★ 後方支援活動 ★
イラスト/キャラクター:河合ユカ 背景:ミズタニ


SCENE-a★情報は戦場を駆ける

 ディズの吹くトランペットの音色が、銀幕市中に朗々と響き渡る。
 ――SUMMERTIME。
 その曲目はリアルタイムの状況を伝えている。司令部の端末からネットダイブしたレイから、たった今連絡があったのだ。レイは、全フェイズの情報伝達担当者ともコンタクトを取り合っている。フェイズ1から司令部に送られてきた戦局は、皆が待ち望んでいた朗報だった。
 ノーマン少尉の迎撃隊、青銅のタロスを撃破!
「……でも、かなり押され気味だったんですね。負傷者は予想以上に多そうです」
 いくつか『目』を開け、視覚で確認したのは一乗院柳だった。逃げるに逃げられないムービースターの彼は、せり上がってくる恐怖を押し殺し、司令部で情報伝達の一翼を担っている。
(どうー、か。誰、も、死な、ない……ように)
 死神失格ですね、と呟いて、西村は司令部を飛び出し、駆けた。
 市街の凄惨な光景に、息を呑む。生々しい戦闘の爪痕が、無惨に残っている。破壊の限りを尽くされて、馴染み深い建物が崩れ落ちていた。瓦礫の山から聞こえてくるのは、傷つき倒れた、親しい人々の呻き声。
(助け、たい。ひとりー、でも…多く)
 血の色のマントを翻し、不吉に煌めく槍を構えた兵たちが、そこここを闊歩している。この場所では、機械類には頼れない。兵たちから身を隠し、西村は、手早く書いたメモを鴉の足にくくりつけた。
「鴉…くん、お願、い」
 あるじの意を受け、カアアア! と高らかに啼いて、鴉は空に舞い上がる。おそらく近くには、負傷者を搬送している小日向悟とクラスメイトP、浅間縁と神月枢らがいるはずだ。兵と遭遇してしまったときのために、椿が護衛してくれればなお心強い。ともかく彼らに伝えなければ。
 黒い空に溶け込む鴉を案じて目で追えば、いやでも巨大な神殿が目に入る。
 ――もうひとりの死神が、あそこにいる。西村とは正反対の想いを凍らせて。

 願わくばあの幼い死神とも、いつかこの街で笑いあえたらと思うのは、無謀だろうか?

