「東京の様子も落ち着いたのかしらね」 アリッサは、報告書をめくりながら、つぶやく。 壱番世界、東京を舞台に繰り広げられた『赤の王』との戦い。ワームが生み出した分身と、東京各地で激しい戦闘が行われた。その痕跡は、世界図書館のツーリストたちの特殊能力や、『ファミリー』が持つ莫大な財力そして壱番世界への影響力などを駆使して、人々から隠蔽されることとなった。「念のために、その後の様子を視察する、っていうのはどう?」「それもいいかもしれませんね。依頼を出しますか?」 アリッサの発案にリベルが応じた。アリッサはにっこり微笑むと、「司書のみんなを集めて」 と答える。 そして、集まった司書たちに発表されたのは。「世界司書の慰安旅行を行います! 行き先は、壱番世界・東京! 今回も、思いっきり楽しもうね♪」 なぜか、そんな話になっていた。 + +「おまかせくださいアリッサ館長。観光バスでGOですね了解です。お忙しいリベルさんに代わり、もろもろ手配させていただきます。行きますよね!? もちろん行きますよね、ルルーさん、ヒルガブさん、にゃんこさん、モリーオさん!」 だだだだだーーー、と、ものすごい勢いで招集に応じた無名の司書が、鼻息荒く同僚たちに詰め寄る。「ステキな提案ですので、是非」 ヴァン・A・ルルーがそう答えるのと同時に、ヒルガブも頷く。「東京ですか。どんなところなのでしょうね」「はいはーい! 行きたいにゃー!」 黒猫にゃんこはそう叫ぶやいなや、「――ぜひ参加しないとな」 さくっと「黒」に、変身した。「いろいろあったからね。ゆっくり羽を伸ばしたいもんだね」 モリーオ・ノルドが穏やかな笑みを見せる。「大勢で行くと楽しいですもんね。グラウゼさんも鳴海さんも火城さんもロイシュさんも湯木さんも行きましょーよ? 一緒にスカイツリー観光しましょ」「あのスカイツリーか。展望台からどんな景色が見えるのか、楽しみだよ」「……すごく高い塔なんだよね? 遠くからだけは見たことあるけど、……どんなに高いか経験しておくのも大事かな、うん……」 グラウゼ・シオンは興味深げだ。鳴海晶はといえば、ちょっとびくびくしている。もしかしたら、ロストナンバーたちにからかわれてしまうかもしれないくらいには。「面白そうだ」「楽しそうデスネ」 贖ノ森火城とロイシュ・ノイエンは、彼ら独自の提案をした。「できれば、浅草で、江戸っ子文化とかいうものを体験してみたい」「日本といえば温泉が盛んと聞きますが、東京の温泉は何があるのでショウ?」「浅草いいですね。わっかりました。それと温泉! お台場にある、江戸の町をテーマにした温泉施設はどうでしょう? みんなで浴衣に着替えるの、たのしみー!」 メモを取る無名の司書の隣で、「東京は、美味いもん沢山あるっちゅう話じゃけ」 湯木が呟いた。「上野には動物園があるらしいの。0世界では見れん生物が沢山いそうで興味はある。……動物んこと考えとったら腹減ってきたのう……」「わっかりました、湯木さんがそう仰るなら上野動物園にも行きましょう。……って、動物園は湯木さんの食材コーナーじゃないですからね〜?」「はーあーい、あたしも行きまーす! 東京ってあれでしょ、スイーツの街なんでしょ? やだすっごい楽しみ!」「はいはーい! 私もいきたい行きたいー! 連れてって!」 ルティ・シディと紫上緋穂が挙手する。「待ってました、綺麗どころ! スカイツリー近辺だけでも、ここだけでしか食べられない限定スイーツとか、評判のカフェレストランとかたくさんあるから、回り切れないかもよ〜?」「アタシも行きたぁい!! ねぇねぇ『遠足のしおり』はもう作ったぁ?」 カウベル・カワードが、弾けるような笑顔を見せる。「表紙はやっぱりスカイツリーよねぇ、アタシが描いてもいいかしらぁ!」 その手をがっしと、無名の司書は握りしめた。「お願いしますカウベルたん!」「ガラもいきたいです! なんかね、原宿はオサレな竹薮だってこないだ聞いたんですよう」 おっとりと様子を見ていたガラも、身を乗り出す。「あ、あの……、えっと、せっかくのお誘いですし、私も参加します」 引っ込み思案のリクレカ・ミウフレビヌも、おずおずと言う。「竹下通りとか、お洒落な方多いのですよね。ロリータの方も多いとか……」「まあガラたん。リクレカたん。なんてレアなのかしらん。そうね、原宿もそうだけど、あたし、裏原宿にも興味あるのよね〜。オサレ過ぎて、一見しただけじゃ何を商ってるかわからないお店がたくさんあるっていうし」 よっし、イケメン成分とおにゃのこ成分を満たしたところで、と、無名の司書は、灯緒と、その背に乗っかっているアドを見た。「ふわもこ成分を補充したいと思います。灯緒さんアドさん、ご参加よろしこ」「……そういえば、壱番世界へは行った事がないな」 少し考えていた灯緒は、やがて首を縦に振った。「よし、行こう。バスツアーなら移動中寝ていられるし」『おー、行っとくかー』 アドも、了承の意を表明した看板を上げる。『観光はいいけど、オレら動物組はペットですーって迷子札みたいなのつけた方がいいんじゃねぇの? それ以前に誰かと一緒じゃないと危ないか? いやでも観光……』 そして、ペットグッズの本と、東京食べ歩きマップを交互に見始めたのだった。 + + ――こんにちは、名も無き司書です。そんなわけなんでロバート卿、あ、現在のビミョ〜なお立場はそこはかとなく司書たちも把握してますが、慣例に則り『卿』づけのままで失礼します。観光バスのご手配と、東京貸し切り、よろしくお願いしまーす。 ――東京全体はさすがに無理だけれど、そうだね、司書たちから希望があった、スカイツリーとそれに附随する商業施設、浅草周辺、上野公園内の動物園、お台場の温泉施設くらいなら、押さえておこう。 ――ありがとうございます! ついでに原宿と裏原宿もお願いします! ――……それくらいは、きみたちで何とかしたまえ。 ――え〜? だってあのへん、特に裏原宿は、オサレなひとしか足を踏み入れてはならぬ的ムードが満ち満ちてて、敷居が高いじゃないですか〜? ちゃちゃっと根回ししといてくださいよ〜。あたしとかがお店に入ろうとしたとたん、びびーっと「ダサイ女は帰れセンサー」が鳴ったらどうしてくれるんですか心の傷を。 ――健闘を祈る。 + + そして、観光バスは出発する。 なお、宇治喜撰241673は、アリッサ&女性司書たちのバス内での足置き場として、使い回しされる予定であった。!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
