<ノベル>
思い出していた。
過去に遭遇したムービーキラーたちのことを。
魁偉な容貌ゆえか、ランドルフ・トラウトの中で、静かな思索が深まっていることに、気づくものは少ない。
彼が、大規模な調査をすべきだ、と体格に似ず控えめに口を開いても、それに賛同を示すものは少数だった。
「ムービーキラーを解決する方法が穴にあるとしたら――大勢であたったほうが効率が良さそうです」
「その穴が何らかの罠や囮の可能性がある」
ルシエル・ディグリースは言うのだった。
「いきなり大勢で行って、刺激してしまうのはな」
「たしかに藪蛇かもしれないが」
対して、須哉 逢柝は調査に賛成の様子である。
「この穴のせいでキラー化したスターもいることだし、何もせずに放っておくわけにもいかないだろ。……せっかくスターが実体化して、この街は最高に面白くて素敵なことになってる。できる限りの不安は取り除いて楽しく過ごしたい……そのための努力なら、あたしは惜しみたくないな」
茶色のバッキーをなでながら、彼女が発した言葉、その思い自体は、おそらく多くの市民が共感しただろう。だが、それを越えてなお、あの、地の底まで達するかと思われるような暗い深淵は、市民たちに言いようのない不安を抱かせずにはいられなかった。
リオネの予知夢にあらわれた7人のムービーキラーが斃れたあとも、依然として出現し続けるムービーキラーたち。
ミダスと、そしてアズマ研究所は、その発生原理と、あの『穴』とは関係があるというのだが……。
その日、市役所には、市職員やアズマ研究所のものたちを除くと、およそ50名のムービースターも含めた市民が集まった。
「封鎖した方がいいんじゃないか」
そう言ったのは、セバスチャン・スワンボートである。
自分はまだムービーキラーに会ったことはないし、トゥナセラのこともよく知らない――そう前置きした上で、彼は意見を述べた。
「今のところ、入った奴以外の被害はないんだろ。だからその……アズマ研究所?の何とか計測器やら、そういうので外側から調べるのじゃダメなのか」
ツィー・ランが、同意を示した。
「穴の中への調査はやるべきではないと思う。確かに調査は必要かもしれないが、その調査の途中でキラー化するスターが出たりしたら元も子もない。それにムービーファンやバッキー、他の一般市民にも害がないとも限らない。ハイリスクな上へたをすれば得るものはないかもしれないんだ」
「触らぬ神に祟りなしって言うしな」
秋津 戒斗が頷く。
「よけいな事して一般人まで巻き込むような事になったら誰が責任取んだよ……。誰も近づけねーように管理しときゃ問題ねーだろ」
もちろん今も、『穴』の周辺は――単純に、物理的に危ないという理由で――市役所によって立入禁止のフェンスに囲われていた。封鎖すべきという案は、さらにそこを厳重に、見張りなども置いてはどうかというものだ。
「この街には手練で、かつ暇人の『むーびーすたー』が多いだろう。彼らに交代で見回りや立ち番を任せれば、職にあぶれた者らも助かって、まさに一石二鳥よ」
清本 橋三が、飄々とそんな意見を述べたのだが、リゲイル・ジブリールの考えはもっと徹底したものだった。
「『穴』に近づくほど危険なんでしょ? なら周囲は完全に封鎖して、見張りも直接では危険よ……、監視カメラにしたほうがいいと思うわ」
「ちょっと待ってよ。そのまま、放っておくなんてできないでしょ。何かが起こってからじゃ遅いのよ」
封鎖に賛同するものたちが次々発言し出した流れに割って入ったのは、沢渡 ラクシュミだ。
「…………調べ――なけれ、ば……先へ進めない――こと……も、わかり……ます……」
おずおずと口を開いたのは、西村だった。
「けれど…………」
その結果でこの街の心優しい人々が、ムービーキラーとして歪んでしまうのは、どうしても怖い――、彼女は、つっかえ、つっかえ、そう語った。
大勢の前でそれだけのことを言うのに、要しただろう勇気を思って、人々は黙り込んだ。ただ、西村の肩の上の鴉だけが、あるじを気遣うように、カア、と啼く。
★ ★ ★
沈黙が落ちる中、ボリボリと、レモンがせんべいを齧る音だけが聞こえてくる。
「だれか、お茶ー」
「はいはい、只今ですにゃよーー」
クロノがさっと湯呑を差し出す。
手際よくお茶を入れて、出席者たちに配っていく猫神だった。
ズズズ……と、お茶をすすりながら、ゆきは、レモン、クライスメイトPと並んで、部屋の隅の休憩スペースから、すこし距離を置いて議論の様子を眺めていた。
