★ MAMEMAKI 〜Dance with Ogre〜 ★
<オープニング>

「……ちょっと待とう、うん、それはおかしいだろうどう考えても」
 唯瑞貴(ユズキ)はどこからどう突っ込んだらいいのか判らなくなって思わず呻いた。
「うん? どうした、唯瑞貴?」
「どうしたもこうしたも。豆まきなんだろう? 豆まきなんだよな?」
「無論」
「だったら何で鬼たちは全員その恰好なんだ」
「正装だ」
「――……ああ」
 駄目だ私だけでは突っ込み切れない。
 唯瑞貴は天を仰いで無力感に打ちひしがれた。
「いやー、楽しみっすねゲートルード様! 銀幕市の人たちに豆をぶつけてもらえるなんて、オレ、今から興奮しすぎて鼻血が出そうっす!」
「そうだな、私も楽しみだ」
「おお、まったくだ、胸のトキメキが止まらねぇぜ」
「……みんな、痛くしてくれるかなあ」
「そりゃあお前、思わず悲鳴をあげちまうくらい痛いに決まってる」
「そうか、楽しみだなぁ」
「ああ、楽しみだ」
 赤や青や黄色の、屈強で凶悪な顔立ちの鬼たちが、頬を赤らめて(※体色上別の色になっている者もいるが)、異口同音にアブノーマルな楽しみを口にする。そしてそんな鬼たちは、全員が、ふんわりパステルな色合いの、ガーリィでレーシィでフェティッシュな印象のフリフリエプロン(素肌着用)を身につけている。
 勿論、ゲートルードも然り、である。
 ゲートルードなんぞは赤鬼赤鬼と言われてはいるが実際には鬼でも何でもなく、魔神寄りの魔族の大公であるはずなのだが、お構いなしだ。
 楽しげにフリフリエプロンを着こなして、タルタロス大平原の片隅に山と積み上げられた大豆を見上げている。
 ――どこからどう突っ込んだらいいか判らない、という唯瑞貴の気持ちを、きっと誰もが理解してくれるだろう。
 しかし、ここで呻いていても話は始まらない。
「ええと……つまり、だ」
「ああ」
「銀幕市の皆に、地獄での豆まきパーティに参加して欲しい、と頼んでくればいいんだな?」
「そういうことになるな」
「だが、あんな怖い鬼たちに豆なんてぶつけられない、という人だっていると思うぞ」
「ふむ」
 ええっ唯瑞貴さん俺ら怖くなんかないッスよ、という抗議の声を無視して――嘘をつけ血も涙もない獄卒がなどと突っ込んだら悦ばせるだけだ――、唯瑞貴が義兄を見上げていると、地獄の大公はぽんと手を打った。
「では、レストスペースでも設けようか。真禮殿をお呼びして、皆で軽食を作って楽しんでいただく場所を作る、というのはどうだ」
「ああ、それはいいな。折角だから、節分にまつわる料理でも作ってもらえばいい」
「そうだな、そちらの采配はベルゼブルにでも任せるとしようかな。ならば唯瑞貴、そのように報せを頼む」
「判った」
 頷いて踵を返しかけた唯瑞貴は、
「ああ、そうだ」
 義兄の、
「鬼の数が足りないと困るから、唯瑞貴、お前もこちら側に加わってくれ。――心配しなくても、照れ屋のお前に正装させるつもりはないから、気楽に豆をぶつけられてくれればいい」
 ありがたいのかありがたくないのか、よく判らないその言葉に、涙をこらえたとかこらえなかったとか。

 ともあれ、こうして、地獄での豆まきパーティが開催される運びとなったのである。

種別名パーティシナリオ 管理番号400
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
クリエイターコメント皆さんこんにちは。
さっそくおニューの商品を使ってみたくなる新しい物好き、犬井です。

時期を間違えて少し公開がずれてしまいましたが、二月といえばバレンタインデーだけじゃないんだぜ!? 的豆まきシナリオのお誘いに参りました。

要は、地獄の鬼たち(ドM)に豆をぶつけて悦ば……もとい、どさくさに紛れて他の参加者様への鬱憤を晴ら……でもなくて、今年一年の厄を豆まきで一気に祓おう、という催しです。
目に痛いフリフリレースのエプロンで正装している鬼たちを、思う存分可愛がってあげてください。ツッコミ大歓迎。
ええと、もちろん、「アレッ、ドMな鬼さんの中にドSな方が混じってて反対に追い掛け回されちゃってる!? ウフフ、捕まえてごらんなさぁあ〜い(お花畑)」「アアッ手が滑って××さんに豆をぶつけちゃった(はあと)!」というのも、アリです(殺し合いにだけは発展しないようお気をつけください)。

そんな野蛮な、という方は、真禮やベルゼブル(傍観者)と一緒に、豆や節分にまつわる料理を作ってまったりしてくださっても構いません。こちらではプチお料理教室開催中。

プレイングには、
【A】地獄の鬼たちを追い回す
【A'】地獄の鬼たちに追い回される
【B】豆よ届け、愛しいあの人に(痛い目見やがれ)
【B'】やられたからにはやり返す!
【C】節分レシピでお料理教室
【D】その他、別の行動を選択
のどれかを選択の上、行動と反応をお書きくださいませ。

それでは、皆さんのお越しを楽しみにしております。

参加者
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
ジラルド(cynu3642) ムービースター 男 27歳 邪神の子、職業剣士
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
狩納 京平(cvwx6963) ムービースター 男 28歳 退魔師(探偵)
ソルファ(cyhp6009) ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
エディ・クラーク(czwx2833) ムービースター 男 23歳 ダンサー
アーネスト・クロイツァー(carn7391) ムービースター 男 18歳 魔術師
昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
皇 香月(cxxz9440) ムービーファン 女 17歳 学生
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
信崎 誓(cfcr2568) ムービースター 男 26歳 <天使>
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
ベルナール(cenm1482) ムービースター 男 21歳 魔術師
木村 左右衛門(cbue3837) ムービースター 男 28歳 浪人
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
クレイ・ブランハム(ccae1999) ムービースター 男 32歳 不死身の錬金術師
ミリオル(cwyy4752) ムービースター 男 15歳 亜人種
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
華夏都 凌(cxdu7140) ムービーファン 男 25歳 スタントマン/俳優
華夏都 麗(ccxs8867) ムービーファン 男 23歳 俳優兼モデル
ディズ(cpmy1142) ムービースター 男 28歳 トランペッター
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ゲンロク(cpyv1164) ムービースター 男 55歳 ラッパー農家
RD(crtd1423) ムービースター 男 33歳 喰人鬼
沙闇木 鋼(cmam9205) ムービーファン 女 37歳 猟人、薬師
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
一乗院 柳(ccbn5305) ムービースター 男 17歳 学生
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
パイロ(cfht2570) ムービースター 男 26歳 ギャリック海賊団
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
りん はお(cuuz7673) エキストラ 男 35歳 小説家
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
クロノ(cudx9012) ムービースター その他 5歳 時間の神さま
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
古森 凛(ccaf4756) ムービースター 男 18歳 諸国を巡る旅の楽師
ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
香我美 真名実(ctuv3476) ムービーファン 女 18歳 学生
ナハト(czmv1725) ムービースター 男 17歳 ギャリック海賊団
セエレ(cyty8780) ムービースター 女 23歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

 1.豆まきパーティ、開始。

 誰が開始を告げたのかは判らない。
 気づいたら、誰もが、豆がいっぱいに詰まった枡を手に、目に痛い扮装をした色とりどりの鬼たち目がけて豆を投げつけていた、そんな状況だった。
 誰も彼もが入り乱れての節分行事ゆえに、豆をまく規模も様々で、人それぞれだ。
「さあさあッ、皆さん、オレたちに思う存分豆をぶつけてくださいッ!」
 暑苦しさ全開で、鼻息荒く鬼たちが両手を広げる。
 興奮のあまり目が潤んでいる鬼までいて、正直、鬱陶しい。
「いいえ、違うのよ」
 真顔で指摘しているのは、クールな美人刑事、流鏑馬明日だ。
 しかし何故か彼女の頭には、テレビ番組で芸人が被るような、鬼の角がついたアフロがある。
「節分とは、豆をぶつけて遊ぶためのイベントではないの。陰陽五行説に基づいて、『金』の気である鬼に対し、『火』で炒った豆を以って火剋金の作用をなし、災厄を滅するための行事なのよ」
 明日が生真面目にそう訂正を入れたのは当然のことだったが、さすがの彼女も、まさかそれが原因で、
「ああッ、そんな説教をしてくれるあんたが好きだ……ッ!」
 『胸キュン』的な表情で頬を紅潮させた鬼たちに、足元に群がられる羽目になるとは思ってはいなかっただろう。
 その傍にいた兎田樹は、
「むぎっ(そんなに厄を払って欲しいなら、払って払って払いまくるよぉ)!」
 彼お得意の発明で開発された、豆ガトリング・ガンを取り出し、山と積まれた大豆を装填するや、一気に殲滅態勢に入った。
「みっみぎぃ(いっけぇぇ)!」
 ずばばばばばっ、という、明らかに豆まきに際して発生するものではない音が響き渡る。
 打ち出された豆を食らって色とりどりの鬼たちが吹っ飛んだ。
「むぎぎぃっ(どんなもんだい)」
 しかし。
「た、たまんねぇ……」
 鬼たちが、「オレすでに百人は殺してます」というような眼差しで樹を見る。
「もっと……」
「むぎっ(え)?」
「もっとぶつけてくれ、もっと激しく!」
「そうだ、こんなんじゃまだまだ足んねえ、もっと激しく打ち据えてくれよ……ッ!」
 鬼気迫る表情で、とんでもなくアブノーマルな願望を口にして樹に迫る鬼たち。
 樹が思わず回れ右をしたとして、誰が彼を笑えただろうか。

