★ わくわくバッキー大運動会 ★
<オープニング>

 晴れ渡る快晴の青空の下。
 浦安 映人は校門前に設置された、バッキーの形を模したゲートを見上げた。
 カラフルな字体で看板を賑やかしているのは、「わくわくバッキー大運動会」の文字。
 市役所主催のイベントである。
 イベント名の通り、バッキーが競技に出場するバッキーの運動会だ。
「へぇ〜。けっこう人が来てるんだな。なぁ、AD」
 門を潜り中を見渡し、にぎやかなその様子に浦安は自身の飼う、サニーデイバッキーのADに話しかけた。
 会場の綺羅星学園のグランドの、その中央にはバッキーサイズの競技トラック。
 出店ゾーンに並ぶのは、バッキーのお面に、バッキー耳のカチューシャ。バッキー型の風船などが見える。
 ステージの方では、当日の企画としてバッキーをテーマにしたコンテストも開催されるようだ。
「運動会ってより、バッキーのお祭りみたいな感じだな」
 入り口で渡されたプログラムを見ながら、浦安は呟いた。

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□■□ わくわくバッキー大運動会 □■□

【会  場】 綺羅星学園初等部 グランド
【時  間】 10:00〜16:00 (9:00より受付開始)

【主  催】 「わくわくバッキー大運動会」準備局/銀幕市市役所

【プログラム】
 開会式
 バッキー体操
  [競技] バッキー徒競走
  [競技] バッキー借り物競争
  [競技] バッキーの鬼ごっこ
  [競技] バッキーの色当てゲーム
  [企画] バッキーファッションショー
  [競技] バッキー相撲
  [企画] バッキー創作料理コンテスト
  [競技] バッキー障害物競走
 ファッションショー、創作料理コンテスト 結果発表
 バッキーダンス
 閉会式

【お願い】
 競技参加希望のバッキーは受付にてエントリーをお願いします。
 エントリーはイベント終了時刻まで随時受け付けています。
 エントリー証明のリストバンド(ファン用)とミサンガ(バッキー用)をお渡ししますので、着用をお願いします。
 競技、企画によってバッキーをお借りする場合がありますので、ムービーファンの皆さんはご協力お願いいたします。

【競技内容】
■[競技]バッキー徒競走 (バッキー)
  バッキーのかけっこです。ファンの皆さんはゴールでバッキーを呼んであげてください。

■[競技]バッキー借り物競争 (バッキー&ムービーファン)
  走者はムービーファン。借りてくるのはバッキーです。さて、何が出るでしょう?
  応援の皆さんは、バッキーが来た時は一緒に走ってあげてください。ご協力お願いします。

■[競技]バッキーの鬼ごっこ (誰でも参加可)
  バッキーが逃げます。鬼はあなたです。さて、何匹のバッキーを捕まえられるでしょう?
  制限時間内で逃げ切ったバッキーと、たくさん捕まえた鬼さんには賞品があります!

■[競技]バッキーの色当てゲーム (誰でも参加可)
  走者は皆さんです。箱の中のバッキーは、果たして何色でしょうか?
  正解しないとゴールできません。スターの能力はNGです。

■[競技]バッキー相撲 (バッキー)
  トーナメント制のバッキーバトル。最強のバッキーは誰だ!?
  リングアウト、気絶したら負けです。

■[競技]バッキー障害物競走 (バッキー)
  マットに平均台に迷路。難関を潜り抜け一番早くゴールするのはどのバッキーか!?
  ファンの皆さんはゴールでバッキーを呼んであげてください。

【企画内容】
■[企画]バッキーファッションショー (誰でも参加可)
  いかにバッキーを輝かせるかの勝負です。
  あなたの裁縫の腕を存分に発揮してください。優勝者には賞品あり。

■[企画]バッキー創作料理コンテスト (誰でも参加可)
  バッキーをテーマにした料理コンテスト。
  出店者の参加OK。当日飛び入り参加もOK。優勝者には賞品あり。

【その他】
■バッキー体操 (誰でも参加可)
■バッキーダンス (誰でも参加可)
  バッキーと一緒に皆で体操&踊りましょう!
  ムービーファンの皆さんはコスチュームB着用で是非参加を!

■イベント本部にて、バッキーカチューシャ、バッキー手袋、バッキーケープを販売中です。
  是非お立ち寄りください。

※売り上げは全て、イベント終了後施設と市病院に寄付いたします。
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「よしっ。まずはバッキーのエントリーだな」
 受付に向かう浦安の頭上で、

――タタンッ、タン、タタンッ

 綺羅星学園の青空に、合図の白煙が打ち上げられた。
 同時に、スピーカーより開催宣言が響き渡る。
 
『お待たせいたしました。それでは、ただ今より「わくわくバッキー大運動会」を開催いたします!!』

種別名パーティシナリオ 管理番号594
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
クリエイターコメント初のパーティシナリオに挑戦いたします、紅花オイルです。
どうぞよろしくお願いいたします!

タイトルの通り、今回のイベントは「バッキーの運動会」です。
皆さんの可愛いバッキー達が、走ったり、踊ったり、頑張ります。是非参加&応援してください。
イベントでは競技だけでなく、バッキーをテーマにした企画や出店も盛りだくさん。
バッキーのお祭りを皆さんで楽しんでください。

プレイングは、下記からの選択でお願いいたします。
既に公開されました、シナリオ【小さな神の手】「わくわくバッキー大運動会」準備局、は今回のイベントの準備期間が描写されていますので、合わせてご参照下さい。

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【1】競技に参加する
 実際にバッキーをエントリーして競技に参加します。
 競技の中にはバッキー&ムービーファンだけでなく、誰でも参加出来る物もあります。
 競技は下記の中から選択してください。()内は参加対象者です。

  [競技] バッキー徒競走(バッキー)
  [競技] バッキー借り物競争(バッキー、ムービーファン)
  [競技] バッキーの鬼ごっこ(バッキー、スターファンエキストラ)
  [競技] バッキーの色当てゲーム(バッキー、スターファンエキストラ)
  [競技] バッキー相撲(バッキー)
  [競技] バッキー障害物競走(バッキー)

 詳しい競技内容についてはOPをご参照ください。

【2】企画に参加する
 当日開催されている企画に参加します。
 こちらは誰でも参加出来ますので奮ってご参加ください。

  [企画] バッキーファッションショー
  [企画] バッキー創作料理コンテスト

 詳しい競技内容についてはOPをご参照ください。

【3】出店に参加する
 運動会当日の出店を一般から広く募集いたします。
 こちらは誰でも参加出来ます。
 個性的な出店をお待ちしております。

【4】その他
 観戦する、応援する、出店を楽しむ。バッキー体操、バッキーダンスに参加する。イベント運営を手伝う、などなど。その他ご自由にどうぞ。
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 いずれも、しぼって参加された方が多く描写されますので、そちらをお勧めいたします。

 それでは、皆様のご参加お待ちしております!

参加者
サエキ(cyas7129) エキストラ 男 21歳 映研所属の理系大学生
柚峰 咲菜(cdpm6050) ムービーファン 女 16歳 高校生
八重樫 聖稀(cwvf4721) ムービーファン 男 16歳 高校生
黒瀬 一夜(cahm8754) ムービーファン 男 21歳 大学生
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
水無月 時雨(cnrr7926) ムービーファン 男 24歳 歌手
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
ノルン・グラス(cxyv6115) ムービースター 男 43歳 ギャリック海賊団
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
刈谷 真鬼(cccr1132) ムービーファン 男 20歳 大学生
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
アルヴェス(cnyz2359) ムービースター 男 6歳 見世物小屋・水操士
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
萩堂 天祢(cdfu9804) ムービーファン 男 37歳 マネージャー
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
槌谷 悟郎(cwyb8654) ムービーファン 男 45歳 カレー屋店主
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
エディ・クラーク(czwx2833) ムービースター 男 23歳 ダンサー
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
冬野 真白(ctyr5753) ムービーファン 女 16歳 高校生
冬野 陽杞(cfwy3665) ムービーファン 男 5歳 幼稚園生
冬野 那海(cxwf7255) エキストラ 男 21歳 大学生
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
レオニード・ミハイロフ(cvxy7249) エキストラ 男 31歳 会社員
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
セロリアン・クロッカス(cvym4693) ムービースター 男 29歳 魔法学校の先生
ミルス・ジェラード(cucp6386) ムービースター 女 25歳 何でも屋さん
T−06(cpsm4491) ムービースター その他 0歳 エイリアン
ガルム・カラム(chty4392) ムービースター 男 6歳 ムーンチャイルド
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
簪(cwsd9810) ムービースター 男 28歳 簪売り&情報屋
秋津 戒斗(ctdu8925) ムービーファン 男 17歳 学生/俳優の卵
トト(cbax8839) ムービースター その他 12歳 金魚使い
狼牙(ceth5272) ムービースター 女 5歳 学生? ペット?
光原 マルグリット(cpfh2306) ムービースター 女 82歳 理事長/主婦
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
成瀬 沙紀(crsd9518) エキストラ 女 7歳 小学生
コキーユ・ラマカンタ(cwuy4966) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
ノリン提督(ccaz7554) ムービースター その他 8歳 ノリの妖精
ハンナ(ceby4412) ムービースター 女 43歳 ギャリック海賊団
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
岸 昭仁(cyvr8126) ムービーファン 男 22歳 大学生
玉城 カノン(cdnm6360) ムービーファン 女 22歳 フリーター
皇 香月(cxxz9440) ムービーファン 女 17歳 学生
藤代 陽子(cpcw4713) エキストラ 女 47歳 下宿経営者
エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
小春(cfds6440) ムービースター 女 25歳 幽霊メイド
デゼルト(cvsa1728) ムービースター 男 20歳 滅びの神子
桐生 清華(cdat7804) ムービースター 女 17歳 女子高生
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
アーネスト・クロイツァー(carn7391) ムービースター 男 18歳 魔術師
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
続 那戯(ctvc3272) ムービーファン 男 32歳 山賊
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
<ノベル>

