★ 【最後の日々】ベイサイドホテル×まるぎん『カフェ・ローズガーデン』へようこそ ★
<オープニング>
銀幕ふれあい通りの一角に、突如、咲き乱れる薔薇に満ちた、世にも優雅なオープンカフェが誕生した。
素晴らしい芳香を持つセンティフォリア――オランダやフランドルの画家たちが競って描いたため「画家の薔薇」とも呼ばれている――や、ボッティチェルリの描く「ヴィーナスの誕生」にちりばめられたロサ・アルバ・セミプレナ、甘い香りのラレーヌ・ビクトリア、重さで枝がしなるほどの大きな花をつけるラ・ヴィル・ドゥ・ブリュセル、八重咲きのつるばら、アリスター・ステラ・グレイなど、優雅な花姿を誇るオールドローズが妍を競う中、白い大理石のテーブルで、ホテル仕様のお茶を飲み、繊細なつくりのスイーツを楽しむのである。
……期間限定と銘打たれたこのカフェが、まさか、スーパーまるぎんの駐車場を使用しているとは誰も思うまい。
この薔薇は本来、ベイサイドホテルに納入される予定だった。
ジズの爪あとの残る日本庭園は未だ復旧中であったのだが、そこをひととき薔薇で埋め尽くし、マスティマが倒された後、パーティを行う会場としようと――そう、支配人は、勝つと信じていた。最初から、戦いが終わったあとのことを考えていたのだ。
だが、ベイエリアのランドマークとも言われたあのホテルはもう……。
「ご協力くださいましてありがとうございます、店長さん。おかげさまで、大量の薔薇が無駄にならずにすみました」
「「「ありがとうございます!」」」
総料理長本田流星とシェフたちは、揃って頭を下げる。
器は欠けても、ひとは残った。
だからこうして別の場所に集まり、ささやかな企画を催すことができる。
「いえいえ、ウチも、たまにはなにかこう、エレガントな催しをしたいと思ってましたのでね。それに、こんな非常時だからこそ、ホテルのシェフさんたちの仕事ぶりを間近で見せていただけるわけですし」
それにしてもと、まるぎん店長は、「あのとき」の衝撃を振り返る。
「ベイサイドホテルが破壊されたのは、すでに宿泊客やホテルスタッフの避難誘導も完了した後だと聞いておりましたので、そういう意味での心配はしてませんでしたが――いやぁ、擦り傷だらけの総料理長とシェフの皆さんが、巨大な冷凍庫を台車に乗せて引きずっていらしたときは目を疑いましたよ」
「冷凍庫の中には小さな雪だるまのムービースターがお住まいだったのと、貴重な食材が入荷したばかりというのもありまして、とても放置するわけにはいかず……。でも、どの部署のスタッフもそんな感じで奔走してたんですよ。研修中のAくんなどは、お客様のお部屋に残っていた品物を少しでも保護したいと、マスティマの触手が伸びる直前まで、客室と避難所を往復していました。思えば彼が一番、危険だったかも知れません」
「いろいろ、大変でしたね」
「……いえ、ぼくたちはそれが仕事ですので。ただ、ベイサイトホテルに愛着を持ってくださっていたかたがたの喪失感を思いますと辛いですね」
「復旧の目処は、どうなんですか?」
「それなんですけれども」
流星は空を見上げる。雲ひとつない青空だ。
支配人は今、銀幕市にはいない。市の封鎖が解けてすぐ、インドへと飛んだからだ。チャンドラ王子に再建費用の融資を請うためである。
「銀幕市を訪れた人々に愛された、SAYURIさんも思い入れの深いホテルを取り戻したい――そうお願いするつもりだと仰っていました。王子ならきっとわかってくださるだろうと、ぼくも思っています」
★ ★ ★
「お待たせしましたえ〜! 素敵かふぇには素敵なうえいとれすが必要でありましょう? 珊瑚姫と昴神社の7人の巫女、あーんど、三匹の子猫まぁみぃむぅ、只今参上ですえ〜!」
「「「「「「「こんにちは。お役に立てればいいんですけど」」」」」」」
「にゃー(訳:猫の手が欲しいんですって?)」
「にゃあ、にゃん!(訳:ふ、ふん、大変そうだから手伝ってあげようなんて、思ってないんだからね!)」
「にゃお〜(訳:わぁ、薔薇の香りが素敵〜)」
「ヒマそうだったからレディMを連れてきたぞー。本邦初公開、レディMのウエイトレス姿が拝めるぞ」
「……………源内。失礼じゃない? あたし、暇ってわけじゃ、ないのよ?」
種別名
パーティシナリオ
管理番号
1049
クリエイター
神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント
こんにちは、神無月まりばなです。
少しでも長く、皆様と一緒にいたかったので、こうして最後の日々を過ごせることをうれしく思います。
さて、ベイサイドホテルとまるぎんの、おそらくは最初で最後のコラボ『カフェ・ローズガーデン』、かなり無理目に造型したと思われるので、やや脆いかもです。施設の維持管理のため、珊瑚姫がドジっ娘しそうになったら、薔薇が台無しになってしまう前に止めてください(笑)。
皆でなごやかに食べたり飲んだりしてお話できればいいな、という、ごくシンプルな趣旨です。
(あまりにも凝った内容は反映が難しい場合がございます)
カフェは3つのコーナーに分かれております。お待ち合わせのご参考に。
【1】お食事メインコーナー(流星担当)
【2】お茶とスイーツコーナー(珊瑚姫、7人の巫女、まぁみぃむぅ担当)
【3】昼からお酒コーナー(大人オンリースペース/源内、レディM担当)
※もし、お話したいNPCさん(公式管理、WR管理問いません)がいらしたら、そこらへんにいるペス殿か、そこらへんにいるユダ神父にお申し付けください。呼びに行ってまいります(諸事情により不可能な場合もございます)。
それでは、カフェ・ローズガーデンにて、お待ちしております。
参加者
リゲイル・ジブリール(crxf2442)
ムービーファン 女 15歳 お嬢様
小日向 悟(cuxb4756)
ムービーファン 男 20歳 大学生
シグルス・グラムナート(cmda9569)
ムービースター 男 20歳 司祭
二階堂 美樹(cuhw6225)
ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
佐藤 きよ江(cscz9530)
エキストラ 女 47歳 主婦
香玖耶・アリシエート(cndp1220)
ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
リャナ(cfpd6376)
ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
太助(czyt9111)
ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ジャック=オー・ロビン(cxpu4312)
ムービースター 男 25歳 切り裂き魔
レオ・ガレジスタ(cbfb6014)
ムービースター 男 23歳 機械整備士
蘆屋 道満(cphm7486)
ムービースター 男 43歳 陰陽師
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886)
ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
綾賀城 洸(crrx2640)
ムービーファン 男 16歳 学生
クラスメイトP(ctdm8392)
ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
小嶋 雄(cbpm3004)
ムービースター 男 28歳 サラリーマン
シオンティード・ティアード(cdzy7243)
ムービースター 男 6歳 破滅を導く皇子
トリシャ・ホイットニー(cmbf3466)
エキストラ 女 30歳 女優
ガルム・カラム(chty4392)
ムービースター 男 6歳 ムーンチャイルド
ランドルフ・トラウト(cnyy5505)
ムービースター 男 33歳 食人鬼
ウィズ(cwtu1362)
ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
リョウ・セレスタイト(cxdm4987)
ムービースター 男 33歳 DP警官
沖田 フェニックス(cfzr9850)
ムービースター 男 20歳 心★閃★組
山崎 ペガサス(cefc5481)
ムービースター 男 35歳 心★閃★組
メルヴィン・ザ・グラファイト(chyr8083)
ムービースター 男 63歳 老紳士/竜の化身
藤花太夫(cbxc3674)
ムービースター 女 18歳 吉原の太夫
桑島 平(ceea6332)
エキストラ 男 46歳 刑事
ギリアム・フーパー(cywr8330)
ムービーファン 男 36歳 俳優
旋風の清左(cvuc4893)
ムービースター 男 35歳 侠客
土方 ファルコン(crda8433)
ムービースター 男 33歳 心★閃★組
森砂 美月(cpth7710)
ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
サマリス(cmmc6433)
ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
流紗(cths8171)
ムービースター 男 16歳 夢見る胡蝶
ミケランジェロ(cuez2834)
ムービースター 男 29歳 掃除屋
南雲 新(ctdf7451)
ムービーファン 男 20歳 大学生
カサンドラ・コール(cwhy3006)
ムービースター 女 26歳 神ノ手
昇太郎(cate7178)
ムービースター 男 29歳 修羅
神月 枢(crcn8294)
ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
流鏑馬 明日(cdyx1046)
ムービーファン 女 19歳 刑事
近藤 マンドラゴラ(cysd4711)
ムービースター 男 35歳 心★閃★組
レイ(cwpv4345)
ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ティモネ(chzv2725)
ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
香我美 真名実(ctuv3476)
ムービーファン 女 18歳 学生
赤城 竜(ceuv3870)
ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
岡田 剣之進(cfec1229)
ムービースター 男 31歳 浪人
大教授ラーゴ(cspd4441)
ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
松平 ケンタウロス(cwmf7883)
ムービースター 男 27歳 マネージャー
アレグラ(cfep2696)
ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
真船 恭一(ccvr4312)
ムービーファン 男 42歳 小学校教師
クロノ(cudx9012)
ムービースター その他 5歳 時間の神さま
狼牙(ceth5272)
ムービースター 女 5歳 学生? ペット?
