0世界の時間は停滞している。 ゆえに、通常は変わることのない青空が続く。 そんなターミナルでも、ときおり『雪の降る日』が設定される。 たとえば、壱番世界の聖人の誕生に由来する、古い祝祭の日。 クリスマスの日がそうだ。 館長として多忙な日々を過ごすアリッサだったが、イベント時期ともなれば皆を楽しませることに余念がない。 昨年と同じく特別な演出をしたいと、今年もクリスマスには雪が降ることになった。 かくして訪れた当日。「やっぱり、この時期に雪の日は外せないわよね」 一面の銀世界となったターミナルを前に笑顔を振りまいていたのが、つい数時間前のこと。 顔見知りを引き連れ、雪景色を楽しもうと外に出たまでは良かった。 きっかけは、公園についた時のことだ。「ねえアリッサ、みてみてー!」「なぁに、エミリ――」 ぼふっ ほんのいたずら心だった。 エミリエの投げた雪玉が、振り返ったアリッサの顔面を正確にとらえ、砕けた。「あはははは! アリッサ、これくらい避けなきゃだめ――」 ぶばふっ 雪まみれになったアリッサを見、笑っていたエミリエの顔面に容赦のない一撃。「やったわねエミリエ……!」 雪玉を手にしたアリッサが、仁王立ちで佇んでいる。 応戦されたとあってはエミリエも引くことはできない。 アリッサとエミリエに同行していた目隠し姿の世界司書・予祝之命(ヨシュクノミコト)がその様子を認め、すうと息を吸いこむ。「お二人とも、お待ちを!」 公園中に響き渡る、張りのある声。 その場にいた者たちが動きを止めたのを確認すると、自分の足を使って雪の上に線を引きはじめる。 アリッサとエミリエを別つよう、一直線に引かれた線。「こちらがアリッサさまの陣。こちらがエミリエさまの陣です」 「えっ?」という顔をする両者の顔を見くらべ、予祝は続ける。「自陣内にいる者は味方となります。顔面に雪玉を受けた方は退場してください。陣内に残った参加者の多い陣営を勝ちとします」 朗々と語られる説明を聞き、公園にいた他の者たちも、興味を持って陣内に混ざりはじめた。「雪合戦するなら私も混ざって良いかな?」「面白そうだから、荷担してやろうじゃねーの」 アリッサとエミリエに視線を投げかけると、両名とも「望むところよ!」と仕切り直しに賛同する。「では、存分に」 予祝はそうして一歩引き、境界線の真ん中に立ち、高らかに告げる。「雪合戦、はじめ!」=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
雪が降れば外に出るのは、なにも犬ばかりではない。 雪女の雪深終はとくに何をするでもなく公園の端に佇み、平和な風景を眺めていた。 「雪合戦か……」 号令とともに飛び交いはじめた雪玉をじっと見つめる。 気になる。 気になるが、 「いや、俺が参加しては駄目だ……。そう、もう良い大人なのだし、子どもの遊びでチート(雪限定)するわけには――」 「ふふん、大人げなく混ざっちゃうぞー!」 終の葛藤を知ってか知らずか、ファーヴニールが颯爽とアリッサの陣に飛びこんでいく。 取り残された終はその背を見送り、 「雪でも掘って気を紛らわそう……」 かまくらや雪だるまを作る者たちが集う方へと足を向けるのだった。 ◆ ◆ ◆ 合戦開始の合図とともに名乗りをあげたのはネモ伯爵と蜘蛛の魔女だった。 「ワシは館長の味方をするぞい。理由? 明白じゃ、アリッサの方が美人でワシの花嫁にふさわしいからじゃ!」 「この私が力を貸してあげるんだから、光栄に思いなさいよね!」 その傍らで、セクタン(cnct9169)がなんだか偉そうなポーズをとっている。 喋ることができない彼なりのアピールらしい。 「よーし。やっちゃって!」 花嫁云々の話は華麗にスルーし、得意げに命令するアリッサを庇うよう、ネモは大地に描いた魔方陣から巨大ゴーレムを出現させる。 「投げるのはワシに任せておけ、おぬしは作るのに専念しろ」 ネモの声に従い、猛烈な勢いで雪玉を作りはじめるゴーレムを一瞥。 「ぐぬぬ。こっちも反撃するよ~!」 憤慨するエミリエの前に颯爽と駆けつけたのは坂上健だ。 「我が心の師匠エミリエについていくと勝手に誓った!」 「……」 「いや別にストーカーじゃないからッ」 エミリエに距離を置かれたことに気付き、慌てて弁明する。 「要は敵のボスをとっちめればいいんでしょ? キキキキキ!」 蜘蛛の魔女が嬉々として告げ、アリッサ陣営の後方に陣取る。 高笑いとともに持ち前の豪脚からくり出される玉は、どれも正確にエミリエの顔面を狙ってくる。 「トンファーは近接最強だぁ!」 飛んできた雪玉を、健が確実にトンファーで破壊していく。 「……つ、つめて~!?」 「た、たすかったよ~……!」 感謝の言葉をかけるエミリエに、これで先ほどの発言はフォローできたはず。と、思いたい健だった。 そこへ、シートンの名を持つ二人が連れだって現れる。 「面白そうなことやってるんですよぅ。おいらも混ざっていいかなぁ?」 さっそく怪力に任せて巨大な雪玉を作り始めるワーブに、 「ワーブさん、援護は任せていただきます」 あらかじめ遊ぶ気満々だったのか、アーネストがおもむろに市販の雪玉製造器を取りだし、二人でエミリエに荷担すると告げる。 「あちらがゴーレムを使うなら、空からの攻撃など可愛いものだろう」 遊びがいがありそうだからと同じくエミリエ側についたアマリリスは、仲間から受け取った雪玉を手に白銀の翼をはためかせる。 「なんか楽しそうじゃん! 俺もやる!」 その様子を見た呉藍が獣姿をとり、炎を足場に共に空を駆けあがった。 「あたしの目の前を飛ぶとは、良い度胸ですわ!」 「どんどんいくわよ」と、パティ・ポップは得意の投擲でアマリリスと呉藍に狙いをつける。 「そうはいくか!」 呉藍が眼前に炎を起こし、パティの放った雪玉を溶かして無力化。 