Sightseeing1◆眠らない街の鎮魂歌 エレベーターは超高速だった。フロア350――東京スカイツリーの展望デッキからの眺望に、神園理沙は目を見張る。 「スカイツリーが完成したのは聞いてましたけど、なかなか機会がなくて。一度来てみたかったんです」 「うっ……、これは……!」 眼下の絶景に、ナウラはあやうく歓声を上げかけた。が、ぐっと我慢する。 ここは、自分が居た時代の首都とよく似ている。そんな地の発展ぶりに興奮したのだ。 「あれは何だ?」 誰にともなく発した問いに、理沙が答えてくれた。 「東京タワーですよ」 「あれは?」 「ゲートブリッジだと思います」 「あれは?」 「富士山ですね」 違うものもあれば、同じものもある。ここは異世界ではあるが、ひとが着実に暮らしている土地だということには変わりない。 「東城も60年経ったらこうなるのかな。私は生きていないだろうけど、楽しみだ」 「いい眺めだ」 「素晴らしいですね」 グラウゼ・シオンとヒルガブは、360°のパノラマをゆったりと見回している。2000人収容可能な展望デッキは、貸し切りのため、圧倒的な広さだ。 鳴海晶はといえば、先ほど、フロア340にある高所恐怖症泣かせのガラス床をうっかり覗き込んで放心状態のため、黒猫にゃんこが付き添い、結果、皆に置いていかれて迷子になっていた。ナウラは気を利かせて彼らをインフォメーションへ連れていったが、帰り道、自分も迷ってしまったことなどを、理沙に話す。 「そういえばここ、美味しいスイーツのお店がたくさんあるみたいですよ。女性司書さんたちとご一緒しませんか?」 理沙はナウラを誘い、近くにいた紫上緋穂とルティ・シディにも声をかけた。 もちろん、と頷いて、緋穂とルティは、まずはタルトの人気店へ行こうとはしゃぐ。旬のフルーツを宝石のように散りばめたタルトが20種類以上あるその店には、スカイツリー公式キャラクターをモチーフにした限定商品もあるのだそうだ。 屋敷のひとびとへスイーツのお土産を、と、考えていた理沙は、それをテイクアウトすることにした。ナウラもまた、お土産を持ち帰る相手を思い描く。「あいつだって偶には甘い物もいいだろ」と。 「すごい。すごいね、お姉ちゃん」 南河昴は天倉彗を振り返る。天まで届かんばかりのこの塔は、下から見上げたときも圧巻だったが、こうして展望デッキに昇ってみると、あらためてその高さが体感できた。 「広いわね」 昴の歩調に合わせながら、彗はフロア350をぐるりと眺めやった。 「よくわからないものが、たくさんあるわ」 彗にとっては久しぶりの大都会だった。淡々としているが、彼女なりの驚きの表現である。 遥か彼方には東京湾。眼下の光景と広がる青空を交互に見つめ、昴はぽつりと言う。 「夜の空も、見てみたかったな」 ここは日本で一番、星に近い場所。ならば、星はよく視えるだろうか。それとも、夜の都会の煌めきにかき消されるのだろうか。 「プラネタリウムへ、行こうか?」 彗は言う。スカイツリータウンにあるプラネタリウムは、その名も"天空”だ。 貸し切りにあたり、何がしかの配慮がなされたのかどうかは定かではないが、その日の上映作品は『銀河鉄道の夜』だった。 ディラックの空を走るロストレイルとは似て非なる、最先端の映像で描き出された、星降る銀河を往く汽車に乗車したような感覚―― 昴は、半券を大事にパスホルダーに仕舞いこむ。覚醒前、姉と行った時のものと一緒にして。 「お姉ちゃんとまた見に来られて、よかった」 「そうだね。……また、来よう」 (平和だな) リエ・フーはハーモニカを口に当てた。小笠原で拾った、グレイズ・トッドの形見を。 (……ここで、グレイズは死んだ) 葬送曲が流れる。それはグレイズの十八番でもあった。 ――聴こえるか、グレイズ。 てめえに自慢したくて練習したんだ、びっくりさせたくてな。 俺からのせめてもの手向けだ。弔ってやんなきゃ浮かばれねーだろ。 俺は、インヤンガイへ行く。 お前の分まで、なんて言わねえ。俺は俺の人生を生きてやる。 (あばよ、野良犬) 薔薇を一輪、リエは置く。それは、冬の河で凍え死んだ、故郷の友の墓にも捧げた花だった。 「リエ」 「リエさん」 頃合いを見計らい、ティリクティアが歩みよる。アリッサも一緒だ。 ティリクティアとアリッサは、バスに乗るときからともに行動していた。ふたりとも、いつもどおりに旅行を楽しんでいるように見えたが、どこかしら透徹した――大人びた表情をふっと見せている。 あるいはそれは、少女たちもまた、この旅の終わりを……、決断の時が刻々と近づいていることを感じているからかもしれなかった。 「……これ、作ってきたの」 リエが帰属することを事前に聞いてはいた。だが、ティリクティアはそのことには触れず、ただ、あなたの未来に祝福を、と言って、手作りのお菓子を渡す。 「ねぇリエ。アリッサも。皆も。一緒に写真をとらない?」 ティリクティアは、彼女らしい笑顔でリエの腕とアリッサの手を同時に取る。近くに居合わせた面々にも、朗らかに声をかける。 ……はい、ちーず! (故郷に戻っても、今日という日を忘れない) かけがえのない、私の、特別で大切な思い出―― 涙を見せぬよう、巫女姫は、広がる青空の彼方を見る。 Sightseeing2◆神鳴りのあと 「ダイアナ様。……救えなかった」 リンドウの花束を抱えてスカイツリーを訪れたカンタレラは、帰りしな、道ばたにそっとその花を手向けることにした。