★ 【遅れてきた文化祭】冬晴れの空の下 ★
<オープニング>

「えっ、文化祭?」
 植村は意外そうに聞き返した。
「もう12月ですよ。文化祭っていうと、普通はもっと秋のシーズンに行うもんじゃないですか? 綺羅星学園ではいつもこの時期でしたっけ」
「いや、違うんだけどさ……。今年はほら、いろいろあっただろ」
 浦安映人は、言葉を濁す。
 植村はそれですべてを察した。学園の生徒がかかわったムービースターの殺害事件――そして、それに端を発し、銀幕市民の多くを巻き込んだ騒乱。綺羅星学園は、まさにその渦中にあったのだから、文化祭どころではなかっただろう。
「それで中止になるところだったんだけど、どうしてもやりたいっていう声が多かったらしくて。それで時期をズラして12月にやることになったわけ」
 だから告知のポスターを貼らせてほしいといって、浦安は市役所を訪れたのだった。
「今回は特に学外の人にいっぱい来てもらいたいんだ。いろいろ催しものもあるし、来てくれると嬉しいな。あ、俺は映研で自主製作映画を撮るから期待してて!」

 ★ ★ ★

「大変、ご迷惑をおかけしました!」
「いや、でも私も、蔵木さんにはひどいことを……」
「……俺も今となっては何も言えん」
 銀幕ジャーナル編集部の一画で、蔵木健人、七瀬灯里、盾崎編集長が3者3様に反省したり頭を下げ合ったりしていた。
 『赤い本』がもたらした不安は、市内各所でさまざまな事件を引き起こしたが、ようやくこの一件も終息したらしい。
 その暗い記憶を払拭するために、綺羅星学園で文化祭が行われるという報せは、編集部にとても良いトピックであった。
「私、取材に行ってきます。特集ページをつくって取り上げましょう。学園が明るさを取り戻せたってことを、みんなに伝えたいですから」
 七瀬の提案に反対するものはいなかった。
 ――そして、そんな予定を見越したかのように、編集部に一本の電話が入る。蔵木あてだった。
「はい、蔵木です。えっ、マイティハンク? ああ、いやわたしは……ええ、彼に連絡することはできます。えっ……?」
 しばらく会話したあと、電話をおいた蔵木はきょとんとした顔つきだった。
「誰ですか?」
「綺羅星学園の……『特撮同好会』の人から」
「えっ、なんですかそのマニアックそうな会は」
「よくわからないけど、今度の文化祭で、『野外ステージでのヒーローショウ』をやるからマイティハンクにも出演してほしい、って」
「えーっ」
「いいじゃないか。協力してやれよ」
 編集長が無責任にけしかける。
「それで文化祭が盛り上がるならさ」
「そうですねえ……」
「へえ、なんだか楽しそうだなあ。他にも模擬店とか、いろいろあるんでしょ? きっといい一日になりますよ」
 七瀬は期待に瞳を輝かせるのだった。


種別名パーティシナリオ 管理番号868
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメント===========
!注意!
このパーティーシナリオは「ボツあり」です。プレイングの内容によっては、ノベルで描写されないこともありますので、あらかじめご了承の上、ご参加下さい。
===========

野外ステージ周辺を中心に文化祭の一日を描くパーティーシナリオです。

ご参加の方は、自身の行動や立場を下記選択肢の中からひとつだけ選んで明記するようにして下さい。

【1】ヒーローショウを観覧する(参加する)
野外ステージで行われる特撮同好会のショウを観覧します。もしかすると出演者やスタッフとしてかかわることもできるかもしれません(理屈や経緯をプレイングでお願いします)。

【2】七瀬灯里の取材を受ける
文化祭に参加してみての感想や、こんなことがあったよ!というトピックを灯里のインタビューに対して話して下さい。どんな体験をされたかはどうぞご自由に創作してみて下さい(「○○部の、××の発表が楽しくて……」など、勝手に設定して下さい)。
綺羅星学園生徒や関係者の方は、出展者として体験や感想を語っていただくことができます。

【3】学内の様子を見る・警備を行う
念のため、学園内の治安を確かめたり、先の事件の影響を調べるなどします。
先の事件について思うところのある方はお気持ちなどお聞かせ下さい。
※この行動は、「行動は反映します」(○人の警備があったとみなす等)が、「描写は削られる可能性が高い」です。ご注意下さい。


