★ 銀幕市放水祭り ★
<オープニング>

 村上はその日、市役所の対策課を訪れていた。
「どうしたんですか、村上さん」
 植村が窓口で村上を見つける。
「いやぁ、今日は許可を取りに来たんですよ」
「許可?」
「今度、うちの雑誌で祭りを企画することになりましてね」
 村上は銀幕ジャーナルでライターをやっていた。普段は銀幕市民の物語を記録する彼が、一体どんな? 植村がそれを問うと。
「暑いでしょ、今年の夏。それでどこかの都市でやってたみたいな放水祭りをやろうってことになりましてね。で、私がその祭りの記録を小説に起こすことになってるんですよ。で、どうせなら市に協力してもらって盛大な祭りにしようって」
「なるほど、放水祭りですか。涼しげな企画ですね……ちょっと待ってください」
 そう言うと植村はどこかに電話を掛ける。
「植村です。今、銀幕ジャーナルさんが来てまして……はい、はい。それが、祭りを開きたいと言うんですよ」
 どうやら、市長に問い合わせているらしい。
「そうですか、分かりました。それではそのように手配します」
「どうしました?」
 村上が問いかけると、植村は指でわっかを作って、OKの印を出す。
「市長の許可が取れましたよ。盛大にやりましょう」
 市長の話はこうだった。例の事件以来、銀コミやカレー選手権などたくさんの催しが開かれているが、まだまだ市民の意気は上がっていない。ここで誰でも参加できる祭りを開いて皆が楽しめるようにするのも良いだろう、とのことだった。
「ようし、それじゃ銀幕ジャーナルも全精力を傾けますよ」
 こうして、銀幕市放水祭りの開催が決まったのだった。

種別名パーティシナリオ 管理番号725
クリエイター村上 悟(wcmt1544)
クリエイターコメント 村上悟です。
 八本目のシナリオ、初めてのパーティシナリオは放水祭りとなりました。
 オープニングでの二人の会話の通り、水を掛け合う盛大な祭りを銀幕市全域で開きます。
 能力を使おうが、精霊の力を借りようが、もちろん水鉄砲やホースを持ち出してもけっこうです。
 皆で盛大に水を掛け合おうじゃありませんか。

 参加される方は以下のようなことを記載してください。

1.どのようなもので
2.どのように水をかけるか

 誰にかけるか、などの指定があっても問題ありません。
 プレイングの申し合わせなどあるとさらに楽しめると思います。

3.その他の行動を取る

 というのもありです。出店を開いたりしても良いのではないでしょうか。
 皆さんこぞってのご参加をお待ちしています。
 去りゆく夏に最後の楽しみを。

参加者
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
フェイファー(cvfh3567) ムービースター 男 28歳 天使
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
前戎 希依(cyme3856) ムービーファン 女 15歳 見世物小屋・魔術師
前戎 琥胡(cdwv5585) ムービーファン 男 15歳 見世物小屋・魔術師
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
四幻 ミナト(cczt7794) ムービースター その他 18歳 水の剣の守護者
四幻 ホタル(csxz6797) ムービースター その他 18歳 火の剣の守護者
四幻 ヒジリ(cwbv5085) ムービースター その他 18歳 土の剣の守護者
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
ノルン・グラス(cxyv6115) ムービースター 男 43歳 ギャリック海賊団
シフェ・アースェ(cmhd3114) ムービースター 男 21歳 ミンネゼンガー
有栖川 三國(cbry4675) ムービーファン 男 18歳 学生
天野屋 リシュカ(cnev3810) ムービースター 女 23歳 アルバイター(探偵)
黒孤(cnwn3712) ムービースター 男 19歳 黒子
コーター・ソールレット(cmtr4170) ムービースター 男 36歳 西洋甲冑with日本刀
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
ヤシャ・ラズワード(crch2381) ムービースター 男 11歳 ギャリック海賊団
エフィッツィオ・メヴィゴワーム(cxsy3258) ムービースター 男 32歳 ギャリック海賊団
ゴーユン(cyvr6611) ムービースター 女 24歳 ギャリック海賊団
ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
アズーロレンス・アイルワーン(cvfn9408) ムービースター 男 18歳 DP警官
藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
ルカ・へウィト(cvah8297) ムービースター 女 18歳 エクソシスト
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
墺琵 綾姫(cwzf9935) ムービースター 女 17歳 くノ一
掛羅 蒋吏(csyf4810) ムービースター 男 19歳 闘士・偵察使(刺客)
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
メルヴィン・ザ・グラファイト(chyr8083) ムービースター 男 63歳 老紳士/竜の化身
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
朔月(cwpp5160) ムービースター 男 47歳 稲荷神
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
ナハト(czmv1725) ムービースター 男 17歳 ギャリック海賊団
ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
マリアベル・エアーキア(cabt2286) ムービースター 女 26歳 夜明けを告げる娘
シオンティード・ティアード(cdzy7243) ムービースター 男 6歳 破滅を導く皇子
ガルム・カラム(chty4392) ムービースター 男 6歳 ムーンチャイルド
トリシャ・ホイットニー(cmbf3466) エキストラ 女 30歳 女優
セエレ(cyty8780) ムービースター 女 23歳 ギャリック海賊団
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
サエキ(cyas7129) エキストラ 男 21歳 映研所属の理系大学生
本陣 雷汰(cbsz6399) エキストラ 男 31歳 戦争カメラマン
エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
藤花太夫(cbxc3674) ムービースター 女 18歳 吉原の太夫
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
長谷川 コジロー(cvbe5936) ムービーファン 男 18歳 高校生
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
ネティー・バユンデュ(cwuv5531) ムービースター 女 28歳 ラテラン星親善大使
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
トト(cbax8839) ムービースター その他 12歳 金魚使い
<ノベル>

