ここにあるのはあなたが生み出した本の群れ。
さあどうぞ、あなたの物語を語っていって?

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仮チェンバーオーナーの憂鬱? (1)   彼との二つの話題 (1)   メメントモリ (2)   ハニーフレンド (3)   ブルーレクイエム・ブルース (2)   スケルトン・イン・クローゼット (1)   カスタムチャイルド (1)   カヴァレリア・ルスティカーナ -耳に残るは君の歌声ー (1)   蜘蛛の魔女の系譜 (1)   メイドより、御館様への追憶 (1)   二人でお茶を……飲まずに (1)   はらぺこあくま(絵本) (1)  

 

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[0] 使用方法など
リーリス・キャロン(chse2070) 2011-12-17(土) 16:24
赤い月でね、ちょっと変わったもの見つけちゃったの。
自動製本装置って言うのよ?
このスペースに手を置いて、あなたが生み出したい物語を考えてみて?
実際にあったことでも妄想でも構わないわ。
ほら、どんどん物語が綴られていく。
出来上がった本は、ここでみんなに読んでもらえるわ。
さあ、あなたの本を作ってみない?

================================

【PL的妄言】
別にプラノベ待たなくたっていいじゃなーい?
二次創作OKなんだから、それがバンバン発表される場所があってもー?
だってみんなかっこいいからもっといろいろなお話が読みたーい!

というわけで、二次創作(?)専用スポットを開設しました。
本を書かれる方は、新規スレッドをお立ち上げください。
スレッドタイトルが、本の題名となります。
発言者名が著者になります。
多分1回に3000字くらいまで書けるんじゃないかと、どちらかのスポットで発言があったような・・・?
実際にあったとご本人が力説されることでも、架空でも、実はこの事件の裏で俺はこんなことしてたんだよでもOKです。
著者がPCさまである以上、どんな物語でも二次創作に該当するものと思います。

基本は1話完結、スレッドの続きは他の方の感想になると思われますが。
連作って書いて、どんどん繋げちゃうのもありだと思います。(最初の著者さまの許可は取ってくださいね?)

あと、基本として。
掲示板で楽しく交流するための7つのルールは守りましょう。
他のPCさまが登場するなら、その方の許可を取って名前を出しましょう・・・私も失敗して反省しました。

みなさまのさまざまな活躍を、拝見できればうれしいです。
(なお、基本リーリスはおりませんので雑談スペースもありません)

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[20] 仮チェンバーオーナーの憂鬱?

旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062) 2012-03-25(日) 17:48
どうぞどうぞ、久しぶりに良くお越しやした。
あいにくわっちらしか居りやせんが、精一杯歓待させていただきやす。
そうでやんすねぇ・・・お嬢のお戻りは、わっちらにも皆目見当が付きやせん。
確かに正月の書初めでチェンバーオーナー下剋上とは書きやしたが、こんなに早くチェンバーオーナーになるかもしれないと思うと、何かムズムズするものがあるでやんす。
願い事には気を付けろ、叶うかもしれないから、ってぇ諺が、これほど身に染みたのも久しぶりでやんす。

わっちがこのチェンバーに喚ばれたのは、ブルーインブルーに帰属した後もこのチェンバーが廃棄チェンバーにならないように、ってぇうちのお嬢が考えたからでやんす。
お嬢は自分が居なくなった後も、皆さまとの遊び場を残したかったんでやんしょうなぁ。
実際のところ、仮オーナーは仮オーナー、お嬢が居なくなればわっちは看板をつけ代える事が出来やせん。
同じ場所であったとしても、新たにわっちの名前でチェンバーを起こすしかないでやんしょうなぁ。
踊るススム御殿とか、いくつか看板名を考えてるでやんすが・・・旦那はどれが良いと思いやす?
えっ?! ススム’ズ ホーンテッドスクールでやんすか?!
いやぁ、わっち怪談はそんなに得意じゃないんで、それはちょっと・・・。

あぁ、茶菓子が切れやしたか?
家庭科室のわっちが桜ロールを作っておりやすんで、それが出来るまで・・・(ペッ)わっちのイチゴ味心臓でも、1つ?
いやいや遠慮なさらず。これだけは連射できるほどいくらでもありやすんで。
大丈夫、試食した方々からは絶品のイチゴ味だと称賛されておりやす。
ささ、どうぞどうぞ。(相手の口にイチゴ味心臓をぶち込んだ(爆))

そう言えば、とうとうジェローム討伐が始まるらしいでやんすよねぇ。
わっちは・・・どうするか考え中でやんす。
お嬢はブルーインブルーに帰属を希望しておりやしたが、ある意味お嬢の帰属はもう目が詰んでおりやす。
お嬢はジェロームにとっても黒真珠の領主にとっても賞金首。
その状態で帰属してもすぐに殺されて終わりでやんしょう。
例えジェロームが居なくなっても、黒真珠の領主の手配が消えるわけでもない。
お嬢も行く前からそれについては予想していたようで、ジャンクヘヴンに行く前日、ずっとチェンバー内を散策しておりやした。
あ、これは誰それがつけた傷、ここはあのお祭りで直し損なった場所、ここを増築したのは誰それさんの助言、などと楽しそうに1つずつチェンバー内を確認して。
お嬢があんまり楽しそうなんで、どうしたでやんすか、別にレイナルド宰相と話されたらそれでお役御免で大手を振って戻って来るでやんしょう?ってぇわっちもつい聞いちまいやして。
お嬢に笑われちまいやした。
そうだとイイね・・・そうでなかったら、後のコトはヨロシクねって。
その晩わっちはお嬢の好きなものばかり夕飯に作りやした。
ナニナニ、今日のご馳走は~。太っちゃうじゃん~。
お嬢はいつものように笑いながら、一つ残さず平らげて・・・次の日も笑いながらチェンバーを出ていきやした。
お嬢がお戻りになれば良し、例えお戻りにならなくてもわっちらの別れは済んでおりやす。
・・・逆にわっちは、お嬢に会うのが怖いのかもしれやせん。
連絡がつかないのは、ノートが手元にないだけなのか、帰属したのか、それとももう・・・。
作られて100年以上経つ人体模型の割に、意気地のねぇ話でやんす。

そうそう、4月も中盤になりやしたら、またイベントの一つも開催する予定でやんす。
お嬢ほど活発に冒険するにはわっちの魔力はちぃっとばかし足りなそうなんで・・・せめてイベントは頑張ろうかと。
花見の時期でやんすが、図書館のイベントもあるでやんしょうから、そこら辺はちぃっとばかし木製の脳みそを絞って考えようかと、ヘイ。
いつでも遊びに来ていただければ、わっちらもうれしい限りでやんす。
ダンナの大好物を準備して、わっちら総出でお迎えさせていただくでやんす、ヘイ。

 

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[19] 彼との二つの話題
うむ
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2012-03-06(火) 06:25
 シュマイトは現在、エスポワール孤児院で教職を務めている。科目は機械技術。生徒たちに手に職を付けさせ自活を促すのが目的だ。
 機械技術と言っても、ここの子どもたちは全員がロストナンバーだ。出身によって持つ知識の方向性は大きく異なる。そこでシュマイトは基準点を設ける事にした。出身者の数が最も多い壱番世界を中心とし、その前後でクラスを分けるのである。
  そうと決まれば次にする事は決まっている。壱番世界の技術水準を明確にするのだ。
  教職員室に赴いたシュマイトは、授業後を待って目的の人物に声をかける。
「ロキ」
 壱番世界の地図を机に数枚広げていたロキは手を止めてシュマイトに視線を移した。
「ん? どうかしたか?」
「授業計画を立てるのに付き合ってほしい」
 コンダクターでセクタンはロボットフォーム。加えてゲーマーであるため、一般的な水準の知識も期待できる。理想的な相手だ。
  それに、とシュマイトは心の端で思う。キミとはほかにも話してみたい事がある。
  授業計画は滞りなく進んだ。シュマイトはノートにびっしりと書き込みを連ね、次第に授業の方向性を見出してきた。シュマイトが満足そうにノートを閉じた時、教職員室には彼女たち二人しか残っていなかった。
「遅くなったな。送って行こうか」
「ああ」と短く返事をしてから、彼女は先ほどの予定を確認する。
 丁度良い。人目のあるここでする話でもないだろう。
 二人で孤児院の通用門から出る。シュマイトが長身のロキを追うように歩いていると彼がぼそりと言った。
「サシャって、さ」
 思わず足が止まる。シュマイトもまさに、その名を出したかったのだ。シュマイトにとっては親友の、ロキにとっては恋人の、名前。
「普段はどんな子なのかな?」
「質問の意味が良く分からん」
 わざとにべもない調子で返すと、ロキは少し言いにくそうに、
「ほら、サシャってシュマイトと話す時は友達口調になるだろ? だから、俺の……知らない、シュマイトといる時のサシャはどんな感じなのかな、と思って」
 シュマイトは少しの間、どう答えるべきか迷う。
「わたしはキミといる時のサシャを知らない。ゆえにキミの前でとわたしの前での違いを厳密には説明できない。だがね、きっと彼女はいつでもああだよ。わたしの知っている限りでは彼女に裏表などない。おそらくはキミも見知っているままだ」
 親友の美徳を言い尽くせないのがもどかしい。不必要に飾らず、それでいて常に人を引き付ける天性の魅力。まぶしいほどの澄み切った笑顔、抱きとめるように柔らかな物腰、快活に話し真剣に聞く態度、周りを和ませる穏やかな空気。そのすべてがシュマイトには憧れだった。しかしそれは口にしない。今こうして話している彼は、そんな事などすでに充分に知っているのだろうから。
「まあ、そうだな。端的に言って人好きがするとはああいう人徳を表すのだろう。サシャが怒った顔など見た事がない……」
 言いかけてから一度、言葉を切った。
  先日、その親友の笑顔を歪ませてしまった。彼女が自分から離れてしまうと、その真心を疑ったのだ。そう言った時、彼女は出会って以来初めて、声を荒らげた。
「……ないわけではないが、極めて例外的な事態だ」
「そっか」
 それ以上は追及もなく、ただ穏やかに、ロキは微笑む。
  もっとろくでもない相手ならば話は単純だったのだ。
 ロキは何の問題もない人間だ。彼とサシャの仲に対しては、シュマイトが口を挟む要素など何もない。ただ自分のわがままだけが強調される。
「今日は世話になったな」
 言う事がなくなり、シュマイトはぎこちなく話題を変える。
「あんな事で良ければ、いつでも言ってくれよ」
 ロキの唯一の欠点は、とシュマイトは思う。わたしの暗い感情を気づかずに受け流すところくらいだろう。

