オープニング

「館長。お話があります」
 レディ・カリスが直々にアリッサの執務室を訪れたのは、ヴォロスでの烙聖節が無事に終わった頃のことだった。
「そろそろ、『世界樹旅団』に対して明確な方針を打ち出すべきではないでしょうか」
「うーん」
 アリッサは考えこむ。
 当面、ターミナルで暮らすことになったハンス青年は、おそらく無害な普通人である。一方、世界群ではいまだに、旅団のツーリストが引き起こす事件の報告が入ってきているのだ。
「そうよね。ちょっと考えさせてくれない?」
 アリッサは言った。
 レディ・カリスは、アリッサが旅団に対して積極的な攻勢に出るなどとは期待していなかった。そもそもできることはと言えば、せいぜいが各世界群での警備に力を入れるくらいだろう。それでもまったく手をこまねいているよりはましだ。
 だが、カリスは忘れていたのだ。
 アリッサの思考がときとして、そんな常識的な判断をはるかに凌駕することを。

 数日後、世界司書たちは図書館ホールに集められていた。なんでも館長アリッサからなにかお達しがあるというのである。すでに、レディ・カリスがアリッサに面談したことは噂になっている。場合によっては、世界樹旅団への正式な宣戦布告があるかもしれないという予測もあって、緊張する司書もいた。
「みんな、こんにちはー。いつもお仕事ご苦労様です」
 やがて、壇上にあらわれたアリッサが口を開いた。
「今日集まってもらったのは、今度行う行事についてです。ロストナンバーのみんなが参加できる『運動会』をやりたいと思います!!」
 運動会……だと……?
 予期せぬ発表に司書たちは顔を見合わせた。
「会場は、壱番世界、ヴォロス、ブルーインブルー、インヤンガイ、モフトピア。5つの世界をロストレイルで移動しながらいろんな競技をやるの!」
「楽しそう!」
 最初に反応したのあはエミリエだった。
「でも運動会ってことは、チーム対抗? 組み分けはどうするの?」
「図書館チームと旅団チームの対抗戦です!」
「あ、そうなんだ。旅団チームと対戦かぁ…………。え……?」
「館長」
 リベルがおずおずと挙手する。
「念のため、確認しますが、旅団とは世界樹旅団のことでしょうか」
「そうだよ。ほら、これ」
 アリッサが手にしてみせたのは、ウッドパッドと呼ばれるかれらが通信手段として用いている機器だった。
「どうにかつながりそうだったから、これでメールを送ってみたの」
 見れば、ウッドパッドからケーブルが伸びていて、宇治喜撰241673に接続されており、茶缶に似た世界司書からは白い煙が上がっていた。
「ちょっと待て! 返事は来たのか!?」
「ううん。でも時間と場所は伝えてあるから」
「旅団に開催地と時刻を知られている状態で運動会をするのですか? もし、敵が攻撃してきたら!?」
「応戦するよ。当然じゃない」
「で、でも運動会は旅団とやるって」
「参加してくれるならやるよ。攻撃してきた人もお誘いしてみて」
「ま、待ってくれ、よく理解が……」
「要するに、同じ日時・同じ場所で、戦争と運動会の両方をやるの!」
 ざわざわざわ。
 図書館ホールはどよめきに包まれている。
「……カリス様?」
「……わたくしはしばらく休養します」
 ウィリアムは、そっと話しかけたが、レディ・カリスはかぼそい声でそう言っただけだった。

  *

 一方、その頃、ディラックの空のいずこかにある、世界樹旅団の拠点では、ウッドパッドのネットワークに送られてきた謎のメッセージが話題になっていた。
「これは一体?」
「罠にしても、あんまりだしな……」
「とりあえず、偵察に行ってみたらどうだ?」
「この日時に、この場所に連中がいるのが確実なら、一掃してしまえば、あとあと活動がやりやすくなるしな」
「よし、いくか!」
 そんな様子を横目に、ドクタークランチは我関せずと言った顔だ。
「……よろしいのでしょうか」
「くだらん。悪い冗談だ。行きたいやつは行かせておくがいい」

  *

「この運動会にはふたつの意味があるの」
 アリッサは、続けた。
「ひとつは、文字通り、運動会にお誘いしてみて、旅団の人たちの中で、私たちと交流してもいいという人を見つけるということ。もうひとつは、どの世界にでも私たちはいつでも大軍を送り込むことができるということを知ってもらう、一種の示威行為ね。だから、みんなには、思いっきり派手に暴れてきてほしいの」

 *

「……ということで運動会だ」
 すでに若干疲れた声で贖之森 火城が言う。
 その傍らでは、現地での『仕込み』を担当することになっているリュカオス・アルガトロスと神楽・プリギエーラ、そしてゲールハルト・ブルグヴィンケルが、古めかしい地図を片手に何かの打ち合わせを行っている。
「ヴォロスでは借り物競争を行う」
「借り物競争って……紙に書いてあるものを誰かから借りてゴールするやつだっけ?」
「そうだ。ヴォロスの奥地に、今はもう滅びて、ただ遺跡と文明の名残のみがあるロワンタンという都がある。たいそう広くてな、ヴォロスの一般人を巻き込む心配もないだろうということで、そこに会場のセッティングを頼んである」
 ロワンタンの都は、昔、いくさに敗れた王とその一族、そして彼らを慕うひとびとが移り住み、驚くべき勤勉さでもってつくりあげたと言われる。
 最高級のカシミール・サファイアを髣髴とさせる空と、天空まで届くかのような断崖絶壁の上にそびえ立つ純白の王城との対比が美しく、その光景は見る者の胸を打ってやまないのだそうだ。
 周囲を、千歳杉(ちとせすぎ)と呼ばれる、全長で五十メートルを超える美しくも峻厳なる巨木の森に囲まれ、旧い竜を思わせる長大さの、時に激しく荒ぶるというイヴローニュ河に隔てられたそこは、まさに秘境の名を冠するにふさわしい。
「たいそう美しいところらしいから、余裕があれば風景も楽しんでくればいい。……で、リュカオス、どういうコースなんだ?」
 火城の問いに、腕組みをしたリュカオスは重々しくうなずいた。
「出発地点は断崖絶壁だ、まずはそこから下りてもらう。念のため命綱は用意してあるし、丈夫な鎖と縄梯子を下してあるから心配するな」
 ちなみに、王城のそびえる断崖絶壁から地上までは三百メートルあるそうだ。
「待てリュカオス、初っ端からその洗礼は正直きつい、」
「崖くだりなど生ぬるい、という猛者のために、空エイの背に乗って一気に下る、というコースも用意した。これは相当スリリングだが、精神を鍛えるには最高だ」
 空エイというのは、ロワンタンで見られる浮遊動物で、別名を空飛ぶ絨毯というのだそうだ。おとなしい、千歳杉の葉を糧に生きる動物だが、草食動物の常で臆病らしく、その背に飛び乗るのは熟練の技術が必要であるという。おまけに、背中に何かが乗るとパニックを起こし、錐もみ状態で地上へ急降下する性質を持つらしい。
「その次が千歳杉の森だな」
「ああ、森の中を行くのか。それはまだ安全……」
「木のてっぺんに投網状の足場を設けた。そこを進んでもらう」
「……確か千歳杉というのは全長五十メートルほどにもなる木だったな?」
「そうだ。そこをぐるりと回って、降りた先でイヴローニュ河渡りを行う。ちょうど、今の季節は流れが速く、冷たい。鍛錬には持って来いだ」
「待て待て待て、あの河は確か、幅が百メートル近くあると聞いている。今回のは鍛錬じゃなく運動会だ、しかも旅団の襲撃もあるかも知れないんだぞ」
「では、その襲撃も鍛錬の一環に」
「借り物競争というか、借り物競争の名を借りた命がけの障害物競争だな。しかし、なぜこんなに話が噛み合わないのか小一時間ほど議論したい」
 『もう疲れた』という色彩をありありと浮かべ、火城がこぼす間にも、リュカオスの淡々とした説明は続いている。
「河を渡って少し行くと、ゴールの『安らぎの庭』だな。ここはいにしえの王が、民とともに憩いのひと時を過ごしたと言われる野だ、皆、スタート時に引いた『借り物』を持ってそこを目指してくれ」
 要約すると、
 1.スタートは王城付近。そこで『借り物』の内容が書かれた紙を引く。
 2.最初の難関は崖下りもしくは空下り。
 3.身の丈五十メートルの巨木のてっぺんに張られた網を渡る。
 4.濁流と化した河を渡ればゴールはすぐそこだ!
 5.行程の最中に『借り物』をゲットしてくるのを忘れずに。
 ……と、いうことになるらしい。
「依頼しておいてなんだが、これは運動会としてアリなのか? 俺の感覚がおかしいだけで、実は問題のないレベルなのか……?」
 ついに自分の感覚のほうを疑い始めた火城に、誰かが同情の涙をこらえる。
 そんな中、参加者のひとりが、ふと気づいたようにリュカオスへ問うた。
「そういや、借り物ってどういうものがあるんだ? 参考までに知りたいな、一応、旅団と勝敗を競うっていうなら、勝利するための対策も練っておきたいし」
「ああ、それもそうだな。では参考までに見せよう。公平性を保つために、同じ情報を旅団へも送っておく」
 リュカオスが頷き、きれいな紙に丁寧な文字で書かれた『借り物』を示す。
 ――曰く。
 『夕焼けの向こう側に消えたせつなさ』だの、『遠い昔に失った少年の心』だの、『届かなかった熱い想い』だの、『あの時、言えなかった愛の言葉』だの、『純粋だったころの透明な眼差し』だの。
「いや……えっ。えっ……『初恋の戸惑い』……えっ。いやあの、これって借りて来られるもんだっけ……」
「『甘酸っぱい青春の記憶』なんか、借りられるもんならマジで借りたいわボケー!!」
 例題として挙げられる『借り物』の理不尽さに、説明を受ける一同、騒然とする。
 もちろん中には『千歳杉のてっぺんに生える若芽』だとか、『ロワンタン王城最北部に座す神像の欠片』だとか、『イヴローニュ河の底に生える水生百合の花弁』といった、まだまともと言えなくもないものもあるのだが、
「『あの遠い日の、輝いていたジュヴナイル』とか……まずどこに借りに行けばいいのかすら判らない……!」
 いったい誰が設定した『借り物』なのか、そのたいていは理不尽かつツッコミどころ満載の代物なのだった。
「……まあ、『借り物』に関しては、審判があいつらなわけだから、力技で納得させればどうとでもなるだろう。実際に借りて来られるようなら思う存分借りてきてくれ。――『借り物』の内容はアレだが、競争の内容自体はシビアだ。旅団の襲撃に関してもどうなるかは判らない。今のところ、激しい戦闘になるという予言は示されていないが、皆、準備と心構えとツッコミの気概を怠らずに参加してくれ」
「え、なんか最後の文言……まあいいや、あんたも大変だなホント……」
 盛大なため息と、
「んじゃまあ、行くか……?」
 若干投げやりな言葉とともに、参加者一同、『会場』へと向かうべく出発の途に就く。
「なんか……どういう着地を見るのか、正直想像つかんわ」
「ああうん、俺も」
 未知数すぎてまったく予測がつかない運動会についてああでもないこうでもないと議論しつつ、足早にロストレイルへ向かったロストナンバーたちは、執務室で大きなため息をついた火城が、導きの書の予言に気づき、
「……『安らぎの庭』付近で山賊の襲撃? オークとトロルの混成軍の? ……もうこれも障害物のひとつということになりそうだな……」
 知らせるべきなのか、放置していっそスリリングさを演出すべきなのかについて真剣に悩んでいたことなど、知る由もないのだった。

