★ 【El Dorado】沈めよ、泡沫の城 ★
<オープニング>

 ここはどこだ
 ここはまかいか
 ここははかばか
 ここはゆめか
 ここはうつつか
 おれはだれだ
 おれはあくマだ
 おれはコワす
 おれはこロス
 おレは

 オレハ  ?

「エルドラド様!」
 ハオウは目を見開いた。見つめる先に、深紅に染まった男。愛しい、我が君主。駆け寄りたかったが、近付けなかった。玉座を掻き毟り、叫ぶ。ハオウは奥歯を噛み締め、ただその前に傅いた。
 やがて悲鳴が納まり、白銀の髪の男は、深い瑠璃色の瞳をハオウへと向ける。
「……来ルカ」
 声に、ハオウは顔を上げる。
「抜かりなく」
 男はゆるゆると唇を歪めた。
 床は一面、黒で染め上げられている。

 ひびきわたるは きょうかいのかねか ぼんしょうか
 いいや ちがウ
 ヒびキワたるハ キョうふニヒキツれタひめイ ニ ほカナラヌ

 男は深紅に染まった手を、下がるシャンデリアに翳した。
 乾ききらぬ血がぬるぬるとその腕を這い、ガラスに反射して艶めかしく輝いた。
「……悪魔ノ血ハ、ドコデモ同ジダナ」
 ハオウは黙ってただただ頭を垂れた。

 サア ナキサケベ
 カンビ ナ キョウセイ ヲ キカセテ オク レ
 サア イカレ
 セツナ ノ コウコツ ヲ アタエ テ オク レ

「人間ノ血モ……変ワラヌ」
 ぞるりと腕を伝う血を舐めあげた。
 途端。
 ぎょるぎょると轟音を発して男は飛んだ。ハオウは目をきつく瞑って腕を振った。壁。男は激突し、深い瑠璃の瞳でハオウを見下ろす。ハオウはただ頭を垂れ、更に腕を振る。男の四方に薄いガラスのような膜が張られる。結界だ。男は咆哮し、見えない壁に激突を繰り返す。
「……しばし、お待ちヲ」
 男はギリギリとハオウを睨め付ける。深く頭を垂れ、ハオウは青いガラス玉の瞳を虚空へ向けた。
「我ラが神官ヨ」

 ◆ ◆ ◆

「またですか」
 植村は唇を噛んだ。
 先日、盗賊団【アルラキス】と銀幕市民の協力により、大規模な悪魔掃討が行われた。その後、ベヘモット討伐作戦、これは多くの銀幕市民によって打ち破られた。しかしまだ銀幕市には幾つもの問題が積み上がっている。とにかく、悪魔掃討以来、その悪魔たちは鳴りをひそめていた。
 そこに入ってきた、情報。
 それは、ズタズタに引き裂かれたプレミアフィルムが発見された、というものだ。
 対策課に寄せられていたムービースターの行方不明記録と、発見されたズタズタのプレミアフィルムは合致している。
 植村は頭を抱えた。問題は山積み、その中で現れたのは、この銀幕市で最も問題となっていると言って過言でない、スター殺し。
 対策課の扉が開いた。そこに並んだ面々に、対策課は水を打ったように静かになった。
 現れたのは、盗賊団【アルラキス】頭領・シャガール。その後ろに、アルディラ、ハリス、セイリオス、ベラと四人が立っている。この五人がこうして対策課を訪れるのは、初めて銀幕市に実体化した時以来だろうか。
 それに小さく笑んで、シャガールは歩を進めた。
「怖がらせて悪いね。これは」
 言いながら、痣を見る。上げた腕が、胸の辺りで鈍い銀の光を照り返すペンダントと並ぶ。植村は微かに眼を細めた。
「ただの連絡用。……別にハオウが憑いてるとかじゃないから、安心してよ……できないか」
 微かに笑うシャガールに、植村は眉根を寄せる。
「シャガールさん」
 口を開いたのは、植村だ。
「……今、多くのスターが……殺されています。貴方の依頼は、それに関係が?」
 シャガールの瑠璃色の瞳が光る。
 沈黙はすぐに破られた。
「『無窮』の悪魔エルドラド。感づいているだろうけれど、彼奴は既にムービーキラーになっている。今は、ハオウが欠片だけ残っている理性で、どうにか結界を張っている状態だ」
「ハオウが?」
 対策課のどこかで声が上がった。明らかな不信感。シャガールはすと目を滑らせる。椅子が鳴る。喉を鳴らす音。後ろの四人は、身動ぎもせず、ただじっとしている。
「城の外には、ハングリーモンスターがいるらしい。……多分、エルドラドの城にいた大量のムービースターが目当てだろう」
「……いた?」
 植村が聞き返すと、シャガールは「耳が良いね」と笑った。
「言ったろう。エルドラドは、とっくにムービーキラーになっている」
「まさか」
 シャガールは小さく頷き、その左手を見た。
 ペンダントと同じ形をした痣。
「夢を見ている。ハオウも、……エルドラドも」
 シャガールはただ微笑んだ。
「でも」
 瑠璃の瞳が鋭く光る。
「彼奴らがやった事を、銀幕市民として許してはいけない」
 声は、奇妙に対策課の中で響いた。
「ハリスが上空から偵察してきた。それを元に、編成を組む。こっちの言葉で書いてきたから、目を通して欲しい。……俺から、正式に提出するよ」
 誰もが息をも殺して、その声を聞いている。
「悪魔エルドラド、そしてその配下ハオウ。二人の悪魔討伐を依頼する」




サァ
 ユ メ
    ニ
      マ
        デ
          ミ
             タ
                ラ
                     ク
                           エン
                                  ヘ     。

種別名パーティシナリオ 管理番号980
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
クリエイターコメントこんばんは、当シナリオをご覧頂き、誠にありがとうございます。
木原雨月です。

今回のシナリオは、チームを4つに分けます。
分け方が多少特殊なので、以下を熟読いただきますよう、お願い致します。
なお、これは人数不足による作戦失敗を防ぐためです。どうぞご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

【1】チーム『ナティー・タラセド』(アルディラ・セイリオス)
『黄金の城』前にうろつく、ハングリーモンスターの壁を突破する突撃隊です。
参加PC様の上から10名は必ずこちらに入っていただくことになります。
ここが突破できないと作戦失敗となりますので、プレイングには具体的な手段を記入ください。

