「《海賊法》にもとづき、ジェロームを反逆者とみなす……だと? おいぼれが戯言を」 偉丈夫は、布告をせせら笑った。「よかろう。ならば今より、この俺こそが新たな法だ。海賊王の幻想に縛られた時代は終わりを迎え、海原は次なる支配者を迎え入れるだろう。この俺、ジェロームこそが海賊王をも超える海賊皇帝として、すべての海に君臨するのだ」 消息を絶ったロストナンバー、日和坂 綾のゆくえを追ってブルーインブルーへ向かった特命派遣隊は、彼女が列強海賊ジェロームに捕らわれたことを知った。 しかもその裏には、別の列強海賊・“赤毛の魔女”フランチェスカの謀略があったのだ。 最強の海賊と言われたジェロームは、フランチェスカのはたらきにより、今や全海賊から、海賊社会の秩序を脅かす反逆者とみなされてしまった。孤立したジェロームがとった方策は、ジャンクヘヴンへの急遽の進軍。 海上都市同盟を滅ぼしてしまえば、海賊間で孤立しようと関係なく、ジェロームの覇権は確立する。 微妙なパワーバランスを保っていたブルーインブルーの海の平穏は、一挙に戦乱へと傾いたのである。 ここに、特命派遣隊の成果が生きてくる。 ひとつは、ジェローム進軍の情報を誰より早く得たということ。 次に、進軍を開始したジェロームの拠点にして旗艦・ジェロームポリスの現在地を把握していること。 最後に、ジャンクヘヴンで亡きレイナルド宰相の遺した「ジャコビニの幽霊船」を入手したこと。「このまま放置すればジェローム軍は海上都市群へと迫り、ブルーインブルー全土を巻き込む戦争が始まってしまう。そうなればジャンクヘヴンは、当然、世界図書館の助力を乞う。けれどその段階に至っては状況の泥沼化はいっそう進んでいるだろう。そうなるより先にジェローム軍を壊滅させることは、かえって、事態をきれいに収束させることができるはずだ」 特命派遣隊の大使として同地に赴いていた世界司書の判断を、世界図書館も支持した。 どのみち、ジェロームポリスには日和坂 綾が捕らわれているのだ。戦いへの関与は避けられなかった。 作戦はこうだ。まず「ジャコビニの幽霊船」がジェロームポリスに近づき、周辺海域に霧を発生させる。 霧にまぎれ、ジェロームポリスに上陸したロストナンバーが騒ぎを起こし、都市に混乱を招く。その隙に、複数のゲリラ部隊が都市内に散る。ジェロームの軍団は、当人の絶対的なカリスマ性のもと、「鋼鉄将軍」と呼ばれる直属の指揮官によって統率されているという。この指揮官たちを討ち取ることができれば、軍団は自然と崩壊してゆくだろう。逆に、かれらが存命であれば、ジェロームポリスを失っても、残党が再び組織されるおそれがあるため、指揮官を倒すことは重要な意味を持っていた。 この作戦はジェロームポリスが同盟の海上都市に近づく前の海域で行われる。 静かな海に霧が満ちるとき――ブルーインブルーの歴史の1頁が、書き換えられるのだ。!注意!イベントシナリオ群『決戦!ジェロームポリス』は同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『決戦!ジェロームポリス』シナリオ、およびパーティシナリオ『【決戦!ジェロームポリス】軍艦都市炎上』への複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。
■崩壊の序曲 霧だ。たちまち海を閉ざした濃い霧に、ジェロームポリス外縁部にいくつもある港で作業に従事していた海賊たちに戸惑いが広がる。 自然の霧にしてはあまりに不自然。かれらの不安は、ほどなく的中する。 その日が、ジェロームポリスの最期の日になったのだから――。 「バリバリダー!!」 霧の中から出現したのはチェガル フランチェスカだ。 たっ、と波止場に着地するや、放たれる雷撃! 港に積み上がっていた資材が吹き飛び、倉庫の壁は貫かれた。 続いて、ジャルス・ミュンティが炎のブレスを浴びせると、崩れた木箱の山が燃え上がる。 突然の襲撃――それも相手は竜人だ。ヴォロスの住人ならまだドラグレットやリザードマンの存在を承知しているが、そうした異形を見慣れぬブルーインブルーの海賊たちは肝を潰したことだろう。 それでも、かれらはそれが敵襲であることは理解していた。 ジェロームポリスの海賊たちはよく訓練されている。手に手に武器を持ったものたちが駆けつけてきた。 その瞬間。 燃え盛る炎も、砕ける白波も、流れる霧さえ静止した。 停まった時間のなかを、アーネスト・クロックラックだけが悠然と歩き、ぽいぽいと爆弾を投げていく。彼女が放ったものも、空中にピンで止められたようにとどまる。 「こんなものかしらね」 満足して、頷く。 そして時間は動き出し――爆発が駆けつけた海賊たちを吹き飛ばす。 そこへ容赦無く、チェガルの雷撃がさらなる追い討ちをかける。 「黄金の鉄の毛皮を纏ったハンターが皮種族の海賊に遅れをとるはずがない!」 「突出しすぎないようにお願いしますよ」 「なんの、一番槍は武士の誉れ!」 「ま、せいぜい目立てって話だし。行きましょう、“加速”するわ」 幽霊船から、先発隊が次々に上陸し、四方に散りながら派手な宣戦の狼煙をあげた。 ジェロームポリスに警報が鳴り響き、同時に、爆音と、怒号と、悲鳴とが広がっていくのだった。 「疫病神を引き入れたのが運の尽きだったな」 一二 千志の足元で影が沸き立つ。ぶわり、黒いものの群れがいっせいに飛び立ったかに見えた。