リベル女史が苦虫を噛み潰したような顔をしている。「唐突ですが『握手会』というものを開催することになりました」 今、0世界ではナレッジキューブが不足している。 ナレッジキューブは賢者の石などとも言われているように万能の材料で、0世界の生活物資のほとんどを担っている。そのナレッジキューブが不足により戦争で破壊されたターミナルの復興がなかなか進まないと言う問題があった。そこで、一般のロストナンバー達が蓄えているナレッジキューブ(それと世界樹の実)を集めるための奇策が考案された。 リベルを押し退けてエミリエが台車に山積みになっている菓子を指さした。「えっとね。甘露丸にたくさんのクッキーを作ってもらったの。それでね。ちょっと値段が高いんだけどみんなに買ってもらいたいんだ」 言うまでも無くナレッジキューブはターミナルでの通貨を担っている。 クッキーはそれぞれがセクタンのプリントがされた銀紙に包まれており、中が見えない形になっていた。「それでね。だいたいなんだけど、クッキー10枚に付き、1枚くらい『握手券』が入っているの。例えばこれ!」 エミリエが小さな手でかざした紙切れはロストレイルのチケットに酷似しており、ただ、リベル・セヴァンのイラストが印刷されていた。 司書リベルの『握手券』である。「これがあればね。今度開く『握手会』でリベルと握手できるの。一言お話しもできるわ。へへ。それでね。司書みんなの『握手券』が入っているから。お友達とトレードしてもいいし、一押しの司書がでるまでクッキーを食べ続けてもいいよ。今なら、当たり保証付きクッキー11枚セットがクッキー10枚の値段だからお買い得よ」 クッキーにランダムな司書の握手券が入っている。と、それだけの話しである。クッキー販売の収益は図書館の再建やナラゴニアの人たちを受け入れるために使われるとのことである。館長アリッサの発案だそうだ。「これはナラゴニアの人たちにも買っていただいて、両勢力の融和に資するという目的もあります」 リベルが続ける。「開かれた図書館と……と館長が言っていました。図書館員が前面に出て復興をめざします」 後ろではエミリエがぷるぷる震えている。「何が面白い!」「それとね。エミリエの『握手券』はレアだから……エミリエと握手したい人はがんばってね。いっぱいサービスしてあげるからね!」 メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ「くそ、またカウベルだ。カウベルばっかり20枚も引いちまったよ」 試しにクッキーを一枚だけ食べて満足する者もいれば。たまたま引いた握手券を、偶然の機会だとして司書と仲良くなるきっかけにしようというものもいた。 熱心な者は、三度の食事をすべてクッキーに代えて握手券を収集した。 一方で、クッキーを買わずに、闇市場に流れた握手券のみを手に入れた者もいる。 そして、ただ気になるあの人と握手するためだけに、とうてい食べきれないほどのクッキーを買い求め、いらない握手券を売りに出し、それを元手に再びクッキーを購入した猛者までもがあらわれだした。 ともかく、クッキーは飛ぶように売れた。 しかし、そんなにクッキーを食べきれるものでは無い。まだ食べれていないクッキーが道ばたに捨てられる光景がターミナルの随所で見られた。嘆かわしいことである。 そんななか、司書以外の握手券も混じっていることにロストナンバー達は気がついた。イベントに協力しようと自分の握手券を提供した者がいるからだ。例えば、アリッサの握手券は高値で取引されていることが知られている。 また、握手券の偽造もあるのでは無いのか……と、そう言ううわさも立った。 そして、まだエミリエの握手券を引き当てた人は誰もいないという。ほどなく関心のあるロストナンバー達は互いに情報交換を始めた。『トラベラーズノートで飛び交う情報』――鳴海出た――革鞄に「ミ」と言うカード引いた。なにこれ?――俺は三ツ目眼鏡の「エ」が出たぞ――おかしい、予祝之命様が出ませんわ――ツァイレン引いた人いる? やっぱ入っていないじゃね。――出:紫上緋穂 求:にゃんこ【コモン】カウベル【アンコモン】リリイ、リクレカ【レア】アリッサ【Sレア】ARIO <魔法に目覚めるほどに可愛い僕が女の子のはずがない! ver.>――夢幻の宮買い占めているの誰だよ――あいつに決まってんだろ。おまえ知らないのか?――裏取引所?――魔女? マフィア? メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピ ☆ メ ン ☆ タ ピそして恐れていた『握手会』当日がやってきた。 図書館前広場の特設された握手会の会場はロストナンバー達の熱気でざわついていた。 工事中の図書館建物の前には司書達が折りたたみデスクと並べて待っている。そして、それぞれの前には行列が出来ていた。 ナラゴニアの三巨頭のうちのユリエスもさりげなく司書達に混じって座っている。渋々なのかもしれないが、彼がここにいる政治的意味ははかりしれない。早くに旅団から図書館に投降した者たちが、率先してナラゴニアの住民を誘っていたようである。旅団の機械兵達が行儀良く並んでいた。そして、その頭上では妖精ビィが踊っている。そのほか見慣れないロストナンバーの姿も多い。 握手とともに日頃の苦労をねぎらう。会場には穏やかな空気が満ちあふれていた。保護されたマリィとホリィが、余ったクッキーをねだって回っている光景も見られた。しかし、一部には殺気の入り交じった緊張があった。波乱の予感がする。 例えばメルチェットの前には、にやけた表情を隠そうともしない屈強な魔神の姿があった。メンタピである。「お、大人だからメルチェ、辛いことから逃げたりしないんです……!」 メルチェットは強気に震えを押し隠している。だがそれもメンタピが札束のようになった握手券を扇のように広げると、泣き顔に変わった。「余の握手は108式まである」 常軌を逸した情熱により、無数の握手券をかき集めた業の者 人々はそんな握手に自らの存在を賭ける者達を『シェイクハンダー』すなわち握手王と呼んだ。