「これでもくらえっ!」 仲間が見当違いの方向へ投げた球をくわえ、反撃とばかりに投げ返す。 「影分身の術!!」 パティと入れ替わるように立ち回ったのは豹藤空牙だ。 呉藍の雪玉は分身をかすめ、地面に当たって砕けた。 どれが本物かわからず、敵は手当たりしだいに玉を投げつけるしかない。 空牙とその分身たちは、持ち前の身軽さで敵を翻弄し続けた。 「拙者は、素早さでよけまくるでござる」 アマリリスが雪玉の補給をするべくアーネストの元へ向かおうとした時、どおんという轟音とともに眼前に火花が飛んだ。 「なんだッ!?」 顔面への攻撃は免れたものの、態勢を崩し、慌てて地上に降りる。 「ああ、外れたみたいです。さすがに二人いっぺんは無理ですね」 雪壁の影に隠れつつ、空を駆ける獣と翼人女性の顔に雪を付けられなかったことを確認する。 ナレッジキューブ入りの花火雪玉を製作したのは相沢優だ。 大玉のため、ガルバリュートの手を借りて代わりに投げてもらっていた。 当のガルバリュートはというと、 「撃ち漏らした敵は拙者にお任せあれ」 ばちぃんと掌を打ち合わせると、「Fuヌウウウ!」とうなり声をあげて雪を押し出していく。 除雪車ばりのパワーに、雪が雪崩と化して敵陣営へ流れ込む。 「おおっと。ここはおいらの出番かなぁ」 境界線を越えて迫り来る雪を、対するアリッサ陣営のワーブが迎えうった。 「みんな、援護するわよ!」 アリッサが指示すれば、 「いっけーぇ、押しかえせ~!」 エミリエが無責任な声援を飛ばす。 両大将の声に仲間たちが応え、再び応酬が激化していく。 不毛な雪合戦は、まだまだ決着がつきそうにない。 ◆ ◆ ◆ 「あれ、境界線越えてるけど大丈夫?」 雪合戦からやや距離をおいた場所で、他人事のように予祝に問いかけたのはディーナ・ティモネンだ。 実際彼女は雪合戦には参加していなかったので、他人事と言えば他人事である。 目隠し姿の司書はサイボーグ戦士と灰色熊の方向に顔を向け、 「一方的であれば考えましたが、双方拮抗しているようですので。問題ないかと」 雪を押している者たちが線を越えなければ構わない、との判断らしい。 案外大ざっぱな審判だ。 「ところでディーナさま」、と予祝が声をかける。 「ひとつ頼まれて欲しいのです」 伝えられた予祝の依頼を、ディーナは一も二もなく快諾した。 「ちょうど私も考えてたんだ。ツリコンと同じもの出しちゃ、つまらないし……料理の勉強にならないし。ここは別のあったまるもの、かな?」 「内容はお任せします」 予祝は公園の別の方向――穏やかに雪遊びをする者たちを遠く見やり、小さく笑みを浮かべた。 ◆ ◆ ◆ カルム・ライズンとバナーは雪合戦が始まる前から、公園の端でかまくら作りや雪だるま作成に専念していた。 そこへ、アジ・フェネグリーブが昨年の雪合戦を想い出しながらやってきた。 あちこちでかまくら作りが行われているのを楽しそうだと眺め、作業に勤しむ二人に声をかける。 「随分大きなのを作ってるみたいだな」 突然現れた隻腕の青年に驚いたが、 「せっかくだから、他のひとと一緒に楽しめたら良いなって思って」 「完成したら、雪だるまも並べるんだ」 素直に問いかけに答える二人にアジは頷き、 「大きいほうが沢山入れていいだろうな。雪だるまは門番にしても楽しそうだ。俺も手伝おう」 思いがけない申し出に、二人はぱっと顔を輝かせる。 「本当!? ぼく、あとで中に敷くための絨毯と、温かいココアの入った水筒と、クッキーも持ってくるんだ!」 「雪だるまはおっきいのが良いんだ! とにかく、大きいのだよ!」 そこで、とぼとぼと歩く人影を認め、アジは続いて声を掛ける。 「おいあんた。あんたも一緒にどうだ」 「……俺?」 雪合戦を諦め、あてもなく歩いていた終は己を指さして立ち止まる。 「良かったら、かまくら作り、一緒にどうかな?」 カルムの笑顔とアジの視線、そして傍らのかまくらの土台を見やる。 ここでなら、雪女たる自分もチート(雪限定)を気にせず存分に遊びを楽しめるかもしれない。 「雪、雪、雪、いっぱイ! 雪だるマ、かまくラ、雪ウサギ、いっぱい作れル!」 そこへ、ワード・フェアグリッドの歓声が響いた。 雪が降ったと知り公園を訪れ、その景色の美しさに興奮冷めやらぬ様子だ。 腕や翼をばたばたとはためかせ、全身で喜びを表現している。 「ねえ、キミも一緒にどうかなー!」 バナーが遠く呼びかけると、ワードがぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。 「雪を、掘るんだ」 終の言葉足らずな勧誘を、アジが補足する。 「俺たちと一緒に、かまくらを作らないか」 ワードはぴょんぴょんと跳ねあがり、 「僕も、作りたイ! 火鉢、用意しタんだけド……あとお餅!」 同じく色々な物を持ち寄っていたカルムとワードが意気投合し、一気に賑やかになる。 人手も小道具も集ったところで、五人は協力してかまくら作りに取りかかった。 一方、カンタレラは待ち合わせのために公園を訪れていた。 楽しみに思うあまり約束よりも随分と早く到着していたが、雪が積もっていたおかげで退屈はしていない。 「雪とは美しいものだな」 初めて見る銀世界に目を奪われつつ、傍の少女が作っていたように、見よう見まねで雪だるま作りに取りかかる。 傍で雪だるまを作っていたのは、ゼシカ・ホーエンハイムだ。 幼い手で一生懸命に雪を転がす様を微笑ましく見つめ、同じように雪玉を転がす。 どんどん大きくなるのが面白く、気がつけば予想以上に大きな雪玉ができあがっていた。 「……頭部も、大きめに作らねばならないか」 カンタレラは意を決し、再び雪玉作りに取りかかる。 当のゼシカは親子雪だるまを作るためにせっせと雪を固めていた。 