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<ノベル>
空は快晴。
花見にはピッタリの陽気となり、盗賊たちは上機嫌だった。
「まちゃーがれ、鍋の具材っ!」
「誰が具材よ、相変わらず失礼なヤツねっ!!」
逃げ回って兎様は急ブレーキをかけ、その反動を利用して華麗なとび蹴りを放つ。
「なんだ、レモンか」
「なんだじゃないわよ、ホントに失礼なんだから!」
乱れを直しながらレモンは突っ伏しているアルディラが背負っているものに目をやる。
「なによこれ」
「熊と猪。銀幕自然公園ってとこで花見やるんだが、鍋に入れようと思ってな。気が向いたら来いよ、賑やかな方がいいからな」
眉根を寄せて見上げると、アルディラは笑って熊と猪を担ぎ直し、山を下りて行った。
アルディラが銀幕自然公園に着く頃、会場は俄に活気づいていた。
「餅搗きって力任せに叩くだけじゃだめなのねー。面白いけど」
大きな鍋と煉瓦を積み上げて作った簡易釜戸の脇では、シキ・トーダとシャガールが餅搗きをしている。シキが杵を振り上げ、シャガールが捏ねる役だ。
「ベラ嬢が頑張っているんだ、これを手伝わないなんて、雄じゃないな」
スーツを見事に着こなした皇帝ペンギン、王様がベラと並んで青いビニールシートを広げている。
「あ、ベラさん。お久しぶり」
公園入り口の方から、やたらと目を引く巨躯の男がベラに手を振る。鹿瀬蔵人だ。
「対策課で話を聞いてね。いやはや、こんな大きな花見は初めてだよ。料理もするんだって聞いたんだけど」
「ああ、アルディラ兄さんがやるわ。良かったら手伝ってあげて」
「ほほう、熊に猪かい。こいつぁ、豪快なこって。腕が鳴るねぇ」
ベラが指差す先を見て、旋風の清左こと杜松清左衛門忠継は残る右目を細めて笑った。蔵人もにこりと笑った。
「そうだね、腕が鳴るよ。それじゃ、また後で」
持って来た割烹着に身を包み、蔵人と清左は歩を進める。二人に気付くと、アルディラは手を振った。
「あ、あの、私も手伝ってよろしいでしょうか? あ、これ差し入れです」
裏返り気味の声を発したのは、汚れてはいないが綺麗とも言い難いスーツを身にまとった中年男、式純也である。手には「初めての人付き合い」という新書が握り締められており、もう片方の差し出した手にはビニール袋、その中身は特売というシールを貼られた刺身のパックだ。純也もまた対策課でこの花見を知った一人だった。
今のうちに、今までなかったものを。そう、友人関係を築かないと。
そして自他共に認める行動力の無さをどこかに置き去りにして、一念発起花見会場へとやってきたのだった。
「女性を助けるのは雄として当然だ。ぼさっとしてないでビニールの端を持て」
王様はどこか上機嫌でそう指示する。純也は慌ててそれに従った。
「ほらほら、楽しそうだろ? 来て良かっただろ、誓」
青いトランペットを抱えたディズが、公園の中を指して信崎誓に笑いかける。
「おーい、なんか手伝えることあるか? オレに出来るコトがあれば、何でもやるぜ?」
元気よく駆けて行くディズを見送って、誓は会場を見回した。そして少し離れた桜の木の下に、シャガールを見つけた。
「こんにちは、シャガールさん」
「やあ、誓くん。キミも来てくれたのかい」
にこりと微笑み返して、隣に据わるよう促した。
「シャガールさんは手伝わないんですか?」
「さっきまではしてたよ。でも、みんなが集まってくれたから仕事がなくってね」
見やると、鍋の周りではアルディラが何事かを指示し、清左が肉や野菜をテキパキと切り分け、その間を蔵人が忙しく往復し、その脇ではシキとディズ餅搗きをし、ベンチの前ではハリスとセイリオスが何か相談しているようで、それと挟まれるような場所でベラたちがビニールシートや皿などを並べている。
