ターミナルのはずれに、堅牢な鉄扉を備えた豪奢な門がある。世界図書館が管理するチェンバーのひとつと言われているが、その中を知るものは少ない。 長らく使用されていなかったこの門が開かれたのは、先日のトレインウォーよりロストレイル8号が帰還したあとのことだった。 扉の向こうは、石づくりの橋梁が、ミルクのように濃厚な霧の海にかかっており、その先はやはり石でできた城砦がどっしりとした姿を見せている。 これこそが「ホワイトタワー」と呼ばれる、ゆえあって自由にはできないがターミナルに留め置きたい人間を収監するために、使い習わされてきた場所であった――。「わたしが会って話してみるわ」 アリッサの言葉に、ウィリアム執事は険しい顔つきで口を開きかけたが、アリッサは当然予測していた様子で彼の発言を制した。「話さなければなにも始まらないもの。わたしたちは『カンダータ』のことを何も知らないし……、あの人たちがおじさまのことを何か知っているのも間違いない」「かれらは軍人です」 そっと口を挟んだのはリベル・セヴァンだった。「機密にあたることをそう簡単に話すでしょうか」「話してくれないなら仕方がないわ」「テレパシーをあやつるツーリストもいます」 アリッサはかぶりを振った。「カンダータとどういう関係を結ぶか決めるまでは、そういう方法はできるだけ使いたくないの。やむをえず捕虜という形になっているけれど……、わたしは対等な会見をしたい――、これって偽善的かな」「……。個人的な意見は控えます」 壮年の執事は言う。「ですが手筈は整えましょう。お嬢様のご随意に」 その日のうちに―― 「ホワイトタワー」の一室に留置されているジェイル・ダンクス少佐のもとへ、メッセージカードが届いた。::::::::::::::::::::::::::: ホワイトタワー グリフォンの間にて お茶会にご招待申し上げます。 この会談がお互いにとって有益なものになりますよう。 世界図書館 館長代理 アリッサ・ベイフルック:::::::::::::::::::::::::::
■『ホワイトタワー』にて 「はい、本郷です。現在私、ターミナルの外れにあります、『ホワイトタワー』と呼ばれる建物の内部におります!! え、えぇー、先のトレインウォーにおいての敵方、カンダータ軍の指揮官、ジェイル・ダンクスなる人物との会談が、今当にここグリフォンの間にて始まろうとしているのですっ!!」 「……すみません、そこ、どいてもらえませんか」 マイクを握り締め、熱く実況する本郷 幸吉郎に向かって、一ノ瀬 夏也が申し訳なさそうに言った。 本職のアナウンサーであるところの幸吉郎はつい、カメラの前に立ってしまったが、それは夏也が記録のために回しているビデオカメラだった。彼女は本日の様子を映像に収めて、あとあとの資料とするつもりだ。映像に記録されたちょっとした言い回しや表情が、なにかを物語ることもあるだろうから。 『ホワイトタワー』には、「お茶会」の開始時刻を前に、続々と人々が集まり始めていた。50名とされた席数以上に参加希望者はいたそうで、皆の関心の高さをうかがわせる。 中には、例の「セカンドディアスポラ」の憂き目にあったファーヴニールたちの姿もあったし、ツヴァイやロディ・オブライエンに「久しぶり」と声をかけるリオネルなど……親交のあるものたちもいるようだ。 「ココが『ホワイトタワー』か。闘技場もそうだけど、世界図書館のチェンバーは興味深いね」 「ターミナルに人を収監しておくための施設があったなんて、知りませんでしたわ。今までどんな人がここに入れられてきたのかしら?」 ヘータの独り言に白蛇の娘(マルフィカ)が言葉を接いだ。 その用途を思えば、堅牢な石の砦はいささか顔つきを変えて見える。 しかし、案内された「グリフォンの間」は、その名の由来らしき幻獣の図案のタペストリーで飾られた、優雅な広間であった。 