シュヴァルツ・ワールシュタット(ccmp9164)
ムービースター その他 18歳 学生(もどき)
ノリン提督(ccaz7554)
ムービースター その他 8歳 ノリの妖精
ルイーシャ・ドミニカム(czrd2271)
ムービースター 女 10歳 バンパイアイーター
コレット・アイロニー(cdcn5103)
ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
犬神警部(cshm8352)
ムービースター 男 46歳 警視庁捜査一課警部
明智 京子(chzp1285)
ムービーファン 女 21歳 大学生
刀冴(cscd9567)
ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
悠里(cxcu5129)
エキストラ 女 20歳 家出娘
サキ(cbyt2676)
ムービースター 女 18歳 ヴァイオリン奏者
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027)
ムービースター 女 8歳 女帝
ディーファ・クァイエル(ccmv2892)
ムービースター 男 15歳 研究者助手
三月 薺(cuhu9939)
ムービーファン 女 18歳 専門学校生
<ノベル>
私は記録者である。よって、最後の日々を語るにあたっても名は秘す。
何でおまえが薔薇の庭にいる、似合わねぇ、と思う向きもおられよう。それに、梅雨どきの真知子巻き+サングラスは、本人もそうだが見ている皆さんもさぞ暑苦しかろう。
しかも、だ。
私はこのところ涙腺が決壊してしまい、泣き続けている。マスティマ戦でのキャプテン・ギャリックのことを――そして、魔法の終焉により、ムービースターたちが「いなくなる」ことを告げられてから、ずっと。
なので目は腫れるわ声はかすれるわ、うっとおしさに磨きがかかっているのだが、それでもこの場にいるのはウィズくんが呼んでくれたからである。植村さんと邑瀬さんを連れてきてほしいという要請だったので、対策課に乱入し、ふたりの腕をがっしがっしと掴んで引きずってきた。両手に無駄美形。役得である。
ちなみにここは昼からお酒を飲みたいひとのためのコーナー。ウィズくんはコロナを注文していた。
「う゛う゛う゛、う゛ぃずぐぅ〜ん。づれでぎだよ。う゛っぐ。びえっぐ」
「サンキュー記録者ちゃん。無理いってごめんね。そんな泣くなよー」
「だっでぇ〜〜」
「無名の記録者にはビールを飲ませておけばおとなしくなります。……それで、お話というのは?」
邑瀬さんはレディMに地ビール『杵間山麓ピルスナー』大ジョッキをオーダーして私にあてがってから、ウィズくんに向き直る。
「――うん。これなんだけど」
ウィズくんは、A4サイズのファイルと預金通帳を取り出し、テーブルの上に置いた。
「ウチのサークルの在庫リストと、サークル名義の口座。全部書店委託になってるから。売上は全額、銀幕市の復興に使ってやって」
それから、と、植村さんを見る。
「団長のプレミアフィルムと、フィルムに戻った後のオレたちのを、一緒に保管するなり、処分するなりしてほしいんだ」
対策課員たちは顔を見合わせ、「ご意思を、尊重しますよ」とだけ、答える。
ウィズくんはふっと目を細めて頷き、大ジョッキを抱えた私の肩を、ぽんぽんと叩いた。
『カフェ・ローズガーデン』は、食事、お茶とスイーツ、バーと、3つのコーナーに分かれているのだが、一部、どこにも属さない会談用のスペースがあった。
椅子が3脚だけあるブルーのテーブルの周りは、美しいピンクライラック色の薔薇が壁となっていた。オールドローズではないその薔薇の名は、Lady X。
紳士がふたりと――おとなしげな金髪の少女がひとり、席にいる。
初老の紳士は、ドラゴンの化身であるところのメルヴィン・ザ・グラファイトさん。壮年の紳士は、柊市長である。メルヴィンさんは市長に、マスティマ戦における銀幕市の被害状況と今後の対策について、助言をおこなっているところだった。
「被害を被ったのはベイサイドホテルだけではない。倉庫街の一部も、綺羅星ビバリーヒルズの君の家も損壊したと聞いた。中央病院周辺、ベイエリアからミッドタウン、アップタウンにかけても、修復作業が必要な場所は数多い」
「仰るとおりです。支配人はインドへ立つ前に、私にもご一報くださいました。チャンドラ王子には、ホテル再建だけでなく、銀幕市全体を視野に入れてくださるよう伝えるつもりだと」
メルヴィンさんと柊市長の話を、金髪の女の子――コレット・アイロニーちゃんは静かに聞いていた。実は、ここに市長を呼んでほしいと言ったのは、コレットちゃんだった。
「市長さんに休憩してもらいながら、スターさんたちとお話してくれたらなって思うの……。お願い、ペスさん……」
と、ペス殿に頼んでいたところを、
「コレットちゃんコレットちゃん。ペス殿だと市長連れてくるの難しいと思うよ。私、市長室にも特攻してくるから待ってて!」
不肖、無名の記録者、涙を拭いて大ジョッキ一気飲みしてからまた市役所に駆け戻り、市長室でSAYURIさんと話し込んでいた柊氏の腕を掴み「市民のご要望なんでちょっとお借りしますね〜。すぐお返ししますから!」と、大女優の横合いからかっさらってきたんであった。
「お話中、すみません」
礼儀正しく声を掛けたのは、ホテルスタッフの服に身を包んだリゲイル・ジブリールちゃん。我らがお嬢、リガちゃんである。
「わたし、支配人にお願いしようと思ってるんです。ベイサイドホテルはわたしの『家』だったし、漆くんやペスちゃんの想い出がたくさん詰まってる場所でもあるから……。できることなら、再建費用を賄わせてくださいって。王子はきっと力を貸してくださるとは思うけれど、それでも、わたしにも……」
「ひとつ、提案があるのだがね」
メルヴィンさんはドラゴンの王国で、財務大臣に相当する職にあった。治世者の視点で、彼は語る。
「経済的な余裕の有無にかかわらず、君のように考えるひとは多いだろう。そういった個人有志の希望を集めた基金、仮に『銀幕市復興ファンド』とでも言おうか、それを設けたらどうかと思うのだよ。誰かひとりが費用負担するというのではなく、銀幕市民に広く呼びかけて協力を募ってね」
リガちゃんの気持ちを汲んだ上での、現実的な進言だった。
「みんなで建て直す……。すてきですね」
リガちゃんは微笑んで頭を下げる。
いったん厨房に戻ってから、食事コーナーへ。
その一角では、総料理長に椅子を引かれて座らされたAくんが、恐縮してがっちがちに固まっていた。
「だめだめ、Aさん。お客様なんだからもっと堂々とリラックスして。わたし、頑張ってお給仕するから」
「……しかし、リゲイル様」
恐縮するAくんに、リガちゃんはなかなか手慣れた仕草で銀のスープ皿を置いた。
「お待たせいたしました。ブルターニュ風エビのコンソメでございます」
オープン前、リガちゃんはAくんのもとに駆け寄って何度も御礼を言っていた。そして、今日はスタッフとして本田さんのお手伝いをするからAさんは座っててね、と申し出たのである。
「――ありがとうございます。いただきます」
『家』を失ったお嬢様を心配していたAくんは、笑顔を絶やさないリガちゃんに、表情を少し和ませた。