確かに、これだけ人が動いていればシャガールがやることはなさそうだ。
「肉肉肉ーっ! 肉の匂いっ!!」
瑠璃色の瞳を持つ虎、アスラ・ラズワードに跨がり、ヤシャ・ラズワードは一直線に鍋の元までやってくる。それを追いかけてナハトも鍋をのぞき込んだ。
「ええい、つまみ食いなんかすんじゃねぇ。まだ途中だ。これでもしゃぶって待ってろ」
今にも鍋に手を突っ込みそうな二人の手を叩き落として、清左は飴玉を放る。それを嬉しそうに受け取って、二人は敷かれたばかりのシートに寝転がった。
「やあやあ! 初めまして、ボクは神龍命。よろしくね。何してるんだい」
元気よく飛び跳ねて来たのは、神龍命だ。腕には袋いっぱいの肉まんを抱えている。
「おう、これから花見なんだ。嬢ちゃんも見てってくれよな」
「お花見か〜、いいね! んじゃボクはみんなの芸でも見ながらふらふらしようかな。桜の木に登って、が一番だけど、お行儀悪いしね。あー、残念! あ、みんなも肉まん食べるかい。麦茶も冷たいのと温かいのと持って来たよ!」
アルディラが口を挟む間も与えずに朗々と語り上げると、命は肉まんを配り歩き始めた。
「なんだ、もう始まっているのか」
三重の重箱や酒やつまみを大量に抱えてやって来たのは、シャノン・ヴォルムスとハンス・ヨーゼフ、そしてシャノンに抱えられたルウだ。多くの人を見て、ルウが微かにシャノンの服を強く握った。宥めるように軽く揺すって、桜並木に見知った顔を見つけた。それに気付いたシャガールが、軽く手を挙げる。
「久しぶりだね、シャノンくん。ルウくんも、こんにちは。キミは初めましてだね」
「ねほ……」
「ハンス・ヨーゼフという。これは差し入れ。味は保証するから、よければ食べてくれ」
ハンスが差し出したのは、三重の重箱の一つだ。
「これもだ。花見と言ったら酒だからな。つまみもある」
「やあ、ありがとう。懐は相変わらず淋しいんだけど、いいかな」
「貴様はいつまで俺を守銭奴だと思っているんだ」
呆れたようにため息を吐くシャノンにやはり笑んで、シャガールはありがたく受け取る。
「三人とも、楽しんで行ってよ」
「ああ。折角桜が咲いているのだからしないと損と言った所か。早々する機会など無いだろうしな。……今日は男の恰好なんだな」
なんとなく口をついて出た言葉だったのだが、シャガールは笑った。
「男っ?!」
声に振り向くと、綺羅星学園の制服に身を包んだ相原圭が立っていた。
「相原くんじゃないか、久しぶりだね」
にっこりと微笑みかけられて、圭はなおさら困惑する。声も、微笑みも、あの時であったシャガールという“女性”と変わらない。しかし、開けたその胸元は女性にあるべきふくらみがなく、女性にあるまじき引き締められた胸板が覗いていた。
「え、えと、あれ? シャガールさん、ですよ、ね?」
ぎこちなく聞くと、シャガールはそうだよとさもなげに応えた。ああ、やはり笑顔はあの時と同じ。だけれど、この胸板はなんだろう。
「もしかして彼に言ってないのか、男だって」
シャノンの言葉に、圭は背後に雷、顔には縦線、ピシャーンという音まで聞こえてきそうな表情をした。
「あー、うん。ごめんね、言うタイミングがなくってね」
困ったように微笑むシャガールはやはり綺麗に見えて、でも男なんだよ! というやるせなさがあり、圭は複雑な表情で頬を掻いた。ざっと見渡した所、女性はそれほど多くないように見える。がっくりと項垂れたが、花見なのだしこれから女性も来るだろうという期待を胸に、ひとまず会場へと足を踏み入れるのだった。
