お困りかねお嬢さん?ワシのカヌーに乗るといい」 「あらっ。ありがとうございます」 「女神の助力が得られれば二人でも百人力じゃ」 「わかりました。一時休戦ですね。私が風よけの結界を張りますので、あ……」 「わしが櫂を漕いでヴィクトリア湖を目指す。それでええじゃのう」 「はい、ええっと……」 「すまんかった。わしはジョヴァンニ・コルレオーネ。フロライン、あなたは?」 「リシー・ハットといいます」 「ではフロラインよ。老人力をみせてやるぞい」 そのころ、意識を失った小竹卓也がどうなったかというと。 小竹を乗せたカヌーにセリンボン小隊の隊長が乗り移っていた。隊長はなんとかスイート・ピーを振り切ってレースを再開したのであった。 気流の弱いところを辿ったところ、小竹のカヌーにめぐりあったのである。先を急いでいる隊長であったが、彼女は小竹が炎上しているのに気がついてしまった。 戦場を見渡し、他にだれも助けがいなそうなことを確認すると、コートを小竹にかぶせて、結界を張った。 † 成層圏に入って程なく音速を下回った。マッハを切ると同時に衝撃は消え去り、爽やかなスカイダイビングになる。 サーフボードやラフトはまだまだ熱いが、体の熱は冷まされる。地球半周にも及んだ軌道方向の動きもほとんどなくなり、正しい軌道で降りてきた者には眼下に巨大な湖が見えてきた。つづく対流圏もほんのわずか、あわせて40kmを垂直に降りるだけだ。 ティリクティアがカヌーからふらふらと顔を出して辺りをうかがう。 誰も彼もが消耗している。 静かに、聖歌を歌いだし、ラストスパートに挑むみんなにエールを送った。 ここからが最後の勝負所。 一番高度を下げていたのは、雪深終とグランディア、アレクサンダー、エルザの獣王三人組。 雲の中を突っ切っているところだ。 「なんかがヒゲをちりちりかすめているがなんだこれ」 「あたしも感じるぜ」 「敵の攻撃であろうか、小癪な」 「雪だよ! 雲の中の雪! 俺のターンだ! ふぶけ、ふぶけ、もっとふぶけ」 ボスッと言うぐももった音と共に、彼らのレースは唐突に終わった。 雪山 ……ことキリマンジャロ山。アフリカ最高峰、赤道上の標高5,895mのこの山の中腹に衝突していち早く着地。一両日中にヴィクトリア湖まで移動するのは絶望的だろう。 獣王が吼える。 「おい、なにやってんだ雪女もどき!」 ジョヴァンニのカヌーも成層圏に入った。落下による位置エネルギーの減少と空気による抗力が拮抗し、新幹線程度の速度で安定する。 「ありがとね。親切なおじいさん。でも、私は先に行かないといけないんです」 チアリーダーはぺこりと頭を下げると、カヌーから飛び出し、緑の魔法光を引いて姿を消した。 そのころ、魔剣士バルブロも減速を成層圏に入った。 ここまでは軽くシールド展開して、魔法少女達の攻撃をやり過ごしながら航路を刻んできた。悔しがる少女も後方に消えた。 前方に新しい少女の影が見える。緑の彼女は振り返り、魔法弾を飛ばしてきたが、カヌーの底でバルブロは受け流した。 「魔法少女と騙っているのが気に食わないとかじゃない、ウン」 抜き去ると、ゴールを目指して最終加速、風魔法を使い、スピードの補助にした。 シンイェと彼にまたがっている阮緋もいいポジションにつけている。 ここまで、シンイェがボード操作で避けつつの、阮緋の雷撃で旅団を寄せ付けていない。 「参ろうか、星夜(シンイェ)」 「応、緋胡来。おまえとなら何の不安もない」 二人分の重量により、落下速度は増す。 パイプオルガンの付喪オペラ=E・レアードも成層圏に入って動いた。 彼女は本来の姿であるパイプオルガンに戻って自重で空気抵抗に打ち勝つ作戦だ。ここで慣れないカヌーの扱いによる遅れを取り戻すつもりである。 純白の翼を広げると、羽が次々とパイプに変化していく。 成層圏に壮麗な響きが渡った。 が、それが敵を寄せ付けた。 「あなた。速そうですね。掴まらせてください」 !! オペラは、隙を突かれた。気がついたら彼女の胴体に魔法少女の足が絡みついている。 懲りずに緑のチアリーダー、リシーだ。 「気合いで耐えきったッス!」 「俺 ……生きている」 「もう一曲いくッス! 元気出すッス!」 氏家ミチルは長ランの裾をはためかせ、相沢優の首根っこをつかんで降ってきた。彼は強すぎたGにへばっていたところをミチルに捕まったのだ。 ファイトーー♪ ファイヤーファイトー♪ ファイヤー相沢ファイヤー相沢♪ 応援歌を歌いながら、進んでいると、オペラに魔法少女が襲いかかっているのが見えた。 「助けるッス!」 「離してくれ!」 「一緒に助けるッス!」 「俺を助けて!」 ――ッシャアア! ミチルの飛びけりが、リシーのドタマに炸裂、ぐらりと揺れ位置がくるくると入れ替わる。相沢はオペラのパイプに張っ倒された。腕はミチルにつかまれたままだ 「オペラさんを離すッス!」 「痛い! トンファ……」 しかし、チアリーダーの両腕はオペラに抱きつくのにふさがっている。 「魔女っ子と思って侮らないからね! オペラさんを離すッス!」 「いやです。むしろ、私を離してください!」 「ミチルさん! むしろ、俺を離してください! お願いします!」 オペラは上下逆さま、その腰に足と腕でがっしり抱きついているリシー、その首に肩車状態のミチル、そして、腕を捕まれている相沢。 4人は魔剣士バルブロを抜き去る。 それからシンイェと阮緋、
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