 *

「ゴウエン隊長、情報が入りました。ヴォロスで、借り物障害物競走だそうです。面白そうっていえば面白そうだけど」
「でも一応戦争するんだよね? 世界図書館って何を考えてるかよくわかんないです、何がしたいんだろ?」
「まあそういうな、赤彌(あかや)、青慧(あおえ)。せっかくの招待だ、受けようではないか。――レェン、ブリュンヒルデ、カイル=クロウ、他の者たちも、用意はいいな?」
「……言われるまでもなく」
「競うからには勝つ。しかも、正々堂々と戦って、だ。真の武人とはそういうものよ」
「出た、ゴウエンの持論。熱いねー」
「カイル、うるさい。隊長のいうことだぞ、黙って聞けよ!」
「あはは、怖い怖い」


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<ご案内>
このパーティシナリオは11月23日頃より行われるイベント『世界横断運動会』関連のシナリオです。

同イベントは、掲示板形式で世界群でのさまざまな運動会競技が行われます。つまり今回のシナリオで行われる競技+掲示板で行われる競技からなるイベントということです。

シナリオ群では、競技のひとつと、「その競技を襲撃しようとする世界樹旅団との戦い」とが描写されます。このシナリオの結果によっては、掲示板イベントでの競技が中止になったり(攻撃により競技ができなくなった場合など)、競技の状況が変わることがあります。

シナリオ群『世界横断運動会』については、できるだけ多くの方にご参加いただきたいという趣旨により、同一キャラクターでの複数シナリオへの「抽選エントリー」はご遠慮下さい。

抽選が発生しなかった場合の空枠については、他シナリオにご参加中の方の参加も歓迎します。
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品目パーティシナリオ 管理番号1501
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント皆さんこんにちは。
イベントの波に乗っかって、ツッコミどころ満載のパーティシナリオのお誘いに上がりました。


ええと……その、ネタです。
バトルパートも入るかもしれませんが、基本的には全力でコメディ。
全力で乗っかってくださるかたがたを熱烈にお待ちしています。

ご参加にあたっては、
1.挑戦したいパート(崖・空・森・河からご選択ください。大きな偏りが出た場合、記録者の独断と偏見でパートを移動していただくかもしれません。どうぞご寛恕を)
2.競技への対策、勝利するためにどんな行動を取るか
3.引いちゃった『借り物』のネタ(OP内にあるものでも、ご自分でつくられたものでも、記録者へ丸投げでも)
4.『借り物』へのツッコミとか対処方法とか
5.(余裕があれば)山賊の襲撃を受けた時の行動(ここに重点を置いてもらっても構いません)
6.その他、他に取りたい行動があれば(必ず描写されるとは限りませんのでご注意を!)
などから、重点的に取りたい行動をお選びになり、プレイングをお書きください。文字数がきつくて大変申し訳ないのですが頑張って……!

例)崖選択。『あの日君が流した喜びの涙』を借りて来いと言われて、リア充への憤りのあまり崖を駆け下りる。ゴールの際には、脳内で一大恋愛叙事詩をつくりあげ、さも本当のように語るつもり。旅団が攻撃してくれば全力で応戦するが、勝敗にもこだわり、むきになって競い合う。でも基本は正々堂々とやりたがる。山賊は障害物の一端と勘違いして軽く足蹴にし、「全行程の中で一番ぬるかった」などとうそぶく。
(↑例なので万遍なくネタをちりばめましたが、実際にはもう少し的を絞っていただいたほうがいいかもしれません)

なお、今回、キャラクターシートの非公開欄は参照いたしません……というか、申し訳ないのですが、文字数的な意味でも出来ません(交友関係はキャラクターシートの公開欄にある分だけ参照します)。プレイングに、全ネタを詰め込んでいただけますと幸いです。

そして、いつものことですが判定が発生します。
プレイングによっては旅団メンバーに敗北することもあり得ますし、登場率に偏りが出たり、必ずしもお望みの行動がとれなかったりする場合もありますので、ご納得の上でのご参加をお願いいたします。