花言葉は「あなたの哀しみに寄り添う」。清楚な白の衣装をふわりと翻す踊り子の肩を、クージョン・アルパークはやさしく抱き寄せる。 「ダイアナさんも、幸せを探していただけなのかもしれないね。カンタレラの気持ちも、わかるよ」 カンタレラはしばらくうつむき、両手で顔を覆っていた。だが、やがて顔を上げ――、 歌うは、アイルランド民謡「Love's Old Sweet Song」。人生の闇が影を落とそうと、愛はまた優しき歌を見出すだろう、そんな歌詞の。 曲調にそってハミングしていたクージョンは、さあ、と、前方を指さした。 「あの巨大な提灯があるところが浅草寺の山門、雷門だそうだよ。雷門は、右に風神、左に雷神が配されていて、正式名を『風雷神門』というそうなんだ」 「う、うん……?」 すこしぼんやりとするカンタレラであったが、 「暗闇が当然だった部屋に、いつか風が吹き、光が差す。扉を開け、少女はまだ見ぬ幸せに向かい、歩き出す。そこにいるのは、少女を導くセクタンなんだ」 クージョンの説明(?)に、さらに困惑するカンタレラであったが、 「僕は君のセクタンになりたい。ダイアナさんのように本は追わず、僕と幸せの旅へ出よう。カンタレラ」 ……あのさぁ、セクタンて言われてもさぁ、とか、ちょっと思っちゃうカンタレラさんであったが、 「愛しているのだ、クージョン。ずっと一緒にいたい」 思い切って、抱きついた。 (しあわせそうで、良かったのじゃ) 贖ノ森火城の案内役を買ってでて、浅草を散策中だったジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、カンタレラとクージョンの睦まじげな様子に、ほっと胸を撫で下ろす。 (雷門……、のう) ジュリエッタは先ほどから、複雑な思いで大提灯を見上げていた。あのとき、ダイアナにとどめをさすことになったのは、自らの雷能力によるものだったので。 (わたくしが、ダイアナ殿を――) 「この世界じゃ、雷鳴を『神鳴り』とも言うらしい」 その胸中を察した火城は、ジュリエッタの肩に手を置く。 「雷が神々のなせるわざなら、あんたの雷撃はダイアナへの神の慈悲だ」 「贖ノ森殿」 ふっと、ジュリエッタは、強ばった口元をゆるめる。 「うん、あんたは笑っているほうがいいな」 「うむ! こういう機会なのじゃから、皆と楽しまねばの」 言うなり、火城の袖を引っ張って歩き出す。 やがて彼らは、着物などを試着させてくれる店に入ってみた。 「おお、この模造刀は良くできておるのう。……ううむ、やはり贖ノ森殿は着物がお似合いじゃ」 「あんたの着物姿も凛々しいぞ」 「今度、稽古着を着て手合せ願いたいものじゃがのう」 「考えておこう」 + + 百田十三は真剣に地図を睨んでいた。その迫力に、いったい何事かと、ダンジャ・グイニが立ち止まる。 「いや、こう見えても甘党の酒好きなのでな。折角お招きいただいたのだから、この通りの端から端まで全部調査して、浅草食い倒れマップを作成するのも悪くない」 「そりゃ頼もしい。あたしも手伝うとしようかね」 有り難いと、十三は頷き、次の瞬間、きらりと鋭い視線を前方に投げる。 「あれは――芋ようかんの店ではないか」 見れば、老舗の和菓子屋に行列が出来ている。 「しかも、『芋ようかんソフトクリーム』なるものがあるだと!?」 つかつかと近づいて買い求め、無造作に頬張る。 「なかなかいける」 「どうれ」 グンジャも試しに食べてみた。 「これはなかなか」 「それ、何ですか? おいしそう」 くりっとした青い瞳を輝かせ、兎が歩み寄る。芋ようかんのアイスだと言われ、首を傾げる兎に、食べかけが嫌でなければ一口試してみるか、と、十三は自分のアイスを差し出した。おっとりと微笑んで、兎は頷く。ソフトクリームは持ち帰りが困難だが、箱詰めの芋ようかんなら、と、お土産にしようと思う兎だった。 旅は道連れとばかりに、彼らは何となく連れ立って仲見世商店街を歩き始めた。途中、グンジャは手ぬぐいや風呂敷を商う店に足を止める。 「一枚の布が、こんなに様々な用途に使えるなんてね。文化だねぇ」 さまざまな柄のものをたくさん買い求めたのは、服飾をなりわいとする彼女ならではの視点だった。 さらには別の店で「諸国名産珍味」なるものを勧められ、酒の肴に最適と、グンジャは大喜びである。 浅草寺に到着後は、近場にいた者たちからその作法を習い、参拝した。 (えっと……、元の世界の皆が無事でありますように。……それから、戻れますように) 兎はそっと手を合わせる。寺社に詣でるのは、これが初めての経験だった。 + + (はとバスにも乗りたかったんだけど……。まあ、いいか) ひと足先に動物園を見物したユーウォンは、前々から憧れだった「地下鉄」で、浅草に移動してみた。「メトロに乗って浅草へ」を口ずさみながらつり革に掴まってる有翼小型ドラゴンに、東京メトロ銀座線に乗り合わせたふつーの人々は驚いたなんてぇもんじゃあなかったが、たいした騒ぎにはならなかったようですビバ旅人の外套効果。 浅草に着いてからも、どれもこれも面白そうで、通りすがりのロストナンバーに「アレは何」と聞いていくうちに……。 遊園地のような場所に、着いた。 なんでも「浅草花やしき」という施設らしい。 「ようし、思いっきり遊んでいくぞぉ! 貸し切りだもんね」 「小朋、どこにいるのですか……! もう、こんな悪戯するなんて……」 ドッグフォームセクタンの小朋を、桜妹は追いかけていた。仲の良い同居人であるところの白蛇の娘(マルフィカさん)と一緒に、花やしきを堪能中の出来事である。なお小朋は、桜妹の腿に装備してあった、お父さまからもらった大切なナイフをくわえて走っていったのだった。なんか狙いましたかね、わんこ小朋。しかも逃げ込んだのがお化け屋敷。グッジョブ。 「早く戻ってこないと、一週間おやつ抜き……きゃあっ!」 いきなり出現した幽霊さんに驚き、悲鳴を上げてマルフィカに抱きつく。 