「たくさんぶつければいいんですね……が、頑張ります!」
 綾賀城洸は武者震いしながら枡の中の豆を掴み、力一杯投げつけていた。
 鬼たちがそう望んでいるのに手加減をしては失礼だ、と思っていたからだ。
「ああそうだ、鬼さんたちの写真を撮らせてもらわないと……!」
 銀幕市のムービースターたちを残さず写真に収めるつもりの洸は、豆をぶつけられて恍惚としている鬼たちに怯むことなく、首から下げたデジカメにも意識を集中させる。
 そのすぐ傍にいたのは津田俊介だ。
 彼は、人外を怖がる体質の改善を目的に、周囲に無理やり参加させられ、参加したからには豆まきをするしかないだろうと、念動力で周囲の豆の軌道をズラしながら、器用に豆をぶつけていた。
 当然のごとくに歓喜する鬼たち。
「ああッ、そうだ……もっともっとぶつけてくれ、痛めつけてくれ……ッ!」
「いやあのッ、確か豆まきってそういう催しじゃなかったはずだけど……!?」
「そう固いことを言わずに! さあさあ!」
 『俺、あんたならやってくれるって信じてる』的期待の表情で鬼たちが俊介を追い回し始める。
 俊介は盛大に涙目になり、必死に逃げつつ念動力で豆を鬼たちにぶつけるが、そのことで鬼たちをさらに悦ばせるという悪循環にはまったことに気づいていなかった。
「ちょっ……だ、誰か助けてぇえええぇッ!?」
 絶叫が響く中、岡田剣之進は、明日と同じ鬼アフロを被って豆まきに参加していた。
「どうやら、この街のしきたりでは豆まきの際はこれを被るものらしい。郷に入れば郷に従えという言葉もある……この機会にこの街の文化を学ぼう」
 鬼アフロ装着の侍が大真面目で呟き、枡から豆を掴みあげては鬼たちにぶつける。途端に上がる黄色い(野太い)悲鳴は、隠しきれない悦びを含んでいるが、剣之進は気にせず、豆をまき続けた。
「……しかしまぁ、奇妙な恰好をしているのだな、鬼たちは。あれが本場の鬼たちの正装なのか……」
「まぁ、そういうことにしておいた方が、精神の平安が保てるんじゃねぇかな」
 桑島平は明日の同僚である。
 平の頭にも、アフロに角の生えたカツラがある。
 彼女をここに誘ったのも彼なら、彼女に鬼アフロのカツラを渡したのも彼だし、余分に持ってきた鬼アフロを、あちこちに配り歩いたのも彼だ。
 お陰で現在、地獄の豆まき会場のあちこちを、カラフルな鬼アフロが闊歩していた。
 しかし、軽いノリで参加した平は、
「おっ、こんなとこにお仲間がいるじゃねぇか! 駄目だろお前、ちゃんとこっち側にこねぇと!」
 何故か自分を仲間と勘違いしたらしい鬼たちに、地響きのする勢いで追い掛けられた挙句、他参加者たちから豆をぶつけられていた。
「いや、ちょ、まっ……オレ、鬼になってないから! どこをどう見てもスーツ姿じゃねぇかーっ!」
 悲鳴じみた抗議の声が上がるが、それを聞き入れる者は、なかった。
 それを無表情に横目で見ながら、機関銃で豆を一斉掃射するのは、ソルファだ。
 轟音とともに撃ち出される豆に打ち据えられ、鬼たちがもんどりうって引っ繰り返り、のた打ち回る。
 聞こえてくる悲鳴は「もっと」「ああっ素敵」「病み付きになりそうだ」などの不穏当なものばかりだったが、ソルファは顔色ひとつ変えずに鬼たちを撃ち続けた。
 蜥蜴の尻尾がひょこひょこと動いて、案外楽しそうにも見える。

 ゲンロクは、農作業のついでに、若干汚れた作業服を着用したままで地獄に駆けつけていた。
「わしの畑で取れた豆だ、存分に味わってくれぃ」
 と、大量の大豆を差し入れした後、ロケーションエリアを発動し、アッパー系のダンス・ミュージックをかけて会場を盛り上げる。
 平原に、荒いブレイクビーツとテッキー&ロッキンな要素をふんだんに盛り込んだ、90年代初頭のシーンのムードを感じさせる、ダンス・ミュージックの面白さを体現したかのような軽快な音楽が響き、ゲンロクはその中で激しいダンスを繰り広げながら豆をまいていた。
 テンションが上がって来たらしく、「YO!」とか「チェケラ!」とか言いながら、五十代とは思えぬ身のこなしで踊り狂うゲンロクを目にし、やる気を募らせたのは少年姿の太助だ。
「おおおっ、すげぇなっ! よーし、俺も負けてらんねぇぞー!」
 太助は、小脇に大きな枡を抱え込んで、色とりどりの鬼たちに興奮した視線を向けていた。
「きゃっほー! いけいけいけー!」
 当然、小さな子ども程度の腕力であるから、投げつけられた豆とて大した威力がある訳ではないのだが、鬼たちは豆が当たるだけで野太い嬌声を上げて逃げ回る。
 太助はそれに大いに興奮させられ、狂乱するがごとく夢中になって、鬼に豆をぶつけまくる。終いには、仔狸姿に戻って鬼たちの身体によじ登り、両手でぺちぺちと叩き始めたが、仕草のあまりの可愛さに悶絶するという被害者が出たくらいで、概ね微笑ましいの一言で片付けられていた。
 その近くでは、聖なる兎様ことレモンが、
「思う存分ストレス解消させてもらうわよっ!」
 エンジェル豆バズーカを豪快にぶっ放している。
 これ一般人喰らったら死ぬんじゃね? といった規模の攻撃だったが、鬼たちは真正面からその一撃を受けても怪我ひとつせず、よろよろとよろめいたあと、
「聖なる兎様の豆は、一味違うぜ……!」
「ツンデレ兎様萌え!」
「もっと、もっときついのをオレにぶつけてくれ……!」
 などという不穏当な台詞とともに、レモンめがけて殺到しただけだった。
 レモンは思わず顔を引き攣らせた。
 無敵のレモン様にも、どうあっても受け入れられぬものはある。
「あ、あんたたち、こっちに来るんじゃないわよーっ!!」
 まさに脱兎。
 逃げるレモンに追う鬼たち。
 不思議な光景だった。
 そんなある種の地獄にもまったく怯まず、むしろ楽しげに、
「ワオ、楽しそうなイベントだね!」
 エディ・クラークはにこにこ笑いながら豆を投げていた。
「これをぶつければいいんだよね? よーし、じゃあ、思いっきりいくね。そーれ!」
 エディの豆が当たった鬼たちが、「ああん」とかいう声を上げて身体をくねらせる。
 エディは爽やかに笑って喜んでもらえたんなら何より、と言っているだけだったが、それを見て顔を引き攣らせ、思い切り豆を投げつけたのは、麗火だ。
 あまりにも目と心臓に痛い鬼たちに、思わず生存本能的な何かが作用したらしい。
「ぅわキモッ!! ッつか怖ぇえよ!?」
 脊髄反射で豆をぶつけると、鬼が、目を潤ませ、頬を紅潮させながら麗火に迫ってくる。その勢い、怒れる象が一直線に突進してくるがごとし。
「ああッ、もっと、もっと投げつけてくれ、それから罵ってくれ……!」
「って要望が当初の目的と変わってんぞおいッ!?」
 冷や汗が背中を伝うのを感じつつ後退し、そのまま脱兎の勢いで駆け出した麗火の背を、
「そんな冷たいことを言わずに――ッ!」
 野太い雄叫びを上げながら、鬼が追いかけてくる。
「絶対に嫌だああぁあぁぁッ!!」
 必死で逃げながら、麗火は、そもそもここに来ることになった原因に向かって怒鳴り散らした。
「ってオイ待てこら家主! HAHAHAじゃねぇよお前だよ、枢! 何笑って傍観してやがる助けろってんだちくしょおぉおおお!!」
 麗火がしきりと何かを叫んでいるのを傍観しながら、神月枢は、
「いやぁ、若いっていいなぁ」
 と、胡散臭く笑って、必死で逃げ回る麗火に手を振った。
「頑張ってくださいね、応援してますから」
「応援なんざ要らねぇッ、いいから助けろおおぉおッ!!」
「いやあ、年寄りにそんな重労働は無理ですよ、うん」
 枢が連れてきた所為でああなっている訳だが、彼に麗火を助けるつもりはなかった。薄情者ーッ、と叫ぶ声を無視して、枢は更に傍観の体勢に入る。