話には加わらないが、かれらも、事態のゆくえには強い関心を持っている。
そしてそれは、今日この場には来なかったものたちも、多くは同じであろうと思われるのだ。
「あの『穴』ってさぁ」
ルアが、面白がるような声音で口を開いた。
「ムービースターをキラー化させられるんだったら、それで人間爆弾みたいに、キラーをつくって、テロとかにも使えちゃうわけだ」
人々は顔を見合わせた。実際、先日、雪の杵間山で起こった事件は、それに近しいことが行われたわけだ。サイモン・ルイは彼をムービーキラーにする意図を持って『穴』の中に入らされたのだという。
「ああ、それと、研究所ではムービーキラーを研究したいわけでしょ。そのためのサンプルが欲しいんだ。だったら、あの『穴』を使って、『ミランダを量産』しちゃえばさ――」
「ルア」
アルが、同じ顔をしたおのれの分身を厳しい声で制した。
梛織が、ぎょっとして目を見開いたのを、ルアは気づいていたが、ただうっすらと笑みを浮かべただけだった。
「あの『穴』が、今後、どうなるかは予想できない。それがもっとも怖い」
その流れで、アルが自分の考えを話した。
「今起こっている『キラー化』という問題は、予想がついているという点では問題の程度が浅い。問題がそこにとどまっているうちに、対処すべきだと思うけど……」
「賛成ですね。時に――」
古森 凛は、調査は必要だという意はあらわした上で、黄金のミダスへと顔を向けた。
「負の魔法力を感知できるなら偏在箇所を予報することは?」
『……』
彫像のように固まっていたミダスが、はじめて、身じろぎを見せた。質問を受けて、凛へと視線を返したのだ。
『未来を見定める力は与えられておらぬ』
「今、現在のことなら、わかるのでしょう?」
『それについては、述べた通りだ』
「東博士の研究に協力を……あなたのあるじの孫娘の不始末が引き起こした自体の収拾に、協力をする気はあるんですか」
ミダスは表情を変えることなく応えた。
『このミダスに、おのれの意思などない。ただ、この街のバランスの狂いを正すことは、わが役割である』
「なぁ、オッさん」
いつのまにか、ミダスの傍に男が立っている。クライシスだ。
梛織が、腰を浮かせたが、クライシスは構わず続けた。
「お前まだ他にもこの街の魔法や『穴』のことで知ってることあるんじゃねぇの?」
『偽りを述べる機能は与えられていない』
「どうだかね。じゃあ、俺と賭けしろ。お前が負けた時は洗いざらい何でもハケよ。この会議で『穴』に行くことになるかどうか――」
「おい、よせよ!」
と、梛織。
クライシスは、うるせぇな、と返した。
「グダグダ話してねぇでスパッと決めて行動しろよ。何なら行きたい奴だけ行けば良いだろ。何に悩んで――」
「いいから黙ってろ」
立ち上がってクライシスを会議の席から引き離そうとする。抵抗して気色ばんだところへ、万一の場合にと銀幕署から立ち会いに来ていた桑島 平が割って入った。
「まぁまぁ、お前さん達、冷静になって考えようや」
「俺は別に――」
対策課の職員が、一時、休憩を提案し、重苦しい空気がほんのひととき、ゆるむのが感じられた。
★ ★ ★
「でもさ。彼の言った通り、やりたいヒトだけがやればイイんじゃナイ? 調べるのがイヤならほっとけばイイし、調べたいならトコトン調べられるし! ちなみにボクは興味津々なんだケドねェ! ヒヒヒ」
お茶請けに出されたクッキーをボリボリ噛み砕きながら、クレイジー・ティーチャーが嬉しそうに笑った。
対象的に、柊木 芳隆は渋い顔だった。
大規模な調査でも、公式に少数の調査隊を派遣するのでもなく、市としては対応せずに、個別に調べたいものたちがいるなら、立ち入りを許可する、という案も出ていた。
それに対し、紫煙を吐きながら、柊木 芳隆は言う。
「今、あの穴に近寄るのは危険ではないのかね? 無闇に市民が立ち入り、被害者を出すのは得策とは言えないし、果たして対策課がどこまでバックアップ出来るのかという問題もある。有事の際にはいつでも動ける体勢を整えつつ周辺を封鎖し、アズマ研究所のデータがある程度集まってから対処しても良いのではないかな?」
「……止めてもきっと行く奴はいるよ……」
ぼそり、と太助が言った。
「そうやな。俺は行くで」
ゆらり――、と影の中から歩み出る。
太助の尻尾の毛が、ぶわり、と逆立った。
