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<ノベル>
ACT.1-a★昴神社参道入口 ―シャノン・ヴォルムスの洞察―
おそろしいほどに、空気が澄んだ夜だった。
星のかがやきが、美しさを通り越して畏怖さえも感じさせる。
満天の星々は、まるで天空から地上を見下ろしている神々の、無数の目のようだ。
「本当に、同行してかまわないのか?」
シャノン・ヴォルムスが、傍らの月由えりかに念を押す。
「今ならまだ――引き返せるわ」
気遣わしげに言ったのは、流鏑馬明日だ。
ほとんどのメンバーがえりかを連れて行くことを希望したが、明日はそれに消極的だった。
えりかは自らの意志で呪縛を解いた。しかし、どの巫女よりも宮司を父と慕っていた彼女が、もし再度囚われ、罪の意識を増幅されてしまったら――もう戻れないかも知れないと。
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です」
凛とした瞳で、えりかは神社を見上げる。自ら同行を申し出た彼女は、本来の昴神社の巫女装束、白い小袖と緋袴を身につけていた。
「毎年元旦に宮司さまは、御神前に若水を献じる歳旦祭を斎行されていたのですけれど、今年はそれがかないませんでした。私は、以前の昴神社を取り戻したいのです。そして来年こそ――」
「……うん。行こうぜ、えりかっち!」
太助はえりかと連携を取るべく、その肩に乗っている。
「えりかっちには一緒に来てもらうべきだって思う。それに……考えがあるんだ。明日っちも聞いてくれ」
明日を前脚で招き、子狸は声を落としてささやいた。
「……アトラースを、騙すのね。……良い考えだわ」
聡明な瞳がきらめく。若き女刑事は、太助の作戦に賛同したようだ。
「昴宮司はホンモノの神社にいるんだろーね。状況から見てさ」
ベルはすでに臨戦態勢だった。左腕のランタンシールドの5枚刃が、星の形に広がっている。
「おそらくは」
シグルス・グラムナートは、それだけを言った。先頭を切って参道を進む彼の目に迷いはない。
ここへ向かう前に、ずっとユダと話をしていた。その内容をシャノンは知る由もないが、シグルスは、彼の中に眠る罪の意識に、ひとまずの決着をつけたようだった。
「失踪した順と、出現した神社の順から見て、青い神社には編集長が、黒い神社にはロイ監督がいると考えていいだろう。問題は――」
クレイ・グランハムは、ユダやSAYURI、えりかの証言をもとに作成した昴神社全景図と見取り図を広げる。
しかし、それは3枚あった。彼らが囚われた時期によって内部構造に変化が生じているのである。
「今も神社内部が変動しているとしたら、この見取り図には頼れない。どこを中心に探すべきなのか」
「宮毘羅が透視いたしましたが、正確な位置はわかりかねます。ただ、空間が一番安定しているのは本物の神社ですから、アトラースは確実にそこにいるでしょう」
ひとつ目の鼠からの報告を、鬼灯柘榴は皆に伝える。
「ええ。確かに『起点』は、本来の神社に存在します」
静かに目を閉じていたアルが、その超感覚で特定した。
「……鴉、くん……」
西村は星空を見上げる。彼女の使い魔は、一足先に神社の偵察に向かったのだ。この事件の報を聞き、あるじがそう指示するまえに、鴉は飛翔した。
前回、囚われのSAYURIを救い出したときから、西村と鴉は、僅かながら意思の疎通が可能になっていた。
鴉が戻ってくれば、何か新しい情報が得られるかもしれないが――
「行こう」
簡潔に、ルイス・キリングは言う。彼の表情は厳しく引き締まり、声音には荘厳ささえ感じられる。
その心を読んだかのように、アルが頷いた。
「はい。アトラースと、そして、神の力を増幅するヒュペリオンを撃退しなければ」
「そうね、ヒュペリオン……」
明日の口元がきつく結ばれる。
赤いダイモーンを連れた少年を昴神社で見たことはないかと、とうに明日はえりかに聞いていた。しかし、神谷が匿われたとき、すでにえりかは神社から脱出していたのだ。したがって彼らの間に接点はなく、神谷の動向は掴めない。
「その、ヒュペリオンだが」
虚栄の太陽のふたつ名を持つ神のことを、シャノンはずっと考えていた。
「ティターン神族に説得は効かない。こちらの理が通じないということだが、同様に、狡猾な彼らが協力しあい、連携を取ることも考えられない。アトラースがヒュペリオンを匿ったのは、その増幅能力を利用するためだけだろうし、ヒュペリオンのほうも、アトラースが追いつめられたと判断したときは見捨てるだろう」
ゆうに1000年以上を生きたヴァンパイアハンターは、その鋭い洞察を口にする。
「おそらく――ヒュペリオンに構っている暇はない」
ACT.1-b★青の神社・第一の鳥居前 ―薄野鎮の誠実―
志願した20名は、三重写しになった神社の入口で三手に分かれた。
本来の昴神社へ向かったのは10名。明日とシャノンと太助、クレイとベルと柘榴、シグルス、ルイスとアル、そして西村だ。えりかもそちらに同行している。
リゲイル・ジブリール、ルーファス・シュミット、岡田剣之進、小日向悟とギリアム・フーパーの5名は、ロイ監督を救出するため、黒い神社を目指した。
編集長がいるとおぼしき青い神社を選んだのは、薄野鎮と旋風の清左、神凪華、刀冴とミケランジェロの5名である。七瀬灯里と盾崎の妻もともに来ていた。
皆が離れても情報を共有できるようにと、明日から全員に配られた無線が声を伝えてくる。
『警察官としての立場から言えば、囚われている人を救出しなければいけないのだけれど……あなた達の方が正気に戻せるかもしれない。だから、私はダイモーンを見つけることに専念するわ。親しいひとが助けに行った方が、正気に戻る確率が高いでしょう?』
「そうですね。編集長を助けるために、僕も尽力します」
青の神社の境内へ足を踏み入れながら、鎮は応えた。
「薄野さん。ありがとうございます」
灯里は何度も頭を下げる。盾崎と面識のある鎮は、灯里経由で依頼を受けたのだ。
「いや、まだお礼を言われるようなことは何も」
鎮ははにかみながら首を横に振る。その手には、同居人から借りた銃と、『対策課』から貸与されたディレクターズカッターがあった。
