★ Emergency oder 〜Fire After Fire〜 ★
<オープニング>

「さっきから同じことを言わせるな、事は一刻を争うのだ」
 東栄三郎は怒鳴っていた。
 先日、エキストラが逮捕された。
 それは、ムービーキラーに寄生されていたという。
 ゴールデングローブを装着していたが、それが発動した様子はないらしい。
 元々ゴールデングローブは、「一定以上にネガティヴパワーのレベルが高い領域」にいる間、自動的にそれを反発する力場を発生させ、ネガティヴパワーの影響を中和するというものである。発動しなかったという事は、その一定以上のレベルではなかった、ということだ。
 しかし、これは、そう、東が言う通り、一刻を争う事態なのだ。
「杵間山近辺に、ネガティヴパワーと思しき反応を発見した」
 息を呑む音が響く。東は続けた。
「場所はダウンタウン北。杵間連山の内の一つだ。強調しておくが、銀幕市平和記念公園とはまるで別の方角だぞ。杵間山の更に奧の山で……ええい、面倒な、アズマ山にしてやる」
 言って、東は地図を広げた。
 それは、かつて子供達が水風船を投げ回った事件の時のものである。東は集中した一点を指した。
「このアズマ山で、我々はネガティヴパワーと判断できる反応を発見した。反応は微弱から調査はしていたが公開はしなかった。しかし、ここ数ヶ月でその数値は活発に変動している」
 鞄から取り出したのは、よくわからない数字の羅列と折れ線グラフや円グラフなどがぎっしりと埋め尽くした紙束だ。さらにジャーナル紙を放る。
「先日の報告によれば、逮捕された女はキラーを発生させるに一役買っていたそうではないか。おまけにハングリーモンスターが徘徊している可能性もある。ますます急がねばならん」
 東は机を叩いた。
「開発した道具はすべて貸し出す。人員を掻き集めろ。杵間山ほどではないにしろ、我々だけでは手が足りん。ハングリーモンスターのこともあるし、警戒を怠るな。そして、ネガティヴパワーの根源を明らかにするのだ。ムービースターにはゴールデングローブを装着させる事を怠るなよ」
 市役所の人間がバタバタと駆けだしていく。東は倒れかかるようにソファに腰を下ろした。白い天井を見上げて、ふと鼻先を掠める香りがある。
「……焦臭い臭いと、似合わぬ花の香りか」
 ぽつりと呟く声に、振り返るものはいない。
 あれは。
「季節外れの月下美人」

 対策課では灰田汐と植村直紀が対応に追われていた。
 ムービーキラー憑きによるエキストラの殺人、そして逮捕。それは波紋のように広がって、更には東栄三郎による山の探索が追い打ちのように来たのだ。
 まだ、キラー憑きはいるんじゃないか。
 あの、放火魔は捕まったのか。
 押し寄せる波のような電話や人に、植村は両手を上げた。
「わかりました、アズマ山探索と同時に、銀幕市の巡回をしましょう」
 だが、目印は手の甲に現れる痣のみ。
 警察から何かしらの情報が得られるかと期待したが、どうやら警察もここと同じ状態らしい。まるで電話が繋がらなかった。直接に行けば、もしかしたら情報は得られるかもしれない。
「誰かが何かをしているという情報も今のところありません。けれど、こちらも危険なことには変わりはないかもしれません」
 けれど、警戒するに超した事はない。
 今の、こういった状況ならば、なおさらだ。
 植村は疲れ切った顔で頭を下げた。
「……よろしく、頼みます」

種別名パーティシナリオ 管理番号900
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
クリエイターコメント!注意!
このパーティーシナリオは「ボツあり」です。プレイングの内容によっては、ノベルで描写されないこともありますので、あらかじめご了承の上、ご参加ください。

こんばんは、年の瀬だというのに不穏なシナリオばかり提出する木原です。
これはもう「気まずいライター」を名乗るしかないな、と。
それは置いておくとして、此度のシナリオでは、二つの要素が入っています。
ご参加の方は、下記の三つから行動方針を選び、プレイングの頭に番号をご記入ください。

【1】アズマ山の探索
アズマ博士から出された緊急要請です。杵間連山の内の一山、博士がアズマ山とした山の探索です。ここに集積しているらしいネガティヴパワーの黒白をはっきりさせることになります。アズマ山には、神獣の森の温泉郷が近くにあります。

【2】銀幕市の巡回
対策課から出された依頼です。今、銀幕市にはムービーキラーやエキストラによる犯罪への不安が広がっています。銀幕市を巡回し、そうした姿を見せる事で市民の不安を和らげてあげてください。

【3】その他
上記二つ以外の「何かしらの行動」を起こしたい方は、こちらをお選びください。

どれも、場合によってはハングリーモンスターと遭遇するかもしれませんし、何かが起こってドンパチみたいなことになるかもしれません。心して掛かってください。
なお、ムービースターの方には必ずゴールデングローブを装着していただきますので、ご了承ください。