【2】チーム『ヴェガ』(シャガール)
チーム『ナティー・タラセド』が開いた血路を駆け抜け、『黄金の城』の中央にいる、悪魔エルドラド討伐の為の奇襲隊です。
相手はムービーキラーですので、心して掛かってください。プレイングには、具体的な手段を記入くださいますよう、お願い申し上げます。。
参加PC様の、【1】以降5名は、必ずこちらに入っていただくことになります。

【3】チーム『シャム』(ベラ)
『黄金の城』背面から侵入し、エルドラドの右腕・ハオウ討伐の為の隠密隊です。
相手はムービーキラーですので、心して掛かってください。プレイングには、具体的な手段を記入くださいますよう、お願い申し上げます。
参加PC様の、【2】以降5名は、必ずこちらに入っていただくことになります。

【4】チーム『ジェナー』(ハリス)
こちらは後方支援になります。
支援の内容によっては、上記三つのチームに有利になったり不利になったりするかもしれません。
よって、【4】をお選びいただいた場合、その描写率は非常に少ない場合がある事を、特に明記しておきます。

ただし、チーム『ジェナー』は、例えば人数が0でも問題はありません。
なので、【3】以降20名様以下のPC様方は、【1】〜【4】までご自由にお選びいただけます。
つまり、必ず【1】は10名ぴったりでなければならない、という意味ではありません。最低10名様が必要、という意味です。多い分にはまったく問題ありませんので、【4】を選び状況によって【1】を応援、とするよりは、もとより【1】をお選び頂く方が確実な戦力になります。

それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

参加者
藤田 博美(ccbb5197) ムービースター 女 19歳 元・某国人民陸軍中士
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
朱鷺丸(cshc4795) ムービースター 男 24歳 武士
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
メル・ニーダ・リルケート(cuez9367) ムービースター 女 17歳 魔を飼う契約者
シューグ(cuuc6246) ムービースター 男 28歳 拘束されし魔獣の王
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
黒 龍花(cydz9334) ムービースター 男 15歳 薬師見習い
竜吉(czep8291) ムービースター 男 10歳 白龍の落とし子
ディレッタ(cdae2640) ムービースター 女 13歳 サンプル:ランク-F
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ヴィエリ・バルバート(cbeb8829) ムービースター 男 26歳 写真家
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
エリク・ヴォルムス(cxdw4723) ムービースター 男 17歳 ヴァンパイア組織幹部
ウィレム・ギュンター(curd3362) ムービースター 男 28歳 エージェント
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
ジナイーダ・シェルリング(cpsh8064) ムービースター 女 26歳 エージェント
大教授ラーゴ(cspd4441) ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
フランチェスカ・バルバート(czsc4028) ムービースター 女 26歳 写真屋
ルイーシャ・ドミニカム(czrd2271) ムービースター 女 10歳 バンパイアイーター
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
古森 凛(ccaf4756) ムービースター 男 18歳 諸国を巡る旅の楽師
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
呂 蒼星(cphh8160) ムービースター 男 18歳 ヲタク道士
ギルバート・クリストフ(cfzs4443) ムービースター 男 25歳 青の騎士
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
ラルス・クレメンス(cnwf9576) ムービースター 男 31歳 DP警官
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
ヴァンヴェール(cnxf9384) ムービースター 男 16歳 ヴェテラネアリアン
霧生 村雨(cytf4921) ムービースター 男 18歳 始末屋
ソルファ(cyhp6009) ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
紀野 蓮子(cmnu2731) ムービースター 女 14歳 ファイター
空昏(cshh5598) ムービースター 女 16歳 ファイター
ミネ(chuw5314) ムービースター 女 19歳 ファイター
仲村 トオル(cdmc7442) ムービースター 男 25歳 詐欺師探偵
<ノベル>

