★ 【小さな神の手】ダイノランド島清掃活動 ★
<オープニング>

「あなたは泣くのよ。泣いて泣いて反省するのよ、オネイロス様にあやまるのよ。ひどいことになった街を見て、苦しまなくちゃならないの」

 ともだちは言った。
 言葉通りに、リオネは泣いたし苦しんだ、と思う。
 それですべてが贖えたわけではないことは、彼女がまだ銀幕市に暮らしていることが何よりの証拠。

「おまえの魔法に踊らされ、傷つき、死んでいる者は山ほどいる。おまえが思っているよりもはるかに多いと思え」

 誰かがそう告げたように、彼女の罪は本当に重いものなのだろう。
 先日の、あの恐ろしく、哀しい出来事も、それゆえに起こってしまったことなのだ。まさしく悪夢のような一件だった。いまだ、市民たちのなかには、深い哀しみと、負った傷の痛みから逃れられないものがいる。

 だがそれでも、季節はうつろう――。

「今度は……ほんとうに、みんなのためになることをしたい。魔法をつかうのじゃなくて、このまちで、泣いているひとが笑ってくれるようなこと。リオネがやらなくちゃいけないこと。……また間違ってるかもしれないけど、今はそうしたいと思うの。ねえ、ミダス、どう思う?」
「神子の御意のままにされるがよろしかろう」
 生ける彫像の答は、思いのほかそっけないものだったが、止めはしなかった。
 ならばやはりそれは、為すべきことなのだと……リオネは考えたのである。
 銀幕市には、彼女がやってきて二度目の春が巡ってこようとしていた。

 ★ ★ ★

「んー、趣旨はわかりましたけど……それは正直、『対策課』で扱う案件ではないように思いますね」
「そんなことありませんよ。あの地域はムービーハザードによって出現した場所ですし、状況の特殊性から考えても」
「いやいやいや、内容から考えてもそこは環境科のほうでですね」
「ムービーハザードに起因する事案は対策課で解決していただかないと困ります」
「起因て……、原因はムービーハザードと関係ないでしょう。そこは環境科の怠慢ではないですか」
「なんですって、だいたい対策課は――」

「……どうしたの?」
 ぷらりと市役所を訪れたリオネが見たのは、縦割り行政のまさに弊害というか、お役所特有のタライ回しに躍起になっている、大人たちの醜いあらそいであった。
「あ、リオネちゃん……」
 植村が、リオネの無垢な瞳に見上げられ、恥じたように、顔を伏せた。
 彼が語ったところによると。

 銀幕市沖に出現した怪獣島ダイノランドは、昨年の夏、市民たちの活躍でその暴走が停止してからは、新たな観光名所として市民や観光客に親しまれていた。島に棲む怪獣たちは、時おり暴走するものがいないでもないが、おおむねは大人しく、危険な地域に近づかなければ、そこはまさに常夏の楽園であった。
 ゆえに、銀幕港からの定期便もその数を増し、リゾート地として本格的に開発してはどうかという引き合いさえあるほどであったのだが――。

「訪れる人が増えるにつれ……ゴミも増えはじめたんです」
「ゴミ?」
「観光客たちが捨てていくゴミです。最近は、それに乗じて、故意に不法投棄を行う闇業者まであらわれるようになって」
 生活環境課の職員が、困り顔で言った。
 ゴミの増加は美観を損ねるだけでなく、怪獣がゴミを食べてしまったことがもとで、なにか内部のしくみが誤動作を起こしたのか、暴走するという原因になった事例さえあるという。
「ダイノランドってぎっしーのふるさとだよね。ゴミいっぱいじゃかなしいね」
「しかしこのままでは遠からずゴミの山になってしまいます。ゴミが捨てられるのは、すでにゴミがそこにあるから、もう1コくらいいや、と考えてしまう人が多いという事情もあるでしょう。いわゆる割れ窓理論ですね。ですから……対策課で、ダイノランド島の清掃についてですね――」
「だから、それがなぜ対策課の業務になるんですか。たしかにダイノランド島はムービーハザードエリアですが……」
 ふたたび、責任の押し付け合いをはじめた駄目な大人たちを前に、リオネはぽつりと言った。
「リオネがやるよ」
「…………え?」
「ゴミって、こういうの?」
 環境科の職員が手にしていたゴミ袋の中をのぞきこむ。サンプルとして彼が島から拾ってきたというゴミだ。
「みんなに手伝ってもらう。お願いすれば、きっとみんな、助けてくれるよ」
 ゴミのひとつをつまみあげて、リオネはにっこりほほ笑んだ。
 それは……迷彩模様の紙カップであった。書かれている文字は「ジェノサイドヒル」。

 ★ ★ ★

「それは捨てるヤツが悪いのであって、俺たちの責任じゃないだろうが!!」
「まあまあ少尉、リオネちゃんは何もそんなこと言ってませんよ」
 ダイノランドの火山のように噴火するノーマン少尉をなだめて、スコット上等兵は、ちいさな神の子どもの頭をなでた。
「とっても素敵な思いつきだね、リオネちゃん」
「でも島は広いでしょ? 全部はむりでも……すこしでもたくさんの人に参加してほしいの。それと……島にはこわい怪獣がいるかもしれないし」
「そうだね。呼びかければ人は集まると思うけれど、場所が場所だけに、護衛も必要だものね。よし、おじさんたちに任せておいて」
「うん!」
「……いい話だなあ。わたしも参加させてくれないか」
 と、通りすがりに話を聞きつけたらしい、スーツの男は、銀幕ジャーナル編集部の蔵木健人だ。
「ちょうど不法投棄業者の問題を記事にしようと考えてたんだ。ついでに取材させてもらえると嬉しいな」
 そうして、リオネ&市民有志(ノーマン小隊とジャーナル編集部含む)によるダイノランド島清掃活動が、行われることになったのである。