「……」 「……平気なの」 「……たぶん」 流鏑馬 明日は床にへたりこんでいるナオト・K・エルロットに声をかけた。部屋の照明が、ナオトには明るすぎたらしい。 部屋には、いくつかのクロスをかけられた大きな円卓と、人数分の椅子が用意されていた。 やがて、係りの者にともなわれ、その人物が部屋に姿を見せる。 ジェイル・ダンクス。カンダータ軍少佐。 服装こそ軍服のままだが、先の戦いのおりにはあった無精ひげは剃り落とされている。淡々とした表情で、背筋はぴんと伸び、軍服の厚い胸を張っていた。 「こんにちは。今日はお会いできて嬉しいです」 アリッサが進み出て、スカートを軽くつまんで、カーテシーの所作を見せた。 「みんなが貴方と話したがっています」 それは疑問を質すという意味でもそうだし、一言いいたい、という気持ちのものもいただろう。 三ツ屋 緑郎もまた、彼が言うべきことを言うために、一歩、前へ出た。 「申し訳ありません」 禄郎が深々と頭を下げた。 「此方の配慮不足でした、言い訳はしません。本当に申し訳ありません」 しばらく、誰も何も言わず、その間、禄郎も頭を上げなかったが、やがて当のダンクス少佐が、はじめて口を開いた。 「謝罪の理由が不明だ」 「これは侮辱だからです」 「……。なるほど。だとしても個人がその責を負うべきではないと思うが。頭を上げると良い。それには及ばない」 「……もうすこし、説明してもらえる?」 アリッサが、そっと訊ねた。 「国と国民は恐らくかつかつで生きてて、命を賭して戦って捕虜になったら集団の前に引き摺り出され目の前には豊富な食料、このお茶会は少佐を侮辱していると取られても仕方ないんじゃないかな。断じて対等じゃないよね」 と、禄郎。 「……そうね、『現実に、対等ではない』ことは否定しません」 アリッサは応えた。 「でも『対等に扱う』ことはできると思うし、そのやり方が間違っているなら、もっといい方法を考えたいと思うわ」 「あたし、このひとをこんな丁重に遇する必要はないと思います」 発言したのは宮ノ下 杏子だった。いつものおっとりした様子とは違う、断固とした様子だ。 「このひとたちはあんなにひどいことをしたのに。わかってますよ、どうせ、軍人だから命令に従っただけだって言うんでしょ。でもそんなの言い訳だもの」 パティ・セラフィナクルも頷いている。 「あたし、あなたみたいな人嫌い」 率直に、そのような感情を抱くものは他にもいただろうし、少なくともカンダータ軍の行為を容認するものはほとんどいなかっただろう。 「テレパシーでも何でも使って、情報を精査すべきだ」 サーヴィランスが言った。 「賛成。軍人なんて、人権捨て……げふん、気合が入っているでしょうから、口裂かないでしょう。脳みそとその他を医術的に分離して、その脂肪分たっぷりの前者から直接情報を取ったほうが、本人にとっても本望だと思います」 流芽 四郎が同意する。「あっしはされたくないですが」とぼそりと付け加えることも忘れずに。 「でもそれは……」 「かれらは現に異世界に侵入して暴虐を尽している。それはディラックの落とし子と同じだ。対話するには遅すぎる」 その目でカンダータ軍の所業をまのあたりにしてきたサーヴィランスの言葉には重みがある。 アリッサはすこし考えると、次のように言った。 「じゃあ、こうしましょう。少佐には、偽りなく質問には答えてもらいます。そして質問の答えが偽りではないかどうかは、能力をもつロストナンバーによって判定します」 ダンクスは無言で頷いた。 「今日のところはそういう形で……、お茶会を始めましょう? ここにいる皆は、『“このお茶会”に参加したい』という希望をもとに50名だけが選ばれました。どうしても賛同できない人は、参加したかったけど選ばれなかった人に席をゆずってもらえると嬉しいかな。もちろん賛同できない理由や対案は、あとで聞きます」 「そうですね。