■プレイングの注意事項
□原則として「プレイングに書かれた内容のみ」、ノベルに反映します。キャラクター情報の設定欄などにこのシナリオの補足として書かれた「心情」「行動」「持ち物」などは反映されません。ご了承ください。
□今回はアズマ博士自身が依頼人ということもあり、研究所の全面的な協力があります。ファングッズはいくつでも持って行けます。ただし、ファングッズの性質上、同時に使えるのは1バッキー(1ファン)につき1コ(1種)だけです。
□交友関係につきましてのみ、ノートもしくはクリエイターコメント欄を参照いたします。
□【どこで】【どんな風に調査する】のか、ご明記ください。

それでは、どうぞ宜しくお願い致します。
※緊急要請という事で【募集期間が大変短くなっております】。ご了承ください。

参加者
エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
マイク・ランバス(cxsp8596) ムービースター 男 42歳 牧師
ヴェロニカ(csat8734) ムービーファン 女 33歳 女優・元傭兵
コーディ(cxxy1831) ムービースター 女 7歳 電脳イルカ
ユージン・ウォン(ctzx9881) ムービースター 男 43歳 黒社会組織の幹部
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
大教授ラーゴ(cspd4441) ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
続 那戯(ctvc3272) ムービーファン 男 32歳 山賊
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
リョウ・セレスタイト(cxdm4987) ムービースター 男 33歳 DP警官
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ラズライト・MSN057(cshm5860) ムービースター 男 25歳 <宵>の代行者
シルクルエル(cpac3895) ムービースター 女 17歳 <宵>の代行者
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
佐藤 きよ江(cscz9530) エキストラ 女 47歳 主婦
シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ルイーシャ・ドミニカム(czrd2271) ムービースター 女 10歳 バンパイアイーター
クロス(cfhm1859) ムービースター 男 26歳 神父
リディア・オルムランデ(cxrp5282) ムービースター 女 18歳 タルボス
ラルス・クレメンス(cnwf9576) ムービースター 男 31歳 DP警官
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
仲村 トオル(cdmc7442) ムービースター 男 25歳 詐欺師探偵
メリッサ・イトウ(ctmt6753) ムービースター 女 23歳 DP警官
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ベネット・サイズモア(cexb5241) ムービースター 男 33歳 DP警官
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
<ノベル>

「あーもーやり辛いったら!」
 仲村トオルは、市役所内の一室で頭を掻き毟った。もちろん、今の叫びは引き籠もってからの大きな独り言である。自らやり始めたとはいえ、膨大な資料と次々に入ってくる情報に泣きたくなってくる。しかし、文句をいう間もその手は資料を捲り、目は字を追う。トオルが今ここにいるのは、ただ一つ。
 この事件の、終着点が見たい。
 例えばあの大川内とプロセスが同じでも、自分が殺人だけは決してしないことは分かっている。それが本当に、大川内と同列のものなのかどうか、それを見極めたかった。
「……悪魔なんてものの後押しの有無は結構、大きいよ」
 また別室では、森砂美月が市内のカウンセラーのボランティアに声を掛け、電話相談を行っていた。それのお陰で対策課の負担は大幅に軽減され、対策課から歓迎されたのだ。美月はゆっくりとした口調で対応していく。赤沼の件は、同僚間でも話題になっていた。安定の為に排除対象を求める行為は、誰も居ない世界に行き着く。
 この事件の元凶は、何を考え、何を求めているのだろう?
「ネガティヴパワーですって? 前に出てきた化け魚がまた発生するっての? ほんっと腹立つわね、いいわ、何が出てこようが、余計な事始める前に全部ぶん殴ってやるんだから!」
 対策課で話を聞いていたシルクルエルは、美しい顔を不愉快に歪めて水晶を握り締めた。彼女はレヴィアタン討伐の最中に実体化したというムービースターだ。突然わけのわからない場所へ来て、またそれと同じような事が起こるかと思うと不安よりも怒りが沸き上がる。
「威勢の良い嬢ちゃんだなぁ。ま、何にも無かったら帰りに温泉でも行こうぜ!」
 がはは、と豪放に笑うのは赤城竜だ。ネガティヴゾーンかもしれない場所へと行くならば、こちらはポジティブに行くべきだ。もちろん緊張感を忘れはしないが、アズマ山へと向かう面々を見ればスターが多い。だからこそ竜は、場を和ませるよう努力した。
「アズマ、持ち歩ける計測器はないのかい。あんたはいかないんだろう」
 ヴェロニカはそんな竜を横目に、栄三郎へと顔を向けた。彼女はスチルショットの他に、アサルトライフル、拳銃を装備している。スチルショットとバッキーがいなければ、とてもファンには見えなかった。
「これを持って行け。持っていれば勝手に情報は送られる」
 栄三郎は言われなくても持たせるつもりだった、と無線機のような黒い箱を渡す。それをベルトに装着して、ヴェロニカはごった返した対策課を後にした。それにユージン・ウォン、シルクルエルと続き、竜は慌ててファングッズ全てを詰め込んだリュックを抱え、その背を追った。