「七瀬さんこそ、危険なのに来てくれてありがとう。……奥さんも」
近しいひとからの言葉が、力になる。
鎮もそう考え、灯里と盾崎の妻に同行を頼んだのだ。彼女たちに危険が及ばないよう、護衛することを条件として。
「鎮は灯里を守ってやれ。奥さんのボディガードは私が引き受けた」
華が、盾崎の妻、桜子を振り返る。華もまた有事を予測し、スチルショットを借りてきていた。もっとも華の場合は普段の武装として、拳銃とナイフも持参していたのだが。
「……お手数を……」
桜子は、かぼそい声で謝意を述べた。
「ご心配でしょうが、なあに、盾崎の旦那はそんなにやわなお人じゃねぇ。見つけたら、桜子の姐さんと灯里嬢ちゃんのお気持ちを目一杯ぶつけて、渇を入れてやりましょうや」
不安そうなふたりを落ち着かせるべく、旋風の清左はつとめて和やかに声を掛ける。
一同は道すがら、灯里と桜子の見解を聞いていた。すなわち、盾崎が囚われる理由となった罪の意識――戦場での、報道の闇を。
「青は昼の空で、黒は夜の空を現してんだろってのは、あながち間違ってないみてェだが」
ミケランジェロは、軍手をつけた手にバケツとモップを持っている。まるで散歩にでも来たかのような飄々とした口ぶりで、だるそうな風情であるのに、その視線には刃物のような切れ味が潜んでいた。
「残念ながら、ここにゃいねぇようだな。ヒュペリオンの野郎は」
刀冴も同じように、のどかとさえ思える声を発する。しかし今、その瞳孔は白金色に変化しており、瞳の中には銀色の光が瞬いている。
――覚醒領域を、展開しているのだ。
「そんな感じだな。……しかしまァ、最初っから全開かよ。あとでどっと疲れるぞ」
「力を出し惜しみするつもりはねぇし、ここで斃れるつもりもねぇ。俺に憑依するならしてみやがれ。この街は平和を、友愛を望んでる。――それを、誰にも邪魔させねぇ」
「熱いこったが、そりゃあり得ねェ。ティターンの連中が取り憑くのは、普通の人間だけだぞ」
「人間でも天人でも、何だっていい。俺は俺だ。俺は俺の十全で、出来ることをやるだけだ」
「あんたはそう言った以上、そうするんだろうなァ。何にせよ、やりにくいこった」
天敵と認識している刀冴と一緒の行動は、ミケランジェロにとっていささか難儀なことなのだろう。
それでも彼らは付かず離れず、息のあったコンビででもあるように歩を進めている。
――と。
「……こりゃあ、面妖な」
大鳥居を見上げ、清左は声を上げる。
彼らは鳥居の中をくぐり、境内にはいったはずだった。
しかし、行けども行けども鳥居の位置は変わらない。
中に、入れないのだ。
「「「お待ちくださいませ。ここから先は、通しません」」」
ゆるりと、みっつの人影が立ちふさがる。
漆黒の水干を身につけた巫女たちだ。
すらりとした長身のマイア。
華奢で可憐なアステロペ。
まだ幼少の、あどけないメロペ。
(花咲まゆ。鳥園あんず。風塚めぐみ)
それぞれの名前と容貌の特徴をみとめ、鎮は優しい童顔を曇らせた。
えりかから、彼女たちが囚われるに至った心の傷の詳細を聞いていたからである。
ACT.1-b★黒の神社・第一の鳥居前 ―リゲイル・ジブリールの透徹―
「手を差し伸べることはできると思うの。けれど最後は、自分の足で立たないとだめなんだよね」
大鳥居の前で立ち止まり、リゲイルは手を翳す。煌々と輝く月が眩しい。
「自分を取り戻すことができれば、あとは大丈夫だと思う。編集長もロイ監督も、きっと帰ってきてくれる。神父様もSAYURIさんもそうだったもの」
さまざまなことがあった。さまざまなひとと出会った。凝縮された喜びと哀しみの渦の中、この街でたしかに成長した赤毛の少女は、月光を背に皆を振り返る。
「まさしくそのとおりだな。武士道とは死ぬ覚悟で生きよということだ。盾崎殿にもロイ殿にもそう伝えたい」
願わくばどちらも助けたいのだが、と、岡田剣之進は呟く。結局はロイのいるであろうこの神社に的を絞るまで、剣之進は苦慮したのだ。
「編集長のほうは、刀冴さんたちが行ってるから安心して?」
「うむ。今回集まった20名は精鋭揃い。頼もしいことだ」
「悟の推理を信じて黒い神社に来たのは、正解だったようだね」
スチルショットと、もうひとつ、見慣れぬ武器を手にしたギリアムは、並んで歩いている悟に快活な笑みを向ける。
悟には何か思惑があるようで、移動が一苦労なほどの大荷物を持っていた。
「他の神社へ向かったひとたちとも連絡を取り合うことができるし、人質救出後に合流したほうが効果的だと思うんです。黒幕は、自分の拠点から動かないものだから……って、ギルさん、その銃!」
悟はギリアムが手にしているものがベレッタであり、紛れもなく銃刀法違反であることに気づいた。
『彼』から借りたんだ、と、自分が演じた役のムービースターの名を挙げて、ギリアムは片目をつむる。
「後ろめたいけれどもね。アトラースにつけこまれる罪悪感とはまったく性質が異なるだろう?」
「――うん、そう思う。それにギリアムさんなら、バレてもなんとかなるよね」
いかにも大富豪の令嬢らしいリゲイルの指摘に、ハリウッドスターは不敵に笑う。彼が作中で演じている、タフガイのように。
「そのとおり。エージェントと金が何とかするさ。俺はそういう世界に生きてるんだ。華やかだけれど、そのぶん影も色濃い」
「……ギルさん」
そうだね、と、悟は天を見上げる。あまたの星が輝くからこそ、その漆黒が際だつ夜の天空を。
「――でも俺は、この世界を愛しているよ。愛しているということは、信じているということだ」
「……映画」
夢見るように、リゲイルは言う。
この夢が、すべてのはじまりだった。
「ロイ監督には、新しい映画を撮って欲しいと思います」
冷静な表情を崩さぬままに、ルーファスは前方を見据えた。
「ティターン神族を人間が演じるのは不可能なのかもしれませんが、実現不可能なことをいつか可能にしてしまえるのも、映画という夢の良いところだと思いますしね。神もまた、人が神という呼称を与えて作ったものだと考えれば、ムービースターのご先祖とも言えるでしょう」
――さて、黒衣の巫女さんたちのお出ましですよ。
大鳥居の前に、いつの間にか出現したみっつの影。
予期していたルーファスは、驚きもしない。
「「「招かれざるお客様がた。どうかお引き取りを」」」