 気の毒だったのは、白亜とジラルドだ。
 片方は一角鬼、片方は邪神の子というこのふたりは、別に最初から本性を顕していた訳でもないのに、
「……あんたたちは、こっちだろ?」
 と、いつの間にか鬼サイドに連れ込まれてしまっていたのだった。
 おまけに白亜はいつの間にか的の本性状態だ。
「え、いや、あの、私は別に……ッ!?」
「へ!? いやオレは邪神の子であって別に鬼とか悪魔とかそういう種族じゃ……ッ!?」
 しどろもどろな拒否も抗議も一切無効。
 ふたりとも、正装のエプロンは服の上からで勘弁してもらったものの、追い掛け回され豆を投げられることは変わらず、「そうか彼らは鬼なのか」と妙に納得した人々に、情け容赦なく豆を投げられている。
「い、いたたたッ、地味に痛ぇ、地味にッ!」
 あちこちに豆を食らってジラルドが悲鳴を上げ、
「追儺なんて、大嫌いだー!」
 泣き声交じりに白亜が叫ぶ。
 ジラルドは前のめりに打ちひしがれながら、
「な、何なんだよこの仕打ち……ッ」
 すっかり涙目で呻いている。
 それを横目に見ながら、ふむ、と呟くベルナールは、
「節分というのは、つまり、あの目に優しくない者たちに豆をぶつける行事ということか」
 なるほど、と重々しく頷いて、枡の中から豆を掴み出した。
 彼が手の平に向かって何事かを唱えると、小さな竜巻が巻き起こり、掌に乗っていた大豆を巻き込んで舞い上がらせる。舞い上がった豆は、空中でくるくると踊っていたが、ややあって方向性が定まったのか、獲物を狙う猛禽さながらの速度で降下し、鬼たちを急襲した。
 またしても、明らかに投げられた豆が肉体を打つ音としては不相応すぎる轟音がして、鬼たちが数人、物凄い勢いで吹っ飛ぶ。
「そうして欲しかったのだろう? 違うのか?」
 晴れやかな笑みで問うベルナールに、鬼たちが、いいえ違いませんもっとぶつけてくださいという決まり文句を唱えながら殺到する。
「うわー、すげぇな、おい」
 狩納京平は、地獄は地獄でも少々種類の違う地獄が展開される中、それを感心したように、呆れたように眺めていた。
 本当は、節分にちなんだ料理というのに興味があってやってきたのだが、彼がお料理スペースに辿り着くよりも早く、京平が肩に乗せた天狐を目敏く見つけたフリフリエプロン装着の鬼たちに、
「なんだそれ、可愛い! 見せてくれ、触らせてくれ!」
「そんでついでに豆をぶつけてくれ、罵ってくれてもいい!」
 『オレ実を言うとすでに百人は殺(略)』としか思えない目つきで狙いを定められ、ものすごい勢いで追いかけられて、筋骨たくましい鬼+フリフリフワフワエプロン=強烈に目にしみる、という法則に則り、
「あんたらのその格好、視覚の暴力だぜッ! マジ怖ぇよ、来るんじゃねえぇッ!」
 涙目で逃げ回っていた。
 天狐を管に収めればいいという単純な解決策が思いつかないのは、相当動顛しているからであるらしい。
 逃げ回る京平のすぐ傍では、
「あんたらァに豆をぶつけてやりゃあいいんだな? よし判った、私に任せとけ」
 腕まくりをした沙闇木鋼が、実に楽しそうに豆を投げている。
 美しい女性の姿をしつつも実は男性、しかも職業は猟人という鋼なので、もちろん豆が当たると結構痛い。
 鋼は、鬼たちを追いかけて豆を投げたり、嬉しそうな悲鳴を上げて逃げ回りつつ、もっともっと打ち据えてくれとアブノーマルな要求を出してくる鬼たちに反対に追いかけられたりしつつ、楽しげに豆を投げていた。
「本なんかで読む地獄の鬼とはちぃっと違うみてェだなァ、あんたらァ。けど……うん、嫌いじゃねェな。その衣装も似合ってる」
 人それぞれ、というのが鋼の考え方だ。
 本当に似合っているかどうかはさておき。

「やーウン最高だねこの大騒ぎ! ヨーシ、先生ちょっと頑張っちゃウヨー!!」
 ご機嫌で豆を投擲しまくるCTことクレイジー・ティーチャーは、見た目を裏切る怪力でもって、豆を食らった鬼たちが十数メートル吹っ飛ぶようなものすごい剛速豆をブン投げていた。
 それでも、鬼たちの口から漏れるのが嬌声、というのが、ある意味地獄の獄卒クオリティ。
 殺る気満々で豆を投擲し、鬼たちをふっ飛ばし、不幸な他参加者たちを危うく星にしかけながらも、彼なりに豆まきを楽しんでいたクレイジー・ティーチャーだったが、
「そういえば、CTって殺人鬼なんだよな」
 誰が言い出したのか、殺人鬼ってつまり鬼じゃん的空気がいつの間にか周囲には蔓延しており、ふと気づくと逆に豆を投げられる立場になっていた。
 しかし、無論黙ってやられはせず、やられたらやり返すの精神で投げ返す狂気先生である。
 豆が立てているとは思えない轟音に耳を塞ぎつつ、
「ってちょっとぉ!? 何かおかしいだろ、何で皆疑問に思わないんだこれ!?」
 全身全霊であらゆることにツッコミを入れまくるのは、ひよっこ歴史学者、セバスチャン・スワンボートだ。
「鬼!? 本当に鬼!? いやそれ以外には見えねぇけどどう考えても視覚の暴力だろコレ! ……って喜んだ――ッ!?」
 セバスチャンが豆を投げ、突っ込みを入れるたびに、頬を色んな色に染めた鬼たちが腰をくねらせて「ああん」などと溜め息をこぼす。その視覚的インパクトたるやどこかのマジでカルな仮面に迫るほどで、セバスチャンの顔から血の気が引いたのも当然と言えた。
「まぁそういわず、あんたも楽しもうぜ……!」
 そのうち、あまりにも突っ込みすぎた所為か、悪戯心を起こしたらしく、一部の鬼たちがセバスチャンを追い回し始めた。
「ちょ、待っ……俺は貧弱なんだ……ッ!」
 などと、情けないことを口走りながら全力で逃走してゆくセバスチャンの手前では、
「一体どんな情熱が、あなたを、豆をぶつけられたいという思いに駆り立てるのですか」
 りん はおが、マニアックなエプロンを身にまとい、豆をぶつけられて悦んでいる鬼の一体を捕まえて、真面目に質問をしていた。
 何故ぶつけられたいのか、そこに豆があるからだ。的な名言を期待していたわけではないが、物書きの血が騒いだのだ。
 問われた鬼(青鬼だった)は、真顔で何かを言いかけたが、
「そりゃあお前……って、ダメだ、こんなこと、恥ずかしくて言えねぇ!」
 と、頬を紫色に染めて恥じらいのポーズを取り、それからはおに豆の入った枡を手渡した。
 生真面目な性格のはおが、鬼の要望通りに、力一杯豆を投げつけている横では、無言かつ真顔のバロア・リィムが、せっせと豆をぶつけてはストレス解消を行っている。
 その隣にいるのは、バロアとはある種のお仲間である一乗院柳だ。
 去年は碌でもない目に遭ってばかりだったので、厄払いのつもりで来た柳は、あまりにも目に痛い光景が展開されていることに驚愕を禁じ得なかった。
「い、いくら地獄だからって本当に地獄のような光景を繰り広げることないじゃないか……!」
 ああいう服を着て許されるのは可愛い女の子だけなのに、などとぶつぶつ呟きつつ、折角豆をまきに来たものの、鬼に近づくのはある意味怖いから、と、
「ええっと、鬼はー外、ツタもー外ー……」
 ぼそぼそ小声で唱えつつその辺りに豆を撒いていた柳だったが、
「ふふふ、さあ、もっともっと逃げ惑うといいよ……!」
 などと笑いながら豆をぶつけていたバロアの頭に、鬼に追いかけられて逃げ惑う桑島平が投げた鬼アフロがぼすっと被さり、
「お、あんなところにも鬼がいる……!」
 という誰かの言葉が終わるか終わらないかの辺りでバロアが豆の集中砲火を浴びて、豆シャワーとでも言うべきそれの巻き添えを食らって悲鳴を上げた。一体誰が投げているのか、かなり痛い。
 バロアも、物凄い質量の豆を一気に食らって悶絶している。
「っちょ……だ、誰も鬼だなんて言ってな……!?」
「な、何で僕まで――――ッ!!」
 抗議の声と涙交じりの悲鳴は、豆のぶつかる硬い音に掻き消された。
 グッドラック。