以上、こまごまとうるさく申し上げましたが、基本的には、皆さんの、にぎやかでどたばたなワンシーンを全力で書かせていただきたいと思っています。



それでは、美しい秘都にて、大騒ぎの予感を抱きつつ、皆さんのお越しをお待ちしております。

参加者
アキ・ニエメラ(cuyc4448)ツーリスト 男 28歳 強化増幅兵士
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
雀(chhw8947)ツーリスト 男 34歳 剣客
マグロ・マーシュランド(csts1958)ツーリスト 女 12歳 海獣ハンター
チェガル フランチェスカ(cbnu9790)ツーリスト 女 18歳 獣竜人の冒険者
リニア・RX−F91(czun8655)ツーリスト 女 14歳 新人アイドル(ロボット)
黒燐(cywe8728)ツーリスト 男 10歳 北都守護の天人(五行長の一人、黒燐)
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
メルヒオール(cadf8794)ツーリスト 男 27歳 元・呪われ先生
ハルカ・ロータス(cvmu4394)ツーリスト 男 26歳 強化兵士
クアール・ディクローズ(ctpw8917)ツーリスト 男 22歳 作家
キリル・ディクローズ(crhc3278)ツーリスト 男 12歳 手紙屋
ワード・フェアグリッド(cfew3333)ツーリスト 男 21歳 従者
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
リュエール(czer6649)ツーリスト その他 20歳 名を呼んではならぬ者
響 慎二(cpsn7604)コンダクター 男 28歳 俳優
鹿毛 ヒナタ(chuw8442)コンダクター 男 20歳 美術系専門学生
ハイユ・ティップラル(cxda9871)ツーリスト 女 26歳 メイド
イェンス・カルヴィネン(cxtp4628)コンダクター 男 50歳 作家
エレナ(czrm2639)ツーリスト 女 9歳 探偵
橘神 繭人(cxfw2585)ツーリスト 男 27歳 花贄
レナ・フォルトゥス(cawr1092)ツーリスト 女 19歳 大魔導師
豹藤 空牙(cswc2881)ツーリスト 男 30歳 忍者
ダルタニア(cnua5716)ツーリスト 男 22歳 魔導神官戦士
幸せの魔女(cyxm2318)ツーリスト 女 17歳 魔女
柊 白(cdrd4439)コンダクター 男 20歳 専門学生
柊 黒(crvw9256)コンダクター 男 20歳 大学生
シャニア・ライズン(cshd3688)ツーリスト 女 21歳 トレジャーハンター
歪(ceuc9913)ツーリスト 男 29歳 鋼の護り人
ミケランジェロ(chwe5486)ツーリスト 男 29歳 掃除屋・元芸術の神
隼 蒋吏(cwze2900)ツーリスト 男 23歳 闘士/しょぷスト民芸職人
ルカ・ジェズアルド(ctsv1609)ツーリスト 男 21歳 ・・・
ハギノ(cvby1615)ツーリスト 男 17歳 忍者
エドガー・ウォレス(cuxp2379)コンダクター 男 39歳 医師
フォッカー(cxad2415)ツーリスト 男 19歳 冒険飛行家
真遠歌(ccpz4544)ツーリスト 男 14歳 目隠しの鬼子
璃空(cyrx5855)ツーリスト 女 13歳 旅人
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
墨染 ぬれ羽(cnww9670)ツーリスト 男 14歳 元・殺し屋人形
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
晦(cztm2897)ツーリスト 男 27歳 稲荷神
有明(cnmb3573)ツーリスト 男 20歳 稲荷神
アジ・フェネグリーブ(cspf9584)ツーリスト 男 29歳 元兵士
アルティラスカ(cwps2063)ツーリスト 女 24歳 世界樹の女神・現喫茶店従業員。
デュネイオリス(caev4122)ツーリスト 男 25歳 女神の守護竜兼喫茶店主
脇坂 一人(cybt4588)コンダクター 男 29歳 JA職員
ジュリアン・H・コラルヴェント(cutn5843)ツーリスト 男 26歳 専属エージェント
ヴィクトル(cxrt7901)ツーリスト 男 31歳 次元旅行者
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)ツーリスト 男 20歳 冒険者