「アシュレーもおてつだいしてね」 幼子の手で作る雪玉はなかなか大きくならず、ドングリフォームセクタンのアシュレーに手伝いを頼む。 しかし雪玉を作ることができたとして、胴体の上に頭を乗せるのは子どもの手に余る作業だ。 だれか大人の力を借りられればと周囲を見渡したところで、ゼシカを呼ぶ声が聞こえた。 雪合戦の周辺でココアを振る舞ったり、お手製スコーンを販売していたサシャ・エルガシャだ。 「ゼシカちゃん一人じゃ大変でしょ? ワタシも手伝ってあげる!」 ゼシカの姿を見つけ、手を休めて駆けつけたらしい。 まさか声をかける前に手伝いが見つかるとは思わず、ゼシカはぺこりとお辞儀をした。 「メイドさん、ありがとう」 「どういたしまして」 快く笑顔で返すサシャに、ゼシカはさっそく雪だるまの頭を乗せて欲しいと告げる。 父雪だるま、子雪だるま、母雪だるまと三体の雪だるまを並べ、サシャがかいがいしくマフラーや手袋を飾りつけていく。 そんな二人の元に駆けてきたのがティリクティアだ。 「サシャがココアを振る舞っているって、聞いてきたのよ」 傍らにゼシカの姿を認め、「こんにちは」と微笑みかける。 ゼシカはサシャのスカートの端を握りしめながら、それでも礼儀正しく「こんにちは」と挨拶を返した。 「ココアはちょっとお休みして、今はゼシカちゃんの雪だるま作りを手伝ってたの」 ティリクティアは「それであっちに居なかったのね」と納得し、 「それなら、私もここに巨大雪兎を作るわ!」 ぐっと拳を天に突きあげて力強く宣言し、持っていたシャベルで雪をかき集めはじめる。 良く見れば、耳あてにマフラー、手袋。 コートはも贅沢にファーをあしらったもので、どこをとっても寒さ対策完璧の姿だ。 遊ぶ気満々で公園を訪れたらしい。 「……それは、なあに?」 ゼシカが不思議に思い、二つの赤いボールについて尋ねる。 「これ? これは兎の目にするの」 ボールを自分の目元にあててみせるティリクティアに、ゼシカは瞳を見開く。 「そんなにおおきいの!」 「ワタシも手伝おうか?」 サシャの申し出に、快活な巫女姫は片目をつぶって応える。 「まあ見ていて! 今にすごい雪兎をお目にかけるんだから!」 華奢な身体には見合わない軽快さでスコップを繰りだす少女を見やり、ゼシカとサシャは顔を見合わせた。 そこから、もう少し争乱に近い位置。 南河昴は雪合戦には目もくれず、ひたすら雪だるま作りに勤しんでいた。 できることなら雪合戦にも混ざってみたいとは思う。 思うのだが、 べしょっ 飛んできた流れ弾を後頭部に受け、ばふっと地面に倒れ伏す。 ちょうど通りかかったMarcello・Kirsch(マルチェロ・キルシュ)が手を差しだし、声を掛けた。 「大丈夫か?」 昴はむくりと起きあがり、ありがたくロキの手を頼らせてもらう。 「……ありがとうございます」 でも、いつものことなのでと返し、頭をさげる。 髪に付いた雪を払う昴の傍らには、雪だるまが列をなして並んでいた。 「これを作ってたのか」 青年が笑うのを見て、昴が首をかしげる。 「雪だるま、です」 ロキは頷く。 「聞いたことはあるんだ。でも、見るのは初めてだ」 ロキは己の住む地域は降雪自体が十年に一度で、積雪に至っては奇跡と言われるほど雪が珍しいのだと説明する。 公園を訪れたのも、銀世界となったターミナルを散歩していたからだという。 「そうだな」 昴の雪だるまを見て、インスピレーションが沸いたらしい。 肩の上に乗っていたロボットフォームセクタンのヘルブリンディを見やり、 「作ってみるか……雪だるまならぬ、雪セクタン」 それなら、と昴が小さく手を挙げる。 「たすけてもらったお礼に。おてつだい、します」 雪を良く知る昴に、見るのも触れるのも初めてのロキ。 二人はぽつぽつと言葉を交わしながら、のんびりとセクタンの雪像作りに取りかかった。 レヴィ・エルウッドは早くから公園を訪れ、テオドール・アンスランと共にかまくらを作っていた。 大きなものではなかったが、二人が入るには十分な大きさだ。 積み上げた雪を掘って穴を開け、丁寧に形を整えていく。 「レヴィ、そろそろ休憩したらどうだ?」 マイペースに作業をしていたとはいえ、かまくら作りは見た目以上に体力を使う作業だ。 「大丈夫だよ、テオ兄さん。僕、かまくら作りを楽しみにしてたんだから!」 珍しくはしゃぐレヴィを前に、テオドールも強くは言えない。 「疲れたらちゃんと言うんだぞ」 「うん」 楽しげに答えるレヴィを見守り、テオドールは雪だるま作りに取りかかる。 かまくらの周囲には雪だるまや雪ウサギをたくさん並べたいというのがレヴィの希望なのだ。 「かまくらができたら、雪合戦を見ていても良い?」 「ああ。かまくらの中なら、暖かいしな」 レヴィは「やったあ!」と声をあげ、手製かまくらの完成を急いだ。 ◆ ◆ ◆ ――起きあがると、そこは戦場だったのです。 そんなモノローグを思い浮かべつつ、シーアールシーゼロは雪の中で目を覚ました。 覆い被さる雪を押しのけて周囲を見やると、サイボーグ戦士と熊が、ゼロの埋まる雪の押し合いをしているようだった。 なんのことはない。 ゼロが公園で雪に埋もれて眠っていたところに、さらに雪が降り積もった。 気がつけば、埋もれていた場所が雪合戦の会場になっていたというだけの話だ。 だが、起きたばかりのゼロにはまったく状況が読めない。 周囲が賑やかに雪玉を投げ合っているところを見ると、皆が雪合戦に興じているらしいことだけはわかった。 ぐっと手を握り、 「ゼロも参加するのです」 と、ささやかな決意をする。 幸い雪は深く、白ずくめの外見と希薄な存在感のせいか、誰もゼロに気がついていないようだ。 少女は雪山から抜け出してぴょんと飛び降りると、皆に混ざってせっせと雪玉を投げはじめる。 