さながら黒い鳥かコウモリのように見えたものは、彼が影からつくった刃である。 それが敵を切り裂き、血煙が舞う。 「海賊相手に同情はしねぇが、後で祈りくらいは捧げてやるよ」 若い魔王のように、大股に歩む。その千志の行く道を妨げるものは皆無であった。 「燃え上がれ」 ホタル・カムイの声とともに、火柱が敵を包み込む。 おのれに火が燃え移ったのに恐慌をきたして、逃げ出す海賊たちへ、ホタルは駆け込み、棍の一撃を加えてゆく。実のところ炎は幻術だ。 しかし、本能的に、人は火を恐れる。 恐れにすくんだ足で、烈火の勢いで突進してくるホタルの攻撃を避けられるはずもなかった。 「な、なんなんだ、こいつらは……」 襲撃者たちがふるう超常の力に恐れをなす海賊。 また別のところで悲鳴があがる。 見れば、見たこともない小さななにかに襲われている仲間がいる。 「ひっ!」 そういう自身も、なにかが襟元から背筋に入り込む感触に声をあげた。 「うははははははは!!」 笑っている。小さななにかが……! モック・Q・エレイヴの小さな分体は、くすぐるとか、足をひっかけるとか、地味な嫌がらせしかしていなかったが、この場では立派な攻撃だった。 屈強な海賊たちが小さなモックの群れから逃げ惑う。 それにまじって、いくぶん様子の違う小さなもの。それは―― 「これを見ろ! 限界まで小型化した機械海魔だ……って誰だ今微妙にいらんとか言った奴は……!」 被害妄想(たぶん)に声を荒げて、山本 檸於が前へ出る。 「発進! レオカイザー! なぎ倒せ!」 レオカイザーのレーザー光線が照射される。 上陸からまだいくらも経っていないが、すでにそこは喧騒の巷だ。 このぶんなら、そう長くかからずに片がつくだろうと檸於は思った。 そうすれば、ブルーインブルーの海に、静けさが戻るだろうか。 ジャンクヘヴンの宰相が望んだ静かな海が。 見よ、カンタレラがゆく。 踊り子のドレスが、ブルーインブルーの海より青い群青だ。 一心に、彼女は踊る。 そのステップに誘われ、指の動きに導かれるように、海賊たちはふらふらと、停泊していた船へと向かう。すでにその意識は、カンタレラの唄に聴き入った瞬間に魅入られ、掌握されている。ぞろぞろと船に乗り込んだ一団は、そのままあてどなく船を出す。 だが沖には、すでにロストナンバーの本隊と、ジェロームポリス護衛艦隊との熾烈な戦いがこのときすでにはじまっている。ふらふらと漂うように無目的にゆく船の行き場などあるはずもなかった。 カンタレラの踊りはまだ終わらない。 青いドレスの裾が翻った。 踊り子の頭上を、翼あるものたちの群れが飛び過ぎてゆく。 石の肌をもつ小悪魔のようなものどもは、海賊たちの一団を見つけると急降下して一斉に襲いかかった。 石の爪でさんざん傷を負わせたあと、それはくるりと方向を変えて飛びあがる。 まるで怒りにかられた海賊たちを誘導するようにだ。 海賊が小さな惑乱者たちを追いかける、次の瞬間――、圧倒的な勢いで、横合いから大量の水が海賊たちを吹き飛ばした。 「よし、次っ!」 ニッティ・アーレハインは、青の魔法陣から噴出された間欠泉で敵を一掃できたことに満足気に頷く。 「ニッティさん、なんか……機嫌悪くありません?」 セルゲイ・フィードリッツが言った。 「別に」 「なんかむくれてるような」 「むくれてないデスヨ? ホントデスヨ?」 「はいニッティ、ドミナと一緒じゃないからってむくれるのはやめましょー」 と、ブレイク・エルスノール。 「……」 ニッティがなにか返事するのを遮るように、ブレイクは、 「はいはい、次、いきましょー」 と、『小悪魔の嵐』により召喚した小ガーゴイルの群れを指揮する。 「ま、機嫌直して」 セルゲイが言いながら、次の戦いにそなえてニッティたちに魔法の加護を与えた。 ロストナンバーたちの陽動は功を奏して、ジェロームポリスの混乱は燎原の火のように全市に広がっていった。 そのなかで、ジェローム腹心の鋼鉄将軍たちとの戦いも始まっているようである。将軍たちは強敵だろうが、かれらが本来果たすべき、軍を指揮する機能は果たされていなかった。 今、ここで起きているのはすべて散発的な泡沫のような戦いばかりだ。 「だいじょうぶですかー?」 藤枝竜が、メルヒオールに声をかける。 「お疲れですか? 休みます? あ、バーガー食べますか?」 「結構」 メルヒオールは断って……しかし、疲労しているのも本当だったが、力を振り絞って、呪文の行使を続ける。 彼は「影」や「音」を生み出して、ロストナンバーたちの人数を多く見せ、混乱を増幅させていた。 だから竜が吹き付ける炎のブレスもいつにもまして派手な音の演出に彩られている。竜当人はそれが気分が良いようで、疲れをまったく知らないように、元気に暴れまわっているのだった。これが若さか……、メルヒオールは思った。 華城 水炎もまた、マシンガンを撃ちまくっていた。 その音もメルヒオールの魔法で高らかに響き渡り、「音の弾幕」と化してあたりを制している。 水炎は、戦場の端を、ブルーインブルー特命派遣隊に属する知人たちが駆けてゆくのに気づいた。 「ちゃんと綾、連れてこいよ」 小さくつぶやき、エールを送る。 そして、彼女は機関銃を撃ち続けた。 ■戦火 先発隊が引き起こした騒動は、陽動の役割を果たしたのみならず、それ自体、海賊たちに打撃を与えていた。 引き続いて上陸したロストナンバーたちの本隊も、また。 