オープニング

 陽光がじりじりと首筋を灼き、刺す。比喩ではなく、肌が痛い。しかしリュカオス・アルガトロスは怯まない。暴君のような太陽の下、現地流の『正装』に身を包んで大地を踏みしめている。
「それではツアーの趣旨を説明させてもらう」
 真っ青な空の下、リュカオスが纏う白はあまりに眩しかった。
「戦闘訓練――ということになっているが、それは単なる名目だ。見物人として楽しむのも良いだろう。無論戦闘をしたい者はそうしてくれて構わん。要は、戦闘にこだわらずに祭りを楽しんで欲しいということだ」
 彼らは今、ブルーインブルーのとある海上都市に立っている。年に一度の祭りを控え、目抜き通りは熱気と活気に満ち溢れていた。
 真っ赤に潮焼けしたおやじが露店の準備をしている。小麦色の腕をまくって樽を運ぶ女将がいる。半裸で走り回る子らがいる。
 しかし何よりも目を引くのは。
 褌とサラシだった。
「相手が一般人だからといって侮るな。時化や海魔と戦うブルーインブルーの人々は充分に屈強だ。毎年多少の怪我は付き物らしいが、致命的な重傷は負わせぬよう配慮してほしい。特殊能力やトラベルギアの使用はほどほどにするように。加減を学ぶのも鍛錬のうちということだ」
 褌一丁で鼻息荒く筋肉を誇示する船乗りがいる。細い体をサラシに包んだ女傑がいる。リュカオスも褌を身に着けていた。何でもこれが正装であるらしい。褌やサラシに身を包んだ男女が見物人を巻き込みながら肉弾戦を繰り広げ、馬鹿騒ぎをする。それがこの祭りの唯一の目的であり、ルールだ。
「ブルーインブルーに褌って微妙じゃね? 壱番世界の西欧に似た雰囲気の世界ってどっかに書いてなかったか?」
 ロストナンバーの一人がそんな疑問を口にするが、誰もが聞こえないふりをした。多分、突っ込んではいけない点だ。
「当事者間の合意がある場合に限り、ロストナンバー同士の対戦も許可する。ただしその場合も諸々の配慮は怠らぬこと。それから、服装規定についてだが」
 リュカオスはどこまでも生真面目に言葉を継いだ。
「この正装は強制ではない。褌やサラシを拒否したからといって不利益は一切生じん。各々が好きな衣装を纏ってくれ」
 武人の大胸筋をダイヤモンドのような汗が滑り落ちて行く。凛と締め上げられた褌は鍛え上げられた肉体にきりりと食い込み、ある種の完成された美を作り出していた――が、正直ちょっと暑苦しい。
「………………」
 ロストナンバー達は頭上に胡乱な目を向けた。素知らぬ顔で照りつける太陽があるばかりだ。
 祭りの準備は着々と進んでいる。町の中心にある広場を出発した参加者たちは成人が数人は立ち回れそうな広い通りを下りながら喧嘩を繰り広げ、最終的には砂浜を目指すことになる。
「これより総員自由行動とする。見物人も戦闘に巻き込まれる可能性があるらしいので注意は怠らないように。では――散開!」
 汗と褌を光らせ、リュカオスの号令が飛んだ。


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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号834
クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
クリエイターコメント※同時公開の『夏の華』と時系列がリンクしておりますが、あんまり気にしないでください。片方だけの参加も歓迎です。

褌祭りのご案内です。こまけぇこたぁいいんだよ。
お祭りですので、勝敗にはこだわらず楽しく殴り合いましょう。ンねっ?

以下【1】~【4】のうち、ひとつかふたつを選んでプレイングをかけてください。行動が複数の選択肢にまたがった場合、どれかひとつに比重を置くことをお勧めします。

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【1】祭りに参戦し、現地人と対戦する
現地人と肉弾戦を繰り広げます。特殊能力やギアの使用は禁止ではありませんが、ほどほどにお願いします。
対戦相手のご希望(屈強なマッチョマン、技巧派の女性etc)がありましたらお書き添え下さい。適宜捏造します。

【2】祭りに参戦し、ロストナンバーと対戦する
当事者間の合意がある場合に限ります(PCさんどうしの対戦はデリケートな性質を持つため)。合意形成があるかどうかはプレイングで判断します。
例えばAさんのプレイングが「Bさんと対戦」、Bさんのプレイングが「祭りを見物」であった場合、合意はないものと見なし、Aさんには現地人と対戦していただくことになります。くれぐれもご了承ください。

【3】祭りを応援・見物する
参加者に熱いエールを送ったり、露店を見て回ったりします。

【4】その他
上記【1】~【3】に当てはまらない行動はこちらです。
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また、服装につきまして。
褌を希望する方は【褌】、サラシを希望する方は【サ】、それ以外をご希望の方は具体的にご記入下さいませ。ご記入がなかった場合は普段着と見なして描写いたします。
褌やサラシでないからといって現地人に狙われやすくなることはありません。

