★ ケイン・ザ・サーカスにいらっしゃい ★
<オープニング>

 9月も半ばに入ったある日、にわかに銀幕市ミッドタウンの大通りが騒がしくなった。
 微妙に調子っぱずれなブラスバンドの演奏と、なんだかおぼつかない足取りのパレードが、道路を占拠して練り歩きだしたのだ。町のどこかがいきなり騒がしくなってすぐに静かになるというのは、銀幕市ではよくある光景なので、ドライバーや歩行者の反応も慣れたものである。
 しかし人々は、今日の突然のパレードを見たとき、ちょっとだけ目を見張った。
 バンドも含めて、練り歩く人々は、みんなゾンビやモンスターだったからだ。ゾンビはビラをまいている。先頭をノリノリで飛び跳ねながら歩いているのは太っちょのピエロ。
「おいおい、ケイン・ザ・クラウンだよ」
「なにそれ」
「『ザッツ・カンニバルサーカス』のケイン・ザ・クラウンだってば」
 パレードの正体は、ディープなスプラッターマニアしか知らないような映画から実体化したものだった。
 玉乗りの玉のような体格のピエロは、ケイン・ザ・クラウンという人喰いモンスターだ。地獄から来た悪魔らしいが、映画がなにぶんB級なので設定がイマイチ作りこまれていない。怪しいサーカス団を率いてアメリカの田舎町を渡り歩き、真夜中にこっそりサーカスショーを見に行った子供やティーンエイジャーをさらって喰ってしまうのだ。
「さァーさァー寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ドウジ親分のお墨付きだよ、ゲッヘッへ。ケイン・ザ・サーカス始まるよぉ。デッヘッヘ、取って喰ったりなんかしないから、さァさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
 耳まで裂けた口から牙が見えることをのぞけば、その体格や真昼間の明るさのせいもあって、わりと愛嬌がある姿のピエロだ。笑い方もちょっと下品なのだが、顔はいたってにこやかだ。ゾンビたちも子供には風船やアメを配り、大人にはビラとポケットティッシュを渡している。
 ビラには、ケイン・ザ・サーカスの詳細が記され、末尾には『主催:悪役会』『代表責任者:竹川導次』と仰々しく印刷されていた。
 巨大なサーカステントは、銀コミも終わって落ち着きを取り戻した銀幕市記念公園に、一夜にして築かれていた。テントの外にはゾンビ馬やゾンビ犬、得体の知れないモンスターとのふれあいコーナーも設けられているし、黒い馬ばかりの小さなメリーゴーラウンドもあった。食べ物を売る屋台やワゴンも並んでいるが、こちらは衛生面を考慮したのか、店番はゾンビではなく半魚人やリザードマンだ。
 パレードはまったくのサプライズで、対策課に事前の届出もなかったのだが、その日の夜になってから、竹川導次とケイン・ザ・クラウンが市役所を訪れた。
「ケインは確かに映画じゃ人喰いのクソッタレだが、このとおり、銀幕市じゃ俺の下で大人しゅうしとるんや」
「へえへ、そらもう、ほんまにおとなしゅうしてますわ、ゲヘヘ」
 ケインは田舎訛りなのかドウジの関西弁が移ったのかよくわからない口調で、やっぱり、笑い方がちょっと下品だった。
「実体化してからしばらく、ディスペアーやらレヴィアタンやらで町が物騒やったが、今はちゃうやろ。ようわからんマンガ売ったりカレー作ったりしとる。えらい平和や。サーカスやっても問題ないやろ。ただまあ、ただのサーカス団じゃあねえからな。俺と悪役会がウシロだってぇこと、対策課からもひとつ伝えたってくれ」
「だんな、あたしゃ人なんか喰っちゃいませんぜ。チキンとビフテキばっか食ってますだ、デヘヘ」
「時期を考えてくださったなんて、お気を遣わせてしまったようで恐縮ですよ。ここでは、殺人鬼や吸血鬼の方々だって、TPOをわきまえて普通に生活してらっしゃいます。映画では悪役だった方も、竹川さんのおかげでまとまってますし。わざわざ届け出てくれるなんて、助かります」
 対応した植村はニコニコしていた。
「ビラは対策課の掲示板にも貼り出しておきますね」
「あっ、いやァそりゃどうもどうも、ありがてえ。デヘ。んじゃ、ちょっとウチのズミズが呼んでますんで、あたしゃお先に失礼しますわ。ゲハハハハ」
 ケインは真っ青な皮膚の手で植村とガッチリ握手し、ゲハゲハ笑いながら出て行った。しかし、ドウジはまだ座ったままだ。立ってケインを見送っていた植村だったが、ドウジに手招きされて、彼の向かいに座った。
「……で、これはそんな大っぴらにしてほしゅうない頼みなんやがな」
「はい」
「警備員を集めたってくれや。ウチでも出すが、顔の悪いのが大方やさかい、せっかくのサーカスがものものしゅうなるやろ。さりげなく警戒できる腕利きを頼むわ。サーカスチケットと……コレもやるさかいな」
 ドウジが人差し指と親指でマルを作っていた。
「それはいいですけど、どうしてまた、コソコソと」
「まア、そりゃこっちの都合や」
 ドウジはうっすらと笑った。しかし、その隻眼が笑っていなかったので、植村は追求しないことにした。これ以上首を突っ込んだら、仁侠映画よろしく、消されそうな雰囲気だったから。

 『ケイン・ザ・クラウンのサーカスショー見参!