「わんわん! わわん!(訳:やるじゃない、リガ)」
リガちゃんの隣で、ペス殿が元気に吠える。
「これ雄犬。久しぶりだの」
食事コーナーに何故か立ちこめる、香ばしい揚げ物の匂い。
「わん? わふっ?(訳:カニクリームコロッケの匂いだけど……。いつものまるぎんのと違う……?)」
ペス殿は鼻をひくつかせる。目の前には、まるぎん製のものより数倍大きくて、いびつな形の豪快なカニコロ。
ぬうと差し出しているのは、蘆屋道満さんだった。
「わん……(訳:道満……)」
「難しいものでのう。とうとうあの味は出せなんだが、これが一番良く出来たのだ。食ってくれ」
記録者は知っている。
道満さんが星砂海岸へカニ漁に行き、大漁の投網を背負い、褌一丁でノーマン小隊に出くわしたことを。
そして、そのカニは、このカニクリームコロッケの材料となったことも。
「く、くぅん……。わん……(訳:ふ、ふん。こんなに大きいカニコロ食べて太ったら、あんたの責任なんだからね! 何よ、もうダイエットにつきあってくれる時間もないくせに……)」
「さらばとは言わぬ」
ペス殿の頭に、道満さんはその大きな手を乗せる。
「お主が我を憶えておる限り、それは別れではない。『あれ』に何か、伝言はあるかの? もし逢えるものであれば、伝えておこう」
「……わん……(訳:あたし、漆にチョコレートもらったんだけど……。お礼を言う時間がなかったの。だから……)」
「うむうむ。また正々堂々戦いたいと申すか。雄々しいことだ。その気持ち、しかと受け取った」
「うわんっ! わんわんわわん!(訳:違うー! それにあたし女の子だってばーーーー!)」
「りゅーせい! ありがとー!」
薔薇のアーチをくぐり抜け、小さな妖精が飛んできた。
透きとおった虹色の、モンシロチョウに似た羽が輝く。リャナちゃんだ。
「あのねあのね、雪だるま、あたしのともだちなのっ! たすけてくれてありがとう!」
リャナちゃんは勢いよく流星に抱きついた。
「りゅーせいだいすきー!」
「……リャナさん……」
流星は流星で、突然の愛の告白(???)に、真っ赤になって硬直する。
「……その、ぼく、可愛い女の子に抱きつかれて、大好きとか言われたの、生まれて初めてです……」
「そうだろうな……。よかったな」
何かと共通点の多い友人の呟きを耳にした植村さんが、目頭を押さえてうんうん頷く。
「あ、植村さん。いらしてたんですね、よかった。僕も、誰かに頼んで呼んできてもらおうかなと思ってたところで」
リチャードくんだったりリヒャルトくんだったりするクラスメイトPくんも、今日はスタッフ姿だった。珊瑚姫は元気そうに見えるけれど、ジズ戦での怪我が回復したばかりだし……と、後方支援をかって出たのだ。
しかしそこはそれ、カオス拡大体質&貧乏籤気質は如何ともしがたく、先ほどから、姫の「あ〜〜れ〜〜〜」のとばっちりを被って、頭と頬に大きな絆創膏がみっつぱかり貼りついてはいるが。
植村さんは以前、過労で倒れたとき、居合わせたPくんと某うさぎ様、そして珊瑚姫というメンバーに介助してもらったという縁がある。親しみのこもった笑顔を、Pくんに見せた。
「こんにちは、クラスメイトPさん。海に行かれたんですね。『彼女』とおふたりで撮った記念写真を拝見しましたよ」
「えっ、いや、あの、そんなっ」
まさかそうくるとは思わなかったようで、Pくんは狼狽えた。あわや、絆創膏をもひとつ増やしかけたが、何とか気を取り直し、植村さんのもとへティーセットを運ぶ。
「今日は僕におもてなしさせてください。……実体化したてのとき、親身になってくださったこと、それから……、いろいろお世話になったこと、本当にありがとうございました」
「……この期に及んで、改めて思います。私は少しでも、実体化なさった皆さんのお力になれていたんだろうかと。まだ答は出ませんが、Pさんがそう仰ってくださったことは、一生、忘れません」
セピア色の薔薇が描かれたキャッスルトン・グロリアのティーカップに、薫り高い紅茶が注がれる。プロのホテルレストランサービス係顔負けの腕前は、何を隠そう『楽園』で鍛えられたものだった。
「そうだ。今は対策課にはないって聞いたんですけど、いつか、僕の出身映画、見てくれませんか。僕がどこにいるか、わからなくてもかまいませんから」
カップを手に取り、植村さんは頷く。
「約束します。必ず拝見させていただきます。そしてきっと、Pさんの姿を見つけてみせますよ」
「スタッフが充実してるなあ。助かります」
ローズガーデンの事実上のフロア主任として采配を行っているのは、小日向悟くんだった。悟くんはずっとベイサイドホテルのアルバイトをしていて支配人から厚い信頼を得ており、ほとんどホテルの一員と言っても過言ではない。ホテルへの思い入れも深いため、笑顔での切り盛りにも気合いが入っていた。
予想していたより、来客数は多いようだ。しかし、お手伝い要員にも恵まれていたため、フロアと厨房の連携はスムーズである。道満さんの部下忍者さんたちも、ウエイター服で走り回っている。
サマリスさんも、助力を申し出てくれた。
「裏方ならおまかせください。力仕事から電算まで、なんでも」
ただし電動ですので水場以外なら、と、付け加えて。
「ロケーションエリアの地形無敵化を使えば、珊瑚姫様がどじっこなさっても施設は大丈夫ですよ。30分だけですが」
「きょうはえっとね、おてつだいする! おてつだいするのー!」
リガちゃん、部下忍者さん、サマリスさん、Pくんに加えて、リャナちゃんもスタッフに加わった。小回りが利いて器用なリャナちゃんは、さっそく、料理の仕上げにハーブ類やエディブルフラワーを添えたり、テーブルの花を運だりしている。
「皆様、喜びなされ。薺がまかないにかれーを作ってくれるそうですえ〜」
「珊瑚ちゃーん。私、着替えてないけどいいのー?」
厨房にいた三月司令、もとい、三月薺ちゃんが、いつものうさぎの髪飾りをつけ、お昼寝うさぎのエプロン姿で、おたまを手に顔を覗かせる。
「いやぁね薺。わたしたちみたいな可愛い女の子は何着ても可愛いんだから、そんなの気にしない♪」
やはりホテルスタッフ服には違いないのだが、その上にレース満載のフリフリエプロンをつけたリカ・ヴォリンスカヤちゃ……さん(ああ、記録者、20代女子はちゃんづけOKだと思ってますが、リカさんをちゃんづけで呼べる度胸がない!)が、ふと、青空を見上げる。
「美味しいお菓子とお料理があれば、どこだって素敵なカフェよね」
リカさんの手には、「一見」とても美味しそうなポイズンクッ(ぴ〜)手作りマフィンに洋梨のジャムと薔薇のつぼみを添えたお皿がある。今、まさに客席に突入しようとしているところらしい。
「さっき、京子っていったかしら、ショートカットの女子大生が嫌がる犬神警部を引きずって、スイーツコーナーに来てたのよ。『今日は私が警部におごるんです。リカさんのおすすめをお願いします』なぁんて、可愛いこと言ってくれるから、思いっきり腕振るっちゃった」
「ええっ、ちょ、待ってリカさん……!」
パティシエ・リカのオーラが立ちのぼる渾身の力作を、親愛なる犬神警部と明智京子ちゃんが食べることになる緊急事態に、今まで幾多もの難事件を解決してきた小日向部長(?)、絶体絶命!
