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<ノベル>
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ある男が持ってきたそのノートにはこの街で暮らした人々の思い出が沢山詰まっている。それは紛れも無い真実であり、人生と言うドラマの、映画のワンシーンである。
蒼薇は鉛筆を顎の下に当て、考えていた。無論、書く内容もだが誰に当てるかという部分にも悩んでいた。頭を捻っている内に一人の顔が脳裏をよぎり、その後は思った以上に筆が進む。
ゆかり君へ。
短い間だけどお世話になりました。一瞬でも早く変な趣味から足を洗ってくれる事を切実に祈っています。真面目に生きて下さい。
一緒に居る時間が多かった君へ。同居人のゆかりは、行くあてのない自分の為に親を説得してくれ居候させてくれた恩人である。とても丁寧な文字なのだが「真面目に」の部分が明らかに力が入っている様に見える。
「ボクの気持ちがちゃんと伝わると良いんだけど……伝わるかなぁ」
蒼薇が苦笑している横では、ランドルフは寡黙に文字を目立たせようと模索していた。そこには自分が世話になった蕎麦屋への地図。その場所へと赤丸印をつけ、続けてこう書き添える。
美味しいおそばが食べたくなったらこちらへどうぞ。
今なら人気メニュー「どるふそば」が1000円で!
出前も承ります。
03○‐54○‐×××2
かき氷始めました。その他あんみつ、くず餅等
和風スイーツもお楽しみ頂けます。
あの店と主人と老婦に出会えて良かった。そういう意味も込めて宣伝を書き込んでいく。それだけで良い。「どるふそば」が店のメニューに乗っていることが自分がここに居た証なのだから。
「相変わらず、貴方は謙虚な人ね」
ドルフの後ろから明日が声をかけるとドルフは申し訳なさそうに笑った。明日もノートにメッセージを書きに来たのだ。ドルフが書いた宣伝を興味深そうに見ている。その後ろには相棒で先輩の平の姿もあった。
「相変わらず、おまえは控えめだなぁ」
茶化すように言うとドルフの方が小さくなっていく。その体躯とのギャップを見て談笑しながら、明日と平はドルフのペンを借りてメッセージを書いていく。
皆に会えたのも、あの人に会えたのもきっと運命だと思っているわ。
あたしが銀幕市に配属された事もきっと運命なのね。
ありがとう。そして、これからもよろしく。
その明日のメッセージの下にはバッキーの足跡がぺたりと押された。ここでしか出会えなかった。ここだから出会えたことが、運命なのだ。
ここの魔法には、驚いたもんだし、嫌な思いもすりゃ、良い思い出も残った。
数え上げりゃぁキリがねぇ、でもな、どんな思い出も、後かりゃ思い出しゃぁ、はっきりくっきり覚えてんだよな、ま、そうゆう事。
そう楽しそうに書いている平は良い思い出も悪い思いでもひっくるめて嬉しそうに思い出しているように見える。
「ウルク様、これは何かを書けば宜しいのですか?」
ウルクシュラーネに尋ねるメラティアーニにそうだ、と頷き返事を返す。
ありがとう。私はこの街に来られて、幸せでした
ウルクがそう書くと、忍びたちも我先に、と競ってウルクに筆を強請る。
約束を、果たしたかった
この街に、ありがとうを
アイトニーとヴィラから。
ずっと友達
不思議なお姉さんは、未来の私なのかな
レリィとメラトも
不思議な街に、感謝いたします
凧、作っておいたでござんすよ
この街は、優しかった
テルテ、シャーリィエ、ミカルも銀幕市に存在したことを残していった。
メラトはそんなウルク達の様子を見ながら
「これで良いのかしら?」
そう言ってノートの一端にメッセージを残す。
不思議な街での、思いがけない再会に、感謝を
書き終えた後にこちらの言葉のコピーを頂けますか、と言ってコピーをウルクの書いた文字を読み、その下にまた新しい言葉を付け加える。
何にも負けずに、ただひたすらに前を見て
その言葉を書き終えたメラトが顔を上げるとウルクと目が合い、そして二人は微笑を交わした。
涙を湛えながら必死に文字を書いているのはアルヴェスだ。時折、耐え切れずにノートへと大粒の涙が落ちる。慌てて袖で拭いながら子供っぽい丸文字で言葉を綴っていく。
あのね、ボク楽しかったんだよ
いっぱいあそんでくれて、ありがとお
また、みんなとあそびたいなぁ
ボク、わすれないよ。わすれたくないよ
みんなとお友だちになったこと、わすれないよ
だから、みんなも出来れば、おぼえててください