 マイク・ランバスは、ラズライト・MSN057と共に銀幕市自然公園などの人の多い場所を中心に回っていた。話を聞くのはマイクに任せ、その間ラズライトは不審なものはないかとさり気なく警戒を続ける。
 マイクは声を掛けてくる者は拒むことなく、そこで立ち止まり話を聞いた。初めこそ不安をぼそりぼそりと呟く程度だったが、やがて激高する者もいる。
「お前達さえいなければ」
 マイクはただ黙って聞いていた。それが胸に刺さらなかったとは、言わない。しかし、吐き出される罵詈雑言も、ただただ黙って聞いていた。
「……ごめん」
 やがて、すべての不安を吐き出した者は小さく呟き、俯く。そこで初めて、マイクは口を開くのだ。
「貴方の不安は、ご尤もです。だから今、銀幕市に恩恵を受け、平穏を望む人たちが動いています」
 大丈夫ですよ。低い落ち着いた声の響きと微笑みに、人々はほっとしたような曖昧な笑みを浮かべて、頭を下げて行く。
「素晴らしいですね、ランバス様」
 ラズライトは赤い瞳を細めて微笑む。それにマイクは、一応牧師ですから、とまた微笑んだ。
「ラズライトさん程には、うまくいきませんけれども」
 そう彼のふっさりとした尻尾を撫で繰り回す少女に微笑むと、ラズライトは少し困ったような、しかし柔和な笑みを浮かべる。その肩では彼の司属霊シトリンが、愛らしい瞳で少女達に愛想を振りまいていた。

「これはまた派手な格好だな」
「そ、そうですか? 怖がらせないよう精一杯努力したつもりなんですが」
 ダウンタウン北の住宅街。王様は呆れ顔でランドルフ・トラウトを見上げた。王様が言うのも無理もない。何せランドルフは、覚醒形態に迷彩服という格好なのだ。筋骨隆々の巨大な鬼。奥様方など大層恐ろしがってしまいそうだ。しかしその首から前後に掛けられた看板に、王様は頭を掻くばかりだ。
 ──ただ今銀幕市巡回中! どんな些細な事でも気になる事がありましたらお気軽にどうぞ。なんでも相談に乗ります。
 これのお陰で拍子抜けしてしまうのか、今のところ悲鳴を上げられることはない。
「アレグラ、こういうの好きだぞ! 非戦闘員を安心させてやるのも軍人の麦だからな!」
「おお、なんということだ! わしのアレグラに好きなどと言わせるなど!」
 その横で悶絶するのは大教授ラーゴ。大事な我が子が楽しく遊べんのは我慢ならんと、市内巡回に参加したのだ。一方のアレグラは、「ネガティブゾーンに近寄っちゃダメ!」と周りからよってたかって言われ、今に至る。ラーゴと一緒になるつもりはなかったが、これもラーゴの愛の為せる技かばったりと会ってしまい、そのまま同行を余儀なくされたのだった。
 端から見ればなんとも奇妙な一行で、今この時だからこそ胡散臭さも倍増だったが、子供達がきゃっきゃとはしゃぎ回っているものだから、怒るに怒れず、結果として警戒心が薄れる事になった。
 それを眺め鷹揚に笑うのは岡田剣之進。おなごたちの不安を取り除くべく、彼もまたこの住宅街へと足を運んだのだ。子供達がランドルフや王様、アレグラとはしゃぎ回っている間、奥様方やおばあさま方と会話をするのは彼だ。不安そうな顔をする女性方に、剣之進は懇切丁寧にゆったりと語った。
「拙者らムービースターが、全てキラーになるわけではござらぬ。現に、そこなるランドルフ殿は彼の絶望の淵より彼のままで戻った猛者。そして何より、おなごを守るが我が使命と思う故」
 柔らかな笑みを心掛けると、奥様方もまたぎこちないながらも笑みを返す。それに、更に剣之進は笑みを深めた。
「うむ、やはりおなごは笑顔が最も美しい」
 そこへ、ふいにぱしゃりと青いメタリックボディのイルカが現れた。電子イルカのコーディだ。コーディはきょるりと黒い瞳を瞬かせて、愛らしい声で語り掛けた。
「コーディがきたからには、もうダイジョウブなのヨネ!」
 それにランドルフと剣之進が瞬間目配せをする。コーディは愛らしい声と仕草で、子供達と戯れながらさり気なくそこから離れていく。それを即座にそれを感知し、王様はアニマル効果で和ませつつ、更に誘導を計った。ざわりと肌に泡が立って、アレグラもまた声を上げた。
「地球人、あっち行くぞ! アレグラたち、巡回する!」
「じゅんかい、じゅんかい!」
 きゃはは、と笑う子供達に笑みを浮かべながら、王様は微かに眉根を寄せた。その手の甲に、見覚えのある黒い痣を見たからだ。なぜ、と思う気持ちは今は置いた。それよりも、ここから離れるのが先だ。
「さあ、奥様方もご一緒にどうかな? むさい男どもに囲まれているのは、良い心地はしないだろう」
「ひ、酷いです、王様さん……」
 ランドルフの声が聞こえているのかいないのか、王様はさあさあとその手を引いた。子供達が行くので、奥様方も自然とそちらへ向かう。
「私の可愛いアレグラが行くと言うのならば、私も行くぞ!」
「ラーゴ、良い子にするか?」
「もちろん、可愛いアレグラが言うのならば。この大教授ラーゴ、護衛用ロボットにてひ弱な地球人共を守ってしんぜよう!」
 ラーゴの不穏な発言を王様が黙殺しつつ、その背中は徐々に小さくなっていった。それを見送って、剣之進は大きく息を吐く。
「……すたぁで固まり過ぎであったな。まあ、彼らに任せておけば大丈夫だろうが」
 ピリピリと肌に感じる感触で、それがキラーなのかそうでないのかは、彼らがムービースターであるが故にはっきりと分かった。
「そうですね。わかっていても守りながらでは、こちらもやりにくいですし」
「ああ。こっから先は、俺らの領分だ」
 声に二人は振り返った。そこにはジム・オーランドとレイが、口元に笑みを浮かべながら立っていた。コーディが電子の海を漂い、それを察知しここまで来たのだ。
 ず、ずる、ずるるる、ずるる。
 這いずる音に目を向ければ、そこには汚泥に塗れ激しい腐敗臭を撒き散らす、二メートルはあろうかという醜悪な姿のハングリーモンスター。
 ランドルフは眉根を寄せる。キラー憑きではないから思い切りやれるという利点はある。だが、ハングリーモンスターがいるということはと思うと、胸が潰れるような思いがした。
「迷われるな、ランドルフ殿」
 剣之進の声に、はっと顔を向けた。剣之進は苦虫を噛み潰したような顔で、それでも笑ってみせる。そう、躊躇している暇は、ないのだ。
「生憎、逃がすわけにはいかねぇんでね。さくっとやられろ」
 レイが不敵な笑みを浮かべ、地を蹴る。それに、ジム、剣之進、そしてランドルフが続いた。
「大丈夫だろうか」
 誰とも無しに呟く王様に、コーディはきょるりと瞳を向けた。
「大丈夫ヨ。私とあの二人、今も繋がっているから連絡を取り合えてるカラ」
 それに、コーディは市役所とも連絡を取れている。既に何が現れ、誰が対処しているのか。コーディが知る限りの情報は、すべて伝わっている。王様はそれに少しほっとした。
 と、微かにカラカラと何か固いものとアスファルトが擦れる音が聞こえてきた。王様は止まるよう制す。カラカラと音を立てて現れたのは、金属バッドを手にした青年。その口元は、人間がこれほどまでに口を引きつらせることができるのかと思う程に、歪んだ笑みを浮かべている。


