そのとき、司書たちは感じた。 ターミナルごと、軋んで揺らぐような、無数の轟音を。『導きの書』を抱きしめて、司書たちは天を仰ぐ。 ――予言はつねに、残酷な未来を映し出す。 しかし旅人たちは、何度もそれを凌駕してきた。その想いを武器として、運命のチェス盤が示す破滅のチェックメイトに抗ってきた。 だから。だから今度も。 だから――ああ、だけど。 † † † ……そもそも。「ねーねー、みなさ〜ん! たまには世界司書有志で、美味しいものでも食べながら親睦を深めて親密度を高めましょうよぉ〜。んねー、アドさん〜。ルルーさん〜。モリーオさん〜。グラウゼさ〜ん。緋穂た〜ん。茶缶さ〜ん(正式名称スルー)、ルティさーん、予祝之命さん〜、にゃんこさ〜ん、灯緒さ〜ん、火城さぁん」 などと言い出したのは、無名の司書だった。気分転換になり、お互い仕事もはかどるだろうし、というのはまあ、後付け設定である。 クリスタル・パレスの定休日を活用すれば、店長のラファエル・フロイトも、セルフサービスを条件にリーズナブルな貸し切りに応じてくれるだろうし、そういうことならと、ギャルソンのシオン・ユングが休日出勤するのもやぶさかではなかろう。 ――という目論見のもと、世界司書たちによる非公式の『懇親会』はいきなり開催されたのだが。 おりしも、皆に飲み物が配られ、乾杯の音頭がなされたとき、第一報は入った。 ウォスティ・ベルによる宣戦布告と、キャンディポットの死亡、そしてホワイトタワー崩壊を。 いち早く50名のロストナンバーたちが、対処するために駆けつけたことも。 懇親会は中断され、カフェは慌ただしい情報収集の場となった。 息を詰め、第二報を待っていた彼らは、天空が割れたかのような、不吉な爆音を聞いた。「皆さん、下がってください!」 異変を察知したラファエルが、司書たちを壁際に避難させる。 喉を焼くような熱風。鉄骨がひしゃげ、硝子の破片が飛び散った。 観葉植物が次々に横倒しになる。鉢が割れ、土が散乱していく。 クリスタル・パレスの天井を突き破り、ナレンシフが一機、墜落したのだ。 † † †「……!!」 紫上緋穂は両手で口を押える。悲鳴がくぐもった。「店長!」「ラファエル!」 走り寄った無名の司書とモリーオ・ノルドが眉を寄せる。 ナレンシフが横倒しに床にめりこんだ際、ラファエルも足を巻き込まれていたのだ。「大丈夫……、じゃなさそうだな。痛むか?」 贖ノ森火城が、傷の具合をたしかめた。「たいしたことはありませんよ。骨折程度ですので」「程度ってあんた」「私はいいとして、中にいるかたがたが心配です。彼らのほうが重傷でしょう」『どれ』 アドは尻尾をひとふりし、するするとナレンシフをよじのぼる。上部に破損があり、そこから中を伺えたのだ。『あー、いるいる。工事現場の監督みたいなおっさんと、他にもいろんなのが大勢。オレより弱そうなのもいるぞー。非戦闘員をどっかに避難させようとして流れ弾に当たったってとこかぁ』「ドンガッシュ、さまと、世界樹旅団の……。皆様、お怪我をしていらっしゃるのですか?」 少しためらってから予祝之命は、ドンガッシュに「さま」をつけた。目隠しの奥から気遣わしげに問う。『んー。みんな、けっこう血まみれー』「それはいけない。シオン、早く皆さんの治療を」「おれじゃ無理だよ。止血くらいしかできねーぞ」 それでもシオンは救急箱を持ってきた。包帯と消毒薬と擦り傷用軟膏と胃薬があるくらいで、何とも心もとない。「その前に、ここから出してあげないとじゃないー?」 ルティ・シディが、コンコンと出入口らしき部分を叩く。「どうすれば開くのかしら」「開閉機能が壊れてるようだ……。だめだ、開かない」 グラウゼ・シオンが進みでて、二度、三度、銀色の機体に体当たりをした。 