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<ノベル>
「ちょうどよかったー。最近、ちょっとヒマだったからさァ!」
神龍命は、仕事があることに嬉しそうだった。
なにかよさそうな依頼はないかと対策課を訪れたところだったのだ。そのまま作業に加わり、書類の入ったダンボールを運んで回っている。
「ヒマって、事件続きじゃないのよ」
書類の情報を書き変える作業から顔をあげて、レモンが言った。
「ソウナノ? ……まあ、いいじゃないの! ……そっちも手伝おうか?」
「いいわよべつに」
とレモンは言うが、あまり字を書くのは得意そうでないのは見ていてあきらかだ。どうやって入手したものか、灰田汐と同じ事務員服だが……同じなのは格好だけである。
「……うわ。それじゃ読めないよ」
命の正直な指摘に、
「うるさいわね! 私はもともとデスクワーク向きじゃないのよっ!」
と逆ギレする。
だったらなぜ来たんだという気もするが、『対策課』の舞台裏をのぞいてみたかったからかもしれない。
「久しぶりー、シンデレラ。あ、灰田さんのほうがいい?」
浅間縁の挨拶に、灰田汐はにこりと微笑む。
「どちらでも。縁さんも来て下さったんですか?」
「まあね。シンデレラはすっかり市役所の仕事、板についたね。……さ、何からやればいいかな」
「じゃあ……、こちら、破棄ぶんの書類ですので、シュレッダーをかけてもらえますか」
「OK」
ファイルはざっと700冊近くはあり、しかし、あまり整理されているとは言えなかった。手伝いを申し出てくれた市民の数は少なくなかったが、皆が皆、事務の達人ではないわけであり。
「わっ」
――と、りん はおが何かにつまづいて、書類をバラまいてしまった。
「あらあら、ここにもデスクワーク向きじゃないひとがいるわね。ほほほほ」
自分のことを棚にあげてレモンが笑った。
いつのまにか、もう飽きたのか作業の手は止まっていて(命が懸命に、引き継いでくれていた)、サボりながら、オフィスのお局様さながらに、周囲に目を光らせている。
「す、すみません」
ぺこぺこ頭を下げながら、書類を拾い集める、はお。
「大丈夫?」
ジェシカ・ダイヴェルが拾うのを手伝ってくれた。
「ああ……ありがとうございます。どうにも、不器用なたちで……植村さんには日頃お世話になっているからと思ってましたが、これじゃご迷惑ですよね」
しゅんとしたはおに向かって、ウサギのお局は、
「仕事は誰かデキるひとに任せてお茶でも入れてきたらどうなの。差し入れがあるみたいじゃない」
と言った。
「はい。みなさんお疲れでしょう? 甘いものがいいと思って」
取島カラスが、持参した小箱をちょっと持ち上げてみせる。
中身はカラス自身による手作りマフィンだ。
プレーンにチョコチップ、バナナ、リンゴ、チーズ、コーン、レーズンと種類も豊富。
「あ、はい、そうします」
カラスから箱を受け取って、りんはおは給湯室のほうへ足早に向かった。微笑んで見送るカラス。
「適材適所、ということかな。誰にも向き不向きはあるものよ」
傍らで清本橋三が雑巾を絞りつつ言った。
そう言う彼も、現代の活字がほとんど読めないので、整理ついでの掃除に自らの役割を見出していたのだった。
「べ、べつに、あたしは……ただ食べたかっただけなんだからね」
誰も何も聞いていないのに、レモンは口を尖らせて言った。
「これで変更すべき点は以上だな」
自分のファイルをチェックし終えて、シャノン・ヴォルムスがひとりごちた。
「まだ時間があるな。来たついでだ。手伝ってやるからありがたく思え」
そう言って、植村のデスクに積み上がっている書類の山のひとつを引き取る。
「あ、ありがとうございます」
「本来なら有料で引き受けるべきところだが、いろいろ世話になっているからな。今日はタダでいい」
「そんな。お弁当くらいは出せますから」
「そうなのか?」
横合いから顔をつっこんできたのはスルト・レイゼン。
書類の山を引き取りながら、
「食後にゴマ団子をつけてくれるとなおうれしいけどな」
「それくらいなら……たぶんなんとか」
植村の言葉にがぜんやる気のスルトだ。
思ったより助けの手があったので、植村の顔色にもだいぶ余裕がある。
『わたくしも、お手伝いいたしましょう』
パソコンのモニターに白姫の姿が浮かびあがった。
『ご指示をどうぞ』
「では、こちらの情報変更作業をお願いできますか。そのあと、こっちのファイルとの照合や関連づけが必要なんですけど」
『メディアを入れて下さいませ。5分もあれば十分かと』
画面の少女がうっすらと微笑む。
電子化されている部分の情報については、白姫ひとりで万事解決だろう。
「変更の申請をされる方はこちらですー」
植村がカウンターから呼びかける。
「ちゃんと並べよー」