「あれぇ、自分から来たよ。やっぱ遊びたい人が多いんじゃん」
 青年はまだ大人になりきらない顔を凶悪に歪めて、そのバッドを肩に担いだ。その手の甲には、黒い痣。喉の奥を小さく鳴らす奥様方に、王様は小さく呻いた。子供達は一様にきょとんとした顔を浮かべ、青年を見つめている。
「やっぱ遊びたいよなぁ、もっと続けばいいって思うだろ?」
 相手は女子供も含めて十人余り。しかし、青年はまるで臆する様子もなく両手でその金属を握り締めた。王様も身構える。と、唐突に青年は前に倒れた。倒れたその背後から現れたのは、ヘッドフォンをしたエリック・レンツである。その顔にはまるで楽しい事を見つけたとでも言うかのように、笑みが浮かんでいる。
「ってぇ、なにすンだこの」
 再び金属バッドを握り締め、立ち上がったそこへ、無数のナイフが飛び掛かる。青年は壁に服を縫い付けられ、バッドは盛大な音を立てて転がった。
「危ないじゃない、そんなもの振り回しちゃ」
 声に振り返れば、ケーキの配達がてらに見て回っていたリカ・ヴォリンスカヤ。青年は唸り声を上げてリカを睨め付ける。その青年に相変わらずの笑みを浮かべて近付くエリック。それにはっとして、王様が駆け寄った。
「待て、お嬢さん。そいつはもう動けない。それ以上、何かする必要はないだろう」
 エリックは視界の端に映ったペンギンに視線をくれ、それから青年を見る。もう一度王様を見て、その向こうにいる女子供に目をやった。それに微かに目を眇めて、エリックはつまらなそうに背を向ける。
「お嬢さ」
「みんな同じだろー?」
 やけに大きい掠れた声は、外にまで漏れ聞こえるアップテンポな音楽と共に去っていった。その腰に、ディレクターズカッターとシトラスのバッキーを携えて。

「変わったこと、でございますか」
「なんでも構わないんだ。思い当たることがあれば、教えていただきたい」
 聖なるうさぎ様が温泉成分を肌で感じている頃、真船恭一はガード・ケージに愛バッキー、メンデレーエフを入れて、玉乃梓の元へと来ていた。梓はこの温泉宿の女将、温泉郷のことならば彼女に聞くのが一番だと思ったのだ。
「そうでございますね、あれは冬の頃……わたくし共が実体化した折でございます。森の最も外れに近い場所で、一つのムービーキラーが生まれました」
 恭一は小さく息を呑んだ。梓はそれにゆるゆると笑んで、からりとその障子を開けた。冷たい冬の風が吹き付ける。しかしそれに乗って、愛らしい少女の声と犬の鳴き声のようなものが耳に届いた。
「銀幕市の方々によって、それは征され……以来、当宿は静かなものですわ。いいえ、時折いらっしゃるお客様で賑わうこともありますけれども」

