§ディナリア 最高執務官執務室 久方ぶりの窮屈な執務席に座したディナリア最高執務官殿の表情は、苦虫を潰したように歪んでいた。 原因は台車に乗せられたケース一杯の酒を伴って乱入した女、酒精漂う元OLのロストナンバー――臼木桂花。 グスタフは、このロストナンバーを実のところ苦手としていた。 娘程に歳離れた女、ズケズケとした反論を許さない物言いは癇に障るが良い様に言いくるめられてしまう。 ディナリアの窮地を救った恩義があるがゆえの譲歩もあるが、どちらかというと相性問題であろう。「コタロって意外と人気者なのよ。MIAになったと分かれば救出作戦なり始まるでしょうね。これは貴方にとってもチャンスでしょう? だから酒宴をしましょう。酒の戯れ、ここでの会話は全てが与太話……付き合うわよね?」 勝手に酒瓶を執務机に並べる臼木の姿に、グスタフは無益な否定の言葉をかける気は起きなかった。 冷酷な話ではあるがコタロ・ムラタナが生存している可能性は皆無であろう……だが彼を捜索するためにロストナンバーがディナリアに駐屯するのであれば、確かにそれはチャンスではある。マキーナとの戦いに余裕ができれば、ノアと折衝は容易になるであろう。 そういう裏側に横たわる意図を咎めるでもなく、しれっと突いてくるところがまた苦手意識を喚起する。 こういう時に限って相方たるセルガはいない。 カンダータ酒に特有のむっとする香気がグスタフの鼻をつく。 いつの間にか執務机に腰掛けた臼木の傾けるボトルがロックグラスに琥珀の液体を満たしていた。 何も臼木は戯れだけでグスタフと酒席を持っているわけではない。 ――軍人に施されているサイバー化、ナノマシン……これを統制するには都市レベルの統治用の人工頭脳があるのではないだろうか 何か根拠があるわけではない、ただの直感過ぎない。しかし、それを看過することはできなかった。 「で……何が聞きてぇ……」 追い払うことは、とうに諦めたのかグスタフがロックグラスを掴む。「そんな構えないでよ? お酒がまずくなるでしょ。一酔の宴席、真面目な話は期待してないわ、……永久戦場と英霊と鳥かごの中の人類に……乾杯」§ディナリア 行政府資料室 光遮られた資料室の中、唯一の光源である端末のモニターがピンク髪にメイド服のオートマタ――ジューンの輪郭を浮かび上がらせる。 ジューンの光学器官には映るのは、激しく流れ消える文字列と早巻きの映像、過去のディナリアで行われた戦闘記録である。 彼女は、カンダータにおける交戦……マキーナのとの戦闘の有り様疑問を持っていた。 アヴァロンとの通信から得た調査隊の情報、そしてこの度のディナリアでの戦闘、以前の地上基地での戦い……腑に落ちない点は多い。 ――アヴァロン様が解読した退却命令を即座に解除した上位命令……観測者が居たのでしょうか? ――ディナリアへの侵入は寡兵……調査隊を待ち伏せしたマキーナは数千もの大群……バランスの悪い用兵と思えます……目的は? ――幽太郎様の光学迷彩は何故マキーナの眼を撹乱できたのでしょうか? 光学迷彩をもつマキーナいるならば、それを知覚できないのは不自然です 一度の参戦では気づかなかっだろう違和感、戦闘記録が伝える隙間を縫いとるには己の解析能力だけが拠り所であった。 ――もし……光学迷彩が通じていなかったとするならば……何故幽太郎様はマキーナの攻撃を受けなかったのでしょう? ――バランスの悪い用兵に意味があるのだとしたら……それは調査隊の全滅で利益を得る人がいるのでしょうか? ――観測者が調査隊に居たのならば……それはルドルフ大佐ではなかったのでしょうか? カンダータの人々を蹂躙するマキーナ……だがその動きには恣意性を感じざるには得ない……手繰る糸は薄く確証を得るほどの情報はない。 ――恣意があるとすれば、それを発しているのは誰? そこでジューンの思考は一旦の中断を余儀なくされた。 オープン回線で流れる警報――マキーナの襲撃を示す信号 同時に走った地を揺るがす衝撃が端末の電源を絶ち資料室に闇の帳を落とす。§カンダータ地下 ディナリア西方 (……返事はないか) アマリリスが、トラベラーズノートを確認した回数は両手の指に余った。 自らの体を幻術の帳に隠したアマリリスは、ディナリアからカンダータ地上へ向けて一人出立していた。 その胸に宿るのは忸怩たる思い。 ――自らの策が多くのカンダータ兵士を……コタロを犠牲にした ディナリアに彼女を咎めるものなどいなかった。 家族の死を嘆く兵士の遺族達であっても、具に報告を受けたグスタフらであってもその態度は変わらなかった。 生き残った兵士達に至っては、彼女に感謝の言葉をすら述べていた。 ――戦闘記録は見た、ルドルフはマキーナに射殺されたんだ。お前さんの行動は関係ねえ ――マキーナが大量に待ち伏せていたのであれば調査隊は全滅していたはずだ、お前らが居たおかげで少なくない兵士が生き残った ――コタロ・ムラタナにはすまないことをした…… (すまないこと……か、まるでコタロが過去になったかのようなもの言いだな……コタロがそう簡単に死ぬものか) マキーナの大群の中に残ったコタロが、取り残されたカンダータの兵士達が生きている……羽に触れる朝露よりも儚い願望。 理性はコタロ達の死を告げている、万が一コタロ達がいまだ生きており助けを求めていたとしても一人で向かう道理はない。 カンダータの地を往く、己が無謀は悟っていた……広大な地を一人で彷徨い、何ができるというのか コタロ達が消えたあの場へ行くだけでも幾日かかるか分かったものではない。 無謀が生むのは自己満足と無為な死だ……それを自覚しながらもアマリリスは自らを抑えることができなかった。『私は最後まで諦めなかったとでもいうつもりか? 辺獄で彼に悔恨の言葉を吐くのが望みか?』 幻聴か? それとも自嘲か? アマリリスの顔が皮肉げな笑みに歪んだ時。 それは起きた―― ――無音のまま宙が蝕まれたように剥離する ――罅割れた空間を引き裂きながら零れ落ちたのは巨大質量 地下世界に現出した巨躯の形に宙は歪み、押しのけられた大気は颶風 となってカンダータの大地を、宙を、薙ぎ払った。 『それ』が起こした乱気流に嬲られるアマリリスは、羽を拡げ己の肉体を宙に保持するのが精一杯であった。 (これは……なんだ?) ――『それ』は人の視界であれば、超大な擂鉢状の物体として写ったであろう ――『それ』は鳥の視界であれば、白磁の巨大円盤が動いていると認識されたであろう 地表に落ちた半球状の物体は体表を幾度が明滅させると荒廃の大地を削り進む。 その進路の先に存在するのは、アマリリスが出立した場所。 