種別名パーティシナリオ 管理番号487
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメント!注意!
このパーティーシナリオは「ボツあり」です。プレイングの内容によっては、ノベルで描写されないこともありますので、あらかじめご了承の上、ご参加下さい。

+ + +

リオネちゃん&ノーマン小隊と、ダイノランド島へ行きましょう。
このシナリオには選択肢があります。ご参加の方は、下記の中からひとつを選んで、今回のメイン行動としてください。

【1】ゴミ拾いなどの清掃活動を行う
ダイノランドの浜辺や密林にちらばったゴミ類を集め、島の自然をきれいにします。リオネはこの活動に参加します。

【2】怪獣に警戒する
清掃活動が安全に行えるよう凶暴な怪獣を追い払うなどします。ノーマン小隊はこの活動に従事しています。

【3】違法業者を摘発する
島に、不法にゴミ投棄を行う業者がいるようです。見つけ出して逮捕してしまいましょう。蔵木健人がこの行動をとる人たちに同行します。

【4】その他
上記にあてはまらない行動です。(註:ボツ率高くなります)

※NPCには特にからまなくてもOKです。

それではよろしくお願いします〜。

参加者
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
萩堂 天祢(cdfu9804) ムービーファン 男 37歳 マネージャー
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
エフィッツィオ・メヴィゴワーム(cxsy3258) ムービースター 男 32歳 ギャリック海賊団
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
藤田 博美(ccbb5197) ムービースター 女 19歳 元・某国人民陸軍中士
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
リディア・オルムランデ(cxrp5282) ムービースター 女 18歳 タルボス
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
黒孤(cnwn3712) ムービースター 男 19歳 黒子
続 那戯(ctvc3272) ムービーファン 男 32歳 山賊
ディズ(cpmy1142) ムービースター 男 28歳 トランペッター
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
柊木 芳隆(cmzm6012) ムービースター 男 56歳 警察官
空風 涼(cdvb9966) ムービースター 男 24歳 ファイター
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
RD(crtd1423) ムービースター 男 33歳 喰人鬼
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
神宮寺 剛政(cvbc1342) ムービースター 男 23歳 悪魔の従僕
崎守 敏(cnhn2102) ムービースター 男 14歳 堕ちた魔神
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

 ある天気の良い日のことだ。
 ダイノランドの浜辺に、たくさんの人々が集まっていた。
 その中のひとりが、誰であろう神の子・リオネである。
 彼女は、不思議な色の瞳をしばたいて、大勢の人の群れを見回すと、はにかんだような表情を浮かべた。こんなにたくさんの人が集まってくれたのが、嬉しかったようだ。
「ジャングルのほうは怪獣がたくさんいますので、先に警戒班の人たちに向かってもらいます。まずは浜辺のほうから清掃作業をはじめましょう」
 小日向悟が皆に向かって声をかけた。
 どうすれば効率的か、次々にアイデアを提案していく。
 まずは、ゴミを集める場所を決め、参加者が分担してエリアに散って作業を進めていくこととなった。
「ガラスの破片とか、なにかわからない容器の中身にはさわらないで。特に子どもたちは、なにかあったら大人の人に知らせてね」
 悟の声掛けに応えて、リオネがわかったーと返事をする。
「ふむ。釘でも踏むものがあっては大事だな。鉄はこちらで集めよう」
 そう言って砂浜に仁王立ちするは蘆屋道満。
 ざん、と鉄の扇を開き、ひとふるいすれば、砂の中から鉄屑が飛び出してきて彼の周囲に集まり始める。木材の破片がずりずりと寄ってくるのは刺さった古釘にひっぱられているのだろう。磁力によって鉄類を自在に操るのが彼の能力のひとつだが――こういう場面で役に立とうとは。

「あぁ……、こ、こ、こんなに汚して……!」
 リディア・オルムランデが、憤慨したように声をあげた。
 浜辺は、ずいぶんな汚れようだったのだ。
 まだ海水浴シーズンには遠いが、気候がよくなってきたのでバーベキューでもやったものがいたらしく、その跡がそのまま残っていたりもした。
「まず大きなものから拾っていきましょう」
 周囲のものも促しつつ、ゴミ袋を手に、砂浜へ小走りに向かう。
 いつもはどちらかといえば、控えめに、人の陰に隠れているようなリディアだったが、なにかのスイッチが入ってしまったようで、今日は率先して飛び出していくのだった。
「ゴミ拾いだと!? なぜ余がこのような……」
 対照的に、不満げな表情なのはベアトリクス・ルヴェンガルドだ。
 畏れ多くもルヴェンガルド帝国187代目皇帝の、その御手で、浜辺のゴミを拾えと申すか!――と憤慨する彼女の頭に、ぽすっ、と麦わら帽子をかぶせる、ゆき。
「日差しが強いから帽子があったほうがいいんじゃよ。さ、始めようかの」
 お揃いの帽子にもんぺ姿、首にタオルをかけたゆきのいでたちは、まるで農家の畑作業そのものだったが、それだけに、ベアトリクスと並ぶと何の仮装大会かといった風情だ。
 傍らには、レドメネランテ・スノウィスが、フードを目深にかぶり、黙々とゴミを拾っていた。悠里も、鼻歌まじりに、それに続く。
「みんな、来てくれて、ありがとうね」
 リオネが傍へ来て、ぺこりと頭を下げた。
「……」
 ベアトリクスはぷい、とよそ見して唇を尖らせた。
「本来なら、余がやるようなことではないが――、神の子自らお出ましというのであるから、余としても、視察くらいはと来てやったまでだ」
 ――と、その目の前に、レドメネランテが、両の手を差し出した。
 彼の掌のうえに、ちいさな、桜色をした貝殻がある。
「お、おお……!? これはなんと可憐な……。レンが見つけたのか?」
 こくり、と頷く。
「他にもきっとまだまだあるぞ。貝殻を探しながら、ついでにゴミを拾ってはどうかの」
 ゆきの提案に、目を輝かせて、浜へ繰り出す。
 その姿を見送って、ゆきとリオネはくすくすと笑い合うのだった。

