★ 【レヴィアタン討伐作戦】戦後処理 〜それでも生きていくために〜 ★
<オープニング>

 作戦は、成功をおさめた。
 負傷者は出てしまったけれど、それでも、あのレヴィアタンを――絶望の申し子のような恐るべきものを、倒すことができたのだ。
「これで、危機は回避されたんでしょうか?」
 市長室の自席で、机に両肘をつき、柊敏史は両手を組み合わせている。その顔には、憔悴の色が濃い。
『魔法のバランスはひとまず安定したようだ。ネガティヴパワーが完全に根絶されることはないゆえ、経過を見守る必要はありそうだが……』
 ミダスは超然と佇み、念話を送る。
「『穴』は、ただの穴になってしまったぞ」
 マルパスは市長に背を向け、窓越しに杵間山を見やった。
 その中腹にあったかつての『穴』監視所は、探索部隊のベースキャンプを経て、今回の作戦遂行のための会議室となった。そして今は、作戦に関わった人々の、ささやかなねぎらいの場として臨時開放されている。
 レヴィアタンが倒された後、『穴』の底にあった横穴はすべて消えてしまったらしい。
「ネガティヴゾーンへの入口が消えたか、あの世界そのものがなくなったようだ。それよりも、あの<少女>についてだが……」
 振り向きざまにマルパスの金の瞳が、ひたと市長に照準を合わせる。何かを恐れるように、市長は目をそらした。
「……『穴』は埋めてしまいましょうかね。それに、なにか被害に遭われた方や、作戦に参加した人たちに、そして、参加できなかった人たちにもお知らせしませんとね」
 もう、戦いは終わったんだと。
 しかし、そう言いながらも、市長は指を組み合わせたままだ。それはまるで、戦乱のさなか、誰かの無事を祈っている姿に似ていた。

  ★ ★ ★

「というわけなんですよ、珊瑚姫。マルパス司令より、特別任務の追加です。対策課も協力いたしますが、いろいろお願いしたいんです。銀幕市民の皆さんへの呼びかけも含めて」
「わかりましたえ〜。なにからすればよろしいですかのう?」
 壮行会のウエイトレス長以外にも任務があるのだと植村経由で言われた珊瑚姫は、張り切って対策課に駆けつけた。
 すでに植村は、説明のために、ファイルをカウンターに並べている。

 ファイルは3つ。
 どうやら、3班に分かれての行動になるらしい。

種別名パーティシナリオ 管理番号656
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント!注意!
このパーティーシナリオは、限りなく集合ノベルに近い「ボツあり」です。集合ノベル同様に、お名前も出せない場合が多く発生します。
参加人数に関わらず、一定の文章量でのお届けになります。あまり長くはなりません。
また、何人とは申し上げられませんが、描写可能な人数の上限も決まっております。
以上のことをご了承のうえ、お申し込みください。

   …―…―…―…―…―…―…―…―…

こんにちは、神無月まりばなです。いきなりですが、戦後処理の特別任務を仰せつかりました。
さて、マルパス司令からの要請は以下の3つです。

(1)『穴』を埋め立てる作業に参加する(withミダス)

『穴』は普通の土木工事で埋め立てられる状態です。
力仕事系の作業が中心になりますが、いろいろ感慨のあるかたもいらっしゃるでしょう。体力の有無は問いませんので、何らかのお手伝いをいただければと思います。なお、跡地は公園にする予定です。

(2)杵間山や市内の様子を見て回る

万一、レヴィアタンの肉片や生き残りのディスペアーがいては大変です。
また、市街への被害は抑えられましたが、念のため、戦後の銀幕市の様子を見ます。
※「きっと心配ない」「念のための行動だ」と、ミダス&マルパス司令が仰ってます。戦闘の可能性等はないものとお考えください。

(3)中央病院を慰問する(with源内、珊瑚)

戦いで負傷した人々は中央病院で治療を受けています。
お見舞いや慰問に行きましょう。技術や資格をお持ちのかたは、医療活動に協力するという選択もありだと思います。

【記録者からひとこと】
的を絞った行動中心のプレイングをおすすめします。
心情メインのプレイングの場合や、(1)〜(3)の選択肢を選ばず、あるいは全部選び、行動が多岐に渡った場合、お名前の登場率そのものがかなり低くなります。また、プレイングに「確定ロール」の要素がある場合も同様ですのでご注意ください。
今回は、キャラクターシートの追記は参照せず、プレイングのみで判断させて頂きます。PC様同士のご関係については考慮いたします。
(特に必要がなければ、NPCはスルーなさってかまわないですよ)

※通常のパーティシナリオのように、WRの裁量でのボツなしという形が取れないのが心苦しいのですが、「描写はしなくてよいので、本文中にせめて名前だけでも確実に登場させてほしい」という場合はそのむねお書き添えください。可能な限り対応したいと思います。

それでは、対策課にて、お待ちしております。

参加者
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
愛宕(cnna7390) ムービースター 男 30歳 天狗
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
西村(cvny1597) ムービースター 女 25歳 おしまいを告げるひと
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
白木 純一(curm1472) ムービーファン 男 20歳 作家志望のフリーター
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
ユージン・ウォン(ctzx9881) ムービースター 男 43歳 黒社会組織の幹部
神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
古森 凛(ccaf4756) ムービースター 男 18歳 諸国を巡る旅の楽師
エルヴィーネ・ブルグスミューラー(cuan5291) ムービースター 女 14歳 鮮血鬼
柊木 芳隆(cmzm6012) ムービースター 男 56歳 警察官
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
槌谷 悟郎(cwyb8654) ムービーファン 男 45歳 カレー屋店主
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
Sora(czws2150) ムービースター 女 17歳 現代の歌姫
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
本気☆狩る仮面 るいーす(cwsm4061) ムービースター 男 29歳 謎の正義のヒーロー
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
神凪 華(cuen3787) ムービーファン 女 27歳 秘書 兼 ボディガード
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ゲンロク(cpyv1164) ムービースター 男 55歳 ラッパー農家
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
<ノベル>