鼻歌混じりに客席へ向かうリカさんの後を追いかけ、マフィンをテーブルに置いた瞬間を狙って――マジック。
マフィンは消え、代わりに――
一輪だけだったはずの、クリーミーピンクの愛らしい薔薇がいくつもいくつも咲き乱れ、あふれた。
「わあ、素敵!」
演出だと思いこんだ京子ちゃんは、素直に拍手をする。
「こんにちは。雪之丞さん、京子ちゃん。ようこそ、カフェ・ローズガーデンに。楽しんでくださいね」
「やあ、悟くん。……どうしたんだ、そんなに汗をかいて。珍しいな」
「たまには、こんなことも、あります」
ちなみに、そのマフィンはまるっと厨房に移動したのだが。
何も知らないまぁみぃむぅが、うっかりPくんに食べさせてしまったそうな。
★ ★ ★
記録者はあらためて、カフェを見回す。
いとおしい銀幕市民たちが、ここに集っている。ひとりひとりがこの街で思い出深いときを過ごした、あるいは取材をしようとしてかなわなかった、憧れのひとたちばかりだ。
泣いている場合では、ない。
彼らの姿を、この目に焼きつけて。
彼らの言葉に、耳を傾けて。
彼らの物語を、心に刻んでおかなければ。
小日向マジックが行われたテーブルのすぐ近くでは、二階堂美樹ちゃんがジャック=オー・ロビンさんと向かい合っている。お友達同士であるふたりは、極上のスイーツに囲まれてご満悦だ。
「あのマジックの薔薇は、スベニール・ド・ラ・マルメゾンだね」
「マルメゾンって、ナポレオン妃のジョゼフィーヌが住んでたところだったかしら」
「そう、ジョゼフィーヌは世界中に使者を送り、あらゆる国の薔薇をマルメゾン宮の庭に蒐集したんだ。ナポレオンと離婚してからも、ずっと」
解説しながらも、ジャックさんは薔薇の切り絵を披露していた。
本物と見まごうばかりの精緻な切り絵細工に、美樹ちゃんはうっとりする。
「……きれい」
「うん、君も。いいね。すごくいい♪」
美樹ちゃんの髪にも切り絵細工の薔薇と、そして本物の薔薇を飾り、ジャックさんは上機嫌で笑う。
感動した美樹ちゃんは、教えてもらいながら自分でも切り絵に挑戦しているが、素敵に無敵に不器用なのはご愛敬♪
「こんなに種類があるのに、青い薔薇はないのね」
「青薔薇は、品種改良だけでは作れないから」
「そうよね。必要な酵素の遺伝子のcDNAを――」
……このふたりの会話はいつも生化学ネタに流れるのだが、それもまた一興?
「お待たせしましたえ〜。あーるぐれいをお持ちしまし……あ〜〜れ〜〜!」
「おっと。大丈夫かい?」
薔薇の茂みに倒れ込みそうになった珊瑚姫は、間一髪、リョウ・セレスタイトさんに抱き留められた。
「すみませぬのう。危うく薔薇を駄目にしてしまうところでした」
「薔薇よりも、可愛い姫君が無事で良かった」
リョウさんは薔薇のつぼみを一輪手折り、珊瑚姫のかんざしに添えた。
力いっぱい女ったらし……げふんごほん、薔薇以外の花を愛でたいリョウさんは、どうやら珊瑚姫を口説きにかかった模様である。博愛主義もここまでくれば立派……げふんごほん。
「おお。何とご親切な殿方でありましょうか。源内に爪の垢でも煎じて飲ませたいですえ」
「いつも源内と一緒なんだね。妬けるな」
「腐れ縁と云うのですえ〜」
しかし姫は、色気ナッシンなのだった。
お酒コーナーのほうから、源内のくしゃみが聞こえてくる。
ルイーシャ・ドミニカムちゃんは、神月枢さんと差し向かいで、ゆったりとお茶を楽しんでいた。
小さな淑女と、異色の経歴を持つ若き医師は、宝石細工のようなお菓子を前に、想い出を語り合う。
――微笑みながら。
「皆様の想いのつよさが、このかけがえのない時間を生んだのですわね。絶望に覆われた土地にも、薔薇が咲くように」
「とても鮮烈な3年間でした。ずっと、記憶に残るでしょう」
ティーカップを手に、枢さんが呟いたとき。
「お待たせいたしました。ピーク・クォリティ・ウバでございます」
リガちゃんが、鮮紅色の紅茶を枢さんの前に置く。
「おつかれさまですわ、リゲイルさま。お会いできてよかった。これを……」
つと立ち上がったルイーシャちゃんは、柔らかな包みをリガちゃんに渡した。
包みを解いたとたん、風のように広がったのは、オレンジの花を刺繍した――ヴェール。
「……わぁ……」
「いつかの、ために」
息を呑み涙ぐむリガちゃんにそう言って、ルイーシャちゃんは、今後は枢さんとリガちゃんふたりへのプレゼントを差し出すのだった。
それは、ニチニチソウとヤブコウジを刺繍したハンカチ。
花言葉は「楽しい思い出」と、「明日来る幸福」。
「神月さまには、ハンカチと、その……、クッキーを焼いてきましたの。お口に合うとよろしいんですけど」
「ありがとう。実は、俺もルイーシャさんに贈りたいものがあるんです」
リボンで結ばれたクッキーの包みを大事そうに受け取った枢さんは、それまで後ろ手に持っていた箱をテーブルに乗せる。
輝くクリスタルの箱には、可愛らしい黄色のミニローズ・コサージュ。
本物の薔薇をブリザードフラワーにし、花束型のコサージュに加工した、精緻なつくりの品だ。
「この薔薇はイエロードットといって、花言葉は――」
――君を、忘れない。
★ ★ ★
「ユダ」
シグルス・グラムナートくんが、ユダ神父を見つけて片手を挙げた。香玖耶・アリシエートちゃんを伴っており、記録者、このふたりが並んでいるのを間近で見るのは初めてなので感無量である。
(あなたは物陰にいてくださいね。雰囲気壊れますから)
(……ういっす)
ユダ神父に釘を刺され、私はおとなしく薔薇の影に隠れる。聞き耳は立てるけどね!
