★ チョコレート・ダンジョン 〜in 銀幕ベイサイドホテル〜 ★
<オープニング>

 本田流星に、支配人室から呼び出しがかかったその日。
 銀幕ベイサイドホテルの支配人は、大変顔色もよろしく、表情も穏やか、胃腸の調子も良好そうだった。
 それもそのはず、支配人の胃痛の種であるところの大女優SAYURI様は、2月1日現在、ホテル内にも銀幕市にもいらっしゃらないのである。仕事の関係で、1週間ほど海外にお出かけなさっているそうな。
 ふー、やれやれ。ひと息つくなら今のうち、とは、大人のこととてはっきりとは言わねども、つまりはそういうことなのである。
「SAYURIさんがいらしてからというもの、事件続きだったからね。歓迎パーティのときのBlue Harpiesからの挑戦状は、今思い出しても胃が痛むよ。その後も、枚挙にいとまがないほど色々あったし……。たまには当ホテルも、女性ヴィランズに邪魔される危険などない、楽しく安全なイベントを開催したいんだが。い――」
 今のうちに、と続けそうになりながら、支配人はこほんと咳払いをする。
 お気持ち、よーくわかります、と、流星も大きく頷いた。
「具体的に、どんな催しをお考えですか?」
「それなんだがね。バレンタインも近いことだし、【本田総料理長によるチョコレート作り教室】というのは、どうだろう? 概要は、こんな感じで」
『イベント案・仮』とヘッダーにプリントされたA4サイズの書類を、支配人は流星に見せた。

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     *〜* チョコレートスイーツ作り教室のご案内 *〜*
 …―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…

  銀幕市の皆様へ

  いつも当ホテルをご利用いただき、ありがとうございます。
  日頃の感謝をこめまして、ささやかなイベントを開催いたします。
  待ちに待ったバレンタインデー、貴方の愛を伝えるためのチョコ作りを、
  本田総料理長にお手伝いさせていただけませんか?
  どうぞお誘い合わせのうえ、奮ってご参加ください。

  ★A班【本命チョコ】作成
  愛するひとのハートを直撃する、気合いの入った勝負チョコを作ります。
  老若男女種族不問。
 (作成例)各種プラリネ・セレクション風チョコ、フォンダン・ショコラetc.

  ★B班【友とファミリーチョコ】作成
  友人や家族が大切な貴方。みんなの笑顔のために頑張ってみましょう。
 (作成例)チョコレートブラウニー、タルト・オ・ショコラ、ザッハトルテetc.

  ★C班【義理と人情と同情チョコ】作成
  いつもお世話になっているあのひとには、礼をつくしたものを。
  チョコがもらえなくて可哀想な誰かさんには、ささやかな同情をこめて。
 (作成例)生チョコ、ポテトチップチョコ、柿の種チョコetc.

  ★D班【自分へのご褒美チョコ】作成
  世界中のチョコは自分のもの! チョコレートキングも顔負けの貴方のために。
  ネタチョコを作りたいかたもこちら。
 (作成例)テオナナカトル型チョコ、ピラミッド型チョコ、誰かさんのフィギュアチョコetc.

  ★X班【警備・裏方】
  チョコは作らず、スタッフとしての参加になります。
  当日は、何が起こるかわかりませんので……。日当はお支払いいたします。


 …―…―…―…―…―…―…―…―…― 主催 銀幕ベイサイドホテル 
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「あのぉ……。支配人。A〜D班はわかりますが、このX班てどういう意味ですか?」
 せっかくの安全前提イベントであるのに、いや〜んな予感がもりもり湧いてきて、流星は眉を寄せる。
 それにこの内容のお茶目さは……。支配人もかなり、染まっちゃったというか毒されているというか。同じ意味だが。
 支配人は、ふっと遠くを見つめる。
「……私だってね……。万一のことなんて考えたくはないよ……。だけど実際、当日になってみなければわからないじゃないか」
「そんなことないです! きっと可愛いお嬢さんたちをたくさん迎えて、恙なくチョコレート作り教室が開催できますよ」
「可愛いお嬢さんたち以外もたくさん参加してくださると思うが」
「住民登録なさっている善良な市民でしたら大歓迎ですよ。……そうだ、珊瑚姫や源内さんには、この企画は極秘にしておきましょう。まるぎん系の素材を持ち込まれたら収拾がつかなくなるので」
「うん、それは言っておこうと思ってた。よろしく頼むよ」

 ★ ★ ★

 しかーし、当日。
 この記事をお読みの方々のご想像どおりに。
 事は、起こってしまった。
 ……それも。
 とっておきの、ムービーハザードが。

「あ〜〜れ〜〜〜!!! 流星〜! 支配人〜! 大変ですえ〜。一大事ですえ〜!」
 ノックもなしに、支配人室に駆け込んできたのは珊瑚姫である。てか何で姫がここに、と、ツッコミできない勢いだ。
「たった今、ほてるのろびーに、ちょこれーと風だんじょんへの入口が発生しましたえ。ちょこ製のもんすたーが、わらわらと湧き出ておりますゆえ、妾は警備に回ります。流星は、予定どおりにちょこ教室を行ってくだされ」
「……支配人」
「……総料理長」
 てかダンジョンもさることながら、極秘企画ばればれ? 何で?
 茫然と顔を見合わせるふたりの背を、珊瑚と一緒にやってきた源内が、ばしんと叩いた。
「なぁに。心配するな。チョコ作りに参加する皆の安全を確保するため、急遽、対策課に連絡して、対応要員を回してもらってる。とりあえず腹を空かした人魚姫と、スーパー子猫の『まぁ』、『みぃ』、『むぅ』がダンジョンに突入したし、流星の実家の了解取って借りたペス殿も、只今モンスターと交戦中だ」
「ちょこ教室の進行も、流星ひとりでは難儀でありましょう? 神々のぱてぃしえ兼くれーぷ屋店長の『ろーえんぐりん』に応援を要請しましたぞ」
「今日は可愛いお嬢さんたちがチョコ作りに来るんだってな。俺もアシスタントに入ろう! ……いやいやいや、そう遠慮するなよ」
「…………支配人」
「…………総料理長」
 ――夢の神よ。
 何故、銀幕ベイサイドホテルはこのような試練を受けなければならないのですか……! 
 と、天を仰いてみたところで、ご多忙なオネイロスさまからは特になんのコメントがあるわけでなく。
 総料理長は、腹をくくることにした。
「わかりました。ともかく今は、ぼくに出来ることをしましょう」
 流星は夢の神からバッキーを与えられなかった。ゆえに、身に降りかかる火の粉は自分で払うしかない。
「それでは源内さん。お集まりの皆さんに告知をお願いできますか? ムービーハザード発生中ではありますが、ただいまより【本田総料理長によるチョコレートスイーツ作り教室】を開催いたします」


種別名パーティシナリオ 管理番号383
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントあ〜〜れ〜〜! 銀幕市民の皆様〜。一大事ですえ〜。新形式の、ぱーてぃしなりおですえ〜。
……ということで、こんにちは、神無月まりばなです。イベント属性WRではありますが、このような場で先陣を切らせていただきまして、ちょと涙目でガクブルしております。
参加枠「999」とか「100」チケットってどんだけバグやねん、と思ったかたもおられましょう。でもバグじゃないんですって。
999は、つまり事実上の無制限ということでございます。たとえば、10PCさまをお持ちのかたは、1000チケットで10名さま投入も可能でございますのよどうですかこの機会にゼヒ(神無月ったら必死)。

見苦しい営業コメントはさておき。
そんなわけで、総料理長のチョコ作り教室が開催されるその日、銀幕ベイサイドホテルにチョコレートなダンジョンが発生してしまいました。
ご参加の皆様の選択肢は、大まかに分類しますと以下の3つになるかと思います。

1)A〜Dいずれかの班に加わり、チョコを作る。
2)X班-a(スタッフ)として、A〜D班がチョコ作りに集中できるよう、ダンジョン入口で警備に勤める。
3)X班-b(チャレンジャー)として、ダンジョンをひたすら探索。
※班の掛け持ちをなさいますと、あまり活動できない可能性があります。

このムービーハザードの由来は、ほのぼの脱力ダンジョンゲームを原作としたファンタジー映画、その名も「Cioccolato RPG」です。
出現モンスターは凶暴なものもいますが、中には愛嬌があって話が通じるものも混ざってます。みなチョコレート製ですが、何故か熱には強いです。

【ダンジョン内のモンスター分布図】
 地下1階〜10階………………植物系モンスター
 地下11階〜20階……………昆虫系モンスター
 地下21階〜30階……………両生類系モンスター
 地下31階〜40階……………鳥系モンスター
 地下41階〜50階……………動物系モンスター
 地下51階〜98階……………詳細不明
※99階にはモンスターはいません。「何か」が存在します。
※モンスターはアイテムを落とすことがありますが、玉石混交です。がらくたも、呪われているものもあります。ご注意をば。

ダンジョン内での移動手段の基本は「足」です。瞬間移動タイプ、時間操作タイプの能力をお持ちの場合でも、移動距離は制限されてしまいますのでお気をつけください。探索する階を、ピンポイントで絞ってみるのもいいかも知れません。

それでは、総料理長ともども、濃厚なチョコの香り立ちこめる銀幕ベイサイドホテルにて、正座してお待ちしております。

参加者
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
バロア・リィム(cbep6513) ムービースター 男 16歳 闇魔導師
白木 純一(curm1472) ムービーファン 男 20歳 作家志望のフリーター
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
朱鷺丸(cshc4795) ムービースター 男 24歳 武士
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
ルウ(cana7787) ムービースター 男 7歳 貧しい村の子供
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
狼牙(ceth5272) ムービースター 女 5歳 学生? ペット?
ルイーシャ・ドミニカム(czrd2271) ムービースター 女 10歳 バンパイアイーター
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
榊 闘夜(cmcd1874) ムービースター 男 17歳 学生兼霊能力者
鳳翔 優姫(czpr2183) ムービースター 女 17歳 学生・・・?/魔導師
クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
天月 桜(cffy2576) ムービーファン 女 20歳 パテシエ
李 黒月(cast1963) ムービースター 男 20歳 半人狼
宝珠 神威(chcd1432) ムービースター 女 19歳 暗殺者
黒孤(cnwn3712) ムービースター 男 19歳 黒子
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
光原 マルグリット(cpfh2306) ムービースター 女 82歳 理事長/主婦
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
佐々原 栞(cwya3662) ムービースター 女 12歳 自縛霊
鹿瀬 蔵人(cemb5472) ムービーファン 男 24歳 師範代+アルバイト
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
信崎 誓(cfcr2568) ムービースター 男 26歳 <天使>
昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
冬野 真白(ctyr5753) ムービーファン 女 16歳 高校生
斑目 漆(cxcb8636) ムービースター 男 17歳 陰陽寮直属御庭番衆
真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
DD(csrb3097) ムービースター 男 24歳 便利屋
ディズ(cpmy1142) ムービースター 男 28歳 トランペッター
ナハト(czmv1725) ムービースター 男 17歳 ギャリック海賊団
ブライム・デューン(cdxe2222) ムービースター 男 25歳 ギャリック海賊団
ロス(cmwn2065) ムービースター 男 22歳 不死身のファイター
ジュテーム・ローズ(cyyc6802) ムービースター 男 23歳 ギャリック海賊団
アディール・アーク(cfvh5625) ムービースター 男 22歳 ギャリック海賊団
シノン(ccua1539) ムービースター 女 18歳 【ギャリック海賊団】
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
浦瀬 レックス(czzn3852) ムービースター 男 18歳 ミュータント
ブレイド(cthn9492) ムービースター 男 27歳 不浪人
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ハンナ(ceby4412) ムービースター 女 43歳 ギャリック海賊団
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
アーネスト・クロイツァー(carn7391) ムービースター 男 18歳 魔術師
皇 香月(cxxz9440) ムービーファン 女 17歳 学生
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
コーディ(cxxy1831) ムービースター 女 7歳 電脳イルカ
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
ミリオル(cwyy4752) ムービースター 男 15歳 亜人種
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
西村(cvny1597) ムービースター 女 25歳 おしまいを告げるひと
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
ベルナール(cenm1482) ムービースター 男 21歳 魔術師
クロノ(cudx9012) ムービースター その他 5歳 時間の神さま
カロン(cysf2566) ムービースター その他 0歳 冥府の渡し守
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
ルシエル・ディグリース(csfa5347) ムービースター 男 24歳 魔導騎士
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ゲンロク(cpyv1164) ムービースター 男 55歳 ラッパー農家
RD(crtd1423) ムービースター 男 33歳 喰人鬼
津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
古森 凛(ccaf4756) ムービースター 男 18歳 諸国を巡る旅の楽師
アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
本気☆狩る仮面 あーる(cyrd6650) ムービースター 男 15歳 謎の正義のヒーロー
本気☆狩る仮面 るいーす(cwsm4061) ムービースター 男 29歳 謎の正義のヒーロー
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
崎守 敏(cnhn2102) ムービースター 男 14歳 堕ちた魔神
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
結城 元春(cfym2541) ムービースター 男 18歳 武将(現在は学生)
続 那戯(ctvc3272) ムービーファン 男 32歳 山賊
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
兎田 樹(cphz7902) ムービースター 男 21歳 幹部
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
ニグラ・イエンシッド(cnux5810) ムービースター 男 29歳 ギャリック海賊団
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
りん はお(cuuz7673) エキストラ 男 35歳 小説家
ウィズ(cwtu1362) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
ギャリック(cvbs9284) ムービースター 男 35歳 ギャリック海賊団
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
ルーファス・シュミット(csse6727) ムービースター 男 27歳 考古学博士
<ノベル>