それでは、汗と筋肉にまみれに参りましょう。

参加者
イーアン・ラファル(cndy5204)ツーリスト 男 27歳 僧兵(もしくはシャーマン)
清闇(cdhx4395)ツーリスト 男 35歳 竜の武人
ゲーヴィッツ(cttc1260)ツーリスト 男 42歳 フロストジャイアント/迷宮の番人
アインス(cdzt7854)ツーリスト 男 19歳 皇子
ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
雀(chhw8947)ツーリスト 男 34歳 剣客
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生
華城 水炎(cntf4964)コンダクター 女 18歳 フリーター
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
ルゼ・ハーベルソン(cxcy7217)ツーリスト 男 28歳 船医
木乃咲 進(cmsm7059)ツーリスト 男 16歳 元学生
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)
雪峰 時光(cwef6370)ツーリスト 男 21歳 サムライ
トリシマ カラス(crvy6478)コンダクター 男 31歳 専属画家
フカ・マーシュランド(cwad8870)ツーリスト 女 14歳 海獣ハンター
李 飛龍(cyar6654)コンダクター 男 27歳 俳優兼格闘家
朴 仙草(cnbu5921)ツーリスト 男 65歳 大将軍(テジャングン)
山本 檸於(cfwt9682)コンダクター 男 21歳 会社員
新井 理恵(chzf2350)ツーリスト 女 17歳 女子高校生写真部
シャルロッテ・長崎(ceub6221)ツーリスト 女 17歳 高校生
間下 譲二(cphs1827)コンダクター 男 45歳 チンピラ
有馬 春臣(cync9819)ツーリスト 男 44歳 楽団員
ファーヴニール(ctpu9437)ツーリスト 男 21歳 大学生/竜/戦士
村山 静夫(csrr3904)ツーリスト 男 36歳 ギャング
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス
パティ・セラフィナクル(cchm6480)ツーリスト 女 16歳 神殿近衛兵見習い
ダンジャ・グイニ(cstx6351)ツーリスト 女 33歳 仕立て屋
アルベルト・クレスターニ(cnuc8771)ツーリスト 男 36歳 マフィオーソ
綾賀城 流(czze5998)ツーリスト 男 33歳 小児科医師
御之谷 鷹(crbc7211)コンダクター 男 24歳 フリーランス兼師範代
ミトサア・フラーケン(cnhv5357)ツーリスト 女 24歳 サイボーグ戦士
金 晴天(cbfz1347)ツーリスト 男 17歳 プロボディビルダー
シンイェ(cnyy6081)ツーリスト その他 31歳 馬に似た形の影

ノベル

「パティいっきまーす!」
 空よりも鮮やかな青の水着を纏い、パティ・セラフィナクルは溌剌と砂浜に飛び出した。パレオ付きとはいえ、セパレートの水着はなかなかに刺激的だ。
「つめたーい! 気持ちいーい! ……あれぇ?」
 波打ち際でぴょんぴょん跳ね回り、元気いっぱいビーチを堪能しながらようやく異変に気付く。
「何だろー」
 砂浜と市街を繋ぐ目抜き通りは異様な喧騒と熱気に支配されている。