鋼鉄将軍たちならいざしらず、その他の海賊たちは統制のとれている状態でなければロストナンバーたちの敵ではない。 「ファイアボール!!」 レナ・フォルトゥスの放った火球が、ジェロームポリスの施設を破壊していく。 魔法の力による破壊に立ち向かえる海賊はいなかったし、かといって逃げ出すものたちに対しても、今まで散々暴虐を働いていた海賊であるかれらに対してレナにはかける慈悲などなかった。 「おっと!!逃さないわよ!!」 火炎は人の足より早く回り込む。 パティ・ポップが投げるダガーが、立ちすくむ海賊たちの背に埋まった。 「悪・即・斬でござる!!」 豹藤 空牙の刃は速い。月影をおびた刀が、敵を斬り捨ててゆく。 「皆さんこんにちは、良いお天気ですね」 前方に立つヒイラギに向けて、海賊たちが銃を構えたが、彼が動じる様子はない。 「そして、さようなら」 銃撃は、落下してきた壁の破片が盾となって防がれる。 それもまた、ヒイラギの鋼糸によってバターのように裂かれてバラバラになる。 鋼糸はヒイラギ自身の血を塗布することで硬度をましていた。それが建物と言わず敵の肉体と言わず、なにもかもを斬り裂いてゆくのだ。 「実践テストの機会が来るなんてラッキーッス……!」 外装アーマーをまとったゼノ・ソブレロが、アーマーの出力を最大にして建物から建物へ跳躍する。 外縁部に近い建物の上には砲塔がついている。 それらが一斉に回転し、ゼノの方を向いた。……だが、次の瞬間、音を立てて白く凍りつき、それが砲弾を吐き出すことはなかった。 冬路 友護が凍結弾が、次々に砲塔を撃っては無力化しているのだ。 次にゼノのアーマーが両肩にそなえたミサイルランチャーが火を吹き、凍りついた砲塔は粉々に粉砕されていった。 「ばびゅーんどがーんと派手にいきますよー!」 さらに上空からPNGが弾の雨を降らす。 「燃えろー燃えろーまるっと焼け野原にしてやりますよー!」 どこかで火薬かなにかに引火したのだろう、凄まじい轟音とともに爆発が起こった。 それさえも楽しいアトラクションのように、炎のなかを銃人形(ガンドール)は駆けてゆく。 「みんな遠慮がないなー。持ったより早く終わりそうだね!」 ツィーダが言った。 言っている傍から、誰かの攻撃の余波で前方の床が崩れ始めたので、ツィーダはがそこに鉄橋を伸ばして仲間たちの道をつくる。 「まえの派遣隊の時にゃ、動力部をドーンとブッ壊してやったけど。今回はもう戦争だな……懐かしいねェ、この感覚」 と、ベルゼ・フェアグリッド。嬉しくはねェけどな、と小さなつぶやきを付け加えた。 ツィードにベルゼは、アルド・ヴェルクアベル、飛天 鴉刃とともに行動していた。 「あのとき壊したのは、この先だったと思うよ。今回もいく?」 アルドが皆を振り返る。 「そうだな。この様子だと、避難路の確保をしたほうがよさそうだ」 言いながら、鴉刃は海賊たちの一団が近づいてくるのをみとめる。 むろんそれは全員が気づいていた。 アルドのトラベルギアから石つぶてのごとく射出される宝石弾。 ベルゼはさっと飛翔し、上空から銃撃を浴びせた。 「迂回しよう」 幻影の霧で敵の視界を閉ざし、アルドは言った。 「む。待て」 鴉刃がものかげにうずくまっている一般人らしき人間に気づく。格好からしてジェロームポリスに拉致されている学者のようだ。 彼女は研究資料のありかや、まだ残っている学者、一般人たちの場所を聞き出し、トラベラーズノートで救助を担当する仲間たちに連絡するのだった。 至るところで爆発が起こり、黒煙があがる。 そのなかを、一匹の竜が悠然と飛行する。 砲塔が竜をめがけて砲弾を撃つ――のだが、かれに向けられた攻撃は見えざる壁に遮られるようにして届かない。 「『重装歩兵のファランクス』――そのような鉄の矢でヴィクトル様を傷つけさせは致しません」 竜の背にはドミナ・アウローラ。ドミナは、呪歌を紡ぐ使い魔の背をそっとなで、そして、自身は砲台で、竜の接近に右往左往している砲手を見据えた。 「ヴィクトル様……貴方と共に戦えること、光栄に存じます」 彼女の矢は驚くほどの遠距離を飛び、正確に砲手の手を射抜く。 彼女を乗せた竜は、ヴィクトルが変じたものだ。 咆哮とともに、吐き出す炎が敵を焼きつくす。 竜は容赦のない蹂躙者であって、それでいて、背に乗るものを慮るような慎重な動きも見せていた。 (なんだか映画見ている気分……!) ティーグ・ウェルバーナがそのように感じたのも無理もないことだ。 しかしこの破壊も戦闘も、すべて現実に起きているのである。 この苛烈な破壊の嵐のなかを、ただ戦い、壊すだけでなく、人々を救わねばならないとは骨の折れることだった。 ティーグは一般人が多くいる場所――救出活動が行われている場所をノートで確認するとそちらへ向かう。 やがて彼女にも悲鳴と、泣き声と……人々を励ますロストナンバーたちの声が聞こえてきた。 「大丈夫ですよぉ☆私たちはジャンクヘヴンからきた救助隊ですぅ☆ジェロームを倒して、この都市を船に分割して、みなさんを元の海上都市まで送り届けますぅ☆」 「大丈夫だ、必ず全員助ける!……慌てず移動するのだ!」 川原 撫子の、場違いなほど明るい声。そして百田 十三の力強い低い声。 「私は医者だ。何かあれば遠慮なく言ってくれたまえ」 有馬 春臣がけが人や具合の悪いものがいないか確認してゆく。 「大丈夫? ここから出たら、きっとお父さんやお母さんに会えるからさ。