ノベル

 1.崖で

「うん……その、なんだ。本日もいいお天気ですねー」
 晴れ渡った空の下で、相沢 優はいっそ爽やかに遠くを見つめた。
 遠くのほうを鳥が飛んでいく。
 まぶしい陽光を受けて、あるじを喪ってなお美しい姿をとどめたままの王城が純白に輝く。断崖絶壁から見下ろす森はどこまでも鮮やかな緑に彩られ、そのちょうど真ん中を、身をくねらせた古えの竜のごときイヴローニュ河が流れていく。
 美しい光景だ。
 ――見つめているぶんには。
 普通に観光で来たかった、と、切実なため息をつく優の傍らを、意を決した、もしくはどうということもなさそうな人々が次々と通り過ぎていく。
 いきなり攻撃を仕掛けて来るかと思われた旅団員たちが、大真面目で崖を下っていくのもあって、一触即発の緊迫感はないが、崖を降りるにはそもそも決死の覚悟が必要である。
 更に、引いてしまった借り物の内容によっては、その場で崩れ落ち打ちひしがれているものも少なくない。
 優も実を言うと内容に轟沈寸前のクチで、彼らには同情の念を禁じないわけだが、そんなこと知ったこっちゃねぇというかまったく気にしていない参加者も少なくない。
「っし、魔力充填完了ッ! ブッ飛ばして行くよー!」
 チェガル フランチェスカなどはその筆頭のひとりといって過言ではなく、彼女は何の恐れもない風に崖から飛び降りた。
 そのまま落下していく――かと思いきや、雷を魔力の起源とするこの獣竜人は、電磁加速の応用で空を蹴り、重力などなにひとつとして枷にもならないとでも言いたげに宙を渡っていく。
「借り物はネットの知識で応用! ネト獣なめちゃいけないよっ!」
 壱番世界のゲームにありがちな、空中ダッシュというやつだ。
 ゲームではお約束だが、実際に目にするととても驚く。
 その傍らをすいーっと飛んでいくのはリニア・RX‐F91。
 可愛らしいロボットの少女である。
「みなさんこの世の終わりみたいな顔してますね……何がそんなに大変なんだろう?」
 空を飛べるロボットに、飛べぬ生き物の葛藤は判るまいが、断崖絶壁から飛んで降りるか、重力に身をゆだねて自由落下するかは大きな違いだ。
「『拳で語り合う強敵(とも)との熱い友情』かぁ……どこにいけば借りられますかねぇ?」
 小首をかしげるリニアの傍らを、ハイユ・ティップラルが急降下していく。
「完璧なメイドの身のこなしは、相手に不必要な刺激など与えはしない。でも急落下とかテンション上がるからあえてこっちで! イャッハー、最高ー!」
 やたらハンサム顔(※女性です)をしたハイユにしがみつかれ、『もういっぱいいっぱい』を正しく浮かべたどこか人間臭い表情の空エイが、錐もみ状態で落下していく。
「しかし、『世界一大きなもの』を借りて来い? 漠然としてるなー。……あっ判った『瞼』だ。瞼を閉じたらどんな大きなものでも隠れて見えなくなるから!」
 ドヤ顔で急降下していくハイユを視線で追いつつ、柊 白は足場のある岩を選びながら跳んで降りていく。
「恥ずかしい過去を借りて来い、か……借りるってことは人の過去だな。兄貴のでいいか」
 自分が恥ずかしくなきゃ何でもいい派、白である。
 リュエールは男性体での参加だ。
「さて、『皆で成し遂げた思い出』か。……持って来させる気があるのかないのか。そもそも借りられるものなのか、これは……?」
 足を竦ませたり世を儚んだりする他参加者たちの傍ら、リュエールの動作は軽快にしてシンプルだ。
「リュエールさんはどーすんだ? 梯子派?」
 響 慎二に小首をかしげてみせる。
「足場? あるじゃないか」
 何でもない風情で、崖のわずかな突起を階段代わりにして、軽やかかつ危なげなく飛び降りていくリュエールを、
「いやぁ、それ、俺は無理だわー……」
 慎二が諦観たっぷりの眼差しで見送っている。
「つか、『誰にも言えない黒歴史』……えー。これ、俺のか? それとも他の誰か? 借り物ってことは後者? こんなん貸してくれる人っているんだろうか……」
 ぶつぶつつぶやく慎二の肩を、優が叩き、
「響さん、早くいかないと乗り遅れるよ!」
「えっ」
「そうですよ響さん、これを逃したら、次の発車ならぬ発エイ時刻まで三十分あるんですから!」
「……えっ?」
 背中を一一 一の手が押す。
「いやあの俺は、あの、」
 気づけば、まさしく絨毯のように舞い飛ぶ空エイの群れにもっとも近づける崖の端へ向かう集団にインさせられている。
 そこでは、フォッカーが、気力だけで空エイに乗ろうと身構えていて、
「ダメだったら落ちるけど、おいらなら大丈夫にゃ……たぶん。たぶん」
 ものすごく不吉なことを呪文のようにつぶやいている。
「ん、慎二もエイに乗るのにゃ? 頑張ってにゃ?」
「あの、だから俺、」
「今ですよ響さん!」
 穏便かつ堅実に梯子を使う旨を説明する暇も与えられず、悪気ゼロの一に突き飛ばされ、
「ぅおッ、うわ、わ、――――ッ!!」
 崖から足を踏み外して空エイの背中へ落下、そして錐もみ急降下ルートを辿る羽目になる慎二だった。
 絶叫が長く尾を引く。
「よし、響さんも巧く逝ったみたいですし私も行きますよー!」
 徹頭徹尾(普通の)運動会気分で参加した一は、きりりと鉢巻など締めてやる気も十分だ。
「『不可能を可能にする熱き心』、精神面なら負けません……!」
 借り物の札を握りしめ、意気揚々と空エイに飛び乗る。
 もふん、というやわらかい手触りにほんわかするまで二秒。
「わあ、ホントに絨毯みたいです、ね゛――――ッ!?」
 本来つくはずのない音韻に濁点のついた絶叫が尾を引くまでわずかに一秒。
 びっくりして跳ね上がった空エイがスパイラル☆フォールに入り、
「ちょッ、待、なんかはみ出そ、うっフォオオオオオオオオォ!?」
 うら若き女子高生にあるまじき悲鳴をドップラー効果で響かせつつ、一直線に落ちていく。
「まあ……見事な落ちっぷりですね。素敵だわ」
 悪気のない賛辞を送るのは、白綿の球体である。
 パッと見ただけでは誰だか判らないが、嵐を招く混沌の天然ボケことアルティラスカだ。身にまとっているのは衝撃攻撃完全無効の特殊衣装で、このままゴールまで突っ込むつもりらしい。
 彼女が引いたのは『来年こそはと願った過去の煩悩』。
 ――それを美しい女神に貸してと言われる誰かが気の毒でならない。
 悠々と落下していく白綿を、あれはいったいなんなのかと小首をかしげつつ、堅実な手つき、体さばきで崖を下っていくのは璃空だ。
「まあ、多少きついが、師匠の修行に比べれば些かマシだな。この程度もこなせぬようでは師匠にどやされる」
 ふう、とひとつ息をつき、懐に忍ばせた借り物に意識をはせる。
「しかし、甘酸っぱい初恋か。そんな貴重なものを誰に貸してもらおう……?」
 そもそも借りていいものなのか、と生真面目に悩む彼女の横を、