「戦いなんてどうでもいいや、祭りだ祭り!」
 ツヴァイは準備万端だった。『祭』の字が躍る団扇、『わっしょい』と書かれた鉢巻き、群青色の法被。仕上げは額に引っ掛けたひょっとこ面だ。
「きっとヨーヨー釣りだの金魚すくいだのがあるんだ! 御輿も担ぐぜ! あ、あと太鼓も叩く! この日のために準備してきた……ん……」
 ツヴァイの気勢は風船のようにしぼんだ。
 そこにあるのはヨーヨー屋でも金魚すくいでもなく褌とサラシと汗と筋肉だったから。
「……思ってた祭りとは、ちょっと違うみたいだな――って、危ねー!?」
 完全装備で会場のど真ん中に立ち尽くすツヴァイの耳を熱が掠めていく。弾丸だ。振り返ると、銃を構えた双子の兄・アインスが冷笑を浮かべていた。
「いたのか、愚弟」
 冷然と言い放つアインスは作法通りの褌姿で、ツヴァイはあんぐりと口を開けた。
「あ、アインスさん……頑張って……」
 ギャラリーとして声援を飛ばすコレット・ネロも戸惑い気味だ。氷のような美貌と褌スタイルの落差は筆舌に尽くし難い。
「モテるじゃねーか、兄ちゃんよォ」
「どこの誰だか知らないが、私に闘いを挑もうなどとは身の程知らずだな」
 アインスの相手は柄の悪い褌男だった。アインスは先程から四肢のすぐ脇を狙って発砲を繰り返している。動きを封じたところで鮮やかに足を払い、地べたに転がした。
「どうだ、痛いか?」
 嬲るようにぐりぐりと腕を踏みにじる。足の下で、男の頬が紅潮していく。
「……っ……と……」
「聞こえんな」
「もっと、もっと……っ!」
 どうやら男にはMの付く性癖があるらしい。そしてアインスはSの皇子様だ。
「フン。悦ぶがいい」
 容赦なく顎を蹴り上げ、フィニッシュを決める。男は悲鳴とも恍惚ともつかぬ声を上げて昇天(気絶)した。
 一方、坂上健はひっそり涙していた。
「大学生になってから褌になるなんて……前は助かったのに」
 高校時代の“泳げない奴だけ赤褌強制夏合宿”を見事に回避した健は今、褌一丁だ。絞られた肉体に食い込む褌の白が清々しいが、そんなものは健の慰めにはならない。
「対戦相手は男にしよう。うん」
 鼻血を噴きそうになるのでサラシのお姉様方は視界に入れないように努めている。やがて健は小山のような船乗りを発見した。
「トンファーはいつだって何処だって近接最強武器なんだよ! くそぅ、こうなったら優勝(?)目指してやる!」
 お手製の縦笛袋からトンファーを抜き放ち、健は自棄気味で船乗りに突っ込んで行った。
「はっはっは、なぜ褌を嫌がる方がおられるのか分からぬ。褌こそ男子の正装、この世を渡るための戦装束でござろう!」
 健とは対照的に雪峰時光は爽やかに笑った。サムライたる彼は常に褌を身に着けている。
「時光さん、負けないで!」
「コレット殿!」
 時光はぱっと顔を輝かせてコレットに手を振った。
「見ていて下され、きっと瞬時に倒し――」
「どこ見てんだ兄ちゃん!」
 屈強なマッチョマンの拳が時光を吹っ飛ばした。コレットの悲鳴。時光は軽く頭を振り、唇から垂れる血を拭いながらニヒルに笑った。
「な、なかなかやるでござるな……。しかし拙者もサムライの端くれ、負ける訳にはいかぬ! こちらも素手で勝負でござるよ!」
 得物は抜かない。真正面から取っ組み合い、力比べに臨む。
 山本檸於も律儀に褌を身に着けていた。彼の体つきは貧相ではないが、誇示するほどの筋肉もない。正直言って褌ルックはハードルが高いが、
「筋肉? 良いんだ……俺は文系だ。褌になった理由は……ほら……うん、空気を読んだ結果だ」
 良くも悪くも日本人である檸於は雰囲気に流されたのだった。
「おにーさん、相手してよ」
「え? ……ちょ、女の子じゃん」
 小柄で可愛らしいサラシ少女に突然指名され、檸於は戸惑いを露わにする。潮風に弾むポニーテールがキュートだ。
「手加減なんかいらないからねー」
「え、ちょ、待――ぎゃああああ!」
 まごまごしている間にフルボッコにされる檸於である。意気揚々と立ち去る少女が「ちょうどいい肩慣らしだったわ」と言っていたような気がするが、空耳だと思うことにした。
「ふむ、喧嘩祭りか。なら……やってやろう」
 李飛龍は喧嘩っ早い男たちに取り囲まれていた。しかし彼に動揺は見えない。
「ほぁっちゃぁ~!」
 豪快に繰り出される突きと蹴り。海の男たちがばったばったと薙ぎ倒されて行く。まるでアクション映画のワンシーンのようだ。事実、飛龍は映画俳優でもある。
「……暑いな」
 こめかみを汗が伝っていく。飛龍はいつものジャージ姿だった。これがカンフースターの正装だ。
「本当に暑いな」
 御之谷鷹も汗を拭った。中東・スペイン系の血を持つ彼はある程度の暑さには耐性があるが、やはり暑い。裸にサラシ、下は袴といういでたちは引き締まった体躯によく似合っていた。しかし袴の下は褌だ。
「兄さん。相手いいかい?」
 声をかけてきたのは櫂を手にした中年女性だった。鷹は目をぱちくりさせたが、男女どちらでも正々堂々と闘うだけだ。そうでなくては試合とは呼べぬ。
「戦いは礼に始まり、礼に終わる。では――いざ!」
 果たし合いに臨む武士の如く一礼し、鷹は凛と竹刀を構えた。
 一方、イーアン・ラファルは泡を食っていた。彼も褌姿である。それも後ろはTバック、フロントはビキニパンツ並の締め上げという僧らしからぬ姿で果敢に男連中に挑んでいたのだが、
「ほらほら、どうしたのよ!」
「いや、その」
 お色気たっぷりの女傑に苦戦していた。上半身サラシにビキニパンツというあられもないいでたちの彼女は僧には難敵すぎる。結局、イーアンはあっという間に救護所送りとなった。
「む」
 イーアンを見て目を光らせるのは医療スタッフの有馬春臣である。イーアンは上下二対の腕を持っており、下の腕はサラシで体側に固定してあるのだが、春臣の目はそこに釘付けになっていた。
「お。この腕が珍しいか?」
 当のイーアンは気にした様子もない。
「ああ。……失敬、好奇心と興奮でつい」
 たらりと垂れた鼻血を拭い、春臣は薄ら笑いを浮かべた。
「気にせず楽にしたまえ、すぐ済む。まずはサラシで固定されたこの腕を」
「いや、そこは負傷していないんだが」
「いいから任せておきたまえ。む、引っ掛かっているな」
 腕を固定するサラシの端が褌の内側に絡まっている。春臣はお構いなしに引っ張り上げた。褌ごと。
「………………!」
 ハードに食い込む褌にイーアンは白目を剥いた。春臣は例年の負傷者状況を事前に聞いて回るなどしており、至って真面目に取り組んでいるのだが、それはイーアンの与り知らぬ話だ。
「……私は世話にならないほうが良さそうだわね」
 救護所の惨状を目に、フカ・マーシュランドがぼそりと呟いた。彼女は獣人、それもサメ種族とイルカ種族のハーフである。間違いなく珍しがられる。
「肉弾戦は専門外だけど……こーゆうのは、なんつうか本能が疼くわ。ふふっ……ゾクゾクするわね」
 にやりと、ワイルドに笑う。ずらりと並んだ牙がぎらりと光る。サラシを巻いたフカは身長の倍はあろうかという対物ライフルを背負っていたが、目的は背後のガードと威嚇だ。
「そんなの背負って素早く動けんのか?」
 屈強な漁師がにやにやとフカを見下ろしている。フカは強気に鼻を鳴らして拳(?)を構えた。
「ふんっ、気にすんじゃないわよ。アンタを相手にするには丁度良いハンデさね。さぁ、かかって来なっ!」
 戦法は気合とゴリ押し。肉弾戦は素人だが、気にしていては楽しめない。
 しかし、
「ひぎあぁぁぁ」
 という妙な悲鳴が聞こえて来て、ついギョッとする。その隙に漁師の拳がヒットし、小柄な体が吹っ飛んだ。
「っ痛、やるじゃないの! ……にしても」
 一体何の声だろうと訝りつつフカはすぐさま跳ね起きる。
 悲鳴の主はトリシマカラスだった。
「あ、収まりが良くなった。ありがとう」
 カラスは感動すら浮かべて褌姿の男に礼を言っている。郷に入っては郷に従えの精神で褌を着用したのは良いが、締め方を知ってはいても実践は初めてだったため、今ひとつうまく着けられなかったのである。
(これでいい筈なんだけど、なんかプラプラするな……)
 ポロリはごめんだとうろうろするうち、親切な現地人がぎっちりと締め直してくれたのだった。悲鳴はその時のものである。
 それはともかく、カラスの目的は戦闘能力の向上だ。対戦相手を求めて尚もうろついていると一人の女と目が合った。
「お兄さァん。遊ばない?」
「え? いや、その」
 上半身サラシにビキニパンツといういでたちの美女にカラスは目を白黒させる。女性には手を上げることができないし、そもそも免疫がない。ついでに言えば、彼女はイーアンをタコ殴りにした女傑である。
「ひぎあぁぁぁ」
 再び奇妙な悲鳴が響き渡った。