カンダータ人類の最西端に位置する都市――ディナリア‡ ‡ §ターミナル「カンダータにて行方不明となっていたロストナンバー、コタロ・ムラタナ様の死が予言されました」 世界司書リベル・セヴァンの淡々とした声は、波紋のようにロストナンバー達を静寂に誘った。「導きの書の内容を具体的にお伝えします。一両日中にカンダータの都市ディナリアへ機動要塞と思われるマキーナと当該マキーナに積載された大量のマキーナ群が襲来、その戦闘の中で多くのカンダータ人が討ち死にし、コタロ・ムラタナ様は機動要塞型マキーナ内部で死亡します」 ロストナンバーが如何なる態度であっても常を崩さぬリベルは同じペースで言葉を紡ぐ。「導きの書の予言はロストナンバーが介入する場合に限り絶対ではありません。しかし明示的に名を列ねている以上は、コタロ・ムラタナ様が独力で状況を打開する可能性は低いと私は判断しております。 今回皆様に依頼するのは、都市防衛、機動要塞型マキーナの撃破、そしてコタロ・ムラタナ様の救出です。マキーナ群の規模は大きく、トレインウォーに準じる規模の戦闘が想定されます」 リベルが手元の端末を操作するとスクリーンにいくつもの画像が表示される。‡ §ディナリア 最高執務官執務室 幾つもの酒瓶が転がる執務室。 傍らのソファで酒瓶を抱えながら寝かされている臼木の寝息と充満する酒気とは裏腹に室内の空気は張り詰めていた。「……状況を説明しろ」 酒精に当てられ僅かに赤みをさした巨漢が、僅かに苛立ちを滲ませながら傍らに立つ痩躯の言葉を促す。 聊か慇懃無礼に敬礼をした痩躯が言葉を吐く。「ディナリア西方に巨大な半球体状のマキーナが陣取っています。先ほどの揺れは当該要塞が基礎を打ち込んだため発生したものです」「距離は?」「10km弱です。土台を固定した要塞からはマキーナの排出及び砲撃が確認されました。近辺に敷設のトーチカは全滅、西門の防衛線にて射撃戦が始まっています」「続けろ」「要塞は大口径の砲塔を備えており防衛線を著しく損壊しています。一方、当方からの砲撃は要塞及び砲に対して有効打撃となっていません。この要塞が健在である限り、西門の防衛線が崩れディナリアへマキーナが侵入するのは時間の問題です」 「……策はあるか?」「あるのは正攻法だけです。正面から叩けないのであれば内部から破壊するしかありません。要塞はマキーナを排出するための開口部を複数持っています。ホバータンクを爆装して要塞に突撃、歩兵が内部から破壊する……戦術演算機ではせいぜい成功率10%というところです。……撤退を準備しますか」「……決死隊を募れ300秒以内に返事をした奴だけでいい。以降の指示は俺が出す、お前は非戦闘員を避難させろ」 極わずかの瞑目は、共に死地に立つことを許されぬ葛藤。「ロストナンバーに援助要請は?」 (俺のやっていることは何だ? 俺達の生存のために異世界人が死ぬ……。……異世界に侵攻したノアの奴らと何が違う)「今から行う」 懊悩は生き残ってからでいい。 グスタフは、想いを握りつぶしたその手でターミナルとのホットラインを開いた。‡ §ディナリア 西門 巨大な擂鉢の体表が明滅する度、カンダータの大地は金属混じりの土煙と共に人間であったものの破片を巻き上げる。 交錯する死を呼ぶ飛翔体は空で大輪の花となり地下世界を赫く炙る。 銃座からはじけ飛ぶ薬莢にまとわりついた熱は凍りついた大地を溶かし、機械の悪魔によって死した者たちの形が沈む泥濘とする。 ディナリアの防衛ラインである西門は既に地獄であった。 マキーナの蹂躙によって幾層にも重ねられた要塞線は一枚また一枚と崩れ落ち、屍山血河を作り上げていた。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
§西門 地平線は一個の有機体が如く淡々と進撃するマキーナが埋め尽くしていた。 一群の異形を指揮する巨大要塞からは、間断ない砲声が響く。 幾重にも束ねたロストナンバーの障壁を巨大な鉄球が叩き続けていた。 「巨人の一発に比べればキツカねえけどよ、こう連発だとおじさん参っちまうぜ」 クリエイションの結界でディナリアを護る神結。冗談めかした口調程には余裕はない。 傍らで共に障壁を張るハクアも己の力が及ぶ時間が限界近いことを意識していた。 一発一発の破壊力は彼らの結界で防ぎうる――問題は物量 要塞がその姿を晒してから、未だ砲声は一度たりと途切れない。 絶えることない砲撃が生むジリ貧を断ち切ったのは無限の申し子たる少女。 「ゼロは、こんなの平気なのです」 巨大化した無謬の少女はマキーナの砲撃を防ぐ無敵の盾。打ち込まれた鉄球は威力を失い、脚元を蠢くマキーナを圧壊する。 「マキーナさんここはゼロが通せんぼ……あれれです?」 共に巨大化したビームランチャーを構えマキーナを威嚇する少女。 だが、あまりの大きさに逆に認識されないのか、脚元のマキーナはゼロを無視し進撃していた。 少女を無視したマキーナの上に朱き鳥と黒き蝙蝠が飛び、紙片を撒き散らす。 「火燕招来急急如律令、飛鼠招来急急如律令! マキーナがどこに密集しているか確認しろ、そこに札を巻いてこい!」 筋骨隆々の符術士・百田十三が流麗な文字の書かれた符を打つ。 「炎王招来急急如律令、雹王招来急急如律令! 目の前にいるマキーナを殲滅しろ!」 マキーナ群に落ちた符は二丈にも及ぶ燃え盛る狒々、そして透き通った氷の雪豹となり破壊を撒き散らす。 「ひでぇ現場も経験あるが、戦場ってのは地獄だな。いいか! 死ぬなよ、死んでも足掻け!」 無茶苦茶な叱咤激励をかける神結。 タップを刻みボディーパーカッションを行う彼の周りには、大量のスティンガー・グレネードランチャー・対戦車ミサイルが浮かび上がる。 「質より量ならお任せってな! いくぜ! ガンパレードだ!」 祓串から垂れる紙垂が大量に生成された銃火器の引金を同時に引く。 断続的な爆音が迫るマキーナを迎え撃った。 使い捨ての火器の雨を縫って飛び出すマキーナ。 その左脚が砕け散け、動きを止めたマキーナは後続に押され体勢を崩したところに右脚、頭蓋と順に弾ける。 射撃は通信塔の上――桜妹がトラベルギアから取り出した対物ライフルが接近するマキーナを撃ちぬく。 「敵がたくさんいて怖いですけど……が、頑張ります!」 戦闘ではなく戦場――今まで相対した敵とは違う軍勢というものに恐怖しながらも桜妹は的確な射撃を行う。 二脚に支えられた銃体が揺れ、薬莢が地面を叩くたびにマキーナが一体また一体と崩れる。だが、小朋の視界が捕らえるマキーナの軍勢には果てなど無いように思えた。 ‡ 混戦の防衛戦に現れる三人の魔術師。 襟巻蜥蜴の魔術師がローブを一振りすると現出する三種六十枚の従僕。 鱗に覆われた右腕が、己の周りを舞うカードから青色のカードを四枚握り潰すと青色の波動が魔術師たちを包んだ。 