【終】

 

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[17] メメントモリ
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2012-02-12(日) 12:12
ロストレイル車内にて。

「ふう」
クラシカルな旅行鞄を大義そうに膝に持ち上げ、一息吐く少女を反対側から見返すのは、彼女と同年代とおぼしきこちらも見目麗しい少女。

極上の絹と紛う光沢の真っ直ぐな黒髪、喪服めいた漆黒のドレス。
美しく整った顔に嵌め込まれた瞳は冴えた黄金。禁忌と背徳、蠱惑と魔性が結晶した虹彩の輝きが印象的だ。
ガラスケースの中のビスクドールの如く凜と背筋を伸ばして座す姿は深窓育ちの出自を保証する。生まれ持った気品を育ちの良さで磨き上げた少女だ。

対して、その向かいに座る少女はというと……
不吉で不健康な紫色の肌。
浮腫み黒ずみ、まるで死者を思わせるその色。
長く優雅な睫毛に縁取られた光映さぬ水底の瞳、妖艶な微笑をほのめかす青い唇。
腰まで垂らした華やかな金髪が紫の肌によく映える。
彼女もまた時代錯誤なフリルで飾り立てたゴシックドレスに身を包み、鍔広の帽子を被っている。葬式帰りの小公女を思わせるレトロな洋装だ。

「重たいですわね、この鞄。疲れてしまいましたわ」

道化た動作で肩を落とす。
衣擦れの音を道連れに独り言を呟く袖口からちらりと手が覗く。
皮と肉が腐り落ちて白い骨が剥き出しとなった骸骨の手だ。

「そうね。その手で持ち運ぶのは大変そうね」

漆黒の少女ー楽園はお世辞にも社交的な性格とは言えない。むしろその真逆、人嫌いで敬遠されるタイプだ。
本来なら列車で乗り合わせた人間に自分から話を振る事などないのだが、この時は少しばかり興味を覚えてしまった。
あるいは、猫の気まぐれか。

「おわかりになりますかしら。ええ、大変なんですのよこう見えて。壱番世界の諺では骨折り損のくたびれもうけというのかしら」

悪戯っぽく含み笑い、骨格曝す手を愛おしげにさする少女をまじまじ見返す。
美醜混沌と共存する異形の身を恥じる卑屈さは微塵もなく、いっそすがすがしいまでにあっけらかんとした笑顔。
応じる言葉は打てば響く機知と諧謔に富み、目的地に着くまでの話し相手とするのも吝かではないと判断する。

「その用法は少し間違っているんじゃなくて?」
「ごめんあそばせ。壱番世界の言語文化には疎くって。あなたはコンダクター?」
「ええ、そうよ」
「インヤンガイへ?」

皮肉まじりの指摘をさらりと受け流し問いを投げ返す。
偶然の采配を面白がっているような、成り行きで得た話し相手を歓迎するかのような愉快げな笑み。

一呼吸おき、楽園は迷いつつ答える。

「……美麗花園へ」

たおやかな手でドレスの裾をぎゅっと握り潰す。
楽園が口にしたのは、暴霊の巣窟と化した死の街の名。
今は廃墟と化した街の名前。

「その街は立ち入り禁止の危険区域ではないのですの?」

報告書で読んだんですの、と付け加えれば、楽園は浮かぬ顔で俯いてしまう。

「ーだからよ」

だからこそ、自分は往くのだ。
全てが死に絶えた後の静寂こそ今の自分が求めるもの、楽園の心象風景を具現化したもの。

ガタンゴトン、ガタンゴトン。窓の外には涯てしなくディラックの虚空が広がっている。
猟奇的な少女は頤に人さし指を添え小首を傾げる。

「まるでお葬式に行くような顔ですわね」
「そういう貴女はどこへ?」
「さあ、どこかしら。どこへでも」
「からかってるの」
「お友達が沢山いる所に行きたいですわね」

お友達作りが趣味ですので、と尚更笑みを深くする。

「行き先はお友達が決めてくださいますわ。そう、お友達が呼んで下さるならどこへでも……」
「そのお友達はどこにいるの?別の車両?」
「ふふ、内緒ですわ」

隠す事でもないんですけど、女性は秘密があったほうが魅力的とおっしゃいますでしょう?
唇の前に人さし指を立てる。その手も骨が剥き出しだ。

のらりくらり掴み所ない言動に翻弄されて、楽園は不愉快げに眉をひそめる。

「美【霊】花園……ステキな名前ですわね。ステキなお友達と出会えそうで胸高鳴りますわ」

もっとも、私の心臓はとっくに鼓動を打つのをやめているのですけど。

至って無邪気に、遠足に出かける子供のような口調で後を引き取る少女に対し不快感と警戒心は次第に薄れ、共感とも親近感とも言えぬ奇妙な感情を抱き始めてるのを自覚する。

いつしか楽園はこの状況を愉しみ始めていた。

鏡が映し出す虚像とでも会話してるような倒錯した感覚に浸りつつ、戯れに問う。

「貴女の名前は?」
「死の魔女ですわ。貴女は?」
「楽園よ」
「まあ、ステキ。私達似た者同士ですわね」
「何故?」
「死(タナトス)と楽園(エデン)は近しいもの。死(タナトス)が導く混沌(カオス)から楽園が生まれるのですわ。死は楽園に至る近道、永遠の円環。どんな性悪な魔女とでも死ねばたちまちお友達になれますわ」

唄うような抑揚で狂った哲学を述べる死の魔女に、楽園もまた軽く首肯し賛同を示す。

「……そうね。その通り。永遠が欲しければ殺してしまえばいいのよ」

鳥籠で飼う小鳥の首をねじきるように。

「賛同を得られて嬉しいですわ。私達やっぱり気が合いますわね」

心臓の鼓動なんてうるさいだけ。呼吸なんて邪魔なだけ。脈動も拍動も雑音でしかない。
だったらいっそ全部止めてしまえばいい、この手で断ち切ってしまえばいい。

そうよ、そうー

「永遠がないなら作ってしまえばいいの」
「同感ですわ」

片方はまだ見ぬ友人を、片方は愛しい男を、どこまでも狂おしく恋い求め追い求め。
病的なまでに一途な執着の対象は異なるといえど、孤独の裏返しの独占欲の塊と互いを自負する少女達。

「永遠を作る方法をご存じかしら?」
「是非ご教授願いたいわ」

車窓に切り取られた横顔にうっそりと笑みがたゆたい、澱んだ血の色の瞳が底知れぬ邪悪さを孕む。
恍惚に潤み蕩けきった目を細め、死を司り弄ぶ魔女が永遠の作り方を語りだす。

「相手を殺すのですわ。そうするとまず心臓が時を止めて永遠になりますわ。ご存じかしら、血の濁りが消えて青ざめた皮膚の色はそれはそれは綺麗ですのよ。それから永遠の魔法をかけるのですわ、冷たい唇に接吻して死の吐息を吹き込むのですわ。そうすればほら、また一人お友達の出来あがり。とても簡単ですのよ」

くすくす、くすくす。
どちらからともなく笑いだす少女達。

「ステキね。今度試してみるわ」
「やっぱり気が合いますわね、私達」

生きているお友達は初めてですけど。

「貴女が最初の一人になってくれるなら光栄ですわ」

それがふたりの出会い。
楽園と死の魔女、いたいけに死を想い死を慕うふたりの邂逅。

END
[18] PLより
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2012-02-12(日) 12:34
「廃墟ロマンチカ」鴇家楽士WRより。
死の魔女PL様、ご出演ご快諾ありがとうございました。

 

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[11] ハニーフレンド
スコーンが美味しく焼けたよ!
サシャ・エルガシャ(chsz4170) 2012-02-01(水) 13:08
ひとりきりのティータイムは久しぶりだ。
いつも一緒にお茶する友人がホワイトタワーに出かけてしまった昼下がり、サシャ・エルガシャは自宅のアパートにて日課となったお茶の支度を行いつつ、ターミナルの有志が捕虜の面会に赴いた経緯を思い返す。

『……シャドウに会いにいってくる』
『どうも一筋縄ではいかない人物らしいが、旅団の情報を引き出す貴重な機会だ。無駄にする手はない』

その顔があんまり思い詰めていたので、大丈夫だよと気休めの言葉ひとつかけられなかったのが悔やまれる。
最も、聡明な彼女ならサシャの気遣いを察して、友人にいらぬ心配をかけてしまった自分を尚更不甲斐なく思うかもしれない。

サシャは知っている。
しっかり者に見えて、シュマイトはとても繊細で優しい女の子なのだ。

白く清潔なクロスを掛けた円卓の対岸を不安げな面持ちで見詰める。
椅子は空っぽ。
シュマイトが使う分のカップと皿を用意してしまったのは、癖だ。
焼き立てのスコーンも湯気だつ紅茶もひとりでは味けない。

「シュマイトちゃん、早く帰ってこないかなあ」

一通り支度を終え、お行儀悪くテーブルに頬杖ついて窓の方を向く。
憂わしげな視線は窓を突き抜け、遥か彼方に聳えたつ霧に包まれた白亜の牢獄ーホワイトタワーの方角へ飛ぶ。