「浜辺を汚す奴はこのキャプテン・ギャリック様が許さねぇ!」
 海賊帽の壮年が、波打ち際に立つ。
 ギャリック海賊団からも幾人かが、この日、ダイノランドへ来ていたが、団長たるギャリックは浜辺の惨状に特に憤り、心を痛めた一人だった。
 海に生き、海に死ぬのが海賊のさだめ。
 そんな海の男として、浜辺が心ない仕打ちに汚されていくのは我慢がならないのである。
「うぉら! 『俺達ギャリック海賊団だぜ!』」
 高らかな名乗りとともに、轟く大波が打ち寄せる!
 波間に漂うゴミが一気に押し流されて、浜辺に打ち上げられたところへ、他の面々が拾いにかかった。
「集めたゴミはこっちだぞー。……おい、それは違うぞ、こっちだ、こっち!」
 火ばさみでゴミを拾い、背中のカゴに放り込みつつ、赤城竜が声を張り上げる。
 持参した銀幕市のゴミ分別ルールを片手に、収集場所での分別を指示していく。

「おっと、そいつは危ないな。触らないほうがいい」
 リオネが見つけたものを、横合いから声をかけた、青年が慎重につまみあげる。
 なぜそんなものがあるのかわからないが、それは針がついたままの注射器だった。
「リオネちゃん、初めまして。俺は空風涼というんだ。よろしくな」
 軍手を嵌めた手でビニール袋に注射器を入れながら、がっしりした体格の青年は、そう名乗った。
「りょう――さん? きてくれてありがとうね」
「ああ。でもさ、リオネちゃん、最近がんばりすぎじゃない? 無理しちゃいけないよ」
 神の子の傍に腰を落とし、彼が言うのへ、リオネは、ぽつりと、ありがとうね、と繰り返すのだった。
 
 ★ ★ ★

「あ、あれ……?」
 はっと顔を上げた悠里は、自分が見知らぬ場所に迷い込んでいるのを知る。
 ゆきやベアトリクスたちと浜辺でゴミ拾いをしていたはずなのに、拾うのに夢中になっているうちに、島の内陸部に入り込んでしまったらしかった。
 仮に下ばかり見ていたにせよ、地面が変わるんだからいくらなんでも気づくだろうよ!と後になって散々言われたのであるが、そのときの当人としては、熱帯のジャングルに独りきりというのは心細い。
「ど、どうしよう……」
 とりあえず、海岸線に出られれば外周をたどって元の場所に戻れるのでは、と歩きはじめたところへ、タタタタタタと軽妙な射出音!
「あ、あいたたた!!」
「あっ、人だぞ。すとーっぷ、すとっぷ!」
「む。人間か。紛らわしいな、こんなところを歩くな!」
 銃を構えたノーマン少尉であった。
 その傍らに、ミリタリーな戦闘服の太助。
 そして後続に、怪獣警戒班がぞろぞろと続く。
「あ、よかったぁ」
 ポップコーン弾を浴びせられたが、おかげで助かった、と歩き出した、その時。
「!?」
 咆哮とともに、密林の茂みから飛び出してきたもの。
 ダイノランド名物、怪獣である。背丈は大人よりもすこし大きい程度だが、俊敏に駆けるトカゲ型の怪獣だ。それに、みるからに凶暴そうである。
 悠里が悲鳴をあげた。
 彼女は怪獣の暴走の、まさに途上にあったのだ。
 ノーマンが銃を向けるがポップコーンで止められるのか!? 人々が息を呑んだそのとき――、バチバチ、と紫電が閃く。
 ギャア、と悲鳴をあげ、雷撃を受けた怪獣が身をひるがえして逃げていくではないか。
「あ――」
 悠里の鼻先を、ふわり、と飛んで行く、透き通った光の蝶。
「伝令蝶を改良した新作なんだけど――、まあまあの出来だな」
「シュウ君!」
 シュウ・アルガの魔法だったようだ。
 にやり、と唇の端を吊り上げる。
 ――と、そのとき、別の場所で、ぎゃーっと別の悲鳴があがった。
「少尉ーーー! マイクがカエルになりましたーーー!」
「なにを言ってるかわからん!」
「あ……、俺の魔法陣にひっかかったな。ったく、注意しろっていったのに、面倒だなあ」
 ぼやきながら、不幸な犠牲者を救済すべく、シュウは声のしたほうへ向かった。
「トラップにひっかかるなんて、最近の米軍は覇気がないわね」
 藤田博美が、そんなことを呟きながら、自身の銃を手に、ずかずかと密林の奥へ踏みこんでいく。
「怪獣もまだいるみたいだし、効率よくいかないと終わらないわよ」
 と、参加者たちを振り返りながら。