握手会の会場は盛況である。 方々の世界から、そして、図書館と旅団から様々な人々が集まっていた。 そのわりに静かである。どんな無法者もあこがれの人の前では紳士的に振る舞うというのだろうか。 小さな笑い声たちが0世界の青い空に吸い込まれていく。 黒葛一夜も警備を兼ねたスタッフとして参加しており、盛り上がる会場を良い事だと微笑ましくみている。ときおり、乱れる列を整理するくらいしか仕事が無い。 ちょうどアリオも列に並んでいるのを見つけて励ます。ずいぶん派手な服装に身を包んでいた。 「良く似合っていますよ、今の君ならきっと人気者に相応しいでしょう」 「えっえっーとちょっとまってよ」 アリオは隠れるように逃げ出した。 その背中をパシャリとシャメる。 「そうですね。みなさまに送って差し上げましょう」 自己主張の苦手な華月も気がついたらスタッフを任されていた。 抗議の声が聞こえて行ってみると、列が交差するところで混乱が生じていた。見慣れない顔が混ざっている。ナラゴニアの人々だと思われる。 華月がとりなすと思いの外素直に騒ぎは収まった。 会場に散らばっているローナの分体は、望遠モードで状況を見守っていたが手出し不要と判断した。警備の者達は胸をなで下ろした。 旅団の者達も彼らなりに居場所を見つけようとしているのだろう。 人の流れは穏やかだが、それにしてもゴミが目立つ。捨てられたクッキーがあちらこちらに落ちている。ローナは自己増殖の空腹対策にと回収してまわっていた。土が付いていてもお構いなくエプロンのポケットにしまっている。 騒ぎを収めた華月の他、ジューンもクッキーを拾っているのが見えた。このペースならそうかからないうちに掃除も終わるだろう。ジューンがなにやら、華月に呼びかけている。 そんなローナにクッキーを捨てている女がいると、脇坂一人から連絡が入った。 「誰だろうと、やっちゃいけない事は見逃さないわよ」 その脇坂一人は、会場のはしっこでクッキーを捨てた別の男の胸を触っていた。そのまま腕を尻の方に伸ばす。手つきがあやしい。じょせいのはローナに押しつけ、男性だけ直接対応である。 「反省していただかないと、放送できなくなりますわ」 ヘルウェンディはバニースタイルで列整理をしている。看板を掲げはみ出た人を列に戻す。 「握手会成功させるわよ」 「ルールとマナーは守りなさい!」 「家計がかかってんだから!」 威勢良くしているが看板は『握手の後はゲームセンターへようこそ』と書かれている。ときおりセクシーポーズをしてはクッキーと握手と……おひねりをもらっていた。 「今日の夕飯代稼がなきゃ」 つづいて、浅黒い無骨な手が差し出された。流れのままに握手する。 「って、カーサー!? H! 見ないで!」 「わかった。見ないでいてやるよ……ウェンディ」 そうしてカーサー――ヘルの想い人は、彼女を抱き寄せて抱擁した。周囲から冷やかし半分の歓声が上がる。今日は良い日だ。 † 「いやー樹海でプチチャイブレに食われそうになってさー」 アリッサを見つけた虎部は武勇伝がてらに手を差しのばした。 「こんにちわ」 ビビビビーっ 「ははは、ひっかかったな」 虎部は手の中に電極を握りこんでいたのだ。他愛も無いいたずらだ。そして、一杯食わされたアリッサは痺れた手をさすっては紙飛行機にした握手券を不届き者に投げつけた。 「お返し!」 虎部の次の標的はエミリエだ。 シオンは壁に寄りかかってぼーっとしていたら、吉備サクラに水筒を押しつけられた。 渡し主はとうに走り去っている。声をかける間もない。 仕方が無いので水筒のふたを開けたら香りのいい湯気が立ちのぼる。 サクラが見えなくなってからもたっぷりの時間が経ち、シオンはため息をついて紅茶を飲む場所を探しに歩き出した。 ツァイレンはスタッフとして列を整理してた。ニコル・メイブはその姿を視界に確認すると、声をかけずしてユリエスの列に並んだ。 アマリリスはターミナル復興支援の為にと世界樹の実とナレッジキューブをあるだけ使いクッキーを買った。握手券を腕から溢れさせている。リベル、リリィ、アリッサ……無名の司書、リュカオス、灯緒。あとエミリエの握手券があれば女性司書をコンプリートせんばかりの勢いである。会場を横断するのに忙しい。 「みんな楽しそうだな(ぁ」 その頃、我らがカウベルさんはぽつねんと会場の隅っこに座っていた。 彼女の視界の隅では警備していたはずの脇坂一人がモリーオと談笑している。「以前からファンです」とか言って、ハーブティーの話しをしている。 「ファンって……芸能人じゃないんだよ」 脇坂が興奮しているのはカウベルにも手に取るようにわかった。 「最近、樹海に畑をつくってると聞いたよ。一度、見に行ってもいいかな」 カウベルさんは少しだけくやしかった。そして、とても寂しかった。 ……その背後に人影。 「ククク……人気が……欲しいか?」 「えっ!?」 覆面を被った声は女性のものだった。灰色の覆面から所々ピンクの毛が飛び出ている。そして、下半身はたこだった。そのたこ足がホルスタイン柄の大胆なビキニ水着を差し出した ごくり、息を飲む音がした。 そして、カウベルさんはひったくるように水着を掴むと更衣室へと走って行った。 ……人を観察している分には面白い、祭の空気は好きだ。 雪深終はやや場違いな気分を味わっていた。彼は熱狂を少し離れてみていた。自身は菓子+復興支援に釣られて数セット手に取っただけだ。 同梱されいてる握手券を改めてみれば、顔見知りのカードばかりだ。 「……どんな確率だ。いいんだどうせ誰とでも正直世間話程度しかしないし」 チャイ=ブレ、あるいは単にエミリエの思惑が働いているのかも知れない。そう裏読みしてしまうと、どうにも『祭に乗り切れてない感』がしてならない。 灯緒のふかふかな猫の手をしみじみと眺めてから小さく握手した。 そして、司書のガラを見つけると今度はそちらの方に向かった。 ガラは右手のみ手袋を外し、握手に応じてくれた。空いている左手は手を頬に当てながら全身をくねくねさせている。 「さすが終の手。みずみずしいですよう」 「濡れている……?」 ガラはしみじみとさせながら、わざわざ小泉八雲『雪女』からの引用したのだが、終に伝わったかは怪しい。 ビキニ水着に着替えたカウベルさんは、すーすーする涼しさに打ち勝つために軽くギャロップして体を温めた。