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ハニーフレンド
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サシャ・エルガシャ(chsz4170) 2012-02-01(水) 13:08 |
ひとりきりのティータイムは久しぶりだ。 いつも一緒にお茶する友人がホワイトタワーに出かけてしまった昼下がり、サシャ・エルガシャは自宅のアパートにて日課となったお茶の支度を行いつつ、ターミナルの有志が捕虜の面会に赴いた経緯を思い返す。
『……シャドウに会いにいってくる』 『どうも一筋縄ではいかない人物らしいが、旅団の情報を引き出す貴重な機会だ。無駄にする手はない』
その顔があんまり思い詰めていたので、大丈夫だよと気休めの言葉ひとつかけられなかったのが悔やまれる。 最も、聡明な彼女ならサシャの気遣いを察して、友人にいらぬ心配をかけてしまった自分を尚更不甲斐なく思うかもしれない。
サシャは知っている。 しっかり者に見えて、シュマイトはとても繊細で優しい女の子なのだ。
白く清潔なクロスを掛けた円卓の対岸を不安げな面持ちで見詰める。 椅子は空っぽ。 シュマイトが使う分のカップと皿を用意してしまったのは、癖だ。 焼き立てのスコーンも湯気だつ紅茶もひとりでは味けない。
「シュマイトちゃん、早く帰ってこないかなあ」
一通り支度を終え、お行儀悪くテーブルに頬杖ついて窓の方を向く。 憂わしげな視線は窓を突き抜け、遥か彼方に聳えたつ霧に包まれた白亜の牢獄ーホワイトタワーの方角へ飛ぶ。
快活に輝く黒曜石の瞳を伏せ、回想に沈む。
『私は君の役に立っているか?』
こないだ喫茶店でそう切り出された時、咄嗟に返す言葉を失った。 サシャの中には友人を役に立てるという発想がなくて、シュマイトが口にした言葉と認識が即座に結びつかなかったのだ。
役に立っているか、だなんて。
「ちがうよ、シュマイトちゃん」
口元を仄かに綻ばせ、銀色のティースプーンでゆっくりと紅茶をかき混ぜる。
友達と一緒にいる理由なんて、世界中さがしたってこれしかない。
「ただ、たのしいから一緒にいるんだよ?」
シュマイトちゃんと一緒にいるのが楽しいから、一緒にお茶を飲みながら色んな話をするのが楽しいから、恋の話やお洒落の話、シュマイトちゃんの研究や依頼の話、話題はあとからあとから湧いてきて尽きる事がない。
ただ楽しいから。 あなたと過ごす時間にステキなこと楽しいものがぎゅっと凝縮されてるから。
「でも……やきもち焼いてくれて嬉しかったな」
なあんて言ったら怒られるかな? 本音を洩らした時のシュマイトのあっけにとられた顔を想像し、悪戯っぽい笑みがさらに広がる。
嫉妬してくれたのは、それだけサシャを大事に思ってくれたから。 だれかに取られてしまうのが嫌だと、隣からいなくなってしまったらどうしようと、あのクールでしっかり者のシュマイトちゃんが気を揉んでくれた証拠だから。
カップの縁で滴を切り、静かに匙を寝かせておく。
「ワタシもシュマイトちゃんに彼氏ができたら同じことするんだろうなあ」
ごく自然にそう思う、そう思える。 いや、自分の場合はもっと酷いかもしれない。 年上だからと保護者ぶって色々世話を焼くかもしれない、お嬢様育ちで少しばかり世間知らずなシュマイトちゃんが悪い男に騙されてないかと勘ぐって尾行くらいはするかもしれない。
ほらね、おあいこ。
君の役に立っているかと、そんな不器用な訊き方でしか自分の価値を再確認できない臆病さが愛おしい。
シュマイトの不器用さは誠実さの裏返し。 自分が傷付く以上に他人を傷付ける事に過敏になって対人関係に消極的になってしまう、脆いばかりの優しさの裏返し。
友人に贈られた純粋な好意に触れて、それを受け取るに値するか自問してしまったのはむしろサシャの方で。
「ワタシは嬉しかったんだよ、シュマイトちゃん」
すごくすごく嬉しかったんだよと、心の中で繰り返す。
旦那様が亡くなられて屋敷の仲間にも先立たれて、二百年近い歳月をコンダクターとして独り過ごしてきたサシャ。
いつもいつだって置いて逝かれる側で、置き去りにされるのは慣れっこで、諦めに流されても寂しさは薄まらなくて、心の片隅では常に好きな人に去られ続ける現実に怯えていた。
