★ 第2部隊:決死の囮部隊 ★
イラスト/キャラクター:新田みのる


<ノベル>

 低く重いエンジン音が周囲を満たしていた。
 第1部隊による露払いは、一部で被害を出したものの、第2部隊をレヴィアタンのもとへ一直線に通すことが出来た。
 その甲斐あって、今、第2部隊の眼前には、大地が消滅したかのような唐突さで巨大な穴が広がり、足下には、彼らが斃すべき存在が、その巨体を黒々と横たえている。
 レヴィアタン。
 銀幕市で生まれた、絶望の主。
 見れば見るほど、大きい。
「……さて、では、始めようか」
 そんな中、気負いのない声を上げたのはルークレイル・ブラック、第2部隊における軍師の役割を果たす男だ。
 ルークレイルが周囲を見渡すと、今回の作戦において中核的な役割を果たす月下部理晨やシャノン・ヴォルムスが、にやりと笑って頷いた。
 無言のままにルークレイルが片手を挙げる。
 人々が、大量の大型銃火器を手に、穴へと向かい、態勢を整える。
 FIM-92スティンガーミサイル、対物重機関銃ブラウニングM2、対物狙撃銃AI AS50及びバレットM90、そしてM67破片手榴弾。
 鈍い光を放つ銃口が、次々に、黒くわだかまるレヴィアタンに向けられ、銃を扱えぬものは、半径五メートル以内の人間を容易く殺傷するという手榴弾を握り締めて、緊張した面持ちで足下を見つめている。

 ――スッ、と落ちる、氷点下を思わせる冷ややかな沈黙。

 ルークレイルの手が、鋭い眼差しとともに、レヴィアタンを指し示した。
 瞬間、響き渡る、轟音。
 銃口が、無慈悲な鉄の塊を次々に打ち出してゆく。
 ゴウン、と、地面が揺れたような気がした。
 レヴィアタンの、虚ろに輝く目が、ぎょろりと蠢いた。
「しかし……大きい魚じゃのう……!」
 感心したように呟き、依風が勢いよく手榴弾を投擲する。
「ここで踏ん張らねば、の……!」
 見事な放物線を描いて穴の中へ落下した手榴弾は、きっかり五秒後、大きな爆発を巻き起こした。

 ゴ、オ、ア、アアアアアアアアアアアッ

 怪物が吼えた。
 大気がびりびりと震えるような、腹に響く、怒りの咆哮だ。
 ルークレイルが合図をすると、攻撃の手が止む。
「よし、頃合だな」
 まったく平静なまま、理晨が、荒縄で縛り上げた本気☆狩る仮面 るいーす、目に痛いくらい真っ赤な、ぎらぎらした衣装をまとう彼を、特に重さを感じている様子でもなく抱え上げた。
 米俵でも担ぐような無造作さに、
「ちょ、理晨、優しくしてくれなきゃいやん……って、じゃなく、なるべく丁寧に扱ってくれたまえよ、理晨君!?」
 一瞬素に戻ったるいーすから抗議の声が上がる。
 理晨が晴れやかに笑った。
「何言ってんだ、るいーす」
「へ?」
「――餌に丁寧もクソも、ねぇだろ」
 身も蓋もない物言いとともに、理晨が、るいーすを、レヴィアタンの待つ穴の中へ投擲する。
 これもまた、見事な放物線。
「理晨君の人でなしめえええええええええッ!?」
 悲鳴じみた絶叫の尾を引きながら、るいーすは落下して行き――……