 銀幕警察署は市役所に負けず劣らず人で溢れかえっていた。いや、一般市民という意味では、市役所の比ではない。
 香玖耶・アリシエートはその人混みを前に途方に暮れていた。赤沼がファンに手を掛け、ハングリーモンスターへと変じようと企んでいる事を知っている身としては、被害者とバッキーの行方を確認することは急務である。現に、市内でハングリーモンスターと遭遇した者が居る事は、市役所で借り受けた無線機を通じて把握している。しかしこれでは、調べるどころか中へ入ることすら難しい。
 思案していると、その肩を極々控えめに突く指がある。振り返ると、茶色の瞳をおどおどさせた女性が立っていた。振り返ると、指輪型のゴールデングローブを填め、茶色の瞳をおどおどさせたメリッサ・イトウが立っていた。

 二階堂美樹は灰色の部屋へと足を踏み入れた。そこには青白い顔をした大川内亮史が座っている。
「君はファンかな、エキストラかな。それともスター? ふふ、彼がいなくなってから誰が誰だかわからなくなってしまった」
 饒舌に喋る大川内に、美樹は透明のプラスチック板を隔てて向かい合った。
「その『彼』について質問があるのだけれど、いいかしら?」
「勿論どうぞ。今の僕にはそれぐらいしか出来ないからね」
 大川内は窶れた頬に柔らかな笑みを浮かべて見せた。美樹はちらりと扉に視線を投げて、ぽつりと置いてあるパイプ椅子に座った。
「まず一つめ。貴方が痣に憑かれたのはどこ?」
「これは直球だねぇ。ふふ、どこだと思う?」
「私が質問しているの」
 ぴしゃりと言い放つと、大川内は肩を竦めて笑った。
「家だよ。自宅。床の間に飾った刀を眺めていた時さ。名前は名乗らなかったね、必要もないけど」
「では、その前後に接触した人間は?」
「一杯居て困っちゃうね。妻と子供が一番でしょう、それから赤沼先生、道崎さん、居合いの先生、後は街ですれ違う人々ってところかな。ああ、友人の家にも行ったよ。ふふ、殺しちゃったけどね」
 軽い口調に、大川内は笑みを歪めた。はっとしてその目を見るが、大川内はまたくすりと笑った。
「……次よ。あの痣は、何?」
「ジャーナルを読んでないのかい。それとも、ただの比喩だと思ったのかな」
 大川内は笑みを深めるばかりで、美樹は眉根を寄せる。
「痣は悪魔が憑いた印さ。悪魔が何者かは、わかってるだろう? ここは銀幕市なんだからね」
「それは」
 大川内はプラスチック板に顔を近付ける。
「──悪魔はね、誰にでも憑くよ」
 ぴくりと眉を跳ね上げると、大川内は前のめりにした体を元に戻した。これ以上は話すつもりはないらしい。美樹はそれを見て、灰色の部屋を出た。
「どう?」
 美樹が変装用にと被っていた鬘を外して聞くと、リョウ・セレスタイトは軽く顎に触れた。
「ま、彼奴が知ってんのは多分あんなもんなんだろう。問題は、何者にでも憑くって事だ。……メリッサ」
 リョウが声を上げると、びくりとメリッサ・イトウが振り返った。その向こうで、資料を捲っていた香玖耶が顔を上げる。
「何か分かったか」
「う、あ、ハイ」
 香玖耶と共に資料を見聞し分かったことは三つ。一つは赤沼の患者だったムービーファンはほとんどが絶命している事、一つはムービースターと一部のファンが行方不明になっている事、そしてもう一つはバッキーもまた全て行方不明であるという事。
 沈黙が降りてしばらく、リョウは無線を取り上げた。

「あらぁ、そうなの? あそこの奥さんにも困ったものねぇ」
「そうでしょう、本当にその通りなのよ。そりゃあ、あそこはお墓が近いけど、犬が雨を連れてくるなんて有り得ないでしょう」
 佐藤きよ江は、まあまあと相づちを打ちながら談笑に更ける。……いや、元々はまるぎん及びその周辺にて「巡回よ!」と張り切っていた。口の軽い主婦ネットワークを通じて情報の収集に励んでいたのだ。おばちゃん達からエールを送られ、それは気合い十分であったのだが。
「嵐を呼ぶ男ならぬ嵐を呼ぶ犬、なんちゃって」
 それが今や、聞き込みなのか単なる井戸端会議なのか、判断に迷うところである。

