カンダータ。 ロストナンバー達の活躍によって、旧支配者より解放された世界は沸き立っていた。「いいかロストナンバー、戦闘に勝利したら酒盃を開ける。これは当然のことだ、な? しかし、分かっているか? 倒したマキーナの数だけ飲む、これがここの重要なルールってやつだ。 確かおめえさんは二十五機破壊していたな……ということは二十五杯……おい、おめえ、英雄様に酒持ってこねえか。 とっととしねえと尻の穴にマガジンぶっ刺すぞ、この野郎が……。 それでな、ロストナンバー……」 完全にできあがったディナリアの将軍様を皮切りに、素面のものがまともに見られぬ乱痴気騒ぎ。 戦勝パーティは既に一昼夜に続き、混沌の坩堝と化していた。 文字通り浴びるように酒を飲み、酒樽に頭を突っ込んで爆睡しているもの。 無表情に淡々と杯を開ける女兵士の前には、彼女を潰そうとでもしたのか、幾人もの男と両指では数えることのできぬ器が綺麗に並んでいた。 お約束のようにアームレスリング大会が企画され、祭りの花とばかりトトカルチョの胴元を争って喧嘩が始まり、それすら賭けのネタになる。 立ち込める硝煙の匂いと爆音は、酔っぱらいが実弾という危険極まりない射的大会が開始された合図。 酒の飲めず給仕役をしていた衛生兵の顔が真っ青にかわり、可哀想な彼女は卒倒した。 互いの健闘を讃え腕をクロスしながら杯を傾けるカンダータ兵とロストナンバー。 些か、大げさな武勇伝を語るロストナンバーの周りには、若い兵士が鈴なりになっている。 完全に酔いつぶれて寝ゲロしている兵士は、筋肉マニアの女性兵士に多大なセクハラ行為をされているようだが誰も助けない。 自分が被害者になりたくないからだ。 パーティ開場への出入りも激しい。 給仕をしていた綺麗どころとしけこんだ挙句、帰ってきたらパートナーが変わっているのはご愛嬌。 大量の料理を抱えて現れ、山盛りの皿と鍋を抱えて消え去る料理人は久々の大仕事にやる気に満ち溢れている。 普段は静かに飲むのが好きな面子も、今日ばかりは喧騒の中に分け入る快挙を成し遂げていた。 そして、何故か幕で区切られた怪しい一角、奇妙な含み笑いが漏れている。「ふむ……ピンゾロの丁。ククク、少女よついていたようだな、余の負けだ。持って行くが良い」 カンダータに至った出張賭博魔神ことメンタピが下心を出して大負けをしたようだ。「少女って悪いけどさ、私40なんだ擬体のせいで若く見えるけどね」 あんまりと言えばあんまりの言葉に魔神が崩れ落ちた。 乱痴気騒ぎはまだまだ続く。 カンダータの民にとって、大いに飲み喚くのは鎮魂でもあった。 死した友を語り、そして忘れる。 デウスとの最終決戦では多くの兵が死んだ、それを忘れるためには多くの時間が必要なのだ。 そんなカンダータの死生観にも少し変容が生まれている。 祭りの喧騒から離れた一角、陽光を追って天蓋に伸びる巨大な樹の影。 黒い腕章――喪章をつけた婦人が膝をつき祈りを捧げていた。 カンダータにおいて死とは日常であり、永く振り返るものでも永く悼むものでもなかった。 しかしデウスは消え、マキーナは全て動きを止め、世界は変容した。 死は遠く去り、生を振り返る時間が存在する。 最後の戦いにおいて、ロストナンバーの力を媒介に生まれた大樹には、愛するものを守り死した兵士達の魂が住まっていた。 傍らに愛した人を感じる、その実感は婦人の目に光るものを生む。 ――自分を守り死んだ人がここにいる ――人は死してもこの大樹に住まい、愛するものを守ることができる それは新たな死生観であり、宗教の萌芽。 一人二人と大樹の周りに人が集まってくる。 彼らは一様に死に別れた人を思い、祈りを――敬虔な静謐と清冽な涙を捧げていた。=============●特別ルールこの世界に対して「帰属の兆候」があらわれている人は、このパーティシナリオをもって帰属することが可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入して下さい(【 】も必要です)。帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、状況により帰属できない場合もあります。http://tsukumogami.net/rasen/plan/plan10.html!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