アリッサさんが『お茶会』を望むのでしたらそうするべきでしょう」 ミレーヌ・シャロンが言った。 「少佐。あなたが紳士的に受け入れてくれるの我々も紳士淑女として迎えます。けれどどうかお忘れなく。少なくとも私は今までのカンダータ軍の行いは受け入れられるものではないと」 「そういうわけだから~、正直に話さないと、セクハラするわよん!! ベタベタ触るわよぅ」 ラミール・フランクールが目を輝かせて声を発したので、緊張した空気がいくぶんやわらいだようだった。 ■お茶の時間 「えーっと、ま、気楽にやろうぜ。アリッサが言った通り、これはお茶会なんだからさ!」 ツヴァイが言いながら、アリッサとダンクス少佐のいる真ん中のテーブルにともについた。 そしてそっとテーブルにふれる。彼が懸念しているのは、少佐の自害である。万一その徴候があれば、テーブルを通じて伝わる思考を即座に感知して止めるつもりだった。 そんなツヴァイの心中をよそに、テーブルのうえに食べ物が運び込まれている。 「なあ要、ホットケータイ焼きないの?」 「もちろんあるよ!」 青梅 要は虎部 隆に元気よく応えると、彼の前の皿に「ホットケ―タイヤキ」(ホットケーキの生地でつくったタイヤキ)を置いた。要たちの営む銭湯で名物となっているらしいこの菓子は、中身の餡のバリエーションが豊富で、彼女は参加者のイメージに合わせたものを選んで配っていく。 「あなたは……コーヒー味ね!」 と、これはダンクス少佐に。 陸 抗からはほうじ茶パフェが、相沢 優からはリラックス効果のあるというハーブ入りクッキー、白蛇の娘からは手作りのショートケーキや紅茶に入れるジャムなどが差し入れられている。 「他にも希望があれば作るけど?」 と西 光太郎。すでにサンドイッチが大皿に載せられて各テーブルへ。 大皿で出すのは、毒入りなどではないと少佐にアピールする意味もあるらしい。 「あの……」 春秋 冬夏も食べ物を配るのを手伝っていたが、 「クッキーを小分けにしてみたけど、よかったら少佐の部下の人達に」 と申し出て、この場にはいない、『ホワイトタワー』にいる兵卒にも、食べ物が配られることになった。 もとよりターミナルで店を開いているデュネイオリスは、慣れた様子で飲み物を給仕する。 「紅茶、緑茶、コーヒー……他にもあるぞ。なんでも言ってくれ」 「……ではコーヒーを頼む」 ダンクス少佐はそう希望した。 「紅茶よりもコーヒー派?」 アリッサが訊ねるのへ、ただ無言で頷く。 この時間だけを取り出してみれば――、それはなごやかな午後のお茶会以外のなにものでもなかった。 黒燐は、いつもは緑茶ばかりなので紅茶が珍しいようで、菓子をパクつきながらおかわりをしている。 「デュネイオリス氏もお座りになっては? 宜しければ一緒にアップルティでもどうですか?」 クアール・ディクローズが、給仕に忙しいデュネイオリスに声をかける。 彼はサーヴィランスにもお茶をすすめた。 「緊張してるか?」 「……だいじょうぶ。ありがとう」 ダルマは、まだ幼さの残る8歳のコンダクター、板村 美穂の姿を見つけ、傍に寄って他愛のない世間話を持ちかける。 こうして、まずは皆が渇きを癒し、リラックスして対話にのぞむための時間が持たれたのであった。 ■ダンクス少佐への質問 ロストナンバーたちが発した問いと、少佐の答えについてはそのすべてが、一ノ瀬 夏也のビデオや本郷 幸吉郎のメモに残されている。そしてしかるべき能力を持つロストナンバーによって、少佐の回答は「偽りはない」ことが証明されている。 この日、かわされた話は次のようなものであった――。 「まず……。カンダータ軍は他の世界にも侵攻しているのか?」 サーヴィランスが口火を切った。 「いや。インヤンガイだけだな」 それを受けて、飛天 鴉刃とポポキが発言を希望する。ふたりはサーヴィランスとともにインヤンガイでカンダータ軍に遭遇した仲間だ。 「インヤンガイにはいつ頃から?」 