ACT.1★跡地にて

「やってくれたな、悪夢め」
 だが、見るがいい。私たちは、思い通りにはならぬ。
 単なる穴となったその場所で、神凪華は挑戦的に笑う。
 土木工事に必要な資材はすでに調達済だ。彼女が水面下で尽力したのだ。しかし、作業に参加する人々には、その隠れた苦労を伝えもせず、華はふいと踵を返す。

「跡地を公園にするたぁ、名案だな。緑と恋人達の憩いの場が増えるのは大歓迎だゼ」
 埋め立て用の土を山盛りに乗せて、ルドルフがソリを引いている。トナカイの面目躍如であった。
「そろそろ始めていいかな? カワイ子ちゃん?」
 穴を見下ろす位置にソリを止め、二階堂美樹の作業を見守る。
 美樹は、穴に土を入れる前に、埋めたいものがあると申し出でていた。それは以前、ネガティブゾーンを探索した時に採取した物質だ。
「絶望は希望で踏み固めてしまえばいいのよね。……はい、埋め終わりました。もうOKよ」
「俺の警察手帳が見つからない〜!」
 桑島平は先ほどから、必死に捜し物をしていた。<絶望の海>を強行突破したとき、「こんなの持ってちゃ、思いっきり殺れないでしょ」と、警察手帳を美樹に投げ捨てられてしまったのである。
「ここが人々の笑顔で溢れる公園になるといいわね。さ、作業開始!」
 美樹は勢いよく腕まくりする。あのときの迫力に明るさが加わった微笑で。
「俺の手帳……」
 結局見つからず、桑島はがっくりと肩を落とす。その足元に、カワイ子ちゃんのOKが出たから穴埋め開始とばかりに、ソリに積んだ土がどさどさと流れ込んできた。
 しばし落ち込んでいた桑島だが、立ち直りも早かった。
「ま、仕方がないな。ポジティブに行くか」
 スコップを手に、率先して作業を始める。
「俺のバイクも、この下に埋まっちゃってんだよな〜」
 ぼやきながら、それでも安堵の表情で、片山瑠意もスコップを振るう。第2部隊で、彼はHONDA DN-10ディープパープルを駆っていたのだが、レヴィアタンの衝撃波を受けたとき、同乗者に抱えられて飛び降りたのだった。
 共に作業をしている刀冴は包帯だらけだ。回復の早い彼ですら、まだ癒えないほどの怪我を負っている。しかしそれを気にするでもなく、鮮やかな力強さで土をすくい上げては、均していく。
「お疲れさん。いろいろあったが――ともかく、これでひと区切りだ」
 印象的な青い瞳が、陽光を受けて細まる。刀冴が反芻しているのは、今回の討伐作戦のみならず、この穴ができてから起こった出来事だ。
「そうだな」
 すぐ傍で、理月も肯く。刀冴と同様に全身包帯だらけであるのに、普通に元気よく、しなやかな筋肉を駆使している。
「何もかもがよくなるなんて思わねぇけど……これで、泣く奴が、一人でも減れば、いいよな」
 語尾がすこし、かすれた。もう戻らぬものの事を思いながら、それでもまずは未来を見つめたいと――そう考えている自分の変化に驚くように。

「はーい! 土木作業中のみんな、それにミダス。こっち向いてー!」
 浅間縁は、銀幕ジャーナルの記者顔負けのアクティブさでデジカメを構える。穴を埋める過程や、参加者たちの仕事ぶりやミダスの記録写真は、アルバムや校内新聞用に使用するつもりだった。
「もう変なもの映らないよね……? うん平気」
 さりげなく、確認しながら。