「お」
 太助が、鼻をひくつかせた。
「なんかくるぞ」
 低い、地響きのような音すらする。
「全員、止まれ。……銃撃で怯ませるから、誘導してやってくれ」
「さーいえっさー!」
「ミギ!」
 太助と、ポップコーンの匂いに誘われ、着いてきていた兎田樹がびしりと敬礼をする。
 ドドド……と、大地を震わせ、やってきたのは四足歩行のトリケラトプスめいた怪獣の群れであった。
 軽い音を立ててノーマン小隊のポップコーン弾が掃射されるが、怪獣たちの勢いは止まらなかった。
「っと!」
 先頭の一頭を、壁として食い止めたのは、ランドルフ・トラウトの巨躯であった。
「はいはい、ちょっとこちらは立ち入り禁止ですよー」
 厚みを増した筋肉の塊のような体躯を迷彩も戦闘服に包み、ランドルフはその怪力でもって怪獣の一頭を、軽く投げ飛ばした。
「ほーら、こっちだ、こっちー!」
 そして太助が駆けていく。何匹かの怪獣が彼に誘導されて別方向へ。
 兎田樹もそれにならおうとするが――
「みぎゃ!」
 怪獣と目が合った。
 秘密結社の科学者の兎獣人とはいえ、このときの樹は、つまるところウサギである。
 怪獣の一頭が、獲物発見!とばかりに、くわっと口を開けて彼に迫った。
「みぎゃーーーー!」
 本能的に危機を察知した兎獣人は、ゴミを集めては放り込んでいたワゴンの中から、ペットボトルミサイルを全弾発射!
 驚いた怪獣の撃退には成功したものの、余計、散らかしてどうする!とノーマン少尉のげんこつをくらい、涙目で掃除を約束するのだった。

 びゅん、と空を切り裂くシキ・トーダの鞭。
「はいはーい、お家に帰りましょうねー」
 猛獣使いさながらに、怪獣たちを威嚇して密林の奥へ追いやっていく。
 大半はそれでやりすごせたが、中には特に気性の荒い怪獣が唸りをあげて迫ってくる。
 そこへ、エフィッツィオ・メヴィゴワームは銃で応戦しようと試みるが。
「っと!」
「む!?」
 怪獣ではなく自分のほうへ飛んできた弾丸を身を反らしてかわすシキ。
「くそっ」
 エフィッツィオは立て続けに撃つ、撃つ、撃つ。下手な鉄砲――などとは言うが、ことごとく外れる弾丸。
「あー、くそ、このバカ銃が!」
 ついに銃に愛想をつかして、投げ捨て、素手で怪獣に挑もうとする。
「おいおい、素手かよ。それはあんまり――ってぇ!?」
 ゴツン、とシキの頭に落ちてきたのはエフィッツィオの投げ捨てた銃だ。
「痛ってぇーな、この野郎!」
「おい、邪魔すんな!」
「どっちがだ! すっこんでろ、このへぼ砲手!」
「ンだとぉーー!?」
 みにくい喧嘩をはじめた海賊たちを前に、気勢を削がれたような怪獣。しかし、気を取り直して(?)牙の並んだあぎとを開き、咆哮とともに襲いかかる!
「なに!?」
「うおお!」
 ふたり並んで逃げ出すハメになるのは、もはやお約束の域だ!
「鞭はどうした! なんとかしろよ!」
「うるさい、これというのも、おまえが――」
 そのときだった。ふいに、怪獣の動きが、鉛の足枷でもつけられたように鈍くなる。
 密林に響き渡るトランペットの音色――。
 樹上の枝にすっくと立ち、陽光にきらめく青い楽器を手にしたディズが、挨拶がわりにソフト帽をちょい、と傾けた。
 彼の演奏によって怪獣の動きを鈍くしたのはいいが、問題は、この能力は範囲内にひとしく及ぶということ。
 怪獣同様、のろのろと動きの鈍った海賊たちは、礼を言う間もなく、ふたりでもつれるように茂みに倒れ込むのだった。