続いてやって来たのは、二足歩行するオッドアイの黒猫、クロノである。ぶわさとテーブルクロスを広げると、優雅な午後のティータイムと言った風のテーブルセットが現れた。
「わあ、すごいね」
「桜も満開に咲かせてやるのにゃ」
自慢のおひげを揺らして、クロノは時計をカチカチと動かす。と、散ったはずの桜や今まさに咲き誇らんとしていた桜が一気に開花し、花見の準備は万端となったのだった。
鍋に餅、差し入れられた特売の刺身や重箱、つまみ、酒がずらりと並び、ビニールシート周辺が賑やかになったところで、ハリスとセイリオスによる舞が始まった。
ハリスの低く高く澄み渡る異国の歌に合わせて、セイリオスが力強く軽やかに地を踏みしめる。セイリオスの鮮やかな深紅の衣には銀の炎が刺繍されており、彼が動くたび本当に燃え上がっているように見えた。その伸ばした腕の先に、ぽう、と火が灯る。セイリオスは舞台から少し離れた場所で盃を傾ける男を見つけて苦笑した。セイリオスの動きに合わせて、風と焔がふわりと、時に激しく燃え立ち、彼の舞を一層幻想的に見せた。
ハリスが最後の一節を歌い上げ、セイリオスがしゃらりと礼をすると、
「っだぁああああっ!!」
絶叫しながら吹っ飛んだ。それを見て、麗火はくつくつと笑う。
「てめぇ、やっぱ風のキョーイクしてねぇじゃねーか!」
「失礼だな。芸の最中“は”邪魔するなと、ちゃんと言い聞かせておいてやったろう」
麗火は片眉を上げて笑い、盃を傾けた。
「牡丹鍋、だったっけ。猪とかいう獣の肉をスライスしたのを煮込んだものは。……って臭いがきっついな」
空風涼は興味深そうに鍋をのぞき込む。 薄切りにされた猪肉は、白い脂身と赤身の対比が美しく、まさしく牡丹の花を連想させた。が、猪は少しばかり癖のある臭いがするので、それを敬遠する者は多い。それに笑いながら蔵人が器によそって渡す。それを受け取り口に運ぶと、涼はおお、と唸った。
「あ、旨い。……野菜はいらないけどってぅわ!?」
「肉肉肉肉肉肉肉ーっ!! もういい? いいよね、いっただっきまーす!」
屈強な涼を押し退けて、ヤシャは蔵人がよそった器を奪い取る。待ちに待った肉が自分の手の中にあることを再確認して、ヤシャは目をキラキラとさせて食らい付いた。
「うまいぃっ!」
肉を噛み締め上機嫌のヤシャの隣で、ナハトも肉を口に運ぼうとし──
「いっただきぃ!」
ヤシャに奪われた。
あまりの早業に空を噛み締めたナハトは顔を真っ赤にして睨み付ける。
「なっ……何しやがる、この犬っころ!」
「誰が犬っころだよ! ばーかばーかっ!! 取ったもん勝ち早いもん勝ちだっての!」
「なんだとーっ?!」
バチバチと火花を散らす二人。ぐりんと振り向いた二人の視線の先には大鍋がある。蔵人が一瞬後ずさるくらいの勢いで睨み合いながら鍋の前に立つと、箸を構えて肉に狙いを定め、ここに肉争奪戦は勃発したのだった。
そんな低レベルな言い争いと肉争奪戦とを繰り広げる二人をまったりと眺めながら、アスラはうとうととお昼寝モードに突入していた。火傷さえしなければいっか、と傍観を決め込んでいる。くわぁ、と欠伸をして、なんとなく視線を一発芸会場へと向けると、兎と桜色の狸が目に入った。
(美味そう……)
寝惚けた頭でそんなことを思いながら、アスラは投げ出した腕に顔を埋めた。
「ああ、俺も肉食べたい……」
すっかり出遅れた涼はしばらくその素早過ぎる肉争奪戦を見つめていた。力はあっても、素早さや器用さはない。それは自覚しているから、涼は早々に熊鍋へと向かった。
お立ち台の方からは高い声が聞こえて来る。酒を飲み、ほのかに顔を赤くしたレモンの賛美歌だ。
……悲しい事もあったけど、それ以上に楽しい事は充分と楽しまなきゃならないわよね。