 ── ハヤク ハヤク
   ミウシナワナイウチニ ──

  ◆

 対策課は物々しい空気に満ちていた。
 ピリピリと肌を刺すような緊張。
 チェスター・シェフィールドは、がりがりと頭を掻く。
「何だか知んねーけど、ヤバイ事になってんな。ま、依頼なワケだしココは協力しておくか」
 暢気とも取れる言葉の中に、確かな不穏を感じ取っている事を理解して、ウィレム・ギュンターとジナイーダ・シェルリングは頷き返した。
「事態の悪化を避ける為にも、決着をつけなければな」
 ジナイーダは少し目線を遠くへやる。思い出される幾つかの事件。フランベルジェを握り締め、一文字に唇を引き結んだ。
「どうして、ハオウ様が……」
 ルイーシャ・ドミニカムは、長い睫毛に縁取られた紫の瞳を伏せる。
 ハオウがその手を振るった事件のことは、ジャーナルで知った。そして今、ムービーキラーとなり銀幕市に害悪を為そうとしている。それはルイーシャにとって未だに信じられない事実だった。
 その肩を叩く者がある。振り返れば、穏やかな笑みの中に確かな意志を煌めかせた密色の瞳の青年、エンリオウ・イーブンシェン。
「──んん。わたしは人を守りたいから、悪魔を斃すよ」
 その言葉に、ルイーシャは紫の瞳を見開き、そして唇を噛み、俯く。寄せられた柳眉はしかしやがてゆっくりと解け、顔を上げたその眼には確かな意志が光った。キラーと化しているならばいつからそうなってしまったのか気になっており、また放置もできない事である。だから彼女は今、こうして対策課にいるのだから。
 そして、決意を胸に来た少女がまた一人。多くの協力者の中で唯一のムービーファン、コレット・アイロニーである。
「この間は……私のせいで、傷つけた人がいたもの。今度は、ちゃんと、みんなを守らなくちゃ……」
 コレットはその腕にピュアスノーのバッキー・トトと、スチルショットを抱いて唇を引き結んだ。
「おい、城の中には入った事があるのか」
 セバスチャン・スワンボートの声に、シャガールは振り返った。ぼさぼさと伸びっぱなしの髪のせいで、表情は窺い知れない。少しの逡巡の後、シャガールは首を振った。
「映画でも、城の内部は描写されていないからね。でも、大体の場所はわかる。この印が、……この血が、それを教えてくれる。姿の似たものは、それを感じ取る事ができるからね」
「類感、か」
 それに少し笑って、シャガールは手を差し出した。セバスチャンが首を傾げる。
「君は、少し変わった能力を持っているとジャーナルで読んだ。字を覚えるのにね、丁度良くて」
 軽く眉根を寄せると、それは見えていないだろうが空気は感じ取ったらしく、シャガールはごめん、と笑った。
「心を揺らしたくないから、言わない。そう決めてた。これは自分勝手だと、俺も解ってる。でも、誰かに知っていて欲しい。これは、僕の我が儘だけれど……かなしい者たちの真実を、覚えていて欲しいと思う」
 ぼく、とシャガールは言った。
 セバスチャンは瑠璃色の瞳を見返す。差し出された手を、握った。
 外からけたたましいクラクションの音がして、セイリオスは対策課を出た。何人かも何事かと駆け出た。そこには、『銀幕市水道課』のペイントを施した軽トラックがあった。その運転席の窓から乗り出したのは、黄色い安全ヘルメットを被った藤田博美である。
「よかった、間に合ったわね」
 拡声器で喋る博美に、セイリオスは顔をしかめた。
「なんだ、その臭ぇのは」
「臭い言わないで! 化学肥料と灯油よ。手持ちの火気じゃ刃が立たなかったから」
 苦々しそうに言うのは、先日、悪魔とハングリーモンスターが大挙して銀幕市を襲った事件の事である。対ハングリーモンスターに、博美はRPG-7を装備していた。それは戦車をも吹き飛ばす程の威力を持ちながら、ほとんど全くと言っていい程に通用しなかった。ならば、と持ち出したのがこれらである。相手が多数ならば、火を付けて突っ込ませるだけでもかなりの威力となろう。
「どうでもいいけど、だせぇクルマだな」
「仕方ないじゃない! 軽トラしか手に入らなかったのよ!」
 二人のやり取りに、ふと皆の頬が緩んだ。
 極度の緊張は、時に重大なミスを生み出す。シャガールは少しばかり笑んだ。
 ふいの視線に、振り返る。そこにはソルファが立っていた。首を傾げると、青い視線が下方へと滑る。その視線を追って、シャガールは左手を見た。それから、青い瞳を見返す。
(シャガール、痣は大丈夫か?)
 そう、言っているようで。シャガールは微笑み、その瞳と同じ青い髪をくしゃくしゃと撫でた。
 それから皆を振り返る。
「みんな、集まってくれてありがとう」
 瑠璃色の瞳に、皆の視線が集まる。ゆっくりとそれらを見回して、シャガールは感情の見えない無機質とも言える顔へと変ずる。それこそが、盗賊団【アルラキス】が首領・シャガールの顔。
「──征くよ」

  ◆ ◆ ◆

 一行はそれぞれの部隊に分かれ、縦列で進んだ。
 すなわち、『ナティー・タラセド』『ヴェガ』、そして『ジェナー』である。
 一歩、また一歩と進む程に、体中がギシギシと軋むような錯覚に陥った。それは、ムービースターとしての本能だろうか、そこに自らを屠らんとするハングリーモンスターがいる事が、まるで手に取るようにわかる。
 竜吉はそわそわと黒い瞳を右往左往させた。山が騒いでいる。それは、彼が白龍と呼ばれる妖怪であるが故に、強く強く感じられた。それは悲しく、辛く、なにより痛かった。放っておけず、彼は駆けてきた。
 胃がキリキリと痛む。額に脂汗が滲む。
 それは竜吉だけでなく、見回した全員がそうであった。
 ふいに森の向こうがざわめいた。全員の顔に緊張が走る。頭の中で警鐘が鳴り響いた。耳の奧で、痛い程に血が波打っているのが聞こえる。身構えた。各々の武装が、ちきりと音を立てる。
 風。
 恐ろしいスピードで斜面を駆け下りてくる濁ったそれは、ハングリーモンスター!
「突っ込め!」
 セイリオスの声で、博美はアクセルを踏み込んだ。エンジンが燃え立つ音。窓を全開に開き、シートベルトを外した。
 目前に濁った青の化け物。トラックごと飲み込まんと、その満たされる事のない口を開く。
 激突するその刹那、博美はその窓から飛び出した。それを受け止めるのは、キュキュの触手。まるで泥が潰れるような音と同時、セイリオスが満載された“火薬”に火を付けた。
 轟音と爆風。耳障りな奇声が森に響く。
 その炎をも突っ切ったハングリーモンスターを、朱鷺丸が居合い切りの一閃! ハングリーモンスターは跡形もなく消えた。朱鷺丸は眉根を寄せる。
 飼い主から引き離された、哀れな存在。遺体すら残らないそれに、言葉も出なかった。ただ、これ以上餓えぬよう、出来る限り苦しませずに……。
 雪崩のように押し寄せてくるハングリーモンスターに、圧倒されそうになりながらその足を踏ん張った。
「行くぜ、野郎共!」
 アルディラの怒号。ここに火蓋は切られた。

  ◆

 隠密部隊『シャム』は、他の三つの隊と山の麓で分かれていた。ハングリーモンスターは、ムービースターを喰らう。迅速に背面へと回る為には、ハングリーモンスターは確実に回避しなければならない。コレット以外の全員がムービースターである以上、近付けば惹き付けてしまうのは必然である。
 エンリオウが運動神経の強化・音の遮断をする魔法を行使したのは、僥倖であった。隠密隊といえど、隠密行動には不安のある者が多かった。足音や息遣いを気にせずに移動ができたのは、まさしく僥倖である。
 轟音が鳴り響き、ベラは顔を上げた。
「……始まった」
 ハンス・ヨーゼフの呟く声。頷き、視線を戻せば目の前には、黄金に輝く城。
 ベラは振り返る。そこには、確かな決意を眼に宿した銀幕市民の姿。青い瞳を微かに笑ませて、頷く。それに、全員が応えた。

