オープニング

 過去の己は死を神聖視し自爆を選んだろう。
 過去の己は諦念の中で膝を折ることを選んだろう。

 今の己は――

 自殺――選ぶはずがない
 諦め――選ぶものか

 己を選び認めてくれた人達は、己に抗えとしか言わぬ。
 己を選び認めてくれた人達を己が裏切れようはずがない。

 己を睨めつけるデウスの顔は己のものとは思えぬほど醜く歪んでいる。
 残骸といえど圧倒的精神は、確かに脆弱な己独りでは打ち勝つ事は出来ない。

 しかし、己は最早一人では無い。

 背中を預け胸襟を開ける友が居る。
 心を許し共にあることを望む恋人が居る。

 一人で戦う必要などどこにも存在しない、一人で敵わぬなら友の、恋人の、力を借りればよいのだ。

 ままならぬ喉を震わせ叫びをあげた。
 ノートに言葉を書き刻んだ。
 友の、恋人の姿を思い浮かべ強く念じた。

「はっはっは、助けを呼ぶ気か? 無駄だ無駄だ無駄だ。
 ここは隔絶された精神世界。誰も貴様に干渉などできぬ、誰も貴様の言葉など聞けぬ」

 ――黙れ! 俺の友は並ぶ者のない大魔導師だ、精神世界にだって来てみせる。
 ――黙れ! 俺の思う人は道理を捩じ伏せる意志の持ち主だ、不可能などありはしない。

 嘲笑うデウスをコタロの否定が、烈風のように世界を薙。

 ――デウスの体が大きくぶれた。


‡ ‡


 デウスの核を封印したティーロの指輪が淡い光を放つ。
「ん……なんだ。何か話す気になったのか?」
 ――否、我、忠言する。汝が友と呼ぶ男、我が欠片によって侵食されている。
「友……ってコタロか、どういうことだ!?」
 指輪を眼前に近づけて叫ぶが返事はない。
「糞、言うだけでダンマリかよ……コタロは撫子と一緒だったな、何でもなきゃいいんだが」
 魔導師が微かに舌打ちすると旋風が巻き上がり其の姿は風に溶けた。





「コタロさん、コタロさんしっかりしてくださいぃぃぃ。コタロさぁぁん!!」
 突然意識を失し、崩れ落ちた恋人の傍らで撫子は叫んでいた。
 倒れたコタロの口から漏れる意味の取れぬ言葉、左右非対称に変容する表情が伝える異常な状況。
 何が起きたか全く理解が及ばぬ混乱のまま、ただ助けを求めるよう動いたコタロの右手を掴む。
『た……すけ……て、くれ……ナ……デ…………シ……』
 それは言葉ではなく掌から伝わる想い。
 混乱が急速に収まるのを感じた。

 ――コタロが助けを求めている

 その事実だけで十分、何が起きているかなど瞬く間に些細な問題となった。
「コタロさん、わかりました。絶対に助けますぅ、私のお役立ちを見ていてください」
 そこにあるのは貫徹する絶対の意志だけだ。


‡ ‡


「さあ、もう諦めろ。もはや呼吸もままなるまい」

 全身余すこと無く黒く染まったコタロ・ムラタナ
 ただ其の眼だけは未だ力を失っておらず、その右手だけは未だ色を失っていなかった。

 希望は失わない。
 彼らを信じる。
 彼らと共に紡ぐ未来を信じる。


ご案内

デウスの残骸によって、精神を乗っ取られようとしているコタロさん。
体の自由を徐々に奪われる中、彼が選択した行為は最も親しい友と恋人に助けを求める行為でした。
デウスの核をによって残骸の行動を察知したティーロさんとコタロさんの傍らに居た撫子さん。
両名は彼の呼び声に答えてデウスの残骸と対峙するコタロさんに協力することができます。