「『羊の皮を被った狼の羊の皮』……これは暗喩か、それとも実際にそういうものがあるのか……?」
 難しい顔をしたデュネイオリスが、腕組みをしながら真っ逆さまに落下していく。
「深い、深いな、この借り物は……」
 むむう、と唸るデュネイオリス。
 ちなみに飛行能力持ちにつき、この落下は特筆すべきことでもない。
「えええ……」
 伸縮自在、適材適所に絡みつくザイルに変化させた『影』を駆使し、巧くバランスを取りながら崖を飛ぶように駆けくだる鹿毛 ヒナタの顔色は冴えない。握り締めた借り物の札には、『敵のイケメン五人』とある。
「これ書いたの女子だろ! ……女子ですよね!? いやいやいや、どう考えてもこれ無理ゲーだから! 俺に死ねというのか!」
 確かに、隊長のゴウエンを筆頭に、男前や美形があちこちに見られるチームではあるのだが、
「それをどうしろって!? しかも五人!? ……写真でいいな、うん! 現物とは書いてない!」
 ――幸いカメラは常に携帯している。
「あとは被写体を……あああああホントなんなのコレ、俺一般人なんだけど……!」
 まさに命懸けだ。
「はっ、要するにあれか、戦場カメラマン。――余計怖くなった!」
 しかし素材を集めねばゴールすらできない。
「よし、恐怖を克服するためにもテンション上げていくぜ! イィヤッホォォゥ!」
 もはややけくそである。
 飛び降りた先に、金髪碧眼、十代半ばと思しき絵に描いたような美少年の姿を見つけ、勢いのまま突っ込む。
「そこの可愛いお兄さん目線こっちー! キリッとキメて! もしくは笑顔!」
 攻撃されるかと思いきや、
「はーいどうぞー?」
 愛想たっぷりのにこやかな笑顔とキメポーズが返った。
「はいどうもー次ー!」
 しっかり画像を収め、用が済めば構わず先へ。
 それを見送ってくすくす笑う少年の傍らへ、ディーナ・ティモネンが飛び降りてくる。
「図書館の人たちって面白いねー」
「そう? キミたちのほうが面白いと思うけど」
 にこやかに、少年めがけて催眠スプレーを噴射。
「わ、」
 よろめく彼を手早く担ぎ上げ、持参した背負子に載せながら、
「私の借り物、失った少年の心。キミならちょうどいいと思うんだ、だから安らぎの庭まで貸してね?」
 ロープで縛り上げようとしたところで、
「背負子なんて使わず、直接おんぶしてほしいなー。そのほうがときめくし」
 少年はくすくす笑ってディーナの腕からするりと逃れた。
 催眠スプレーが効いた様子すらない。
「お姉さん、ボクの借り物にピッタリみたいだし、一緒に行こう?」
「キミの借り物って?」
「――『歪んで欠落した魂』」
 空のような碧眼がとろりとした喜悦を孕んだ。
「キミは……誰? 何?」
「ボクはカイル、カイル=クロウ。夢と魂の領域に住まう旧い獣だよ」
 よろしくね、と笑う少年に、ディーナは眉をひそめる。
 ハギノはというと、微妙すぎる借り物を引いてしまい煩悶していた。
「あーもう、イニシャルGとかどうしろって……? Gさんなんて……あっ、ゲールハルトさんどこー! いねーし……くっそー」
 歯噛みしたところへ、前を行くジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが旅団の隊長格と思しき壮年の男と言葉を交わしているのが聞こえてくる。
 男は、禍々しいほど赤い髪と、猫科の猛獣のような金瞳、褐色の肌、そして五本の黒い角を持っていた。鍛え上げられた長躯の、四十路半ばと思われる渋い男前だ。
「ゴウエン殿と言うたか。貴殿を真の武人と見込んでお頼みする。私の借り物は『己と対等な真の武人』なのじゃ。真の武人とは強きをくじき、弱きを助けるもの。――ここは一時休戦じゃ、共に戦ってはもらえぬかのう?」
「そこのおじさんゴウエンさんっての? ちょうどいいや、僕の借り物は頭文字がGのヒトなんですよねー、ってことですいませーんゴウエンさん貸して下さーい」
「ひとりをふたりで借りることは可能なのじゃろうか?」
「ダメとは言われなかったし、行けるんじゃない?」
 首を傾げあうふたりの傍らを、
「そこの彼は、故郷の世界を丸ごとひとつ滅ぼして、その結果覚醒した鬼神だよ。対等を望むってことは、それだけの業を負う覚悟が要るってことだけど……うん、面白そうだから応援しちゃう。頑張ってね?」
 呆れ顔のディーナに負われ、嬉しそうにしがみついた少年がケラケラ笑って行き過ぎる。
「俺を借りたいと言うか、勇敢な少年少女よ。歓迎しよう、ならば共に行こうぞ……烈しき修羅の道を」
 禍々しくも猛々しい、熱波を伴った闘気が立ち上り、次の瞬間、彼は地面を蹴り、崖下めがけて跳躍した。
「あっちょ、もー、僕って暑苦しいのと当たる確率高くない? ま、ここで負けたら忍者が廃るから行くけど!」
 わずかな突起を足場に跳んでいく彼を、軽やかな、凄腕の名に恥じぬ身のこなしでハギノが追いかけていく。
「この調子で一緒にゴールしたら『持ってきた』ってことになるかな! ってことで、お相手願います!」
 やる気も戦意も充分のハギノを、五本角の鬼がひどく楽しげに見た。
「おー、張り切ってんなぁ、頑張れ青少年ー。いやもちろん一番応援してるのは歪と真遠歌だけど!」
 鰍はというと、トラベルギアを駆使して崖から降りつつ、兄馬鹿を炸裂させていた。その応援あんまり嬉しくないですとハギノは言ったかもしれないが、その辺は知ったこっちゃないのが鰍の鰍たる所以である。
 限界まで伸ばしたチェーンを崖上の木に巻きつけ、それを命綱に降りていく。
 ギアに全幅の信頼を置いているため、恐怖心はない。
「お陰さまで順風満帆……と言いたいとこだけど、問題はこっちだよ」
 鰍の借り物は『恋に恋する切ない乙女心』。
 引いた瞬間の、突っ込む方向性を見失って虚しく空を切った彼の拳を、同じ属性を持つ者たちは涙とともに見つめたことだろう。
「……まあ、どうにか捻じ込むしかないんだけど」
 溜息をつき、視線を前へ向ける。
 雄大な森が近づいてくるのが見えて、鰍はわずかに唇を緩めた。
「……」
 次々と崖を下っていく人々を見送って、棒切れのように立ち尽くしているのはルカ・ジェズアルドだった。
 彼の手の中では、借り物の札が虚しく風にはためいている。
 曰く、『リア充』。
「……最後のほうになると、ネタに困るよな……」
 理解をにじませつつも、ルカの眼はどこか遠くを見ていた。
 いかにしてリア充を借りてくればいいのか、真剣に算段するルカの傍らを、
「機械仕掛けのマジカル☆ドリーマー! とかどういうシチュエーションんんんん!?」
 絶叫系ツッコミを放ち、世を儚むように空エイに飛び乗る一般旅団員A氏。
 ルカはルカで、
(そっちのほうがよかった……っ!)
 それならまだ自前でどうにか出来たかも、と若干錯乱しつつ、A氏の悲鳴をBGMに崖を駆け下りていく。