頑張ろうな」 音成 梓は子どもたちに声をかけていた。 「よし、じゃあ行くよ。おれが先導するから着いてきて」 ユーウォンが先頭に立って動き出す。 「火燕招来急急如律令! この先の避難場所まで海賊どもが居ないか偵察しろ!」 十三が護法を飛ばして避難ルートを確保する。 「そうだ、一緒に歌唄おうか。唄ってる間にもう怖いのとか全部終わるから」 梓が小さな子を背負い、つとめて明るく、歌を唄い出した。 歌など歌ったら海賊に聞こえるのではないか――そんな不安を顔に出した大人に、そっと撫子が告げる。 「大丈夫ですよぉ☆ 勝つ自信があるから来たんですぅ☆絶対みなさんを守りますからぁ☆」 撫子の言葉にロストナンバーたちは頷く。 「あとは頼んだ。私は他へ」 春臣は言った。 ざっと人々を診察して、戦いに巻き込まれていないものも、おしなべて栄養状態が悪く健康とは言えないことが彼の気にかかっていた。 ジェロームポリスの生活は、一般人には過酷なものだったのだろう。 まだまだ大勢の人が残されている。送り届ける役はユーウォンたちに任せて、春臣は別のところへ向かうつもりだった。 「一人だと危ない。一緒に行こう」 ジーン・ホロウェイが申し出てくれた。 肩のうえにセクタンがいるからコンダクターと知れる。べつだん春臣がそれをどうと言ったわけではないが、 「戦闘なんてしたこたねぇけど、誰かを守るぐらい出来たっていいだろ」 と付け加えた。 「もちろんだ。さあ、行こう」 春臣は微笑で応えた。 ■海原にて 戦いは、ジェロームポリスを取り巻く海上でも起こっていた。 いや――、むしろ、海上のほうが激しい戦乱に見舞われていたと言ってもよかった。 都市部よりも、海の上でなら遠慮なくロストナンバーたちがその力を振るうことができたからである。 アコル・エツケート・サルマは10メートルを超える本来の姿で空を泳ぐ。 「さ、好きなだけ暴れておいで。溺れたら呼ぶんじゃよ」 アコルはその背で大勢のロストナンバーを海上に運んできたのだ。 自身も鬼火やプラズマを用いることはできるが、いわく「ワシの魔法は精神攻撃じゃて、物理的な威力は弱いんじゃ」ということらしく。 まっさきに、アコルから飛び降りたのはルオン・フィーリムとレイド・グローリーベル・エルスノールだ。 降り立ったのは、機械海魔の鉄の背中。 ルオンが槍を突き立てると電撃が発生する。レイドは瞬転の靴で瞬間移動を繰り返しながら爪の刃で鋼鉄をえぐってゆく。 「はしゃぎすぎて落ちるんじゃねェぞ、タリス」 「にゃ! だいじょうぶ!」 一方、こちらは海賊船のうえに降り立ったミケランジェロとタリスだ。 ふたりは甲板のうえに持参したペンキで絵を描き始める。 「赤い猫さん……青い鳥さん」 楽しげなタリスの様子に、ミケランジェロは微笑ましげな表情で、その場面だけを切り取ればとても戦場とは思えない。 船にはむろん海賊たちが乗り込んでいたわけだが、かれらはといえば、 「『コスチューム、ラピッドスタイル!』」 変身したエルエム・メールにぶっ飛ばされたり、 「愚連隊の血が騒ぐ。いっちょ派手にいくとすっか!」 リエ・フーがトラベルギアで起こした風刃に切り裂かれたりしている。 そうこうする間にミケランジェロたちの絵が完成し、それらはすべて具現化し、周囲の海賊船や機械海魔たちに襲いかかるのだった。 当の船自体も、リエがマストを燃やしたので、沈むのも時間の問題だろう。 次へ移るぞ、と彼が声を張り上げるも、 「さぁ、エルを倒してみたい奴はどいつだっ!?」 エルエム・メールはさっさと隣の船に飛び移っている。 ミケランジェロとタリスの絵が具現化したドラゴンやサメ、ペガサスにグリフォンといった幻獣たちにまじって、黒と緑のまだら蛇・チャルネジェロネ・ヴェルデネーロがうねうねと移動している。 「壊すでござるよ」 魔力の波動を放ち、海賊船の横腹に穴を開けてゆく。 さらには甲板の海賊たちの足元に無数の小蛇の群れを召喚するという、ミクロとマクロの両面攻撃であった。 Σ・F・Φ・フレームグライドはレッドドラゴンの姿で機械海魔に体当たり。咆哮とともに超高熱の火炎放射を浴びせかけている。 「あれって機械でできてるんでしょ? じゃあ感電したら一巻の終わり、ぶっ壊しちゃえ!」 臣 雀は船のうえから機械海魔に目をやって、元気よく声をあげた。 雷に呪符で落雷を呼べば、機械海魔など敵ではないのだ。 「悪い海賊さんはどんがらぴっしゃーんてお仕置きしちゃうんだから覚悟なさい!」 騒乱の海原の一画に、ひときわ異様なものがある。 いや、異様といっては失礼だったが、目にしたものは確実に目を疑う光景だ。 すなわち、波間からのぞく超巨大な白服の少女――シーアールシー ゼロの存在である。 「これ以上の巨大化は世界に悪影響を齎す可能性が出るのです」 と言っているので、彼女なりに控えてはいるのだろうが、すでにしてブルーインブルーの人々の常識は完全に凌駕していた。 「力で奪う行動方針はより強大な力に対応が困難なので、他の方針の採用を推奨するのです」 そんな彼女の勧告が耳に届いたかどうか。 破壊された船や機械海魔から投げ出され、波間にただよっている海賊たちを救い上げてゆく姿は、救いの女神とも狂気じみた悪夢とも判然としなかった。 異様と言えばガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードも負けてはいなかった。 