快活に輝く黒曜石の瞳を伏せ、回想に沈む。

『私は君の役に立っているか?』

こないだ喫茶店でそう切り出された時、咄嗟に返す言葉を失った。
サシャの中には友人を役に立てるという発想がなくて、シュマイトが口にした言葉と認識が即座に結びつかなかったのだ。

役に立っているか、だなんて。

「ちがうよ、シュマイトちゃん」

口元を仄かに綻ばせ、銀色のティースプーンでゆっくりと紅茶をかき混ぜる。

友達と一緒にいる理由なんて、世界中さがしたってこれしかない。

「ただ、たのしいから一緒にいるんだよ?」

シュマイトちゃんと一緒にいるのが楽しいから、一緒にお茶を飲みながら色んな話をするのが楽しいから、恋の話やお洒落の話、シュマイトちゃんの研究や依頼の話、話題はあとからあとから湧いてきて尽きる事がない。

ただ楽しいから。
あなたと過ごす時間にステキなこと楽しいものがぎゅっと凝縮されてるから。

「でも……やきもち焼いてくれて嬉しかったな」

なあんて言ったら怒られるかな?
本音を洩らした時のシュマイトのあっけにとられた顔を想像し、悪戯っぽい笑みがさらに広がる。

嫉妬してくれたのは、それだけサシャを大事に思ってくれたから。
だれかに取られてしまうのが嫌だと、隣からいなくなってしまったらどうしようと、あのクールでしっかり者のシュマイトちゃんが気を揉んでくれた証拠だから。

カップの縁で滴を切り、静かに匙を寝かせておく。

「ワタシもシュマイトちゃんに彼氏ができたら同じことするんだろうなあ」

ごく自然にそう思う、そう思える。
いや、自分の場合はもっと酷いかもしれない。
年上だからと保護者ぶって色々世話を焼くかもしれない、お嬢様育ちで少しばかり世間知らずなシュマイトちゃんが悪い男に騙されてないかと勘ぐって尾行くらいはするかもしれない。


ほらね、おあいこ。


君の役に立っているかと、そんな不器用な訊き方でしか自分の価値を再確認できない臆病さが愛おしい。

シュマイトの不器用さは誠実さの裏返し。
自分が傷付く以上に他人を傷付ける事に過敏になって対人関係に消極的になってしまう、脆いばかりの優しさの裏返し。

友人に贈られた純粋な好意に触れて、それを受け取るに値するか自問してしまったのはむしろサシャの方で。

「ワタシは嬉しかったんだよ、シュマイトちゃん」

すごくすごく嬉しかったんだよと、心の中で繰り返す。

旦那様が亡くなられて屋敷の仲間にも先立たれて、二百年近い歳月をコンダクターとして独り過ごしてきたサシャ。

いつもいつだって置いて逝かれる側で、置き去りにされるのは慣れっこで、諦めに流されても寂しさは薄まらなくて、心の片隅では常に好きな人に去られ続ける現実に怯えていた。

けれどもシュマイトはサシャに置いていかれることを哀しんでくれた。
時間に人に、ずっとずっと置いていかれる一方だったサシャに置いていかれてしまうと小さな胸を痛め、精一杯の誠意と勇気でもってサシャを引きとめようとしてくれたのだ。

「シュマイトちゃんはばかだね」

頭が良くてしっかり者で、寂しがり屋で不器用で臆病なシュマイトちゃん。
ワタシの大好きな、大切な友達。

ケーキと紅茶どちらが美味しいか選べないのと同じ理屈で、一途に人を想う真心に優劣なんてつけられない。

そんな自分は欲張りだと思うけど……

「ワタシもばかだから、引き分けだね」

貴女に支えられて今のワタシが居る。
貴女に支えられて今のワタシが在る。

置いていかれるのが怖いのはワタシも一緒だよ、シュマイトちゃん。
シュマイトちゃんは年下なのに頭が良くてなんでもできる憧れの存在で、ワタシなんかとは釣り合わないって劣等感を抱いた事だってあったんだから。
ホントはね、役に立っているか訊きたいのはワタシの方だったんだから。
だれかの役に立つのがメイドの仕事、ワタシの存在価値だっていう先入観が抜けきらなくて、シュマイトちゃんに色々と劣るワタシが友人として胸を張る為には唯一人様に自慢できる職能を生かすしかないって思い込んでたの。

だから。
そんなワタシが反対の立場でシュマイトちゃんに求め乞われて、どんなにか嬉しかったか。

そっと目を瞑り、大好きな友人の顔を思い描く。

ふわふわで触り心地のよさそうな髪の毛。
血統書つきの猫を思わせる勝気で可憐な顔立ち。
教養の高さを感じさせるエレガントな立ち居振る舞いは血統を知性で磨いたリトル・レディの品格に溢れ、生きて動く最高級のヴィクトリアン・ビスクドールを見ているかのようだ。

そんな風にお人形さん然と取り澄ましたシュマイトがサシャとの対話で垣間見せる少女らしいむくれ顔や戸惑い顔、思春期の不安に揺れる眼差しは、どんな言葉より率直に胸の奥にまで届き、シュマイトの友人として今在る自分への誇らしさと幸福感を染み渡らせてくれる。

サシャにできるのは温かくささやかなお茶の支度を整えて、尊敬と親愛に大いに値する友人の帰りを待ち侘びる事。

いってらっしゃいと空元気で送り出せなかった分もおかえりなさいと笑顔でむかえるために、褐色の指先をしなやかに踊らせ、シュマイトの分のスコーンを小皿に取り分ける。

シュマイトちゃんが帰ったら一緒にお茶にしようと、メイドはくすぐったげに微笑むのだった。


END
[12] PLより
スコーンが美味しく焼けたよ!
サシャ・エルガシャ(chsz4170) 2012-02-01(水) 14:07
★★★
シュマイトPL様、出演ご快諾ありがとうございました。
[16] ifの便箋
ふええぇ~ん!
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2012-02-09(木) 23:15
(返歌:もし「ハニーフレンド」の内容をシュマイトが直に知ったら)

サシャ、許してくれ。
わたしはキミの友情を、真心を、疑っていた。
それどころか、キミを独占したいと身勝手な感情さえ向けていた。
わたしはキミに憧れている。
いつも誰に対しても笑顔を絶やさずにいるキミがまぶしい。
キミの友人でいられた事を、心より嬉しく思う。
だが、こんな時にまで笑顔を見せてくれなくて良いのだよ?
なぜキミは、わたしの醜い嫉妬を目の当たりにしてなお、笑顔になれるのだ?
その優しく澄んだ眼差しにわたしは癒され、同時にさいなまれる。
友人の幸せを喜べない自分が理不尽な主張をしているとは分かっている。
わたしにあるべからざる話だ。
しかし分かっていても止まらんのだ。
幼な子のように泣き出しキミに甘えついたらどれほど楽かと思う。

……今夜のわたしはどうかしているようだ。
この便箋は渡さずに捨ててしまおう。

いつかまた、運動会でモフトピアに行った時のように、
わだかまりを捨てて三人で笑い合える日が来ると信じたい。

 

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[14] ブルーレクイエム・ブルース
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-02-06(月) 11:06
これは夢だ。
その証拠に夢でしかありえない情景が目の前に広がっている。
『青の』
『青!』
主観では夢見ながら、客観的に醒めた理性でこれは夢だと判断する。


甘ったれが依存し逃避する嘘っぱちの理想郷、自慰でしかない感傷が生み出す無意味な虚構、けして戻らぬ過去の残響。夢とはその別名だ。

本物の姉妹のように無邪気にじゃれあう黄と桃を優しく眺める金のグレイズ・トッド。

彼らには名前がない。
皆が一まとめに野良犬を意味するグレイズ・トッドで呼ばれた。
名前を持たないという事は人権を認められないのと同義だ。
否、そもそも彼が生まれ落ちた世界には「人権」という概念が欠落していた。
あるのは弱肉強食の掟のみ、力なきものは容赦なく虐げられ搾取されるさだめ。
事実、暴力の犠牲となり死んでいく子供たちは後を絶たなかった。
隕石の衝突よりこちら資源が枯渇し荒廃の一途を辿る世界では人類の生存圏も限られる。
黙示録に綴じられた世紀末の情景ーもしくはその一歩手前かーそんな世界に生まれ落ちた身の常として、絶望は予定調和と同義。

それでも自殺衝動に駆られるほど悲観せずに済んだのは仲間がいたから。
野良犬同士の傷の舐め合いでも、互いを舌で慰撫し傷口を癒し塞げる彼らは間違いなく家族だった。

『お前は優しいんだから無理するな、青の』
知ったふうな口をきくな。お前に何がわかる。
『わかるさ、長く一緒にいるんだから』
うるせえ。黙れ。
『わかるさ。本当のお前は強くて弱くて優しくて……そう、青い炎みたいなヤツなんだ。お前が生む炎みたいに』
はん。ほざくな。俺が炎なら近寄っただけで火傷しちまうぞ、お前。
『俺はいいんだ』
どういう意味だよ。
『お前ならいい。お前に触れて焦がされるなら構わない。だから青の、自分が独りだなんて思うなよ。俺たちが一緒だから』
………いかれてやがるぜ、お前。


それが虚勢か本心か、彼自身にもわからない。




    ・・・・・・・・・・・・・






ターミナルに無限のコロッセオと呼ばれるチェンバーがある。
古代ローマの遺跡を模した重厚な石造りの外観に階段状の観客席を備えたこのチェンバーでは、しばしば模擬戦闘が行われている。
対戦相手はロストナンバーの記憶から錬成された魔法的クローンで固有の意志は持たない。ロストナンバーの因縁を解析して造り出した精巧な模造品、といったところか。