■受付でエントリー
 澄み渡る青空の下、綺羅星学園 初等部のグランドは多くの人で賑わっていた。
『わくわくバッキー大運動会』のアーチを潜り会場へと足を運ぶ人の波は、バッキー連れのムービーファンだけでなくスターやエキストラの姿も多く見られた。
 門のすぐ脇に設置されているのは、受付である。
 競技に出場するバッキーとファンはここで登録を行い、エントリー証のリストバンドとミサンガを付ける決まりだ。
「強いぞ一撃必殺丸かじり〜♪」
「何ですか、その歌?」
 共に受付に並ぶサエキの謎の歌に、三月 薺は笑いながら小首を傾げた。2人は運動会の準備会メンバーである。イベント本番である今日も、スタッフ側として参加していた。
「それはそうと、ちゃんと着るアルよ? コスチュームB」
「分かってますよ〜。う〜」
 怪しげな口調でサエキに指を突きつけられ、薺は顔を顰めた。
「薺、体操始まるで」
 交代の為受付に走ってきたのは同じ準備会の針上 小瑠璃である。サエキに本部の様子を問われ、小瑠璃は苦笑で返した。
「イチがごねてたわ。今コキーユと山西に取り押さえられてる」
 これから始まる体操を思えば、同じ仲間である黒瀬 一夜の抵抗はよく分かる。小さく息をつく薺の肩を、元気付けるように小瑠璃が叩いた。
「最後まで、気合い入れて行こな? 皆に笑顔で帰って貰おぉね?」
 本部へと駆けていく薺と入れ替わりで、校門前の通りに黒塗りの高級車が横付けされた。
 中から元気よく飛び出してきたのはレドメネランテ・スノウィスと、お弁当らしい大きめのバスケットを抱えた鴣取 虹。そしてリゲイル・ジブリールだった。
「リガ。俺は車を停めてくるから」
「忙しいのに、ゴメンナサイ叔父様」
 左の運転席から顔を出したのは、リゲイルの叔父 レオニード・ミハイロフである。
「エントリーお願いします。コイツは蒼拿っす」
「銀ちゃんです、お願いします」
 受付にてバッキーのエントリーを行う2人。
「よく来たな。楽しんでってぇな」
「あのっ」
「うん?」
 登録は必要のない筈のレンから突如1枚のカードを渡され、小瑠璃は瞠目した。
「――僕らの、バッキー……?」
「お願いします!」
 横でサエキが調子外れのメロディを口笛で奏でる。
 ココとリゲイルが顔を見合わせ笑った。
 それと同時に頭上のスピーカーから、運動会のプログラムアナウンスが響き渡る。
『ただ今より、バッキー体操を始めます。ご参加の皆さんは本部前にお集まり下さい』


■プログラム02 バッキー体操
「ずっとあの調子です」
 本部のテントを潜った薺を待ち構えていたのは、それは凄い光景だった。
 どこか具合悪そうに青い顔をしたコキーユ・ラマカンタが一夜を後ろから羽交い絞め、市役所の新規職員で彼の高校時代の先輩でもある山西が、むりやりコスチュームBを足元からはかせている。
「まあ彼の気持ちも分かる気はしますけどね」
 そう言ってラベンダー色のコスチュームBを薺に手渡した水無月 時雨は、既にココア色のファングッズを着用し準備万端だった。
 同じ準備会メンバーを哀れみの目で見つめるその先には、一夜のピーチバッキー ルピナの姿がある。
 そう、彼のバッキーはパステルピンク色だった。自分の飼うバッキーの色に準じる為、当然一夜のコスチュームBもパステルピンク色である。
 男なのに、可愛いピンク色。まだ若い大学生の青年としては、これは抵抗したくなるのも分かる気がする。
「くそっ、放せ!!」
「いい加減諦めろって、黒瀬のあんちゃんよ〜。あ〜頭痛てぇ」
 前日バイト先のレストラン『アルトリア』で飲んでしまったコキは二日酔いだった。痛む頭を抑えよろけながらも、何とか今日は会場までやってきた。とりあえず、初めが肝心体操だけでも気合で!と参加する気である。
「うわぁ、皆さん結構集まって来てますよ?」
 着替えを終え戻ってきた薺が、テントの隙間から向こうを窺い声を高くした。
 視線が一斉に一夜に集まる。
 無理矢理ピンク色のコスチュームBを着させられた一夜は、ガックリと肩を落とした。
 時雨と薺はバッキーダンス担当の為、体操は一夜が一番前に出て号令を取らなければならない。
「……分かった、やるよ」
 諦めたように、一夜は大きく息をついた。

 本部テント前の体操集合場所。会場には、たくさんの子供達が集まっていた。
 色とりどりのコスチュームBを着たムービーファンの子供達。バッキーを持っていない子は、本部で販売しているバッキーカチューシャやバッキーケープなどを、それぞれ自分の好きな色を選びつけている。
 そんな中。
「楽しもうね、ふー坊!」
 肩に乗るピュアスノーバッキーに明るく話しかけているのは、初等部で教師を勤める真船 恭一である。
 教職暦17年。授業の際は眼鏡と白衣がトレードマークの齢42になろうかという理科教師は、まったく抵抗感もなく真っ白な着ぐるみにその身を包んでいた。
 長身で存在感のある真船は、明らかにその場で1人浮いていた。
「まふまふ! アレ! アレグラもアレ頭からはやす!!」
 真船の白い袖を下から引くのは、運動会に一緒に来ていた宇宙人のアレグラだ。
 掌にぽっかり開いた口が、真船のバッキー手を噛締めグイグイ引っ張るたび、アレグラの頭部に括られたガスマスクが激しく上下する。
 アレグラが指差すのは、周りの子供達がつけているバッキーグッズのようだ。
「よし、体操が終わったら買いに行くとしよう」
 一緒に妻へのお土産も、と微笑む真船はバッキーを心から愛し、今日のイベントをめい一杯楽しむつもりでいた。

「はぁ〜よかった、間に合ったぁ〜」
 体操に集まる輪の中駆け込んできたのはベアトリクス・ルヴェンガルドと手を繋いだ悠里である。
 体操に参加しよう、と意気込んでいた2人であったが競技に出た訳でもないのに何故か既に泥だらけだった。
「うっうっ、痛くないなんかぞ……っ!」
 どうやら2人揃って転んでしまったようだ。泣き出しそうなビィの汚れた服を、悠里が慌ててほろう。
「遅いぞ。どこ行ってたんだよ」
「ゴメン。向こうでね、妖精の子とぶつかっちゃってね、出店のダンボールひっくり返しちゃってもう大変だった……」
 一緒に参加する約束をしていた同じ下宿の岸 昭仁の声に振り返り、悠里は目を丸くした。
「すごーいっ。いいなヒト君、カッコイー!」
「おおバキシトラスだな!」
 ムービーファンである昭仁が着用しているのは、他のファン達の着ぐるみとは違い、シトラス色の全身タイツ。実験の際には昭仁も参加した。コスチュームBの試作品として作られた戦闘スーツだった。
「なんで俺だけコレなんだよ!? コラ、カノン笑ってんじゃねぇ!!」
 真船同様、昭仁もこの場では1人十分に浮いていた。
「ったくよ〜。あ、ところでハーレイ知らね? さっきからずっといねぇんだよな」
 その問いに昭仁の幼馴染である玉城 カノンが彼の姿に笑いを堪えながら答えた。
「あんたのバッキーなら、あんたらんトコの下宿の大家さんが連れてったケド? ファッションショーに参加させるとか言って」
「マジかよ!? 競技に出ようと思ってたのに、勘弁してくれ!」
 頭を抱える昭仁をよそに、拍手と共に何故か爆笑の声が聞こえた。
 見れば台の上、ピーチ色のコスチュームBを着た一夜が大笑いしている友人の冬野 那海を睨みつけている。一夜の登場を合図にお馴染みの音楽が流れ出した。どうやら体操が始まるようだ。
『腕を前から上にあげて大きく背伸びの運動から〜』
 行儀良く並んだ子供達と大人達、そしてバッキーが大きく腕を上げる。
 台の上の一夜は表情を無くしたまま無気力に。台の下左右に、同じく皆に向かって立つ時雨と薺は笑顔だ。
『手足の運動〜』
 誰よりも張り切って体操をしているのは真船だ。隣で楽しそうにアレグラも勢いよくぶんぶん腕を振り回している。
『腕を回します。外回し〜内回し〜』
 二日酔いでダルそうなコキの隣り、踊るエリック・レンツは1人激しかった。
 ヘッドフォンから漏れ聞こえる音楽は、体操の曲とは全く違うハードロック。それに合わせ、細身の体を捻り跳ねたり飛んだりと滅茶苦茶な動きをしている。
「イエアァーーッ!!!」
 絶好調のエリックは、飼い主とはぐれたのかウロウロと地面をさ迷う1匹のバッキーをすくい上げると、シェイカーのようにぶんぶん振り回し始めた。
「最ッ高、だぜ、ナァーーッ!!??」
 振り回されるアイボリー色のバッキーがそれに答えられる筈もない。
 綺羅星学園のグランドは明るくも賑やかな空気に包まれていた。

――この時。
 既に事件は始まっていたのだが、それに気付く者はまだ誰1人としていなかった。


■プログラム03 バッキー徒競走
「うわぁ〜!」
 ズラリと並ぶ出店の中から漂う食欲をそそる様々な香り。そして呼び込みの声。
 その賑やかな様子に、ルシファは瞳を輝かせ声を上げた。
「見てみてレイド、アレ可愛い!」
「見てみてレイドぉ、アレキャワイイー!」
「コーラ、ルシファ。走り回るんじゃねぇ。そしてお前はその気持ち悪い裏声をヤメロ、ガーウィン」
 口調だけは厳しくルシファには優しい眼差しを、ふざけて少女の後ろを付いて回る悪友には後ろから蹴りを入れながら、レイドははしゃぐ2人を窘めた。
 ガーウィンの様に、呆れ顔で頭を振っているのは彼の相棒の柝乃守 泉だ。
「もう直ぐ咲菜ちゃん達の番ですよ!」
 彼らは揃って競技に出場する柚峰 咲菜と八重樫 聖稀の応援に来ていた。
 それまで食べ物にばかり夢中になっていた何でも屋の男は、そうだったと指を鳴らすと泉に笑みを向けた。
「せっかくだから賭けでもしようぜ。咲菜とまさきちのバッキー、どっちが先にゴールするか。俺はまさきちに賭ける。勝ったら夕飯は高級肉のすき焼きな!」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
 突然の提案に慌てる泉。
「なんだぁ? 負けるのが怖いのかぁー?」
「違、そんな訳! ……じゃあ私は咲菜ちゃんに賭けます。勝ったら私の代わりに家事1日やってもらいますけど、いいですか?」
「おうよ」
 こうして本人達のあずかり知らぬ所で、賭けは行われることとなった。
『ただ今より、バッキー徒競走を始めます。ご参加の皆さんは競技トラックにお集まり下さい』
「わぁーい、かけっこ!」
「ホラ、始まるぞ」
 果たして、賭けの勝敗は如何に?