このイベントは極短い時間での出来事です。
できることは限られています。
最高の判断を期待しています。

★特殊な形式でのプレイングになります。下記「参加方法」をよくご確認下さい。

※今までの経緯:デウスエクスマキナ

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
・コタロ・ムラタナ(cxvf2951)
・川原 撫子(cuee7619)
・ティーロ・ベラドンナ(cfvp5305)
※このパーソナルイベントの発生条件
パーソナルイベント「デウスエクスマキナ」においてコタロ・ムラタナ(cxvf2951)が助けを求めた

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。結果のノベルが全体に公開されるかどうかは結果の状況によります(参加者の方には結果はお知らせします)。

なお、期限までにプレイングがなかった場合、通常シナリオにおける白紙プレイングと同様に扱います。

■参加方法
プレイング受付は終了しました。

ノベル

 コタロ・ムラタナの異常はもはや誰の眼で見ても明らかであった。
 外界からの刺激に如何なる反応も示さないのにも関わらず、刻まれた表情は彼が今まで浮かべたこと無い表情。ヒトそのものを嘲弄する揶揄に満ち溢れた歪んだ笑み。
 右手だけが何かに抗うように、最後まで諦めぬ意志を示すように強く強く撫子の掌を握りしめていた。
「コタロ、撫子無事……いや無事じゃねえな」
「ティーロさん!!!」
「こうなったら方法は一つだけだ。オレらが直接潜ってコタロを助ける」
 大魔導師たるティーロはコタロの様子を一瞥しただけで、状況の全てを把握した。
 コタロは精神を喰われてようとしている……核の言葉を信じるならデウスの残骸によって。
 コタロを乗っ取ったデウスは再びカンダータを支配する、必然だ。
 最も確実な手段はコタロを殺すことだろう……だが、その選択は存在しない。
「一緒に飲み込まれるかもしれねえ。それでも行くか?」
「当たり前ですぅ! コタロさんを助けられるなら命なんて惜しくありません!」
「分かった、だが無理をすんなよ。戻る時は三人一緒だ。俺は一人でもかけたら納得いかねえ」

 ティーロが結ぶ心象による簡易結印。
 それは、深層心理に潜入する魔術


‡ ‡


「さあ、もう諦めろ。もはや呼吸もままなるまい」
 コタロの全身余すこと無く黒く染まり、己の意志が伝わるのは両の眼と右手のみ。
 其の精神に蹂躙すべく躙り寄るコタロの姿をしたデウス。

 だが、コタロは希望を失っていない。
 己の意志が伝わる腕を握るものを知っているから。
 己の意志が伝わる眼が映すものを知っているから。
 それだけで抗う力はいくらでも湧いてくる。
 この地の兵達がそうだったように。
 (撫子……ティーロ殿……)
「俺は、彼らを……愛しているし、信じている!」
 震えぬはずの喉が震え音声を発したことにコタロは気づかない。
 ただデウスの表情はその言葉に大きく醜く歪む。
「……それが希望か、気に入らん!」
 デウスの腕がコタロの顔に伸びる。
 希望を映す其の眼球、デウスは抉り取らざるをえない。
 デウスの足が大きく持ち上がる。
 希望を繋ぐ其の右手、デウスは踏みにじらざるをえない。

 だがデウスはそれを成すことはできなかった。

「そこまでだぜ、デウスさんよ」
 コタロの眼球から現れたティーロの腕がデウスの腕を掴んで止める。
「コタロさんはそんな話し方しないですぅ!」
 コタロの右手から現れた撫子の蹴りがデウスの足を打ち払う。

「撫子……ティーロ殿……」
「挨拶は後だ、コタロ。まずはこいつに愛の鞭ってやつをお見舞いするぜ。ったく、こんなとこで遊んでたのか。オレが他の世界見せてやるっつったのによ」
 親友の大魔導師が風を纏い、衝撃波でデウスを追い詰める。
「よくもコタロさんを!! 絶対に許さないですぅ!」
 叫び声を上げる恋人が横回し回転二段蹴りがデウスの腹部に炸裂した。