最後に『ノート、ぐしゃぐしゃにしてごめんなさい。』と付け加えると更に涙が込み上げて来た。そんなアルヴェスの頭を優しく撫でてやったのはマイクだ。涙に塗れたページをめくり、その裏に何か絵を書き始めた。決して上手いとは言えないが晴天の空の下、公園で遊ぶ子供達を描いた中にこう、メッセージを残す。
god bless you
ありがとう
「君が流した涙で紙がくしゃくしゃになる様に、私達が居たことも誰かの胸に刻まれるはずでしょう」
牧師は優しく少年に笑いかける。すると、少年の大雨の表情が徐々に晴れへと変わっていった。
気配も無くやってきたのはレイだ。寄せ書き、と言うものには興味は無いが特定の誰かに向けてメッセージを残していい、という話を聞きペンを走らせる。
君がまだ俺のフィルムを持っていてくれるなら。
5.20
このメッセージを見つけてくれることを祈る。
親愛なるわが妻、Tへ
Lより
それは特定の、一人へのメッセージ。その人が見つける保証は無い。しかしレイは何故か見つけてくれると感じていた。その短いメッセージを書き終えるとサングラスを指で直し、コートを翻して颯爽と流れる人ごみの中へと消えていった。
ルイスはいつに無く真剣な顔付きで一文字一文字短い文を書いていた。
「我夢に胡蝶となるか、胡蝶夢にて我になるか」
しかしその直後に反動なのか物凄い走り書きで文を付け加えて行く。
そんなん知るかぁー!!
夢だろうと現実だろうと、やりたいことやって生き抜いてなんぼじゃ、わりゃぁああ!!
泣くのも一生、笑うのも一生。それなら笑って過ごしましょ☆もう笑いたくなんかないって思えるくらい笑い続けてみればいい。それができたらきっと幸せな人生過ごしてるからさ。
銀幕市にいた一人の☆ルイス・キリング
あと、不器用な兄さんが大好きです。
相変わらず文章でもその明るさは変わらない。はっちゃけた文字や☆のマークは見る者に元気を与えるような、そんな力を感じる。その後に次いでアルがメッセージを書こうとして弟が書いたメッセージを見て硬直した。思わずページごと破りたくなる衝動に駆られたが思い直して自身の気持ちを綴る。
ゆめのまほうはおわります。でも、ゆめはおわりません。
だから、悲しむひつようはきっとありません。ひつようがあるならば、きっとなつかしむ気持ちくらいだと思います。
思い出はみらいにすすむためのかてです。ゆめは生きるためのかてです。ここにはどちらもすばらしいほどあります。
皆さんがそれをわすれさえしなければ、きっとみちゆきに光があります。
ムービースター アル
せかいにはいつもゆめが満ちています。
書き終えるとどこか寂しそうな笑みを浮べたが直ぐにいつも通りの表情へと戻った。悲しむ事は無いと書いたのは自分だから。
素敵な思い出を、ありがとう。
安らかなひとときを、ありがとう。
最初は戸惑ったけれど、とても素敵な街でした。
自分の力が『救世』になったのも、この街の不思議かな。
ヨミは一度ここで手を置いて、目を閉じて脳裏に浮かんだ思い出を一つずつ噛み締めた。そしてもう一つ書いておきたいことがあることに気がつく。
時折にしか来ない同居人、黒猫『タイム』。
お前といた時間も、楽しかったよ。
私が居なくなったら、どうするのだろうね。
それが、気になるよ。
小さな同居人が心残りで、字が読めるはずもないのに思わず書いてしまった。きっと自分の代わりの誰かが出来る事を信じて。
色鉛筆を走らせながらアレグラは沢山の笑顔をノートに散りばめていく。楽しかったときの皆の笑顔を思い出しながら。
アレグラ、悪い事しただけど、皆、優しくしてくれた。凄い嬉しかった。
頑張るしただけど、悲しいの減らせたかな?
アレグラ、皆、大好き。
実体化した嬉しかった。今も嬉しい。皆と会えるした、遊べた、嬉しい。
お別れ悲しいだけど、アレグラも皆も絶対忘れない。
だから、またどっかで会おうな。
別れるのは寂しいことだ。でも出会えたことがそれよりも嬉しいことだから。
だから“また”どこかで。アレグラはそう書き残した。
現在もまだ原作が続いている菜穂子は自分の要望を書き連ねる。原作者読めよ!ぜってー読めよ!と念を込めて思いの丈をノートにぶつける。
原作はまだ続いているのでリクエスト。
ヴォルドさんとラブラブになれますように。なりたいです。ならせろやコラ。あの筋肉もう堪んねぇぇ。
14歳からずっと勇者なんだから良いじゃないですか。14つったら思春期じゃねぇか。恋愛でなく魔物退治に明け暮れた青春時代を返せ畜生。せめて最後にラブを!