【副題:116人の愛と冒険と混沌】

 ──── そして班分けが始まる ────  

「あ〜〜れ〜〜〜!!! 流星! 支配人! 大変ですえ〜〜」
 再び、珊瑚姫の、絹の帯でメビウスの輪を作るような、記録者もどう表現していいんだか困ってしまう悲鳴が響く。
 いったん、ロビーに設けていた受付カウンターの様子を見に行き、戻ってきたのだ。
「あっという間にちょこだんじょんの噂が銀幕市中に広まったらしく、参加者が、参加者がぁぁぁ〜〜」
 その手にしっかと、参加者名簿が握りしめられているのを見て、流星と支配人はそっとため息をつく。
 懸念していたことが起こった。
 おそらく――参加者はひとりもいないのだ。
「そうですか……。残念ですが、チョコ教室はお流れですね、支配人?」
「仕方あるまい……。皆さんの安全が第一だ。イベントはムービーハザードの収束後、改めて行うことにしよう」
 意気消沈したふたりに、珊瑚姫はぶんぶんと首を横に振る。
「違いますえ、その反対です。勇気ある銀幕市民がたっっっくさん集まってくださって、受付にて妾がかうんとさせていただいたところ、総勢116人」
「……はい? 聞き間違いかな。今、なんて」
「ひゃくじゅうろくにんっ!!! 集まってくださったのです」
「姫……。慰めようとしてくださるのは嬉しいですが、そんな人数、あり得ません」
「ええい往生際の悪い! 信じられぬというなら受付順に読み上げますえ。薺にばろあに純一に太助にきゅきゅにしゃのんに白亜にはんすに朱鷺丸にれもんにるうに遥にふぁーまに狼牙にるぃーしゃに悟に縁にべるに梛織に闘夜に優姫にくらいしすにりがにゆきに杏に須美に白月に桜に黒月に神威に黒孤に洸にりちゃーどにまるぐりっとばっちゃんにれおに栞に蔵人にらくしゅみに誓に昇太郎にみけにれんに真白に漆に壱にりかに黒木殿にでぃーでぃーにでぃずになはとにぷらいむにろすにじゅてーむにあでぃーるにしのんに明日に平にれっくすにぶれいどに剣之進に竜おとっつぁんにはんなに王様にあーねすとに香月にれいにこーでぃに逢柝にみりおるに柘榴にるしふぁにれいどにくれてぃに西村に橋三にじむにべるなーるにくろのにかろんにするとにるしえるにらんどるふにげんろくにあーるでぃに俊介に凛にあるにるいすにるあに蝶々仮面あーるに蝶々仮面るいーすにせばんに敏にるどるふにあおいにろぜったに銀二に香介にえんりにれいらに歌沙音に元春に那戯に龍樹に樹に命にからすににぐらにしゅうにびぃに悠里にりんはおにうぃずにぎゃりっくにしきにるーふぁす。一部、妾専用の愛称にて呼ばせていただき、まし……た」
「姫、水を」
「おお、悟。どうもですえ〜」
 息継ぎなしで名簿を追い、声がかすれてしまった珊瑚姫に、小日向悟から水入りグラスが差し出された。
 ホテルスタッフのユニフォームを身につけている悟を見て、支配人は安堵の息を漏らす。
「小日向くん。君は、もしやX班に志願してくれたのかね?」
「支配人と総料理長がピンチとあらば駆けつけますよ」
「頼もしいですのう〜」
「あはは、姫の度胸にはかなわないよ。ちょっと名簿借りるね」
 持ち込んだパソコンを教室内のテーブルに設置し、悟は名簿一覧をチェックする。
「X-b班希望者の中にデータ生命体のムービースターがいれば……。あ、いた。コーディちゃん」
「よんだ?」
 青いワンピースを着た少女が、ゆらりと現れる。
「今から、ダンジョンに入るよね?」
「ウン。おもしろそうだカラ」
「お願いがあるんだ。チョコ作りに参加するひとたちも、ダンジョン内の様子を知りたいと思うんだよ。それでね」
「わかった。コーディ、ダンジョンからデータおくるヨ。モニタにうつせばいいノ?」
 悟が肯くと同時に、コーディはメタリックボディの青いイルカとなった。尾をひるがえし、空間を海のように泳ぎ、ロビーへ戻っていく。ダンジョンに入るのが、とても楽しみであるらしい。
「こんにちは。本田さん、支配人さん」
 少しためらいながら、リゲイル・ジブリールが声を掛ける。
「これはリゲイルさん。ご参加ありがとうございます」
「あの、わたしもお菓子作っていいんですか?」
「もちろんですよ。そうだ、姫から聞きましたよ、意中のかたがいらっしゃるとか。でしたらA班で是非本命チョコを」
「いえ」
 はにかんで、リゲイルは首を横に振った。
「あのひとは甘いものが苦手なので、別のものを用意してて……。今日はB班でお願いします。日頃お世話になっている方々のために作りたいんです」
「嗚呼! なんという心清らかな令嬢だろう! 貴女に幸多からんことを愛の女神フレイヤに願いつつ、私がB班を担当させていただこう」
 ローエングリンは、【A】【B】【C】【D】と記した班分け用プレートを会場内のテーブルに置きながら、自分はちゃっかりと、可愛いお嬢さんが確実にいる班に居座る気だった。ちょっと目眩がした流星に、誰かの力強い声が掛かる。
「あんたが総料理長か」
 見れば、ホテルの天井をこすりそうなほどにでっかい男がぬうと立っている。まるで大きな樫の木のようだ。
「俺は龍樹、はじめましてだな」
「はじめまして。本田流星です」
「いやぁ、今、街では今回の話でもちきりでな」
「やはり、ムービーハザードのダンジョンがご心配で?」
「いやいや、チョコ教室のほう。俺らムービースターには、こんな経験新鮮だからなぁ。最愛の奥さんにプレゼントをする絶好の機会だし」
 龍樹は、我が奥方が如何に美しく如何に優しく如何に知性に溢れ如何にハイセンスかをえんえんとのろけだした。当然、希望はA班である。
 リゲイルがBで、龍樹がA。銀幕市民は奥が深い。
「本田さーん! オレ、B班ね」
 すらりとした長身にシンプルなエプロンをつけ、浦瀬レックスは腕まくりをする。準備万端だ。
「チョコ教室の話聞いて、絶対参加するって決めててさ。こういうの大好きだから」
「ありがとうございます。レックスくんはお料理上手でいらっしゃるそうですね」
「普通にいけるつもりだけど、料理もお菓子も。今日はいろんなチョコ、たくさん作りたいんだ。総料理長の高度なワザ、教えてよ」
「ぼくでよろしければ。レックスくんですと、渡したいお友達は多いんでしょう?」
「そうだな、居候先の女の子だろ、ブライムにあげるだろ、あとは――うーん、とにかくいっぱい作る!」
「危ない! 流星!」
 レックスがB班テーブルについてすぐのことだった。
 会場に駆け込んできたリカ・ヴォリンスカヤが叫んだ。頬をかすめ、ひゅんひゅんひゅん、と華麗にナイフが飛ぶ。
 いつのまに紛れ込んだやら、自走するハエトリソウ型チョコモンスターが2匹、流星の足に噛みつこうとしていたのだ。哀れハエトリソウは、1匹は床に串刺しに、もう1匹は素敵なオブジェの如く、会場の壁に磔となった。
「リカさん。……そのぅ、お見事です」
「話は聞いたわ。手伝うから元気出して。わたしってば可愛い上にモンスター退治までできちゃうんだから」
「……そのようですね」
「手が足りなければ、流星の代わりに教室の講師をしてもいいわよ」
 いつもよりファンシー度三割増のふりふりエプロンをつけて、リカは微笑む。
「それはとても嬉しいです。でもせっかくですから、リカさんもどなたかのためにチョコをお作りになっては?」
「キャッ♪ 可愛いわたしにはA班がぴったりだなんてそんなホントのこと!」
 スキップしながら、リカはA班テーブルに向かう。見届けたのち、続歌沙音がぶっきらぼうな声音で流星に呟いた。
「X班の、スタッフのほうに志願した。警備がてら、総料理長のアシスタントでもしようと思ってね」
 そう言いながらも歌沙音嬢は、壁からハエトリソウを引っぺがし、持ち込んだ巨大なタッパーの中に放り込んでいる。これもチョコには違いないゆえ、お持ち帰りになるらしい。
「おい。ここにもひとつ落ちてるぞ」
 にやにやしながら、床のハエトリソウを指さしたのは続那戯だ。
 チョコモンスターを回収しながらも、歌沙音は冷ややかな目で叔父を睨む。
「……何でここに? 暇ならダンジョンにでも突っ込んだらどう?」
「冷たいねぇ。姪っ子の仕事ぶりを見に来たってのに」
「邪魔しにだろう」
「やぁれやれ。チョコ教室に来ておいて、可愛い姪っ子は俺様にチョコ作ってくれねぇのかねぇ」
「那戯に渡すくらいなら、自分で作って自分で食べる」
「またまたぁ。昔は『那戯のおじちゃーん♪』とか言って毎年くれたもんだがなぁー」
「………(無表情をキープしてはいるが、さすがに頬が引きつっている)」
「子どものことだから、溶かして固めただけのもんだったがなぁ。あーあ、昔はあんなに可愛かったのになぁー」
(くっ。我慢だ我慢。無視だ無視)
 叔父と姪の超ビターな応酬のかたわらで、参加者の班分けは、着々と、もしくはなし崩しに進み、そこここでチョコ製作も始まりつつあった。

ACT.A★本命チョコを作れ! 〜A班の純情〜

 さて。
 こちらは、本命チョコ作成者が集うA班のテーブルである。
「みんな、好きな果物を取って使っていいぞ」
 フルーツの甘酸っぱい香りが、湯煎にかけたチョコの芳香と入り混じる。
 龍樹は、我が身にさまざまな果物を実らせながらも、真剣にチョコ製作に取り組んでいた。全ては愛する妻のためである。
「あ、あのっ。木苺をいただいていいですか?」
 シノンは顔を真っ赤にして、これまた全身全霊ラブ駄々もれ状態で、憧れのアディール・アークに渡すためのチョコを作っている。
「うふふ、頑張るのよ〜っ」
 D班で巨大チョコを作成中のジュテーム・ローズが、いったん手を止め、ギャリック海賊団洗濯物係仲間に声援を送る。
「やぁ、可愛らしいチョコだね。誰にあげるのかな?」
「hせydっbcjっきっっ!!!」
 聞き覚えのある、ありすぎる響きの良い声に、シノンは驚いて飛び上がった。今までどこにいたのやら、気づいたときには当のアディールが、シノンの横でスイートチョコを刻んだりなどしているのである。
「どっ、どどど、ま、ままま、ほ、ほほほ」
 どうしてA班に? まさか本命がいるんですか? の意は、アディールに伝わったようだった。
「あてがあるわけじゃないんだ。あげるとしてもせいぜい、長い付き合いの親友に冗談まじりで、かな? ……すみません、総料理長」
 アディールは手を挙げて流星を呼んだ。何でも、薔薇型チョコに挑戦したいらしい。
 リカはといえば、外野から見れば標的を狙う殺し屋の目で、本人的には恋する乙女の気持ちを込めて、犠牲者、もとい大好きな彼に渡すトリュフを作っている。
 その隣では西村が、静かにチョコを湯煎にかけていた。
「西村がA班とは意外だな。誰なんだ、本命は?」
 問うた源内に、ミステリアスな表情で答える。
「秘密…で、す」
 ……カ!? カカカァーー!!!
(何だッてェ!? 主に本命が? ゆるさんっ! どこの馬の骨だチクショォォォ妨害してやるっ! い、いや、それでは主に迷惑だがしかしウォォォこうしてはいられん!!!)
 衝撃の告白に我を失ってしまった鴉は、自分でもわけわかんないまま会場を後にして、ダンジョンに特攻することと相成った。
 
 ハート型の容器に、西村はそっとチョコを流し込む。
(ここ…に、いない、映画ーの、中の…あのひと、に。せめ…て、気持ち、だけ…でも)
 