このチェンバーではしばしばロストナンバー同士の模擬戦闘も行われている。

純粋に戦闘力の向上を兼ねた鍛錬に挑むものもいれば、私怨絡みの喧嘩の延長として舞台に上がる者もいる。

彼らの場合はそのどちらか。


闘技場へと通じる石造りの薄暗い通路にて。
その壁にだらしなく凭れ掛かっているのは、癖の強い黒髪と黄金の瞳の少年。
擦り切れたフライトジャケットに無造作に両手を突っ込み、斜に構えた姿勢で壁に寄り掛かった少年ーリエ・フー。

「なんでこんなことになっちまったんだか」

嘆息と自嘲が綯い交ぜとなった皮肉な笑みをちらつかせ、なげやりに呟く。
仕方ない。売られた喧嘩は買わずに済ませられぬ性分だ。
最も、相手にしてみたらリエこそ喧嘩を売った当事者かもしれないが。

「-ま、これも運命ってヤツかね?」

それも一興と信じてもいない言葉を舌の上で転がしてみれば、ますますもって苦笑いが深まる。
初めて会った時から遅かれ早かれこうなる予感はしていた。衝突は避けて通れない直感があった。

無視を貫くにはあまりに似すぎていた。
無関心を装うにはお互い若すぎた。

磁石の両極のように反発しいがみ合う傍ら抗いがたい共感を覚えていたのも事実で、誤解をおそれず言うならどうしようもなく惹きつけられていた。

近親憎悪じみた反感と、平行世界の自分を見るような共感と。
本音を言えば対峙する度、相反する複雑な感情を持て余してきた。


「………」


もうすぐ試合が始まる。
勝ち残るのは二人に一人。


瞑想に耽るように静かに目を閉じる。
最初に既視感を憶えたのは、何よりあの瞳だ。
やさしさもぬくもりも厳しく拒絶する目。
リエと同じ黄金の瞳。
しかしリエのそれが猫科の猛獣ーたとえば虎ーの目とするなら、彼のそれは飢えてぎらつく野良犬の目だ。


グレイズ・トッド。
これからリエが戦う相手の名前。


「……野良は群れる生き物のはずだがね。してみると、はぐれ犬か」

他人の事は言えない。
自分だって似たようなものだ。
ロストナンバーとして覚醒してからこちら、数えきれないほどの人の生き死にを見てきた。その中には当然かつての仲間も含まれる。

冷たい壁に背中を預け、安らかに凪いだ気持ちで追憶に耽るリエの耳に、乾いた風に乗って演奏が届く。

哀愁誘うハーモニカの音色。
いつだったか、ブルーインブルーで聴いた葬送曲。

「………」

そっと目を開き、舞台を隔てた対岸の出入り口を物憂げに見やる。

空耳か。幻聴か。
否。
これは彼が奏でる葬送曲ー……今は亡き仲間に捧げる鎮魂歌。
聴く者の心の琴線を静かに震わす哀切な音色。
優しく吐息を吹きこむごと醸される音は、死に逝くものの安息を祈る静謐な調べを紡ぎ、潮騒のように満ち引きを繰り返し大気に浸透していく。

死者に手向ける葬送曲。
歳月に削られ風化した痛みを悼む旋律が、大気に波紋を描き余韻を広げていく。

グレイズが吹くハーモニカの音色にしばし黙祷を捧げるかの如く耳を傾けていたリエだが、ツと視線を上に放り、口笛で音階を辿りだす。

口笛の飛び入りに一瞬戸惑い途切れた演奏が再開、距離と暗闇に隔てられ互いの顔が見えぬまま連鎖し錯綜し重なり行く。

ハーモニカの主旋律に口笛が絡むや陰鬱な葬送曲が軽快な調子に反転、速く激しくテンポを上げ加速度的に疾走感を増していく。

挑発する口笛に負けじと疾走するハーモニカ。
一吹きごとに氷が溶け、内に秘めたる情熱と激情とが音符となって迸る。

追いかけっこに興じる音と音のはざまから厚い氷の殻を破り炎が噴き出す。
軽やかな口笛との二重奏が凍りついた魂を溶かし音楽に血を通わす。

ああ、これがアイツの音か。
アイツが氷に閉じ込めた本性か。


絡み合い渦巻く音の奔流に身を浸し、うっそりとひとりごちる。

『了不起』

青く燃える炎のように熱く冷たく激しい魂の拍動(ソウル・ビート)。

ポケットから手を抜き、あたり払うような大股で一歩を踏み出しながら、リエは不敵にほくそ笑む。

「相手にとって不足はねえ」


これから、リエ・フーとグレイズ・トッドの戦いが始まる。
[15] PLより
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-02-06(月) 11:07
「有りの悉く」聖WRの前フリっぽく。
グレイズPLさま、出演ご快諾ありがとうございました。

 

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[8] スケルトン・イン・クローゼット
The Childish Darkness.
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799) 2012-01-14(土) 15:03
銃は錆びる。
鉄は錆びる。
錆びて壊れ塵となる。
なら、人間の心臓が錆びないと何故言える?





寝返りが伴うしめやかな衣擦れの気配に薄目を開く。
夜である事をさしひいても視界が暗く狭いのは右瞼が腫れ塞がってるせいだ。
無気力な視線を虚空に投じる。
次第に暗闇に目が慣れて、部屋の輪郭や調度の配置が影の濃淡によって炙りだされていく。

腫れた瞼に圧迫された視界に浮かぶのは、退廃と荒廃に沈んだ部屋。
室内は荒れていた。
掃除はおろか換気もろくにされてないのか、埃舞う床の上に乱雑に衣類が散らかっている。
クローゼットに掛ける手間も惜しんだのか、脱がす手間脱がされる手間双方に焦れたのか、窄まり丸まったストッキングは暗闇の中で脱皮した蛇の抜け殻に見える。
寝室の向こうに垣間見えるキッチンからは、噎せ返るようなアルコールの匂いに乗じ饐えた悪臭が漂いだす。


ヘルズ・キッチン。
地獄の台所とよばれるNYのスラムの一角に建つアパートの一室で少年は夢から覚めた。


夢?
夢なんて見ていたか?
覚えてない。真っ暗だった気がする。


目を閉じても暗闇、開けても暗闇なら両者の境はあるのだろうか。
両者を分け隔てるものは何だろうか。

現実に帰還して最初に感じたのは瞼の違和感。
それはやがて鈍く疼く痛みに変わり全身に広がっていく。
彼自身が苦痛の塊のようなものだ。口の中に鉄錆びた味が充ちる。試しに舌で突けば奥歯がぐらぐらする。瞼の腫れは寝る前にまたヒステリーが始まってベルトで鞭打たれたその名残り。バックル部分の金具が直撃して切れたのだ。
この前はガラスの灰皿、その前はスリッパ、その前は煙草、その前は……覚えてない。覚えていた所で意味がない。意味がないなら忘れた方がいい。


そうして最後には何もなくなる。
目をこじ開けて抉り抜いても変わらず闇が映るにちがいない。


両手で抱えた膝に目を落とせば、そこにも内出血の痣が。
傷の上に傷が、痣の上に痣が、色素の定着を待たず重ねられるせいでもはや瑕疵のない皮膚の方が少ない。

部屋を一巡した視線をゆるゆると手前に戻す。
ベッドで女が寝ていた。
女は全裸だった。
裸の背中に毛布をひっかけ、かすかに寝息を立てている。
サイドテーブルには深酒の証拠の空き瓶と飲み残しのグラス、折れ曲がった錠剤のシートが放置されている。

少年は床で寝ていた。彼にベッドは与えられなかった。
女からできるだけ離れ、壁に寄り添うようにして眠っていたが、深夜に叩き起こされる事や放り出される事もよくあった。
まれに寝室に居るのを許されたが、そういう時は大抵ひとに見られて悦ぶ悪趣味な手合いが一緒なものだからおちおち眠れやしなかった。

ベッドでは女が寝ている。
彼を排泄した女が安らかに眠っている。

今晩咥えこんだ男はとっとと帰ってしまったらしい。用が済めば薄情なものだ。
独り寝にふける背中を見るともなく眺めやり、再び睡魔が襲うまでの暇つぶしに妄想をこねまわす。


今なら殺れる。


怒りはおろか憎しみもなく、乾いた事実としてそう思う。
あの女が油断しきった今ならあっさりととどめをさせるだろう、深酒浴びて眠り込んでる今なら大した抵抗にも遭わないだろう、子供の細腕でも押さえこめるだろう。


銃口のような眼差しで闇を見つめ、思う。


胸の裡に冷えた虚無が広がる。
膝を抱えた両手、膝頭に添えた右手親指を立て、人さし指を真っ直ぐ伸ばし、中指を引きつける。
人差し指は銃身、中指は銃爪。
そうして銃爪を引く動作を虚ろになぞる。


頭を狙って一回、
肩を狙って一回、
親指と人差し指は直角90°、中指は内側に曲げて。
銃口を模した指先を移動させ、背中のど真ん中を撃ち抜く。


『uno』

カチン。

『due』

カチン。

『tre』

カチン。

『quattro』

カチン。
指先に殺意を装填する。

情動は凍り感情は壊死したまま、痛みに錆びた指で惰性のように自慰のように銃爪を引き続ける。
脂染みた黒髪の向こうには無感動を通り越して不感症な銃口の瞳、垢じみた肌着の中で泳ぐのは傷と痣だらけの痩せた体。