 精神世界における戦いは、決してデウスが有利であったわけではない。
 むしろ、デウスのほうが劣っていたと言ってもいい。
 唯一デウスが優っていたのは精神世界での戦い方を習熟している点。
 デウスは待っていたのだコタロの気が緩み、己の正体が失われる程に酔い潰れる瞬間を。
 デウスはカンダータの文化を作ったもの、彼が敗北した時に起きる現象についても予想できた。
 ままならぬ体を精神に紐付け、言葉で翻弄し暗示をかけ、精神的有利に立つことで乗っ取りを行う。
 これが実際は塵ほどしか力を残さぬ残骸の戦術だった。

「想いの強さで負けるかぁ!」
 精神世界における戦いは、まさに撫子の言葉の通り。想いが強いものが勝つ。
 もんどりを打って倒れたコタロの姿をしたデウスにマウントポジションを決めた撫子。
 鉄拳の嵐がデウスを襲う。
 撫子の拳で動きもままならぬほどにボコボコにされるデウス。
 それに対するようにコタロの体は徐々に色を取り戻し、力を取り戻し、立場は逆転する。
「出て行けデウス、俺の中に、お前の入り込む隙間はもうない」
 そして、この言葉が止めとなった。
 コタロに巣食っていたデウスの残骸は完全に力を失った。


‡ ‡


「さて、コタロ。こいつはどうしたもんかね、力を失ったとは言え頭の中に飼っていたはねえだろ。指輪に封印して持っていくか?」
「ティーロさん、コタロさん。私提案があります」
 力を失ったデウス――まるで子供のように小さい――の傍らに座ると撫子は語りかける。
「コタロさんの不撓不屈に憧れる気持ちは分かるから……ねぇ、うちの子になってみる?
 希望と絶望しか知らないって子供が甘味と辛味しか分からないのと同じだと思う。人として生きて人として死んでみない?
 自分個人に向けられる感情を知れば、貴方も変わると思う。駄目かな?」
 最後は恋人への問いでもある。それはすなわち――
「そりゃー撫子……おまえさんは、ここに、カンダータに残ってコタロと生きるってことか。どうすんだ、コタロ」
 蒙昧な問いだ。答えるべき言葉は決まっているのに感情が堂々巡りを繰り返し、言葉を何度も飲み込んでしまう。

 初めて会った時から彼女は無茶で無謀な人だった。思い出す度に顎が痛くなるほどに。
 彼女は会ってそこそこの知人を助けるために必死で俺の助力を必要としそれに俺は応えた。
 それが全ての始まり、言葉にすれば大したことではない、しかし縁とはそんなものだ。

 感情豊かな彼女と共に居る時間は心地よかった。
 覚醒した時に止まった己の感情が動き始めた時だった。
 彼女に返事を要求されるのは二度目だ、あの樹海での言葉如何ばかりであったか。
 めまぐるしい情動は、その場で答えを喚起しなかった。
 しかし、今日は違うはずだ。己の心は決まっている答えるべき言葉は用意されている。
 ただ踏み出す覚悟を決める、後ろを向くことはない。
「……撫子。俺は撫子の考えに賛成する。共にカンダータに……」
 喩えるなら向日葵が花開くような撫子の笑顔。
 俺はこの表情が……好きだ。


‡ ‡


 全ての筋道は定まった。
 デウスの残骸はコタロの中から姿を消し撫子に宿る運命を得る。
 そしてその体を与えるものはコタロ自身に他ならぬ。

 ティーロの術が解け、鉄と酒の匂いが混じる現実に返った時。
 ティーロ・ベラドンナの眼には、抱き合う二人の真理数がはっきりと見えた。
 それは大魔導師と二人の道が分かたれたことを意味した。


事務局より
この出来事は、今のところ参加者の方だけが把握していますが、「こういうことがあった」と誰かに話しても(このページのURLを伝えても)構いません。

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螺旋特急ロストレイル

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