「2~3年ほど前からかと思う」 「何を行っていたんだ。『夜叉露』の開発以外も……詳しく知りたい」 「われわれがインヤンガイに駐留し、行っていた作戦は、『インヤンガイへの影響力を強めること』を目的としていた。おもに現地の組織と接触し、協力関係を結ぶことでインヤンガイに一定の立場を築くのが任務だ」 かれらがインヤンガイで展開していた他の作戦行動については、装甲列車から押収した資料や、その後、世界司書が発見した残党軍を捕縛する過程で、詳細が判明している。インヤンガイの現地の組織に、武力を提供するほか、軍事利用のための各種実験が行われたのだ。むろん今はすべて阻止されている。 「おいらが聞きたいのはそれが『何でインヤンガイだったのか?』なのにゃ」 「自分はそれを決める立場になかった。作戦行動がとりやすいと司令部が判断したのだろう」 「世界を救うために戦ってるって言ってた人がいたけど」 山本 檸於が、トレインウォーでの兵卒の言葉を引いて訊ねた。 「インヤンガイでの事も、世界を救う為だったとでもいうのか?」 「軍とは自国の利益のために行動する。当然だ」 「そんな――」 檸於には聞きたくない言葉だった。 あの行いに、崇高な大義があったとは思いたくなかった。 「俺だって、壱番世界を救いたい。けど……違う。こんなのは違うだろう……!」 「インヤンガイの実験の結果がなぜカンダータを救う事になるんだ。わからないな」 と、相沢 優。これはもっとも疑問だ。 「……軍事技術を増すことは本国の戦線に寄与する。そして異世界に橋頭堡を築くことは、異世界からの資源の調達や、場合によっては植民地化も視野に入れていた」 「植民地!?」 不穏当な単語に場がざわつく。 「自分たちの世界のためには手段選ばず――、ということか」 ロウ ユエが吐き棄てるように言った。 「ダメッ! 絶対にそんなことさせないよ!!」 いつものやわらかな口調を破って、毅然として言ったのはパティ・セラフィナクル。 「……誰かを犠牲にして世界を救うだなんて、パティ、その世界は悲しいと思う!」 「まあまあ、今は楽しい茶会だぜ」 虎部 隆が宥める。 「俺だって許せんこともあるが、そっちにはそっちの価値観があるのだろ」 リオネルもそれに頷く。 高城 遊理が続けて口を開いた。 「軍人としての立場もあるだろう。それはわかるよ。でも今日はあくまで個人としてこのお茶会に来てもらっていると思う。だから個人としての意見を聞こう。軍務の裏にあったはずの思いを」 「同感だなあの作戦のこと、どう思っていたのか、とかさ」 西 光太郎が言った。 「あの作戦とは」 「例の薬品――『夜叉露』を製造する過程について、貴方個人はどのように感じていますか?ということです」 これはクアール・ディクローズの発言だ。同じ問いを多くのものが抱いていた。そしてその返答次第では、かれらと分かり合えることはないのだとも。 「そもそもあれはあなたたちが考案したのですか? いえ……ふと疑問に思ったものでね。おかしな事を聞いていたら申し訳ない」 イェンス・カルヴィネンの質問も含め、ダンクス少佐は答えを述べた。 「批難されても仕方のないことだとは理解している。あれはキルケゴールのプロジェクトだから、その意味ではわれわれの発案だが、インヤンガイの呪術科学体系を基礎としている。キルケゴールはインヤンガイをもっともよく理解していたからな……。方針として、俺は、各小隊長にそれぞれのプロジェクトを任せている。感想を言うなら、悪趣味なのは間違いない」 ポポキは何も言わずに、じっとダンクスを見つめている。感情を覆い隠す軍人の仮面のしたに、見え隠れする本当の気持ちを読み取ろうとしていた。 「すべての作戦はゆえなくは行われない。そして犠牲は支払われなければならないのだ。それは異世界の住人であれ、われわれ自身であれ同じことだ。すべてが終わったとき、その罪で死ねというならば、俺は死ぬだろう。