 フェイファーは吾妻宗主を伴って祭りに繰り出した。祭りの名は「銀幕市放水祭り」。銀幕ジャーナル主催で銀幕市役所が協賛している市全体を巻き込んだ大々的な祭りだ。
 見ればあちこちで水が撒かれ、嬌声や悲鳴が聞こえてくる。彼らはその中でも最も賑わいを見せている銀幕広場へとやってきたのだった。広場の噴水を補給所として、たくさんの人々が水鉄砲やバケツを振り回している。
「あれ? 吾妻さんとフェイファーさん。放水祭り、来たんだ。今、まだ暑いからとっても楽しそうだね」
 レドメネランテが声をかけてきた。
「やあ、スノウィス君」
「久しぶりだな」
 吾妻とフェイファーが彼と挨拶を交わす。
「一緒に行こうよ」
 珍しくレドメネランテから誘う。というよりも彼は臆病だから人混みが怖いのだろう。
 吾妻の隣に並んで歩く。周りを見回すと親子連れが肩車をしていた。子供が肩の上で水鉄砲を撃っている。
 レドメネランテは正直にそれを羨ましいと感じた。彼の生い立ちからすれば当然の話だ。
 指をくわえて見ている彼を見て、吾妻は一言だけ言った。
「肩車……しようか?」
 吾妻を見上げて、こくりと頷く。
「よいしょ、と」
 ひょいと持ち上げる。レドメネランテは視界が高くなっていくのが嬉しくて仕方がなかった。
「……ありがとう」
 吾妻は笑っている。
 その光景を見て、フェイファーも笑っていた。
 レドメネランテは彼の肩の上で魔法を使い始めた。眼前に小さな氷の粒を生み出す。それを飛び散らせると、太陽の熱で一瞬にして溶け、シャワーとなって降り注いだ。
「気持ちいいな」
 吾妻が笑った。周りの人々はレドメネランテの魔法を見てお返しとばかりに水をかけてくる。
「おっとっと」
 吾妻はバランスを崩さないようにしながらその水から逃げ回っている。レドメネランテは段々と氷の粒を大きくしていった。溶けやすい類の氷はドンと空中に放り出されるとジュワと音を立てて溶ける。周囲に雨のように降り注ぐ水滴が、人々の歓声を呼んだ。
 フェイファーはその氷の塊を見上げた時に空に見慣れた姿を見つけた。
 すぐに飛び上がったフェイファーは上空のマリアベルに挨拶をする。
「やあ上から見物か?」
「やっぱり来たのね。待ってたわよ」
 挨拶もそこそこにすぐに何かを渡される。
 如雨露だった。
「あ、俺は精霊を……」
「いいから」
 押しつけられる。
「フェイファーにマリアベルじゃん。何やってんだ?」
 後ろから声をかけてきたのはケトだった。
「あ、ケト君。良いところに来たわね」
 マリアベルが手招きする。
「フェイファーが言うこと聞いてくれないのよ」
 如雨露を見せて困った顔を見せる。
「何だよフェイファー。一緒にやろうぜ」
 ケトはマリアベルから如雨露を受け取る。それをフェイファーにも渡してからもう片方の手で頭に水を掛ける。
「うわっぷ、このヤロ」
 思わず如雨露を受け取って反撃した。
「うふふ、如雨露で水を撒くのも素敵なのよ。ねえケト君」
 喧嘩する二人を仲裁して、マリアベルが笑顔を見せる。二人ともその眩しさには敵わない。
「しょうがねえな。やってやるか」
 三人で水を撒く。眼下には吾妻とレドメネランテの微笑ましい姿も見える。如雨露から流れる水は雨のように燦々と広場へ降り注いだ。
「何だか雨を作っているみたいで面白いでしょう? だから如雨露を選んだのよ」
 マリアベルの言葉にケトが楽しそうに頷く。
「神様か天使になったみたいだぜ」
 その台詞を聞いて、天使であるフェイファーは苦笑した。見ればそこには虹が浮かんでいた。それを見てフェイファーが滑空する。美しいものを創造する水。それはケトが言うように神様か天使の所行なのかもしれない。
 マリアベルはそんな風に虹を眺めている二人を見て微笑みかけていた。如雨露を選んで良かった、と思った。
 広場を少し離れた聖林通りでは梛織が歩いていた。祭りを楽しもうと散歩に出たのだ。
 だが……。
「うわ」
「ぷわ」
「のわっ」
 ほんの数歩、歩いただけで頭から足の先までびしょ濡れになってしまう。
「だ、誰だ誰だこんなに……ぐわっ」
 文句を言う暇もなくかけられる水。別に誰が悪いわけじゃない。強いて言えば貧乏籤カルテットと呼ばれる梛織自身が悪いのだ。
「うんがぁ! ついてねぇ!」
 と叫んだ途端、今度は熱湯が頭上からかけられる。
「アッツツ!」
 誰だ、と上を見ると「ナハハハ、死ね! 梛織!」とクライシスが屋根の上に乗っていた。
「お姑さん!」
 クライシスは大きなウォーターガンを両手に抱えていた。その二つの引き金を交互に引く。狙うは梛織だ。
「マジ冷たっ! マジ熱っ!」
 どうやら片方には熱湯が、片方には冷水が入っているようだ。梛織は逃げ回るが屋根の上にいるクライシスはジワジワと梛織を追い込んでいく。
「くそっ、負けるか! ちょっと借ります」
 そう言って隣の人からむりやり水鉄砲を借りた梛織が反撃する。しかし屋根の上ではなかなか届かなかった。
「死ね死ね死ね〜〜〜〜」
「このこのこのこの〜〜〜〜」
 二人がやり取りしている横で、エンリオウは自らの腰に差した剣と話していた。
「んん? 君も混じりたいのかい?」
 エンリオウの剣は水の精霊が宿る魔剣だった。名前はウンディーネ。彼女はあちこちで飛び交う水を見て我慢ができなくなったらしい。ウキウキしているのがエンリオウには分かった。
「よし、わたしたちも参加しようか」
 見物を決め込もうと思っていたエンリオウがニコリと笑う。ウンディーネは剣から姿を現し、周りに散らばる水を一箇所に集める。それは上空に持ち上げられ、一気に解き放たれた。
 ざっぱん、と大きな音を立てて水が撒き散らされる。巨大なミルククラウンを作って弾けていった水の塊を見て、エンリオウも感心する。