参加者
蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
ベネット・サイズモア(cexb5241) ムービースター 男 33歳 DP警官
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
犬神警部(cshm8352) ムービースター 男 46歳 警視庁捜査一課警部
明智 京子(chzp1285) ムービーファン 女 21歳 大学生
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
清見 悠真(cdbn8075) ムービースター 男 17歳 第一発見者
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
小嶋 雄(cbpm3004) ムービースター 男 28歳 サラリーマン
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
佐藤 きよ江(cscz9530) エキストラ 女 47歳 主婦
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
リョウ・セレスタイト(cxdm4987) ムービースター 男 33歳 DP警官
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
ヤシャ・ラズワード(crch2381) ムービースター 男 11歳 ギャリック海賊団
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
大教授ラーゴ(cspd4441) ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
ナハト(czmv1725) ムービースター 男 17歳 ギャリック海賊団
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
鈴木 菜穂子(cebr1489) ムービースター 女 28歳 伝説の勇者
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
<ノベル>

「よおカワイ子ちゃん。何だい? 食事のお誘いならいつでも……ああ、なんだ、取材か」
 ルドルフはちょっと残念そうに鼻を鳴らした。
 そして、七瀬の差し出すICレコーダーに向けて話し始めるのだった。
「俺は模擬店の食材の仕入れと運搬を依頼されてなあ。山ほどのキャベツやら卵やら豚肉やらを運んできたってワケさ。……ああ、俺もご相伴に預かったさ。パンチの効いたホットな味わいだったぜ?」
 お好み焼きの感想を語るトナカイ。
 なんならこのあと一緒にどうかと誘われるのを、まだ仕事があるので――と七瀬が濁していると、そこへ地響きとともに駆けこんでくる影がある。
「あらあらあらまあまあまあ、いやだわー、取材だなんて、晴れがましいじゃないのー。あ、それで、さっき、ラグビー部の子たちが出してるおでん屋に寄ったんだけどね」
 佐藤きよ江だった。
 別に誰も頼んでいないがぺらぺらしゃべってくれるのは取材にはありがたいといえばそうなのだが。
「味のしみ具合はいいんだけど、ちょっと濃い口だったのよね。だからおばちゃん一肌脱いじゃったのよ〜! ほら、若い男の子が料理するのって何だか健気でしょ。それで、こっちはプロの主婦だもの――あらッ、写真撮ってくれるの? まあまあまあ、いやだわー、そんな写真だなんて恥ずかしい、でもせっかくだからラグビー部の子たちと撮りましょうよ」
 そんなわけで、おでん屋の模擬店の前で、屈強なラガーマンたちに囲まれて満面の笑みの佐藤きよ江(47歳)。
 七瀬灯里による、綺羅星学園の文化祭の取材は順調だった。
 後日発行された誌面からは、当日の熱気と賑わいが伝わってくる。きよ江の写真の隣には、緋毛氈にかけて畏まった顔つきの侍が、女子学生たちと写っている。
 そこから始まる記事の一部を抜粋してみよう――。

『写真左は岡田剣之進さん。茶道部では、部員が着物姿で来場者を迎え、お茶をたててもてなしたが、「結構なお点前」と剣之進さんからもお墨つきをもらえた。今回の文化祭では、学生と地域住民、そしてムービースターとの交流が中心的な課題とされた。対策課を通じて宣伝されたこともあって、会場には数多くのムービースターたちの姿があったようだ。
 ウィズさんは模型部の展示に興味津々。映画製作コースの美術スタッフ志望の学生の作品はプロ級の出来栄えで、「オレもこの世界に来てから趣味でフィギュア作ったりするんだけど、知識はまだまだだからさ。いろいろ教えてもらっちゃいました」とのこと。
 一方、風轟さんは、オカルト研究部が催した妖怪に関する発表を見学。
「天狗について間違っておるところがあったから訂正しておいたぞ!」
 と笑った。
 なお、同氏はその後、美術部の公開デッサン会のモデルを頼まれたそうなので、ナイスミドルのポートレート(註:着衣です)に興味のある人は学園の美術室まで。
 当日は文化祭らしい模擬店から、アイデア勝負の企画イベントまでさまざまな催しが並んだが、かなりユニークなものも見受けられ、さすが銀幕市というカオスな状況を見せた場面もあった。
 たとえばあるクラスが行ったのは「タコ専門店『オクトパス8世』」。定番のタコ焼き屋模擬店から出発して企画がどこでどうなったのか、あらゆるタコ料理とタコグッズを扱う店に。店員のユニフォームもタコをイメージしたスタイル。鳴り響く謎のBGM「♪ターコタコタコ多腕の子……」に、訪れた疾風の清左さんは「……ツッコミどころしかなくて困る……」と疲れた笑み。しかしタコ焼きの味は抜群だったそう。
 また、UFO研究会の公開召喚実験の様子は、シグルス・グラムナートさんには衝撃だったようです。
「俺は異端についても理解をしたいと思っている。思っているが、輪になって空に向かいぶつぶつ言っているかれらはどうみてもあやしい。これは俺が教会の固定観念にとらわれているからだろうか。俺はまだ自由になっていない。魔女を即座に異端と断じ追い詰める考え方に……」
 編集部からシグルスさんには、「誰が見てもあやしいと思いますからあまり悩まないで下さい」という言葉を送りたい。
 そしてある意味、銀幕市の風物詩にもなってしまっている女装コンテンストも華々しく行われた模様。観戦したバロア・リィムさんは、
「何がどうなってここまで女装ブームが起きたんだか。いや、あきらかにあの某女史と某カフェの影響だけどな! ……って、これジャーナルに載るの? 名前伏せてよ。この会場でも視線を感じるのに、余計なこと喋ったって知られたら……」
 と話した。
 以上はバロア・リィムさんの談話です。バロア・リィムさんの談話です。』