体温とともに気分が高揚していく。気がつけば小さな牛の頭がい骨がカウベルさんを見上げていた。 「あらっ、ハロちゃん。アタシと握手ぅ?」 「うん! あのね、ハロね。前からカウベルちゃんの角をさわってみたかったの!」 突然のファンの出現にカウベルさんは嬉しくなってかがんで頭を差し出す。 「すべすべで、きれいでいい角ー」 ハロ・ミディオの小さなやわらかい手は加減知らずで、カウベルさんの角を引っ張ったりくすぐったい。 「えへへ、ずーっとこうしてさわってたい!」 ――んっ 「いいなー、ハロも角欲しいなー!」 ――ぁん 「握手券一枚だと、これでおしまい?」 ――もっとぉ その様子を覆面のタコ足が見守っている。 彼女はコモン扱いのカウベルの握手券を安く買い集めたのだ。そして、ホルスタイン状態のカウベルさんが人気を集めてカウベル券が高騰することに賭けた。これで買い過ぎた武器の借金返済を企んでいる。 「丁と出るか半と出るか」 見てみれば牛娘のソア・ヒタネがちらちらとカウベルさんとハロの方を見ている。 こそそっと近寄ってつぶやく。 「カウベルあるよ。カウベル。カウベルあるよ。カウベル売るよ……」 「カ、カウベルさんの券あるんですか!」 「し-っ。静かに……。有り金出すんだ」 「あの、私、無一文なのでクッキーは買えなかったんです」 「なっ」 「畑で取れた野菜なら……」 覆面のタコ足は天を仰いだ。この状況は非常にまずい。カウベルさんは握手券一枚でいくらでもサービスするだろう。そして、この二人以外にカウベルに興味を示す者はいそうに無かった。 「くっ、野菜を全部置いていけ……」 「はいっ!」 交渉は成立した。さらなる借金地獄が待っているが、食べ物には困らないだろう。流石の借金取りも野菜までは持っていかないと信じたい。 涙目のNo.8の手がそっと握られた。 「感謝の握手です」 雪深終は続いて槐と握手している。 「骨董品屋の宣伝か?」 「ええ、店を空けてもどなたもいらっしゃいませんので」 くしゃくしゃなった握手券が机の上に置かれている。 「この握手券」 「あと100年もすれば値打ちが出てくるかも知れませんね」 アフロ頭のジル・アルカデルトは妖精のシェイムレス・ビィをみつけた。彼が直接に握手を申し込んでも逃げられてしまうだろう。そこで一計を案じ、ビィの前に紙袋を置いた。 「あ、これドーナツ! 握手ん前にちょっと食べへん?」 警戒げである。 ジルはその横に座って、独り言のようにつぶやいた。 「こないだは手荒な事してもうて堪忍なぁ。怪我とかしいひんかったか…? どうにもビィちゃんことが心配でな。いくら不死身やいうても辛い目に遭わせたくなかったんや。とはいえ、これが迷惑やったらごめんな…?」 「ふんっ!」 気がつけば小さな気まぐれ妖精はドーナッツ袋をつついている。が、ジルと視線が合うとぱたたと飛び上がった。 「せや、まだ住処が決まってへんかったらウチ来んか? 三食昼寝セクタン付き! どうやろう?」 ジルが片手を伸ばすと、妖精は「隙ありっ!」と叫んでジルの腕をかいくぐってドーナッツ袋をさらった。 ふもぉーーーっ! ビィとジルは突然突き飛ばされた。 興奮に荒れ狂った水牛が広場を駆け巡り、各所で悲鳴が上がる。水牛にはホルスタインビキニを着たカウベルが振り落とされまいとしがみついている。 ――ソアちゃん! 落ち着いて! ふもぉーーーっ! ――ソアちゃん! 大好きだからぁ! ふもぉもぉーーーーーーーっ! ジルがゆっくり起き上がると、ぽふっとアフロになにかが降ってきた。 アフロから可愛らしい顔がちょこっと飛び出る。 「ん? ここなかなかいいかも?」 ドーナッツはちゃんとビィの手に握られている。 「ここになら居てやってもいいわよ」 † 「「これは?」」 「あれ……握手券2枚ある? ローゼちゃんだ」 まっさきに気付いた川原撫子のほか、ジュリエッタ、ゼロ、フォッカー、ヘル、アマリリス、虎部、ソア、のそれぞれが持っている握手券の中にマスカローゼの握手券が紛れ込んでいた。 ……マスカローゼ……お前この前、俺が生きろって間は生きるっつったナ。なら俺が死んでも生きろ。友達を作れ これは、ジャック・ハートが偽造して、物体転送したものだ。 ……俺ァお前が大事だ。だからお前の握手券を作った。皆良い奴だから握手して話して友達になってこい…後ろで見ててやるから なんとなく誰の仕業か察したものもいれば、そうでないものもいる。 戸惑うマスカローゼのまわりにときおり人が訪れた。 「ローゼちゃん、握手しましょぉ? それと私スタッフで握手できないんでぇ、ローゼちゃんにこれ差し上げますぅ☆」 川原撫子は握手ついでに、自分の手にある握手券を渡した。それはただピンク一色の券だった。……セクタン? 「これでゼロとマスカローゼさんはお友達なのですー♪」 それから、アマリリスや(落ち着いて人間型に戻った)ソア、フォッカーも握手しに来た。 「お前は一人では無いぞ。いつでも頼ってこい」 「よろしくお願いします」 「楽しくやるにゃ」 「これ、どうすっかな。フランより先に握手しに行ったら怒られるよなぁ。でも、フランと握手した後……。マスカローゼに会いに行けなくなるかもしれないしなぁ」 虎部は少し悩んでからフランを後回しにすることにした。どうせアリッサとも握手したし、エミリエともこれから握手するつもりだ。 手と手が触れそうなとき、マスカローゼはびくっとして手を引っ込めてしまった。それを見て、虎部は頭をかいた。 「消えるべき人間なんかいないぜ。俺がそうだった様に人は自分の居場所を見つけられる」 「あなたのそんなところがきらいです」 そして、マスカローゼは仮面の額を押さえ、撫子にもらった握手券をポケットにしまって走りさった。 † 「このクッキー旨ぇな、流石は甘露丸ってトコかね(もぐもぐ)」 猫人マフ・タークスは無類の甘い物好きゆえに会場に来ても食べ続けていた。クッキーは何種類か確認されており、これまた、たまにしか出てこないレアクッキーもある。そのためになかなか飽きがこない。 なんでもマフ自身の握手券が何枚か確認されたと言うことで彼は律儀にもファンを待っている。 ヒゲにくずをつけたところで、包装紙から握手券が出てきた。メンタピの券だ。