マルフィカさんは役得ちゅうか、 (ふふ、可愛い……) とか思いつつ、桜妹の頭を撫でる。お化けに怖がる桜妹をたっぷり堪能出来るとは、小朋様様であった。 「ところでここって、何年か前に老朽化で建て替える以前は、本物の幽霊が出るって評判だったのですって。今はどうなのかはわかりませんけれど……」 「も、もう、これ以上怖くなるようなことをおっしゃらないで下さい……!」 「大丈夫。本物が出ても、私が守ってさしあげますわ」 江戸時代に開園した、この古い遊園地にまつわる怪談話のひとつに、「桜の怨霊」がある。桜の木を切ったことから始まった、数々の呪い。この季節にふさわしいモチーフを、桜妹に抱きつかれながら、マルフィカは語るのだった。 + + バーボンと蜂蜜、ミントの葉。 珍しいことに、モリーオ・ノルドの前には、ハーブカクテルが置かれていた。ハニーミントジュレップである。 貸し切りとなったビアホールの一角、アキ・ニエメラは、庭で育てたというハーブを山のように抱えていた。モリーオに進呈するため、持ち込んだのだった。 「相棒が、世話になったみたいで」 「やあ、君は」 「覚醒したばかりのあいつって、どんな感じだった?」 と、興味を覚えて尋ねてみたりもしたが、すぐに、その相棒もやってきた。 「こんにちは」 ハルカ・ロータスは、にこやかに微笑み、同郷の相棒、アキと再会したことや、二人で異世界に出向き、実り多い冒険をしたことなどを報告する。 「あの時、あなたが言った言葉の意味が、やっと分かってきた気がします」 「それは、良かった」 以前とはうって変わって、見違えるほど落ち着いたハルカの様子に、モリーオも穏やかな表情を返す。 「もしモリーオさんが海へ行くなら、また一緒に行ってみたい。今の俺には、きっとあの海も違って見えるだろうから」 「そうだね。そのときは、ぜひ」 「すみませ〜ん。隅田川ヴァイツェン、特大ジョッキでお願いしますー!」 無名の司書は、その隣のテーブルで、いい調子で飲んだくれていたのだが。 「むごっ」 こちらへやってくるふたり連れを見たとたん、サラミを喉に詰まらせた。ムジカ・アンジェロと由良久秀ではないか。観光バスの中には見当たらなかったので、てっきり不参加だと思っていたのだ。 「むむむむムジカさんとゆゆゆゆ由良さん。どどどどうなさったんですかお揃いで」 「……落ち着いて」 灯緒が前脚で司書の背をぽふぽふ叩く。バスの中で寝ていたかった灯緒だったのに、強引に付き合わされてしまったのである。 由良は無言で、テーブルの上に、ことん、ことんと、しゃれたラッピングの施された酒瓶を二本、置く。 「……?」 小首を傾げた無名の司書に、ムジカが笑う。 「三倍返しなんだろう?」 「えええええー!」 ムジカは今回、個人的に東京に来ていたらしい。珍しくも、由良とのとある賭けに負けたので、フィルムを奢る約束を果たすため、カメラ店で合流したそうな。由良は由良で、あれこれの経費を節約するためツアーに便乗したが、バスに乗る前に姿を消し、カメラ用品を買い足しに行ったということのようだ。 その後、酒の飲めないムジカに、司書が好みそうな日本酒を探すよう厳命され、無意識のうちに忘れようとしていたバレンタインの返礼に気付かされてしまい、ともに酒店巡りをする羽目になった。由良とて、酒に特別強いわけではないので、選定の基準は結局、お店のおすすめ品となったのだが。 「気に入らなかったら、苦情は彼に言ってくれ」 「……」 いつの間にか全責任を押し付けられた由良は、ぴくりと眉を動かす。 「わぁ……!」 ラッピングを解いた司書は、うれしげに歓声を上げた。 岡山の地酒蔵元が造っている『α(アルファ)木陰の魚』と『Σ(シグマ)木の上の猫』。日本酒らしからぬ瑞々しい果実感とネーミングを持つ異色の純米酒は、対で販売されることが多い。 「ありがとうありがとうふたりとも! 永遠に大事にする!」 感激して涙目になる司書に、いいから早めに飲め、と、由良はぼそりと言う。 司書はこそっと耳打ちをした。 (ところで由良さぁん。小夜たんへの三倍返しは?) (……適当に菓子を買った) Sightseeing3◆いにしえの温泉 イェンス・カルヴィネンもまた、いつぞやのマキシマムトレインウォーのあれこれ絡みで、無名の司書にサイン本を手渡すことになった。狂喜乱舞させてから、お台場に移動する。 ここは、江戸の街にタイムスリップしようぜ的温泉型テーマパークである。日々、仕事や家事や諸々で忙しいイェンスさんなので、この機会にもう、それはもう、ゆったり癒されるつもりだった。 「あ゛~…」 湯に浸かるなり、そんなため息が漏れる、というか、他に言葉が出て来ない。セクタンのガウェインもフォックスフォーム状態で頭にミニタオルを乗っけ、同じポーズを取っていた。 「ふぅ~…」 隣ではロイシュ・ノイエンも、同様の状態であった。 お風呂上りには、浴衣姿でエキゾチックジャパンを堪能していたところ、ロイシュに、 「こういうときハ、フルーツ牛乳ガ正義なのダそうデス」 と教えられ、ふたりで腰に手を当てて飲み干すことになりました。 シャニア・ライズンは、弟のカルム・ライズンと一緒に過ごしていた。シャニアの浴衣は、その瞳のいろと同じ、華やかな緑。カルムは、姉が用意した鮮やかな水色の浴衣を着ている。異世界の伝統的な衣装は、彼らが身につけると、また新しい魅力が生じるのだった。 「うーん、これでいいかなぁ」 福増在利が選んだのは、藍いろの地に朝顔模様の浴衣だった。髪もそれに合わせ、ゆるやかに結い上げて、朝顔の造花をあしらっている。 「あら、在利君、似合ってるじゃない♪ 可愛いわよ?」 「わぁ、在利さん、綺麗だよ! 一瞬女の人かと思ったよ」 シャニアもカルムも、にこにこしながら口々に褒めた。 在利は在利で、ふたりを見つめ、しばらく、ぼう〜〜〜っと立ち尽くす。 (カルムさんも可愛いけど……、シャニアさん、綺麗……) 「どうしたの?」 からかうように、シャニアがその顔を覗き込む。 