華やかで豊満なタイゲタ。
小柄で目の大きなケラエノ。
中性的で少年のようなアルキオネ。
「星玄たえさん。夢澤けいさん。織原ありすさん」
――あなたがたの知識を、蒐集させていただきます。
考古学博士のロングギャラリーが現出する。
リゲイルは、ただ見つめる。
ルーファスのロケーションエリアの中、傀儡としての知識を吸収された3人の巫女が、次々にくずおれていくのを。
ACT.2-a★昴神社境内 ―西村の怒りと覚悟―
「手水舎も社務所も、なくなっている……。6つの摂社も、みんな……」
境内に足を踏み入れたとたん、えりかは目を見張り、両手で口を覆った。
参道の終わりを意味する手水舎、なつかしい社務所、縁故の深い神を祀っている境内摂社もすべてかき消えているのだ。
もともと昴神社は、あまり規模の大きい社ではない。6柱もの摂社が境内にあるといっても、非常に素朴なものだったのだが、それすらも。
残っている建物は、拝殿と本殿のみだ。
「やはりな。境内の建物配置からして大幅に違っているのか。ならば、拝殿や本殿内部がどう変化しているのか、見当もつかんな」
クレイは青い瞳を細め、油断なく辺りをうかがう。
「ここのマスターってさー、大国魂神(おおくにたまのかみ)だったよねー?」
ベルがえりかに問うた。本来、この場のあるじであるはずの神のことを。
「はい。素盞鳴尊(すさのおのみこと)の御子神で、天孫降臨に際してその国土を天孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)にたてまつり、出雲の杵築の大社に鎮座されました神です。大国魂神を祀っておられる神社は日本全国にございまして、こちらもそのひとつになります」
「国土っていうか、その土地を神霊化して奉るってんなら、つまり銀幕市を奉ってるってことかなあー? 映画関係者ばかりが囚われているのは、この街の夢が映画に関係するものだからかなって、思ったんだけどねー」
リオネの罪。
夢という魔法の罪。
だからアトラースは、その罪を利用しようとしている?
「国魂の神として仰ぐことが多い神様だと聞き及びます。ですが――宮司さまは仰いました。大国魂神は、星の神様でも在られるのだよと」
「星の神――」
「ここの摂社も全て、星の神様を奉っております。瀬織津比売神(せおりつひめのかみ)、速開津比売神(はやあきつひめのかみ)、気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)、速佐須良比売神(はやさすらひめのかみ)、天香々背男神(あめのかがせをのかみ )、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)……。宮司さまはそれを、とても誇りにしていらっしゃいました。それなのに……」
変わり果てた境内に、えりかの目が潤む。
「許せませんね。アトラース」
強い口調で言ったのは、柘榴だ。
「侵してはならない領域を侵した事……それが如何なる意味を為すか、身をもって知って戴きましょう。ダイモーン『プレアデス』を倒せば干渉が終わるのなら、急ぎ、そうしなければ」
「アトラースのいる場所なら、わかります。この神社がどんな異世界に変貌しようと。……ルイス」
傍にいたルイスの手首を掴んで引き寄せ、アルはその指を噛む。
「…――!」
強く食い込んだ歯の痛みから伝わる『繋がり』。ルイスは無言でアルの二の腕を取り、同様に指を噛み、『繋がり』を返す。
そしてふたりは軽く拳を合わせ、目を見交わしてから、無言で向かう。
拝殿を抜け、本殿へと。
一同もまた、その後を追った。
★ ★ ★
力強い羽ばたきが、夜空を裂いた。
黒い羽根が数枚、舞い落ちてくる。
カァ……! カァァァ……ーーー!
――主。今、戻りました。遅くなってすまない。
はっきりと、そう聞こえたわけではない。細かな意味は、違うかもしれない。
しかし西村の心の中で、鴉の鳴き声はそう変換された。
「おかえ…―りなさ、い、鴉くん。どう……だった?」
――それが。
珍しく、鴉の態度に困惑と逡巡が見られた。
何か、よほど意外なものを目撃したらしい。
カァアァ……。カッ、カアァーーーー。
――西の裏門から、赤いダイモーンを連れた少年が恐ろしい早さで走っていった。ちょうど、皆が参道付近に集まっていたころだ。
「ヒュペリ…オンが、逃げた……!」
カア! カアァァーー!
――もう追いつけないし、行方もわからない。この人数だ。いくら増幅しても勝ち目はないと思ったんだろう。
「自分だけ逃走するなんて、卑劣な!」
可憐な死神の白い頬が、怒りで紅潮する。
その語調は興奮のあまりに、流暢になった。
ACT.2-b★青の神社・第一の鳥居前 ―旋風の清左の仁(じん)/神凪華の、憐れみの賛歌―
マイア、アステロペ、メロペの、攻撃は止まない。
「まゆさん――あんずさん――めぐみさん! どうか、正気に戻ってください!」
鎮はひたすら巫女たちの名を呼ぶ。えりかから、それが効果的だと聞いていたからだ。
しかし、彼女たちに動揺の気配はなかった。
無表情に印を組み、三者三様の奇怪な術を仕掛けてくる。
手を出しかねた鎮を庇うように、清左が進み出て――仁義を切った。
「お控えなすって! 早速ながら、鳥居前、三尺三寸借り受けまして、稼業、仁義を発します」
ぴたり、と、巫女たちの動きが止まる。
旋風の清左のロケーションエリア内では、無言・静止状態で、その仁義を最後まで聞かなければならないのだ。
「お控え下すって有難う御座います。手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います。向かいましたる巫女さんがたには、初のお目見えと心得ます。手前、生国は大日本帝国、合州高峰で御座います――」
長い口上が終わった瞬間、鎮と華は動いた。
「……ごめんね」
「少しおとなしくしててくれ」
巫女たちに当て身をくらわせ、気絶させたのである。
花咲まゆは、親友の婚約者に恋をしていた。鳥園あんずは実の兄に家族以上の想いを抱いていた。風塚めぐみは、不仲な両親の間で思い悩んだあげく、どちらも選ばずに、父親の愛人と暮らそうと決めた。
だが、それは、罪なのだろうか? 罪というなら、誰がそれを裁けるのだろう?