「デウスは去り、カンダータは世界を取り戻した。しかし、平穏な生活はまだ遠くこの地で成すべきことは多い。 私、アマリリス・リーゼンブルクは、新生するカンダータの礎となるべく働き、命尽きるその時までこの地を守り続けようと思う。 この契機となる日に集まってくれた皆とカンダータの前途に……乾杯!」 ‡ ‡ 「アマリリスさん! 帰属おめでとうございます!」 アマリリスの元へ、いの一番に駆けつけたのはサンタ姿の少女。 ジュースが注がれたコップを掲げ、アマリリスを満面の笑顔で祝福する。 「ありがとう、ミルカ。可愛らしいサンタの祝福を頂けるとは光栄だ」 年上の友人はいつもと変わらぬ少し気恥ずかしくなるような気障さ、そういつもと――でも ――アマリリスさんが帰属して、私が故郷に返ったら 湧き上がってきてしまう別れの寂しさは元気な声と笑いで脇にどけて、ミルカはお酒の瓶を手に取る。 「……アマリリスさん。私はお酒は飲めませんから、何かお注ぎしましょうか?」 (だって、今日はお祝い! 笑顔を運ぶのがサンタのお仕事! 半人前でも涙なんか見せられない!) 「ふっ……頂くとしよう」 年上の友人が酌を受け、酒を一息に乾す。 同姓からみてもカッコいい、いつも通り過ぎる姿。 反射的にミルカは酒瓶を投げ捨てアマリリスに抱きついてしまう。 (でも……でも、ちょっとだけ甘えてしまうのはきっと許してくれるよね) 頭を撫ぜられて、えへへと甘えるミルカに続いて機械竜が別れを告げに来た。 幾度と無くアマリリスと共にカンダータの為に戦った勇敢な臆病者。 「……今マデ、有難ウ……イツマデモ、ズット元気デネ……」 「ありがとう。幽太郎……君はゼロ世界に彼と共に残るんだな……元気で」 鈍い音を立てた打ち交わされた金属杯にはガソリン。 無味乾燥なエネルギー剤のはずなのに、今日だけは甘く温かい。 「アマリリスちゃん、おめでと。同じ26歳の大人女子として一緒になんかしたかったけど」 甘えているミルカの反対側から、酒盃を片手にしどけなく麗人に寄りかかったハイユ。 媚態を見せたメイドの口を麗人が有無を言わさず塞ぐ。 麗人の喉が揺れ、メイドの舌に甘い刺激が拡がる。 口腔から漏れた白い液体が首筋を伝い、大きく開いたメイドの胸元をテラテラと濡らした。 「私は今からでも一向に構わないよ、ハイユ」 「ぷは……へぇ、アマリリスちゃん、なかなかS気があるね。……あ、思いついた。ねえ『将軍とメイド』ってタイトル唆らない? 薄い本が捗りそうじゃない?」 口移しにされた白い液体――ラクを袖で拭うフレンチメイドの挑発的な眼差しを麗人は澄ました笑顔で返す。 「よほ、あまひひふ!」 危うくお子様が立ち入り禁止になりかかった空気を救ったのは竜人の兄妹だった。 レクが仲間を見送るために焼き肉一杯大皿をアマリリスの前にドンと置く。 「レク……せめて口の中のものを空にしてから喋れ」 お行儀の悪い妹を窘めるディル。 気が削がれたかメイドは肩を竦めて手酌を始める。 「わはってるって……んぐゴク、ったく兄ちゃんは口煩すぎるんだよ」 「おめでたい席だ、はしゃぐのはいい。だが、アマリリスさんに余り失礼にするな」 口喧嘩を始める兄妹、いつも近くにあった微笑ましい日常にアマリリスの唇が緩む。 「ふふ、相変わらず兄妹仲のいいことだ。ディル、私は大丈夫だ。やんちゃな子の扱いも慣れているさ」 「さっすが、アマリリス! 話がわかるぜ。それにしてもここの肉、結構旨いな。アマリリスもどんどん食べようぜ。 あ、兄ちゃんの分は無いから、おとなしく給仕でもしてきな!」 あろうことをか兄を蹴り飛ばすレク。 「ちぃーっす、アマリリスさんの帰属を祝いにやって来ましたぁ! ん??」 哀れなディルはアマリリスの前に飛び入ったユーウォンにふっとばされどこかへ消えた。 「ふふ、随分賑やかになってきたな」 「勿論さ! めでたいときは羽目を外して大騒ぎ! ギア一杯に壱番世界の蒸留酒を詰めてきたよ! さぁ、ぐぐっと一杯、バンバン飲もう!」 ‡ ‡ 「袁仁招来急急如律令、さぁ酒をじゃんじゃん持って来い、めでたいめでたい酒盛りだ」 浅黒い酔漢こと百田 十三に召喚された式神・袁仁がブラック飲食よろしく会場を飛び交う。 ディオニュソスの場は狂気と狂騒と混沌。 「だいたいですよー、グループ名からして、これもうグビグビ飲まされるパターンじゃないですか。やだー」 メタな事を言っても許して貰えるわけではない。 「私未成年でーす、お酒飲めないー。いやーん、へんたーい、少年を酔い潰して何する気なのー」 「あ、僕はこの通りネコなんで、ミルクないー? お酒とかそーいうのは、人間に任せるからさーねぇブレイク? 