  去りゆく夏に別れを告げて 収穫の秋を迎えましょう
  メンバーからもらった風船を持参の方はチケット300円引き!
  半分くさった動物とふれあうコーナーもあります(かまないからだいじょうぶ!)
  お誘い合わせのうえ、銀幕記念公園までおこしください』

種別名パーティシナリオ 管理番号732
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
クリエイターコメントこんばんは、龍司郎です。初のパーティーノベルを引っさげてまいりました。
ゾンビやモンスターだらけのサーカスが銀幕市で催されます。団長ケイン・ザ・クラウン以下サーカス団員は全員悪役会に所属しており、人畜無害です。不死身の団員ならではの豪快かつ大胆なショーをお楽しみください。
なお、このシナリオには以下のルールがありますので、参加をご検討の方は一読お願いします。


・サーカスは9月13日〜15日の連休中に開催されるという設定です。ノベルで描写するのは最終日15日の出来事です。3日間連続でサーカスを堪能したということにしてもかまいません。

・行動パートをひとつ選び、プレイングの頭に必ず【A】か【B】と明記してください。

【A】パート
大テントでのサーカスを楽しみます。サーカスの演目はオーソドックスな内容ばかりですが、人外ショーなので迫力があるハズ。テントの外には売店や無害なモンスターとのふれあいコーナー、小さいメリーゴーラウンドなども設置されています。家族や友人と楽しい時間を過ごしたい方はこちら。プレイングはできるかぎり採用します。
---!重要!---
こちらのパートで参加される方は、末尾に00〜99までの任意の二桁の数字を必ずご記入ください。不肖私龍司郎が10面ダイスを2個振ります。出目とその数字が近かったPCさんにはきっとサプライズな出来事が起こるでしょう。

【B】パート
サーカスの警備にあたります。こちらは対策課を通しての依頼ではなく、悪役会からの依頼です。ドウジは用心深いせいか何かを警戒しているようですが、大げさな警備はしたくないようです。こちらのパートはプレイングに対して若干の判定を行います。
ドウジが警戒する理由を探るもよし、ケイン・ザ・クラウンについて調べるのもよし。けっこう自由度は高いですが、肝心の警備を怠ると、やっぱりサプライズな出来事が起こるかもしれません。

それでは、PCさんもPLさんもドキドキハラハラな一夜をお楽しみ下さい! ゲッヘッヘ。

参加者
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
ジャック=オー・ロビン(cxpu4312) ムービースター 男 25歳 切り裂き魔
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
ラルス・クレメンス(cnwf9576) ムービースター 男 31歳 DP警官
チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
ミサギ・スミハラ(cbnd9321) ムービースター 男 25歳 生体兵器(No.413)
エディ・クラーク(czwx2833) ムービースター 男 23歳 ダンサー
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
アルヴェス(cnyz2359) ムービースター 男 6歳 見世物小屋・水操士
ルヴィット・シャナターン(cbpz3713) ムービースター 男 20歳 見世物小屋・道化師
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
小式 望美(cvfv2382) ムービースター 女 14歳 フェアリーナイト
柊木 芳隆(cmzm6012) ムービースター 男 56歳 警察官
クラウス・ノイマン(cnyx1976) ムービースター 男 28歳 混血の陣使い
佐々原 栞(cwya3662) ムービースター 女 12歳 自縛霊
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
メルヴィン・ザ・グラファイト(chyr8083) ムービースター 男 63歳 老紳士/竜の化身
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
ヤシャ・ラズワード(crch2381) ムービースター 男 11歳 ギャリック海賊団
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
アスラ・ラズワード(crap4768) ムービースター 男 16歳 ギャリック海賊団
ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
夜乃 日黄泉(ceev8569) ムービースター 女 27歳 エージェント
本陣 雷汰(cbsz6399) エキストラ 男 31歳 戦争カメラマン
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
フレイド・ギーナ(curu4386) ムービースター 男 51歳 殺人鬼を殺した男
犬神警部(cshm8352) ムービースター 男 46歳 警視庁捜査一課警部
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
秋津 戒斗(ctdu8925) ムービーファン 男 17歳 学生/俳優の卵
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
<ノベル>

 銀幕市における9月中旬の連休は賑やかなものになった。ケイン・ザ・サーカスの存在があったからだ。よく言えば賑やかであり……悪く言えば、騒々しかった。


 銀幕平和記念公園にて3日間開催されたサーカスは連日盛況で、最終日ともなれば大盛況となった。
 大テントで催されるサーカスショーはもちろんだが、意外と市民に人気なのは「半分くさった動物」とふれあえるコーナーだった。すっかり非現実に耐性がついた市民は、ちょっとやそっとの異臭や、飛び出した眼球や骨、内臓の一部になど、あまり動じない。……ドン引きしたり、泣き出したりする市民も少なくないが。
「望美ぃ、服と髪すっごい状態だよ……」
「おすわり! お手! わー、いいこいいこ! きしょいけどおりこうだねっ」
 連れの部活仲間の一部をドン引きさせながらも、古式望美はドロドロになるまでゾンビ犬や半分溶解した謎の生物とふれあっていた。
「うん、おりこーおりこーだ!」
 望美の横では、アレグラがやっぱりドロドロになっていた。彼は3日間サーカスに通いつづけて、犬やモンスターにもすっかりなつかれている。
「アレグラ君! ほら、そこの君も。こっちを向いてみたまえ」
 望美とアレグラが振り返ると、真船恭一が満面の笑みでデジカメを構えていた。
 彼が収めた写真には、アレグラと望美の笑顔だけではなく、同じようにゾンビ犬とたわむれる七海遥の姿と、ドン引きしている市民の顔も片隅に入っていた。引いている市民の中には、秋津戒斗もいた。従妹の遥が腐ったモンスターを「カワイイ」と断言していることが信じられずにいる。
「ほらほらっ、コレすっごいカワイイ」
「いや……それ、腐ってるし……ちゃんと手洗えよ」
「もー、潔癖なんだから。いいなー、うちでも一匹飼えないかなぁ」
「ハァ!?」
「おっと、そろそろ開場の時間だ。アレグラ君、そろそろ来たまえ! 今日こそは真正面の席に座らねば」
 真船の声に、アレグラのみならず、望美や遥もハッとした。
「おう、今日こそまっしょうめん座る!」
 サーカステントの出入り口の照明はチカチカとにぎやかにまたたき、人が並び始めていた。
「ぱ、ぱぱ……あのひと、かおがはんぶんホネになってるよ」
 人の多さとゾンビの団員に、ルウは終始ビクビクしている。シャノンの身体にしがみついたまま離れようとしなかった。
この調子でサーカスを楽しんでもらえるだろうかと、シャノンは苦笑いしながら、列に並ぶ前にワゴンや出店に向かって、先に記念品を買い求めた。