マストの先端にすっくと立ち、地下強いポーズを決める姿は、しかし、甲板で戦闘に明け暮れる海賊たち誰一人として目に入ってはいなかった。 しかしそんな放置プレイもまたガルバリュートの業界ではご褒美であった。 「運動会を見ていなかったのが運の尽きであるな!」 そのまま蒼穹を背に跳躍! 腕組みの姿勢でガルバリュートは船の舳先に着地し、その衝撃により船は完全に垂直になった。 絶壁と化した甲板を海賊たちが滑り落ちてゆく。 「ふむ」 ロストナンバーが制圧した船のうえで、巻物を広げる男が一人。紫雲 霞月だ。 紙の上に水墨画のように浮かび上がってくる図柄がある。これが霞月の書画魔術。探索には役に立つ術だ。 「思ったとおり。海中に潜んでいるね」 彼の魔術が海中を潜行する機械海魔を探知した。 「どこッスか? あのあたり? 任せて!」 氏家 ミチルが甲板のへりに立つ。 振り上げた竹刀に気合をこめて……振り下ろす! 「氏家キャノン発射ー!」 裂帛の気合は衝撃波となって海を穿った。 さすがにその一撃で仕留められるほどではないが、慌てて浮上して機械海魔が誰の目にも明らかになる。姿をあらわせば、そのときすでに末路は決まっている。 「ヒャハハハ、でかした。あとは俺サマが潰させてもらうゼェ! お前ら暫く水から離れてろヨ……サンダーストーム!」 上機嫌でジャック・ハートが機械海魔へ突っ込んでゆく。 カッと視界を照らす閃光とともに莫大な電力が発生し、機械海魔を停止させた。 「増援も逃亡もさせねェヨ……ここで沈みナ……テンペスト!」 そして巻き起こる暴風。 波は荒れ、雷が唸りをあげた。 その中を、オズ/TMX-SLM57-Pがブースターの火の尾を引いて流星のように飛ぶ。 「TMX-SLM57-P、敵海賊船の航行能力を叩き、逃走及び増援の阻止を行う」 彼が海賊船とすれちがうと、すでにマストが寸断されている。 まるで草刈りでもするように、オズのマスト狩りが続く。 「マストをなくしては船は終わりだな」 アクラブ・サリクだ。 「いっそこのまま船ごと燃やしてやってもいいが」 すらりと剣を抜く。 「そうされたくないと言うのならのなら相手をしてやろう」 甲板のうえで、戦いが始まる。 別の船のうえから小依 来歌の援護射撃の弾幕が届く。 来歌はトレースと呼ばれる魔術で、自身の身体能力を引き上げている。 「逃げるのは感心しないな」 逃げ出す海賊のまえにはアマリリス・リーゼンブルグが立ちふさがった。 船首像のうえに降り立ったアマリリスの姿は、この世の終わりを告げる天使のようだと――詩的なことを考えた海賊などがいたかどうかわからない。 だが彼女が見せた、船に襲いかかる海魔の幻影は、黙示録の悪夢だったに違いない。 そのときすでに船首像から滑空しつつアマリリスの剣は船体を斬り裂いている。 (それにしても) 一転、空へと舞い上がり、彼女は戦場を見渡す。 (これはもうあとには引けないな) ここまで深く、ブルーインブルーに関与してしまった。 そのことを思っていたのはアマリリス一人だけではなかったろう。もっとも、これによって海に平穏がもたらされるだろうことも、また事実なのである。 (それが必要なことなら、躊躇わない) ハルカ・ロータスはそのように考えている。 だから、力を振るう。 ハルカの『分解』は、巨大な機械海魔さえ、一瞬にして消滅させることができた。 反面、ハルカ自身にも消耗をもたらすのだが。 「……っと、平気!?」 自身を支える念動力さえなくして、海に真っ逆さまだったハルカをピックアップしたのはニコル・メイブだ。 甲板から跳躍し、ハルカを連れて別の船に着地したはいいが、そこはまだ未制圧で、降りたのは海賊のまっただなか。 「あれ、ピンチ……?」 と、思ったのもつかの間、足元に輝く陣の出現とともに、ニコルは飛び出している。 嵐のように、銃床で取り囲む海賊たちをぶちのめす。いつも以上に威力が増しているのは陣の効果――つまり、駆け込んできた舞原 絵奈の援護ゆえだ。 「援護します」 少女たちは背中合わせに、海賊たちとにらみあった。 そのとき、海賊の包囲の外側のほうで悲鳴と怒号があがった。 「さあ、戦士の誓いを立てたヤツから前に出な! 暁の金狼、オルグ・ラルヴァローグが相手になるぜ!」 光輝く炎の刀身の剣を手にしたオルグ・ラルヴァローグを先頭に、駆け込んでくる一団がある。 「マフはその狼が先走らないよう見張ってくれ、俺は背後を見る」 「旦那、オレは子犬の世話を任された覚えはねェぜ?」 「そう言うな。クアール、こうして肩を並べて戦うのも久々だな!」 「うるせぇ、口より先にしっかり働きな、ガキども」 騒々しい一団はオルグのほかにクアール・ディクローズとマフ・タークス、そして―― 「悪ぃ、ちょっと準備に手間取っちまったぜ!」 海からあらわれて甲板に降り立ち、ついでとばかりに尻尾の一撃で手近な海賊を昏倒させたレーシュ・H・イェソドである。 「遅いぞ!」 マフの恫喝も気にせず、レーシュはかかってくる海賊をちぎっては投げ、ちぎっては投げするのに忙しい。 オルグは先鋒で斬り込み、海賊たちを斬り伏せる。 数にものを言わせて押し寄せてくる海賊だったが、クアールの展開するダンドリーウォールに阻まれて二の足を踏んでいるところ、マフの力で宙に浮揚させられ、満足に動けないままオルグに斬られていった。 やがて甲板がゆっくりと傾いでゆくのへ、レーシュは声を張り上げる。 