「位置について、ヨォーイ……ドンッ!」
 パァンと高い破裂音と共に、火薬の匂いが充満した。
 スタートの合図に、一斉にバッキーが飼い主の元目掛け駆け出していく。
「黒刃、こっちだよ!」
「おいで! ぽこちゃん! 頑張ってぇー!」
「くお〜。こっちだよ〜」
「グーリィ、おいで!」
 ゴール地点では飼い主達が自分のバッキーに向け、懸命に呼び声を上げている。
 一番初め、トップに踊り出たのは取島 カラスのミッドナイトバッキー 黒刃だ。
 人懐っこいおっとりした黒刃は、飼い主のカラスの呼び声に素直に順調に駆けてく。
 しかし。
「よーし、黒刃。その調子……ああっ!?」
「キュ?」
 突如前を横切った白い物につられ、黒刃はコースを外れてしまった。
「黒刃?! ゴール、そっちじゃないよ!」
「ルシフ!?」
 驚きの声を上げたのは萩堂 天祢だ。つい先まで一緒に居た筈の担当アーティストのバッキーがどうやらいつものように勝手に脱走したようだ。
 黒刃を追いかけるカラスに続き、萩堂も慌ててその後を追った。
 コースに残ったのは萩堂のバッキー グーリィと、冬野 真白のバッキー ぽこ、そして冬野 陽杞のバッキー くおである。
「くお、がんばれ〜」
 5歳児の陽杞が一生懸命バッキーを呼ぶ。しかし肝心のくおはと言えば、真っ黒の体の中つぶらな瞳を瞬かせ、マイペースにのんびりと歩いていた。
「ん?」
 真白はふと呼ばれたような気がして顔を上げた。ぐるりとコースを囲む観客の中、兄の冬野 那海の顔を見つけ、笑顔をこぼす。
 自分の声に気付いてくれた妹の可愛い笑みに、那海の顔も自然綻んだ。仲の良い冬野家は、揃ってこのイベントに参加していた。
 バッキーは可愛い。一生懸命くおを呼ぶ陽杞もまあ可愛い。
「でも、やっぱり一番可愛いのは真白だな」
「このシスコンめ」
 満足そうに頷く那海の隣り、突っ込みを入れたのは腐れ縁の一夜である。
「は。ロリコンのピンク男に言われたくはないな」
「煩い」
 小学校から続くやり合いの中、ふと気付けば最愛の妹の笑顔が、何故か自分を通り過ぎ後ろに向けられている。
「何ッ!?」
 ハッとなって那海は慌てて振り返った。視線の先には、姪と仲良くしてくれる友人を応援しようと観客の輪に加わっていたレオニードの姿がある。
 可憐な笑顔で頭を下げる真白に、スマートな仕種で手を上げ微笑を返すレオニード。
(おのれ何ヤツ……ッ!?)
「オイオイ、お前目が怖いって」
 そんな様々な人間模様が繰り広げられる中、順位は飼い主不在のまま走りきったグーリィが1位。ぽこが2位。3位はくおとなった。

 スタッフに誘導されゴール地点に立った秋津 戒斗はやる気無さそうに息をついた。
「運動会って、コイツら運動させる必要あんのか……?」
 これだけバッキーがいるとどれが自分のか分からなくなりそうだと、戒斗はスタート地点の自分のバッキーを眺めながら手首のエントリー証を撫でる。
 元々戒斗はイベントになど興味はなかった。ただバッキー好きの従妹に誘われ、いつの間にやら仕方なく参加する事になってしまった。
「カイちゃん、山吹ちゃん、頑張って〜!」
 デジカメを構えた従妹の七海 遥の声援を受け、戒斗はかったるそうに首を振りながら腰に手を置いた。
「あ、ルシファちゃん達来たよ? 聖稀?」
「……うわ、オッサン。何だ、あの笑み。まーた何か企んでるな?」
 ゴールに共に並ぶ咲菜と聖稀は同級生であり、同じマンションの隣同士だ。
 1人暮らし同士と言う事もあって、今では生活の半分を分かち合うような家族に近い付き合いをしている。
 日頃何かと自分を構ってくるガーウィンの様子に聖稀は眉を顰めた。ホラ、今日も相棒の泉を巻き込んで、何やらヒソヒソしている。今度は何だってんだ?
「聖稀。聖稀!」
「え?」
――パァンッ!
「わわっ」
 聖稀が観客の中の男に気を取られている隙に、競技は始まってしまったようだ。
「のの、おいで! こっちだよ」
「くそっ。ぱんた、来い!」
 飼い主達の元にバッキーが揃って走り出す。
「山吹〜」
 戒斗はかったるそうに手を叩きながら。
「がんばって、ハヌマーン!」
 沢渡 ラクシュミはジャンプしながら自分のバッキーを呼ぶ。
 観客からも応援の声が飛んだ。
「オラァ〜まさきんぐ〜! もっと気合入れて声出してけ!!」
 声の主は言わずもがな、である。
「ヤジ飛ばすなよ! ぱんたとののちゃんがビビッてんだろ! つか、まさきんぐって呼ぶな!!」
 咲菜のピーチバッキー ののは早く咲菜の元に辿り着きたくて、全力疾走していた。
 聖稀のバッキー ぱんたはののと仲良しで、ぱんたはののを支えるように寄り添い走る。
「ハヌマーン、でんぐり返しじゃなくて走ってよ〜!」
 ラクシュミのシトラスバッキー ハヌマーンは暇さえあればいつでもどこでも、でんぐり返しをする、ちょっと不思議なバッキーだった。そんなハヌマーンを、後ろから追い上げていた山吹が蹴飛ばしたのは丁度コースの真ん中辺りだった。
「あ」
「わっ、ハヌマーン!?」
 サッカーボールのように勢い良くコロコロと転がり出したハヌマーンは、
「きゃっ、のの!」
「ぱんた、危ない!!」
 前方で寄り添うように走る2匹を巻き込むと、ごろごろゴールに向け一直線で転がり始めた。
 結果。
「で。どっちが勝ったんだ、アリャ?」
「さぁ?」
 観客と、飼い主達が呆然と立ち尽くす中、仲良く一緒にゴールを決めた3匹には、それぞれ記念のストラップが渡されたのだった。


■プログラム04 バッキー借り物競争
 出店ブースとは少し離れた本部テント。そこで一際賑わっているのは、バッキーグッズの販売スペースだった。
「う〜ん、何色にしよう……」
「あ、こっちのケープも下さい。いや、もちろん自分用じゃなくてね、女友達の為になんだけどね」
 グッズを購入しているのは、レオ・ガレジスタと相原 圭である。
 カチューシャにケープに手袋。全身身に着ければ、コスチュームBを着れないムービースターもエキストラも、皆バッキーになれる。バッキー運動会ならではのグッズである。
「盛況みたいですね」
 そう言って、本部テントの中から販売ブースの様子を覗き見たのは銀幕ジャーナルの記者 七瀬 灯里だ。今日もデジカメとメモ帳装備で運動会の様子を取材に来たようだ。
「さっきもあっしの知り合いが買いに来て大騒ぎでさぁ。耳はやすーなんつってまぁ、何時にない浮かれようで」
 自ら運営の手伝いを買って出た旋風の清左は、唯一覗く右目を優しげに細めた。
 家主に引きずられる形でこのイベントにやってきた清左であるが、運営に携わる皆さんも楽しみたいだろうと交代を申し出、こうしてすすんで本部に詰めている。
「あ、そうだ。さっきはジュース、ありがとうございました! ウチのスタッフにまで、ご馳走様です」
「いや、なぁに。そいつぁ、エンリオウの旦那の粋な計らいさ。差し入れだって、態々本部に持ってきてくださった。あっしも有難く、ご相伴に預からしてもらったってぇ訳さぁ」
「そうだったんですか」
 手の中で瓶を転がしながら、そういえば、と灯里は撮影の手伝いで一緒に来てもらった同行者の存在を思い出し周囲を見渡す。
「クラスメイトPさん、どこ行ったんだろ……?」

『それではただ今より、バッキー借り物競争を行います。参加のバッキーと飼い主さんは、競技場に集まって下さい』
 アナウンスに集まった参加者を、スタート地点で整列させるサエキ。クールなポーカーフェイスに似合わずその頭部にはバッキーカチューシャが揺れている。恐らくはノリで付けたのだろう。
 そしてそれ以上に目を引く、それは。
「皆頑張るアルよ! ノリで!」
 サエキの頭上をフヨフヨ浮遊する、ノリの妖精 ノリン提督だ。
 いつもの海賊姿とは打って変わり、運動会らしく半袖体操服にブルマ姿。帽子は紅白帽で、背中には『衣装チェンジ承るアル! ノリで!』と書かれた謎ののぼりを背負っている。
 どうやら生みの親であるサエキに丸め込まれ、スタンバイしているらしい。
 一体どんな物をノリで借りさせられるのか、参加者達は不安を覚えずにはいられなかった。