 フカや地元民のみならず、女性陣の活躍は目覚ましかった。中でもディーナ・ティモネンは勇者だった。
「コレ、正装……だよね? ギアも、鞘抜かなければ大丈夫、だよ?」
 サングラスとサバイバルナイフは平素通りだが、褌+サラシという完璧な正装である。サラシはともかく、褌ルックの女性は現地人でもなかなかいない。
(鍛錬になっていい、かな? 殺さない加減……練習しないと、忘れちゃうし?)
 対戦相手を求めてきょろきょろとするディーナ。屈強な男たちはあまりに気合いの入った格好の彼女を遠巻きにするばかりだ。
「おやおや、張り切ってるね。そんな細っこい体で戦えるのかい?」
 にこにこと声をかけてきたのは恰幅の良い女漁師だった。
「大丈夫。身体を動かすの、好き……楽しいよ?」
 鞘に収めたままのナイフで初撃を受け流し、するりと背後に回った。急所を狙う癖が付いている。それはもはや本能と呼ぶべきものなのかも知れない。
「隙あり、だよ?」
 首筋に手刀を落とす。女は呆気なく崩れ落ちた。
「要するに……全部倒せばいいんですね。乱戦に巻き込まれないように注意しませんと」
 シャルロッテ・長崎は凛とレイピアを構えた。ちなみに服装は普段通りである。
「褌だけは勘弁ですわっ!」
 切実な叫びとともに得物を煌めかせる。しかし直接当てることはしない。人ごみの中、特殊能力を用いて相手の認識位置をずらし、鮮やかに同志討ちを誘っていく。
「わああ、シャルちゃん凄い、凄い!」
 新井理恵は目を輝かせながら拳を握り締めた。
「あたし、非力だけど、折角の祭りだもん! シャルちゃんの足を引っ張らないように、頑張って男の人と取っ組み合うぞー!」
 えいっと声を上げて大柄な漁師とぶつかり合うも、少女の腕力ではびくともしない。体を密着させて投げ飛ばそうと奮闘する理恵だが、それでは男を喜ばせるだけだ。
「きゃぁぁ!? どこ触ってるのよ、えっちっ!? シャルちゃん助けてー!?」
「え? ……ちょっと!」
 足をもつれさせた理恵はシャルロッテもろとも転倒した。
「ふぇ~ん、怖かったよ~」
「り、理恵。しがみつかれたら立てませんわ……」
「仲がいいねえ」
 ダンジャ・グイニが陽気に笑う。褐色の肌を包む白いサラシが眩しい。
「さてと……面白そうだね。ひとつ混ぜてもらおうか」
 細マッチョの船乗りを前に、慣れたしぐさで身構える。商売道具の手を傷めないよう、拳は結界で保護してある。
 左右から拳の連弾が迫る。しかしダンジャは無駄弾を打たない。軽やかなフットワークで回避し、相手の疲労を誘いながら好機を窺う。
「下手な鉄砲はいくら撃っても当たんないよ!」
 右ストレートと見せかけて、しなやかな脚が一閃。スパッツ姿で回し蹴りを放つダンジャの姿を徘徊中もとい休憩中の春臣が食い入るように見つめている。
(踏まれたい……蹴られたい……)
 あえて言おう、乳や尻より脚であると。
「何だい。このババアの脚がいいのかい?」
 春臣の視線を嫌がるでもなく、ダンジャはからりと笑った。
 喧騒に誘われてビーチからやってきたパティもむさい男たちと取っ組み合っていた。
「てやあぁー!」
 元気な掛け声とともに、拳が、脚が飛ぶ。ジャブやストレートで牽制し、トラースキックで攻め込むパティは相変わらずの水着姿だった。つまりパレオ付きセパレートである。弾むバストの重みに耐え切れず、首の後ろの結び目が緩み始める。
「えっ、やだぁー!?」
 ポロリ。
 とはいかなかった。仕立屋ダンジャが一瞬でパティの水着を“修繕”したから。
 所で、この祭りに相応しい女戦士は他にもいる。武闘派女子高生こと日和坂綾である。
「さ、さすがに褌DEサラシはレベル高すぎ……ムリ~」
 と涙ぐむ綾もパレオ付きの水着だった。水着は水着でも濃紺のスクール水着だが。足許はトラベルギアの安全靴、要は鉄板入りシューズである。
「まずは露店巡りだよね。珍しそうなモノに美味しそうなモノ……やった、フライドフィッシュ最高! 脂モノ万歳!」
 揚げ物好きの綾は次々と食べ物を買い込んで行く。武闘派女子高生は大食女子高生でもあった。
「綾ちゃーん」
 日焼け防止の帽子をかぶった春秋冬夏が手を振っている。冬夏は祭りを見物しながらのんびりと屋台を巡り、海の幸を楽しんでいた。
「冬夏~。何か探してるの?」
「海の絵葉書とか、思い出に欲しいなぁと思って……あっ綾ちゃん、アイス屋さんがあるよ」
「やった、アイス! うまうま~」
 ダブルのアイスクリームをぺろりと平らげるまで二分足らず。
「食べた後は、やっぱりバトルDEダイエットだけど……」
 視界の端で白いのぼりが翻る。でかでかと墨書きされた文字を読み取った綾はニイィと笑った。
「隆、みーっけ」