だからこそ、楽しそうにレモンは賛美歌を歌う……が、悲しいかな聖なるうさぎ様は音痴でいらっしゃった。
「ええい、聞いておれぬぞ。そこを退け」
高らかに宣言してベンチに立ったのは、ベアトリクス・ルヴェンガルドだ。
幼いながらも美しい透き通った声で歌いだしたのは『ああ○生に涙あり』。ご隠居様とか○七とか○っつぁんとかが出てくる某時代劇の主題歌である。なんというチョイス。拳を握って熱唱するその姿に、萌えと叫ぶ人と人知れず涙を流す者がいたとかいなかったとか。
「よーし、俺も張り切って一発芸やるぞ!」
そう言って舞台に上がったのは、体は桜色、お腹は白、目の周りと尻尾模様は緑という桜餅狸もとい太助である。
ベアトリクスの渋歌に合わせて踊りながら、宙でくるりと一回転。と、太助の毛皮が桜餅からよもぎ餅へとチェンジした。そして【アルラキス】を手招くと、宙返りをしながらぽふんとベラの頭に乗る。すると、ベラの簡素な盗賊装束がたちまち青く染まり、桜吹雪が舞うそれはさながら夜桜だ。髪型も和風に結い上げられた。同じように宙返りをして、太助は次々と衣装と髪型とを変えて行く。つるっぱげのアルディラの髪型は変えられなかったが、彼らの衣装を変えて行くたびに自身の毛色も変えて、最後にシャガールを日本伝統の紋付袴に仕立てた。そこで丁度いい具合にベアトリクスも歌い終え、太助は桜餅に戻り、ぺこりとお辞儀をした。
「はいはーい、次私が芸するわ」
にっこり笑って出て来たのは、藤田博美である。博美は岡っ引き姿のセイリオスを引っ張って舞台に立と、シャキーンとナイフを煌めかせた。
「ぅおい、何する気だアンタ!?」
「何って一発芸よ。これから指と指の間を突きまーす!」
上機嫌に言って、博美はなんの躊躇いも無くセイリオスの手を重ねた。
「なんで俺の手まで重ねるんだっ?! っつか酔ってるだろ、てめぇ!」
「何よ。酔うまで飲んで悪いー?」
「いや悪いだろ、明らかにこの状況は間違ってるぅぎやああっ?!」
ズドドドドッ!! と正確無比にナイフを突き立てたところで、博美はふらりと倒れた。飲み過ぎ注意。
「あ、ハリスさん、久しぶりっすね!」
「コジローくん。相変わらず元気だねー」
狩衣姿のハリスは声に振り返って、へにょりと笑った。
「元気っすよ! まあ、今はオリンピックの出場決まって練習ばっかなんで、こういうのは気晴らしになっていいっスね!」
「でも、この恰好はちょっとびっくりだよね」
苦笑しているのは、紀州犬のムクを連れたレオ・ガレジスタだ。背中に羽のついた赤いラメ入りの蝶々サマとお揃いのステージ衣装を着ていれば、驚くのも無理はない。
「ぼくは歌とか自信ないからここで応援してるね」
レオの言にコジローは残念そうに肩を下げ、しかし持ち前の前向きさでいそいそとステージに向かう。その奇抜過ぎる恰好に引く者もいるが、コジローと知ると黄色い歓声が飛ぶのもまたコジローという人物の特徴である。
「顔はカッコいいのにねぇ」
「まあ、そのギャップがいいんじゃないかな」
泳ぐ美しきバタフライっす! などと叫びながら、水中ではさぞ美しいであろうバタフライは、しかし地上ではみっともなく飛んだり跳ねたりしているようにしか見えず、笑いと涙を誘った。
それを微笑ましく眺めながら、レオは桜を見上げる。
「この花もムクも、生きてる。僕が前に暮らしていた所はこんなに生命がありふれてなかったし、季節なんてなかった。まわりのものがみんな生きてるって、すごいなぁ」
そんなレオに微笑み返して、ハリスは酒樽の方へと目を向けた。
「おいシキ、ガキ共と食ってばっかねぇで飲み比べしようぜ」
梅酒の樽をぽんぽんと叩いて、エフィッツィオ・メヴィゴワームはにやりと笑う。
「あーん、何、また負けたいわけ? エフィって実はマゾなのね」