SCENE-b★君死に給ふことなかれ

「……まいったな」
 崩れた民家の塀に背を預け、冬月真は座り込んでいる。その全身は血まみれだった。
 結局、彼は市内に残ることを選び、怪我人の搬送などを手伝おうと思っていたのだが。
 ある生き物を、庇おうとした。それだけだった。すでに避難を済ませた市民が連れていき、市内には残っているはずもない生き物――猫を。
「くそっ! ……俺は無力だ」
 腕の中で、猫は既に息絶えている。
 見上げた空に浮かぶのは、恐るべき神殿。悪夢のように立ちふさがるのは、とどめを刺そうとするタナトス兵。
「ここまでだ。後は頼んだぞ……ムービー……ス……」
「あきらめるな!」
 サブマシンガンを背中に引っさげて、椿がバイクごと突っ込んできた。不意を突かれたタナトス兵が、どう、と、地に倒れ伏す。
 椿のH&KUSPエキスパートが火を吹く。体勢を立て直そうとした兵の動きは止まった。
 細かな瓦礫を蹴散らして、一台の車が横付けにされる。駆け出てきた悟とクラスメイトPは、ずるずると崩れ落ちそうになった真を、抱き留めるのに間に合った。
「しっかり、冬月さん! ……もう、大丈夫だから」
「すぐ病院に運ぶからね。い、今の僕は力持ちなんだ!」
 クラスメイトPは、救護班のファーマ・シスト特製の即効性筋肉増強剤「マッチョさんβ」を摂取済のため、世にもたくましい逆三角形体型になっている。少し前、青銅のタロスに対峙したメンバーたちの危機をレイから知らされた時は、根性でロケーションエリアを展開し、迎撃班に及ぶはずの災厄をその身に引き受けていた。それが、圧され気味だったフェイズ1に対しての、クラスメイトPなりの後方支援だった。
 悟と椿が手早く応急処置をし、真をそっと車に運び入れようとしたとき。
「――うわぁ!」
 新たに現れた兵が、いきなりクラスメイトPの喉元に槍を突きつけた。
 救護の拠点にいたキュキュは、前もって、情報伝達と搬送を担当する者全員に、飛び道具無効の魔法をかけてくれている。だから流れ弾や弓矢等であれば問題はない。しかし、槍を前にしては――
 クラスメイトPとて「死」は怖ろしい。たとえ「神の午睡」に守られていても、だ。
 がふッ! 
 何か固いものが砕かれる音が響く。悟は思わず、装備した青い守り石を握りしめ、椿はおもむろにサブマシンガンを兵に向ける。
 しかし、砕かれたのはクラスメイトPの喉ではなく、タナトス兵の鎧だった。防御用にと連れていたメカバッキー『山田さん』が躍り出て、タナトス兵に食らいついたのだ。ばりぼりぼりと頼もしい食欲を見せる不可思議な存在に、さしもの不死身の兵にも動揺が走る。
「ここはオレたちが囮になる。椿さんは冬月さんを……!」
 車に搭載した重火器を素早く手にし、悟が叫ぶ。
「わかった」
 椿が頷いた瞬間、ローブに包まれた影が、ゆらりと姿を現した。
 カロンだ。彼もまた、戦場の怪我人を探索するべく、独自に動いていたのだ。
 状況を察知した『山田さん』が、タナトス兵から敏捷に飛び退く。
「……神に生み出された器よ。……自らの魂満ちる時まで静かに眠れ」
 長い杖の先にともったカンテラの明かりが、鋭く光る。刹那、タナトス兵を煉獄の炎が覆った。
 カンテラの炎が兵の身体を焼き払っていくのを見届けてから、カロンは息絶えた猫を見た。
「……お主は戻ってくるがよい。未だ、その時ではない……」
 ……みゃあぉ……?!
 ひくりとヒゲを動かして、魂を呼び戻された猫はきょとんと目を見張る。
 現れたときと同じように、カロンはすうと姿を消した。
 戦場と化した市街地で、身動きのとれぬ負傷者を、なおも探すために。

★ ★ ★

「神月さん。ここらへん、負傷者が何人も埋まってるっぽいよ。西村さんの鴉くんが伝書鴉してくれたの」
 瓦礫の山を前に、縁はメモを広げる。肩の上で、鴉がカァと鳴いた。
「よし、掘り起こして病院に強制連行するとしましょうか」
「うん」
 縁は長袖のシャツを着て、とあるムービースターから提供されたケブラーベストを身につけている。斜めがけにした大きめのスポーツバッグには、水やタオルや応急処置セット等を準備してあった。バッキーの『エン』は、ガードケージに入れ、万一の時は攻防に使用するつもりである。
 縁同様にムービーファンの枢だが、彼の気の荒いバッキー『ソール』が協力を拒んだため、ファングッズは使用できない。標準装備のナイフの他に、こっそり拳銃も忍ばせている。
 笑顔を絶やさずに頷いて、枢は筋出力の制限を外し――いや、スイッチを「入れた」。
 後方支援担当全員に提供された、ICチップ内蔵の腕輪が異変を告げている。
 ――タナトス兵が、近くにいるのだ。それもふたり。左右から徐々に距離を狭めている。
 敵が敵だ。あらゆる手段を使わなければ。
 その前に、どのタイミングで縁を逃がそうかと、考えを巡らせ――

 しゅいん!