彼、見た目は子供だけどもうイケル口なんで、どんどん注いじゃっていいよー」 「きゃーレイドさんウソだってバラしちゃだめーうぎゃーお酒に呑まれるー」 裏声で叫び、注がれるままというか注がせて酒を呷る魔術師。 「コレもう僕そっくりのガーゴイル作って代わりさせちゃったほうがいい気がしてきた。ラドさんかむひあー、隙を見て主を逃がしてくださいー。ぎゃーラドに退路塞がれたー」 『イヤ、フサイデネエヨ……』 主の狂態にラドはもはや突っ込む気力もない。 ある一角では酒席にはつきものカード賭博で魔神が軍人達から大枚を巻き上げている。 「ふふふ、R・S・Fなのです。ゼロの圧倒的大勝利なのです」 ――今、過去形になった。 ターミナルの誇る幸運の女神が、圧倒的な技量を持って賭博魔神を攻略している。 『いいか、ゼロちゃん。キミにはBBA共にはないポテンシャルがある。 ぐっと両手を拳にして頬を押さえる、そうだ、すご……いやそれでいい。そこから上目遣いで相手を見つめろ……う……タマラン……大丈夫だ、落ち着いた。 さらにそこでウインクを交えながらオ・ネ・ガ・イって言うんだ。 ハレルヤ、神は居た。思えば糞BBA共に……んなんだ。……BBAにようはない失せろ』 リベルのパンチで砕け散ったレオ・マケロイ(真性)直伝の悩殺ポーズが、圧倒的破壊力で魔神に勝負を放棄させた。 「くっ……余の負けだ。望みを言うがいい……但し先の姿勢でだ」 「はい、メンタピさん。オ・ネ・ガ・イなのです!」 ゼロは、ロリコン完全破壊のポーズでメン☆タピの全ゲーム機と飲食物の一日無料開放を約束させていた。 別の一角では、何故か同じ魔神が軍人達とそこに紛れた獣人と賭博に興じている。 「やった! は~との絵が三枚そろった! この龍の女の子かわいいなぁ~。なあ、めんたぴ。今度はアルウィンの勝ちだろ? な? な?」 狼の耳をパタパタさせて喝采する小さな獣人。 しかし、テーブルに置かれた札は―― 「……嬢ちゃん、そりゃ豚だぜ」 「ぶた?? それはどんなだ? 強いのか!?」 「嬢ちゃんの負けってことだ……デカイのKのペアだ」 「アルウィン負けなのか? こんなかわいいのに……」 幼いアルウィンにはポーカーは些か早すぎる。 役を覚えることができず、格好良かったり可愛い絵柄だけを集めては駆け引きもなくカードを晒す。 極稀に勝てることもあっても、負けを宣告されてばかり。 悔しそうに口をへの字に曲げて涙ぐむアルウィンの横で魔神が宣言する。 「……Jのスリーカード、余の勝ちだ」 魔神を見上げた幼獣人。 泣きそうな顔は消えて眼を輝かせながらテーブルに上り、魔神の体をぺたぺたと触る。 「どうして強い? どっか秘密ある」 魔神の体をぺたぺたと触る幼獣人。鉄面皮を崩さぬ魔神はアルウィンを抱え上げ、テーブルから降ろしてやる。 「余の強さに秘密などない。麗しきものよ」 さらに有る一角では、理性的を保ってしまったものの不幸。 「ねえ、アンタ……ちょっといいかい」 妹に蹴りだされ、仕方なく給仕を始終していたディルの手を引くのは、鋭い目つきの女性。 「おっと、酒がなくなったのか。すぐ持ってくるぜ」 「ちがうよ。アタシ、アンタ達の戦い見てたら……ねぇ、アンタの鱗触ってもイイ?」 言葉は許可を求めているが一分も待たず女性兵士はディルの鱗を弄り始める。 異種のセクハラにディルの表情は引きつる。 「おう姉ちゃん、一人か? 俺らと飲もうや」 酒臭い息を吐きかけながら女の肩に手を回すガラの悪い兵士。 「ちょっとやめてください」 戦ってないからと一人でちびちびとやってたユキノが餌食となっていた。 「いいじゃねえかな、俺様とよろしくやろうぜ」 どこをみながらか、好色な笑みを浮かべた兵士。 伸びた手がユキノに触れる瞬間、制止の声と共に兵士の肩が思いっきり引かれる。 「……皆で得た勝利なら皆で楽しくいきたかない? 気持ちは分かるが少し抑えておやりよ」 兵士を止めたのは、極めて難しい年齢と思わしき女性。 BBAにようはない手を払う兵士はセクハラを続行しようとしている。 「タマに糸通して一つにするよ」 この上ない笑顔を浮かべる女性――ダンジャ。 兵士の動きが完全に止まる――洋裁針が男の大事な処を寸止めていた。 「きつい酒だらけで殺菌にゃ事欠かない、ちょん切ってぶっこ抜いて整形しての性転換手術も僅か二分。今なら無料でご奉仕」 一杯酒を呷ると物騒な口上。 「いや、しかしここでやるのはリスクが」 どこにいたのか乗りの良いものからかかる合いの手。 調子に乗ったババアは、芝居ッ気たっぷりに口上する。 