「ニッティ……ドミナ、『防壁』の魔術をかけた……この程度の鉄鋼であれば防げよう。さすれば、いざ鉄屑共を殲滅せしめん」 「サンキューヴィクトルサン」 「……ありがとうございます、ヴィクトル様」 ドミナの言葉に秋波が漂っているように思えたのはKIRINの僻みか。 (あーあーボクことニッティさんはドミナサンとヴィクトルサンと一緒デス、リア充を助けるために何故かリア充と一緒です! とか言ってる場合じゃないね、防衛戦開始!!) 心配気に主の指を舐めるカインの頭を軽く撫でるとニッティは両手を突き出し魔装義手「レニアーティ」を構える。 「ヴィクトル様、私は結界を……ご無理をなさらぬように」 「我輩がこの程度の鉄蟲風情に遅れをとるわけがなかろう」 「ねー! ボクは魔力が尽きるまで撃ち続けてればオーケーだよね!? カイン! 撃ち漏らしはヘカトンラッシュでフォローお願いね!」 ヤッカミまみれの大声を上げ、ニッティは魔術を展開する。 微笑を浮かべたドミナは傍らの従僕獣と声を合わせ『戦歌「ファランクス」』を奏でる。 苦笑を浮かべたヴィクトルが、赤色のカードを砕き解き放つ『焔棘柵』がマキーナの生体パーツを融解させながら拘束した。 異界の火力でマキーナの軍勢を足止めるロストナンバー、しかしマキーナは数に果ては見えない。 『全軍通達、地上マキーナ15%減。要塞より第二波――数は現状の倍。西門防衛ライン崩壊します!!』 通信兵の悲鳴が要塞の瓦解する音に呑まれる。 蠢くマキーナが瓦礫を乗り越えた刹那――朱の魔法陣が浮き上がり雷霆の剣が天に向かい起立する。 白色の絶光が機械の獣を灼き払う、起立する竜巻の渦が凶竜となって狂い、氷結の帳が灼けた大地に銀色に染めた。 己の力を込めた血を媒介とする魔術によって、白き古代人が幾百ものマキーナを崩壊させる。 「当地では、金属、銃火器、ペットの御同伴は禁止でございます。さあさ、無体をされるのであらば、お客様には強引にでもお引き取り願いましょう」 天変地異の間隙に開け放たれる巨大な扉。 マキーナの砲撃は扉の先の亜空間に消え――焔纏う豪炎の三角の鬼、青ざめた肉体に氷塊をまとわせた四腕の魔神――何故かウェイタースーツで決めたドアマンの眷属と共に解き放たれた。 「さあお帰りはこちらへ、煉獄への片道切符がございます」 ドアマンが恭しく一礼すると二体の配下が彼の意志を実行する。 ‡ ‡ §執務室 戦場を示す映像を前に、グスタフは瞑目していた。 「ここはもう少し南に避難してもらったほうがいいわ。この場所は壊れたマキーナが激突してしまうの……ちょっと聞いている?」 強く引かれた服の裾、その指先は戦場に不釣合いな金髪の可憐な少女のもの。 「ねえ、ちゃんと聞いて! 私はティリクティア、未来をみる事が出来るロストナンバーなの」 ――これは夢か? それとも、もはや涅槃か? 浮かべた当惑は炸裂したハリセンによって強制的に霧散させられた。 「この餓鬼ィ」 グスタフの怒気に、きゃっと悲鳴を上げて逃げる少女は、丁度執務室の扉の前にいたピンク髪のメイドの後ろに隠れる。 「グスタフ様、私達はカンダータの方々の手助けをしたくて集った者ばかりです。1人でも多くの方が生き残れるよう最悪の事態を想定して最善を尽くします……それだけは信じていただけませんか」 重砲で武装し、メイド服の上から弾倉を襷掛けにしたジューンが少女の頭にぽんと手をのせる。 幾度となく頼みとしたジューンの言葉に、冷静さを取り戻したグスタフが首肯する。 「……ああ、そうだな。怒って悪かったな嬢ちゃん」 「ティリクティア! 反省したらティアと呼んでもいいわよ?」 一瞬流れた穏やかな空気を戦場の風が留まることは許さない。 「ジューン、ここにいたの。ちょうどよかったわ、ジャミングして」 「臼木様……盗聴器の類は利用不可能な状態と致しました」 執務室の扉を潜る臼木。 開口一番の指示を阿吽の呼吸で実行するジューン。 「ありがと。グスタフ……民間人の移送準備終了次第、工兵は軍用システム緊急停止。同時に全軍認識票を友軍5m以上先に投げ捨てるよう命じて」 「理由を言え」 戦場の顔となった男の言葉は短い。 「ルドルフは装甲車内で狙撃された。マキーナは軍用システムに侵入してるの。人型、認識票、ナノマシン……どれかに該当すれば敵認識されると考えるべきよ」 「……いいだろう、確かめる意味はある」 「グスタフ様、私からも提案があります。ディナリアからの民間人退避は、突入部隊が全滅するまで待っていただけませんか。その時は我が身に代えても東の待伏せを全滅させて退路を確保します」 (そっか、要塞以外もディナリアへ侵入するかもしれないものね……うん大丈夫……ジューンの杞憂ね……あれ?) 侵入者を占う未来予知――念視の端にディナリアを覆う黒い靄が見え隠れした ‡ ‡ 死と隣り合わせた戦場では感じたことのない疲労が四肢を鉛とする。 今まで戦った多くの敵、共に戦う事を願ったディナリアの兵士達、何れも皆、各々が望みを果たす為、生を望んでいた。 (……まだ死ぬわけにはいかない……いや……死にたくない……) 重い足を引き摺りながら歩く男の表情が自嘲に歪んむ。 脚を縛る鉛の如き重さは軽んじ続けた己の命のそのもの。 出来損ないの己は今漸く彼らと同じ土俵に立ったのだ。 ‡ ‡ §再び西門 『チッ苦戦してんじゃねえか、ツィーダ、タリス。俺様達の出番だぜ、もう十分に【見た】だろ?』 『OK、エイブラム十分だよ。無線LANプログラム、並列分散演算システム起動!』 『ぼくもいけるよ、ツィーダから貰ったハッキングプログラムで二人を支援するの!』 『Good! じゃあいくぜ』 『『『Dive!!』』』 0と1で構成される電脳の海に沈む三人の電子使い――ウィザード データの流れは流星のような幾筋ものStreamとなって飛び交い、宇宙に瞬く星々のような情報体が相互に繋がる光景は【光の網】――Network 道化師服を纏う黒猫の仮想体が流れる白光を平筆でかき混ぜるとデータは赤色光へと変じた。 『お空を飛んでいる無線を書き換えてしまうの! ぼくがW型だって伝えるのにゃ、ディナリアを守ってもらうの! 同士打ちするのにゃ』 タリスが書き換えたデータは存在しない命令として処理不能となったが、異常な命令の連続がマキーナを掻き乱す。 『脆いゲートキーパーだ。お粗末なプログラムを使ってやがる』 西欧神のような均整の取れた赤い裸姿、巨大な投擲槍を構え大事なところはモザイクで隠されたエイブラムが十二人。 並列展開された思考は、電脳の海に於いてはそのまま仮想体の数となる。 五人のエイブラムが投じた槍が電脳の海に漂う幾つものStella Octangulaを打ち貫き光の粒へと帰す。 