だが、びくともしない。「茶缶さんが、『とびらのすきまにせいぎょそうちがはさまってます』みたいなことを言ってる……、ような気がするの」 無名の司書が、宇治喜撰241673をふにゃんと抱えながら、よくわからない通訳(?)をした。「隙間――と言っても」 灯緒が、そっと前脚を伸ばし、冷たくなめらかな表層に触れる。「1ミリもないにゃあ」 黒猫にゃんこも、ぽふん、と、前脚を押し付けて思案顔になる。 大小の肉球が、銀の機体に並んだ。 † † †「皆さん、ご無事ですか!?」 ティアラ・アレンが駆け込んできた。画廊街近くに位置する古書店『Pandora』は、クリスタル・パレスからさほど遠くない。 ナレンシフの墜落が『Pandora』からも確認できたため、様子を見に来たのだという。 店内の惨状に息を呑むティアラには、非常に珍しい同行者がいた。「ロバート卿。意外なところでお会いしますね」 ヴァン・A・ルルーに言われ、ロバート・エルトダウンは苦笑する。「僕が古書店を訪ねるのは、そんなに意外かな? マツオ・バショウの『おくのほそ道』を読んでみたくなって――いや、それどころではないようだね」「ええ。開閉機能の故障で、負傷者の救出が困難になっていて」「……ふむ」 ロバート卿はみずからのギアを取り出した。金貨から放たれた光の刃は、ごく僅かな隙間をも貫通し、開閉をさまたげていた制御装置は撤去された。 扉が、開く。 満身創痍のドンガッシュが、ふらつきながら現れた。 額から、ぽたりぽたりと血が落ちる。「……ここは……?」 ドンガッシュは店内を見回した。「世界図書館の非戦闘員たちを保護している避難所のようだな……。壊してすまない」 ドンガッシュはおもむろに、右腕を巨大なショベルに、左腕をドリルに変えた。『世界建築士』の力により、みるみるうちに、破損した天井は元に戻っていく。 修復は、すぐになしえたが……。「ドンガッシュさん!」 がくり、と、ひざをついたドンガッシュが床にくずおれる前に、ラファエルが受け止めた。「シオン、止血を!」「お、おう。無茶すんじゃねぇよ、おっさん。傷、広がってんじゃんか」「治療などしなくていい。この地で果てるなら、これも運命だ。……だが」 ドンガッシュは、ナレンシフの中にいる旅団員たちを見やった。「他のものたちは保護してほしい。皆、戦意はないし、負傷もしている」「ドンガッシュのおじちゃん!」 ナレンシフの中から、純白の毛並みのユキヒョウの仔が、足を引きずり、出て来た。「やだよ。死んじゃやだよ。世界とかじゃなくて、みんなで住める大きな家をつくってくれるって言ったじゃないか」 大きな青い瞳に涙をためて、ユキヒョウの仔は、小さな頭をドンガッシュに擦りつける。 その愛らしさに、ふっと微笑んだロバートは、ユキヒョウに向かって手招きをした。「おいで。傷の手当をしなければ」 しかしユキヒョウは、警戒心をむき出しにして、じりりと後ずさる。「おいで」「やだ!」 かまわずに近づいて、抱き上げようとしたロバートは、手をしたたかに噛みつかれてしまった。 くっきりとついた歯型から、血があふれ出す。「あちゃー。怪我人が増えてやんの。消毒薬少ないのになー」 シオンは新しい脱脂綿を取り出した。「……まあ、なんだ。子ども好きなのに子どもからは好かれないひとってのは、いるよな、うん」「それはフォローのつもりかね? 僕も人並みに傷ついているのだが」「おまえたちなんか信じない。誰も信じない。世界樹旅団のやつらも、世界図書館のやつらも」 ユキヒョウは威嚇を続ける。「みんな、殺すつもりなんだ。ドンガッシュのおじちゃんも、ここにいるみんなも、全部ぜんぶ、殺すつもりなんだろう。近づくなよ!」 ◇ ◇ ◇「ちょっとだけビックリするかもしれないけど、我慢してね」 ティアラはクリスタル・パレスへと来る際、咄嗟に掴んで持ってきた『ヒツジ島診療所』という本をおもむろに開き、それで近くに居た負傷者に触れる。一瞬眩い光に包まれたかと思うと、その者の姿は消えた。 隣に居た男が驚愕の表情でティアラを見る。「本の世界に入ってもらったの。中に居るヒツジ先生が治療して、休ませてくれるわ」 ティアラは男にそう言って笑んでみせた。 完璧な治療とは行かないかもしれないが、このまま戦場に放置されているよりはずっと良いだろう。数人であれば一度に本の中に入ることが出来るし、運ぶことも容易になる。「でも、このままっていうわけにはいかないわよね……どこか安全なところに運べたらいいんだけど」 特製の本だけあって、普通の本に比べればずっと丈夫だ。しかし、攻撃を受け続けて無事でいられるほどの耐久力はない。 たとえ本が破壊されたとしても、中の世界に影響はないが、『異分子』である外の世界の者は、強制的に本の外へと吐き出されてしまう。それはあまりにも危険だ。「あの、良かったら告解室へ」 ティアラの様子を見て、ルティが声をかけて来た。緊急事態に、彼女の表情もいつになく硬い。 確かに告解室であれば、本の保管には最適だろう。「ありがとう。お願いするわね」 そう言ってティアラは本をルティへと渡すと、周囲を見た。 爆発音が轟き、地面が揺れる。悲鳴や怒号が飛び交い、呻き声がこだまする。 ――自分にだって出来ることがあるはずだ。 彼女は、声を張り上げる。 「Pandoraにストックしてある魔法の本があるの! 少しは役立てるはずよ! もし良かったら誰か一緒に来てくれない?」 楽天的な彼女とて、こういう事態を全く想像していなかったわけではない。何度も失敗を重ねながらも、少しずつ魔法の本を作り、備えていた。 回復だけではなく、戦う術を持たないロストナンバーたちの力になることも出来るだろう。 そうしてティアラは返事を待たず、『Pandora』へと向けて走り出した。======!注意!イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。======
●クリスタル・パレス → Pandora 「みゅ……街、街が襲われてる。なんとか、なんとかしなきゃ」 キリル・ディクローズはその円らな瞳を大きく見開いた。 あんなに穏やかだったターミナルで火の粉が飛び交い、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う様は、何かのイベントが行われているのではないかと錯覚しそうになるほど現実味がない。 「ティアラ!」 険しい表情で駆けて行く彼女を呼び止める。先程『Pandora』までの同行者を募っているという話を聞いた。 「本屋さんまで、ティアラを護る、護るよ」 「私も参りましょう。この身を持ってお守り致します」 「二人とも、ありがとう」 ジャルス・ミュンティも同行を申し出て、三人でPandoraに向かい始めた時だった。 「そっちへ行っちゃだめ! そのうち敵が移動してくるわ。こっちに来て!」 ティリクティアが皆に声をかけ、別の道を指差す。 彼女は未来予知の能力で、敵が少ないルートを割り出していた。 ジャルスもトラベルギアのサーモグラフィ機能を使って敵の気配を探り、作業を分担しながら一行は進む。 普段よりも身体がよく動いてくれた。業塵がPandoraへと向かう者に、速度と防御力上昇の妖蜂を憑依させた為だ。 「Pandoraへ向かえばいいのですね?」 