「挑戦者はいねがあぁぁぁ!」
 虎部隆は仁王立ちで咆哮した。戦国武将の如く背負った旗竿には“百人斬り”と書き殴った白布が括り付けられている。
「闘いで光ってKIRIN(彼女いない歴イコール年齢)脱出だ! ナイア頑張れ! 主に防御!」
 デフォルトフォームのセクタン・ナイアガラトーテムポールが肩でぷるぷると揺れている。
「あンだコラァ!? どこ見て歩いてンだゴルァ!」
 その頃、永遠のチンピラ・間下譲二45歳は肩がぶつかる相手にいちいちインネンを付けながら会場を徘徊していた。くたびれたアロハシャツがこれほど似合う男も珍しい。
「百人斬りィ~? 面白そうなことやってんな、あァん?」
 隆に気付いてニタァと顔を歪める。ニヒルに笑ったつもりらしいが、
「おうおう、いっちょバクチといこうじゃねェか。誰が勝つか――ってオイ聞けやコラァァァ!」
 悲しいかな、見物客には全く相手にされていない。
「虎部さん、頑張って!」
「サンキュー、コレット! やられても百人は根性で闘ってやんよ!」
「ほっほぉ~? じゃあ一人目よろしく」
 勝ち気な笑みと共に進み出たのは華城水炎だった。サラシにホットパンツという潔い格好だ。
「サラシはちょっと……強烈すぎ」
 鼻を押さえた健がこそこそと通り過ぎて行く。
「久し振りに近接戦闘といこうか」
 水炎はトラベルギアのマシンガンを無造作に放り捨てた。鈍い音とともに「ぐえっ」という悲鳴が聞こえた気がした。目立つ場所を求めて前に出てきた譲二の頭にマシンガンが当たったのだが、水炎の位置からは人込みで確認できない。
「そこだ、いけいけ! ガードこじ開けろ!」
 拳を繰り出す水炎と危なげなく避ける隆に村山静夫の声援が飛ぶ。普段はオジロワシの姿をした彼だが、今は薬で一時的に人間に戻っている。しかし手足は鷲のままだから手袋を着けているし、褌も諦めたのだった。
「水炎さんも応援してるからね!」
 コレットのエール。しかし、隆の蹴りを受けた水炎の体が吹っ飛ぶ。あたたと腰をさすった水炎は晴れやかに笑った。
「あーやっぱ勘も腕も鈍ってんな。負けた負けたー! こりゃ帰って師匠に稽古つけてもらうっきゃないな!」
「残念だったわね……」
「わりーわりー、せっかく応援してくれたのに。ありがとな!」
 我が事のように気落ちするコレットの肩に腕を回し、水炎はさっぱりと笑った。
「なんだ、対戦でもやってんのか?」
 そこへ木乃咲進が顔を出す。屋台通りを歩いていたのだろうか、海鮮焼きの串をくわえ、タコ焼きやかき氷のカップを手にしている。水炎はぶんぶんと手を振って進を出迎えた。
「おー、一緒にどうだ、百人斬り!」
「百人斬り……?」
「どいつもこいつもかかってこんかーい!」
 事態を飲み込めていない進の前で隆が挑発の姿勢を取る。
 と、その時だ。
「たぁ~かぁ~しぃ~」
 いつの間に現れたのだろうか、武闘派女子高生が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「お、綾っち。来るか!」
「隙あり!」
「どわっ!?」
 初っ端から放たれる飛び蹴り。上体を仰け反らせた隆の鼻先を鉄板入りシューズが掠めていく。
「こここ殺す気かー!」
「あはは、ごめんごめん。ナイアがいるから一発なら平気かなって」
 綾は無邪気に笑った。
「皆すげーなぁ、汗がキラキラしてる」
 と言う理星の目こそが輝いていた。湯気に似た熱気と活気、汗臭さや褌さえもが理星にとっては新鮮だ。賑やかな場所が楽しくて仕方ない。終始にこにこそわそわとする理星だが、惜しむらくは褌が準備できなかったことだろうか。
「よお、理星」
 聞き慣れた声。理星の顔がぱっと輝く。
「ロストナンバー同士で対戦してもいいんだろ。まずは力比べでもどうだ?」
 着物の片側をはだけた清闇が闊達に笑いながら身構えていた。
 がっぷり四つに組む。無論、清闇は最小限まで力をセーブしている。竜の武人が本気を出せば死人が出るどころか都市ごと砕けてしまう。
「楽しいじゃねえか、こういうのも。なァ?」
「え、ちょ、清闇さん」
 清闇の懐にぐいと引き寄せられる。対戦の筈が、いつの間にかじゃれ合いになっている。理星は戸惑ったが、清闇の体温はあまりに心地良い。わしわしと頭を撫でられ、ぎゅうと抱擁され――これが清闇の通常運転だ――、理星は照れながらも幸せそうに笑った。
「おまえってホント可愛い奴だなア」
 そんな理星を見て清闇も笑う。理星は更に嬉しくなって、清闇の腰に抱きついた。
 仲間同士で対戦している者は他にもいた。
 相沢優とファーヴニールである。
 優はTシャツに海パンというラフな格好で念入りに準備運動を行っている。対するファーヴニールはシルバーメタリックの褌という何とも言えないスタイルだった。繊細な容姿と雄々しい褌の落差、しかもシルバーメタリック。ああ、この圧倒的な違和感を記録者の筆でどう表せば良いのだろう?
「ふふ、それじゃあ楽しもうか!」
「よろしくニールさん!」
 鮮やかなステップで剣撃を繰り出すファーヴニール、トラベルギアの剣で果敢に挑む優。勝ち負けにはこだわっていないと見えるが、両者ともに真剣だ。
「さて、そろそろ」
 ファーヴニールの右腕が竜のそれへといびつに変貌を遂げる。シリアスな本気を軽やかな口調で隠し、舞い踊るように電撃を繰り出す。優は驚きとも興奮とも取れぬ声を上げ、剣を振るって防御壁を張り巡らせた。
「ファーヴニールさん、あと少しよ!」
「いけー優ー! ……ん?」
 コレットと一緒に声援を飛ばしながら水炎は首を傾げた。電撃が放たれる度、人だかりから「あひィ!」とか「あだだだ!」とか聞こえてくるのはどうしてなのだろう。
「ま、気のせいだろ」
 水炎は細かいことを気にしないたちだった。