前面に展開されたS型マキーナ搭載のICEをエイブラムのICEBが砕き通信システムを次々と剥き出しにする。 『マトリックス展開……補足したよ。これがマキーナの通信システムだね……これなら簡単にできそうだ』 ツィーダのプログラムは、エイブラムのそれとは違い密やかに進む。 蒼き鳥人が携える糸繰りがくるくると回り、電脳の海を揺蕩う線を集め、吐き出す。 電脳の海に生成された新たな光の網が、エイブラムの破壊したマキーナの通信システムをつなぎ合わせる。 メッシュ状となった糸が紡ぎ上げるのはマキーナ間を結ぶ分散通信網。 S型を繋いだツィーダの認識野は、上位の経路からの通信……W型へのRouting Tableを遡る。 W型の情報防壁が束ねた情報経路による同時攻撃、電脳を舞い散る大量の蒼い羽に埋まり粉塵となって消失する。 ツィーダののっとりは恐ろしい程、速やかに完了した。 『……W型マキーナはコマンドを転送するためだけのHubだね。この先にP型が居るに違いない。……エイブラム! タリス! そろそろ始めるよ……処理落ちの恐怖に陥るといいさ!』 ツィーダの宣言と共に、三人の電子使いは大量の無意味データをW型マキーナの上位経路に流す。 並列分散処理する演算装置が次々に発射するデータの塊は、電脳の海を覆う大規模砲撃。 ネットワークを覆う大量パケットはマキーナの動きに翳りを生じさせた。 射程内にいる人間への攻撃の手は緩まぬものの、一個の有機体のようなまとまりのある動きが失われていた。 ――好機の到来 幾多の戦場を生きたロストナンバー達、そして永久戦場の軍人達が逃すはずもない。 「決死隊突撃!!」 号令と共に決死の志願兵とロストナンバーたちを乗せた鋼鉄の棺がマキーナ要塞への弾丸と化す。 ‡ 滑空するホバータンクを支援するのは一人の軍勢。 己の兵装とディナリアの野戦砲と交え、幾人もの同じ容貌をしたメカ少女達が陣を組む。 「ローナ・スリーからローナ・シックスまで、支援砲撃を開始。ローナ・セブンからローナ・テンまでは十三時方向に陣を展開、完了したら対空砲火によるF型殲滅を開始して、戦車は機体上面からの攻撃に弱いから……急いで」 ホバータンクに曳航した大量のガーゴイルが蜂球の如く行く手を阻むマキーナに掴みかかり散華する。 華月の張る結界が幾多のマキーナの砲撃からホバータンクを護っていた。 硬い表情で死地に旅立つ兵を見つめるグスタフの肩を、幾筋もの傷跡を晒す巨漢が軽く叩いた。 「グスタフ殿……司令官とは辛いものよ。貴殿と同じ苦しみを感じている者がいる。だが我々にできることは一つ。できるだけ多く救う……拙者は一度死んだ身、そのためならば惜しくはない!」 鋼鉄の兜に隠された表情は見えずとも猛る意志は容易に知れる。 「遠からんものは音に聞け! 近からんものは目にもみよ! 我が名はガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード! アルガニアの誇り高き騎士にして、戦友のために駆ける一振りの槍よ!」 名乗りと共にブースターを全力で開放、司令室の壁を突き破った重騎士の変態的直角・鋭角・垂直機動の残滓は、ミサイルにも劣らぬ白い煙となって戦場を縫う。 其の身をおふぅランスと一体とした重騎士の突撃が、要塞の表面に爆炎の花を咲かす。 「我輩こそが0世界の一番槍よ、さあ続け戦人よ」 重騎士は表皮を炙る火炎をモノともせず雄叫びを上げた。 ‡ ホバータンクが駆ける戦場の上空を地下世界にあっては不似合いな白い鳩が飛ぶ。 「弾飛んでこないね……リーリス少し拍子抜け」 ディナリアからは直接目視できないD型マキーナの裏側に回った、自称魔術師見習いが着地すると共に怖気の走る音が鳴り要塞の天蓋が抜ける。 塵化の力でマキーナを喰らう鳩――今や少女の姿となりスカートをなびかせ重力に身を任せるリーリス。 構造材を貫きながら落ちたのは要塞の通路の一角、周囲には幾多の異形。 彼らは知らない目の前に居る存在が絶対的捕食者であることを。 「ここで暴れてればG型とW型が来るから、みんなの所へ行くのが減るよね……リーリス良い子♪」 少女は顔に可憐な笑みが零れた。 ‡ ‡ 傷に痛む体を数歩進めては鏃で壁を刻み、体を休めまた歩く。 (……戦闘には耐えん…………マキーナとの遭遇は避けねば……俺は生き延びる…………生きて帰るのだ) 体が震える……金属の壁が発する冷気ばかりではない、失血が体温を奪っていた。 (……マキーナがいた……ここがカンダータであることは明白。だが、マキーナの巣と考えるには余りにも文明的……人の手によるものとしか思えぬものが多い) この地を歩みながら見た扉は、明らかに人が使うことを想定していた。 (信じたくはない……だが、カンダータの一部とマキーナの間に繋がりがあった可能性……ルドルフもその犠牲者であったかも知れぬ) 生きて帰る為には情報の入手とそれによる正しい現状把握は不可欠。 コタロが進むに連れて刻まれる文字は長くなった。 故郷の言葉、異世界の言語は旅人の外套の効果無き者には読み解けぬ筈。 目まぐるしく走る思考そして行動。 己の持つ知識技能を全て使い、我武者羅に足掻く。コタロはただ只管に生還の道を探していた。 ‡ ‡ §マキーナ内部 翼人が構える陣太刀が煌めくと二対の腕が弾け飛び、大上段からの一刀がマキーナを両断する。 爆散したマキーナの肉体と粉塵がアマリリスの防御結界を空に浮かび上がらせていた。 コタロがここに囚われていることはエアメールで知った。 なれば己の節を貫く為に、アマリリスは一人先んじて要塞へ突入していた。 コタロ『達』を生きてあるべき場所へと必ず連れ帰し、ディナリアを護る。 決意の麗人を迎えるのはマキーナの放った無数のミサイル。 音を超えるが故、無音で迫る高速飛翔体がアマリリスの存在した場所に着弾した時、麗人の姿は既にそこにはない。 転移術によって現世から消えた肉体が現出した先は、G型マキーナの頭上。 魔力を込めた彼岸花に加速した落下速度を加えた一閃は、防御に入るW型ごとG型を屠るはずであった。 防御結界をたやすく引き裂き迫る単分子ワイヤーを、とっさに払った陣太刀が弾き飛ばす。 転移そして加速術にすら対応するマキーナ。 その個体としての完成度の高さを前に、不敵な笑みが浮かぶ。 戦士にしかわからぬ狂悦。 この状況にあって目の前の戦いに酔ってしまう己の性癖に苦笑する余裕はまだあった。 さらなる加速、麗人の刀は単分子ワイヤーごとマキーナを両断した。 ‡ 機械の異形を跳ね飛ばしながら突き進むホバータンクが次々に隔壁に突き刺さる。 擱座した鉄棺から高笑いとマシンガンのマズルフラッシュが零れ、マキーナの装甲に跳弾した弾丸が火花を散らし暗い通路を照らす。 