 レヴィアタンの鼻先、空中で、バンジージャンプよろしく大きくバウンドしたあと、停止した。

 るいーすにかけられた、長くて太い荒縄は、理晨のジープにつながっている。

 ぐぐぐぐぐぐ。

 レヴィアタンが奇妙な唸り声を立てた。
 あかあかと輝く目は、るいーすを凝視しているようにも見える。
「ちょ、も……マジで怖いんですけど、コレ……ッ!?」
 やはり素に戻ったるいーすが、仮面をつけていてもそれと判るほどに顔を引き攣らせる。
「よし、皆、撤退の準備をしながら再度攻撃を! るいーすには当てるなよ、――……なるべく」
 軍師から、非情な指令が下されると、なるべくって何!? というるいーすの物凄い驚愕の声を無視して、躊躇いなく銃火器が火を噴いた。
「……この場合、頑張れ、と激励するべきなんだろうか……」
 一応、今回の作戦において、全体的な副官であり、第2部隊のまとめ役でもあるはずの唯瑞貴は、皆の躊躇のなさ、容赦のなさに、ちょっと遠い目をしている。
「全部終わったら、皆で胡麻団子を食べたいな!」
 スルト・レイゼンの投擲した手榴弾が、るいーすから少し離れた位置で爆発し、レヴィアタンの巨体の一部を大きく抉った。それと同時に、爆風に煽られたるいーすの身体が、風に弄ばれる木の葉よろしくくるくると回る。
「っぎゃあああああああああっ!?」
 熱風に頬を叩かれて、るいーすが断末魔の悲鳴を上げた。
 足をばたばたとさせてもがく様子は、釣り針に引っかけられた餌そのものだ。

 ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ。

 レヴィアタンの唸り声が大きくなる。
 虚ろで、それでいて激しい怒りを孕んでもいる目が、はっきりとるいーすを捉えた。
 レヴィアタンの巨体が震える。
 そして、次の瞬間、

 オオオおおおおおオォあああアアアアあああァああアアァ!!

 ビルを一飲みにしそうな口を開いて、レヴィアタンが再度咆哮した。
「う、わ……!」
 叫びと言うよりは轟音と表現するべきそれに、タスク・トウェンが顔をしかめ、また表情を引き締めた。
 びりびりと伝わってくるのは、絶大な怒りだ。
「一体何が、あれに、これほどの怒りを与えるんだろう……!」
 ムービースターへの怒りや絶望のエネルギーで存在するディスペアーたち、そしてレヴィアタン。
 そのありようの、なんと虚しいことか。
「んん……あまり、見ていたいものでは、ないね」
 タスクの隣にいたエンリオウ・イーブンシェンは、ぽつりとそう評した。

 ――レヴィアタンの上体が浮かび上がる。
 虚ろな闇ばかりを内包する口が、るいーすを食おうとでもするように、ぱっくりと開かれ――……

「よし、今だ!」
 ルークレイルと、理晨と、シャノンの行動はほぼ同時だった。
 ルークレイルは、黒瀬一夜の運転するバイクの後席に、理晨は軍用ジープに、シャノンはハンス・ヨーゼフの運転する、ハンヴィーと呼ばれる高機動多用塗装輪車両の後席に飛び乗り、一気に走り出す。
「さあ、行こうぜ。胸糞悪ぃ悪夢を、ここで終わりにしよう」
 理晨の言葉に、後席でにやりと笑うのは、狩納京平だ。
「あァ……楽しい鬼ごっこの始まり、だな?」
 京平が手にするのは、愛用のコルトライトニング。
 車両は、滑らかに、流れるように穴からの撤退を始める。
 そう、第2部隊全体が、ほぼ同時に動いたと言うべきだろう。
 その素早さの裏側には、青宵が増幅した魔力・威力で持って、ジラルド、大鳥明犀に宿るデ・ガルス及び十狼が施した、身体能力の底上げを図る魔法の力があるからだ。
 とはいえ、『穴』の中では、普段ならば神がかった力を発揮できるそれらもほとんど効果がなく、ないよりはマシ、という程度だったが、それはエネルギーとなり、彼らを助ける。
「しっかり捕まっていてくださいよ?」
 青宵は後部座席の墺琵琥礼にそう声をかけ、背後に気を配りつつ加速を開始する。
 銃火器の攻撃によるものではない爆音が周囲に満ち、囮部隊は一気に……しかし完全にレヴィアタンを引き離すことのない速度で、レヴィアタンの潜む穴から撤退を始めた。
 何とかレヴィアタンの顎を逃れたるいーすが、物凄い勢いで理晨のジープに引き摺られていく。本人は元気に熱いとか焦げるとか擦り切れるなどと絶叫しており、こんな場面なのに、誰かが思わず笑った。
 しかしその笑いも、るいーすのあとを追うように姿を現した、レヴィアタンの前に、早鐘のような鼓動と、緊張とに取って代わられる。