斑目 漆の狐面の下から漏れてくる声は、
「ようわからんもんをそのまま懐に置いとくのはいただけへんな。事の真偽と、市と俺らのコレカラを判断するにはまず情報を仕入れんと話にならんよ」
と語り、調査隊の派遣をあらためて主張する。
そして自分もそれに志願すると、彼は付け加えた。
「もちろんオレも参加するぜ」
続いて、シュウ・アルガが名乗りを上げた。
「“伝令蝶”を改良した“偵察蝶”ってのがある。こいつを中に先行させるとかだな、いろいろ方法はあるだろ」
タナトス戦争時に、彼の魔法・伝令蝶が果たした役割を思い出し、調査隊の派遣を前向きに考えてもいいのではないか、という空気が生まれた。
ただ太助は、落ちつかなげに空気を嗅ぐようなしぐさを続けている。その背にそっとふれた大きなてのひらは、八之 銀二のものだった。
「俺も調査隊を結成するのには賛成だ。……俺を含めたムービースターが、突然殺人鬼へと変わってしまう。そういう懸念がある以上、『穴』の調査は最優先にすべきだからな。……ただし!」
銀二は一度言葉を切って、念を押すように付け加える。
「傍から見て不安定と思われるようなムービースターは参加しない方が妥当だろう」
その視界の中で、しかし、漆の表情は、狐面に覆われて判別できない。
「あ、そうだ」
ふいに、うってかわって明るい声を、リカ・ヴォリンスカヤが出した。
「ムービーファンの人ならキラー化しないから、ムービーファンの人たちだけのチームってのも良さそうじゃない?」
「それは俺も考えてた」
片山 瑠意が賛同する。でしょでしょ、とリカが得意げに陽気な笑みを見せた。
「ムービーファンを中心にした。少人数の調査隊を組むってのはどうかな。それなら、ムービーキラーが生まれることはないし、少人数の方が危険があった時も何かと動きやすいと思うんだ」
「で、でも、片山さんは行っちゃ駄目ですよ!」
悠里が声をあげた。
瑠意は心配しないで、と笑うが、悠里は、知り合いがキラー化したり危険な目に遭うことが心配でたまらないようだ。彼女は『穴』は封鎖することに賛成している。
「これは推測だけれど」
壁にもたれてなりゆきを見守っていた轟 さつきが口を開いた。
「『穴』って、ロケーションエリアのようなものかもしれないわ。私も、ムービーファンだけの調査隊に賛成なのだけれど、みんなで『コスチュームB』を着て行くというのどうかしら?」
……。
人々の脳裏にバッキーの着ぐるみがぞろぞろと『穴』の中に下って行く様子が思い浮かび、微妙になごんだ空気が生まれた。
ともあれ、ムービースターを除く形で調査隊を結成する、という案については、他にも同様のことを考えていたものも多く、賛同の声が次々に上がる。
ムービースターで、調査隊に加わりたいというものも少なからずいたわけだが、流鏑馬 明日は、
「ムービースターの参加を禁止とはまでは言わなくても……慎重になることは必要ね」
と、発言した。彼女なりに、何か考えていることがありそうだった。
会議は続いた。
その後も、アズマ研究所に、マイナスの魔法エネルギーの計測技術の実用化を急がせる、できれば調査隊が計測器を持っていけるようにする、ムービースターが調査隊に加わるなら、ムービーキラーに共通してみられる心の闇に呑まれることのないよう銀幕市の市民と絆が深いものに限るようにする、万一キラー化してしまった場合は、研究所への「死後の献体」を約束できるようにする――などなど、さまざまな意見が飛び交う。
少なくとも、市民の自主性に任せて管理下にないところで調査は行うべきではない、という考えを持つものも多く、会議は、調査隊を派遣するという大筋では合意されそうな雰囲気に傾いていた。
やがて時間となったため、対策課から、ひとまず本日の会議の終了が告げられた。
後日、あらためて、『穴』への調査隊について、発表があるはずだ。
評決の結果
【1】穴に対して、大規模な調査を行う………… 3
【2】穴の中へ少数精鋭の調査隊を送り込む……21
【3】穴の調査は市民の自主性に任せる………… 8
【4】穴には立ち入らず、封鎖する……………… 9
【5】その他…………………………………………14
※この結果を受けて、15日頃に調査隊を派遣する特別シナリオが用意されます。『映画館』にご注目下さい。
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