「こんにちは、シグルスさん。ジャーナルを拝見しましたよ。ずっと心にかけておられた女性というのは、香玖耶さんのことだったのですね。今は、一緒にお暮らしになっているとか」
「あ、ああ……。だってその、恋人……、だからな」
「ちょっと、シヴ」
シグルスくんは照れて口ごもってて、香玖耶ちゃんはシグルスくんが照れてるのを見て顔真っ赤にしてて、記録者も思わず薔薇の花びらむしって撒いちゃいますよ、いいわねぇラブラブで。
「んにゃー!(訳:きゃー! アリシエートちゃんだ。いらっしゃーい)」
「にゃおう!(訳:彼と逢えたのね。よかったわ)」
「んにゃあ〜(訳:お似合いでしてよ〜。うらやましいわぁ)」
「子猫ちゃんたち!」
香玖耶ちゃんは、駆け寄ってきたまぁみぃむぅを抱き上げ、一匹ずつ撫でる。
「あなたたちのお陰よ。自分を見失うことなく、この街で暮らし始めることができたのは。ありがとう」
――祈りが通じたと、思ってよろしいのでしょうか。
――あんたには、迷っていた時に世話になった。俺たちふたりの罪を、許しあって終わらせはしない。共に背負うことに決めた。
――それも、ひとつの答えだと思います。
――ユダ。俺たちがフィルムに変わったら、あんたが持っていてくれないか。絶望から救われたものとして、絶望者を守護するものの手の中に在りたい。
――わかりました。
――どうかあんたも、喜びを見つけてくれ。俺も祈り続ける。あんた自身の幸いのために。
★ ★ ★
ことに優しい色彩の薔薇で満たされた一角には、トリシャ・ホイットニーさん、シオンティード・ティアードくん、ガルム・カラムくん、流紗くん――『家族』が集っていた。この付近を飾る薔薇は、トリシャさんの薔薇園からの提供である。
テーブルに並ぶのは、メニューにない焼き菓子。薔薇の花を素材としたそれらは、トリシャさんが家族のために、特別に厨房を借りて作ったものだった。
流紗くんは、シオンティードくんやガルムくんにお菓子を取り分け、オーダーした紅茶をカップに注ぐ。たどたどしい手つきが微笑ましい。
「トリシャ――お母さん、シオン、ガルム。おれ、幸せだよ。ありがとう」
「……しんみりしたほうが、いいのかな。よくわからない。ずっとこのままでいたいけど、みんなが『元通り』になるのなら、それでいいと思う」
いつも持ち歩いている石版を手に、シオンティードくんは呟く。
「うん……」
ガルムくんは、言葉少なにうなづいて、
「最初のころは、帰りたくて帰りたくて、毎日が辛かった。でも……」
言葉を、のみこむ。
寂しい。
別れたくない。
おそらくはそういった想いを。
「私の大切な息子たちに、これを」
涙ぐむガルムくんをふわりと抱きしめて、トリシャさんは3人に薔薇のフレグランスを渡す。
「3つそれぞれ、香りがほんの少し違うの。基本になる香りが同じ家族を示していて、そのうえで別に香っているのが個性よ」
香りは、消える。散りゆく薔薇のように。
それは分かっているけれど、それでもこれが気持ちだと言い添えて。
「おれも、みんなに……」
流紗くんも、ひそかにプレゼントを用意していた。
それは――青い薔薇のコサージュ。
家族に「大好き」と「ありがとう」を込めて。
真船恭一さん、大教授ラーゴさん、アレグラちゃんも、ある意味、ファミリーかも知れない。
マンゴーのジェノヴァ風シャルロット。
ココナッツチョコレートタルト。
ピンクグレープフルーツとオレンジのパナシェ。
……などなどを、アレグラちゃん&バッキーのふー坊は、限界に挑戦する勢いで食べ倒していた。テーブルの上に、デザート皿の山が築かれている。
「んにゃー!(訳:はーい、おまたせー! カカオとバナナのムースよ)」
「まぁみぃむぅも食べるか? お裾を分けるぞ」
「にゃお〜(訳:きゃ〜。アレグラちゃん優しいー)」
「アレグラ居ないなった後、ヴィヴェルチェと遊んでくれなー」
「んにゃおー(訳:あたしたちもいなくなるから、ペス殿に頼むといいかもよ)」
「わん? わわん、わん!(訳:なぁに? 小犬を鍛えるの? いいけどあたし、厳しいわよ!)」
アレグラちゃんはつとめて元気に振る舞っているが、ときおり、その大きな瞳に涙が浮かぶ。そして、それに気づいては、無理矢理に笑顔になるのだ。
「アレグラ、もう食べ終わったのか。……よしよし。おい、ウエイトレス。追加オーダーだ」
「かしこまりましたえ〜」
ラーゴさんは、アレグラちゃんの口の端を拭ってあげたり、率先してオーダーをするなどしている。
その様子を、真船さんは微笑んで見守るのだ。
魔法が終わるまでの、思わぬ猶予。この時間と夢に、心からの喜びと感謝を感じているのが伝わってくる。
「大教授。選択の時は発破をかけてくれたんだろう? 気づかなくてすまなかったね」
「――暢気な解釈だ」
怨念あふれる目でラーゴさんは真船さんを睨むのだが、真船さんは全然気にしてない。
「お待たせしましたえ。おれんじの香りのふわふわ・すふれですえ〜。ぐらんまにえ漬けの苺が大人の味わいですぞ」
「ありがとう、珊瑚姫くん。アレグラの前に置い……」
「はいな〜。……まぁみぃむぅ、ちと場所を空けて、いえそっちではのうて……あ〜〜れ〜〜〜!!」
「危ない!」
バランスを崩した珊瑚姫と、落っことしそうになったデザート皿を、真船さんは身を挺して庇った。
ぐっきり……。
その腰から、素敵な音が響く。
真船さんの受難を、ラーゴさんはちらっと見ただけで完全スルーした。
何事もなかったかのように微笑みながら、アレグラちゃんの頭を撫でる。
(……オペレッタ)
呟いたのは愛したきっかけの、女性の名前。しかしアレグラちゃんはもう、彼女の代わりではない。
ラーゴさんの様子に首を傾げながら、アレグラちゃんは守られたスフレを皿ごと差し出す。
「美味いだからお前も食べるしろ」
そして、涙目の真船さんにもひとこと。
「まふまふ、牛乳泣くしないで飲む!」
★ ★ ★
旋風の清左さんが、誰かを待っている。
いつもどおりの穏やかな風情だが、緊張しているようにも見える。
「すみませぇーん清左さん、どなたとお待ち合わせですか? ちょっとインタビュー、よろしいですか?」
「ふにゃー!(訳:引っ込んでなさいよ記録者!)」
「にゃうー!(訳:お邪魔虫にもほどがあるわね)」
「なぁお〜!(訳:人の恋路を邪魔するものはなんとやら、ですわ〜!)」
「これは記録者の嬢ちゃん。あっしはどうも、こういうのは不慣れで。心の臓が早鐘を打っている始末」
「わかります、わかりますともそのときめき! で、お相手はさぞ素敵な」
「「「ふにぃー!(訳:だーかーらー!)」」」
取材しようとした記録者が、子猫たちに全力でとめられていたところ。
咲き誇る薔薇たちが一瞬、道を開けたような気がした。
紫の花房がゆれる。
清左さんの待ち人――ふたりの禿を伴った、藤花太夫さんの登場だった。
「初心な町娘でもないといわすのに、なにやらどきどきしんす」
藤の花の振り袖を着た花魁は、少し頬を染めた。
清左さんは太夫さんを席にエスコートし、好みのスイーツと飲み物をオーダーする。
「太夫が来てくだすっただけて、あっしはもう……」
「わっちはこうやってぬしさまのお傍にいられて、ほんに幸せでありんす」
――おしまいのときには、傍においていてくんなましぇ。
静かに言葉を交わすふたりからそっと離れ、禿の千鳥ちゃんと雲雀ちゃんは、まぁみぃむぅと遊び始めた。
★ ★ ★
そんな、胸詰まるしっとりした情景の一方で……。
真紅の薔薇のアーチがひときわ華やかなテーブルに目を向けた記録者は、吃驚仰天して口あんぐりした。
思わず我が目を疑い、ごしごしこすりたくなるようなカップル(?)を見つけてしまったからである。
「はぁい♪ クロノたん。あーんするアル♪」
「あーん☆ うふ、ノリリンがあーんしてくれたショコラの プチ・ポ・ド・クレーム、超おいしーですにゃ〜」
「かわいいアルね、クロノたんは」
「ノリリンこそぉ〜♪ えーい、ベビーピンクの薔薇かざっちゃうにゃよ〜」
……えぇと。
記録者の記憶がたしかなら、あなたがた、時間の神さまクロノさんと、ノリの妖精ノリン提督ですよね?