シィ・コードランはクリスタル・パレスでティアラ達の事を耳にし、状況を理解すると『NTD-2012 StarLight Passer』のモードを変更する。 巨大な金砕棒は、見る間に武装バイクへと変形した。 「どけ! オマエらグズグズしてんじゃねェよ!」 バイクに跨ったシィの雰囲気は一変し、猛スピードのバイクは侵略を行っていたワームを次々と轢き、跳ね飛ばしながら進む。自身にも相当の衝撃があるが、それをものともしない。 そしてあっという間に前を行くティアラ達に追いついた。 「乗るかァ?」 彼女達は突然現れた爆走バイクに驚いていたものの、すぐに仲間の助けだとわかり、ほっとした表情を浮かべる。 「乗りもの、速い、速いよ。ティアラが本を手に入れるの、大切、大切」 キリルがシィとバイクの方を手で示した。 彼が言うように、ティアラが倉庫にいち早く辿り着く事は、皆の助けにもなるだろう。 「私たちもすぐに行くから! Pandoraにも仲間がいるから大丈夫よ」 ティリクティアも笑顔を見せる。彼女にはPandoraの周辺を守る仲間達の姿が視えていた。 「ティアラ殿、行って下さい。ここはお任せを」 ジャルスも頷き、近づいて来ていたワームを盾で牽制しながら、雷のブレスで攻撃する。 「みんなありがとう。……先に行って待ってるわね」 ティアラはそう言うと、シィのバイクの後ろに乗り込んだ。 「しっかりと、掴まってやがれよォ!!」 彼女は気合を入れ直し、バイクを走らせる。 ●Pandora 「さて……零世界を守る為にも、ここで頑張らねばな」 大局を見なければならないと、煌 白燕は思う。特に危険な戦いが予想される場所にも人員は必要だが、他の所を守る事も重要だ。0世界は様々な場所で成り立っているのだから。 遠くから爆発や崩壊の音が聞こえる。この場所はまだそれ程の悲劇には見舞われてはいないが、住人は怯え、混乱していた。 白燕もまた、怖さを感じている。自らの国を守れなかった事を思い出してしまうからだ。 だからこそ戦わねばならない――いや、戦いたい。 「いやぁっ!」 その時、誰かの悲鳴が上がった。白燕はすぐさまそちらへと駆け、女性に襲いかかろうとしていたワームを剣で退ける。 ここに集まる敵は排除し、仲間は必ず守ってみせる。 (大戦符よ、そしてその中で眠る同胞よ……私に力を) ◇ シィとティアラが到着した頃には、敵の数も徐々に増え始めていた。 立ち並ぶ店を悪戯に壊し、略奪を行う者もいる。 「酷い……」 衝撃を受け、思わず立ち止まるティアラにシィは言う。 「貴方はまず本を。それが皆を助ける事に繋がりますから」 先程とは打って変わって穏やかな口調と表情だった。 「そう……そうよね」 ティアラは頷き、自らを奮い立たせると、Pandoraの中へと急ぐ。 しかしそれを邪魔するように、どこからか触手が現れ、彼女へと襲い掛かった。声にならない声を上げた時、目の前に鎖が伸びる。 ワームの触手は不可視の壁に阻まれ、じりと焼け爛れた。不気味な呻きと共に触手はのた打ち回る。 鰍の結界が守ってくれたのだ。 「ここは俺が抑えるからさ、早く怪我人助けに行ってやりなよ」 「ありがとう」 彼に笑顔で応え、シィとティアラは倉庫への道を急ぐ。 鰍の結界が周囲に張り巡らされ、通れる道は店の正面だけとなった。 それは攻められ難く、守り易い状況を作る。 だが、他の場所へ向かう敵は何とかしなければならない。結界を破ろうと試みてくる者も少なからず居た。 まずは目的を達成してからだ。 彼は、意識をさらに集中させる。 ●Pandora → クリスタル・パレス 倉庫は魔法の本で一杯だった。 ティアラは隅に隠れていた猫のリルデをつまみ上げ、『鬼瓦温泉郷』の中へと放り込む。 シィもや、後から到着したティリクティアとキリルも思い思いの本を手に取り、ジャルスは周囲に油断なく注意を払う。 