「おい、すげぇじゃねえか、マシンガンが全く効いてねえぞ。ははぁー流石、殺人機械様だぜ」 軽火器を物ともしないマキーナ、構わずにマガジンが空になるまで引鉄を引き続ける蒔也。 口元に浮かぶはカタルシス、迎えるように広げた両手、些かサイズの大きいジャケットの裾から大量のゴム球がこぼれ落ちた。 ――轟音、そして朱に染まる通路 「はーはっはぁー、リア充の鼠君ごと吹っ飛んじまったかな」 蒔也の上げる哄笑に合わせ踊る爆炎が、マキーナの形に歪み――其の姿に巨大な弾頭が爆ぜた。 「ドンパチだのリア充爆発だの騒ぐな馬鹿」 「おっさんか、いいじゃねえか。いつぞやの人質共と違ってこいつらをぶっ飛ばしてもどっからも文句は出ねぜ」 窮地を救ったネイパルムに軽口を叩く蒔也。 「阿呆が、コタロがいるだろうが――」 人には認識し難い竜の緊張を瞬時に察したのは相方故。 ネイパルムが装填する徹甲弾に蒔也の手が接触するや、スナイパーライフルというにはあまりのも巨大すぎる砲塔が火を吹く。 ターゲットはグレネードランチャーで吹き飛ばしたはずのマキーナ。 「ツンツン頭!!」 「おうよ、おっさん……ぶち撒けな!」 熱で軟化した装甲を徹甲弾がというには余りにも大きすぎる弾体が貫き――蒔也の声が弾ける 機械と肉の交じり合った内腑が異様な臭いと共に通路を朱に塗りたくる。 「はは、こいつはいいぜ。おっさん次も早く撃てよもっと爆発起こそうぜ! ほれ次々!」 嗤う蒔也を見ながら、苦虫を潰すネイパルムが次弾を構える。 ‡ 「コタロが死ぬッてェ事ァ、P型マキーナがコタロを切り刻むなりするンだろ。俺達ァ少しでも早くP型の所へ行かなきゃなンねェ。ならG型が多く配置されてる方に行きゃ必然P型に辿り着くッてナ……G型を潰して進むゼ」 紫電を身に纏う褐色肌の男――ジャックがマキーナ群に吶喊する。 ジャックの体が通路に浮かび、次の瞬間には紫電の残滓を残し消える。 ジャックが空間を渡る度に、通路に満ちたマキーナは紫電に灼かれ連鎖爆発の渦に消滅する。 輩の上げる遺骸を貫き響くガトリングの銃撃音。 「きやがったナ」 力象を操り、火線を捻じ曲げながらジャックは獲物を前にした獣の笑みを浮かべる。 「吹き飛べ! サンダーストーム」 ジャックが両の拳を握ると紫電が弾け、指向性を持った強力な雷鎚と竜巻がG型を吹き飛ばす。 「中から焼かれろ! サンダーレイン!」 体勢を崩したG型を指差しジャックが叫ぶ。 マキーナの内部から紫電が漏れる――それは瞬く間に同心円状の電撃となって周囲にいたマキーナを電熱で焼き払う。 次々と上がる爆炎の中で、破壊の快楽に酔うジャック。 強力な敵と認定されたのか、通路の先には幾多の六本腕が姿を現した。 ‡ 黒色有翼の魔人と化したブレイクと使い魔二人とG型を筆頭とする一群のマキーナに相対していた。 「前の借りを返しに来たよ」 かつてカンダータでの戦いでマキーナに配下のガーゴイルを全滅させられたブレイクの目的はお礼参り。 『相当根ニ持ッテルナ』 相棒であるラドが石像の顔に小器用な苦笑を浮かべ、使い魔かつ師であるレイドが軽く肩を竦め相槌を打つ。 「来るんだ、ボクの人形達」 割れ鐘のような詠唱――魔人化した上に『鍵の魔人』の力を開放したブレイクの呼び声に答えたガーゴイルは常より二回りは大きい。 主が振り下ろす腕に反応し、ガーゴイル達が飛びかかりマキーナの砲撃の前に砕け散る 魔人が嗤う――『ゾムの嗜虐的悪戯』 破壊されたガーゴイルの破片は次々と爆薬と化しマキーナを粉砕する。 巻き上がる粉塵を貫き飛来する、驟雨の如き弾丸。 ブレイクの術に抗じたG型マキーナが撒き散らすガトリングを魔人の使い魔が弾く。 邪魔ものを両断せんと振り上げたマキーナの右腕部は目的を果たさず、音も立てずに宙へ飛んだ。 瞬転の靴でマキーナの背後に転移したレイドが、装甲の継ぎ目にグローリーベルの光弾を連打。マキーナの腕を切り飛ばし、続けざまに放つ『グレムリンの悪戯』がマキーナの脚を絡めとる 倒れるG型、その傷口にブレイクは虹の細剣をつき入れ魔鍵砲を開放した。 ‡ 「コタロか……アイツにゃインヤンガイで借りがある。返さねーまま死なれると気持ち悪ィ」 男が構える優美な拳銃は、マキーナの装甲の前では蟷螂の斧に等しい。 人であれば無謀に罠を想像したやも知れぬが、マキーナの摂理はただ一つ――見人必殺。 通路に響く銃声が三つ、マキーナの装甲を拳銃弾が叩くと稲光が弾け鉄と肉の灼ける臭いが充満した。 ファルファレロの『ファウスト』が放った電撃弾は、マキーナの電気系をショートさせ一時的な行動不能に陥れる。 「いいぜ蟲野郎、こっちもしゃぶらせてやる」 痙攣するマキーナの開口部に無骨な黒拳銃を押し当てると立て続けに引き金を引いた。 マキーナ内部に飛び込んだ弾丸は、装甲に跳弾し血肉を撹拌する。 漏れる血臭がサディステッィクな神経を刺激されたファルファレロが上げる哄笑は、頭上から聞こえた爆音にかき消される。 発生源は、電撃を帯び失墜するF型マキーナ。 「父親が無茶しないよう目を光らせるのも娘の役目よ」 「ヘルか……余計なことすんじゃねえ」 父の窮地を救って得意げなヘルの声に、一気に不機嫌になったファルファレロが吐き捨てる 「は? あんた助けてもらってお礼も言――」 突っかかるヘルの頭をファルファレロの手が抑える。 銃声が一つ――崩れる金属 ヘルの背後、爪を構えたマキーナが電熱に倒れた。 「……機械にはモテモテだな、どうやらストーカー御一行の登場だぜ」 ――通路の先から聞こえるのは数えきれぬマキーナの足音。 「……どうすんの?」 「決まっているぜ全部ぶっ潰す! デウス・エクス・マキナなんざクソ喰らえだ!」 ‡ 「コタロさんはP型と別の場所に居るんじゃないかと思うのでぇ、P型対処の人とお互い囮と言うか別働でいけないでしょぉかぁ」 ホバータンクに積載していた大型バイクの調子を確認しながら、撫子が周囲のロストナンバー達に提案する。 常の撫子を鑑みれば凡そ根拠のない言葉である……が。 「話した事無いから迷惑かもだけど、同じ恋する女子として撫子さんの力になりたいッス。分かったッス、P型は自分達に任せるっス。人の恋路を邪魔する奴は竹刀で気合入れてやるっス。あ、自己紹介が遅れたっす。自分、氏家 ミチルッス、ヨロシクお願いシャッス」 応援団服の氏家が大仰に手を振りながら撫子に賛意を示す。 「ありがとうですぅ、じゃあ私は……えっとぉ、ティーロさん、コタロさんの居場所分かりますぅ? 出来ればバイクで無理抜けして直行したいですぅ」 どちらかというと乗りよくハイタッチでもしそうな性格の撫子の返事は、彼女の基準からすれば落ち着きを払ったものだった。 其の言葉に撫子が先走ろうとしたら張り倒してでも止めようと思っていたティーロは、拍子抜けした表情を浮かべる。 