 2.森で

「お客様ー! お客様の中に、正しい運動会はいらっしゃいませんかー!?」
 イェンス・カルヴィネンの呼びかけが虚しくこだまする。
 彼らの現在地、千歳杉のてっぺん。
 地上50メートルというのは、要するに十階建てのビルの屋上にいるようなものだ。
「ジム通いでどうにかできるレベルなのかな、これ。……ふふ、君と再会するのも、そう遠くはない気がするよ……」
 ふふふ、とむしろ爽やかに笑うイェンスの視線は、どこか別の世界を見ていたが、横からの強風に吹き飛びそうになった彼を、唐突に伸びてきた千歳杉の枝葉が支えた。
「あ、ありがとう。助かったよ。今のは、君が?」
「あの、はい、すみません、ご無事で何よりでした」
 びくびくしながら頷くのは橘神 繭人だ。
 繭人は、植物と心を通わせる力で、とっさにイェンスを助けたのだが、とある事情から壮年男性に恐怖心を抱いているため、彼の一挙手一投足にびくびくしていた。
 しかし、
「そうか、植物に助けてもらえる力だなんて、すごいね」
 イェンスが穏やかに微笑むと、ホッとしたように身体の力を抜く。
「繭人君の借り物は?」
「あ、はい、『千歳杉の育んだ樹髄』、でした。返しに来るって言ったんですけど、あげるって言われて」
「ほう……これは、美しいね。すべての森の緑を閉じ込めたようだ」
 繭人の華奢な手の中に、胸を打つほど深い緑の石を見て、イェンスは唸る。
「あの、イェンスさんは……?」
 問われてイェンスが示した札には、『麗しくも儚き憂愁のワルツ【純情編】』とあって、
「ええと、あの、……すごいですね」
「そうだね、なかなかの表現だ。ただ、出来れば別の機会に読みたかったよ」
 微妙極まりない、やるせない表情がふたりの顔をよぎった。
 その横を、
「『本気で怖いと思ったあの日』……? どの日だよ、それ」
 柊 黒が札に突っ込みながら走り抜けて行き、
「こういうのは恥を捨てたもの勝ちよっ!」
 少し遅れて、シャニア・ライズンが危なげなく進んでいく。
 サバイバルで培われた技術とバランス感覚のおかげで足取りは軽やかだ。
「しっかし、すごい風景よねー、なかなか見られるもんじゃないわ、得しちゃった」
 しっかり観光も楽しんでいるあたり、大物である。
 メルヒオールはというと、なりゆきで参加したものの、あまりの過酷さに終始溜息交じりだった。
「体力のない引き籠り研究家にこんな競技、殺す気か……」
 念動を使い、巧みにバランスを取っているが、愚痴からも判るように、ここに来た時点ですでに疲れている。
「ないわー、ホントないわー」
 軍手と軍足装備、這うように進む脇坂 一人とのシンクロ率がすさまじい。
「私、一般人って言ったわよね? 一般人っていうのは、崖から落下したりこういう場所を通ったりしない生き物のことを言うんだと思ってたけど、これ私の思い込みで、実は違うのかしら?」
 常識の位置を疑い始めている辺りが涙を誘う。
「気を取り直して、メルヒオールさんの借り物は?」
「……見なかったふりをしていいか?」
 差し出された札には、『青春のほとばしり、脈打つ鼓動と熱き血潮』とある。
 シチュエーションすら思い浮かばない。
「あらー、なかなかハードねー」
「いっそ、トレードしてもらえると嬉しいんだが」
「でも、私の、『あふれる希望の使者』よ」
「……それ、何を借りればいいんだ?」
「化粧道具ね。メイク次第でどんな女の子にもなれるし、希望をくれるもの」
「普通にいい答えだ。俺はこれ、どうするかな……」
「私はまずゴールに辿り着けるかどうかが問題だわ」
 はああ、と深いため息をつくふたり。
「まあ、なるようになる。うん、大丈夫だ」
 気軽に参加し、実情を見た結論が上記だったというアジ・フェネグリーブとは対照的だ。
「楽観的だな……」
「フェネグリーブさんは何だったの?」
「ん、『ちいさなこいのメロディ』だ」
「……それ、どこで借りられるものなんだ」
「いや、そのなんとか河で捕まえられないかな、と」
「あの、念のためにいうけど、それたぶん鯉じゃなくて恋だからね? そもそも鯉に何のメロディを期待する気なの」
 と、びょう、と強い風が吹き、
「っ、と」
 片手のアジはバランスを崩してふらついた。
 なんとか持ち直そうと、木々めがけて腕代わりの鎖を揮ったはいいのだが、運悪く通りかかったエドガー・ウォレスに長くて重いそれをひっかけてしまう。
「ん、大丈夫かい?」
 しかし、ポジティブでボケ気質のエドガーは動じるでもなく、むしろ鎖をつかんでアジを支えた。
「ああ、大丈夫だ、ありがとう」
 頷くアジをじっと見つめ、
「君、強そうだね。ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」
「構わないが。何をだ?」
「借り物狩り」
 エドガーは少々物騒な『手伝い』を提示する。
「岩神イノシシ、っていうモンスターなんだけど、コレの肉を取ってこいって言われちゃってね。身の丈10メートルを超えるみたいで、しかも売ってないから狩るしかないんだよね」
「なるほど。了解した、先ほどの礼もかねて手伝おう」
 生真面目な首肯にありがとうと笑いかけ、にわか狩人チームはモンスター捜索フェイズへと移行する。
 そのころ、稲荷神の兄弟、晦と有明は、ともに狐姿で森を移動していた。
 全長2メートルほどの銀狐が、チワワサイズの赤狐を背中に載せて網上を進むさまは何とも微笑ましいのだが、大きいほうが弟で小さいほうが兄である。念のため。
「なーなー兄上殿、僕気になってるんやけどな、旅団と図書館どっちが白組なん? 僕、図書館が白組やとええなって思うんやけど、それやと兄上殿だけ赤組みたいになってしまうやんかー」
 弟・有明ののんきな物言いに、
「足元から目ェ離したらあかんいうてるやろ」
 晦は溜息とともに注意を促した。
 とはいえ、マイペースな弟が心配なのは今に始まったことではないが。
「はーい、兄上殿。あっ、そういえば兄上殿の借り物てなんなん?」
「ん? ああ、そういやまだ開けてへんかったわ」
 ここで初めて札オープン。
「……」
「兄上殿? どないしたん?」
 晦の引いた借り物:『兄としてのプライド』
 当人の現状:自分より数倍でっかい弟に軽々運ばれてる
「うっさいわほっとけアホんだらァッ!!」
 涙目で絶叫し、弟の背中に乗ったまま人型に変化してしまった晦の胸中は察するに余りあるが、有明の驚きもまた予測の範囲内だろう。
「え、うわ、わわわっ!?」
 バランスを崩して転倒、網に絡まってしまう。
「大丈夫か有明、今助けたる、」
「わーん、兄上殿乗っけたままゴールしてもたら簡単やとかおもてたから罰が当たったんやー、ごめんなさい助けてー!」
「ちょ、そないなゴールの仕方するつもりやったんか自分!?」
 ちなみに有明の借り物:『ちょっぴり背伸びしちゃった思い出』だったそうだ。
 それを、大丈夫なんだろうかと気にしつつ、クアール・ディクローズは己が身内を見守っている。少し離れた位置で、キリル・ディクローズとワード・フェアグリッドが、空エイの鱗を採取すべく身構えているからだ。
「俺は、山賊トロルのお面、か。……この辺りにトロルの生息地でもあるのか? それとも、どこかの出店で売っているたぐいのものでいいのか?」
 自分の分をどうするか悩みながらも見つめるその先で、ワードがキリルを抱きかかえて空を飛び、無心に千歳杉の葉を食べる空エイの真上にスタンバイする。
 心優しいキリルは、食事中の空エイを驚かせてしまうことをひどく申し訳なく思っていた。
(びっくりさせて、ごめん、ごめんなさい)
 しかし、借り物を手に入れなければゴールは出来ない。
「みゅ。ワード、お願い、お願い」
「判っタ。キリル、気をつけテ」
 ワードが手を放す。
 キリルの小柄な身体はすとんと空エイの背中に落ち、彼の小さな手が空エイの鱗をひとつ、握り締めた。その瞬間、空エイは大きく跳ね上がり、錐もみ状態で網を突き破って真っ逆さまに下へ。さらにもう一度跳ね上がったあと、河へと一直線に飛んでいく。
「キリル!」
 弾丸のようにキリルを追うワード、
「……やれやれ」
 クアールはそれらを見届けた後、眼鏡を外した。
 身体が漆黒の毛皮に覆われてゆき、すぐに『災禍の王』が姿を現す。
 大きな咆哮をひとつあげ、彼は千歳杉の天辺から飛び降りた。
 そのまま、ふたりを追う。
「そういえば、まだ内容を確認していなかったわね」
 レナ・フォルトゥスは、ダルタニア及び豹藤 空牙と行動を共にしていた。
 白い流麗な指先が開いた札には、これでもかというくらい男らしい文字で、『犬』と書いてある。
 レナはわずかに小首を傾げ、
「ダルタニア、あなたを借りるわ」
 迷いひとつなく札を突きつけた。
 驚いたのはダルタニアだ。
「えー!? レナさん、わたくしは獣人であって犬そのものではありませんよ!?」
「似たようなものでしょ。大丈夫、ばれないって」
「一点の曇りもない眼差しですか!? じゃ、じゃあレナさん『魔法少女変身用マジカルスティック』貸してくださいですよ!」
「ああ、それなら私の杖で代用できそうね。OK、商談成立」
 レナがにっこり笑うそばで、同じく初めて札を開いた空牙がぷるぷる震えている。
「あら、何が書いてあったの?」
 空牙の借り物:カオス
「……ああうん、頑張ってね?」
 爽やかに見捨てるレナ、ダルタニアは気の毒そうな目で空牙を見ている。
「おのれ……」
 支離滅裂な気分とはこういうことを言うのだろうか。
「こうなれば仕方ない、レナ殿ダルタニア殿の補佐に徹するでござる」
 正直、ゴールは投げた。
「はははッ、楽しいな、あんたもそうだろう!?」
 アキ・ニエメラは、じゃれるようにゴウエンに挑んでいた。
 同行のハルカ・ロータスと、互いの得手不得手を補い合い、飛ぶように森を行きながら、である。
「あんたには、近いものを感じる。なあ、戦うってのは、生きることそのもので、覚悟だと思わないか」
 ごくごく小規模の瞬間移動を繰り返し、タイミングを崩しながら懐に飛び込んで、本気の、殺すつもりの勢いでナイフを突き入れるものの、
「まさしく」
 刃はゴウエンのごつごつした手に弾かれる。
 アキは猛々しく、晴れやかに笑った。
「俺の借り物は『燃え立つ熱き闘志』なんだとさ。これほど相応しい借り物を俺はほかに知らない」
「なるほど。……ならば、参ろうぞ」
 視線だけで判り合い、ふたりが同時に跳躍する。
 強い闘気に、周囲の木々がざわざわと揺れた。
「アキ、楽しそうだな」
 ハルカはというと、風景を楽しみながら樹上を進んでいたが、まだ借り物が何なのか見ていないことに気づいて札を開き、その場で頭を抱えてうずくまった。
 出てきたのは、『温かく懐かしい、遠い日の記憶』。
「どうしよう……覚えてない……!」
 生真面目な性格ゆえ、本気で悩んで真剣に凹み、
「なあ、おい、そうがっかりすんなよ。大丈夫だって、そのうちいいことあるさ、な?」
「……赤彌、敵を励ましてどうする」
「だって青慧、なんか可哀そうじゃん。見てられねぇっつーか」
 あまりの萎れっぷりに旅団団員にまで慰められるハルカだった。
「はー、ったく、面倒臭ェ……」
 ミケランジェロのやる気ゲージは最初からほぼゼロだ。
 借り物はそこそこ穏当なものだったので、適当に絵に描き、具現化させるだけでいい。
「あー、帰って寝、」
 何度目かの溜息とともに愚痴りかけたところで、
「見つけた」
 横から突っ込んできた歪から、腹に強烈なタックルを喰らい、そのまま肩に担ぎ上げられる。
「ちょ、おま、なん……」
 馬鹿力に思い切り突っ込んでこられたのだ、衝撃のあまり息がつまり、咳き込むミケランジェロに札が突きつけられ、
「お前のことだろう、ミゲル?」
 借り物:猫のタマ
 ――その内容には仰天せざるを得ない。
「え、ちょ、おま、それ」
 確かに、遠いあの日、そんなふうに呼ばれたこともあった。
 不本意極まりないが。
「おま、あんま記憶戻ってねぇって言ってたじゃねェか!」
「詳細は判らん。だが、お前のことだ」
「すげぇ断定された!? ンでそんなとこだけ覚えて、っつーかなんだその指定!?」
 嬉しくない方向の奇跡に全力で突っ込む間にも、俵よろしくタマを抱えた歪は、刃鐘と網を駆使して樹上を駆け抜けていく。
 おそらく、悪気は微塵もないのだろうが、
「逃げねェから離せ、ちょ、なんか気分悪くなってきた……俺一応元神なんだが……ッ」
「このほうが速い」
 聞く耳一切ナシ、の相棒に、ミケランジェロは、いっそこのまま意識を飛ばせたら楽なのに、とぐったりしながら思った。
「いろいろな借り物があるんだ、な……」
 ジュリアン・H・コラルヴェントは、あっという間に遠ざかるふたりの背を見送って、手の中の札を見下ろした。
 ジュリアンの借り物、『消したい黒歴史』。
「……」
 視線が遠くを彷徨い、唇がフッとニヒルな笑みを刻む。
 美男子がやると大層絵にはなるのだが、
「……詰んだか、これ」
 出て来る言葉は大層残念だ。