ACT.B★友のため、家族のため 〜B班の親愛〜

 A班の様子を微笑ましそうに見て、ハンナは豪快に笑う。
「折角のバレンタインだ。あたしも海賊仲間に作って渡してやろうかね」
 ――もちろん、ギャリック海賊団全員にだよ。
 そう言ってハンナは、手慣れた仕草でタルト・オ・ショコラを作り始めた。
「素晴らしい手際ですね」
 ローエングリンが目をまるくする。
「たくさん作って、皆で分け合って食べると楽しいからね。どれだけあっても奪い合いになりそうな気もするけどさ」
「わたくしも、おじいさまとおばあさまが喜んでくださるよう、手を尽くしたいと思いますわ」
 ルイーシャ・ドミニカムも、あざやかな手つきでタルト・オ・ショコラに挑戦している。お菓子作りを得意とする小さな淑女は、渡す相手の笑顔を想像しているかのように、にこにこと楽しげだ。
「初心者ですけど、僕もがんばります」
 空色のコットンシャツに糊の利いた白いエプロンをつけ、綾賀城洸はひたむきにブラウニー作りに取り組んでいた。
 ダンジョン突入組がとても心配なようで、本人は真剣なのだがときおり手元が狂う。薄力粉をふるいにかける際、勢い余って入れすぎてしまったほどだ。ハンナは笑いながら、横合いから手早く適正量に戻す。
「坊やは誰にあげるんだい? 何なら、おばちゃんが手伝ってあげるよ?」 
「ありがとうございます。実家の両親や兄たちや、銀幕市でお世話になっている方々にプレゼントできればと――少し甘味を押さえた【大人の味】にしたいんです」
 生真面目に答える洸の、鼻の頭と頬には、粉や溶けたチョコがくっついている。
「あははは。いい子だねえ。ほら、ここ、ついてるよ?」
「あ」
 ハンナに指摘され、洸は慌てて鼻をこすった。頬を薄く染めて、照れくさそうだ。
「お兄さんに作ってるの? あたしもだよ。やっぱブラウニーかなって」
『兄』の部分に反応し、冬野真白は猫っ毛のミディアムボブを揺らす。
 現在、彼氏なしの真白にとって、チョコレートを渡したい相手は兄なのである。
 湯煎にかけるためのチョコをたどたどしく刻みながら、真白はふと、洸の右隣を見た。
 湯気で眼鏡を曇らせ、黙々とブラウニー作りにいそしんでいる少年がいたのである。津田俊介だった。
 俊介は今のところ銀幕市で、大切な友人と呼べる存在はまだいない。
 あげる予定もないのにB班に参加したのはささやかな見栄なのだが、この機会に可愛い女の子と知り合えたらいいな〜という、淡い期待もあった。
 なので、真白から「ね、それ、誰にあげるの?」と聞かれたとき、いよっしゃあラッキー! と思った反面、返答に困ってしまった。
「だ、誰でもいいだろ」
「嗚呼、少年よ。そんなに不器用では、親睦は深められないよ。ほら、君の方から積極的に話題を振って」
 ローエングリンがいらぬお節介を焼いた。俊介はもとよりそのつもりだったので、こくこく頷きながら、
「ご、ごめん。あんたは、兄貴のために作ってんのか?」
 ――前向きに話しかけてみた。
「そ。あたしの理想」
 どうやら、可愛い真白たんはブラコンらしい。
 俊介が次の言葉を探しているあいだに、真白はチョコを刻み終えた。しかしそれを、彼女のバッキーがもくもくと平らげてしまい――
「ちょ、ちょ、ぽこちゃん?! 今作ったばっかりの材料、食べないで?!」
 俊介は再び、言葉に詰まった。
「チョコを刻むの、よかったらお手伝いしますよ? あと、作り方でわからないことがあれば、私もアドバイスできますので」
 あまりこういった作業に慣れていないらしい洸や真白、俊介に微笑んで、穏やかにそう言ったのは、銀幕市の女性陣に大人気のカフェ「ハピネス」の経営者、天月桜だった。彼女自身も流れるような作業手順で、ヘーゼルナッツとアーモンド入りのチョコレートブラウニーを作っている。
 スイーツ作りのプロフェッショナルである彼女が、何故、わざわざホテルのチョコレートスイーツ教室に?
 もの問いたげな皆の視線を受け、
「これは、お世話になっている双子さんたちにあげるものなんです」
 桜はふわりと笑った。
「こんな催しがあるとは、知り合いに聞かされるまで知らなかった。チョコ作りは初めてなんだが……」
 知己の人々に巻き込まれるようにして参加したロスは、最初はおっかなびっくりだった。しかしB班テーブルにつき、同じ班の面々を見回して、ほっとした表情を見せる。クールな面差しが、少し柔らかくなった。
「……だが、安心した。いろいろ教えてもらえそうだな」
 ロスが作ろうと思っているのは、洋酒の効いた、粋な味わいのチョコであるらしい。桜は頷いて、シャンパン入りチョコの提案をした。
「はじめましてェ。ボク、神龍命です」
 ロスの肩をぽんと叩いて、カンフー服に身を包んだ少女が現れた。おさげのスマイルファイター、神龍命である。
「B班てここでいいのかな? うーん、いい匂い。美味しいの大好きィ。早く作って食べたい」
「おや、これはまた元気な可愛らしいお嬢さん。少し、味見なさいますか?」
 ローエングリンが試作品のトリュフを差し出した。紫の瞳を輝かせ、命はぱくっと頬ばる。
「美味しー。ボク、料理作るの大好きだしィ、それに」
 おりしも、その足もとには、紛れ込んだサソリ型チョコモンスターが尻尾を反らしていた。難なく蹴り上げて壁に叩きつけ、命は小首を傾げる。
「戦うのも大好きだよゥ。どうぞよろしくゥ」

「んん、わたしは、と。そうだなぁ、いつも親切にしてくれる大家さんとご近所の方々にでも」
 ほのかな抹茶の香が漂っているのは、エンリオウ・イーブンシェンが、居候先のお茶屋さんのお茶を材料として使っているからであった。お菓子作りは趣味なので、ローエングリンや総料理長の手を借りる必要はなさそうだった。抹茶入りの美味しそうなトリュフが、のんびりゆったり、幾つも並べられている。
「バレンタインって習慣のことよく知らないけど、好きな人にチョコあげるんだって?」
 ……でも、車のエンジンにチョコ入れたら焼きついて壊れちゃうなあ、と、レオ・ガレジスタは彼ならではの悩みを抱えながらも、器用に胡桃入りのブラウニーを作っていた。
「あ、ムクにあげたらいいかな?」
 勤め先の自動車整備工場で飼っている子犬の名を口にしたとき、
「犬によってはチョコ食べたら命に関わるらしいから、気をつけたほうがええよ」
 すぐ隣で、やはりブラウニーと、何故かソーセージのチョコフォンデュとチョコレートがけポップコーン、モデルガン型チョコを作っていた斑目漆が言った。
「でもペス殿は平気なはずやな、本田の旦那さん?」
「ええ、よくご存じですね。カカオに含まれているテオブロミンが中毒症状を引き起こすので、基本的にあげてはいけないんですが、個体によっては、うちのペスのように、消化する酵素があるとしか思えないチョコ好きな犬もいるようで」
「そうなんだ。うーん、僕の好きな『ひと』たちはみんなチョコが嫌いみたい」
 穏やかな顔を曇らせてレオは考え込んだが、やがて顔を上げ、明るい声を出した。
「でも工場のおじさんたちは食べてくれそうだから、たくさん作るよ!」
 どうやらレオの愛は、機械類>子犬のムク>>>工場のおじさんズ、という図式であるようだ。
「もしかして漆くんは、ペスにもチョコをくださるおつもりですか?」
「宿敵に敬意を表してな」
 ソーセージのチョコフォンデュはペス殿用であった。ちなみにチョコポップコーンはノーマン小隊用、モデルガン型チョコはもちろんノーマン少尉用である。そして、チョコブラウニーは――
 いち早く出来上がったブラウニーを、自身で用意してきたラッピンググッズで綺麗に包み、漆はリゲイルに手渡した。
「これはお嬢のもんや。あげるばっかじゃつまらんやろ?」
「……ありがとう、漆くん」
『穴』対策会議からずっと、漆は様子がおかしかった。久方ぶりの親しげな笑みに、リゲイルはうっすらと涙ぐむ。
 彼女も、漆をはじめとした仲の良いひとびとに渡すため、形はいびつながらも味はなかなかのガトーショコラを完成させていた。

「ブラウニーもいいけど、わたくしはザッハ・トルテを作ろうかしら。アオイさんは?」
 艶やかな黒髪をリボンでひとまとめにし、北條レイラは、ともに参加した新倉アオイを振り返る。
「小分けしてラッピングできるものがいいかな。義理チョコだし」
「どなたに差し上げますの?」
「どなたにってんじゃないけど、んー」
「わたくしは、日頃お世話になっている方々に差し上げたいですわ。天使様やトナカイのおじさまや」
「元春にも?」
「ええ、もちろん。それに、アオイさんにもね」
「そっか。じゃああたしも、レイラにあげよっかな。でもあたし、はっきりいって料理とか苦手なんだよね」
「せっかくご一緒に参加したのですもの、わたくしもお手伝いしますわ」
「そだね。がんばってみるよ」
「いやぁ、可愛い女の子同士が一緒にチョコを作ってる光景ってのはいいもんだな」
 源内は一応、D班の担当になった(なってしまった)のだが、男子ばっかりのD班そっちのけで、女子のいる班をうろうろしている。
「よう、ビイ陛下に悠里! どうだ、調子は?」
 小さな女帝ベアトリクス・ルヴェンガルドと不思議ちゃんなフリーター、悠里は、塔のように巨大なチョコレートケーキを堂々作成中――のはずなのだが……。
 チョコケーキは、ピサの斜塔状態であった。
「うう……」
「ごっめーん! 火力強すぎたね」
 おでこと鼻と頬にべっとりとチョコをくっつけて、ベアトリクスは半べそをかいていた。可愛らしい顔がチョコまみれになっているのは、まあつまり、全力で失敗しているからである。
 悠里は豪快に天然っぷりを発揮し、勢い余って火傷するわ、ベアトリクスはベアトリクスで、よかれと思ってした作業がことごとく裏目に出るわで、ふたりして満身創痍状態だった。
「難儀してるな。流星に手を貸してもらったらどうだ?」
「いいんだもん、ビイ、自分たちでつくるの」
「そうそう、協力すれば何とかなるよ」
「……ははん。ビイがそんなに頑張ってるのは、シュウに渡したいからだな?」
「…………!!??」
 図星をさされてお怒りになったビイ陛下にサラマンダーを召還され、源内の着物が黒こげになるなどのアクシデントはあったが、ほどなくして、ベアトリクス&悠里コンビは、見事、巨大チョコケーキを作り上げることに成功した。

「ふふっ。のう、杏。皆が喜んでくれると嬉しいの」
 ゆきは小さな身体で懸命に、妖怪アパート状態になった【市ノ瀬荘】の面々や、銀幕市の友人たちを思い浮かべながら作っている。チョコレートを溶かす作業も、ゆきにはなかなか大変なので、今日は花咲杏と一緒の参加である。
「せやね。仲良しの皆に贈るんやもん。美味しいのが出来たらええね……しまった、熱ッ?」
 のんびりやの猫又は、水色のパーカーを着た少女の姿でゆきに手を貸している。さりげなくチョコの欠片をつまみ食いしたり、湯煎にかけたものをちょっぴりなめて、その熱さに辟易したりしながら。
「これ、杏! つまみ食いは駄目じゃよ」
「こんなにたくさんあるんやもん。ちょっとくらい食べたってなくならんやろ?」 
「なあ、ばっちゃん。バンアレンタイ(注:バレンタイン)に渡すなら手作りチョコが一番てほんとか? ばっちゃんもじっちゃんにプレイングゼント(注:プレゼント)したのか?」
 座敷童と猫又コンビの隣では、愛嬌ばつぐんのシバリアン・ハスキー、狼牙が、尊敬するばっちゃん、光原マルグリットを見あげて首をかしげている。
「それは永遠の乙女の秘密じゃけぇ。さてと、爺様がおらんなぁ残念じゃが、近所の茶呑み仲間にでも配るとしようかね」
「テレビで見てベンキョーしたけど、おれ、まともに食いもん作んのって初めてなんだよな……」
「可愛らしいハスキーのお嬢さん。宜しかったら私がてほどきを」
 大仰に礼を取るローエングリンに、狼牙はあわあわしながら前脚を振る。
「や、大丈夫だって、ばっちゃんもいるし!」
「おかまいなく。孫娘にはわしが教えますけぇ」
 狼牙はおっかなびっくりチョコを溶かす作業に挑戦し、マルグリットは緑茶に合いそうなチョコ大福を作り始めた。
 美女2人に振られてしまったローエングリンはがっくりと肩を落としたが、すぐに、
「やあ、須美さん。何かお悩みですか?」
 と、材料を吟味している朝霞須美のそばに行く。
「い、いえ別に」
 須美はと言えば、X班のダンジョン探索組に加わっているセバスチャン・スワンバートを意識しているのだが、それを露わにするのも気が引けるらしい。無難にチョコクッキーを作るつもりのようだった。
「B班の皆さんも、A班に負けず劣らず大事なかたがたに差し上げる予定のようですが、須美さんもですよね?」
「そ、そんなひと、いません」
「かんぺきなツンデレだねー。そこまでいくと、ツンデレの女王様を名乗っていいんじゃないかなー?」
 ピンクベージュのふさふさした尻尾をゆらし、ひょっこりとベルが顔を見せた。須美は驚いて目を見張る。
「べ、ベルさん? あなたダンジョンのほうに行ったかと思ったわ」
「行くつもりだけどさー。須美をからかっておかないと面白くないじゃないかー。またくるよ、じゃあねー」
 言いたいことだけ言って、ベルはさっさと会場を後にした。どうやらダンジョンに入って、セバスチャンと合流するつもりらしい。
「嗚呼! かくも美しい少女たちの心は複雑なりきか。ところで薺さん、その世にも愛くるしいうさぎ型チョコ大福は、誰が為にお作りかな?」
 それまで三月薺は一心不乱にチョコ大福作成に取り組んでいた。バッキーの『ばっくん』も思うところがあるらしく、見よう見まねでチョコ団子をこねこねしている。
 話しかけられ、薺ははっとして手を止めた。
「え? えええっ? あの、ローエングリンさん、どうして私の名前」
「【リドル・ロマンス】料理教室の優秀な生徒だと、主催の影野氏から聞かされていますのでね」
「桜子先生から? わあ、どうしよう」
 スーパーまるぎんの右隣で料理教室を運営している影野桜子は、知る人ぞ知るごっつい女装の男性――つまり漢女であらせられるのだが、薺は彼を「素敵な女性」だと思いこんでいる。
 敬愛する師に褒められたと聞き、薺は満面の笑顔を見せた。
「想像以上に、そのうさぎの造型は見事です。差し支えなければ、貴女にチョコを貰える幸運なひとびとの名を教えてくださいませんか?」
「C班にいるお友達の浅間縁ちゃんと、D班にいる、居候のバロア・リィムくんと、あと、X班でダンジョン探索に行ってる憧れの……っと、やっぱり内緒です」
 薺はちょっぴり本命まじりで、誕生日がバレンタインデーでもある八之銀二にチョコを渡すつもりだったが、それは伏せておいた。
「こんにちは。私も仲間に入れてください」
 皇香月が、新たにB班に加わった。ポニーテールにまとめた亜麻色の髪がチャーミングである。
「太助くんやレモン様ってどこにいるのかしら? ……ダンジョン組? 残念、スキンシップお願いしたかったのに。……あ、狼牙さんだ。可愛いー。握手してください握手」
「お? おう!」
 狼牙の前脚を握り、香月はにこにこする。