 ミトサア・フラーケンは真っ白なサラシとスパッツで身を固めていた。彼女はサイボーグだ。戦闘はお手の物なのだが、
「……よし」
 意を決したように呟く彼女の横顔は戦士のそれではなかった。視線の先には褌一丁で戦うリュカオスの姿がある。
「リュカオス」
「む。ミトサア」
「ミ・ト!」
 ミトサアは頬を膨らませて訂正した。つい先日、愛称で呼んで欲しいと頼んだばかりだ。
「あ、あのさ。 ボクと対戦してもらえない?」
「ほう。想定外だが、いいだろう」
 さあ来いと腕(かいな)を広げるリュカオスにミトサアは風の如く突っ込んだ。
「やるな」
 加速を加えた一撃を受け止めたリュカオスは爽快に笑うばかりだ。ぶつかり合う体温にミトサアが薄く上気している事にすら気付いていないのだろう。やはり似ている、とミトサアは思った。
(もう……鈍いなあ)
 女の子の戦いには終わりがない。
 
 その頃、ロウ ユエは筋肉と喧騒の中に呆然と立ち尽くしていた。
「しまった一本早かった……」
 ぎらつく太陽はアルビノであるロウの大敵だ。すっぽりとフードを被り、がっちりと手袋をはめ、肌を一ミリも露出せずに炎天下を彷徨うロウを見て地元民達が何事か囁き合っている。
「そこ。誰が不審者だ」
 日避けのフードを被り直し、ロウは憮然と言い返した。
「……しかし、日陰で大人しくしてるに限るのに何参戦してるんだ俺」
 きっと暑さと日差しで脳味噌が湧いたんだと呟くロウの前にはガタイの良い漁師が仁王立ちになっていたし、ロウ本人も得物代わりの長い杖を調達済みであった。
 繰り出される拳を軽快に避け、杖をレイピアの如く突き出す。後ろから飛び掛かってきた船乗りには風を浴びせて足を掬い上げる。一対多で鮮やかに立ち回るロウの周囲にいつしか挑戦者たちが集まり始める。
「この野郎!」
「あ、こら、引っ張るな――」
 悔し紛れにフードを掴まれ、破滅の光の如き陽光がロウの目を射った。
「ぐあぁ、目がぁ、目があぁぁ!」
 某大佐の如き絶叫と共によろめくロウの脇を褌馬が通り過ぎていく。
 シンイェという名の彼は馬であるのだろうか。影のように見えなくもないし、しかもうっすら煙っている。光を主食とする彼にはこの太陽は景気が良すぎた。どんな食べ物でも過剰摂取は禁物なのだ。
(……皆で何をやっているのだか)
 シンイェは半ば呆れ気味だが、物珍しそうに見て回っていた。馬の身で褌らしき物を締めているところを見ると、彼もまんざらではないのかも知れない。
 ふと、物陰から喧騒を見つめる綾賀城流と目が合った。彼も祭りを見物しているのだろうか。しかし、その割にはきっちりと褌――白さ輝く六尺褌である――を締めているのが不可解だ。
「な、何でもないから。大丈夫だ。多分」
 何か困っているのかと声をかける前に流はそそくさと立ち去ってしまった。
 おお、とどよめきが起こる。そちらに視線(?)を向けたシンイェは無言で呆れた。
 なぜか筋肉自慢が始まっていた。
「ヒャヒャヒャヒャ、そォんなに俺サマの肉体美が見たいってかァ? よォし、とくと拝みやがれ、ゲハハハハ!」
 ジャック・ハートは暑さでラリっているわけではなかった。単にノリがいいだけである。浅黒い体に褌一丁という潔い姿でサイドトライセップスやアドミナブル・アンド・サイのポーズを披露する度、見物客から拍手が起こる。前者は腰の後ろで手を組んで上腕三頭筋を強調し、後者は両手を後頭部に回して腹筋と脚を見せつけるポーズだ。
「クハハハ、血が騒ぐわ……!」
 ジャックの若々しい筋肉美が朴仙草の闘争心に火をつけた。灰色の長髪を団子にして簪を挿した仙草の姿はさしずめ中華の古老といったところだが、肉体は齢六十五とは思えぬゴリマッチョである。
「若造共よ、年寄りだからと舐めてもらっては困るぞ。フンヌアアアアア!」
 雄叫びと共に振るわれる木刀。おまけに彼は褌一丁だ。汗だくの体で熱気はムンムン、正直言って非常に暑苦しい。
「見るが良い」
 やがて仙草はすらりと木刀を捨て、将軍の如き威圧感で周囲を睥睨した。
「幾千の戦場をくぐり抜けた、わしのこの肉体を! フンッッッ!」
 鼻息荒く横を向き、上体と顔を捻る。胸の厚みを強調するサイドチェストのポーズである。大胸筋がぴくぴくと波打っている。おののいた現地人たちが数歩後ずさった。
「皆、凄いな。俺も負けていられない」
 筋肉フィーバーの中、プロボディビルダーである金晴天も爽やかな対抗心を燃やしている。腕立て伏せ等で軽く体をほぐし、最もマッチョな現地人を対戦相手に指名した。
 しかし晴天はボディビルダーだ。戦うだけが仕事ではない。
「ラットスプレッド・バック!」
 両手を腰に当てて背中を向け、逆三角形の広がりをアピールする。
「モスト・マスキュラー!」
 両の拳を合わせ、全身の筋肉を隆起させる。勿論笑顔は忘れない。きらりと光る白い歯が眩しい。完璧なプロ精神に見物人から拍手が上がった。
「さあ来い!」
 重戦車同士が唸りを上げる。相手は晴天より一回り近く大きいだろうか。しかし晴天は無理な鍛錬や負傷で体を壊さなければ頑丈になれない体質だ。相手の突進を重傷覚悟で真正面から受け止める。
「言っとくが、俺サマ強いぜィ? お前ら立っていられっかァ、ゲヒャヒャヒャヒャ」 
 漁師を相手取ったジャックは上機嫌だった。髪と目の色が変わっている。加速系のESPを用い、相手の攻撃を素手で受け流す。拳も脚も柳に風といなされ続け、相手の顔に疲労の色が見え始めた。
「オラァァァ!」
 フィニッシュは頭突きである。漁師は呆気なく倒れた。倒れた先には晴天の背中があった。態勢を崩す晴天、腹筋にめり込む相手の拳!
「ぐ、今日はこれくらいにしといてやる!」
 晴天は捨て台詞という名の負け惜しみを吐いた。
 歓声と轟音が上がる。真っ白な氷の巨漢・ゲーヴィッツが地面を殴りつけながら力を誇示している。どよめく観衆を前に両腕を振り上げ、ダブルバイセップスのポーズ。存分に肉体美を見せつける。
「一番の大男はどいつだぁー?」
「俺だあぁ!」
 ゲーヴィッツに勝るとも劣らぬ褌巨漢が正面から突っ込んでくる。ぶつかり合う肉体と肉体。攻撃をがっちりと受け止め、ゲーヴィッツは大らかに笑った。
「なかなかやるなぁ」
 ぶうん、と下手から投げ飛ばす。もちろん加減はしている。
 が、投げた先にはリュカオスと取っ組み合うミトサアがいた。乱戦の怖さである。ミトサアは素早く回避した。リュカオスもさっと体を開くが、疲労のためか、ほんのわずか脚がもつれた。
 次の瞬間、時が止まった。
 バランスを崩したリュカオスがミトサアのバストに手をついていたから。
「済ま――」
「きゃあぁ、Hー!」
 加速付きの張り手がリュカオスを吹っ飛ばした。が、すぐに我に返ったミトサアは慌てて後を追った。二人でいる時間が欲しくて対戦を申し込んだのに、これでは本末転倒だ。
「いいねェ。どいつもこいつも楽しそうじゃねえか」
 アルベルト・クレスターニはひゅうと口笛を鳴らした。真っ青なトロピカルドリンク片手に、獅子のたてがみの如き金髪を揺らし、このクソ暑いのにベストスーツで闊歩する彼はどう見てもその筋の人間だった。おまけに頬やこめかみの辺りには複数の傷痕があるし、全身黒ずくめだ。
「おう兄ちゃん。随分気合入ってんな」
 大柄な漁師がぼきぼきと指を鳴らしている。アルベルトは小さく肩をすくめた。
「喧嘩ならよそ行ってくれ。今日は見物だけだ」
「あんだァ? 威勢がいいのは見た目だけか!」
「……ンだとォ!?」
 アルベルトは勢い良く上着を脱ぎ捨てた。あっさり挑発に乗って激昂する姿は獅子というより獅子舞だ。
 ドッカンドッカン殴り合うアルベルトとは対照的に、雀の戦いは静謐だった。彼は度を越した無口だ。幅の狭い布で口から喉元までを覆い、いつもの笠は外して褌を締め、布で巻いた刀を背に括りつけている。筋肉は付いているものの、小柄で細身の雀は血気盛んな海の男たちの格好の標的だった。
 が、
「ぐぇ」
「ぬぉ」
 漁師は地味な締め技で、船乗りは急所を狙った打撃で次々に倒されて行く。刀を抜きたいが、我慢だ。
 やがて雀の前に寡黙な巨漢が立ちはだかった。繰り出される巨大な拳、ひらりとかわす雀。そのまま突っ込み、蹴りを打ち込む。巨漢はびくともしない。みぞおちに打撃を加える。巨漢は眉ひとつ動かさない。そんな攻防が暫く続いたが、巨漢の膝は折れない。雀はわずかに眉を動かした。普通の人間ならばとっくに倒れている筈だ。
「………………」
「………………」
 睨み合いの末、先に走り出したのは雀だった。巨漢がぴたりと追尾する。この瞬間、果てのない鬼ごっこが幕を開けた。
「……何だ?」
 つむじ風の如く駆け去っていく二人に首を傾げ、流がこわごわと通りに顔を覗かせる。
 祭りに参戦するつもりでいた流は、開戦前にマッチョな船乗りから声をかけられたのだった。彼は流が年越し特別便で乗り合わせた『希望の女神号』の船員だったため、気さくな雑談に華が咲いた。
 そこまでは良かったのだが。
「ナ・ガ・レ・さん」
 語尾にハートの絵文字でも付きそうな甘い男声。流はびくりと体を震わせた。
「こんな所にいたのねぇん。ンもう、探したわよぉ」
 マッチョな船乗りが頬を染めながらにじり寄ってくる。
 ――そう、雑談の途中から船乗りの態度がオネエに変化し、恋人になってほしいと言い寄られたため泡を食って逃げ出してきたのだ。何でも、彼は素手で鮫を獲ってみせた流の男っぷりに一目惚れしたそうである。
「いやいやいやいや、無理無理無理無理!」
「ああんダーリン、待ってぇん!」
 脱兎の如く駆け出す流、乙女走りで追うマッチョ。この瞬間、長い長い逃亡劇が幕を開けた。