 2.豆戦争、勃発。

 鬼たち、罪人を責め立てるために存在する彼らにとって、地獄の外の人々というのは、日々の責務の疲れを癒してくれるアイドルのようなものだ。そんな人々に、年に一回の行事において豆をぶつけてもらえる、それだけで鬼たちの分厚い胸はときめくし、善良なる人間たちへの愛情でいっぱいになる。
 もっとも、少々度の過ぎた、もっと卑しいわたくしめに豆をぶつけて下さいませご主人様風なM鬼に追いかけ回されている浅間縁辺りは、その愛情の方向性もう少し何とかしなさいと突っ込みまくるだろうが。
「ちょ、あんたたち鬼でしょ!? なってないわ! 地獄の底でその性根を叩き直してから出直して来なさい!」
 と、力いっぱい豆を叩きつけるものの、
「ああん、あんたって、最高……!」
 腰をくねらせて頬を黒く染めた(※灰色の鬼だった)鬼に、もっともっとと追いすがられて、
「超逆効果!!」
 などと叫びながら全力疾走していた。
「そうよね、ここ地獄の底なんだもんね出直せないわよね私としたことがッ」
 逃げる縁の先にはレイがいた。
 ものすごい勢いで逃げてくる縁と灰鬼とを交互に見つめ、
「うっわー」
 思わず感嘆してしまったレイだったが、ふたりの一直線上に自分がいるという事実を鑑みて、コンナコトモアロウカト用意していた改造マシンガンを構えた。当然弾は豆である。
 およそ豆とは思えない破壊力抜群の轟音が響き、鼻息荒く縁に追いすがる灰色の鬼が派手に吹っ飛ぶ。
 縁が、助かった、という顔をした。
 しかし、
「いや〜ん、もっと当ててぇ〜ん」
 灰鬼はまったく堪えていない……というか、更に興奮の度合いを高めていた。
「Mでオカマちゃん!?」
「二重苦!!」
 一瞬、縁と顔を見合わせたあと、
「あんなのにもてても嬉しくねぇしっ」
 レイは全力で逃げ出した。
 ……なるべく巻き添えを増やす方向へ。
 レイの視線の先には、相棒のジム・オーランドの姿がある。
 ジムは勿論、普通に豆をまくつもりでここへ来ていた。
 しかし、その大きな身体は的にしやすいのか、鬼に紛れて豆をぶつけられている。
 ジムの大袈裟な身振り手振りに大喜びした子どもたちに豆をぶつけられて、子ども好きの彼が、
「や〜ら〜れ〜た〜」
 などと言いつつ、どしんと音を立てて盛大に倒れて見せたりしていると、
「逃げちゃいやーん。もっとぶつけてぇ〜」
 艶かしくすらある語尾の伸ばし具合とともに地響きがして、訝しく思ったジムが立ち上がりながらそちらを見遣る。
 レイと縁とが全力疾走してくるのが目に入る。
 ――その背後には、頬を黒く染めた灰色の巨漢。
 一直線上にいるジムを見つけて、レイと縁の表情が「いい生け贄見つけた」になった。
「え……な、何だって?」
 事態を把握しきれずに思わず目を剥くジムに、
「ヘイパス!」
 超絶イイ笑顔でハイタッチをしつつ駆け抜けて行くのが縁、
「あとは任せたっ!」
 わざわざ彼を踏み台に飛び越えて行くのがレイ。
 大地に沈んだジムの運命は……黙して語るまい。

 シャノン・ヴォルムスはというと、日頃のストレス発散とばかりに鬼たちを追いかけまわし、手加減無用で投げつけていた。
「節分とは厄払いの行事らしいから、な……」
 何せ、昨年はジョとかソウのつく方面について色々あったので、厄とやらが物理的に落とせるのならば、と、わりと必死だ。
「……しかもあの恰好。殺る気が増すな」
「いやいや、さすがに殺っちゃ不味いっしょ、殺っちゃ」
 隣で思わずツッコミという名のお仕事に励んでしまうのは梛織だ。シャノンの声があまりにも本気交じりだったので、ついつい口を出してしまったのだ。
「しかしまぁある意味地獄だよなこれ。いやここ地獄だけどさッ!」
「ナオミもどうだ、あの正装。思う存分ぶつけてやるぞ?」
「遠慮しとくわ、シャニィちゃん」
 わざわざ話を振るなよと思いはしたが、今の梛織が狙うは、少し離れた位置で鬼を苛めているお姑ことクライシスだ。シャノンと争っている場合ではないのだ。
「喰らえ、俺の怒りとかやるせなさっ!」
 微妙に切ないことを口走りつつ、万事屋で鍛えた腕力とナイスピッチングで、ちょっと物理的におかしいスポコン漫画のような超剛速豆を、クライシスの無防備な後頭部に直撃させる。
「痛っ!?」
 ドMな鬼たちの姿を目にして、ドS魂に火が着いたクライシスは、豆を食らう一瞬前まで鬼たちを活き活きと虐めていた。
 クライシスは、アクション系映画における主要登場人物の常で頑丈だし、怪我や痛みにも慣れている。
 慣れているが、振り向いた先に、現在の虐めのターゲットがいて、どんなもんだザマアミロ的表情を浮かべているとなれば、話は別だ。
「……ちょっとそこの梛織君?」
 クライシスは満面の笑みを浮かべてみせた。
 背後から殺意という名のオーラを立ち上らせながら。
 梛織がファイティングポーズを取る。
 ――次の瞬間響き渡るのは、罵声と怒声と打擲音。
 仲よきことは美しき哉。
「しかしまぁ……なんとも賑やかだな」
 クレイ・ブランハムは徐々に騒々しさを増してゆくタルタロス大平原を見渡しながら呟いた。梛織とクライシスの兄弟喧嘩もしくは嫁姑紛争は目に入っているが、基本的にスルーである。
 正装の鬼たちも疑問には思うが基本的にスルーである。
 クレイが狙うはシャノンただひとり。
 いつもいつもストーカーだの何だの言いやがってあの女顔お前なんてすぐ抱きついてくる変態だろうが今日は目にもの見せてやる覚悟しろコンチクショウ、と、決して声には出さず、豆にすべての思いを込めて真正面から勝負を挑む心積もりだ。
 ――間違えても女性にはぶつけないよう、細心の注意を払いつつ。
「おや……ストーカーじゃないか、そこにいるのは?」
 繊細に整った美貌が、小憎らしいくらい冷ややかかつ楽しげに細められる。
 クレイは黙って豆を握り締め、一歩踏み出した。
 シャノンが同じように身構える。
 ここでも戦争、勃発中。

 その頃ルイスは、鬼たちと同じ正装姿で、タルタロス大平原を縦横無尽に逃げ回っていた。
「うふふふふ、捕まえてごらんなっさああぁ〜いぃっ!」
 自分はドMだと公言して憚らない彼は、今回も、鬼側に回って参加者たちをドン引きさせ、周囲を揶揄しては豆を投げさせていたのだが、他の参加者たちを盾にしては敵を作りまくり、最終的にはアルを本気にさせてしまい、殺るか殺られるか潰されるかの微妙に分の悪い状況に追い込まれていた。
「……とりあえず黙れ、そして僕に潰されろ」
 それまでは善良な鬼たちを各方面で悦ばせていたアルは、ルイスに巻き込まれて豆の被害に遭い、それ以降ルイスを集中的に狙うようになっている。
 何せアルは怪力だ、彼の投げた豆が当たると、パシなどという可愛い音でなく、ズバァンという大リーグ投手並の轟音が響く。当たればどうなるか、推して知るべし。
 ルイスがちょろちょろと逃げ回るため、狙いを定め切れず、剛速豆に巻き込まれて吹っ飛ぶ人々があちこちで出たが、
「すみません、すみません!」
 必死で謝りつつも、ルイス滅殺を諦めないのがアルクオリティ。
「あっ、アル!」
 ルアは、ルイスの用意した鬼の面を付けて参戦していた。
 最初は楽しそうに全力で豆を投げて鬼たちを悦ばせたが、虐めっ子気質なので、虐めて悦ばれてもイマイチ楽しくないと飽きてしまったのだ。
 そこで、年の数だけ豆を食べようと、九百個以上食べるべく、飛び交う豆をキャッチしながら無心に食べているところを、ルイスを追い掛け回すアルを見つけ、今度はアルの背を追い回し始める。
 半身であり執着の対象でもあるアルに抱きついてやろうと言うのがルアの目論見だ。

「おにはーそと、ふくはーうちっ!」
 ミリオルはご機嫌で豆を投げていた。
 彼の文化圏に豆まきなどという行事はなく、豆まきの何たるかもまったく知らないミリオルは、とりあえず『呪文』を唱えながら力いっぱい豆を投げてやればいいのだろう、という認識だ。
「豆を投げるといいことあるって聞いたしっ!」
 ミリオルが、両手は勿論のこと、背中から生えた四本の脚まで使って、手当たり次第に豆を投げている隣では、五尾の猫又、花咲杏が、楽しげに豆をまいている。
「ああ、日本の伝統、っていう感じやねぇ」
 妖怪である彼女は、目にしみる正装姿の鬼たちにも怯まず、豆をぶつけては彼らを悦ばせていたが、ぶつける対象にそれほどこだわってはいないようで、時には間違えて豆まき参加者にも投げていた。
 とはいえそれも可愛らしい少女のすること、大した問題にはなっていなかった。
 ――その時までは。
「いやぁ、楽しそうだなぁ皆。観てるだけでうきうきして来ちまうぜ」
 ディズは、阿鼻叫喚と言っても過言ではない惨劇を、呑気に、かつ楽しそうに眺めていた。少々一般から逸脱した思考回路を持つディズには、鬼たちの正装も、豆に殺されそうになっている被害者たちの姿も『楽しそう』で一括りだ。
 しかし。
 ミリオルと杏の投げた流れ豆が、最愛のブルーノにぶつかった瞬間、ディズの表情が変わった。
「堪忍なぁ、旦那はん」
 身体に当たっていなかったので、杏は大したこともないだろうと一言告げてひらりと逃げ、ミリオルはそもそも当たったとも思っていないのか、そのままディズの脇を笑いながら走り抜けてゆく。
 ディズは、青く輝く相棒を見下ろし、
「……」
 しばしの沈黙のあと、
「ア・ン・タ・らあああああッッ!!」
 頭から湯気を噴き上げんばかりの激怒ぶりで、ふたりを追いかけ始めた。
「あれ? 追いかけっこするの? 豆まきって、そういう行事なんだ」
 ミリオルは怒りのあまり真っ赤になって突進してくるディズの姿に首をかしげ、
「旦那はん、うちと遊びたいのん? ええよ、そんなら捕まえてぇな」
 くすくす笑った杏は、楽しそうに尻尾を揺らめかせて軽やかに逃げ回る。