「あっいや……な、なんでもないです」 「ねえねえ。どこから入る? すごく広いから迷っちゃうね!」 ワクワクを押さえ切れず、カルムが勢い良く駆け出した。 「カルムったら」 「カルムさん、あまりはしゃぐと危ないですよ」 転びはしないかと、シャニアと在利はハラハラしながら追っていたが、案の定。 「うわぁぁぁーー!」 びたーん、と、尻餅をついてしまった。 「あいたた……」 「ほらほら、大丈夫?」 「立てますか、カルムさん。浴衣、直しますね」 「……あ、ありがとう。」 はだけた浴衣を、シャニアと在利はかいがいしく着付け直す。 「ふふ、あたしたち、親子みたいね♪」 笑うシャニアに、在利は真っ赤になる。 (親子……! カルムさんが子どもで、ということは) 三人は足湯に浸かっていた。 「気持ちいいわね~。リラックスした気分になれるわ♪」 「楽しいね! うれしいな」 「は……、はい……」 シャニアさん、やっぱり綺麗、と、在利はちらっとうかがい、あ、か、顔赤くなってないよねっ? と、慌てて頬を押さえる。 「顔赤くしちゃって……。可愛いんだから♪」 バレバレであった。 + + お台場には、路上パフォーマーが集まる場所があるらしい。 ゲーヴィッツは、そちらへ向かうことにした。 (見て、あのひと……) (すごい筋肉) (やだ触ってみたいー) (ていうか描いてみたいー) イラストアートでご参加のお嬢さんがたの心をときめかせながらも、ひとまずは隅のほうに陣取り、様々なパフォーマンスを楽しむ。パントマイムやクラウン、アクロバットやマジックなど、どれもなかなか見応えがあった。 ……やがて。 ゲーヴィッツは薄手のタンクトップに着替えた。というか、脱いだ。本人、意識しないままに、肉体美を披露しつつのパフォーマンスである。 氷の吐息で氷片の手斧を作り出し、ジャグリングを行う。氷の両手斧を作り出し、演舞を披露する。 何人のひとを持ち上げることができるかに挑戦し、怪力を披露する。 最後は小さな氷の結晶を作りだし、プレゼントした。 大喜びしたイラストアートのお嬢さんがたは、手早くゲーヴィッツの勇姿を描きあげたので、ひととき、交換会&交流会となったのだった。 Sightseeing4◆どうぶつの園にて 動物園の中で、ルンは途方に暮れていた。 (シオンもサキもいない。知り合いいない、困った) 「今日は貸し切りじゃけん、自由に見てみい」 近場にいたロストナンバーたちに、湯木が声を掛けている。 「貸し切り? 何だ、それ? ……、何でも食べていいのか。それはすごい」 湯木の説明を、なぜかルンは曲解した。 「よくわからんが全部くれ」 他の旅人に、それは違うよと言われ、ようやくルンは頷いた。 「見るもの……。そうか、見る動物か。うん、わからないけど、わかった。たべてはいけない……、見るだけ」 この世界には、そういう場所もあるらしい。それが嬉しいかどうかは別として。 また今度、ひとりで動物に会いに行ってみよう。 ふと、そう思う。 「うわあ、角のある子たちがいっぱいいるね!」 ハロ・ミディオは「角のある動物にロックオン」という明確な観賞目的のもと、広い園内のそこここを走り回る。 「えへへ、一応、どんな子がいるか勉強してきたんだ」 カモシカ。バイソン。サイ。それからそれから。 「みーんな、全然違う角だもんね。面白いなー。格好いいなー!!」 自分も角が欲しい、などと呟きつつ、売店前で立ち止まる。 (角がある子のぬいぐるみ、買いたいけど) しかしながら、ぬいぐるみは、圧倒的にパンダが多かった。 どこかにないかなー、と、ハロはきょろきょろし、 「あ、でもアイスクリームもおいしそう!」 ひとまずは、食欲に走ってみるのだった。 キリル・ディクローズとゼシカ・ホーエンハイムは、仲良く連れ立って動物園を訪れていた。 「動物さん、いっぱいね」 ゼシカは大はしゃぎである。何しろ、この動物園に来るのは初めてなのだ。 「ほんとはハクア、ハクアも来る予定だったみたい。だけど、チケット取れなかったみたい……」 残念そうにキリルは言う。よって、はからずも、保護者同伴なしの小さな恋のメロディーデートと相成った。 「……お土産、お土産、ちゃんと持って帰ろう」 こくこく、と、キリルは頷く。 「ぞうさん、おっきいわ。シロクマさん、もふもふ」 ゆっくりと見回りながら、ゼシカはスケッチブックを広げる。ゾウやキリンやシロクマなどの大きな動物たちが、白い用紙に小さな手で活写されていく。 「動物園、動物園、……ふしぎなところ」 キリルのいた世界では、動物を一箇所に集めて管理する文化はなかった。 「ぼく、ぼくも壱番世界だと、檻、檻の中?」 ちょっとしゅんとしたキリルに、 「そんなことないわ。ゼシがいるもの」 と、ゼシカはうけおう。 「……あれれ? パンダさんはどこ?」 一番の人気動物であるところのパンダだが、しかし、「繁殖期間中につき展示中止」の看板が出ている。ロバート卿の力を持ってしても、デリケートな時期のパンダの取り扱いは困難なようであった。 「はんしょく、って、なあに?」 近くにいたロストナンバーに聞いてみる。 「……そうなの、赤ちゃんを作ってるのね。……いいな、赤ちゃんパンダ抱っこしたい」 ゼシカは、パンダ耳のカチューシャを買った。 「郵便屋さんとペアよ。魔法使いさんにも、おみやげにいっこ、買っていくの」 「ありがと、ありがと、ゼシカ」 「またこようね」 「うん、今度は、ハクア、ハクアも、一緒」 キリルは、ハクアへのお土産として、白い鳥のキーホルダーを選んだ。 (……気に入ってくれるかな) Sightseeing5◆旅人よ 「あっれー? 絶対、他にも隠れて見に行くやつはいると思ったのに」 坂上健は、国立西洋美術館に入館後、常設展示フロアを、柱の陰から見回す。 前方に、ロバートとカリスが連れ立って歩いているのが認められるが、会話の内容までは聞こえてこない。 (いや、だって気になるだろう? カップル成立するかもしれないんだぞ!?) 