 四幻ミナトは張り切って祭りに参加していた。その手には四幻ホタルの手が握られている。
「見てろよ、俺の水流操作で皆に水をかけてやるからな」
 ミナトはさっそく持ってきた水筒を開けてその中の水を操作する。水はうねりをもって空中に飛び出し、人々にかかっていく。
 ホタルはそれを見ながら子供だな、と思う。自分は水鉄砲を持ってはいるのだが……「どう使うんだ?」……と銃口を顔に近づけて引き金を引く。ピュ、と水が顔にかかり、思わず目を瞑ってしまう。
「なるほど、こう使うのか」
 顔を拭きながら、思わずニヤリ、と笑みが漏れる。
「ミナト、覚悟」
 叫んだホタルは銃口をミナトに向ける。だが、慣れない彼女は手元がぶれてしまって全然関係ない人に水をかけてしまう。
「す、すまない」
 ペコリと謝る。その姿をミナトが笑う。
「ばっかだなぁ、ホタルは」
 ツン、と指でホタルの額をつつく。
「お、お二人さんお熱いね」
 そんな二人を見て誰かが囃し立てた。恋人同士に間違われたのだ。
「ち、違う」
 ホタルが否定する。ただ、私だけが持つ記憶が、側にいたいと思わせるだけだ。そう呟く。その一方で、それは好意を持っているということではないのかと反論する自分もいて戸惑ってしまう。
 ミナトは銀幕市に来てから元気の無かったホタルが色んな表情をするのを見て、良かった、と思う。ミナトは水筒の水が無くなると、空気中の水分を集め、それを弾丸に変えた。それをホタルに向けた。弾丸のシャワーにさらされたホタルは水浸しになってしまう。
 ヒジリはそんな二人を羨ましげに見ていた。
 バイト先の鰻屋「うな政」が祭りにも出店したのだ。器用に鰻を捌くヒジリの立つ机には「鰻重八百円」「夏季限定! ウナギアイス三百円」と正札が下げてある。鰻重が本来価格より安いのは、お持ち帰りお祭り用に調整されているためだ。
 ウナギを捌いたヒジリはそれを網に乗せる。団扇で扇いで匂いを辺りに飛ばす。
「あっちぃな」
 ついでに自分も扇ぐ。弟と妹にあたる二人が楽しそうにしていると、自分も嬉しくなる。ヒジリは声を張り上げた。
「さあさあ体力つけるために鰻重はどうだい!」
 その前をひょこひょことアレグラが通っていった。タンクを背中に背負って、えっちらおっちらと走っていく。その姿が何かの小動物のようで可愛らしく、面白がって四幻ミナトがアレグラに水をかける。
「えい!」
「ほい」
 それを彼女は掌に開いた口で受ける。含んだ水はタンクの中に補給されていく。それでも全部は入らなかった。その分は地面に生えている草木にかける。
「逞しく育て」
 うんうん、と頷いている。そしてすぐに走り出す。ピュピュピュッと水鉄砲を連射しながら。足下には子犬のヴィヴェルチェが付き添っていた。
「ヴィヴェルチェ、百人、いくぞ」
 ワンワン、と子犬が返事をする。一人と一匹は同じ速度で聖林通りを駆けていった。
 その通りのあるビルの屋上では、アズーロレンスが試作品のハイドロポンプの実験中だった、。試し撃ちに、と決めた日がたまたま放水祭りだったわけで、「今日は町が騒がしいな」と首を傾げている。
「まあ良い。それでは始めようじゃないか」
 アズーロレンスがハイドロポンプのスイッチを入れる。取水ポンプを思わせるそれは、タンクの水を勢いよく吸っていく。
 ブスン、ブスン。
 しかし、排出側の出が良くない。
「詰まったかな?」
 そう言って出力側をいじってみる。
 すると、途端に勢いが増し、もの凄い勢いで水を吸い出し、吐き出していった。
 どーん!
 空に放出された水は空中で静止し、一気に滝のように流れてくる。それはビルの下の人間に降りかかっていった。
「はっはっは、成功だ! さすが私だ!」
 一人悦に入っている。放水祭りでなければさぞ迷惑だったことだろう。
 その滝のような水流にルカ・ヘウィトは濡らされた。しかしウェイトレス服が水浸しになっても彼女は気に掛けなかった。
「あはは。びっくりしたなぁ。僕の世界では『花祭り』ってのがあったけど、こんなお祭りも変わってて良いよね。ディコ、クオ……遊んでおいで」
 そう言って魔宝石のインディコライトと水晶を空に投げる。次にバケツに汲んだ水をそこらに撒くと、宝石から光が溢れ出した。
 七色の輝きに照らされて、水が動きを変える。水晶からは水の羽、インディコライトからは潮の金魚が現れてきた。羽が巨大な霧の翼となり、そこかしこに歩いている人々の間をすり抜けていく。霧から漏れる水分が、人々に納涼感を与えていく。ディコの金魚は黄金色の鱗を瞬かせ、口から吹き出す水が玉となって輪を作る。ルカの周りを回る金魚はそれらの輪を潜っていった。
 綾姫は道の真ん中に符術の仕掛けを作っていた。ゴチャゴチャと何やら折り重なっているが、全体を見れば何やら建築物のようにも見える。
「さあ、おれの一世一代の符術、見てくれよな」
 興行師のように大きく手を広げると、注目が集まる。
 綾姫が符を投げると彼女の仕掛けが発動する。
 建物の上部がパンと弾け、上空に玉が射出される。それと同時に側面がパラパラと広がっていき、即席の囲いが生まれる。その瞬間、上空の玉が爆発し、中から水が飛び散る。それは一つではなく二つ、三つと射出されていき、弾けていった。噴水のような光景が見るものに涼しさを分け与えていく。
 水は囲いの中に収まり、即席のプールを作り出す。それを見た子供たちが「わーい」と叫びながら入っていった。
 掛羅はそんな風景を陰から眺めている。術式で水の精霊を呼び出すと水の恩恵を受けた。綾姫は楽しそうだった。掛羅はそれだけで満足だった。
「綾姫様……麗しゅうございます」
 そんな彼を、綾姫が見止める。そして、来い来いと手招きするのだ。
「いや、俺は……」
「良いから来い、蒋吏」
 綾姫は真っ直ぐな目を掛羅に向けた。それを受けて頷く。綾姫は子供たちと一緒にはしゃいでいた。掛羅はそれを見守るようにして一緒になって楽しむ。
 その隣でトトはわくわくしていた。
「わあ、面白そう!」
 知らない人に向かって「ボクね、こういうの得意だよっ。クロガネとアカガネも楽しみだって」と一生懸命に説明する。
 綾姫の作ったプールに入っている子供たちに、「みんなで気持ちよく遊べるように、頑張って雨を呼んでみるね」と叫んだ。
 クロガネとアカガネがスパイラルを描いて上空に駆け上がっていく。それを見上げて、トトは大きな声で雨を呼んだ。
「たっくさん降ってねぇ!」
 その呼び声に応えるように、晴天の空から大粒の雨が降ってくる。
「わあああぁぁぁ」
 子供たちの歓声がこだまする。辺りは水浸しだ。トトも嬉しそうに跳ね回り、一緒になって遊んでいる。
 その魔法のような光景たちを、エリック・レンツは眺めていた。肩に乗せたバッキーのローラも、今日は目を輝かせて水が飛び交う様子を見ている。
「すっげー! ローラローラ、あれすげー」
 そう大きな声で言って、トトの呼んだ雨や綾姫のカラクリを眩しそうに見ていた。
 ミュージックジャンキーのエリックにとって、水は大敵だ。しかし今回はどうしても参加してみたかった。結局、プレイヤーをビニールに突っ込んで口を固く縛り、耐水性の高そうなヘッドフォンをつけている。
 そんなエリックにピシャリと水がかかる。
「おお、すまん」
 岡田剣乃進が謝るが、大音量で音楽を聴いているエリックは気付かない。そのまま走り去っていってしまった。
「聞こえなかったのか……」
 首を傾げる。彼は柄杓と桶を持って道ばたに水をかけていた。
「ああ、もう夏も終わりなのだなぁ」
 空を見上げ、ぽつりと呟く。
 そんな岡田を見て、針上小瑠璃が「あんた、これやったら放水祭りやのぉて、打ち水祭りになっとるやんか」と笑う。
「そうか? だが、これも水だぞ」
「岡田の旦那、違うらしいですぜ」
 旋風の清左がツッコミを入れる。
「ほんま、しゃぁないなぁ……まあ、打ち水っちゅうもんは、涼しくなるためにやるもんやから……主旨はちゃう事も無いか……」
 小瑠璃がクスクスと笑いながら柄杓に水を汲み取る。そしてそれを剣乃進にピシャリとかけるのだった。
「おお、掛け合いっこか」