それは戦士の栄光だと考えている」 行いの是非を問うなら肯んずるものはいるまい。しかしそれをわかって、確信犯としての行いであったというのだ。 場に沈黙が落ちた。 やはり許せない、と思ったものもいるだろう。 あるいはその覚悟の峻烈さに感じるところがあったものもいたのかもしれない。 「そういえば。インヤンガイの『美麗花園』に居たことあるよね? あれはなんで?」 ふと、仲津 トオルが口を開いた。 「あれは失敗したプロジェクトだ。インヤンガイとカンダータと直接、接続するという計画だったが」 これにはアリッサも驚いたようだった。 まさかそんなことが可能だとは思わなかった。いや――、成功していないので、やはり不可能なのかもしれないが。 「『美麗花園』と言えば、貴殿らが持っているものと同じドックタグを発見いたしました。貴殿らのご同胞殿の形見かもしれませぬ。お心当たりはございませぬか?」 ルト・キが発言した。 「何? それはないだろう。タグをなくすものなどいない」 少佐は答えた。 「たしかにあったわ」 「アリッサ殿、この件が片付きましたらあのドックタグを彼らにお返しして頂く訳には参りませぬか? 持ち主殿にも、ご家族や恋人がいたかもしれませぬ。彼らが女性にした仕打ちは我輩、到底容認できませぬが、だからといってそのご家族まで悲しませたい訳ではないのです」 「別に今返してもいいわよ」 アリッサは品を持ってこさせた。 渡されたダンクスはその表面の文字をたどり……、そして笑い声を立てた。 「これは、むしろそちらが持っておくべきだ」 そう言って、タグを返す。 「エドマンドのだからな」 ■館長のゆくえ、そして 「どういうことなの!?」 思わず身を乗り出したアリッサを、相沢 優が落ち着かせるように制した。 「インヤンガイへ貴方達を導いたのは館長――。そうなのか」 「導いたわけではないが、エドマンドがインヤンガイ駐留部隊に同行していたのは事実だ」 人々は顔を見合わせた。 多くが抱いた疑問を代表して告げたのは、ファレル・アップルジャックである。 「皆が知りたいたいのは、エドマンド氏がどこまでカンダータ軍に関与しているのか、という事です。エドマンド氏の手紙がインヤンガイで発見された事から、すでに彼はカンダータから姿を消しているのでしょう。つまりエドマンド氏はカンダータに属していた時は自由の身であった……姿を消す自由さえあった。そう考えると、エドマンド氏は自らの意思で彼らに世界図書館の技術を受け渡したと、そう考えて間違いないでしょうか?」 「そういうことになるな」 「そ、そんな」 アリッサは言葉をなくしたようだった。 かわりを引き取るように、ロウ ユエが訊ねる。 「世界間移動等の技能入手の為館長を追跡していたのではないのか?」 「半分正しい。エドマンドのおかげで、われわれはスレッドライナーを完成させることができた。しかしやつはインヤンガイ派遣に同行しながら、この作戦には賛同できないとも言った。あげくに出奔したわけだ。消えたのは『美麗花園』の事故に前後してだな」 「それだけか? 他に何か知っていること、聞いていることは?」 飛天 鴉刃が追求する。 「今となっては何のために協力してくれたのかも謎だな。むろん、今どこにいるかなど知らん」 「この『タグ』がおじさまのものってことは……」 「形だけな。それについては単なる認識票だ。仮にそれを壊してもタグブレイクは起こらない」 「……おじさまは、そもそも、どうしてカンダータに……」 弱々しい声で、アリッサが訊く。 「われわれがインヤンガイに侵攻するさらに2年ほど前のことだ。エドマンドがカンダータに不時着したのは。われわれがそれを保護した」 「え、それじゃあ」 アリッサは指折り数えた。 「おじさまは、ターミナルからいなくなって1年後にはカンダータに居て、それから、2年間はカンダータ軍と行動をともにして、そしてまた居なくなったってこと?」 