「……ほっとしました。無事に文化祭が開催できて」
 森砂美月はおっとりと言いながら、七瀬に紅茶とクッキーをすすめた。
 相談室を、この日は休憩スペースとして開放している美月は、今日はロリータファッションで登場。学校関係者の感想を聞こうと訪れた七瀬に、準備から今日まで、彼女なりに生徒たちを見守ってきたことを話した。
 相談室を辞した七瀬が、次の取材対象を探していると、視界に入ったのは、生徒と連れだって廊下を歩く理科教師・真船恭一だ。
 傍の生徒は新倉アオイと相原圭だろうか。
 真船は顧問を務める小等部園芸委員会が育てたヘチマの観察レポートについて熱く語った。
「七瀬さんもぜひ、観に来て下さい。発表は小等部の第2理科室! 成長を日々記録した写真を順に展示して、最後は皆で記念写真を撮ったんですけどね、いやあ、まさか4メートルを越えるとは」
「4メートル!? ヘチマってそんなに大きくなるんでしたっけ!?」
「なるわけないじゃん。どう考えてもハザードでしょ、って前にも言ったんだけど、真船先生ったら聞かないの」
 と、アオイ。
「生徒たちが一生懸命がんばった成果なんです! あ、ヘチマタワシと化粧水の即売もありますから――」
「……ある日キシャアアって口が開いて誰かとって食われたりしなくてホントよかったと思うわ……」
「きみね、ムービーハザードの全部が危ないってわけじゃないんだよ。来年は巨大朝顔か巨大サルビアを……」
「わかってますよー。だってウチのクラスの発表『ムービースターの文化と共生』だったんだもん」
「へえ、どんなのなんですか?」
 七瀬が、アオイの話に興味を示した。
「ホラ、スターって色んな世界観の人いるじゃない? 生活習慣も大分違うし。それを銀幕の暮らしと比較して、違いとか、似てる点とかをパネルにしたり。映画見る時はそこまで考えて観てなかったけど、話聞いて調べたりしていたら結構面白かったよ」
 それは、この日の文化祭にふさわしい企画だったろう。
(良かった)
 相原圭は、心から思った。
 先日の、学園を巻き込んだ騒乱と混迷を思えば、この雑然とした日常のなんといとおしいことか。彼のクラスは、これもある意味定番のメイド&執事喫茶。
 後日、現像された写真にも、緊張したおももちで執事スタイルの圭が写っていた。
「来年もいい文化祭にしたいなぁ……」
 ぽつり、と彼が呟いた言葉に頷くものは多かったはずだ。

「あー、ここにいたんだ。七瀬さん、取材はどう? せっかくだから、ちょっと休んで遊ぼうよ、編集長には黙っておいてあげるから!」
 声をかけてきたのは浅間縁だった。
 片手に模擬店の焼きそば、もう一方の手にPTAの出店のカレー、そしてうしろに子分のように従えるのはクラスメイトPだった。
「そうですね。ちょっと休憩しようかな」
 と七瀬が言えば、ぱっと顔を輝かせた。
「そうこなくっちゃ、どこにいく!?」
「浅間さん、そろそろ野外ステージでヒーローショウの時間じゃない?」
 Pの手の中にはビデオカメラがある。
「これでステージを撮影しようと思って。今日こそ、マイティの正体が蔵木さんだという証拠を……!」
 証拠もなにもそれを知らないのはあんただけだというツッコミを呑みこみつつ、かれらは野外ステージのほうへ向かうのだった。