(バレンタインデー……ね……)
 流鏑馬明日も、薺に負けず劣らず真剣に作業していて、というか集中しすぎて周りに何が起こっていても気づかないほどであった。
 ここに来たきっかけは、上司兼相棒の桑島平に、
 ――なあメイヒ、おまえチョコを作りたいだろいいや皆まで言うな俺にはわかる! うんうん、もらってやるとも義理チョコでも人情チョコでも。
 と、それはそれは五月蠅くチョコ欲しい攻撃をされたからではあるが、明日の心の中に、実は作ってみたかった気持ちがあったことは否めない。
(桑島さんと、ドルフさんと、ドクターDに……)
 不器用かつ生真面目な彼女は、誰にも聞かず、誰の手も借りず、珍妙な形のガトーショコラを焼き上げた。一見、テオナナカトル型ケーキかと思うほどの不思議外見である(注:本人はいたって真剣)が、味は普通に美味しく仕上がった。

  ◆◇◆

 一生懸命さは、ある。
 有り余っていると言ってもいいほどに。
 大好きな人たちへの気持ちなら、誰にも負けない。
 だがしかし、レドメネランテ・スノウィスは不器用だった。
 出来上がったのは、んー、言いにくいけどこれを食べさせられるひとはちょっと可哀想かもしれないと言わざるをえないというか、アレでナニなブツだった。
 で、それを誰にあげるつもりかというと。
「(ぴー)くんとー、(ぴー)と、スルトお兄ちゃんとー、梛織お兄ちゃんとー、それに」
 犠牲者を指折り数え上げて。
 まずは、スルトお兄ちゃんに。

 ダッシュ。
 抱きつく。
 押し倒す。
 そして。

「はい、あーん?」

  ◆◇◆

とっとことっとこ。とっとっと。
松ぼっくりに足が生えました的モンスターが数匹、平然とテーブルを横切っていく。
楽団員たちや友人たちのためにブラウニーを作成中だったディズは、しばしその光景をぼーっと眺めていた。
ふと思いついて、松ぼっくりズを掴み、ぽいぽいとボウルに入れる。松ぼっくりは溶けかけたチョコと混ざり、やがて、モンスター入りブラウニーが完成するのだが……。
 それを食べたひとびとに、驚天動地の『チョコけも耳』が30分間発現することが判るのは、もうしばらくしてからのことである。
「ああっ! なんて懐かしいのかしら!」
 モンスターたちを見て、キュキュは感激していた。なんとなれば、ブラックウッド邸に就職が決まり、銀幕市に適応している彼女もいわば元「メイドモンスター」なのだ。
 それはそれとして、今日はお屋敷の同僚たちとお茶を楽しむため、また、ご近所さんにおすそ分けするために、ザッハトルテをたんまり作成する目論見だった。そしてB班の初心者陣が手が足りなくて困っていたらもちろん――
 お手伝いするつもりである。この世界でいうところの『千手観音』のように、触手を駆使して。

  ◆◇◆ 

 アルは一途にチョコを作っていた。銀幕市で出来た家族に渡すために。
 そう……それはいじらしいほどにひたむきな努力だったのだ――ときどき、怪力でB班の調理器具をぶっこわしたりもしたが。
「アルぅ。ねえ、そんなの作って、なにが楽しいの? つまんないよ」
 気まぐれなルアは、金色の瞳を不機嫌に細め、茶々を入れたり、素材のスイートチョコをつまみ上げては、ぽいと元に戻したりしていた。それにも飽きてきて、真剣なアルにわざと抱きつく。
「あーそーぼ」
「今、集中してるから邪魔しないでほしい」
 むっとしたルアは、アルから離れ、ちらっとB班のテーブルを見る。
「もーらい!」
「え? ちょ、食べちゃだめー!」
 真白が作ったばかりのチョコをひょいと口に放り込もうとし、
「もう一個!」
「きゃー、チョコ大福がー!」
 薺のチョコにも手をだして、アルに止められる。
「駄目だよ、ルア。みんな、大好きなひとにあげるために、心をこめて作ってるのに」
「……つまんない」
 渋々、真白と薺のチョコを皿に戻したとき。
「ルアが迷惑かけて申し訳ないです。お詫びに、チョコ溶かすの手伝……。うわーーーーー」
 一気に処理しようと、使い魔のルビーを召還してその力を借りたまではよかったが……。
 B班テーブルは、壮大な炎によってあわや大惨事になり――
 ……かけるところだった。幸い、危機管理能力に長けている銀幕市の皆さんは、素早くチョコと我が身を守ったので、被害は最小限に抑えられたのだ。
 流星の前髪が焦げ、ローエングリンの金髪がアフロ状態になった程度である。無問題。

  ◆◇◆ 

 クライシスが早々と完成させたのは、どこの三ツ星シェフもまっつあおな、華麗にして優雅な逸品だった。レシピを聞いておこうと、流星が飛んできたほどである。
 その様子をちらっと見、クライシスの手際の良さに舌打ちなどしながら、梛織は、リチャードことクラスメイトPや、可愛い弟たちズのためにひたすらチョコ作りにいそしんでいた。器用さでは定評がある梛織は、大事なひとびとにこだわりの品を贈るつもりだった。
「あ〜〜れ〜〜!」
 いつのまにやら会場に設置されたダンジョン内ウォッチ用モニタ、というか、コーディの尽力で送られてきた映像をチェックしていた珊瑚姫が叫び声を上げる。
「ど、どうしたの珊瑚姫」
「りちゃーどが爆発に巻き込まれて、何やら大変なようですえ〜」
「ええっ? 俺行かねぇと!」
 チョコはひとまず保留にし、梛織はダンジョンに向かおうとした。その腰にがしっと手を回し、クライシスが引き留める。
「ははっ、そう慌てるナ! 俺がチョコ作りの極意を教えてやるから。まずは……」
「密着するなぁ! 耳に息吹きかけるなぁ!」
 X班が気になりながらも、まるでイジワルな姑サンのごとく、梛織への嫌がらせのため「だけ」にB班に参加したクライシスは、わざと手取り足取り腰取りなご指導を始めた。抵抗した梛織が、チョコは死守しつつボウルや泡立て器をぶつけるわクライシスがそれに応戦するわでもう何が何やら。

ACT.C★仁義は大事よね 〜C班の侠気〜

 B班から出張してきた桜に教えてもらいながら、宝珠神威は、まろやかな生チョコ作りに挑戦していた。もともと料理は得意な神威のこととて、お菓子作りも順当に進んでいる。
「神威さんは誰にあげるの? やっぱり双子さんに?」
 桜に問われ、神威は、笑顔が固まった鉄仮面状態を崩さずに答える。
「弟のほうに。……まぁ、少しお世話になっているのでね」
「じんぎ だいじに」
 ぽつりとそう呟いて、佐々原栞は、ハート型の型抜きを無表情に見つめていた。呪われた型抜きになっちゃいそうなくらい、じーーーーっと。
「オンギにむくいるの」
 栞は、籍を置いている悪役会の面々に渡すつもりである。
「親分の、ちょっと大きめにしようかな……」
 導次へのチョコに、このハートを使うべきかどうか迷っているのだ。微妙な乙女心である。
「学校の男子にはあげないんですか?」
 穏やかな声音で、古森凛が声を掛ける。彼は、スタッフとして働いてくれているX班のために、チョコ作りに参加していた。「悟り」の能力ゆえ、チョコ作りのノウハウはマスターしているので、その腕前はプロ並である。
「……男子はバカだからキライ。お子様だもん」
 うつむいた栞の手に、凛は、出来上がったばかりのプラリネ・セレクション風チョコを乗せる。
「気分転換にどうぞ」
「できた!」
 その隣で、沢渡ラクシュミは渾身の素敵チョコを完成させていた。カレールーをチョコでくるんだ「ルーチョコ」である。如何に中身が大和撫子でも、インドなDNAには逆らえないようだ。
 なお、渡す相手はゲートルードを含めた知己のひとびとだそうな。がんばれ地獄の門番。
「梛織お兄ちゃんと、レドメネランテと、クレイジー先生と、あと……」
 ミリオルは浮き浮きとチョコレートケーキを作っていた。しかーし、その材料は、ホテル側が用意したものではなく、自分が大好きな葉っぱとかどっかから持ち込んだ蛙とかトカゲとかミカンの皮とかその他諸々ごった煮状態の魔女顔負けお楽しみスペシャル闇鍋チョコレートケーキである。
「ちょ、何そのカオス物体」
 すかさず浅間縁がツッコミを入れたが、ミリオルは全然気にしていない。
「食べる?」
「あははは、男性陣には私があげるつもりだからさ! お返しよろしくね」
 機転で切り抜けた縁だった。
 彼女が制作中なのは、チョコと練乳とバターを混ぜて一口大に丸め、ココアと金粉少々をまぶしたメルティチョコである。コーヒーを混ぜてほろ苦くしたヴァージョンも合わせ、二種類用意するつもりだった。
「漢チョコにチャレンジするべきか迷ったんだけどね〜。渡せる人が限定されちゃうでしょ?」
 と、誰にともなく、というか、たった今モニタが映し出したダンジョン内の八之銀二に電波を送ってみる。
 さらに、余ったチョコは似非本命チョコっぽくハート型に固め、ホワイトチョコで「例え戦友(とも)が哀と憂飢だけであろうとも」と、無駄に達筆で書き上げるのだった。このチョコはほどなく、どこかの誰かに、演技くさい微笑みとともに渡されるはずである。

ACT.D★ネタに生き、ネタに散る 〜D班の萌え(?)〜

 薺が誰にチョコを作っているのか、ちらりちらりと無意識のうちにB班テーブルを覗き見しながらも、バロアは見た目も味もエキセントリックなブツを作成していた。
 ハイブロウな出来映えのそれは、チョコレートキングの兵を模したものである。
(懐かしいな〜、ちょうど一年前だったよなチョコキング騒動。食べたよな兵士)
などと思いながら、ばりぼり頬張ってみた。凄まじい苦さが、口いっぱいに広がる。
「俺さまはチョコキングの城を作るぞー!」
 かたやルイス・キリングは、雪祭りならぬチョコ祭りを独りで開催していた。すでにかの城は、1m四方のスケールで無駄にリアルに再現されている。
 さらに、D班メンバー全員の生き面チョコ作成に加え、源内・CT・香介・銀二への嫌がらせ、もといサービス精神もルイスは忘れない。犠牲者たちの10分の1サイズのスーパーリアルなフィギュアチョコは、呪いに使えますレベルのスペシャルな出来映えであった。
 ルイス作「チョコレートキングの城」の側に並び立つのは、スルト・レイゼン作「彦根城」である。
「いやあ、スルトさん。いいですね彦根城。複合式3重3階地下1階望楼型の天守の構造を巧みに表現されてて、素晴らしいです」
 時代劇ファンな流星は、やたらマニアックに感動している。
 スルトは、彦根城の上にさらに、チョコレートケーキを乗せ、大輪の薔薇の花型チョコで飾った。
「美味しそうですにゃー」
 材料チョコの補充にやってきたスタッフのクロノが、すかさずつまみ食いをしようとする。
「それは駄目だからこっちを食べてくれ。はい、あーん」
「あ? あーん、ですかにゃー?」
 目を白黒させるクロノの口に、チョコクッキーが放り込まれた。
「スルトお兄ちゃん。はい、あーん♪」
 そうこうしているうちにレドメネランテにタックルをかけられて押し倒されたりしたが、
「はは、元気だな」
 特に気にせず、あーんをしたりされたりと、ほのぼの仲良しさんな光景が展開されたのだった。
「アハハハハ!」
 崎守敏は軽やかに笑いながら、趣味と研究を兼ねた魔神錬金術(?)的猪武者量産型なチョコ作りを行っていた。会場には普通の材料しか用意していないはずなのだが、敏の手に掛かるやいなや、チョコ猪武者ズは不思議な力を持ち、動き始める。
 刀を振り上げ、妨害行動をしだした猪武者は、しかしあっという間に、コンパクト型小型爆弾により退治された。警備スタッフとして、レディMが、割烹着に三角巾という完璧ないでたちで会場に控えていたのである。
 会場を抜け出して、ダンジョンに突入したチョコ猪武者も何体もいたが、おそらくはモンスターに入り混じり、シャノン・ヴォルムスあたりに撃たれちゃうのではと思われる。
 敏はぺたぺたと、バロアのチョコキングの兵やルイスの城やスルトの彦根城にも改良(?)を加えている。さらなる混沌を予測し、レディMは身構えるのだった。
 