「おまたせー! 土の追加はこれくらいでいいかしら?」
 4トン積の大型トラックが何台も上ってきた。
 先頭のトラックの運転席から顔を覗かせているのは夜乃日黄泉だ。現場に降り立った彼女の全身は、工事用ヘルメットに黒のツナギといういさましさだが、なぜかツナギの胸元はばっちり開いていて悩殺的であった。
「え、えっと、うん、大丈夫だと思うよ」
 純情朴訥な機械のともだち、レオ・ガレジスタは、真っ赤になって日黄泉の胸元から視線を逸らし、自らが乗った重機を動かし始める。
「まとめて落とすから、下のひと、気をつけてね」
 トラックに積まれた土をパワーシャベルがすくい上げる。穴に落とされた土の固まりは、すでにスコップを持って待ちかまえていた日黄泉に加え、三月薺、悠里、沢渡ラクシュミ、新倉アオイというカワイ子ちゃん勢が懸命に細腕をふるっては、適度な位置に運んでいく。
「はい、がんばりますっ!」
 薺は、その手にはさぞ重かろうスコップを必死に動かす。ねじり鉢巻きをしたうさぎのイラストつきTシャツは、すっかり泥だらけだ。
「うわぁっ!」
 バテ気味だった悠里は足元をふらつかせたかと思うと、顔からこけてしまい、自ら土の山に突っ込んだ。
「大丈夫?」
「ちょ、自分が埋まってどうすんの」
 ラクシュミとアオイが悠里を助けおこし、土をぱたぱた払う。
「やってるな。よし、力仕事ならまかせろ!」
 本日の赤城竜の装備は、ジャージの上下、頭には鉢巻、両手には軍手、そして、燃え立つばかりの「やる気」である。
「嬢ちゃんたちもあんなに頑張ってるんだ。坊ちゃんたちも負けてられんぞ」
 竜は、体力的に少々難ありな「坊ちゃん」ズを叱咤激励しながら、自分も精力的に身体を動かす。
「はっははははははひぃぃぃぃーー」
 真っ先に坊ちゃん認定されたクラスメイトPは、とっくにこけて、とっくに埋められて、ようやく上半身のみはい出てきたところだった。
「わわ? 人がいたんだ」
 しかしその頭に、タイミング良く(?)シュウ・アルガのスコップの土が、ばふっとかぶさる。
 悪い悪いと謝りながら、シュウはクラスメイトPを引っ張り上げた。
「はひー、すみませんー」
「埋め立てとかって、魔法でぱーっと、やっちまえないこともないけど。こういうのはやっぱ、自分の手を使いたいよな」
「ですよね」
 綾賀城洸も大きく肯く。
「僕、あまり体力あるほうじゃないんですけど、少しでもお手伝いしたいと思って」
 洸は軍手をはめ直し、首から下げた水色のタオルで、細い首筋をつたう汗を拭いた。泥だらけになっても構わないよう、動きやすくシンプルないでたちである。彼は先ほどから隅のほうでこつこつと、目立たぬながらも懸命に作業に従事していた。
「よけりゃこのスコップ、使うといいべ。軽めに出来てっからちったぁ楽だ。この手押し車も、まとめて土運ぶのに便利だべ」
 ゲンロクは、持ってきた農具の中から、嬢ちゃん坊ちゃんが使いやすそうなものを選び、配布する。
 ……と。
「むぎぃ〜〜!(訳:おーらい、おーらい〜!)」
 工事用ヘルメットをかぶった、丸まっちいうさぎ姿の兎田樹が、何処からともなく現れた謎のベルトコンベアー車を操り始めた。
 ベルトコンベアー車はどさりどさりと、土のようなものを穴に落としては消えていく。
 よくよく見れば、それは単なる土ではなかった。
 樹は、本人的には超黒い笑いを漏らす。
「みっぎっぎ……(訳:これは悪の大幹部たるこの僕が、銀幕市一般ご家庭の新鮮野菜クズを無断で集めて作った、特製極上堆肥だ。まさかここにこのようなものが埋められるとは誰も気づくまい。恐るべき策略、ここに極まれり!)」
「お? いい堆肥じゃねぇか」
 しかしすぐに、刀冴が気づく。
「ありがてぇ。園芸用として最高だよな、ミダス? 俺、ちょうど花植えるつもりだったからさ」
 爽やかな笑顔を見せる刀冴の両隣で、瑠意と理月も、それぞれが用意したものを指し示す。
「うん。俺も大量の花の種と苗、持ってきた。公園が華やげばいいなと思って」
「俺もだ。跡地へのはなむけに」
 薺とシュウが、顔を見合わせる。
「そうなんですか? 私もですよ。公園にお花植えたいなって」
「考えること同じだな。それ、俺も思ってた」
「僕も、公園の花壇用に花の種を沢山持ってきました。皆さんと一緒に蒔ければうれしいです」
 悲しい思い出が多いこの地に綺麗な花が咲くことで、辛い思いをした方々の心が、少しでも癒されれば。洸はそう言って、持参した花の種の袋を、希望者に配り始める。
 クラスメイトPも、ポケットから取り出した花の種をこんもり両手に乗せ、ミダスに見せる。
「僕も許可をいただこうと思ってたんです。これ、まるぎんで買ったサマースノーの種、『楽園』でもらったひなげしの種、九十九軒の店先に咲いてた朝顔の種……あ、ミダスさんも是非是非薔薇をたくさん生やしてくださいっ」
『……うむ。この堆肥は、良き園の礎になるだろう』
「みぎぎぎーーーっ(訳:えええー! 褒められちゃった?)」
 皆から喜ばれ、ミダスのお墨付きまでもらって、樹はアイデンティティ崩壊ついでに、洸から花の種を押しいただいた。

「ネガティブにはポジティブで対抗するべきだと思うんだ。そこで提案なんだが」
 埋め立て作業も後半にさしかかったあたりで、桑島が、小さな空のカプセルと、白い紙片、サインペンをいくつも並べる。
「前向きな言葉を書いて、カプセルに入れて埋めようぜ。ネガティブゾーン封印の意味を込めて」
「『ポジティブカプセル』だね。桑島のおじさんすごい! ソレ超面白いかも!」
 手を叩いて賛同したアオイは、さっそく紙片に何かを書き付ける。
「おっ、なんて書いて……」
「見ちゃだめ!」
「ごふっ」
 アオイは恥ずかしそうに紙を折りたたみ、そそくさとカプセルにしまい込む。桑島おじさんは強引に見ようとして、みぞおちパンチをくらった。
「がはは、おっちゃんも内緒だ!」
 竜も楽しげにカプセルを作り上げる。ポジティブの権化のような笑顔に圧倒され、特に誰も無理に聞いたり覗いたりしない。
 ゲンロクは、書き付けた紙片とともに、すぐには発芽しないよう処置した、ピンクのスミレの種を入れた。
「花言葉は希望……なんつってな」
「僕は……、七夕のとき、市外から贈られた折鶴が、とても励みになったので……」
 クラスメイトPは<少女>のために自分も折鶴を折り、持参していた。その翼の裏に文言を書き添え、カプセルに入れる。