「ですが最近になって『美麗花園』で目撃されている」 鴉刃が指摘した。 「あ、そうか。その話をわたしが聞いて、『美麗花園』の探索をしたんだものね。……いったいどういうことなの?」 これについては、考えても答は得られそうになかった。 「協力していたのは、本当に館長だけなのか?」 ロディ・オブライエンが質問する。 「どういう意味だ」 「他にロストナンバーを知らないかということだ」 これをきっかけに、話はカンダータ軍と<真理>についての謎が話題になった。 「カンダータ軍は俺達のようなロストナンバー……なんだよな?」 陸 抗が訊く。 たしかに、かれらは全員、真理数を見ることができない。 「そういうことになると思うが、すまんがあまり詳しくない。エドマンドの受け売りだ」 「えっ、ちょっと待って」 フェリシアが発言をもとめた。 「みんな同じような年代の男の人ばかり……、どうしてそんな人たちばかり<覚醒>してるのかってことだけど、もしかして……」 ダンクスは頷いた。 「誤解があるようだな。われわれは偶発的に覚醒したのではない。異世界へ進軍するために必要な処置としてロストナンバーになっている」 すこし離れて、静かに話を聞いていた流鏑馬 明日が、瞬きをした。 彼がなんらかの思想があってカンダータに「加わった」のであるなら、そのことを聞きたいと思っていたのだが、そういう経緯ではないようだ。 「えーっ、じゃあ、ディアスポラ現象は?」 と、黒燐。 「それはない」 「つまり……カンダータもプラットホーム化してるってこと?」 「それはよくわからんが……」 「どうやって数字をなくすの?」 「……科学者ではないので説明できん。そういう装置があるのだとしか」 「タグブレイク。俺達を転移させたあの現象……ご説明願います、少佐」 次に口を開いたのはファーヴニールだった。 「『タグブレイク』というのはそもそも……、ロストナンバーになったときに自身が消えてしまわぬよう、この『タグ』が作成される。それを破壊すればわれわれは消えてしまう。そのとき周囲のものを飛ばしてしまうのは、いわば副作用のようなものだ」 アリッサは首を傾げて話を聞いていた。 「パスホルダーは破壊されても、持ち主は消えたりしないわ」 「原理は知らん。世界図書館の技術のほうが高等なのだろう」 ダンクスは肩をすくめる。 「ええと……元々、軍人なのか?」 次の質問者は太助。 「そうだが」 「っていうか……、ロストナンバーが集められて軍人になったのかとか思ってたからさ……」 「それは今説明したとおりだ。カンダータ軍のうち、異世界侵攻軍に志願したものだけがロストナンバーになる名誉を与えられる」 「じゃあ、軍人ではない人たちもいるのね?」 フェリシアのこの問いには、むろんだ、と頷いた。 ■遥かなる、カンダータ 「そういうことだったのか。……で、そのカンダータはどんな世界なのかな? ワタシはキミたちの世界を知りたいんだけど、伝えてくれないかな?」 それはヘータの純粋な知的好奇心によるものだ。 とはいえこれも、大勢が知りたいことだった。 「貴殿達カンダータ軍は、一体何と戦っているのでござろうか…?」 雪峰 時光はそう訊く。 かれらはおのれの世界を救うために、異世界を犠牲にしてもよいと考え、軍事力を強化し、あまつさえ侵略さえ想定していたのだ。 「拙者は解せぬでござる。『夜叉露』やスレッドライナー……それ程の技術力を持っている貴殿らが、なぜさらに軍事力の増強を目指しているのかを。……『敵』がいるのでござろう?」 ローナも同じような考えに至っていたようだ。 「カンダータの現状を聞かせて下さい。世界が滅びようとしている……そういうことなのですか?」 「……」 ダンクス少佐は黙り込んだ。 口を開く以上は偽りは述べないという約束だ。 話してもいいのか、話すべきか、はかりかねているのだろうか――、彼を観察していたものたちは、そのときもっとも、ダンクスの感情が揺れ動いたように見えた。 