「ヨーイ……ドンッ!」
 片手で耳を塞ぎながら恐る恐る引き金を引いた薺の合図で、ムービーファン達は一斉に駆け出した。
 走った先の地面には、封筒が複数置かれている。
 真っ先に封筒を拾い上げたのは、スタートダッシュも早かったカノンである。やや乱暴な動作で中身を引っ張り出すと、それまで肩に乗せていたピーチバッキーに向け素早く指示を飛ばした。
「タマ! 『海賊』だ、連れて来い!」
 今回の借り物競争は、飼い主が走り、バッキーが指示通り借りてくる、というルールである。
 小さな体を懸命に動かし観客の輪の中に駆けていくタマの後ろから、ノリン提督が「『海賊』アルよ〜!」と周囲に向け呼びかける。
「あ、呼んだ?」
 手を上げたのはギャリック海賊団のシキ・トーダである。ノリ良く名乗り出たまではよかったが、タマに先導される歩みは何故か遅い。
「ちょっと、あんた! 何チンタラやってんだよ!」
「や、ごめんごめん〜。ちょーっと飲みすぎちゃったみたいでぇー」
「だあぁぁっ、オッサン早くしろって!!」
「ひっどーいっ、まだピチピチの19歳なのに。心は。ひっどーいっ!!」
「アホかッ!!」
 カノンとシキの漫才の横をすり抜けて行くのは、ノセられてもいないのにノリノリで未だコスチュームBのままの真船とメンデレーエフ。そして、『借り物』である『ムービースター』のトトである。
「よろしく頼むよ」
「うん!」
 真船と仲良く手を繋ぎ、ゴール目指して走る姿は微笑ましい。
「めいひー? 頑張ってー」
 すれ違い様振り返りトトが声を掛けたのは、銀幕署の刑事の流鏑馬 明日である。
 長袖ジャージに下はブルマ、という気合十分な服装で競技に臨んだ明日は、カノンの次に封筒を拾い上げていた。しかし、中身を引き出した後、何故かそのまま固まった。
「うぉい、どうした明日! パルも待ってんぞ!?」
 観客の輪の中に加わっていた同僚刑事の桑島 平が相棒のおかしな様子に声を掛ける。
 しかし、その声にも、心配そうに見上げるパルの視線にも、明日はピクリとも動かない。
 ふよふよと飛んできたノリン提督が、手元を覗き込み高らかに声を上げた。
「『幽霊のヒト』アルよー! 『幽霊のヒト』はいないアルかー!?」
 その瞬間、明日が物凄い形相で顔を上げた。
「ゆゆゆ幽霊なんて非科学的な! そんなもの居る訳居る訳居る訳ないでしょう……ッ!!!」
 明日は幽霊が大の苦手だった。
 流石にこの『借り物』は無理だろう、と誰もがそう思ったその時。
「はぁい。お呼びでございましょうか?」
 すうっとその場に冷気が下り、次いで薄っすら声がした。
 明日の目の前に、何故か寿司桶を抱えたメイド服の小春が突如音もなく現われた。
「あら」
 額からつうっと一筋血の雫が伝わる。
「――――――ッ!!??」
「あらあらー? どうしたんでございますか?」
 悲鳴はなかった。音速で回れ右をした明日はそのままコースから早足で離脱した。
「何も見えない何も聞こえない何も見えてない何も聞こえていないいぃぃーーーッ!!!」
 同じくコースの外で大騒ぎをしているのはエリックである。
「一緒に来てってばっ!」
「だーから! 俺はムービースターじゃないっていってるだろーがっ! ユー聞いてんのか!?」
「聞いてるキてるこの曲マッジお気に入りだし最ッ高ォーーッ」
 エリックが袖を掴んで話さないのは、山賊の異名を持つ続 那戯である。
 確かにオレンジ色の髪に紫の瞳。巨大な槍を担ぐ和装の那戯はまるで一般人には見えなかったが、彼はれっきとしたムービーファンだ。
 しかしヘッドフォンで爆音を聞き続けるエリックと、そもそも会話がかみ合う筈もない。
 エリックのバッキー ローラがただ1匹、飼い主の暴走を止めるべくスニーカーの紐を懸命に引っ張っていた。
 そして最後の走者、浦安 映人のバッキー ADは。
「…………」
「…………何だよ」
 じっとバロア・リィムを見つめていた。
 その口には、『ネコミミ』の紙を咥えている。
 同居人に誘われて、仕方なくイベントにやってきたバロア。無言の訴えにも動かない彼に、次第に周囲の観客の目も冷たくなっていく。
「バロア」
 一緒に観戦していたタスク・トウェンが爽やかに、ぽんっとバロアの肩に手を置いた。
「……クソ。こんなの僕のキャラじゃないのに……」
 結果。
 1位 真船&メンデレーエフ。2位 カノン&タマ。3位 浦安&AD。
 明日とエリックは残念ながらリタイアとなった。

 第2レース。
 封筒を拾い上げ、その借り物に綾賀城 洸は黒曜石のような黒い瞳を瞬かせた。
「『スーツのヒト』ですか」
 運動会と言うイベント柄、普段はスーツでも今日は動きやすい格好で来ている人の方が多い綺羅星学園のグランド。洸のサニーデイバッキーの蒼穹も、観客に向け紙を両手で掲げ跳ね回るが対象者は中々見つからない。
 途方に暮れる洸。しかし、その時。
「あ、植村さん!」
 人垣の向こうに目的の人物を見つけ、洸と蒼穹は同時に駆け出した。
「ご協力、お願いします!」
「え、私ですか!?」
 真ん中にバッキーの蒼穹を挟み、仲良く手を繋いだ2人と1匹は観客の拍手に包まれながら無事ゴールする事が出来た。
 そんな運動会ならではの微笑ましい光景に、皆が笑顔を浮かべる中、
(め、眼鏡男子に、スーツ! 敬語少年に敬語青年! なんて美味しい組み合わせなの!? きゃ〜っ、これは萌えるわ、究極の萌えだわっ!!)
 完全に自分の妄想の世界にトリップしてしまったのは、二階堂 美樹である。
 普段は科学捜査官として白衣を着てバリバリに働く彼女も、今はだたの萌えゲーマーである。
 競技の最中であると言うのに、封筒を握り締めたまま、彼女はウットリと萌え対象に釘付けとなってしまった。
「んなっ!」
 封筒の中身を見るなり、叫び声を上げたのは皇 香月である。
 お祭りごとは嫌いではない。楽しく競技に参加していた香月であったが、コースに立った瞬間、彼女の負けず嫌いの心に火が点いてしまった。
 絶対勝つ、と全力で走ったのに。紙に書かれた文字はなんと『ウサミミ』。
 次の瞬間、彼女の瞳が鋭く1人と1匹の姿を捉えた。それは観客の輪の向こう側。
『ここで会ったが100年目!』と襲い掛かる男を強烈なキックで返り討ちにしているレモンと、
アヒャアヒャ笑いながら釘バットを振り回しアイボリー色のバッキーを面白がって追い回している玄兎。
 2人とも、『ウサミミ』だ。しかしそれは、遠く離れた端と端。
「そ、そこのウサギ達待てー!」
 気が付けば、バッキーの宵よりも真っ先に、香月は走り出していた。
 観客の輪の中、
「デゼルト。カヅキのあの様を、なんて言うか知ってるか?」
「ん?」
「『二兎を追う者は一兎をも得ず』だ」
「……ふぅん?」
 香月宅に居候する、アーネスト・クロイツァーとデゼルトの、そんな2人の会話。
「よしスタバ、よくやった。偉いぞ」
 引き当てた借り物の『バッキーグッズ』を観客の中から無事借りる事が出来たギリアム・フーパーは、カチューシャを咥え戻ってきたココアバッキーのスターバックスを両手を広げ出迎えた。
「さあ、フィニッシュといこうか。……ん?」
 いつものようにスターバックスを肩に乗せた所でギリアムは、封筒を手に立ち尽くすリゲイルの姿に気付き声を掛ける。
「どうかしたのかな、お嬢さん?」
「あ、えーと、借り物が『バッキー』なんですが……」
 見渡せば、次の競技に借り出されてしまっているのか、観客の中にもどこにも、バッキーの姿はない。
「これは困ったね。……そうだ!」
 大振りの銀の上にスターバックスが乗る。まるで亀のように重なりゴールに向け歩く2匹の後ろから、カチューシャを付けたリゲイルをエスコートするギリアムが続く。
「これなら皆いっぺんにハッピーだろう?」
 そう言って悪戯っぽくウィンクするギリアム。まるで自分の勝敗に拘らぬ、欧米人らしいアイディアだ。
 本物のハリウッドスターの粋な計らいと、2匹のバッキーのその愛らしい姿に、その日一番多くの拍手と歓声が送られた。
 結果、1位 洸&蒼穹。2位3位はギリアム&スタバ、リゲイル&銀の同着。
 美樹と香月は残念ながらゴール出来なかった。

 参加者に、小瑠璃から景品が配られる。
「はいお疲れさん。これはな、絆を鍵で繋ぐっちゅう、意味も込めてるんよ? 大切に使うてな?」
 手渡されたのはバッキーをモチーフにした小さな南京錠だった。裏には日付と運動会の名も入れられている。
 それは今日の日の、とても良い記念となった。


■プログラム05 バッキーの鬼ごっこ
 競技も進み時刻は昼時、食べ物系の出店は多くの人で活気づいている。
 中でも列が出来る程盛況なのは、カレーショップ『GORO』の出張店舗、槌谷 悟郎の店である。
「まあ、普通のカレーだが、ごはんの上にルーをかける時、こう、ちょっとクルっとやれば……ほら、ココアカラーのバッキーの背中みたいだろ?」
 隣にバッキーのチャツネを並べ、悟郎はお客に比べて見せる。
「よかったら、今度お店にも来てくれると嬉しいな。よろしく」
 チラシと共にカレーを渡す悟郎。
 並ぶ列にはカラスや清左の姿もある。
「む……!」
『かれー』を初めて食べた清本 橋三は、一口頬張るなりカッと両目を見開いた。どうやら辛いとは思わなかったようだ。
「……むぅ」
 咀嚼しながら満足そうに頷く。どうやら好みの味だったようだ。この街に来てまた一つ、清本の好物が誕生した。
 美味しいと口々に声を上げるお客が更に人を呼び、列はしばらく途切れそうにない。

 カレーショップ『GORO』に負けないくらい人を集めているのは、神龍 命とアルヴェスが営む点心の出店だ。
「さあいらっしゃい、点心のお店だよォ。美味しい『まん』の中身は何とバッキー色! 黒ゴマに桃餡、柚子餡、緑茶餡! 飲み物もたくさん揃えてます、さあいらっしゃい!」
 元気なカンフー娘は、蒸しあがったバッキーまんを軽快な動きで宙に放っては皿で受け止め並べていく。
 隣で手伝うアルヴェスが焼いているのは、変わり餃子だ。
「餃子はいかがですか〜? チョコにアイスにあんこにクリーム! あ、ふつうのももちろんありますよ〜。あまいもの食べて、げんきに運動会がんばってね」
 一生懸命大きな声を出し、お客さんを呼び込むアルヴェス。時折隣の命を見上げては、はにかんでいる。どうやら命お姉ちゃんと慕う彼女と一緒にお店が出来るのが嬉しくて仕方がないようだ。
「ゴマまんと、桃まん、それと……柚子まんか。一個ずつ下さい」
 それぞれのバッキー色のバッキーまんを買いに来たのは、聖稀と咲菜、そしてラクシュミだ。どうやら先程の競技で仲良くなったらしい。
「ハイ、お待たせェ!」
 笑顔で出来立てを渡しながら、命は隣で自分を見上げるバッキーに心の中で謝った。
(ごめんね麟ー、運動会参加しなくて)
 でも自分の点心で皆が喜んでくれる顔が見られるのは、何より嬉しい命だった。
「さあ、いらっしゃい!」
 2つの出店は運動会に大きな花を添えていた。