見れば、魔神メンタピは司書のちいさなメルチェットに握手を迫っていた。扇のように握手券をひけらかしている。 「ガキが好みか」 マフが魔神をからかいに行くと、メルチェットはフードでまぶたを隠して今にも泣き出しそうであった。 「お、大人だからメルチェ、辛いことから逃げたりしないんです……!」 「おおっ。小さき司書よ。生命漲り麗しい。我が慧竜によく似ている」 「んなわけあるか!」 ローキックをくれてやると、周囲の注目を浴びている魔神が振り返った。 「余の邪魔立てをするか」 そこにスタッフとしてはがし役をやっている業塵がかけつけてきた。 「呪うぞ……」 至近距離でじっとり相対しガンをつける。 魔神相手に遠慮はいらない、全力で呪い。怪力で引っ張る。幸運力が相殺されたためか、そこに正義感の強いアマリリスが通りがかった。加勢する。 だが、業塵の呪いは明後日の方向に力を発揮した。 0世界の7不思議の0番目ことゼロもからんできたのである。アマリリスが止める間もなくゼロが宣言した。 「メルチェットさんとのデートを賭けてメンタピさん、勝負なのです! ゼロが負けたらハイパー謎団子とゼロの握手券をあげるのです」 「ぬしが勝ったら何が欲しい」 「メルチェット券を全部いただくのです」 「よかろ……」 「その勝負待った! メルチェ殿から離れてもらおう、メンタピ。お主は甘い。このカンタレラ、裏109式までの握手を持っている。さあ、メンタピ。これでカンタレラとの握手を務めるがいい」 踊り子まで乱入してきた。そして、運命が呪いと複合作用するならこれもまた必然。バカップルの片割れ、詩人のクージョン・アルパークがあらわれないはずが無い。 「握手もエンターテインメント。僕の握手は表裏計二百壱拾八手だよ」 「嗚呼ぁ。クージョン。待っていたわ」 カンタレラがメンタピの右手を、クージョンが左手を握る。雪の結晶が恥じ入り、溶けてしまうような芸術的な握手であった。 「メンタピ君の握手は僕の握手とは違うね。そうか、世界が違うからだね! 新しく108手覚えたよ」 そして、カンタレラはおずおずとお手製の握手券を差し出した。 ――『クージョンとキスできる券』 「こ、これは使えるだろうか!?」 「もちろんだとも」 一方のクージョンはクージョンの自作した「カンタレラと握手券」を宙に捲いた。 「僕達の間にはこんな無粋なものは必要ないようだね」 二人は互いに両の手を握りあい、三度舌を絡ませた。アマリリスと業塵があきれるなか、恋人たちは去って行った。 「あいつら、何しに来たんだ……」 「『握手』券ですら無かったな」 茫然とするメルチェットは、我に返ると危機がまったく去っていないことに気がついた。 おろおろして、(残っている)三人に助けの視線を送った。 マフがヒゲをさする。 「そうだな。勝負はなにがいいか運が絡まない方が……お、おいやめろ」 どこからともなくやってきたハロがマフの星獣の角にほおずりしている。「えっへへ。角小さい」 「こら、小さい言うな!」 「背が低いから、触りやすい」 7歳のハロの方がほんの少し、背が高い(牛の頭がい骨をいれたらだいぶ高い)。 「おい、小娘!」 マフが振り返りざまにネコフック。拳は牛の顎に引っかかってハロの頭から飛ばされた。その勢いで女の子はぺたんとひっくり返った。ついカッとなってしまったが子供相手にこれ以上怒るわけにもいかない。 「まったくだぜ」 とうのハロは少し残念そうな表情を見せたが次の角をみつけるとにぱっと笑ってそちらへ向かっていった。 「おいおい。マジかよ」 ハロは器用に魔神メンタピの法衣を掴んでよじ登り始めた。 「おお、恐れを知らぬ幼女よ。この溌剌……我が慧竜によく似ている」 「ガキなら誰でもいいのかよ」 そこに巨大な竜が舞い降りてきた。 「おーい、そこの幼女を虐めておる魔神や。女子は愛でるものじゃぞー。泣かせるのは【検閲】の時だけでのぉ。ワシは女子1人1枚ずつじゃ、むほほ」 セクハラ竜のアコルだ。どうにか広場に収まると、ゼロが律儀に老竜の鼻先をぽんぽんと叩いた。握手の代わりらしい。アコルは気分良くあくびをした。 「ま、本題じゃ。ちぃと聞きたい事あってのぉ。慧龍の核になった者が、報告書でお主が慧龍の弟子じゃと知った時に、何故師匠の身体を旅団に利用したのかと憤慨したんじゃよな。何故利用したんじゃ?」 「ふむ」 と、メンタピは柄にも無くまじめな顔つきになった。そして、自身が持っていたメルチェットの握手券を全てゼロに渡した。 「小さき者よ。師の似姿を喜ばせることが出来る。それだけで汝の勝利である。余は見守るとしよう」 それからメンタピは頭の上にしがみついているハロをほいと立たせて、高い高いした。恐れを知らない幼女は角から手を離さず、逆立ち状態だ。そして、メルチェットとゼロをおいてそのまま歩き出す。 アコルはその後を付いていった。 「師は世界の理にして世界にあらず」 広場から出るとハロが安定するように肩車に戻す。 「かつて、師が半身をおいていた虚空を余は知らなかった。創世より続く師の闘いを余は知らなかった。余は、その師の心の内をヴォロスより放逐されて初めて理解したのだ」 「ほほう」 「核となった青年も妄執の科学者も……フランもいずれも師からすれば等しく世界のくびきから放たれた者たちである。世界律……。若い竜神よ。そなたの兄神たちはそなたの世界と運命を共にしたと聞く。しかし、そなたは違った」 わかるようになわからないようなもったい回した言い方をする。 「後はこれはワシ個人の疑問なんじゃが。お主、何者じゃ? 魔神という答えはなしじゃよ」 「幾星霜を越え、なおも師の弟子であり……」 そして魔神は表情をゆるませて、ハロを胸元まで抱き下ろした。 「……友でありたいと願う者である」 † 灯緒は大人気だ。 ふかふかもふもふに釣られたのは雪深終、アマリリス、臼木桂花の他にも大勢いる。 「握手券1枚で片手で握手だろー?」 「おー」 「つまり2枚で両手でだっこだろー?」 「おー」 「なら3枚あればハグだよなー!?」 「おー」 天渡宇日菊子は灯緒の毛皮に顔を埋めて荒い鼻息を吹き付けている。 はがし役スタッフをやっている業塵がすぐさま飛んできた。引っ張ってもなかなか離れない。 「呪うぞ……」 「すーはーすーはー。