 竹川導次は、終日ではないが、3日間ともサーカス会場に姿を見せていた。
「さりげなくやってくれ言うたが、まアええか」
 ドウジは警備員たちが集まる『警備本部』を見て苦笑いした。会場の片隅の集会用テントがその本部なのだが、サマリスがものものしい機材を多数運びこんでいて、柊木芳隆や犬神警部をはじめとした警備員たちが出入りしているので、そこだけ空気が違って見える。
 ドウジのボヤキを聞き、ドーナツ販売員に扮した(とは言っても、ちゃんと毒々しいドーナツを売り歩いている)リカ・ヴォリンスカヤが軽く反論する。
「ちゃんとさりげなく警備してるヒトもいるわよ。わたしとか」
「せやな。で、問題ないか?」
「今のところはね。だから、気になることがあるの」
「何や?」
「親分が何を気に病んでいらっしゃるのか、でさ」
 す、と音もなくドウジとリカの前に侠客が現れる。リカと同じく、喧騒にまぎれて警戒している旋風の清左だ。ドウジは頷くと、煙管の灰を落とし、ふたりを物陰に導いた。
「ケインのところに、脅迫状が届いとるんや」
 ドウジは懐から一枚の紙を取り出した。新聞や雑誌の文字を切り張りした原稿をコピーした、オーソドックスなものだ。

『マグスはマグスらしくしろ
 ガキをさらえ ガキを殺せ ガキを食え
 それでこそのケイン・ザ・クラウン
 貴様がマグスの役目を放棄しても
 我々は最期までマグスのままだ』

「なんだ。親分はそんなもの気にしてたのか」
 ヘンリー・ローズウッドの声がこの場に割りこんできた。彼はいつでも神出鬼没だ。ドウジはしかつめらしい顔をヘンリーに向けた。対してヘンリーは、ステッキをクルクル回しながら人を食ったような笑みを浮かべている。
「親分。この、『まぐす』ってぇのは一体何なんです?」
「ハーメルンの笛吹きの正体さ」
 ドウジのかわりに、ヘンリーが答える。しかし江戸の侠客たる清左には、その答えすらナゾだった。
「子供をさらって山に閉じ込めちゃったっていうクソッタレのこと」
 リカが肩をすくめて補足する。
「成程、合点がいった。今、銀幕市にゃあ、子供をさらおうとする輩がいるってぇこった」
「なんだ。わたしはてっきり、フランキーのことを気にしてるんだと思ってたわ」
 リカがその名前を口にすると、ヘンリーの笑みが大きくなり、ドウジの表情が少し曇った。
「脅迫状、か。イベントへの抗議はつきものだが、さて……」
 ドウジたちの会話を、ルークレイル・ブラックが聞いていた。警備中道に迷って偶然彼らのやり取りにぶつかっただけで、盗み聞きするためにうろついていたわけではない。しかしこれで、団員や悪役会会員たちの話を拾う理由ができた。


「コンティネント絡みだと睨んでたんだけれど、微妙に外したかもしれないなぁ」
 柊木秀隆はサーカステントの入口にいた。そろそろショーが始まるので、人の出入りが激しくなっている。人の流れに目を配りながら、柊木はインカムで警備本部と連絡を取っていた。
「団員さんの話だと、ヘンな脅迫状が届いてたらしいよ。表沙汰にしていればこんなに人は入らなかっただろうねぇ。竹川くんとケインくんの気持ちもわかるけどなぁ……ん?」
 柊木の目にとまったのは、露骨にウンザリした顔でテントに客を誘導しているフレイド・ギーナだ。彼は柊木と同じく警備員として雇われたのだが、連日非常にヤル気がなく、柊木は彼がサボっているのを何回も見た。
「フレイドくん、それは警備員の仕事じゃないよぉ」
「あぁ、そう言ったんだけどね。まったく、誰かが律儀にワタシの仕事ぶりを報告したらしくて、今日はコレを持たされたよ」
 フレイドはピコピコと青や緑に色が変わる誘導棒をちらつかせた。
「アヤシイ人がいたらすぐ知らせてねー」
「……そこら中アヤシイやつらばかりでね、お役に立てるかどうか」
「うわー! お、押さないで!」
「オイそこのメガネ横入りすんなよ」
「ちがいますよ横入りじゃないですよ、僕は警備員ですぅっ」
 あわれな叫び声が行列の中で上がった。フレイドと柊木は声の主を見る。クラスメイトPだ。どうしてよりにもよって彼が警備員をやっているのだろう、とふたりは同じことを考えていた。
 たぶん成り行きに「巻きこまれた」のだろうけれど。


