<オープニング>
ねえ、おじいちゃん――。セーラに、あれをかしてほしいの。
おじいちゃんが、アトランティスをしずめたときにつかったあれ。
……おともだちに、みせてあげたいの。おじいちゃんのすごいところを。
死ぬことからは、だれもにげられないんだってこと。
死ぬことが、なにもかもを、いちばんきれいにおわらせてくれるんだってことをね。
★ ★ ★
雷鳴が、轟いた。
にわかに空が暗くなったので、人々は夕立ちかと身構える。
しかし、そうではなかった。雲が太陽を隠したのではなく――太陽そのものの輝きが減じて、影が濃くなったのである。そして空に、それが忽然とあらわれたのだ。
雷光が閃いたその瞬間だけ、あたりは白く照らされる。
銀幕市民は、シュルレアリスムの絵画のように、空に浮かぶ巨大な岩を見た。そしてその岩のうえに、写真で見るギリシアの神殿建築が乗っているのも。
「どうしよう、どうしよう」
リオネは青ざめた表情で、それを見上げた。
「本気なんだ。セーラちゃん、本当に……みんなを……」
神さまの子どもたちの来訪は、いろいろな騒動を巻き起こしはしたけれど、いずれも市民たちによって解決されたし、結果、かれらとのあいだに心温まるエピソードや、ひと夏の思い出が生まれて、銀幕ジャーナルの誌面を飾った。
だが、その中でたったひとり、凍りつくような感情を抱いてこの街を訪れ、その心の氷を溶かすことなく去っていった少女がいたのだ。
★ ★ ★
「兵団、整いましてございます」
低い声が告げる。
その男たちは一糸乱れぬ様相で整然と居並んでいた。見た目は6歳の少女に過ぎぬトゥナセラだったが、満足げにかれらを眺める視線は、閲兵式に臨む権力者のまなざしだった。
「まず、地上のものたちに伝えなさい。猶予をあげる。期限は9月16日まで。それまでに、逃げたければ逃げればいいわ。逃げることができる、魔法とは関係のない人間の話だけど」
少女神はあどけない声音で、淡々と、おそろしい命令をその軍団に下す。
そう……、それはまさしく軍団に他ならなかった。
ギリシア風の兜に、血の色のマント。磨かれた盾と槍。彫刻が生を得たような屈強な肉体を持つ男たちが、神の娘の言葉の続きをじっと待っていた。
「17日に……その日になったら――、おまえたちの力を見せてあげて」
トゥナセラは命じる。
「全員、殺しなさい」
高々と槍を掲げ、神殿内を埋め尽くす数百の戦士たちは、大気を震わす雄たけびをあげた。
★ ★ ★
「お届けものでーす」
声に振り向くと、郵便局員らしき男が、ひと抱えもある大きな小包の箱を、対策課のカウンターに置くところだった。
「……」
仕事を終えて去っていく郵便局員の履物にはちいさな翼がついている。見れば、小包の伝票には読めない文字。
その到着を見計らったように、電話が鳴った。
「はい、『対策課』」
「いつもリオネがお世話になっております。荷物は届きましたか?」
「ええと……小包ですか? ええ、たった今。あのぅ、失礼ですが……」
「わたくし、リオネの父です」
「はあ、リオネちゃんのお父さ――……」
絶句。
すなわちそれは。
「すこしまずいことになっているようです。なんとかしたいのですが、間に合うかどうか。すみませんが、送ったものを使って、一日、いえ、半日だけ持ちこたえて下さい」
「???」
植村は混乱した。電話の間に、その小包の箱を内側から食い破って、のそのそと「羊」にしか見えない生き物が姿をあらわそうとしていたのだ。
そして電話口からはリオネの父――夢の神オネイロスが語る恐るべき情報。
みるみるうちに、植村の顔から血の気が引いていった。
★ ★ ★
「9月17日には、あの上空の神殿にいる軍団が銀幕市を攻撃してくるというわけですね。
つまりその……『タナトス兵団』が」
市長は陰鬱な表情で言うと、マルパスのほうを見遣った。
黒衣の軍人は無言で頷くと、そのまま市長室を出て行った。迎撃の準備をするのだろう。
キノコ怪獣、お菓子の軍隊、狂ったムービースター、吹き荒れる砂嵐と危険なピラミッド……。
銀幕市にあらわれた、幾多の危難を思い返す。
しかし今度の相手はどれとも違う。
敵は神が遣わす軍団なのだ。
リオネと同じ神さまの子どもたちが、銀幕市にやってきた夏休み。さまざまな騒動を引き起こしつつも、子どもたちは無事、帰ってゆきました。しかし、リオネのまたいとこ・トゥナセラだけは、リオネと銀幕市に敵意を抱くことになったのです。
→関連ノベル『【神さまたちの夏休み】黒いオーロラ/望まれぬ邂逅』
迫りくる「タナトス兵団」。銀幕市にかつてないほどの危機が到来しました。この強敵に対して、マルパスが指揮する迎撃作戦が行われることになりました。
白熱した作戦会議、熱い決意をこめて行われた壮行会を経て、市は決戦の日を迎えます……。
■銀幕市防衛戦:作戦概要
■作戦会議室(過去ログ)
■壮行会(過去ログ)
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