「そろそろ沈むぜー!」 気をまとったレーシュの拳がすでに船底に穴を開けていたのだった。次は機械海魔を沈めてやると息巻く。 ■深海に沈む謎のありか 苛烈な戦いの嵐が海と言わず町と言わず吹き荒れている頃。 都市部中枢に入り込んだロストナンバーたちがいた。 ばたん、とふいにドアが開いて、入ってきたのはドアマンだ。 「ここですね」 「間違いないわ」 ドアマンにエスコートされたのは三雲 文乃。 彼女はこの場所に来たことがある――第一次ブルーインブルー派遣隊の時だ。ここでさらわれてきた学者たちが研究に従事させられていた。 警備についていた海賊が武器を手にとるも、背後から深山 馨の銃底に気絶させられる。 時を同じくして、他のロストナンバーたちもこの場所に――ジェローム団の古代文明研究の成果が集められた場所にたどりついていた。 ティリクティアはハリセンで倒した海賊から聞き出し、リーリス・キャロンは魅了した海賊から、小竹 卓也は救出された学者から仲間が聴きだした場所をノートで連絡を受け、ヘータは「紙とインク」のありかを探知した。 以前、派遣隊はすべての資料を持ち出すことはかなわなかったが、今度はそれを果たさせてもらおう。というよりも、そうしなければこの情報は戦火に消えることになる。 ドアマンが開けた扉のなかへ、次から次へと放り込む。 後日の解析も含めて、わかったのは次のようなことだ。 ジェローム団は海の底に沈んだとされる古代文明の都市遺跡の場所をある程度予測し、絞り込むところまでは至っていたらしい。 だが深海にまで潜水する手段がなく、実際の探索にまでは着手できていなかった。 機械海魔の技術を用いて、より深くまで潜れる潜水艦を造ろうとはしていたようだが……。 古代文明そのものについては、都市遺跡の探索ができていないことからわかっていることは仮説の域を出ていない。 ただ、文明は、気象を操る技術を持っていたらしいこと、生命に手を加えることさえできたらしいことが示唆されている。今のブルーインブルーに生息する海魔は、古代文明が生み出した種ではないかということだ。 また、自然環境や生命すら操作する力を持つことについて、古代文明の人々のあいだでも賛否があったと思われるという。 ある伝承では、それゆえ、一部のものは去って行ったと記されている。 そして、残されたものたちは、海の底に沈んでしまい、文明は滅びたのだと。 「古代文明のヒトがロストナンバーと会ったり、なったりしたコトは無かったのかな?」 ふと、ヘータがそんなことを言った。 古代文明人の一部が「去って行った」のは、ロストナンバーになったことを思わせるが、だがおそらく違うだろう。古代に覚醒したのなら、消失の運命によって消え去り、この世界の記憶から抹消されていなくてはならないからだ。 それ以外には、ブルーインブルーの歴史にロストナンバーが関与したことを証拠だてるものは見つからなかった。 同じ頃、黒葛 一夜は宝物庫のありかを探していた。 理由はむろん、お宝をかっぱらうためである。 宝物的なものがたくわえられているのは、言うまでもなくジェロームの居所である「パレス」と呼ばれる区画であった。 一夜は宝物庫にあるかもしれない古代文明の遺物を用いてジェロームポリスを操縦できる場所に入り込み、のっとってやるくらいの意気込みであったが、いろいろ混同しているうえにあきらかに無理があった。 それでも気合でパレスまでたどりついたはいいが、建物はそのとき、無残にも炎上していたのである。 そう、燃えていたのだ。 炎に包まれる玉座の間に、ふたりのロストナンバーの姿がある。 ムジカ・アンジェロと由良 久秀だ。 「俺達は残酷だな。残酷なまでに優しくて、罪深いほどに甘い」 うたうようにムジカが言うのを、久秀は無言で聞いている。 暑い。すでに火がまわりはじめている。逃げるならそろそろ離脱すべきだったが、ムジカにその気配はなかった。 「可笑しいと思わないか。踏み込んだのは誰だ。その元凶を助けるために、いともたすく介入した。ひとりの男の人生が終わり……そいつがつくりあげた帝国も焼け落ちる。バカみたいにあっけなくな」 やがて、抑えきれなくなったようにムジカが笑い出すのを、久秀はひややかな目で見つめた。 そして周囲を気にするように首を巡らせる。 「あんた、何がしたいんだ……? コレが見たかったんじゃないのか」 「コレ? コレってなんだ」 「決まってる。ジェロームの最期だ。もとはと言えば――」 「行くさ、むろん」 ムジカは、玉座の背後の壁を探った。 とうに気づいていたのだろう。口を開ける隠し通路へと、足を踏み入れる。 「もう済んでいるかもしれないな。せめて、お別れを言ってやりたかったが」 「面識はなかったはずだ」 「ないとも。しかしジェロームは素晴らしい海賊だったと思う。海賊であることに忠実だったから」 やれやれ、と肩をすくめて、久秀はあとに続いた。 ■炎の再会 「やばい、燃えてる!」 クロウ・ハーベストが、炎上するパレスに声をあげた。 「大変。急ぎましょう。もし独房にでも閉じ込められていたら蒸し焼きよ」 と、フカ・マーシュランド。 綾の救出にやってきたブルーインブルー特命派遣隊の面々だ。すなわちクロウ、フカのほか、相沢 優、幸せの魔女、一一 一、虎部 隆である。 「急いだ方が良いわ。綾さんの幸せが徐々に薄くなってきてる……!」 幸せの魔女の言葉は緊迫感を増すのに充分だった。