なにそこで、はいあーん♪ したり、グラスひとつにハート型ストローでジュースを飲んだり、「君の瞳にフォーリンらぶ」とかいって指輪取り出して贈りあってらぶらぶあまあまなひとときを過ごしてらっしゃるんですか。
実はつきあってたの? むしろそういうキャラだったの? 記録者が知らなかっただけ?
……それともあれかな。
みんながあまりしんみりしないよう、気遣ってくれてるのかも。
――何にせよ。
あなたたち、面白いよ。
記録者、降参。
★ ★ ★
「真名実嬢が注文なされたお茶は、何というのかな?」
「ヴィンテージ・ダージリンです。5〜6月頃に収穫された茶葉ですね。紅茶本来の味が楽しめます。……ね? 聖」
「ふむ。俺も飲んでみようぞ。……ほほう、 ベアトリクス嬢の洋菓子も、もの珍しい」
「フランボワーズのクラクランである。『あーもんどだいすの香りたっぷりのちゅいるに、甘酸っぱいふらんぼわーずのむーすをさんどしてらずべりーの果実を散らしたもの』……と、珊瑚姫が申しておったぞ」
「何とも可愛らしい色合いだ。美月嬢は、涼しげな洋菓子を召し上がっておられるな」
「青リンゴのシャーベットに完熟リンゴのピューレを添えたものです。リンゴをくり抜いて器にしてあるので、これもピューレと一緒に食べられるんですよ」
「それは良い。いずれも、俺のもとの世界では味わえぬもの。この街での邂逅を、悔いの無いよう刻んでおこう」
「がはははは、オレもリンゴとなんとかクレームのパイを注文してみたぞ。とにかく美味い!」
「竜おとっつぁん。それは『林檎とくれーむ・だまんどのぱい ばにらあいすくりーむ添え』ですな。焼きたてあつあつのぱいに林檎とくりーむを乗せてきゃらめるそーすをかけ、冷たいあいすを取り合わせてみたのですえ〜。たーんと食べてくだされ」
「怪我は治ったみたいだな珊瑚姫。おとっつぁん心配したんだぞ」
「その節は皆様にご心痛をおかけしてしもうて。されどおかげさまで、笑って退場することができそうですえ〜。おとっつぁんも息災でいてくだされ」
「おう。おとっつあんはお前の事をずーっと忘れないからな!」
「苦労さま、珊瑚姫。俺にもそれと同じものをもらえぬか。あと、真名実嬢と同じ紅茶と、ベアトリクス嬢と美月嬢が食べておられる洋菓子も」
「これ珊瑚。余は食べ終わったぞ。追加でさくらんぼのタルトを持てい。ヨーグルトアイスクリームをたっぷり添えてな」
「かしこまりましたえ〜。されどびぃは、虫歯のほうは大丈夫ですかえ?」
「だ、だいじょうぶだっ」
「少尉のところでも、ぽっぷこーんを食しておったようですが」
「な、なぜそれを?」
そんな感じで銀幕市ナンバーワンフェミニスト(註:記録者基準)岡田剣之進殿は、かわゆいおなごたちとスイーツな会話をお楽しみになっていた。
「この街から居なくなろうとも、俺は決してそなたたちの事は忘れぬ。武士の誇りにかけて!」
岡田殿と同じテーブルには、香我美真名実ちゃん、ベアトリクス・ルヴェンガルドちゃん、森砂美月ちゃん、赤城竜さんが偶然いらっしゃったのだが、武士殿、おなごとばっかりお話して赤城おじさまのことはさりげにスルーなさっている。超すがすがしい。
真名実ちゃんは、真っ黒のおとなしいバッキー、聖ちゃんとまったり過ごし、ツンデレ美幼女ビイ陛下は珊瑚姫がオーダーを持ってくるたびに、どちらがボケでどちらがツッコミかわからない応酬を繰り広げ――なごやかな時間が過ぎゆく。
薔薇モチーフのロリータファッションに身を包んだ美月ちゃんは、時折、近くのテーブルを見やる。
ドクターDが、ひとりで席にいたからなのだが――話しかけようとして、思いとどまった。
どうやらドクターは待ち合わせ中のようであったし……。
ほどなくして、現れたからだ。
――どきまぎした風情の、流鏑馬明日ちゃんが。
「むむっ。あそこに見ゆるはどくたーと明日。こんなこともあろうかと、すいーつめにゅーに『たるとふろまーじゅ・お・ふれーず』すなわち、苺のちーずたるとを加えるよう進言しましたのですえ〜」
ふたりがまだメニューも見ぬうちから、珊瑚姫は厨房へとダッシュした。
お邪魔にならぬよう、記録者も薔薇の影から影へ移動する。
「そうだ、これ……、手作りで、ちょっとズレてたりしてるけれど、使ってくれたらと思って……。あとお婆ちゃんから」
物陰からウォッチしたところによれば、明日ちゃんからドクターへのプレゼントは、「手作りきみょかわシオリ」と「菓子折り」であった。
★ ★ ★
「紅星さんをお連れしましたよ、太助さん」
「よお太助! 声かけてくれてありがとな。おれもおまえんとこ、行かなくちゃって思ってたんだ。世話んなったもんな」
おじいちゃんおばあちゃんと来店していた太助くんの席へ、ユダ神父が本田紅星くんを伴ってきた。
ユダは、シグルスくん香玖耶ちゃんとしばらくお茶したあとで、タイミングよく太助くんの要請を受けたのだった。
太助くんの隣には、しばしウエイトレスの手伝いから外してもらった昴神社の巫女、月由えりか嬢が腰掛けている。紅星くんは一同に自己紹介したあとで、席に着いた。
「いらっしゃいませ。……わぁ、珍しいメンバーだね」
「ぽよんすクラP、会いたかったぞ。楽園じこみのお茶と合いそうなケーキ、おまかせで人数ぶんよろしく」
紅茶とケーキが運ばれてくる。【眠る病】のできごとを振り返りながら、太助くんは言う。
「なぁこーせー、ちゃんとのぞみっちに会いに行ったかー? なんならこのあと、俺、一緒にいこか?」
「実はまだなんだ。……そうだな、太助にも聞いてもらおうかな」
――おれが美原のぞみに、いいたかったことを。この夢が、覚める前に。
紅星くんが何を言ったかは、太助くんにしか聞こえない。
その言葉を聞き、太助くんは、笑う。
夢の魔法が消えゆくこの街に残される、全てのひとびとに向けて。
「――楽しかった?」
そう、問いかけながら。
★ ★ ★
「壮観だなぁ」
綾賀城洸くんは一度もベイサイドホテルへ行ったことはなかったそうだ。
だから今日は敬意を表し、略礼装で訪れたのだという。洸くんの真面目さと可愛らしさがいっそう引き立ついでたちだ。
「こんにちは、小日向さん。リゲイルさん。リチャードさん。太助さんも。……記念写真撮らせてもらっていいですか?」