あれ、いったぁ」 もふもふがごわごわに感じる呪いがかかってようやく離れた。だが、菊子は懲りていない。 「次はにゃんこ氏だぞー!」 村崎神無も人手が足りないとスタッフに加わっている。 ……私の手なんか、誰かと握手できるようなものじゃないし どうにも握手会に参加する気が起きないようだ。ずいぶん萎縮しているせいかミスも目立つ。先程も列の最後尾への誘導を間違えてトラブルになりかけた。旅団の者であったが、怒った雰囲気は無かったので助かった。 ファミリーや旅団の重鎮たちが視界に入るとどうしてもやるべき段取りが頭から抜ける。 列がはけていき、ニコル・メイブの番が来た。彼女はじーっとねぶむようにユリエスを見つめたが、やがて破顔すると握手し、談笑が始まった。よく自然に話が出来るものだと神無は感心した。人狼公やノラについて尋ねている。「おいしいでしょ」そして、ユリエスの口にクッキー放り込んだのをみて神無は卒倒しそうになった。 気を取り直すと最後に並んでいたアマリリスが、ユリエスと握手していた。 「ん、君。せっかくだから君もユリエス殿に握手していただければどうか」 なぜそこで自分に話しを振る。と、緊張が極致に達し後ずさるも、けつまづいて誘導看板を取り落とした。 「ごめんなさいごめんなさい、私なんて存在しなければよかった……!」 「お嬢さん、どうぞ」 神無はユリエスに助け起こされた。 ベルゼとワードはいつも通り二人仲良くいる。 「よーしワード、クッキーは任せた!そして握手券はこっちに寄越せな! 狙いはリリイとティアラだ、服と本の件じゃ世話になったしな♪」 ベルゼが包みを開けては握手券の有無を確認し、クッキーをワードに放る。ワードはひたすらもぐもぐと渡されたクッキーを食べていた。どこにあれだけのクッキーが収まるのかはわからない。 「ぐふふ、腕が鳴るぜ!」 ベルゼは握手券が出てくる度にほくそ笑んでいる。 「ねぇベルゼ、これっテ、エミリエの握手券も入ってるノ?」 「誰も引いてねーって話しだけど」 「そっカ、レアなんダ……」 ワードはシショプラスで遊んだときのエミリエを思い出していた。あの時はエミリエによく似た、兄リエとか雪リエが出てきて大変な騒ぎになった。 「シショプラスは封印されちゃっタって聞いタけド、名残ガ残ってるっテ噂も聞いタかラ」 「ううむ!」 出てきたのは夢幻の宮だった。心当たりがある。 ベルゼは会場に向かって探すことにした。 ワードも、雪ロボプラモを持って彼を追いかけていく。 そのころ、チェンバーの畑にとって返したソアは野菜を持って、博物屋にやってきていた。 「サキちゃんさんいますか~」 「お前までサキちゃん言うな!」 「あの、これ。差し入れです」 「ありがと……」 しばらく時が流れる。外の喧噪が中まで響いてきた。 「ほらよ。握手……だよな」 サキが手を伸ばし、ソアはほほえんでその手を取った。 ベルゼとワードが会場で探すと案の定、ニワトコがぼーっとしているのが見つかった。 券を集めた分だけ握手等できるというものの、握手ならいつでもできるのにな、と首を傾げている。 ぴらぴらと何枚かの券を手に持っていた。 「夢幻の宮の握手券あるんだけど。いる?」 「あ、うん。交換するんでいいんだよね」 「よっしゃ」 ベルゼは無事リリイとティアラの握手券をそろえることができて、喜び勇んで握手しに行った。 「マ、まってヨ……ん」 その夢幻の宮は訪れる人々に愛想と茶を振る舞っていた。 ニワトコが来たことを気付くと小躍りして呼びかけ、ニワトコは素直に従った。 いつでも出来る握手とは言っても、一緒にいられるのは嬉しいものである。 夢幻の宮の客達は、初々しい恋人達に席を譲って二人が並んで座れるようにした。 「内裏様みたいね」 と、興を得た者達はたちまち我は囃子である。官女であると役割を演じ始めた。 「おちつかないけど、なんか楽しいね。霞子さんの人徳だね」 「ニワトコ様のもでございますわ」 ベルゼは握手してティアラに力作の絵本を渡した。 前にティアラから聞いた物語と同じように(だが絵のタッチは異なる)小さなベルゼとワードが冒険をする話しだ。 ティアラの澄んだ声にのせて物語が語られる。絵本の中ではティアラは物置に忘れ去られた人形だった。ベルゼとワードは、物置の箒やねずみと協力して、ティアラを救い出す。 それから、取れてしまったティアラの片目のボタンを探す冒険が続く。 と、話しを聞き終わったワードの前をどこかで見たような少年が通り過ぎていった。 「兄リエ……」 ローナは魔法少女大隊の娘達と一緒にスタッフ仕事をしている。旅団の人たちの相手は旅団出身の魔法少女達が適任だろうとの判断であった。今は長手道提督の指揮下にある。 「リベルさん、頑張った俺と結婚してくれ!」 魔法少女達はリベルに言い寄っている坂上健を引きはがした。スタートからだいぶたって当初は浮き足立っていた会場もだいぶ落ち着き、和やかな雰囲気になってきた。 「ここまでで十分でしょうか」 提督が状況終了を告げ、魔法少女達は集まって休憩を取ることにした。 するとナラゴニアで顔見知った仏頂面のヌマブチが休憩所にやってきた。 「貴殿らとは以前に一度同じ戦場に立った身、今後も良き隣人として歩める事を祈るであります」 まだ、隻腕になれていないのか、たっぷり時間をかけて握手券を取り出した。 「という訳で握手を頼もうか」 「お、おうよ……」 メイベルはヌマブチと握手しようとしたが、少しどもってしまう。握手券を持ったままだと握手しにくい。 「あぁ、ああ。すまね。握手の間もっといてやるよ」 「あら、ずいぶん集められたのね」 リシー軍曹に握手券を預け、メイベルと大ぶりな握手をしながらヌマブチは口をへの字に曲げた。 「いやー流石に隊士全員の券を集めるのには苦労したでありますよ……ハハハいざお近づきの印にさあさあさあ!」 ……ちょっとあの人キモくない? ……軍人、仕事に理解があって公務員よ 「皆さん、魔法。すごいでありますね……。それがし、いや、自分も一時は……」 ……あの階級章 ……下士官よ、釣り合わないわ ……交流も任務よ 「それにしても、皆様お美しい。ハハ、つい頬が緩むであります」 ……手にフォースフィールド薄く張っておこう 一通り握手が終わりヌマブチを送り出すと、どっと疲れが出たのか、魔法少女達はいっきょにだらしなくなった。 