 ――その後、通りかかる参加者たちから黒歴史を聞き出そうとするジュリアンの姿が見られたというが、それが成功したかどうかは定かではない。



 3.河で

 イヴローニュ河はカフェオレ色の濁流でした。
「いやあの、そりゃ普通には泳げるよ? 泳げるけど……これはちょっと、なしだよね……?」
 蓮見沢 理比古は壱番世界の普通人なので、普通に立ち尽くすしかすべがない。
「あの、すみません」
 そこへ、後ろから、鬼の少年、真遠歌が追い付いてきた。
 仮面に覆われて表情は読みにくいが、この過酷な運動会を楽しんでいることが伺える。
「あ、真遠歌。どうしたの?」
「はい、私は眼が見えないので、借り物の内容が読めないのです」
「そっか、そうだね。読むよ、見せて」
 手渡された札には、『君に胸キュンからの、オトナの桃色体験』とあり、
「えっ」
 当然、札と真遠歌、双方を二度見する羽目になる。
「理比古さん?」
「いやあの、……え、これって借り物? てか、今の若い子に判るのかなこの表現。いやいや、むしろこの子に説明しちゃっていいのこれ。なんかに引っかからない?」
「?」
「まあ、いい……のかな? ええとね、オトナの桃色体験だって」
「それって、どういうものですか?」
「えっ」
 純真無垢、天然気味の鬼が、ピュアにセクハラもどきをかます。
 同じく天然風味とはいえ、それなりにいろいろあった理比古としては、キラキラな純粋少年に真顔で問われ、口ごもったり視線を泳がせたりするしかない。
「? とりあえず、渡りましょうか」
 近くの木を切り倒し、サイズをそろえて投擲、楔にする。
「どうぞ、理比古さん。向こう岸までご一緒します」
「わ、ありがとう、助かる」
 盲目とは思えない真遠歌に支えられ、とんとんと楔を渡っていく理比古の横で、
「よーし、張り切って突っ切っちゃうぞー!」
 威勢よく宣言した黒燐が河に飛び込み、水を司る天人の面目躍如とでもいうように、巧みな泳ぎで渡っていく。
「こういうのって、楽しんだもの勝ちだよね!」
 水は身を切るように冷たいが、痛痒を感じている風もない。
「まあ、服がちょっと重いけど、突っ切るって言ったら突っ切るんだい」
 似た属性の持ち主なのか、やはり巧みに、水を切り裂くように泳ぐ一般旅団員に並び、
「こういうのは正々堂々とやりたいよね! ってことで、ひと勝負よろしく!」
「……望むところだ」
 熱いレースを展開する。
 隼 蒋吏もまた見事な泳ぎで河を攻略していた。
 邪魔な上着や装飾はパスホルダーに仕舞い、堅実に体力を温存してスパートに掛ける蒋吏の周囲には、彼と同じ選択をした参加者たちがいたわけだが、図書館旅団関係なく懸命に泳ぐ彼らをリズミカルに踏みつけ、いわゆる『因幡の白兎』戦法で河を渡っていくのが幸せの魔女である。
「あのすみません、何をなさっているのかお尋ねしても?」
 あまりにも堂々とした姿に思わず敬語になった参加者が問うと、魔女はにっこりと花の綻ぶがごとき美しい微笑を浮かべ、
「ありがとう、あなたたちのおかげで濡れずに済みそうだわ」
 悪気も反省も罪悪感も一切ない言葉で彼らを労った。
 刃向える雰囲気でもなく、鰐役一同、沈黙を保つ。
「出遅れちゃったけど、ここからが本番だよ!」
 マグロ・マーシュランドにとっての河は、全行程中もっとも易しい場所だ。
 正に水を得た魚、過酷な環境も心地好い刺激でしかない。
「冷たくて気持ちいい! 流れも、このくらい速いと、身体をマッサージしてもらうみたいでなんだか元気が出て来るね!」
 不慣れな崖や森で遅れた分を挽回すべく張り切るマグロである。
「折れた心、だァ? 馬鹿にすんな、そんなもん一度も折れちゃいねぇ!」
 オルグ・ラルヴァローグは、宙に浮かぶヴィクトルに噛みつきながら川を渡っていた。
 オルグを勝手に水先案内人に仕立て上げた襟巻蜥蜴氏は、あまり人の話を聞いていない。
「否、『あの日折られた信念』だ。間違えてもらっては困る」
「だから折られてもいねぇっつってんだろ! 確かに、あの襲撃で未熟さは思い知ったがな、それで折れてやれるほど俺の心は安かねぇんだよ!」
 足りないものを知った。
 自分の無力と、求めるべき強さに気づいた。
 彼の若く猛々しい心は、大きくしなったがゆえに、それに倍する強さで目指すべき力を見据える。
 雀は、それらのやり取りを遠目に見ながら岸辺に立ち尽くしていた。
 直前に至るまで己が泳げないことを忘れていたため、何の準備もしてこなかったのだ。
「……」
 とはいえ、進まないわけにはいかず、思案したのち、河にもっとも近い位置にそびえ立つ千歳杉へ抜刀一閃、直径2メートルはあろうかという大樹の根元に斬りつける。
 ゆっくりと倒れてゆく樹の幹を駆け上がり、助走をつけて対岸へ跳躍しようとしたところで、
「わ、すごいね! それ、借りてもいい?」
 高価なビスクドールのような美少女、エレナが、千歳杉の幹に手を当て、雀を見上げているのに気付いた。
「……?」
 何のことか判らず、いっしょに渡りたいのかと思って頷くと、
「よかった! 水だけでもよかったんだけど、こっちのほうが確実だから」
 可愛らしくも聡明な笑みが返り、
「じゃあ、行くよー?」
 次の瞬間、エレナの手が触れた先から、まるで見えない筆に塗り替えられるかのように、樹木が橋へと変じてゆく。
 エレナの錬金術による物質の錬成である。
 向こう岸まで、河の水や岸辺の土も使いながら継ぎ足して、頑健にして壮麗なる石造りの、全長百メートルにも及ぶ橋が完成する。
「お蔭さまですごく立派なのが出来ました。ありがとう」
 ぺこりと可愛らしくお辞儀をして、エレナは橋に飛び乗った。
「あんまり長くは持たないから、渡る人は一気に渡っちゃってね!」
 救い主を見つけたかのような表情をする図書館旅団双方の一般人たちに声をかけ、百メートルの橋を一息に走り切れば、
「……」
 辿り着いた先では、ひと泳ぎ終えてずぶ濡れの墨染 ぬれ羽が、『【憐れ極まる負け犬】貸してください』という札を持って突っ立っている。
 当然、通りすがりのツッコミ属性持ち面子に総ツッコミを入れられていたが、それを貸してくれる善意の人が現れたかどうかは謎だ。



 4.安らぎの庭で

 一行が、ゴールまであとわずかの『安らぎの庭』付近へと辿り着いたところで、周辺の森から雄叫びが上がり、百近い数のオークと、十数体のトロルで編成された山賊部隊が飛び出してきた。
「おいおい、そんな障害があるなんて聞いてねぇぞ!? 畜生、ギアはまだ直ってねぇってのに……!」
 オルグが舌打ちをし、黒炎で応戦の構えを見える。
 ヴィクトルは出現させた剣でオークに斬りつけ、オルグをちらと見やった。
「貴殿には導が必要だ、しばらく我輩に続け。――あとで言いたいことが山ほどある」
「あーはいはい、判ったよ! 続けっつったからにはここで落ちるんじゃねぇぞ、おっさん!」
 呆れ、吐き捨てるオルグの横を、のしのしと歩いていくのはデュネイオリスだ。
「……むしろ、こういったことのほうが気楽でいい」
 息を吸いこみ、【咆哮】を響かせると、原初の恐怖を揺さぶられて何体ものオークがびくりとなり、恐慌を来して逃げて行く。
 別に攻撃してきたわけでもない、世界樹旅団の一般団員たちも合わせて腰を抜かしたりその場で引っ繰り返ったりしていたのには申し訳なく思うが、とりあえず遺憾の意を表明するにとどめておく。
「せっかく皆が楽しんでいるのでな。無粋な真似は遠慮願おう」
 そこへ、びたんばたんと跳ねる空エイに乗って落ちてきたのはキリルだ。
「みゅ~」
 目を回しているキリルを取り囲み、剣を向けるオークたちだったが、デュネイオリスが彼を助けに入るよりも、
「キリルを傷つける奴……許さなイ!」
 怒りをあらわにしたワードが、山賊を容赦も躊躇いもなく銃撃するほうが速かった。次々に発砲され、オークたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「みゅ、ワード、ワード、どうしたの?」
 キリルが困惑の表情で見上げるも、ワードは手を停めようとしない。
 キリルへの親愛のあまり暴走しかけているワードを停めたのは、災禍の王に転じたクアールだった。
 彼の、強い制止を込めた低い唸り声に、ワードがハッと我に返る。
 ワードに頷いてみせ、トロルが被っていた面を強奪、一気に駆け抜ける体制に入る。
「ひぃぃ来ないでごめんなさい!」
 イェンスはというと、ギアを振り回しながら逃げまくっていた。
 後ろからついてくる繭人を護らなくてはという意識も手伝って必死である。
 ギアの髪と幻の手が、山賊に往復ビンタを炸裂させ昏倒させるのを見て、
「イェンスさん、すごいです……!」
 繭人が間違った方向に感心しているのにも気づいていない。
 そんな修羅場があちこちで展開されている。
 久しぶりの獲物だからなのか、
「だから、私は一般人だって言ってるでしょ!」
 一人が何度叫んでも、山賊は攻撃をやめない。
「あああああ、もう!」
 淑女の堪忍袋が、『緒が切れる』どころか全体が粉砕するまで時間はかからなかった。
「アンタたち、淑女の顔も三度までって言葉を知らないとは言わせないわよ! 口で言って判らないならお仕置きね!」
 すみませんそんな諺辞書に載ってるの見たことないです、と誰かが突っ込むのを軽くスルー。すさまじい鉈さばきでオークの攻撃をいなし、返す手でケツを触る。
「ギャアアアアア!?」
 魂消るような悲鳴に、一人はにやりと笑った。
「さあ、股間の息子にサヨナラを言いなぁ!!」
 ――脇坂氏が般若に見えた、とは、目撃者談である。
 さて、ここに至ってようやく借り物の札を見た雀は、無言のまま立ち尽くしていた。
 雀の借り物:『他人の刀で剣舞』
「……!」
 どの行程よりも、というか、人生においてここまで肝が冷えたのは久しぶりだというほど体感温度が下がった。
 何せ彼の愛刀、紅葛の嫉妬深さは折り紙つきだ。
 雀が他人の刀など使おうものなら、どんな災厄や不幸を腹いせにぶちまけて来るか判らない。
「……」
 結局、ゴールそのものを諦め、ひたすら山賊を襲う雀の姿が目撃されることとなった。
 成り行き上、図書館と旅団の面々が協力しあう場面もちらほらと見られ、彼らの活躍のおかげもあって山賊は少しずつ数を減らしている。
「そうね……貴方がいいわ」
 幸せの魔女は、倒れ伏し呻いていたオークの頭を鷲掴みにし、強引に起き上がらせた。
「私の借り物は『将来の婚約相手』なの。ここから先は判るわね?」
 すいっ、と、黄金の眼が細められ、とっ捕まった憐れなオークはがたがたと震えている。
「命が惜しければ私と結婚しなさい?」
 あとは、答えも聞かず、オークを引きずって歩き出す。
 オークが憐れっぽい声で鳴くが、無視だ。
「安心なさい、貴方が不幸であっても私は幸せでいられるわ」
 楽しげなその言葉が、死刑宣告に聞こえたものは少なくなかったという。
 魔女が去った後、地面を砕いて飛び出してきたのはルカが使役する機械獣だ。機械獣にサポートを任せ、巨大な剣を羽のように軽々と扱ってオークたちを跳ね飛ばし、トロルを打ち倒しながら、
「性別も年齢も種族も所属も指定はない! 一緒に来てもらおうか!」
 ルカはなぜか終始涙目だ。
 何が!? どこへ!? といった表情で顔を見合わせる山賊たちに想像できただろうか、常に不機嫌に見えるこのつっけんどんな青年が、実は極度の人見知りだなどということが。
 そして、
(本当は自分って言おうと思った! でもッ……でもっ……!)
 強引に突破出来るような口達者でもなく、表情筋の頑固さが災いして『リア充』たちの協力も得られず、全力で凹みながら、ほぼ最後の手段で山賊を選んだのだということが。
 恐ろしく仏頂面なのに、今にも泣きそうなのが判るルカの様子に憐れを催したらしく、オークの一体がおずおずと手をつないでくれる。
 何となく、周囲がピンク色に染まった。