闇から直接生まれ落ちたように黒いその髪と瞳。
悲惨なものを見すぎて無感覚に閉じた心と瞳。

繰り返す殺人の真似事、復讐の予行演習。

子どもらしさを置き去りにした倦怠感ただよう無表情のまま、銃に見立てた人差し指を女の背に擬し、機械的に引き金を引き続ける。

『cinque』カチン『sei』カチン『sette』カチン『otto』カチン『nove』カチン………


『dieci』
カチン。終止符。


同時に女がもぞつき、肩から毛布を振り落とす。
外気に晒されたのは呼吸に合わせ波打つなだらかな肩の稜線と肩甲骨の窪み、肉感的に脂の乗った背中。


毛布をはだけて眠り続ける女。
規則正しい寝息に合わせ安らかに上下する背筋。皮膚にくるまれた肩甲骨が儚く震え、独り寝の寒々しさをいっそう引き立てる。



今なら殺れる。



本能的にそう判断し体が動く。
極力物音をたてぬよう、埃でざらつく床に手足をついてベッドに這い寄る。


女は穏やかに眠っている。
無防備に背を向けて眠っている。


裸の背に手をかけようとしたー


その時。
「ん……」
かすかな身じろぎについで女が振り向く。



目が合う。
傍らに立つ人影に焦点が合うやいなや寝起きの呆け顔が凍りつく。


また殴られるのか。
首を絞められるのか。


どっちでもなかった。


天井と壁に跳ね返るヒステリックな悲鳴、続く慟哭。
肩口に迫る手を薙ぎ払い、両手で頭を抱え頑是なく首を振り始める。


「嫌よイヤ、許して来ないでさわらないで、なんでもするから命だけは助けて!」


めちゃくちゃに髪振り乱し口走る命乞いのことば、恐怖と混乱に自閉した瞳を極限まで見開き醜く歪んだ形相で傍らに迫る人影を凝視、全身でもって激しく拒絶する。


「お金ならチェストの一番上の引き出しにあるから、うちにあるものなら何でも持ってっていいから、だから」


シーツを掻き毟り背板に激突、それでも半狂乱で許しを請い続け、ついにはベッドから転落し床でもんどり打ち、四つん這いでできるだけ遠くに逃げようとする。


「出てって!警察をよぶわよ……違う、嘘よ呼ばないそんな事しないお願い怒らないで、わかった私が悪かったわ謝る、だから!」


ころさないで。


床の衣類を手当たり次第に掴んでは投げ、過去と現実が錯綜する眼差しで、涙と洟水に溶け崩れ錯乱しきった表情で、がたがた震えながらひたすらに哀願する。


「う………」

自ら脱ぎ捨てた衣服を掴み、ぶざまに惨めに這いずりながら嗚咽を絞り出す。


ああ、そうか。
暗闇の中で、少年と彼の『父親』を間違えたのか。


彼の手には毛布がある。
床から拾い上げ、母の背に掛けようとした毛布。


「うぅう」


肩が寒そうだったから、


「………」


ただ、それだけ。
それだけのこと。


優しさや思いやり、ましてや親子の情愛などではけしてない。
その時は何故だかそれが自然な事に思えて、テーブルから落ちたものを拾い上げるように、風に舞い上がるカーテンを押さえるように、あの時ははだけた背中に毛布を掛け直す行為が正しいことに思えて




それだけだったのに。




打たれた手がじんと痺れる。
床に蹲った女が再び顔を上げ、ベッドを挟んで醜態を傍観する少年と視線が衝突。
刹那、愕然と剥かれた目がどす黒い憎悪に濁る。

女の腕が撓う。
卓上の酒瓶を物凄い勢いで引っ掴み、振り抜く。


咄嗟の事で避ける暇もない。
深酒が祟ったのか、最初から当てる気がなかったのか。
力一杯投擲された酒瓶はアルコール依存の手元の狂いも相俟って、彼の背後の壁で砕け散る。
鼓膜を破らんばかりの轟音と衝撃。


「う………うぅ………」


女が泣いている。
汚い顔で泣いている。


ヒステリックな罵声と暴力には慣れっこだったが、こんなふうに静かに泣かれるのは初めてだった。


あんたなんか生まなきゃよかった。
嗚咽の合間にその口癖を何度も繰り返す。


何度も。
何度も。
永遠を前借りするように限りなく。


泣き崩れる女に近寄りはせず、片手に掴んだ毛布を持て余し、闇と虚無の水位が刻々と上昇していく部屋に立ち尽くす。





銃は錆びる。
錆びて壊れ塵となる。
なら、人間の心臓が錆びないと何故言える?
心臓が送り出す血が錆びて、錆びた毒が全身に回って、感情さえも錆びて死んで、そうして後に何が残る?



多分、なにも残らない。




手の指の間をすり抜け、毛布がぱさりと床に落ちた。

 

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[6] カスタムチャイルド

スイート・ピー(cmmv3920) 2012-01-10(火) 21:49
ママ。ママ。
ここはどこ。真っ暗。なにもない。

寒い。

そっと剥き出しの二の腕を抱く。
自分の身を守るよう華奢な肢体に手を回し、消え入りそうな声で呟く。

とても寒いの。

人肌のぬくもりが欲しい。
ママが恋しい。
会いたい、とても会いたいの。

スイートは暗闇の中にいた。
闇にたたずむ少女の最大の特徴は膝まである猫のしっぽのようなツインテール。
髪の色はといえば合成着色料を使ったようなどぎついピンクだが、様々な外見のロストナンバーが集うターミナルではさほど珍しくもない。
実際、砂糖菓子でできたお人形さながら可憐な容姿のローティーンの少女には、それ自体が彼女を包装するリボンのように安っぽく華やかなピンクの髪がよく似合った。

ママ、どこにいるの?

スイートはママを捜して無心に歩く。
白い肌に映えるピンクの髪を軽快に揺らし、ぱっちりとしたストロベリーソーダ色の瞳を不安げにさまよわせる。

ママ、ママ。
かくれんぼしてるの?
イジワルしないで出てきて、お願い。
スイートね、寂しいの。

舌足らずに囀る少女の右と左で、歩みに合わせてツインテールが跳ねる。

スイートは歩く。
脚光の中を歩くように暗闇の中を歩く。

ネオン輝く夜の闇の中でこそ鱗粉のようにきらめく媚態はポルノスターの天性に感性で磨きをかけたもの、振りまく媚態は馬鹿な男の時間と命を搾り取るため周到に仕組まれたもの。
最高に可愛い女の子のカタチの時限爆弾。
本人は天然なれど、指の動かし方から視線の配り方、その一つ一つに至るまで計算尽くで男を欺く。
薄手のキャミソールにマイクロミニのスカートというきわどい出で立ちは、溌剌とした若さやコケットリーな色気にも増して熟しきらぬ痛々しさを強調する。
彼女の服装にセックスアピールを感じるのは、年端もいかぬ少女を性愛の対象に選ぶごく一部の特殊な層だけだろう。
くるくると回るスカートから突き出た足は今にも折れそうに細く、ファンシーな厚底靴が纏足を真似た無骨な拘束具に見えてくる。

あながちそれも間違いではない。
スイートは頭のてっぺんからつまさきまでママ好みにカスタマイズされた「お人形」なのだから。

スイートは歩く。
出口のない暗闇をただひたすらにさまよい歩く。
寒いのは肌の露出のせいばかりでもない。きっと心が冷えてるんだ。だれかあっためて、ぎゅっとして。大好きなママみたいに……

「あ」

思わず声を出し立ち止まる。

人がいた。
しかも子供だ。赤い髪をした小さな女の子が膝を抱えて蹲っている。
薄汚いボロを纏って、赤い髪は雑に伸び放題で、前髪の隙間から覗く目は暗く虚ろだ。

どこかで見たことある子だなあ。

どうしたの、大丈夫?
そう声をかけようとして、伸ばしかけた手が宙で止まる。

「どうしたの、大丈夫?」

スイートが発しようとした言葉を横から盗み、白い腕が伸びてくる。
いつのまにかどこからか現れた女の人が赤毛の女の子を優しく抱き上げる。

「行くところがないならうちの子になる?」

離れた場所に立ち竦み、女の人に抱き上げられた女の子を凝視する。
白い肌に冴え冴えと映えるチェリーレッドの髪、ぱっちりとした瞳はストロベリーソーダの色。

そうだ。
鏡の中にいた子だ。

そうしてその子は女の人に連れて行かれる。手を繋いで行ってしまう。
だれかと手を繋ぐのは生まれて初めてなのだろう、あどけない顔にくすぐったげな表情が浮かぶ。その子はまだ、笑顔の作り方すら知らなかった。
女の人を真似て不器用に取り繕った笑顔は使い慣れぬ表情筋の微痙攣も相俟って痛々しく卑屈に映り、お世辞にも可愛いとは言えなかったけど、好いてもらうための努力はもう始まっていた。


待って、行かないで。


焦燥に駆られ足縺れさせつつ去りゆく二人を追いかけるも、もとより運動に適さない厚底靴では上手く走れず、どんどん距離が開いてしまう。

スイートのママをとらないで。

心の中で必死に叫ぶ、叫んで走るスイートの眼前で女の人が豹変する、女の子の髪から色素が抜けピンクに変わり背が伸びて胸が膨らみママがその髪を掴んでー

『役立たず!』
『あんたなんか拾うんじゃなかった!』

ちがう、こんなのママじゃない、スイートのママじゃない。

ここから先は見ちゃいけない。
スイートはここにいちゃいけない。

そう思うのに足が竦んで動けない。

小さく丸まって折檻に耐えていたもう一人のスイートが手掴みで取り出した飴玉を目一杯頬張る、上手にお仕事こなしたご褒美にママから貰った大事なキャンディ、食べずに大事にとっといた甘い甘いスイートの宝物でもすぐ溶けちゃうのママには内緒だよだって食べたらなくなっちゃうからもったいなくてとっても甘くて大好きな一粒でドロドロにー

目一杯頬張って噛み砕く。
ジャンキーが大量のサプリメントを噛み砕くようにぼりぼりと貪り食って、両の手に飴玉を模した小型爆弾を翳す。


ほらね、とっても、甘い。
死ぬほど甘いの。


『スイート!』

ママがくれた名前。
ママに貰った名前。
今じゃ何の意味もない名前。

だってそうでしょ?
名前なんてただの記号だよ?
商標登録用の記号でしょ?