華夏都 凌が列の整理を行う。ヒマそうだからと駆りだされた凌だが、こちらもデスクワーカーというにはあまりに肉体派だ。そうやってすこしでも動いている仕事のほうが性に合っているらしい。
「あら。これは……任務で変装中の口調になってたのね」
口調のデータを書き換え、夜乃 日黄泉は、自分のファイルに他に間違いがないかを確かめる。今日の彼女はタイトスカートからすらりと伸びた美脚をタイツにつつみ、眼鏡もクールな秘書スタイルだ。
「日黄泉さん、次はこれをお願いしますね」
汐が、受け付けた要変更の書類を運んでくるのに、頷く。
受付には、変更申請をしたい市民の列ができていた。
「髪の色と目の色が逆になってるでしょう?」
「名前のよみがなが間違っちまってるんだ」
モニカ・ファーマーにエフィッツィオ・メヴィゴワームが自分のファイルに間違いを見つけたようだ。ギャリック海賊団の面々としては、他にシノンとシキ・トーダの姿も見える。
「ぱくさんも口調の変更……真山さんとレイドさんは人称部分を訂正、ですね」
てきぱきと列が処理されていった。
「……」
そして次に、受付の前に立ったのは、リカ・ヴォリンスカヤであった。
「リカさん、いらっしゃい。どこを変更しますか?」
植村が彼女のファイルを広げて訊ねたが、返ってきたのはきッと鋭い眼力と、
「あんたに言えるわけないでしょ。早くあの子に変わらないと殺すわよ!」
という物騒にして理不尽な言葉であった。
「え、ええ!?」
「あの――、うかがいます」
強制的に汐と交替だ。
「あ、あのね」
リカはとたんに恥ずかしそうに顔を赤らめ、汐のブラウスの袖を引いた。そして声をひそめて言うのであった。
「一年経ったら……大きくなっちゃったの」
「何がですか?」
「だ、だから、その――」
耳元で囁く。
「えっ、胸が大きくなったので、体型の欄を書き換え――」
「キャーーっ」
黄色い悲鳴が汐の声をかき消した。
「ど、どうしてですか! なにか理由があるなら聞かせてください!」
汐はいやに熱心に食い下がる。
「温泉のせいかしら」
「温泉ですね! わたしも今度のお休みに必ず!」
「それとも……」
恋をしたからかしら、という呟きは、誰かに届いただろうか。
「きゃっ」
「うわっと!」
悠里がお茶の入った湯呑をひっかけて倒したが、間一髪、岸 昭仁が書類束をどかして惨劇を回避する。
「あぶねーなー」
傍らに避けた書類の上に、しかし、彼のバッキー・ハーレイがすとんと飛び降り、そのままつるんと滑って書類の山をどさどさと崩してしまう。
「あ、コラっ!」
思わず腰を浮かせた拍子に、机を拭こうと立ち上がった悠里と頭をごっつんとぶつけ合う。
「いった〜い」
「あー、もう!」
「……おまえら静かにしろよ」
シュウ・アルガがため息をついた。
「ったく、役に立たないやつらだな」
「……」
役立たず呼ばわりに、昭仁はなにおう、と息巻いたが、悠里のほうは本当に落ち込んでしまったようで、がっくりと肩を落とす。
「……って、おい、シュウ、おまえは何をやってるんだ。悠里、書き換えられてるぞ!」
「え? あっ!」
一見、真面目にてきぱきと作業しているように見えたシュウだったが、ふと気付くと悠里のファイルを勝手に書き換えているではないか。
もとは「ファンタジー」と書かれていた「一番好きな映画のジャンル」欄に、みっしりと「アニメ・特撮・時代劇」と書かれている。
「ちょっとー」
「合ってるだろうが」
「うるさい! アニメも時代劇も特撮もファンタジーなの!!」
「いいから仕事しろよー」
「……おい、それは俺のだろう!」
しれっと、昭仁の「一番好きな映画のジャンル」を「特撮」に直しているシュウ。
昭仁がファイルをひったくり、もとに戻している間、シュウは、別の友人のファイルを見つける。
迷わず、氏名欄を消して書き換える――
「く・る・た・ん――、と」
その背後に、ファイルの当人、来栖香介が立ち、黒いオーラを発しているのにも気づかず。
「……」
片山瑠意は、声をかけるべきかどうか、迷った。
リゲイル・ジブリールの周囲は、そこだけあたりの喧騒が届かぬ真空に包まれてしまっているかのようだったからだ。
彼女は壁際の席にかけて、ぼんやりと、ファイルを手にしていた。
その2冊のファイルが誰のものかは見なくてもわかる。
「これ……どうしちゃうのかな」
瑠意が言葉を見つけるよりも先に、リゲイルは彼に向ってぽつりとつぶやいた。
「……どうにも――ならないさ。削除されたりはしないって。だって……ふたりは今でも――市民なんだからさ」
「……」
ぱらりとめくったファイルはレナード・ラウのものか。
留められている写真に、リゲイルはすぐにファイルを閉じた。
今は別のことを考えたほうがいい、そういう趣旨のことをどう伝えようかと、瑠意が口を開きかけた、そのときだった。
「こんにちは〜」
ぬうっと、壁を抜けて、小春が姿をあらわした!