 流鏑馬明日は静かに深呼吸をして、その扉を開く。パイプ椅子が一脚あるだけの殺風景な部屋の中、透明なプラスチック板の向こうに青白い顔をした赤沼祥子が居た。
「こんにちは、流鏑馬さん」
 その顔には以前と変わらぬ笑み。すべてを見透かしているかのような瞳に、明日は目礼し、口を開いた。
「今、外で何が起っているか、ご存知ですか」
 赤沼は笑みを深め、明日はそれを肯定と取った。
「貴女は、杵間山近辺にネガティブパワーが発生しているのを見つけましたね。若しくは……誰かに教えて貰ったのですか?」
 明日は真直ぐに赤沼を見つめた。赤沼は答えない。
「あたしは、ムービーキラーをこれ以上出したくないんです。あなたと同じ思いをする人間も、出したくない。……正直に答えて頂けませんか?」
 痛いほどの沈黙が降りて。赤沼はやがて長く息を吐いた。真直ぐに明日の目を見つめ返し、口を開く。
「洋子が死んで、私は死を考えました。妹を殺した街に、居たくなかった」
 懐かしむように遠くを見て、赤沼は明日に向き直る。
「杵間連山の奥深くまで分け入った時、私は悪魔と出逢いました」
 明日は居住まいを正す。
「悪魔は囁きました。妹を殺した者が憎くはないか。スターなどいなければよくないか……私は最初、躊躇しました。何故ならその悪魔は、ムービースターだったからです。スターは敵、だから悪魔もまた敵です。けれど私は、悪魔を受け入れました。ムービーキラーだと解ったからです。いいえ、正確にはキラーになりかけたスターだったから……尤も私に憑いたのは彼ではなく、その手下ですがね」
 明日は微かに眉根を寄せた。赤沼はくつと笑って続ける。
「だからネガティブパワーのあるらしい場所へ辿り着いたのは、偶然に過ぎません」
 明日は視線を逸らさないままで考えた。少なくとも、赤沼は嘘を吐いていない。少しの逡巡の後、明日は口を開く。
「その悪魔とは、何者ですか?」
「お聞きになっていないのですか?」
 逆に問われて、明日は眉根を寄せる。赤沼はそんな明日を見て、小さく笑った。
「シャガールさんに聞けばわかりますよ」
「シャガールに?」
 思わぬ名前に、明日は目を見開いた。
「本当に知らないんですね。そう、ではシャガールさんもさぞ驚くでしょう」
 更に口を開こうとして、赤沼の深い笑みがそれを止めた。これ以上は答える気はないと、目が言っている。明日は小さく息を吐いて、最後にもう一つ、と赤沼を見た。
「妹さんのバッキーは、どこへ?」
「知りません。私はエキストラですから」
 微かな沈黙が降りて、明日は黙って一礼し、鉄の部屋を出る。署の外まで出てから、無線を取り出した。

 太助は籠を抱えて、その白い扉を開いた。
「ぽよんすー!」
「太助さん、来てくれたの」
 その明るい声に、白の中でガラス玉のような青い眼が微笑んだ。太助は努めて明るい声を出すようにした。その白さが、ベッドのシーツと同じくらい白かったから。
「ばあちゃんの蒸しパン持ってきた! すごく美味いんだぞ。……セイリオスたちはいないのか?」
「セイとハリスはバイト。お頭達は、外が騒がしいから見てくるって」
 私は大丈夫だからって言ったの。ベラは微笑む。太助はなんだか胸がきゅっと苦しくなって、せっかく明るく出した声も顔も台無しにしてしまった。ととと、と寄ってベッドに上がり、そのもっふりとした柔らかい体でベラにぎゅうっと抱きついた。
「太助さん?」
 ベラの声が、ほんの少し驚きを混ぜた。
 先日の事件で、体は助け出せたけれど、心まで助け出せたかはわからなかった。それが、とても心配で。ベラはすごく気丈だから、平気なフリとかしてるかもしれないと思って。
 太助はぎゅうと腕に力を込める。
「だいじょぶだからな。俺もアルラキスのみんなも、ベラも、ちゃあんとここに、いるからな」
 微かな身じろぎを感じるが、太助は腕を放さなかった。しばらくの沈黙があって、身じろぎはやがて小さな嗚咽になり、太助の小さくも温かな体を抱きしめた。太助は唇を引き結び、もう一度、ゆっくりと口を開いた。
「だいじょぶだからな」

 コレット・アイロニーは温泉郷の周囲を回っていた。ネガティヴゾーンに近いなら、きっと何かしらの手がかりがあるに違いない。ハングリーモンスターが出てきても対応できるようにと、スチルショットを借りてきた。
 彼女を一人にはできないとファレル・クロスと、本当は温泉郷から山頂へと調査をするつもりであったサマリスはコレットと共に歩いていた。サマリスはただ歩くだけでなく、視界へ入った情報は随時対策課やアズマ山探索チームへと送っている。自分は気付かなくても、送った先の誰かが何かに気付くかもしれない。
「ん……これはなんでしょう」
 ファレルの声に、コレットとサマリスが顔を上げる。
「何か、甘い匂いがしませんか?」
 言われてみれば、確かに鼻先を静かに掠める甘い香りがある。香りを頼りに向かうと、徐々に香りは強くなる。途端、サマリスがコレットの裾を引いた。何事かと振り返ると、ファレルは青い顔で眉を強く顰める。
「どうしたの?」
「……これ以上は、行かない方が良い」
「博士より通信。これ以上近付くのは、危険です」
 首を傾げるコレットに、サマリスは緑の瞳を真っ直ぐ向けた。
「──ネガティヴパワーが飛躍的に大きくなっているようです」