 やがて、『ポジティブカプセル』の上にも土がかぶさり、作業は滞りなく進み――
 穴は、完全に埋め立てられた。

「よーっし。んじゃ、ちょっと待ってろよ」
 フェイファーが、歌を紡ぐ。
 それまで、力仕事にも加わったり障害物を撤去したりなどのサポートをしていた天使は、ことここに至り、埋め立て直後の柔らかな地面を、公園造営に適した状態に変えてくれた。
 さらに、歌は重ねられ、精霊が呼び起こされる。
 浄化のちからが、この地を清めていく。
「しっかし広いなこの公園。よっし、もういっちょ!」

 ――現れたのは、天界の湖にも似た、美しい泉。

 やがて泉の中央には、一同の手によって大きな噴水が設置された。その周りに設けられた広大な花壇には、皆が持ち寄った花の苗が植えられ、種も蒔かれる。
「これで、あんたたちも安心できるだろう……。なぁ」
 刀冴がその力で、花壇の一角にまず咲かせたのは、大輪のひまわりだった。夏の日射しをものともせず、まっすぐにおもてをあげ、太陽を見据えている。
「……おやすみなさい」
 在りし日の斑目漆を少しだけ知っているラクシュミが、泣いた。

 そして、みるみるうちに……。
 ミダスの薔薇が地を覆う。あちらこちらで蔓が絡み合い、大きなアーチを作り始める。
 公園内に設けられた遊歩道、大理石のベンチの周り、いくつも置かれた、それぞれ趣向の違う瀟洒な東屋。
 全てを縁取って、薔薇は咲きほこる。

「でも――これで全部終わった訳じゃ、ないんだよな……?」
「あの、レヴィアタンに関してはもう、大丈夫なんですよね?」
 馥郁たる芳香の中で、同時にミダスに問うたのは、シュウと薺だ。
『もし今後、この地域でネガティヴパワーの高まりがあれば、薔薇が知らせてくれるだろう』
 ミダスはそれだけを、答えた。
「終わりって『止まる』だけで、なくなるわけじゃないでしょ? ちゃんと覚えておかないといけないなって。……人って形がないと、すぐに忘れちゃうからね」
 だから私は、写真を撮っとくの。絶望があるから、希望のありがたみも分かるってもんだし。
 そう言って縁は、改めて一同にカメラを向ける。
「みんな、一段落したところで寄って。集合写真撮るから」
「タイマーにして、縁ちゃんも一緒に映ろ?」
 薺が提案し、
「ん。うまくいくかなぁ?」
 カメラをベンチの上にセットして、縁は皆の輪の中に駆け寄った。

 薔薇園を中心とし、幾多もの花々に満ちた静かな公園となったこの地に、今、ひとりの男が片膝を折る。
 男の手には、薔薇の苗。
 彼――ユージン・ウォンも、薔薇を植えていた。
 その名を庚申薔薇(コウシンバラ)。中国原産の野生の薔薇である。

 四季咲きのこの薔薇は、思いがけない季節に花を咲かせる。
 たとえいつか、この街の魔法が消えたとしても、庚申薔薇を見たものは、きっと思い出すだろう。
 かつてこの場所に『穴』があったことを。いなくなった彼らの、横顔を。

  ★ ★ ★

   ゆくりなく 庚申薔薇の花咲きぬ 
   君を忘れて 幾年か経し
                ――北原白秋
 

ACT.2★市内及び市上空にて

 強い日射しと降りしきる蝉の声を背に、市街見回り班の面々がカフェ・スキャンダルに集まってくる。
「いらっしゃいませー! ほんと皆さん、レヴィアタン討伐戦、お疲れ様でした。市役所から通達いただいてますよ。戦後処理にご協力くださる皆さんは、お好きな飲み物が無料ですのでご遠慮なくどうぞ」
 常木梨奈が、満面の笑顔でオーダーを取っている。戦後処理に関する連絡拠点がカフェの一角に設けられたと知らされ、そして彼女の明るい表情を見たとき、まだ緊張を解いてなかった人々は、ほっと肩の力を抜いた。