そのころ、日和坂綾は虎部隆とともに公園を通りかかり、雪合戦が行われているのを知った。 隆はこれを機にとばかりに参戦の準備をはじめる。 「いつも俺たちを翻弄するアリッサにおしおきだ!」 「へぇー、隆はエミリエなの? じゃ、私はアリッサにしとく~」 どうせ参加するのなら、対立した方が面白い。 「んで、勝ったヒトは負けたヒトに奢ってもらう、どう?」 負ける気はしないという綾の剛胆な言葉に、隆も異論はない。 「よーし。その言葉、後悔すんなよ!」 「んじゃ、私が勝ったらクリパレのメニュー一冊分の料理、奢ってね♪」 「って、一冊ゥ!?」 すっとんきょうな声をあげる隆の声を背に、 「日和坂綾、参加しまーす!」 綾はアリッサと予祝に向かって手を挙げ、意気揚々と戦乱へ乗り込んでいく。 「雪合戦? スイートもやるやる!」 綾の勇姿を見送り、同じく公園を通りかかったスイート・ピーがエミリエ陣営に駆け込んでくる。 ちょうど、その時だった。 雪玉に混ざって、両陣営に飴玉が降りそそいだのだ。 「なんだこりゃ……うわっ!」 「空から飴、って……ぶはっ!」 驚いて空を見あげた者たちの顔面に、次々と雪玉が投げつけられる。 「残念、飴は幻だよ」 幻術を使ったアマリリスが、空から投擲を行ったのだ。 すごすごとアリッサの陣から去っていく者たちを見送りながら、 「それじゃ、こっちは本物を混ぜちゃおうかな」 「ただ痛いだけじゃつまんないから」と、スイートは飴玉を仕込んだアタリの雪玉と、何も入っていないハズレの雪玉を作りはじめる。 「アタリを貰った人は、なにかいいことあるかも?」 コートにサングラスという怪しげな格好で、ギル・バッカスはダリの後をついて歩いていた。 買い物に行くので、強制的に連れてこられたのだ。 その途中で公園の雪合戦を見かけ、足を止める。 「こりゃいい。おい、ダリ」 ダリは呼びかける声に足を止め、彼の視線の示す先を見て眉根を寄せた。 「買い物が先だ。きらした調味料を補充しなければ、店を開けられん」 「まあ、そう言うなよ」 ダリの静止を聞かず、ギルはアリッサの陣営に駆けていく。 「……おい!」 早くも参戦しはじめたギルを大人げないと嘆息しつつ、仕方なくエミリエ側の陣に踏み込む。 さっさと決着をつければ、彼も言うことを聞くだろうと思っていたのだ。 敵陣に入ったダリを見定め、ギルが自慢の腕力で石のように堅く握った雪玉を完璧なフォームで投げつける。 その様子を見ていたゼロが、「負けてはいられないのです」とギルのフォームを真似て雪玉を投げはじめた。 こちらは放物線を描き、ぽてっと敵陣に落ちる。 一方、ギルの剛速球は標的を正確に捉えていた。 「こんな遊びはやめて、早く買い物に――」 説得を試みるダリの顔面を容赦なく抉る。 ズゴッ 眼鏡が吹っ飛んでいった。 ダリは雪まみれになった眼鏡を拾いあげ、無言で雪を払う。 「よぉ。男前があがったじゃねえか」 ギルが口笛を吹き、ダリは眼鏡をかけ直すと勢いに任せて雪を掴んだ。 「……いいだろう。力ずくで買い物に引きずって行ってやる」 予祝は顔面に雪を受けたダリに声を掛けようか逡巡した後、沈黙を貫いた。 どうやら彼らの勝負はこれから始まるらしい。 (水を差すのは、野暮というもの) 皆が楽しめるなら、多少の目こぼしもやぶさかでない。 ゼロが先ほどまで埋まっていた雪山に駆けあがり、アリッサ陣営側から攻め込もうとしたのはファーヴニールだ。 先ほどまで陣内を駆けまわりながら玉を投げていたが、このままでは埒があかないと悟ったらしい。 「よし、そのまま埋めちゃえ埋めちゃえ!!」 物騒なことを口走りながら、自身も抱えた雪玉を投げ続ける。 「ミーの弾道は百八式までありマスヨー☆」 その傍から、カール・ボナーレが援護射撃とばかりに雪玉を連射する。 雪玉を五つ持ち、ジャグリングの要領でお手玉をしながら次々と玉を繰りだしていくのだ。 勝敗を決したいと言うよりは、ただ楽しんで投げているようにも見える。 その雪玉を避けようとしたスイートが、勢い余って雪山にスライディングする。 「つ、つめた~い!」 思わず身を縮めたところで、空牙がスイートの顔にぽんと雪玉を乗せた。 「おぬし、隙だらけでござる」 「ファーヴニール君、カール君。右前方に気をつけて」 「りょーかい!」 イェンス・カルヴィネンのアドバイスに、ファーヴニールが背中の翼を使ってシールドを展開する。 「ガウェイン、無理はしなくて良いからね」 死角を補うよう飛んでいたオウルフォームセクタンを呼び戻し、降りかかる雪玉はトラベルギア『グィネヴィア』で打ち払う。 ふと、足下に飴玉が転がっているのに気がつき、拾いあげる。 それは、先ほどスイートが投げたアタリ玉の中身だ。 「雪玉から飴とは。なかなか気が利いているね」 自身の作品のネタとして使えないものかと職業病めいたことを考えながら、イェンスは別の雪壁へと身を移す。 お菓子な――もとい、おかしなものの入った雪玉を投げたのはスイートだけではない。 境界線中央にできた雪山から攻撃を続けていたカールは、敵からの集中砲火を受けて雪まみれになっていた。 とはいえ、勝敗にはあまりこだわりがない彼のこと。 「アハハ、冷たいですネ!」 と、持ち前の陽気さで笑っていたところ、受けた雪玉がなにやら弾力のあることに気付く。 「……オヤ?」 手にした雪玉からは、やや大きな包みが出てきた。 仁科あかりが作った雪玉には、苺大福(汚れないようにきちんとビニールで包んである)が入っていたのだ。 そのあかりはというと、自身のトラベルギアである禍々しい仮面に雪玉を乗せ、爆撃よろしく攻撃を続けていた。 「これだけばら撒けば、どれかは当たるでしょ」 一方、ホワイトガーデンはアリッサ陣営内の雪壁に背を預けていた。 身を隠して機をうかがいながら、正攻法でチャンスをうかがう。 