 祭りも終盤である。大通りを抜け、ゴール地点である砂浜に到着する者たちも現れ始めた。
「はい、お疲れ様」
 ルゼ・ハーベルソンが水や果物を配っている。疲れ果てた参加者たちにはありがたいサービスだ。その傍らではゲーヴィッツが対戦相手全員と抱擁を交わしていた。
「皆、楽しかったぞぉー」
 そう言うゲーヴィッツこそが楽しそうだ。
 満身創痍の檸於もどうにか砂浜へと辿り着いた。殴られ殴られ時々殴り返すといった割合でどうにか戦いをくぐり抜けたのだが、
(これは涙じゃない……俺は泣いてなんかいない……っ!)
 ああ、照りつける太陽はあまりに眩しい。
 しかし、そこへ救いの手が差し伸べられた。
「大丈夫かい? 良かったらひとつどうかな」
 紙コップを並べたトレイを手にして微笑むルゼの姿はまさしく救世主だった、が。
「ありが――……ッ!」
 感動しながらコップに口をつけた檸於はブハッと水を噴き出した。
「あ、ごめん。それハズレ」
 ルゼは爽やかに詫びた。唐辛子水を入れたコップを予め混ぜておいたのだ。
「どうしたー。暑さにやられたのかぁー?」
 悶絶する檸於をゲーヴィッツがむぎゅうと抱き締める。分厚い筋肉にハグされて意識を失いそうになる檸於だが、
「え、あれ、冷たい……?」
 ゲーヴィッツの体は氷のようにひんやりとして心地良かった。
「ルゼさん、こんにちは」
「ああ、コレット。お疲れ様」
 コレットにだけは特別にオレンジジュースを渡すあたり、ルゼは確信犯だった。
 いつもの服装に戻ったアインスが真っ直ぐにコレットの元へとやってくる。青き皇子はコレットの前に恭しく片膝をついた。
「応援のおかげで勝つことができた。この勝利をキミに捧げる」
 白い繊手に口づける。コレットの頬が桜貝色に染まった。
 アルベルトもまた女性への感謝を忘れてはいなかった。現地人たちを叩きのめし、声援に応えて手を振っている。
「グラッツィエ、スィニョリーナ!」
 女性陣に向かって誇らしげに投げキッス。若い娘が頬を染める。尚も上機嫌にウインクを飛ばしたアルベルトだが、
「よォよォ兄ちゃん。若姐さんに色目使うたぁ、いい度胸してんじゃねえか」
「あァ?」
 殺気立つやくざ者たちにあっという間に取り囲まれてしまった。
「ツラ貸せや。根性鍛え直してやる」
「!? ちょ、何すん……ギャーッ!」
 男たちに担がれて強制連行されるアルベルトを見て、
「すげー、獅子舞御輿だ!」
 ツヴァイが子供のように顔を輝かせた。