 ――良かった。今は本当に『戦後』なんだ。

「みんなが安心するために、ローラー作戦をかけると考えてよさそうだね」
 詳細の指示がマルパス司令よりなされるまえから、小日向悟のモバイルPCには、当日の戦況データが整理され収められていた。
 従って、情報収集と分析は効率よく進んだ。市内の、そして杵間山周辺におけるレヴィアタンの被害が及んだ場所、そして、ディスペアーの残骸があるかも知れぬ場所のピックアップとマッピングには、さして時間はかからなかったのである。
 ただ、該当地域はなにぶんにも範囲が広い。
「やっぱり、数が数だっただけにな」
 プリントアウトされた情報を、白木純一が配っていく。
「上空からのチェックが可能な人には、ぜひお願いします。俺は、バッキーと一緒に足で調べますんで」
「ならばワシの千里眼で、空から観ようかの。レヴィアタンが通ったルートの周辺は、特に注意して廻ろうぞ」
 闊達な声とともに、風轟は羽扇をくゆらす。すでにその背には翼が出現し、大天狗のすがたが現れている。
「倒壊している家屋などがあれば適宜補修を行う。ワシの手に負えなければしかるべき筋に依頼をし、とばっちりをくったものには、その事情を聞こうぞ。何にせよ――」
 調査結果は全て、ミダスにもマルパス司令にも伝えるぞい。そう言い残すなり、豪快に飛び立っていった。
「わたくしも、まいりましょう」
 その場にはもうひとり、天狗がいた。愛宕は、空と森の色がいり混ざったような美しい翼を遠慮がちに広げる。
「本当に、力で捻じ伏せる形しか取ることができなかったのか、少々疑問をもっております。『穴』の中にいた『彼ら』の残留思念……、声なき声を感じ取ることができればと思うのですが」
「私も真達羅に乗って、ひととおり俯瞰してみるわ」
 杵間山上空に向かった天狗を見送り、鬼灯柘榴が、長い黒髪をかきあげる。
「宮毘羅で透視をすれば、何らかの時空の『歪み』が――第二の『穴』のようなものが発生してないかどうか、視ることもできるし」
「私は飛ぶわけにはいきませんので、市内のなるべく高い建物の屋上あたりから、策敵をかけるとしましょう」
 抑揚のない、しかしどこかしら優しさが滲む声で、電子戦特化装備をしたサマリスは言う。
「予備のプローブ(投擲式滞空センサ)もございます。白木様、宜しければお使いください」
 2個1セットのそれを、純一に渡す。
「ありがとう。助かる」
「俺は、自分の足で杵間山周辺を見て回ろうと思う」
 壁に寄りかかり、腕組みをしたまま、月下部理晨は銀の瞳を伏せる。
 理晨がこの班を志願したのは、理月が跡地の穴埋め作業に向かったためだ。
「考える事は色々あるけど。――どっちにせよ俺は、あいつが笑っていられるんなら、それでいいんだ」
 傭兵は、低く声を落とす。それが自らの心のうちへ発したものであることを察し、香玖耶・アリシエートはあえて、その言葉を聞き取れなかったふりをした。
「私も足で調べることにする。杵間山中の被害状況を確認したいの。自然が『絶望』の影響を受けていないか、気になるのよね」
「みんな、機動力抜群だなあ。必要なら車を出そうって思ってたんだけど」
 ほわ、と、笑った悟に、リカ・ヴォリンスカヤが手招きをする。
「わたし、お店の配達用の原付で来たの。後ろに乗って見回りしない?」
 答を待たずに投げられたバイク用ヘルメットを、悟は目を見張って受け取った。
「リカさんとツーリングですか。……えと、光栄です」

 それぞれの『戦後』を胸に、杵間山へ、市内へ、上空へと、彼らは調査に向かう。

 ひそりとその場にいた西村だが、誰に声を掛けることもなく、静かにカフェを退出する。
(あのひとー、たち…は、討伐…作戦、を…成功、させた。参加…でき、なかった……あの作戦、を)
 市街を見回りながら、ふと何かを思い、立ち止まる。西村は不意に、肩の鴉を大空に放った。
(あの…女優は、今回のー、作戦、のことを、どう……思って、いる…だろう)
 会える保証などない。けれど今、SAYURIに会っておかなければと、西村は思う。
 銀幕ベイサイドホテルに向かうあるじを、鴉は上空からじっと見つめ、そばを離れた。

 風轟、愛宕、 柘榴が上空から確認したところによれば、レヴィアタンの通り道となった周辺では、建物が半壊するなどの状況が見受けられたが、それらは全て物理的な被害であり、修復可能なものだという。
 第二の『穴』が出現しそうな気配は、今のところないようだ。
 ビルの屋上から策敵をかけていたサマリスと純一からは、ディスペアーの生き残りは皆無、レヴィアタンの肉片もない旨の報告があった。
 香玖耶の調査結果は、杵間山の決戦現場付近で木々が数本、倒れているのを見つけたが、懸念していたような『絶望』が自然環境に悪影響を及ぼす事態はない、との内容である。
 理晨は、香玖耶同様の報告を行ったあとで、「跡地の埋め立ては終わり、薔薇と花々と清らかな泉に恵まれた公園になっているようだ、遠くから確認しただけだが」と、付け加えた。

「あら、ようこそ。可愛い死神さん」
 SAYURIは、ホテルの自室にいた。
 空調は効いているはずなのに、スイートルームには暑気がこもっている。この女優はおそらく、窓を開け放ったまま、ずっとベランダから市街の状況を眺めていたのだ。
「今回ー、の討伐…作戦を、どう思いー、ますか……?」
「ねえ、西村さん」
 SAYURIはそれに答えず、謎めいた言葉を口にする。
「大いなる神との戦いに敗れ、今も昼と夜の狭間で天空を支えている巨人の話を、知っているかしら? わたし、彼の気持ちがわかるような気がするの」
 
 悟を乗せ、バイクで市街を走るリカの視野の端に、何かが映る。
 ……車道と歩道の境目に、異形の形態をもつものが横たわってような――
「ディスペアー……!」
「えっ!?」
 リカのナイフが数本、続けざまに空を切った。
 バイクから降りて、串刺しになったそれを、確かめてみたところ。
「……と思ったんだけど、食べかけのお好み焼きだったわ。誰が落としたのかしら」

「……あはは」
 しばらくお好み焼きを見つめてから、リカはぽつりと呟いた。
「お腹すいたわね」
「そういえば」
「みんなからも異常なしの報告が届いてるし、今から何か食べに行かない? スーパーまるぎんの駐車場で、夕方から営業してる屋台が美味しいのよ」
「喜んで」