 最終日の大テントは満員御礼。ものすごい熱気と喧騒だ。
 サーカス団員やモンスターの半分くさった体臭が、キャラメルやクリームの甘い香りでごまかされている。座席の間をフラフラ歩きながら、ゾンビ団員が風船やお菓子を無料で配っていた。
 テント内を照らしていた照明がゆっくりと明度を下げていき、喧騒は低いどよめきに変わっていく。ステージに向けられたスポットライトだけが煌々と明るい。
「わ、ねぇねぇ、はじまる? はじまる?」
「シー。シーだよ、アルヴェス」
 今にもピョンピョン跳ねだしそうなアルヴェスを、付き添いの神龍命がなだめる。とは言うものの、命の視線もステージに釘付けだった。食べかけの肉まんは食べかけのまま、持っていることも忘れている。握ったアルヴェスの手だけは離していなかったけれど。
「どんなのかなぁ、みせもの小屋とはちがうよね?」
「似てはいるんじゃないかな。参考になるかもしれないよ」
「お姉ちゃん、べんきょうするつもり? せっかくのサーカスなのにぃ。ルヴィットさんも、おしごとでサーカスのおまもりするって言うしー」
「え……? アイツも来てたの? 知らなかった」
「あぁっ! ナイショだって言われてたんだぁ、どうしよう……」
「アハハ。いいよ、聞かなかったことにするから。――あ、始まるみたい!」
 ぼむっ、とステージ中央で小さな爆発が起こった。銀紙ふぶきの中から、丸々とした体躯のピエロ――ケイン・ザ・クラウンが現れて、会場が拍手で沸いた。
「おんやまあ! 本日は満員御礼ですかい、デッヘッヘ。ありがとうごぜえますだよ。いやあしかしお子さんが多いね、この町の人たちは肝っ玉がすわってるよ。大事な大事なお子さんを、このケイン・ザ・クラウンの前に並べちゃうんだからね。ゲヘヘヘヘ! しかもこのサーカスの内容は、お子さんにはちいっとばかし刺激が強いような気がすんだけんども。まあいいか。泣いても笑っても今夜が我がサーカス最終日ですだ。楽しんでってもらいましょうか、ぶわははははは!」
 ぼんっ、と再び爆発。今度飛び散ったのは真っ赤な血飛沫。ケインの身体がバラバラに吹っ飛んでしまった。
 ケインのサーカスが今日で初めてという客は目を点にしたり悲鳴を上げたりしていたが、「またかよ」「やっぱり」と言いながらどっと笑う観客も多い。バラバラになったのにケインの下品な笑い声は続いていたし、ゾンビピエロたちがわらわら出てきて、バラバラになったケインのパーツを冷静に拾い集め始めた。
「確かに刺激が強かったなあ」
 泣き出してしまった息子を抱えて、ギリアム・フーパーが苦笑いした。彼の隣では、殺人鬼のジェイク・ダーナーが無言でホットドッグを食べている。そしてジェイクの隣には、殺人鬼の友人をこのサーカスまで引きずってきた小日向悟が座っていて、幸せそうにニコニコしていた。座長がバラバラになった惨劇をわざわざオペラグラスで眺めている。
「やっぱり3日目も爆発したね、J君」
「……」
「あ、すごい! ホラホラ見て見て、すごいよ」
 ゾンビピエロたちは、フラフラおぼつかない足取りなのに、拾ったバラバラケインの部品で軽やかにジャグリングしながら、ノソノソとステージ裏に戻っていった。
 と思いきや、ジャグリングしていたゾンピピエロが全員フッ飛んだ。
「あらあら、ごめんなさァい」
 黒いトラと黒い馬の集団がいきなり現れたのだ。先頭を突っ走る黒いトラの背中には、ハデでセクシーな衣装の妙齢の女性が乗っていた。女王様……いやいやピエロのようなお化粧のせいですぐには彼女だとわからないが、女スパイの夜乃日黄泉だった。ピエロたちをフッ飛ばした黒い獣たちは、円形のステージになだれこんでくる。どれもこれも、普通のトラと馬ではなかった。地獄から呼び出された魔物なのだろうか、鼻から、目から、口の端から、ゴウゴウと炎を吹いていた。
「いろいろとー……なんか、すごい」
「……ほんとに」
 ベルの無表情はいつものことだ。彼を誘った朝霞須美も、圧倒されるあまり表情が飛んでしまっていた。
 恐ろしい風貌の炎の獣たちは、あわれなピエロたちを撥ねながら、ステージをグルグル回る。最初はただ回っていただけだったが、そのうち、宙返りや火の輪くぐりの芸を始めた。誰がいつ火の輪を設置したのか、観客は知らない。皆、炎の獣の動きに気を取られていたり、呆気に取られていたりしていたから。
「うまいもんだねー。シッポの毛1本焦げてないもん」
「……ほんとに」
「すごいなー。ねー、セバンはどうして誘わなかったのー?」
「……ほんとに、ね」
 須美の表情が、ほんのちょっと動いた。目の前で繰り広げられるショーは迫力満点だ。ベルは無表情だが、いつもより声の調子が高い。彼なりに楽しんでいる。須美も楽しんでいるつもりだった。前もってテント前の売店で買っておいたお土産に、須美はチラリと目を落とす。
 レドメネランテ・スノウィスとベアトリクス・ルヴェンガルドのふたりの子供は、熱い炎がボワッと大きく噴き上がるたびに、軽く飛び上がっていた。思わず手を握り合ったり、抱きつきかけたりすることもあった。ふたりの世話役をつとめるシュウ・アルガは隣の席にいたが、ステージよりも(特にビイの)反応を見てニヤニヤしている。
「す、すごい熱気だなぁ。でもみんなちゃんと言うこと聞いてるんだ。えらいね」
「フン。従属の魔法をかければわけないことだ。こ、この程度で余の心胆は揺るがぬぞ」
「そのわりには軽くのけぞってますけど? 陛下」
「だだ、黙れ!」
「あれ? あのコだけは言うこと聞いてないや。どうしたんだろ?」
 獣の中にはトラともクマともオオカミとも言えない異形の獣が一頭混じっていたが、かれだけはいつの間にか現れていた調教師の指示に従わなかった。ステージを何周かしたあと、かれは半分くさった調教師に、「コレでいいか、チクショウめ」と吐き捨てると、さっさとステージから退場した。かれは獣ではなく、獣化したDP警官だった。警備に当たっていたはずのラルス・クレメンスなのだが、何の手違いか、ステージに立たされることになってしまったらしい。
 ラルスと入れ違いに、目がひとつなくなっているゾンビ(顔は白塗りならぬ緑塗り)がヨタヨタステージに現れた。おぼつかない足取りなのに、ちゃんと走り回る獣たちをよけている。獣が跳び越えているのか、ピエロがたくみにかわしているのか。これもワザのひとつなのかもしれない。
「キャー、あぶねぇ、あぶねぇってばあのピエロ! バカじゃねぇの、ねぇバカなのっ!? またバラバラになっちまうよっキャー!」
「ぅるっせぇよ、女みたいな悲鳴上げるなって!」
「ぅもがっ、ももももぐがっ」
 ケトはショーが始まってからキャーキャー叫びっぱなしのビビリっぱなしで、チェスター・シェフィールドは、彼を連れてきたことをちょっと後悔した。そして、叫び続けるケトの口をとうとう手でふさいでしまった。
 ケトの心配をよそに、緑色の顔をしたピエロはステージの中央に立って、おもむろに風船を取り出した。獣たちが走り回る中、無言で「注目!」と言いたげなジェスチャーを見せ、真っ赤な風船を膨らませ始めた。
 風船は大きく大きく、信じられないくらい大きく膨らんでいく。トノサマガエルのように頬をふくらませたピエロの顔は、血も通っていないはずなのに、紫色に変色してきている。
 風船はあれよあれよと言う間に直径10メートルくらいになってしまった。
 ピエロは気合を入れすぎたらしい。
 スポン! とコルク栓のような音を立てて、片方だけの目玉が飛んだ。
 チェスターに口を押さえられたままだったケトが、「へぐっ」と息を呑んだあと、へなへな座席から崩れ落ちる。
「お、おいコラ、バカ死ぬな!」
 ケトくらいショックを受けた客は少数にしろ、今のブラックすぎるジョークで笑っている者は少なかった。それこそ、最前列の席を陣取るクレイジー・ティーチャーくらいだ。他はたいがい笑みが引きつっているか、巨大すぎる風船に気をとられているかだった。
 ピエロの眼窩から飛び出した目玉は、膝や手を叩きまくって大笑いしているクレイジー・ティーチャーの席のほうへ飛んでいく。
「WOW!? オオッ、コレはもらっとかなくっちゃアア――」
「いただきですわっっ!」
「ホわっ」
 ホームランボールよろしくキャッチしようとしたCTだったが、思いがけず近くの席から飛び出してきたファーマ・シストのタックルを食らってよろめいた。ゾンビの目玉は、ファーマが掲げた薬ビンの中に、見事にスッポリおさまった。
「アアーッ、ずるいヨずるいヨ、まるでボクの胸に飛びこもうってイキオイで飛んできたのにィ」
「でも受け止めたのはわたくしですわ。わたくし、以前からリビングデッド生成の秘法に興味がございましたの。ああ、ゾンビ犬の血もいただきましたけれど、これも素晴らしいサンプルになりそうですわね」
「ううゥ……そ、その研究、ボクもやりたいィっ……!」
 キイーッ、とハンカチ……ではなく隣の観客の服の裾を噛むクレイジー・ティーチャーと、薬ビンにうっとりほっぺたをくっつけるファーマ・シスト。そんなふたりも、次の瞬間の歓声で、サッと顔をステージに戻していた。
 ピエロが膨らませた風船の上に、鋭い爪の獣が飛び乗って、その背にケイン・ザ・クラウンが飛び乗っていた。ケインがいつ復活したのか、やはり誰も知らない。ゴムの風船の上に獣と太っちょが乗って割れない理由も完全にナゾだ。
「ブラボー! まるでマジックだ!」
 ファーマのそばでひときわ大きく歓声を上げたのは、エディ・クラークだった。
「しかし、さすがにキャストが不死身で魔法も使えるんじゃ、真似して実践はできないよなあ」
「……もうこれサーカスじゃなくてマジックショーでよくね?」
 エディの隣の席の梛織が、とうとうツッコミを入れた。
「サーカスとマジックって違うよな? あれ、同じか? いや違うよな……つーかいろいろありえねーぞこのサーカス団……」
「おー、じゃあおまえ、ステージ行って正しいサーカス芸見せてくれよ。できるんだよナ! 梛織サマは! いやぁやっぱ天才だ」
 すかさず梛織のツッコミに割りこんだクライシスが、がっしと梛織の腕をつかむ。
「ちょっ、誰がそんなこと言った、誰が!」
「すいませーん! すいませーん、コイツがショーに飛び入り参加したいってー」
「うわバカバカやめろバカ、死ぬだろ! アレは! あのショーはっ!」
 つかんだ梛織の腕をクライシスがぶんぶん振りまくり、ステージ上のケインと日黄泉の視線がチラリとふたりに向けられる。
 ケインが乗っていた獣が、風船を割った。赤や銀の紙ふぶきが大量に飛び散り、観客席にまで降り注ぐ。最前列の観客などは、ステージが見えなくなるくらいの紙ふぶきを浴びた。
「わ、すごい。細かい、これ。かわいいし」
 最前列の席で、降ってきた紙ふぶきを手に取って、二階堂美樹が顔をほころばせた。紙ふぶきの一枚一枚に、ケインの顔が印刷されている。よく見れば、ケイン以外のゾンビピエロやモンスターの顔が印刷されたものもあるようだ。彼女のまわりの席は子供が多くて、紙ふぶきを集める子供たちの歓声が響きわたっていた。そんな子供たちの中では存在感がありすぎる体格のレオ・ガレジスタも、前列の席で口を開けて紙ふぶきが舞うのを見ていた。
 やがて紙ふぶきの目くらましから観客たちの視界が回復したが、梛織とクライシスの視界はでかい物体にさえぎられたままだった。何かと思えば、ステージ上にいたはずのケインだ。
「ゲヘヘ、お客さん、お手伝いしてくださるそうで。デヘヘヘヘ、次の演目は我らが酔いどれドランクスのナイフ投げでごぜえますだ。ぜひぜひ的になっておくんなまし、ブヘ」
「はアァー!?」
「やるって言ってますコイツ。『ハア』はコイツの故郷(くに)で『ぜひやらせてください』って意味なんだよ。ナ!」
「バカ言うなおまっ……」
「よかったじゃないか! きみは選ばれたんだよ」
 クライシスが梛織を陥れるのはいつものことだったが、エディ・クラークはそんなことを知らなかったので、梛織をケインに明け渡すのを手伝ってしまった。梛織はジタバタ抵抗しながら、ケインと団員に連れられてステージに連行されていった。
「まるでイケニエだ」とレオ・ガレジスタ。傍観者だ。
「ナイフ投げは的役選びから始まるからな。見ばえも活きもよく、かつ無闇に動かない者でなければならない。これが実は難しい」とメルヴィン・ザ・グラファイト。無責任な解説者だ。子供たちはポカーンとしていたが、レオはメルヴィンの解説に深く納得してしまっていた。
 しかしイケニエにされそうになっているのは梛織だけではなかった。観客席に上がってきた日黄泉が、適当に目が合った男を手招きしている。
「お、俺っすか」
 シュウ・アルガだった。
「な、なにィ! シュウ、行ってはならぬ。行けば死ぬぞ!」
「し……シュウ先生ならきっと大丈夫だよ。ですよね」
「う、うう……期待されるやら誘惑されるやら心配されるやら……でもここは行かなきゃ損だよな! うし!」
 日黄泉の太もものラインに目を奪われながら、ビイの制止もむなしく、シュウは立ち上がってステージに向かっていった。