「よーし、みんな好きなだけ好きなもん食え!」
「やった! 隆、太っ腹!」
「食うぞー!」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ゴチになります!」
「食い溜め食い溜め」
「何!? ちょ、待」
 一斉に露店へ散っていく綾、水炎、ファーヴニール、優、進に隆は慌てた。百人斬りでボロボロの肉体と同様、財布まで瀕死になってしまう。
「あの、トラベさん」
 と声をかけてくる者がある。現地人らしき少女が立っていた。少女は頬を赤らめ、隆に封筒を押し付けて走り去ってしまった。
(え、何このシチュエーション。まさかラブの付くレター……?)
 ぐびびと喉を鳴らして開封した隆は顔を輝かせた。満身創痍で百人と戦い抜いた隆への賛辞に始まり、好意的な言葉が丸っこい文字で書き連ねられている。
「フッ……どうだねキミ達! 頑張る姿は誰かが見てくれてるんだぜ!」
「テメェがトラベか」
「ん? ――ゲ」
 調子に乗って便箋をひらつかせる隆の顔が凍りついた。
 殺気ムンムンの浅黒い巨漢が指を鳴らしている。
「よくも妹をたぶらかしてくれたな」
「いや、違」
「テメェなんぞに妹は渡さねぇ!」
 百一戦目の相手はシスコン兄貴(体型:筋骨)である。隆の運命やいかに。 
 一方、綾やファーヴニールとお喋りを楽しんだ冬夏は列を離れ、小さな雑貨屋の暖簾をくぐった。
「こんにちはー」
「邪魔するぜ」
 期せずして、静夫と声が重なった。静夫もまた土産物を探していたのだった。
 店内は清々しい青に染まっていた。空の色にも、海の色にも見える。わあと声を上げた冬夏は一枚の絵葉書を手に取った。写真と見紛うような、真っ青な海の風景画だ。
 静夫は風鈴に似た品を選んだ。海と同じ色をしている。海へのジレンマを持つ同郷人への土産にするつもりだった。
「苦手な海に憧れるってなぁ、難儀なこった。ま、分からなくもねぇが」
 深く広いものは人を無条件に惹き付けるのかも知れない。ちりりんという涼やかな音が静夫の苦笑いを掻き消した。

 撤収の準備を始めたルゼはふと手を止めた。
 襤褸雑巾が砂の上を這いずっている。
「み、水ゥ……」
 譲二だった。
 彼は散々な目に遭ったのだった。マシンガンが頭上から降って来たのを皮切りに、電撃の巻き添えを喰らい、人の津波に呑まれてズタボロになり、巻き込まれる先々で怒鳴り散らすもフルボッコ、いつの間にか身ぐるみ剥がされてパンツ一丁である。電撃で焼け焦げたトランクスの尻には穴が開き、褌のように見えなくもない。ついでに狸型セクタンに髪の毛をむしられて十円ハゲもできていた。
 ルゼはトレイに紙コップを並べて譲二に差し出した。手前のコップに飛び付いた譲二は青くなり、次に真っ赤になってのたうち回った。
「……あ、ごめん。それ大外れ」
 譲二が選んだのは唐辛子水ならぬハバネロ水だった。
 騒ぎを聞き付けた褌馬もといシンイェが無言でやってくる。譲二の首筋をくわえ、荷物でも運ぶようにして救護所へと搬送する。購ってきた軽食にぱくついていた春臣がきらりと目を光らせた。
「この創傷は……魔法の類か?」
 春臣の目は譲二のパンツに釘付けだ。
「非常に興味深い。どれ、患部を見せたまえ。……む、下着が邪魔だな」
「テメ、何しやが……ギャアァァァァァ!」
 何が起こったかはご想像にお任せする。

 所で。
 流はどうにか船乗りをまいて帰りのロストレイルに飛び乗った。褌一丁でぐったりとへたり込む流はどんな猛者よりも疲弊し、妙な汗を掻いていた。
 一方、規格外の巨漢と追いかけっこを始めた雀は日が暮れても戻らず、ちょっとした騒ぎになったという。

(昼の部・了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。
ボディビルの知識が少し増えました。

人数が多いため、全体的に描写は浅めです。馬鹿騒ぎの雰囲気をお届けできていれは良いのですが。
また、檸於さんが貧乏クジを引いたのは夜の部の前振りです。ご容赦ください。

それでは、夜の部のお届けまで今しばらくお待ちください。
公開日時2010-09-03(金) 19:10

 

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