 エドガー・ウォレスは中央病院にいた。無機質な白い壁に囲まれた、ある部屋の前で止まり、静かにその扉を開く。そこで眠る少女……のぞみは、微かに聞こえる呼吸以外には、まるでぴったりと瞳を閉じた人形のように見えた。
「独りぼっち、か」
 ぽつりとエドガーは言葉を落とした。
「君は今、どんな夢を見ているんだろう? 夢から覚めればパパやママに会える。君が目覚めた時、おそらく俺たちは消えてしまうのだろうけど――それは君にとっても、この街にとっても、良い事なのだろうね」
 独白を聞く者はない。ただ静かな寝息を立てる人形のような少女がいるだけ。
「ネガティブソーンではあんな事を言っていたそうだけど」
 エドガーは小さく呟く。
 叶うと信じ続ければ、きっと叶う時が来る。この街は、奇跡が起きる街。
 だから、思う。
「――君の本当の願いは、何だろう?」
 応える者は、やはりなかった。

 続那戯は放火魔に狙いを絞り、手下と共にずっと情報・目撃証言を集めて追っていた。火炎槍に消火弾と、スチルショットとバッキーがいなければファンだとは到底思えぬ相変わらずの出で立ちである。しかしその装備は放火魔を捕まえる為のもの。今は情報収集と足は手下らに任せ、対策課で資料と睨み合っているというトオルの元へとやってきたのだった。
 そして。
「ビンゴだ」
 トオルの声に、那戯は顔を上げる。そのパソコン画面を見て、那戯は頷き返した。
 それは、子供達が水風船を投げつけるという事件の際にリオネ達が印を付けた地図、那戯が作成した放火魔の地図、そして道崎・大川内の殺人現場、すべての地図を重ね合わせたものだ。
「縮尺がバラバラでほんと面倒だったよ」
「だが、これでわかった」
 犯罪跡は北から南へ末広がりに。その頂点は、アズマ山。そしてそれは、月光館があったと思しき場所を明確に指し示している。
 那戯は装備一式を掴むと、対策課を飛び出した。
「大事になって来やがったなァ」
 時はそろそろ夕刻へ差し掛かろうとしている。

 麗火は、焼失した月下美人の屋敷へと足を運んだつもりだった。放火魔、火事、アズマ山。これらの共通点は余りに多く、ダメ押しのように入ったリョウや明日、那戯からの無線に、ジリジリと音を上げるゴールデングローブにも構わずここまでやって来たのだ。しかしまさか、放火魔自身と相見えるとは。
 男はジーンズに黒いジャケットを着込んでいる。その足下には黒いものが転がっていて。それは見紛う事無く、プレミアフィルムであった。男は引き攣れた笑い声を上げた。
「あんたらよぉ、スターとかエキストラとかに拘ってるけどよぉ、ヒヒ、こーゆーのを見なきゃわかんねぇんだなぁ。馬鹿だなぁ。本当にエキストラだけだと思ったのかよぉ」
 男と向かい合っているのは、麗火とユージン、ヴェロニカ、シルクルエル、そして竜。その体は誰も無傷ではない。もっと言えば、満身創痍である。周りに視線を移せば、そこで暴れ狂った何者かと対峙したことはすぐにわかるだろう。
 彼らは数多のハングリーモンスターと遭遇し、排除し、その末に今、放火魔を名乗る男と向き合っているのだ。
「悪魔は人に憑く。エキストラは人を殺せる。じゃあ、ムービースターは? ムービーキラーは誰を殺すんだ? ムービースターを殺すんだ!」
 狂ったように笑う男にヴェロニカは目を眇た。その手には黒い痣。銃を引き抜こうとするのを、竜が必死に止める。そして、男に向き直った。
「あんたよ、話はまあなんとなくわかった。それで、そいつをどうするつもりなんだ」
「どうするつもり! どうするつもりだってさ、ヒヒヒヒ!」
 男は虚空に笑って、そして唐突にその笑みを止めた。
「盛大に火葬してやんのよ。そうしたら何が起こる? 何が起こると思う、うんん?」
 男がまた下卑た笑いを発したところで、無線から声が響いた。
『ザザ…ガ……アズマ山…ガガガ下山ザろっ…ザザザ…ザキラー…ザザザ…ガリザモンスザガ…!』
 瞬間、麗火は息も詰まるような悪寒を覚え。
「悪魔の城が現れるのさ!」
 叫ぶと同時に、その足下から火柱が上がったのを見た。