 テント内の歓声は、外にも聞こえてくる。客は皆テント内に入ってしまっているので、敷地内を出歩いているのは警備員や団員だけだ。半分くさった動物とのふれあいコーナーや、軽食ワゴンの担当の団員たちは、掃除や仕込みを終えると暇そうにしている。
 ケイン・ザ・クラウン、そして彼に届いたという脅迫状。悪役会が直面している、派閥二分化の問題。警備員たちが気にかけていることはいくつもあった。
 警備本部の粗末なテントで、クラウス・ノイマン、ルークレイル・ブラックと香玖耶・アリシエートは休憩がてらに情報を交換していた。常駐しているサマリスは、ほぼ無言でかわされる情報をまとめている。
「ケインは『シロ』みたいだな」
「本当に? いや、見た目で判断はしたくないんだが」
「うーん、私も引っかかるところはあったんだけど、ケインは危なくないみたい。銀幕市(ここ)じゃ、殺人鬼がおとなしく暮らすことにそんなに深い意味ないのよね。誰かに危害を加えたら、アッと言う間に退治されちゃうから。それだけ」
 ワゴンで買ったコーヒーを飲む香玖耶の肩から、半透明の羽を生やした妖精のようなものが飛び立ち、風の中に消えていった。
「でも、悪役会の人たちは、何だか落ち着かないみたい。脅迫状のこと、だいぶ気にしてるわ」
「ケインさん……いい人。気になるの、フランキーさん……」
 不意に、暗い女の子の声が警備本部の中で響く。黄色い傘をいじりながら、佐々原栞が姿を現していた。その後ろから、何気ない足取りでルヴィット・シャナターンがついてくる。
「コンティネントか。俺も少し気になってたよ。ドウジと抗争中なんだって?」
 クラウスの言葉に、栞がふるふるとかぶりを振る。
「親分とフランキーさん、なかよし」
「そうかー? 悪役会の人たちのボヤキを聞くと、微妙に空気が悪くなってるみたいだったぞ」
「……。親分、言ってた。フランキーさんのいばしょ、わからないって……」
「それは珍しくもないことらしいのに、今回ばかりはなぜかドウジがソレを気にしてるというわけさ」
「ルヴィットさん、その顔、他にも何かわかったの?」
 香玖耶に指摘されたルヴィットの笑みが、ニイッと大きく広がった。
「『マグス』という表現をよく使う悪役が、最近実体化したそうだ。悪役会のメンバーと接触したらしいけれど、会員にはならずにすぐ消えてしまったらしいんだよ」
「わたしも、親分も……そんなひとしらない。会ってない」
「接触したメンバーというのが、どうやらフランキー派の悪役だったようだね」
「その情報はどこから?」
 サマリスがそこで初めて言葉を発した。
「なに、その辺の悪役っぽい人にちょっと本音を語ってもらったのさ」
「その悪役の名前や具体的な特徴はわかりますか」
「さあて……ワタシと話した彼も、又聞きのようだったからねえ……」
 沈黙。なぜか、重い沈黙だった。嫌な予感が、皆の足元を這った気がした。
 栞が呟く。
「ケインさん……いい人。サーカス、人気でて、とってもよろこんでる。……イヤなことおきるの、イヤ」
 サマリスの顔が、簡素な机の上のラップトップに向けられる。サーカスの敷地をワイヤーフレームで現したマップが表示され、赤い点がいくつも動いていた。点は警備員の位置を表している。大テント内で静止している点もいくつかあるが、ほとんどはテントの外に散在していた。そのうちのふたつが、ちょこちょこと大テントの裏側に入っていくのを、サマリスは見ていた。
 ふたつの点は、ヤシャとアスラ――ラズワード兄弟を示すものだった。