カスタムドールに名前はいらない。


腕の一振りと共に闇が爆ぜ、漂白された視界に極彩色の光が渦を巻く。



唐突に夢が途切れ、ベッドの上で目が覚める。

「夢……」

へんてこな夢。いやな夢。
寝汗をびっしょりかいている。
梳き流しの髪が発情中の猫のしっぽのように渦巻いてシーツの上で淫らにうねる。

でも、夢でよかった。

微熱に潤んだ瞳と安堵に蕩けた表情で胸撫でおろし、ゆるく微笑むスイートのまわりには、カラフルな悪夢の延長のように無数の飴玉が散らばっていた。

 

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[5] カヴァレリア・ルスティカーナ -耳に残るは君の歌声ー
好々爺
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517) 2012-01-09(月) 11:02
イタリアは避暑地としても有名な風光明媚な湖水地方に美しい城がある。

優美な双頭の尖塔を擁したシルエットは両の腕(かいな)に燭台を掲げる貴婦人さながら格調高く、古風なアーチを描く鎧窓が穿たれた石壁の意匠は領主の治世の荘厳さを感じさせる。


5月の薫風に乗って馥郁と薔薇香り立つ古城の中庭にて。
マロニエの木蔭では唄い疲れた小鳥たちが涼みがてら羽の手入れにいそしみ、重なり合う葉に濾された日差しが、蜂蜜を一匙溶かしたミルクのように降り注ぐ。

お抱え庭師が端整に剪定した木立にも増して人目をひくのは、中庭一面を埋め尽くす色とりどりの薔薇。
赤、ピンク、オレンジ、黄、紫、黒、白。
目にも楽しいマーブル模様の遊歩道が巡る花壇では、世界中のありとあらゆる品種の博覧会が開かれている。


『親愛なるおじいさまへ
お元気ですか?私はいつもどおり。退屈で息が詰まっちゃう。お母様は勉強勉強うるさくって、お父様はお仕事が忙しくてちっとも相手をしてくれない。おじいさまからもなんとか言ってやって』

かさり。
便箋が触れ合う繊細な音がささやかに響く。

中庭狭しと広がる薔薇を観賞しつつ、白亜の円柱が支える瀟洒な四阿で憩うのは、ロマンスグレーの頭髪を品よく撫でつけた老紳士。山羊のように温和な風貌に片眼鏡がよく似合う。

彼の名はジョヴァンニ・コルレオーネ。
コルレオーネ伯爵家の現当主にして、この城の持ち主である。

元々は病弱な新妻の静養を兼ねて別荘だった城に移住したのだが、妻に先立たれた後もこの地に留まり続けたのには理由がある。

かさり、便箋を捲る。
二枚目に目を通す。

『お父様もお母様もおじい様の言う事ならよく聞くもの。ねえおじいさま、そろそろこちらに来ない?一緒に住みましょうよ。おじい様に話したい事、沢山あるの。こないだなんかね、お友達のジュリエッタが……』

微笑みを一つもらし、まだ読み途中の便箋を静かに伏せる。

離れて暮らす孫娘から月に一・二度の頻度で届く手紙はジョヴァンニの心の慰めだった。
孫娘のヘンリエッタは母親ーつまりはジョヴァンニの娘だーに似ず闊達な性質で、ありていにいえばじゃじゃ馬だ。

礼節を重んじる貴族の家系に生を享け、高貴な血を汲む末裔に相応の厳しい教育を受けた孫娘のそれでも失われ得ぬ活発さを、ジョヴァンニは好ましく思っていた。

今日届いた手紙でも彼の自慢の孫娘は武勇伝と称し、自らのお転婆ぶりとそれが巻き起こした騒動について面白おかしく書き綴っている。
書き手の人柄までも伝わってくるような生き生きした文体に自然と頬が緩む。

そして必ず最後にこう締めくくるのだ。
『ねえおじいさま、一緒に暮らさない?』と。

「……すまんね、ヘンリエッタ」

知らず、呟く。
無論、ジョヴァンニにとっては目に入れても痛くない孫娘だ。
ヘンリエッタもまたジョヴァンニを慕っている。
再三誘われて悪い気はしないが、それを承諾できない理由がある。

「………」

冷めかけた紅茶を一口に含み、庭園を見渡す。
微睡み誘う風が髪を梳いて頬をくすぐる安息のひと時、思い返すは今は亡き人の面影。

『ご覧ください、貴方。薔薇が咲いたわ』


妻の愛した花瓶が罅割れて、妻の愛した絵画の額縁が朽ちてささくれて、その欠片が、棘が、悪戯を企んだ孫の手を傷付けて、苦渋の決断で破棄を命じて。


そこかしこに蟠る痕跡が風化して塵に帰しても、積み嵩む歳月が記憶の澱みを濾して美化しても、永遠と等しく釣り合う奇跡の一瞬に焼き付いた心象だけは色褪せない。


そこにいたのは薔薇愛でる君。
若くして死んだ妻の幻。


鍔広の帽子を軽く押さえ、おくれ毛を梳いて振り返る姿は、逆光の輝きに呑まれてよく見えない。

ただ、儚く美しい微笑みの気配だけを感じとる。

「ルクレツィア」


君はそこにいるのか?
まだここにいるのか?


目を閉じて名を呼ぶ。
何度も何度も繰り返し呼ぶ。


瞼の裏の面影と思い出の残像を重ねて。
点字を辿るように、心の指で触れ、撫で、さぐり、炙りだす。


辿っては手繰り、手繰っては辿り、縺れた糸を紐解くようにもどかしく近付いていく。


「ルクレツィア」


甘やかな名を舌に乗せて転がせば、えもいえぬ陶酔が胸の裡に恍惚の余韻を広げる。


彼は夢を見ている。
起きながら夢を見ている。
目を開けながら見る夢はけっして覚めない。
彼女を失くしてからずっと夢の中で生きているような気がする。


勿論、それは感傷が引き起こす錯覚に過ぎず。
妻と彼岸と此岸に引き裂かれてのちもジョヴァンニは現実を生き続けた。妻の喪も明けぬうちから仕事に追われ、感傷に浸る暇などなかった。


何故なら、彼には娘がいたから。
愛おしくいとけない妻の忘れ形見を育て上げねばならなかったから。


美しく聡明に成長した娘を花嫁として送り出し、これと見込んだ婿を鍛え上げて跡目を譲り、晩年を迎えて漸く自らの過去を振り返る時間ができた。


『薔薇が咲いたわ、貴方』

天使の和毛(にこげ)に似た白薔薇の花弁が舞う中、愛しい人が振り返る。

葬送の風。
追想の5月。

だから、これは幻だ。
ジョヴァンニの視る夢……幸せな白昼夢。

何故なら、彼女が実際に庭園を歩いた時間は酷く短かったから。
病がちな妻は寝室で臥せっている事の方が多く、窓越しに眺める薔薇園を心の慰めにしていた。
出産の無理が祟って寝たきりになってからも、薔薇園で蝶と戯れる娘をやつれた顔で微笑ましげに見守っていた。


ルクレツィア。
君と、私と、あの子と。
3人で手を繋いで、この薔薇園を歩きたかった。
ごく普通の家族のように、ありきたりの親子のように。



今も耳に響く妻の声。
幻聴でもいい、この声を聴き続けるためなら追憶という名の優しい悪魔に魂を売り渡しても惜しくはない。



君が薔薇の名前を教えるなら、私は花言葉を教えよう。
私達の娘に沢山の素晴らしい事を教えよう。



『貴方』
「愛してるよ、ルクレツィア。ワシの騎士道を君に捧げよう」


カヴァレリア・ルスティカーナとはイタリアのオペラ。

タイトルの由来は「田舎の騎士道」。

 

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[4] 蜘蛛の魔女の系譜

蜘蛛の魔女(cpvd2879) 2011-12-31(土) 17:33
記録者:蜘蛛の魔女

私の名前は蜘蛛の魔女。
蜘蛛を操り、蜘蛛を使役する事が出来る。

この前、蛇の魔女に馬鹿にされた。
「お前は蜘蛛の魔女を名乗ってるクセに蜘蛛の血を引いてないんだってな」って。
大きなお世話である。
うっとおしいので無視してたら「生きてて恥ずかしくないのか、蜘蛛の魔女もどき」とさらに悪口を言ってきた。
さすがにこれにはムカついた。ぶち殺してやろうと戦いを挑んだが、結果は惨敗だった。
肝心の蜘蛛たちは全く役に立たず、奴に一匹残らず食べられてしまった。
歯が立たないと思って逃げ出したのだが、その際に今度は私の右腕を食べられてしまった。
今も痛い。血は止まったが、失われた右腕は二度と私の元へは戻らないだろう。

悔しい…。思い出したら悔しさと情けなさで涙が出てきた。
幸い、家にはタイプライターがあったので、左腕だけでも文字を打つ事ができる。便利な世の中になったものだ。
今これを書いているのは単に日記をつける為ではない。
この蜘蛛の魔女様の偉大な計画を実行し、これを後世に伝える為である。

この前、面白い本を読んだ。「異種交配の書」だ。
その本によると、どうやら私達魔女は異なる種族の生き物と交配を重ねる事で、その種族の子を宿す事が出来るらしい。
原理はわからない。体質じゃないかな、とその本には書かれてあった。
もしこれが本当であれば、蛇の魔女が蛇の遺伝子を持っているように、私も蜘蛛の遺伝子を身体に取り込む事が可能かも知れない。
試してみる価値はある…。
私はこれから蜘蛛と交わり、蜘蛛の子を生み出そうと思う。
願わくば…その子が私の名を受け継ぎ、蜘蛛の魔女の名を確固たるものにしてくれる事を。
私の無念を晴らしてくれる事を心から期待するものである。

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆

記録者:2代目蜘蛛の魔女

私の名前は蜘蛛の魔女。
先代の意思を受け継ぎ、新たなる蜘蛛の魔女としての名を与えられ、この世に生を受けた。

無念の死を遂げた先代の記録を読んだ。どうやら異種交配を実行して、その結果として生まれてきたのがこの私らしい。
何ともハタ迷惑な話だが、蜘蛛の魔女の名を受け継いだ以上はその名に相応しい一生を送らねばならぬだろう。
しかし、どうしたものか…。確かに私の身体には蜘蛛の遺伝子は宿ってはいるだろうが、まだまだ不完全だ。
蜘蛛を操ったり使役したりは出来るものの、それだけでは先代と何も変わらない。蜘蛛の血を受け継いだ意味がない。