知己に声を掛け、カフェのスタッフ、来客たちの了解を得、洸くんは持参のカメラを向ける。
「そうそう、レディMさんのウエイトレス姿は確実に押さえたいんです。焼き増ししてリチャードさんの彼女にプレゼントする予定なので」
★ ★ ★
お食事コーナーでは、レオ・ガレジスタさんがものっそ目をまん丸にして脂汗をかいていた。
彼の世界基準からすれば、植物類は大変な価値を持つ超貴重品なのである。
「こ、こんなに無造作に、大量の植物を! なんて贅沢な催しなんだ!」
「おまたせー」
よくわからずにメニューを指し示したところ、リャナちゃんが運んできた料理にはエディブルフラワーがてんこ盛りにあしらわれている。
「ええっ、食べるの!? 花を!? その、高いんじゃ?」
「普通のお料理だから平気ですよ。お久しぶりですレオさん。いつかはポルシェ直してくれてありがとうございました」
戦慄しているレオさんが気の毒になったようで、薺ちゃんが厨房から出てきた。
「えっと……。たしか、三月薺さん?」
「はい。今日はお手伝いでここに。スターの皆さんとお別れするのはとても寂しいけど……。珊瑚ちゃんやみんなに、きちんと御礼が言えたらなって思ってて。それと、楽しんでくれたらいいなって……」
「あれ? カレーの匂いがする」
「ごめんなさい。まかないのカレー、作ってたから」
「薺さんのカレー、一度食べてみたかったんだけど、それってスタッフ用だよね?」
「たくさんありますよ、大丈夫です」
★ ★ ★
「こんな美味しい料理、俺初めてですー!」
もの凄い勢いでチキン料理を食べまくっているのは小嶋雄さんだ。
限りなく鳩っぽい外見の雄さんだが、彼の名誉のために言おう。これは断じて共食いではない。
そして何を隠そう、記録者、雄さんをひと目見たときから、気になって気になって仕方ないのである。
何故だろう。
これはもしや恋か。
あるいは変か。
それとも、口調は感動に震えているのに、顔が無表情なのが途轍もなくチャーミングなせいであろうか。
――そして。
同じテーブルで、ランドルフ・トラウトさんが全メニュー制覇に挑戦していた。
「仔羊の香草ハーブ仕立て赤ワインソース・レモンペッパー風味のタリアッテレ添えに真鯛のポワレ・ジャガイモのムースリーヌ添えにハーブ・マリナードの香りのベニエに平目のフィレ・デュグレレ風にファルス入りカサゴにそれから……」
「お食事中すみませーん、ドルフさん。ちょっといいですか?」
「ああ……。美味しいですねえ……。天にも昇るような心地というのはこのような事を言うんでしょうね……。何でしょう、記録者さん」
「あのお……。失礼じゃなければ、私におごらせていただきたいんですけど」
「ご心配なく。お金でしたら何とかなります!」
「や、一品だけでいいんです。私からの気持ちで」
記録者はドルフさんのために、ガレット・コンプレットをオーダーした。
ガレット――そば粉のクレープである。
きっと、わかるひとにはわかってくれよう。
★ ★ ★
「そうか、全部終わるのか。魔法が消えて、スターはフィルムになるんだ」
「ウーッ、みんなとはお別れかぁ」
「……さみしい?」
「ウ、ン。けど、ばっちゃんやシュヴァルツたちとはまた会えるもんな?」
「そうだったら、いいね」
どこか楽しげな声で、シュヴァルツ・ワールシュタットくんは銀の瞳を緩ませる。記録者の調査によれば、彼にとって魔法の終焉は喜ばしいものであるようだ。
しかしシュヴァルツくんの声音は、その高揚をどこか抑制していた。友達の狼牙ちゃんが寂しがっているのがわかるので、心が痛むらしい。
シベリアン・ハスキーの狼牙ちゃんのほうは、愛嬌にあふれる表情を沈ませてはいるが、こちらはこちらで、魔法の終わりを残念がりながらも、シュヴァルツくんの喜びに水をささぬよう、気遣いをみせる。
「これ食い終わったら、あちこち見て回ろうなっ」
「そうだね、最後の散歩をしようか」
その前に、と、シュヴァルツくんは片手をあげる。
狼牙ちゃんがテーブルマナーを気にしないで食べられるひと皿を、追加オーダーするために。
★ ★ ★
「あぁん? 何でこの女がこんなところにいやがる。目障りだ」
「袖振り合うも多生の縁というじゃアないか。それにあたしは、何もあんたと一緒にいたいわけじゃないんだ。嫌ならあんただけ帰りな。ねェ、昇太郎?」
「人が多い方が楽しいよの。それに、大皿料理を分けるんにも都合がええけん」
「大人げない喧嘩しとらんで、さっさと注文すりゃあいいのに。イトヨリのシャンパン風味のサバイヨンソース・キノコのフイユテ添えも鴨フィレ肉のミックススパイス風味も金目鯛のポシェもハマグリのマリニエールも、半分以上ギアが食べてるぞ」
「ギギィ♪」
ミケランジェロさんは、不機嫌だった。
どうやら、昇太郎さんに連れられて渋々カフェに向かったところ、途中で南雲新さんと合流することになり、それはまあいいとして、店内でカサンドラ・コールさんと出会ってしまい――強引に相席させられてしまったからのようだ。
「お待たせしました。ラングスティーヌのカネロニです。ギアちゃん、小さいのに気持ちのいい食べっぷりですね。ギアちゃん分はおまけしますので、心おきなくご追加ください」
流星が昇太郎さんの前に、新しい料理皿を置いた。
「美味そうや」
昇太郎さん、さっそく、ナイフとフォークを手にカネロニを食べ……
…………られない。
ぽろぽろぽろぽろ落っこちて、皿の上は残骸の山になる。
オッドアイの修羅は、箸以外、からっきし使えないのであった。
それを見るやいなや……!
「ああもう、フォークはこう持つんだ」
「あたしが食べさせてあげるよ、昇太郎」
喧嘩してたミケランジェロさんとカサンドラさんは、ものっそ息ぴったりに手取り足取り世話を焼き始める。
しかし、どっちがより多く昇太郎さんの面倒をみるかでまた揉めるに違いないので、新さんはちょっと遠くを見たりした。
ギアちゃんは黙々と、食べ続けている。
★ ★ ★
ちなみに。
食事コーナーには、薔薇満載の特設ステージが設けられていた。
サマリスさん他、各ムービースターの協力により、ランチタイムにふさわしいショースペースとなっている。
つまり、心★閃★組がゲリラライブを決行してもオールオッケーなのだった。
――かくして。
M A K ★ T O !!!