  ★ ★ ★

 槌谷悟郎は平常通り、カレー店『GORO』を営業していた。
 来店するお客の表情や会話から、ある程度、市内の状況は判断できる。
 どうやら「日常」が、戻ってきたらしい。
「何か、手伝えることはないかの? 片づけとか」
 店のドアがゆらりと開き、雛人形に似た女の子が顔を覗かせる。ゆきであった。
「やあ、いらっしゃい。うちは特に被害はなかったから大丈夫だよ。ゆきちゃんは、市内見回り中かな?」
「うむ。特に変わったことはないようじゃから、そろそろカフェに戻ろうと思う」
 ことん、と、テーブルに置かれた麦茶を一口飲み、ゆきはぺこりと頭を下げる。

「『穴』で起こったことを忘れはせぬ。じゃが、平和が続くといいのう」
 杵間山方向に向かい、ゆきは柏手をひとつ打った。

ACT.3★中央病院にて

 銀幕私立中央病院、通称〈ガラスの箱庭〉と呼ばれる研究棟のスタッフルームで、森砂美月は、ドクターDと向かい合っていた。
「ネガティブゾーンの、あの膨大な負の感情は、どこから生じたんでしょうか?」
 美月は、綺羅星学園にスクールカウンセラーとして勤務している。病院には、精神医療の手助けができればと出向いてみたが、討伐戦の参加者は、メンタル的ダメージはさほど受けていないとのことだった。
 しかしこの機会に、ドクターDの意見を聞いておきたいと美月は思ったのである。
「その答は、とても簡単で、とても難しいですね」
 精神科医は柔らかな笑みで、慎重に言葉を選ぶ。
「心から生じた――と言っても、それで全てを語れるわけではありませんし」

「じゃあ、討伐以降、様子が変わった人はいないのね。治療を受けているムービースターが、キラー化するような兆しも?」
 流鏑馬明日が、メモを取りながら源内に確認をする。外科は人手が足りないようで、特別相談室担当の源内も、白衣を着て応急治療班に加わっていた。
「ああ、ムービーファンもエキストラも含め、精神面についての心配はなさそうだ。皆の怪我は、外傷に限られていると考えていい」
「おーい、源内さん。これはここに置いていいのかぁ?」
 龍樹が、一般人の力では移動が到底不可能な重い機材の運搬をしている。自分が負った傷は自分の能力でとっとと治してしまったので、裏方を手伝っているのだった。彼がそこにいるだけで傷がふさがるため、軽傷者、とくに怪我をした子供の治療要員として重宝されている。
「おっけーですえ、龍樹。それにしても、怪我人の皆は元気いっぱいで、手を焼かされますのう〜。む、そこにいるのは入院患者のるーれいる!」
 技術も資格もないのにナース服姿になっている珊瑚姫が、普通に通り過ぎたルークレイル・ブラックを見咎める。彼は、しょっちゅう病室を抜け出しては第2部隊の人間を見舞っているのだ。
「片っ端から皆の枕元に『お疲れさん』というめっせーじを置くのはいいとして、みにぼとる酒を添えるのは控えてくだされ」
「固いこと言うなよ。祝酒くらい構わないだろ?」
「おとなしく病室にいてほしいな。お見舞いができないから」
 残念そうにしている取島カラスは、たった今、とある入院患者を訪ねたのに部屋にはおらず、空振りで戻ってきたところだった。
「だけど、歩けるくらい元気になったのならいいか。……そうか、あの絶望は、彼の中に澱になってはいないんだ。良かった」
「すみません、せっかく来てくださったのに」
 医療協力中の神月枢が苦笑する。
「特に重傷だったはずの彼は、誰より一番頻繁に病室を抜け出してるんですよ。看護師さんたちの間にも、夜な夜な蝶々仮面のミイラ男が出現するという、すごい怪談話が広がってる始末で」
「彼は、大丈夫だと思うよ」
 吾妻宗主が頷く。彼は、医者の卵の素養を生かして、入院患者の包帯交換を手伝っていた。討伐戦で怪我を負った人々は、それぞれ個人差はあるものの、皆、快方に向かっていると説明する。
「そうなの? 彼、今部屋にいないんだ? お見舞いの花束とフルーツの詰合せ贈ったんだけど、届いてるかな?」
 こんにちは、と、皆に挨拶したリゲイル・ジブリールは、源内のほうを見る。彼女は花束とケーキ箱を持っているが、これは別の患者に渡すつもりのものらしい。
「あのメロンは、俺が責任持って食べてやるから心配するな」
 というのが、源内の答だった。
「むぅ。このルヴェンガルド帝国皇帝ベアトリクスが来てやったというのに、席を外しているとは失礼なのである!」
 リゲイルと一緒に病院を訪れたベアトリクス・ルヴェンガルドは憮然とした。しかしその口調に安堵の色が滲んでいるところをみると、やはり心配だったのだろう。
「すみませんすみません、本当にすみません。お見舞いに来てくださって、ありがとうございます」
 泊まり込みでくだんの重傷患者の看病をしているアルが、申し訳なさそうに、それでも笑顔を見せながら、ひとりずつ礼をのべた。