「ちょっと、どういうことよこれ!」
 燃えるような赤毛がかかる肩をそびやかし、リカ・ヴォリンスカヤは抗議の声をあげた。
「わたしはみんながお掃除するて聞いたから差し入れ持ってきたのよ!」
 『パティシェ・リカの手作りドーナツ♪』の箱を持ち上げて見せつつ、反射的に振るったもう一方の手からはナイフが飛び、鎌首をもたげてあらわれたアナコンダ怪獣が樹木に貼り付けになっていた。
「怪獣退治なんて聞いてないわよ。なんで、わたしが――」
 さらに、足元に忍び寄っていた甲虫型怪獣をもうしろ回し蹴りで撃退したリカに、
「いい腕だな。入隊するか?」
 と、ノーマンが笑う。
「冗談じゃないわよ、可愛らしいパティシェのわたしがなんで軍隊に入らなきゃいけないのよ!」
 そのへんはさすがに少尉も冗談で言ったようだったが、小隊員たちは、言動はともかく若くて美人のリカが入隊するかも、という期待に、おお、と声をあげ、リカに睨まれて黙り込む一幕があった。
 この時点で、かなり奥まで、小隊をはじめとする警戒班は侵攻してきている。
「このあたりまでくると観光客の捨てたゴミは見当たらんな。よし、このへんを防衛線ということにして、怪獣が、清掃が必要な地区に立ち入らんようにするか。……連中をどこかにまとめておけるとラクなんだが」
 少尉の言葉に、随行している動物ふたりが反応した。つまり太助と兎田である。
「なにかで引きつけたら? 餌とか」
「み、みぎ!?」
「あ、違う、違う。食わせるなんて言ってねーって。なにか他のもんだよ」
「みっみぎ〜」
「え? ポップコーン?」
 動物的お約束で兎田の言いたいことを聞きとり、太助が代弁した。
「ポップコーン撒いたらいいんじゃね?って」
「ばっか、おま、肉食の怪獣がポップコーンなんか食うはずねぇだろ!」
 鋭くつっこんだのは神宮司剛政だった。
 それはそれでまっとうな内容だったが、聞き捨てならんと眉を跳ね上げたのがノーマン少尉だ。
「馬鹿にするな、ポップコーンは万能食だ!」
「いや、そんなはずねぇし」
「なら試してみろ!」
 渡されるLサイズカップ。
 いったいどういうわけか、できたてのポップコーンが山盛りだ。
 香ばしいバターの匂いが漂うが、いくらなんでもこれで怪獣が釣れるとは……
「うおおおおおお!?」
 しかしその数秒後には、ティラノサウルスに似た、ひときわ巨大な怪獣に追われる剛政の姿があった。
「おかしいだろ、この展開はぁああああ!! なんでだ! これもジジィの陰謀か!?」
 ポップコーンのカップをアメフトのボールよろしく小脇に抱え、密林を駆け抜けるランニングバック!
 怪獣は、非常に凶暴な様子で――あるいは、これも「誤動作」の結果なのかもしれなかった。いかに健脚の剛政でも、徐々に差を詰められていく。
「リカ!」
 剛政が叫んだ。
「それを! それをくれ!」
「えっ、コ、コレ? でも、コレは……」
「いいから早く!」
 求めに応じて、リカが投げたのは、彼女が持参したドーナツだ。
 次の瞬間!
 バクリ!と怪獣が剛政を一飲みにした。リカが悲鳴をあげる。
 だが……
 怪獣がのけぞり、はげしく苦しみはじめたではないか。
 そして、げぼっ、と剛政を吐きだした!
「た、剛政ーーー!」
 吐き出された剛政を追ってリカが駆けだす後ろで、ずしん、と音を立てて怪獣の巨躯が崩れた。
「剛政ー! 大丈夫!? 心配させないでよーーー!」
「……あ、ああ、リカ、おまえのドーナツのおかげで助かったぜ……」
 清掃班が集めたゴミの山に落下し、ゴミまみれになりつつ、剛政が漏らした言葉の真の意味には気づかず、リカがぎゅうっと剛政に抱きついた。

「少尉! ここにも怪獣が!」
「なに!」
「ま、待って! こ、この子は暴れたりしてないですよー!」
 茂みの中にうずくまる怪獣の傍に、柝乃守泉の姿があった。
「具合が悪くて、動けなくなってるみたい」
 泉が、そっと、外皮をなでると、サイに似た怪獣が、鼻先を彼女のほうへ動かした。
「病気、なのかも」
 怪我ならば、蒼い炎で癒すことができるのだが……。
 心配そうに怪獣の様子を見る泉の傍に、いつのまにか黒装束の人物がいた。
「この島の怪獣はカラクリだとか」
 それは黒孤であった。
「なればこそ、ゴミを食べて具合が悪くなることもあると聞き及びました。さても興味深いカラクリでございます。材料と作り方さえわかれば、私にも作れるのでしょうか」
 ぞろぞろと、小さな人形たちがあらわれ、黒孤の指の命じるままに、怪獣を取り囲み、様子を見る。
 人形をあやつる黒孤であれば、限りなく生物に近い人工物であるダイノランドの怪獣を癒すことができるだろう。
「食べてしまったゴミを取り除きましょう」
「うん……。ね、口を開けて」
 泉が優しく話しかけると、怪獣が口を開けた。
 その中に、医者の形の人形たちがトコトコと入っていく。中に、さりげなくアズマ博士にそっくりの人形が一体、混じっている。

 ★ ★ ★

「ん〜〜〜、こっちのほうはキレイなもんだねえ〜〜〜」
「そりゃ、だって……そこはさっき探してただろ……」
「え? そうかい? ホントに?」
 タスク・トウェンが息をつく。
 エンリオウ・イーブンシェンの探知魔法は、茂みの中に散らばったゴミを探すのに都合がいいが、どこを探したか探してないか、すぐに忘れてしまったり、日向で、倒木に腰かけて居眠りをはじめてしまったりするので、今いちはかどっていなかった。
 それでも、見つけ出せたゴミは、指先を鳴らせば瞬時に燃え尽くされ、「わしの力も、こんなことに役立つのなら嬉しいねえ」と笑顔を見せるのだった。
 浜辺のほうはあらかた片付いたので、清掃班の皆は森の中へ――警戒班が怪獣を追い払ったジャングルへと、歩みを進めていた。
「リオネちゃん、疲れてない?」
 タスクは、小さな神の子へ話かける。
「うん、へいき。キレイになるときもちいいね」
「そうだね。心が晴れ晴れするよね」
 皆の手伝いがあったので、ずっと早くに片付いた浜辺は、青い海原に映えるまっ白い砂浜になり、眩しいほどの風景に生まれ変わっていたのだ。
「リオネちゃんは良い子じゃなあ。よし、もう少し大きくなったら、おじいちゃんがデートの約束をしてあげよう!」
 ぬっと姿を見せたのは、風轟だ。
 いつも手にしている羽団扇は天狗の証。のしのしと茂みをかき分けていくと、
「危ないから少し離れとくんじゃよ!」
 と周りに声をかけ、神通力を振るう。
 ごう――、と羽団扇が起こした風が、ゴミを巻き上げていった。
「何で散らかす? お片づけしない、かーちゃん凄い怒る! 地球人、地球要らないか? じゃあくれ!」
 そんな声が聞こえてくるのは、アレグラがぷりぷり怒っているからだ。
 島の怪獣にイタズラをする輩がいると知り――そこらに『怪獣にいたずらしないで下さい』と立札が立っていた――、また、ゴミが散らかされているのに、憤っているのである。
 掌の口でゴミを吸収していくアレグラ。
 その前に、ダイノランドに来た目的については、どこかに行ってしまっているようだ。