 岡田もそう言って針上の足下に水を掛ける。
「ふう、あっしは一服させてもらいやすぜ」
 煙草を取り出し、口にくわえる。そして火をつけたその瞬間、小瑠璃の放った水が顔にパシャッとかかった。煙草は台無し。
「……面白ぇ」
 水に濡れた煙草をしまい、柄杓に水を汲む。同じく煙草を吸っている小瑠璃を狙うが、逸れて剣乃進にかかってしまう。
「やったな!」
 居合い抜きの要領で岡田の一撃が清左を襲う。
 その水かけっこに、藤花太夫と二人の禿も加わった。手桶に入れた水を静かに掬って、清左を狙う。
「むう」
 顔をしかめて清左が水をかけ返してきた。それを藤模様の浴衣の袖で受ける。
「きゃあ」
 可愛らしく声を上げて顔を背けると、ポニーテールが揺れた。今回は動きに合わせてラフな格好を、と思ったのだ。
 その隣で、黒孤は静かに水を撒く。左右には彼の手作りの人形たちが並んで水を撒いている。老人もいる、子供もいる。可愛らしい童が黒孤の顔を覗き込んだ。
「――人により幾許かの澱みは残りましょう。ですが、こうして皆様の晴れやかなお顔が戻ること……幾夜望んだことかしれませぬ」
 彼は穴の一件を思って、そう呟いた。見れば岡田も清左も孤瑠璃も藤花太夫も、満面の笑みを浮かべて水を掛け合っている。
 太夫の禿がはしゃいで、桶から手で水をかける。その雫が子供の人形にかかる。
 黒孤はその人形を抱え上げ、布で拭ってあげるのだった。
 橋三は太夫の禿二人に集中的に狙われていた。清本の方も「やられた〜」とノってあげるものだから、ますます喜んで禿たちは水を掛ける。
「はっはっは、いや、楽しいな」
 清本が剣乃進に話しかける。
「ん? そうだな」
 それに気付いた剣乃進が返す。
「いつぞやのような『ちゃんばら』も良いが、このような水かけ遊びも楽しいものだな」
 清本の言葉に、岡田はデパート屋上でのスポーツチャンバラ大会を思い出した。エアー剣と言えど、二人真剣に向かい合ったあの時を思い返し、あれも良い思い出だと笑う。
「今度は決着をつけようぞ」
「うむ、ぜひな」
 固い約束を交わす。
 そんな二人に禿たちが水を掛ける。
「うおっ」
「うぎゃぁ、やられた〜」
 調子に乗って、小瑠璃も清左も太夫も二人に水をかけていった。清左にいたっては桶をそのまま振り回し、盛大にぶちまけた。
「油断は禁物ですぜ」
 清左が笑う。小瑠璃と藤花太夫も笑った。黒孤もその姿を見て感慨深げにしていた。
 静かな打ち水祭りがはしゃぎ合いに変わる頃、シフェ・アースェはミュージカル・ボウを取り出して音楽を奏でていた。弓を引くと幻想的な音が、楽しげに流れ出す。
「夏への餞だな」
 もちろん通りの真ん中で弾いているからあちこちから水をかけられる。それでも彼は上機嫌で「ボラーレ」を弾く。そのリズムに乗った人々が、彼の前に置かれた空き缶に小銭を入れていく。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
 その微笑みが彼にとって最上の褒美だった。
「やあ、単純な祭りだが、こういうのも良いものだね」
 そう言って話しかけてきたのはメルヴィン・グラファイトだった。彼の演奏が楽しくて、呼んでいたタイムズを畳んで声をかけたのだ。
「ええ、良い天気だし、最高だよ」
 シフェが応える。
 メルヴィンはカフェで紅茶を飲んでいた。わざわざオープンカフェでそうしていたのは、少しでも祭りに参加したいと思ったからだ。
「あんたは参加しないのかい?」
 シフェが聞くと、メルヴィンは紅茶を掲げながらこう言った。
「はしゃぐには歳を取りすぎたよ。観戦モードも良いものだよ」
 そんな彼に通りすがりの子供が水をかけていく。
 バシャッ!
 パチパチと目を瞬かせたメルヴィンは水玉のハンカチを取り出し、顔を拭く。
「はは、刺激的だね」
 シフェが笑う。
「全くだ」
 その二人の間を、真船恭一は台車を押しながら通り抜けていく。その上には水入りのタンクが乗っている。
「水の補給はいかがだい? タオルもあるよ」
 タオルは濡れないようにクリアボックスに入れてあった。
「こっちにタオルをくれよ」
 シフェが手を挙げる。
「どうぞ」
 手渡すと彼は自分よりも先にミュージカル・ボウを拭いた。
「ありがとう」
 シフェが礼を言う。
「いいんだよ、祭りを楽しもう」
 真船は再び台車を押す。
「さあさあ、水の補給はどうだい?」
 大きな声をかけていると、有栖川三國が手を振った。
「こっちに水をください」
 台車を押していくと、大きなポンプのついた水鉄砲にゴーグルを装備した有栖川が、にこやかに笑っている。
「水が足りなくて。まだまだ中盤戦ですからね」
「はは、元気が良くて結構だね。はい、入れるからポンプを貸して」
 タンクを傾けてポンプに水を補給する。
「さあ、これで大丈夫。元気いっぱい頑張っておいで」
 真船が背中を押すと有栖川は礼を言って駆けていった。
「よーし、リシュカを探そう」
 彼の狙いは普段から迷惑をかけられているリシュカをビシャビシャにすることだった。そのための装備であり、そのための半袖半ズボンだった。
 元気に駆けていると、横合いから水がかけられる。
「有栖川さん!」
 柝乃守泉だった。タンクトップとホットパンツ姿の彼女は周囲に水を浮かばせている。
「柝乃守さん、やったな」
 とっさに撃ち返す。補給したばかりの水鉄砲でバシバシ撃っていると、柝乃守も自分の周りの水を操作して三國を狙う。
「うひょー、気持ちいい!」
 珍しく三國がハイテンションになる。柝乃守はそれに反応して水量を多くしていった。
「いっくよぉ」
 柝乃守の周りにある巨大な水玉が三國に襲いかかる。それは水の龍と化してうねり、上空から狙いを定めてくる。三國も龍を狙い撃ちするが、火に油ならぬ水に水で龍がどんどん大きくなっていく。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
 ざっぱーん、と三國を包む水の群れ。
「やったぁ」
 と柝乃守も喜んでいた。
 しかし……。
「いない?」
 有栖川はそこにはいなかった。
「僕の勝ちだね」
 背後から三國の声がする。
「きゃっ」
 驚いて猫耳と狐の尻尾が飛び出す。思わず振り返ると、有栖川の反撃が始まった。
 満タンになっているポンプから水が吐き出される。それは柝乃守の全身を濡らしていった。
「わきゃきゃきゃきゃ」
 為す術もなく濡らされていく泉。有栖川はそれを楽しそうに見ている。
 そのさらに後ろから、水が当てられた。有栖川が振り向くと相手の顔も見えないうちに連射される。
「わぷわぷわぷっ」
 転がって避けると、そこに見えたのは天野屋リシュカだった。いつもの緑のコートがレインコートになっていて、準備は万端のようだ。二丁の水鉄砲を両手に持って、転がった三國を狙い澄ましている。
「リシュカ!」
 とっさに撃ち返す。水弾はまともにリシュカの顔に当たった。
「きゃあ!」
 リシュカが逃げ出した。三國が追いかける。かと思えば振り返って弾を撃ってきたりする。
「ほらほらっ、背中ががら空きだよっ」
 真正面から撃っているのに……と有栖川は思うがいつものことなので気にしないでいる。
 二人はともにきゃあきゃあ言いながら追いかけっこを続ける。柝乃守は置いてけぼりになってしまった。
 リシュカはその後も有栖川や見ず知らずの人を狙って撃ち続けていった。
 その二人が通り過ぎたところに、ルウは小さなバケツを持って立っていた。真船にさきほど渡されたものだった。
「これで楽しんでおいで」
 真船はそう言って去っていったのだ。
 ルウは最初戸惑ってぼーっと立っていた。
「これ、どうやるのかな?」
 ルウは楽しそうだから遊びに来ただけで、祭りの主旨を理解していなかった。
 そこに白月が通りかかる。彼はホースを持って遊びに来ていた。
「やあ、ルウ」
「はくづきのおじちゃん、こんにちは」
 白月はルウの持っているバケツを見て言った。
「ルウも参加してるのか? 一人だと危ないぜ」
「ん〜、ぼく、よくわからないんだ。どうすればいいの?」