「イベントの最後にダンスを行います。よかったら皆さんで参加してください!」
 人だかりに便乗し、時雨はバッキーダンスの宣伝活動を行っていた。たくさんの人に集まってもらった方が絶対に楽しい筈。コスチュームBを着込んだまま、自作のチラシを配りながら時雨はダンスのアピールに努めた。
 そのチラシを何気なく受け取り、
「ふぅん。ダンス、ね。……そうだ、いい事思いついた!」
 エディ・クラークが、小さく笑みを零した。


『これより、バッキー鬼ごっこを行います。ムービーファンの皆さんは、バッキーの貸し出しにご協力よろしくお願いいたします』
 ぐるりと木の柵で囲まれた競技場には、色鮮やかにも様々なバッキーが集められた。
「ふえ〜すごぉ〜い!」
「ここまで集まると、圧巻だな」
「さぁ、集めまくるわよ! 賞品賞品!!」
 ルールは簡単である。何匹バッキーを捕まえられるか。それぞれカゴや鞄を背負い、今か今かとスタートの時を待つ参加者達。
『――それでは。ヨーイ、始め!』
 ピーッ!!
 アナウンスとそれに続く笛の音を合図に競技は始まった。
 歓声と笑い声と楽しげな悲鳴。一際高く大きな声を上げているのは小学生の成瀬 沙紀だ。
「待てー!」
 汚れてもいいように地味めな学校の体操着を着て、だからいつもより少し派手なリボンでオシャレして。ずっと触りたかったバッキーに触れる嬉しいこの競技。狙うは一番のんびりしているバッキーだ。しかし。
「もう! 大人しく捕まりなさいよーっ」
 ひょい、と沙紀の手を軽々すり抜けていくのはラダ。負けじと沙紀は一生懸命走った。
「アレグラを攪乱する気か! このすばしこい奴らめ、小癪な!」
 何やら剣呑な言葉でしかし笑顔全開で走り回っているのはアレグラだ。
 逃げるのはばっくん、ユウジに蒼拿。3匹がいっぺんに違う方向に走り出した。アレグラも慌てて手足を伸ばし一気に捕獲を試みる。
「一網打尽にしてくれる!」
 しかし。
「うお!」
「ふえ〜っ!?」
 その手に絡め取られたのは、やっとの事でくおを捕まえたルシファだった。しかも伸ばした手が絡まって外れない、ときたもんだ。
「あはは、レイド見てー! 私も一緒に捕まっちゃったぁ」
「コラ、ルシファ大人しくしていろ、動くな!」
 観戦していたレイドが慌てて駆けつけたのは言うまでもない。
 バッキーグッズに身を包み、ニコニコと人のよい笑顔で参加しているのはレオだ。
「おっとと。わぁ、そんな所に登らないで……!」
 大きな体を屈めバッキーに手を伸ばすが、すばしっこいグーリィはレオの足の間をすり抜けたり、体によじ登ったりと、中々捕まってはくれない。
「うわっ!」
 仕舞いには地面に尻餅をついてしまう始末。痛みを堪えながら参ったなとレオは、しかし楽しそうに頭をかいた。
 同じく、足の速いポリフェノールに翻弄されているのはセバスチャン・スワンボートである。
 簡単に捕まえられると踏んでいたのだが、案外これがどうして知人のバッキーとは違い大人しくジッとなんかしてくれない。ポリフェノールはポリフェノールで、何故か牙を剥き出しにしてアイボリー色のバッキーを追い掛け回していた。
「こ、この、さすがの俺も腹が立つぞ……!?」
 思わずセバスチャンは自棄になって叫んだ。
「コラ、そこのバッキー待ちなさいったら!」
 大きな籠を背負いゴスロリのスカートを翻し爆走するのは、聖なるウサギ様のレモンである。
 軽いフットワークで地面をうろつくバッキーを掻っ攫っては、ポイポイと後ろの籠に入れていく。
 籠の中ひしめくのは、ぽこにハヌマーン、リエートだ。銀を拾い上げ突っ込んだところで、しかし遂にその限界は訪れた。
 バッキー達が一斉にレモンの頭の上目指して登り始めたのだ。
「むきゃーっ! 邪魔よっ!!
 帽子を振り乱しながら、レモンは叫んだ。
 そんなレモンの四苦八苦している様子に、恨めしそうな視線を投げかけているのは柵の外、デゼルトの応援に駆けつけた香月である。
「うう、ウサミミ…悔しい〜……っ」
「まだ言ってるのか? ホラ、これでも食べて機嫌直せって」
「何、コレ?」
「ん? バッキーまん。向こうで売っていた。これはミッドナイトまん」
「……普通のあんまんじゃない」
 当のデゼルトはと言えば、
「……よしっと」
 影の力で足止めし、着実に捕まえる数を増やしていっていた。
 いつもの服装とは違いラフな格好で髪を縛って参加しているのはスルト・レイゼンだ。
 小さな可愛いバッキー達の様子に和まされ、ついつい競技を忘れ見入ってしまう程だ。我に返り、しゃがんで気のいい子に声をかける。
「お? のんびりやなバッキーなんだな。よし、捕まってくれるか?」
 じっと動かないその小さな頭を優しく撫でれば、ルピナは気持ち良さそうに両目を細めた。
 スタイリッシュな服に身を包み、キレのいい動きでバッキーを集めていくのはヴィディス バフィランである。いつもののんびりとした雰囲気はどこへやら、素早くスターバックス、黒刃と捕まえては、BIOのロゴ入りの横掛けバックに入れていく。服も、鞄も仕立て屋である彼の自作の作品である。
 ふと自分を呼ぶ声に、ヴィディスは顔を上げた。観客の輪の中ノルン・グラスがビールの缶を掲げている。隣には同じ海賊団のシキもいる。
「まーた、飲みすぎ……」
 呆れながらも、ヴィディスは仲間達に向け笑みを返した。
 今回のこの鬼ごっこで、一番多くのバッキーを集めたのは泉だった。
 元々動物が大好きで、動物からも好かれる性質の彼女の周りには、自然といつの間にか多くのバッキーが集まっていた。
「ふふふ、ありがとうございます。貴方もありがとう」
 集まるパルや蒼穹、ロック+(ろっくぷらす)の頭を順番に撫でる泉。
「ねーちゃん、おれもおれも!」
 何故か鬼ごっこに参加していた筈の狼牙まで、バッキー達と並び頭を差し出している。
 強請られるまま、彼らを撫でながら、泉は誰にも聞こえぬよう小さく呟いた。
「賭け、こっちにすれば良かったでしょうか……」
 結果、優勝は泉。2位デゼルト、3位はヴィディスとなった。

 戻ってきたヴィディスをノルンは手を叩きながら出迎えた。
「お疲れさん。そういや、桜の温泉の時に約束してたよな。何が食いたいんだ?」
 景品のバッキー型のポーチを鞄にしまいながらヴィディスは、とりあえず何か飲みたい、と喉の渇きを訴えた。
 揃ってやってきたのは、エンリオウの飲み物屋だ。
 氷と水がいっぱいのクーラーボックスには様々なジュース缶が浮かんでいる。
「いらっしゃい。どれも冷えてるよ。何にする?」
 冷たさは、エンリオウを魔法で維持されている為、飲み物はどれもキンキンに冷え飲み頃だ。
「んん。今日は暑いねぇ。みんな、熱中症には気をつけてねぇ」
 ジュースにビールに、と買い込んでいく海賊団に、エンリオウはのんびりした口調で笑顔で缶を手渡した。
「ん?」
 ふと、ボックスの中見慣れぬ瓶に手が当たり、エンリオウは鳶色の瞳を瞬かせた。
「あれ。こんな飲み物あったかな?」

 グランドの端の木の下では、木陰にシートを引いた人々がお弁当を広げている。
 開かれたバスケットの中身にレンとリゲイルは歓声を上げた。ココ自慢のバッキー弁当だ。
 呼ばれた朝霞 須美も加わり、その輪の楽しげな笑い声はたえる事はないようだ。
「おや、何だいそれは?」
 お重に入った豪華弁当をこしらえて、孫娘同然に可愛がっている狼牙の応援に来ていた光原 マルグリットは、鬼ごっこから戻ってきた狼牙の様子に声を掛けた。
「ウォ! 何だコレ!? 虹色のキラキラだゾ!」
 銀色に輝く狼牙の自慢の毛並み、しかしその尾はいつの間にか七色に染まっていた。
「こんなのいつ付いたんだ? あ、あん時かな。ばっちゃん、おれさっき、ちっこい羽のヒラヒラと、赤いスカートのヒラヒラがぶつかって、箱バラバラになったから手伝ったんだ!」
 要領を得ない狼牙の説明にそれだけで分かったのか、マルグリットはフッ、と鼻先で小さく笑う。
「そりゃ魔法だね」
 色が変わるだけで特に害は無い物のようだが、一体誰の仕業やら、とマルグリットは恐らく現場であろう出店スペースの方角を見遣り両目を細めた。