「それにしても、ここも結構、いっぱい落ちてるね……。なんて酷いことするんだ! 自然は自然のままにするべきなんだよ」
 ゴミを拾いながら、憤慨してみせる神龍 命。
「本当ですね。でもこれって、人工島なんでしょう? すごいですよね……」
 綾賀城 洸は感心したように言った。
 三角巾にマスク、軍手に竹ぼうきやちりとり、とカンペキな掃除スタイルで参加した洸だ。それで、合間合間には、参加者と記念写真もおさえているのだから、なかなか忙しい。
「どうかしました?」
「え? あ、ああ、いや……」
 ふいに話しかけられて、続 歌沙音は、目をしばたいた。
「……ごめん。来た以上は、やらないとね。ぼうっとしてるのもなんだし」
 そう言って、ゴミを拾いはじめる。
 本当を言えば、歌沙音は叔父を後を追ってここへ来たのである。山賊とも言われる叔父が嬉々として出かけたので、なにか悪事でもやらかすのでは、と思ったのだが、ダイノランド島では清掃活動が行われているという。
 何が何だかわからないうちに、活動に参加している歌沙音だった。

 ★ ★ ★

「あ、暑い……」
 銀幕市は春先だが、ダイノランドは常夏である。それも熱帯の気候だ。
 桑島 平はもともとゆるいネクタイを完全に取り去り、他に何ももっていないので、やむなく警察手帳でぱたぱた扇いで風を起こし、せめてもの涼を得ようとするのだった。
 こちらは、不法業者を取り締まるべく活動しているチームだ。
 桑島は銀幕署から派遣されてきた。……暇そう(に見える)という理由で。
「俺だって、ずっと暇じゃねぇのによぉ……」
 などとぼやいてはいたが、そこはそれ、腐っても鯛、刑事一筋の桑島である。
「ったく、自分のゴミは持ち帰れってんだ」
 と、不法投棄業者への憤りをあらわにする。
「マナーの悪い観光客もだけど……こういうことは、僕たち自身、きちんと考えて、なくすようにしないといけない問題だよね」
 と、鹿瀬蔵人。
 このチームには彼のように考えた市民たちが同行し、その中には、銀幕ジャーナルの蔵木健人の姿もあった。
「……でも、どうやって、業者を見つけますか? 島は結構、広いけど……」
 流れ落ちる汗をぬぐいながら、蔵木が言った。
「廃棄物は、船で運ばれてくるはずだ。定期便や観光船とは別に、島に上陸してくるルートがあるはずだけど」
 柊木芳隆が考えを述べる。
「そいつぁ、もっともだ。人目につかず上陸できそうな浜や岸をあたってみるか?」
 桑島が応じた。
「それで、ゴミすてる悪いひとたちをおしおきするんだねー!」
「最後は警察に引き渡すにしても、ちょっととっちめてあげたほうがいいだろうね」
 人々の頭上をひらひら飛んで、気勢を上げるリャナに、蔵人が微笑んだ。
「でも浜か岸ったって、それじゃ島を一周しなきゃいけないじゃない?」
 レモンが、桑島たちを見上げて言った。
「あたしの可憐な肌が日焼けしちゃうわね。もうちょっと手がかりが……って、あら、これ何かしら?」
 見計らったように、はらり、とレモンの前に落ちてきた紙片は。
「まぁ、ちょうどいいところに地図が落ちてたわ! これで地形がすぐ確認できるわね。あたしったらなんてナイスな拾いものを!」
 そんなタイミングで地図など落ちているものか。人々は顔を見合わせたが、そのとき、樹上を駆け去った影に気づいたものはいなかった。翻るマントと、シルクハットの姿を――。
『ギャッ!』
 続いて、茂みからあらわれたのは、一匹のバッキーだ。
「あ……、きみは確か」
 ピュアスノーカラーに、レザーの首輪を巻いたそのバッキーに見覚えがあったのは、柊木だけではなかった。
「ルシフ!?」
『ギャ、ギャッ!!』
 バッキーは駆けだした。まるで、かれらを案内するように。