 黄金の城、その床は大理石が敷き詰められていた。エンリオウの魔法がなければ、靴音が高らかに鳴り響いたであろう。
 城内はダリの絵画さながら、奇妙にねじくれていた。黙って立っていれば、方向感覚がなくなり、目眩がした事だろう。その中を、ベラはまるで道程を知っているかのように迷い無く進んでいく。多少の引っかかりはあれど、コレット以外の全員が、急がなければならないと感じていた。
 城内は、まるで絶望の巣であった。そこかしこから黒いものが噴き出し、侵入しようと忍び寄ってくる。ぞわぞわと鳥肌が立つ。不快感が背中を這い回った。
 ベラが立ち止まる。その視線の先には、広いホール。その直中に、純白のドレスを黒く汚した女──ハオウが静かに立ち竦んでいた。
 そこに立ち会った者は、驚いて目を見開く。思わず交互に見やれば、その違いは髪の色のみと言って過言ではなかった。
 ベラとハオウ。
 二人は、まるで姉妹のように瓜二つであった。
「ソこにオイデでスネ」
 九人はハッとして、その視線をハオウへと向けた。ハオウは変わらず瞳を閉じ、立ち竦んでいる。九人は動かない。口を開いたのは、エンリオウだった。
「エルドラドに……君が結界を紡いだから、人が守られた。君が悪魔であることと同じ、本当だよねぇ」
 ハオウは微動だにしない。ただ、その口元には微かな笑みが浮かんだ。
 古森凜は眼を細める。ハオウの意図が、わからない。それは、そこに居た全員の疑問でもあった。凜は眼を閉じる。紡がれた見えない糸が、密やかにハオウに忍び寄る。ハオウが眉根を寄せた。
「オマちヲ……ワレらノシンかンガたどリツくマで」
 凜は眼を開いた。神官、それはシャガールの事であろう。ベラに悪魔が憑いた時、アルディラが話していた事を思い出す。幾人かが動こうとするのを止めたのは、旋風の清左である。
「今のてめぇにゃ、荒事を為す気はありやせん。てめぇがエルドラドとかいうのに結界を張ってるってぇんなら、待つってのも手じゃねぇですかね」
 それに、チェスターは渋々手にした銃を下ろした。
 待つとはいえ、じわじわと這い回る不快感もまた、ムービースターである彼らには手強いものであった。
 ただただ、銀幕市を、大切な人を思う気持ちだけが彼らを支える。

  ◆

「おらおらおらァ! 道あけな!」
 ミネはトマホークを手に、蹴りと合わせてぶん回した。ゲル状のそれはダメージを受けているのか受けていないのか、どぷりとその体を震わせるだけで、今一実感がない。小さく舌打ちをすると、空昏がミネの攻撃と全く同じ軌道で鎌イタチを飛ばした。途端、ハングリーモンスターは奇声を発して、跡形もなく消えていく。
「ふふふ、見たかい僕らのコンビネーション! ハングリーモンスターなんてちょちょいのちょいでけちょんけちょんだとも!」
 メル・ニーダ・リルケートは柳眉を寄せて吐き捨てるように呟いた。
「まったく、禍々しい……シューグ」
 主の言葉を、魔獣の王は目の前のハングリーモンスターを殴打しながら待った。
「不愉快だわ。【解放】を許す。やれ」
 途端、シューグの体が倍に膨れあがる。元々凶刃である爪が、更に凶悪さを増し、ハングリーモンスターを引き裂いた。ハングリーモンスターは奇声を上げ、狂ったようにのたうつ。それをメルの召喚した影の狼の形をしたものが食い破った。シューグは天に吼える。
「我は魔獣の王なり! 王である我に歯向かうなど笑止千万!」
 しかし腹を空かせたハングリーモンスターは怯む事もなく突進してくる。シューグのその手に漆黒の炎が宿り、大口を開けたそれに叩き込んだ。声もなく消え失せていくそれを見やる事もせず、魔獣の王は次々とハングリーモンスターを屠っていく。
「腹減ってんだろう? こいつを喰らいな!」
 氷のボールを取り出し、王様はハングリーモンスターへと蹴り出す。その威力は大したものではなかったが、質より量という彼の判断は正しく、ハングリーモンスターの意識は自然、王様へと向いた。本当は、ベラに付いていきたかった。ジャーナルで彼女の事を読み、ずっと気に掛かっていたのだ。しかし、自分は隠密に向かない。ならば、と王様は『ナティー・タラセド』に参加を申し出たのだ。
 その背後から、奇声。振り返るがそれは目前まで迫り、しかしそれは横に吹き飛んだ。見れば、竜吉が恐ろしそうに震えながら、突風を巻き起こしたのだった。
「不快感が過ぎるの……あなたたち」
 そして木に叩き付けられたそれを、ディレッタが腕を魔物化・肥大化させ、一体ずつ確実に沈めていく。
 竜吉のような小さな子供がいるのを横に見ながら、大教授ラーゴは唸った。
「この件、見過ごしてアレグラに累が及ぶような事があれば、私は死んでも死に切れん……」
 物体転移装置でハングリーモンスターの足場を消し、足場を無くしたハングリーモンスターは奇声を上げて穴の中に落ちていく。それをヴァンヴェールのペット、翼の生えた大蜥蜴のような姿のグレナンデルが炎を吐き出し、焼き払う。
「……正直、荒事向きじゃあないんだが」
 霧生村雨はヴァンヴェールと共に乗用鳥アプレレキオの後ろに乗っていた。穴に落ちるをかろうじて避けたハングリーモンスターの、その頭部と思しき場所を狙って引き金を引く。奇声を上げるそれをアプレレキオが踏み付け、グミが弾け飛ぶようにその体が飛散して、その姿は消えた。
 雪崩のように押し寄せてきていたハングリーモンスター。ムービースターばかりという不利な状況下で、しかし即席ながらに彼らの連携は素晴らしいものがあった。その数は確実に減っていく。その中央に、一本の道が見え始める。
 ファレル・クロスは、空気分子に集中する。ファレルの能力は物質の分子を組み替える事。空気分子を凝固し、そこに巨大な檻が出来上がった。その真ん中を、邪魔のない一本の道が黄金の城へと続いていた。
「行け!」
 アルディラの声。
「待ってたぜ!」
 太助が応え、その巨大な翼を羽撃いた。その背に『ヴェガ』を乗せ、ハングリーモンスターの合間を突破していく。
 一瞬の歓声。
 シャガール達が城の中へと無事に駆け込んだのを見送って、サマリスはロケーションエリアを展開した。途端、山の斜面が平面となり、見渡しの利く平地草原へと姿を変える。
「エリア内の敵をすべて支援攻撃対象に指定、五分以上の生存対象に支援砲弾幕を張ります」
「ロケーションエリア、展開します! 敵の弱体化・味方の能力強化を期待できます!」
 津田俊介が叫び、風景はサマリスのロケーションエリアそのものだが、青い光を帯びる。アルディラが叫んだ。
「おっしゃ、気合い入れ直せ! 一匹も逃すな!」