倒れた巫女たちを、せめてもと草むらの柔らかな場所に横たえるのを、手伝ってから、華はおもむろに桜子を見やる。
「……ところで奥さん。今更だけれど、あんたの素性について教えてくれないか? 下衆の勘ぐりと思って結構。そこに旦那を助けるヒントがあるかもしれないからな」
「素性というほどのことは……」
桜子は、繊細な瞳を見開く。
「私は、普通の主婦です。子どももおらず、パートに出るわけでもなく、夫の帰りを待つだけの。このご時世ですから、それは恵まれていることなのかも知れないのですけれども」
「今の暮らしのことを聞いてるんじゃない。あんた、女優だったんだろ?」
「……。女優を名乗れるほど、活動していたわけではありません。若い頃は雑誌のモデルなどをしており、それがきっかけで映画での役をいただいたこともありましたけれど……。前の夫を失ったとき、仕事はやめましたので」
「ああ。編集長とは再婚なのか。前の旦那って?」
「報道カメラマンでした。中東のキャンプの取材中、虐殺事件に巻き込まれ、命を落としました」
――時雄さんも、記者としてその取材に同行していました。
聞き取りにくいほど小さな声で言ったあと、桜子は涙をこぼす。
「民間人にも多数の被害が出た、あの事件か。なるほど。それで、わかった気がする」
かつてフリーランスの傭兵であった華は、具体的な事件概要を思い浮かべ、納得して頷いた。
★ ★ ★
気を失った巫女たちの傍で、刀冴は片膝を落とす。
木々が、ざわめいた。やわらかな息吹がいずこからともなく立ちのぼり、冷え切った大気を、つかの間、あたたかに満たしていく。
かぐわしくも清浄なひかりが、3人の巫女を包む。
――戻れ、花咲まゆ。鳥園あんず。風塚めぐみ。
その魂の束縛を解き、思い出せ。
おまえたちが、祝福されていることを。
彼女らの本来の名をいまいちど、精霊の力を借り、言霊に乗せて呼ぶ。
ゆっくりと。風が頬を撫でるように。
やがて。
花のつぼみがほころぶごとく、巫女たちが目を開く。
「その黒い水干は、趣味じゃねェな」
ミケランジェロが、バケツにモップをつっこむ。
無造作に持ち上げて――3人の装束に、別の『絵』を描く。
これは異世界の『神』のわざ。
すがすがしい鈴の音が天上から聞こえてくるほどの。
巫女たちの装束が、変わる。
白い小袖と、緋の袴に。
星の神に仕える、清らかなすがたにと。
ACT.2-c★黒の神社・第一の鳥居前 ―岡田剣之進の路(みち)/ルーファス・シュミットの慧眼―
「これ。たえ嬢。けい嬢。ありす嬢。気を確かにもたれい」
気を失った巫女たちを、剣之進は懸命に介抱する。真っ先に、けいが気づき、大きな瞳を開く。
「わたしたち、いったい……? どうしてこんな格好……」
「しっかり。……もう、大丈夫だから」
「たくさんのひとが、宮司様とみんなを心配して、助けに来たんだよ」
悟はありすを抱き起こし、リゲイルが、たえの背をさすった。
「おかしいわね……。ついさっきまで、社務所でお茶の用意をしていたのよ。聖ユダ教会の神父さまが、ラベンダーとココナッツミルクのクッキーを持ってきてくださる時間だったから」
「宮司さまはどこ? 他のみんなはどこにいるの……? まゆちゃんやあんずちゃんやめぐみちゃんや、そうだ、えりかちゃんは?」
白桃のような頬に手を添え、たえは首を傾げる。ありすは敏捷に立ち上がり、境内に目をこらした。
ルーファスが蒐集したのは、アトラースによって植え付けられた後付の知識だ。それとともに、囚われている間の記憶を、巫女たちは失っていた。
「――落ち着かれい。話せば長いことながら、ことここに至るまで、いろいろあったのだ」
剣之進は、巫女たちを自分の前に座らせる。
「辛いかも知れぬが、事実は受け止めるべきであろう。そのうえで、お気持ちを整理なさるが宜しい。心して、聞かれよ」
今までの経緯に耳を傾ける巫女たちの顔が、見る見るうちに青ざめる。
「わたしたち……。神父さまに、SAYURIさんに……。皆さんに……。そんなひどいこと……」
「全ては邪神に操られていたがゆえだ。ゆめゆめ、巫女殿がたはご自身を責めなさるな」
俺もそうするつもりだ、と、剣之進は言った。
未だ囚われの身の監督を、取り戻すためにも、と。
3人の巫女たちは揃って姿勢を正し、深々と礼をする。
「「「つけこまれたのはわたしたちの弱さ。ご迷惑を、おかけしました」」」
★ ★ ★
「子狸くんからの連絡だ。ヒュペリオンは、とうに逃げたそうだよ」
無線機に向かっていたギリアムが、一同に声を掛ける。
「あり得そうなことですね」
巫女たちの回復を見届け、ルーファスは鳥居を抜けていた。
拝殿前へと、歩を進める。
「この神社が三重写しとなっているのは、贄となる柱――盾崎編集長とロイ監督が増えた為でしょう。ヒュペリオンがいなくなった今、ふたりを神社から引き離すことができれば、残るのは宮司さんだけになります。青と黒の神社は消え、本来の神社のみに戻るのではないでしょうか」
――ロイ監督がいらっしゃるのは、拝殿ですね。
ルーファスのモノクルが、光る。
ACT.3-a★昴神社・本殿前 ―鬼灯柘榴の審判と断罪/シグルス・グラムナートの決断―
アルが本殿の階段を上り終えた、その瞬間だった。
地の底が割れるような咆吼が聞こえたのは。
ごおおおおお。ォォおおお……。
ゥおおおおぉぉ。
本殿の奥から、奇妙に歪む影がふたつ、歩み出てきた。
昴宮司と……もうひとつは。
頭は猛々しい牡牛、身体は巨大なひとのすがたの、
セルリアンブルーの、モンスター!