「ん? なんだ、分からないでこんな所にいるのか。お祭りだよ。お祭り」
「おまつり?」
「こうやって……」
 そう言いながらその辺りにある蛇口にホースを取り付ける。
「水をかけて遊ぶんだ」
 ピシャー、と勢いよく水が飛ぶ。
「ほら」
 白月は勢いを落としてルウにもかけてあげた。
「ん、つめたいね。ぼくもやるよ」
 ルウは掌に水を掬ってピチャピチャと撒き始めた。
「一人じゃ危ないからぱぱの所に帰りな」
「ありがとう、はくづきのおじちゃん」
 ルウはそう言って水を撒きながら帰って行く。水の跡が点々と続いていく。白月はそれを微笑ましい気持ちで見送った。
 さて、浅間縁の自宅では、リャナとレモンが集まって水の掛け合いが始まっていた。
「行くわよ」
「こっちも行くよ」
「準備オッケーだよ!」
 レモンも浅間もリャナも各自ホースを持っている。体の小さなリャナだけはホースも小さい。
「それっ」
 浅間がレモンにホースを向ける。出口を細くして圧力を増していた。
「ぐおぉっ」
 レモンにもの凄い勢いの水がかかる。
「えにしっみずっいきっおいっよすぎっ」
 レモンの声は声にならない。段々と後ろに押されつつある。
「まけっないわっよっ」
 負けないわよ、と言いたかったレモンは自分のホースを浅間に向けた。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ」
 レモンの水撃が放たれる。浅間はそれをまともに受けて仰け反る。
「や、や、やるじゃんっ、レモッ」
 レモン、と言いたかったが水の勢いに倒されてしまう。
「アイ、ウィン(I WIN)!」
 レモンの拳が頭上に上がる。浅間が地面に手を叩きつけて悔しがっている。
「うさぎさんたち……遊び方、たぶん間違ってるよ?」
 リャナがケラケラ笑いながら指摘する。
「ほら、リャナ」
 レモンがついでにリャナに向けて水を放つ。もちろん、勢いは殺してある。
 パシャ、と水のかかったリャナは「ぷはっ」と大きく息をして笑っている。
 浅間も起き上がり、レモンと第二戦を開始しようとしたその時、向こうから手を振る影があった。
 ネティー・バユンデュだ。
「あれ、だれ?」
 レモンが指差す。浅間とリャナが振り返って見る頃にはネティーはすでに彼らの目の前にやってきていた。よほど急いでいたらしい。
「どうしたの?」
 リャナが問うと、ネティーは言った。
「手伝ってください」
「へ?」
「え?」
「なに?」
 彼女が言うにはこういうことだった。祭りと聞いたので広場まで来てみると、マリアベルたちが作った虹が見えた。
「私は虹というものを確認しました」
 それは彼女の母星にはない現象だったのだ。
「現象を詳細に研究するため、もっと大きな虹を観察しようとしたのです」
 ところが、自分で虹を出そうと、その辺の材料を集めて放水装置を作ったはいいが、水源が無かったのだ。しかもコンパクトにできている割りに高出力だったため、一人では放水できなかった。
「皆さんにも虹の作製を手伝ってもらいたいのです」
 ペコリと頭を下げる。
 三人ともノリノリだった。
「良いじゃない! あたし、大賛成!」
 リャナが一番に声を上げる。
「よーし、いっちょ頑張りますか」
 レモンも腕まくりする。
「そうだね、楽しそうだし」
 浅間が笑って頷いた。そして提案する。
「それじゃあ場所は公園が良いんじゃない? 銀幕市記念公園。水は噴水から引けるし、人も多そうだしさ」
 それは例の「穴」を埋めて作った公園だった。浅間の考えた意図をすぐさま理解したリャナとレモンが「それが良い!」と賛同する。ネティーも「広さも位置も適当ですね」と了解した。
 公園に移動した四人。ネティーの作った放水装置を噴水の近くに設置した。
「ここが一番観察しやすいようです」
「よーし、それじゃあこれをつけるわよ」
 そういってレモンが取り出したのは、どこから持ってきたのか消防用のホースだった。
「あんた、どっから持ってきたんだよ」
「消防さんからいただいてきたのよ。今日は市を上げて協力してくれるんだわさ」
 言いながらホースを噴水に設置し、もう片方を装置に接続する。ネティーが接続部を改造した。
「頑張ってね、うさぎさんも縁ちゃんもネティーちゃんも。あたしが応援してあげるから!」
 リャナがそう言って突然歌い始めた。
「うさぎさ〜んうさぎさん、虹を作ろうがんばろう〜」
 かなり適当な歌だった。
「ああぁあぁ……あのねぇリャナぁ」
 脱力したレモンが中止を要請しようとすると、今度は縁の肩に乗って踊り始める。どこから取り出したのやら両手にはポンポンが取り付けられていた。
「フレー、フレー、エ・ニ・シ!」
 無駄にハイテンションだ。ネティー一人が黙々と準備を続けていた。
「あらら」
 レモンが苦笑しながらネティーの指示に従う。
「ホースを抱えてもらえませんか。そう、もうちょっと上です」
 指示通りに上空向けて抱え上げる。それを縁も手伝った。その間にネティーは水量などの数値を設定していく。そしてリャナは踊り続けた。
「フレッフレッ、みんな!」
 と、自分が浮いているのが分かったのか、誰も聞いていないのが寂しかったのかリャナも飛んでいってホースを持ち上げようとした。
「リャナ、良いんだよ。私たちに任せといて」
「ううん、縁ちゃん。あたしも手伝いたいんだよ!」
 顔を真っ赤にして踏ん張る。その姿を見てネティーがクスリと笑った。
「設定完了、放水、開始します」
 ネティーの合図に、三人が頷いた。
 そして、一気に放水が始まる。
 ホースから飛び出した水は辺りに撒き散らされながら高く高く昇っていく。その頃には何事かと人が集まっていた。人々は水が飛び散るのを楽しそうに見ている。
 その時だった。
「虹だ!」
 誰かが叫んだ。一斉にその場の人々が顔を上げる。ネティーが計算した通り、ちょうど四十二度の角度に虹が半円を浮かべていた。
「できたぁ!」
 リャナが虹の方向に飛んでいって水圧に吹き飛ばされた。レモンの掌に落ちてきて、大きな声で笑う。
「あはははは、虹、できたねぇ?」
 レモンも笑った。
「きれいだわ。あたし初めてだわよ、こんなにきれいな虹」
 縁が空に向かって叫んだ。
「絶望に希望を! 空に虹を! ネガティブなんて、吹き飛んじゃえ!」
 心からの咆吼だった。
 ネティーは満足していた。自分の計算通り、記念公園上に半円の虹ができたのだ。
「虹とは、本当にきれいなものですね」
 人々の歓声が聞こえる。こんなにたくさんの人々を幸せにする虹というものに、ネティーは地球人との友好の印を見た。
「きれいなものは、人を幸せにしますね」
 ネティーの言葉に三人が笑顔を見せた。笑顔の輪は、どこまでも広がっていった。
 本陣雷汰は、その光景を写真に収めていた。防水仕様の一眼レフは、刻々と移り変わる虹の微細な変化を捉えていた。
「やあ村上、良いスポットを教えてくれてアリガトな」
 後ろで村上がニヤリと笑った。
「たまたま会話が聞こえただけだよ。銀幕ジャーナルの特集トップはこれでいくか?」
「そりゃあ編集長様々のお考え次第だな。俺の仕入れた話しじゃもう一つでかいのが待ってるらしいぜ」
「でかいの?」
「これが終わったら聖林通りに戻るぞ」
 そう言いながらもパシャパシャと撮り続ける。人々の笑顔は水に弾けて画面一杯に広がる。もちろん雷汰にも水はかかる。だが、彼は積極的にその中心に向かって進んでいった。
 仕事だから、というのもある。しかしそれ以上にこの町独特の風景を写真に収めることが嬉しくて仕方がない。
「よっしゃー、お嬢ちゃんいい顔だね。もう一回笑ってくれるかな?」
 すっかり乗り気で、雷汰は水鉄砲を持った少女をアップにする。どの表情も表紙を飾るにふさわしい満面の笑みを浮かべていた。
「虹のシャワーが降りかかる、ってのはどうだ?」
「何がだ?」
 村上が問う。
「キャッチコピーだよ。お前が記事を書くんだろ?」
 なるほど、と村上が手を打った。一つ編集長に進言してみる価値はある。
「そうだな」
 村上はまた虹を見上げた。