 あァあああアアあああァァおオおおおおおオオォおおおおぉ。

 咆哮だけで心臓が押し潰されそうな威圧感。
 最初に鼻先。
 そして口、それから頭部。
 ずるり、と、上体が。
 最後に、尾を含む、全体が。
 落ち窪んだ双眸を、激しい怒りによってあかあかと輝かせ、レヴィアタンが、その全身を現した。
 硬質的な鱗に覆われた身体のあちこちに空いた穴は、第2部隊の一斉攻撃によるものだろうが、しかしそれも、粘菌が岩を覆うような気味の悪い動きで、じきに塞がってしまった。
 ――大きい。
 それしか、言うべき言葉がないほどだ。
 その威容を目にした瞬間、もう何もかもがお終いだ、と思ってしまうような、異様な絶望と圧迫感をもたらす姿だった。
「こんなものが……市内に」
 バックミラーでレヴィアタンを確認しながら冬野那海は呟き、ハンドルを握る手に力を込めた。彼の運転するジープの後部座席には、扱いやすい銃火器を手にした柝乃守泉がいて、まっすぐに、迫り来るレヴィアタンを見据えている。
「こんなものと戦おうというのか、あいつは。まったく……困ったものだ。あいつに何かあったら、俺は……!」
 那海の脳裏には、何よりも大切な妹の笑顔がある。
 本当は係わり合いにならないつもりが、妹が参戦すると――自分もこの町のために戦うのだと頑なに言い、譲らなかったので、彼女を守るために、彼女を傷つけさせないために、那海はここに来たのだ。

 おおオおォおおおおおおおォォんんんんんンンン……!