深い緑のダッフルコートにブーツ。ファーのイヤーマフとスカート。そして、ダークグレーのタイツ。 雪の季節にふさわしく愛らしい格好だが、参戦に対する意気込みも忘れない。 「まぐれ当たりでも、一発くらいは命中させたいところね」 目線の先にはエミリエ陣営に与する隆の姿があった。 隆は雪玉を斜め上に投げ、落ちてくる玉で攻撃を図る。 慎重に攻防をくり返しており、特に女性陣に対しては肩や腹を狙うという手法を取っていた。 彼はあわよくば、 ――アリッサを雪に埋めてじっくりといたぶってやる! などと考えていたのだが、アリッサを狙うたびに、 「館長を守るのだ!」 ネモ伯爵の巨大ゴーレムが立ちはだかったり、 「! アリッサ様危なッ……ぐああああああっ!!」 自ら盾となり、隆の雪玉に突っ込んで自滅したファーヴニールの妨害にあったり。 大将周辺はガードが手堅く、なかなか思い通りには行かない。 「ま、このルールなら余裕だろ」 アリッサに直接手を下すことはできなくとも、勝敗は残った仲間の人数で決する。 要は顔に当たらなければどうということはないのだ。 普段から顔蹴りやらモップやらで回避には慣れている。 敵方の繰りだす雪玉を避け、打ち砕きながら、隆は声を張りあげた。 「どうした? もっと投げて来いよー!」 それを聞いた綾も黙ってはいられない。 「フッフッフ~、雪に火が負けるもんかい! エンエン、火炎属性ぷりーず!」 名を呼ばれ、フォックスフォームのエンエンはくるっと宙返り。 「燃やし尽くすよ!」 炎をまとい、雪玉を回し蹴りや素手で叩き落としていく。 激戦と化す合戦場に、脇坂一人が現れた。 「仁科ぁ! どこよ出てきなさいよ!」 あかりが公園へ向かうのを見かけた。 それを追ってやってきたのだが、ここへ来て姿を見失ってしまった。 ふと公園を見やると、多くの者が雪合戦に興じているようだ。 「これだけ雪が積もれば、遊びたくもなるわよね」 自身も雪国育ちとあって、雪を見ると血が騒ぐ。 ――少しばかり気晴らしも悪くない。 そんな誘惑にかられて手近のアリッサ陣営に踏み込むと、すぐさまバリケードに身を隠す。 巻いていたマフラーを外して雪玉を入れると、手首を利かせて勢いよく投擲を行った。 「マフラーをそういう風に使うなんて、すごいわねー」 傍で見ていたホワイトガーデンが、一人の手際の良さに感心して感嘆の声をあげる。 「雪ん子だったから、雪合戦には一家言あるのよね」 「たとえば?」 興味深げに問うホワイトガーデンに、一人は「んー」と考えるようにして答える。 「そうねぇ。怪我人を出さないように、雪玉は当たればすぐ崩れるものを、とかかしら」 「あくまでも遊びだから、後味悪くしたくないじゃない?」と微笑む一人。 そこへ、 ドガッ 肩に、やや固めの雪玉が当たる。 一人は遊びを忘れて叫んだ。 「ちょっとォ! 誰よ今当てたの!!」 藤枝竜は叫ぶ一人を見て律儀に返した。 「すいませーん! でも雪合戦ですから、恨みっこなしですよ!」 竜としては固くしたつもりはなかったのだが、雪を溶かしやすい体質のため、ほかの者よりも雪玉を固めに握ってしまうらしい。 今も雪を溶かしすぎないよう、氷のように踏み固まった場所を点々と移動するようにしている。 「それなら、こちらの反撃も恨みっこなしですわ!」 パティの投擲が竜を狙うも、 「相手が動きそうな所を予測して……投げる!」 ドミナ・アウローラの放ったストレートの速球が、パティの顔面で弾けた。 「ミナちゃん、スゴい!!」 並んで参戦していたニッティ・アーレハインが、自分のことのように喜ぶ。 「ルールに則って機をうかがったまでです」 大したことではないと返しながら、ドミナは顔を覆って敵の玉を避ける。 「言っとくけどコレ、遊びだけど訓練でもあるんだからね?」 ドミナとニッティ、そしてブレイク・エルスノールを連れて参加していたレイド・グローリーベル・エルスノールは、そう告げると容赦なくニッティを狙って雪玉を放つ。 「いかに相手の投げる雪球を避けつつ、相手に雪球を当てるか……そんな感じ?」 「雪合戦で訓練ー! いやちょい待って! レイドサマ的小さすぎ! 思いっきり当てにくいよズルい! ハンデを要求しマース!」 ニッティはあたふたと走り回りながら、やっとの思いで雪玉を避けていく。 「レイドさんは的が小さいからズルい? なんのことかな?」 「勝負となれば負けるつもりはない」と前もって言い渡していたブレイクは、宣言通り容赦なくニッティを狙い撃ちしていた。 「こうなったら数撃ち当たれ作戦! どーりゃー!」 やけを起こしたニッティが、四方八方へ向けて雪玉を放り投げる。 雲ひとつない青空に、白い雪玉は良く映えた。 「うわっ!」 ニッティの投げた雪玉のひとつが竜の顔に当たり、弾ける。 手をついた先の雪がじゅっと音をたてて溶けた。 顔に当たったら陣の外へ、とは聞いていたものの。 「これが最後の、渾身の一撃ですっ!」 堅く握った雪玉を、勢いよくシュートする。 ヘルウェンディ・ブルックリンは、夕食の買い物帰りに公園を通っているところだった。 せっかくの雪景色を堪能しようと思い歩いていたのだが、 ぼすっ 「……」 べっとりと髪についた雪を拭う。 傍らでは雪合戦をやっているようだ。 近場を歩いていた自分にも非があるかもしれない。 そう気を持ち直し、去ろうとしたところへ、 ぼふっ ずぼふっ 追い打ちを掛けるように、ヘルの買い物袋と背中に雪玉がヒットする。 見れば、買い物袋の中身が雪まみれだ。 「~~~~!」 その場に買い物袋を置き去りにし、ヘルはずかずかと陣営に踏み込んだ。 「もうッ、今日の夕ご飯どうするのよ!」 八つ当たりも甚だしいが、なりふり構わず遊びに没頭していると、少しずつ気が晴れていく気がした。 ◆ ◆ ◆ 合戦にて雪玉の応酬が増えるにつれ、通りがかった者への被害が続々と現れはじめた。 ぼすっ ちょうど公園を通りかかったハクア・クロスフォードにも、流れ弾のひとつがぶつかった。 手には先ほど買ったばかりの本の包みがある。 雪玉じたいはもろく、冷たいばかりで怪我はなかった。 だが、見れば買ったばかりの本が濡れているではないか。 ハクアはムッとして雪合戦に興じる者たちを見やった。 我ながら大人げないとは思う。 だが自身のことならともかく、本のこととなると話は別だ。 「これくらいアクシデントがあった方が、雪合戦も楽しいだろう」 おもむろに魔法陣を展開させると、両陣営に向かって突風を放つ。 吹雪の向こうから聞こえる悲鳴を聞きながら、そそくさとその場を後にする。 手加減はしたので怪我人は出ないはずだと後ろ髪を引かれつつ公園内を歩いていると、雪だるま作りに興じるゼシカの姿を見つけた。 と、同時に、傍らに完成したティリクティアの力作――巨大雪兎を見あげた。 「ふふ、完成!」 達成感に包まれた少女は、晴れやかな笑みでシャベルを地面に突き刺したところだった。 横ではゼシカが「すごい、おっきなうさぎさん……!」とぱちぱち手を叩いている。 「これはまた」 「よくやったものだ」と褒めるべきなのか。 「なにがここまでおまえを突き動かしたのか」と問いかけるべきなのか。 「そちらの雪兎も立派だが、おまえの雪だるまも力作だ」 ハクアは言葉を選びつつ、ゼシカの傍らに佇む家族雪だるまを示す。 一人で作ったのかと問いかけると、「メイドさんが手伝ってくれたの」と言う。 「パパとママとゼシの雪だるま。三人仲良く、いつまでもいっしょだね」 少女の言葉を受け、ハクアは「そうだな」と静かに頷く。 「せっかくだから、サシャにも見てもらわなくちゃ」 ティリクティアの呟きをいぶかしんでいると、 「ゼシカちゃんの言う『メイドさん』のことよ」 こくこくと同意するゼシカを見、納得する。 「そのメイドは、今どこに」 問われ、ティリクティアは「あっちよ」と告げる。 「さっき、『冬はなにかと物入りだから』って、バイトに戻っちゃったの」 視線の先には、先ほどハクアが吹雪を起こした雪合戦の陣があった。 柊木新生はカンタレラの姿を見つけ、彼女の元へ駆け寄る。 「新生殿」 「すまない、待たせてしまったみたいだねぇ」 カンタレラは頭のない雪だるまを隠すように立つと、 「さっき来たばかりなのだ」 と答えた。 待ち合わせよりもだいぶ早く訪れて、雪遊びに興じていたとは言い出しにくい。 しかし新生は声を掛ける前に、カンタレラが雪だるまの頭を乗せようと悪戦苦闘している姿を見ていた。 「折角だから完成させようかー」 多少大きいが、新生の手にかかれば雪玉を持ちあげるのはどうということもない。 「僕が頭を乗せておくから、カンタレラくんは飾るものを探してきてはどうかなー?」 カンタレラは頷くと、 「すぐに戻る。待っていてくれ」 「雪道は滑るから気をつけてねぇー」 転びそうになったカンタレラの背に、新生の声。 公園を急ぎ巡ると、名も知らぬ赤い実がなっていた。 「これがいい」 壱番世界での南天の実に近いだろうか。 カンタレラは落ちていた実と枝葉を必要なだけ採ると、新生の元へ急ぎ戻る。 「おかえり。こっちも完成だよー」 さしだされた赤い実と葉を顔に埋め、腕の代わりにと枝をさす。 枝は同じ長さのものが見つからなかったので、少しばかりちぐはぐだ。 だが初めて作った雪だるまに、カンタレラは愛着を覚えていた。 「あっちは盛り上がってるようだねぇ」 0世界での雪景色に興味は尽きないが、次の予定もある。 そろそろ行こうかとカンタレラをうながし、二人は公園を後にした。 一方、ロキの手伝いをしていた昴は彼の雪像――もとい、雪セクタン像の完成を見届け、またひとりで雪だるま遊びに興じていた。 知らないうちに道の先が坂道になっていたらしい。 雪玉がどんどん先を転がっていき、やがて、自身の足もこんがらがった。 「……っわ!」 先ほど流れ弾を受けた教訓を生かそうと、雪合戦から距離を置いていた昴だった。 だが、雪玉と彼女が転がる先は、やはり雪合戦の陣地方面なのだった。 雪を見つけた業塵は、いそいそと公園へやってきていた。 材料を入れたボウルを雪に埋め込み、黙々とお手製アイスクリーム作りに勤しむ。 不気味な笑顔で不気味な笑い声をあげているが、彼としては上機嫌であるらしい。 だがその場所が、ちょうど昴の転がる先に位置していた。 「わぁあああぁぁぁ」 坂の上から迫り来る雪玉と、悲鳴をあげながら転がってくる二つめの雪玉(昴)を見咎め、 「面妖な」 短く呟き、立ちあがる。 せっかくのアイスクリームを台無しにされてはたまらない。 先に転がってきた雪玉を怪力で押しとどめて砕いた後、後からやってきた昴をキャッチしてやる。 雪の中から救い出された昴はぐるぐると目を回し、しばらくその場に座り込んでいた。 ひとまずはお礼をと業塵に頭をさげると、無言で銀製のボウルを差し出される。 業塵が手にしているものとは別のボウルだ。 彼はボウルを二つ用意していたらしい。 「……」 昴はしばらく、そこで業塵とともにボウルを抱え、アイス作りに専念した。 それはそれとして。 同じ坂で雪玉作りに興じていたのは昴だけではなかった。 昴が雪玉になりかけているころ、奇しくもフラーダがその少し先で雪玉を転がしていた。 向かう先はやはり合戦陣営地だったのだが、雪玉作りに熱中するフラーダは気付かない。 昴と違い、彼は誰にも止められなかったので、そのまま坂を駆け下り続けた。 もっとも、『誰にも止められなかった』とはフラーダの弁で、実際はそうではなかったのだが。 ◆ ◆ ◆ 雪合戦に熱中していたヘルは雪を拾うフリをしてしゃがみ込み、ミニスカートから太腿の付け根を見せつけていた。 ――これはまさかのラッキースケベ!? 敵陣営の男性陣が身を乗り出したところを狙い、ヘルは容赦なく股間に雪玉をフルスイング! 「ぐおおおぉぉ!?」 「せ、殺生な……!!」 ルール以外の要因で戦闘不能となった者たちを見下ろし、ヘルはふふんと髪をかきあげる。 「脚線美は出し惜しみせずフル活用しなきゃね!」 ヘルの手腕に感心しながらリエ・フーが通りかかった。 まさにその時、陣営地に吹雪が吹き荒れた。 先ほどの、ハクアの魔方陣によるものだ。 面白いことをやっているなと眺めていただけだったのだが、とつぜんの吹雪にトラベルギアで結界を展開。 「おいおい。これも演出のうちか?」 とっさに判断して周囲の者を含め、事なきを得た。 「ふ~。助かった」 ちゃっかり結界に混ざり、吹雪を避けていたのはあかりだ。 「お兄さん、せっかくだから遊んで行ったらどうですか」 ぽんと雪玉を渡され、うやむやのうちにエミリエ側に引っ張り込まれる。 「雪合戦なんて何十年ぶりだ? ガキの頃以来だぜ」 成り行きで踏み込んだとはいえ、意外とノリノリであるらしい。 フォックスフォームセクタン・楊貴妃の火炎で防御を行いつつ、持ち前の瞬発力と反射神経を発揮して雪玉を投げ返していく。 同陣内にて、リエの結界で吹雪を免れたのはあかりだけではない。 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは鬱憤を晴らすため、雪合戦に参加していた。 公園へくる前にとある男性に声を掛けたものの、例によって独特の口調で引かれ、あっさりと玉砕していたのだ。 思い返すだけでも憎々しく、雪玉を握る手にも力が入る。 「相手がおる者など、羨ましくはないわ!」 全身全霊を込め、雪玉を放つ。 その先には――、 「きゃっ!」 ちょうどココアを配り終え、吹雪に巻き込まれたサシャの姿が。 まさか己の投げた玉の先に、友人の姿があるとは思わない。 ジュリエッタはバランスを崩したサシャの元へ駆けた。 「……危ない!」 間一髪。 サシャは雪に尻をつくことなく無事だった。 もっとも、受け身を忘れたために、ジュリエッタが下敷きになってしまったのだが。 「ジュリエッタちゃん、どうしてここに?」 自分を庇って下敷きになった友人の手を引っぱり、サシャが不思議そうに問いかける。 ジュリエッタはどう答えようかと迷い、ふいに「っくしゅん!」とくしゃみをした。 吹雪が巻き起こったとき、アリッサ陣営では広範囲の防御を行える者がいなかった。 リエの結界ですぐに態勢を立て直したエミリエ陣営は、吹雪の止んだ直後が狙い目とばかりに集中砲火を仕掛ける。 そこへ、勇敢に飛び出したのがセクタン(cnct9169)だ。 華麗に雪玉を受け、キラキラと粉雪を散らしながら落ちていく。 「今のはセクタンの護り?」 「お前、コンダクターだったのか!」 衝撃を受ける仲間たちに『え!? し、知らない!』とぶるぶる体を震わせる。 「おおい、逃げろー!」 外野からの声に周囲を見やると、陣地の外にいる者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。 見ると、坂道を勢いよく駆けおりるフラーダの姿があった。 皆が声をかけるが、フラーダはなにかの声援と間違えて聞く耳を持たないようだ。 小型の獣竜とはいえ、駆け下りてくる勢いは相当なものだ。 陣地にいる皆が戦慄を覚える。 境界線中央にできた雪山めがけてやってくるフラーダと、その山の上にちょこんと佇むセクタン(cnct9169)。 その不幸な邂逅を止められる者は居なかった。 ――ゴフウッ フラーダがぶつかった瞬間、一瞬劇画調の演出があったような気がするが、たぶん気のせいだろうと皆は見なかったことにする。 「ああー、景気よく吹っ飛んでいったぞ!」 「まかせろ!」 上空に回避していた獣姿の呉藍が、颯爽と駆けつけて口にくわえてキャッチする。 「二度目の護りが使えないと言うことは、やっぱりあいつは……」 もうろうとする意識の中、セクタン(cnct9169)はそんな声を聞いたとか、聞いていないとか。 ぶつかったフラーダはフラーダで、何が起こったのか事態を把握できずにいた。 公園内で雪合戦が行われていたのは知っていたが、よもや自分がその陣内に突撃しているとは思わない。 蜘蛛の魔女は両陣営が突然の出来事に動きを止めている今が勝機と、号令をかける。 「雪玉、てーっ!」 蜘蛛の脚を駆使し、畳みかけるように一気に雪玉を放つ。 境界線の中央できょとんとしていたフラーダは、その雪玉を受けてぱっと顔を輝かせた。 「うきゅ! フラーダも雪遊びー!」 状況がわからないなりに、遊んでもらえると勘違いしたらしい。 二対の翼がばっと広げられ、そして――。 「だから吹雪はやめろってー!」 だれかの叫びが、空しく響いた。 ◆ ◆ ◆ 陣営地は二度目の吹雪に襲われ、もはや皆が雪まみれ状態である。 審判である予祝も雪を被り、目隠しに積もった雪を無言で払っている。 力尽きた者たちがバラバラと陣地外へ離脱していく。 長く雪遊びを続けていたため、体力的に厳しい者もあるだろう。 「やれやれ。これでは勝敗をつけられません」 相変わらず戦況は五分五分で、どう判断したものかと悩んでいると、 「お椀、大丈夫。お箸とスプーン、揃えた。よーし。みんな、オヤツできたよー」 別の場所で仕込みをしていたディーナが、公園の皆に向かって声をかけた。 気付いた相沢優が予祝の元を訪れる。 「予祝さん、ありがとう」 彼は雪合戦前に、予祝にお汁粉の宅配を依頼していたのだ。 予祝は小さく首を振り、 「お礼には及びません。元々発案いただいたのは優さまですし、ディーナさまがご協力くださったので」 司書が手を回したのは道具の手配と材料費くらいのものだ。 