ここまで辿り着けたのは良いが、どうやって大量の本を運ぶのかは悩み所ではあった。平常時ならともかく、大量の本を持ちながら、戦場となっているターミナルを駆け抜けるのは骨が折れる作業だ。 「運ぶのは、運び屋に任せてよ!」 そこに明るい声が響く。ユーウォンだった。 彼は本の山に近づくと、小さな肩掛け鞄にひょいひょいと入れ始める。山が随分と減っても鞄が一杯になることはなく、いくらでも入るようだ。 「助かるわ、お願いするわね。……どうか気をつけて」 ティアラは本の説明を簡単に書いた紙をユーウォンに渡した。 「うん、みんなも気をつけて!」 そうして彼は翼をはためかせ、Pandoraを後にする。 ぐんぐん地表は遠ざかり、眼下に戦う仲間達の姿が見えた。 (ごめんね……けど、おれはおれがやれることをやらなきゃだから。無事でいてね!) 彼は祈り、クリスタル・パレスへの道を急ぐ。 ◇ 「私たちはティアラと一緒にクリスタル・パレスへ向かうわ。どうかここは宜しくね」 「おう、任せとけ!」 鰍はティリクティアに向けてしっかりと頷く。彼女から『楽しいメイロ』と『忍び寄る手』も受け取った。 「有り難く使わせてもらうな」 二人はそれを通路へと置く。狭くなっているこの場所では、こうしておけば上を通らなくてはならなくなる。本の性能がばれてしまえば難しくはなるだろうが、暫く時間を稼ぐことは可能なはずだ。 「何っ――!?」 早速、数人の旅団員が迷路の本を踏み、ワーム共々姿を消す。 鰍はそれをチェーンでぐるぐる巻きにし、鍵をかけた。迷路のクリア後、これで出てこられなくなるかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。 「私は怪我人の回収と運搬を行います。皆さんもどうかお気をつけて」 そう言ってからシィは再びバイクへと乗り、颯爽とPandoraを後にした。道を塞いでいた敵は、バイクの武装により蹴散らされ、見えない壁に叩きつけられて焼かれる。 「みゃあー!」 「――ッ!!」 キリルは近くにいた旅団員に手をかざし、精霊魔法『ボルツ』を放った。翼を持った女は痺れに襲われ、一瞬動きを止める。 キリルはその隙に『飛び出せ! 絵本』を開いた。中からクマの形をしたソファーが飛び出し、敵へと激しくぶつかる。女はよろけ、悲鳴を上げる間もなく、置かれてあった迷路の本へと吸い込まれた。 ジャルスは狭い通路を進んでくるワームをハルバードで次々に切り裂き、さらにそれを使役していたローブの男をねじ伏せ、迷路の中へと閉じ込める。 「今のうちに!」 彼の言葉に頷き、皆は足を急がせた。 ●Pandora ティアラ達がクリスタル・パレスへと向かった後も、Pandora周辺での戦いは続く。 「くそっ!」 そして鰍の結界が、ついに破られた。敵が一気に雪崩れ込んでくる。 「無事か!」 白燕がそこに助けに入り、迫り来るワーム達を捻じ伏せた。 「悪ぃ、サンキュ!」 二人とも血は流していたが、まだ大丈夫だ。頭を振り、態勢を整える。 しかし、敵の数が多い。対処しても、別の角度から狙われる。今度は白燕の体を、鎌の形を取ったワームが襲った。 間に合わない――そう思った時、目の前をひらひらとした物が包み、鎌を弾いた。 「大丈夫?」 それは、ティーグ・ウェルバーナの『絹鉄』だった。 「すまない」 「いいのよ、仲間だもん。……凄く怖いけど、あたしだって戦えるわ!」 そう言って微笑むティーグ。 彼女が教科書で習った戦争というのは、銃や戦車で戦うものだった。けれどもこの戦いは、そうではない。 死ぬ事を思うと、とても怖くて、身体が震える。 