「あ……ああ、すぐに調べるぜ。だが、外から見た限り、ここは馬鹿みたいに広い……すぐには見つからんぜ」 其の返事だけ聞くと撫子はバイクに跨り、ウィリーをしながらマキーナ内部を疾駆する。 「おい、一人で行くな。しおらしい態度を見せていると思ったら……くそ志野、隆樹、追いかけっぞ」 「やれやれ……恋する乙女といっても俺のあぐりとは随分違うな」 爆音と共に排気する大型バイクを、風の結界をまとい飛ぶ中年魔術師と上体を全くぶれさせず滑るように走る隆樹、そして影に沈む志野が追った。 「川原さん、女の子パワー見せる時ッスよ!」 消え去る撫子達の姿を眺める氏家は、無責任な応援を送る。 ‡ ‡ §電脳 DDOSに反応したP型の組成するフォートレスは、外界を完全に排除していた。 (チッ、せめて踏み台があれば……) 巨大な砦を前に歯噛みをする5人のエイブラム。 膠着状態を変容させたのは電脳の海に浮かび上がった光点。 ――エイブラム様、私はアヴァロンデス。私が要塞に侵入し中継点となりマス……接続を 『あ……ああ、助かるぜアヴァロン』 俺様思考のエイブラムとは思えぬ浮ついた言葉、その理由は―― (……ドッペルか? なんだこいつは……何故俺に似ている) ‡ ‡ §マキーナ内部 「あー、また無償契約のオンパレードだよチクショーめー!」 猫型悪魔が半ば八つ当たり気味にマキーナにショットガンを乱射する。 「静まれテリガンむやみな攻撃は敵を呼ぶ、我々の目的は内部調査。そもそも代償はつけと言ったはずだ。マキーナの製造元とか親玉だとか、有力情報さえ掴めりゃ貢献ものだ、報酬も期待できる」 力の契約によって強化された耐久力と速度にまかせて、マキーナに電撃の拳を見舞うエクがテリガンを窘める。 「……テリガン、エク、新手だよ。重たい音がするね……強力な相手は僕らでは危険だ、見つかる前に飛ぶよ」 エクをカバーするように射撃していた物好き屋が警告を発する。 転移を開始しようと集まる物好き屋チームに、馬鹿丁寧な機械龍の声が割り込んだ。 「お待ちください物好き屋様……私です医龍でございます」 「僕モ……イルヨ」 通路の先から姿を表したのは医龍と光学迷彩を解除しながら空間から滲み出すように現れる幽太郎。 「ああ、医龍さん。ちょうどよかった……テリガンを持って行ってくれませんかね? 契約は済ですし三人転移は少々骨なので……騒がしいけど役立ちますよ」 「ちょ!? リーダ!?」 「分かりました物好き屋様、テリガン様よろしくお願い致します」 騒ぐテリガンを無視し目配せする医龍と物好き屋。 「ヨロシク……テリガン」 幽太郎がペコリと頭を下げた。 (なんでこんなスムーズなんだよ!?) ‡ 医龍達と共に姿を消すテリガンを見送った二人。 幾度の転移のうちに到達したのは、数人で利用するであろう居室。 据え付けられたローカル端末へテリガンとの契約で手に入れた「データ解析」の力で侵入する。 データをダウンロードする間、エクと物好き屋は部屋にあるものを片っ端からエクのポケットに詰め込んでいた。 調度と思えなくはない物体、認識票らしき金属片、どこから調達されたかも使用方法わからぬ武器―― 小一時間程の探索、最後に触れたのは経年によって風解しかけたノート。 「なんだこれは……絵本か? いや絵日記か……? 随分とボロボロだね……」 逡巡の理由は二つ。 恐らくは文字であろう記号の羅列がチケットの恩恵をもっても読めなかったこと。 そして当人と家族と思われる絵姿がカンダータ人と似ても似つかぬ異形であったこと。 (これは……テリガンへのつけは全部返せるかもしれないね) ‡ 「メインシステム、探査モード……起動……情報取得、開始……」 幽太郎の全身に埋められたセンサーが張り出し、周辺情報の収集を開始する。 収集された情報は医龍の電子脳が篩にかけ、解析対象として幽太郎にフィードバックを行う。 「ここは随分と高度に電子化された要塞のようでございますね幽太郎様」 「ソウダネ、医龍」 テリガンを同行者に加えた医龍と幽太郎は姿を潜め、D型マキーナの解析をしながら通路を進む。 先んじて要塞のシステムに侵入していたエイブラム達が伝達する情報に、己が収集する情報を合わせ情報の精度を高めようと試みる。 「幽太郎様、エイブラム様とアヴァロン様から頂いた情報にはいくつかブラックボックスがございますな。……ネットワークより完全に隔離されたる場所がございます」 「……ソコへ移動シヨウ」 (やっべーオイラ全然役に立ってねえよ……リーダどうしよ) 電脳地図に刻まれた空洞――彼らが到達した場所は隔壁に阻まれた一区画。 幽太郎のレーザトーチが穴を開け覗いた先には、チューブに繋がれた巨大な試験管の列。 微細な駆動音が響く中、試験管に浮かぶのは溶液に収められたマキーナ。 幽太郎の語彙で表すなら、それは生産工場。 試験管から排出されたマキーナがベルトコンベアーに乗せられ何処か――恐らくは戦場へ流れ消えていく。 淡々と生産されるマキーナの視線が幽太郎のセンサーに触れる。 (アノ時、一緒ダ……。何故マキーナ、ノ攻撃ヲ受ケナイカハ、分カラナイ……ダケド……モシ、僕二特別ナ要素ガ有ルノダトシタラ……僕ハ、ソレヲ皆ノ為二使イタイ……!) 覚悟を固める幽太郎が隔壁の穴をくぐり、医龍、そしてテリガンが侵入した刹那――流れに任せるだけであったマキーナが覚醒し、驟雨のごとき火線が開いた。 装甲表面を叩く強烈な衝撃に、幽太郎はもんどりをうって同行者ごと吹き飛ぶ。 幽太郎の強靭な装甲は、マキーナの弾丸では傷つくことはなかったが、剥き出しになったセンサーは稼働不能な打撃を受けていた。 「ア……ア……僕ノセンサーガ……」 「幽太郎様! これは緊急で修復の必要がございます、心残りではありますが退避いたしましょう。テリガン様、殿をお頼み申し上げます」 ‡ ‡ §三度西門 『本通信後、通信システムを停止……各員、認識票を投棄せよ』 ノイズ交じりの通信が消え、金属片が戦場に撒かれたが戦場に変容は無い。 当てが外れた臼木の顔は思案げなまま。 ‡ 西門に敷設された12.7mm重機関砲が撒き散らす薬莢が地面を叩く。 「ほぉ…科学を極めると此処までになるか。大したものであるな」 カワウソ獣人にして魔導物理学者たるハルクは鉄鋼の弾が機械の甲虫を撃ちぬく様に感嘆の声を上げた。 戦場にあって紳士的余裕のある居住まいは、学究の徒にありがちな浮世離れした空気を身にまとっている。 「だが、魔導の力も捨てたものではないぞ。之よりそれを証明してしんぜよう。科学の砲を携えし戦士よ。吾輩の力を借りてはみぬか? さすれば、その威力数倍にしてみせようぞ」 「よく分かんねえがマキーナをぶっ殺せんだろ!? だったらとっととやってくれ!!」 