 ★ ★ ★

「衣裳のチェックしておいてね。それから、小道具は香盤で確認してから出番順に並べて」
 その頃――
 野外ステージの裏では小日向悟が忙しく走り回っていた。
 友人に頼まれて準備段階から手伝いに入った悟は、持ち前の“スタッフ体質”が如何なく発揮され、もはや完全に舞台監督と化している。
「この、出だしのところなんだけど」
 台本片手に演出の確認に来たのは香玖耶アリシエートだ。なんでも屋の彼女への学生の依頼はこのステージの特殊効果係。学生では扱えない特別な機材がなくとも、精霊の力をあやつる彼女がいればできないことはないだろう。
 ステージではひとつ前の、軽音楽部のコンサートが終わって、その機材が急ぎ撤収されているところ。入れ替わりに特撮同好会のセットが搬入され、大道具係に設営されていく。
 その様子を、アメリカンドッグ片手に眺めているのは蘆屋道満だ。
 彼がうっかり日付を間違えて学園に来てしまったのは昨日のこと。大きなセットの組上げに苦心していたスタッフに、本日の昼食と打ち上げの飲み食いで手を打ったのだ。
 マスタードとケチャップたっぷりのアメリカンドッグを食べ終えると、道満はよっこらせと腰をあげ、搬入を手伝うべく歩き出す。と、いっても、磁力をあやつり、セットの骨組を移動させればいいだけの話だ。
「悟――」
 舞台監督を、ジェイク・ダーナーが呼びに来た。
 彼は悟に呼ばれて加わった大道具の応援だ。彼は撮影所でやはり大道具のアルバイトの経験があるし、力持ちだし、金槌(ちなみに舞台美術の業界で金槌のことを「殴り」と呼ぶ)の扱いに秀でている。
「どうかした?」
「急病人だ」
「えっ!?」
 青い顔をした部員が数名、担架で運ばれて行った。
「どこかの差し入れで、配達されたケーキを食ったら倒れた」
 ジェイクが端的に説明してくれた。
「まさか食中――」
 言いかけて、ケーキの出所を知った悟は、なんとなく事情を察して、あいまいに微笑んだ。ケーキの中にあたりがあったのだ。店主の作品と、そうでないものがあったのだろう。
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ! ウチの店に限って衛生状態には問題なんてないわよ!」
 肩を怒らせている赤毛のケーキ屋店員――リカ・ヴォリンスカヤのもとへ、悟は歩み寄る。背後に影のように寄り添ったジェイクが何事か囁いた。
「やあ、リカさん、こんにちは。実はちょっとお願いがあるんです」
 ジェイクが囁いた問題は、この「事故」でキャストに欠員が出たことだった。
「……私が? ステージに? ……。仕方ないわね〜。ちょっとだけよ?」
 悟の口車――もとい、ネゴシエーションに、まんざらでもない雰囲気のリカである。

「キャストの方はそろそろスタンバイお願いしまーす」
 声がかかった。
「……え、ちょ、め、明日さん……!?」
 ランドルフ・トラウトは目を白黒させた。
 流鏑馬明日が……、普段の彼女からは想像もつかない格好でそこにいたからだった。
「昨日、会場の警備の件で来た時に、どうしても人が足りないから出てほしいと言われたの。一緒の出番みたいだからよろしく」
 こともなげに言うが、心の準備のできていないランドルフは、思い切り腰が引けてしまった。

「あの事件は君が気にする事はないよ。不可抗力だ」
 エドガー・ウォレスは、バックステージで、出番を待つマイティハンクに、そんな励ましの声をかけていた。
 彼が言うのはむろん、『赤い本』の影響で蔵木健人が大暴れした一件のことである。
「……ありがとう。――彼に伝えておく」
 今はマイティハンクであって、一応、蔵木健人ではないことになっているマイティは応えて言った。
「君は人々に夢を与えるヒーローだ。こんな時だからこそ人に夢を与え、君自身も楽しむほうがいいんじゃないかな」
 肩を叩いて、エドガーは彼を送り出した。
 そして自身も客席のほうへ。
 すでに大勢の観客が集まって、ショウの開幕を待っているのが見えた。
 ――と、そんなエドガーとすれ違った二人連れは、ひとりはショウのスタッフだ。もうひとりの手を引いてバックステージのほうへ。
「あ、いや、ちょっと人違いじゃないですか!? だって俺は――」
「早く衣裳に着替えて! もう始まっちゃう!」
 出演者とスタッフだったのだろう。
 学生の企画と聞いたが、なかなか凝っているな、とエドガーは思った。
 今のキャストの、「鳩の仮面」、なかなかリアルだったじゃないか。

「次は……へえ、ヒーローショウか」
「なかなか賑わってるな」
「どんなだろう。楽しみだな!」
 客席のいちばん後ろに立っているのはヤシャ・ラズワードとナハトだ。
 警備のために来ていたふたりだが、すでに野外ステージのただの観客と化して久しい。
 開演が待ちきれないといった風のヤシャの様子に、やっぱ子どもだな的な目を向けたナハトだったが、その実、開幕を告げる音楽がスタートすると、誰よりも目を輝かせて身を乗り出した。
 間一髪、七瀬と縁、クラスメイトPが開演に間に合った。
 端の席にいたが神龍命は、席をつめてくれたところへ滑り込む。
「肉まんいる?」
 自身も頬張りながら、彼女がおすそわけをくれる。
 命はヒーローショウを楽しみにしているようだ。司会のおねえさんを迎える拍手が、会場を埋め尽くす中、あわてて持参のカメラのシャッターを切る。どんな一瞬も見逃すことがないようとばかりに。