「提督はいらっしゃるだろうか」 続いて魔法少女達とは因縁深い人物が駐屯所に訪れた。 いぶかしげな視線がコタロに投げかけられる。 ……また下士官よ ……でも若いわ。それにイケメン 応対に出てきた女性をみてコタロはぎょっとした。この魔法少女はフリフリの服を着るには少々薹が立っている。 「ようこそ初めまして、ハンサムなダンナ」 彼女本人はあずかり知らぬところだが、コタロは一度彼女(の幻影)とコロッセオで戦ったことがある。大隊の中でも隠密破壊活動を担当しているグルナッシュ(3X才)だ。本人も相当な戦闘力があるはずだ。 「提督ならこっちよ」 魔法少女達の視線が集まる。 コタロはホワイトタワー崩壊後の大隊の様子を気にし、見舞いを兼ねて訪れている。 長手道提督とは朱い月での激戦以来である。提督が先に手を差し出し、あわててコタロも右手をさらす。失礼になら無い程度であった。 「ありがとう、朱い月以降に失われた隊員はいない」 これはホワイトタワー崩壊からマキシマムトレインウォーまでは犠牲者は出なかったと言うことだ。 言外の含みは感じたが、コタロは嘗て隊士の一人を殺害した事に関して言及することは避けた。 敵ながら彼女の散り様は高潔であった事、それを見事と思った事、伝えたいことは多くあったがうまく言葉にまとめることが出来なかった。 ただ「……は良き隣人として在りたい」とだけ絞り出せた。 この場には大隊の投降に寄与したローナも控えている。 「墓なら無いよ」 …… 「全て叢雲にのまれて無くなった」 …… コタロはそのままグルナッシュに見送られて駐屯所を去った。 ……なんかぁ。今の人、ちょっとアレじゃない? 顔はいいんだけど ……あー。さっきのキモい人になんとなく ローナが説明する。 ……同じ世界出身だってぇ ……ヤバくね? そのころ会場では、ニコが一枚の握手券でずっとユリアナのそばにいた。 「握手券の枚数と想いの強さに関係なんてないよね、1枚あれば僕の気持は十分に伝わるさ!」 「はい、ちゃんと伝わっていますよ」 二人を避けるようにぽっかり空間が空いている。二人はもうずっとこうやって手をつないでいる。ユリアナの大きくえぐれている胸元には、バランスを取るように彼女の大切なべっ甲のブローチが収まっていた。 「いや決して財力ないから集められなかったとかそういうことじゃなくってね? 偽造とかもしてないし、ちゃんと努力でゲットしたし! だからさ、これくらいは許して欲しいな……」 そして、ゆっくりとユリアナがその気になれば手を引っ込めることが出来るくらいの速度で、恭しく手の甲にキスをした。 「このくらいならメルチェちゃんも許してくれるはず……!」 と、その瞬間すっとユリアナの手が引っ込められた。 「ニコさま……。ここで他の女性の名を出すのはいけませんわ」 そうしてユリアナはイタズラっぽく微笑った。 フォッカーと臼木桂花は無名の司書と握手していた。 「無名の司書さん、こんにちはにゃ。握手券引いたから来てみたにゃ。色々大変だったみたいだけど、元気してたにゃ?」 「ええ、おかげさまで。せっかくのイベント。楽しんでくださいね」 † 場所は変わってここは図書館の影、裏、隙間、そんなところである。 握手会に乗じて己の欲望をかなえようと様々な者達が集まっていた。 例えば、虎部はメンタピから奪った運命牽引の護符でレア券ゲットし、興味の無い男レアを転売して荒稼ぎしようとしていた。どういうわけだがメルチェットとエミリエの握手券だけはどうしても出なかった。 仲津トオルはそんな虎部に協力して取引をしている。 当たりが必ず入っているクッキーなど、怪しい商品も取り扱い、中には巧妙な偽物も混ざっているとうわさされた。 握手券に表示されているのは本人の写真だ。となれば、なんらかの写真さえあればそれらしいものはでっち上げることはできる。 とりわけ、臼木桂花やティーロ・ベラドンナのように幅広く握手券をかき集めている者はカモになりやすい。 「握手王に俺はなるっ! ……カウベル5枚つけるから『エ』のセカンドバージョンに変えてくれ!」 坂上健も良いお得意様だ。 「……まさか一発で券が出るとは思わなかったわ。こういうのって何ていうのかしら、ビギナーズラック?」 もちろん、それで幸せになる者の方が多い。例えば七夏は自力でヒルガブの握手券を引き当てたと信じ込んでいるが、これは虎部が引き当て、仲津に転売し、それをティーロが買い取り、だが、ダブって不要になったので七夏の手元に風の魔法でダンクシュートしたものだ。 ともかく知らぬは仏である。 ピンと触覚を立たせて、会場をうろうろし、どうにかヒルガブを見つけると喜び勇んで駆け寄った。 「ヒ、ヒルガブさん、握手券を持ってきました! 宜しくお願いしますっ!」 「喜んで」 ヒルガブの蛇がそっぽむくなかじんわりと指を絡めて握手ともなんともつかない交歓をした。 ほわほわしているうちに七夏は自分がなにやら暑くなって来た気がした。 「はっ、ご、ごめんなさい! ありがとう、こういうイベントも楽しいなって思ったわ。ま、また機会があったらお願いしていい?」 「ええ、もちろんですとも」 ほほえましい握手の影の演出家であったところのティーロは特に誰と握手するわけでも無く、ただひたすらに握手券を集めていた。 オタク心に火をつけ、コンプリート、握手王をめざしていた。例えば長手道提督の握手券をコタロに譲り、激レアのツァーレン券を獲得していた。 風の精霊はターミナル噂話をかき集め、レア券をゲットした者の情報を聞いては、魔法で瞬間移動、熱烈な交渉に及んで券を得ている。 「今度、おでん屋で飲もうぜ。コタロのな。昔の女、聞きたいだろ」とそんな具合である。 色仕掛込での券トレードに忙しい臼木桂花といい勝負のスレスレ具合である。 それだけに券がダブることも多く、仲津とも取引していた。 だが、そんなティーロでもエミリエの券だけは手に入れることが出来なかった。 リーリスにとっては良い日であった。 みなが高揚し、浮き足立ってる。 吸精にはもってこいだ。 「1ヶ月どこにも行けなくてお腹空いてたの……うれしいわ」 空に漂う皆の情熱を舐め、わざと人ごみを歩きぶつかった相手から精気を吸うなどしている。 