「……やつらが本当は何であるのか、知っているものはいない。ただ、俺が生まれるよりも前から、カンダータはつねに戦場だった。われわれは『マキーナ』と呼んでいる。戦争の影響かどうかはわからないが、カンダータは荒廃した世界だ」 「……だから、敵と戦うための力や、異世界の豊かな資源や、安全な土地が必要だったってことなの……?」 アリッサが訊いた。 ダンクスは応える。 「それがエゴだというならそのとおりだ。戦争だからな」 「お茶おかわり! あ、猫舌用温度でお願いしますにゃ」 ふいに、フォッカーが明るい声でいったので、張り詰めた空気が抜けたようになった。 ちょうどカップの中身もなくなる頃合い、それぞれがおかわりをもらったり、気持ちをといてテーブルごとに雑談がかわされたりする。 少佐へも、雑談まじりの雑多な質問が飛んだ。 「ダンクスちゃん、スリーサイズはぁ?」 「測ったことはない」 これはラミールの質問とその答え。 フォッカーは、 「捕虜生活で困ってる事ないかにゃ」 と訊ねたが、 「特にない」 とのことだった。 「世界図書館と、カンダータ……これらの他に、世界を渡る術を得ている者達は、いるのだろうか?」 デュネイオリスの質問には、わからないと答えた。 「知る限りはない。われわれもエドマンドの協力がなければ不可能だった。容易なことではないだろう」 「俺くらいのサイズの人間をどこかで見た事はなかったか?」 「俺、兄貴がいたんだけどさ……行方不明で、その手がかりを探してるんだ」 「『虹色に蠢く影』としか形容の出来ない存在について……なにか心当たりはないだろうか」 陸 抗、虎部 隆、高城 遊理はぞれぞれが気にかけていることを、世界図書館とは違う出自のカンダータ人にもとめてみたが、芳しい情報は得られなかった。 アルジャーノは、まず、 「ブルーインブルーのガルタンロックって知ってますカ?」 と聞いてみたが少佐はブルーインブルーに行ったこともないとの返答。続いて、 「カンダータってどんな鉱物があるんですかネ!? 美味しいですカ?」 と質問した。 「学者ではないので正確には答えられんが……、地下資源は豊富だと言っていいだろう。鉱業は発達している。俺は食ってみたことはないがな」 地下資源は豊富、との答えに、思わずゴクリ。お茶会で出された銀器に陶磁の皿を噛み砕きながら、まだ見ぬ世界の鉱物に思いを馳せる。 「お前が隊長か、あぁん?」 アルヴィン・Sはなぜか酔っ払っていた。 テーブルには紅茶に香りをつけるブランデーしかなかったはずだが、ここへ来るまでに飲んできたようだ。 ぐい、と強引に少佐の肩に腕を回すと、どこからか酒のボトルを差し出し、 「酒でも飲んで心の枷を外してよ。仲良く話しでもしようじゃねぇか!」 と完全に絡みモードであった。 「そこだーーっ! あ……ごめん。蚊が」 さらには、さっきから蚊を追いかけていたらしいナオト・K・エルロットの平手が少佐の後頭部を叩くに至り、いっそう混迷の色を深める。 Q・ヤスウィルヴィーネはそっとため息をつきながら。 「ダンクス君は、部下を大切にしているんでしょうな? ちなみに、部下の給料やボーナスを横暴にも取り上げて酒や賭け事に費やす上司をどう思いますかな?」 「てめぇ、誰の話だそりゃあ!」 「反応するってことは自覚あるってことですよね!?」 自分を挟んで起こる口ケンカに、ただ無言で何杯目かのコーヒーをすするダンクスだった。 「……で、アンタについて世界図書館を裏切れば、オイシイ思いができるのかよ。どうなんだ、え?」 そっと近づき、そのようなことを聞くものさえいた。 にやにやと下卑た笑みを浮かべた間下 譲二である。 「それを捕虜の身である自分に言ってどうする」 「そこはそれ、おめぇ――」 なにか言いかけた譲二の襟首をひっ掴んで入れ替わったのは、オフェリア・ハンスキーであった。 