「なるほどどうして、ババアは野外手術もお手のものさね。 手を酒で洗って内蔵を押し込んで、炙った針で縫い付ける。このババアの手にかかって死んだ奴は居ないね」 少し置いて行かれたユキノは礼もそこそこに、そそくさとその場から去った そして混沌に馴染むもの。 女性に囲まれながら杯を乾すのは、カンダータにはあまり居ない黒人の老紳士。 エキゾチックな風貌はそれだけでも眼を引いたが、驚くべきはその戦闘力。 ビールでもワインでもウォッカでも、ショットグラスだろうがジョッキだろうが勧められるがままに干す。 軽く二十を超える杯が紳士――メルヴィンの前に整然と並んでいたが、女性から杯受け、酒を乾し、グラスを置き、笑みを零すという一連優雅な所作は、頑なにまで見栄にこだわるジョン・ブルゆえか、崩れる気配すら見せない。 「やべぇ……おっさんすげえ」 素敵な叔父様の魅力にやられた女性達の黄色い声、それに混じる若者の感嘆。 「ハハハ、僕は普通に飲んでいるだけだよ」 「やっぱモテるには飲めないとダメっすかね?」 「そうだな少年よ。少なくともレディが注ぐ器を拒否するなどはありえないな、みんな彼にも酒をついであげてくれ給え」 「そうだよな。よっしゃやるぜ、今日こそKIRIN脱出だ!」 言うや否や早速、酒の洗礼を浴びて人ゴミに消える少年。 若気の至りを励まし、其の姿に微笑を刻むのは紳士の嗜み。 「……薄暗い洞穴の中を光輝燦爛たる有翼人種が照らしていた。 太陽の如き燃え盛る大剣と鏡の如く磨かれた盾を構える天使、その時は未熟だったし流石に死を覚悟したね。 咄嗟に背後に荷物を投げつけ構えた。貴重品もあったがそんなこと言ってる場合ではなかったね。 振りかざした黒檀の杖から迸った黒い光条は、天使の構える鏡の盾が反射し砕け散ったのは壁だけ。 空気すら押しのける圧で迫る天使の巨体、咄嗟に受けた杖は薪のように燃え、左腕は裂傷を負った。 幸い火の耐性は持っていたけど……不利をすぐに悟ったよ。何せ相手が三つ動く間に俺は二つしか動けなかった……覚悟はすぐ決めた、白銀の太刀を抜きやつの懐に飛び込んだのさ」 龍鱗を纏う戦士が語る武勇伝、荒唐無稽とも思える話を疑うものは居ない。 なぜなら彼はそれだけの戦いをこの地に刻んでいる。 己を彩る武勇を一つ語り終えた竜人の周りに、酒を酌み交わそうと兵士達が集まる。 「お酒は良いや。 飲んでも味付き水だし~それより何か音楽無いかな? 音楽がお酒の代わりなのさ~」 竜人の要望に答え、銅の器やドラム缶を打楽器に戦士の唄がはじまる。 風変わりでカンダータらしい音楽、技術ではなく熱情の旋律とでも呼ぶべき音が酩酊を与える。 「やあ、ディラドゥア。よろしくやってるのかい?」 「レイドか、まあね」 心地よく体を揺らしていた竜人の横に座る猫人には苦い笑い 遠方でストリップをしている主は捨ててきた。 「いや、こう言う時は使い魔の体が憎いね。お酒なんて毒認識されて分解されるし」 「レイド、俺達を酔わせるのは酒じゃない、彼らを本当に酔わせているのも……分かっているだろ?」 といって笛を投げてよこすと竜人は竪琴を構える。 それは酔の海に乗り出す儀式、力強い原色の唄に洗練された二つの演奏が交じる。 酒に酔わない存在、彼らを酔わせるものそれはこの場に居る人々が醸し出す精気。 「アレレ、気持チ良クナッテキタ。ドコカノ魔法使イガボクノ飲ミ物ニイタズラシタミタイ」 自慢のボディが、赤みを帯びた銀に変わる。 テンションを上げた幽太郎は、体中のセンサーから光を放ってクルクルと回る。 『イェーイ。アマリリス、一緒ニ踊ロウヨ』 「おっと踊りときいちゃオイラもだまっちゃらんねえ、どうだいこのセクシーダンス決まってるだろ?」 「セクシーダンスと聞いたら、あたしも譲れないよ」 演奏に合わせて勝手気ままに踊るロストナンバーとカンダータ兵士達。 給仕をしていたはずの袁仁がラインダンスを踊り、もふもふの球体が兵士達の間をコロコロと転がっている。 「めんたぴ、何か飲む? みんなじゅーすのんで楽しそう」 魔神の手を引きながらウロウロしていたアルヴィンが騒ぎに引き寄せられてやってくる。 「おれはチャイ=ブレの消化液の中で見てきた我らが女将軍の武勇伝を語るぞー、みんな聞けー」 「ゼロも、ゼロも武勇伝を語るのですー」 酔いの混沌は広がり続けるばかり。 ‡ ‡ 混沌と喧騒から外れた一角。 三人の魔術師が静かに宴席を眺めていた。 「ドミナ、ニッティ。改めて礼を言う、ありがとう。……迷惑をかけたな」 「迷惑など……」 「しかし、まさか牡牛座号に乗ってくるとは。