 レヴィアタンが咆哮する。
 先行する第2部隊を、完全に追う姿勢に入っていた。
 その全身から、深海魚を思わせる小型のディスペアーが無数に生み出され、第2部隊に襲い掛かるのは、数十秒後だ。
「……来る」
 呟き、片山瑠意は、ぎゅっとハンドルを握り締めた。
 彼の駆るHONDA DN-10ディープパープルの後席には、強力な洋弓を手にした十狼が、座るのではなく、平原に立つのと同じくらいの静謐さで佇んでいる。奇妙といえば奇妙だが、十狼の発する威圧感もあって、誰からも突っ込みの声は上がらない。
「十狼さん……行きますよ」
「ああ、よろしくお願い致す」
 十狼は矢をつがえながら目を細めた。
 ディスペアーの群が、すぐそこまで迫って来ていた。
 囮部隊の進行スピードが、少しずつ上げられる。
「れびたんカッモオオオ――――――ンンッ! ニッチェニチェにしたげるわあぁああ――――――んッ!!」
 絶叫しながらハンドルを繰るのは、兎獣人のニーチェだ。
 運転免許など持っていないのに、兎特有の危険察知能力で、ディスペアーの攻撃を華麗に回避している。
 後席には、物凄く納得の行かない表情のクレイ・ブランハムがいて、なるべく彼女と距離を取るように――彼女のいる前方を見ないようにしながら、ディスペアーのわだかまる後方を見据えていた。
「何故だ、何故私はこの女のジープに乗っているのだ……」
 町のために何かがしたいという決意と、『穴』の中がどうなっているのか知りたいという探究心で第2部隊に志願したクレイだが、まさかこの、天敵の運転するジープの乗る羽目になろうとは。
 テンションガタ落ちのクレイだが、ぶつぶつ呟きながらも、やるべきことを忘れてはいないようで、味方のいない辺りを狙って自家製閃光弾を投擲し、ディスペアーたちを次々と落下させてゆく。
 うふん、とニーチェが笑い、バックミラー越しに意味深な視線を向けていたが、クレイは気づかなかった。というか、気づかないふりをした。
「おい、ゴーユン! 振り落とされんじゃねーぞ!」
 スピードを上げながらエフィッツィオ・メヴィゴワームが怒鳴ると、
「当たり前だ、エフィ。あんたの運転で振り落とされるなんてことがあったら、一生の恥だ。あんたこそ、調子に乗ってつんのめるなよ」
 二本の足でバイクの後席に絡みつきながら、ゴーユンがにやりと笑う。
 彼女は、計八丁の拳銃を、両手と六本の足に装備している。
「はっはぁ、聞いたからな、その言葉! 泣きべそかいても知らねーぞ!」
 豪快に笑ったエフィッツィオが、襲い掛かってくるディスペアーをトリッキーな動きで翻弄し、回避する。
「なに、こんなもの、大時化の海に比べたら、揺り篭のようなものだ」
 ゴーユンは、どんなにバイクが複雑な動きをしても、まったく動じることなく、確実にディスペアーを狙い撃ってゆく。撃ち落とされたディスペアーたちは、ぼたぼたと落下するや、ぼろぼろに風化して、消えていった。
 爆音を立てるバイクを、レヴィアタンとディスペアーが追ってくる。
 自分でバイクを持参した以外の囮部隊が乗るのは、物資調達全般を受け持つヴァールハイトが用立てた、ホンダXL250Sだ。
「ふむ……どれも問題ないようだな」
 財布財布と連呼されていたヴァールハイトは、特に誇るでもなく車両の調子を確認しながら、自分もまたジープのハンドルを軽やかに切る。
 後席の朱鷺丸は、アサルトライフル・AK47カラシニコフを手に、襲い来るディスペアーたちを狙撃していた。
 現代とは無縁の映画から実体化した朱鷺丸だが、彼が卓越した才能を持つ武人であるということと、事前にシャノンからしっかりレクチャーを受けていたこともあって、銃火器の扱いは滑らかで、危なげがない。
「はは、まったく……現代というのは、恐ろしい時代だな……!」
 引鉄を引くだけで敵が斃れてゆく、朱鷺丸がそれを評すると、ヴァールハイトがかすかに笑った気配があった。
「人間は弱いからな。だからこそ、打ち倒すすべを、次々と考えつくのだろう」
「……ああ、そうかもしれない」
 一塊になって突っ込んできたディスペアーの群を、鮮やかなハンドル捌きで避け、ヴァールハイトは薄く笑う。
「……案外、人間がやることを、あの絶望どもに教えてやるとしよう」
 朱鷺丸は頷き、また、後方へと意識を集中する。
 大きな龍の姿に戻り、車両を護衛しながら併走するのは龍樹だ。
 彼の傍にいると、その身から零れ出る力によって、傷や疲れが癒される。