(ダンジョン? モンスター? さて、何のことだろう……?)
 そんなん知ったこっちゃありませんよなマイペース状態で、白亜はひたすらチョコと取り組んでいた。
 どうやら、この班では誰かを模したチョコを作るのが通であるらしいと判断した白亜は、最初、某楽園の女王様や娘さんたちのフィギュアチョコを作ろうとして、思いとどまった。
(……やっぱり怖い)
 結局、白亜が造型したのは、銀幕市最強生物の某ペス殿だった。しかしこれは何といっても自分へのご褒美チョコ。ペス殿にも、ましてや同居人にも渡すつもりはない。
(奪われないように注意せねば)

「いやぁまさか、有名な銀幕ベイサイドホテルの、本田総料理長にご指導いただける日がこようとは!」
 D班そっちのけな源内をよそに、流星は皆の見回りをしていた。鹿瀬蔵人に握手を求められ、恐縮してその手を握り返す。
「お、恐れ入ります」
「神の兵団事件以来、門弟が減ってしまって暇なんですよ。どうも習っても無駄と思われたらしくて」
 溺愛しているバッキーを見やり、むくつけき大男は人懐こい笑顔で笑う。
「ぶんたんと一緒に、薔薇とか飾った豪華なチョコケーキを作ってみたいです。よろしくお願いします。……ええと、材料はダンジョンから採集すればいいのかな?」
「いえっ! ホテル側が用意してますのでっ!」
 今にもダンジョンでさくっとモンスター狩りをしてきそうな蔵人を、流星は慌てて止めた。

「ははん、ネタチョコねぇ。どうすっかな」
「やっぱフィギュアチョコっしょ!」
「うふふ、ブライム。あたしと一緒につ・く・り・ましょ☆」
「……キャプテン・ギャリックばんざい」
 D班の一角を占めているのは、シキ・トーダとウィズ、ジュテーム・ローズとブライム・デューンという面子であった。
 器用ではあるが、普段、あまり料理などをしないシキが、見よう見まねで作り始めたのは、なんと帆船ギャリック号だった。
 しかしながら、すぐに無謀を悟ってあっさり帆船作りを中断し、ギャリック海賊団のフィギュアチョコを作り始める。荒削りだが、団員の特徴をよく捉えた作品が並べられていった。
「オレも作るぞー!」
 ウィズもやる気満々でフィギュアチョコを作り出す。
「まずはギャリック団長フィギュアだぁ! たくさん作ってネット販売するぞ。海賊団の資金のために!」
 もともとフィギュアの製作・販売に於いて、ウィズは高い実績を持っている。もの凄い集中力で、ギャリックフィギュアを完成させるや否や、今度は海賊団全員のフィギュアに取りかかった。きっとネットオークションでも高値がつくに違いない。
「やはり、ギャリック団長の勇姿は作り甲斐があるな」
 黙々と、粛々と、何かの儀式のように、ブライムはビッグでリアルな、名付けて『ギャリック団長彫チョコ』を作成していた。とてもスイーツが出来るとは思えない奇想天外な製作過程に、見ていた流星はついメモってしまった。
 なお、ブライムは格好良い外見とは裏腹な味音痴なので、等身大ギャリック団長彫チョコは、部分によって超絶技巧な味の変化が楽しめるロシアンルーレット物件となった。
「すてき〜! これなら漢パンにも負けないわね」
 ジュテームも一緒に団長をチョコを作成しつつ、一方で、別の等身大チョコも手がけていた。
 我が身をかたどった、『ジュテーム・ローズ彫りチョコ』である。
(記録者注:ジュテームさんがお作りのコレは実はダミーで、ホントは、中にジュテームさんが入ってて食べようとしたらパリパリッと出てきて反対に襲われちゃうという仕掛けつきブツを、ブライムさんに贈るおつもりのようです。ブライムさんのご多幸をお祈りしましょう)
「……うわぁ。みんな無茶してんな。止めないけどさ」
 シキは思わず目を見張り、
「記念に撮らせてもらいますっ」
 B班でもC班でもD班でも、妙なブツ作成者には水面下でツッコんできた香月が、すかさずデジカメを構えた。

ACT.X-a★その想いを守るため 〜X-a班の攻防〜

 A〜D班に分かれてはいるものの、各人のチョコ製作にかける温度差はそう変わらないのかも知れなかった。「すげぇ熱い」という意味で。
「……まいったな」
 乙女心と友情と家族愛と仁義とネタ心が混ざり混ざったチョコレートのかほりの濃密さに、レイドはウンザリ顔で眉を寄せる。
 それでなくとも、今日この場にいるという事実に、お知り合いの皆さんからはさんざ突っ込まれ苛められまくっているというのに。
 レイドは会場警備のためというよりは、ルシファと須哉逢柝の保護者的立場でここに来た。
 しかーし、そんな「お父さん」の気も知らず、ルシファは、にこにこご機嫌で楽しそうに、「洸君〜! アオちゃーん! がんばって!」とB班方面に声援を送ったり、「みんなのチョコ、絶対守るんだ!」とガッツポーズを決めたりしている。
 逢柝のほうは、黙って見守ることに耐えられなさそうだ。ダンジョン方向を見て、そわそわしている。
「おう、嬢ちゃんも坊ちゃんもがんばんな。事件はダンジョンだけじゃなく、教室でも起きてるんだ! なんてな、がはは」
 赤城竜はもっぱら、会場内の警備かたがた、力仕事的雑用を手がけていた。おかげで、大量に消費されていく材料の追加搬入もスムーズに行えたのである。
「おっちゃんは特に、本命チョコ作ってる嬢ちゃんたちを応援してぇなぁ。何か困ったことがあったら言うんだぞ?」
 そんな竜に、シノンは頬を染めてぴょこんと頭を下げ、西村は静かに礼を述べ、リカは不敵な笑み(注:本人的には恥じらいの表情)を見せるのだった。
「すみません、X-a班で、手の空いているかた、いらっしゃいませんか?」
「はーい! はいはい!」
「お、おい、こら!」
 悟の呼びかけにルシファが駆け寄り、レイドお父さんが慌てて追った。
「お疲れ様です。C班の古森凛さんからX-a班にチョコをいただきましたので、配布のお手伝いを」
「やりまーす」
 警備スタッフの司令塔を早々に支配人から任じられ(というか涙目で頼まれ)た悟は、コーディから送られてきた情報を分析して警備配置や振り分けを行い、適宜、会場の状況を見ては臨機応変に対応していた。
 チョコ配布係専任となったルシファから渡されたチョコに、満面の笑みを見せたのは朱鷺丸である。
「これはかたじけない。バイト代のオマケに、ちょこれーとをいただけないだろうかと思っていたところだったのだ。オマケが駄目ならせめて、バイト代の一部をちょこにと!」
 朱鷺丸は、自分で作る自信はまーったくなかったので、D班に参加した白亜を指加えて眺めていたのだ。バレンタイン前のチョコバブルな熱気に当てられて、チョコレートのことを超高級スイーツだと思いこんでいる彼は、バブルが弾けた2月15日以降のハートチョコ大安売りの事を知らない。
 ……果たしてそれを伝えるべきかどうか、悟は悩む。
「ありがたく、頂戴いたします」
 黒孤は慇懃に頭を下げ、ルシファの手から押しいただくようにしてチョコを受け取った。
 彼は目立たない位置につき、警備のかたわら、講師補助の歌沙音や材料補充係のクロノを手伝うなどして、すっかり縁の下の力持ちである。
「『お茶』をどうぞですにゃー。少し休まないと疲れてしまうにゃよ」
 クロノが差し出したお茶を、やはり押しいただきながら、
「お心遣い、いたみいります。わたくしめは元より、裏方に徹する存在にございますれば」
 ふっ、と一口すすり、手伝っている人形たちを見る。
 今日、黒孤が使っている彼らは、TPOに合わせ、西洋風のメルヘンチックなものであった。
「ここに来るまでは、どなたかにチョコレートをお渡しするという発想は持ち得ませんでしたが……。人形劇を上映させて頂いている施設の方々に、お贈りするのもよろしいかも知れませんね」
「にゃんともはや。真面目なのですにゃ。我輩は、チョコモンスターを捕まえてお店のマスコットにしてしまお、んにゃ、企業秘密ですにゃ」
「チョコのモンスターさんって、お話できるんだったらお友達になれるかな?」
 ルシファが小首を傾げた。

「もう我慢できん。やっぱり行くぞ!」
 逢柝が、とうとうダンジョンに突入した。
 それに続くように、その場に残っていた何人かが入っていく。
 岡田剣之進も、そのひとりであった。
「うむ。おなごたちが安心して俺の『ちよこ』を作れるよう、『だんじよん』とやらを探索して来ようぞ」
 その武士道(?)に、取島カラスは持参の一口大キューブチョコを渡し、微笑で見送る。
「お互い頑張りましょうね、皆さんの為に」
 ――皆の想いを守りたい。
 ただそれだけを、カラスは思う。今までも、そして、これからも。
「俺は、入口を警備します」
 カラスは龍水剣を構える。皆の想いに牙を剥くモンスターは、無慈悲に切り捨てるつもりだった。

 ミケランジェロは「掃除屋」として、この依頼を引き受けていた。
 の・で。
 と・う・ぜ・ん。
 勢いよくダンジョンに飛び込んでいった。
 ……わけがわからない状態な昇太郎の首根っこを捕まえ、引きずるようにして。
 同様に依頼を受けた信崎誓のほうは、呆れ顔で所長を見送り、その場に留まる。
「かよわい女性達を護るのは、男の役目だよ?」
「まったくだ」
 警備についたルドルフも、ばっちり入口を固め、会場の女性陣を見やる。
「安心しな、カワイ子ちゃん達のパーティはこの俺が守ってやるゼ」
 と言いつつもトナカイのおじさまは、ちょーっとチョコ欲しそうな顔であるが。
 その隣では、覚醒状態のランドルフ・トラウトがその巨体に警備服を身につけ、逢柝や剣之進、ミケランジェロ&昇太郎の後ろ姿に手を振っていた。
「お気をつけて。私は少々財布が厳しいので、ここで仕事をすることにします」
 会場からは女性陣の華やかな笑い声や、「誰にあげるの?」といった囁きが聞こえてくる。
(……はあ……。楽しそうですねえ……。いい匂いがしますねえ……)
 さすがのドルフさんも気になるようで、ちらちら教室を伺ってしまうのだった。

「……!! ダンジョン入口付近の皆さん、警戒を……!」
 データを解析していた悟が、緊迫した声を上げる。
 それまでにも小型のモンスターはちょろちょろと会場に入り込んでいて、A〜D班の有志たちに倒されていたのだったが、今までにない数の、それも大型の凶暴なものが押し寄せてくる兆候が見えたのだ。
 間髪を入れず入口から、二足歩行の巨大イモリに似たモンスターが這い出してきた!
 しゃら、と、清本橋三が、古ぼけた業物を抜き放った。
 イモリどもの前に立ちふさがり、睥睨する。
「ここから先は行かせぬ……。乙女たちの戦場ぞ!」
 その声を聞きつけた流星は、思わず胸の前で手を合わせる。
(清本先生、どうかご無事で! その台詞は『斬られフラグ』っぽいです!)
 時代劇ファンならではの心配をよそに、橋三の刃が一閃、二閃。
 チョコしぶきをあげて、どう、どう、と、モンスター二体が続けざまに倒れた。
 ランドルフは、イモリの背後から羽交い締めにして、その怪力で打ち砕いていく。
 あまり破片が会場に飛び散ったりしないよう、気をつけながら。

「んむ? これはなかなか」
 甘いもの好きな清本先生は、自分が浴びたチョコのしぶきをなめてみた。
 ランドルフも、落ちたチョコの欠片を拾い上げ、少し囓ってみる。
「おや。悪くないですね」
 同じように味見してみた誓は、一口食べて顔をしかめた。
「……まずい」
 がぁぁぁーーーん!!!
 イモリモンスターズは我が身の美味しさに自信があったらしい。実は天使様は味覚が少々難ありでいらっしゃるのだが、そんな事情は知るよしもなく、センシティブな数体がすごすごとダンジョンに帰って行った。HPに500くらいのダメージをくらったようである。