ガルバリュート殿の姿が無ければ、お前たちがロストレイルをジャックしたのかとも考えたぞ。 レイド殿からも『局の中でも特にこの二人は突拍子もないことをやってのける』と聞いていたからな」 「と、言いマスかヴィクトルサンって戦い方どーにかなりマセンかね? なんで正当派魔導師が、壁も付けずに敵サンと真っ向からガチ殴り合いしてるんデスカ。 前回の遠征の時もソレで派手に撃ち落されてマシタよね? 次元旅行者ってのは本来それほどスゴいんでしょうケド、能力制限されてんだから自重して下サイ。 大体ヴィクトルサンってば……」 酒は飲まずとも空気に濃厚に染みた酒精に当てられたか、エンドレス説教を垂れ流すKIRINことニッティ。 「ニッティ……一理はあるとは思います。しかし、ヴィクトル様はお怪我をなさっているのですから」 女魔術師の諌める言葉はKIRINの矛先を恋敵から想い人に切り替えさせた。 「だいたいデスヨ。ドミナさんがちゃんと手綱握らないから、こんなことになるんデス! 全く首輪でも付けとけっつんデス」 「誇りだ、ニッティ」 複雑なお年ごろを爆発させようとするKIRINの言葉をヴィクトルが一言で断じる。 「誇りぃ?」 「そうだ、彼らには誇りがあった、我輩はそれに応えた、それだけのことだ」 「それがどんだけ重要だっつんデスカ? はいはい、分かってますヨ。ヴィクトル様は高尚で御座いますネ、ボクと違って。ボクはそんなことに命賭けれませ――ってうぉおお!?」 KIRINのクドクドは未だ続こうとしていたが、彼を捉える混沌が気づかぬ内に這いよる。 「おい、若い兄ちゃんが何端っこでやってんだ。こっち来て飲めよ」 「え? え? いやボク未成年ですから!! ちょっと、助け、ドミ――」 「おや、随分可愛い子だねえ、食べちゃいたいくらい」 「いやいやいや、無いデス無いデス。ちょっとやめてぇええ」 悲痛な叫びはかき消され、貞操の危機に揺れた青ざめた顔でドナドナされていくニッティ。 女魔術師と襟巻蜥蜴の魔術師の二人は顔を見合わせ苦笑を浮かべ――彼を見捨てた。 「……ニッティ、少し可哀想ね」 と言いつつ、少しだけ躰を想い人近づけた女魔術師、ヴィクトルの喉から楽しげな笑いが漏れる。 「良い経験よ。あ奴は若い、もっと人を知るべきだ」 ‡ ‡ いつもと違う軍装の背中、らしからぬ不安定な足取り。 彼が会場を往くと皆が笑い、杯を鳴らし、背中を叩く。 彼は、その度にぎこちない笑みと拙い言葉で応じる。 楽しんでいるコタロの邪魔にはなりたくないから、撫子は半歩下がってついて行く。 握ってくれる右手が気にかけてくれてるとわかるから。 「おう、来たかコタロ待っていたぜ。……んん、かみさん同伴かぁ?」 うまく喋れずともここは楽しい。 俺を仲間と認めてくれるから。 「……コタロ。お前さんはすげぇ奴だが、辛気臭いのがダメだ。 いいか飲め、もっと飲め、アルコールで喉の滑りを良くするんだ。見てみろ、こいつらもお前と話したがってんだ」 男女を問わず眼を輝かせながら鈴なりになった軍人を、ほろ酔い加減の撫子が手をばたつかせてガードする。 「ダメですぅ! コタロさん、格好いいんだから酔い潰れたらセクハラされてちゃいますぅ! 私だってマジマジ見てないのにぃ!!」 (俺は撫子のことをマジマジと見ている……ぞ) 「代わりに私が飲みます!」 猫のように毛を逆立てた撫子がコタロの目の前に積まれた酒樽を奪い取り飲み始める。 最もそんな撫子の努力も役に立たず、コタロは徐々にアルコールと雰囲気に沈む。 「いいかグスタフ、撫子は最高の女性だ。 俺のような無骨ものを好いてくれる、料理も旨い、力も強く背中を預けられる、そして俺のような無骨者を好いてくれる。聞いているかグスタフ……」 スーパー惚気タイムエンドレスループ、聞いたものは死ぬ―― 酒精に充てられた直接的なものいい。撫子の眼を白黒させ、頬を朱に染め――コタロの背中にピッタリとくっつく。 絵に描いたような惚気、しかし歴戦のカンダータ兵は怯むこと無くその光景を囃し立てる。 繰り返し熱弁を振るっていたコタロは、酔いつぶれたのか横になり撫子の太腿に沈む。 撫子は胸が熱くなる感覚の中に少しだけ違和感を感じた。 「ん……? コタロさんどうしたですぅ?」 返事はない――微かな焦り 首筋――脈はある、鼻――呼吸はある、瞼――反射はない 耳に入る喧騒が急激に遠のく、揺らぐ視界は彼だけを捕らえ―― 「おう、どうした。コタロが吐きそうか?」 気楽な声と共に、肩に触れる巨漢の掌。 