馴染み深い神話の迷宮のぬし、ミノタウロスに酷似した――
雷光が、アルの足元に落ちる。
階段から転げ落ちたアルを、ルイスが受け止めた。
ミノタウロスを象ったダイモーンに合わせて、宮司が一喝する。
「近寄るな! 汚らわしくもおぞましい吸血鬼めが!」
宮司は階段を下り、一同をみやる。
「血のにおいがすると思えば、罪深いものどもが大挙してきたのか……。父を裏切るとは、何という娘だ、エレクトラ」
ひた、と、えりかを見据えたが、えりかは臆さずに睨み返す。
「私はそのような名ではありません。いい加減にこの神社からお引き取りください、アトラース」
「がんばれ、えりかっち。そもそも父親ってのは越えるモンだ」
「はい、太助さん」
「あいつが攻撃してきたら俺の後ろに隠れろ、えりか。守ってやる」
「はい、シャノンさん」
再び、激しい稲妻がきらめいた。
宮司の頬をかすめ、床に焼けこげを作る。
放ったのはミノタウロスではない。全長2mの大蛇だ。紺の身体に黄色い眼のそれは、柘榴の使鬼、珊底羅だった。
「罪苦を味わうのはあなたのほうです」
安底羅。迷企羅。真達羅。招杜羅。波夷羅。迷企羅。次々に現れた使鬼たちが、本殿をぐるりと取り囲む。
柘榴の右手から、刀が出現した。
銘は『紅雨』。血の雨を降らせる呪刀。
「侵した罪は裁かれるもの。それは私自身が何よりもよくわかっています。だから――許しません」
★ ★ ★
シグルスは、銀の弾丸を装填した銃を握りしめる。
その弾には自身の法力と、ユダ神父による「絶望者を守護するユダへの祈り」がこめられている。
――なあ、ユダ。あんた、『彼女』を赦せるか。
出発前、シグルスは、銀幕ジャーナル編集部で既刊号を手に、ユダにそう問うた。
前置きなしではあったが、その号にはユダが囚われたときの顛末が記載されている。かつて教会をたずねたとき、ユダ自身の口から『彼女』のことを聞いてもいた。
だから……、ユダには質問の意味がわかったようだった。
撮影中の爆発事故で、ユダを庇って『彼女』は死んだ。しかし、その死はユダの心に深い傷を負わせた。
シグルスにとって『彼女』は、自分と同じ立場だ。
そしてあのエルーカは、ユダと同じ思いをしたはずなのだ。
実体化後に知った自分たちの『物語』より派生した、罪の意識。
赦せるか。
赦せるのか。
自分のために命を捨て、その結果、自分を苦しめた相手を。
愛するものを庇ったのは『彼女』の意志、俺の意志――エゴイズムであったのに。
――この命を天に帰して赦しを請うべきは、私のほうだと思っていました。いみじくも私は、アトラースに言われたとおり、この街に逃げ帰ってきたのですから。……そう、教会に火を放ち、皆さんに救出していただくまでは。
ですが、と、ユダは静かに微笑んだ。
赦しの是非を問う前に、ひとは、罪を負っていて当然の生き物なのです。誰かを愛さないひとなどいませんが、愛情はときとして執着と嫉妬に転じる。心変わりを恐れ、感情を押しつけ、拘束しようとし、罪へと変化する。
そしてその罪もまた、生きていくために必要なのです。
もしも、辛いと思ったときは、愛するものの一番の笑顔を思い浮かべましょう。
それが、絶望者にとっての護符になるのではないかと、私は思います。
(そうだ。少なくとも俺は、苦しめた相手以外に裁かれるつもりはない)
若き司祭は決断し、銃を構える。
ACT.3-b★青の神社・拝殿 ―刀冴の情熱と理性/ミケランジェロの識(しき)―
――空。青空。
そうだ、青空だ。
(助けてよ)
(たすけてよ)
あれは、中東の小さな国。国名を言っても誰も知らないような。
キャンプで、独裁者の命令による虐殺が起こった。
声なき声が聞こえるなか、あいつと俺はシャッターを押し続けた。
(痛いの。つらいの。くるしいの)
(助けられないのなら、ころしてよ)
(写真なんか撮らないで)
(髪が焼けて、腕がもげてて、みっともないじゃない)
知らせるためだ。
君たちのことを。その無念を。
知らせるためだ。世界に。
だが――世界とは、どこのことだろう?
――桜子を、頼む。
あいつはそう言って、俺の前で撃たれた。
最後まで、カメラを離さずに。
――空。青空。
タナトス戦のあのときも、空は青かった。
……いや。どす黒かったのか。少なくとも戦時中は。
形見のカメラを手に、走り回っていたときは。
撮った写真は鬼気迫るようないい出来で、引き延ばして編集部の壁を飾っているけれど。
あの一日は、血みどろの悪夢として握りつぶされた。
何事もなかったように、2007年9月17日の空は青かったのだ。
それが、神の力だというのなら。
俺が取材する意味が、どこにある?