 ★

「はーい、みんな、こんにちはーーー」
「「「こんにちはーー!」」」
 おねえさんの呼びかけに応えて、会場にきていた小さいお友達の元気のよい挨拶があった。
「はい、それじゃあ、今日はマイティハンクがきてくれるから、みんなも――」
 と、そこで段取り通り、ステージの各所で小さな爆発が起こり、小さなお友達を驚かせた。その爆発はバックステージから香玖耶アリシエートがあやつる精霊によるものである。見た目は派手だが決して舞台上の人や観客に危険ではないように調整されている。
 重低音のテーマ曲とともに、採石場を模したセットの後方に、まがまがしい雰囲気のコスチュームの一団があらわれた。
 荒々しい咆哮――。筋骨隆々の、鬼のような(というか、鬼そのものだ)巨漢はランドルフ・トラウト演じる『筋肉大魔神』だ。背後にたたずむ黒幕然とした黒いローブの、人の体に鳥類の頭をもつ異形が『ハト男爵』である。ハト男爵の造形のリアルさにはそれだけで泣き出す子もいたくらいだった。実際は……小嶋雄のノーメイクな素顔だったわけだが。
 そしてハト男爵の両側に控えているのが、悪の女幹部たちである、『ゴールデン・デスクイーン』と『シルバー・デスクイーン』だった。ひとりは金色の扇情的な衣裳で豊満な肢体を包み、もうひとりは銀色のおどろおどろしい風体でいかにも冷酷そうである。
「……」
「……この会場は『ナイトメア団』が支配したァ!」
 いつまでもハト男爵がきっかけのセリフを言わないので、筋肉大魔神が助け舟を出した。それで、多数の戦闘員たちがわらわらとあらわれる。
「ちょっと」
 ゴールデン・デスクイーン……いや、リカ・ヴォリンスカヤが、ハト男爵こと小島雄に、射抜くような眼光を向けた。
「なんなのよこれは」
「え、いや、自分にもよく……」
 雄は、ハト男爵のキャストがさっきの食中毒騒ぎで運ばれたのを知らないスタッフに間違ってつかまり、わけもわからずステージに押し出されただけだった。一方リカは、出演は承諾していたもののイメージする配役とは違ったようで。
「なんで悪役なのよ! 私にももっとふさわしいキュートな役があるでしょ!」
「うわあ、ちょ、俺はなんにも知りませんてば!」
「あ、こら、待ちなさいよーー!」
 ふたりがそのまま舞台袖にドタドタと消えていったが、観客の注意は引かなかった。ちょうどそのとき、筋肉大魔神と戦闘員が客席に降りて「人質」をさらいはじめていたからである。
「きゃー、たすけてー」
 大魔神がひょい、とすくいあげたのは、ポップコーンを抱えて客席にいた太助だった。
 迷彩模様のポップコーンカップを置き去りに、子狸はさらわれてゆく。そこはお約束をこころえているので、はでにじたばたして盛り上げてくれる太助はいい観客だ。
 大魔神がもう一方の手にさらったのは、大教授ラーゴと並んで観戦していたアレグラだった。驚いてチョコバナナを放り出して立ち上がりかけたラーゴを、アレグラは制する。
「構うな! アレグラ大丈夫!」
 うねうねと手を延ばして、ぐいぐいと、筋肉大魔神に絡めたり、げんこつでぽかすかやったりする。ランドルフには効いていないが、暴れ方がわりと本気なので、微妙に扱いづらい。
「た、たいへん。お友達がさらわれちゃう!」
 ステージ端に避難していた体の司会のおねえさんが叫んだ。
「みんなでマイティハンクを呼ばなきゃ、せーの」
「「「マイティハンクーーー!」」」