 その頃、昇太郎は、わけも判らぬままミケランジェロに引きずられて豆まきパーティへ来ていた。
 何せ彼は異世界を描いた映画出身だ、豆まきなど知りはしないし、地獄で行われているこのカオスには圧倒されるしかない。
「こりゃあ、一体何の争いなんじゃ……」
 乱舞する豆、吹っ飛び悦ぶ鬼たち、巻き込まれる不幸な参加者たち、あちこちで上がる悲鳴……という色々な意味での惨劇を、昇太郎が呆然と眺めていると、
「とりあえず、おまえも喰らっとけ!」
 高笑いを響かせながら鬼たちに豆をぶつけていたミケランジェロが、唐突に矛先を自分に向けてきた。
「あだッ!?」
 あまりに急のことで咄嗟に反応も出来ず、顔面に思い切り豆を喰らい、昇太郎は思わず顔を押さえて蹲った。痛みに慣れてしまっている修羅も、予想外の衝撃には弱い。
「ははは、全部顔で受けてやがる。ある意味すげぇんじゃねぇの?」
 眉根をぐっと寄せた昇太郎は、調子に乗ったミケランジェロが、更に豪速豆を投じてくるのを横に跳んで避け、
「こんンッッの、馬・鹿・タ・マがあああッ!!」
「タマじゃねぇっつってんだろ!?」
 思わず目を剥いて突っ込むミケランジェロに、手当たり次第に豆を掴んでは投げつけ始めた。
「痛たたたッ、痛ぇっつのこの馬鹿!」
「最初に始めたんはおまえじゃろうが!」
 大人気なく、お互いむきになって豆を投げ合うこと十数分。
 息を荒らげて睨み合っていたふたりは、
「待ぁあてええええええッッ!!」
 聞き慣れているのに耳慣れない、友人声を聞いたところで同時に振り向き、絶賛激怒中のディズがミリオルと杏を追い掛け回していることに気づくと、
「何じゃ、何をやっとるんじゃアイツは……!?」
「えっらい剣幕だな、オイ」
 慌てふためき、または呆れつつ、それを止めるべく走り出した。

 木村左右衛門は、徐々に阿鼻叫喚の様相を呈し始めた豆まき会場をじっくりと観察していた。
「そのふわふわ前掛けは、自ら問屋で選んで買ったのか……?」
 実に興味深い、と頷く左右衛門に、通りすがりのルイス・キリングが突っ込むトコそこなんだ、と呟いて行く。もちろん、彼の背後に迫るのは復讐の鬼と化したアルである。
「……鬼と言えば、虎皮の腰巻きに金棒を持っているものではないのか……むぅ。しかしまぁ、よくもこれだけの豆を集めたものだな……」
 何せ江戸人、現代人から少々ずれたものの考え方をする左右衛門は、ルイスが通り過ぎた後も豆まきに関する考察に耽っていた。
 その近くで、華夏都凌は、トライアスロンで弟に負けた鬱憤を晴らすべく、実弟の華夏都麗に狙いを定めていた。
「ふふふ……これぞ反撃のチャンス!」
 スタントマンとしてよく鍛えている凌の投擲する豆は当然当たると痛い。
 豆は和気藹々と豆まきをしていた弟の後頭部に、面白いほど高らかな音を立てて直撃した。
「ぁ痛ッ!?」
 ちょうどオフだった麗は、地獄で面白いイベントがあると聞きつけて参加していた。友人もたくさんいたので、あちこちで親交を深めながら楽しく豆をまいていたら、これだ。
「何やってんだこの馬鹿アニキ!? 何でわざわざ俺を狙……わぶっ!?」
 語尾が妙なことになったのは、無言のまま投擲された第二の豆が顔面を直撃したからだ。
「……」
「……」
 兄弟で睨み合うこと、しばし。
 その一瞬の後、平穏は過ぎ去り、バトル開始のゴングが鳴り響く。
 豆と拳と蹴りとが乱れ飛ぶ戦場で、双方のバッキーはその様子を楽しむように傍観していたという。

 信崎誓は、事務所の常連である須哉逢柝とともに、豆まきの何たるかを、異世界人であるレイドとルシファに説明していた。
「――つまり、豆まきというのは、親愛の情を豆に込めて、親しい人に思い切り投げつけるっていう催しなんです」
「ああ、なるほど、だから鬼たちはあんなに喜んでるのか」
「ええ……ただ、この豆まきにはルールがありましてね。ねえ、逢柝さん」
「ん? ああ、そうなんだ、豆まきは、年下の奴が年上の奴に向かって投げるのが基本なんだ、だからあたしたちの場合は、レイド、あんたが投げられる側になんなきゃいけねぇってことさ」
「……それって、結構不利なんじゃないのか、俺」
 こんな時ばかりナイスコンビネーションを発揮してレイドに不利な嘘八百を並べ立てる誓と逢柝だが、そもそも人を疑うことを知らないルシファは当然として、この世界、この国の行事に詳しくない、そして案外お人好しで純心なレイドもそれを信じたようで、
「まぁ……いいか。んじゃ、折角来たんだ、その豆まきっての、やってみようぜ」
 そう言って三人を促した。
 誓は逢柝と顔を見合わせ、逢柝はルシファと目配せをした後、おもむろに大きな枡に入った豆を握り締め、レイド目がけて投擲した。
 ルシファはそもそも非力なので大した勢いはなかったが、腕力に秀でた誓と逢柝の放った剛速豆は、狙いを過たずレイドの全身をヒットし、
「あだだだだッ!? 痛ぇ、地味に痛ぇぞこれっ!?」
 レイドに悲鳴を上げさせた。
「よしっ、更に喰らえ、ロリコンっ!」
「ロリコンじゃねぇっつってんだろこのバカイキ!?」
「じゃあ、変態ですか?」
「変態でもねぇっ!」
「えーと、じゃあ……ようじょしこう、だったっけ?」
「ちょっ……おま、どこでそんな単語覚えてきたんだ、ルシファ!?」
「えーとね、誓さんが、レイドはようじょしこうなんだって教えてくれたんだよ」
「誰が幼女嗜好だアホ天使っ! 人聞きの悪いこと言うな……って痛たたたたっ!」
 集中砲火を浴びて悲鳴を上げるレイドに、ロリコン変態幼女趣味などと揶揄し囃し立てながら豆をぶつける三人。
 やり返したくなるものの、どうにも人の好いレイドは、知り合い、しかも何やかや言いつつ親しくしている人々に豆をぶつけるのは気が引けて、結局、一方的に攻め立てられる羽目になっていた。
 ――それはそれは多勢に無勢風の豆まき風景だった、と、四人の様子を見ていた鬼たちが後に語ったという。

「ウギャッ、マジこれ被って参加しろってーの? いやデザイン的にありえないし!」
 桑島平に鬼アフロを無理やり被せられた時の、新倉アオイの叫びがそれだった。
 しかし、豆まきが始まってしまうと、目に痛い正装姿の鬼たちが醸し出すインパクトも手伝ってか、特に気にするでもなく、決まり文句を口にしながら豆をまいていたアオイの目に入ったのは、彼女と同じ鬼アフロを装着したトナカイ、ルドルフだった。
 ルドルフは、平が面白いものを配っていたので装着した、程度の認識で、むしろこれで可愛子ちゃんたちの受けが取れるゼ、などと思っていた。同じ鬼アフロ仲間である流鏑馬明日に色目などを使いつつ、こういうお祭は楽しまなきゃソンだ、と、ウキウキで参戦しようとしていたルドルフだったが、
「ん、お、豆が……」
 あちこちに落ちている豆の誘惑に負け、豆まきそっちのけで貪り食べていた。
「おっと……こりゃ…ポリポリ……ん、なかなか……ポリポリ……オツなもんだゼ」
 香ばしく炒られた豆の、噛めば噛むほど増してゆく甘味を楽しみ、ご満悦のルドルフの引き締まったキュートなお尻目がけて、
「くらえっ、セクハラトナカイ!」
 ここぞとばかりに豆をぶつけるのは、もちろんアオイである。
 とはいえ、残念ながら、もふもふの毛に阻まれて、アオイの攻撃は華麗にスルーされてしまったが。

 阿鼻叫喚の大騒ぎを繰り広げる豆まき参加者たちの鼻に、美味そうな、腹の減る匂いが届くのは、ちょうどこの辺りからだ。



 3.牧歌的に、豆クッキング。

 ブラックウッドは、初め、豆まきに参加するつもりでここへ来た。
 何せ彼の使い魔が、めめまき! と楽しげに自己主張をしたからだ。
 しかし今や使い魔はご主人様にしがみついてわんわん泣いている。
 お子様の使い魔には、目に痛い正装の鬼たちは少々刺激が強すぎたらしい。
「ほら、いい匂いだろう? ここで美味しいものをいただいて元気を出しなさい」
 結果、ブラックウッドは、料理教室ブースへと避難することになったのだった。
「ここも賑やかで、楽しそうだね」
 いつもの微笑で皆のクッキングを見守るブラックウッドの手前では、三月薺が、様々な材料に囲まれながらのびのびと料理教室に参加していた。
「やっぱり、せっかくだから、恵方巻きは作りたいよねっ」
 しかも、恵方巻きの中身に入れる具には、全バッキーカラーを使用しようという心積もりだ。
 酢飯や海苔、玉子、三つ葉やセリ、鱈子や蒲鉾が並ぶ中、薺がてきぱきと準備をしていると、
「ああ、やはり恵方巻きですよね。お宅の味付けはどのような……?」
 と、肩にバッキーを乗せた鹿瀬蔵人が声をかけてきた。
 常識外れの体格をした大きな青年だが、表情や眼差し、口調は柔和で、薺に警戒心を抱かせない。
「あ、はい、ごはんの味付けを少し甘めに……」
「ああなるほど、うちは、昆布選びにこだわっていますね」
「そうなんですか」
 にこにこと家庭の味を披露し合うふたりに、
「あの……すみません」
 香我美真名実が声をかけてくる。
「私も、ご一緒させていただいてよろしいですか?」
「勿論ですよっ」
「ええ、無論です」
「ありがとうございます。私、恵方巻きの他にも、鰯の押し寿司と福茶を作りたいんです」
「あ、いいですねぇ! 私は、ホットケーキの粉と薩摩芋を使った鬼パンっていうのを作りたいんですよー。有名なお料理ブログに載ってたんです」
「ああ、それも美味しそうですね。僕は、昆布巻きやお汁粉なんかどうかなぁと思っているんですが」
「わあ、素敵! じゃあ、一緒に恵方巻きを作ってから、それぞれの料理を作りましょうか。もちろん私、おふたりのお料理、手伝いますからっ!」
 腕まくりをした薺が元気よく言うすぐ傍を、正装姿の鬼が、豆をぶつけられながら嬉しそうに逃げて行く。
 真名美が目を細めた。
「それにしても、鬼の皆さん、素晴らしい恰好をしていらっしゃいますね」
「そうですね、あのエプロン、どこで売ってるのかなぁ」
 薺がそれに同調し、にこにこ笑う。
「それに楽しそうで、和気藹々としてて、いいですねぇ」
 蔵人もまた頷き、目を細めてタルタロス大平原を見つめていた。
 とはいえ、三人とも手は休めない。
 平原の一角に設えられた会場にて、力尽きた人々に復活のパワーを与えるべく、せっせと料理を作ってゆく。