「その節は本当にありがとうございましたっ。おかげでオレもこの街の役に立てたみたいっす」
 綺羅星学園高等部の夏服を来た少年が、ナースステーションに御礼のクッキーを差し入れている。後方支援活動に参加した相原圭だった。彼は、応急処置を教わった看護師に挨拶かたがた、自分の手で治療した負傷者たちの経過を聞きに来たのだ。
 良好との返答を得て、親しみのある笑顔を見せる。
「は〜い、打撲や捻挫、骨折なんかは僕の方でも見ますんで、こっちにお願いします!」
 鹿瀬蔵人は体術の経験を生かし、整体師として活躍していた。いてててて〜と、元気に暴れ回る患者を取り押さえたりしているのはご愛敬である。
「力仕事や雑用がありましたら、いつでも呼んでくださいね」
 廊下を通りがてら、ランドルフ・トラウトが蔵人に声を掛ける。彼は、入院患者の老人を車椅子にそっと乗せ、中庭に誘導しているところだ。今日は気温こそ高いが湿度は低く、木陰ならば過ごしやすい。少しでも外気に触れて、気分転換になればと思ってのことだった。
「がんばれランドルフ。セラピーラクーンドックに、俺はなる!」
「似合うよー、太助くん」
 癒し系慰問組、参上。太助は働く犬のベストを着せてもらい、柊木芳隆とコンビを組んで、小児科の入院患者たちを訪ねている。
「たぬきさんー、かわいいー!」
「にくきゅー、にくきゅー」
「おなかふかふかー」
「おじちゃん、てじなすごーい」
「おもしろーい。もっともっと」
 撫で回され、肉球ももにもにされ、太助は子供たちの気の済むまで根気よく付き合った。芳隆も笑顔を絶やさず、器用な手付きで手品を披露し続けた。

「……これで、小児科に入院中の子どもは全員かぁ」
「のぞみちゃんは、いないようだねぇー」
 ひととおり慰問を終え、さて、どうしたものかと考え込む太助と芳隆の耳に、透明な歌声が聞こえてきた。
 中央病院の患者で、半分ここに住んでいる状態のSoraだった。歌いながら、看護師の仕事を手伝っているのだ。
「あたし、この街は嫌い。だけど、人が傷つくのはもっと嫌い」
 太助や芳隆と目が合うなり、Soraは音楽的な声で呟いた。
「病気だった子が、……いえ、今も病気の子がこの魔法の引き金になったって聞いたけれど。あまりいい気分じゃないわね。その気持ち、わからないとは言えないもの」
 言って、歌いながら去っていく。何か知っているのかと呼び止めかけて、太助ははたと気づく。
「なぁ……。俺ずっと、のぞみって、リオネやトゥナセラみたく小さな女の子だって思ってて、だから小児科を探せばって考えたんだけどさ。もしかして」
「そうだね。年齢的に、もう少し上かも知れない」
「美原のぞみのこと、探してるのか? 俺もだよ、入院患者の見舞いがてらにね」
 津田俊介はいったん携帯を取り出したが、すぐにポケットにしまった。
「対策課に聞くのが、早いんじゃないかな……ああ、ここ病院だから、公衆電話のほうがいいか」

 俊介の電話には、植村が応答した。
「美原のぞみさんについて、ですか? 私は詳しいことは存じ上げないので、情報通の邑瀬さんに聞いてみます。あ、すみません、邑瀬さん……はい? はい、そうですか」
 受話器を保留にし、植村はしばらく邑瀬と話していた。やがて電話口に戻り、声を潜める。
「申し訳ありませんが津田さん。私どもではお答えできかねます。のぞみさんにつきましては、市長がご存じとのことで。ただ、のぞみさんの昏睡時期とリオネちゃんの魔法が掛った時期は近いですが、一致はしていません」

「美原のぞみは現在14歳。昏睡状態に陥ったのは2006年8月。『ディスペアースリープ症候群』というのだそうだ。臨床例が極端に少なく、治療法も確立していない難病だ」
 いつのまにか源内が、公衆電話の近くに立っていた。
 その後ろでは、真っ青になったリゲイルが、のぞみに渡すつもりだった花束とケーキ箱をぎゅっと抱きしめ――枢とカラスが両側から支えている。
「わたし……、女の子は眠ってるだけだって思ってた。目を覚ましたらきっと、仲良くなれるって」
「会いたければ案内しよう。許可は取ってある」
 
  ★ ★ ★

 個室に足を踏み入れることになったのは、俊介、太助、芳隆、枢、カラス、リゲイルの6名。
 彼らはしばらく息を呑み、その場に立ちつくす。
「……きれい」
 蜘蛛の巣に囚われた蝶のようにものものしい医療器具に絡め取られ、目を閉じていてさえ、美原のぞみは、リゲイルがため息をつくほどに美しい少女だった。
「こんなに、きれいな子なのに」
 リゲイルは涙ぐむ。
 カラスは言葉もなく、のぞみの手を握りしめた。

ACT.4★市長室にて

 跡地では埋め立て作業が行われ、市内では調査活動が進められ、人々が中央病院を訪ねていたころ――

 意を決し、古森凛は市長に面会を求めた。
 エルヴィーネ・ブルグスミューラーは、日傘を差して市長に会いに行った。
 ふたりの希望は、すぐにかなえられた。
 市長室に通されるなり、凛とエルヴィーネは、美原のぞみに関する疑問をぶつける。
 席を外そうとしたマルパスは、市長に請われてその場に留まった。
 彼らの追求を受けることを望んでいたかのように、市長の――柊敏史の口から、今まで語られなかった事実が絞り出された。
 