クッキーを食べて握手券をゲット。精神感応でアリッサの握手券の複数所持者を探しながら闊歩していた。 暗がりをゆく美少女は良くない者を招き寄せる。 山之内アステはアリッサの握手券をエサに那智にかまってもらおうとしていたところだった。そんな彼は、那智が好みそうな女性=リーリスと出会った。建物と建物の隙間。道行く人はいない。 「うふふ、君は猫に似ているって言われるでしょ」 軽く会釈し、すれ違いざまに振り向き、ギアの万年筆を突き立てようとした。 さらさらしたリーリスの髪が風の精霊の気まぐれによりアステの顔にかかる。そして、新米探偵は精気を奪われカエルのように地面に突っ伏した。 ☆☆リーリスはアステを倒した☆☆ ☆☆アリッサの握手券を手に入れた☆☆ ☆☆アリッサの握手券を手に入れた☆☆ リーリスはアステの持っていた残りの握手券を風に乗せて飛ばした。それらはやがてティーロのところに辿り着くだろう。 そして、鼻歌混じりでアリッサと握手した。もちろん館長相手でも吸精は忘れない。ついでにリーリスの前に並んでいた桂花とも握手する。 「面白いイベントありがとう。またやってね? それにしてもエミリエ、どこにいったのかしら」 「この活気が不謹慎に映る者も居るだろう、特にナラゴニアから来た神を奪われたと感じる者たちには。喜んで警備を務めさせていただく」 百田十三は会場から少し離れたところから、イベントの進行を見守っていた。 「火燕招来急急如律令、飛鼠招来急急如律令……会場内の動きを見て回れ。迷子、喧嘩、不審者何でも構わん」 式神が、少女に襲いかかった青年がいると告げてきた。現場に駆けつけてみればアステが錯乱したような状態でギアを振り回している。少女は無事逃げおおせることが出来たようだ。まさか、図書館側から不届き者を出すわけにも行かない。 「点穴を衝いた。お前の背は縮む。暫く大人しくするのだな」 屈強な符術師は動かなくなった探偵を軽々と担いでその場から去って行った。 † 「こらそこぉ☆クッキー捨てる子はお仕置きですぅ☆」 川原撫子は駐屯所から出て行ったコタロを目で追いかけつつも声をかけられなかった。その悶々とした情念をもてあまして、ゴミ拾いと、ゴミを捨てる者の注意をする仕事に戻った。 「順番守らない子とクッキー捨てる子はお空の星になれいっ☆」 捨てられたクッキーに成り代わってお仕置きよと、ギアから放水。かえって混乱を引き起こしていた。相当溜まっているようである。 それを地道にクッキーを拾い集めていたジューンにたしなめられる。 「ナラゴニアの方々にこの狂乱がどう映るのかと思うと……」 水がかかっては捨てられたクッキー(のまだきれいな分も)も食べられなくなる。 そしてジューンは集めたクッキーを砕いてレアチーズケーキの土台にすることを提案した。 「復興支援なのは分かりますけれど、捨てられるのは勿体なさすぎです」 チーズケーキが焼かれ、それでも残ったクッキーをすり鉢に入れ、アイスクリームに練り込んだ。 完成する頃には、精を十分に吸って満腹したリーリス、そして、捨てられたクッキーを拾い食いしていたファリア・ハイエナも集まってきた。 「クッキー、食わずに捨てているという輩がずいぶんいたのですね」 ファリアは何でも食べるが、それでもおいしいものの方がよい。ささやかなティーパーティーが始まった。 それからジューンはまだ昏睡しているツギメの枕元にチーズケーキをおいて、彼女の手を握ってきた。 トレーディングで一儲けした虎部はようやく後回しにしてきたことをすることにした。 ……いつでもできるけどまあ喜ぶだろうし フランを見つけて「やぁ」とそっけなく声をかける。 「今日凄い儲けたから今度壱番世界で食事しようぜ」 「今度……ですか」 見上げるフランの視線は、遅くなったことと、いい加減な口約束に対する非難に満ちている。 進退窮まった虎部は「握手」と言ってフランの手を取り、そのまま目をつぶって彼女の手の甲にキスした。 薄目をあけ、キザにフランを見上げた虎部のほほにフランの手が触れる。なんだか感触が堅い。フランが笑顔を浮かべ…… ビビビビーっ。電撃が走った。 「来るのが遅いわ!」 † 「ずいぶんつれない態度だったな。照れ隠しか?」 「なによ」 「俺はあれだけ美人司書や美少女とお近づきになるのをガマンしたのに君は握手しほうだいか」 「あれはバイトよ」 カーサーは、彼女を抱き寄せたときの感触……胸の詰め物について追求してやろうかと迷った。ちと大人げないか。 と、ヘルウェンディは話を逸らすように話題を変えた。 「あたらしいゲームが出来たのよ。メン☆タピたたきって言ってね」 ヘルはカーサーを引っ張ってゲームセンター『メン☆タピ』に入っていった。 と、自動ドアの前に立った瞬間、二人の地面が消え失せた。 「落とし穴!」 とっさにカーサーは彼女を抱き寄せてかばう。衝撃。 幸い、落ちた先はやわらかく、ケガは無かった。 暗がりの中、地面に手をつく――ぬめっ 「なっ」 下は不思議な弾力があり、濡れていた。液体はべっとりの手について尾を引いた。不思議と暖かい。ヘルは彼氏に頼ろうとしたが、カーサーに触れようも滑って一つになれない。 「なにこれ! ぬるぬるするー!」 ……新しいお客でしょうか? 女性の声だった。聞き覚えがある。 「誰? ここなんなの?」 「リベル・セヴァンです。貴方はブルックリンさんですね。ロッソさんに誘われてここに来たのですが」 大体想像が付いた。 「あんの野郎。ひゃん! カーサー! 触ったね!」 「俺じゃね-よ! ひょっ!」 なにかがヘルの足を這い上がっていく、あいにくとバニーガールは防御力が低い。 その時、急に明るい照明が付いた。 目が慣れていくと、そこは地下室で無数のクラゲ(フォームセクタン)の沼になっていた。リベルは足に絡むクラゲのためにうまく立ち上がれずにいて、濡れた制服は肌に張り付き触手の侵入を許そうとしていた。怒りのためにか顔が紅潮している。 そして、鬼畜外道マフィアの哄笑が響いた。 「ハハハッ。お前達はゼリーキングの生け贄になるのだ」 ヘルはギアの銃を取り出し、天井にぶら下がるカメラとスピーカーを撃ち抜いた。 