  ◆

 仲村トオルは頭を掻き毟りながら、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。
 ネット上の映画の資料や、シャガール達が残していった偵察のメモから、何か有用な情報・有用な手立てがないかを探し回っていた。
「まぁ、もー王道ゲームちっくに倒すだけ? これで悪魔がいなくなるといいけどねー」
 それでも手が止まらないのは、これらに関連する事件に関わってしまった一人として見届けたいという気持ちがあったせいか。その脇で、居心地悪そうに立っているセバスチャンに、トオルは眼鏡を押し上げながら顔を向けた。
「何、さっきからソワソワしちゃって」
「いや……」
 セバスチャンは口籠もる。片眉を上げてみせると、ガリガリと首を掻く。
「さっき、シャガールがい」
「植村はいるか!」
 セバスチャンの声を遮って、対策課のドアを乱暴に開け放ったのは、誰在ろう東栄三郎である。その彼のトレードマークとも言えるゴーグルは、忙しなくスクロールし、時折チカチカと光る。その腕に抱えている大量のゴールデングローブに、トオルは思わず腰を浮かせた。
「どうしたんです、血相を変えて」
「どうしたもこうしたもない、アズマ山のネガティヴパワーが急激に増幅した。ムービースターはどこだ、あそこは今、危険すぎる」
 植村はさっと顔を青ざめさせた。トオルもセバスチャンも顔を見合わせ、引ったくるようにゴールデングローブを填めると、アズマ博士ごと引き摺って対策課を飛び出した。
「おおおう、何をするっ!」
「今、悪魔を討伐しに、ムービースターが大量に山の中にいるんだよ!」
 アズマ博士が乗ってきたのだろう車に飛び乗って、研究員らしい男に向かって叫んだ。
「アズマ山へ急行しろ!」

  ◆

 太助はただ真っ直ぐに伸びる廊下をひたすら進んだ。シャガールが何も言わないので、道はこれであっているのだろう。
 大理石の床を滑るように飛ぶ彼らは、胃が縮むような圧迫感、それから黒い何かが這い回る不快感を感じ取っていた。うっすらと額に汗が浮かぶ。
 ヴィエリ・バルバートはエルドラドに悟られまいと、霧に姿を取っていた。しかし、何かがおかしい。おかしいが、それが何なのか、ヴィエリにはわからなかった。
 その時、ビリ、と何かが空気を奔った。八人は身構える。それは少しずつはっきりとし、壁を叩く音だとわかる。やがてその耳には、絶叫とも怒号とも取れる叫び声が届き始める。うっすらとシャガールが眼を開いた。

「コろせェエエえええエぇエエェえェエぇええエエえええエえええエエエエ!!」

 それは、地獄の底から響く怨嗟。
 ビリビリと空気を奔るそれは、激しい憎悪。
 シャノン・ヴォルムスは緑の瞳を細めた。
 激しい憎悪と怒りの中に、これは、なんだろう。とても、懐かしい。
「兄さん」
 エリク・ヴォルムスが自分の顔を覗き込んでいる。それに軽く笑んで、真っ直ぐ前を見据えた。
 ふいに開けた、舞踏会でも開けそうな程に広いホール。そこで八人は目を見開いた。
 見えない壁の中で、一人の男が猛り狂っている。
 爛々と燃え立つその瞳は、深い深い瑠璃。その腕を滴る血は、本人のものか、それとも。白銀の髪の男は太助たちがそこへ躍り出ると、ぴたりとその咆哮を止めた。ゆるゆるとその口元が歪み。瑠璃の瞳が半月を形作った。
「なんで……なんで、こんな」
 太助は言葉を失った。
 その男は、表情こそ似ても似つかないが、シャガールとまるで双子のように瓜二つであった。
「キタな、わレらガシンカんヨ」
 壊れた機械のような、音。
 それは声と呼ぶにはあまりに不自然だった。シャガールは眼を反らさずに言う。
「ああ。──キミを殺しに来たよ」
 途端、男は体を仰け反らせて笑った。金属を擦り合わせたような、耳障りな哄笑。
「こワス! コロす! ふサワシい、さスがハワレらガしンカンよ!」
 びし。
 透明な壁に亀裂が入る。瞬間、殺意が突風のように吹き荒れる。太助は咄嗟に翼を閉じ、背に乗った八人を庇った。ガラスが割れる音。息が詰まる程の、怨嗟の念。体中から汗が噴き出す。
 アルはルイス・キリングのその手を握った。ハッとしたようにルイスが顔を上げる。そこには、自分を認めてくれる、兄の強い瞳。ルイスはそれに小さく頷き、ロケーションエリアを展開した。