結局、ひとりボケツッコミをする羽目になった。 (……あの2人は、くっついた方が幸せだろうって気はする。偉そうなことは言えないけど、ロバート卿はひとりでいる時間が長過ぎて、ひとの心の動きがわかりずらくなっていったんじゃないかな。あの人が、自分以外の人間がどう動くか、もう少し想像することができたら、少なくとも、メガリスは死なずに済んだ) 「蓮見沢の家には似合わないけど、西洋美術品も、空間を彩る素敵なアイテムだよね」 柱の陰にいる健には気づかずに、蓮見沢理比古が、虚空とともに、絵画を見ながら通り過ぎて行く。 理比古は、 「建設中のリゾートホテル用に集めるのもいいかな」 と、セレブ発言をかまし、虚空はといえば、 (さすがだ……。ウチの主人が絵画を観る流麗な所作は、すごくさまになってる) などと、ご主人様観賞もええ加減にしやがれ的通常営業だった。 健の配慮もむなしく、ロバートとカリスは、デートとは百万光年かけ離れた会話をしていた。 「ところで、入院中に申し出たきり保留にされたままだが、僕のファミリー資格はいつ正式に剥奪してもらえるのかな? 自警団の評決の際、欠席理事として偉そうなふりをしたのが大変気まずかったのだけれど」 「館長とも相談しましたが、いろいろ影響が大きいのと、さまざまな局面で資金をご負担いただくことにはなるので、そう簡単に自由の身というわけには行かなかったのです」 にべもなく言ったカリスは、ですが、と、続ける。 「評決後すぐ、ご希望どおり、晴れて理事を罷免させていただきましたので、あとはお好きにどうぞ」 「まあ、自警団には、今後、いちコンダクターとして資金援助させてもらうことにするよ」 「あなたにしてもヘンリーにしても、結局、ご自身の生きたいようにしか生きられない殿方ということは、よくわかっておりますので」 「ヘンリーといえば、これでようやく、三角関係のスタートラインに立てたと考えて良いのかな?」 「良くありません。いつまで私にあなたがたの面倒を見させるつもりですか。そんなことより」 ご両親との関係修復をお考えになっては、と、カリスは言い、ロバートは聞こえなかったふりをして、一枚の絵画の前に立つ。 イサーク・フォン・エスターテの『宿屋の前の旅人たち』が、そこにあった。 「世界図書館は、旅人たちの『宿屋』でしかない。彼らはいつか、還るのだから。……まれに、宿屋に住み着いてしまうものもいるけれどね」 「せめて、良き宿屋であったなら、と、思っています。今までも――これからも」 「よう、ロバート。すごい美人と一緒だな。誰だ? 彼女か?」 「デートですか? お似合いですね」 虚空も理比古も、髪を切り、スタイリッシュなボブスタイルになった美女がカリスだとは気づかずに、悪気なく豪速球で祝福する。 「そうだよ。紹介しよう」 「違います!」 真っ向から対立する返しが同時に来て、ん? と、ふたりは首を捻る。 「何にせよ、あなたが無事で良かった。ゆっくり話したいこともあるので、また食事の席を設けてもいいですか?」 「もちろんだとも」 「よろしければ、彼女さんも一緒に」 「ぜひ、連れていくとしよう」 「違いますので」 + + 「ここにあの人が住んでんのかー」 そのころ、理比古の探し人、理星は、上野公園上空を低空飛行していた。観光名目ということでやってはきたが、実際には理比古の故郷が見たいがための東京行きである。 しかしながら、理比古さんの住まいは神奈川県の超山奥に位置するので、「ここ」というのは、いやまあ、ちょっと違うよね、と言いたいが、それを突っ込めるものはいない。 「賑やかなまちだなあ」 などと思いながら下を見下ろす。 と―― ちょうど、西洋美術館から出て来た理比古を発見して……。 落下。 どしーん! そして、虚空は下敷きになった。 「ごごごごごごめんなさいッ!」 「……待って!」 テンぱったあまりに半泣きで、理比古の静止も聞かず、脱兎の勢いで理星は逃げて行く。 「おお、理比古の探し人がまた現れたのか」 なお、背骨を直撃されてもむしろ喜ぶ通常運転の虚空だった。 Sightseeing5◆東京堪能 「電柱が全て元通りになっていて、ほっとしました……。気にかかっていたものですから」 ジューンは、品川の戦闘跡地を歩いていた。復旧は完全になされており、あの日の爪痕は跡形もない。 「これはロバート卿にお礼を言うべきでしょうか。ああ、でも、今は上野にいらっしゃるのでしたね」 ふと、ここからなら、しながわ水族館が近場であることに気づく。 水族館を観光しよう、と、ジューンは思った。 ショップで子供たちやツギメにもお土産を買いながら、トラベラーズノートを取り出す。緋穂も誘おうと思ったのだ。 『緋穂様、お時間がおありならしながわ水族館も素敵ですよ。可愛い水棲動物に癒されます。緋穂様やエーリヒさんへもお土産を買って帰りますね」 + + いったいどこで入手した情報かは謎だが、シーアールシーゼロは「東京の一部の正装なのです」と言い切って、純白のフリルいっぱいのエプロンドレスを身につけていた。 「この服装でルルー司書のような方と一緒だとなお良いらしいのです」 ゼロたんがそう仰ったので、ヴァン・A・ルルーは敬意を表し、中の人+執事服着用でエスコートすることになった。 「では、ゼロお嬢様と散策しながら、この街の歴史などをお話しましょうか?」 「わ……!」 まぶしいほどの執事っぷりに、相沢優は目を丸くする。 「実は、ヴァンさんとゲーセンに行ってUFOキャッチャーで遊ぼうかと思ったんですけど」 「喜んで、優お坊ちゃま。景品をたくさん取りましょう。おまかせください」 ゲーセンの店長さんが目幅泣きでお許し下さいというレベルまで景品をゲットしまくった三人は、その後、紅茶専門のカフェに入ることにした。 香りの良い紅茶と、洋酒の効いたパウンドケーキを食べながら、ひとしきり、雑談に花が咲く。 「優さんは、バスの車内で宇治喜撰241673さんを足置きにしていたのです?」 「宇治喜撰241673さんだとは思わなかったんだよ。