機関砲を弾きながら迫るW型に追い詰められたカンダータ兵の悲鳴のような言葉。 ハルクは心得たとばかりに頷くと式を紐解く。 式――魔導方程式と呼ばれる獣人の魔学は、空間に干渉し銃口の先端を覆うように筒状の力場を生成する。 ――重機関砲の重低音は、空を引き裂く金切り音に変じた 電磁加速によって通常の火砲ではありえぬ破壊力を持った機関銃は、迫るW型マキーナの装甲を蜂の巣にする。 「おいおい、すげーじゃねえか!」 驚愕の声をハルクは涼しい顔で受け流す。 「魔と科は友である。協力が良き結果を招くことは自明と言えよう」 「おいなんだありゃ? 俺の十八番そっくりじゃねえか……くそ、二番煎じみたいでだせーけどしかたねえいくぜ!」 神結が両手の指を鳴らすと二本の電磁場がマキーナ群目掛けて伸びる。 レールガンパレード――タップ音に合わせて召喚される巨大なランス群が電磁加速しマキーナを打ち砕く。 ‡ 嫋やかな手が揺れ、致死の球電が撒き散らされる。 ドミナの『サンダークラップ』が小型のマキーナを破壊する。 次なる術の詠唱を始める女術師に向けてマキーナのミサイルが飛んだ。 術と術の切れ目――術師の致命の時間 死の感覚に硬直する女術師、炸裂した轟音と熱は黄泉路への誘いではなかった。 「引けいドミナ、ここは吾輩が受け止めようぞ」 巨大な紅き竜から聞こえる声はヴィクトルのもの。 龍化の術で女の壁となった魔術師は怒りに任せた煉獄の息吹を撒き散らす。 「白い竜さんディナリアを守ってなのー」 緊迫の紅竜の横で能天気な声に呼び出された水晶竜が氷結の息吹を吐いていた。 ‡ 「ミサイル攻撃かシェルショットの弾幕で――」 ――カチリ 「あれ、まじ!? 魔力切れ!?」 絶叫を上げるニッティ。 迫るミサイルは突然、明後日の方向に曲がり爆散する。 ローナ・トゥエンティの発射したフレアを追ってミサイルの軌道が変じた。 呆然とするニッティにローナ達がウィンクした。 ‡ 召喚した配下に、空を飛ぶF型マキーナを排除させながらドアマンが呟く。 「マキーナ……いえ、デウスエクスマキナは本来、万一の時には神が現れ救うという概念。この世界に存在するかは分かりかねますが、人事を尽くして天命を待ちましょう。或いは、神とは決して折れない心を表すのかも知れませんね」 「マキーナさん、ゼロとお相撲さんごっこです」 ディナリアを護る最強の盾は、D型マキーナの侵攻を止めるべくがっぷりよつに組み合っていた。 ‡ ‡ §マキーナ内部 ――救援は来るだろうか 要塞の壁に寄りかかり薄い呼吸の軍人は湧き上がった問いに一笑する。 ――来るだろうな友は……撫子は 傷つきもはやまともに動かぬ体、次に己を見つけたものがマキーナであれば死は約定される。 (彼女に無茶をするなと言いながらこの体たらく……本当に俺は馬鹿だ、結局苦しめてばかりいる。謝らなければ、礼も言わなければ。だが何よりも、あの日の答えを伝えたい、彼女に会いたい) ‡ 要塞内を暴走する大型単車、排煙に並び曳航する影は三つ。 前方には一群のマキーナ。 撫子がスロットルを強く握ると車載ミサイルが射出される。 ――連続する爆発 炸薬の作る溶鉱炉が四本腕を溶かすが、六本腕を止めた時間は極僅か。 (W型は借りた装備で殺れますけど、G型の装甲と速度が化け物ですぅ) 「撫子、伏せろ!」 一人ごちる撫子の思考に割り込むティーロの叫び。 猛るマキーナが胸部から発した鉄鋼を、魔術師の希求に答えた精霊達の形成する緑色の壁が押し返す。 精霊の壁はガトリングガンを反射し、マキーナの銃座を破壊する。 小粒で効かぬならばと己を肉弾と化したマキーナ、音速の影は黒色と交錯する。 「音速のまま、激突して中身をぶち撒けやがれ」 隆樹の魔力を込めた影を纏う刃が、マキーナの脚部を切り飛ばす。慣性のままに吹き飛ぶマキーナを迎えたのは無人のバイク。 躊躇わず両手を離した撫子の体はすでに宙にあった。 激突の衝撃にガソリンタンクが破裂、爆風に煽られながら撫子は巨大な砲を放つ。 全重量80kgを超えるたった一発の重砲が炎上するマキーナに風穴を開ける。 重火器の発する反動に回転しながら隔壁めがけて吹き飛ぶ撫子をティーロの従者達が優しく受け止めた。 「呆れた無茶っぷりだな……」 中年魔術師のぼやきの声と共に金属塊が崩れる音がした。 周囲に迫っていたW型マキーナを志野の生成した影の槍が早贄としていた。 「撫子……脚がなくなったがどうする?」 「仕方ないので歩きましょう☆ ティーロさん、何か分かりそうですぅ?」 「いや、まだだ……広すぎんぜここは」 ‡ 「この文字……まだ新しいッス、コタロさんの文字っス。きっとこの先にコタロさんがいるッス」 壁に刻まれた軍人のメッセージ。 友護がギアに共有された情報と突き合わせを行っていると、傍らにいた相棒のフォニスが姦しく騒ぐ。 「友護! 友護!! ヤバイ!! 電撃の罠が突破されたぞ」 「うぉおお、マジッスか!!? フォニス冷凍弾っス、急ぐっス。動きを止めたらすぐに徹甲弾っスよ!」 緊張の面持ちでレーザガンを構える友護。 通路の先から現れたのは素っ頓狂な声を上げる道化。 「ちょっと、飴が溶けるなんて聞いてないのね、ドラゴンさんヘルプミーなのね」 道化の背後から妙に粘っこいマキーナが大挙して現れる。 「わわっと」 慌てながら打った青白い冷凍光線がマキーナを通路に貼り付けるが、大量のマキーナを前に徹甲弾への切り替えが間に合わない (マズイッス……) ジリ貧の状況に脂汗を浮かべる友護。 ――微かな鞘走りが鳴る ――蜘蛛の巣状に広がる幾筋もの光がマキーナの表面を走る 刀の軌道を照り返した光が霧散した時、通路に残るのは縛られたマキーナ達の半身。 神刀一閃――自らを縛る暗示を外した神無の居合いは鉄塊をことなげに両断した 「あなた、今あの人が居る場所がわかったって言ったわね?」 息吹を払いながら納刀する神無が静かな声で友護に尋ねる。 「あ、そうッス。壁に……あ、撫子さん達ッス、撫子さんコタロさんの場所が分かったッスよ!」 友護は、丁度通りかかった撫子たちに手を振った。 ‡ ――鋼鉄が回廊を擦過する音が聞こえた 助けを祈ったコタロの前に現れたのはマキーナ、コタロの胸に死に行くものの絶望が沸く。 (まだ死ぬわけにはいかない、死にたくない) マキーナの揺れる爪が這いずる軍人を捕らえようとした。 見開いた眼にマキーナを包む霧が見えた。 マキーナが体を震わせる。 その身体が一回り縮んだかと思うと装甲の継ぎ目から灰を吹き出し、空虚な音を立てながら瓦解する。 霧――バルタザールに、精気を奪われたマキーナは外殻だけを残し崩壊した。 「久しいな軍人よ。