 右のタナトス兵めがけ、上空から、鋭い炎の矢が飛んできた。
 津田俊介だ。作戦会議室で、怖い、怖いと繰り返していた少年だ。
 しかし彼は今、念動力で飛行しながら自らを囮とし、黒い空を駆けている。
 上空から負傷者を探索し、軽傷者には超能力で治癒力を促進させて手当てをし、瀕死のものは瞬間移動で病院に搬送していたのだった。
 拠点の病院から一歩踏み出したとき、戦争という悲惨な状況を目の当たりにして、俊介は思わず吐いてしまった。
 そして、開き直ったのだ。
 俊介は飛ぶ。歯を食いしばりながら。

 左のタナトス兵を奇襲したのは、気配を隠して忍び寄った――黒孤だった。
 影繰りにより、兵の動きがぴたりと止まる。
「うわっ。びっくりした」
 タナトス兵の存在よりは、いつの間にか現れた黒孤に対して、縁が声を上げる。
「……怪我をなさった方々をお運びするのに力がお入り用でしたら、失礼して」
「え? 搬送に力貸してくれんの?」
「いいえ……。影操りにて、ご自分で移動して頂きましょう。負荷をお掛けしない程度に」
 かくして。
 枢が筋力を駆使して重い瓦礫を取り除き、救出した負傷者たちは、三々五々、よろよろかくかくと、操り人形のような動作で、自ら病院に向かうことになったのだった。

SCENE-c★生きることは食べること

「……何とかなるよ。大丈夫」
 続歌沙音は率先して、司令部での炊き出しを手伝っていた。
 叔父と避難するしないで大喧嘩となり、作戦会議には出られなかったそうだが、手際よくおにぎりと豚汁を作っていくさまは、ほれぼれするような仕事ぶりである。
「うむうむ、ともかく、食べて元気をつけなければなりませぬ。はいな、まるぱす閣下、市長、直紀。司令部炊き出し班の歌沙音、りでぃあ、らくしゅみ、真名実、あーんど妾の心づくしですえ。たーんと召し上がれ……あ〜〜れ〜〜〜!」
 おにぎりを乗せた皿を運ぼうとして、珊瑚姫は足を滑らせた。慌てて支えようとしたリディア・オルムランデは、一緒になってすっ転んだが、幸いおにぎりは死守することができた。
「空は……やっぱり、綺麗な色がいいな……」
 起きあがりながら、リディアは呟く。
「そうだね。でも、こんなときだからこそ、和むお手伝いができるといいよね」
 ふっと微笑んで、沢渡ラクシュミは、両手いっぱいに抱えた非常食を配り歩く。ひとくちに非常食といえど、そんじょそこらのものにあらず。父のつてで集めた、世界各国のバラエティ豊かなレアものである。……あたり外れはあるらしいが。
「チョコとお菓子もどうぞ。疲れてるときは、甘いものが効きますよ」
 香我美真名実もにこやかに、司令部の面々の手のひらに、色とりどりの小さなセロファン包みを乗せていった。
「怪我はない、姫? 頑張っている副官にご褒美! 焼きたてのパンだよ!」
 珊瑚姫の手を取って立ち上がらせ、香ばしい香りを放つパンをその手に渡したのはタスク・トウェインである。
「……はて? タスク、いつの間にここに?」
「市街の怪我人を探索してたんだけどね。搬送班は充実してるみたいだし、いっそここでパン屋を開店しようと思って」

 補給については、完璧だった。
 何しろ、連絡網とコネクションの広さでは追随を許さない、リゲイル・ジブリールがついているのだから。
 物資が足りなくなった場合はすぐに補充できるよう、市外には補給部隊が待機している。
 武器・弾薬・医療品、食料等、全てが豊富に揃い、過不足はない。万一に備えての衣料品までも用意してあった。
 市街の探索用に、スクーターも数十台並んでいる。
 携帯電話で市外に連絡を取っているリゲイルの指は、見れば絆創膏だらけだ。
 その理由は、後方支援部隊全員が胸から下げている、お守りを見ればわかる。
 ちょっと不恰好なそれは、リゲイルの手作りだった。

 司令部が置かれた市役所は、とあるムービースターの尽力により、結界が設けられている。
 それでも万全を期するため、赤城竜と鹿瀬蔵人は、市役所周辺の警備を担当していた。
 なにぶんにも、市街全域が未だ戦場なのだ。
 ケブラーベストを身につけ、バッキー『スノー』は背中のリュックに。ディレクターズカッターを手に、気合の白鉢巻をきりりとしめて、竜は大声を張り上げる。
「おっしゃ、やるぞ! 若いもんには負けねーかんな!!!」
「それでは、行ってきます」
 蔵人は炊き出し班に挨拶をしてから、柔らかな布を敷いたガードケージへバッキー『ぶんたん』を入れ、左手で持った。右手は、いつでも動かせるようキープする。
 ケージを使って敵の攻撃を打ち払い、そして反撃へと転じる戦法を取るつもりだった。
 暗い空を見上げ、蔵人は呟く。あたかも少女神が、すぐ近くにいるかのように。
「いかに死が絶対でも、足掻く位はしますよ」