そこで私は考えた。「なら蜘蛛の遺伝子をより濃く受け継いでいけばいいんじゃないか」と。
恐らく、普通の蜘蛛と普通に交配を重ねただけでは駄目だ。遺伝子の結び付きを強くするには強力な蜘蛛の遺伝子を宿さねばならない。
強力な蜘蛛…、心当たりはあるが、あれは私の手に負えるような代物ではない。あんなのと交配をしろと言うのか。
そうなると私の身体も無事では済まないだろう。だが、生まれてくる子は私以上に蜘蛛の血を濃くした強力な存在となるのは間違いない。

短い生涯だった。
しかし、それが私の存在意義であり、使命なのだ。悔いはない。
願わくば、次に生まれてくる子が私の意志を受け継ぎ、蜘蛛の魔女の名を確固たるものにしてくれる事を。

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆

記録者:3代目蜘蛛の魔女

私の名前は蜘蛛の魔女。
先代の意思を受け継ぎ、新たなる蜘蛛の魔女としての名を与えられ…る筈だった。

先代の記録を読んだ。そして、私は先代を心から恨んだ。
今の私はもう魔女と呼べる生き物ではない。只の蜘蛛の化け物に成り下がってしまった。
蜘蛛の遺伝子を色濃く受け継ぎ過ぎたのだ…。今の私の身体はお気に入りのドレスを着られなくなってしまった位に歪みに歪みきっている。
もうじき、私は蜘蛛の遺伝子に完全に支配され、魔女の名を捨てなければならないだろう。
これも全て先代とその先代の蜘蛛の魔女のせいだ。私の華麗なる一生を台無しにしやがって。

しかし、このままでは終わらない。意識を保てる今の内に、私は私の出来る限りの事をするつもりだ。
…そう、異種交配だ。
誰でもいい。とりあえずは適当に見かけた魔女と交配を重ね、私の子をそいつに宿すのだ。
私は私ではなくなるが、その生まれくる子が私の名前を…蜘蛛の魔女の名を継いでくれればそれでいい。
願わくば、次に生まれてくる子が私の意志を受け継ぎ、蜘蛛の魔女の名を確固たるものにしてくれる事を。

さて…、私はこれから何て名乗ればいいのかな。アルケニーなんてどうだろうか。

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆

記録者:4代目蜘蛛の魔女

私の名前は蜘蛛の魔女らしい。
先代の記録を読み、私は私自身の本当の生い立ちを知った。

私は大地の魔女を親として生まれた。大地の魔女は、私を産んで間もなく衰弱死した。
そこで私は大地の魔女を名乗り、大地の魔女としての生を謳歌していたが、偶然立ち寄った家でこの記録を発見して自らの存在意義を悟った。
私の本当の名前は蜘蛛の魔女。先代達の意思を受け継ぎ、今ここにいる。

しかし、私はもう愚かなる先代達と同じ過ちは繰り返すまい。異種交配とは、そもそも単に交配を重ねればいいものではない。
無意味な交配は無意味な命しか生み出さない。無意味な命は無意味な行動を繰り返すばかりで無意味な一生を送るだけだ。
私は違う。賢い私はそんな無意味な生涯は送らない。折角この世に生まれてきたからには、自分の為に生涯を送るべきであろう。
これを先代の蜘蛛の魔女が聞いたら怒るだろうなぁ…。でも、仕方がない。

さて、これから何をしようかな。とりあえず美味しいものが食べたいな。
最近はロクに食べてなかったからお腹もペコペコだ。パインサラダなんてどうだろう。
…でも、おかしいな。私のお腹、ペコペコな筈なのに何でこんなに膨れてるんだろう。

あれ?今私のお腹がかすかに動いたような気がすr

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆

記録者:5代目蜘蛛の魔女

私の名前は蜘蛛の魔女。
「蜘蛛」の名と遺伝子を正当に受け継いだ誇り高き魔女である。

私を生んだ先代の蜘蛛の魔女は死んだ。いや、半分は大地の魔女だったらしいけど。詳しい事はよくわかんない。
先代はお腹が壮絶に張り裂けて死んでいた。どうやら私はここから生まれたらしい。
このまま放っておくのも勿体無いから食べた。美味かった。

そして、この記録を読んで全てを把握した。私の名前は蜘蛛の魔女で、先代達の苦労の甲斐あって私が生まれた。
見よ、私のこの美しい体を。背中から生えた8本の蜘蛛の脚は、蜘蛛の魔女が蜘蛛の遺伝子を完全に支配した証である。
最初はうまく動いてくれなかったが、今では私の思った通りに動いてくれる。この蜘蛛の脚はもう私だけのものだ。

見よ、この体から溢れんばかりの魔力を。私は蜘蛛の遺伝子を持ちながら、魔女を名乗る事を許されたのだ。
私は蜘蛛の魔女もどきでも蜘蛛の化け物でもない。私の名前は「蜘蛛の魔女」だ。
私は恵まれている。何の苦労もなしにこんな強大な力を持ってこの世に生まれてくる事が出来るだなんて。
これで無念を抱いてこの世を去った先代達も浮かばれる事だろう。感謝感謝。

さて。まずは何をしようか。
とりあえずは私こそが最強の魔女である事を証明する為に、そこらにいる弱っちい魔女連中でも虐めて遊ぼうかな。
お腹も空いたし、たくさん食べなきゃねぇ。

あっ、この記録書も私が持っておこう。もうこの記録書がこれ以上加筆される事はないだろうし。
これから新たに作ってやろうじゃないの。私の伝説の記録書ってやつをさ。キキキキキ!

 

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[3] メイドより、御館様への追憶
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2011-12-31(土) 06:42
 御館様の話をしよう。なぜならあたしが話したいから。
 あたしはその方を常に「御館様」と呼んできた。
  ガオネオ・ハーケズヤ様。あたしにとってただ一人のご主人様だ。

  あたしがメイドのハイユ・ティップラルになったのは御館様に会ってからだ。
  それ以前はどうだったのかと言うと、あたしは兵器だった。近接戦では剣術と格闘術を使い、中距離~遠距離戦用には元素魔法を操る、総合戦闘兵器「戦人形」。生物学上は人間だが、幼い頃から戦闘や魔法を叩き込まれて育ち、個体識別用の番号はあるが名前は与えられず、端的に言って「人」としては扱われない。あたしはその中の一体として戦場の前線にいた。
  自分のいた軍が、何を目指しているどこのどんな母体なのか、あたしは知らなかった。自分に唯一与えられた存在理由、つまり戦闘を主とする任務をひたすらにこなすのみ。
  ある日、小雨がぱらつき冷たい風の吹く夕暮に、あたしは単独での任務の帰りに森を突っ切っていた。すると目の前の木に雷が落ちた。轟音と共に木は大きく揺れ、あたし目がけて倒れてきた。
  普段なら軽く身をかわせただろう。魔法で木を破壊する事もできたと思う。だが、その時は任務の帰り。そんな余裕は残っていなかった。あたしは無様に、倒れてきた大木の下敷きになった。肩の骨の折れる嫌な感触がする。
  体は動かせない。冷たい雨と風、そしてぬかるんだ地面があたしの体温を急速に奪っていく。
  あたしは死を覚悟した。軍があたしを探しに来てくれる望みなどまったくない。あたしはいくらでも代替えの利く存在なのだから。
「──生きているか?」
 薄らぐ意識の中、声が聞こえた。続いて体を揺さぶられる。肩に一層の激痛が走り、あたしははっきりとした意識を取り戻させられる。敵軍のコートを羽織った灰色の髪の大男があたしを覗きこんでいた。
  それが御館様だった。

 御館様は大木を魔法で移動させ、あたしに手を差し伸べてくださった。
「生きているか」
  あたしは混乱した。目の前の人物は敵軍の人間。あたしの服装を見れば、あたしが彼らを悩ます戦人形だと分からないはずがない。
  敵軍の、人ですらない「兵器」を、御館様は救ってくださった。
「なぜ助けたの?」
 あたしの不審の問いに、御館様はおっしゃった。
「助けずに殺して良い人間などいない」
 おかしな事を言う人だ、と当時のあたしは感じた。ここは戦場。良いかどうかなど考えず、人を殺す場所だ。
「これからどこに行くつもりだ?」
 そう聞かれて、あたしは憮然と答えた。
「決まっている。自軍に戻る」
「戻ってどうする? その体ではしばらく戦えないだろう。最近の戦人形は、戦場から引いて治療に専念できるのか?」
 あたしは言葉を失った。そうだ。あたしは兵器で、修理に時間がかかるようなら壊れたままで捨てられてしまう。
「ほかに行くところはない。それなら、あんたの命を最後の戦果にして、ここで死ぬ」
 あたしが肩をかばいながら元素魔法を唱え始めると、御館様はおっしゃった。
「君は人間か?」
「あたしは兵器、戦人形だ」
 よどみなくあたしは答える。
「ここで死にたいのか?」
「構わない」
 ここで死ぬ以外の道は、元よりあたしには与えられていない。
「もっと生きたいとは思わないのか?」
「思わない」
「今までの人生よりずっと長く、ずっと楽しい時間を、過ごせるとしても?」
 あたしは言葉に詰まった。長い時間というのは分かる。だが、楽しい時間というのはどんなものなのだろう? 想像がつかない。
「楽しいというのが何か分からなかったら、まずは実感してみると良い」
 あたしの心を読んでいるかのように御館様はおっしゃった。気持ちが揺らぐ。
  御館様は手をすっとさし出され、あたしはおずおずとそれを握った。