弾かれたように立ち上がった撫子は、コタロを抱え上げ会場から飛び出す。 「おおっと。いいか、厠は外でて右だ。まあ、当分戻ってこなくてもいいぞ、その通りの先にゃ、宿もあるしな」 背中に聞こえる野卑た笑い、振り返り愛想を見せる余裕は既に無い。 ‡ ‡ 宴会場の外、食料を両手一杯に掴みとったルンは、酒の匂いがしない方へしない方へと彷徨っていた。 どんちゃん騒ぎは嫌いではないが、アルコールだけはどうにも駄目だ。 遥か彼方の水源を嗅ぎ分ける鋭敏な嗅覚が刺激され気持ち悪くなる。 彷徨う野蛮人は何時しか大樹の側に居た。 大樹の前には喪章をつけた人が並ぶ――多くは寡婦そして子供、僅かに兵士――恐らく『声』を聞いた者達 膝を折り祈り、大樹に触れ想う、葉の音の中に『声』を聴く。 シャーマニズム的風景は、破るべからず静謐。 (ルンいい子。皆の邪魔をしない。木の上で食べる) ルンはひと目に着かぬようこっそりと、脚だけで大樹をよじ登ると肉を頬張り始めた。 ‡ 魂の住処か――綺麗だね 白無垢の上に咲く一点の黒に触れる。 少しだけ苦笑が浮かんだ。 背格好のせいか寡婦と勘違いされただろうけど……。 今はそれでいい、彼女達と同じ気持でこの場に居られる。 ――今まで本当にお疲れ様 戦勝の宴に参加できぬ戦友に労いの言葉と花を捧ぐ。 大樹の幹に捧げたのは地上の花。 彼らに少しでも教えて上げたかった。 「ありがとうございました。皆様のおかげで私はこの世界で生きる決意と機会を得ました。何年かかろうと、必ずこの地に戻ります」 ――聞き覚えのある声 振り向くニコルの目にカンダータの真理数、その徴候を浮かべたメイドが大樹に一礼し去っていく姿が映る。 (あの人は……そうか、そうなんだ) 声をかけようと思ったが辞めた。 この静謐の中にあっていいのは鎮魂だけ。 ただ心の中で言葉を――戦場で結ばれた絆に祝福と別れを告げる ニコルは寡婦と共に祈る。 カンダータの全ての人達に平穏を。 マキーナとの戦いで散った人々が安心して天に昇れるように。 ――互いが互いを想い続ける限り、約束される (きっとこの樹がいつまでも伝えてくれるんだろうね。心から平和を願い、けれど届かなかった人達の戦いを。たった数行で書かれた味気ない記録よりも……雄弁に) ――私も忘れないよ、ずっと ニコルは大樹を振り仰ぐ。 ‡ 「ルンは死んだ、死んで神さまの国に来た。お前たちも死んだ、ここで神さまになった。ルンもお前たちも、同じ。死んで神さまの願いを叶える。世界を守る」 大樹の葉が戦ぎ、梢がさざめく。 それは囁きのようにルンの耳を撫ぜる。 「マキーナ居ない、地表行ける。楽しみだな」 地下の一番高い場所で空を仰ぎながらルンは大きな伸びをすると大きな笑みを作った。 宴会が終わるまで、ここに隠れて新しいカンダータを見ているのも悪く無い。 ‡ ‡ 再び宴会場。 ようやくアマリリスの元に至ったユキノが別れを告げている。 「アマリリスさん、帰属おめでとうございます。 寂しくなりますけど、自分の道を見つけられるのって幸せなことですよね ……あ、これささやかだけど、お餞別です」 桜が散る化粧箱の中、薄い紙に包まれる神気を納めた瓶が三つ。 アマリリスには見覚えがあった。ユキノの故郷――遠野の。 「お酒の席でお酒を贈るのも変な感じですけど……遠野に遊びに来てくれた時、沢山飲んでくれて嬉しかったから」 瓶の中で波打つ液体がアマリリスの眼の中で揺れる。 「……一瓶だけは今開けよう。この酒で貴女との思い出に酔いたい」 喧騒の中でコブレットに麦酒の満ち満ちる音だけが浮き彫りになる。 女二人のしんみりと交わされる酒席の間に変態肉ことガルバリュートが静かに現れる。 「……貴殿との付き合いも長くなった」 杯合わせるガルバリュートの吐く言葉は其の長さに反比例して短い。 しかし、万の思いが篭っていた。 「幾度と無く轡を並べ、技を競い、杯を交わした」 「君に砕かれた背は未だ痛むよ……責任を取って貰いたいものだな」 「すまぬとはいえぬな、戦場の習いゆえ」 「ふ……君らしい」 再度杯をあわせる武人二人。 ‡ ‡ 「コタロのやつ、最後まで世話かけやがっぜ。おー盛り上がってるじゃねえか。さて、オレも楽しむかね。ん、あの黒人のおっさんすげーな周りに何人も軍人が寝てじゃねえか」 好奇心猫を殺す―― 「ああ、そうだ諸君知っているかね、彼はティーロ君。デウスと戦った英雄の一人だ。どうだ諸君、彼の武勇伝を聞きたくはないかね。さあ、ティーロ君駆けつけ三杯だ。喉の滑りを良くし給え」 近づいて来たティーロの肩を叩き、武勇伝語り勧める初老の黒人。 