 キュキュは、炒りまくった豆を細かく砕き、お正月に食べ尽くし損ねた餅と併せて安倍川餅を黙々と製作していた。それはもう黙々と。熱中していたといって過言ではなかった。
「ああ……たくさん出来ました」
 ようやく満足の行く数が出来たのか、触手一本につき一皿を持ち、豆まきバトル参加者たちにサービスしにゴー! ……しようと思っていたキュキュだったが、
「ごめんキュキュちゃん、悪いんだけど手伝ってくれねぇ?」
 片山瑠意に呼び止められ、何度か瞬きをした後、安倍川餅の乗った皿をテーブルへ置いた。
 勤め先のお客である瑠意とは親しくさせてもらっているから、彼の求めには抗えない。
「何をお手伝いいたしましょうか?」
「うん、これなんだけど……」
 瑠意は、真禮とともに豆料理に勤しんでいた。
 キュキュの助力も得て更にパワーアップ、楽しげに鍋をかき回し、調味料を加え、次々と豆料理を仕上げてゆく。
 ヒヨコ豆や緑豆のスープ、豆ご飯やチリビーンズなどの料理が、次々と完成してはテーブルに並べられてゆく。どれもが美味しそうな匂いとともに湯気を立ち上らせ、食べてくれる人を待っている。
「上出来だ」
「はい」
「……しかし、節分とはあまり関係はないな」
「あ」
 真禮が指摘するように、節分のための料理では断じてないが。
「おおっと、美味そうだなっ」
 通りすがりのルイスがつまみ食いをしようとするのを、
「やめんか愚か者」
 杖でぶん殴って止めるのはロゼッタ・レモンバームだ。
 本当は豆をまきに来たのだが、Mをわざわざ悦ばせてやるために投げる豆はない、と、料理に参加することにしたのだ。
 実は案外豆料理が好きなロゼッタは、豚の腎臓と豆の炒め物や、豆とトマトのシチュー、丸ごとの鳥の中に豆とハーブを詰めて蒸し焼きにしたものなどを、片腕で器用に作っていた。
 つまみ食いを許さないのも、豆料理への愛着ゆえである。
「豆まきでぶん殴られるオレって……」
 呻くルイスに、ロゼッタが自分が悪いんだろう愚か者と再度口にするよりも早く、無言かつ物凄い勢いで突っ込んで来た来栖香介が、やはり無言のままルイス目がけて豆を全力投球した。
 全身に豆を食らってルイスが悲鳴を上げる。
 心持ち嬉しそうなのは多分気の所為だ。
「あいたたたっ!? ちょっとくるたん何すんの!?」
「くるたん言うな!」
 香介の目的は当然復讐である。
 今までに自分をくるたんと呼んだ奴全員に豆をぶつけてやる所存だ。
 そんなわけで、次に犠牲になったのは瑠意だった。
「あだッ! 何すんだこのくるたん!」
「だからくるたん言うなッ!!」
 巷にはくるたんと呼ぼう委員会とかいうものまで発生しているようで、香介がこの呪いから逃れるのは相当難しそうだったが、黙っていられない香介は、次に、委員会の発起人であるシャノン・ヴォルムスを探してあっという間に姿を消す。
 アルに追いかけられて、ルイスもあっという間に姿を消す。
「……あっちは賑やかだなぁ」
 ハンス・ヨーゼフは呆れ顔でそれらの光景を見ていた。
「……何やら騒がしいことになってるみたいだけど、これは銀幕市だとまだ其処までのレベルじゃなくて普通なのかな。よくは判らないけど」
 ここは、ハンスの常識を覆すような連中ばかりだ。
 これも慣れなんだろうか、などと呟きつつ、とはいえ料理は楽しそうなので、豆料理のレパートリーを広げようと、ハンスは作業に勤しむ人々の手元を覗き込む。
 ――豆の襲来には充分気をつけつつ。

 神龍命は、大豆を食べたくてこの催しに参加していた。
 何せ大豆は美味だ。
 よく噛むとにじみ出て来る、あの素朴で牧歌的な甘味が堪らない。
 命が、料理の材料として置かれている大豆をぽりぽりと食しているところへ、
「君は、料理はしないんだ? でも、豆をまくわけでもないんだね」
 そう声をかけるのは取島カラスだ。
 彼は、豆まきが終わればきっと皆お腹を空かせているだろうから、と、美味しいものを食べてもらうべく、料理に精を出しているところだった。
「ん? そうだねェ、ボクは豆を食べながら観察をしてたいんだ」
「観察? ……ああ、あっちの」
 鬼たちの正装姿に目をやって、うわぁ……というような表情を一瞬浮かべたカラスだったが、そっか、と頷いた後には笑顔に戻っていた。
「じゃあ、後で、皆が作った豆料理ももらうといいよ」
「うん、そうだねェ、そうさせてもらうよ」
 命が観察に戻り、カラスが鶯豆炒り蒸しパンをこしらえている隣では、小日向悟がレシピのメモに勤しんでいる。美味しいものを覚えて、誕生日などのイベント時に友人に振る舞おうと思っていたのだ。
「ああ、その煮豆、美味しそうですね! コツとか、あります?」
 悟が尋ねるのは続歌沙音で、彼女は、桑島平から冗談っぽく手渡された鬼アフロを飄々と被って料理をしていた。
「そうだね、とろ火でじっくり煮ることじゃないかな」
「なるほど」
 返答もまったくもって普通だ。
「しかし……お前のその扮装、似合っているな」
 その隣で皿を洗うなどの軽作業をしていたベルゼブルが肩をすくめる。
「そうかな。そういうベルゼブルさんも似合いそうだけど、どうだい?」
「俺は魔族であって鬼ではないからな、遠慮しておく」
「おや、残念」
「でも鬼の皆さん、本当に素敵な恰好ですよね。とても似合ってる」
「……ああ、うん、そうだね」
「……ああ、うん、そうだな」
 悟の価値観にあえて突っ込まず、歌沙音とベルゼブルはやんわり笑って作業に戻る。
「すみません、ここから先は……ああ、なるほど、判りました」
 その傍で、古森凛は、豆まきに参加している人たちに振る舞えるよう、手軽で、かつ大量に作れる豆料理がないかどうかを聞きながら料理教室に参加していた。
「お前のその能力は便利だな。知識だけなら俺にもある、適当に問うて、適当に引き出していくといい」
 ベルゼブルが感心するように、凜は、『悟り』の能力を使用することにより、言葉で教えてもらうよりも先に、回答者の脳裏に浮かんだ手順を察して、次々と作業しているのだった。
「では……だし汁と、もち米をあわせて、と……」
 凜が今作っているのは、柔らかく煮た大豆をもち米や鶏肉、人参などと一緒に蒸したおこわだ。小さめに丸めたこれを、薄焼きの玉子焼きで包み、ひょいと摘んで食べられるような一口サイズに仕上げるつもりなのだ。

 皇香月は、目にしみる正装姿の鬼たちに、
「鬼のイメージとか、威厳とか、何かが根本的に間違ってる気がするんですが……!」
 などと、細々と突っ込みを入れていた。
 しかし、鬼たちは突っ込まれても悦んでしまうので、早々に指摘を切り上げ、あちこちで繰り広げられる阿鼻叫喚についつい突っ込んだりしながら、香月は豆料理を手伝っていた。
「いやー、しかしすごいねー」
 その隣で呆れながらも小豆餡を作っているのは李白月だ。
 白月の言葉に、香月が力強く頷く。
「本当にすごいですよね」
「うん、豆まきって、本当にこういう催しだったっけな」
「……断じて違うと思います」
「……うん、ごめん、実は知ってた」
 ふっと遠い目をする白月のすぐ傍を、甘味屋台『胡麻団子愛好会』を引いたスルト・レイゼンが通って行く。
 彼は、戦いに敗北してずたぼろになった参加者たちを労いつつ、
「お疲れ様。甘いものを食べて心を癒してくれ。……また行くのか? いってらっしゃい」
 様々な菓子を振る舞ったり、熱燗を出してみたり、屋台のオヤジを楽しげに全うしていた。
 もちろん、さり気なく、甘味スキーたちを胡麻団子愛好会に勧誘することも忘れない。
「甘いものが好きなら是非胡麻団子愛好会に入らないか? 歓迎する」