「んん。……覚えのある、香りだねぇ」
 エンリオウ・イーブンシェンは、手にした瓶からではないその香りに足を止めた。その腕では、腕輪型のゴールデングローブがジリジリと音を上げている。
 彼はあの夏の日、覇王の館へと赴いた一人である。あの、覇王の最期はエンリオウにとって悔いの残るものだった。だからこそ、月下美人の悪魔に繋がるものがないか、時折植村に聞きに行っていたのだ。そして、この騒ぎである。エンリオウはもしやと思い、未開封だった月下美人の焼酎に魔法を掛けた。そしてそれは此処へと導いたのだ。
 そこへ、唐突に少女の悲鳴が響いた。エンリオウは焼酎の瓶すら投げ出して声に向かって駆け出した。
「おやおや、これはエンリオウ・イーブンシェン君ではありませんか」
 せっかく見つからぬよう、山を登ったのに。
 ともすれば邪悪にも見える笑みをうすらと浮かべるクロスの向こうには、蒼白な顔で倒れ伏したリディア・オルムランデと、狼狽するルイーシャ・ドミニカム。エンリオウは柳眉を顰める。
「その子は」
「私を見たら何故か悲鳴を上げ、倒れてしまったのですよ。それよりも」
 クロスは美しく整った顔を歪める。
「また邪魔をしにいらっしゃったので?」
 自分が何故これほどまでに此処へと執着するのか……クロスは浮かんだ疑問を、すぐに歪んだ笑みで打ち消した。答えは明白。『強大な悪魔の力を感じ取ったから』だ。
「……二度逃す僕を、僕は許せないからねぇ」
 エンリオウの答えに、クロスは更に口角を歪める。
 睨み合う二人に尋常でないものを感じて、ルイーシャが制止の声を上げようとした時。
 夕闇迫る山に、教会の鐘のような、梵鐘のような音が響き渡った。

 男は炎の中で笑っていた。無線からは今も何か叫ばれているような気がするが、鳴り響く鐘の音に掻き消されて聞こえない。肌が泡立ち、息をするのも忘れた。その炎は見る間に広がっていく。天まで焦がせと立ち上ったその炎から逃げなければと思うのに、足は動かなかった。
 那戯は夢でも見ているのかと思った。火柱がそれこそ天まで逆巻いて、その風に乗って噎せ返るような甘い匂いと胸の悪くなるような臭いが鼻を突いた。深紅の炎の中に黒い人影を見て、間に合わなかったかと唇を噛みしめる。
 やがて人影はゆっくりと倒れた。その後ろに、二メートルを超すであろうナニカが揺らめいた。倒れた人影から沸き上がったそれは、あっという間にその何者かに覆い被さられ。鳴り響く鐘の間隙に、絶叫を聞いた。
 那戯は叫ぶ。
「ボサッとすんな、とっととズラかれ!」
 声に、五人は呪縛が解かれたかのように駆けだした。それに、彼らの目にもハッキリと見えたのだ。巨大な影が、一つだけではない事を。
 哄笑が響き渡っているように感じる。鐘の音に圧倒されながら立ち竦んだ自分を思い出して、麗火は小さく舌打ちをした。魔術を閉じ込めた宝珠がその掌に食い込む。その手は、じっとりと冷たく濡れていた。

「派手だねぇ」
 ヘンリー・ローズウッドは楽しげにそれを眺めていた。眼前では深紅の火柱が天まで焦がせと立ち上り、眼下では探索チームが蜘蛛の子を散らすように駆け去っていく。しばらくくつくつと笑いながらそれを眺めていたが、ふいに空気が歪むのを感じて火柱がある筈の方へと目を向ける。
 ヘンリーは感嘆に息を呑んだ。
 それはあまりに美しい。
 そう。彼らがすぐに駆け出さなかったのは、これが見えていたからだ。
 月下の麗人を従え、光り輝く大時計をその頭上に掲げた、これが。
 燦然と輝くその城は、炎の中よりその姿を現したのだった。

 シャガールは呆然とした。瑠璃色の瞳に、光り輝く城が映っている。
「お頭」
 アルディラの声が遠い。手が震えた。
 なぜ。
 なぜ、あれがここにあるのだ。
 絶望にも似たそれは、シャガールの中で確かに黒い頭を擡げたのだ。
 あれは。
「──エルドラドの城」

「実に興味深いデータだ!」
 栄三郎は、次々と吐き出される数値の羅列に唸る。
「一体、何が起っているんです」
 植村は眉間に深く皺を寄せて、忙しなくスクロールするゴーグル越しに栄三郎を見た。
 栄三郎がアズマ山と仮名した杵間連山の一角に、突如として現れた黄金の城。陽はとうに落ちきったというのに、その圧倒的な存在感は重苦しさと共に銀幕市を見下ろしている。
「波形はネガティヴゾーンとほぼ一致しているが、これらの数値は個体を示し」
「あ、あの、分かりやすくお願いします」
「ええい。アズマ山に満ちているパワーは、限りなくネガティヴゾーンに近い。だが、まだネガティヴゾーンというには弱いのだ。またこの数値が示すように、これは一つの場所ではなく個体を示している」
 栄三郎が数字の羅列した紙を叩いた。
「これは、ムービーキラーの群れだ」

クリエイターコメント大変お待たせ致しました、木原雨月です。
この度はアズマ山探索及び銀幕市内の巡回、その他諸々お疲れ様でした。
胸が詰まるようなプレイングに、大変嬉しく切なかったです。

ええと、今回の調査を受けて近々アズマ博士か対策課から、何かしらの動きがあるかと思います。
その際にはまたどうぞ、宜しくお願い致します。
公開日時2009-01-20(火) 18:50
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