「!」
「あらごめんなさい。驚かせてしまいましたかしら。みなさんに差し入れをと思って」
「あ……ああ、そうなの。ありがとう……ああ、びっくりした」
小春が持ってきてくれたのはクッキーやマドレーヌのようだ。
メイドの幽霊の出現に肝をひやしたようだが、突然の闖入者に、ほんのすこし、表情がゆるんだのを見て、瑠意は内心、感謝せずにはおれなかった。
「お茶を入れて、みんなに配ってあげようか」
「うん」
リゲイルが給湯室へ向かうために席を立った。
「あ、私がやりますわ。どうぞそのま――ごふっ!」
最後のらしからぬ呻き声は、どこからか高速で飛来した机がヒットしたせいだ。
「もうー、ひどーい! 誰の体型が『肥満』なのよーー!!」
「どっちかって言うと『豊満』じゃね?」
「ちょ、ヒト君までーーー!!」
どこぞの下宿の面々の小競り合いというじゃれ合いというかイタズラし合い(し合いというより、シュウが一方的に悪さをしているだけなのだが……このやりとりの間も、ひそかに昭仁のファイルを書き換え、それはとうとうそのままになってしまったという……)はまだ終わっていないようだった。
大きな身体が、市役所の自動ドアをくぐって姿をあらわした。
ソファーで、差し入れのマフィンをパクついていた天が、はっと顔をあげ、自分の変更申請を終えて帰るところだった狩納京平が足を止めた。
ただならぬ力の気配を、かれらは感じたからだった。
だが、悪意あるものではないとわかると、天はふたたびマフィンに没頭しはじめ、京平はすれ違いざまに興味深そうにその人物に視線を送る。
「変更申請ですか?」
「人を探しているのだが」
蘆屋道満、とその男は名乗った。四十がらみの、堂々たる体躯の偉丈夫だった。名や風体から時代劇か和風ファンタジー映画からあらわれたと知れる。彼のうしろには、ぞろぞろと、黒装束のものたちが五人ばかりつき従っていた。皆一様に、奇怪な仮面で顔を覆っている。
彼が告げた探し人の名に、対応した汐は息を呑んだ。
それでは、この人物は。
「あ、あの……その……方は」
言い淀んだ。その先を引き継いだのは、
「もういません」
リゲイルだった。
差し出されたファイルを受けとり、道満は、手甲から出た太い指で、そのページを繰りはじめる。読み進むうちに、片眉が、跳ね上がった。
「……」
天は、マフィンをひとつ食べ終え、二個目に手を伸ばしたところで、黒装束の仮面と目が合う。
「……たべる?」
天に問われて、仮面は、おのれのあるじのほうを振り仰いだ。
「礼を言えよ」
振り向きもせずに道満が応えると、黒装束たちはわっとマフィンに群がる。
「礼を言えといっておろう!」
回し蹴りを食らって黒装束のひとりが吹き飛んだ。
「失礼つかまつった。……これを借りても構わぬか」
「え、ええと……」
汐は答えかねて、困った顔で、植村に目で助けを求める。
リゲイルは無表情だった。
自分が言ってしまった言葉に、自分自身がうちのめされたかのようだ。
そのひとは、もう、いない。
今日、ここに積み上げられている何百ものファイルの中で、たった2つ。もう更新されることのないファイルがあった。
*
「なんとか、片付きましたね……」
「ええ。お疲れ様でした」
夕刻――。
どうにかすべての作業を終え、今日一日を手伝いにきてくれた面々への感謝の念を抱きつつ、植村と汐は互いを労い合うのだった。
「これで、新年度を安心して迎えられますね」
「ええ。……灰田さん、それ、ご自分のファイルですよね」
「あ、これですか? はい、そうです」
「灰田さんもなにか変更を?」
「いいえ。特にないんですけど……見返していたら、なんとなく、愛着が……なんていうのもヘンですよね。でも、私たちムービースターにとっては、ここのファイルが存在の証明みたいなものだから」
「そう――ですね……」
そのときだった。
業務終了間際のカウンターへ近づいてくる人影は……風体から見てムービースターのようだ。見かけない顔だったし、きょろきょろと不安げにあたりを見回している。
植村と汐は顔を見合わせて、微笑んだ。
どうやら、さっそく、ファイルがひとつ増えるらしい。
「こちらへどうぞ。新規登録の方ですか? ……銀幕市へようこそ」
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クリエイターコメント | !参加者の方へ! ご希望の変更箇所について、変更されていない、誤りがある、などの場合は、ゲームコントローラーの「お問い合わせ」から事務局にご連絡下さい。担当ライター宛の連絡ではご対応できませんので、よろしくお願いします(ノベルの感想はライター宛にお願いします)。
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お待たせいたしました。『Gファイル〜ファイト・ザ・年度末〜』をお届けします。 情報変更用の事務シナリオ(新しいジャンルだ・笑)だったのですが……ご参加の方の顔ぶれを見ておりまして、全体ストーリーの補完的なエピソードなども盛り込むことになりました。
おまけ的なノベルではありますが、楽しんでいただけましたら、さいわいです。
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公開日時 | 2008-04-02(水) 19:00 |
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