 鬼灯柘榴は、あまり厄を落とされては自分の商売が成り立たなくなる、という杞憂を抱きつつも、賑やかなのは好きなので見物に来ていた。
「皆様お元気ですねぇ」
 普段から、ほとんど食べないか、ごくごくわずかな材料を、生で、もしくは単に焼いて塩を振る程度のことかしない柘榴は、この機に料理をしてみようかと、料理教室を覗いていた。
「地獄に来るのは初めてなのですが……そうですか、これが正装なんですか。折角なので体型も合わせてみたのですが、どうにも落ち着きませんね」
 と、柘榴の隣で、やり辛そうに料理をしているのは、覚醒状態で、裸の上半身にひよこの刺繍つきエプロンを装着したランドルフ・トラウトだ。
 裸エプロンというと中々に萌えシチュエーションのはずだが、食人鬼状態の彼だと、地獄の鬼たちと同じ類いの視覚的インパクトが発生する。
 しかし幸い、隣にいるのは柘榴で、
「ええ、でも、皆様楽しそうでいらっしゃいますから。貴方は何を作っておいでです?」
 彼女は、ランドルフが作っている料理の方が気になるらしく、外見についてのツッコミはなかった。
「ああ、はい、豆を入れたボルシチを。もうすぐ出来ます、美味しいですよ」
「素敵ですね、とてもいい匂いです」
 微笑みつつ、柘榴は、他参加者たちからも知識を吸収すべく、視線を巡らせる。
 柘榴の視線の先では、
「さあッ、美味しいお菓子、作るわよーっ!」
 トップモデルばりのスタイルと美貌の持ち主、リカ・ヴォリンスカヤが、殺人的と時に称される腕を揮うべく、大張り切りで腕まくりをしている。
 凄味のある美女が、可愛らしいピンク色のエプロンを身に着けると物凄いギャップが発生するのだが、当人はお構いなし……というよりもまったくそれに気づいていないらしい。
「いやあのリカちゃん、さっきも思ったんだけど、なんでそっちにいるんだ……?」
 料理教室開始当初から、何故か真禮とベルゼブルに混じってそこにいたリカに、彼女の殺人菓子の犠牲になったことのある瑠意が弱々しく突っ込むが、
「えっ、だって、可愛いパティシエがいなくっちゃ、張り合いがないでしょう?」
 まったく通じてはいないようだった。
「え、あれ、なんかここでも地獄の予感……?」
 思わずぼそりとこぼす瑠意の言葉を聞きつけて、
「地獄の料理って、すっごく美味しいですよね!」
 七海遥がぐっと拳を握る。
「私、前にお菓子作った時にお姉ちゃんから『地獄の料理みたいなもの作るな』って言われたんですけど……一緒にしちゃうなんて酷いですよね。だから、今日はデジカメ持って見学させてもらいに来ました! 地獄の料理の名誉回復のために、私の料理とは全然違うって言う証拠を撮らせてもらいますねっ! あっ、それからランドルフさん、柘榴さん、リカさん、瑠意さん、サインくださいっ!」
 溌剌と言った遥が、サイン色紙を四枚、差し出す。
 ランドルフは生真面目に、柘榴は微笑んで、リカは嬉々として色紙を受け取り、料理の合間にサインをしていたが、瑠意だけは、
「いやあの遥ちゃん、俺はスターじゃないから。ファンだから。ねっ?」
 絶対に嘘だ、と周囲に言われそうな主張を繰り返していた。
 信じた者がいたかどうかは、微妙だ。

 着々と料理が仕上がり、いい匂いが漂う中、相原圭は、完成した料理をレストスペースへ運ぶなどの手伝いをしながら、女性の友人を増やすべく、またジャーナルによく出ている有名人たちを眺めるべく、料理教室会場のあちこちを行ったり来たりしていた。
 学校の制服に青いエプロンと、結構な張り切りようで、
「すごいですね、料理上手な女性って、憧れるなぁ」
 などと言いつつ、三月薺と香我美真名美に声をかけ、
「うふふ、どうもありがとうございますっ!」
「いいえ、まだまだ勉強中ですから。でも、褒めていただけて嬉しいです」
 笑顔で返されて照れ笑いをしていた。
 そこへやって来たのが赤鬼ことゲートルードだ。
 隆々たる肉体にフリフリエプロンというハイインパクトな出で立ちの赤鬼に、思わず顔を引き攣らせた圭だったが、顔には出さないよう、必死で笑顔を作る。弱気な自分をこんなところで露呈したくはなかったのだ。
「お腹が減ったですにゃー、ごはんはまだですかにゃー」
 そんな暢気な催促が圭の耳に届く。
 時の神、クロノだ。
 この猫神さまは、紳士は荒事には向かないですにゃーなどと宣いながら豆料理ブースへやって来ると、ポケットから年季の入った樫のテーブルを取り出し(質量云々を突っ込んではいけない)、そこに腰を据えて、岡持ちから取り出したマイ茶碗をマイ箸で叩いて料理が出来あがるのを待っていたのだった。
 勿論、ただでという訳ではなく、料理のお礼用にお茶は用意してある。
 ゲートルードがそれを観て口元を綻ばせた。
「そろそろ料理も出来上がりそうですね。あとは……豆まきの方々次第でしょうか。あちらも、佳境といったところですし」

 赤鬼の言葉につられて平原中央を見遣ると、確かにそこは佳境を迎えていた。
 ――主に、阿鼻叫喚方面で。



 4.幸か不幸か、大団円。

 RDは、地獄にならきっと質のいい悪人が多数いるだろうと思ってやって来ていた。
 彼にとって悪人の肉は珍味だ。
 珍味で、かつ、歯応えがあって量もあって……と、食人鬼の彼には堪らない要素ばかりなのだ。
 勿論、美女や善人、聖職者の肉も堪えられない美味さではあるのだが。
 今日は食い放題のパーティだぜ、と地獄へやってきたRDだったが、何故か地獄の鬼と間違えられ、周囲から豆をぶつけられて、仰天していた。
「痛ェ! な、何しやがんだ! ぶっ殺すぞ!!」
 と、ぶつけた人間たちを追い回すのだが、豆をぶつけられるたびに痛みに驚いて止まってしまい、捕まえられずにいた。
「な、なんなんだ、こりゃあ……!?」
 何せ豆などぶつけられたことがなく、どうして見た目によらず痛いのかが理解が出来ないのだ。
「ははッ、何だあれ」
 豆をぶつけられるたびに咆哮し、怒鳴り散らすRDを面白そうに見ながら、アーネスト・クロイツァーは、風の精霊に頼んでランダムに豆を降らして楽しんでいた。
 頭上から唐突に降って来る豆に驚いて、鬼や他の参加者たちが悲鳴を上げる。アーネストはそれを笑いながら見学していた。
 当然、普通に参加したのでは面白くない、という意識のゆえだ。
 勿論ここは一筋縄では行かない連中ばかりだが、イベントごとなど引っ掻き回してナンボである。そして、その様子を高みの見物してナンボである。
 ちなみに、自分と女性陣には被害が出ないよう、障壁タイプの魔法を使って配慮してある。
 その付近に立ち尽くすクラスメイトPはというと、
「こ、これは……! つ、遂にレーギーナさんのツタがここまで……!」
 と、わなわなと震えながら思いっきり誤解をしていた。
「こ、これがまさに地獄! 去年も節分はやったけど……何かすっごいやり辛い!」
 鬼がフリフリエプロン姿かつドMでは当然だろう。
「あ、そうだ、確か鬼は外がなくて福は内だけのバージョンがあるって聞いたからそれにしよ……って、あ゛あぁあ゛!?」
 慎ましく豆まきを行おうとしていたクラスメイトPだったが、鬼に向かって投げられたはずの豆と、友人間知人間で繰り広げられる豆戦争における豆が、何故かすべてこちらにも降り注ぎ、
「や、ちょ、あの……ッた、助けてーッ!?」
 悲鳴を上げつつ、鬼と一緒に逃げ惑い、ボコボコにされるクラスメイトP。
いつの間にか地獄の一員化しているのもクラスメイトPクオリティ。