「カーサー、やっておしまいなさい」 動いた拍子にクラゲに引き抜かれた胸の詰め物については気づかないふりをするのが紳士。かぱかぱする隙間から見えるような紳士。 「ああ、いいけど。楽しんでからじゃダメ?」 「死ね!」 † 「貴殿の計略見事。隠しカメラをさらに用意するとは」 「被写体は女の方が映える。イッ、ターミナルにゃその手のマニアも多いしな」 「うまく行ったわね」 顔面を腫らせたファルファレロの手元には何十枚とDVDがある。リベルと娘を嵌めて触手との組んずほぐれつを映像に収めた。。 DVDの販売益を改築費にあてるつもりだ。 「クククッ!」 「うふふ」 「フハッハッハ!! イテッ」 一枚目は坂上健に売れた。 † 黒猫にゃんこが菊子や桂花からの握手攻撃を受ける中。 ライオンキングことアレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハートがふんぞり返ってファン?を相手に握手していた。 「わはは、この百獣の王の手に触れる権利を与えてやったのだ。ともかくとして、わしも握手会に参戦するのだ」 「にゃ、立派な肉球ですにゃね!」 フォッカーは手袋を脱いで握手している。ずいぶん手の大きさが違う。 人狼公もそうであるがナラゴニアにも獣人と動物達は大勢いて、彼らがあつまってきている。 その人狼公はニコル・メイブと握手している。「良かったら今度手合せでも」などと楽しそうだ。 自然とアレクサンダーと人狼公を中心に獣人達の輪ができあがっていた。 「むふふー、予想通りクッキーが余りまくっちゃってるみたいだなぁ勿体無い」 アルドは余ったクッキー引き取ってはもぐもぐしている。 「握手待ちしてるだけでクッキー食べ放題かー、いくつかお土産持って帰ってもいい?? 僕の握手券(銀の猫目マークが描いてある)も混ぜといたんだけど、誰か握手に来るかなー?」 握手券を抜き取っただけのクッキーならば包み紙もさほど傷ついてはいない。保存も利く。 「あ、フォッカーも来てたんだ、握手ー! 猫仲間ー!」 「久しぶりにゃねー。…鴉刃と仲良くするのにゃよー」 肉球同士でタッチ。 「そういえばフォッカーと会ったのって3年くらい前だっけ?」 「もうそんなになるかにゃ」 こういう場ではスタッフも獣だと物事が円滑に行く。 「おいら的にもスタッフで握手会参加するですよぅ。それにしても、人、多いですよぅ。なんていうか、一部、逃げ出すのもいるんだけどねぇ……」 シートン一家、熊のワーブが列を捌いている。 「…………握手会かよ。ワーブも、お人よし過ぎるんだよ」 狼のロボもスタッフであるが、彼は人狼公と同じ狼であったがために、人狼公に付き添って握手会をこなすこととなった。 もちろん、ロボも人狼公と握手は済ませている。 「俺の肉球を触る奴は……いっぱい来そうだな……」 その予想の通り、ナラゴニアから来た獣たちと肉球を会わせてまわることとなった。 「ブランカは……大丈夫か?」 熱気の中でふと妻のことが気にかかる。 ブランカの方もロボのことを気にかけていた。 「あたしとしては、愛しのロボがいればいいかなと思う訳だけど案の定の痩せ我慢してるとしか言えない状態な気がするわよ。あたしの白い身体なら大丈夫なんだけど」 「握手会ですか。それはいい考えですね」 シートン一家唯一の人間であるところのアーネストもこの場に混ざって握手してまわっている。一家の間では開始前に握手は済ませている。 「肉球を触れるのはいいですねー」 † アリオはアマリリス(だけ笑顔)と記念撮影。 「アリオGET!嬉しくないが嬉しいぜ……」 アリオはフリフリのミニスカをはき、ぺたんこなリボンを胸に巻いたほかは何の身につけていない。 俗に言う「はいていない」というやつだ。アリオがいやがって身をよじる度になにかがポロリしそうになる。 「飛田さんをプロデュースした甲斐がありました…男の娘Ver.での参加なんて、館長は本当に良く分かっていらっしゃいます!」 吉備サクラは鼻血を出さんとする勢いで熱烈解説していた。本人も露出度の高い男装……褌裸短ランで気張っている。 いやいやに坂上健と握手。 「男と握手……耐えろ俺(血涙)」 「俺は男……俺は男」 「お笑い枠じゃないです、飛田さんは!『反転★ひろいんず』のラストバトルスペシャルVer.ですよ? 逃げるならひん剥いて着替えさせます! 宇宙の意志Ver.もあるんですからね! やっぱり、逃げなくても着替えさせます!」 ミニスカをひるがえし脱兎のごとく逃げるアリオ。追うサクラ。 「アリオ殿もプロデュースされたとか聞いたのじゃが、どんな格好に……」 そこを運悪くジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが通りがかった。彼女は握手会の意味もよくわからずにアリオ券を入手したので参加してみることにしたのだ。 「アリオ殿……その面妖な恰好はなんなのじゃ!」 「どいてどいて!」 だが哀れな少年はジュリエッタを避けきれずにすっころんでしまった。ミニスカがめくれる。 汚物が開陳された。反射的にジュリエッタは雷を撃ち落とし、アリオと衣装は黒コゲになった。 「うむ、悪は滅びた……ではなく! またやってしもうた、アリオ殿しっかりするのじゃ~」 † 「エミリエは実は5枚セットじゃないかと踏んでるんだ…何か怪しいの出てないか?!」 坂上健はようやくに物語の真実を突き止めた。 ――三ツ目眼鏡の「エ」 ――革鞄に「ミ」 ――導きの書「リ」 鍵は三ツ目眼鏡の「エ」。無色透明なガラスの背景がぼやけているものがある。「エ」は2種類、一部の三ツ目眼鏡には度が入っているのだ。それからピンク色の券……これはセクタンではなくエミリエの髪だ。この五枚を重ねて。 「エミリエ! カムヒアー!」 ぽんっと桃色の爆発が起き、煙が舞った。甘い匂いに思わずむせた。 「えへっ、見つかっちゃった。おめでとう。健が握手王よ。エミリエたっぷり握手してあげるね。デートもしてあげる。クッキーは食べ飽きたからエミリエはパフェがいいなぁ」 坂上健は差し出されたエミリエの手を握った。 ビビビビーっ
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