「何で俺がこんな目に……」
 賑やかな騒ぎは苦手だった。運動会なんか冗談ではない。
 しかし気が付けばルークレイル・ブラックは会場の真っ只中に居た。方向音痴が禍したようだ。
 何故か出店スペースで捕まって、いつの間にやら手伝いをさせられる羽目に。
「何でこんな……」
「おかしいですわ。確かに持ってきましたのに……」
「私の方も荷物が少し足りないみたいです」
 ルークを捕まえたのは、並んで店を構えるファーマ・シストとミルス・ジェラードである。
 マジックアイテムの販売ブースというだけあって、彼女達の店には怪しげな物が数多く置かれている。魔法の砂糖。魔法の薬。効果は、試してみてのお楽しみだ。
 そんな2人の商品が入った箱が、どうやら消えてしまったらしい。
「ルークさま」
「ルークさん」
 店主達が揃ってルークの名を呼ぶ。
「もしかしたら、間違ってどこか他の所に届いているのかもしれませんわ」
「探してきてくれませんか?」
「……なんで俺が!」
 渋々と魔法の薬の入った瓶を探しにマジックアイテムブースを出たルークであったが、
「あ、ルークじゃん」
「おう、お前さんも来てたのか。どうだ、こっちで一緒に一杯やらないか?」
「あ」
 目的の物は、思わぬ所で見つかった。
 海賊仲間達が寛ぐ、エンリオウの飲み物屋のクーラーボックスの中である。


■プログラム06 バッキーの色当てゲーム
 出店のグッズコーナーでは、シュウ・アルガがアクセサリや手製のマジックアイテム等を販売していた。
「本日の目玉商品は、シュウ様謹製お守りバッキーマスコット。清華のラベンダーは680円、お前のそれは3,500円な」
「ちょっと、何でオレだけそんなに高くて、彼女はその値段なんだよ!」
「ふふふ」
 覗いているのは相原 圭と桐生 清華だ。皆同じ、綺羅星学園の高等部2年生である。
「有賀君、わたしこれにします」
「ハイ毎度あり〜」
 手にしていたバッキーマスコットを購入した清華に、圭は目敏く気を効かせ優しげな声を掛ける。
「あ、タグ付いたままだよ? 取ってあげようか。シュウ、カッターかハサミない?」
 それは、何気なく発せられた言葉だったのだが。
「カッターなら、ここ、に……」
 瞬間瞳を閃かせ、左手をポケットに忍ばせる清華のその手を、素早く止めたのはシュウだった。
「……ホラ。取れたぞ」
 何か魔法でも使ったのか、音も無く切られたタグはハラリと地面に落ちた。
「ちょっとー! 何シュウ1人だけカッコイイトコ見せてんだよ!」
「……お前、なぁ」
 知らないと言うのは、幸せであり、恐ろしい事でもある。
 清華は既にいつもの淑やかな笑みに戻っており、嬉しそうにマスコットを鞄につけ笑った。

『それではバッキーの色当てゲーム、ただ今より開始いたします!』
 スタートしてコース真ん中にある箱の中のバッキーの色を当てる、という誰でも参加可能な楽しい筈のこの競技は、
「クキャキャキャキャ!」
「えっとねー、えっとねー」
「だぁー当たらねぇ! 皆どーやって当ててんだよ!?」
 カオスを極めていた。
 やる気満々で釘バットを振り回しながら参加したのは、玄兎。謎の笑い声を上げながら箱の中に手を入れ、触ったバッキーの色を自信満々に答えていく。
「肌色! 違うって? んじゃー、すすたけ色! あ、これ絶対トマトレッド。もーしーくーはぁーレインボー! もーう玉虫色で決まり!」
 しかし叫ぶのは有りもしない色ばかり。これではゴール出来る訳が無い。
 箱の前で笑顔で首を傾げているのはトト。
「友だちのめいひのばっきーがね、きれいな白い色してるの。だから、白いばっきーだったらいいな。でもねー、クロガネは黒いばっきーがよくて、アカガネは桃色のばっきーがいいんだって。どれかひとつに決めなくちゃダメかな……?」
 決めるのではない、当てなくてはいけない。しかしトトはひたすら希望のバッキー色について、浮遊金魚達と相談を続けた。
「白! 違うってっ? だあぁ、これホントにゴール出来んのかよっ!?」
 頭数で取りあえず出る、と参加したコキもまた大苦戦。自棄になって仕舞いには、バッキー色とか言い出す始末。
 セバスチャンなどは、集中しすぎうっかり過去視の能力を使ってしまい早々と失格となっていた。
 誰一人としてゴール出来ないという、非常事態の中。
 後にインタビューで当てたその秘訣について聞かれた時、「カボチャを愛する事です」と答えたセロリアン・クロッカスは、かつての映画の世界での学校行事などを思い出しながらも、カボチャ達に勧められたような気がして、この競技に参加していた。
 箱の中、ガッと手を突っ込み、直感が閃く。
 これは、カボチャ色だ!
「シトラス!」
 宣言しながら引き抜いたその手には、ゴシックパンクでフリフリに着飾られたハーレイがあった。
 どよめきと歓声と共に、競技は終了した。
 尚、唯一のゴール者であるセロリ先生には、シトラス色のバッキーグッズ一式が贈られた。


■プログラム07 バッキーファッションショー
「そうかい嬢ちゃん、そりゃあ大変だったなぁ……」
 ここは銀幕署出店の「バッキーふれあい牧場」である。のんびり出店を回りたいファンの為に、無料でバッキーを預かり、普段バッキーと接する事の無い人達には触れ合いで理解を深めてもらおう、という店である。
 囲いの隅で鬼ごっこの際上手くバッキーを捕まえられなくて泣いている沙紀の話を、店番の桑島は聞いてやっていた。
 どれ、と桑島はバッキーに手を伸ばす。
「赤城さんとこのスノーなんかが人懐っこくていいだろ。ホラ、触ってみな……」
 しかし。大人しい筈のスノーは突如何故か桑島に向け牙を剥いた。
「いっでええぇぇ……ッ!」
 ガブリと噛まれ悲鳴を上げる桑島。手を大きく振った弾みで囲いの外に飛んだ白いバッキーはそのまま脱走した。
「コラ、待てえぇ!」
 競技でもないのに鬼ごっこを繰り広げる桑島とバッキーの姿に、
「アレ? 山田さん……?」
 すれ違った植村は振り返り、見覚えのあるメカバッキーの名を呟いた。

 色当てゲームに自分のバッキーを貸し出していた鹿瀬 蔵人は、自分の頭の上の相方に話しかけた。
「当ててもらえなくて残念だったねぇ、ぶんたん」
 本日自作のバッキーぬいぐるみやバッキー用浴衣等の店を出している蔵人は、これからファッションショーに参加するべく会場に向かっていた。
 ふと、つま先に何か当たりしゃがみ込んでみれば、それは小さな帽子だった。
 その隣にはどこか薄汚れたアイボリー色のバッキーが肩で息をしている。
「ん? 君が落としたのかな? ホラ」
 ポンと頭に乗せてやれば、その大きさはバッキーにピッタリだった。頷く蔵人の頭上で、アナウンスが響く。
『ただ今よりファッションショーを行います。参加者の皆さんはお集まり下さい』
「おっと、急がなきゃ」
 蔵人の去った後、ポツンと残されたバッキーは、
「あれ? キミひとり?」
 突如後ろから声を掛けられ、ビクリと体を震わせる。振り返ったその先には、バッキーカチューシャとケープに身を包むガルム・カラムの姿があった。

「この子借りてきた子なんだけど、元気良すぎて服が破けちゃって」
「これならすぐ直りますよ。僕、裁縫道具一式持ってきているんで」
 ファッションショーの控え室では、ショーの前の準備に参加者達が追われていた。
 藤代 陽子の連れたゴスパンクルックのハーレイの衣装を直しているのは、小日向 悟だ。
 彼自身のバッキー ファントムはゴシック調の礼服に蝙蝠襟のマントを着ている。装飾には彫金で作った薔薇のモチーフがあしらわれ、手には造花のバラ、とそれは凝った作りとなっている。全ては器用な悟の手作りだ。
「この子の服、可愛いですね」
「あなたのも。まあ凄い、ここの留め具まで、薔薇なのね」
 参加者は互いに裁縫の腕を称えあった。
 同じく、バッキーを借りての参加となるタスクは蔵人とバッキー談義に花を咲かせていた。
「下手な小細工なんていりません、この子達はありのままが一番可愛いんです!」
 力強く主張する蔵人のバッキー ぶんたんは、首にオレンジのリボンを蝶結びで巻いただけのシンプルな格好だ。
 タスクの連れるばっくんもまた、エプロンのみ着用とあっさりした姿だ。テーマはパン職人。手には小さなパンが持たされている。
「そうだね。小さなパンも可愛いよな」
「え?」
 可愛いのは、パンなのですか、タスクさん?
 爽やかな彼の笑みには残念ながら誰も突っ込めない。
「わぁ、どの子も個性があって可愛いなぁ〜。あっ、そこのバッキーちゃん写真撮らせてください!」
 デジカメを片手にはしゃいでいるのは遥である。
 ラベンダーバッキーのシオンは体操着にブルマ、紫色のハチマキという運動会ルックだ。
「写真、お願いし……」
 参加者とバッキーに次々と声を掛け、突如遥は口を噤んだ。
 控え室テントの端。鋭い眼力の三白眼で物凄い形相のまま、ただ一点を見つめ微動だにしない
刈谷 真鬼の姿がそこにはあった。
 この日、一番気合を入れ参加していたのはこの真鬼かもしれない。
 彼のピーチバッキー ももたんの衣装はフリフリのお姫様ドレス。ティアラ、刺繍細かい装飾に至るその全てを作り上げたのは、真鬼自身である。
 その外見とは裏腹、真鬼は可愛い物が大好きだった。今日も本当に何日も前から楽しみにしていて、テンションも最高潮だったのだが、衣装作りの連日の徹夜作業の為、この時真鬼は限界を迎えていた。
 目を見開いたまま眠ってしまい、図らずも周囲を威圧する。
 そんな真鬼に近付いたのは北條 レイラだ。振袖姿の彼女は、突如袂から拳銃を取り出すと、
――ダァンッ
「キャッ!?」
 周囲が止める間もなく、真横から真鬼のそのこめかみを撃ち抜いた。
「この街は戦場ですわ。いつ何時寝首を掻かれるやも知れませぬ。努々ご油断召されませぬよう肝に銘じておく事ですわ」
 冷ややかなレイラの声音。
 そのまま血に沈む筈の真鬼は、
「んなッ!?」
 突如弾かれたように立ち上がった。
 空砲ですわ、と綺麗に微笑むレイラ。
「昨日見た時代劇の科白ですの。楽しみにされていたメインイベント、寝過ごして逃すなんて勿体無い。最後まで全力で楽しみましょう?」
 過激な起こし方に周囲が呆気に取られる中、羽織袴姿のサムライが1匹楽しげに刀を振るっていた。