★ ★ ★
「死を、……他者の災いを見詰め続けるしかなかった自分への負の感情が、ヒュペリオンによって増幅されたアトラースの力で顕在化し、昴神社へ繋ぎ止められてしまった――ってとこだな」
涙ぐみながら語った桜子に頷き、刀冴は拝殿に向かう。
盾崎はそこにいると、巫女たちが指し示したからだ。
そして、たしかに。
青い拝殿のど真ん中。
逃げも隠れもせず、盾崎はどっかと胡座をかいていた。
「……何しに来た。ほっといてくれ。俺は好きこのんでここにいる」
「編集長! 無事だったんですね」
「あなた……」
灯里が、桜子が、
「よかった。帰りましょう」
「皆のお気持ちを汲んで、冷静になってくだせぇ」
「ぐだぐだ言ってると気絶させて引きずるぞ、おっさん」
鎮が、清左が、華が、
「まぁ、生きてんならいいかぁ」
「あーあ。なにやってんだよ」
ミケランジェロが、刀冴が、声を掛ける。
――しかし。
「帰らん! 俺は自分に腹を立てているんだ! 自己嫌悪の固まりになってるんだ! ここで死んでやる!」
ふんぬ、と、腕を組んだまま動こうとしない。
「編集長。編集長がなぜここに来たか、奥さんの話を聞いてわかった気がします。でも……、奥さんも七瀬さんも僕も、編集長のことを大切に思っていることだけは、わかってください」
「〈赤い本〉に振り回されてたみたいだし、相当思い詰めてたのかも知れんがな。色んな奴が色んなイイコト言ってるの、ジャーナルに記録してるんだろうが。アンタは今まで何を見聞きしてきたんだ?」
「だから、ほっとけつってんだろーが」
両側から話しかける鎮と華に、盾崎は目だけ動かして応える。
「灯里嬢ちゃんに、良い記者になれって言い残されたそうですが、言葉だけじゃ無責任じゃありやせんかい? まだ手本を見せてやらなきゃいけねぇと思うがね」
清左は、思わず苦笑した。
安心したのだ。盾崎から感じるのは、罪の意識というよりは無力感だ。
無精ひげが伸びてはいるが憔悴してはおらず、その表情は精彩を失ってはいない。この男はおそらく、とても生命力が強いのだ。ならば、取り戻すのはたやすい。
「記者の業や後悔の重さってぇのはご自分にしか分かりませんや。他人が全て理解するのなんざぁ、無理ってもんでござんしょう。ですが旦那、死ってぇのは何もかもを途中で投げ出す事ですぜ。残された者が悲しむのも痛いほどおわかりの筈だ」
「いいや! 俺はここで舌噛んで死ぬ!」
「旦那は今までいろんな戦場をご覧になったはず。さぞかししんどい思いをなすったでしょう。それでも、どんな局面でも――今まで死を選ぶことはありやせんでした。その理由を思い出してくだせぇ」
「すまん、みんな。ちーっと、俺にひとこと言わせてくれ」
すうと息を吸い込んで、ばきばきと刀冴は指を鳴ら――したらしい。
覚醒領域全開でそんな動作をするものだから、早すぎて目視できないのである。
「あほう!!! こんなとこに囚われてる場合じゃねぇだろうがァァ! あんたには、地面に足つけて踏ん張って、変えるべきことが山のようにあるはずだ!」
刀冴の一喝に、びりびりと拝殿が震え、あろうことか建物が軋んだ。
「おいおい、神社を壊すなよ。俺たちは脱出してないんだぞ」
ミケランジェロは呆れ声を上げたが、
「……はぁん」
青い拝殿がだんだん薄れていくのを見て、おもむろにモップを肩に乗せる。
「いや、救出完了と移動・合流が、いちどきにできたかな? 編集長も元気ありあまってるみてェだし、行くとするかぁ」
どこへ、と、盾崎が聞くまでもなく――
彼らは、本来の昴神社の拝殿に立っていた。
ACT.3-c★黒の神社・拝殿 ―小日向悟の煉獄と未来/ギリアム・フーパーの福音―
「やぁ、キミたち。よく来てくれたね。
……だけどもう、いいんだ。もう、ジ・エンドだ。
ボクにはどうやら、映画を撮る才能がないらしい」
黒い拝殿の階段に腰掛け、ロイ・スパークランドは虚ろに夜空を見上げていた。
右手首にはペーパーナイフ。左手首からは、血が流れている。
「何と云うことを!」
走り寄った剣之進が懐の手ぬぐいを引き裂いて、傷口を縛り上げた。
されるがままにまかせるロイの、目の焦点は合っていない。
「死で罪は償えぬ」
「……うん」
「生きて償うべきだ」
「……うん」
「――為すべき事を途中で投げて死ぬな!」
「……うん、そうだね、ミスターSAMURAI。キミの言うとおりだ」
だけどもう、ボクは疲れたんだよ。
力弱くつぶやいて、からんとナイフを落とす。握る気力すら失っているようだ。
「神の映画を撮りたいのは、なぜ?」
リゲイルがそっと近づき、その肩に手を置く。
「……神? オウ、Titanだね、そうだった、よく思い出させてくれた」
わずかにロイは笑った。
しかしその笑みには、いっさいの精彩が欠けている。
「Titanの映画を完成させれば、きっと彼も喜んでくれる……。才能ある彼が志半ばで挫折してしまった、あの映画以上の大作を撮らなければ。魔法のかかった街を足がかりとして、この世界の覇権を取り戻す物語だ――なんてファンタスティックなんだろう……」
「それは……リメイクなの? SAYURIさんが言ってた、神父様の……撮影中に事故が起きた、あの映画の」
――ユダが引退するきっかけになった映画?