 5.栄冠は誰の手に?

 安らぎの庭へ至ると、すぐに『借り物チェックポイント』が目に入る。
 ゴールはその数百メートル先だ。
 チェックポイントでは、リュカオスと神楽が審査員をつとめ、参加者のゲットしてきた『借り物』のチェックを行っている。
 各自、めいめいに借り物の報告をしているため、非常に混雑していて、更にいうと騒々しい。
「おいらの借り物は『体中から迸る愛』なのにゃ。任せろ、おいらには妹がいるのにゃ。妹への愛を甘く見てもらっては困るのにゃ!」
 全力で妹愛を語り、
「皆においらの妹の可愛さを教えてあげるだけでいいなんて、なんて簡単なミッションにゃ! 青い目にふわふわの毛、しなやかな立ち居振る舞い……」
 兄馬鹿全開中のフォッカーを筆頭に、
「『魅惑の視線』、ね。あたしの美貌を魅せる時が来たわ!」
 セクシーポーズを取りつつ妖艶な視線を送るシャニア、
「おねえちゃん、すごい、きれい! あ、僕の借り物は『甘酸っぱい思い出』だよ。はい、これ!」
 森で見つけた山葡萄を朴訥に手渡すマグロ、
「『あの日僕たちが見た真実の色』……真実ってついてるんなら、探偵は必ず手に入れる! そう、あれはほんの数日前のこと。盗まれた名画『鮮烈の青い薔薇』を、」
 周囲を巻き込み、怪盗を仕立て上げ怒濤の探偵譚を全力で展開するエレナなど、個性的な借り物ばかりが次々と開陳される。
 中には、
「え、他人の黒歴史はダメ? でもさっきの借り物は本人でも可だった……」
「私の気分だな」
「審査員の横暴えげつない! ……いや、だから、その……子どものころ、初めて持った自分の剣に、無駄に凝った耽美な名前と設定をつけて、」
「剣の名前は?」
「……破幻(ハゲン)=C(ケイオス)=アルジェントカヴァリエーレ」
「銀の騎士か、美しいな。その剣で何を?」
「練習の時、名前とか必殺技を叫んで悦に入ってた……ッ」
 蚊の鳴くような声とともに顔を覆ってしまうジュリアン、
「世界的なメジャー歌手より自分のほうが上手い、俺天才だし! って本気で思ってましたすんません!」
 今も思ってるなんて言えない、と動揺のあまり内心が駄々漏れな慎二など、気の毒すぎる借り物チェックを行わされたものも少なくはなかった。
 そこへ突っ込んでくるのは、
「どいてー、熱いですよ危ないですよー!?」
 エイの背から手を放すタイミングを見失い、暴れエイに乗ったままの一だ。
 びたんびたん跳ねるエイに乗って大暴走、のみならず、引っかかったスタンガンに感電して激しい雷を迸らせている。
 山賊や逃げ遅れた参加者を跳ね飛ばし、
「世界図書館の生ける雷、あれが……!」
 旅団員たちに誤情報を植え付け、おののかせながら、アフロになりつつすっ飛んで行く。
「エントリーナンバー111番、一一 一! 借り物は『不可能を可能にする熱き心』!」
「待て、そんなにたくさんエントリーしていたか?」
「ノリです!」
「うむ、許可しよう!」
「ははっ、ありがたき幸せええええええぇ!」
 またしてもドップラー効果で語尾を響き渡らせながら、暴走空エイごと一がゴールめがけて突っ込んで行く。
「何そのボケっ放し!?」
 ツッコミは、借り物『オレンジの香りのする、初恋の戸惑い』の説明に腐心し撃沈しかけの優から。
「ご、ゴールはしたいけど……そんな恥ずかしいこと、言えるかあぁ……ッ!」
 頭を抱える優の横を、ゴウエンとじゃれるようにやり合うハギノとアキが走り抜け、三人をほとんど気力だけでジュリエッタが追いかけて行く。
 さらに続くのは、謎のダークホースことアルティラスカ、
「子どものころ、叔父の浮気を知った叔母が般若と化してだな。死ぬほど怖いと思ったのは、後にも先にもあれだけ、」
「兄貴の初恋の子、女の子みたいな男だったんだよなー」
「ちょ、白、」
「熱烈に恋してたよね。あの時の兄貴は輝いてたな」
「……」
 弟に恥ずかしい過去を暴露され、ギアを片手に無言の追撃に入る黒、
「あはは、捕まえてごらんなさぁ~い?」
 笑いながら逃げて行く白。
 借り物チェックを終えた旅団員たちが真面目に走り出し、誰がゴールしてもおかしくない状況下で、
「危ないから気をつけてっていうか、手伝って!」
 地響きとともに後方から突っ込んでくるのは、ロデオよろしく岩神イノシシに乗ったエドガーとアジ。全長十メートルの怒れるイノシシ、それはもう小山のような迫力のわけだが、それに全力で突っ込んで来られた人々の胸中や推して知るべし。
「しかし、これって借り物なんだね、ちょっとびっくりした」
「……エドガーさん、たぶん驚くとこそこじゃない……」
 疲れたようなツッコミは慎二から。
 一が、じゃれ合う三人が、アルティラスカが、黒白兄弟が、イノシシwithエドガー&アジが一直線に並び、そして、ほぼ同時に、もつれ込むようにゴールへ飛び込む。
「ゲールハルト、判定は」
 冷静極まりないリュカオスの問いに、ゲールハルトは重々しく頷き、高々と手を掲げた。
「この勝負、イノシシの鼻先差でエドガー殿、アジ殿の優勝! 三位は一殿、よって、世界図書館側の勝利とする!」
 わっ、と周囲が湧く。
 図書館と旅団の一般人同士、健闘を讃えあうものもいて、ほっこりとした空気が流れる。
 そこへ、
「えーと、うん、じゃあこのイノシシ、皆で食べよう。せっかくだから親睦会ってことで?」
 アジがイノシシにとどめを刺すのを確認しつつエドガーが提案すると、二重三重に歓声が上がり、雰囲気は一気にバーベキューパーティへと移行した。食べられるキノコや山菜、果物などを探し出してくるもの、どこからともなく酒を調達してくるものもいて、辺り一帯は大層なにぎわいとなる。

 運動のあとのバーベキューが、疲れた身体にとてつもなく染み渡ったことなど、いまさら特筆すべきでもないだろう。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました!
破天荒な『運動会』のノベルをお届けいたします。

皆さん、いろいろな角度から攻め込んできてくださったので、大変楽しく書くことが出来ました。皆さんが「攻撃されたら応戦」というプレイングだったのと、旅団面子が正々堂々派揃いだったのもあって、運動会寄りコメディ寄りのノベルになったのではないかと思います。

とりあえず、黒歴史引いちゃった某様がた、ホントご愁傷様です。

さて、勝敗の結果はノベルにてご確認いただくとして、この旅団メンバーは今後もどこかで絡んでくるかもしれません。その時は、また相手をしてあげてください。

それでは、お疲れ様でした。
楽しんでいただければ幸いです。
公開日時2011-11-26(土) 20:00

 

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