 それでも、ことに身体の大きな数匹のイモリたちが、とうとう会場に足を踏み入れた。
「……きゃ……」
 ルイーシャが、両手で口を覆う。
 淑女のピンチに颯爽と登場するは、男前な皇帝ペンギン、王様!
「お嬢さんのためなら、この王様この場を必ず死守するさ」
 王様の手から放たれた氷の弾が、イモリモンスターの腹を穿つ。
 素敵〜♪ 頑張って〜♪ と、A〜C班の女性陣から声援が飛んだ。
 いっそう張り切る王様に、
「あ、あのう〜。王様ぁ。俺たちもピンチ……」
 D班のギャリック海賊団の面々も、イモリと鋭意対戦中だったのだが、
「野郎はしらん」
 ……そのへん、王様は徹底していた。
「すまんな。俺もフェミニストでね」
 黒いローブをふわりとたなびかせ、アーネスト・クロイツァーが鮮やかな剣技で、シノンに近づこうとしたイモリをなぎ倒した。その左目がワインレッドから金色に変わった瞬間、魔術が生んだ氷の刃が、キュキュに向かった一体を切り裂く。彼の使い魔も本来の成竜のすがたとなり、女性陣を庇う。
「がははは、しっかりしろよ、野郎連中!」
「大事ないか?」
 男性陣を気前よく守ったのは、面倒見の良い竜オジさんと、結城少輔次郎元春であった。
 投げ槍でイモリの喉を射抜いた元春は、仰向けに倒れた敵から槍を抜いて取り戻し、
「アオイとレイラに警備をするよう頼まれたが……。警備が必要な菓子とは一体どのような物かと来てみれば」
 チョコレートのモンスターを、じっと眺める。
「……これは、食すことができるのだろうか?」
「試してみるといいんじゃないか」
 誰かを実験台にしたい気満々なアーネストは、すでに使い魔の白竜に「ほれ。あーん」をしている。
「こらぁ。可愛い使い魔にヘンなもん食べさせんなよっ」
 白竜は文句を言いながらもチョコの破片を食べ、元春も、イモリの尻尾の先を口にした(記録者注:あのぉ皆さん。くどいようですがチョコモンスターを食されますともれなく『チョコけも耳』が以下略)。

「ようボーイ。このスイート・デイ、お前さんは一体誰と過ごすんだい?」
 ルドルフがニヤニヤしながら、元春をからかう。とたんに、元春は真っ赤になった。
「そのような相手はおらぬ」
「そう言わずに、この俺にもボーイのハニーを紹介してくれよ」
「おらぬと云うに」
「あ、元春。良けりゃ食べる?」
 アオイがすたすたとやってきて、素っ気なくチョコを放り投げる。
「……この菓子は? このイモリの欠片とどう違うのだ?」
「あんたねえ」
 バレンタインのバの字も知らぬ元春に、アオイが怒っているかたわらで、レイラがルドルフにチョコを渡す。
 ルドルフは大喜びで、「赤鼻キッス」を返すのだった。

「そうだ、クリスマスのときかまってくれた……さんにもあげよっと」
 アオイは密かに渡すつもりで声を潜めたのだが、ルイスはそれを聞きつけた。
(今、「源内さん」と言ったぞぉ)
 そして、おもむろに源内フィギュアに五寸釘を打つ。
(平賀源内……呪う〜!)
 
 そんな、緊迫だかほのぼのだかわかんなくなってきたダンジョン入口付近に、さらなる微妙な空間が出来ていた。
 イモリ数体と意思の疎通を果たしたカロンが、彼らに入り混じり、正座して輪になって、クロノの運んできたお茶をすすっているのである。
 傍目からは、ど〜みても怪しい儀式を行う黒い宗教集団以外の何者でもない。
 しかし当事者たちは、何だかとてもまったりしていた。

ACT.X-b★ダンジョンを極めろ! 〜X-b班の大冒険〜

 ──── 地下1〜10階 ──── 

 ――かくして。
 ここは、ダンジョン内である。

 ニグラ・イエンシッドはわくわくが止まらない声で、狭い通路を見回した。
「チョコレートで構成された植物が出たって、本当なんですかねぇ?」
「受付したとき、ハエトリソウに似たものが走ってたのを見たよ」
「いいなぁ。そんな植物見た事が無いから、この機会に是非とも観察しないと」
「たくさん見つかるといいね。俺が探してるものも、あるといいな」
 同行者の、りんはおが答える。ニグラなら詳しかろうと、一緒に探索することにしたのだ。
 りんはおは、植物学者のニグラとはまた違う目的で、とある植物系チョコを探しに来たのだった。
 年が明けて早々、りんはおは、あるムービースターに楽しい時間を過ごさせてもらった。
 そのお礼として、B班に参加して花の薫りのチョコを作ろうと思っていた矢先、ダンジョンの植物系チョコモンスターの存在を知ったのである。かけらなりとも手に入れて、異色チョコレートにできないかと考え、今、ここにいる。
「……でもそんなの、お礼になるかな?」
「大丈夫ですよ」
 穏やかな笑顔で、ニグラが答えたとき。
 壁にうねうねと蠢く何かが、視界に入った。
「ニグラさん、あれ!」
「やぁ、これは」
 真紅のつぼみをつけた、ツルバラ型モンスターだった。
 ツルバラは何体も、えっちらおっちらと尺取り虫のように壁を這っている。ニグラはすかさずルーペで観察し、ピンセットで摘み上げては採集袋に捕獲する。
 りんはおも、バラのつぼみをいくつか手に入れた。
「報酬の代わりに、この植物を持って帰れるよう、ホテル側にお願いしましょう。……やや、あそこに誰かいますかねぇ? もしもし? あなたも探索に?」
 壁に寄りかかって休んでいた人影らしきものは、ロップイヤーが愛らしいがっしりぽっちゃり兎、兎田樹であった。手には、歯形のついたニンジン型チョコモンスターを持っている。
 声を掛けられ、樹は飛び起きる。
「もぎぃ?」
「……あのぅ……?」
「しまった!? 最下層まで一気に駆け抜けるつもりだったのに、ついニンジンチョコに気を取られてカリポリ楽しくティータイムしちゃって!」
「その珍しい植物は、どの辺にいましたか?」
「なんて巧妙な罠だったんだろう。でも負けないよ、ちゃんとお持ち帰りして食べるから! 保管しといてね珊瑚姫。再生紙ホールド!」
 ニグラの問いは、まるっと聞こえてないようである。
 樹はチョコを不思議ラッピングして会場に転送し、自分は最下層へとダッシュするのだった。
 
  ◆◇◆ 

 会場にて。
 珊瑚姫は、突如、手元に出現した歯形つきニンジンチョコに首を捻っている。

 ──── 地下11〜20階 ──── 

 セバスチャン・スワンボートはベルと連れだって、B班の須美にひとしきり、誰に渡すんだ? とか、どれちょっと食わせろ、とか言って、そのツンデレっぷりを堪能してから、ダンジョンを冷やかしに来た。
 そう、ダンジョンはあくまでも冷やかすだけだ。なんとなれば、セバスチャンは激弱なので戦闘はできないんである。
 しかし、好むと好まざるとに関わらず、ひとはモンスターに遭遇してしまうものだ。
 ――今も。
 巨大な昆虫の羽音が聞こえたかと思うと、しゃきーーん!!! と、鋭い刃物のようなものが、セバスチャンのぼさぼさな前髪をかすめた。
「うわっ」
「巨大クワガタのモンスター?」
「すげー強そう」
 さあどうする。セバン&ベル、超ピーンチッ!
 ……と。
 間一髪、巨大クワガタは、オレンジの髪の青年が放った藍色の双刀で、瞬時に分割・凍結された。
「あ、ありがとう」
「別にあんたらを助けたわけじゃねぇよ。大量に食える甘味を回収に来ただけだ」
 青年――便利屋DDは、持参の袋を広げ、チョコの固まりとなったクワガタをさくさくと放り込んでいく。
「この『ちよこ』は昆虫そっくりだが、気にならんのか?」
 別方向から飛んできた巨大カブトムシを、居合わせた剣之進が刀でさっくり真っ二つにし、DDを見る。
「チョコが動く程度の障害は、問題じゃない」
 肩を竦めたDDの背に、「甘味命!」のオーラを感じ、成る程、と剣之進は肯いた。
 巨大カブトムシを眺め、ふと呟く。
「幼少の頃を思い出すな。よく虫取りをしたものだ。昔は、昆虫と話せたら面白いだろうなと思っておった」
「昆虫とか?」
「うむ。本来ならばそれも叶わぬ事だろうが、この街であればそれも出来るやもしれん。近いうちに」
「コンニチハー。ボク、イイコ。イジメチャイヤ」
 岡田殿の夢は、あっという間に叶った。
 原寸大カマキリがそそそ〜と近づき、話しかけてきたのである。

 DDが、倒されたカブトムシのお持ち帰り作業にいそしみ、岡田殿がカマキリと世間話を始めたとき。
 ダンジョンのどこかで、咆哮が響いた。
 なにか、凄まじいモンスターがいるのかもしれない。セバスチャンは震え上がった。
「逃げるぞベル! 美味そうでも怪我は御免だ!」

 彼らは知るよしもなかったが、咆哮の正体は食人鬼RDだった。
 RDさんはこのところ、人間型ヴィランズを召し上がっていないのでイライラしているのだ。鬼のままだとサイズ的にホテルに入れないため人に変化して、ダンジョンで人型モンスターでも食そうかとやってきたのに、この辺にいるのは昆虫型モンスターばかり。ご不満の雄叫びも上がろうというものだ。
(……あん?)
「ヒャッホゥ! HAHAHA! 楽しいネ!」
 迷路の角を曲がったとたん、常軌を逸したテンションの、怪しい人影が目に入る。
 大きな蝶の羽根をもぎとってもしゃもしゃ、カブトムシの角を引きちぎってばりばり、カナブンを頭からもぐもぐ。これこそ、探し求めていた人型モンスターに違いない。
(……よし)
 背後から忍び寄り、有無を言わさず襲いかかろうした、のだが。
 RDは、すぐに衝撃の事実に気がついた。
 昆虫型モンスターをがつがつ食べてホラーなことになっているのは――クレイジー・ティーチャーだったのである。
 あまり……、こう……、食指が動かないタイプだ。
 ふわふわと、人魂たちが囁く。
《先生はね、チョコ食べたいけど、作るのめんどうなんだって》
《ワガママだよねー》
《だからね、モンスターを食べちゃうんだって》
《あたまいいねー》
 CTはなかなかよさげなアイテムをゲットしているのに、チョコを食べるのに夢中で気にしていない。
 それらを物色しながら、RDは、
「せめて、無限に人間が沸いてくるアイテムか何かないのかよ……」
 と、心の中でがっくりポーズを取るのだった。

 ──── 地下21〜30階 ──── 

 李白月と李黒月は、オオサンショウウオ型モンスターとヒキガエル型モンスターを相手取り、戦闘の真っ最中である。
 白月は棍術と素手を駆使し、オオサンショウウオの急所を突いて仕留める。黒月はトンファーで、ヒキガエルの喉をえぐった。
「うわ、ものすごいチョコの香りだなー」
 ただでさえ、チョコでできているこのダンジョンなのに、モンスターを倒すたびに、いっそう新たなチョコの香りが付加される。ただ、それは決して不愉快な匂いではなかった。むしろ食欲をそそるというか……。
 オオサンショウウオの尻尾を少し砕き、黒月が鼻をひくつかせる。
「……兄貴、モンスターは食っちゃだめだよ!?」
 白月にたしなめられ、黒月は残念そうにチョコの欠片を捨てた。
「……食べれないのか?」
「たとえ毒じゃなくても、やめといたほうがいいって。それに」
 白月は悪戯っぽく笑う。
「俺たちのためにチョコを作ってくれてるひとが、いると思うし」
 そこらへんのモンスターをあらかた倒し終えた双子は、そろそろ戻るか、と、上階を目指した。
 白月は、モンスターが落とした、サファイアに似た宝石をいくつか、拾い上げた。

 魔法薬師ファーマ・シスト、魔術師ベルナール、作家志望の白木純一の3人は、成り行きでパーティーを組むことになった。なかなかユニークな組み合わせである。
「まあまあ、チョコレートのダンジョンなんて興味深いですわ〜♪」
「これも警備のうちか。しかし甘そうな……。菓子で出来ているとはな」
「普通のチョコレートとは成分が違ったりするのでしょうか?」
「何か作る時の参考になるか」
 ファーマとベルナールは、それぞれの視点からダンジョンの構成をチェックしていた。
 純一はマッピング担当として手帳を構えている。バッキーの『シルキー』を肩に乗せ、背負ったリュックの中身はパンひとつ。
 ちなみに彼は、武器は持たずに潜る派である。
 武装すれば心に隙が生まれ、そこからミスに繋がるかも知れない。常に死中に活を見出す。それが自分に課した試練、きっと27階には『幸せ』が、99階には『最後』が待ってる!
 ……てなことを純一が考えていると。
 のっそりと、小型のモンスターが現れた。
「ファイアサラマンダーだ……!」
「まあ、ファンタジーっぽい名前ですのね。このへんに棲息しているのは両生類タイプと伺いましたけど」
「両生類だよ。イモリ亜目イモリ科。チョコだから、こんな分類意味ないけど」
「ふむ」
 ベルナールが、青灰色の瞳をすうと細め、身の丈ほどの杖を持ち直す。
「話が通じる様であれば、いきなり魔法を打ち込んだりはせぬが……。しかし」
 キシャアアア!!!
 モンスターは威嚇してくる。
 杖で床を軽く叩き、凍結の魔法を放つ。
「……そういうわけには、いかぬようだ」

「まあまあ、ありがとうございます。良いサンプルが入手出来ますわ〜」
 次々に出現するモンスターを、ベルナールは片っ端から凍らせ、ファーマはわくわくしながら採取活動に励んだ。
「ん?」
 通路脇に、ベルナールはへんなレバーをみつけた。
 引いてみる。

 がくん、と、なにかが作動した。

 思わず純一が、マッピング用のペンを取り落とす。
 転がるペンを追いかけて、拾おうとした瞬間。
 レバーによって開いた入口から現れたモンスターと目が合った。

 なんというか、すっごいでっかい、手足つきオタマジャクシである。
 話は通じなさそうだ。

「………!!!!」
「ほう……」
「ま」
 純一は蒼白になり、ベルナールは魔法を放ち、ファーマは新たなサンプル登場に微笑んだのだった。

 ──── 地下31〜40階 ──── 

 カナリアに似た小鳥型モンスターが、ナハトの肩に止まり、しきりに訴えている。
「ぴ、ぴぃ。ぴぴぃ。ぴぴぴっ(訳:ぐすっ。ぼ、ぼくだって、好きこのんで雑魚やってるわけじゃないんです。モンスターと生まれたからには格好良くボスとかやりたいですよ。でもこんなにちっちゃいんだから、仕方ないじゃないですか)」
「ぴぃ……。ぴぴっ(訳:そうか。おまえもいろいろ大変なんだな)」
 ナハトは最初、小鳥型モンスターと遭遇したとき、倒そうとボウガンを向けた。が、何やらオドオドした様子に鳥語で話しかけてみたら、愚痴を聞かされるはめになり、やがて気心が通じ合ったのだ。
(連れて帰ってやるか)
 カナリアを肩に乗せたまま、ダンジョンを引き返そうとして。

 ……ペス殿に、遭遇してしまった。

 わんっ!
 わわんわん!
 わんわわん。わんー!