「マイティーーッ!!」
 隣であがった野太い叫びに、明智京子はびくっとなった。
 連れの犬神警部が、子どもと変わらないテンションでシャウトしているのだ。
 そもそも自分がショウを見たいがために、京子をだしにするように「観たいか、観たいだろう! しょうがないな、付き合ってやるか!!」と、なにか新手のツンデレめいたセリフとともにひっぱってこられた京子である。深いため息を、彼女はついた。
 そのとき、事件は起こった。
「マイティーーー、って、熱ーーーッ!?」
 犬神警部の悲鳴があがった。
 降りかかってきたのはアツアツのキムチチゲ(なぜだ!)だった。
「!?」
 振り返ったところにいたのは清見悠真である。
「……。きみ、危ないじゃないか、キムチチゲなんかぶちまけたら」
 地の底からひびくような声で、警部が言った。
「ええっ、いや、違います、これは…………っていねえ!?」
 悠真の隣の席は空だ。
 そもそも彼はこのショウのひとつ前にやっていたコンサートを見ていて、そのまま、流れで座っていただけだった。そのときから隣にいたのは玄兎である。玄兎もまた子どもじみた歓声に声を張り上げていたわけだが、そのときはしゃぎすぎてキムチチゲをひっくりかえしてしまったのだろう。
 悠真の視界の果てに、猛スピードでダッシュするウサギ帽子の耳が見えた。
「……」
「なんとかいったらどうなんだ、ゴルァ!!」
「わーーっ、お、俺は無実だーーーーっ」
「ちょっと、警部!!」
 つねに「事件の第一発見者となり、疑われる」能力を持つ悠真と、「必ず真犯人ではない誰かを疑う」犬神警部が近くに居合わせた時点で不幸な運命はセッティングされていた。

 さて、そんな客席での騒ぎをよそに、ステージではショウが進行していた。
 ついにマイティハンクが登場したのである。
 赤いマントを翻して着地した雄姿に歓声が飛ぶ。――と、そのあとで、舞台袖から、どん、と押されたようにして出てきたのは、マイティハンクによく似たコスチュームの、似通った体格の青年で。なにしにきたんだ的な一瞥をマイティから向けられ、思わずすくみあがったのは鹿瀬蔵人だった。彼もまた通りがかりにスカウトされてわけもわからず舞台に乗せられた一人であった。マイティハンクのシリーズで、ほんの1エピソードにだけ登場する双子の弟については、あまり読者受けがよくなくてその後なかったことにされた設定だが、それだけにマニアックなキャスティングだとこの日観戦していたマニアを唸らせたとかいないとか。
「よく来たなマイティハンク! ここがおまえの墓場だ!」
 筋肉大魔神が言った。
「こっちには人質がいるのよ。こどもがどうなってもいいの? マイティ、あなたはもう屈するしかないのよ、わはは」
 シルバーデスクイーン役の明日のセリフは、ありていにいうと、かなりの棒読みだったが、クール系の悪役だったので、それなりに格好がついていた。
「人質の命が惜しかったらいますぐ――むぐ」
 大魔神のセリフが途切れたのは、小脇に抱えた人質のアレグラが手をのばして、ランドルフの両頬を左右にひっぱったからだった。
 ランドルフは「すみません、もうすぐ終わりますから、ちょっと待っていてくださいね」という意味で、しかし健気に怪人を演じている彼は大魔神としては「うるせぇ、このガキ、唐揚げにして喰っちまうぞ!!」と怒鳴った。
「唐揚げとはなんだ、貴様!」
 思わぬ方向から反応があった。
 大教授ラーゴである。そのままの勢いでステージにあがりかけるが、
「構うな言った、あっちいけ!」
 と、当のアレグラにぶっとばされて吹っ飛び、冬空に消えていくあたり、報われない。
「今だ!」
 その隙を逃さず、マイティハンクが動いた。
「おお!?」
 気づいた時には筋肉大魔神の両手が空だ。
 空高く舞い上がるマイティハンクの背に、太助とアレグラがいた。
「しっかりつかまって」
 旋回するマイティの上で、ふたりが歓声をあげた。
「おまたせしました」
 ぽかん、と空飛ぶマイティを見上げていた蔵人はいつのまにかそばに控えるロボットのセリフにびくっとした。塗装されてマイティハンクを助けるサポートロボ、『フラッシュボーイ』に扮したサマリスである。
「さあ、いきますよ」
 両手両肩の重火器が一斉に火を吹く。
 ステージ中にはげしい爆発が次々に起こり、戦闘員たちがふっとばされていく。
 サマリスの銃は本当はすべて空砲だ。
 爆発は例によって香玖耶の精霊。
 戦闘員たちがふっとんでいくのは、衣装に仕込んだ鉄を、袖から蘆屋道満が磁力で操って浮かせているのだった。
「あなたのアクションですよ」
 サマリスが蔵人に小声で言った。
「え? ああ、うん。……もう、どうにでもなれ」
 とりあえず、適当に叫びながら、蔵人が突進する。
 実は彼の衣装にも鉄が仕込まれていた。
「おおおお!?」
 道満が扇をひとふり。飛んだ! 本物のマイティハンクさながら、蔵人の身体が宙を舞う!
 そして筋肉大魔神に、その拳がヒット!
 実際にはこれもランドルフがバックステップで跳躍するのに特殊効果が加わった。
 ランドルフが重すぎて、慣性で勢い余ったか、セットに激突してしまい、がたがたと背景が揺れた。
「!」
 すぐ裏で、ジェイク・ダーナーが支えなければ危ないところだったが、これは結果オーライとしよう。
「マイティハンク……の弟?……恐るべし……ぐわああーっ」
 どかん、と爆発が起きて、筋肉大魔神、死す。
 ランドルフは煙にまぎれてバックステージへ。おつかれさま、とスタッフに迎えられた。
「おのれ……覚えてらっしゃい」
 お約束っぽいセリフでシルバーデスクイーン退場。
 そして、マイティハンクが、おともだちを客席に届けてから、ひらりと戻ってくる。
 わっと拍手が起こった。
「……勝ったと思うのはまだ早いぞ」
 雷鳴。
 セットの高い場所に立つ。
 それが『竜王戦隊リュウガナイト』の、強敵・黒牙ルイだと気づいたものはいたか。むろん、いる。客席の、おもに大きいほうのお友達がわっと盛り上がった。しかもそれは特撮同好会に泣き疲れて出演することになった片山瑠意だ。つまり本物。
 すらりと剣を抜き放ち、飛びかかるルイ。
 迎え撃つマイティハンク。
 稲妻閃くなか、第2ラウンドの火ぶたが切って落とされた――!