猛獣は獲物を前にして嗤うというが、彼の表情がまさにそれだった。 飲む、飲まされる、飲む、飲まされる、ゲロ吐く――終わらないのが終わり、軍人・宴会・キリがない 傍らで談笑したはずの初老は、ティーロの武勇伝の間にさりげなく、ある意味優雅に宴会場から逃げていた。 ‡ 「やあ、君。あの時の子だよね。眼はどうしたの? ぐっと素敵になってるね」 「あら、貴方は……お久しぶり。良くわかったわね」 「女の子を見間違うなんて、失礼な事できるわけないじゃない?」 「気障ね。眼は交換したのよ、機械に繋ぐ必要がなくなったから。 それで? 眼を褒めてじゃあねじゃないでしょ? 一緒に飲んでいかない?」 「勿論、美味しいお酒をもらえるかな?」 (やっぱ、女の子が戦って死んじゃうような世界は良くないよね) (ニコめ……またナンパして、ここの人たち怖そうだし、いつか背中を撃たれても知らないぞ) 楽しげに女性に粉をかける相棒を遠巻きに、トラブルに巻き込まれやしないかと警戒していたグリミス。 しかし、彼がこの宴席でまともであったのはこの瞬間だけであった。 口寂しくなって手を付けた一杯の酒。 アルコール度数の高いカンダータ酒は、グリミスの理性を奪い彼を飲兵衛モードに変じていた。 ‡ ‡ 一見女性的でなよっとした男が筋肉の塊のような大男と掌を握り合ってから十分。 (ん……流石に凄い力ね、でも腕相撲は力の強弱が重要なの……) 至近距離から好みの男性の姿を眺めれるという欲望が、男に常以上の力と技を与えていた。 十五分が経過し、流石に地力に差があるかジリジリと脇坂の手の甲が台に近づき……それでも更に三分粘る。 「ふう……残念。いいところまで頑張ったのだけど」 「兄ちゃんやるじゃねえか、見た目で侮っていたぜ」 握手を求める対戦相手の意外に朗らかな笑い、脇坂は少し照れた笑顔を見せ応える。 腕相撲会場。腕力が全てを語る場。 「ん……なんだか楽しそうだな」 吐息で凍らせたお酒を貪りながらふらふらしていたゲーヴィッツがは、己の居るべき場があったとばかりに引き寄せられていた。 「おっと兄ちゃん参加かい? 良いガタイしてんじゃねえか、ま、頑張りなよ」 会場の熱気に充てられ、服を脱ぎ捨て備える巨躯。 露出した巌の如き筋肉をパフォーマンスと勘違いしたのか歓声が上がる。 「テメエ……腕相撲は腕力だけじゃねえってことを教えてやるぜ」 「ん? 手が冷たかったらごめんなぁ」 素っ頓狂なやり取り。 (……どうしたらいいんだぁ? 相手の力を受け止めるつもりで全力で押し倒せばいいのかぁ?) 腕相撲をやったことがゲーヴィッツは少し悩んだ後、フンと力を込める。 対戦相手が肘を軸に文字通り回転し、悲惨な音を立てて腕相撲台にめり込む。 圧倒的な強さ――大歓声 勝利した巨躯は良く分からないままにマッスルポーズを決める。 いつの間にやら彼の周りには、妙齢の男女が集まりペタペタと筋肉を触っていた。 「そこのセクハラオネェさん! 男の魅力は筋肉ですか? やっぱり筋肉なんですか? 俺程度じゃ全然駄目ですか?」 その活躍を羨ましそうに見ていた坂上、現在十戦零勝。 酔の勢いに任せて、今まさに対戦相手になろうとしていた女性に青年の叫びを上げる。 「俺はっ! お姉さんのような年上美人が大好きだ! 是非おねぇさんにお持ち帰りされたい! おねぇさんの好みが知りたい!」 「男の魅力は筋肉だけじゃないと思うけど……それって腕相撲じゃなくて、私と寝たいってこと?」 予想を超えた返事に坂上の動きが止まった。 (私は何をしているのだろうな……ヒト風情と力比べなど) 話の勢いにのせられて、碧も腕相撲に参加していた。 少し酔っていたのかも知れない――しかし、勝負である以上力加減などしない。 握手をするような姿勢から相手を見つめる表情は、戦場の険がなく、純粋に勝負を楽しむ凛とした笑顔。 それは戦士としての碧しかしらないカンダータ兵を呆然とさせるほどには、女性の魅力を帯びていた。 決戦時の焼け落ちた服から覗いた彼女の肌を思い出し、初なほどに頬を紅潮させる対戦相手の兵士。 弛緩した腕、その緩みなど殊することなく碧は全力で腕を叩きつける。 「私の勝ちだな、鍛錬が足りないぞ」 楽しそうな声を上げる今宵のリュウは、膂力に魅力を加え圧倒的な無双を誇った。 ――残るは兵どもの夢の跡 「うへへ、もっと酒持ってこいお酒ー」 並み居る軍人を蹴散らした十五mの巨体が樽を抱え、それこそ浴びるように酒を飲み続ける。 竜の姿に戻ったニコが迷惑な相棒を押しどかそうとするが、できあがったグリミスを微動だにさせることもできず、諦めて女の子のところへ行ってしまう。 