なるほど大分魔力を損耗していたのだな、魔力を追ったのだが思った以上に時間がかかってしまった」 戦車砲を防ぎ音速を超える機動力を持つマキーナであっても、この男の前ではただの玩具にすぎない。 友好を温めるには邪魔だとばかりに手を一振りするとコタロの囲んでいたマキーナ達が次々と灰化する。 「さて軍人よ、だいぶ傷ついているようだな? 我が口づけを受け入れぬか? 何恐れることはない我が眷属となるのは一時的なことだ。ああ麗しの君の項がより蠱惑的に見えるかもしれんが全く問題ない。否寧ろ……む、影の手……何奴か」 大地から生えた影の手を事無げに掴み取る吸血鬼。 「おいおっさん、コタロと熱い口づけをするのは俺の役目だぞ。というかだな、おっさん俺と被り過ぎなんだよ」 影から現れた志野が同種につける文句に、バルタザールは楽しげな笑いを浮かべる。 「軍人よ、お前を助けるのは我だけではなかったようだな」 「コタロ、待たせたな」 「コタロさん、無事だったッスか?」 「自分で所有権捨てた命なら尚更、思ってくれる人がいるのにここで死ぬとかいったらひっ叩くぞ」 「……私は大丈夫だと思っていたわ」 「生きていたか……良かったな」 バルタザールの言葉を皮切りにロストナンバー達が口々にコタロを呼ぶ。 自分の生存を喜ぶ友人達 コタロの視線は自然と一人の姿を追っていた。 「迎えに来ました……帰りましょ、コタロさん」 コタロに右手を差し出す撫子。 煤けた顔に浮かぶ感極まった情を抑えているせいか潤んでいるようにも見えた。 差し出された手を掴むコタロは、その表情を……美しいと思い――強く、手を引いた。 ‡ ‡ 「こっちっすよばーかばーか! 悔しかったら追いかけてくるっす!」 手近に居た小型マキーナをチェーンソーで数体刻むと挑発の声を上げながらスタンは要塞内を逃げ回っていた。 (露払いして本命までの道を切り開くっす……要塞内を逃げまわって敵を引き付けるっす) マキーナを引き連れながら要塞をさまようスタン。 導無き地においての無謀な単独行の結果はマキーナの包囲網。 走る先に聞こえる金属音、通路の後ろからも金属音が迫る。 「わわ、ヤ、ヤバイっす、こんなに沢山……逃げきれないっす」 通路の角から姿を見せるマキーナ。 スタンに向く無数の砲、引き攣った喉が呼ぼうとした白馬の王子はいた。 「……おまえかよ」 けだるそうな声は、マキーナ達が互いの体に高速振動する爪を突き入れる音にかき消されるほど小さかった。 ――張り巡らせたナノ金属糸による索敵 戦闘で孤立したロストナンバーと思い助けに来た劉は、見知った顔にげんなりした表情を浮かべる。 「流石、劉っす。いざというときは頼りになるっすね」 ‡ ロストナンバーが縦横無尽に暴れる要塞内。 時には遊撃、時には戦闘を回避しP型マキーナを目指すニコル達。 電子の魔術師達が作る最適な経路と手段――監視カメラがマキーナの動きを捉え、縦横に操る隔壁による動きの制御――に導かれP型マキーナに至るまで残す隔壁は一枚。 電子と隔絶した最後のベールを碧の拳とオゾの槌が粉砕する。 §D型マキーナ制御室 其の姿は形容するならば擬人化した蟻の女王。 大きく膨れた蠕動する腹は部屋の床に横たわり、薄く見える内部から卵らしきものが流れ地面に消えている。 要塞を動かす演算装置を抱え込むように一体化しているのは青ざめた肌の女性型マキーナ。 巨大な口が上げる金切り声が戦端を開く。 制御室にあいた通風口から六本腕が数体だけ転げ落ちた。 「……結界で援軍を防いでいます。急いで下さい……凄い力……です」 槍を支えに青ざめた顔で結界を展開する華月がマキーナの侵入を防ぐ。 G型マキーナ十数体分の重みは彼女が未だ経験したことのない力。 撓む結界。其の先にある暴虐を思い竦む心を氏家の応援が鼓舞する。 「さあ、ここが正念場っス。気合入れて行くッスよ」 マキーナの胸部が上げる鉄火の咆哮を遮るのはリュウの女。 擦過であっても常人の肉体がはじけ飛ぶ致死の火線を肉弾で防ぐのは、応援で強化された常軌を逸した剛体と再生能力。 鉄鋼が衝撃の連続は、強靭な脚が踏みしめた床を削りながら碧の体を後退させる。 ――……!! 衝撃をねじ伏せ碧の脚が踏み出す、其の背中を駆け上がってニコルが飛ぶ。 強力な火器をもつマキーナを相手取り遠距離戦は不可能、一寸の隙にかけて間合いを詰める。 ターゲットを変えようと上半身を曲げるマキーナの体が、乾いた音と共に大きく傾ぐ。 「安易なターゲットの変更……営倉行きだ」 碧のギアが発する弾丸は『偶然』マキーナの射撃口を破壊しその体を揺らした。 猛禽の眼窩となったニコルの視界がコマ落としのようにゆっくり流れる。 矢鱈に撒き散らされた鉄鋼が引き裂く大気、白い衝撃が己に幾つか触れた。 ――痛みを超越して行動できる時間は極短い 三体のマキーナの中央に着地した花嫁を荒れ狂うワイヤーの乱舞が迎える。 目視も困難な鋼線を銃床弾く、正面のマキーナの股下を抜き拳銃を放つニコル。 乾いた音を立て弾体が弾ける――ダメージゼロ 振り向くマキーナ、撓る鋼線。 床を蹴り、己を倍するマキーナに駆け上がり、行使するは理合。 マキーナの腕を叩く蹴りが極僅かに軌道を逸らし、鋼線を絡ませ僅かな時間を生む。 時間にして数秒――追いついた激痛に受け身をとれずニコルは床に落ちた。 床に痙攣するニコルを治癒すべくオゾが駆ける。 時間にして数秒――電子においては無限 無防備な実体を晒すアヴァロン、そして電脳のエイブラムがP型に接触する。 ――マキーナの行動停止命令を検索 『思ったより可愛い子ちゃんじゃねえか、乗ってきたぜ』 アヴァロンは懸念していた、P型を破壊したとき残存したマキーナはどうなる? 無軌道な暴走を開始するのでは? ――攻性防壁突破 『綺麗な衣装は脱がせてやるぜ』 ――暗号化機能解析 『丸裸だ、Huck You!』 ――行動停止命令発見……実行シマス 見えざる電脳の波紋が要塞内――ディナリア周辺に伝わる。 コマンドは実行された、全てのマキーナが動きを停止し重心を失い崩れ落ち二度と動くことはなくなった。 停止命令は、はじめからそう組まれていたのかマキーナを永久に停止した。 ‡ ‡ §執務室 『こちらローナ、友護様よりコタロさん救出の報を確認。加えて、アヴァロン様からP型制圧の連絡です。はい、こちらでもマキーナの停止を確認しています』 『こちらジューンです、了解致しました』 控える重装のメイドから戦勝の報告を受ける司令官から緊張が解ける。 ――眼前の要塞の調査、要塞線の再構築、地上拠点までの道の確保 成すべきことは大量に残ったが、コタロ・ムラタナのMIAを起因としたマキーナ要塞との交戦はひとまず幕となる。
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