 ★ ★ ★

 文化祭の主役は、本来なら文化部なのかもしれないが、パフォーマンス系のそれに比べると、どうしても静かで、地味にもなってしまう。
 それでも、年に一度のことだ。
 二階堂美樹は、文芸部に割り当てられた教室をのぞいて、生徒たちが十分に楽しんでいるのを確かめる。
 並べられている本の一冊を手に取る。創作小説のようだ。
 隣で、同じく鈴木菜穂子も、本をめくってみては部員に話しかけている。ちょっと照れたように自作について話す部員たちの様子を横目に盗み見ながら、自分の心配は無用のものだったと知り、嬉しく思う美樹だった。

「どうだった?」
 リョウ・セレスタイトはモニターから目を離しもせずに言った。
 図書室の隅におかれた端末である。
 リョウのうしろに立った巨漢はベネット・サイズモアだ。
「特に異常はないようだな。こいつも反応せん」
 手にした機械はアズマ研究所から借り出してきたもので、ネガティヴパワーを測定できるものだという。
「こっちも問題なし」
 リョウはそう言ってコーヒーを啜った。
 そこから学園のネットワークに侵入し、不審な兆候がないか調べていたのである。
「あの、すみません」
 ――と、司書らしき女性が声をかけてきた。
「図書室は飲食禁止なんですけど」
「おや、それは失礼」
 リョウの目が輝く。
「文化祭の日なのにお仕事なんですか? よかったら、飲食禁止でない静かな場所で、コーヒーブレイクをご一緒しませんか」
 その様子に、やれやれ、と息を吐くベネットだった。

 ★ ★ ★

「思ったより楽しかったよなー、迫力あったし!」
「あの技カッコよかったぜ! マイティブラストーーー!」
「なにをぅ、魔狼残影剣ーーーッ!」
 最初の目的(註:一応、警備)はすっかり忘却の彼方で、ただの小さいお友達と化したヤシャとナハトがきゃあきゃあいっている。
 ショウが終わったあとも、野外ステージは興奮さめやらぬといった風であった。
 筋肉大魔神だったランドルフが、にこにことしたいつもの様子に戻って、子どもたちにお菓子を配っている。その微笑ましい風景を神龍命が写真に収めていた。
 瑠意も、ファンの女の子たちにつかまってサイン責めにあっているようだ。
「赤城竜さんですよね!」
 席を立ちかけた男は呼びとめられて振り返った。
「……っと、バレちまったか」
 サングラスの下で目を細める。
「なかなかだったぜ」
「あ、ありがとうございます!」
 かしこまって応えたのは、戦闘員を演じていた部員たち。
 ベテランのスーツアクター赤城は、業界ではそれなりに有名なようで、お忍びで「未来の若手の様子」を観に来ていたわけだが、見つかってしまい、しばらく握手だ何だと付き合わされることになる。