 『穴』の中であるため、効果はわずかだが。
「っしゃ翡翠、行こうぜ」
「ああ……遅れんなよ、ジラルド?」
「当然だぜ」
 呪符による封印を解き、漆黒の三対六翼を解放した翡翠の隣には、封じの呪具をすべて取り去って、邪神としての本性をあらわにしたジラルドの姿がある。
 普段の、繊細で優美な容姿からは一変し、耳は尖り、牙が伸び、爪はナイフのように鋭く伸びた上に真紅に染まっていて、額の真中に第三の目が現れている。背には、鉄骨にベルベットを張りつけた様な巨翼。
 ただ、禍々しい姿かたちとは裏腹に、その眼差しはなんら変わりなく、ジラルドそのものの闊達さを保っている。
「こっちだ、デカブツ!」
 ディスペアーの群を掻い潜り、レヴィアタンを挑発するように巨体の頭上を舞い飛びながら翡翠が呼ばわる。
 呼ばわりながら翡翠が展開した幻影は、『穴』の影響でそれほど精緻なものにはならなかったが、レヴィアタンの鼻先に、陽炎のようにゆらめく鳥の群を創り出し、レヴィアタンを更に怒り狂わせた。
「……やるじゃん、翡翠」
 そこへ重ねるようにジラルドが幻影魔法を展開、やはり精度は今ひとつだが、レヴィアタンの眼前に、疾走する騎馬兵を数人、出現させる。
 ディスペアーがいきり立ち、幻に群がった。
「そういうおまえもな、ジラルド」
「ジルでいーよ、別に」
 空を舞うふたりの横を、翼幅五メートルの大蝙蝠が、空気を斬り裂くような速さで飛んで行く。
 胸の古傷に、小さな円盤状、純金製で彫金加工の一点物……という、こだわり仕様のゴールデングローブが埋め込まれているのを見ずとも、ブラックウッドであるということが判る。
 その背には、ブラックウッドがもっとも心を砕く青年、傭兵の理月が、美しく輝く白銀の刃を手に、乗っている。
 巨大な蝙蝠は、羽ばたきのひとつで衝撃波を発生させ、小型のディスペアーを叩き落し、彼が捌き切れなかったディスペアーを、理月の『白竜王』が切り捨てて行った。
「……これが終わったら、賑やかな銀幕市が戻ってくるのかな」
 理月の小さな呟きに、念話による穏やかな肯定と、微笑が返る。
 血の絆を介したそれに、理月は小さく頷き、また前を見据えた。
 ブラックウッドが大きく羽ばたき、レヴィアタンの鼻先を華麗にかすめて怒りの咆哮を上げさせる。
 レヴィアタンはもはや、穴に戻る気もないようで、がむしゃらに第2部隊を追撃していた。
「はは、それでいい……これで全部、終わりにしよう、なァ?」
 沙闇木鋼は、ディスペアーの襲撃を、派手なのか荒いのか判らないドライビングテクニックでかわしながら、繊細な美貌に精悍な笑みを浮かべる。
 自然とともに生きる身として、彼女は死を恐れないが、同時に、チャンスがある限り、生き物は、全身全霊で生きねばならないと思っている。
 そのために、彼女は、奔るのだ。
「……まったく、不便なところだ」
 鋼の運転するジープの後席に、仏頂面で佇むデ・ガルスは、理晨に用立ててもらったツヴァイハンダーを手に、群がってくるディスペアーを叩き切っている。
 軍神、死神としての彼の能力は、ここではほとんど用を成さない。
 握り締めたツヴァイハンダーだけが、今の彼の、揺るぎない『力』だった。
 白亜はハンドルを握りながら、感心したように頷いていた。
「なるほど……くるまとは、面白い乗り物だな……」
 事前に運転についてきっちりとレクチャーを受けておいたお陰で、白亜の手つきは危なげがない。
「さて……何がどこまで出来るものか判らんが、やるしかあるまい。全員の生存、引いては、銀幕市の平和のために」
 ごちて、白亜はまた少し速度を上げる。
 つかず離れず、というスピード制御が、実は案外難しいことを、思い知りながら。
 白亜の駆るジープの、バンパー部分に張り付いているのは、大型の蝙蝠に変化したヴィクター・ドラクロアだ。
 大型といっても、ブラックウッドのような巨大なサイズではなく、一般的に考えれば大きい、という程度のものだが、ディスペアーたちにはよい目印になるようで、執拗に狙われている。
 世話になっている銀幕市のために、どこかで役に立ちたいと思ったものの、普通の吸血鬼である彼は、日光に当たると消滅してしまうため、消去法でここへ来たのだ。
 そしてまさしく餌として、ディスペアーたちに集られている。
 ヴィクターは半泣きだったが、蝙蝠姿では、誰にも気づいてもらえない。
 それでも役目を果たそうと、ヴィクターは、健気に餌役を続ける。