無名の司書さんが、『優くん疲れてない? これ使うといいわよ』って貸してくれて」 「ゼロは秋葉原にもお昼寝スポットがあればいいと思うのです。ロバート卿とそのスタッフに期待するのがよいのです?」 優はふっと、ルルーに向き直る。 「先日は、ありがとうございました」 「私は何も、していませんよ」 「……ロバートさん、カリスさんと、ちゃんと話せるといいなって思います」 そう言いながらもすぐに、今のロバートであれば大丈夫だろうとも、思うのだった。 + + 偶然ながら、同じカフェに、逸儀=ノ・ハイネの小狐たちも、童子姿を取って、アドと一緒にいた。 マップを覗き込みながら自分たちも食べ歩きをし、アドにも食べ物を貢いでいるところだった。 ……たっぷりと、下心を込めて。 「アドさま。このタルト・ショコラケーキ、美味しそうですねぇ」 「このプリンも美味しそうです」 「あるじさまのお土産にしましょう」 「お土産にしましょう」 「アドさま。別のお店でステーキも食べましょうね」 「美味しいお肉を食べましょう」 「たくさん食べましょう」 「たくさんお肉をつけましょう」 「アドさまはいい匂い」 「美味しそうですねぇ」 「美味しそうですねぇ」 狐はイタチも好物らしい。アドは身の危険を感じてカタカタ震え、ゼロと優とルルーに、助けを求める視線を送る。 んが。 「楽しそうなのです」 「楽しそうだね」 「楽しそうですね」 そんな返事が返ってきただけだった。 + + 幽太郎・AHI/MD-01Pは、宇治喜撰241673、通称「茶缶」をデートに誘った。 「……宇治喜撰……僕ト一緒二、電気機器、見ニ行カナイ……? 秋葉原ナラ僕達ノヨウナ、ロボット、デモ……受ケ入レテ貰エル、ラシイヨ……。……モチロン……君ノ都合ガ良カッタラデ……イイケド……」 ...open peer AHI/MD-01P request accepted. 幽太郎は茶缶を大事そうに抱えようとしたが、茶缶はするりと幽太郎の腕を抜けると、耳から後ろに伸びているセンサーにぶら下がる形に張り付いた。 そして、するするとワイヤーが結線する。 視覚には写らないが、幽太郎のセンサーは茶缶の存在をリアルに受け取っていた。 (……ナンダカ……オチツク) ...open communication. 秋葉原に着いてみれば、無数の電波が人々の意識と電脳同士の通信と、人と電脳との共感を乗せて飛び交っていた。 幽太郎はそれに、自分の想いを滑り込ませた。 「……僕……君ノ事ガ大好キ、ダヨ」 crypto common key exists. message successfully decoded. + + ベルゼ・フェアグリッド、ワード・フェアグリッド、ゼノ・ソブレロ、タリス、チェガル フランチェスカ、ツィーダの六名は、揃って秋葉原へ繰り出した。 「やっぱこの街はこーいうのが充実してるよなー、流石世界が認めた電気街?」 ベルゼの目的は、以前訪れたときと同様、フィギュアであった。 「ええト、買うものハ……」 ワードは、ロボな関係のアイテムを網羅したカタログを真剣に見つめている。ロボフィギュアをたくさん買い込むつもりなのだ。 「お金、足りるかナ……」 「親父から借りては来たけどな」 ベルゼとワードは、どきどきしながら財布をチェックし始めた。何しろフィギュアを買ったあとは、メイド喫茶へ行ったり、お土産巡りをしなければならないんである。 ゼノも拳を握りしめ、燃えていた。 「やっぱ、ロボプラモとか、ロボアニメのDVD、ロボット系同人誌、ロボゲーの買い漁りッスね!」 あとは、壱番世界で人気のアーケードロボゲーの等身大のプラモデルを購入し、ターミナルへ持ち帰るつもりであった。限定発売のる。1.8m程度のサイズなので、ロストレイルにも乗せられる。 「限定販売された、って話を聞いたッス。あれば部屋に飾りたいンスけど……。レアすぎて流石に無いッスよね……」 やや不安なゼノくんだったが、うん、たぶん無問題。きっとゲットできるよ。 「いろんなかっこうのひとがいっぱい!」 何人かのコスプレイヤーとすれ違って、タリスはぴょこぴょこと楽しげに尻尾を振る。 (みんなとはぐれないようにしなきゃっ) とは思いつつ、彼の目的は画材や造形材料、デザイン用品などなどの専門店だった。 「絵筆での絵もステキだけど、この世界にはいろんな絵の描き方があるんだよねっ」 タリスは過日「版画」というものがあることを教えてもらったのだった。色彩のグラデーションがとても美しく、感動したのだ。お土産には版画のポストカードを、と、すでに心に決めている。 「みんな、勝手に店回るよね? ボクは同人誌ショップとー、コスプレショップとー、あとゲーセン!」 チェガルはすでに勝ち組の表情だ。何しろ格ゲーの実力は某魔女さんに鍛えられている。まぁこの腕前にひれ伏すがいいさ、てなもんである。 (もし泊まりがけなら、皆の部屋に乱入して……) ちら〜ん。チェガルの視線を感じたベルゼは、全力回避の構えである。 (……強制コスプレタイムなんだけどなー。ぐふふよかったのかホイホイついてきて。ボクは一般人だってコスプレさせちゃう女なんだぜ? なんちて) 男女問わず コ ス プ レ は お い し い。 欲望に忠実なチェガルさんだった。 「同人誌ショップ巡って、ケモノ同人探してみよっかなー」 そして、ここにも。 欲望に忠実なツィーダさんがおられた。 「最近、ケモショタコーナーが出来たってところもあるし」 ……もしもし、ツィーダさん? 「ちなみにボクは、オスケモもメスケモもどっちもいけたりするよ?」 ……そうでしたか。不勉強にして存じ上げませんで(誰?)。 「ああ、成人ものの同人誌買う時に、年齢確認求められるかもしれないし、ショップに入る際はアバターを少し大人型に変えておこうかな?」 ちなみにモデルはシド・ビスタークかブラン・カスターシェンだそうな。 その後……。 「ベルゼ、コレ、コレ着てみテ! タリスも! きっト似合うヨ!!」 