★★★

 舞台はまた聖林通りに戻る。
 玄兎は背中に大きなタンクを背負っていた。そこからチューブが伸び、ウォーターガンが繋がっている。
 それを玄兎は無差別に乱射した。いきなりに、何も考えることなく。
「ウキャキャキャキャキャキャキャキャ」
 高速移動を駆使してまさにテロ行為だ。
「オレちゃんサイコー!」
 叫び声だけが人々の耳に入ってくる。わけも分からないまま水をかけられた人たちはあちこちを見回している。
 すると。
 ドシャン!
 突然電柱の一つが凹み、その凹みからメシメシと折れていく。
「危ないぞ!」
 周囲の人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 ズズン。電柱が倒れた。
 晦は玄兎と一緒に祭りにやってきていた。しかし、玄兎はあっと言う間に暴走し、突っ走って行ってしまったのだ。
「こっちに行ったんやと思うんやけど……変なことしでかさへんかなぁ」
 ウロウロと探し回る。真っ直ぐな道で、ヒントはそこかしこに落ちていた。
「なんだったんだろうね、いきなり水かけられたけど」
 疑問の声は全て玄兎を表していた。
「あいつ……またやったんやな」
 道を進んでいくと、向こうからたくさんの人がやってくる。
「ど、どないしたんやろか?」
 一人を捕まえて聞くと、何でも電柱が倒れたという。
「それや!」
 晦が駆けだした。
 朔月はこっそりとその後ろから着いてきていた。先程から晦に水がかからなかったのは、彼が神通力で水を弾き返していたからだったのだ。
「まったく、水が飛び交う祭りやて? 何でそない危ないことを……」
 そうやっている内に晦が駆け出した。
「なんや?」
 朔月も駆ける。水は次々に晦に向けられる。それを朔月は助ける。しかし水は更に次々と……といった調子で終わりがない。
「んが〜〜〜」
 とうとう朔月は怒り出してしまい、片っ端から水を撒き散らしていく。
「なんやろ、後ろがうるさいな」
 その騒ぎを聞いて晦が振り返る。
「うわっとっと」
 それを察知して朔月は店の陰に隠れた。
「?」
 首を傾げた晦はまた前方を見て走り出した。
「ふう、危ないとこやった。っとと、はよいかんと危険やな」
 見えなくなってしまった晦を追いかけて、朔月は走っていく。
 そして、晦は見た。
 同時に見えなくなった。
「うわっぷぷ」
 水が飛びかかってきた。飛び退くと、ようやくその光景が見えてくる。
 玄兎は電柱にぶつかり、のびていた。背中に背負ったタンクは壊れ、そこから水がぴゅーぴゅー飛び出している。その一つに晦はぶち当たったのだ。
「あーほー」
 晦が言った。玄兎は「ちゃはは、オレちゃんまいった」と頭を掻いている。
「われはアホやさかいな。祭りではしゃぐんは分かるけど、ちぃとは大人しゅうしとき」
 そう言って玄兎の首根っこを引っ張って連れて行く。
 その後ろから、二階堂美樹ははしご車に乗ってやって来た。
「盛大に行っくわよぉ!」
 警察のコネクションの賜である。はしご車を運転しているおっちゃんも嬉しそうだ。
 美樹ははしごの先に乗り、ホースを上に向けた。
 大容量の水がホースから放出される。
「うひゃー、すごいわね」
 広範囲に撒き散らされた水を見て美樹自身も驚いている。
「でもまだまだこれからよ」
 そう言って自ら調合した無害な薬品をタンクに放り込む。すると途端に水が変化した。それは時間が経つにつれ色が変化していき、最終的には虹の七色を経て無色になる。
「いーい眺めね……これが私の世界なのよね」
 勝手に銀幕市を自分のものにしてしまった。
 聖林通りを広場の方に向かって進んでいくと、段々と人の賑わいが増していく。そんな中、前戎希依は琥胡と一緒に祭りに参加していた。そこにアリシエートも混じって盛大に騒いでいる。
「いっくよぉ」
 希依が琥胡に向かって水鉄砲を放つ。
「うわっ、やったな!」
 撃ち返したつもりの水がアリシエートにもかかってしまう。
「あはは、へったくそねぇ」
「ご、ごめんなさい!」
 ビキニ&ホットパンツ姿の香玖耶に、琥胡は思わずドギマギしてしまう。
「いいわよ、別に。祭りなんだもの」
 そう言って香玖耶は琥胡にヘッドロックする。胸が当たって琥胡の顔は真っ赤だ。
「この馬鹿」
 その琥胡を、希依は狙い撃ちした。色水を入れていたので、琥胡の顔は血を流したように真っ赤に染まる。
「ぶわっ、希依!」
「何よ、このスケベ!」
 二人が言い合いしているとそこにコーター・ソールレットが通りかかった。
「あ、コーターだ!」
 香玖耶がいち早く気付く。
「おお、香玖耶ではないか」
 鎧の彼はガチャガチャと盛大に音を響かせながら彼女の下へ歩いてくる。
「希依ちゃん、琥胡君、いっくよ」
 アリシエートの合図で二人が消防用のホースを用意した。始めからその気だったのだ。
『ビッショビショにしてやんよ!』
 ホースから一気に水が放出される。それはもちろんコーターに向けられる。
 ドドドドド、水の圧力がコーターを襲う。
「うおぉぉぉスーパーヤバいではないか」
 肩のパーツが外れた。次は右足、そして右手、左足と飛ばされていく。
「ぬう、ここがマウンテンスポット(山場)でござる〜〜」
 妖刀村雨を抜く。コーターはその刀身から炎を出して水を蒸発していく。
「甘いわよ、コーター」
 ホースを希依と琥胡に任せて、香玖耶は水龍を喚びだした。水龍はホースから飛び出す水に宿り、その力をパワーアップさせていく。
「ぬおぉぉぉぉぉ」
 コーターがバラバラになった。三人から歓声が上がる。
「やったぁ!」
 しかし、バラバラになったコーターはそれぞれのパーツで三人の足下を掬っていった。
「うわぁ」
「きゃあ」
「痛い!」
 見事に三人を転ばせたコーター。
「ここはウルトラ三十六計エスケープにしかず! さらばだ!」
 そそくさと銀幕広場に向かって逃げていった。
 広場の噴水には子供たちと遊ぶ人魚がいた。藍玉だ。噴水の水を媒介にしていくつもの細い流れにして、子供たちにかけてあげている。その縦横無尽さに子供たちは大喜びではしゃいでいる。水を追いかけてあっちへこっちへと大忙しだ。
「可愛いわね」
 藍玉はその姿を微笑ましげに眺めていた。子供たちのリクエストに応え、水の花を作ったりボールのように跳ねさせたりもした。
 そこに香玖耶たちから逃げてきたコーターが通りかかった。
「あら、コーター」
 見つけるなり水を掛ける。いきなりかけられたコーターは動揺した。
「うおっ、拙者の体がスーパー錆びてしまうではないか!」
 そう言って自分のパーツを投げつけようとしたが、相手が藍玉だと分かって踏みとどまる。
「良いじゃない、スーパー良い妖怪なんでしょ? 今日はお祭りよ?」
 そう言われてはコーターも形無しである。
「ぬう、そうだったな。ウルトラハッピーな日なのだったな」
 二人は一緒になって子供たちと遊び回った。
 噴水の向こうでは、サエキが実験中だった。いわゆるペットボトルロケットの発射実験だった。一輪車にどっさり積み込んだ中には普通のものだけでなく、多段式ロケット、落下傘付き、注射器を使用したペンシルロケットなどもある。
「じゃあ次のロケットは、と」
 多段式のロケットを発射台に据え付けて発射する。何やら飛距離や飛び方をメモしているようだ。
「あの〜、何やってるんですか?」
 すると、噴水の所にいた子供が一人、サエキに質問した。
「やってみるか?」
 そう言って子供に設置と発射をやらせてみる。普通のタイプのロケットだったが、プシュ、と派手な音をさせて空高く舞い上がっていく。
「わあー!」
 それを契機に子供たちが群がる。
「あー、これは水圧と空気圧を利用するアル」
 急に説明口調になる。
「離れるアル。このグリップを握るアル」
 そう言って子供にまた発射をさせる。いまいち謎だが、サエキは楽しげな表情を浮かべていた。
 その時、わあ、と一際大きな歓声が上がった。その方角には巨大な樽が移動してきていた。これは王様に依頼されてセエレが作った海賊放水樽であった。三メートル四方の大きさに足場も組まれ、樽の至る所に蛇口がついている。そこにギャリック海賊団の面々が顔を揃えていた。
「具合は良いみたいだね……」
 セエレは足場に乗って樽の動きを見ている。樽はシキ・トーダを含めた数人の力持ちが動かしていた。
「水撒くことの何が楽しいんだろうなぁ?」
 ノルンは王様に連れられてやって来た。そう言う自分もヴィディスを誘ったのだが。
「水は熱いぞ! 見ろ、この熱気! 人々は避暑を求め、またスポーツ的な楽しみも含み、この場所にやってくるのだ!」
 王様が熱く語る。と同時にノルンやヴィディスに水を掛ける。
「ぶわっ」
 ヴィディスが叫ぶ。
「ほれほれぇ! 暑い夏よさらば! くたばれ猛暑! 放水祭り最高!」
 そんな王様をセエレはちょっと引いて見ている。ノルンは水をかけられて「水も滴るなんとやら、だな」と笑う。しかし、しっかりとお返しはしておいた。
「いるか?」
 その後でヴィディスにタオルを渡したりもする。
「サンキュ。ったく、王様はいっつもこうだから困るぜ」
 と言いつつ、自分も水撒きには期待をしていた。
 ルークレイルが蛇口にホースをつける。それを見ていたヴィディスは自分もホースを借りて蛇口につけた。