でも、今自分が戦わず、守らずに、誰がこの場所を守るというのか。 「そうだな」 彼女の力強い言葉に、白燕も頷く。 皆、同じように怖いのだ。でも、この場所を守る為に戦う。 力を与えてくれる存在は、こんなにも沢山居る。 彼女も前を向く。仲間と共に戦う為に。 「では、参ろうか!」 「OK! ――これがウェルバーナ流よ!」 二人は次の敵へ向かって、走る。 ◇ 「集金でやんす」「寄付をお願いするでやんす」「首飾り発射のために必要でやんす」 混戦の様を呈している所へ、二十五体もの旧校舎のアイドル・ススムくん達がぞろぞろとやって来た事で、状況はさらに混沌としたものとなっていく。 「ふぉおぉお!? ここでも戦闘してるでやんす! よござんす、先にこちらを手伝うでやんす」 そのうち十五体のススムくんは『みんな一緒でなかよしで嬉しいな!?』を手に取ると、イチゴ味心臓を乱射し始めた。 近づいて来ていた数体のワームがイチゴ味心臓に埋まり、それを使役していた旅団員も、予想外の攻撃に戸惑う。 その隙にススムくん達は連携し、片手に持った本でぺしぺしと敵を叩き始めた。 「うわぁぁぁぁっっ!!!」 イチゴ味心臓しか出さなくなった自分のワームを見、旅団員の男は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。 「もんぶも本使いたい、本使いたいー」 それを見ていたうにょにょ もんぶが、羨ましそうに全身をうにょうにょさせながら落ちている本を拾う。もんぶが手に取ったのも『なかよし』の本である。 「もんぶこれにするー。これ使えばみんなもんぶみたいにうにょうにょになるんでしょ? わーいみんな一緒で嬉しいなー☆」 そう言いながら、店の入口の辺りに置いた。 現在イチゴ味心臓で大混乱中なだけあり、無造作に置かれた本を踏んでしまう者も多く、それぞれの戦闘能力が、もんぶと同じになってしまう。 「うにょ~うにょ~」 さらに、もんぶいわく『戦いの踊り』により、脱力してしまう者も敵味方問わず相次いだ。 「1ナレッジキューブでいいでやんす、首飾り発射のための寄付をお願いするでやんす」 さらに混沌が加速し始めた場所で、ススムくんは募金活動を再開する。 ◇ 「こっちだよ、バーカ!」 月見里 眞仁は近くの店を襲っていた旅団員を、トラベルギアの巻き尺を伸ばして止めようとした。だが、初めて使う為に要領が解らず、巻き尺の先はその手前で落ち、ぺちりと情けない音を立てる。 男もこちらに気づき、ワームを操りながら近づいて来た。 (一応作戦通り。トレモ、頼むぜ) 眞仁は空に居る相棒に意識を向け、視覚を共有する。この先の角を曲がった所にある柱の陰に、妹の月見里 咲夜が隠れているのが確認できた。 (咲夜、無理するなよ) 眞仁はそこを目掛けて走る。 (お兄ちゃん、無茶してないかな……) 妹は妹で、時々無茶をする兄の事を心配していた。 『Magic Panic!』の本を手に、フォックスフォームのちとてんと一緒に、息を潜めて待つ。 緊張で鼓動が煩い程になって来た頃、トレモが目の前に飛び出してきた。 呼吸を整え、タイミングを待つ。 「咲夜!」 眞仁が地面を転がるようにして目の前を通り過ぎ、続いて数体のワームが目の前に現れた。 どんな魔法が出てくるか解らないという本。敵を倒せなかった時の為に、眞仁は構える。 「これでも喰らいなさい!」 咲夜が本を開くと同時に、火炎の柱が本から噴出した。 目の前にいたワームは一瞬にして消し炭と化す。 「なっ!?」 怯んだ旅団員に、眞仁はすかさず『なかよし』の本を叩きつける。自分と同じ戦闘能力になった男に、彼はにっと笑んで見せた。 「さーて、普通に殴り合いでもするか?」 ◇ 「いやっ、来ないで!」 脇坂 一人は敵の姿に小さく悲鳴を上げ、背中を向けて走り出す。 彼のその様子を見た旅団員の男は後を追ってくる。ワームを連れていない所を見ると、自分の能力に自信があるのかもしれない。 「ふん、カマ野郎か。ちょっと遊んでやるか」 一人の目的は仕掛けておいた本の所へと誘う事である。甘く見られるならその方が好都合だ。 路地の曲がり角を利用し、素早く物陰に隠れる。こちらにはオウルフォームのポッケもいて、土地勘もある分有利といえる。 男が下卑た笑みを浮かべながら、余裕たっぷりの仕草で角を曲がってきた所を目掛け、手にした絵本を開く。すると、巨大な林檎が勢いよく飛び出した。 「ぶへっ!」 それは男の顔面に直撃し、堪らず体がよろめく。 その先に置いてあった本は――『忍び寄る手』。 手は男の足首をがっちりと掴み、男はそのまま地面へと倒れた。 「くそっ! 何しやがる!」 「私ね、ここも好きなの。ここやここの人達。貴方達の好きにはさせないわ。……ところでさっき、オカマって言った? 死にたいの?」 トラベルギアの鉈を手に、にっこりと微笑む一人。男は恐怖の表情を浮かべる。 その時、別のオウルフォームのセクタンがこちらへとやって来た。 「あら、ポッケちゃん、お友達ね」 それと同時に、エアメールが届く。 『そちらに敵を追い込みます』 それは、そのセクタンの主、ヴィンセント・コールからのものだった。 『連携ってことね。OKよ』 この近辺には、幾つか同じ本を仕掛けてある。 一人は男を放置したまま、再び絵本を手に、身を隠した。 「魔法の本。興味深い……」 ヴィンセントはそう呟くと、手の中にある二冊の本を見る。その中には、既に数人の負傷者が収容されていた。 「誰か!」 上がった悲鳴の先を見ると、狼の姿の獣人が、恐怖で身動きできない親子に襲いかかろうとしている。母親は娘を抱きしめ、必死で庇っていた。 「さぁ、狩りの時間です」 ヴィンセントは獣人に氷の剣を突きつける。それが届くより早く、獣人は後方へと跳んだ。 その間に親子の方を確認する。怪我こそしていないが、ここに置き去りにするのは余りに危険だ。 「失礼」 彼はそう言うと『鬼瓦温泉郷』の本を素早く開き、二人を中へと入れた。後は先客が説明をしてくれるだろう。 獣人はそれを見て驚きの表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したようだった。旅団にも図書館にも、様々な能力を持つ者はいるからだ。。 ヴィンセントは本をしっかりと持ち直し、氷の剣で獣人を攻める。 (来たわね) 段々と近づいてくる気配。一人は本を準備して待つ。 「罠だ! こっちへ来るな!」 その時、本に捕まっている男が喚いた。獣人はそれに気づくと、急いで別の方向へ逃げようとする。 しかし、そんなものは織り込み済みだ。 「ぐはぁっ!」 獣人の顔面に、今度は巨大な南瓜が直撃する。 回り込んでいた一人の持つ絵本から飛び出した物だった。バランスを崩した獣人もまた、本から出た手に捕らえられ、悔しそうに唸り声を上げた。 ●クリスタル・パレス 屋根の上に陣取り、スイーツを頬張っていた業塵の所へ、大きな銀狐と三尾の子狐が籠を咥えてやって来る。作戦用の集金らしい。 「ご苦労であったな」 下へと降り、ナレッジキューブを渡すと、お返しとばかりに子狐が頭を撫でさせてくれたので、懐から紙に包んだ飴を取り出して、それも渡す。 喜んでそれを受け取り、また別の場所へと向かう狐の兄弟。 皆が危険を顧みずに集金を行うのも、戦うのも、負傷者を助けるのも、守りたいからこそだ。 この場所を、仲間達を。 「ここは退屈せぬ。面白き人間も美味き物も多い。