「このキャプテン・ギャリック様も鬼として参加してやろう! エプロン着用? イヤ、このマントは海賊の誇りだからは外さねえぞ?」
 海賊帽に角を、口には仮装用の牙をつけ、鬼役として豆まきに参加したギャリック海賊団団長は、意気揚々とマントを翻し、周囲を睥睨していた。
 マントは海賊の誇り、という言葉に鬼たちは感銘を受けたらしく、それ以上エプロンを薦めはしなかったが、折角ですから、と、海賊帽の角に、可愛らしいピンク色のリボンをつけていった。
 何がどう折角なのかの判断は微妙なところだが、豪快で細かいことを気にしないギャリックは、それもまたよし、と放置していた。他の団員から笑われても特に気にはしない。
 雨霰と降り注ぐ豆を軽快に避けつつ、
「オラオラ、気合いれてぶつけてきやがれ。でもな、やられたら十倍返しで俺もぶつけるからな、覚悟しろよー?」
 豆を掴んでは投げ返している。
 どうやら雪合戦の豆まきバージョンと勘違いしているらしい。
「あっちゃー、まーた団長張り切っちゃってるよ。ふーん? 豆まき? 要は相手にぶつけて、ぶつけられなけりゃ勝ちな訳でしょ? よっしゃ、ここはギャリック海賊団として負ける訳にはいかねーな?」
 同じくルールを勘違いしたままギャリックの背後を守るのは、海賊団の稼ぎ頭、ウィズだ。
 ウィズの手には、自分で作成した豆ガトリング砲がある。
「さぁて……華々しく行くとしようか……!
 そこから少し離れた場所では、
「なんだ〜? 今日は食いもんがあっちこっちに落ちてるぜ。っていうか、まいてる!」
 鸚鵡の姿をしたパイロが、ルールも何も関係なく、大喜びで豆を食している。
 夜には人型も取れ、人語も解するパイロだが、基本の生態は紛うことなき鳥である。
 人様のまいている豆を嬉々として啄ばんでいた彼の目に、豆ガトリング砲で無差別攻撃を仕掛けようとしているウィズの姿が入ったのは次の瞬間だ。
 ギャリックは大好きだが他の団員とはソリが合わないというパイロは、
「このとんがり耳っ!」
 ギャギャッと叫びつつ飛んで行くと、鋭い爪での足蹴及び嘴による問答無用の突き攻撃をウィズに食らわせたのだった。
「いってぇっ!? 何すんだこの鸚鵡っ!?」
 パイロの攻撃で、今まさに豆ガトリング砲をぶっ放そうとしたウィズの手先は面白いほどに狂い、他の参加者だけでなく海賊団員まで巻き込む。
 その先には、豆まきを『豆をぶつけても怒られない日』と勘違いしたナハトがいた。
 どうやら誰かに吹き込まれたらしいのだが、すっかりそれを信用し、
「積年の恨みぃぃい!!」
 などと叫びながらパイロを筆頭とした海賊団員に豆を投げていた彼は、返り討ちにあっているところだった。特にパイロはとんがり耳つながりでナハトのことも毛嫌いしていて、容赦なく突き返してくれる。
 ルール云々の問題ではなくボロボロになった彼を無情にも襲うのが、手元の狂ったウィズの放つ豆ガトリング砲である。
「ちょ、ウィズ兄、んなもんどこから……ッギャァアアッ!?」
 器用にもその攻撃をすべて喰らい、地獄の大地へ沈むナハトを、
「やー、うん、骨は拾ってやるから心配すんな?」
 豆をつまみ食いしながら面白そうに見下ろしているのはシキ・トーダだ。
 けらけらと笑い、地に伏して呻きながら手足を痙攣させているナハトの襟首をひょいと開け、服の中に豆を流し込む。
 気持ち悪かったらしく、ナハトが悶えた。
「ちょ、何す……!?」
「え、悪戯?」
 飄々と、のほほんと豆をまきつつも、不意打ちの復讐には大抵気づいて、相手の投げる豆には当たらない。
 ある意味タチの悪い男だった。
 そんなシキの、片方だけの目が、
「お、あんなトコにペンギン陛下が」
 ギャリック海賊団団員として豆まきに加わっている皇帝ペンギンへと向けられる。
 名を王様という彼は、
「ふ、豆合戦とは燃えるな。この王様、勝負事とあっては容赦せん。勿論お嬢さん以外だが」
 ルールを勘違いしつつ豆合戦に参加し、ノリノリで豆を投げていた。
 ペンギンがどうやって豆を掴むのかは、所謂大人の事情、スターの神秘である。
 途中、他参加者のお嬢さんを豆の魔手から庇ったり、お嬢さんに豆を当てられても笑って許したりしつつ、自分に豆をぶつけてくる男性陣には三倍返し、というのが王様の王様たる所以だ。
「豆まきって……こっちの行事みたいなものか? ……勝負事なのか?」
 手の中の豆を見つめつつ、首を傾げているのはヴィディス・バフィラン、海賊団の仕立て屋だ。
「まぁ……とりあえず、投げとくか」
 ヴィディスは、内容を理解しないまま豆を投げ、枡の中の豆がある程度減ったのを頃合に、豆の当たらない位置まで避難して、ギャリックやウィズなど、皆が楽しそうに豆をまいているのを微笑ましく眺めていた。
 中には彼岸を見かけているものもいたが。
「あーあ、あんなにはしゃいで。楽しそうだな……」
 そこからかなり離れた場所で、セエレはおろおろと右往左往していた。
 対人恐怖症で賑やかな場所が苦手なのに、うっかり仲間のノリに巻き込まれ豆まきに参加することになってしまった彼女は、あまりの人の多さに挙動不審になり、パニックを起こしている間に仲間たちとはぐれたのだ。
「おや……迷子かい?」
 親切な青鬼にそう話しかけられたセエレだが、そもそも喋るという行為が苦手なのも相俟って、
「え……っと、その、ええと……っ!」
 まったく要領を得ない反応をしてしまい、青鬼が首を傾げる。
「あの、その、ええとっ」
 セエレが、何とか事情を説明して、仲間たちのところまで案内してもらうまでにかかった時間、そこからおよそ、小一時間。

 豆まきパーティは佳境に入っていた。
 あちこちで断末魔の悲鳴が上がり、かつ、野太い嬌声が響き渡るという、ある種の地獄が粛々と展開されている。
 理月は、何故か最初から鬼役として豆をぶつけられている唯瑞貴を助けようとして巻き込まれ、自分も思い切り豆をぶつけられていた。
「い、いたたたたたッ!? け、結構痛ぇぞこれ!?」
 その流れで、正装は勘弁してもらったもののいつの間にか鬼の側でぶつけられている。しかもこれが痛いのだ。
「ちょ、待っ……変な道に目覚めたらどうしてくれんだこれ!」
 そこは割と今更だが、容赦なく投げられる豆に、理月が、もうすでにぐったりと疲れている唯瑞貴と手を取り合って世を儚んでしまったのも、決して理由のないことではなかった。
「あー……その、なんだ、大丈夫か、唯瑞貴君、理月君」
 八之銀二は、そんなふたりに手を差し伸べつつ、
「なぁ、唯瑞貴君……止められんかったのか、アレ」
 絶賛阿鼻叫喚地獄展開中の周囲に思いを馳せて、思わずそう問いかけていた。
「……判ってる。一応、形式上言っただけだ。流石にあれにツッコミ入れ切るのは無理だよな。その……いい胃薬、紹介しようか? 市長に植村君、ベイサイドホテル支配人とかも愛用しているやつだ」
 銀二は、唯瑞貴が物凄く遠い目をしたのを見てフッとニヒルに笑い、
「あ、豆まきだったな。とりあえず唯瑞貴君、理月君、おにはーそと」
 ここに来た目的を果たすべく、手加減しつつふたりに豆を投げた。
 その後、
「あとそこの鬼ども! 俺にエプロン着せようとすんなァッ!」
 背後からベビーピンクのフリフリエプロンを手にしてにじり寄って来る鬼たちに向かって、かなり本気で豆を投擲する。
 途端に上がる悲鳴と嬌声、
「やっぱ銀子姐さんは最高だぜ!」
 という嬉しくもなんともない賛辞。
「今年もこのノリかっ、このノリなのかっ!?」
 脳裏にベビーピンクの幻影を見て銀二が呻くと、生温かい眼差しで首を横に振った理月が、彼を励ますように肩をぽんと叩いた。

「さあ、皆さん、テーブルが整いましたよ!」

 そこで響き渡るのは、紅蓮公ゲートルードの、恐ろしげなのにどこまでもよく通る声だ。
 彼の言う通り、レストスペースからは、空腹に染み渡るようないい匂いが漂ってくる。
「皆さん、豆まきお疲れ様です! たくさん食べてくださいねっ!」
 見た目にも楽しい恵方巻きを手に薺が笑い、
「あの、皆さん、安倍川餅はどうですか? 美味しいですよ」
 触手の一本一本に黄な粉餅の乗った小皿を持ったキュキュが恥ずかしそうに言い、
「豆をたくさん入れたボルシチが出来ましたよ! 温かいうちに食べてください!」
 ひよこ柄のエプロンが妙に馴染んできたランドルフが大きな鍋を掲げて見せ、
「可愛いパティシエの作った小豆入りクッキーと、金時豆の甘煮を使ったタルトはどう? とっても美味しいわよ!」
 それやばいって、と周囲が青褪める中、外見だけは美味しそうな菓子を手に、リカが可愛らしくウィンクをする。

 そこで、すべての豆戦争は一段落。
 誰もが顔を見合わせて、やれやれなどと溜め息をつき、手にしていた枡を回収役の鬼たちに手渡すと、一斉にレストスペースへと歩き出した。
 事実、長時間大騒ぎをしていたのもあって、皆空腹だったのだ。
 料理班の人々が精魂込めて作った料理が、大きなテーブルの上で、それぞれに自己主張をしている。
 誰もが笑顔になって、銘々に、親しい人たちとともに席につく。
 次の瞬間勃発した料理争奪戦もまた壮絶だったけれど、誰もが心底楽しみ、そして料理に舌鼓を打ったということだ。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました!
豆まきシナリオにして初のパーティノベルをお届けいたします。

皆さんの素敵なプレイングのお陰で、なんとも個性的な阿鼻叫喚が繰り広げられることとなりました。ノベルを執筆しながら、「豆まきってこういう行事だったかなぁ」と記憶を探ってしまったことを否定しません。

なお、人数×300文字という性質上、すべてのプレイングを拾えなかったことをお詫びすると同時に、その中でも、各PCさんがどのように活躍しておられるかを、楽しんでいただければ幸いです。

そして、毎度のことながら、私事でお届けが遅れ、皆さんをお待たせしてしまったことをお詫びすると同時に、それに際して温かいお言葉を下さった方々には、伏して御礼申し上げる次第です。

それでは、少しでも楽しんでいただけることを祈りつつ、また、次なるシナリオでお会いしましょう。
公開日時2008-03-09(日) 18:40
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