 大好きなチョコにハイテンションになり、ペス殿は狩猟本能大爆発である。
 ナハト&カナリアくんの運命や如何に?

 すさまじい勢いで逃げるナハトと追いかけるペス殿は、ダンジョン通路に猛烈な風を巻き起こした。
 すれ違いざまに真山壱、いや、怪盗jokerはひらりと華麗に身をかわす。
(モンスターには見えないけど……。凶暴な犬もいるものだね)
 jokerにとって、今日のダンジョン探索はお祭りであり晴れ舞台。なので衣装は七色ラメスーツにマントにシルクハットという盛装ぶりだ。
 その肩には、手品で手懐けたフクロウ型モンスターが止まり、シルクハットにはハト型モンスターが二羽。ぱたぱた周りを飛んでいるのは九官鳥型モンスターだ。気に入った鳥たちは、連れ帰るつもりである。
 隠し部屋や宝箱を的確に探し当て、すでに多数のアイテムを手に入れたjokerは、一振りの宝剣をその場に残した。
 呪われていることに、気がついたからである。
 
 ミケランジェロと昇太郎はタッグを組み、背中合わせで戦っていた。
 絶妙のコンビネーションで、襲いくるコンドル型モンスターの群れを切り捨てていく。
 彼らを知るものが見たら、さすがはあのコンビだと、大きく肯くだろう。
 あらかた片づけたあとで、昇太郎は、地に落ちたコンドルの山の中から、きらめく宝剣を見つけた。
 それは、jokerが置いていった呪いのお品だったのだが、そんなこととは知らぬ昇太郎は、ナチュラルにそれを拾い上げ――

 ミケランジェロに、斬りかかった。

「てめェー! 呑気にバーサクしてる場合かぁー!」
 コイツ呪われてやんの、という事情はわかった。
 が、背後から不意打ちを食らったミケランジェロは、やられたらやり返せとばかりに、仕込みモップで応戦する。
 ふたりの間に、マジもんのバトルが勃発した。
 
「……やれやれ」
 やがて。
 やっとこさ気絶させた昇太郎を担ぎ上げ、ミケランジェロは帰還することにした。
 探索は打ち切らざるを得ないが、さて――

 この場合、報酬は、どうなるのだろう?

  ◆◇◆ 

 暗い迷路を、ルウは怯えながら歩いていた。
 チョコの甘い匂いに誘われて、迷い込んでしまったのだ。左足を引きずりながらも、かなり深い階層まで来てしまった気がする。
 そこここから聞こえてくるのは、おそろしい鳥の声。
 あれは、ハゲタカだろうか?
 まっすぐに、ルウを狙っている。
 
「や、やだ……」
 獰猛な鳥の羽ばたきと、鋭い嘴が耳元に迫り――

「伏せろ、ルウ!」
 間一髪、シャノンのミニ軽機関銃が火を吹いた。

「こんなところに、ひとりで来ちゃ危ないだろう」 
「……ぱぱ」
 救いの主は、ルウが懐いて慕っているシャノンだった。安堵のあまり泣き出してしまったルウを、シャノンは抱き上げる。
 しばらく頭を撫でてやると、ようやくルウは落ち着いた。
「一緒に行こう。俺の傍を離れるな」
「うん」
 きゅっとしがみつくルウを抱きかかえたまま、シャノンはさらなる下層へと降りていく。
(一体、この奧には何があるっていうんだ?)

 ──── 地下41〜50階 ──── 

「きゃあ〜。『Cioccolato RPG』』の世界を探検できるなんて感激♪」
 七海遥はご機嫌だった。チョコ作りを教わろうと思って来てみたのだが、突然のダンジョン発生に、こっちも面白そうだと、予定変更したのである。
「モンスターさんたちに、サインをお願いしたいなぁ……。あ、すみませーん。これに手形か足形を」
 銀幕ベイサイドホテルのロゴ入り紙ナプキンを手に、さっそく遭遇したレッサーパンダ型モンスターに近づいていく。
「番犬や家畜によさげなのがいたら、連れていこうと思ったんだべが……。めんこいのしか懐いてこないべな」
 団体でお出ましの子リス型モンスターにまとわりつかれ、ゲンロクは苦笑する。
 受付時に、チョコフォンデュにでも使ってくんな、と、取れたて新鮮フルーツをホテルに差し入れしたのだが、どうやらその香りが作業着に沁み、子リスを惹きつけているようだ。
「うう……。この甘ったるい匂い……。気分わりぃ」
 ブレイドは鼻を両手で覆い、ぶつぶつ文句を言っていた。今日はレックスに無理矢理連れてこられたものの、チョコ作りなんざぁ興味もなく、暇つぶしがてらに、受付近辺で顔を合わせた遥やゲンロクとダンジョンに乗り込むことにしたのだ。
 3人はさして危険な目にも遭わず、この階層まで降りてきた。
 可愛いモンスターは構ったり、少々獰猛なのとは戦ったり、探索はそれなりに面白いが、しかし、嗅覚の鋭いブレイドにはこの匂いは拷問であった。
 くらっと目眩がした瞬間、つるつるしたチョコの床に足を取られ、滑って転び――

 その拍子に、ロケーションエリアが展開されてしまった。

「あれ〜?」
「何だべ?」
 
 コアラ化した遥と、カピバラ化したゲンロクは、ぱちくりと顔を見合わせた。
  
  ◆◇◆  

「さあて、何処まで潜れっかな」
 来栖香介は腕試しがてら、ダンジョン制覇を狙っていた。
 戦意あるモンスターは切り倒し、蹴り倒す。くるたんの行く手を阻むものなし。
 バッキーのルシフは、倒されたモンスターの欠片を貪っている。
 
 ……と。

 わんわん、わわん。
 う゛わん、わんー!

 ペス殿が、やってきた。
 上階でナハトをがっつり仕留めたらしく、充実感に溢れた顔をしている。
 ルシフは果敢にも、因縁をふっかけた。
「ギャ、ギャギャ!(訳:てめェ、いつぞやの雪辱、ここで晴らす!)」
「わん?(訳:あら、あんた……?)」
 睨み合うペス殿とルシフ!
 しかし香介はクールだった。
「勝手にやってろ」
 スルーして先を急ごうとしたとたん、ものすごく馴染み深いパーティと遭遇した。

「小さいものクラブ、とっつにゅー! ダンジョンの謎を解くのは俺たちだ。まぁ、みぃ、むぅには負けないぞ!」
「ぷぎゅう、ぷぎゅー!(訳:かっこいいです、たすーたいちょー!)」
《先生、おいてきちゃったね》
《しんぱいしてるかな?》
《いいよね。チョコたくさんで、楽しそうだったし》
 満を持して集合した、小さいものクラブの面々だった。
 太助隊長に、つっちーことブラックウッドの使い魔、CTの人魂's。
 しかも、
「この階層、動物がいっぱいで楽シイ」
「にゃー。にゃああ(訳:ありがとね、コーディ)」
「んにゃ、にゃん(訳:ダンジョンは広いから疲れちゃって)」
「にゃう〜(訳:助かりましたわ〜)」
 コーディと、その背に乗せてもらった、まぁ・みぃ・むぅというプラスアルファが加わり、さらに。
 優雅な身のこなしの黒い犬が、彼らに同行していた。
 素晴らしく美しい毛並みは、上質の黒天鵞絨のようである。
(こんな犬、知り合いにいねぇぞ?)
 謎の美黒犬の登場に、香介は怪訝そうな顔になる。
「ぷぎゅむ、ぎゅう〜(訳:わーい。るしふとくるたんがなかまになったです)」
 リアルRPG風な冒険にときめき中のつっちーは、ミーアキャット型モンスターと仲良くなり、アイテム『キャンデーのきれいな包み紙』をゲットしたばかりだった。ごきげんで「なかまがふえたときの効果音」を口笛で吹く。
「わ、ん……?(訳:ま、どうしましょう……?)」
 ペス殿は、美黒犬と視線が合ったとたん態度が激変した。
 今の今まで戦闘オーラを立ち上らせ、ルシフと一色触発状態だったのに、いきなりもじもじし始め、そっと香介の後ろに隠れたのである。
「ペス殿? なに急に乙女ちっくになってんだ?」
「ギャ? ギャギャ?(訳:なんか悪いもんでも食ったか?)」
 太助とルシフは、世にも恐ろしいものを見たごとく戦慄した。
(記録者注:美黒犬状態だと魔性が通じるみたいです。はい)

「リヒャルト! いたわよ。3匹の子猫が!」
「ほんとだ……。やっと会えた……」
 続いて現れたるは、ゴスロリ@バレンタインVer.な聖なるうさぎ様レモンと、ここに至るまでにありとあらゆる罠に引っかかってズダボロ状態なクラスメイトPであった。
 レモン様の白きご尊顔にチョコしぶきが飛び、メカバッキーの山田さんが、グリズリーの手に見えるブツをあぐあぐしているさまからは、彼らの過酷な冒険の過程が見てとれる。
「うにゃあ?(訳:くらぴー、あたしたちを探してたの?)」
「うん! ……ぐすっ」
 クラスメイトPは感激のあまり涙目である。ふかふかプリティなまぁみぃむぅに会いたい触りたい癒されたい。その一心で、艱難辛苦罠爆発を乗り越えてきたのだ。
 いざ、スーパー子猫×3をしっかとこの手に! 
 さっそく駆け寄――ろうとして。

 ………香介の後ろにいた、ペス殿の尻尾を。
 ふんずけ て し ま っ  た。

    「あ」
 
 う゛ わ、 ん!!
 わんわんわんわん!

 一気に乙女化を解除したペス殿に追い回されるくらぴーに、レモンがため息をつく。
(んもう。……渡せないじゃないのよ)
 その後ろ手にあるのは、ほ、本命じゃないわよ義理よ義理と言いながら可愛くラッピングしたチョコの小箱。
 そんなこととは露知らず、逃げまどいながら床の怪しいスイッチにけつまづくクラスメイトP。

 ――と。

 ズゴゴゴゴゴーーーー!
 壁面が、動いた。

 ダンジョンお約束、『謎のショップ』の出現である。

「イラッシャイマセ。ダンジョン内ショップへニヨウコソ」
 商人服のアライグマがいるその店は、高価そうな選りすぐりのアイテムが豊富に並べられていた。
「ぷぎゅー!(訳:すごいですー!)」
 つっちーが歓声を上げる。一同はいきなり、お買い物モードになった。
「なかなか良い品揃えだ。店主、ここにはどれだけの商品在庫があるのだね?」
 美黒犬が声を発した。
 魅惑のベルベットヴォイスに、ようやく香介はその正体に気づく。
「ハイ、99個デス」
「では全部、いただこう。地上班へのお土産に」

 ──── 地下51〜97階 ──── 

「銀幕市って、すッげー楽しいトコだね!」
 X班所属となってすぐ、鳳翔優姫と榊闘夜は、こんな楽しそうな局面を捨て置けるかと、ダンジョンに飛び込んだ。
 詳細は不明だと聞かされたこの階層まで一気に来てみれば、遭遇するモンスターは空想上の生き物ばかり。
 そっと近づいてきたドラゴンを、優姫は面白そうに見つめる。
 匂いだけでも悪酔いしてしまうほどに甘味嫌いな闘夜は、しかめっ面である。寄らば切るぞな勢いで、呼び出した武器を振り上げた。
「んな甘ったるい匂いさせて、俺に近寄るな」
「ちょっ、榊!  無表情で斬りかかるな、怖いから! 話が通じるモンスターかも知れないだろ?」
 優姫は、もの言いたげなドラゴンを、榊から庇う。
 お礼のつもりか、ドラゴンは黒真珠をひとつぶ、優姫に渡した。
「ありがとね。……ってか榊、甘味嫌い酷くなってないか?」
「鳳翔こそ、『アレ』を見て何で甘味嫌いにならない……?」
 闘夜は大きく息を吐く。どうやら、彼らにしかわからぬ事件があったようだった。