  ◆

 どれだけの時が過ぎただろう。
 五分、或いは三十分、それとも一時間だろうか。
 時間感覚を失いそうになりながら必至に自分を確立する中で、ふいに重苦しい空気が少しばかり軽くなり、チェスターは顔を上げた。
 息を吐き、やがてゆっくりと顔を上げるハオウ。
 そのガラス玉の瞳に笑みが浮かんでいて、ギルバート・クリストフは拳を握った。まだ、まだ理性が残っているならば。
「主の凶行を諫めるのも臣下の役目でしょう」
「キょウコウ?」
 ハオウはさも可笑しいと言わんばかりの顔に、ギルバートは眉根を寄せる。しゃらりと細いレイピアのような剣を構えて艶然と笑むハオウは、まるで全ての幸福がそこにあるような表情で微笑んだ。
「わガくンシュのネガいはハメツ。【ムキュウ】とヨバレたソノイみヲ、ラくエンとナヅけラレたソのイタみをカイせヌアナタニは、ワカらヌヤもシレマセんガ」
 ゆら、と揺れたかと見えた瞬間、ハオウのその剣撃とフランチェスカ・バルバートの二メートル程の銀製スティックが火花を散らす。ハオウのガラス玉のような瞳が驚いたように見開かれた。フランチェスカがスティックを振り抜くと、ハオウはふわりと飛んで、音もなく大理石の床に降り立った。
 ギルバートは唇を引き結び、【肉体強化】【武装具現】で戦闘準備をする。ハンスもまた長剣を構え、チェスターは銃を、ジナイーダはフランベルジェを、コレットはスチルショット、エンリオウは魔剣ウンディーネ、清左は日本刀、フランチェスカはスティック、そしてベラは鎖鎌を構えた。
 ハオウはゆるゆると深紅の唇を笑ませる。
 ざわざわと黒いものが足下から這い上がってくる。
 それらを振り払うように、八人は地を蹴った。ベラの鎖鎌が飛び、それをハオウは深く沈み込んで避ける。強靱な脚力で一気に間合いを詰めたハンスがその深く下げた頭を蹴り上げる。が、それは空しく宙を泳ぎ、しかしその勢力で軸足を更に蹴り、長剣を突きだした。ハオウは軽く頭を横に避け、しかしその鋭い刃は首を掠める。途端、黒い靄のようなものが噴き出し、ハンスの長剣を絡め取る。その巻き付く靄をチェスターの弾丸が撃ち抜き、ハンスは素早く剣を引く。軽く眉を上げたハオウの背後から、ジナイーダのフランベルジェが斬りつける。瞬間、ジナイーダは後ろへ跳躍し、噴き出した黒い靄をエンリオウの炎が焼いた。
「輝け、ライト・ブリンガー!」
 ギルバートが叫び、バスタード・ソード【ライト・ブリンガー】から神聖な日の光が迸る。【浄化の光】(フラッシュ)、その光に確かにハオウが怯んだのを、清左は見た。陽光の中を駆け抜ける。
 ──エルドラドを結界で押さえたハオウの良心に、意図は分からないながら、しかしそれでもやはり刀を握らねばならないこの時に、清左はやる瀬なさを感じた。
 しかし、それも一瞬の事。全力で挑まねば、自分が押し潰されてしまうであろう。チキとその鍔を軽く押し、逆袈裟に斬り上げた。純白のドレスが裂け、漆黒の靄が湧き出す。それに捕まるまいと転がりながら離れる。それを追って、足に絡みついた。しまったと思った次には清左の体は宙を飛び、床と同じ大理石の柱に背中から激突した。肺の中が空になる。誰かが自分の名を呼んだ気がしたが、耳鳴りが酷くてよく聞こえない。チェスターの銃声らしき音がなんとなく聞こえた気がした。視界が白み、喉の奥から生温いもの迫り上がって、清左は吐いた。滲む視界の端で、ハンスの赤い髪が踊っている。
 コレットはスチルショットを取り落としそうになった。
 靄と思ったそれは、フィルム。黒い、フィルムだ。びょるびょるとまるで蛇のように蠢くそれの中で、艶然と微笑むハオウ。
 それは、あまりに禍々しく、気味が悪かった。
 凜は皆が戦うその影で、穏行を使い自分の姿を限りなく稀薄にした。それはまるでこの城を支える大理石の柱のように、そこに在るのが当然であるが故に、認識の外へと追いやられる。そして今度こそ、凜はハオウの意図を悟りで探ろうと、その精神を研ぎ澄ませた。

  ◆

 アルがルイスの血を武装化させて生み出した【黎明の剣】を、ルイスは横に薙ぎ払った。エルドラドは嘲笑うかのようにそれを悠々と避けながら、沈み込んだその反発で青の瞳めがけて手刀を繰り出す。一瞬の間にアルは二人の間に割って入り、突き出されようとする腕を叩き折った。嫌な音がする。黒い靄を吐き散らす腕を軽く見やって体を引けば、待ち構えているのはシャノン。ミニ機関銃が火を噴き、大理石の床を穴だらけにした。どこ、と思った時には目の前に深い瑠璃の瞳。避ける間もなく吹っ飛び、しかしヴァパイアでもある彼は受け身でその衝撃を和らげ、転がるようにして体制を整えた。太助が炎を吐き出す。体勢を崩し地へと戻ったエルドラドを、エリクがファイティングナイフの刺突と蹴りで吹き飛ばす。そこへウィレムのランスが奔り、その脇腹を捉えた。更にソルファの二丁拳銃が炸裂する。
 飛散するは、深紅の血ではなく、漆黒のフィルム。蛇のように荒れ狂った、フィルムである。
 ウィレムはランスを引き離れようとする。しかし、それが一向に動かぬ。さっと顔が青ざめた。エルドラドの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
「ウィレム!」
 太助の声。シャガールの流星錘がウィレムの肩越しにエルドラドの額を正確に打った。エルドラドがのけぞり、刹那白目を剥く。瞬間、ヴィエリは血霧を撒き散らし、視界を取り戻したエルドラドはしかし深紅の霧の前には何も見えぬ。更に太助が炎のブレスを吐き、視界の利かぬエルドラドはまともに喰らった。
「大丈夫か」
 シャノンが言うと、ウィレムは浅い息をしながら頷いた。魔物狩りと認められ、加護を受けている彼は元々の素養もありかなりの深手まで治癒する事が出来る。しかし、貫通したその内臓へのダメージは重く、俊敏に動き回る今までのヒット&アウェイは無理そうだ。
「魔法で援護します。必ず此処で倒さなければ……」
 ぶわ、と血霧が一瞬にして晴れる。ヴィエリは大理石の床に叩き付けられ、その衝撃で大理石の床が陥没した。その吹きだした血をも血霧へと変え、再び深紅の霧がエルドラドを包み込む。
 煩わしそうな咆哮。
 アルのロケーションエリア【白の満月】により、それぞれの基礎能力が底上げされ、また回復をし続けている。しかし、それでも追い切れぬ程の傷を、そしてムービーキラーの傍にいるせいだろうか、拭いきれぬなんとも言えない不快感が、彼らを消耗させた。
 長期戦は、極めて分が悪い。早々に決めねば。

  ◆

 凜は眼を閉じ、その表面に触れただけで、まるで頭を殴られたかのような感覚に陥った。
 それは、強い強い一つの思い。
 それは、あまりに切ない思い。
 知らず、凜は涙を流していた。
 立ち尽くし、目の前で繰り広げられている死闘をまるでガラスの向こうの出来事のように見ていた。
 ハオウ。
 その、美しく、儚い、繊細でいて力強い意志に。
 それは、人によってはエゴイズムであろう。
 それは、人によっては悲しいことであろう。
 許すことはできない。
 しかし凜は、それを理解できた。