「マイティもなかなかやるじゃん」
「結構面白かったですよねー」
 そしてこちらは浅間縁と七瀬灯里。
 ショウの感想を語り合いつつ、ふたたび文化祭を散策。と、そこで。
「あ、そういえばPさんは?」
「わっ、いけない、すっかり忘れてた。置いてきちゃったかな?」
「おーーい、浅間さーーん」
 ちょうど、Pが、追いついてきたところだった。
「大スクープ! ついにマイティハンクの正体を撮影したよ!!」
 置き去りにされた恨みを述べるでもなく、Pは危機としてハンディカムの画面をふたりに見せた。
「ショウが終わったあとに、こっそりバックステージに忍び込んだら、着替え中に出くわして!」
「ちょ、またパンツじゃないでしょうね。ネタかぶせてくるのやめてよね」
「まあ見てよ、意外な正体が!」
 画面の中には、きょとんとした顔つきの鹿瀬蔵人がいた。
「いやー、びっくりしたなー、僕、てっきりマイティの正体は蔵木さんだと……」
「……」
 誤解だ。
 誤解だけど、なんかもう説明するのも疲れるからもういいや、と縁は疲れた顔でビデオをPに返した。
「あれ、浅間さん、あの人だかりなんでしょう?」
 七瀬が言った。
 なにやら人が集まっている。
 取材記者のさがで、彼女はその催しをのぞきこもうとする。
「なにやってるんですか?」
「パン食いクイズ大会だって」
「パン食い……?」
「早押しクイズだけど、二人ひと組でひとりが早押しのかわりにパンを食べ終わったら回答権が得られるっていうね。今、米露対決で盛り上がってるとこ」
「米露……」
 そのキーワードでなんとなく出オチ的に知れてしまったが、念のために人ごみをかきわけてて前列に出てみると、案の定、そこには口いっぱいにパンを詰め込みながらにらみあっているジェフリー・ノーマンとケイ・シー・ストラがいた。
 ふたりの前には山のようなパンが積まれている。どこからこんな無尽蔵にパンが供給されているのか知らないが、とにかく、ふたりはひたすら、闘争心むき出してパンを食っていた。
 回答席にいるのはクレイジー・ティーチャーとリゲイル・ジブリールである。
 CT&ノーマンがアメリカチームで、リゲイル&ストラがロシアチームということらしい。
 もとはといえばリゲイルがストラを文化祭に連れ出したのだ。彼女なりに、早く銀幕市になじんでもらいたいという親切心があったようだ。しかし、ノーマン小隊の屋台と行き当たってしまった。あとはお約束の展開である。
 それがなんでこんな珍妙な企画になったかというと、たまたま屋台で立ち話をしていたクレイジー・ティーチャーの発案と、ただそこに大量のパンがあったからである。
「次の問題です。パラマウント映画のオープニングロゴに使用されている山のモデルになったとされているのは、北米の――」
「!」
 ストラが両頬をぱんぱんにして、力強く拳を振り上げた。
「はい、ロシアチーム」
「ええと……マッキンレー?」
「……ですが、マッキンレーに日本人として初登頂したのは誰?」
「うそ、ひっかけ問題!? だ、誰だっけ……」
「残念! アメリカチームに回答権が移ります」
「エート……。……ウエムラナオキ?」
「惜しい! それは対策課の人です!」
「知らないよそんなの! もっとアメリカ人にわかりやすい問題にしてくれなきゃ!!」
 クレイジー・ティーチャー、逆ギレ。
 その後、ノーマン少尉がパンを喉に詰まらせて顔色が紫色になったり、それで食べる役を交替したら運悪くその時に限ってピーマンパン(?)が出てCTが死にかけたりした。
「アレさえなければボクももうちょっと頑張れたんだケドなァ! ……エ? ストラとノーマン? アア、二人とも食べ過ぎて仲良く保健室に運ばれてったヨー、テンション上げすぎちゃったみたいだネ! ミンナも注意するヨーニ!」
 のちに、クレイジー・ティーチャーはそのように語った。

「どうかしましたかー?」
 カメラ片手に校内をうろつき回っていた真山壱は、案内板の前で立ち尽くしているルークレイル・ブラックに声をかける。
「……この案内図を描いたのは誰だ。縮尺は上下左右で違う。現在地が明確になっていない。建物の形が変だ。そもそも方位がよく分からない。これでは案内になって――」
 ああ、つまり迷子か……と納得した壱は、
「まあまあ、あてどなくうろつきまわるのも、楽しいもんだよ。さあ、せっかくだから笑って?」
 と、ファインダーを覗き込む。
 この日、彼は何枚の写真を撮っただろう。
 珍事もハプニングも、ほんの些細な出来事も――きっとすべてひとしく、思い出になる。
 写真を見返せば、誰もが、この冬の一日のことを微笑ましく思い出せるはずだ。

(了)


クリエイターコメント

大変、おまたせいたしました。
『【遅れてきた文化祭】冬晴れの空の下』をお届けします。
ヒーローショウを中心に、文化祭全般を俯瞰する内容でしたので、空気感が伝わればいいなと思っています。

なお、実はお一方だけ本文中にはお名前もなく登場されてない方がいるのですが、その方がいらっしゃる証はきっちりと描かれています。

それと、クイズの正解は「植村直己」さんでした。

公開日時2009-01-10(土) 22:30
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