あれは結局、制作を中断したのよ。スポンサーは手を引きたくなくて、新しいヒロインも、魔族の王子も、別のアクターが選ばれたんだけれど。監督が……、自殺してしまったから。ロイと縁の深い、まだ若い監督でね。『エディ・ジャックス〜失われた聖剣〜』のような映画を撮るのが夢なんだっていつも言ってて……。撮影中もなにかれとなく相談していて、あの事故が起きた炎上シーンの演出も、ロイが助言したものなの。
ボクは、映画が好きで。とても好きで。
だから、映画監督になるのが夢だった。
夢が、叶ったのに。
撮影現場にいるのが楽しくて、忙しいことさえ誇らしくて、こんな仕事をしているのに。
どうして――こんなに――
映画を撮るのが、つらいんだろうね……。
「ロイ監督……」
なぐさめをのべるのはやさしい。しかし――。
真摯に言葉を探しながら、リゲイルはとまどう。
そのとき――
「ーーーーHey,Roy!! Cheer up!!」
陽気な英語とともに、ギリアムがつかつかと近づき、
「Don't think,feel.」
ベレッタを構え、撃った。
ロイたちを外し、黒い拝殿の内部に目がけて。
「……ギル」
「ローイ。何をしょげているのかな? 撮りたくない映画なんて、撮らなきゃいいだけの話だよ」
「だけどボクはTitanの……」
「ファンタジーなんて、よっぽど偉大な原作と物凄い大金がついてこなけりゃ大概コケるんだ。この業界にいればわかってるだろう」
「撮らなければ、いけないんだ」
「あなたは銀幕市の現状と、悪魔の誘惑に流されているだけだ。あなたは本当に、その映画を撮りたいのか?」
「……もちろん」
「嘘だね!」
ギリアムは言い切って、傍らの悟に頷く。
悟も目線で合図を返し――ずっと持参していた大荷物を開封する。
出てきたのは、小型のプロジェクターだった。
★ ★ ★
黒い拝殿の壁に、映像が映し出される。
かつてロイは、この街を舞台に、この街でロケをして、映画を撮ったことがあった。
しかも、スタッフもキャストも、この街の住人を使って。
タイトルは『銀幕★狂想曲〜消えたバッキーの謎〜』。
そのときのメイキング映像と、本編だった。
『お初にお目にかかる 、岡田剣之進と申す。俺で良ければ何なりと使ってくれ。あー……これは“あるばいと”代?は出るのか?』
『キミ! キミはSAMURAIだな! KUROSAWAだ! こりゃ凄い。あ、手伝ってくれたら日当は出るハズだ。よろしく頼む!』
あれは、2006年の秋のこと。
底抜けの明るさと賑やかさが伝わってくる映像に、ロイは目を細める。
「そう、まさしくここは、Movie FanとMovie Starのパラダイスだったね。……懐かしい」
剣之進は、ぐっと拳を握りしめる。
「……もう一度、貴殿の映画に出てみたい」
「ありがとう、SAMURAI」
★ ★ ★
「監督。オレは、ここでは詳しく言えないけれども、親友を死なせた罪と、新しく大切な存在ができた罪悪感を抱えてます。でもそれは、ギルさんに聞いてもらおうと決めている。幸せになれと、亡き親友も言ってくれました。だから――負けません」
悟の、相対するものを包み込むような笑顔に宿る、陰りと覚悟。それは、未来を見据えるための、夜明け前の暗さだ。
「監督の作品の楽しさや希望や――舞台裏も含めた情熱が好きです。監督が目指したい場所に行きましょう。監督が撮りたい映画を撮りましょう。オレも、それが見たい」
「撮りたい映画。そうだ、そうだね……!」
ロイの瞳から、暗雲が晴れる。カリフォルニアの晴れた空のような爽快さが戻ってくる。
「ボクは超娯楽作を作りたいんだ。巨大ロボットが出てくるのって、どうかな? 日本の特撮モノは楽しいよね」
言われてギリアムは、肩をすくめる。
「どうかなと言われてもね。ともかく、さっさとここから出て、『あなたの』映画を作ろう。俺はあなたと一緒に仕事がしたいんだ。これ以上ゴネるようなら、神社に火を放って引きずり出すよ」
「過激だナァ、キミは」
「ロイ・スパークランドの新作映画ほどじゃない」
「出演のオファーをしてもいいかい?」
「もちろんOK……と言いたいところだけど、ワイフに釘を刺されててね。役柄によるかな」
★ ★ ★
「ということですよ、SAYURIさん。ユダさん。ロイ監督は無事です」
『ああ良かった。ほっとしたわ。人騒がせだこと』
『ありがとうございます。アトラースには、くれぐれもお気を付けて』
ルーファスが、無線でSAYURIとユダに経緯を伝えている。
随時連絡が取れるよう、出発前に悟が手配しておいたのだった。
そして悟は、すでに編集長を救出した刀冴に呼びかける。
「刀冴さん。お疲れ様」
『おう悟。そっちも上首尾みてぇだな』
「おかげさまで。ところで、ミケランジェロさんにお願いがあるんだけど」
『俺じゃなくてこいつかよ!』
『こいつとは何だ』
「ミケランジェロさんじゃなくちゃ、難しいことなんだ。こちらで救出した巫女さんたちも、白い小袖と緋の袴に着替えさせてあげたくて」
おい、俺は着替え要員かァ! と、無線口で怒鳴るミケランジェロに、苦笑しながら悟は言う。
――7人の巫女さんがお揃いの衣装で並ぶと、戦力になると思うんだ、と。
ACT.4★昴神社・本殿
―太助の隠した刃/流鏑馬明日の仕掛けた罠/ルイス・キリングの信念/アルの原罪と自我/ベルの理(ことわり)/クレイ・グランハムの戦い―
青と黒の神社は消えた。
三手に分かれていた皆が、7人の巫女が、救出された人質が、一堂に集まる。
シャノン、柘榴、シグルス、ルイス、アル、ベル、クレイは、それぞれの間合いを取り、臨戦態勢だ。
ダイモーンと宮司が離れた隙を狙い、攻撃を仕掛けるタイミングをはかっているのだ。
先ほど、アルは、神社内で増幅されたアトラースの罪苦に取り込まれそうになった。
しかしルイスとの『繋がり』が、それを引き留めた。
ルイス、シャノン、刀冴。実体化して出会った大切な人たち。
アルが自覚した原罪は、自分の欲望のために他人の命を奪うという罪。
自分は大切な人たちと生きるために、命を奪い生きていく。
――屍のうえに、自分は歩いている。
その悼みがあるからこそ自分は正しく生きねばならない。
犠牲にした命を、侮辱しないためにも。
そしてルイスもまた――
『繋がり』によって、踏み止まった。