一同がパレスに駆け込むと、逃げ出してくる海賊連中とぶつかる格好になる。 だがかれらはまたたく間に、クロウたちに取り押さえられてしまった。 「こいつらの服を拝借しよう」 「賛成だな」 物陰に引き込み、服を剥ぐ。海賊風の格好としていれば見咎められる率も低くなるだろう。 「綾さんの場所、わかります?」 「上よ。しっかりついて来なさい!途中ではぐれても知らないからね!」 一の言葉に答えて、魔女が先導する。 行く手はまた海賊の姿が見えたが、フカが銃撃を浴びせて突破する。 ときに隆がセクタンを投げつけ、牽制した隙に射撃する。 出火場所が上階であり、その火がだんだんまわってきているらしく、フロアを昇るたびに充満する煙が濃くなってゆく。 「どこだ、どこにいるんだ、綾……!」 セクタンを先行させているが、まだ見つからない彼女へ、思いだけが先走る。 優は倒れていた海賊を引き起こすと、襟首を掴んで揺さぶった。 「おい! 捕まえた女を知らないか!」 「……う……女……」 「賞金首のだよ。ここにいたんだろ?」 隆の問いに海賊は、 「逃げた……火を、つけて……」 朦朧とした意識の下から応えた。 「なにー、この騒ぎ自体が綾っちのしわざか!」 「若干、そんなことだろうと思いましたけどね!」 隆と一が顔を見合わせる。 「騒ぎに乗じて逃げ出すつもりだったの? でも自殺行為よ!」 言ってから、フカは、自分の発した言葉にはっと息を呑んだ。 「まずい」 優が走りだす。皆が続く。 詳細はわからないが、綾が自暴自棄になっていることは間違いないようだ。 「無事でいてくれ~」 クロウの思いはみな同じだ。 「わかってると思うけど」 幸せの魔女は優に並んで走りながら、言った。 「お姫様を助け出すのは魔女では無く王子様の仕事よ。しっかりやりなさい」 やがて―― 「あ、あそこ……!」 一が指した。 前方で、煙のなか争っている人影がある。 片方は海賊……もう片方は、火のついた松明を振り回している。 「綾!」 「綾さん!」 「綾っち!」 口々に叫ばれた名に、せつな、彼女が動きを止めて振り返った。 「綾さん! 助けに来ましたよ!!」 一が言いながら、海賊に飛びかかった。スタンガンの一撃を加える。そのままもつれあってごろごろと。そこへクロウが飛んだ。異形に変えた片腕で海賊を殴りつけ、意識を奪った。 「綾――!」 優は、綾を抱きしめていた。 ありったけの力で、抱きしめていた。 「……っ」 「なんだこりゃ、学習しねーな、危ないだろ!」 隆が松明を奪い取る。 ととと、と隆の足元に寄ってきた小さなものはエンエンだ。フォックスフォームの、綾のセクタン。隆のナイアと、まるで再会を喜ぶようにくるくる回った。 「う――」 一方、綾の口からは、呻きのような声が漏れた。 「ううううう」 「綾」 「わああああああ!」 それは叫びに変わった。 そして抱擁を振りほどこうと暴れる。 「綾! どうした、綾!」 「殺す! 殺すの……ジェロームを……!」 「なに言ってんだ。ここにはいない」 「探す。探しだして、絶対、狩る」 「こんな場所、とっくに逃げ出してるに決まっているわ。他のチームも探してるしね。ここは出ましょう。暑くて煙くてたまらない」 「そうだぜ。アヤ、こんなとこさっさと出て、海鮮パーティーでもやろうぜ!」 魔女とクロウの言葉も耳に入っていないように、綾は叫んだ。 「ジェロームは許さない、ジェロームを倒せなかったら、私が私を許さない!!」 「綾!」 ついに優の腕を振りほどき、駆け出そうとする綾を、隆が足をひっかけて転ばせた。 いつもならそうたやすくかからなかったろうが……やはり元気そうに見えて彼女は消耗しているのだ。 「このアホ。ドジ。直情型。なんでそうゼロイチ思考なんだよ。彼氏に助けられたんだからありがとうくらい言えよなー。言えねーんだったら……もうなんも言うな。なんも考えんな」 引き起こし、どん、と優へと押しやった。 優は彼女を受け止め、そして、綾がなにかを言うまえに、その唇を自身の唇でふさぐのだった。 「はうっ」 一がヘンな声を出した。 「なんで息止めてるの?」 魔女が鋭く突っ込んだ。 間――。 「……そろそろ私たちが燻製になりそう」 フカが言った。 「よし、ほら帰るぞ!」 隆が、綾の頭をぽん、と叩いた。 是非もない。一同は急ぎ、燃え上がるパレスから脱出する。 綾がここにいた間、どのような経験をしたのか、それは彼女自身が語るのを待つよりないだろう。 ■帝国の落日 それは海に築かれたひとつの国が、崩壊した日であった。 ジェローム団を指揮していた鋼鉄将軍たちも、ロストナンバーたちのまえに敗北したという報が次々に入ってくる。 船は沈み、機械海魔も沈黙し……そして、捕らわれ、働かされていた人々も、救出されてゆく。 「危ないから離れて」 イェンス・カルヴィネンはそう言って人を下がらせると、トラベルギアで金属のシャッターを破壊した。 あちこちで爆破が起こっているため、パーツをつなぎあわせて建築されているジェロームポリスは徐々に崩壊してゆき、立て付けが悪くなって開かなくなってしまっていたのだ。 そのため閉じ込められてしまって人々を、イェンスは助け出した。 「こっちは大丈夫そう!」 マンホールからひょっこり顔を出したのは黒燐だ。 以前、第一次派遣隊としてここを訪れたときに使った下水道のルートを確かめていたらしい。 「よし。じゃあ、かれに着いて行って。