「ちょっと奥のほうまで来すぎたのじゃない?」
 ふと立ち止まり、ゴミを拾う手を止めて、朝霞須美が言った。
 連れのベルと、セバスチャン・スワンボートも足を止めて、周囲を見回す。
 三人で密林の清掃に挑んだのだが、ベルが怪獣を追い払う役を買って出たので、何の支障もなくここまで進んできてしまった。
「はぐれちまったか?」
 セバスチャンが、がしがしと頭を掻く。まわりに、他の、清掃に参加していた人々の姿は見当たらない。――だが。
「人の――声だ」
 ベルが耳をそばだてて言った。
 人声を頼りに、茂みをかき分け、踏み越える。
 するとそこにいたのは。
「あ」
「……」
 作業服の男たちが数名、ゴミの山と格闘している姿だった。
「あら。こんなところに、ずいぶんたくさんゴミがあるのね」
「それも粗大ゴミだぜ」
「大変だな。手伝おうか?」
 三人の申し出に、男たちは、一瞬、ぎくりとした顔になった。
「え、いや。ええと……」
 しどろもどろだ。
「でも運ぶの、大変ね。セバンさんの魔法――は、よしたほうがいいかしら」
「それはやめとこう。なにかの間違いで、島が吹き飛んでも何だし」
「いや、いくらなんでもそこまでは……。けれど、こんなの……わざわざ運んできたゴミとしか思えんが……。なんだって、こんな――」
 セバスチャンの指が、なにげなく、粗大ゴミに触れた。
「――っ」
 ごう、と逆巻くのは時の流れ。
 無造作に前髪み隠されて見えはしないが、見開かれた紫の瞳に映るのは、過ぎ去った過去の映像だ。
「……おまえら」
 セバスチャンが、男たちに顔を向けた。
「おまえらが、ゴミを捨てているのか!?」
「えっ」
「それじゃあ――」
 不法な投棄をしている業者もいる――事前にそう聞いていたはずだ。
 はっと息を呑む男たちの、しまった、という顔がすべてを物語っていた。
「ゴミの不法投棄は市の条例で禁止されているはずです。あなた方がしていることは犯罪なんですよ」
 毅然と、須美が言い放った。
「……こ、ここは――銀幕市の土地じゃないだろ!」
 男たちのひとりが、苦しまぎれに言った。
 そうだ、そうだ、と追従する声。
「で、でも」
「映画から出てきたんだ。もとは存在しない場所じゃないか」
 力を得て、男たちの態度がより強硬になる。そこへ。
「ほうほう、ってぇことは、だ」
 新たな声が、加わった。
 ゴミ山の頂に立って連中を見下ろす、槍をかついだ男――続 那戯の声が響き渡る。
「ここは銀幕湾の海の上ってわけだ。海にゴミの投棄は、完全に法律違反だな!」
「な――。お、おれたちが捨てた証拠があるのか!」
「それは俺が……」
「あやしげな能力なんかじゃなくて、物的証拠が必要だろうが!」
「たとえばこんな?」
 作務依の懐から、那戯がバラまいた写真が舞う。
 収められているのは粗大ゴミを積んだ船(漁船を買収したらしい)で上陸する連中の姿であった。
「……!」
「自首されたほうがいいですね」
 須美が詰め寄る。
「こ、この……!」
 男が拳を振り上げた――瞬間、閃く光は、カメラのストロボだ!
 そして男の拳は、がっしりと、ベルの左腕の手甲がうけとめている。
「おっと、暴力はだめ!だめ! 悪いことしちゃいけないなぁ〜。……でもバッチリ撮らせてもらったから……覚悟するんだな」
 デジタルカメラ片手に、枝から飛び降りる。
「オレ、調べたんだけど……この国の法律じゃあ、現行犯の場合、誰でも逮捕ができるんだって?」
「へえ、そうなのかい」
 ベルの銀の瞳が男を射抜いた。
 形勢不利と見て、わっ、と違法業者たちが一斉に逃げだした。
 ところが。
「逃がすかぁー」
 立ちはだかる桑島、そして蔵人たち。
「現行犯逮捕だよー。不法投棄が犯罪だって、知らなかったわけじゃないよねー?」
 柊木の声音は穏やかだったが――その目には一片の容赦もなかった。
 そろり……と、隙を見て逃げ出そうとした男がいたが、まったく死角にいたはずの男に向けて、柊木の銃が火を噴く。
 放たれた弾丸は<氷結弾>だ。男の足を、凍結させ、大地につなぎとめた。
「大人しく、してくれるかな……?」
 柊木は笑った。
 それを笑ったと言えるならば、だが。
 ギャッ、と獰猛な声をあげて、バッキーのルシフが業者に飛びかかる。
 たちまちそこは叫喚の巷だ。
 桑島と柊木の指揮のもと、蔵人が、レモンが、セバスチャンが、ベルが、ウィズが、男たちを取り押さえる。開いても死に物狂いで抵抗する。怒号、悲鳴、そして――。
「出遅れちまったぜぇ!」
 ゴミ山をがらがらと崩しながら、姿をあらわしたのは、雲を突くような大男――というより、もはや巨人だ。角に牙、赤銅色を通り越して、ほぼ赤い肌、まぎれもない「鬼」の形相は、本性をあらわにしたRDに違いなかった。
「こいつらはどうしちまってもいいんだろ!?」
 巨大なてのひらが、むんず、と違法業者のひとりを掴みとる。
 どんなにもがこうかぴくりともしない万力のような力に締め付けられ、男は悲鳴をあげた。
「あんまりうまそうじゃないが……この際ガマンだ」
 凶悪なつらに、にんまりと黒い笑み。ぐわっ、と開いたあぎとに並んだ牙を見て、業者の男の体から力が抜けた。失神したらしい。
「ストーーーップ!」
 かろやかに、飛び出してきた、野生の牝鹿のようなしなやかな肢体。
「食べるのはやりすぎ! 『対策課』から依頼が出ちゃうよ……、ね?」
 浅間縁だった。RDの魁偉な容貌と巨躯をさしておそれた様子もなく、あわれな業者が彼の食事になるのを制した。
「ふん。腕一本くらいいいかと思ったんだがな」
 渋々、人食いは諦めて、ぽい、と正体をなくした男を投げ捨てるRD。
「ダメダメ! 今日は――正義の味方もくるからね」
 縁は、イタズラっぽく笑うと、びし!と空をゆび指した。
「鳥だ! 飛行機だ! いや、マイティハンクだ!……てね」
 お約束通り、赤いマントをひるがえし、舞い降りるマイティハンク。
「さあ、マイティハンクの出番かな?」
「やっちゃって、マイティ!」
 スーパーヒーローの降りてきた空から、あとを追うように、七色の翅の妖精、リャナがやってくる。
「ゴミはじぶんたちでもってかえりましょうね〜!」
 突然、出現する青い扉。
 ぱかん、と開いた、その先は――
 マイティハンクと、縁にまるめこまれるままに、なぜだかRDまでが一緒になって、違法業者と、かれらが運んできた粗大ゴミを、扉の向こうへ投げ入れていく。
 リャナがつなげてしまったのは、違法業者たちのオフィスであった。
 柊木と桑島らによって場所も社名も特定され、即日、かれらが摘発されたのは言うまでもない。