 観ている者がまるで安心できない、手に汗握るナイフ投げが辛くも無事に終わって、大テント内は拍手の渦にのまれた。酔いどれゾンビは死んでいるはずなのに本当に酔っぱらっていて、的にされた梛織とシュウの寿命を20年以上縮ませてくれた。ステージには梛織とシュウの黒髪が何本も落ちているし、シュウなどは頭を動かさなければ、確実に1本はまともにナイフを顔面に食らうところだった。
「ゲハハハハハ、酔いどれドランクスと勇気あるお二方に拍手、もっと拍手拍手! ウアハハハハハハ」
 梛織とシュウがヨロヨロ観客席に戻る間には、次の演目の空中ブランコの準備が整っていた。ネットが張られ、ステージ中央にはトランポリンが設置されている。
「えー、次なる空中ブランコに挑みますのはー――」
「あたしよっ! あたしの出番よおっ!」
 ヒラヒラでまっかっかの衣装……いや、彼女にとっては普段着であって衣装ではないのだが……そんな出で立ちのウサギが、観客席からステージに飛びこんだ。ケインがあからさまにギョッとしている。
 腰に手を当ててケインの正面に立ったのは、二足歩行のかわいいウサギ。
「……えーと、ウサギちゃん」
「レモンよ。もちろんやらせてくれるわよね?」
「あー、レモンちゃん。やっぱりそのねえ、空中ブランコは危険なんだな。ネットは張ってあるんだけんども」
「大丈夫! 華麗な空中三回転をキメてあげるわ」
「あ、あらららら」
 レモンは軽やかにハシゴに近づいていく。ケインはすぐに観客席に向き直って、大げさに肩をすくめてみせた。
「いやはやなんとも、さっきのお二方以上の肝っ玉かもしれねえだ! かわいいレモンちゃんに盛大な拍手を。デッヘヘヘ!」
 拍手、拍手。
 拍手の中で、なぜかハリセンの音も響く。二階堂美樹が、熱の入った声援を送っているのだ。
「レモーーーーーン! カッコイイよー! 輝いてるよーっ!」
 振り回されるハリセンに、周りの子供たちは引いた。レモンの勇姿を見て「勇気あるなー」と漏らしていたレオの顔とポップコーンのカップに、美樹のハリセンがクリーンヒットして、ものすごくイイ音が生まれた。
「空中ブランコは確かに危険だ、素人が手を出してはいけない。ナイフ投げの的とはワケが違う……」
 美樹の返すハリセンを、メルヴィンが相変わらず解説しながら、ヒョイとわけなくよけていた。