 ――めいめいの献身と決意を載せて、どれだけ奔っただろうか。

 その頃になると、ディスペアーの攻撃によって、囮部隊の半数以上が、どっこかしらに傷を負っていたが、幸いにもまだ大きな被害は発生しておらず、作戦はスムーズに進んでいた。
 全身からディスペアーを発生させながら、レヴィアタンは順調に、第2部隊の背後を追撃してくる。
 『門』までは、あと、もう、少し。
「正念場、ってヤツか」
 須哉久巳は、後席にソルファを乗せて疾走していた。
「昔取った杵柄……ってね」
 運転は荒いがテクニックは華麗で、ディスペアーになど掠らせもしない。
 後席のソルファは、迫り来るディスペアーを、サブマシンガンH&K MP5SDの連射で次々に撃ち落としてゆく。
 絶望から生まれた怪物が、ぞろりと風化して消えてゆく様子は、何度見ても面白くはないが、ソルファは、無言のまま連射を続けた。
「……何やろ、これ……」
 その時、昇太郎は、ミケランジェロの運転するバイクの後席で、友人から借りた日本刀を駆使してディスペアーを斬り払いながら空を見上げていた。
「どしたよ?」
 ミケランジェロは真っ直ぐに前だけを見据えていたが、昇太郎の呟きは聴こえていたようで、言葉だけで問うて来る。
 昇太郎は眉根を寄せ、判らん、と返した。
「なんだそりゃ」
「何や、胸騒ぎがしよるんじゃ」
「はぁ?」
 訝しげなミケランジェロの声にも、昇太郎は応えなかった。
 胸騒ぎの原因を探し当てようと後方を凝視し、レヴィアタンを見つめて、昇太郎は絶句した。
 ――レヴィアタンが、口を大きく開き、力を溜めるような動作をしている。
 開いた口の中に、壮絶な『力』が渦巻いているのが、判る。
 ルークレイルが、シャノンが、京平が、琥礼が、泉が、十狼が、クレイが、ゴーユンが、朱鷺丸が、デ・ガルスが、ソルファが、眼差しを厳しくし、息を呑み、身構える。
「ミケ、危な――……」
 警告は、わずか、間に合わなかった。

 ひいィいいぃアアアァあああアあああああアアアアァ――――!!