「甘い香りに誘われてきてみれば、中々面白い事になっている様だ」
 腰下まである長い黒髪を靡かせ、ルシエル・ディグリースが皮肉に笑う。
「召還、グリード! あいつらを食べつくせ」
 グリードとは、全長1mほどの綿につぶらな瞳と小さな手足がついた、可愛い召喚生物だ。それが10体ばかり集まって、ガーゴイル型モンスターを喰らっている。
 ルシエルと背中合わせに風の魔法を駆使しているのは、新緑のローブを纏った隻腕のエルフ、ロゼッタ・レモンバームである。
「俺様は99階を目指すんだ。邪魔をするな!」
 最下層に何があるのか、好奇心に燃えるロゼッタは、ハイテンションかつ上機嫌だった。

 モンスターを蹴散らすルシエルとロゼッタを、ルーファス・シュミットは、少し離れて観察していた。
 ワインとチョコで生きている考古学博士は、未完成のチョコには興味がないゆえ、探索に赴いた。
 自分のパワーを温存しつつ、ダンジョンにありがちなワープポイントを探す作戦である。
 とりあえず、あのふたりが通ったあとは安全そうだ。
(ああいう、強そうな人や無駄に元気そうな人についていけば楽ですね) 

 須哉逢柝、ハンス・ヨーゼフ、シュウ・アルガの3人は、ダンジョンの中で偶然鉢合わせしたのを機に、パーティを組むことにした。
 逢柝は、上層階で話のわかる巨大オニヤンマと出会い、騎乗していた。猛スピードで最下層に行きそうなパワーである。
 シュウは、折れた杖を修理するための材料を探す道行きでもあった。今は魔法の威力が出せないため、体術中心の戦いとなっている。バロアとも共闘してみたかったが、彼はD班でネタチョコ作成中らしい。
 トラブルに巻き込まれそうな予感を感じつつ、ハンスはここまで来た。思ったよりも通路は狭く、長剣を使うことはあきらめ、もっぱら銃と体術で対処することにした。
 はからずも皆、体術主体のチームである。

 キ、シャアアアー!

「出たぞ!」
 現れたのは鵺型モンスターだ。
 逢柝の拳が、鵺の頭に炸裂する。ハンスの銃が、モンスターの脚を打ち砕く。
 粉々になり床に散らばった破片にきらりと光る石を見つけ、シュウが拾いあげる。
「魔石だ。これは使えそうだな」
 樫などの木材やミスリル、魔石や宝石等を求めていたシュウは、目的のひとつを手に入れた。
「ダンジョンつーのは、奥に行く程レアアイテムがあるもんだ」
「どうせなら、最下層に行ってみたいね」
 ハンスが言い、逢柝も頷く。
「同感だ」

 ──── 地下98階 ──── 

 そ し て。
 98階では、桑島平が道に迷っていた。
「何だーっ! このダンジョンはっ!! 嫌いじゃないっ! 嫌いじゃないが、俺は教室の生徒からチョコを……くううっ!」
 相棒の明日にチョコ教室を勧めたのは、教室参加の女子からチョコを貰えるかも、というか、チョコが一個も貰えないと淋しいという理由からだった。
「……呪いの力が弱すぎるわ。ガラクタね。あげる」
 何故か同行することになった鬼灯柘榴が、使鬼の因達羅に乗ったまま、桑島の頭にすこーんと、いまいちなアイテムを放り投げる。
「ガラクタはいらん!」
「私もよ」
 柘榴は、呪物を収集するのが目的だ。
 宮毘羅で手に入るアイテムを透視し、それが呪物であれば珊底羅や安底羅で応戦。完璧である。
 なのに今までに収集したブツはどれも、悪くはないけれど小物ばかり。
 柘榴さんは少々ご不満であったが、
(でもきっと、99階にはすごい呪物があるはずね)
 それだけが心の支えだった。
 ちなみに、日当はしっかりもらうつもりである。

「ついたぞー! 98階だ!」
 階段付近が騒がしくなった。最下層を目指す面々が、次々に合流しているのだ。
 逢柝、ハンス、シュウ。ルシエル、ロゼッタ、ルーファス。ひょっこりと樹。シャノンとルウ。クラスメイトPとレモン。小さいものクラブとコーディ@動物パーティー+αと、生徒が心配で追いかけてきたCT。どさくさ紛れに西村っちの鴉。

 突 然。
 頭上から、轟音と絶叫が響いた。

「……るいーす、何てことを。皆さん、危ないですよー!」
「キミたちぃ〜! どいてぇえー!」
 天井をぶちやぶって降ってきたのは、本気☆狩る仮面あーると本気☆狩る仮面るいーすである。
 居合わせた一同はささっと避けたが、合流したばかりの人物がひとり、るいーすの下敷になった。
 銀幕市が誇る漢の中の漢、八之銀二である。
「ぐふッ」
「アレ? 銀二くんそこにいたの? 危ないからよけて?」
「もう遅いッ!」

「どけどけぇ!」
 るいーすの開けた穴から、またも誰かが飛び降りてきた。
「げほっ」
「うぐっ」
 こけて倒れた本気☆狩る仮面ズの背中にどっかと乗り、決めポーズを取ったのは、我らがギャリック団長であった。テンション高く楽しそうである。
「お宝は、このキャプテン・ギャリック様のモンだぁ!」
 何たって宝探しは七つの海をまたにかける男のロマン。ロケエリを展開しているわけでもないのに、背後に津波をしょってるかのような勢いだ。きっと団員たちも惚れ直すことだろう。

「ボスキャラは最上階か最下層にいるのが定番のはずだよなぁ」
「はは、いなさそうだな」
 やはり天井から現れ、すたっと降り立った賞金稼ぎがふたり。ジム・オーランドとレイである。
 上層階で楽しく戦闘してきたジムは、倒したばかりの麒麟型モンスターの脚を持っていた。
「ところでコレ、食えるのか? 誰か試したヤツいるか?」
 ……それが聞きたくて、持ち歩いているらしい。
「俺はもう、ツッコむのも疲れたぞ」
 サングラスの奧の目を、レイはふっと細める。
「しっかしみんな、必死すぎるんじゃないか? この映画のデータ、仕入れてきたんだがな、脱力系の、ゆるい話だぞ?」
 どっちにしろ、99階に行きゃあ謎は解けるんだが――と、レイは床を踏み鳴らす。
「見たところ、この階に下り階段はない。やはり、床を突破しなきゃならんわけだが」
「こいつはまた、随分堅くて分厚いな。るいーすが破った上階の床とは桁違いだ」
 ギャリックも、豪快に靴の踵を鳴らし、その反響を確かめる。
「どうする? いっそ、みんなで食って穴開けるか?」
 ジムがふざけて、床を囓ろうとする。
 レイは肩を竦めた。
「……誰かツッコんでくれ。俺は疲労困憊だ」

「えっと……、つまり『壁』を壊すんだよね? だったら……」
 クラスメイトPの呟きをきっかけに、一同ははたと気づいた。

 す ご く 堅い障壁を、突破しなければならない。
 ならば、ここに、タナトス神殿の結界さえ破った漢がいるではないか。

 一同の視線が集中する。
 もちろん、銀二にだ。

「俺の役目――だな」
 銀二は息を吸い込む。

 ず、、、、ばーーーーん!

 ──── そして、地下99階 ──── 

 98階の床は思いっきり割れた。てか、割れすぎです兄貴。
 そして98階にいた面々は一蓮托生、真っ逆さまに……。

  ……。
   …………。
     ……………。

      ちゃっ、ぷん。。。!
 
「何だこりゃー!」

 真っ先に絶叫あそばされたのは銀二兄貴だった。
 何となれば、一同が仲良く落っこちたのは。
 フロアいっぱいの黄金の湯船に充ち満ちた、入浴用に調整されたとろとろのチョコの海……すなわち、そこにあったのは壮大な『チョコレート風呂』だったのである!

「……助けて……。お願い……」

 かぼそい声がする。
 見れば、チョコ風呂のそばには番台型の檻が置かれている。
 そこにいるのは、顔を伏せている長い髪の女性らしき姿。
 閉じこめられているのだ。
 首までチョコに浸かったレモンが、ぴくりと耳を動かす。
「その美しい黒髪は、あたしの永遠のライバル、SAYURIじゃないの?」
「でむぉSAYURIさんふぁ、仕事れ海外に行ってるはずひゃ」
 鼻までチョコに沈んだクラスメイトPが言ったとき。
「ともかく、助けるッ」
 チョコもしたたるいい漢状態の銀二が、皆の手を借りて湯船から上がり、檻を蹴り破った。

「ああーん、こわかったぁ!」
 美女らしき人物は、救出されるなり銀二に抱きついたが、それはSAYURIとは似ても似つかぬ無骨な漢女で……

  ◇◆◇

 ダンジョンウォッチ中の会場は騒然とした。
「ええー? 桜子先生!? ……どうして?」
 師と慕う桜子先生と、憧れの銀二との衝撃のラブシーン(?)に、薺は大ショックである。

  ◇◆◇

「Cioccolato RPG」は、伝説のチョコレート風呂を求める王妃が、国中のダンジョンを探索するという、ほのぼの脱力ストーリーである。そして王妃は見事チョコ風呂を発見し、なぜかわかんないけど番台担当として身を捧げることを決意するのだ。
 ……どうやら。
 教室に参加しようとやってきた桜子先生が、ロビーでふと「チョコ風呂ってすてきよね。ホテルでもやらないかしら」と呟いたのがダンジョン発生のきっかけらしかった。
 桜子先生は王妃に見立てられ、核として取り込まれたということらしい。
 どういう人選だよ、と、参加者はさんざんムービーハザードにツッコミを入れ――

 ようやく――波乱のチョコ教室は幕を閉じる。
 最後に総料理長は、116人に箝口令を敷いた。

「お願いです皆さんっ。たとえ一瞬でも桜子先生と間違えたことを、絶っっっ対にSAYURIさんには知られないようにしてくださいねっ」

 
 ――Happy Valentine's Day & Happy White Day!

クリエイターコメント━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      *〜* 参加者一覧(班別:敬称略) *〜*
…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…

★A班(5名)
リカ・ヴォリンスカヤ/西村/龍樹/シノン/アディール・アーク(限りなくDに近いA)

★B班(33名)
リゲイル・ジブリール/ゆき/花咲 杏/朝霞 須美/三月 薺/キュキュ/狼牙/光原 マルグリット/ルイーシャ・ドミニカム/梛織/クライシス/天月 桜/綾賀城 洸/レオ・ガレジスタ/レドメネランテ・スノウィス/冬野 真白/斑目 漆/ディズ/ロス/流鏑馬 明日/浦瀬 レックス/ハンナ/皇 香月/津田 俊介/アル/ルア/新倉 アオイ/北條 レイラ/エンリオウ・イーブンシェン/神龍 命/悠里/ベアトリクス・ルヴェンガルド/ベル(ときどきX-b)

★C班(6名)
浅間 縁/宝珠 神威/佐々原 栞/沢渡 ラクシュミ/ミリオル/古森 凛

★D班(10名):ルイス・キリング/バロア・リィム/白亜/鹿瀬 蔵人/ブライム・デューン/ジュテーム・ローズ/スルト・レイゼン/崎守 敏/ウィズ/シキ・トーダ

★X班-a(18名)
小日向 悟/ランドルフ・トラウト/朱鷺丸/黒孤/信崎 誓/赤城 竜/王様/アーネスト・クロイツァー/ルシファ/レイド/清本 橋三/クロノ/カロン/ルドルフ/結城 元春/続 歌沙音/続 那戯/取島 カラス

★X班-b(44名)
シャノン・ヴォルムス/ルウ/白木 純一/ハンス・ヨーゼフ/太助//レモン/七海 遥/ファーマ・シスト/榊 闘夜/鳳翔 優姫/李 白月/李 黒月/クラスメイトP/昇太郎/ミケランジェロ/真山 壱/ナハト/ブラックウッド/DD/桑島 平/ブレイド/岡田 剣之進/レイ/ジム・オーランド/コーディ/鬼灯 柘榴/クレイジー・ティーチャー/ベルナール/ゲンロク/RD/本気☆狩る仮面 あーる/本気☆狩る仮面 るいーす/セバスチャン・スワンボート/ロゼッタ・レモンバーム/八之 銀二/来栖 香介/兎田 樹/ニグラ・イエンシッド/シュウ・アルガ/りん はお/ギャリック/ルーファス・シュミット/ルシエル・ディグリース/須哉 逢柝(X-aから移行)

…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…

大っっっっっ変お待たせいたしましたあああ!!!
狙ったわけでもないのにお届けがホワイトデーになりましたことを深くお詫びしますとともに、A〜X班の皆様のダイナミックなご健闘を讃えたいと思います。
……チョコモンスターを召し上がるかたが予想以上にいらっしゃいましたことよ。みんなチョコけも耳以下略。

昨今、大激動の銀幕市ではありますが、せめて楽しい記憶のよすがになれば幸いです。
公開日時2008-03-14(金) 22:40
感想メールはこちらから