……私も湿っぽい事を字に残すのは苦手なので。欲望で失礼致します。
書き終わった後も暫くは両手を合わせてノートに念を込めていたとかいないとか。その背後には荒れ狂うオーラが見えたとか見えなかったとか。
ありがとうを君に、とカラスはいくつものメッセージが書かれたノートに己のメッセージを書き始める。
リディアへ
君が娘になってくれてとても嬉しかったよ。君が側にいてくれた事で俺は随分と救われていたよ。
君を守る存在でいたいと思いながら、実は自分の方が守られているんだって事、感じていたんだけど、違うかな?
君はここに来てから幸せだった?思い残している事はない?
…それから、あの、サトリの君とはどうなっていたのかな? なんて、いらないおせっかいだよね。でも、気になっています(笑)
時間をかけながらゆっくりと。伝えたいことを綴っていった。最後の一文を書いた後、ちょっと消そうか思いとどまったのはカラスだけの秘密である。
左京と右京がノートを目の前に何を書くか悩んでいる。
「これって何でも書いて良いんだよね」
「だと思うけど……」
「よし分かった!」
そう言って極太マジックで書いた言葉は
右京の唐揚げ最高!
だった。しかも2ページの見開きでドドンとデカく。満足げな左京だが流石にこれだけでは余りに酷いのでペンに持ち替え真面目にメッセージも書くことにした。
この街での生活も、とても楽しいものでした。ただ、ありがとうと伝えたいです
そしてペンを右京に渡す。他の者と同様に何書こうか悩みながら言葉を紡いでいく。
この街は珍しい物ばかりで、楽しかったです。ありがとうございました
メッセージの横に肉球スタンプをぺたりと押す。
「……で、左京は何書いたのかなって……何書いてるの!」
左京が書いたメッセージが気になってページをめくって見て見たら大々的にから揚げの事が書いてあって恥ずかしくなってしまった。それでも、その下に、付け足してメッセージを書き添えた。
でも、まだ黒こげ唐揚げ出来るんですよ
ノートに少し工夫をして譜面に仕立てたのはSoraだ。言葉よりも残したいものがあった。歌詞ではなく曲を言葉として書き綴っていく。それは文章を書くが如し。たまに書き直したりしたがその回数は少ない。 書いているときに無意識にリズムを取ったり頭の中でワンフレーズを反芻したりして。
完成したものに歌詞は無く、全部で2分ほどで終わる短い曲である。しかし、その曲に込められた思いは曲の長さで決まるものではない。この街で体験したこと。それを形に出来るのは映画の中のSoraではない。今ここに居るSoraだ。最後に譜面を書く時と同じように流れる筆致で『Sora』と署名をした。
ソルファも尻尾を振りながらふらっと風のようにやってきた。余りこういうものに縁のなさそうな彼だが、おもむろにペンを取り、走り書きのように一文をノートに刻んでいった。
私はここにいた。私はここで生きた。
宛名などは無い。いや、多くて書ききれないのだ。全ての人へ。そう誰ではない『みんな』に伝えたい。自分はここに居る。そして消えようともその事実は変わらないのだ。
そして満足そうにまたふらりと何処かへ足を向ける。自分が居た証は確かに残した。それで、いい。尻尾は再び揺れて遠ざかる。
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「確かに受け取りました」
対策課の植村はそう言うとメッセージの書かれたノートを受け取った。いつでも、いつまでも閲覧自由だと約束をして。
書き綴った想いは届いたものもあれば届かなかったものもあるだろう。本人が、メッセージの相手が消えてしまったかも知れないから。
しかし、このノートが残っている限りメッセージを見た誰かの手によって作者や役者を経て、届くかもしれない。可能性は無ではない。なぜなら映画は不可能を可能に変えるものだから。
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クリエイターコメント | 皆様お待たせしました。【最後の日々】お届けにあがりました。 パーティシナリオが初、という部分もあって皆さんに満足して頂けれるか心配ですが皆さんの銀幕への気持ちがすごく伝わってきたのでめいっぱい書かせていただきました。気に入って頂けたなら幸いです。 最初は5人くらい集まれば上々、と思っていたところ予想以上の人数でとても嬉しかったです。銀幕のWR生活が良い思い出だけで終われそうです。
それではまた何処かでお会いしましたら宜しくお願いします。ご参加ありがとうございました! |
公開日時 | 2009-06-24(水) 22:20 |
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