 彼らは……
 彼は、ずっとずっと、永遠に死にたかったのだ──

  ◆

「……ちッ、……鬱陶しい!」
 ラルス・クレメンスは片腕を獣化させ、ハングリーモンスターを殴り倒していた。しかし、ハングリーモンスターは物理的攻撃に非常に打たれ強い。形を崩そうが、そのまま突っ込んでくるのだ。短気な彼がプツンといかない方が、難しい。ラルスは雄叫びを上げ、全身を獣化させる。途端、ラルスは何とも言えぬ不可思議な感覚を感じた。
 それは、不快感が快感へと変ずるよう。
 ラルスは眼を爛々と光らせ、喉を鳴らす。その強靱な肉体を本能のままに振るおうとして、その時。
「奴を止めろ!」
「シューグ!」
 しわがれた声と、女の声。だがうっとりとするラルスはその這い上がってくるそれの不快さには眼を瞑っている。その横面を、シューグが殴り倒した。瞬間、ラルスは猛りそうになったが、その腕に何かが巻き付いて、我に返った。今にもラルスを襲わんとするハングリーモンスターは、黒龍花が掌底を喰らわせ、更にキュキュがそのぶよぶよとした体をねじ切った。
 絶叫。そして、城外は静かになった。
「あ?」
「危ねぇ、間に合って良かった。……じゃねぇ、こいつをさっさと全員付けろ、ここはヤバイ」
 セバスチャンが脂汗を拭いながら、ゴールデングローブの入った箱を示した。填めてみれば、途端に体が重くなったように感じる。獣化を解き、小さく礼を言った。
「ミネさん、空昏さん! お怪我はありませんか」
「俺たちはいい。それより、あの子を見てやって。結構深くやられたみたいだ」
 紀野蓮子はミネの視線の先、博美を見やった。軽トラックに火薬を満載したそれは良かったが、その他の装備をまるで持っていなかった博美は、戦う術も防御する術もなかったのだ。
「大丈夫ですか、声が聞こえますか」
「う……や、焼いて血は、止めたんだけど」
「なんて無茶を」
 蓮子はゴールデングローブを填めてやりながら首を振った。癒しの力を持つ太刀蓮華を閃かせ、その痛々しい焼け跡に刃を当てる。切ることによって癒しを得るこの刀は、また不浄を断ち切ることが出来る。入り込んだ毒素をそれで断ち切った。荒かった博美の息が、少しずつ落ち着いていった。
「中にはまだ、『ヴェガ』と『シャム』が」
 アルディラの声に、全員が顔を上げる。傷は浅くなく、これから中へ入ったとして、果たして助けになるだろうか。
「フフフ、ここは我の出番アルね!」
「って、あんた、さっきまでずっと寝転けてた」
「寝てた違うアル! 分身を移動させていたアル!」
 王様が指摘すると、呂蒼星はぷんすかと地団駄を踏んだ。不審そうな眼はそれでも止まず、蒼星はむかぷんとその手を打ち鳴らした。
「見てればよろし。我のスゲェところ!」
 言って、蒼星は瓶底眼鏡を取り外す。そこには、切れ長な理知的な瞳に、整った柳眉を持つ眉目秀麗と呼ぶが相応しい青年が立っていた。
「東に川あらば、青龍。我此処に掲げる木行をもちて川と成さん」
「南に池あらば、朱雀。我此処に掲げる火行をもちて池と成さん」
「西に道あらば、白虎。我此処に掲げる金行をもちて道と成さん」
「北に山あらば、玄武。我此処に掲げる水行をもちて山と成さん」
 蒼星は唱えながら、術具を人形から取り出す。
「四神織り成す中央に座するは、黄竜成り!」
 四体の分身を結んで方陣が輝く。蒼星は、人形を掲げた。
「この地にはびこる魑魅の身を無くし、この地に巣くう魍魎が枯れ啼くまで殺める力を与え賜え!」
 瞬間、方陣が光を発し四柱が立ち上る。白い閃光が迸り、清々しい空気が周囲を満たす。歓声が上がり、城を揺るがす轟音が響いた。
「むう!」
 アズマ博士が唸る。振り返ると、そのゴーグルをスクロールする数値を見ながら、呟く。
「ネガティブパワーが減少した。半分とまではいかないが、三分の一は減少したぞ」
「お頭っ……ベラ!」

  ◆

 その攻防は、激烈を極めた。
 しかし、コレットの眼には明らかに皆の動きが鈍っているように見えた。それに比べ、ハオウの動きはどんどん化け物じみていく。立っているのも辛そうな彼らの援護をしてやりたかったが、今打てば確実に皆をスチルショットの範囲に巻き込む。コレットは唇を噛んだ。
 何も、出来ない。守るどころか、守られて。
 そう、相手はムービーキラー。ムービースターが九人もいるのに、どうしてファンであるコレットに眼を向けよう。
 悔しくて悔しくて涙が零れた。
 途端。白い閃光が溢れ、コレットは顔を腕で庇った。何が起きたかわからない。だが、眼を開けばそこには、不思議そうな顔をしながらも先ほどまで赤黒い顔をしていた彼らではなく、不快感は拭い去れないながらも確かに気力を取り戻した彼らの姿があった。
 危機は脱していない。しかしそれでも、コレットは顔が緩むのを止められなかった。
 ベラはハオウを見下ろす。そこには、体中からフィルムをのたうち回らせ、獣のように眼を光らせた、ムービーキラー。
 ハオウが咆哮する。それは、人であって人成らざる絶叫。
 瞬間、白い閃光が城内を照らした。重苦しい空気が、数瞬吹き飛び、不思議と体が軽く感じられた。
 ザワザワと気味の悪い黒いものは、這い回り続けている。
 しかし、今この時を、彼らは逃すわけにはいかなかった。
 チェスターの銃が火を噴く。よろりとしながら避けた先で、ジナイーダがフランベルジェを繰り出し、更にハンスが追う。強かに腹を打ち、ハオウはバランスを崩しながら、煌煌と狂気に染めた瞳で睨み付ける。

 ――カエシテ!