M A K ★ T O !!!
「いくぞぉ!!!」
ライブショーの幕は、切って落とされた。
「山崎! 土方君! 沖田君! 俺達の誠の心を見せてやろうではないか!」
近藤マンドラゴラさんは、懸命にドラムをシャウッツする。
ノリノリで歌いまくる沖田フェニックスくんだが、しかーし、目前のテーブルで雄さんが追加オーダーしたスイーツ、ホワイトチョコレートムースとキャラメリゼナッツのアントルメが気になるお年頃である。
アンニュイな表情の土方ファルコンさんは、相変わらずどぎまぎしっぱなしのようだ。が、ギターを弾き始めると一転。キレの良いタッピングで高度なテクニックを披露し、観客を魅了する。
山崎ペガサスくん(註:くんづけ)は、ベースを持ったとたん豹変した。それまではおっきぃや、こっくん、ひっじぃの背中に乗って料理をつつき、こっくんに食べかすこぼしたり、おっきぃとケーキを取り合ったりしてたのだが。
「僕達の銀幕市最後のライブ。侍魂で骨の髄までメッロメロにしてあげるよぅ」
と、ドSな台詞をハニーボイスで放つ。
「我輩、この世界でも心★閃★組の皆やマネージャーと共にいられて嬉しかったのである……」
土方さんは、超恥ずかしそうに言う。
近藤リーダー、感無量で、
「マツケンさん! マスティマ戦の時に打ち合わせしていたかいがあったな!」
松平ケンタウロスさんのほうを振り返った。
んが、マツケンマネージャーはとっくに昼からお酒コーナーに移動していて、源内が勧めるお酒を手に、レディMのウエイトレス姿を見ながら「悪くはない」とか言っちゃってるんで、ちょっとリーダー、メソメソしてみたり。
★ ★ ★
お酒コーナーでは、すっかり酔っぱらった悠里ちゃんが源内に絡んでいた。
「源内さぁ〜ん! もう一杯〜〜」
「おいおい悠里。あんまり飲めないんだろ? 大丈夫か?」
「らいじょぶ、らいじょぶよぉ〜。気にしないれ〜。源内さんもさぁ、名残おしまなきゃなんない恋人、いるんれしょー?」
「………いや全然。もてなかったんだよ、俺は」
「あらあらあらまあまあまあ! そうだったざまーすね。源内さんがそんな辛い寂しい思いをしてたなんておばちゃんちっとも気づかなかったざまーす。もっと早く相談してくれればよかったのに。悠里ちゃんとか、いい子じゃない」
無理目なメイド服を身につけたパート仲間を引き連れ、颯爽と登場した佐藤きよ江さんは、羽交い締めにして止めようとしたまるぎん店長を泣き崩れさせながら、「おふくろの味」各種おつまみを作っていた。優雅なバーの一角が、一気に小料理屋っぽくなってるのはその影響である。
しかもきよ江さん、クラスアップした気分なので今日の口調はざーます調。だがそれは悠里ちゃんをリラックスさせたようだ。
「楽しかったなぁ……」
そう言いながら、悠里ちゃんはすうすう寝息を立てた。
「もう暫く、この街に居たかった。そうしたら――心★閃★組はどんな成長を遂げただろうか」
ゲリラライブを酒の肴に、安芸の地酒『誠の鑑(まことのかがみ)』を手に、マツケンさんはカウンターで呟いている。
「心★閃★組に負けられないわね。さ、いくわよ」
「最高のステージにしようね」
バーにはまた別のステージが設けられ、トキノハザマの従業員としての仕事を返上し、サキちゃんとディーファ・クァイエルくんが歌っていた。
同じ素材のアンティークなドレスとスーツを身に纏い、琥珀色の液体が揺らぐような旋律を。
――いつものように。
ひとつのマイクを中心にして手を合わせ、双子の様に美しく。
サキちゃんに見とれ、そしてレディMに見とれていたレイさんのわき腹を、ティモネさんが軽くつねる。
「レイさん……。私の事は見てくれないの……?」
普段のティモネさんだったらば、もっと焼き餅焼いて、つねるどころか肘鉄が炸裂するところだが、今日はお酒の効果もあってか、とっても可愛い奥様になっている。
「ねぇ、こんなに好きなのに……」
「う……」
頬をほんのり紅色に染め、美しい瞳を潤ませ、ひたと寄り添ってくるティモネさんに、旦那様であるところのレイさんもひとたまりもなかった。
レイさん、柄にもなくちょっとドキッとしたりして、奥様の誘惑攻撃にあっさり陥落。
そんなこんなで、お互いとろけた奥様と旦那様は、しっかり相手をお持ち帰り……って、ねえこの場合、どっちがどっちを持ち帰ることになるのかしら。
「源内〜。明日が『源内さんと珊瑚姫にはお世話になったから……。それと、お婆ちゃんからお漬物……』だそうですえ〜。手作りきみょかわストラップと、何故か漬物をいただきましたえ!」
「ははは、それはうれしい。……そんなにやけ酒するなよ、桑島さん。明日なりに考えてのことだぞ」
「わかっちゃいるがなぁ――なんだよなんだよ、あいつの文句付けられねぇ所が、また腹立つじゃねぇか!」
ふらっとカフェに顔を出した桑島平刑事は、メイヒちゃんとドクターを目撃し、挙げ句、真っ昼間からお酒コーナーで愚痴ってたのだった。
認めてるんだか貶してるんだかわからないなりに、メイヒちゃんと、そしてドクターへのたしかな情愛を感じる。
ばんばんばばんと、源内は桑島パパの背を叩く。
「まァ……。数奇な縁、て奴だったな」
この3年間で漬けたという梅酒を、刀冴さんは持ち込んでくれた。
グラスに注がれた瞬間、満開の梅林にまぎれ込んだような香りが立ちのぼる。
「でも……、楽しかったぜ。あんたの道行きに幸いがあるように、祈る」
刀冴さんの表情に、自分が消えることに対する悲壮感はない。
やるべきことをやった。
その充実感が、将軍をいっそう爽やかに見せているのだ。
源内を相手に、悠々飄々と酒を酌み交わし――
あるはずのない約束をして去っていく。
「またな」
★ ★ ★
ギリアム・フーパーさんは、ふらっと現れた。
サングラスをかけて、気取らないラフなスタイルで。
地ビール『杵間山麓ピルスナー』中ジョッキをオーダーしたとき、ユダ神父がバーに顔を出した。
「ギル。いらしてたのですね」
「やあ、アロイス。聖ユダ教会の建物は無事だったようだね」
「ええ、不幸中の幸いでした」
「今度の日曜は必ずミサに行くよ。ワイフと一緒にね」
ぐいとジョッキを空けてから、ギルさんはカフェを見やる。
しかしその目は、薔薇を映してはいない。
「……すまない。ロスに引っ越すことになった」
「そうでしたか」
「銀幕市のことは愛している。でも、友人が減った銀幕市にしばらくは耐えられないと思うんだ」
「お気持ちは、わかります」
「思い出が美しいものになったら、帰ってくるよ――」
――お待ちしています。ずっと、この街で。
大切なフィルムは常に、私たちと共にあるのですから。
★ ★ ★
ベイサイドホテルの支配人は、じきにこの街に戻るだろう。
異国より、新たな希望を携えて。
クリエイターコメント
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
全ての銀幕市民の皆様に、感謝をこめて。
ありがとうございました。
無名の記録者 拝
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
公開日時
2009-07-13(月) 23:30
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