認めてくれる兄がいる。自分がどんな罪を犯しても。
その信念が支えとなったのだ。
その中を――西村が進み出る。
「こんばんは、宮司さま。三度目ですね」
「こんばんは、死神のお嬢さん。懲りない娘だね、君も」
「あなたが引き下がってくれたら、深追いしません。棲み分けを考えてくださるわけには、いきませんか?」
興奮している西村は、滑らかな口調で話し始める。
アトラースに説得は通じない。わかっている。それはわかっているけれど。
こうして話すのも無駄なこと。そう思ったら、ひどく疲れてしまうけれど。それでも。
「棲み分けねぇ。かわいらしいことを言う」
アトラースはひどく愉快そうだ。説得をしようとしているさまに、優越感がくすぐられるのだろう。
その様子を伺いながら、少し離れて警察無線に向かっていた明日は、大きく頷き、アトラースに向き直る。
「残念だったわね。ヒュペリオンと赤のダイモーンを確保したと、今、仲間から連絡が有ったわ」
「……ばかな。あやつはとうに、おまえたちの手の届かぬ場所に逃げたはずだ――わしを置いてな。狡猾なやつよ」
あやつとわしが、この街に残った最後の二柱だというのに。
「……だそうよ。これで良いかしら、ミケランジェロさん」
「はいよ。アトラースとヒュペリオンをやっつければ、ティターン神族在庫一掃ってこったな」
カマをかけて情報収集に成功したミケランジェロが、軽く無線を掲げた。
揺さぶりをかけられ、少々むっとしたアトラースに、今度はえりかが話しかける。
「宮司さま……。どうか、思い出してください」
さきほどまで強い語調で対峙していたえりかだが、太助と目配せをし、がらりと態度を変えたのだ。
「私に教えてくださいましたよね。この神社の主祭神も摂社の神も、皆、星の神様なんだよと。宮司さまは天文学者になりたかった夢をあきらめたけれど、星はいつも天空で見守っていてくれるから、それもまた、しあわせなんだと」
「そうではないよ、エレクトラ。星の神は君を支えてくれたりはしない。君はただ、従順に私にしたがってさえいれば、しあわせなんだ」
「本当に……?」
「本当に。さあ、戻っておいで、かわいい娘よ。今なら間に合う。許してあげよう」
「……おとう、さま……」
ふらりとよろめき、手を差し伸べたかに見えたえりかは、肩の上の太助にささやく。
(今です、太助さん!)
「――おう!」
えりかの肩から、弾丸のように太助は飛ぶ。
空中で、一匹の豹に姿を変えて。
狙うは、依代の宮司ではない。ミノタウロスと化した、ダイモーンだ!
そして――
太助が爪と牙で不意打ちをし、
クレイがワイヤーで宮司を拘束し、
シャノンが氷撃弾と霊撃弾を光弾にし、
シグルスが銀の弾丸を放ち、
柘榴が阿修羅を身に宿し、
ベルがランタン・シールドの5枚刃を掲げ、
ダイモーンを、切り裂いた。
ACT.5★昴神社・本殿 ―罪という名の希望を見よ―
セルリアンブルーのミノタウロスが、ずたずたに裂かれる、その刹那。
ルイスの【世界干渉】により、満天の星空がいっそう、クリアになった。
肉眼では見えにくいプレアデス星団も、はっきりと確認できるほどに。
7人の巫女が、一列にならぶ。
膝をついたアトラースに向かって、
となえるは、天津祝詞。
「高天原に神留まります神漏岐神漏美の命もちて」
「すめみおや神伊邪那岐の命」
「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に」
「禊ぎ祓いたまう時に成りませる祓戸の大神たち」
「諸々の曲事罪穢れを、祓えたまえ清めたまえと申すことのよしを」
「天つ神地つ神八百万の神たちともに」
「天の斑駒の耳振り立てて聞こしめせと」
――かしこみかしこみ申す
巫女たちの、声が揃う。
「「「「「「『去ね! アトラース!』」」」」」」
――私たちが仕えるべきは大国魂神。満天にしろしめす、星の神。
「「「「「「『おまえなどではない!』」」」」」」
罪ならば、ある。いくらでも。
この空を埋め尽くす、星の数ほど。
いとしいひとへ、大切な存在へと繋がるこの想いが、罪だというのなら。
だけどそれは、わたしたちの想い。
この罪を、渡しはしない。
神ごときに、断罪する権利などないのだから。
だから、祈り続ける。
わたしたちの罪苦が、祝福に変わるよう。
絶望が、希望へと羽化するように。
《天空の贄を見よ・了》
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クリエイターコメント | 大っっ変!!! お待たせいたしましたーー!!! 皆様が頑張ってくださったのに、もたついてしまったのは記録者の罪。アトラースのせいでもヒュペリオンのせいでもございませぬ。 ※本文中に入れられませんでしたが、帰り際、シャノンさまと一緒のアルさまを見たルイスさまは刀冴さまに拗ねてみせ、刀冴さまは覚醒領域全開の反動が来てぶっ倒れて、ミケランジェロさまに古民家まで送ってってもらったみたいです。
今回、一場面おひとりさま視点、状況によっては複数コラボ視点という、ちょっと異色な構成になってます。 どなたのプレイングも素晴らしかったのですけれども、こと、今回の決戦に於いて、ずば抜けていたのはシャノンさまの行動指針と状況判断でした。 シャノンさまが「ヒュペリオンに構っている暇はない」と仰ったとおり、皆様が昴神社に向かわれたとき、虚栄の太陽はすでにアトラースを贄とし、逃走していたのです。 ですので、行動のメインとして「ヒュペリオン退治」を考えていらしたかたがたには、ダイモーン討伐の行動を取っていただいております。 また、誰がどこにいるのかの推測や事前準備(備品配布、情報収集も含む)、巫女への対応、神社内部での行動や連絡、アトラースへの対処に重複が見られる場合は、一番効果的と思われるかたのプレイング、あるいは状況に応じた能力を採用させていただきました。
おひとりおひとりに、大長文にてコメントを申し上げたいのですが、胸がいっぱいで言葉足らずの記録者をお許し下さい。 私たちに残された時間は少なくても、少しでも長くこの街で、皆様と過ごしたいと思います。 |
公開日時 | 2009-03-30(月) 18:00 |
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