「ちげぇよバカ! つーか、負けてねぇし!」
「はいはい、わかったよ。ま、俺が負けるこたぁねぇけど」
「言ってろ、てめぇ」
木製のカップに梅酒を満たし、ガツンと打ち合わせて一気に煽る。二杯目、三杯目と白熱する飲み比べは、何故かいつの間にか持ち込まれた缶ビールやらをかけたサイコロ賭博へと変じていった。見物していた清左も加わり、イカサマはナシという共通認識によって楽しげに開催されるのであった。それを見物しながら、ディズも梅酒に口をつける。
「おー、美味い! これどうやって作るんだ?」
口元を拭いながら聞くと、アルディラはまんざらでもなさそうに笑った。
「梅を酒に漬けた」
「いや、その詳しい所を教えて欲しいんだけど」
がりがりと頭を掻いたその隣で、 ジャージ姿に頭にタオルを巻いた 赤城竜が豪快に笑う。
「まあまあ、いいじゃねぇか。楽しく飲めりゃあよ。祭ってそんなもんだろ、がはは」
すっかり出来上がってしまっているらしく、竜はがしりとディズの肩を抱く。
「よぉし、ベンチが空いてるな! 行くぞ、兄ちゃん、おっちゃんと歌おうじゃねぇか」
「えぇっ」
ずるずるとディズを引き摺ってベンチに立つと、竜は元気よく腕を振り上げた。
「十二番、赤城竜! 銀幕戦隊バキレンジャー、歌うぜ!」
どこから十二番が来たんだと突っ込みたい衝動に駆られたが、竜が楽しそうに歌うので、ディズは相棒ブルーノを吹き鳴らした。
「うおー、なんだありゃ! 楽しそうじゃねぇか!」
空中散歩を楽しんでいたケトは、その音色に地上へと降り立った。
「みんなーノッてるかー!?」
そう言いながら豪快に歌う竜とトランペットを奏するディズにたまらず、手近にあった桜の一枝を拝借すると髪に挿した。鳥を模した仮面で頭の上部を覆って観衆を飛び越え一芸会場へと立つと、わっと歓声が広がる。竜とディズの何かしろと言わんばかりの音に、ケトは二人に合わせてその身軽さと翼とを生かし、転がっている酒瓶やビール缶をジャグリングしながら宙返りを披露した。プロのクラウン顔負けだ。柔軟な体は歌とトランペットに合わせて様々な芸を見せた。
「もぎ!(よーし、今日はがんばって目立って皆にBのよさを理解してもらうよ!)」
その脇ではいつの間に混じったのか、チョコチョコと短い手足で一生懸命踊りつつ何かを準備する兎田樹の姿が。悪の秘密結社技術開発部副主任は、どんな時も一生懸命なのだ。
「みっみぎぃ!(十三番、祝砲を上げるよ!)」
そう高らかに宣言し、改造ペットボトルミサイルを発射した。大量の花火が青空に咲き歓声があがると、空から何かぱらぱらと降ってくる。どうやらそれは、花の種のようだ。
「むぎ!(えへん凄いでしょ)」
胸を張った樹は満足そうに胸を張った。
「おいしいねー、ハンスのおりょうり」
ルウはぎこちなく箸を使いハンスのお重を本当に美味しそうに食べる。ハンスは微笑み、口の周りの汚れを拭き取ってやる。くすぐったそうに微笑んで、ルウはくしゅん、とくしゃみをした。
「大丈夫か、ルウ? 目薬差すか?」
シャノンが聞くと、ルウはこくりと頷く。
やがてルウはお腹いっぱいになったのか、シャノンの腕の中でこくりと船をこぎ始めた。それに微笑んで、シャノンは苦しくないような体勢に抱きかかえる。小さな寝息を立て始めたルウの髪を優しく撫でた。
「こういう風に花見をする機会ってないからなぁ。良い機会なんだろうな。……まあ、一緒に花見をする相手も意外と言えば意外なんだけど」
お重をつつきながら、ハンスはどこか感慨深そうに微笑んだ。既に周囲を空の酒瓶やらで囲まれているシャノンとは違って酒には弱いらしく、ほとんど手をつけていない。
「それもそうだな。……楽しいか」