「もう帰れよババア、つかせめて酌くらいしろ」 「ババア酌もしないし帰らない、あたしより強いやつに会いに来た」 「おい……マジで何とかしてくれよ……」 山積み潰されたカンダータ兵の頂点でダンジャは、まだ見ぬ強者を待ち手酌で酒を呷る。 討ち取ったカンダータ兵十人余り、酔いつぶれた漢達の真中で百田が大の字で天井を仰いでいる。 飲み比べたのは、針まで打って体調と活力を整え飲み続けたのは、負けん気の強さだけが理由ではない。 「世界を救い酒盛りをする。こんなめでたい酒は初めてだ……」 決して美味い酒ではなかった、しかし最高に酔える酒だった。 「なぁ直至、師匠。本当ならあの時……」 過去への夢想と共に百田の意識は混濁していく。 「な、こういうのも悪くないだろ?」 大魔導師は……失いそうな意識の中で指輪に話しかける。 宴会場に響く喧騒や怒声や呵々大笑。 酒に紛れるヒトの汗。 戦友と接してくるカンダータの兵士達。 「ふ、あはははは」 それらが碧の心を絆し、晴れやかな笑いを生んでいる。 多分に回った酒気が、心地よさのまま微睡みに誘う。 幸せ ――久しく感じたことない感情がそんな名前であったことを思い出しながら ‡ ‡ 「レディを待たせるのが、カンダータ流かしら騎士様?」 「最後にもう一回だけ、私を抱いて飛んでくださる? この世界を遥か高みから見下ろしたいの」 「勿論、謹んで承りまして御座います――Meine schone Prinzessin」 手の甲に口づけた騎士は、可愛い姫君を腕に抱えると宙に舞う。 地下都市を抜け地上に、全てのマキーナが活動をやめた静かな大地に。 「貴女は帰属してしまうのね。この無限に拡がる荒野に、其の下に住む埃臭くて、お酒臭くて、野卑た貴女に似合わない人達の中に……。 あら、ごめんなさい……でもね、騎士様、私の無作法を許してくださるかしら? 貴女を奪ってしまう世界を良くは申せません……本当は淋しいの」 姫君は騎士の胸に頬を寄せ目を瞑る。 「……私もヴォロスに帰属する。これで本当のお別れね、どうかお元気で」 別れは既に定められている。 騎士にできたことは、姫君が己を忘れぬように強く抱きしめることだけ。 ‡ ‡ ――朝 喧騒が終わり静寂に包まれた中で別れの時は迫る。 「グスタフ様、必ず十年以内に戻って参りますので、私を西戎軍第弐連隊の備品にしていただけませんか」 返事はない。返事がなくともジューンは言葉を紡ぐ。 「私は今十歳の双子の女の子と暮らしています。私が今在るのは皆様とあの子達のおかげです。あの子達をきちんと家に帰したら、必ず戻って参ります。以後二度とこの地を離れません」 「……お前さんはちぃっとばかり勘違いがすぎる。 いいか、俺たちは戦友を備品呼ばわりなんてできねえ、次に来る時はその態度を直しな。 俺達の仲間になりたいっつうなら俺等流に合わせてもらわねえとな」 返事の言葉は思いつかず、メイドはスカートをつまみ一礼すると一時の別れとした。 ‡ 一晩明け、この地の装束に身を包んだアマリリスは、既にカンダータの住人であった。 「すまない、遅くなってしまった」 銀髪の魔術師が指を鳴らすと桜色の花吹雪が舞い散り、アマリリスの腕の中に大輪の花束が現れる。 「フェリックスか来てくれないかと思ったよ」 「すまない、この世界の今を見てきた。次にこの世界を訪れる時、どのように変わっているか楽しみにしているぞ」 「ああ」 魔術師は笑みと共に手を差し出す、麗人はそれに答え彼の手を強く握った。 ロストレイル号の汽笛が鳴る。時は満ちた。 アマリリスは一揃えにしたパスホルダーとギアを戦友に渡す。 鉄仮面に覆われ表情を見せることのない戦友の本当の顔は如何なるものなのだろうか。 ふと浮かんだ疑問は心にしまう、彼とは違う道に行くのだ知ってどうなるものでもない。 「機会がある限りこの地に訪れ酒を酌み交わそう。 ……姫が拙者をゆるしたもうたその時は帰属を考えてみても良いかもしれない」 「……そうか、楽しみにしている」 意外な言葉、麗人の完璧な表情が少しだけ崩れた。 ‡ ‡ ロストレイル号が空に消える、カンダータの民は最後まで空を仰ぎ手を振り続けた。 其の中で一人、新たにカンダータの民となった女は心のなかで最後の言葉を唱える。 ――さらばだ、君たちに会えて良かった。どうか君たちの先行きも幸福なものであるように
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