「のぞみは、私の娘です。身上監護権は私に、親権は別れた妻にあるため、姓が違ってますが」

 子どもの頃から病弱だった美原のぞみは、ずっと入退院を繰り返していた。学籍上は綺羅星学園の生徒でもあるのだが、ほとんど登校していなかったため、それを知るものはほとんどいない。
 友人は、ひとりもいなかった。
 病室で毎日、映画のビデオやDVDばかりを見ていたという。

 10代になったばかりのころ、のぞみは『ディスペアースリープ症候群』であると診断された。
 そして2006年8月に、昏睡状態に陥った。銀幕市に魔法が掛かる直前である。
「昏睡は、この病気に顕著な症状なのだそうだ。私はこのとき『もうだめだ』と思った。医学的にも、娘はこのまま衰弱し死に至るのが通例だと……」
 だが。
 リオネは昏睡中ののぞみの意識と出会い、その願いをかなえてしまった。

(映画みたいな楽しい世界が、本当にあればいいのに)
(お友達がいっぱいの銀幕市で、みんなと一緒に暮らしたいな)

「私は当初、のぞみと銀幕市の魔法に関係があるとは思っていませんでした。のぞみが昏睡して絶望していたときに魔法がかかり、市長としての対応に忙殺されるばかりで……」
 最近になって、ネガティヴゾーンに関係する<少女>の報告を受けたものの、まさかと思って否定してきたのだと、市長は言う。
「ですが、私は、隠していたつもりはありません。これだけは申し上げたい」
「彼女の存在は銀幕市の鍵だ」
 無言で聞いていたマルパスが、口を開く。
「ならば今後も、注意していく必要があるだろう。自分の娘への感情はわかるが、為政者としては、公益を優先した決断も必要なのではないか」
「仰るとおりです」
 市長は再度、強く指を組む。
「正直、どうしていいのかわかりません。綺麗事に聞こえようと、娘も市民も等価に大切なんです」

ACT.5★柊邸にて

 深夜、音もなく、リオネの部屋の窓が開く。
 満月を背に、窓枠に腰掛けているのはルアだった。
 気配を感じたリオネは、目をこすり、ベッドに上体を起こす。
「……むにゃ。だれ?」
「吸血鬼。君の血を吸いに来た……っていうのは、冗談」
 足を組み替え、ルアはリオネに問う。
「聞きたいことがあるんだ。君が願いを叶えてあげたひとのことを、覚えてる?」
「……会えばわかるよ」
「美原のぞみっていうそうだ」
「のぞみちゃん……」
「その子が市長の何なのかは、昼間面会にきた連中が問いつめたようだからもういいや。君、そのことをどう思う?」
「あのね……。のぞみちゃん、かわいそうだったの。映画の中にいるひとたちとお話したりなかよくできたらきっと楽しいけど、そんなのぜったい無理な夢だって……。だからリオネ、かなえてあげた」
 きゅっと唇をかみ、リオネはうつむく。
「それが『いけないこと』だったんだって、みんなが教えてくれて、リオネもわかったの。だって、のぞみちゃんはかわいそうなまんまで……それに……」
 リオネの声は嗚咽に消されて聞き取れなくなる。ルアは大きく息を吐いた。

ACT.6★深夜の中央病院にて

 慰問の人々もとうに帰路につき、病院はしんと静まりかえっている。
 のぞみの個室に密かに入ったアルは、その手を取って挨拶をし、少女が起きてそこにいるかのように笑顔で語りかけた。
 古くからの、親しい友人のように。
「いつか目覚めたとき、こんな風に話せたらいいですね」

 いまそこに、夢みた世界があるというのに。
 絶望の病に囚われたまま、希望の名を持つ少女は眠り続ける。

 ――枕元に飾られているのは、ミダスの薔薇。

ACT.Special★La Espero【ポジティブカプセルの中身】


      『どんな植物だっていつかは芽が出るべ』(by ゲンロク)


         『この街が大好きだー!』(by 赤城竜)


          『皆、ダイスキ。』(by 新倉アオイ)


            『希望』(by クラスメイトP)



             『大希望』(by 桑島平)

クリエイターコメント★跡地に集った人々
神凪華/ルドルフ/二階堂美樹/桑島平/片山瑠意/刀冴/理月/夜乃日黄泉/レオ・ガレジスタ/三月薺/悠里/沢渡ラクシュミ/新倉 アオイ/綾賀城洸/シュウ・アルガ/兎田樹/クラスメイトP/浅間縁/赤城竜/ゲンロク/フェイファー/ユージン・ウォン

★市内の状況を確認した人々
小日向悟/白木純一/風轟/鬼灯柘榴/愛宕/サマリス/月下部理晨/香玖耶・アリシエート/西村/リカ・ヴォリンスカヤ/槌谷悟郎/ゆき

★中央病院に集った人々
森砂美月/流鏑馬明日/龍樹/ルークレイル・ブラック/取島カラス/神月枢/吾妻宗主/リゲイル・ジブリール/ベアトリクス・ルヴェンガルド/アル/鹿瀬蔵人/ランドルフ・トラウト/相原圭/太助/柊木芳隆/Sora/津田俊介

★市長に面会に行った人々
古森凛/エルヴィーネ・ブルグスミューラー

★市長邸に忍び込んだ人
ルア

★寝てなくちゃいけない人
本気☆狩る仮面るいーす

   …―…―…―…―…―…―…―…―…

皆様、戦後処理、お疲れ様でした。
それぞれ、いろんな想いがおありの由、いつもは饒舌な記録者も頭を下げるだけに留めようと思います。

また銀幕市でお会いいたしましょう!
公開日時2008-07-28(月) 19:00
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