必ず助かる。心配しないで」 イェンスが励ましの言葉をかけつつ、避難を指示する。 「大丈夫ですか。さぁ、早く脱出を」 ロイ・ベイロードが、声を張り上げた。 「けが人はいませんか」 と、ダルタニア。 「ギルバルド、頼む」 「よし!」 ロイが負傷者を見つけ、ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイドを呼んだ。ギルバルドの魔法なら怪我をすぐに治せるはずだ。 「手伝うよ!」 キリル・ディクローズたちがやってきた。 同行するワード・フェアグリッドが聴覚を頼りに人の声を聞き分け、駆けつけてきたのだ。 「頼む、あっちにまだ残ってる人が!」 避難民の一人が助けを求めてきた。 見れば、燃えている建物がある。 「わかった。助ける、助けるよ。ワード!」 キリルはワードを呼んだ。ワードの精霊魔法なら、凍らせて火を消せるはずだ。 「そっちは任せるわね。こっちは……」 ハーミットは近づいてくる海賊たちをみとめていた。 トラベルギアの刃を抜き放ち、疾風怒濤の風を食らわせながら、敵へ。 「加勢しよう。脱出路を確保させてもらわねばならんからな!」 ロイがハーミットに続いた。 「あああ兄上殿兄上殿! 僕もう無理や、腰抜けそうやもん! 兄上殿代わってぇな!」 「弱音吐くな、男やろ! 腰抜けよんなら脚の方にもっと力入れんかい!」 別の場所で、避難民を導いているのは晦と有明の兄弟。有明は狐の姿で、歩けない老人を背負っているが、あちこちで爆音が響く、この世の終わりのような情景のなかですっかり肝を冷やしてしまったようだ。 「ほ、ほんとにこっちで合ってんの!?」 「なんや、鼻も利かんようになってしもたんか。さ、ちゃっちゃと歩け」 弟を叱咤する晦だったが、その嗅覚は近づいてくる海賊たちに気づいている。神通力を使えば遅れをとるとも思われないが、避難民を連れている状況は不利だ。さて、どうするか、と思っているうちに、海賊たちが押し寄せてきた。 「きた!?」 「びびるな、走れッ!」 有明に檄を飛ばしつつ、晦が太刀を抜く。 そのときだ。頭上に旋回するヘリがある。 「っりゃーーー!」 雄叫びとともに飛び降りてきたのは鬼兎である。着地とともに放つ電撃が海賊たちの先陣を崩す。 『ここはお任せしましたよ』 彼を運んできたヘリは、ローナである。輸送ヘリ兵装の彼女は運搬や索敵のために先ほどからジェロームポリス上空を飛行しているのだ。 「あいつらは俺がどうにかする。そいつらを早く逃してやれ」 「よし、恩に着る」 晦たちへ、鬼兎は言って、単身、海賊へと向かってゆく。 だが一難去ってまた一難、どこかの爆破の振動が伝わってきたかと思うと近くの建物が崩れ始めた。 「危ない!」 蓮見沢 理比古だった。 危うく崩れ落ちてきたがれきに巻き込まれそうになった老人を抱きかかえて跳躍。助かりはしたが、もろともに下敷きになりかねない危うい瞬間だった。 「頼むから考えなしに突っ込むのはやめてくれ!?」 悲鳴のような声は虚空のものだ。 続けて降ってきた破片をかたっぱしからクナイで弾き返してゆく。 「守らなきゃ。この人たちはここを出て故郷へ帰る――会いたい誰かがいる人たちだから」 言いながら、理比古は汗まみれである。ここまで相当、奮闘してきたらしい。 だがそれに振り回せる身にもなってほしいと思う虚空だ。 「それはわかったが、もっとこう……」 「あっ、虚空!」 「うお!?」 建物が崩れ、外壁がかれらのほうへ倒れてくる。 虚空が常人ならざる力でそれを受け止め、支えた。 「わ、われ、大丈夫か!」 晦が声をかけるのへ、 「アヤを――皆を連れて遠くへ!」 「わかった、おい、ニイさん、逃げるぞ」 晦が理比古の手を引く。 「まずいぞ、早く!」 虚空が受け止めた外壁が、ぼろぼろと崩れ出した。虚空はすでにふさがっているのでおさえきれない。 「アヤ!」 「ハイハイ、ちょっとごめんなさいね」 場違いに明るい声を発しながら、バーバラ・さち子が、体型に似ぬ異様なすばやさであらわれ、横切って行った。瞬間、ばさりと布を翻すと、あら不思議。今まさに崩れた壁に巻き込まれそうになっていた理比古と晦の姿がない。 「アヤ!?」 「兄上殿!!」 虚空と有明が声をあげたが、さち子がにっこり笑った。 「大丈夫ですよ。はい、ごらんあれ。ワン、ツー、スリー!」 彼女が地面に布を広げ、ぱっとどけると、文字通り手品のように、理比古と晦がそこにいた。 晦は思わず狐になってしまっており、理比古の腕の中にいた。 軍艦都市ジェロームポリス。 鉄の皇帝と謳われた列強海賊ジェロームの居城にして旗艦たる巨大な海上都市は、ジャンクヘヴンへ向けて侵攻するその途上、「ジャンクヘヴンの傭兵団」の急襲を受け、陥落した。 救出された人々は、いちど近隣の海上都市で手当などを受けたあと、もといた都市に帰還できるよう、海上都市同盟で手筈が整えられるはずだ。 ジェロームその人も、この戦いで、腹心の部下たる鋼鉄将軍らとともに果てた。 これにより、ブルーインブルーの歴史は、ひとつの大きな分岐点を経たと言えるだろう。その是非は、後世の評価に委ねられるとしても、今のブルーインブルーから、海原の大きな脅威がなくなったこと、そのことだけはゆるぎのない事実であった。 (了)
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