「おまえらに楽しみ方を教えてやるよ」
 ホースの口を指で押さえて散水する。周りに飛び散る水に海賊たちが目を瞬かせる。
「はっはっはっ、これだけじゃないぞ」
 合図で樽の後ろから子象が現れる。カレークエストで賞品としてもらった象だった。
「メアリ、盛大にやってやれ!」
 いつになくくだけた調子のルークレイルに気をよくしたのか、象のメアリは地面に溜まった水を鼻で吸い込み、上空に撒き上げる。
 パオーン!
 メアリが走り出した。その先にはコーターの姿があった。
「ぬ? 何でござるか?」
 疑問符をつけて後ろを振り向いた時にはもう遅い。コーターは跳ね飛ばされ、空に舞い上がる。そのままメアリの背に乗せられて走り去ってしまった。
「うおおぉぉぉ、スーパー怖いでござる〜〜〜〜」
 しかし、誰もコーターを助ける者はいなかった。
 それらの騒動を見て、ヴィディスもノルンにホースを向ける。まだ彼は気付いていないようだった。
「よーし」
 彼はノルンが気付いていないことを良いことに背中にそっとホースを忍ばせる。
「のわわわわわ」
 一気に解き放たれた水はノルンの背中を伝っていく。驚いたノルンは樽の下に転げてしまう。
「あはははは」
「おまえ、やったな」
 二人は樽の上と下で笑いあった。
 その空の上で、ルドルフはソリに乗っていた。
「ははは、季節外れのクリスマスプレゼントだ」
 ソリの中にはビニールプールが乗っている。もちろん、大量の水を仕込んでいた。
「あんたらに言っておく。毛皮は暑いんだ。体温調節できるからいいだろうとか言ってるやつはどいつだ? トナカイだってバテるんだよ!」
 半分は当てつけだった。もう半分は純粋に祭りを楽しんでいた。ともかく、ソリから水が落とされた。
 歓声や怒号、悲鳴などが入り交じって聞こえる。狙ったのは海賊の男ども。海賊らしく派手に反応してくれた。
「ははは、水も滴るいい男の出来上がりだな」
 そう言ってルドルフは去っていった。
 ウィズは出店を開いていた。移動式で一輪車を引いて。中には協力水鉄砲や水風船、バケツなど、放水に便利なグッズが勢揃いしている。
「ハァイ、このお祭りにはどれも欠かせないお買い得商品ばかりだよ〜!」
 濡れた人向けにタオルやバスタオルも販売していた。
 聖林通りをずっと歩いてきたウィズだが、ここに来てようやく海賊団と合流する。
「お、王様だ」
 一輪車から水風船を取り出して投げつける。
「うおっ、なんだ?」
 驚く王様を見て楽しんでいた。
「ペンギンのくせに驚いてんなよ」
 屈託無く笑う。
 ウィズの狙いはヤシャとナハトにも向かう。水風船を大量に投げつけて、自分は防御用の傘を開いている。
 投げつけられたヤシャとナハトは、それを契機にお互いに水を掛け合っていた。樽の足場はかなりの人数が乗れるほどに大きく、彼らが暴れても問題はなかった。
「おま、大人げねえぞ」
 ヤシャが蛇口から水を掬ってナハトにかける。するとナハトは蛇口に直接掌を当てて、勢いをつけてヤシャを狙った。
「何が大人げないだ。祭りに大人も子供もあるかよ」
「そうかよ、それじゃ……」
 ヤシャがそう言ってバケツに水を汲む。それをバケツごとナハトに放り投げた。
「てめ、危ねえじゃねえか」
「祭りってのは危険なもんなんだよ」
 カチンと来たナハトはヤシャを抱え上げた。
「うわわ」
「くたばれ!」
 そのまま樽の中に放り投げる。
 そして自分もその中へ。
「おまえ、危ねえだろ」
「祭りってのは危ないもんなんだろ」
 盛大な水掛け合いが樽の中で続けられる。
 エフィッツィオはサボるつもりでこの祭りに参加していた。避暑がてらその辺りに打ち水している。
「はぁ、飛沫が気持ちいいぜ」
「ならたっぷりかかりな」
 上から声がしたかと思うとヤシャとナハトが一緒になってバケツに水を汲んでいた。
「ちょ、おま、待て!」
『うっせえ』
 さっきまで争っていた二人が、いつの間にか笑いあっている。どうやら雨降って地固まる、のようだ。
 ザッパン、と水をかぶったエフィが頭をブルブル震わせる。
「ヤシャ、ナハト、よくもやったな」
 反撃のために水鉄砲を手にしたが、なかなか当たらない。砲撃手のくせに命中率が低すぎるのだ。
「練習が足りねえんだよ」
「んなへなちょこ玉、当たるかよ」
 二人から言いたい放題言われている。
 樽に張り付いたゴーユンはそんな三人のやり取りを見ていた。張り付いていない四本の脚で水鉄砲を持ち、広場を行き交う人々に水をかけていた。
「あはは、エフィ、下手くそだねぇ」
 エフィの下手さ加減を笑っている。
 王様やルーク、ヴィディスたちにもかけている。ゴーユンは岡の上でこんなに楽しい遊びができるとは思っていなかった。
「早く船を浮かべて、こんな馬鹿騒ぎをやりたいもんだねぇ」
 修理中の船体を思って、呟く。
 シキ・トーダは同意し、のんきに笑って見ている。
「全くだ。特にこいつのような馬鹿とな」
 そう言ってエフィを指差す。彼は気付いていない。
「おっしゃ、いっちょやりますかねー」
 シキが蛇口をひねる。水は最大限まで放出された。その蛇口を指で半分塞ぐ。増した水圧でシキはエフィを狙った。
「おわぁ!」
 いきなり背後から水をかけられたエフィは振り返って相手がシキだと確認すると拳を振り上げて追いかける。
「こら、てめぇ!」
 舌を出してシキが逃げ出した。エフィが水鉄砲で当たらないと思い知ったので、バケツで水をかけようとする。しかし、勘の良いシキはそれすらも避けてしまった。
「相変わらず狙いが当たらないな」
 からかっては逃げる。エフィの顔が段々と真っ赤になっていく。