 あたしは戦場を去り、御館様のもとでハーケズヤ家の見習いメイドになった。どうせ自軍は返ってこないあたしをすでに死んだと思っているだろうし、それを訂正しに行く理由は何一つない。
  御館様はあたしに、識別番号の代わりにハイユ・ティップラルという名前を下さった。過去も屋敷で働ける程度の内容を作っていただけた。名前の意味を何度かうかがってみたが、御館様ははぐらかすように「適当に考えたから特に意味はない」とおっしゃるばかりだった。今となってはもう二度と、うかがう機会はない。
  あたしはすぐにメイドとしての知識や技術を身に付けた。当たり前だ。失敗など許されない戦場では、常に指示通りの正確な作業ができなければならない。戦人形だった事を、あたしは初めて良かったと思った。
  
 適当に生きろ。それが御館様からいただいた最初のご命令だった。
  今のあたしに何よりも欠けているのは、理や利ばかりに流されないだけの余裕だと。また適当であるという事は、怠け者を許容するだけの余裕のある環境で生きる者のみに与えられるのだと。確かに、戦場では怠け者は何もできずに死ぬしかない。
  戦人形としては存在を許されなかった適当さを、あたしは必死で演じようとした。最初は演技でも、形から入って動いていれば、いつかは自然とそのようになれるのではないか。
  慣れてしまえば、その生き方は楽であり楽しかった。初めてお会いした時におっしゃっていた「楽しい時間」の一端を、あたしは怠ける事で得た。

 御館様が亡くなられた時、生まれて初めて、あたしは泣いた。もう御館様と会えない、話せない。それが途方もなくつらかった。
  死の床に伏せった御館様は日増しに衰弱されていった。あの日あんなに大きく見えた体は、見る影もなくやせ衰えていった。あたしに差し出してくださった手も痛々しく力が抜けていった。
  ある日、御館様は家族や使用人、部下などを一人ずつ寝室にお呼びになった。その中にはあたしも名を挙げていただけた。
  寝室に入ると、御館様はあたしを見た。唇が震えながら開く。
「ハイユ、適当に生きろ」
 御館様はそうおっしゃった。忘れるはずもない、あたしに初めて下さったご命令を、もう一度。
  御館様は最期まで、息子夫婦の旦那と奥方についてでも孫のシュマイトお嬢についてでもなく、あたし自身についてのお言葉を下さった。

 御館様があたしに「適当に生きろ」とおっしゃった事はあたしだけの大切な思い出だ。シュマイトお嬢でさえも知らない。
  だから今のあたしは適当なメイドであるし、それを変える気もない。
  今日も、冗談と昼寝と酒を堪能しようじゃないか。

【終】

 

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[2] 二人でお茶を……飲まずに
うむ
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2011-12-29(木) 00:06
 シュマイトがエアメールで「これから茶でも飲まないか」と誘ってきたのは年の瀬のある日の午後だった。ページに並ぶ几帳面な字を見てサシャは思った。
 ──シュマイトちゃんからお呼ばれなんて、珍しい。
  メイド型自動人形の一件以来ではないだろうか。その後も顔を合わせてはいるが、シュマイトの側から誘いに来る事はこれまでにあまりなかった。
  何か良い事でもあったのかしら?
 勝手にそう思って、少し弾んだ気分になる。
 サシャが指定されたオープンカフェに着くと、シュマイトはもう来ていた。サシャを目にして軽く手を振る。注文を済ませ、それが届くまで、シュマイトは何も言わなかった。
「シュマイトちゃん?」
 元よりシュマイトは多弁な方でないが、まったくの無言となると、さすがに気になる。声をかけたサシャにシュマイトは「ああ」と生返事をし、思い出したように一口だけ飲んだ。ティーカップをソーサーに下ろし、やっと口を開く。
「なあ、サシャ」
「なあに?」
「わたしはキミの役に立つ人間か?」
 唐突に聞かれ、サシャは戸惑った。ミシンやラジオの不調をシュマイトに直してもらった事はある。だが、友人に対して「役に立つ」という表現をするのは何かが違う気がした。
  とっさに否定も肯定も出てこなかったサシャを見て、シュマイトは目を伏せた。
「そうか」
 いつも通りの淡々とした口調で一言そうつぶやく。
「あ、あの、違うの。待って!」
「気遣いはいらん」
 その声には心もち、力が無いようにサシャは感じた。
「そこを確認しておきたかった」
 シュマイトは席から立ち上がった。
「待ってよ、いきなりそんなこと言われても……」
「今まで済まなかったな。もう迷惑はかけない」
 深く頭を下げ歩み去ろうとするシュマイトに、サシャは息を呑む。それは再会できない別れのあいさつにも見えた。
「どうしてそんなこと言うの!?」
 サシャは思わずシュマイトの手をつかみ、声を荒らげた。聞き慣れないサシャの大声に驚いたのか、シュマイトの視線がこちらを向く。その目をきっと見据えてサシャは言った。
「迷惑って何? ワタシは、役に立つからとかじゃなくて、シュマイトちゃんがお友達だからずっと一緒にいるんだよ!? これからだって」
 言いながらサシャは自分の顔が熱くなるのを感じた。自分の気持ちを値踏みされたようで、かなしかった。
 シュマイトにはこの反応は予想外だったらしい。一度はっと目を開き、それからばつが悪そうに再びチェアへ腰を下ろす。
「何かあったの?」
 サシャは慎重に、しかし核心へとまっすぐに問いかける。
「ハイユから、聞いたのだが」
 シュマイトは言いにくそうにちらちらとサシャを見た。
「恋愛と友情を比べさせると、人は九割方、恋愛を取るのだそうだ」
 シュマイトが言葉を切ったのでサシャは話の続きを待った。しかしシュマイトはそれ以上何も言わない。
「ええと。それだけ?」
「キミもそうなのだろう?」
 シュマイトは投げやりな調子で聞いてきた。
「……失礼しちゃう!」
 サシャはあっけに取られ、次いでむくれた。激情を覚えた自分がばかばかしくなる。
「そんなの、比べられないよ」
「では、仮にキミが比べるとしたら?」
「だって、どっちも大事だもん」
 シュマイトが求めているのはこの答え方ではないと思うが、両方とも大事だというのが自分の心情には最も合う。
  彼女を納得させるにはどう表現すればいいだろうか。
  考え始めたサシャは、ふと、テーブルの上に目を止めた。
  そうだ、ヒントはここにあった。
「シュマイトちゃん」
 先ほどの言葉では明らかに納得していない様子のシュマイトに、テーブルの上を示して聞く。
「紅茶とケーキならどっちが好き?」
 シュマイトは不審そうに返す。
「何を言っている?」
 サシャは黙ってシュマイトを見つめ返した。彼女に答える気がないと悟ったらしく、シュマイトは渋々とした風情で言う。
「どちらがと言われてもな。そもそも種類が違うのだから……」
 そこまで言ってサシャの言いたい事をつかんだらしい。シュマイトははっとした顔になって続ける。
「……種類が違うのだから、比較しても意味がない、か」
「うん、そういうこと! どっちも好きだし大事!」
 サシャの明るい声を聞いた瞬間、シュマイトの表情がやわらぐ。サシャは胸をなでおろした。シュマイトはもう一度ケーキとティーカップに目をやり、
「ところで、どちらがわたしだ?」
 そこまでは考えていなかった。
「え? ええと、ケーキ、かな? 髪ふわふわでホイップクリームみたいだし……」
 テーブルの上とシュマイトを交互に見ながら、サシャはあわてて答える。シュマイトは今日サシャと会ってから初めて、笑顔を浮かべた。
  サシャもついつられて笑顔になる。だが、シュマイトの発言で一つ、気になっている事があった。
「最初『ワタシの役に立つ?』って聞いてきたよね。どうしてあんな言い方したの?」
 最初から、もっとはっきり言ってくれればよかったのに。
 そんなサシャの意図を受け取ったらしく、シュマイトは気まずそうに答えた。
「自分が友人かと直接たずねるほど、わたしも度胸がないのでな。それではキミの場合、本心よりも気遣った答えをしそうだし。それに、友人として居る事がかなわないなら、せめてキミの役に立つ存在でありたいと思っていた」
 シュマイトちゃんらしい答えだな、とサシャは思った。
「サシャ」
 すっかり湯気の出なくなってしまったティーカップに目を落とし、シュマイトが言った。
「今からハイユを殴りに行かないか? 余計な事を言ってわたしをたばかった罰に夕飯を作らせよう」
「う~ん。ハイユ様にはお話ししておいた方がいいかも」
 殴るかどうかはともかく、デザートくらいは要求してもいい気がした。
  同業のメイドであるハイユに敬語で、その主人側のシュマイトに友人口調という態度は、よく考えると奇妙だ。だがサシャとシュマイトの仲は、まぎれもない「友人」だ。

【終】

 

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[1] はらぺこあくま(絵本)
リーリス・キャロン(chse2070) 2011-12-17(土) 16:52
あるところに、はらぺこあくまがおりました。

あくまはなんでもかんでもたべてしまうので、とうとうおこった神さまについほうされてしまいました。

「おなかがへったよ、しんじゃうよー」

はらぺこあくまが泣いていると、そこに女の子がとおりかかりました。

「いいことを、おしえてあげる。じぶんが神さまになって、おなかいっぱいたべられる世界をつくればいいのよ?」

はらぺこあくまはびっくりしました。

「すごいや、きみ頭がいいね?どうかぼくのともだちになってよ」

「いいわよ、その世界をわたしにくれるなら」

「うん、もちろん。2人で世界の神さまになろう。ううん、もっといっぱいいっぱいおともだちを集めて、みんなであたらしい神さまになるんだ!」

はらぺこあくまと女の子はなかよくてをつないで、旅をはじめることにしたのです。

はらぺこあくまと女の子が神さまになれるのか、それはおともだちになるあなたがきめてくださいね?

 

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螺旋特急ロストレイル

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