 エンリオウは一瞬のフラッシュバックに、しかしウンディーネの洪水で遮断し押し流す。清左は足を踏張り、駆け抜けた。ハオウの眼前を蝙蝠に変じたフランチェスカが飛び回り、それを隠れ蓑に清左が袈裟に斬り下ろす。瞬間、フィルムが溢れ出し、凛は鬼へと転身した。飲みこまれんとしたフランチェスカを、フィルムを引き千切って抱えると後方へ跳んだ。咆哮するハオウ。コレットは駆けた。
「離れて!」
 震える手を膝を叱咤して、コレットは十メートルまで近づく。蛇のようにのたうつフィルムを、エンリオウの雷撃が払除けた。
 構え、引き金を引く。エネルギー弾が真っすぐにハオウへと吸い込まれていき。その動きを、止めた。
「今こそ輝け、我が魂の刃よ!」
 ギルバートのライト・ブリンガーがその魔力を纏い、黄金色に輝きだす。それは太陽の光。ハオウの眼が、瞬きもせずにそれを凝視する。
「明日を斬り開く希望の刃となれ!!」

  ◆

 白い閃光が場内に溢れ、続いて城を揺るがす轟音。がくりと膝を折ったシャガールにソルファが駆け寄る。
「大丈夫。……ハオウが」
 太助は瑠璃色の視線を追う。左手の痣が、消えていた。
「『シャム』の任務は終わりだ。後は、俺たち」
 顔を上げたその先には、シャガールと同じようにしゃがみこみ、しかしそれを支える手を失くしたエルドラド。その体は無数の蛇が食い散らかし、暴れ狂っている。
 シャガールは黙って立ち上がる。ひょおう、と流星錘が唸ると同時、カッと剝かれた深い瑠璃の瞳とアルの魔眼がぶつかる。それは風を巻き起こすほどの激突だった。その風に逆らって、シャノンは駆けた。手にした機関銃が爆音を立てて雨のように降り注ぐ。それに気を緩めたか、アルの魔眼がその動きを捉えた。すかさず血糸で縛りつけ、膨大な魔力を流し込む。ウィレムが氷塊を降らせ、その背後をとったはルイス。その胸に深々と【黎明の剣】を突き立てた。
 エルドラドの深い瑠璃色の瞳が。
 優しく、そしてすまなさそうに、笑った気がした。

  ◆

 セバスチャンたちが駆け込んだとき、そこには【黎明の剣】を受け、その陽光によって焼き尽くされていくエルドラドと、それを見送る人々がいた。反対側からは、『シャム』が駆けてくる。満身創痍だが、みな無事だ。
「あのさ」
 太助がぽつりとつぶやく。
「もしもキラーにならなければ、エルドラドも幸せになれたのかな……」
 子狸の姿に戻った彼は、きゅうとシャガールの裾をつかむ。
「少なくとも夢魔の奴は、そう思えたよ、俺」
 それに応えるものは、ない。
 シャガールはただ、その柔らかな体を抱き上げた。
 セバスチャンは理解する。出発前に、シャガールが言っていた言葉の意味を。

 ――エルドラドとは、楽園の名。
 その楽園の名を烙印された悪魔は、破壊を司る神の一柱。
 【無窮】の二つ名を持つ、破壊の申し子。
 何度破滅を導き、何度その身を業火に窶しても、彼に安息の死は訪れない。
 永遠に壊し、永遠に殺され、そしてまた破壊する。
 それが、エルドラドという悪魔。
 それは怒りと憎しみと、そして哀しみに満ちていた。
 そんな彼が、銀幕市へと実体化した。
 望めば何でも叶う、『夢の街』へと。
 ならば、破壊しよう。
 ここでならば、永遠の死を約束してくれる者たちがいる。
 その為には、躊躇いなどあってはならぬ。
 躊躇いなど無く、憎み、永遠の死を願わねばならぬ。
 己を破滅に導く者たちが、此処には居る――

 この事は、自分の胸だけに。
 セバスチャンはただ、その冥福を祈った。

「む、数値がおかしい。おい、早くゴールデングローブを嵌めろ! すぐにここを離れるぞ!」
 終わるが早いか、城が轟音を立てて揺れた。
「倒壊する?」
「みんな、乗って!」
 凛の声に、ハリスが叫んだ。その姿をドラゴンへと変じ、一直線の回廊を羽撃き抜けた。
 外へと躍り出ると、そこは誰も居ない。すでに避難しているのだ。轟音に振り返れば、崩れ落ちていく黄金の城。
 シャノンはちらりとシャガールを見やった。瑠璃の瞳の、その表情は読めない。
 瞬間、沈黙を守りつつあったゴールデングローブが最大振動を始めた。ハリスはバランスを崩し、山の斜面へと突っ込む。
「大丈夫か?!」
「ぼ、ぼくはー……みんなは」
「平気です、一体何が」
 思うように力が入らない。城を振り仰げば、爆音と爆風が吹き荒れた。
 目を見開き、誰もが絶句する。
 それは、まるで鏡写しの蜃気楼。
 アズマ博士は忙しなくスクロールする数値とを見て、ぽつり、呟いた。
「湧き出るはずの場所に蓋をされ、空に噴き出したのか」


 ――銀幕市の上空に、まぼろしの街が出現する――

クリエイターコメント【1】チーム『ナティー・タラセド』
藤田博美、キュキュ、朱鷺丸、サマリス、メル・ニーダ・リルケート、シューグ、
ファレル・クロス、黒龍花、龍吉、ディレッタ、王様、ラルス・クレメンス、
ヴァンヴェール、霧生村雨、大教授ラーゴ、津田俊介、呂蒼星、空昏、ミネ

【2】チーム『ヴェガ』
太助、ヴィエリ・バルバート、シャノン・ヴォルムス、エリク・ヴォルムス、
ウィレム・ギュンター、ソルファ、アル、ルイス・キリング

【3】チーム『シャム』
ハンス・ヨーゼフ、チェスター・シェフィールド、ジナイーダ・シェルリング、
ギルバート・クリストフ、コレット・アイロニー、エンリオウ・イーブンシェン、
旋風の清左、フランチェスカ・バルバート、古森凛

【4】チーム『ジェナー』
セバスチャン・スワンボート、ルイーシャ・ドミニカム、紀野蓮子、仲村トオル
(敬称略、参加順)

お疲れ様でした、これにて悪魔騒動は落着となります。
総勢40名様ものご参加、まことにありがとうございました。
上空に現れた何かは、追って対策課などから連絡があることでしょう。

このたびは本当にありがとうございました。
公開日時2009-03-31(火) 19:00
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