 さて、この日。ショーの本番中一番の拍手を集めたのは、飛び入り参加のガルムだった。
 出会った迷子のバッキーが素敵な帽子を被っていたので、それにスカーフをつけてあげていた所、参加者と間違われそのまま舞台へ上げられたガルム。
 大勢の人の前で怖くなってしまい、遥の後ろに隠れる可愛らしい姿には会場も和む。
 大きな拍手の中、実は一番怯えていたのは、ガルムの腕の中のバッキーだったのだが、それに気付く者はいなかった。
 そして、
「あれ? 帽子のバッキーさん?」
 気が付いた時には、そのバッキーはいなくなっていた。


■プログラム08 バッキー相撲
「ハイ、萩堂さん。こちらもどうぞ」
 芝生の上、お重を広げているのは吾妻 宗主だ。彼自作の特製弁当には、バッキー型の卵焼きやバッキー色を意識した副菜煮しめ等、プロ顔負けの料理が一杯に詰められていた。
 たまには作ってもらうのもいいですね、と嬉しそうに萩堂は箸を口に運んだ。
「競技、出ないの?」
「興味ない」
 宗主が話しかけたのは、隣で黙々と料理を食べる来栖 香介だ。スター疑惑の囁かれる彼だが、れっきとしたバッキー持ちのムービーファンである。
 素っ気無い口ぶりで短く返す香介は本日、宗主の弁当を食べる為だけに来た。
 案の定、彼の野良バッキーはこの場にはいない。ルシフはルシフで勝手にやっているだろう、と気にも留めていない飼い主であった。
 フワリと音も無く降り立ったのは吾妻家居候のフェイファーである。
「やあフェイファー」
「レイラ見てきた。面白かったぜー」
 気ままな天使はお重の中身を一摘み、そのまま再びフラリと飛び立っていった。
「さてと……」
 宗主は立ち上がりシートの上トマトを抱え転がっているピュアスノーバッキーのラダに笑みを向けた。
「さあ、ラダ。出番だよ」

 闘技場に集まったのは、ラダ、銀。そして凶暴凶悪バッキーと名高いルシフである。
『バッキー相撲は参加者が少ない為、バトルロイヤル制となりました』
 アナウンスが告げる、その事実。恐らくは皆ルシフの存在に、危険を忌避したものと思われる。
 ふっ、この俺様がバッキー如きに負けるかよ、とでもいうように、ルシフが鋭い視線でニヤリと笑う。
『――ファイッ!!』
 戦闘開始の合図に、真っ先に動いたのは銀だった。
 先手必勝、とばかり向かうのは当然白い悪魔の元。
「銀ちゃん頑張ってー!」
 リゲイルの声援も飛ぶ。
 銀は普通のバッキーに比べたら大きい。あの体格差で来られては、さすがのルシフも一溜りもないと思われた。
 しかし、逃げも守りも性に合わない。攻撃は最大の防御、とルシフもまた銀に向け突っ込んだ。
 痛烈なドロップキックが炸裂する。
 飼い主の悲鳴と共に、哀れ銀はリングから消えた。
 次いでギラリと視線が向けられたのは、ラダである。ぴょこぴょこと愛嬌ある仕種で首を傾げるラダ。
 この時誰もがルシフの勝ちを確信した。とても敵う相手ではない。
 ルシフ自身も敵ではないとそう思っていただろう。
 しかし、先程と同じく、猛烈なスピードでラダに突っ込んだルシフは、気が付けばポーンとリングの外に飛ばされていた。
「!!??」
 それまでのんびりただその場に立っていたラダが、突如突進してきたルシフをヒラリと交わし、その背を押したのだ。その後は何事もなかったように、タップダンスをし始めるラダ。
 競技場は歓声に包まれた。
「お疲れ、ラダ」
 飼い主の労いの言葉に、チャンピオンはつぶらな瞳でぴゆあ、と鳴いた。


■プログラム09 バッキー創作料理コンテスト
(どうしよう……っ!?)
 香玖耶・アリシエートは料理コンテストに参加していた。
 何でも屋の彼女の元に持ち込まれる仕事は様々で、その中でも「スーパーまるぎん タイムセール特攻要員」の仕事は死闘を極める。その好敵手である主婦の一団とウッカリ遭遇してしまったのが運の尽き。問答無用で香玖耶はメンバーに組み込まれてしまった。
 そして今、審査員の元に届けられようとしているのはバッキーとんでも料理。大根の葉っぱやら、人参の皮やら、エコを意識した捨てるトコ料理の中央には、「バッキーがテーマだって事忘れてたわ」を理由に、その辺で捕まえた生きたバッキーが無理矢理皿の上乗せられていた。
(ひいぃ、このままじゃこの子食べられちゃう……っ!)
 出される料理の数々を、物凄い勢いで食べまくっているのは蘆屋 道満である。
「うむ、美味い! これも最高であるぞ!!」
 まるでガツガツとそんな擬音でも聞こえてきそうな道満の食べっぷり。彼はこの日の為に、3日前から絶食をしていた。
 幽霊メイドの小春作、バッキー色を使ったバッキーちらし寿司も、大きな寿司桶ごと抱え、ペロリと3口。一瞬にして胃の中に消えていく。
「おお。中々やりますな、蘆屋殿」
 隣では、同じく審査員に借り出された清本が、道満の食べっぷりに触発されたのか、同じく凄い勢いで出される料理を食べ始めた。
 観客からも歓声が上がる。いつの間にか、料理コンテストは大食い大会に変貌していた。
 道満の部下である仮面の御庭番衆達も、センスやら紙ふぶきやらを取り出し盛り上げる。
 ステージ上の大騒ぎの真っ只中、主婦達に背中を押され香玖耶は大食審査員の前に料理を持って出された。
 ブルブル震える手の中、皿の中央には気絶したままのアイボリーバッキー。
 到着した次の料理に、男達の目がギラリと光る。
「……逃げてぇ!!」
 ガシャンと香玖耶は皿を舞台上から遠く放り投げた。
 箸を握り締めたまま、逃してなるものか、と同時に飛ぶ道満と清本。
 気が付いたバッキーが大慌てで逃げ出したのはいうまでも無い。

 バッキーのお菓子を販売しているのは、ギャリック海賊団のハンナである。
「さあ、たんと食べとくれ! バッキークッキーに、バッキーカステラ、バッキー型のホットサンドもあるよ! おや可愛い子だね、それじゃあ特別にオマケの大盛りだよ」
 特別と言いつつも、ほとんどのお客に大盤振る舞いのハンナである。
 和風のファンタジー映画から実体化したばかりの簪は、折角のこの世界を楽しもうと、それまで馴染みのなかった西洋系の物を扱った店ばかり覗いていた。
「ええっ、バッキーの形なんですか? 鼻とか足から食べてとか、そんな可愛そうでしょう……!」
 山盛りのクッキーとカステラをどんとハンナから渡されて、簪は悲鳴を上げた。
「なーに言ってんだい。そのバッキーは痛がりやしないよ。温かいうちにお食べよ」
 体を揺らして笑うハンナ。しかし簪はパニックに陥ってしまったようだ。
「バッキーを食べてって……ん、あれ? あちき、ムービースターだから普通あちきが食べられて…? あれ?」
「あはは、面白い子だねぇー!」
 ハンナの笑い声が響く中、最後の競技のアナウンスが入る。
『ただ今より、バッキー障害物競走を開始します!』