見過ごすは忍びぬ」 彼もまた、その心を理解しつつあった。 ◇ 「みんな! お届け物だよ!」 ユーウォンが一足先にクリスタル・パレスへと到着し、鞄から取り出した魔法の本を、必要としている仲間達に渡していく。 「ぼくがいる間は、クリパレにわるい人はちかよらせない!」 タリスは『ヒツジ島診療所』を使って負傷者の保護に当たりながら、赤の絵の具で猫を、青の絵の具で鳥を描いた。 赤い猫と青い鳥は生き生きと動き、周辺を守る為に活動し始める。 「ティアラたちは、だいじょうぶなのかな」 ふと心配になり、Pandoraの方向を見たタリスの視線の先に、やがてティアラの姿が現れた。 ティリクティアとキリルも一緒だ。 「みんな、良かった!」 「タリスさん、待っててくれたのね。ありがとう」 ティアラがそう言って微笑む。タリスもほっとして笑みを見せた。 「うん、一緒にけがしてる人たちを助けよう!」 「そうね、私たちに出来ることをしましょう」 「みゅ、ぼくも怪我人助ける、助けるよ」 ティリクティアとキリルも回復するための本を両手に持ち、頷く。ティリクティアはここでも『メイロ』と『手』の罠を仕掛けて置くことを忘れない。 ◇ 「ゼシ、おっかないけど頑張る。お友達を守りたいもの」 ゼシカ・ホーエンハイムは、クリスタル・パレスの椅子やテーブルに、ぞうのじょうろで水を掛けて命を与え、自らバリケードを作らせる。 ポシェットの中に入っていたブリキの兵隊も同じ様にし、六人二組の一班には負傷者の治療を、二班には周囲の偵察を頼んだ。 アシュレーの吠える声に、ゼシカはぴくり、と体を震わせる。いつの間にかワームを従えた女がこちらを見ていた。 果敢に敵に向かって行ったブリキの兵隊は簡単に蹴散らされ、ゼシカはぎゅっと本を強く握って立ち竦む。 そしてワームから大きな手が伸び、ゼシカに襲い掛かった――が、その手は千切れ、宙を舞った。 「大事はないか」 業塵はそう言ってゼシカを見る。彼が張り巡らせていた蜘蛛の糸が、この状況を感知したのだ。 「うん……ありがとう」 ゼシカは怖さに泣きたくなるのを我慢して、業塵に礼を言った。彼は表情を変えずにゼシカを抱えると宙を舞い、一瞬にして旅団員の女の背後へと回り込む。 女がそれに気づいて振り向き、攻撃へと移るよりも、ゼシカが理解し、本をぶつける方が少しだけ早かった。 「何よ、こんなもの!」 女は煩そうに本を手で振り払い――開いた本のページに触れた。宙を舞った本は、タリスの青い鳥がキャッチする。 「何!? ……ち、力が」 「喧嘩はやめてゼシと一緒にお遊戯しましょ。楽しいわよ」 微笑んだゼシカを女は睨みつけるが、彼女はもう、ワームを操る力すら持たない。 混乱したワームは、業塵により容易く屠られた。 ●Pandora + クリスタル・パレス + 告解室 「怪我人を収容した本です」 「ありがとう。助かるわ」 シィは回収した本を告解室へと運んでルティへと渡すと、またバイクに乗り、負傷者の回収へと向かった。 「お願い!」 続いてユーウォンも到着し、鞄から次々に本を出す。 彼も新しい本を仲間へと届ける一方で、本の回収をし、告解室へと運んでいた。 「お気をつけて」 また本を運ぶために戻ろうとするユーウォンに、ジャルスが言葉をかける。彼は怪我人を護る為、今は告解室周辺を警備している。 「うん、きみも。またあとで会おうね!」 それぞれが、それぞれの役割を担い、自分達に今、出来る事をした。 この場所を、この世界を守る為に。 そうして少しずつ戻る平穏を感じ始めた時――皆は見ることとなる。 天空より落ちる、無数の楔を。
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