「ふふふ お茶会って わたくし大好きですの だって皆さんと仲良くお話ができますもの?」 にこにこと笑顔でいるが、瞳の奥に灯る暗い炎はあやしい。 「……もし望むなら――、わたくしを連れてカンダータに戻りません事?」 耳元で囁いた。 「……」 「おー、あんた、なんか作戦があるんだな。へへへ、どうせなら俺にも一枚噛ませてくれよ、こう見えても――」 譲二が耳ざとく聞きつけて入り込んできたが、またも襟首を掴まれてぽいっと投げ捨てられる。 「姉さんは君にはやらないぞ!」 高らかに宣言するディオン・ハンスキー。 彼もまた例の「セカンドディアスポラ」の被害に遭った一人だが、その間、姉と引き離されてどんな思いだったか、その恨み言が延々と続くのだった。 ■この道の先は やがて、予定された時間が過ぎようとしていた。 「……ねえ、聞かせて」 口を開いたのは、春秋 冬夏だった。 「大佐は幸せ?奪って奪われて傷つき合って、何を得たいの? 貴方の望みが何であれ、皆を傷つけるなら、私は戦うよ。ターミナルの皆は私の大切な友達だから」 「……われわれの望みはただ、カンダータの民が平穏に暮らせるようになることだけだ」 「『われわれ』じゃなく、おまえ自身はどうなんだ?」 今までじっと聞いているだけだった清闇が訊く。 「おまえはどうしてえんだ? 生きてえのか死にてえのか、判り合いてえのか否定しかねえのか? お前の故郷の事情はどうあれ、折角ここに来たんだ、変わってみるのも面白ぇと思うがね?」 「……同じことだ」 「じゃあこう質問を変えよう」 ハクア・クロスフォードだった。 「なぜこの茶会に応じたのか教えてほしい。理由や動機があったからこそ、この茶会に出席したのだろう?」 「……」 ダンクス少佐はじっと考えているふうだったが、やがて、意を決したように、口を開いた。 「では……。ジェイル・ダンクス少佐より、アリッサ・ベイフルック殿に、正式に申し入れを行う」 ダンクス少佐の低く、張りのある声が、グリフォンの間に響いた。 「世界図書館に対し、われわれは次のことを要求する。 すみやかに全員を解放し、カンダータまで送り届けられたい。 この要求が受け入れられるならば、カンダータ軍インヤンガイ駐留部隊は次のことを約束する。 一つ、『世界間移動列車・スレッドライナー』を放棄すること。 一つ、カンダータ軍司令本部と、世界図書館の対話の場を用意すること。 一つ、エドマンド・エルトダウンがカンダータに残した品物をすべて引き渡すこと。 以上である」 「……あの列車を放棄するってどういう意味。もう異世界に侵入しないってこと?」 「自分の立場ではそれを約束することはできない。しかしわれわれが所有している異世界移動手段は今のところあの列車だけだ」 「もし、わたしたちがそれを拒否したら?」 「……自分のカードはなくなるな」 「……。考えさせて」 「むろん。良い返答を期待する。……少なくとも俺自身は、必ずしも世界図書館との戦争を希望しない」 鐘が、鳴っていた。 『ホワイトタワー』の鐘楼だろう。それが、お茶会の終わりを告げていた。 * 「……俺は嫌いじゃねぇぜ? お嬢のやり方」 帰り際、ダルマがアリッサに声をかけた。 尋問ではなく、お茶会という形でダンクスと対話すると決めたことを指すのだろう。 アリッサは微笑返した。 「ありがとう……」 「困った時は、まわりの奴に頼るんだぞ。それはなんら恥ずかしいことじゃねぇ、他の連中の自信にもつながることだ。忘れんな、あんたは1人じゃない、館長も、な」 「……おじさまの足取りが少しわかったけれど、謎が多いわ」 ひとまずは、ダンクス少佐の提案を受け入れるかどうかが焦点である。 受けるにせよ拒むにせよ、それが運命の分岐点であることは間違いなかった。 (了)
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