 ★ ★ ★

 こうして――リオネの発案による、ダイノランド清掃活動の一日が、終わろうとしていた。

「ええ、おおむね問題なく、うまくいったと思います」
 萩堂天弥は、電話で、対策課に一報を入れているようだ。
「いっそ、今後も、ゴミの処理や、見回りに、ムービースターをやっとてみたらどうですか?」
 職にあぶれているものもいるだろうし、そのほうが効率的かもしれない。
 そんな提案をしている傍らを、のそりのそりと一匹の怪獣が歩いていく。
 胴体に大きく「清掃係」と文字が書かれた怪獣は、集められたゴミをむしゃりむしゃりと食べていた。
「ちょっと、いじらせてもらったんだけどね」
 崎守敏が、得意げな笑みを浮かべた。
「これは『ゴミが主食』の怪獣ってわけ。こいつが一匹いるだけでも、だいぶ違うんじゃないかな?」

「おつかれさま」
「あー、汗かいちゃったなー。あ、サンキュ」
 縁は、リゲイル・ジブリールから冷たい飲み物を受け取り、礼を言った。
 浜辺にリゲイルが設けた休憩所で、作業から戻ってきたものたちが、三々五々、くつろいでいる。リゲイル自身、今日は汚れるのも気にせず、ゴミ拾いに浜や森を駆け回ったが、疲れも見せず、休憩所を訪れるものに汗を拭くタオルを配るなど、かいがいしい様子を見せていた。
「蔵木さんのほうも、うまくいったみたいですね」
「え、ああ、そう、マイティハンクがきてくれたからねえ、あはは」
 蔵木とリゲイルが話す様子を見て、縁は、ふっ、と笑みを浮かべた。
「なんか……懐かしいね。まだ一年も、経ってないのに」
 彼女の言わんとしていることを悟って、リゲイルも頷いた。
 それはリゲイルがはじめて受けた対策課の依頼だったはずだ。ダイノランド島の暴走を止めるために、彼女は、縁と、蔵木と――そして今はもういない友人と、この島を訪れた。
 あのとき、縁がもらった虫よけの匂い袋を、彼女はまだ持っていたし、リゲイルは向日葵のブレスを、落したりせぬよう、大切に、ポケットにしまっていたのだ。
 しばし無言の、少女たちの間を、浜風が吹き抜けてゆく。

「ここは、いいところだな」
 龍樹は浜に腰をおろし、森を振り返って、ぽつり、と言った。
 そして、近くにリオネの姿を見つけると、彼自身に実った桃の実を、差し出すのだった。
「疲れただろう。甘いぞ」
 褐色の肌の巨人は、微笑む。
「ありがとう」
「今日はがんばってくれたんだな。森も喜んでいる」
「そう――かな」
「そうだとも。森も――そして俺たちも、せいいっぱい生き、最後に種を残して、次に継ぐ。そのとき笑っていけたら、いい人生だな。俺は今のところ笑っていけそうだ。それは、リオネちゃんの魔法のおかげでもあるんだぞ」
「……」
「ああ、今日は神子も我らも、良い事をした」
 蘆屋道満が、反対側にどっかり腰をおろし、リオネの頭をなでた。
 背後では、部下の忍者たちが、まだ浜に残ったゴミ拾いをせっせと続けている。
「リオネちゃんは頑張ってると思うよ!」
 クラスメイトPがあらわれて、さらに強く、リオネを肯定してみせる。
「自分で考えて始めたの、凄くえらいと思うし! ……でも、今日はきれいになったけど、なんとか元をたたないとダメだね」
 夕陽が照らしはじめる浜を見渡す。
「スターの人たちまでゴミ拾いをしてる……今日の様子を、みんなに知らせたらいいと思うんだ。映画スターのゴミ拾いって、ちょっとショックだったりもするし……ゴミを捨てる人も減るかも……」
「そういえば、写真――というのか、それをしきりにとっている御仁がいたな」
 と、道満。
 そして――

 後日。
 ダイノランドの浜辺に、この日の清掃活動の様子を写した写真入りの立て看板がお目見えした。
「ん。なかなかいい感じかな」
 真山壱は、出来映えに満足して、頷く。
 看板はゴミが多かった地域にいくつか立てられたが、不法投棄があった地区には――

『ゴミを捨てたら呪われます。捨てた人間はどこにいてもわかりますので、覚悟して下さいませね?』

 と血文字のメッセージとともに、頭の金輪にろうそくを立てた鬼灯柘榴の写真があしらわれた看板が立てられていたという。


(了)

クリエイターコメント大変、お待たせいたしました。『【小さな神の手】ダイノランド島清掃活動』をお届けします。
予想を越えて、こんなにたくさんの人が集まって下さるとは……リネオのみならず、WRもびっくりです。
字数やプレイングや構成の関係で、満足に描写し切れなかった部分も多いのですが、みなさんの活動はしっかり反映され、美しいダイノランドがよみがえったことは、はっきりと申し上げておきます。
ありがとうございました!
公開日時2008-05-10(土) 21:00
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