シャノンはビールを傾けながら呟く。ハンスは微かに微笑んだ。
「そろそろ頃合いだにゃ」
竜たちの歌が終わり、賑やかな中で優雅にティータイムを楽しんでいたクロノは、にやりと口端を持ち上げた。そして一発芸の舞台へと立つと、マイクを片手にこほんと咳払いをした。
「みんな注目するのにゃ!」
クロノが指差す先を見やると、上空に何やら不穏な影が現れた。
「なはははは! 呼ばれなくても登場アルよ、ノリン提督アルよ! ミュージックスタートアル!!」
突如上空に現れたるは、ノリの妖精ことノリン提督である。どこからか流れてくるのはサンバのリズムではなく、明るく元気でキャッチーな曲調のなんだかノらなければならないような気がする曲だ。クロノとノリン提督は両手を頭につけて握って開いてしつつリズムに乗って腰を振って踊りだす。もちろんかけ声は、「アッアッアルアルー」とか「うっうっうにゃうにゃー」である。
それを眺めていたグレン・ヘイルはキャンディー片手に踊る二人の傍に立った。
「よくはわからんが、楽しめればいいんだろう?」
クックックッと怪しげな笑みを浮かべ、グレンはキャンディーを振るった。なぜキャンディー。しかしこのキャンディーはただのキャンディーではない。元・魔王である彼が振るえば、ただのキャンディーも魔法の杖へ変ずるのだ。その証拠に、彼が振るったキャンディーからは何やら光が溢れ出したかと思うと、数本の桜がまるで生きているかのように動き出した。いや、駆け出した。わっさわっさと花弁を撒き散らしながらどこかに走り去って行った。その拍子にグレンの手からキャンディーがこぼれ落ち、グレンはものっそい凹んだ。あれ、そこ?!
「ちょっと、桜はっ!」
誰かの叫ぶ声がする。グレンはくるりと明後日の方向を向き、何事も無かったかのようにキャンディーを取り出した。
「いや、ちょっと待てーっ!」
「踊ってる二人も待てーっ!」
「それはマズイだろ! 色んな意味で!!」
「がはは、楽しけりゃなんでもいいぞー」
「よくないって!!」
「みんなも踊るにゃ、踊るバカに見るバカ、同じバカにゃら皆さんも踊るにゃよー!」
「そうアル、ノリアルッ! ノリが大事アル! セーフアル!!」
セーフセーフと主張するノリン提督、しかし桜はどこ行ったいいからやめろという声に、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「えーい、こうなったら奥の手アルよっ! ロケーションエリア!」
「え、ちょ、」
「まっ……」
「展っ開! アル!!」
ずぉおとノリン提督のロケーションエリアが展開されると、なってこったい、今まで楽しく飲んでいた者も楽しく食べていた者も火花を散らしていた者もあーら不思議、体が勝手に踊りだす! 明るく元気でキャッチーな曲に合わせて当然振り付けは頭に手を付けぐーぱーして腰をふりふり、である。
「止めてくれー!」
「なにこの屈辱的な振りっ?!」
「あ、桜が戻って来た」
「っていうか踊ってるしーっ!!」
「なっはっはっは、みんなバカになればいいアル!」
「踊らにゃ損にゃー」
……かくして騒がしくも賑やかな花見は終った。
後片付け? そんな野暮な事は聞いてはならない。
楽しければ全て良し。
今この時は、そう思う事にしよう。
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クリエイターコメント | お待たせいたしました。 楽しんで戴ければ、幸いと思います。 |
公開日時 | 2008-05-02(金) 20:00 |
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