★ ★ ★

 レイエン・クーリドゥの結界で守られた銀幕市立中央病院の庭に、巨大な中華鍋がセッティングされていた。
 山口美智、一世一代の満開全席である。負傷者に脂っこい料理を出すのはどうかと思うが、体力勝負な人々も多々詰めていることだし、また、ゲンロクが取れたての野菜をたくさん提供してくれたので、「火力と魂が命だぁぁ!」な中華はむしろうってつけだった。
「豪勢だなや。あとでわしも料理しちゃる。野菜のうんまい食べ方ならまかせとけ!」
 そうしている間にも、慌ただしく搬送されてくる負傷者を、ゲンロクは横目で追う。
「ここがやばくなったら、鍬持って戦うぞい。わしより若いやつは、死ぬんじゃねぇぞ」
 少し離れた場所で、キュキュとゆきは、もう少し機能的な料理をこしらえていた。
 卵サンド、梅おにぎり、豚汁――そして、カレー。
 搬送班や護衛班、遊撃班の分を取り分けながら、ゆきは祈る。
 皆に幸運が、届くように。……そして。
(神殿にいる「あのこ」にも届くといいのう。友と仲直りできるという幸運が)
 ――そう、付け加えて。
 
 出来たての玉子サンドに、ひょいとつまみ食いの手が伸びた。
 一息つく暇もなく走り回り、ロボット系ムービースターの負傷を治したり、故障した備品を修理したり、余った部品でせっせと武器を作ったりしていたレオ・ガレジスタだった。
 その手は、「ぺっち」とキュキュの触手で叩かれる。
「かたときも時間を無駄にしたくないのはわかりますが……。つまみ食いではなく、ちゃんと食べてくださいね」
「あはは、そうだね」
 穏やかな機械整備士は、子どものように笑った。
「お腹が減るってことは、僕たちはまだ生きてるってことだものね。……みんな、がんばろうね!」

 この病院は後方支援活動の作戦に組み込まれ、また、野戦病院の機能も兼ねている。そのことを源内とクラスメイトPは、昨日のうちに病院関係者たちへ伝え、説得と説明を行っていた。従って、病院内部の連携やスタッフの配置は滑らかだった。
 外科棟の1階をメインの治療室とすることも了承済であったため、救護班の、りんはおとレイエン、ファーマによる、案内や治療、投薬も、的確に行われたのである(「マッチョさんβ」の副作用についてだけは不明)。
 瀕死の重傷だった真は、レイエンが手をかざして10秒程度で完治した。
 眠りについた患者の額に、レイエンは軽くキスをする。
「よく頑張ったね。ゆっくり休みなさい」

(……あれ?)
 りんはおのエプロンに、ぎゅっとしがみついたものがいる。
 どこから避難してきたのか、小さな女の子だ。肩が震えている。泣いているのだ。
「おうちの人は?」
 女の子は、無言で首を横に振る。
「名前は?」
 やはり答えない。涙をためたまま、きつく唇を噛んでいる。

 ちょうど、リオネやトゥナセラと同じくらいの年頃だ。
 彼女を見てふと――誰かが言った。

 ……だけど、ねぇ。
 セーラは本当に、銀幕市が嫌いなのかな?







<登場人物一覧>

ディズ レイ 一乗院 柳 西村 小日向 悟 クラスメイトP 浅間 縁 神月 枢 冬月 真 椿 ファーマ・シスト キュキュ カロン 津田 俊介 黒孤 続 歌沙音 リディア・オルムランデ 沢渡 ラクシュミ 香我美 真名実 タスク・トウェン リゲイル・ジブリール 赤城 竜 鹿瀬 蔵人 山口 美智 ゲンロク ゆき レオ・ガレジスタ りん はお レイエン・クーリドゥ 





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