元々なにか料理をふるまいたいと思っていたディーナは、予祝のつてで大鍋を二つ借り、お汁粉と柏汁を作っていた。 二つの鍋でそれぞれ五十人前を用意したので、公園にいる者たちに充分ふるまうことができるだろう。 「え、栗も、入れるの? 栗ぜんざい? ふぅーん」 などと言いながら、ディーナがお汁粉に栗の甘露煮をドバドバ投入していたので、味のほどは食してのお楽しみだ。 「しかし本当に好きな御仁のいるサシャ殿に当たりそうになるとは、偶然とはいえ怖いのう……。いや、こっちのことじゃ」 体を温めようとお汁粉を手に取り、ジュリエッタがひとりごちる。 「ああもう。夕ご飯も脚線美も台なしよ」 雪まみれになったことに文句を言いながらも、温かくて美味しいとココアをおかわりしたのはヘルだ。 楊貴妃のしっぽを首に巻きながら、リエは柏汁を手にしていた。 「屋外でこういうのも、良いもんだな」 「そうそう。こういうのが暖まるのよねぇ」 一人は子ども時代を振り返りつつ、柏汁をいただく。 結局あかりと再会することはできなかったが、今日は今日で楽しむことができたので良しとしよう。 当のあかりは一人が参戦していることに気付き、一足先にその場を去っていたとは知るよしもない。 レイド一行は訓練の成果を振り返りつつ、四人で杯を受け取った。 「みんな、おつかれさまー♪」 「遊びながら訓練って言うのも不思議な感じだったけど、たまにはいいかなぁ」 「ボクはフツーの訓練がいいデス!」 「私も、有意義に過ごせました」 総攻撃を受けたニッティだけが、ひとり不満顔だ。 「買い物はどうするんだ」 「今から行けばいいじゃねえか」 「このなりでか」 雪合戦に夢中になっていたギルとダリは、そろって雪まみれだ。 頃合いを見て抜けようと思っていたダリも、結局最後まで参加してしまった。 だが、戻って着替えていては遅くなる。 「仕方ない……」 ダリはディーナにふるまわれた汁を飲み干し、立ちあがる。 「おっ。行くか?」 ギルは「ごっそうさん」とディーナに手を挙げ、ダリの背を追った。 「僕も随分と長居してしまったようだ。そろそろ執筆に戻らなくては」 イェンスは柏汁の杯を片付け、原稿の構成を脳裏に描きながら帰途へつく。 雪像作りの後、公園をのんびり散歩していたロキはそこにサシャの姿を認めて声を掛ける。 「奇遇だな。サシャも来てたのか」 「ロキ様!?」 まさかここで顔を合わすとは思わず、サシャは危うくココアをこぼしそうになる。 「この柏汁はなかなか美味しいですね」 「こっちのお汁粉も甘くて美味しいよぉ」 雪合戦では初期から参戦し続けたシートンの二人も、並んで杯を重ねた。 その横では、共闘したガルバリュートがおかわりを所望する。 「美味い! もう一杯!」 巨大なかまくらを作っていた五名も雪合戦の観戦を楽しんだ後、お汁粉の配膳にあやかっていた。 「美味い。が、熱いな……」 終は猫舌のため、汁が冷めるまで待つしかない。 「うまくできたね!」 「お互い、力作だな」 バナーとアジはかまくらの前にそれぞれの雪だるまを据え置き、満足げだ。 中ではかまくらに入りたいと望む者を招き、ちょっとした茶会も開かれている。 「私、かまくらの中でおもち焼くのが夢だったんですよ~」 一足早く戦線離脱していた竜は自ら火を吹き、火鉢でおもちを焼いていた。 「すごーイ! お餅! ふくらんでク!」 「お姉さん、もう一個! もう一個!」 ワードとカルムの歓声に、竜は喜んでふっふーと火を吹いた。 同じくかまくらを完成させていたレヴィとテオドールも、ディーナの杯をいただくつもりだ。 「テオ兄さんは、どっちにする?」 「おまえの好きにしたら良い」 任せられると、余計迷ってしまうものだ。 レヴィはしばし悩んだ後、 「じゃあ僕がお汁粉で、テオ兄さんが柏汁」 ひとつずつもらって、両方味見しようというレヴィに、テオが反対する理由はなかった。 「ちょっとちょっと。みんな一気にオヤツムードだけど、勝負はまだついてないんだよ!」 そういう自身もお汁粉をほおばりながら、エミリエは不満顔だ。 「私は別にこのまま終わっても良いわよ。先に投げたのはエミリエの方だし」 アリッサはすでに柏汁も遊びも満喫したとあって、勝敗にはこだわらないらしい。 そこへ、審判を担っていた予祝が現れる。 「さて。ここでお二方に提案が」 予祝は懐から一枚の紙切れを取りだしてみせる。 それは先ほどディーナから受け取った、お汁粉&柏汁の材料費明細だった。 「この明細をかけて、一騎打ちなど。いかがでしょう」 みなさま疲弊していますし、それがもっともわかりやすいのではと提案する。 集まった者たちにしても、良い余興になるだろう。 「負けるなエミリエ! アリッサを雪に埋めてやれ!」 「クリパレメニュー一冊分よ! 頑張れアリッサ!」 「師匠、必要なら俺を盾に!」 再び陣営地に戻ったエミリエとアリッサを囲み、見物人たちが野次を飛ばす。 自作のアイスを平らげた後、お汁粉の配膳にあやかっていた業塵が予祝の意図を察してつぶやく。 「……漁夫の利、か」 そう。 こうすれば予祝の財布は痛まない。 司書は静かに口の端を持ちあげ、唇に人差し指を当ててみせる。 「さて、わたくしたちは勝負の行方を見守るとしましょう」 勝負の行方がどうなったかはさておき。 陣営地はこの後もしばらく熱気に包まれていた。 そうして夕刻を迎えるころ、公園の上空にオーロラの幻影があらわれた。 参加した者がアリッサとエミリエへの日ごろの感謝を込め、術で描いたものだ。 夜空にたなびく夢幻のカーテンを見上げ、公園に残っていた者も、帰途についていた者も。 祝祭の日の余韻を楽しんだという。 了
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