 大テント内では大きな拍手が上がっている。ケインの声はくぐもってしまって、舞台裏では何を言っているかよく聞こえない。
 ヤシャとアスラは、警備の仕事もそこそこに、サーカスの舞台裏にもぐりこんでいた。歓声と拍手の誘惑に負けてしまったのはヤシャのほうだ。兄アスラの制止もムダだった。アスラはヤシャのあとについていくしかなかった。夜の間狼になってしまう弟は、やんちゃぶりに拍車がかかる……ような気がする。ほうっておくわけにもいかなかった。
「ちぇー、ウラ側って意外とつまんねーのな。ステージの声も聞こえねーし」
「はいはい残念でした。ホラ、何か壊す前にサッサと出たほうがいいって」
「やっぱ火薬使うんだな。ニオイがプンプンする。どんな火薬使ってんのかな?」
「そんな危ないモンに興味持つなよ……」
「……あれ?」
 火薬のニオイに鼻をひくつかせて歩いていた、仔狼の姿のヤシャが、ふとその歩みをとめた。とたんに、ガタリと重い物音。
「誰だ?」
 そう言ってから、アスラは気がついた。団員がステージに出ているとは言っても、舞台裏は静かすぎた。海戦中の海賊船でも、全員が甲板に出るわけがない。華やかな舞台は、ウラで仕事をする者が支えているのだ。
 照明や舞台装置の係はいないのか?
 このサーカス団は怪しい魔法を使えるようだが、それにしても……。
「あっ」
 奥に進んだ兄弟は、そこでサーカスにふさわしくないものを見つけてしまった。
 ガスマスクをかぶり、アサルトライフルを構えた男たちだ。彼らは配電盤に細工をしているところだった。彼らの足元には、蜂の巣にされたゾンビが横たわっていた。
 そして、サーカス団員の薄汚れた制服も何着か脱ぎ散らかされている。
 ヤシャの鼻が、その服から立ちのぼる硝煙と血の匂いを嗅ぎ取った。彼らはずいぶん前から、紛れこんでいたのだ。ずっとサーカス団の中にいて、ゾンビやモンスターのふりをして……。
「――予定を繰り上げるぞ!」
 ガスマスクのひとりが、鋭い声で指示を出した。
「こちらチーム・ヴェーザー。ロケーションエリアを展開する!」
『チーム・オスター了解』


 突然。

 どぅん、とサーカステントを中心に走る、軽い衝撃。それはムービースターの誰かが、ロケーションエリアを展開した証拠だった。
 テント内の照明がすべて消えた。
 テントの中だけではなかった、銀幕平和記念公園のすべてが闇に包まれた。
 そして、硝煙の匂いと銃声、ものすごい土埃が、あたりを蹂躙していく。
 ヘリのローター音が聞こえる。だが、ヘリの姿はどこにもない。ただの音なのだろうか。しかし、この混乱は、本物だった。


 キャアッ、と天井に近いところからレモンの悲鳴。トランポリンが跳ねて、ネットに何かが引っかかる音。しかし誰も彼女の安否を確かめられなかった。一切の光がないのだ。隣人の顔さえわからない。
「わあっ、コリャなんだべなっ、誰だあ! 誰が照明落としたー!?」
 ケイン・ザ・クラウンのダミ声には、本物の焦りが含まれていた。
 観客の目が暗闇で慣れる前に、異変がたたみかけてくる。
「うわっ、ゲホッ、ゲホゲホッ!」
「なにコレ、なにコレゴホゴホゴホッ!」
 誰の声なのか、誰の咳なのかもわからない。テントの中で煙が発生したらしい。冷静な者もいるにはいたが、観客の大部分はパニックに陥った。
 銃声も聞こえる。悲鳴と叫び声に混じって、何語なのかもわからない言葉で、男が怒鳴っていた。
「な、なんだっ!? オイ、離せ……っ!」
 七海遥の席の隣にあったはずの、聞き慣れた声。秋津戒斗の声が、それっきり聞こえなくなった。
 ドラゴンの咆哮と火焔がテント内の叫び声と暗闇を引き裂く。
「落ち着いて! みんな落ち着いて、明かりをつけるわ!」
 日黄泉が、ゾンビドラゴンの背に立っている。ドラゴンは炎を吐き、テントの中を明るく照らしだした。
「こんなふうに火吹き芸を見せることになるなんて……」
 日黄泉は混乱を目の当たりにして、唇を噛んだ。
 分厚いテントが外側から切り裂かれ、外から風が吹きこむ。テントを切り裂いて即席の非常口を作ったのは、ジャック=オー・ロビン。この大混乱の中で笑ったのは彼くらいのものだろうか。彼にとって、目の前の惨劇は、期待していたものでしかなかった。だが、雇われている身として、仕事だけはきちんとやった。
「ホラ、こっちにも非常口があるよ」
 殺到、というほどでもないが、ジャックの開けた穴から、煙と一緒に観客が飛び出していく。その頃には、いち早く出入り口を開けたハンス・ヨーゼフとミサギ・スミハラが、人々を外へ誘導していた。ハンスは観客を装い、ミサギは団員を装って、テント内で警備していたのだ。
(ケイン・ザ・クラウンは何もしてない。たぶん本当に何も知らなかったんだろう)
 ハンスは事前にケインの身辺調査をしていたが、品行良性は確かなようだった。それに、ケインが無実だということにはちゃんと裏付けがある。
 ハンスには暗闇が通用しない。煙をたき、威嚇射撃しながらステージ裏から乗りこんできたのは、軍人のような姿の男たちだった。
「アンタ。ここハ頼んだ。オレは配電盤ヲ見てクる」
 どこからかサブマシンガンを取り出して、ミサギがハンスに言う。
 ハンスが答える前に、ミサギは舞台裏に向かって走りだしていた。と言うよりも、人々の頭上を軽々と飛び越えていった。