 慟哭なのか、絶叫なのか、咆哮なのか。
 誰にも判らない。
 ただ、レヴィアタンから、周囲一体を舐め尽すかのような広範囲の衝撃波が発せられたことだけは、確かだ。
 空気を掻き毟るかのような、不気味で耳障りな音とともに発せられたそれは、大地を押し包む津波のように、圧倒的な速度で怒涛のごとくに押し寄せ、第2部隊を丸ごと飲み込んだ。
 咄嗟に、わずかに使える魔力を練って、防御障壁を作り出すことが出来たのは、半数ほど。
 他の車両にまで気を回すことが出来たのは、その更に半数ほど。
 結果。
 青宵と琥礼、一夜とルークレイルがバイクごと吹き飛ばされ、地面へ投げ出された。
 救いといえば、レヴィアタンから完全に離れぬよう、致命的な衝撃を受けるほどの速度では走っていなかったことだろうか。
 それでも、
「大丈夫か、青宵……!?」
 何とか受身を取ることが出来たお陰で、骨の二三本で済んだ琥礼が、倒れたまま身動きできずにいる青宵を担ぎ上げ、負傷者回収用のジープへ彼を預けた後、自分は那海の運転するジープへ避難する。
 一夜を回収したのも、那海だ。
 ルークレイルは、内臓が出血する痛みに咳き込みつつも理晨のジープに飛び乗り、理晨から譲り受けた拳銃に傷がないことを確認して、それどころではないと知りつつも、安堵の表情を浮かべた。
 衝撃波に全身を打ち据えられ、地面に叩きつけられた翡翠とジラルドは、再度あの衝撃波が来た場合のことを考えて飛行を断念し、白亜のジープと、鋼のジープに乗り込む。
 ブラックウッドは翼の一部を損傷してバランスを崩し、理月を庇いながら着地した所為で、自らは地面に激しく身体を打ち付けていた。
 ヒトの姿に戻ったブラックウッドを理月が支え、清本橋三に手伝ってもらって、レオ・ガレジスタの運転する大ぶりのジープ、負傷者回収用の車両へと載せる。
「……ちょっと休んでてくれ、ブラックウッドさん。あんたのことは、俺が守るから」
 橋三は、理月の、
「その人のことを、頼む」
 という言葉に頷き、
「……武運を」
 激励とともに、ジープの屋根へと飛び乗る。
 負傷者を守るのは、彼の役目だ。
「よろしくね。もうひと踏ん張り、頼むよ」
 ジープのハンドルを慈しむように撫で、レオはアクセルを踏んだ。
 中には、青宵とブラックウッドの他、車から投げ出されて骨を負った依風と、ディスペアーにかじられて翼がボロボロになったヴィクターの姿がある。ヴィクターに至っては、ブラックウッドにしがみついてえぐえぐ泣いていた。
 怪我人の護送が目的の車両なので、レオは、速やかに戦線を離脱し、救援部隊への引渡しを図る。
 追いすがろうとするディスペアーたちを、理月が、鬼気迫る剣閃で斬り捨てているのが見えた。
 その理月を、白亜のジープが回収する。
「うお……っとぉ……!?」
 衝撃波でバランスを崩したエフィッツィオを、足のうちの二本で抱え、ゴーユンは危なげなく地面へ着地する。
「これで貸し一つ、だな」
「……判ってるよ」
 エンリオウの防御魔法のお陰で難を逃れたタスクは、バイクを止め、エフィッツィオのバイクを起こすのを手伝った。エンリオウは、ゴーユンとともに、群がるディスペアーを葬っている。
 十狼は、魔法による防御障壁はよそへ回し、自らは、瑠意を横抱きにしてバイクから飛び降りた。
「わ、じゅ、十狼さん……!?」
 驚く瑠意を無言で抱きかかえたまま、理晨のジープに瑠意を放り込み、自らはその屋根部分へと飛び乗る。
「なるほど……楽はさせてくれぬ、か……」
 十狼は、不敵な笑みとともに、洋弓をかまえ、矢をつがえる。
 昇太郎は、衝撃波に巻き込まれる寸前、ミケランジェロを庇いながらバイクから飛び降り、右半身を強打して、腕や脇腹を骨折していた。
「アホかッ、てめぇはッ!」
 親友を抱き上げて激怒するミケランジェロに、昇太郎は、困ったような微笑を浮かべたあと、意識を失う。
 そこへ群がるディスペアーたち。
 レヴィアタンもまた、間近に迫っている。
 ソルファのサブマシンガンが、ふたりに齧りつこうとするディスペアーを撃ち落とした。
 それと同時に、
「乗れ、タマ!」
 ハンヴィーの窓から顔を出したハンスが怒鳴る。
 名前が違う、と怒鳴り返す余裕もなく、ミケランジェロが昇太郎を抱えて装甲車へ乗り込むと、
「よし……行ける、な」
 シャノンの合図とともに、装甲車は走り出した。
 ジープと、残ったバイクも、同じく走り出す。
 シャノンは、恋人からもらったクロスのネックレスに口付けて、絶対に作戦を成功させ、生きて帰ることを自らに誓い、アンチマテリアルライフルの照準を合わせる。
「もう少しだ、皆、死力を尽くせ……!」
 ルークレイルの檄が飛ぶ。
 おうおうと轟きながら追いすがるレヴィアタンとディスペアー。
 巨大で、黒々とした、絶望たち。
 それでも、出口を目指して疾走する人々の胸に燃えるのは、くっきりとした希望であり、決意であり、覚悟だった。
「悪夢も確かに夢だが……我々はその恐怖に打ち克つことが出来る。それを、リオネに教えてやらないとな」
 龍樹の独白が聴こえてくる。
 何とか荒縄から解放されたるいーすは、ニーチェの運転するジープの屋根の上でラジカセをかけ、そこから、大音量で『歓喜の歌』を鳴り響かせた。

 O Freunde, nicht diese Tone!
 Sondern last uns angenehmere
 anstimmen und freudenvollere.