ワードから、ロボアニメの制服をずいずい勧められる一幕があったとかなかったとか。 + + 「ガラさんとご一緒できるかしら」 ホワイトガーデンの誘いに、ガラは大きく頷いた。 「もちろんですよう」 海神祭の時は、ガラが海魔に飲まれてしまったことを、ホワイトガーデンは思い出す。 「今回は人の波に飲まれないように気をつけないといけないわね」 「あはははガラは大丈夫だいじょウヴっ――」 そういってるそばから、さっそく人波に飲まれまくったガラさんである。 ちなみに、ここは原宿。 (原宿の竹藪って……、ガラさん独自ルートの情報かしら) ホワイトガーデンは首を傾げるが、コンダクター数人から聞いた『現在のお洒落な街』と『かつてのタケノコ族』の話をおかしな具合に解釈したというのが真相である。 ガラの脳内では筍がその後成長してうろうろしてるオサレな街中=オサレな竹薮! ちゅうことなのだが、そこはそれ。 今日の記念に、ふたりは、お揃いのお土産を選んでみることにした。 シルクリボン専門店で、天然シルクをカラフルに染め上げたリボン153色から、それぞれ好みの色合いのものを―― + + ローナはリクレカ・ミウフレビヌと行動していた。一度は来てみたかった初原宿とあってハイテンションである。 ローナさんもリクレカたんもおされさんなので、気後れなどしようはずもなく。原宿系ファッション誌片手に、お店の特集を見ながら色々散策するという都会人ぶりだった。 「ラフォーレや某6%は絶対外せないし、ロリータブランドも沢山あるし」 あとは、靴下の専門店とか、雑貨店とか。ちょっと離れるけど、アリスコンセプトのレストランにも行ってみたい。 ローナは水を得た魚のように活き活きぴちぴちしている。 ちなみにローナさんの服装は、ロリータファッションブランドのカジュアルダウンというおされ上級者。無名の司書あたりは平伏したまま地に埋まりそうだ。 そんなローナさんだからして、 「すみません、雑誌の取材なんですが、一枚、いいですか?」 ふつーにストリートスナップを撮られちゃったのである。 + + 金貨野郎に借りを作るのは癪だ。だ け ど 観光はしたい。 ついついそんなことを考えてしまった一一 一は、地上6階地下6階の国内外の有名ブランドがひしめきあう表参道ヒルズに乗り込んだ。しかーし、私服が制服な乙女にはアウェー感が半端なかった。異世界のダンジョンもかくやとばかりの本館内部6層分の吹き抜けを取り囲む「スパイラルスロープ」すなわち螺旋状の通路のステキ感に全力で打ちのめされ、仕方なくファストフード店に逃げ込んで現在にいたる。 ちなみにファストフード店の外観もオサレだった。さすが原宿。 (くーっ。こんなことなら、西洋美術館でデート中の金貨野郎をからかいに行けば良かったかな〜) ぐったりしながら、アイスコーヒーをじゅるりとすする。 (べ、別にこの前は言い過ぎちゃったかなとか、少しは応援してやろうかなとか、お、思ってる訳じゃないけどね!) 誰もいないのをいいことに、ぼっちツンデレを発露しつつ、 (でも、すんなりいかないよねきっと、そろそろ僕に振り向いてくれないかエヴァ、だめよロバート私まだヘンリーを愛してるの、すまないぼくが愛しているのは亡き妻ジェーンだけだ) はてなき泥沼ファミリー劇場昼ドラ風妄想を脳内展開するのだった。 + + ……さてさて。 報告書をお読みの全ターミナルの皆様、お待たせいたしました。パンツ専門店の時間がやってまいりました。 フブキ・マイヤーは早々とカウベル・カワードに声を掛けていた。 「パンツ専門店……、だと……! ああカウベル、お前さんも行くんであれば一緒に行こうか」 「行くに決まってるでしょお、アタシ以外誰が行くと思うのぉ、あ、むめっちかしらぁ??」 無名の司書は飲んだくれて使いものにならないので、専門家のカウベルさんにおまかせいたしますよ、と、陰の声が響くなか、ソア・ヒタネたんも頑張ってついて行く。 「うわぁ、おっきい建物……。人もいっぱい……!」 ソアたんは、サキさんや博物屋さんやご近所の人たちへのお土産として「原宿クランチショコラ」を購入済だった。上京したての純情な乙女のように目を見張り、きょろきょろしながら追いかける。ちなみに、のお菓子を買う憧れのカウベルさんがどんなお店に行くのか、とても気になるのだ。 「ソアちゃん、あんまり上ばっかり見てるとはぐれちゃうわよぉ? はい、コレ掴んでてね」 ソアたん、カウベルさんの尻尾を掴む役得に恵まれた。 「壱番世界にはあんまり詳しくないですが……。パンツ専門店ってどんなところ? オトナなお店? ドキドキします!」 12歳のサンタっ娘、ミルカ・アハティアラたんに問われ、カウベルさんは堂々と答える。 「オッシャレでカラフルな下着が売ってるとこなんだってぇ。楽しみね!」 そ し て。 いよいよ店内である。 「さて、と。俺の目当てはメンズ用のパンツだがなー…。俺はワニだから、“収納式”なんだ。だから、Gストリングスとかが結構肌に合うんだな、これが」 「“収納式”……。うふふ、把握したわぁ」 「把握したのか!?」 「何でも似合うってことよねぇ! でもGストってだいたぁん。脱いだら凄いのねフブキさんって!」 「あのカウベルさん、わたし、着物なので」 「まぁソアちゃん、そうね、お着物の時ってパンツ履かないのよね! でもお洋服を買った時の為に一枚買っておかなぁい?」 コレなんか可愛らしくってイイと思うのぉ、と、カウベルさん、淡いピンクの清楚なパンツを差し出す。 「二人ともお洋服も見るぅ? ねぇフブキさんイイかしらぁ。ふふ何だかお父さんみたいね?」 「カウベルさん、わたしの服も見立てて欲しいです」 「きゃー、この女の子向けのブリーフデザインのパンツ可愛いわ! ねぇねぇミルカちゃんもどぉ?」 「ステキですね。思い切って買っちゃおうかな」
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