けれどもシュマイトはサシャに置いていかれることを哀しんでくれた。 時間に人に、ずっとずっと置いていかれる一方だったサシャに置いていかれてしまうと小さな胸を痛め、精一杯の誠意と勇気でもってサシャを引きとめようとしてくれたのだ。
「シュマイトちゃんはばかだね」
頭が良くてしっかり者で、寂しがり屋で不器用で臆病なシュマイトちゃん。 ワタシの大好きな、大切な友達。
ケーキと紅茶どちらが美味しいか選べないのと同じ理屈で、一途に人を想う真心に優劣なんてつけられない。
そんな自分は欲張りだと思うけど……
「ワタシもばかだから、引き分けだね」
貴女に支えられて今のワタシが居る。 貴女に支えられて今のワタシが在る。
置いていかれるのが怖いのはワタシも一緒だよ、シュマイトちゃん。 シュマイトちゃんは年下なのに頭が良くてなんでもできる憧れの存在で、ワタシなんかとは釣り合わないって劣等感を抱いた事だってあったんだから。 ホントはね、役に立っているか訊きたいのはワタシの方だったんだから。 だれかの役に立つのがメイドの仕事、ワタシの存在価値だっていう先入観が抜けきらなくて、シュマイトちゃんに色々と劣るワタシが友人として胸を張る為には唯一人様に自慢できる職能を生かすしかないって思い込んでたの。
だから。 そんなワタシが反対の立場でシュマイトちゃんに求め乞われて、どんなにか嬉しかったか。
そっと目を瞑り、大好きな友人の顔を思い描く。
ふわふわで触り心地のよさそうな髪の毛。 血統書つきの猫を思わせる勝気で可憐な顔立ち。 教養の高さを感じさせるエレガントな立ち居振る舞いは血統を知性で磨いたリトル・レディの品格に溢れ、生きて動く最高級のヴィクトリアン・ビスクドールを見ているかのようだ。
そんな風にお人形さん然と取り澄ましたシュマイトがサシャとの対話で垣間見せる少女らしいむくれ顔や戸惑い顔、思春期の不安に揺れる眼差しは、どんな言葉より率直に胸の奥にまで届き、シュマイトの友人として今在る自分への誇らしさと幸福感を染み渡らせてくれる。
サシャにできるのは温かくささやかなお茶の支度を整えて、尊敬と親愛に大いに値する友人の帰りを待ち侘びる事。
いってらっしゃいと空元気で送り出せなかった分もおかえりなさいと笑顔でむかえるために、褐色の指先をしなやかに踊らせ、シュマイトの分のスコーンを小皿に取り分ける。
シュマイトちゃんが帰ったら一緒にお茶にしようと、メイドはくすぐったげに微笑むのだった。
END |
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PLより
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サシャ・エルガシャ(chsz4170) 2012-02-01(水) 14:07 |
★★★ シュマイトPL様、出演ご快諾ありがとうございました。 |
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ifの便箋
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シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2012-02-09(木) 23:15 |
(返歌:もし「ハニーフレンド」の内容をシュマイトが直に知ったら)
サシャ、許してくれ。 わたしはキミの友情を、真心を、疑っていた。 それどころか、キミを独占したいと身勝手な感情さえ向けていた。 わたしはキミに憧れている。 いつも誰に対しても笑顔を絶やさずにいるキミがまぶしい。 キミの友人でいられた事を、心より嬉しく思う。 だが、こんな時にまで笑顔を見せてくれなくて良いのだよ? なぜキミは、わたしの醜い嫉妬を目の当たりにしてなお、笑顔になれるのだ? その優しく澄んだ眼差しにわたしは癒され、同時にさいなまれる。 友人の幸せを喜べない自分が理不尽な主張をしているとは分かっている。 わたしにあるべからざる話だ。 しかし分かっていても止まらんのだ。 幼な子のように泣き出しキミに甘えついたらどれほど楽かと思う。
……今夜のわたしはどうかしているようだ。 この便箋は渡さずに捨ててしまおう。
いつかまた、運動会でモフトピアに行った時のように、 わだかまりを捨てて三人で笑い合える日が来ると信じたい。 |