 そんな海賊たちの騒ぎをよそ目に、シオンティード、ガルムの二人は可愛らしく水鉄砲で水をかけ合っていた。
 トリシャにもらったお揃いの水色の雨合羽を着て、二人は我を忘れて水かけに夢中になっていた。
 ガルムは仲良しのシオンと一緒で、更にトリシャおねえちゃんまで来てくれて、それだけで楽しかった。
「シオン、銀幕市ぜんぶが水浸しだね」
「うん、ぼく、こんなの初めて見たよ」
 トリシャ・ホイットニーはそんな二人を微笑ましく眺めていた。薔薇柄の傘が似合う。その手には硝子細工で雨粒をイメージした鈴を持っていた。出店で売っていたものだ。留守番をしているもう一人の子に、持って帰ろうと思って。
 思いに浸っていると、ガルムが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「ほらほら、トリシャおねえちゃん。水溜まりに空が映ってきれいだよ」
「そうね、まるでガルムの心を映しているみたい」
 トリシャがそう言うと、シオンが「ぼくもぼくも」と取り縋ってくる。
「ええ、もちろんシオンもよ」
 わーいと喜ぶ。そんなガルムたちに話しかけてくる人物がいた。レオ・ガレジスタだ。
「ねえガルム君、この祭りって、水を撒くの?」
 彼の世界では汚染されていない水は貴重品だった。
「そうです……よ? ボクもよく分からなんだけど……」
 知り合いのレオとは言え、いきなり話しかけられてびっくりしている。
「い、いいんだ……」
 それは、レオにとってとても幸せなことだった。一つでも不安なしに何かが使えるということは、それだけで幸福感を増すことができる。
 レオは始めこわごわと、そこらに置いてあったバケツの水をそこらに撒き始めた。ガルムは何かを感じたのか、彼に倣って水を撒く。シオンとトリシャもレオと一緒に撒き始めた。
「うう……もったいない…………」
 まだ慣れないようだった。だがしばらくすると自分で水鉄砲を作って……それは不格好ではあったが機能的だった……ガルムたちと遊び始めた。
 長谷川コジローは先日のオリンピックで銅メダルしか取れず、落ち込んでいた。
「蝶々サマ、オレ、メンタルが弱いらしいっす。どうしたら精神を鍛えられるんでしょうか――んっ?」
 彼は妄想しながら町を歩いていたため、放水祭りに気が付かなかった。まあそれ自体が奇跡みたいなものだ。しかし奇跡は、さらに彼に閃きをもたらした。
「これだ!」
 ようやく周りに目が行ったコジローは一瞬で状況を理解し、目を光らせる。
「オレはどこでも泳ぐ男、バタフライ・コジロー! みんな! オレに力を、オレに水をかけてくれ!」
 そう言いながら服を脱ぎ出す。
「きもぉ!」
 すぐさまかけられた水は、強力な圧力をもってコジローをぶち倒す。それは新倉アオイが撃ち放ったものだった。
「オレはきもくなーい!」
「じゃあ変態ね!」
 再び猛攻が開始される。コジローはアオイのその水流の中をバタフライで泳ぐ。ビキニにホットパンツ姿のアオイは、コジローの勢いを面白がる。
「やるわね、負けないわよ」
 泳ぐコジローと水を放つアオイ。
「あははははっ、マジ最高ォー!」
 一種異様だが楽しそうな二人の様子が繰り広げられた。
 祭りはいよいよ佳境に入っていた。リカ・ヴォリンスカヤは周りの人たちに洗面器で水をかけていた。
「ほらほらほらほらー、どんどんかけるわよ」
 ナイフ投げで鍛えた集中力と命中率はほぼ百パーセント狙った誰かに水を当てることができた。
 するとそこに一個のバケツが。
 スコン!
 エフィがシキに向けて投げたバケツが、偶然、本当に偶然リカに当たったのだ。
「……なにするのよ……!」
 リカは持っていたバケットからチェリーパイを取り出し、エフィに投げる。もちろん、エフィに当たり、彼はパイまみれに。それからも彼女は次々にパイを投げ、それは海賊団の面々に当たっていく。
 そして最後に彼女がパイをぶつけたのが、キャプテン・ギャリックだった。
「おもしれぇ」
 パイを拭いながらギャリックが海賊団に檄を飛ばす。
「海賊にゃもってこいの祭りだな! ようし、いっちょ派手にぶちかますか!」
 ギャリックは駆け、樽の一番上に登った。
「シキ、ゴーユン、エフィ、ナハト、ヤシャ、ウィズ、ヴィディス、ルーク、セエレ、ノルン、王様!」
 海賊団が声を揃える。
『おうっ』
 彼らは空に向けて雄叫びを上げた。
『俺たち、ギャリック海賊団だぜっ』
 初めは静かに、やがてドドドドドと震動が伝わってくる。
「津波だぁ!」
 誰かが叫んだ。
 銀幕市全体を包むかのような大津波が広場を襲う。それは決して人を襲わず、広場を覆った。渦が巻き、建物が唸り、だが破壊はしなかった。
 ズズズズズ、と吸い込まれるように波が沈んでいく。波が引いた後、そこには無数のゴミが散乱していた。
「…………ち、ちとやりすぎたかな?」
 海賊団の皆も冷や汗をかいていた。
 こうして、放水祭りの幕は引き、銀幕市大ゴミ拾い大会が開催された。

クリエイターコメント大変お待たせしました。
どうやら九月中にお届けすることができました。
銀幕市放水祭り、ここに完結です。
オチが「銀幕かくし芸大会2008」とかぶっているのは気にしないでください(笑)

皆さんのプレイングが良すぎて、描写をどうするか非常に悩みました。
制限一杯一杯、20100字のところ、20099字での納品となりました。
楽しんでいただけるととっても嬉しいです。

人物の口調や描写には気をつけたつもりですが、問題があればいつでもお申しつけください。修正いたします。

それでは、次のシナリオで会いましょう。
公開日時2008-09-24(水) 22:10
感想メールはこちらから