 程なくして照明が回復したが、混乱はまだ治まっていない。テントの外も煙まみれで、まるで戦場か、砂嵐の中のようだった。誰かが誰かを呼ぶ声が満ちあふれている。青褪め、泣いたり怒鳴ったりしながら、敷地内をウロウロする市民たち。誰のものなのかもわからないロケーションエリアは、未だに展開されたままらしい。
「……せっかく、サーカスは楽しいものだとわかってきたところだったのにな」
 ルウの肩を抱くシャノンの表情は固く、暗い。ルウは何も言わなかった。かすかに震えているばかりで、目もうつろだ。シャノンの言うとおり、彼はようやく、ケイン率いるサーカス団が、恐ろしいものではないと安心していたのに。
「カイちゃん! カイちゃん見なかった!? 誰か!」
 必死で従兄を探す遥の腕には、彼女のラベンダーカラーのバッキーと、戒斗のシトラスカラーのバッキーがいた。
 そんな中、ジェイクがひとりでドラム缶に腰かけているのを、犬神警部が見つけた。
「おお、無事だったか、ジェイク君」
「……悟が。……」
「そうだ、ヒナ君も一緒だったはずじゃないのか。開場前に見たぞ」
「……いないんだよ。どこにも。……連れて行かれたんじゃないかと、思う」
「なんだって!?」
「ああああああ。だいへんだあああああ」
 サーカス団員のゾンビが――腐った顔に白塗りのピエロメイクをしている――ヨタヨタとケイン・ザ・クラウンに近づいていく。
「がしらああ、ウザギざんがいないですだよおおお。ネットにゴレだけひっががっででえええ、ウザギざんがあああ」
 ゾンビピエロは、赤いリボンを振り回した。果敢にも空中ブランコに飛び入り参加した、ウサギのレモンのリボンに違いなかった。
「……いなくなってるヤツが、たくさんいるみたいだ……」
「なにいぃぃ、それなら犯人はヤツしかありえんではないかっ!」
 犬神警部の指が、ビシッとケイン・ザ・クラウンを指さす。
 太っちょピエロは呆然とその場にたたずんでいた。団員や警備員の声も聞こえていないようだ。
「……あんたがそう言うなら……アイツは犯人じゃないってことだな……」
「…………」
「ママ! ママー!」
「どこ行った、おーい!」
「誰か、誰か来て! 友達がケガしたの、誰か!」
「ああ……僕がいたせいかな……僕がみんなを巻きこんだのかな。うう……とんでもないことになっちゃったよ……!」
 グシャグシャと髪の毛をかき回して、クラスメイトPは皆と一緒に混乱していた。と、激しく誰かに肩をぶつけられて、まともに尻モチをついてしまった。
「あ、悪い!」
「い、いえ!」
「警備本部ってどっちだった!?」
「あ……、こ、こっちですっ」
 クラスメイトPにぶつかってきたのは、カメラマンの本陣雷汰だ。なぜかボロボロで、顔には殴られたあとまである。Pは彼の気迫に圧倒されながらも、警備本部に案内した。
「軍人みたいな連中だった! ヤツらがさらっていった!」
 警備本部に飛びこむなり、カメラを振りかざしながら雷汰が怒鳴った。彼は傷つきながらも、騒ぎの中で犯人の姿をとらえたのだった。犬神警部が、柊木が、彼のそばに駆け寄る。
「ヤツら、俺まで拉致ろうとしやがった、ちょっと暴れたらすぐにあきらめたみたいだったな。手際がいい。連中はプロだ」
「おーい! 捕まえたぞ!」
 クラウスの声に、警備員たちが走る。
 獣の姿のままのラルスが、ボロ雑巾の塊のようなものを踏みつけていた。それは、雷汰が言った特徴に合致する、軍人然とした男だ。クラウスがはぎ取ったガスマスクを持っている。
 ラルスに踏みつけられた男は、何も言わずに警備員たちを睨みつけていた。呼ばれたドウジがこの場に駆けつけ、男の顔を見たが、厳しい表情でかぶりを振る。
「知らん顔や」
 男はニヤリと笑った。そしていきなり、ガクリと首を垂れて動かなくなった。ラルスが足をどけ、クラウスが慌てて男の顔を覗きこむ。
「ああ、こいつ、毒を……」
 クラウスが言ったとたん、男の姿は一巻のフィルムに変わっていた。
 重苦しい沈黙。
 ドウジが顔を上げる。
 そこにヘンリーが立っていて、笑顔で……サーカスのビラをちらつかせていた。
『代表責任者:竹川導次』の項目を、トントンと指で指し示しながら。
 ふっ、とサーカスの上に夜空が戻ってきた。土埃と硝煙の匂いは、嘘のように消える。ロケーションエリアが展開され、騒動が起きてから、キッカリ30分が経ったのだ。


 そう、ケイン・ザ・サーカスは、よく言えば賑やかであり……悪く言えば、騒々しかったのだ。
 彼らがきっかけとなって訪れた騒動は、連休が過ぎても、まだ終わりそうになかった。
 いまだにサーカスから帰らない人すら、いるのだから。

クリエイターコメントそんなわけで、サプライズが起こりました。ゲッヘッヘ……。……さ、サプライズには違いないですよね!
ダイスの出目は47、55。この判定の結果、

・小日向悟(46)
・レモン(57)
・秋津戒斗(57)

以上3名様は、何者かによって拉致されたこととなりました。ナゾの武装集団によって誘拐されたのは他にも多数おりますが、警備員が予想よりも多かったこと、一部連携が取れていたことから、当初の予定よりも被害が少なくなっています(ダイス判定は3回の予定でしたが、2回になりました)。
それでも、さらわれた人は30名におよぶものとお考え下さい。

また、調査や情報収集の結果もノベル内に盛りこんでありますので、よく目を通していただけると今後の展開を有利に進められるハズです。

それでは、その今後の展開もヨロシクお願いします。
事務局さんが用意してくれた、なかなか面白い試みに続きますです。
公開日時2008-10-01(水) 18:00
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