■プログラム10 バッキー障害物競走
 参加バッキー一斉スタートで行われるこの競技。
 行く手を阻むのは、マットに平均台に迷路、と様々な障害である。
「リエート。落ち着いて頑張るのよ」
「やるからには勝てよ、オーエン」
 飼い主の須美や那戯らが、スタート前バッキーを力づける。
 多くの人が見守る中、最後の競技が合図の銃声と共に始まった。
「頑張れ蒼拿ー! 行け、そこだ!!」
 トップに踊り出たのは蒼拿。オーエン、リエートがその後に続く。
 マット、平均台と越え、レースも半ば。突如コースに飛び込んできた影に、ももを出場させていた嶋 さくらは驚き叫んだ。
「え、何ッ!?」
 エイリアンである。
 体長1メートル位はあるの宇宙生命体が、けたたましい金属が擦れるような咆哮を上げながら物凄いスピードでバッキー目掛け襲い掛かっている。
 誰もが悲鳴を上げた。後ろから迫りくる脅威に走るバッキー達も総毛立つ。
 迷路を目前にコースを外れ一斉に逃げ出すバッキー達。
 それを尚も追いかけて、その凄まじいスピードに、どこかで引っ掛けたのかエイリアンの首からぶら下がる子供のお絵かき帳から紙が飛んだ。
「ん?」
 バサッと空に舞い上がる紙片に記された文字を見上げ、ココは目を丸くした。
「『無害』……?」
 次々に舞い落ちる紙には『タロー』『冷やし中華始めました』『新刊有りマス』などの謎の言葉。
 エイリアンは、現在この街の動物園の飼育員に飼われているT−06、愛称タローであった。
 本人は運動会の楽しい雰囲気に自分も混ざりたくて、遊んでいる感覚だったのだろうが、傍から見ればエイリアンがバッキーを捕食しようとしている姿にしか見えなかった。
 飛び出した飼育員達が、しきりに頭を下げている。
「こら、お前。迷惑だぞ」
 空から降り立ったフェイファーに頭部を鷲掴みされ、あえなくタローは捕まった。
 何とか騒ぎも治まったかのように見えた。
 しかし。
「あ、あそこ!」
 真白が青い顔で、看板のその上を指差した。
 出店スペースの派手な案内板の上、タローに慄きそこまで登ってしまったのか1匹のバッキーが降りられなくなっている。
 帽子にスカーフ、そして何故か人参の皮を体に引っ付けたアイボリー色のバッキーは、今にも落ちそうになりながら、看板の上ブルブル震えていた。
「あ、ああ、危ない……っ」
 ラクシュミの悲鳴に、隣の悟が眉を寄せる。
「でもあんな色のバッキー、いたかな……?」
「駄目だわ、凄い怯えている…近付いたら落ちてしまうかも……」
 バッキーの様子に明日が爪を噛んだ。
 シュウやセロリアンが魔法を掛けようと近付くだけで、バッキーは酷く怯えバランスを崩しそうになる。
「駄目だ。一度落ち着かせないと」
 レイドの言葉に、そうだ、と声を上げたのはレンだった。
 それは始め、小さな声だった。
「♪バッキー バッキー 僕らのバッキー」
 レンの透き通るような声に、ピクリと耳を傾け頭上のバッキーが顔を上げる。
「♪どんな強敵も 小さな僕らにかなわない」
 小さな声は徐々に膨らんだ。ベアトリクスが悠里が、歌に加わった。
「♪バッキー バッキー 愉快なバッキー」
 歌詞カードが周囲に回される。観客の半分はそれを既に持っていた。レンがイベント中皆に配って歩いていたからだ。
「♪みんなの夢 守るために頑張るよ」
 どこから持ち出してきたのか、昭仁のギターが重なった。
「♪バッキー バッキー 僕らのバッキー」
 ドラムスティックを回しながら、カノンが鉄棒を叩きリズムを取る。
「♪小さくても負けないぞ 強いぞ一撃必殺丸かじり」
 広がった歌の輪は、いつの間にか大合唱になっていた。
「♪頑張るぞ 僕らの夢 戦うぞ カラフルなバッキー」
 看板のバッキーは、目を丸くして完全にその歌に動きを止めている。
「♪くじけない 君らの足は ゴールを目指して駆けていく――……」
「よし、今だ!」
 術を発動させようとアーネストが近付いたその瞬間、固まるバッキーはそのままに、グラリと大きく看板が手前に傾いた。
「ああっ!」
 看板の土台を齧るソレに、カラスが大きな声を上げる。
「山田さん……ッ!?」
「くそ、アイツあんなトコにいやがった!!」
 呻く桑島がメカバッキー目掛け走る。が、食欲旺盛な山田さんの咀嚼は止まらない。
 バキンッと嫌な音を立て、根元の柱が噛み砕かれた。
 周囲から悲鳴が上がる。このままでは看板が、あのバッキーが、大変な事になってしまう!
 咲菜が目を覆ったその時。
 むん、と低い声を発し、道満が鉄扇を振るった。途端左右にそびえ立つ電灯がグニャリと曲がり、倒れる看板を腕のように支える。
 倒壊しかけた木材の全体が輝く金色の光に包まれたのは、フェイファーの天使の力か。
 宙に放りだされたバッキーは、
「……よし!」
 そのままふわっと浮き上がった。
 漂うようにゆっくりと降りてくるバッキーを、その下で両手を広げ待ち構えるのはバロアだ。彼が魔法を発動させたのだ。
 ふわりふわりと漂うように、バロアの元降りてきたアイボリー色のバッキーは、彼の腕に収まる筈だった。しかし。
「え?」
 突然ソレは七色に発光すると、地面に降り立つ直前巨大化した。
「ええっ!?」
「ぐえっ」
 押しつぶされて潰れた声を上げたのは、バロア。
 そして、
「あいたたたたた……」
「ブルー!?」
「リヒャルトッ!?」
 それまでバッキーだったもの。
 それは突然大きくなり、ネコミミ魔道師を下敷きにやっと本当の姿を取り戻した。
「クラスメイトPーーーッ!!!???」
 衝撃が、運動会の会場を包み込んだ。


■プログラム12 バッキーダンス
 かくして真相は。
「綿あめ買ったこの子、妖精のリャナ。でも彼女のサイズには大きすぎた。食べ切れなくてベタベタに絡まった所、ぶつかったのがビィちゃんと悠里。弾みで彼女達は出店のダンボールを倒してしまった。慌てて拾い元に戻したのだけれど、それは違う店の物と混ざってしまう。エンリオウさんの飲み物屋ね。彼が準備局に差し入れした飲み物の中に混ざっていたのが、ファーマ、ミルスさんの所の商品。それは飲んだ者をバッキーの姿に変えてしまう、という魔法の薬だった。本部テントにたまたま来ていたジャーナルの灯里さん達が、差し入れを一緒にご馳走になり、魔法の薬を引き当てたクラスメイトPさんが、バッキーになってしまった……」
 セバスチャンの過去視の能力で情報を集め、事実を組み立てた須美は、閉じていた瞳を開けると僅かに微笑んだ。
「以上、QED。これで証明終了ね」


 全競技を終了し参加者の集まる中、壇上ではファッションショーと料理コンテストの結果が発表された。
 ファッションショーは、徹夜でドレスを仕立て上げた刈谷 真鬼とももたん。
 料理コンテストは、小春の『バッキーちらし寿司』が見事選ばれた。
 優勝者にはトロフィーと、1.5メートルの特大バッキーぬいぐるみが準備会のリオネと山西より贈られた。
 真鬼と小春の2人には、観客から惜しみない拍手が送られた。


 そして、いよいよクライマックス。
 時雨と薺の2人によって作られた、バッキーダンスである。
 ムービーファンにはコスチュームBの着用が推奨され、当然準備会のメンバーは揃って壇上の上着ぐるみ姿である。
「は、恥ずかしい……!」
 人の波に飲み込まれ、いつの間にか更衣室に押し込められたカラスは、ミッドナイト色のコスチュームBを着させられていた。
 恥ずかしそうな様子のカラスとは反対に、ジャージの上からバッチリファングッズ着用で、頭に『熱血』のハチマキを巻くのは、赤城 竜だ。
「さあ皆。おっちゃんと一緒に踊ろうぜ! 楽しいぞ? なあ、スノー!」
 周りにも積極的に声を掛け、イベントが盛り上がるよう明るく努める赤城。
 そんな彼のバッキーのスノーは、ハチマキの文字と同じ真っ赤なマントを巻いていた。
『皆さーん、バッキーダンスです。簡単な踊りなので、是非皆一緒に踊ってください。よろしくお願いしまーす!』
 時雨の声に合わせ、音楽が始まる。
 楽しげなメロディに、バッキー達もステージの下に集まってくる。
『基本のポーズは腰と頭の上に両手。指を揃えたまま伸ばして、バッキーの耳の形です』
 作曲は薺、振り付けは時雨が担当した。
 自然、体が動き出すような明るく楽しいポップな曲調だ。
『基本は全部右から。右耳、左耳、右腰、左腰。この繰り返し』
 懸命に悠里がその動きを追う。宇宙飛行士の格好に衣装チェンジしたノリン提督が指先を振れば、ノセられてベアトリクスもまた踊りに加わる。
『腰を左右に動かして、その場で足踏みするような形で』
 ゆらゆらとバンザイで踊るバッキー達。遥や宗主が愛らしい姿をデジカメに納めていく。
『次はジャンプしながら! 手は両手とも頭の上で!』
 曲がサビに突入し盛り上がったその時、突如スポットライトが会場を包んだ。
 そんな機材はこのグランドには無い。周囲が驚く中、よく響く澄みわたる声でエディが指を鳴らした。
「さあ、歌って!」
 エディのロケーションエリアである。
 いつの間にかステージは円形状に姿を変え、集まるバッキー達のゾーンがせり上がる。
 観客にもキラキラ輝くミラーボールの光が当たった。クルクル回る赤や青の華やかなライト。
 バッキー達が、音楽に合わせ鳴き始めた。
「ぴゅあいあー」
「キュウ〜」
「もけー」
「ぷぅ」
 その鳴き声は綺麗に音階になっている。バッキー達の大合唱が、曲に更なるハーモニーを加える。
「しゅわわ」
「るぅ」
「ムー」
『今度は片足で、ケンケン! 右足、ハイ左足!』
 滅茶苦茶な動きでタローを振り回しているのはエリックだ。
 アレグラと一緒の激しい動きに真船の笑顔も歪む。これは明日は筋肉痛かもしれない。
『次はジャンプしながら、回転して! 右回り…ハイ左回り……!』
「うひょー! バッキーいっぱい! たーのしい!!」
 バッキー達の頭の上で跳ねるのは、小さなリャナ。
 大きさはほぼバッキーと同じで、踊る彼らの間を楽しげに跳ね、飛び回る。
 はねる、はねる、鼓動が弾む。
 飛ぶ、回る、ジャンプする。
 呼吸も上がるが、気持ちはもうずっと弾みっぱなしだ。
 皆、踊っていた。競技に参加出来ず不機嫌だった昭仁も、初めは恥ずかしがっていたカラスも。
 今は皆、笑顔だ。
 楽しかった。楽しかった。楽しかった。
 会場が揺れる。銀幕市が揺れる。
 ああ、この時が、もっと、ずっと、続けばいいのに――――!!
『ラストォー! もう1回ーーー!!』
 最高潮に盛り上がった所で、全員でのアンコールダンス。
 サビを2回続け、バンザイで終わったその時。
 会場を包んでいたのは、最高の高揚感と最高の一体感だった。

『これにて、わくわくバッキー大運動会を終了いたします。皆さん、本当にありがとうございました!!』



「頼まれて、作ったんだって?」
「……」
「いい曲だね。もう覚えちゃったよ」
「…………」
 夕焼けの橙に染まる綺羅星学園。片付け作業が進むグランドにも、影が長く伸びる。
 校門の方からメロディが聞こえてくる。歌いながら帰宅する姿は、遠目からでも分かる。
 きっと皆笑顔だろう。
「♪バッキー バッキー 僕らのバッキー」
「ぴゆあー」
「ほら、ラダも気に入ったみたい」
 お重の鞄を肩に掛け直しながら、宗主は柔らかく微笑んだ。
「楽しかったね」
「……ああ」
 それまでずっと無言だった香介は、その笑みにだけ小さく頷いた。



◆バッキー応援歌◆

バッキー バッキー 僕らのバッキー
どんな強敵も 小さな僕らにかなわない
バッキー バッキー 愉快なバッキー
みんなの夢 守るために頑張るよ
バッキー バッキー 僕らのバッキー
小さくても負けないぞ 強いぞ一撃必殺丸かじり
頑張るぞ 僕らの夢 戦うぞ カラフルなバッキー
くじけない 君らの足は ゴールを目指して駆けていく

作詞 レドメネランテ・スノウィス
作曲 来栖 香介

クリエイターコメントこの度は運動会ご参加、本当にありがとうございました!

皆様のプレイングのお陰でとても楽しいイベントになったのではないかと思います。
多くの方が「楽しもう!」と参加してくださった事、イベントを盛り上げようと頑張ってくださった事、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました!

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
公開日時2008-07-04(金) 22:20
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