(おお友よ、このような音ではない!
 我々はもっと心地よい
 もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか)

 ――『門』が、皆の目に入った。
 巨大なそれは、今や、彼らが到達すべき、未来への扉だ。
 例え困難が伴おうとも、それをくぐることを躊躇するわけには行かない。

 Froh, wie seine Sonnen fliegen
 Durch des Himmels pracht'gen Plan,
 Laufet, Bruder, eure Bahn,
 Freudig, wie ein Held zum Siegen.

(神の計画により
 太陽が喜ばしく天空を駆け巡るように
 兄弟たちよ、自らの道を進め
 英雄のように喜ばしく勝利を目指せ)

 高らかに、神々しく、歓びの歌が『穴』に響き渡る。
「さあ……絶望はこれで終わりだ。あとは、喜びが満ちりゃあいい」
 ディスペアーを正確無比な腕前で打ち抜きながらるいーすが独白する。
 素に戻ったるいーすの口調を、誰も指摘はしない。

 Seid umschlungen, Millionen!
 Diesen Kus der ganzen Welt!
 Bruder, uber'm Sternenzelt
 Mus ein lieber Vater wohnen.

 ――『門』が近づいてきた。
 レヴィアタンはすぐそこまで迫っている。
 だが……誰も、それを、恐れてはいない。

 Ihr sturzt nieder, Millionen?
 Ahnest du den Schopfer, Welt?
 Such' ihn uber'm Sternenzelt!
 Uber Sternen mus er wohnen.

 楽曲が終焉を迎える。
 ――囮部隊が、『門』を、くぐった。
 ディスペアーを伴って、彼らを猛追するレヴィアタンが、同じく、『門』を通り抜ける。
 手はずどおり、すべての車両は横穴に飛び込んで、勢い余ったレヴィアタンが銀幕市へと飛び出してゆくのを見送った。
 長い尾をくねらせたレヴィアタンが、『穴』の上部――すなわち、銀幕市のある方向へと、消えてゆく。
 わっ、と、歓声が上がった。
 瑠意が、手にした無線機に向かい、怒鳴る。
「第2部隊、囮班より、第3部隊へ! たった今、レヴィアタンが『門』を抜けた! すぐに地上に出現するはずだ、準備を!」
 トランシーバーから、ざりざりという音とともに、返信。
「正念場だ、皆、腹に力入れろッ!」
 第3部隊への激励を込めて叫んだあと、瑠意が満面の笑みで頷き、
「俺たちもすぐに、掃討の援助に向かう!」
 高らかに告げると、死力を尽くした面々が、傷の痛みなど一切気にはしていない、精悍な笑みを浮かべて頷き、拳を天に突き上げる。
 何ごとにもついえぬ希望と、熱い戦意とが、周囲を満たしていた。

 ――戦いは終わったわけではない。
 むしろ、辛く厳しい、本当の戦いは、これからだ。
 しかし、彼らはひとつのことを成し遂げた。
 その充足感、誇らしさとともに、第2部隊は、地上での最終戦を援助するため、銀幕市内へと戻る。
 そう、銀幕市の勝利と、その先にある平和のために。

(担当ライター/犬井ハク)






<作戦結果>

達成点:90点
作戦内容は適切でそれにふさわしい成果を得られたものと思われます。(司令本部)






<登場人物>

ルークレイル・ブラック  月下部理晨  シャノン・ヴォルムス  依風  本気☆狩る仮面 るいーす  スルト・レイゼン  タスク・トウェン  エンリオウ・イーブンシェン  黒瀬 一夜  ハンス・ヨーゼフ  狩納京平  青宵  ジラルド  大鳥明犀  十狼  墺琵琥礼  冬野那海  柝乃守泉  片山瑠意  ニーチェ  クレイ・ブランハム  エフィッツィオ・メヴィゴワーム  ゴーユン  ヴァールハイト  朱鷺丸  龍樹  翡翠  ブラックウッド  理月  沙闇木鋼  白亜  ヴィクター・ドラクロワ  須哉久巳  ソルファ  昇太郎  ミケランジェロ  清本橋三  レオ・ガレジスタ  (登場順)
※この部隊への参加者は38PCでした。





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